隠していた日記が親友にバレた   作:送検

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副題 日記と女の子と夢


ぷろろーぐ

 

 

11月12日 天気 晴れ

今日は非常に天気が良い。

晴れ間は見え、風もどことなく穏やかで、体感的にも悪い日ではない。

しかし、特にこれといった用事もないため、今日は俺がとある女の子と出会った話をしようと思う。

 

もう、7年前になるかな。

小学3年生の頃、地元の東京を離れて俺は石川にやってきた。

親からしたら、石川の世界はさぞ楽しかったことだろう。特にサッカー好きな父は、早速贔屓のサッカーチームを一生懸命応援してて楽しそうだった。

しかし、当時の俺からしたらたまったもんじゃない。

その土地のことを全く知らず、ましてや日本地図の暗記テストで1番最後に覚えたであろう単語しか知らない俺にとっては、石川は恐怖以外の何者でもなかったのだから。

 

知らないものだらけだったのだ。

人間、無知は恐怖を感じるもの。

見知らぬ土地、喋られる方弁、質問攻めする友達。

悪意のない沢山の初めては、俺の心を恐怖に染め上げたんだ。

 

ある日、俺は学校をボイコットしようととある公園で蹲っていた。

小学3年生。

これから2桁の年になるであろう俺からしたらなんとも情けないと思ってしまう話だけど、当時の俺はそれだけ石川に恐怖を感じていた。

学校に行きたくなかった。

怖かった。

けど、学校を辞めてしまえるほどの蛮勇は当時の俺にはないし、1人で暮らせるだけの力もない。

無いものばかりの俺はこういった形で抵抗の意を見せて『欲しいものを強請ること』しか出来ない情けない少年だったのだ。

 

 

 

 

近くの公園は、緑がたくさんあるが子供もそれなりに多く、普段は落ち着かない。

けれども、早朝。人っ子一人いないあの風景は当時の俺からしたらまだマシな光景だった。

住み始めた一軒家も、新築の匂いが消えない故に落ち着かず眠ることが出来ない。

その中で物静かな雰囲気が先行するこの公園は幾分か楽だった。

誰に気を遣う必要も無い。ここなら想いを吐き出せると、そう思ったんだ。

 

一睡もままならぬ状況で、俺は公園のベンチで泣いていた。

様々な想いが入り乱れていた。

勿論、故郷に対する想いも。

学校をボイコットした親に対しての申し訳なさも。

だからといって学校には行きたくない、そんな身勝手な我儘にも似たなんとも言えない気持ちも。

兎に角、色んな感情が混ざって今の俺が引くくらい泣いていたのはどうしようもない事実。

俺は、当時を振り返りなんとも情けないことをしたのだなと心の底からあの時のことを後悔している。

 

けど、それがなければ俺は一生この街に馴染むことが出来なかったと考えると少し複雑な気持ちもある。

あの時、公園のベンチで泣いていた俺を心配してくれたあの子がいたから、俺は変わることが出来た。

出会えなかったら一生変われなかった。そんな自覚が一入にある。

ターニングポイント、だったんだ。

それについて、少しだけ書こうと思う。

 

公園内、ベンチ。

そこで俺は延々と泣き続けていた。

理由は、さっきも言った通り色んな感情が混濁していたから。

そんな情けない理由で涙を流していた俺の頭に影が落ちた。日が差していた場所が暗くなる。

その一連の流れに釣られた俺は、思わず涙を流したまま、上を向いた。

すると、そこに居たのは1人の女の子。

姿はぼやけて分からなかったが、聴覚は正常に働いているため、少女が発した言葉はしゃんと覚えている。

 

『この街が、怖いですか?』

 

そう言った少女の髪は長くて、瑠璃色にも似た髪色をしていた。

上品そうな服。長袖のワンピースを着た少女はこの公園の風景とは浮世離れした存在のよう。

その姿に、思わず俺は涙が止まった。泣くための涙を失ったやも分からぬ。兎に角、涙が止まった。

滲んだ涙が乾き、視界が鮮明になると次第に見え始めたのは少女の顔立ち。

何処かすましたクールな顔をしているものの、身体はこんな人気のないところで泣き崩れている俺を心配するかのように手を伸ばす。

輪郭がはっきり見えたのと同時に、頭の思考回路も少しずつ明瞭になる。

 

