新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

10 / 25
このサブタイを見ておや?と思う方は1からのサクラファンです。
そして今回は彼女が登場します。


花と咲かせる、女の意地よ 前編

「……はぁ」

 

 中庭で一人ため息を吐く初穂。霊子水晶は今日も淡く輝いている。日課とも言える霊子水晶の調整。幼い頃から巫女として育てられた初穂にしか出来ない仕事である。

 そんな彼女の手には一通の手紙があった。差出人は彼女の父。内容は一つ。一度家へ顔を出せというものだ。

 

「帝劇で上手くやってるから心配いらねーって言ってんのに……」

 

 それどころか今や初穂も帝劇のスタァと言われ始めているのだ。ロマンシングでやった男役が様になっていた事もあり、一部からは髪色や言動などで桐島カンナの系譜と呼ばれ始めていたりもする。

 本人としても幼い頃会った事のある存在と似てると言われ嬉しくない訳ではない。ただ、思う事もあった。

 

「……カンナさん、かぁ」

 

 自分は桐島カンナ程役者として確固たる自信がある訳ではない。男役としてあそこまでカッコよく出来るのか、初穂にはまだ未知数な部分が多かったのだ。

 そして、もう一つ初穂がため息を吐いてしまう理由がある。今、花組は次回公演のための準備を始めている。クラリスが脚本を手がけ、演出を何と神山が担当する七月公演“真夏の夜の夢”だ。

 その主役はあざみが抜擢され、初穂は妖精王の役に抜擢されたのだ。しかもアナスタシアの推薦で。

 

――この役は私よりも初穂の方がいいわ。

 

 そのアナスタシアは妻である女王をやる事になり、クラリスは自分のイメージ通りの配役に上機嫌で現在脚本を書いている。

 初穂がため息を吐いてしまう理由がその配役にあった。彼女は出来れば可愛い役がやりたかったのだ。さくらが配された貴族の娘を。

 

(分かってる。アタシよりもさくらの方が娘役に適してるのは。でも、アタシだって女だぜ? そりゃあ妖精の女王様なんて無理でも、貴族の娘なら出来ない事ねーだろ)

 

 男役ばかりが嫌なのではない。ただ、それだけしかやれないと思われるのは嫌なのだ。初穂もまた役者としての矜持が生まれていたのである。

 

「あっ、いたいた。初穂~」

「ん? さくらか。どうした?」

 

 初穂が聞こえた声に顔を動かすとそこにはさくらがいた。小走りで駆け寄ってくるさくらへ初穂は小首を傾げながら向き直る。

 彼女が自分に会いに来る用件に心当たりなどなく、初穂は一体何だと思いながらその言葉を待った。

 

「どうした、じゃないよ。合同訓練、始まっちゃうよ?」

「うげっ!? もうそんな時間か?」

「そうだよ。ほら、急ごう?」

「うしっ、格納庫まで競争だぞ、さくら!」

「あっ! ちょ、ちょっとズルいよ!」

 

 先んじて駆け出す初穂にさくらは文句を言いつつ走り出す。揃って笑顔を浮かべてダストシュートを目指す二人。

 帝劇に同時期にやってきたため、この二人は最初から仲が良かった。人懐っこい初穂とさくらだからこそだろう。

 クラリスやあざみも仲が悪かった訳ではないが、どこか個人行動を好む傾向があったため、自然と初穂とさくらは二人で過ごす事が増えていったのも、現在のように何でも言い合える関係となる要因だったのかもしれない。

 口には出さないが親友と呼んでもいいぐらい、初穂もさくらも相手を信じて受け入れていた。その関係が変わる事はないと思いながら。

 

「っと、アタシが先だぁ!」

「んもうっ! 呼びに来てあげたのにっ!」

 

 僅かな差で先にダストシュートへ飛び込む初穂。その背を見送りながら文句をぶつけるさくらだが、その表情のどこかには笑みがある。

 そしてさくらも初穂に続けとダストシュートへと飛び込むのだった。

 合同訓練は夜叉との戦闘が切っ掛けで始まったもので、当然発起人は神山だった。

 たださくら達も夜叉との戦いで思う事はあったため、それが帝劇全体の定期行事となるのにそう時間はかからなかったのだ。

 更に今は全員揃って無限となった事もあり、隊長作戦の訓練も兼ねていた。

 華撃団大戦。その次の相手は優勝候補である倫敦華撃団。しかも、その強さの片鱗をさくら達はその目で見ていた。

 特にランスロットから目をつけられているさくらは出場も決まっているため、その対策に余念がない。本気になれば二刀流。その相手をどう対処するのか。さくらは夜叉戦をしながらどこかでランスロット戦の事も考えていたのだ。

 

『くっ! やはり機動力でかく乱するのは無理か! ならっ!』

『誠十郎、ここは一気呵成に攻めるべきっ!』

『ああっ! 花組各員に通達っ! 侵掠する事火の如く! 火作戦だっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 仮想夜叉の乗る黒い機体へ六機の無限が攻撃力を上げた状態で迫る。

 アナスタシアが上空から、クラリスが地上から射撃で仮想夜叉の動きを制限しその場へ繋ぎ止めると、そこを逃さずあざみが素早い動きで背後から襲いかかり、そちらへ仮想夜叉が動きを見せるとさくらと初穂が左右から力強い一撃を繰り出す。

 

『『『『『神山さん(誠十郎)(隊長さん)(キャプテン)っ!』』』』』

『おおおおおっ!』

 

 あざみを正面に捉えているため、必然的に背後ががら空きとなっている黒い機体。そこへ神山の駆る無限が凄まじい勢いで突撃していく。

 それを迎撃するべく黒い機体が妖力を衝撃波のように全方位へ放射する。さくら達三人が吹き飛ばされたものの、それを見た瞬間神山は無限を止めるのではなくむしろ加速させた。

 

『アナスタシアっ!』

『了解よ!』

『クラリスっ!』

『はいっ!』

 

 迫り来る衝撃波をアナスタシアの攻撃が迎え撃ち、更にクラリスがそれを後押しする。それによって衝撃波が神山の前だけ消え失せ、それを分かっていたように純白の無限が仮想夜叉の前へ姿を見せる。

 

「斬り裂けぇぇぇぇぇっ!!」

 

 霊力を刀身に漲らせ、無限は黒い機体へその手にした二刀を振り下ろす。

 その一撃が黒い機体へダメージを与えるも撃破するには至らない。

 だがそれでも神山は焦りも不安もなく目の前の黒い機体へ意識を集中していた。

 

『初穂っ!』

『任せろっ!』

『あざみもいる』

 

 再度攻撃を仕掛けるさくら達。三機での同時攻撃に黒い機体は神山よりもそちらの危険度が高いと判断。剣を引き抜くと向かってくる三機の無限を横薙ぎに払おうとした。

 だが、その剣が横からの射撃で大きく動く。アナスタシアの無限が位置取りを変えていたのだ。

 

『今よっ!』

『神山さんっ!』

『よしっ!』

 

 クラリスの無限が放った光線を受け取り、緑の輝きを宿した二刀が黒い機体をバツの字に斬り裂いていく。

 更に追い打ちをかけるようにさくら達の無限が正面から黒い機体を攻撃した瞬間、黒い機体は爆発四散したのだ。

 

『や、やったか?』

『はい、状況終了です。お疲れ様でした』

『やったやんか神山はん! 遂に勝利をもぎ取ったでっ!』

 

 どこか喜びを滲ませている声のカオルと明らかに喜んでいるこまちの声に神山は同じように喜びを返そうとして、はたと思い直して顔を横に振った。

 

(ダメだっ! これは本物の夜叉と同じじゃないんだ!)

『ありがとうございます。でも、まだ安心は出来ません。やっと一勝ですし、何よりこれは想像です。本当の夜叉がこれと同じとは限らないんですから』

 

 勝って兜の緒を締めよ。そんな諺を思い出しての言葉に誰もが浮かれそうな気持ちへブレーキをかけた。

 ただ、神山も喜びがない訳ではない。なのでそう言った後にこう噛み締めるように告げる。

 

『でも、勝てる可能性が見えただけでも良かった。後はこれをもっと磨き上げて確実と言えるぐらいにまで高めていこう!』

『『『『『了解(っ!)』』』』』

 

 こうしてこの日の合同訓練は終了し神山達はそれぞれ個別に動き出す――はずだったのだが……

 

「どう、でしょうか? 一応書いてみたんですが」

 

 サロンに六人集まっての台本読み。今回は神山が演出を担当する事になっているためだ。

 クラリスが上げた第一稿を五人がそれぞれ読んでいく。真夏の夜の夢を選んだのは実は客側から数多く寄せられたリクエストだった。

 かつての帝劇で上演された演目である真夏の夜の夢。何故それをリクエストしたのか。その理由も一致していた。

 真夏の夜の夢の上演初日、何故か公演が中断されてしまった事があったという、後にも先にもその時だけの出来事であったため記憶に残っていたとの事だったのだ。

 その公演時期も丁度この辺りだった事もあり、ならばとカオルが思い切って決断を下したのだ。

 

――かつての帝劇と正面からぶつかってみませんか?

