新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

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何と言うか、やはり新サクラがあまり人気がない事を実感します。
これもあまり読まれていませんし、新サクラそのものがどうしても旧シリーズをないがしろにしている感がしてしまいますからね……。

まぁ、これがあまり読まれない理由は面白くないからかもしれませんが……(汗


花と咲かせる、女の意地よ 後編

 夜の帝劇は基本静かである。夜更かしをする者がいない訳ではないが、それでも日付が変わるまで起きている者は珍しいからだ。

 だがこの日の中庭に初穂の姿があった。翌朝に控えたカンナへ対抗する形のオーディションを行うため、一人自主練習していたのだ。

 クラリスから台本を借り、それを片手にカンナが読んだ台詞を声に出して。

 

「……どうしたもんかな、これ」

 

 呟いて星空を仰ぐ初穂。視界に映る夏の夜空はとても綺麗で心が洗われるようなのだが、残念ながら初穂の憂鬱な気分を晴らしてはくれなかった。

 どれだけやってもどうしてもカンナがやった妖精王がちらつき、初穂がやろうとする妖精王がそれに引き摺られてしまうのだ。

 かと言って無理矢理そのイメージから離れようとすると、初穂のやろうとするものからも大きく離れてしまう。

 どうしたらいいのかと、そう思って初穂は台本へ目をやった。

 

「アタシのやりたい、やろうとしてる妖精王じゃカンナさんには勝てない……」

 

 王というものへ抱くあるいは連想するものがカンナと一緒だと初穂は気付いていた。

 つまり、このままでは自分がやろうとする妖精王はカンナの下位互換でしかないとも。

 故に何とか打開策をと思って初穂は台本を読み込んでみる事にした。ベンチへと移動し、そこへ腰を下ろして星明りと月明かりを照明にして初穂は熱心に台本を読み始める。

 

(……結局これって事の始まりは妖精王の企みなんだよな)

 

 妻と揉めて、それを何とかしようと一種の惚れ薬を使う事にした妖精王。それが事態をややこしい事へと発展させてしまう。

 そこで初穂ははたと気付いた。たしかに妖精王は王であるから威厳はあるかもしれない。だが、そんな妖精王が妻との揉め事を解決する方法として使ったのが薬というもの。

 

「…………何だか妖精って感じじゃねーな」

 

 どちらかと言うと人間くさい。そう思って初穂は苦い顔をした。

 が、そこで首を傾げた。何か今自分は重要な事に気付いたのではないかと、そう思ったのだ。

 なので台本を読み進めていく。そして最後まで読み終え、初穂は一度息を吐くともう一度台本を最初から読み始めた。今度は全体ではなく妖精王に意識を向ける形で。

 

(……やっぱりだ。妖精王は威厳があるんじゃない。こいつは役者だ。王様としていないといけない時は威厳を出すが、そうでない場所じゃ急に王様らしさがなくなる。もしかして、アタシはこいつの事を上っ面しか捉えていなかったんじゃないか?)

 

 それとカンナの演技を見た事にも影響されて。そう考え、初穂は二度目の台本読みを終えた。

 

「ったく、ホント駄目だなアタシは。織姫さんが教えてくれたじゃねーか。アタシで妖精王をやるんじゃない。妖精王になるんだ。そしてその手がかりや答えは台本にあるんだな」

 

 台詞を覚えようと思って読み返す事はあったが、単純に特定の人物へ感情移入して読む事はなかった。

 だから今初穂は初めて読書として台本を読んだのだ。役者としての気持ちなど欠片もなく、舞台のためという考えもないままに。

 その結論はただ一言、面白かったというものだ。そして気付くのだ。これまで台本を純粋に読み物として読み込んだ事がなかったと。いつもどこかに舞台の事が頭にあった事を気付き、初穂は台本を脇に置いて息を吐いた。

 

「……カンナさんの演技。あれってきっとカンナさんなりの各役なんだよな」

 

 役を己に寄せたのではなくカンナなりにそれぞれの役へ近付いた結果、それ故に見ていた自分がそれぞれの役に違和感を感じなかったのだ。そう分析し、初穂は何かに気付いたように台本へ手を伸ばした。

 

(舞台はアタシ一人でやるもんじゃない。掛け合いは相手がいて成立するんだ。なら、今度は妖精王以外をさくら達で想像して読んでみるか!)

 

 既に配役は妖精王以外決まっているようなもの。そう考えて初穂は台本を三度読み返していく。

 すると大きくではないが自分の中で妖精王が変化していくのを感じ、初穂は新鮮な驚きを覚えながら台本を読み耽る。

 そうやって初穂は気付けばベンチにもたれるように眠っており、毎朝中庭で剣の稽古を行っているさくらに起こされるまでそのままだった。

 

「もうっ、びっくりしたよ。今だからいいけど、冬だったら絶対風邪引いてるからね?」

「わりぃ」

 

 ややつり目で初穂へ注意するさくらだったが、その目がベンチの上に置かれている台本へ向いた。

 

「……初穂、もしかしてそれを読んでて?」

「ん? あ、ああ……」

「そっか。ならしょうがないね」

 

 どこか嬉しそうに苦笑し、さくらは初穂から少し離れると手にした木刀を構えて素振りを始めた。

 その動きを見つめ、初穂はポツリと呟く。

 

「なぁ、アタシってさくらから見てどう思う?」

「え?」

 

 思わず手を止め、さくらは初穂の方へ顔を向けた。そこには真剣な面持ちで自分を見つめる初穂の姿がある。

 

「どう、って……」

「何でもいいのさ。男っぽいとか勝気とか、可愛げがないとか」

 

 挙げられる例は初穂なりに自分の印象を考えたものだった。さくらはそれに表情を困ったものへ変えるとどう答えるべきかと思案を始める。

 というのは、今の初穂からは悲観的な空気が若干感じられるためだ。ここで自分が何か言っても正しく受け取ってもらえないのではないか。そう思ったさくらだったが、それでもと思い直して小さく息を吐いた。

 

「わたしから、でいいんだよね?」

「ああ」

「なら……初穂は面倒見がいいよ。優しくて気が利いて、私からすると時々お姉さんって感じがする」

「あ、アタシが?」

 

 小さく頷くさくらに初穂は急に顔が熱くなってくるのを感じていた。

 

(あ、アタシが姉貴みたいだって? ま、まぁ面倒見が良いってのは否定しないし嬉しいけど、優しくて気が利く? そ、そんな風にさくらには見えてるのか、アタシって)

 

 他人、それも親しい相手から聞く自己評に初穂は顔を赤める。と、そこで昨日の神山の言葉もあってか初穂ははたと気付いた。

 普段自分を可愛いと評する事を照れもしない初穂であるが、それはあくまでも自己評価であり、それを親しい相手や近しい異性に言われるのは受け取り方が異なる事を理解したのだ。

 

「わたしが初めて帝劇に来て、出会えたのが初穂で良かったって思ってるんだ。クラリスやあざみもきっと初穂の事大好きだよ。神山さんが来るまでわたし達をまとめようとしてくれてたの、みんな分かってるから」

「や、止めてくれって。そりゃたしかにアタシらの仲を深めようとしたけどさ」

「そこなんだよ。わたしも、クラリスも、勿論あざみも率先して仲良くしようって出来なかった。初穂だけがいつも花組を一つにしようって頑張ってた。あざみが真っ先に懐いたの、初穂だったし」

「それはあいつの好きな物が饅頭だって分かったから……」

「そこだよ。それって初穂があざみと色々話をしたからでしょ? クラリスの部屋へ最初に入れてもらえたのも初穂だったし」

「そ、そこまでだっ! 何か恥ずかしいからもういいっ!」

「自分から聞いてきたのに……」

 

 若干拗ねるように口を尖らせるさくらだが、初穂の様子が普段の調子になっている事に安堵するように微笑みを見せる。

 そのままさくらは剣の稽古を続ける事にし、初穂は台本を手に一度部屋へ戻る事にした。ドアを閉め階段へと向かう初穂だったが、その途中でクラリスとすれ違う。

 