ひとまず考えたのは謝罪。

こんなところで涙を流していたら誰だって煩わしいと思うだろう。恐らく、少女も例に漏れない。

だからこそ、少女はこちらに来たのだろう。

心配した風体を装い、遠回しに『迷惑をかけるな』と言っているのだろうと当時の俺はなんともいえないマイナス思考で物事を見ていた。

故に、俺は立ち上がり歩き出す。

心配ないということを身体で証明する為だ。

 

しかし、少女は関わることを止めない。

 

『待ってください』

 

グズグズ泣いているのを見られたくなくて、右手で目を拭っていると左の手首を掴まれ、動きを止められる。

そこそこの力だ。

抵抗もしなかった俺はそのまま引っ張られ、ベンチに座らされる。

 

『まだ質問に答えてません。人が心配しているのです、訳くらい話したら如何でしょうか』

 

ベンチに座り込んで俯いていること数秒。

女の子が俺に言葉を投げかけた。

小難しい言葉を話す子だな、というのが第2印象だった。お嬢様語と言えば良いのだろうか。上品な言葉を喋る女の子は、俺に質問の返答を促す。

 

女の子と俺は見知らぬ仲。

失礼にも女の子の言葉を恫喝のようにも感じた俺は、それでこの子と関わることがなくなるならと、俺はありのままに理由を話した。

この街にいる前に遠くの街にいたこと。

その街にいれないことが寂しいこと。

ここはちょっとばかし怖い街だということ。

そして───この街のことを何も知らないこと。

 

俺は目の前の少女に赤裸々に語った。

笑われるだろう、と思った。

けど、その女の子は俺を笑うことなく俺を見たんだ。

毅然とした立ち振る舞いで。

けれど、泣き疲れ座る俺を見下ろすこともなく、しゃがみこみ、あくまで同じ視線の低さで俺の目を見据えた。

 

『見知らぬ土地は、怖いものです。それを恥じることはありません。けど、少しずつ順応していけば。きっとこの街は楽しく思えて仕方なくなると思います。

だから、安心してください。己が心を閉ざさなければ、きっとその気持ちに皆様は応えてくれます』

 

俺は、その時の女の子の言葉を今でも鮮明に覚えている。

その時の全文をママで書くともれなく日記帳が1日分の日記だけで果てるので要約はするけど、その時の女の子の言葉のひとつひとつは俺の心に刺さった。

けど、刺すだけじゃない。

恐怖でいっぱいだった俺の心を癒してくれた。

ひとつ先の世界に飛び込む勇気をくれた。

 

とある絵本に出てくる魔女のような、何かを代償にして何かを与える存在とはまた違う。

無償の優しさに、俺の心は揺り動かされたんだ。

 

あの時のこと、有耶無耶にされてお礼は今も言えてないけど、はっきりとこれだけは書きたい。

 

キミのお陰で今の僕がいます。

キミのお陰で人と関わる人並みの生活が出来ています。

 

ありがとう、と。

 

 

 

 

 

 

後、もうひとつ。

 

 

 

 

 

 

好きですッ!!

 

思えば一目惚れだったのかもしれないし、もしかしたらあの1件をきっかけにして友達になってから彼女の人となりに惚れたってのもあるかもしれない。

どちらにせよ、俺は彼女のことを好いてしまっている。それも、ライクじゃなくて、ラブの方だ!断言したっていいね、いや‥‥‥絶対にする!

 

ていうか、最近また可愛くなったよな。

ちょっと前まで髪はロングヘアーのままだったのにも関わらず水引細工のアクセサリーとか、しっぽ留めにリボンとか付け始めて1層可愛くなったように見える。

顔立ちだってより聡明になったし、怒ってツンツンしている時も、和スイーツを食べて顔が和む‥‥‥ほわぁーってしてる時も全部可愛い。

つむマジで天使。

言ったら怒られるから、文面で書くのみに留めておくとしよう。

 

何より、こんな俺に話しかけてくれることが1番嬉しかった。

俺がここで孤立しなかったのって、こうして健やかに過ごせてるのって、本当にあの子の影響が多いから、これ本当に。

 

他人に優しく、自分に厳しく。

けど、他人の妥協や甘言にも毅然と接する。

そんな気高い心に惚れたんだよ‥‥‥。

はぁー‥‥‥好き!!本当に好きッ!!