 

 それは、これまで意図して過去の帝国華撃団と重なるのを避けてきたカオルが見せた自信だった。今の花組なら過去の花組と正面からぶつかっても一方的に負ける事はないはずだと、そう感じていたのだ。

 そしてそれをさくら達も感じ取り、いつか向き合わなければならないのならいっそ勢いがある内にと決断、現状となっていた。

 

「……二役やる人、作るんだ」

「は、はい。どうしてもそうなってしまうんです。せめてあと一人いればそうしなくてもいいんですが……」

 

 さくらの言葉にクラリスは申し訳なさそうに俯いてしまう。役者がどうしても最低六人はいる。それがクラリスの出した限界役者数だった。

 

「かつての花組も六人で上演したそうだし、仕方ないかもね」

「六人かぁ。って事は織姫さんとレニさんが来る前か」

「ん? どういう事だ?」

 

 さくらの告げた言葉に神山が首を傾げた。彼は帝劇の事をほとんど知らないに近い。というよりは意図して知らないようにしている、だろうか。

 かつての花組を知る事で無意識の内にさくら達を比べてしまう可能性を恐れているのだ。

 

「何だよ隊長さん、知らねーのか? 織姫さんとレニさんは太正十四年に帝劇入りしたんだぜ」

「えっと……?」

「帝劇自体は太正十二年には公演を打ってる」

「その頃は最大で六人の女優でやっていたようです」

「支配人が来た頃は四人だったらしいぞ」

「へぇ、そうなのね」

 

 困惑する神山を置いてさくら達の話は進み、アナスタシアが感心するように聞いていた。

 神山と違いさくらは帝劇の、中でも真宮寺さくらの大ファン。故に大神へ機会があれば昔の帝劇の話を聞いていたのだ。

 ただ、大神は彼女の名誉のために伏せていた事実を織姫や紅蘭から知ったため、最近さくらの中で真宮寺さくらのイメージは揺らいでいる。

 

「じゃあ、支配人はこの公演中断の話を知ってるんだろうか?」

 

 その神山の問いかけにさくら達は首を捻った。

 

「どう、でしょう?」

「支配人、ここへ来てからずっといた訳じゃないしなぁ」

「そうなのか? 巴里へ留学したのは知っているけど……」

「その前にも一年帝劇を離れてた時期があるって聞いた事がある」

「神山さん、何がご存じないんですか?」

「いや、そういう話をした事はないな」

 

 今回の公演関係は聞いてみてもいいかもしれない。そう神山が思っていると胸のスマァトロンが振動する。

 手に取って見ると、こまちからで今すぐロビーまで来て欲しいとだけ書いてあった。ただ、文面からはこまちが驚いている事と急いでいる事が伝わってくるため、神山はさくら達へ断って一旦ロビーまで急ぐ事に。

 

「……ん?」

 

 ロビーへ到着した神山が見たのは、赤髪の長身女性にサインをもらい喜んでいるこまちや客だろう数人の者達だった。

 一体誰だろうと思いつつ神山はこまちへ近付いていく。

 

「こまちさん、一体どうしたんです?」

「神山はんっ! これっ、これ見てや! 何とあの桐島カンナのサインやでっ!」

「……はい? 桐島カンナって……っ!?」

 

 何を言ってるんだと思った神山だったが、すぐに告げられた名前が記憶の中にあるものと一致し勢い良く振り返る。

 すると彼と赤髪の長身女性の目が合った。女性は神山の表情と格好を見て何か思い出すように微笑むと、片手を軽く動かした。

 

「よっ、はじめましてだな。あたいは桐島カンナだ。よろしく」

 

 

 

 その日の帝劇食堂は色々な意味でざわついていた。一つは、かつての帝劇スタァがいる事。そしてもう一つは……

 

「ん~~~~っ! この味も久しぶりだなっ!」

 

 とても女性が食べる量ではない食事をカンナが食べているからだろう。

 その速度と量に神山は呆れ、大神は苦笑し、カオルは頭を抱えていた。

 あの後、自分へ自己紹介をした神山にカンナが要求したのは支配人室への案内ではなく、食堂で食事が出来るようにして欲しいと言うものだったのだから。

 

――いや、港からここまで走ってきたからな。腹減ったんだよ。

 

 黙っていればスタイルがいい美人といったカンナだが、口を開いてしまうと気の良いお姉ちゃんと化す。それを神山は体験し、どこかで似た相手と会った感覚を味わっていた。

 

(そうだ、初穂に似てるんだ。まぁ、初穂はここまで大食いじゃないけど……)

 

 テーブルに積み重なっていく皿の数を眺め、神山は呆気に取られるしかない。

 

「あ、相変わらず食べるなカンナは」

「これでも昔よりは減った方だぜ? にしても隊長は少し変わったなぁ。昔よりも男っぷりが上がったんじゃねーか?」

「そうかな? まぁ、あれから十年近く経つからね」

「そう、だな。十年、経つんだよな……」

 

 手にしていたフォークを置いて、カンナはそう呟くと遠い目をした。

 彼女が帝劇を離れたのは今からおよそ十年前。降魔大戦の傷を帝都が癒し始めた夏辺り。もうその頃には帝劇からレニ、織姫、アイリスがいなくなっており、紅蘭さえも近く花やしき支部へ居を移そうとしていた頃だった。

 

「なぁ隊長。あれからさくらの奴はどうだ?」

「カンナ、その話は……」

「あ、俺はさくら達と今度の公演の事で話をしている最中だったのでこれで」

 

 何やら聞いてはいけない話が始まると思い、神山はそう言って席を立つと大神達へ頭を下げて階段へと向かう。

 

「では、私も業務へ戻ります。支配人、この支払いは給料から引いておきますので」

「いいっ?!」

「ははっ、悪いな隊長」

 

 言うべき事だけ言い放ち、カオルも経理室へと戻っていく。その背中を見送り、大神はため息を吐くとカンナへ顔を向けた。

 

「……今も変わらず、だよ」

「そっか……」

 

 辛そうな表情で答え、カンナはふと何かに気付いて首を傾げた。

 

「なぁ隊長。さっきのあんちゃんがさくらって……」

「ああ、天宮さくら君だ。今の帝劇のスタァの一人だよ」

「へぇ、さくらって名前か。じゃ、隊長は何て呼んでるんだ? さくらって呼び捨てか?」

「……天宮君、だよ。分かってて聞かないでくれ」

「……わりぃ」

 

 微かに悲しそうな笑みを返す大神にカンナも申し訳なさそうに言葉を返して俯いた。大神の中での“さくら君”はこの世にただ一人しかいないと。

 しばらく二人の間に会話はなかった。あの戦いに残された者で真宮寺さくらの事で胸を痛めなかった者はいない。

 その中でも一番心を痛めたのは言うまでもなく大神である。双武に乗っていた事もあり、最初に彼女の異変に気付いたのだ。

 

「そういえば、どうして急に?」

「ん? ああ、久しぶりにマリアやレニと会えると思ったからさ。今来てるんだろ、帝都に」

「ああ、来てるよ。マリアは大帝国ホテルに、レニはスタジアム近くの伯林華撃団の飛行戦艦に宿泊している」

「そっか。じゃ、会いに」

「それと、銀座横丁にある神龍軒という中華飯店に紅蘭がいるよ」

「紅蘭が!? しかも中華飯店かぁ。うし、じゃ昼はそこにマリアとレニ連れて行くとするよ」

 

 言うや否や立ち上がり、カンナは颯爽と食堂を後にした。その後ろ姿と行動力に大神もしばし唖然とし、やがて昔を思い出すように笑みを浮かべた。

 

(カンナは今でもカンナのままか。きっと、みんなそうなんだろうな)

 