「あっ、おはようございます初穂さん」

「おう、おはよう」

 

 が、何故かクラリスが足を止めて初穂の顔をまじまじと見つめる。そして何かに気付いてクラリスが言い辛そうな表情へ変わった。

 

「あの、初穂さん」

「どうした?」

 

 そこでクラリスが初穂の近くへ身を寄せ耳元で囁くように告げる。

 

「髪、跳ねてますよ。私はいいですけど、神山さんに見られる前に整えた方がいいと思います」

「……そうする。ありがとな」

「いえ」

 

 小さく笑みを浮かべクラリスは一階へ下りていく。それを見送り、初穂は髪を少し掻き回して階段を上がる。

 自室へ入ると簡単に着替えを用意し再び階段へ向かった。目指すは地下の大浴場。昨夜は色々あって入らなかった事もあり、その分もしっかり汗を流そうと思いながら。

 昇降機を使って地下へ行き、大浴場まで着くと初穂は何の躊躇もなく引き戸を開けて脱衣所へ入った。

 

「え?」

「ん?」

 

 だがそこには下にタオルを巻いただけの神山が立っていたのだ。初穂もさすがにこれは予想していなかったのか戸惑い、事態を理解していくにつれて顔を赤くしていく。

 が、神山は初穂が何かを言う前に素早く服などを手に取ると脱衣所を出るように動いた。その際、すれ違いざまにこう言い残して。

 

「すまんっ!」

 

 背後で聞こえる戸が閉まる音で初穂はやっと我に返り、息を大きく吐いて床を見つめた。

 

(た、隊長さんがいるなんて思わなかったぜっ! な、何て言うか申し訳ない事しちまった気もする……)

 

 一度大きく深呼吸をし、初穂は気持ちを落ち着けて先程まで神山がいた場所を見つめた。

 

「…………少ししか見えなかったけど、男らしい体してたなぁ」

 

 脳裏に浮かぶ神山の姿。海軍出身だけあり、その体には無駄な部分がなく、初穂が見ても鍛えられているように見えたのだ。

 だがそこで自分が何を考えてるかに気付き、彼女は慌てて顔を振った。今はそんな事を考えるよりも早く汗を流しておこうと思い、彼女は着ている服を脱ぎ始める。

 

 一方神山は服を着て昇降機へと向かっていた。

 

「さっきは驚いたな。まさかこんな時間に誰かが風呂に入りに来るなんて……」

 

 さくら達花組の面々は基本的に入浴を夜に行う。昼間や夕方に入る事もあるにはあるが、朝から風呂へ来る者は皆無と言っても良かったのだ。

 故に神山は気を遣わずゆったり入れるとして朝早い時間に大浴場を利用していた。夜も入らない訳ではないのだが、朝風呂というのはやはり贅沢な気分になれるからだ。

 昇降機へ乗り込み、神山はふと何故初穂が大浴場へ来たのかを考え始めた。何せこれまで初穂がこんな時間に大浴場へ来た事はなかったからである。

 

(……そういえば目の下に若干の隈があったような)

 

 丁度その時昇降機が停止し扉が開いた。神山が廊下へ出ると大神の姿が通路奥から見えた。

 

「支配人、おはようございます!」

 

 大きな声を出して神山は大神へ駆け寄る。大神もそんな彼に小さく手を上げて応えた。

 

「おはよう神山。朝から元気だな」

「あ、すみません。その、今朝は初穂とカンナさんの配役が決まるので、朝から風呂に入って目をしっかり覚ましたもので」

「ああ、そういう事か。君は演出担当だったな」

「はい」

「色々と大変だと思うが頑張ってくれ。俺に出来る事があれば気軽に相談して欲しい」

「ありがとうございます」

 

 軽く肩へ手を置いてから大神は支配人室へと入っていく。その背中を見つめてから神山はついでにとばかりに経理室のドアを叩いた。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

 ドアを開けると既にカオルが業務を開始していた。机の上には様々な書類が置いてあり、それらを前にしながらテキパキとカオルはペンを走らせていた。

 

「神山さん? どうかしましたか?」

「実は桐島さんが今度の公演に出て頂ける事になりまして……」

 

 神山がカオルへ頼んだのはカンナのブロマイド製作などの物販関係だった。こまちがこんな機会を逃すはずはないと思った彼は、ならばと先んじて予算を管理するカオルへ話を通しておこうと思ったのである。

 カオルとしても織姫に続いてかつての花組が限定復活となればと、神山の提案を即決で採用。こまちへ神山が伝えておくと返すも、カオルが今後の打ち合わせも兼ねて自分で話すとなってその話は終わった。

 次はカオルから神山へ話が振られた。それは公演の進捗度合についてだった。

 

「それで、どうなのですか? 脚本が出来た事は聞いていますが……」

「配役に関して今日最終決定を出す事になっています。ポスターなどはその後にしていただけると」

「そうですか、分かりました」

「ではこれで」

「神山さん」

 

 その声に退室しようとしていた神山が振り向く。その視線の先には不安げな顔をしたカオルがいる。

 

「何ですか?」

「その、今回の演目をすみれ様にお教えしたのですが、それを聞いて珍しく伝言を預かりました」

「伝言?」

 

 すみれがそんな事をするなんてたしかに珍しいと思い、神山はカオルの言葉を待った。

 それにカオルは凛々しい表情で口を開いた。

 

「中々いい度胸ですわ。私達の思い出に強く残る演目を選んだ事、楽しみにしておきます、との事です」

「……分かりました。みんなにも伝えておきます」

 

 言葉の端々から垣間見える様々な感情に、神山はすみれの挑発を兼ねた激励だと理解し表情を引き締めて部屋を出た。

 そして思い出すのだ。公演初日に中断したという逸話がある演目だった事を。それをカンナに後で聞いてみようと思い、彼はサロンを目指して歩くのだった。

 

 

 

(何だよ、この雰囲気は……)

 

 そんな事を思いながら初穂は中庭に立っていた。つい数分前までサロンで神山からすみれからの伝言を聞き、静かにやる気を燃やしていたのだが、そこでカンナから初穂にある提案が出されたのだ。

 

――嬢ちゃんのやり易いとこでやってくれねーか?

 

 その時のカンナの眼差しは真剣そのものであり、それを初穂は自分がもしもの時に言い訳を出来ないようにと捉えた。

 なので場所を中庭へ指定し、霊子水晶前のいつもの場所に立ったのだ。だが、周囲にはさくら達に神山とカンナを含めた六人がいる。その眼差しが全て自分に注がれていて、しかも一様に真剣なのだ。

 これで緊張するなと言う方が無理と言うもの。さしもの初穂も逃げ出したい気持ちに駆られた。

 

「……っ!」

 

 そこで彼女がしたのは霊子水晶へ手を翳す事だった。霊子水晶の調整とでもいうのだろうか。とにかく初穂にとっては毎日の日課であり、精神を落ち着けていないと出来ない事だ。

 

 故に次第に心が落ち着いていく。心なしか霊子水晶から活力をもらった気にもなり、初穂はゆっくりと目を開けた。

 

「待たせた。じゃ、今からやるぜ」

「えっと、初穂さんは妖精王でいいんですよね?」

 

 その確認に初穂は首を縦に振った。

 

「ああ、そうだ。今のアタシじゃカンナさんみたいにあれもこれもは出来ないからな。それだけの時間はなかったんだ」

「そう。どうやら初穂なりにカンナさんへ対抗しようとしたのね」

「そ、それってまさか……」

「初穂、カンナと同じで全部の役をやってみようと思ったの?」

 

 あざみの問いかけに初穂は苦笑しながら頷いた。そこに彼女なりの女優としてのプライドを見、アナスタシアは満足そうに笑みを浮かべる。

 さくら達も初穂が完全にやる気になっている事を感じ取り、安心するように笑みを見せた。神山も安堵するように頷くが、カンナだけが凛々しい表情で初穂を見つめていた。

 

「じゃ、手を叩いたら始めてください」

「……分かった」

 