 

 

 

 

尚、ここに書き連ねたことは紛れもない俺の本心であるが、決して彼女にはバレないように日記の1番後ろに記しておくことにする。

バレたら死ぬから。

社会的にも、身体的にも、精神的にも死ぬから。

まあ、100万歩譲ってあの白石がだぞ?

万が一にもこの家の、ましてや汗臭い男の俺の部屋に来るなんてこたァないだろうし?

多分大丈夫だよな!はっはっは!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥あの」

 

「はい」

 

「何でここに来ているんですか?」

 

「貴方のお母様に見つかり、家に寄ってきなさいと言われたもので」

 

「うせやろ」

 

明くる日の午後。

学生は部活がない限り、家に帰宅する為に歩を進めるであろう夕方。

1つの一軒家の一部屋であるところの、己の自室へと辿り着いた男は何故か正座をして、目の前の女の子を見つめていた。

 

 

夢ならば、どれ程良かったのだろう。

 

そんな一言が男の頭を過ぎった途端、こほんと咳払いをする音が聞こえる。

声の主は、男の目の前に正座で座る女の子。

瑠璃色───されど光を当ててしまえば儚く消えてしまいそうな色をしたロングヘアー。そんな髪の先をリボンで纏めている少女が、『1つのノート』を自身と男の間の床に置いて、男を見つめる。

 

「話があります」

 

「‥‥‥はい」

 

「この日記は、一体なんなのでしょうか」

 

日記帳。

それは、人によって書く人と書かない人に別れるもの。

日記を書く習慣自体に悪いことはなく、寧ろそれは良い部類に入るであろう習慣を続けるのに必要不可欠なもの、それが日記帳だ。

書くことは良い習慣。そんな日記帳で、何故男は女の子にお話もとい説教をされているのか。

それは無論、日記の内容であった。

 

男は、今時の少年にしては珍しく日記を書く習慣が身に染み付いていた。

一日一善、日記を書かなければ気分すらも悪くなり、精彩を欠く程の日記ジャンキー。

そんな少年の書く文字は丁寧に、そして分かりやすい筆圧で綴られている。

しかし、今回はそれが災いした。

日記なのだから自分の分かりやすいようにすれば良いものの、他人にも分かりやすく書くことで日記の内容がバレてしまう。

今の男の羞恥心は、MAXに近い状態であった。

例えるならばギャルゲーを購入したことがクラスメイトにバレた男の子の羞恥心と近い状態。

そんな状態で、真っ赤になった顔を俯かせた状態で男はポツリと呟く。

耳が赤いのは、勿論女にバレている。

 

「ご覧の通り、日記でございます」

 

「‥‥‥そうですね、日記です」

 

ッ──と言葉苦しげに男は目の前の女の子を睨みつける。それなりの眼光と鋭さから発せられる睨みは男の端正な顔立ちも相まってそれなりに怖い部類に入るのだが、残念ながら女の子には鋭い眼光が通用しない。

そんな目付きをされた所でこの男が何もしないヘタレだということを女の子は知っているからだ。

 

「不躾ながら、部屋の中を拝見させて頂きました。私が思っていたよりも綺麗でしたね」

 

「本っ当に不躾だよな。なあ、頼むからそろそろ部屋から出てよ、俺を許してよ‥‥‥」

 

「話は変わりますが」

 

目の前の女の子と二人きりになった時、決まって呼ぶ名前を呼ぼうとした男の言葉は見事に遮られる。

追撃も、口撃も、反撃さえも許されない。

まさに四面楚歌、ABCD包囲網。

男の頭の中では牛さんが今まさに運ばれるような、そんな歌が流れていた。

 

「机に1つの冊子を見つけた時、知的好奇心が湧きました。普段、明朗快活な貴方がどんなことを書いているのか、興味が湧いたのです」

 

「湧かせてくれるなよ」

 