 ただ、その外見まで変化なしとはいかない。カンナもかつてよりは衰えた感じを大神は受けたのだ。

 それが霊力低下によるものか年月によるものかまでは分からないが、それでも彼にはこう思えた。

 最後に見た時よりも女性らしい雰囲気は増している、と。あの頃も良い母親になりそうと思わせたカンナだが、今などそこに女性の色気を身に着けていたのだ。

 大神は知らない。それがこの十年もの年月でカンナが過ごしていた時間から来るものだとは。

 

 同じ頃神山からカンナが来ている事を聞いたさくら達は驚きを見せていた。

 

「ほ、本当かよ!?」

「あ、ああ。ただ、今は支配人と大事な話をしてると思うから」

「ど、どんな方でした?」

「そう、だな。カッコイイ女性って感じだった。男性的な感じもありつつ女性的な印象もある。何て言うのか……ああ、肝っ玉母さんって感じか」

 

 神山の表現で理解出来たのはさくらと初穂だけであり、残る三人は首を傾げる。なので神山の挙げた例を初穂が何とか説明する事に。

 

「ええっとな。分かり易く言うなら、威厳のある母親って感じだ。旦那さんさえも頭が上がらないって感じの」

「ああ、そういう事ですか。成程」

「要は強いお母さん」

「女性としての強さが男性としての強さにも似てると言う事ね」

「さ、さすがアナスタシアさん。一番的確な表現ですね」

「すまん。俺がもっと分かり易く説明出来れば良かったんだが……」

 

 申し訳なさそうに後頭部を掻く神山だったが、さくらと初穂は無理もないとばかりに苦笑した。アナスタシアの表現は初穂の説明を聞いてのもので、最初そういう風に言えるとは誰も思わないのだ。

 と、そこでクラリスが名案を思い付いたとばかりに手を上げた。

 

「あ、あのっ! カンナさんに今回の舞台へ出てもらう事は出来ないでしょうか?」

 

 一瞬誰もが呆気に取られ、同時にその手があったかとばかりに声を上げた。

 何せカンナは帝劇初期メンバーだった女性。当然真夏の夜の夢の初演の際にも舞台に立っている。その時の演出などを教えてもらえば、ある意味で神山の役にも立つし女優陣もかつての花組との差を作り易い。

 何よりも織姫程の世界的知名度はないにしても、帝都であれば桐島カンナの名はそれなりに通っている。問題があるとすれば十年間のブランクだが、それでも何年にも渡って帝劇の舞台に立ち続けた女優だ。やっている内に思い出す可能性は十分あると言えた。

 

「なら、聞くだけ聞いてみよう。ダメならダメで話ぐらいはしてくれるはずだ」

「だな。うし、じゃあ早速行ってみようぜ」

 

 そうして全員でカンナへ舞台出演のお願いをしようと食堂へ向かったのだが、そこにはもうカンナの姿はなく、どうしたものかと考える神山達へ丁度来ていたのだろう白秋が声をかけた。

 

「おや、神山君達じゃないか。全員揃ってどうしたんだい?」

「実は……」

 

 カンナが来ていた事を神山が告げると白秋は何かに納得するように頷いてこう教えたのだ。

 

「成程な。道理で先程道行く人達がざわついていると思ったよ。どうやら大帝国ホテルの方へ向かったらしい。そう話しているご婦人たちの声が聞こえていた」

「大帝国ホテル、ですか」

「奇しくも倫敦が使ってるホテルですね」

「もしかして、カンナさんはマリアさんに会いに行ったのでは?」

「あざみもそうだと思う。昔の仲間に会いに来たのかもしれない」

「そうね。じゃあ、どうするのキャプテン」

「……伯林の宿泊地へ行こう。多分だけどそこにも来るはずだ」

「先読み、という事だね。良い判断だ。私もそれを押すよ」

 

 白秋のお墨付きを得て、神山達はエリス達が寝泊まりしているスタジアム近くの飛行戦艦停泊地を目指す事に。

 神山達が到着すると丁度カンナとマリアがマルガレーテと話している最中だった。

 

「ですからレニ教官へは事前の約束がないと会えません」

「そう固い事言うなよ。な?」

「ダメです」

「カンナ、仕方ないわよ。レニへは後でまた会いに来ればいいでしょ?」

「でもなぁ。この後紅蘭がいるって店行って飯食おうと思ってさ」

「紅蘭……。李紅蘭の事ですか?」

「ああ。何だ? あたいらだけじゃなく紅蘭の事も知ってるのか?」

「当然です。かつての帝国華撃団についてはレニ教官から色々教えて頂いています」

「そう。だから私達を無下に追い払おうとはしないでくれているのね」

「……それだけじゃありませんが、まぁそれも一因ではあります」

 

 事務的な対応をしながらも、表情や反応はどこか目の前の二人へ聞きたい事があるとばかりにウズウズしているマルガレーテ。それに気付きながらも大人の対応を取るマリアと、いまいち分からないとばかりに首を捻るカンナ。

 彼女は思いもしないのだ。目の前の少女にとって自分が憧れの人物の一人であるなどとは。

 

「カンナさんっ!」

「ん? おおっ、モギリのあんちゃんか。って、何だ何だ。大勢で」

「カンナ、彼女達が今の花組よ」

 

 神山の声に振り向いたカンナとマリアは、彼の後ろにいるさくら達に気付いて対照的な反応を見せる。

 誰か分からないので不思議そうなカンナと、もうよく知っているとばかりに微笑むマリアというものだ。

 

「は、はじめまして! わたし、天宮さくらと言いますっ!」

「く、クラリッサ・スノーフレークです」

「し、東雲初穂、です」

「望月あざみ」

「はじめましてお二人共。アナスタシア・パルマよ」

「おう、よろしくな。あたいは桐島カンナだ」

 

 気安い感じで自己紹介を終えるカンナに苦笑し、マリアはさくら達へ笑みを浮かべた。

 

「こうして会うのは初めてね。マリア・タチバナよ」

 

 その微笑みと雰囲気に神山は思わず息を呑む。かつては男装の麗人だったマリアだったが、今では見事なまでに妙齢の女性としての色香を放つクールビューティである。

 格好こそ動き易さを重視しているためそこの女性らしさはそこまでないが、その雰囲気や佇まいはもう完全に女性のそれであった。

 

「はじめまして。俺、いや自分は帝国華撃団花組隊長の神山誠十郎です」

「ええ、知っているわ。大神司令が選んだだけあって見事な結果を出している事も、ね。今後も大変だと思うけど頑張ってください、神山隊長」

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 ここに大神がいれば懐かしく思って苦笑しただろう。今の神山はかつて藤枝あやめと接した際の大神一郎に酷似していたのだから。

 

(な、何て綺麗な人だ。それに、心なしかいい匂いがするような……)

「「「むっ……」」」

「っ?!」

 

 鼻の下を伸ばす神山の背中をさくら、クラリス、あざみが揃って抓った。その痛みに神山の背筋が伸びて、カンナは何が起きたのかと首を傾げ、マリアはその理由を察して苦笑し、マルガレーテはあざみを見ていたために原因だけは理解して頷いていた。

 

「それにしても、いいのかよ。倫敦は次アタシらと対戦だろ? マリアさんも色々やらないといけない事とかないのか?」

「ないわよ。どうしてそう思うの?」

「いや、それはさ……」

「今更焦るようなあの子達じゃないわ。それに、先に進んでいたのは貴方達。なら何もこちらは問題ないわ。むしろ焦らないといけないとすればそちらじゃないかしら」

「……言ってくれるじゃねーか」

 

 マリアの言葉に初穂の闘志が燃える。その様を見てカンナだけが懐かしそうな眼差しを向けた。

 

(こいつ、若い頃のあたいに似てるなぁ。マリアへの突っかかり方とか、本当にすみれへのあたいに似てるぜ……)

 

 と、そこでカンナは何かを思い出してマルガレーテへ顔を向けた。彼女は目の前のマリアへ視線を向けていてカンナの視線には気付いていないようだった。

 

「なぁ、えっと……」

「……マルガレーテです。呼び難いなら少々気は進みませんが、マルちゃんとでも呼んでください」

「まるちゃん?」

「…………シャノワールのエリカ・フォンティーヌが付けた呼び名です」

 

 複雑そうな表情でそう告げるマルガレーテにカンナは思わず声を上げて笑った。エリカらしいと思ったのである。

 