 目を閉じて余計な力を抜く初穂。そこでクラリスが手を叩くと初穂の目が開く。ただ、それはカンナが見せたのとは違い威厳など欠片もない表情となっていく。

 それに誰もが驚きを浮かべる中、初穂の妖精王はカンナとはまったく違う姿を見せる。妻の心を自分へ戻すために知恵を巡らせる際には小心者のような顔を、主役の妖精と顔を合わせる時には王らしく威厳ある顔をと、状況や相手、感情などによって妖精王の表情がころころと変わるのだ。

 それは、いわば一人の人間と言えた。王だからと言って常に威厳溢れる訳ではなく、王と言う職務を離れた時や会う相手が変わった時にはまったく異なる顔を見せる。そんな誰にもある多面性を初穂は見せた。

 

「……やってくれるじゃねーか」

 

 噛み締めるような小声でカンナが呟く。誰よりも彼女が理解していたのだ。初穂がやっている事の意味を。

 カンナは妖精王を妖精王としてやった。それに対して初穂は妖精王を一人の人物としてやっているのだと。

 威厳という意味では初穂はカンナに勝てない。だが、妖精王を一人の人物として捉えた場合、どちらが魅力的か。そう考えたカンナは自分が固定観念に囚われていた事を悟るのだ。

 

(あたいは昔やった時のままでやった。あの頃の正解を今も変える事なく、だ。現在(いま)を見て演技をする事を忘れてたぜ。今ここにいるのはすみれやマリア達じゃねーし、あの頃の帝劇でもないんだった。こんな初歩的な事を忘れて経験だけでやっちまう、か。や~っぱ錆びついてんな、あたい)

 

 少々苦い顔をするカンナの目の前で、初穂は息を吐いて演技終了という動きを見せた。

 

「こんなとこだ。これが、アタシの妖精王ってとこだな?」

「すごい……すごいよ初穂っ! 何となくだけど相手が見えたよ、台詞を言ってる時の相手が!」

 

 さくらの言葉に初穂は照れくさそうに頭を掻くと、そんな彼女へこう返したのだ。

 

「まあな。アタシはカンナさんと違ってさくら達の事を知ってるからさ。みんなの事をアタシなりに考えてやってたんだ」

「成程ね。でも、今のは良かったわ初穂。私もさくらと同じ感想だもの。一人だったのに、そこに話している相手が見える気がした。とてもいい演技だったわ」

「アナスタシア……」

 

 昨日真っ先にカンナの方が妖精王として相応しいと言い切ったアナスタシアが述べた嘘偽りない賛辞。

 それは初穂には何よりも嬉しい言葉だった。トップスタァが認めてくれる演技が出来たという事実は、初穂にとって何よりの自信へ繋がるものだからだ。

 

「初穂、面白かった。妖精王がどこかにいそうな感じがした」

「そうですね。妖精も人間に近しいかもしれないってそう思えました」

「そ、そっか。ありがとな」

 

 笑みを浮かべるあざみとクラリスに初穂は嬉しそうに笑みを返す。二人の感想は初穂が目指していたものだったからだ。

 妖精王も一人の人間として演じる事。妖精だからと人と異なる風にするのではなく、むしろ同じような部分が垣間見えるようにしたい。それが初穂の中での演技プランだった。

 

「うしっ、じゃあモギリの兄ちゃん、演出として意見をくれ。妖精王をやるのはあたいか、あの嬢ちゃんか」

「俺が、ですか?」

「隊長さん、頼む。アタシも、アタシも隊長さんから見た評価が聞きたい」

「それは……クラリス、いいのか?」

 

 演出の意見で配役を決めていいのか。そう考えての問いかけにクラリスは小さく頷いた。

 彼女はもう脚本家ではなく同じ女優として、そして何より花組の仲間としての気持ちになっている。そんな状態では正しい判断は出来ないと思っていたのだ。

 こうしてクラリスの了解を得た神山は腕を組み、目を閉じて思案を始める。カンナの威厳溢れる王らしい妖精王と、初穂の人間にも似た様々な顔を持つ妖精王。どちらが自分が作りたい舞台に相応しいかを。

 

「……よし、俺が妖精王をやって欲しいのは」

 

 神山がそう口を開いた時だ。帝劇内に警報が鳴り響き、それを理解した瞬間神山達は素早くその場から駆け出した。その背中を見つめ、カンナは遠い目をする。

 

(ああ、思い出すな、あの頃をよ。あの戦いがなけりゃ、今もああしてたのはあたい達だったのかな)

 

 そこに込められた想いは申し訳なさ。三十を過ぎたとは言え、まだカンナは老いてはいない。むしろ下手をすればあの頃よりも総合的には強くなっていると言えた。

 ただ、どこかでこうも思っている。例え霊力が低下していなくても、自分は帝劇に留まり続けてなかっただろうと。

 それでもここでじっとしているなどカンナには出来ない。ここが彼女らしいところである。

 織姫は欧州星組の時に戦線を離れる事を経験していた事もあり、尚且つ現役女優だったために大人しく待つ事が出来たのだ。

 

「……駄目元で隊長に頼んで地下へ行かせてもらうか」

 

 そうと決まればとばかりにカンナもその場を走り出す。その顔はどこかかつての花組だった頃の表情に似ていた。

 

 

 

「出現した降魔は朧だと分かった。奴は何故か上野公園で暴れるでもなく、ただ待っているようだ」

「待っている?」

「おそらく、君達を」

 

 その言葉に神山は息を呑む。朧とは既に二度戦っている。過去二度に渡りその特殊能力に苦しめられてきたが、クラリスやあざみの活躍でそれを打ち破ってきた。その上で、人を弄び踏み躙る事を愉しみとしている朧がただ自分達を待っている。それが意味する事を理解したのだ。

 

(朧は本気で俺達に復讐しようと思っているに違いない。それだけ過去の敗北を引きずっているんだ)

 

 これまでのような見下したり弄ぶような油断とも取れる雰囲気は皆無かもしれない。そう思って神山は拳を握る。

 

「司令、行かせてください。例え朧が何か罠を仕掛けているとしても、このまま放置する訳にはいきません」

「……分かった。神山、気を付けるんだぞ」

「はいっ! 帝国華撃団花組、出撃だっ!」

「「「「「了解!」」」」」

 

 素早く駆け出していく神山達を見送り、カンナは大神へ視線を向ける。かつてと違い白い隊長服ではなく海軍服姿の彼を見慣れないため、どこか眩しいものを見つめるような眼差しで。

 

「司令、私達も轟雷号で」

「ああ、頼むよ」

「ほな行ってきます」

 

 カオルとこまちも作戦司令室を後にし、室内には大神とカンナだけが残った。

 

「なぁ隊長」

「何だい?」

 

 モニターを見上げたまま返事をする大神にカンナは静かに近付いていった。

 彼女の視線はモニターではなく大神へ向いている。

 その姿がかつての米田一基と重なり、カンナは小さく笑みを浮かべた。

 

「似合ってるぜ、今の格好も」

「……ありがとう。でも、可能ならこの格好になるのはもっと違う形が良かったよ」

「隊長……」

 

 声に滲んだ悔しさと申し訳なさを感じ取り、カンナはそれ以上何か言う事が出来なかった。

 何故ならそれは彼女自身も思っていた事だったのだから。だからかカンナもやがてモニターを見上げた。

 無言のままモニターを見つめる二人。そこに映し出されているまったく身動きしない荒吐の姿に底知れぬ不気味さを感じつつ、二人はただその姿を見つめるしか出来なかった。

 それが、霊力が低下してしまった彼らに出来る唯一と言っていい事だったのだから。

 

 その頃神山達は轟雷号の中で簡易的な会議を行っていた。

 

『あの快楽主義の朧が人を襲わずにいる時点で、本気で俺達へ強い恨みを抱いている事は間違いない』

『そうですね。多分ですけど、搦め手を使わずに正面からわたし達を倒したいんじゃないでしょうか?』

 

 さくらの意見に誰も異論を出さなかった。過去二度に渡り朧は正面から戦うのではなく、神山達の精神を乱そうとしたり幻術を駆使して疲弊させたりと、一度として正々堂々戦った事はなかった。