男が諦め、天井のシミを数え始めると不意に女の子が身体を少し動かし、挙動不審な様子を見せる。

その様子に、天井のシミを数えることをすっかり忘れた男は、その様子を興味深げにじっと見つめる。

頬の赤みは、幾分か緩和していた。

 

その一方で女の子は気が気でない。

日記に書かれていたこととはいえ、思いの丈をかました男のノートを拝見し、あまつさえ自分のことを書かれている内容を運悪く見てしまった。

女の子にとって、過去の話を感謝されるということは決して忌避すべきものではない。ましてや、好意を寄せられていることも悪い気はしない。それが友人であるのなら、尚更嬉しいものだ。

 

しかし、女の子にとって、男のノートは些か直球が過ぎた。

まさか、このような形で男の秘めたる想いを知ることになるとは想いもよらなかったし、そもそもこういったことをノートに書かれていることすらも女の子は知らなかった。

 

結果、女の子の頭の中は様々な思惑が入り乱れている。嬉しい反面、本当なのか疑わしい猜疑心、そして、目の前の男の本心を知ろうとする探究心。

女の子は、自己評価がかなり低い部類に入る。

故に、この男が本当に日記に書かれていた女の子のことを可愛く思っているのか、好いているのか。本人の口から聴かねば、信用が出来なかったのだ。

 

「‥‥‥この日記に書いてあることは、真実なのですか?」

 

躊躇いながらも、女の子──白石紬が遂に質問の核心を突く発言をすると、男は少しだけ俯きぽつりと一言。

 

「‥‥‥はい」

 

その言葉の、何たる重いことか。

その言葉の重みを改めて感じた男──藤宮公輔は大きく項垂れる。

しかし、項垂れたところで大きく状況が変わることもない。現時点の、日記を読まれているという修羅場を回避することは出来ないのだ。

 

公輔は内心で白目を剥く。

高校2年生の華やかな生活。

そして、鮮やかなるデビュー。

それらを目論んでいた公輔が見事にデビューの準備を済ませ意気揚々と家に帰り、部屋へ突入すればいつの間にか顔を赤らめ、身体をふるふるさせていた制服姿の女の子がいたのだから。

 

「‥‥‥気持ち悪かったよな」

 

「え‥‥‥」

 

公輔がぽつりと発した一言に紬は反応する。

しかし、発されたのはたった1文字の感嘆句のみ。その感嘆句に便乗するかのように、公輔は堰を切るように言葉を並べる。

 

「その日記、俺の誠が書かれているんだ。普段、俺ってば紬に、感謝とか素直に伝えられてなかったから‥‥‥だから、日記だけでも良いから留めときたくて」

 

洋式の部屋、フロアタイルになっている公輔の部屋で正座をするのはナンセンスだろう。

しかし、この空間では誰一人としてそんなことを気にしてなどいない。

『日記帳』と『藤宮公輔』。そう書かれたノートの中身に比べれば、正座する場所など些細なものであった。

 

「公輔‥‥‥」

 

静寂の中、紬が公輔の名前を口にする。

その言葉に、紬を真っ直ぐな瞳で見つめていた公輔は縦に頷き、紬の返答を待つ。

やがて、紬が前を見た。

その瞬間、不思議と鳥達の囀りや物音がしんと静まり、静寂のみが紬と公輔を包み込む。

そうなると、何より先に聞こえてくるのは呼吸音と、空気を介して聴こえてくる声。

 

その声を発するために、紬は息を吸い込んだ───

 

「そう言って、本音はどうなんですか?」

 

「キミのことが好きになりました」

 

紬の頭の中で、何かが切れた音がした。

この男はどうしてこうも歯が浮く台詞をいけしゃあしゃあと言えるのか。

そんな想いに駆られ、嬉しい反面何処か冷静な己も心から染み出て、結果紬は顔を顰め公輔を睨み付けた。

 

「近頃はついったーというものが流行っているらしいのですが」

 

「ねえ待って、紬さんってば。それ誘導尋問って言うんだよ?年端のいかない男の子にそんなことして楽しい?」

 

「楽しいです」

 

「おかーさん助けてー!!ここにドMホイホイな幼馴染がいるよー!!」

 