「はははっ! そうかそうか。エリカの奴、そんな呼び名付けたのか。嫌じゃないのか?」

「嫌じゃないとは言いません。でも、その、折角伝説の巴里華撃団の一人に付けてもらったものですから……」

「伝説、ねぇ。まぁいいか。お前が嫌じゃないって言うならあたいもそう呼ばせてもらうわ。で、マル」

「……変わった」

「レニが無理ならマルはどうだ? あたい達と一緒に飯、食わないか?」

「えっ!?」

 

 思わぬ誘いにマルガレーテの声が驚きに溢れる。彼女がこうして感情を露わにするのは珍しい事だ。

 ただ、例外があるとすればそれはかつての三華撃団の関係者と会話している時ぐらいだろうか。

 それぐらいマルガレーテはかつての三華撃団へ強い憧れや興味を持っているのである。

 

「ん? ダメか? 今のレニの事、マルから教えてもらおうと思ってさ」

「だ、ダメじゃないです。その、是非行かせてください」

「おしっ! マリア、こっちは話しついたぞ」

「そう。じゃあ、私達はこれで」

「あっ!」

 

 マルガレーテを連れて歩き出すカンナとそれについて行くように踵を返すマリア。その背中を悔しげに見つめる事しか出来ない初穂と、羨ましそうな表情で見つめるさくらにクラリスとあざみ。

 そして神山とアナスタシアは結局用件を伝える事が出来なかった事に落胆するように肩を落としていた。

 

「キャプテン、どうするのよ?」

「そうだなぁ……」

 

 さすがに旧友達と食事をしているところへ押しかけて、というのは神山には出来ない。こうなるともう打つ手はないと、そう思って彼が諦めて帝劇へ帰ろうと口にしようとした時だった。

 

「おや、神山隊長じゃないか」

「エリスさん……」

「アナスタシアもいるのか」

「ええ。歌舞伎座以外で会うのは珍しいわね」

「そうだな」

 

 少しだけ親しみを見せるような笑みをアナスタシアへ向けるエリスに神山は小さく驚きを見せた。

 実は二人はこう見えても歌舞伎仲間となっていたのだ。元から日本文化に興味があったエリスと、歌舞伎という日本の舞台に興味があったアナスタシア。二人が歌舞伎座で出会ったのは運命でもなく必然だったろう。

 

「それで、どうして帝国華撃団がここに? それにマルガレーテの姿がないが?」

「ああ、マルガレーテさんなら……」

 

 マルガレーテがカンナとマリアについていく形でここから去って行った事を聞き、エリスは羨ましいやら悔しいやら。表情を百面相かと思う程にころころと変えて最終的にはがっくりと項垂れたのだ。

 エリスもマルガレーテに負けず劣らずかつての三華撃団への憧れや興味がある少女だ。だからこそレニからやんわりとマリアや紅蘭への接触を禁じられていたのである。

 

「……マルガレーテはズルい。私とて桐島カンナさんやマリア・タチバナさんと話をしたかったのに……」

(まるで以前のマルガレーテさんみたいだ……)

 

 見た目と反しての感情のふり幅の大きさに微笑ましいものを感じ神山は苦笑する。

 

「何か彼女に用事だったの?」

「いや、そういう訳ではない。それにしても、レニ教官への取り次ぎを拒否するとはな」

「決まりじゃないんですか?」

「そんな決まりはない。おそらくだが、最近レニ教官が疲れているように見えるから気を遣ったのだろう」

「疲れてるんですか?」

 

 そこで会話にクラリスが入ってきた。どうやらさくら達もエリスの登場に気付いたようだった。

 

「と言っても仕事などではない。若干の寝不足だと思う。どうやら古い友人と夜遅くに通信をされているようだ」

「古い友人と言うと……?」

「多分だが、かつての帝国華撃団の人間かと思われる。有力なのはイリス・シャトーブリアンさんだろう」

「いりす?」

「ん? ああ、帝都ではアイリスと呼ばれていたらしいな」

 

 疑問符を浮かべたあざみへエリスが丁寧に説明すると、一瞬で神山を除いた五人が納得するように頷いた。それぐらいアイリスとレニが親しい事を織姫から聞いていたからである。

 

「まぁいい。マルガレーテがいないのなら一人で行くか」

「どこへ行かれるんですか?」

「と言っても大したところじゃない。時折使っている公園近くにあるカフェへ行こうと思っていたんだ」

「公園って……銀六百貨店近くの?」

「ああ。もしよければ一緒に行くか?」

 

 その誘いを断る理由もなかったため、神山達はエリスと共にカフェへと向かう。

 すると、そこに思いがけない相手がいたのだ。

 

「ん? あっ、さくら達じゃん!」

「ランスロットさん?」

 

 倫敦華撃団のランスロットが口の端にクリームをつけてケーキを食べていたのだ。

 それに気付いて神山達が小さく苦笑する中、エリスだけが特に気にするでもなく彼女へ近付く。

 

「こうして会うのは初めてだな、騎士ランスロット。私は倫敦華撃団隊長のエリスだ」

「こちらこそはじめまして。ランスロット、でいいよ。代わりにあたしもエリスって呼んでいい?」

「ああ、構わない。それで、一人か?」

 

 ランスロットが座っていたテーブルには一人で食べるには少々多い空き皿があり、二人で来ているのかと思うのも無理はなかった。

 

「そうだよ? 何で?」

「いや、その割に皿が多いように思えてな。随分食べるのだな」

「え? これぐらい普通じゃない? ケーキなんてホールぐらい食べないと食べた内に入らないでしょ?」

「「「「「「えっ!?」」」」」」

 

 ランスロットの言葉に神山達帝劇組がギョッとする。さすがにそれは甘い物好きなあざみであっても頷ける内容ではなかったのだ。

 

 だがエリスはそれを聞いても驚く事なく腕を組むと小さく頷いた。

 

「ふむ、イギリスではそうなのか。こちらでは半分でも多いと思われるぞ」

「そうなんだ。ドイツ人って甘い物好きじゃないんだね」

「いや、マルガレーテは好きなのだがホールでは食べないな。私も好きだと思うが、さすがに半分も食べない」

「ふむふむ。好きなケーキは?」

「やはりシュトーレンだな。ただ、パリで食べたブッシュドノエルやモンブランも良かった」

「あー、いいよねぇモンブラン。パリは人はともかくお菓子は最高だよ」

(な、何だこの会話。というかエリスさんもランスロットさんも女の子らしいところあるんだな)

 

 気付けばランスロットの向かいへ座って話し始めているエリスを見つめ、神山は二人の意外な一面を見て笑みを見せる。

 が、そんな彼の背後に三対の鋭い視線が突き刺さった。言うまでもなくさくら、クラリス、あざみである。初穂とアナスタシアはそんな三人とは違い甘い物談義を始めたエリスとランスロットに意外そうな表情を見せていた。

 

「あの二人、初めて会った時と印象が違い過ぎるんだけど……」

「そうね。思ったよりも乙女みたいよ」

「だよなぁ。あ、アタシも話に参加したい、かも」

「あら、そう言えばいいじゃない。エリスは結構話してみると可愛いわよ?」

「い、いいのかなぁ?」

 

 アナスタシアに背中を押されるように会話中の二人へ近寄っていく。

 

「あ、あのさ。あ、アタシも話に参加させてもらってもいい、かな?」

「ん? 別にいいよ?」

「ああ、構わない。私としても今の帝国華撃団の事も聞いておきたい」

「じゃ、二人もなんか頼みなよ。ただし御代は自分持ちだからね」

「分かってるっての。んじゃ、アタシはパフェでも」

「私は……どれがオススメなのだろうか?」

「あっ、ここはな」

 

 水を得た魚のようにエリスへ話し始める初穂を眺め、神山はここは解散するべきかと判断する。

 さくら達も同じ考えを抱いたらしく、振り返った神山へ小さく苦笑した。

 

「解散、するか」

「そうですね。ならわたしは帝劇へ戻ります」

「私もそうします。カンナさんへの依頼はまた後ですね」

「じゃ、あざみはみかづきへ行く」

「私は……初穂と一緒にここに残るわ」

 

 こうして神山達はそれぞれに散った。帝劇へ戻るさくらとクラリスとみかづきへ向かうあざみを見送り、神山はどうしたものかと腕を組んだが、ふと後ろを振り返って窓から見える店内の様子を眺めた。

 そこでは、エリスやランスロットにアナスタシアという異国情緒溢れる女性達と共に笑みを浮かべる初穂の姿がある。

 

「……ああしてると初穂もやっぱり普通の女の子なんだな」

 