 それなのに負け続けた。故に三度目となる今回は正面から負かす事でこれまでの負けを帳消しにしようと考えていると、そう思っても仕方ない。

 

『分かりませんよ。そう思わせておいて卑劣な罠を仕掛けてくるかもしれません』

『私もそう思う。前回の幻術、厄介だった』

『そうね。今回はもっと恐ろしい事を仕掛けてくるかもしれないわ』

 

 警戒心を匂わせる声に神山も同意するように頷く。

 

『とにかく、油断せず慎重にいこう。向こうがどんな手を使ってきてもいいように』

『『『『『了解』』』』』

『皆さん、現場近くに到着します』

『後は頼むで神山はん!』

『分かりました!』

 

 轟雷号から飛び出し上野公園へと躍り出る六機の無限。奥に見える荒吐の挙動に警戒しつつ慎重に進んでいく神山達だが、それでも荒吐は静かなままだった。

 やがて神山達の無限が荒吐の前へ到着するも、そうなっても荒吐に動きはない。それが不気味な印象を神山達に与える。

 

『な、何だかおかしいですね……』

『ここまで接近しても反応がないってどういう事でしょうか?』

『分からない。アナスタシア、君が攻撃を仕掛けて様子を見たい。頼めるか?』

『了解よ』

 

 神山の指示を受け、アナスタシアの無限が荒吐へ攻撃を仕掛ける。その攻撃が荒吐へ命中しそうになった瞬間、突然荒吐が動いて回避運動を取ったのだ。当然無限の攻撃は当たる事無く後方へ向かい、そこにあった建物を破壊した。

 

『『『『『『っ?!』』』』』』

「どうしたぁ? もう攻撃はしまいかよ」

 

 聞こえてきた朧の声には、これまでと違い煽るだけでなく自身の思惑通りになった事への喜びが滲んでいた。

 そう、これまで魔幻空間を展開する事で自分に有利にしていたと思っていた朧だったが、それが自分だけでなく帝国華撃団にも利点である事に気付いたのだ。

 故に考えたのだ。戦場そのものを帝国華撃団に不利なものにしようと。それは罠を巡らせるのではなく、彼らが守るべき場所そのものを戦場とする事だった。

 

「いいんだぜぇ? 一斉に攻撃してみろよ。そうすれば嫌でも攻撃が当たるだろうさ。まぁ、俺も簡単にやられるつもりはないからなぁ。いくつかは流れ弾としてあちこちへ当たっちまうだろうが」

「そういう事か……っ!」

「帝都そのものを人質にするなんて……」

「卑怯っ!」

「ズルいぞてめぇっ!」

 

 あざみと初穂の言葉に朧は下卑た笑みを浮かべる。今までで一番彼が望んでいた展開だったのだ。

 

「ズルくないだろぉ? こっちは魔幻空間を展開してないんだぜぇ?」

『くっ……朧めっ!』

『厄介ね。どうするのキャプテン』

『私もこれじゃ重魔導を使えません!』

『私も手裏剣を投げられない』

『こうなったらアタシやさくらが主体になって戦うしかねえだろ!』

『そうだね! 神山さんっ、指示を!』

『分かった。さくらと初穂で攻撃の主軸を頼む! あざみは朧の注意を惹き付けてくれ! クラリス、アナスタシアは奴の下へ回り込んで攻撃だ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 弾かれるように散開し、神山の無限が先陣を切る形で荒吐へ向かって行く。と、その瞬間周囲に降魔や傀儡機兵が出現する。

 

「これはっ!?」

「そっちは多数でこっちは単独なんて卑怯だろぉ? だからこっちも援軍を呼んだだけだ。まっ、ただぁ……」

 

 話しながら朧が指を弾くと出現した降魔などがその場から逃げるように動き始める。その行動に一瞬戸惑う神山達だったが、その直後行動の意図に気付いて息を呑んだ。

 

『不味いっ! 降魔達が街へ出ていくっ!』

『誠十郎っ! あざみが追うっ!』

『あざみだけじゃ足りないわ! キャプテンっ!』

『あざみ、クラリス、アナスタシアで降魔達を追ってくれっ! さくら、初穂、俺達で朧を倒すぞっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 二手に別れて動き出す花組を見つめ、朧はほくそ笑んだ。

 

「これでお前らの利点はなくなった! ここをお前らの墓場にしてやるぜぇぇぇぇぇっ!」

 

 叫びと共に荒吐が六体に分身する。魔幻空間ではないので朧の力も強化されていないためにそれが限度なのだが、現状で言えば十分な数と言える。

 何せ本体を攻撃されなければ分身は常に補充出来る。更に残ったのは射撃攻撃が出来ない三機。浮遊砲台を展開させれば余計接近戦しか出来ない神山達では苦戦するしかない。

 朧の宣言した通り、異なる攻撃方法の機体で連携を取れる事こそが帝国華撃団の強み。その強みを封じるため、朧はまず戦場を帝都のままにした。次に射撃機体が攻撃し辛い流れにし、そこへ降魔達を呼び出して逃走させる事で戦力を分散させたのだ。

 

『さくらっ! 初穂っ! クラリス達が戻ってくるまで持ちこたえるぞっ!』

『『了解っ!』』

 

 六機の荒吐が浮遊砲台を展開させるのを見て、神山は現状の戦力では厳しいと判断、三人での撃破ではなく六人全員揃うまで耐久戦を行う事にした。

 それでもただ守りに入るのではなく攻めも忘れないように動く。これまでの戦いで朧の能力と戦い方を理解している事もあり神山達は大きく苦戦する事はなかったのだが、どうしても数の差と手数の差があるため被弾は増えていった。

 

『はっ!』

「外れだぜ」

『このぉ!』

「違う違う」

『こいつかっ!』

「ざ~んね~んしょ~」

 

 三機の無限が荒吐を攻撃するもそれらは分身であり、一向に本体を見つける事は出来ない。

 逆に荒吐からの反撃を受け、多少ダメージを負ってしまう。それでも三人は諦める事無く立ち向かう。

 ただ、常に空中にいる荒吐相手に神山達三人では戦い辛い。それでも周囲への被害を考えれば射撃機体や射撃攻撃は不向き。故に接近戦しか出来ない自分達がこの場に残るしかないと神山が考えたのも仕方ないと言える。

 

「ほらほら、どーしたどーした? 動きが鈍ってきてるぞ?」

「野郎ぉ……調子に乗りやがってっ!」

 

 初穂が怒りに燃えて無限を動かす。弾かれるように飛び出し、近くにいた荒吐へ金槌を叩き付けるもそれは分身。即座に消えて無限が体勢を崩した瞬間、後方に回り込んでいた一機の荒吐が浮遊砲台で攻撃し初穂の機体を墜落させる。

 

「「初穂っ!」」

 

 神山の無限が受け止めに動き、それを邪魔させまいとさくらの無限が動く。

 何とか真紅の無限を受け止める純白の無限。そのまま機体はその場を駆け抜け、荒吐の包囲を一旦抜けたところで動きを止めた。

 

『隊長さん、すまねぇ』

『気にしなくていい。それよりも初穂が無事で良かった』

『隊長さん……』

『それにしても、このままじゃ不味いな。三人が戻ってくる前に全滅するかもしれない』

 

 神山の言葉に初穂も返す言葉がなく項垂れるしかない。と、そこで二人の耳にさくらの苦痛に呻く声が聞こえてくる。

 

「あああああっ!?」

「さくらっ!」

 

 即座に戦線へ戻る神山の無限。その背を見て初穂も追い駆けようとした時、ふと視界の隅に映ったものへ意識を奪われた。

 

「あれは……」

 

 それは地面に出来た影。当然ながら二機の無限はその足元に影を有しているが、六つあるはずの荒吐の影は何故か足りないのだ。

 しかも影が不定期に動いていて、その影がある時は荒吐が浮遊砲台で攻撃していた。それを見て初穂はまさかと思って荒吐の行動を観察した。

 

(……やっぱりそうだ。あの影がある奴だけが浮遊砲台で攻撃してる)

 