男には引いてはならぬ時がある。

公輔は、己が不利を自覚する前に立ち上がり───正座をしていたことにより足が生まれたての子鹿になっていたことも失念して、思いっきり倒れ込み紬に白い目を向けられること数秒、再度立ち上がり、今度は自らの机からノートをひったくる。

 

「おうおう、紬さんや。お前がそこまで俺のことを辱めるんなら俺にだってやり方があるんだぜ?」

 

「例えば、その方策とは?」

 

「ノートを燃やす‥‥‥ノート焼却祭りだ!」

 

公輔が、今まで纏めあげた日記帳『10冊相当』を携え、部屋を出ようとドアを開く。

しかし、そんな反抗も束の間。

服を引っ張られる時特有の圧迫感に気がつき、後ろを向くと、後ろには人差し指と親指で公輔の学ランを引っ張っている紬の姿があった。

 

「その手を離さないか、紬」

 

「それは困ります」

 

「なんでやねん」

 

「全力で止めさせて頂きます」

 

「だからさ!なんでって言ってんじゃん!!」

 

紬の阻止に、思わず公輔は突っ込む。

白石紬という女の子はふとした拍子に狼狽する時以外は用心深く、疑り深く、事の順序を追って説明できる冷静さを持ち合わせている、そういうことが出来る女の子であった。

それがちょっと瓦解すると、彼女の素である金沢弁と共に可愛らしい紬が現れるのだが、それは今のこの状況においては何ら関係のない話である。

 

公輔は大きなため息を吐く。

それに反応した紬は、その態度に顔を顰めて公輔を見遣る。

 

「‥‥‥何でしょうか。人前でため息なんて、不躾な」

 

「いやさ、何で紬は俺のノートをそんな大切にしているのかなって思って」

 

「‥‥‥逆に問いますが、私にそのノートの中身が明け透けになった程度のことで貴方はノートを焼却するのですか?」

 

「いや、だって恥ずかしいもん」

 

「恥ずかしい‥‥‥?そうですか、貴方はその程度の気持ちで私の事を文面で好き等と‥‥‥」

 

「ああもう大好きだよッ!!このノートでちゃんとした気持ちが伝わんなら大切に保管してやろうじゃねえかゴラァ!!」

 

 

 

公輔の焼却の意思、数秒でブレる。

 

紬が疑り深く言葉を探る際の口喧嘩に公輔は1度として勝利したことがない。

それを察してか、公輔は大声で先程の言葉を訂正する。

恥ずかしくない、寧ろ大好きだという証明である。

 

1番ブレてはいけない大切な気持ちは今も公輔の中で芯となり、一筋の幹となっている。

それは、目の前のおよそ25センチ程の近さにまで肉薄しているこの女の子のことが好きという気持ち。

秘めた想いは、まさかのお家突入からの部屋のガサ入れでバレてしまったが、その所在がバレようがバレまいが根本の気持ちは変わらない。

 

ノートを見つけられたくらいで諦められる『恋』なら、とっくのとうに冷めてるだろう。

それが冷めないということは、つまりそういうことだった。

 

「‥‥‥公輔の悪癖はそういう所です。うちにそういうものを見られた所で何ら恥ずかしがることはありません、思い込みで物事を全て決め込むのはいい加減止めて下さい」

 

「‥‥‥自分だって時々突拍子もないこと言う癖に」

 

「何か言いましたか」

 

「何もないです」

 

「‥‥‥大体、私が何故このノートを燃やすことをここまで阻止しようとしているのか、貴方は分かっておられるのですか?」

 

その言葉に、公輔は『うぐ』と言葉に詰まるものの今度はニヤリと不敵な笑みを見せる。

打開策を見出したのか、若しくは仕返しか。

公輔が不敵な笑みを見せたまま、口を開いた。

 

「わっかんねぇなぁ」

 

「‥‥‥今、何と?」

 

「分からないって言ってるんよ。確かに俺は紬を白石と呼んでいた頃から、時々友人に口を滑らせてつむと呼んで足を踏まれている現在までの紬を知ってる。けど、世の中ままならないこともあれば、分からないこともある‥‥‥理解できるだろ、つむつむ」

 