 そう呟く神山の視線の先では、パフェを一口食べて目を見開くエリスへ初穂が笑顔を見せていた。

 

 

 

 神山が行き先を決めずに歩き始めた頃、神龍軒ではシャオロンとユイが今までにないぐらいの興奮と緊張をしながら動き回っていた。

 何もカンナがマリアとマルガレーテを連れて現れただけではない。カンナからの注文がこれまでにない程の量と数だったためである。

 しかも他の客もいるため、今の神龍軒で手伝いとして働く一人の少女が目を回しそうな勢いで押し寄せる忙しさに振り回され、それでも必死に皿を洗い続けていた。

 

「ミンメイっ、洗い終わった皿から拭いて戻しておいてくれっ!」

「は、はい!」

「ミンメイ、これも洗っておいてくれる!」

「は、はいっ!」

 

 ミンメイと呼ばれているのは、華撃団大戦に出場するためにやってきた三人目の上海華撃団隊員、ウォン・ミンメイだった。

 上海華撃団最年少であり、霊力だけならトップクラス。ただ、人見知りで引っ込み思案なため、その潜在能力の高さを中々発揮出来ないという黒髪で三つ編みの小柄な女の子である。

 

「勘忍な、ミンメイ。うちも手伝えたら良かったんやけど」

「い、いいんです! 紅蘭さんは花組の皆さんとお話しをしててくださいっ!」

「……ごめんな。後で何かお詫びするな」

 

 そっとミンメイの頭を撫でて紅蘭は再びフロアの方へ戻っていく。そこの一角にカンナ達が座っているのだ。

 マルガレーテは食べるのも忘れてマリアへやや興奮気味に質問を続け、カンナはそんな様子へ意識を向ける事もなく料理の味に賞賛の言葉を述べるのみ。

 周囲の客もかつての帝劇スタァと二連覇を遂げた伯林華撃団隊員という組み合わせに興味津々といった様子である。

 

「おう紅蘭っ! お前んとこの隊長、凄いな! こんな飯を作れるとか羨ましすぎるぜっ!」

「ははっ、まぁシャオロンは二つ名が“炎の飯使い”ちゅうぐらいやしな」

「へっ? 召使い?」

「食事という意味の飯、だそうです。まぁそれでもどうかと思いますが」

 

 すかさず説明をするマルガレーテ。マリアはそれに苦笑しつつ頷いて肯定すると、チラリと厨房のシャオロンへ顔を向ける。

 

「でも、見てると凄い思い切りだわ。私じゃあそこまで豪快に鍋を振るえないし」

「あたいは出来るけど、あの歳でこれだもんなぁ。将来が楽しみだぜ」

「どうせなら他の事でお二人には褒められたかったぜっ! ほらよっ! もってけぇ!」

「はーいっ!」

 

 複雑そうだが、それでもどこか嬉しそうに二つの炒飯を置くシャオロン。そんな彼に苦笑しつつ素早くそれを手に取り運び出すユイ。

 その二人を見つめ、カンナは紅蘭へ顔を戻した。紅蘭はそんな二人を見て嬉しそうに笑みを浮かべていたのだ。

 

「紅蘭、今、どうだ?」

「……幸せ、やな。まぁ、今のうちはもう第二の人生やし」

 

 その答えでカンナも何かを察して言葉に詰まってマリアへ視線を向けると、向こうも視線を向けていたためかち合う。

 

――マリアも、そうなのかよ?

――貴方はどうなの?

 

 そんな言葉を視線だけでやり取りし、二人は揃って苦い顔で息を吐いた。

 

「あの、どうかしましたか?」

「え? ああ、その、な?」

「色々あるのよ、この年齢になると、ね」

 

 理解出来ないマルガレーテへカンナとマリアは揃って苦い顔でそう返して遠い目をした。紅蘭もそんな二人に似たような表情と眼差しを向けた。

 

「はい、どうぞ。で、どうして貴方は?」

「レニ教官の事を話して欲しいと言われたのよ」

「そうなんだ。あ、そうだ。ね、うちの店の料理はどう?」

「……初めての味だけど、悪くないわ」

「むっ、素直じゃないなぁ」

「素直よ。裏表ない意見」

 

 互いに見つめ合って無言となるユイとマルガレーテを見てカンナとマリアが小さく笑みを浮かべる。どこかで似たようなやり取りをした覚えがあったのだ。

 

(ははっ、この二人、意外といいコンビになるかもしれねーな)

(最初の壁を越える事が出来れば化けるかもしれないわね、この二人)

 

 やや睨み合っているようにも見える二人に、今や親友と互いに呼べる関係となった二人が微笑む。

 そんな二組を眺め、紅蘭だけが苦笑するのだ。

 

(なんや、他の華撃団との関係性は不安視しとったけど、この感じならうちらとロベリアはん達みたいになれそうやな、この子らも)

 

 そこへ店の扉が開いて一人の男性が入ってきた。その事に気付きユイがすぐさま笑顔へ変わった。

 

「いらっしゃいっ! あれ? 神山じゃない」

 

 そこにいたのは気付けば足が神龍軒へ向いていた神山だったのだ。彼は、無意識の内に足が店の前まで来ていた時、どれだけ自分が今回の舞台を成功させたいと思っているかを実感し、ならばと意を決して店の中へと足を踏み入れたのである。

 

「どうも。正直来るのはどうかと思ったんですが……」

 

 笑顔のユイへ若干気まずそうな表情でそう告げ、神山は視線をあるテーブルへ向けて目を点にした。

 

「……あの、桐島さん? たしか帝劇でもかなりの量召し上がってましたよね?」

「カンナ、貴方……」

「あっはっは! いやぁ、自分でも驚きだぜ。正直ここの飯が美味いおかげでまさかこんなに食えるとはよ」

「あ~……神山はん、カンナはんはこういう人や。昔もよー食べてなぁ」

「神山、どういう事?」

 

 呆れた表情のマリアと遠い目の紅蘭を見てユイが詳しく話せと要求する。なので簡単に帝劇の食堂での光景を話すと、ユイだけでなくマルガレーテとシャオロン、そしてこっそりと聞き耳を立てていたミンメイを含む周囲さえも言葉を失っていた。

 その原因であるカンナは、食べていた炒飯をきっちり食べ切って笑顔を浮かべて大きく頷く。その瞬間マリアと紅蘭が揃って大きくため息を吐き、周囲は絶句する。

 

「……大食漢とレニ教官から聞いていましたが、正直言わせて頂けるなら、度が過ぎてます」

「お腹壊すよ!?」

「俺の料理を褒めてくれるのは嬉しいけど、もっと味わって食ってくれっ!」

「本当に腹八分目なんですよね?」

 

 神山達新世代に注意と心配をされ、さしものカンナもさすがに笑って済ませる訳にはいかなくなったのか、頬を指で掻きながら視線を上へ向けた。

 

「あ~……その、心配させて悪いな。でも、あたいはこれぐらい本当に食えるんだよ」

「カンナ、この子達は食べられるのか、ではなく食べる量を考えて欲しいと言ってるのよ」

「せやで。カンナはん、まだきっと心身ともに健康で平気なんやろけどな? そろそろ食べる量、考え直した方がええかもしれんよ。食べられるから食べられるだけって考えも、もう見直す時期ちゃう?」

「……そうかもしれねーな。あたいも三十越えちまったし、もう少しで四十見えてくるし」

「うっ」

 

 しみじみと口にした言葉にマリアが小さく呻く。彼女とカンナは年齢が近い。紅蘭はそんなマリアを横目にして苦笑する。

 何せ彼女もそこまで歳が離れている訳ではないのだ。かつての花組で三十路を越えていない方が少ないのだから。

 マリアの反応は幸か不幸か紅蘭以外には気付かれる事もなく、神山達はカンナの言った言葉の持つ想像以上の重さに何て言ったらいいのかという表情で互いを見合っていた。

 

「あ、あの……」

 

 そんな中、小さな声が彼らへ投げかけられる。誰もがその声に顔を動かすと、一斉に見られた事で驚いたように体を縮ませてミンメイがおずおずと口を開いた。

 

「え、えっと、そちらの帝国華撃団の隊長さんは、ご注文、どうするんですか?」

「え? あ、ああ……じゃあ炒飯を一つ」

「わ、分かりました。た、隊長、だそうです」

「お、おう。今作る」

「えっと、神山? 好きなとこ座って。すぐ水持ってくるから」

「すみません。そういえばマルガレーテさんは何を食べたんです?」

「……言う必要ある?」

「必要はないですけど、自分が食べない物を食べそうな人の話を聞きたいじゃないですか」

「…………李紅蘭に勧められた天津飯」

「へぇ、どんな味でした?」

「そうね……ドイツにはない味だったわ。近いのは……」

 