 以前はあざみの無双手裏剣による広範囲攻撃で分身攻撃へ対処した。それに比べれば今回は数が少ないためにそこまでの手段が必要ないが、それにも関わらず未だに本体を攻撃出来ずにいる。

 その理由が今自分が気付いた事にあるのではないか。そう思って初穂は戦場へ戻りながら神山へ報告を入れた。

 

『隊長さんっ! 聞いて欲しい事がある!』

『どうした?』

『地面を見てくれ! 朧の機体の影が一つしかないっ!』

『影が……?』

 

 言われるまま神山が地面へ目を向けると、そこには確かに不自然な数の影しかなかった。

 それを神山が確認したと判断した初穂は続けて最後の情報を告げる。

 

『その影がある奴だけが浮遊砲台で攻撃してるんだっ!』

『…………そういう事かっ! 初穂っ! 頼みがあるっ! 俺が今から分身を攻撃するから、そこを狙って浮遊砲台で攻撃してくる奴を一撃で叩き落としてくれっ!』

『アタシが?』

『ああっ! 俺達の中で一番攻撃力が高い初穂しか出来ないんだ! 下手をしたらこの攻撃法は一度しか成功しないかもしれない。朧に対策を練られたら俺達に打つ手がなくなるっ!』

『……分かったっ! あたしに任せておきなっ!』

 

 自分にしか出来ない。今の初穂にとって一番心に響く言葉だった。

 しかもこの状況ならお世辞も嘘もない。神山からの心からの評価を聞き、初穂は力強い笑みを浮かべてその身の霊力を高ぶらせる。

 

『花組各員に通達っ! 侵掠する事火の如く! 火作戦を開始するっ!』

『『了解っ!』』

 

 通達を出すと同時に空へと飛び上がる純白の無限。そのまま目の前の荒吐へ斬りかかるも、瞬時にその姿が消えた。

 

「ばぁ~か」

 

 無限の背後に陣取っていた荒吐が浮遊砲台の照準を無防備の背中へ合わせる。

 そしてその砲撃が一斉に放たれ神山の無限を撃ち抜く……はずだった。

 

「させないっ! 神代桜ぁぁぁぁぁっ!」

「何ぃっ?!」

 

 その砲撃を桜色の無限が地上から放つ霊力衝撃波が迎え撃つ。だが、そのまま荒吐まで届きそうなそれを見て、朧は怯えを消してニヤリと笑った。

 

「いいのか? ここでこいつを爆発させればこの場所が消し飛ぶぜ?」

「っ?!」

 

 さくらが若干気を緩めた瞬間、そのまま放たれていた霊力が砲撃と浮遊砲台を貫くように青空へと吸い込まれていく。

 辛うじてその威力から逃れた荒吐だったが、その恐ろしさに朧は息を呑んだ。だが、すぐにしたり顔へ戻るとさくらを煽るような事を言おうとした。

 しかしそれをする事は出来なかった。

 

「落ちやがれっ!」

「何だとぉぉぉぉっ!?」

 

 頭上へ移動していた真紅の無限が振り下ろした強烈な一撃により、荒吐は地面へと叩き落されたのだ。それにより分身も消え、先程のさくらの一撃により浮遊砲台を破壊されていた荒吐は無防備な姿を晒す。

 

「な、何でバレたんだ!?」

「初穂っ! そのまま頼むっ!」

「任せておけって!」

「さ、さっきの言葉を聞いてなかったのか? ここで俺を倒せばここら一帯が消し飛ぶんだぞ?」

 

 その脅しに初穂が狼狽える事もなく、むしろ笑い飛ばすように笑みを見せると漲る霊力を抑える事もせず感情のままにそれを解き放つ。

 

「悪いヤツには……神罰てきめん!」

 

 初穂の霊力が炎の如く吹き上がり、無限が手にしてる金槌を包んでいく。

 

「東雲神社のぉ! 御神楽ハンマァァァァァッ!!」

 

 炎が渦となって形を成し、荒吐を粉砕せんと迫る。真紅の無限が放つ攻撃は身動き出来ない荒吐を溶かすような熱量で包み込み、そのまま上空へと巻き上げていく。

 

「う、嘘だろぉぉぉぉぉぉっ!?」

「隊長さんっ! 後は任せたぜっ!」

「分かったっ!」

 

 大地を蹴って上空へと飛び上がる純白の無限。その手にした二刀を煌めかせ、炎の渦の中で身動き出来ないままの荒吐へと迫っていく。

 

「朧っ! これで最後だっ!」

 

 炎の渦を斬り裂きながら純白の無限が荒吐を二刀の下に斬り捨てる。その瞬間、荒吐から朧が逃げ出すように飛び出した。

 

「ま、まだ死ぬ訳にはいかねえんだよっ!」

「っ!? 待てっ!」

「神山さんっ! 私がっ! はぁぁぁぁっ!」

 

 桜色の無限が即座に動き朧へと迫る。その手で刀の柄を掴み、居合切りのように鞘走りを利用しての剣閃を放つ。

 それが朧へ当たろうとした瞬間、その一撃が黒い何かに弾かれ即座に桜色の無限が地面へと叩き落されたのだ。

 

「きゃあぁぁぁぁっ!」

「「さくらっ!?」」

「だ、大丈夫です……」

 

 さくらの無限へ駆け寄る神山達だが、彼女の返事を聞いて安堵するように息を吐くやすぐさま空を見上げた。

 

「た、助かったぜ夜叉さんよ」

 

 朧が黒い機体の肩に乗ってそう言葉を放つ。すると、黒い機体は腕を動かすと朧の体を掴んで顔の前へ運んだのだ。

 

「な、何をすんだよ?」

「人間の言葉にこういうものがあるそうだ。仏の顔も三度まで」

「そ、それが何だってんだよ?」

「我が仏と同じだけ見逃してやったのだ。ならばもう十分だろう」

「っ?! ま、待ってくれよ! 次こそ、次こそは必ず」

 

 朧がその言葉を言い切る事はなかった。聞く耳持たずとばかりに夜叉は朧を機体で握りつぶしたのである。

 あまりの光景に神山達は言葉がない。同胞であるだろう降魔を躊躇もなく殺す事に絶句するしかなかったのだ。

 

「夜叉っ! どうして仲間をそんな簡単に殺すっ!」

「仲間? ……ああ、そちらにはそう見えていたか。前にも言ったが、我と奴らが同じ目的で動いてると思うな。我に仲間などいない」

「仲間が……いないだぁ?」

 

 初穂がそう問いかけた時だった。黒い機体へ二色の攻撃が飛来したのだ。それを見る事もせず、黒い機体は平然と搔き消して佇む。

 

「神山さんっ!」

「こちらは片付いたわっ!」

「あざみ達も合流する!」

 

 三機の無限が神山達の周囲へ集合し、揃って上空の夜叉が操る機体へ攻撃態勢を取る。その光景を眺め、夜叉は何をするでもなく背を向けた。

 その行動にその場の誰もが目を疑った。戦うつもりはないと、そう告げていたからだ。

 

「逃げるのかよっ!」

「戦ってもいいのだが、今お前達を殺すのは時期が悪いらしい。殺す事が出来ぬのなら戦う必要などない」

「何だとっ! 一体どういう意味だ!」

 

 神山の叫びを無視するように黒い機体はその場から音もなく消えた。

 朧を倒し、本来であれば喜びを感じる状況にも関わらず、全員に何とも言えない苦みのような感覚が生まれていた。

 そんな空気の中、初穂が自分の頬を両手で軽く張ると無限から外へ出る。それを神山達が見つめる中、初穂は公園を舞台にするように舞いを始めた。

 

(あれは……いつだったか初穂が踊っていた神楽、か……)

 

 以前各華撃団への挨拶を行った後に初穂が練習していた動き。それを見つめて神山は意識を奪われた。

 彼だけではない。さくら達も初穂の神楽に言葉を発する事もなく、ただただ黙って見つめ続ける。

 やがて初穂の動きは終わり、ゆっくりと彼女は息を吐いて呼吸を整えていく。

 

「初穂、見事だったわ。とても美しいダンスよ」

 