「悪寒が走るような愛称で私を呼ぶのは即刻辞めてください。貴方はそう言いますが、今まで私を散々と言っていいほどに辱めてきました。その減らず口と頭の回転を使えば私の考えなどお見通しでしょう?」

 

紬が捲し立てるものの、公輔はこれ以上取り合うこともなくニヤリと笑みを見せる。

その笑みに、質問した自身の敗北を悟った紬はせめてもの反抗として目を細め、公輔を睨みつけた。

 

「‥‥‥本当に、そんなことも分からないのですか?」

 

「紬の口から聴きたい、確証が持てない」

 

真剣な眼差しを向ける公輔のその一言を紬は予期していた。

公輔は意地の悪い人間であるということを紬は知っている。故に、今の今までの仕返しとしてこのようなことをしてくるというのは大体分かっていたのだ。

 

紬は公輔の目を見る。

これから先、言うであろう発言に真摯になるため。

少しだけ頬を染めた彼女は、『なんなん‥‥‥』と心の中で悪態を吐きつつ、公輔に対して言葉を紡いだ。

 

「‥‥‥百歩譲って私のことを大切に思っているのなら、その思い出を燃やすなんて浅慮な考えを持たないでくださいと言っているのです」

 

紬の心の中で羞恥心は一入にあった。

けれど、公輔の日記を不可抗力ながら眺め、その内容を知ってしまった以上自分の気持ちを隠すのも卑怯だと感じた故に、紬は勇気を振り絞り己の羞恥心を押し込んだ。

 

「‥‥‥紬」

 

「?」

 

「好きです」

 

「ツイスタの開設方法を教えてください」

 

「ネエ、ナンデ?ツイスタナンデ?」

 

「鍵アカにさせて頂きます」

 

「おいおい物騒だな、頼むから正気に戻れ?なあ、お願いだから鍵アカはやめてよね‥‥‥つむつむ」

 

「ッ‥‥‥!ですからその名前でうちを呼ぶのはやめろと何度も‥‥‥!!」

 

「じゃあなんて呼べば良いのさ、また白石とでも呼べば‥‥‥」

 

「だらくさい!!」

 

「ははっ、またまたそんなこと言っちゃって‥‥‥で、本音は?」

 

「だらっ!!!」

 

「ふぁっ」

 

唐突の金沢弁に公輔は後ずさり、壁にもたれ掛かり、それと同時に壁から崩れ落ちる。

紬の気迫に押された形だ。

先程から公輔の手はガクガク震えており、顔も驚愕といった様相。

今、目の前で息を切らしながら殺気立った猫のように己を睨みつける紬に、公輔は何を思ったのか。

 

(‥‥‥怒った紬可愛い)

 

それは公輔にのみ知り得る事である。

 

閑話休題。

 

さて、震えも収まった公輔が、再度ため息を吐くと紬はまたしても顔を顰める。

基本、公輔と話すことに対して嫌悪感を示すことのない紬ではあるが、礼節を欠くような行動には毅然とした態度で接する。

それが友人であれば尚更のようで、頻繁に紬は礼節を欠くことの多い公輔の態度にはかなり敏感。

例えるならば、目上の人である先生とお話をする時。先生に対してうっかりタメ口を利いたりした日なんかにはお隣から鋭い抓り攻撃が背中を襲う。

はたまた例えるのなら、3年前に厳格な紬の父にタメ口を利いたりした日に、正座をしていた公輔の足の裏を思い切り良く、されど華麗に踏みつけられたり。

 

兎に角、公輔の無礼に対してはかなり敏感になっているのは確かであり、今回もその例に漏れずに公輔のため息に顔を顰める。

しかし、そんなことも露知らずに公輔はもう一度正座し、姿勢を正した紬に笑いかける。

 

「俺の幼少期の頃の夢、知ってる?」

 

「‥‥‥何ですか、突然」

 

「いいから、当ててみろよ」

 

そう言われ、紬は公輔の夢。幼少期の夢を探るべく頭を働かせる。

しかし、その思考はとある考えにより霧散した。

書いてあったのだ。

公輔が何枚も書き連ねていた日記。

幼稚園時代の、平仮名ばかりで書かれていた将来の夢と書かれていた場所を紬は覚えていた。

 

「魔女、ですか?」

 