 味を思い出しながら若干表情を綻ばせるマルガレーテを見て、神山は小さく笑みを見せて耳を傾ける。そんな彼を見て、紅蘭だけでなくカンナとマリアも一瞬驚いた顔をし、そして納得するように笑みを浮かべた。

 

(やっぱり神山はんは大神はんと同じやな。もしかしたら、神山はんなら……)

(あの頃のあたい達が出来なかった事を、果たせなかった事をやってのけてくれるかもしれねーな。もしかしたらこの兄ちゃんは……)

(あの頃よりも数を増やした華撃団。だけど、どうしても互いの交流は断続的で、しかも競技会の性質上中々仲良くとはいかなかった。でも彼なら……)

(((全ての華撃団を、一つに繋げるかもしれない)))

 

 大神一郎さえも出来なかった事。それを、神山誠十郎は出来るかもしれない。何せ彼はその大神一郎が選んだ、帝国華撃団の隊長なのだから、と。

 

 

 

 神龍軒を出て神山は軽い足取りで帝劇を目指していた。あの後、カンナへ駄目元で舞台への出演依頼をし快諾をもらったからだ。

 

――別にいいぜ。ただ、あたいがやってみて、あいつらが駄目だって言ったらなしだ。

 

 ユイやマルガレーテはカンナの言葉を聞いて若干妬ましそうな視線を神山へ送った。マリアや紅蘭はそんな二人に苦笑し、シャオロンはもう何も言う事なく注文をこなす事へ注力し、ミンメイはどこか驚くような表情で神山を見つめていたのだ。

 

(これでみんなに良い報告が出来るな)

 

 舞台演出としての初仕事としてカンナの出演依頼を果たし、神山は意気揚々と帝劇へと帰ってくるなりサロンへと向かった。

 そこにはさくら達が集合しており、神山がドアを開けてそこへ顔を見せると一斉に彼女達の視線が彼へ向いた。

 

「やぁ、ただいま」

「神山さん、何か良い事ありました?」

「誠十郎、良い顔してる」

「ああ、実はカンナさんへ出演依頼をしてきたんだ」

「と言う事は……」

「その表情、良い返事をもらえたのね?」

 

 その問いかけに力強く頷く神山。その瞬間、五人が嬉しそうな声を出す。

 

「やるじゃないか隊長さん。そうか、じゃあ後は配役だな」

「そうですね。カンナさんのイメージだと……」

「男役しかない。あざみはそう思う」

「そうでしょうね。それがベストだと思うわ」

「なら、ここはさくらさんの相手役でしょうか」

 

 盛り上がり始めるさくら達を見て、神山は笑顔で手を叩いた。今はカンナの事抜きでも出来る事を進めるべきだと考えたのである。

 

「詳しい話はカンナさんが戻ってきたらにしよう。とりあえずクラリスは台本関係をお願い出来るか? さくらと初穂は衣装を頼む。あざみはその手伝いかな」

「キャプテン、私は?」

「アナスタシアは……今回の話は欧州寄りの話だ。クラリスの手助けを頼みたい」

「了解。でも、必要?」

「……そうですね。私じゃ見落とす事や気付かない事もあるかもしれませんから」

 

 こうしてそれぞれに散って公演準備へ入る花組。さくらと初穂はあざみと共に衣裳部屋へ。クラリスはアナスタシアと共に資料室で台本の見直しや修正を。神山は一人残った雑務を片付けながらカンナの帰りを待った。

 

 やがて時刻は夕方となりカンナが帝劇へ姿を見せた。彼女は律儀に売店へ寄りこまちへ神山を呼んでくれるように頼むとロビーで待ったのだ。

 

「桐島さんっ!」

「おう、兄ちゃん。あいつらの反応はどうだった?」

「みんな喜んでます。カンナさんの配役はどうしようってそう言ってたぐらいです」

「そっか。じゃ、悪いけど案内頼むわ。今のあたいはここの人間じゃないからよ」

 

 どこか自律の意味もあっての言葉だったが、それに神山は小さく首を横に振った。

 

「いえ、今も桐島さんは帝劇の人です。引退、されてないじゃないですか」

「……それは」

「何か事情があったとは思います。でも、引退した訳じゃないなら。いえ引退してもここで貴方達が歌い踊った日々がなくなる訳じゃありません。なら、いつだってここは貴方達の場所でもある。そう俺は思いますよ」

 

 その言葉にカンナの足が止まる。その眼差しは前を歩く神山の姿を見つめ、それがとある背中と重なって見えて彼女は小さく笑みを浮かべた。

 

(……隊長、みたいだな、この兄ちゃん。そう、か……。いつでもここはあたい達の場所か……)

「へへっ、嬉しい事言ってくれるな、兄ちゃんっ!」

「え?」

「うしっ、気に入った! それとあたいの事はカンナでいいぞ。んじゃ、行くかっ!」

 

 バンバンと神山の肩を力強く叩き、カンナは上機嫌で階段目指して歩いていく。その背を見失ってから、神山は我に返って慌てて追いかけた。

 するとカンナは窓から中庭を見つめて足を止めていたのだ。その視線の先にあるのは霊子水晶だけ。何か気になる事でもあっただろうかと、そう思って神山がカンナの傍へ近寄って問いかけた。

 

「どうかしました?」

「ん? ああ、あれっていつからあるんだ?」

「霊子水晶ですか? 俺も詳しくは知りませんけど、さくら達が来た時にはあったらしいです」

「……そっか」

 

 どこか寂しそうな顔をしてからカンナは再び歩き出し、神山もそれに続く形で歩き出す。

 

(あの霊子水晶は十年前にはなかったって事か……)

 

 ただ一つ、ある事実を受け止めながら……。

 

 

 

 カンナの配役は本人の強い希望でオーディション形式で決める事になった。というのも、クラリスがカンナに男役を頼んだのだが、どうせなら全部挑戦させて欲しいと言い出したためだ。

 

「あたいも十年振りに舞台に立つんだ。少しでも感じを思い出しておきたいんだよ」

「分かりました。なら、お願いします」

 

 こうして神山達六人の前でカンナによる全ての役への挑戦が始まる。そしてそれが一人の女優に大きな衝撃を与える事となる。

 最初は二つある男役をやったカンナ。その演技はとても十年ぶりとは思えない程であり、初穂は特に衝撃を受けた。

 

(こ、これが十年振りに舞台を踏もうとしてる人の雰囲気かよ……)

 

 どちらも堂々としたものであり、それぞれの役としての違いをしっかり表現し、初穂に決まっていた妖精王などは威厳さえも感じさせて、これからやるはずの彼女は自信を大きく揺らがされたのだ。

 続いて今度は女役。それが一番初穂には衝撃だった。男役はカンナの方が上だとどこかで分かっていたし、まだ飲み込む事が出来た。だが……

 

「うそ……だろ……?」

 

 思わず声に出してしまう程、カンナの女役も様になっていたのだ。さすがにさくらやアナスタシア、クラリスのような可愛さや可憐さはないが、それとは異なる魅力を持つ女性達としてカンナの演技は初穂の目に映ったのである。

 

「……と、こんな感じか。どうだ? どれがあたいに一番合ってた?」

「え? あっ、ええっと……」

「妖精王、かしらね」

「っ!?」

 

 慌て始めるクラリスとは違いアナスタシアはあっさりと答えを告げる。それが初穂の心に突き刺さった。

 

「そうか。まぁ、あの時もあたいはその役だったしなぁ」

「そう。なら適任ね」

「そ、そんなっ!」

 

 どこまでもドライなアナスタシアにさくらが悲痛な声を上げる。クラリスとあざみは初穂の方を向いていた。彼女は下を向いて悔しげに拳を握りしめていたのだ。

 

「何が問題? みんなも見たでしょ? 今の初穂が彼女よりも威厳ある妖精王が出来ると思う?」

「っ!」

「初穂っ!? 待ってっ!」

 

 居た堪れなくなった初穂がサロンを飛び出し、それをさくらが追い駆けていく。その遠ざかる足音を聞きながらクラリスがアナスタシアへ顔を向けてやや責めるような声を出した。

 

「どうしてそんな言い方するんですかっ!」

「クラリス、帝劇は特殊なのよ。たしかに脚本家や演出家が配役を決める事もあるんだけど、今回のようなオーディションで決める事が普通は多いわ。配役に関して争いのない帝劇が特殊なの」