 無限から出てきてのその言葉に初穂が照れくさそうに笑みを浮かべ頬を掻いた。

 

「そ、そうか。まっ、これで少しは嫌な気分が晴れたのなら良かったよ」

「今のは神楽だったよな? この場所の景観も相まってとても神聖な感じがしたよ」

「うん、あざみもそう思った。初穂、綺麗だった」

「よ、よせって」

「いえ、本当に綺麗でした。さすが本当に巫女をやっていただけであります」

「普段の初穂とは違った顔でびっくりしたよ。でも、あんな一面があるんだって知れて良かった」

「そっか……」

 

 さくらの言葉に柔らかく微笑む初穂を見て、神山はとある決断を下して小さく頷くと彼女へいつものアレの音頭を頼んだ。

 

「初穂、いつもの頼めるか? 形はどうであれ朧に勝った事は間違いないからさ」

「そう、だな。うしっ! 気合入れていくぜっ!」

 

 威勢よく右拳を左手へ合わせると初穂は笑顔を見せた。

 

「せーのっ!」

「「「「「「勝利のポーズ、決めっ!」」」」」」

 

 こうしていつものように勝ち鬨にも似た行動を終え、神山達は轟雷号へ戻ろうと無限へ乗り込んだのだが……

 

「あれ……?」

『ん? どうしたんだ、さくら。置いてくぜ?』

「う、動かない?」

『さくら?』

『ど、どうしよう!? 神山さん! みんなっ! 無限が、無限が動かないっ!』

 

 さくらの無限が動かなくなるという謎の現象にその場の誰もが言葉を失う事となる。その後神山と初穂が協力してさくらの無限を轟雷号へ搭載し、格納庫で令士が調べたが特に異常は見つからなかったため原因不明とされた。

 つまり、いつ無限が使えるようになるかは分からないという絶望的な結論が出てしまったのだ。

 

「どうにも出来ないのか?」

「現状ではな」

「そんな……」

 

 令士の断言にさくらが言葉を失う。初穂達もかける言葉が見つからず、複雑な表情でさくらの事を見つめていた。

 

「倫敦戦までには何とかなりそうか?」

「……正直諦めてもらうしかない。出来る限りの事はするが……」

 

 どこか申し訳なさそうに令士は視線を後ろにあるさくらの無限へ向けた。

 もう彼の中ではある一つの手段が浮かんでいた。それは無限を動かす事ではなく、だがさくらを倫敦戦へ出場させられる方法だった。

 

(あれを……何とかして間に合わせるしかないか。ただ、例え間に合ったとしてそれをさくらちゃんが動かして戦えるか……)

 

 不安げに無限を見つめる令士から底知れぬ不安を感じ取り、神山が頭を下げた。

 

「令士、頼むっ! 何とかさくらを倫敦戦に出れるようにしてくれ!」

「お、お願いしますっ!」

「分かってる。だから二人共頭上げてくれ。これだけは約束する。さくらちゃんが倫敦戦で乗る機体がないって事はないようにするってな」

 

 凛々しく言い放ち、令士は神山達へ対して追い出すような動きで手を動かした。

 

「って事だから出てけ出てけ。まずはさくらちゃん以外の機体の整備点検をしないといけないからな」

「分かった。みんな、後は令士に任せよう」

「そう、ですね」

「頼んだぜ、整備の兄ちゃん」

「ああ」

 

 そうして作戦司令室へ向かった神山達は大神へ報告を終えると彼らはその場で解散した。とはいえ、女性達は揃って汗を流す事も兼ねて大浴場へ向かい、神山は一人サロンへと向かった。

 するとそこにはカンナの姿があった。ただ、普段の明るい感じではなくどこか寂しげな雰囲気ではあったが。

 

「カンナさん?」

「……おう」

 

 振り向いたカンナには笑みはあるもののいつもの溌剌さは失せていた。それが神山に違和感を与える。

 

「何か、ありました?」

「ん? ああ、何でもねーんだ。これは、あたい達の問題だからよ」

「カンナさん達、ですか……」

「おう。何か悪いな」

 

 辛そうにそう返し、カンナはため息を吐くと神山へこう問いかけた。

 

「で、妖精王はあの子だろ?」

 

 カンナの目から見ても初穂の方が面白い舞台になると感じたのだ。だが、その問いかけに神山は苦笑して首を横に振った。

 

「俺も、最初はそう思いました。でも、考え直したんです」

「へ?」

 

 予想だにしない言葉にカンナは目を点にした。考え直す必要があるように聞こえなかったからだ。

 面白い舞台を作ろうと思うのなら自分より初穂の方が妖精王に相応しい。何故そこに考え直す余地があるのだろうと、そう思っていたのだから。

 それを神山も感じ取ったのだろう。微笑みを浮かべて理由を告げたのだ。

 

「その、こう言ったらなんですけど、初穂ならカンナさんと並んで夫婦役をやったら面白いんじゃないかって」

「あたいと……夫婦?」

「はい。見た目も似てるし性格も似てる部分が多い二人だから出来る舞台があると思うんです。で、カンナさんと初穂ならどっちが夫で妻か悩むまでもないなと」

「……そういう事か」

 

 演出家としての神山の考えにカンナは何も言えなかった。言われて考え、彼女もたしかに面白そうだと感じてしまったのである。そして、そうなれば自分よりも初穂の方が女役に向いているとも。

 

(中々言い難いをはっきり言ってくれるじゃねーか、この兄ちゃん。この辺り、奇跡の鐘の時の隊長を思い出すぜ)

「でもよ、それだとあの銀髪の嬢ちゃんが納得しないんじゃないか?」

 

 役者としての意見を述べるカンナだったが、それに神山は苦笑して頷くもこう返したのだ。

 

「まぁ俺が演出ですからね。何とか納得してもらいます。アナスタシアもきっとこの考えを聞けば理解はしてくれるはずです。その後の納得は申し訳ないですが初穂とカンナさんの芝居の出来にお願いする形ですけど」

「ははっ、こりゃ参ったな。しっかり演出家らしい事言うじゃねーか。うし、あたいは初めてでそこまで言った兄ちゃんの度胸と判断に乗ってやる」

「ありがとうございますっ!」

 

 嬉しそうに頭を下げる神山にカンナは心からの微笑みを浮かべた。

 それから数分後、まず初穂があざみと共にサロンへ姿を見せ、次にさくらとクラリスが、最後にアナスタシアが来たところで神山がカンナへ話したのと同じ考えを告げる。

 当然驚きの声が上がったものの、神山の妖精王夫妻を似た者夫婦にしたいとのアイディアを想像し、カンナと初穂の並びを考えて誰もが面白くなりそうだと感じてしまったのだ。

 そうなればさくら達の中で一番プロとしての覚悟や考えがあるアナスタシアが配役変更を受け入れないはずがなく、カンナか初穂がやるはずだったさくらの相手役へシフトする事を承諾した。

 

「でも忘れないでね初穂。もし納得出来ない演技ならすぐに私が取って代わるわ」

「へっ、アタシだって女優だっての。しかも隊長さんからのご指名でカンナさんの相手役だ。色んな意味で誰にも渡すつもりはねえよ」

 

 その表情と声に前日はなかった強さと覚悟を感じ取り、アナスタシアは満足そうに笑みを浮かべると頷くのだった。

 

「じゃあ、私は脚本を少し手直しします。神山さんの演出を聞いたら色々と浮かんできたので」

「悪いなクラリス」

「いえ、むしろ楽しくなってきました。私達の真夏の夜の夢を作っているんだって、そう感じられて」

「じゃ、わたしは衣装作りをします。あざみ、お手伝いよろしく」

「あざみにお任せ」

「うし、ならあたいも手伝うぜ。こう見えても多少裁縫も出来るんだ」

「お願いしますっ!」

 

 活気づくさくら達を眺め、アナスタシアは自室へ向かおうとしていた気持ちが急速に萎えていくのを覚えた。今は一人で動くべきではないと、そう思ったのだろう。

 

「私は……さくら達を手伝うとするわ」

「いいのか?」

「ええ。たまにはそういうのもいいと思うの。だって、私達の舞台だもの」

 