「当たり。絵本にでてきたとあるお姫様に足を与える魔女が当時はカッコよく見えてさ、俺もそんな人間になりたいって思った。何かを対価にして人を助けて、その対価で自分も幸せになりたいと思ってたんだ」

 

「‥‥‥公輔らしいですね」

 

「てか、何で分かったのさ。俺ってば幼少期の夢を語った覚えないよ?」

 

「1冊目の日記帳に書いてあった日記を少々」

 

「あなたホントこの部屋に何しに来たの?」

 

「誤字を斜線で直すのは感心しませんね」

 

「ガサ入れは本日限りで最後にしろよマジで」

 

公輔の今日何度目か分からないツッコミが紬に放たれるものの、紬はその尽くを躱し公輔に笑いかける。

 

「人助け、ですか」

 

「‥‥‥ああ、人助け。でも、今は違うんだ」

 

「何が、ですか?」

 

「俺のなりたいもの」

 

公輔が笑みをなくし、真剣な表情で紬を見つめた。

その瞳に感情の変化を悟った紬が目を見開くと、公輔は1拍間を取り、続ける。

 

「無償でもいい。それが大切な人の1歩を踏み出す勇気になるのなら、いくら力を貸したって構わない。それこそ今は、キミがしてくれた時みたいに後先を考えずに助けられるような人間になりたい」

 

───紬。

公輔はそう言うと、再び1拍間を置いて今度は大きく息を吸った。その表情には少しばかりの苦しみも見て取れたが、その表情を押さえ込み公輔は口を開いた。

 

「アイドル、やりたいんだろ?」

 

アイドル。

その言葉に、紬は胸がドキッとする感覚を得た。

1か月前、1月の半ばに紬は金沢公演に赴いていたとあるアイドル事務所に声をかけられていた。

名を765プロ。

既に有名なアイドルも輩出している東京ではそこそこ名の知れたアイドルグループである。

その光景を、これまたお手伝いという名目で近くで聞いていた公輔は紬がアイドルに誘われていること。そして、プロデューサーに名刺を渡されたことを見ていたのだ。

 

しかし、当の紬はまさかそれがバレていたなんて思いもせず、この瞬間に言われた一言に驚き目を逸らす。

己の夢を、知られて思い浮かばれるのはちょっとばかりの羞恥心と、自らを卑下するマイナス思考。

 

「たわいもない、夢でしたから」

 

「たわいもなくなんてない」

 

しかし、その思考から発せられた一言を即断で公輔は却下する。

白石紬という少女を知っているこの男にとって、思うところがあるのか、その言葉は何時もより鋭い。

 

「紬は可愛いし、ちょっとツンツンした所もあるけど、本当は優しい性格だし、俺は‥‥‥そんな紬の優しい心に救われたんだ。そんな紬はアイドルにピッタリ、トップを狙えると断言したっていいね」

 

「‥‥‥何を根拠にそのようなことを言えるのですか、貴方という人は」

 

「じゃあ、行きたくない?」

 

「それは‥‥‥」

 

紬は、言い淀む。

公輔の言葉は核心を突いており、紬はプロデューサーの言葉に1度はたわいのない夢と諦めた『アイドル』への想いを再び望みつつあった。

何時か見たテレビの世界に映ったアイドルの優しく、されど優雅に踊る花菖蒲のような姿に、紬は憧れていた。

しかし、好奇心とは裏腹に己の実力は花菖蒲とは程遠く。己の過小評価も相まって、鏡を見て何度も自己嫌悪に陥った。

そんな状況下で、その夢を誰にも話すことはなく。

紬は外の世界の眩しさと、内側の自分の世界の隔たりに、1度は咲きかけた紬自身の魅力を枯らせてしまったのだ。

 

けれど、幼年期の昔と『現在』は違う。

 

外の世界に引っ張り上げんとしてくれるプロデューサーがいて。

そして、目の前には背中を押してくれる人がいる。

その事実に、紬の心は暖かくなり1度は枯れたその想いが、再び根を張ったのだ。

強く咲き誇る『花菖蒲』ではない。

今度は自分だけの花を咲かせる為に、外の世界に飛び込む勇気が心の中で湧き上がった。

 