「そ、そうかもしれませんけど……」

「これぐらいで折れる程度なら初穂はそこまでよ。この悔しさをバネに出来ないようなら、先はないわね」

「厳しい……」

「そんな世界で私はやってきたの。あざみ、厳しいように思えるかもしれないけど、これも裏を返せば優しさよ。これを越えられないならこの世界はやっていけない。なら、諦めるのは早い方がいいわ」

「そんな……」

 

 ヨーロッパで様々な舞台を渡り歩いたアナスタシアならではの考えと意見だった。あざみもクラリスもその実体験へ反論がなく、神山へ助けを求めるように視線を向ける。

 神山もアナスタシアの意見の正しさを感じていた。それでもこのまま黙っていては不味いだろうと思い、息を吐いて口を開いた。

 

「たしかにアナスタシアの言う通りだとは思う。だからこそ、俺は初穂はここへ戻ってくると信じている。彼女はもう立派な女優だ。なら、今は無理でもその内必ず戻ってくる」

「キャプテンらしいわね。私もそう願っているわ」

 

 好ましそうな笑みを浮かべてアナスタシアはその場から立ち去った。そこでやっと黙っていたカンナが申し訳なさそうに口を開いた。

 

「何か悪いな。あたいのせいで」

「いえ、むしろありがとうございます。今回は初穂でしたけど、きっとさくら達全員がいつかは経験しないといけない気持ちだったと思いますから」

「そ、そうか。そう言ってくれると助かるけど……」

 

 そう言ってカンナは閉じているドアへ目を向けた。

 

「あの、カンナさん。役ですけど、一応明日まで待ってもらっていいですか?」

「構わないぜ」

「ありがとうございます。初穂さんの妖精王も見てから決めたいと思うので」

「ああ、そうしてくれ。あたいもあいつの芝居を見てみたいしな」

「誠十郎、あざみは衣装作りへ戻ってる」

「分かった。頼む」

「お任せ。にんっ!」

「おおっ!? き、消えた……」

 

 そう神山が頷くとあざみの姿がその場から消え、さすがのカンナもそれには大きく驚きを見せた。

 

「私も手伝いに行きます。台本は明日以降にしたいので」

「そうだな。そうしてくれ」

「はい。じゃあ失礼します」

 

 軽く一礼するとクラリスもサロンを出ていく。こうしてその場には神山とカンナだけが残った。

 

「なぁ兄ちゃん」

「はい?」

「今回の演目、隊長いや支配人は何て言ってんだ?」

 

 その問いかけに神山は内心首を傾げるものの正直に答える事にした。

 

「いえ、特には何も。ただ、一瞬懐かしそうな顔はしてました」

「そっか……」

 

 どこかカンナも懐かしそうな顔をし、一度だけドアの方へ視線を向けてから神山へ視線を戻した。

 

「兄ちゃん、あたいが言うのも何だけどさ。あの、初穂、だったか? あいつの事、頼んでいいか? あたいが行っても逆効果だと思うんだよ」

「……分かりました。それとカンナさんもあまり気にしないでください。初穂はこんな事で潰れるような女優じゃないですから」

 

 凛々しく断言すると神山もサロンを出て行った。一人その場へ残ったカンナはそんな神山を見送ると小さく笑みを浮かべて呟くのだ。

 

――隊長、らしいな、あの兄ちゃんも。十年一昔だったか? ホント、その通りだぜ……。

 

 

 

「初穂、元気出してよ」

 

 神山がこまちから初穂とさくらが帝劇を出て行った事を確認している頃、その二人は昼前に来たカフェにいた。

 

「元気出せって言ってもよ。さくらも見たろ? あんな堂々として、威厳溢れる王様されたんだ。アタシじゃ、出来る訳ねぇ」

「初穂……」

 

 一度として顔を上げる事なく力ない声で告げる初穂にさくらはかける言葉が見つからない。

 そんな彼女の反応に初穂は力なく笑うと、ゆっくりと顔を上げて視線をあるテーブルへ向けた。そこは今日彼女がエリス達と共に過ごしたテーブルだった。

 

「……今日さ、エリスやランスロットとここで過ごしたんだけど、笑えるぜ。あの二人、アタシが思ってたよりも乙女なんだよ。甘い物の話に目がないし、アナスタシアが歌舞伎の話を振るとエリスは大好きらしくてすっげぇ口数増えるんだよ。で、ランスロットはアタシと二人でさっぱり分からないって感じでさ。ならって二人で別の話をって和菓子の事を振ると気付けばエリスまで聞いててさ」

「初穂……」

「そんなエリスもランスロットも故郷じゃ男役やる事もあるんだってよ。勿論娘役の時もある。アタシと同じだってあの時は思ってたけど、今考えてみると多分違うんだよな。二人はカンナさんみたいな存在で、アタシは男勝りってだけで男役を振られてるだけなんだ」

「それは違うよ初穂」

「っ……本気で、本気でそう思ってるのか? 本気で、本気でそう言ってるのか?」

「初……穂?」

 

 自分を睨むような表情で見つめる初穂にさくらは戸惑いを浮かべる。そんなさくらを見て初穂は一瞬表情を歪めるも、そのまま無言で席を立つと代金だけその場へ置いて店を出て行った。

 今度はさくらもその背を追い駆ける事が出来なかった。初めてだったのだ。初穂があんな表情を見せたのは。まるで自分を拒絶するような、そんな表情は。

 

「……初穂」

 

 帝劇に来てからすぐに仲良くなり、互いに悩みや愚痴を言い合った事もある仲の二人。ケンカをした事がない訳ではないが、今回のような雰囲気にはなった事はなかった。

 さくらは代金を支払い店を力なく後にし、帝劇へと戻る道をトボトボと歩き出す。さくらにはあの時の初穂の気持ちが分かってしまったのだ。同時に、自分がかけた言葉が初穂の心を傷付けてしまった事も。

 

(あの時、わたしは初穂へ即答しなきゃいけなかったんだ。それが出来なかったから、初穂はわたしを置いて出て行ったんだと……思う)

 

 さくらもどこかで思ってしまっていたのだ。カンナの方が初穂よりも妖精王に相応しいのではと。それを初穂自身も強く感じてしまっていたからこそ、それを親しい自分が否定するべきだったのに、と。

 

「さくらっ!」

「……誠兄さん」

 

 前方から聞こえた声にさくらがゆっくりと顔を上げる。悲しみに染まった表情に駆け寄っていた神山の足が僅かに止まりかけるも、すぐに速度を戻してさくらの前へと急いだ。

 

「何があった? 初穂はどうしたんだ?」

「誠兄さん、わたし……わたしっ……初穂を、傷付けちゃった……っ!」

「っ!? さ、さくら? と、とりあえず場所を変えよう! な?」

 

 涙を浮かべるさくらを見て神山が慌ててその場から動き出す。そのまま二人は近くにあった公園へ向かい、そこのベンチへと腰掛けた。

 

「それで、一体何があったんだ?」

「……実は」

 

 さくらからカフェでのやり取りを聞いて、神山は思いの他初穂の心が傷付いている事を悟る。それも、女優としてだけじゃなく一人の乙女としても弱っている事も。

 

「そうか。分かった。さくらは帝劇へ先に帰っていてくれ。俺は初穂を探して連れ戻すから」

「あっ、誠兄さん待ってっ!」

「何だ?」

 

 今にも走り出しそうな神山を呼びとめ、さくらは彼へ初穂が行きそうな場所を教えたのだ。それを聞いた神山が、それを当たるべく動き出そうと前を向いて足を踏み出した時だった。

 

「あのっ! 初穂に伝えておいてくださいっ! 待ってるからってっ! わたし、初穂が帰ってくるの待ってるからってっ!」

「ああっ! ちゃんと伝えておくっ!」

 

 安心させるようにそう返し、神山はその場から走り出した。既に日も落ち始め、周囲は夜の闇が包み始めている。早めに見つけないと不味いかもしれないと思い、神山はさくらから聞いた心当たりを目指して走った。

 それは、帝都内にある東雲神社近くのとある場所。そこはさくらがかつて初穂から聞いた場所。幼い頃に嫌な事があった時、そこで空を見上げるのが初穂なりの気分転換だったのだ。

 

「っはぁはぁ……こ、この辺りらしいが……」

 