 そう言って笑みを浮かべたままアナスタシアもさくら達の後を追うようにサロンを後にする。残されたのは神山と初穂だけだ。

 

「……なぁ隊長さん」

「ん?」

「どうして、アタシを妖精王にしなかったんだ? カンナさんに言った理由だけ、なのか?」

 

 そう言って神山を見つめる初穂の表情はどこか笑っていた。神山が自分を妖精王に選ばなかった理由が他にもあると、そう確信していたのだ。

 それを表情から悟り、神山は照れくさそうに軽く下を向くも、誤魔化せないと思って息を吐いて初穂へ顔を向けて口を開く。

 

「今日の戦闘後の初穂の笑顔を見て、思ったんだ。もっと初穂の女性らしい表情が見たいって」

「女性らしい……?」

「そうだ。一緒に帝劇で生活している俺でさえ初穂の乙女の顔はあまり見れない。ならきっと舞台を見に来てる人達はもっと初穂の乙女の部分を知らないんだろうって」

「そ、それがどうして」

「大勢の人に知って欲しかったのさ。東雲初穂が持つ、女性としての魅力的な部分を。男役だけじゃない。女性としてもしっかり可愛く綺麗な役も出来るんだってさ」

「っ?!」

 

 頭が真っ白になる言葉だった。神山の口から放たれた言葉は、初穂の心を大きく揺らして打ち抜いたのだ。

 長きに渡り初穂が言われてきた可愛いという言葉は女性としてではあるが、どこかで子供を褒めるものに近い意味合いだった。故に彼女も初穂ちゃんという一人称を使ってそれを肯定出来ていたのだ。

 それが、生まれて初めてはっきりと異性としての意味合いで可愛く綺麗と言われ、しかもそれが女を口説く事など苦手そうな神山に言われたのだからさあ大変。初穂の頭の中は昨日以上に混乱し沸騰しそうであった。

 

(あ、あ、アタシが可愛く綺麗!? そ、そりゃ初穂ちゃんが可愛いのは認めるけどさ。き、綺麗なんて……っ!)

 

 無言で真っ赤な顔をする初穂を見つめ神山は首を傾げるが、最後にこれだけは伝えておこうとばかりにこう締め括る。

 

「カンナさんもそうだろうけど、普段女性らしくない振る舞いをしている人程その内側に女性らしさを秘めてると思うんだ。少なくても初穂はそうだと俺は思うよ。だから、今回の舞台で見せて欲しい。初穂の中にある女らしさを。普段の舞台では見せない可愛さや魅力を」

 

 そう告げて神山もサロンを去った。その去りゆく背中を見つめ、初穂は口を何度も細かに動かして言葉に詰まっていた。

 嬉しいやら恥ずかしいやらで忙しい心の動きを言語化出来ず、ただただその場で狼狽える事しか出来ない初穂だったが、やがて落ち着くと深呼吸をしてその場から動き出した。

 目指すのは階段、そして衣裳部屋だった。そこへ入るなり、初穂は自分を見つめるさくら達へこう告げたのだ。

 

「アタシの衣装は、アタシに作らせてくれ」

 

 

 

 朧との戦いから時間は流れ、衣装合わせが行われる事となった日、神山は衣裳部屋を訪れていた。

 

「おー……」

 

 主役のあざみを始め、初穂を除いた全員がそれぞれ舞台で着る衣装に身を包んでいた。その姿に神山は簡単の声を漏らすしか出来ない程、それぞれの役にぴったりの出来栄えであったのだ。

 

「どう、ですか?」

「あ、ああ、似合ってる……で合っているのか? とにかくいい出来だよ」

「良かったぁ」

「誠十郎、本番を楽しみにしてて」

「ああ。ところで初穂は?」

 

 この場にいない唯一の存在へ神山が言及すると、さくら達が小さく笑みを零すと揃って部屋の隅へ視線を動かす。それにつられるように神山が視線を動かすと、そこには煌びやかな衣装に身を包んだままで縮こまる初穂の背中があった。

 

「えっと?」

「恥ずかしいらしいわ」

「まぁ、あたいにはよく分かるぜ。男役ばかりやってるとな、あんな衣装を着てる自分が照れくさくなっちまうもんなんだよ」

「そういうものですか……」

 

 その後さくら達は衣装を着たままで一度舞台で動きを確認すると告げ部屋を出ていき、神山と初穂だけが残された。

 

「えっと、初穂? 良かったらちゃんと見せてくれないか?」

「……わ、笑うなよ?」

 

 消え入るような声で返して初穂はゆっくりと立ち上がると静かに神山へ向き直った。

 妖精の女王として作られた衣装は華美な作りとなっていて、初穂も髪型を普段と異なるようにしているためか、彼女の事を知らぬ者が見れば違和感なく美しいと思い、知っている者なら息を呑む程の姿だった。

 

「似合わねーだろ、アタシなんかにはさ」

 

 言葉を忘れて立ち尽くす神山の反応を呆れていると捉えて、どこか悲しそうに初穂が呟く。

 その一言で神山がやっと我に返った。

 

「そ、そんな事ないぞ。その、あまりにも綺麗だったから魅入ったんだ」

「……ほ、ホントか?」

 

 信じられないながらもどこか嬉しそうに尋ねる初穂へ神山は力強く頷いた。

 

「ああ、自信を持ってくれ。今の初穂はどこからどう見ても立派な女王様だ」

「そ、そうか……。へへっ、そっかぁ」

「そういえば初穂は衣装での動きを確認しなくていいのか?」

「ん? ああ、アタシはそこまで大きく動く事はないからな。それに、むしろ女王様って感じの動きをある程度考えないといけねーから」

「そうか。でも初穂、分かってると思うけど」

「おう、アタシはアタシの考える女王様をやればいいって事だろ? 任せておけって」

 

 そう言って笑う初穂だが、その笑みをゆっくりと消して神山へ問いかけた。

 

「なぁ、何で隊長さんはアナスタシアじゃなくてアタシを選んだんだ? カンナさんとアタシが似てるから、だけなのか?」

 

 カンナとは違った意味で初穂は自分が女王役である事に疑問を抱いていた。特にいくらカンナと自分が夫婦役というのは面白いとはいえ、アナスタシアが女王の方が相応しい上にカンナが元々やろうとしていた妖精王と似合いだと思っていたのだ。

 

「俺が初穂の芝居を見て、初穂のやる女王が見てみたいって思ったんだよ。最初にカンナさんの妖精王を見せられた上であんな演技をやってのけた。その可能性を他の、特に初穂がこれまであまりやってこなかった女性役で見せて欲しいと思ったんだ」

「アタシの……可能性……」

 

 自分には何もない。そう思っていた初穂にとって神山の言葉は痺れが走る程の衝撃だった。

 それが自分が女優として期待されていると分かったからだと、そう理解して初穂は胸がときめくのを覚えた。

 

(な、何だよこれ。アタシ、何で隊長さんにドキドキしてるんだ? 別に隊長さんはアタシを口説いてる訳じゃないってのに……)

 

 女としても役者としても褒められ期待されている。それが初穂の心を弾ませていたのだ。

 潤んだ瞳で神山を見つめる初穂。その格好も相まってそこはかとない気品と色気を漂わせ、神山の心を騒がせる。

 

「……? どうしたんだよ、隊長さん」

「っ?! わ、悪い。今の初穂がとても綺麗だったから……」

「へ?」

「その、女王様って感じじゃないけど、普通にどこかのお姫様みたいだったよ」

「っ!? そ、そっか!」

 

 気恥ずかしそうに顔を背けての言葉に初穂は顔を真っ赤にすると慌てて後ろを向いた。

 胸の高鳴りは先程よりも速くなり、顔の熱は先程よりも上がっている。

 そっと胸へ手を当てれば、心臓の音がこれまでにない程の大きさと速度で鳴っていた。

 ゆっくりと初穂が振り返れば、そこには優しく笑みを見せる神山の姿。それを認識した途端、また弾かれるように顔を戻して初穂は蹲った。

 