紬の意志は、決まっていた。

手を引いてくれる、外の世界の見知らぬ男と。

慄く背中を押し、心に温もりを与えてくれるたった1人の親友。

その2人が居て、迷うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

けれど、それを正直に伝えるかは別の話である。

 

「‥‥‥なら、私は遠くに行っても良いと。公輔はそう言うのですね?」

 

「え゛」

 

「貴方は私に、1度も行ったことのない土地であの時の公輔のように‥‥‥無惨に散り、生き恥を晒せと仰るのですね?」

 

「帰ってきてくれて構わないから!寧ろ何時でも帰ってこーい!!」

 

先程の余裕の笑みが一転。

最早内々のみではない、クラスメイトからも伝統芸能とも言われている紬の自虐からの公輔あたふたの構図が炸裂する。

公輔は己が発言の失態に今更気がついたのか、『あわわわわ‥‥‥』と狼狽し、頭を抱える。

それを見た紬は、公輔に見えないようにドヤ顔を見せ、してやったりと内心で握り拳を作る。

彼女は負けん気が強い女の子なのだ。

 

勿論、本心から発した一言ではない。

普段公輔にポンコツと言われるほど抜けていることも多い紬ではあるが、長年連れ添ってきた親友の言葉の真意を汲み取れない程『馬鹿』ではない。

これは、真面目な紬なりのジョークであった。

 

 

 

──故に、次に発せられる言葉は紬の内心で既に決まっていた。

 

「嘘です」

 

「な、なんだよ‥‥‥吃驚したじゃあないか」

 

「‥‥‥公輔」

 

「?」

 

「勇気が湧いてきました」

 

その言葉に、一瞬目を見開いた公輔だったが、次第にその表情は解れ、笑みを見せる。

それは、挑発的な笑みでもなければ不敵な笑みでもない。純粋に、親友であり恩人でもある女の子の決意を応援する暖かな笑顔。

そして、その笑顔のまま公輔は続ける。

 

「俺は何時でも紬の味方さ。そこは信頼してくれて構わない」

 

笑顔は人を笑顔にさせる。

真っ直ぐな気持ちは、人の心に伝わる。

公輔の誠は紬の心に届き、その笑みは見知らぬ土地に夢を叶える為に旅立つ勇気を与える。

それが紬にとっては眩しくて、ありがたくて。

泣きたいくらい有難かった。

 

「公輔」

 

「?」

 

紬が、公輔の名前を呼ぶ。

それと同時に、紬は少しだけ目を瞑り、またしても目を開いて、軽く咳払いをする。

 

「んんっ‥‥‥」

 

いつか、名を上げて戻ってきた時。

本当の気持ちを、ありのままの素直な気持ちを告げられる一言を白状する。

そんな意志を孕み、咳払いの後──照れ隠しに発した一言は。

 

「‥‥‥あんやと」

 

「なぁっ!?」

 

公輔の頬を、朱に染めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2020/04/02
SNSの名称、ダッシュ線、その他言い回し等を1部修正しました。



藤宮公輔
安定のクソザコオリシューくん。
明朗快活で、明るい性格だが紬にはなかなか正直な気持ちを伝えられない思春期男子。
つむつむ大好きっ子。幼少の頃から一緒に遊んでおり、そこら辺の女友達よりも仲は良好。
日記帳に恥ずかしいことを書く癖があり、本作ではそれがバレることになる。

白石紬
高飛車な所も、挙動不審になった時に不意に見せる金沢弁も、某大和撫子に泣かされたところも尽くをネタにされる女の子。なんやいね白石。
創作のきっかけは制服シリーズだよ。高校生の友達とコメディしつつ、紬のアイドル道をプロデューサーとオリシュー君の2人体制でサポートするお話を書きたかったんだよ。
プロデューサー(ミリシタのPさん)が外の世界に引っ張り上げるきっかけとなる人ならオリシュー君は『勇気』を与え、内側の世界から外の世界に行く手助けをする魔女的なポジション。
そもそも男オリ主なのに、魔女はおかしい?魔法使いもなんか違う気がするから魔女で勘弁して。
この世界線でプロデューサーに『あんやと』を言う日は来るのか!頑張れ紬!頑張れプロデューサー!






続け。
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