 東雲神社は簡単に道が分かったものの、さくらから聞いた場所は明確な場所が分からず、付近で初穂の事を聞き込んだ神山は、ちょっとした路地を抜けたところにある開けた場所へ目を向けた。

 そこに腰掛け、ぼんやりと空を見上げる初穂の姿があった。その横顔から見える頬には涙の跡がある。

 

「……初穂、探したぞ」

「隊長さん、か。よくここが分かったな」

「さくらから聞いたんだ」

「……そっか。一回だけここの事話したっけな、そういや。よく覚えてたな、あいつ」

 

 微かに嬉しそうに笑みを見せる初穂だが、すぐにその笑みも消える。

 

「隊長さん、ちょっとアタシの話聞いてくれよ」

「俺でよければ」

「なら、んなとこに突っ立ってないで隣へ座りな。そんなとこから顔を見られてると恥ずかしいんだよ」

 

 若干普段のような感じだが、声に力がなく空元気である事は神山にも分かった。それでも何も言わずに初穂の隣へ座る。

 

「アタシは、この近くにある東雲神社ってとこで生まれた。ま、家が神社だから物心ついた時には巫女として育てられた。ならどうしてこうなったって思うだろ? 巫女つっても清楚に淑やかに、とはいかないのが下町ってやつさ。両親も根っからの下町っ子だもんだから、アタシのお転婆を咎める事もなくむしろ男に負けないアタシを褒めるぐらいだった」

「想像出来るな……」

「だろ? そんな感じでアタシは育った。そんなアタシが、急に帝劇の舞台を踏まないかって誘われた。最初は信じられなかったよ。アタシは女優なんて縁遠い人間だと思ってたし、スタァなんて言葉は一生関係ないと思ってたからさ」

 

 その時々を思い出すような表情で語る初穂。それを聞きながら神山は彼女の横顔を見つめた。

 

(こうやってみてると、初穂はやっぱり乙女らしいな。カンナさんとは似ていないとよく分かる)

 

 神山が自分の表情を初めてまじまじと見つめている事に気付かぬまま、初穂は初めて帝劇へ関係者として訪れた頃の話をしていた。

 帝劇前でいかにも初めて来たと言う感じで大きな荷物を足元に置いて、劇場を見上げていたさくらへ声をかけた事。二人で大神へ挨拶に行き、クラリスやあざみへ紹介された事。今よりも些か人を寄せ付けない感じがあったクラリスと、とっつきにくい雰囲気だったあざみを相手に打ち解けるべく四苦八苦した事。

 それらを聞いて神山は自分の知らない頃の帝劇を想像し複雑な表情を浮かべていた。自分がその頃にいたら今よりも苦労していた事が容易に想像出来たためだ。

 

「……で、隊長さんが来た」

 

 気付けば話はもう神山が知る頃へ移り変わっていた。

 

「アタシとさくらが来た頃から一年で起きた事よりも、隊長さんが来てからのこの半年足らずの方が色んな事があったよ。一応隊長さんが来るまではアタシが隊長代理って扱いだったんだけどさ。クラリスの力もあざみのお祖父さんの事も、アタシはこれっぽちも知らなかったし知ろうともしなかった」

「それは俺だって偶然で」

「それだけじゃない。舞台だってそうだ。アタシは最初からこの性格や言葉遣いもあって男役を任される事が常だった。だからそれなりに自信があったんだぜ? だけど、それも今日砕かれちまった」

「初穂、それは違う」

「っ! 隊長さんもそんな上っ面の慰め言うのかよっ!」

 

 思わず立ち上がる初穂だが、神山は視線も表情も変えずに彼女の事を見つめていた。

 

「初穂、俺が言ってる事を上っ面の言葉だとどうして思うんだ? そして、俺もって言う事はさくらの言葉もそうだと心から思ってるのか?」

「っ……そ、それは」

「初穂、たしかにカンナさんの妖精王は凄かった。でも、初穂がやろうとしてた妖精王はあれだったのか?」

「アタシが……やろうとしてた……」

 

 思いがけない質問に初穂の怒りや悔しさが失せる。それを感じ取って神山は小さく深呼吸した。

 

「もし初穂の妖精王がカンナさんとまったく同じなら勝てないと思うのも仕方ない。でも、もし少しでも違うなら勝てないとは限らないだろ? アナスタシアがいつか言ってたじゃないか。同じ役柄でも演じる人間が変われば芝居が変わる。だから同じ演目でも演者が変われば客が呼べるって」

「……同じ役柄でも、演じる人間が変われば……」

「初穂、俺は君が戻ってくると信じてる。それを聞いてクラリスは配役変更を明日以降にした。アナスタシアは俺の意見に賛同してくれた。あざみは衣装作りへ集中してる。さくらも、初穂が帰ってくるのを待ってると言っていた。みんな、初穂を待ってる。カンナさんも初穂の芝居を見てみたいと言っていた」

「カンナさんが? アタシの芝居を?」

「そうだ。みんな、初穂の妖精王を見てみたいんだ。それを見た上で決めたいって、そうみんな思ってる」

 

 その言葉に初穂が息を呑み、表情と目だけで神山へ問いかけるのだ。本当か、と。それを感じ取り神山は優しい笑みで深く頷いた。

 それを見て初穂が思わず口元を押さえた。感極まったのである。目頭が熱くなり、初穂は涙を流し始めた。

 

(アタシを、アタシをカンナさんが、さくらが、隊長さん達が待っててくれてるっ! アタシを女優として、スタァとして信じてくれてるっ!)

「初穂、君はさっき性格や言動が男っぽいから男役と言っていたけど、俺はそう思わないよ。今日のカフェや今の昔話をしてくれていた時、初穂はとっても可愛い乙女だった」

「っ?! お、乙女ぇ!?」

「ああ。カンナさんを見たから余計思うよ。君はカンナさんよりも乙女らしい。年齢がじゃない。言動や立ち振る舞いだ。たしかに初穂は男勝りだけど、カンナさんは男勝りというより男性的だ。それをさっき俺は強く実感したよ。初穂は可愛い女の子なんだって」

「~~~~~っ!?」

 

 神山の言葉に顔を真っ赤にして落ち着きを無くす初穂。生まれて初めて男性に正面から可愛いと言われたためである。

 照れくさくなり、でも嬉しいため否定をしたくないという複雑な乙女心が選んだ反応が言葉を無くしてジタバタするというものだった。

 

「なっなっなっ何言ってんだよ、隊長さんはっ! あ、アタシが可愛いとか、本気かっ!? いやっ! いいっ! 返事はしなくていいっ! あ~っ、もうっ! 何でアタシを困らせるんだよ、あんたはっ!」

「いや、そう言われてもなぁ……」

 

 何故か怒られるという事に困惑する神山だが、それでもやっと初穂に普段の調子が戻りつつあると感じて笑みを浮かべた。

 その笑みに初穂は自分の態度などを笑われたと感じられて、目を吊り上げて睨み付けるような表情へと変えた。

 

「何笑ってんだよっ!」

「気を悪くしたのなら悪い。やっと初穂がらしくなってきたなと思ってさ」

「アタシらしく?」

「ああ。花組の中でも初穂は感情豊かな方だろ? 明るくて元気でさ、だから一緒にいるだけでこっちも笑顔になれるんだ」

「~~~~~っ!? も、もういいからっ! さっさと帰ろうぜっ!」

 

 これ以上二人きりでいると気持ちが落ち着く事はない。そう思って初穂は先んじてその場から歩き出した。その行動を見て神山は若干呆気に取られるも、すぐに笑顔でその後を追って隣へと並ぶ。

 

――そういえば昼間のカフェはどうだったんだ?

――昼間? ああ、あれな。はっきり言うぞ。エリスもランスロットもすっごい乙女だ。まずな……。

 

 そうやって昼間のカフェでの出来事を話し始める初穂だったが、その話をしている彼女を見つめ神山が微笑む。それに気付いて初穂が顔を赤くするも、それで話を中断したら負けだと思って頬を赤めながら話を続ける。

 

(アタシを可愛い女の子なんて言う男、か。ホント、隊長さんは変わってるぜ……)

 

 そう思いながらも微かに笑みを浮かべて初穂は歩く。その綺麗な微笑みを夏の星空が照らしていた……。




ゲームで初穂の実家が神社であり、とある選択肢で実家へ戻ってこいと言われてるのかという流れがあった時、てっきりそれ絡みが個人回なんだろうなと、そう思っていた頃が自分にはありました。

まさかそれがああなるとは思いもしませんでしたけどね……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。