「初穂? 大丈夫か?」

「だ、大丈夫だから! 少しの間一人にしてくれよ!」

「わ、分かった」

 

 納得出来ないまでも女性にそう言われたら留まるのは悪手と判断し、神山は衣裳部屋を素早く後にする。

 一人部屋に残った初穂は、静かに息を吐いて立ち上がると姿見の前へと移動した。

 

「……お姫様、か」

 

 姿見に映し出された自分の姿を見つめ、初穂はそう嬉しそうに呟くとこう続けた。

 

――なら、その気にさせた王子様には責任取ってもらうとすっか。

 

 そして時間は流れ、迎えた公演初日。二階客席にある貴賓席にはすみれだけでなくマリアに紅蘭、そしてレニの姿があった。

 

「何と言うか、不思議な気分ね」

「やなぁ。まさかここに座って花組の舞台を見る事になるなんてなぁ」

「でも、カンナは出演するんだよね。何というか、ズルいと感じるよ」

「本当ですわ。以前の織姫さんは仕方ないと思えますけど、カンナさんは完全にたまたまじゃありませんの」

「「「たまたま……」」」

 

 不満ありありのすみれに三人が揃って苦笑する。分かったのだ。今のすみれに女優として舞台に立ちたいという欲求が甦ってきている事が。

 かつては霊力が低下し始めた事を理由に帝劇から離れたすみれ。それが、今は霊力が低下した織姫やカンナがゲストとしてではあるが舞台に立っている。故にすみれの中でかつて眠らせたはずの役者魂が再燃し始めていた。

 

「それにしても……思い出深いわね、この演目」

「せやな。真夏の夜の夢かぁ」

「きっと中尉も同じ事を思ったはずですわ」

 

 懐かしむように会話する三人に対して小首を傾げるのはレニだ。

 

「ねぇ、一体この演目にはどんな思い出があるの?」

「あ~、そうか。レニは知らへんか」

「この演目をやったのは織姫やレニが来る前だものね」

「簡単に言えば、私達がやった時はこの演目の脚本を中尉が書いたんですのよ」

「隊長が?」

「それだけじゃなくてね……」

 

 マリアが話す内容にレニは驚き、そして苦笑する。大神らしいと、そう思って。

 

 同じ頃一階客席にはシャオロン達上海華撃団の三人だけでなく、何と倫敦華撃団に伯林華撃団の出場選手が座っていた。

 

「何て言うか、ズルいよな」

「しゃ、シャオロンさん、さっきからそればっかりですね」

「仕方ないよ。やっぱり帝国華撃団は特別なんだって」

 

 織姫に続いてカンナまで舞台に上がる事に若干の愚痴を零すシャオロン。そんな彼に困り顔をするミンメイと苦笑するユイ。

 それでも三人共にこれから幕を上げようとしている舞台への期待を抱いていた。そんな三人とは違い、やや険悪な雰囲気を漂わせる者がいる席があった。

 

「ったく、何でこんなとこに来なきゃならねーんだよ……」

「決まってる。マリアさんが僕ら全員で観て欲しいと希望したからだ」

「そうそう。モードレッドが普段から個人行動ばかりするからだよ?」

 

 ふて腐れるように座る赤みがかった茶髪の男性へアーサーとランスロットが呆れ顔を向けた。モードレッドと呼ばれた彼は、二人の言葉に反論するのも面倒だとばかりに無視を決め込み顔を背ける。それでも視線を舞台へと向ける事だけは止めない辺りに彼の本質的な性格が窺える。

 

 そして最後方の客席にはエリス達の姿があった。

 

「本来であればこの舞台を踏む事もあったのかもしれないが……」

「仕方ありません。今回は演舞が中止されてしまったのですから」

「そーそー。でも、まぁ、私としては有難いけどねぇ」

 

 エリスとマルガレーテの間に座る長い黒髪の女性は、そう言うと眠そうな表情のまま笑みを浮かべる。

 そんな彼女にエリスとマルガレーテが揃ってため息を吐く。何故なら彼女は普段こそこうして大人しくしているが、戦闘時は閉じているような目を見開き別人のようになるのだ。

 

 そうやって三つの華撃団も見守る中、遂に幕が上がる。

 その舞台を袖から神山と大神が静かに見つめていた。

 

「懐かしいな……」

 

 そんな中で大神が舞台を見つめて呟いた。彼の脳裏にはあの少尉時代の夏の日が甦っていたのだ。

 

「やはり思い出がある演目なんですか?」

「ああ。この演目の初日に当時の敵が出現したんだ」

「……そういう事ですか」

 

 何故初日公演が中断されたのかの理由を知り、神山は納得するように息を吐いた。

 当時は華撃団は秘密の存在だったため、敵襲があったとしても今のように出撃すると周囲に言える環境ではなかったのだ。

 ただ、大神達当時の裏を知っている者達にはそれだけではない理由があるのだが、それを自分の口から告げるのは大神には憚られた。

 

「それにしても、織姫君もそうだったがカンナも楽しそうだ」

「ですね。やっぱり皆さんは女優なんですよ」

「…………そうだな」

 

 様々なものを飲み込むようにそう告げて大神は舞台を見つめ続けた。

 その脳裏にはあの戦いが終わった直後、カンナと作戦司令室でした会話が思い出されていた。

 

――隊長、さっきのあいつの声、あれって……。

――……さくら君と似た外見と声をしている夜叉と名乗った上級降魔だ。どうしてさくら君の姿と声かはまだ分からない。

――嘘だろ……。じゃあさくらが眠ったままなのはあの時の事が関係してんじゃねーのか? やっぱりさくらを目覚めさせるにはあいつの封印を。

――カンナ、そこまでにしてくれ。俺達は華撃団だ。それは、さくら君だって分かってるはずだ。

――……わりぃ隊長。今の言葉は忘れてくれ。

 

 最後に申し訳なさそうな顔をしていたカンナの表情を思い出し、大神はあれがそもそも女優の仮面だったのだと気付いて神山の言葉へ返事をしたのである。

 舞台で初穂と似た者夫婦のようなやり取りを見せるカンナを見つめ、大神は目を細めた。彼は知っているのだ。カンナもその内側に女性らしさをしっかりと持っている事を。

 

「支配人? 最後まで見ていかないんですか?」

「客席から見てくるよ。ここからとはまた違った感じで観れるからね」

 

 そう言って大神は舞台袖から移動していった。その背を少しだけ見送り、神山は顔を舞台へ戻した。

 

「……演出したからか、いつもよりも緊張するな」

 

 客席の反応がこれまでよりも気になる事に気付き、神山は手に汗を掻きながら片手には台本を持って舞台を見つめ続ける。

 彼はまだ知らなかった。その気持ちを、かつて大神もとある年のクリスマス公演で感じていたとは。

 

(所々で笑いが起きたりしている。今の所失敗ではないらしい。お願いだから最後には拍手が起きてくれ……っ!)

 

 祈るように舞台上を見つめる神山。気付けば持っていた台本を握り締め、彼は食い入るように舞台の上の光景を見つめる。

 無事に終わって欲しいという想いと、成功して欲しいという想い。その二つの気持ちが握り締める手に宿っていた。

 

 やがて幕が下りていき、神山にはその速度がいつもよりもゆっくりとしているように見えていた。

 

(まだか……? まだ下りないのか?)

 

 そして幕が下りた。その次の瞬間、割れんばかりの拍手の音が鳴り響いた。

 そのまま始まるカーテンコール。それを眺めながら神山は静かにその場へ座り込んだ。

 

「は、ははっ……こんなにも緊張したのは初めてかもしれないな」

 

 初出撃よりも初任務よりも、自分が演出した舞台を観る事が何よりも疲れた。そう思って神山は疲れた笑みを浮かべて舞台袖に座り込んでいた。

 そんな彼へカオルの閉演を告げる音声が聞こえてきた。それと共に彼の前へさくら達がやってくる。彼女達は神山の様子に一様に首を傾げるも、一人カンナだけが苦笑しながら彼の肩へ手を置いた。

 

「そんなに緊張したのか。まっ、初めて自分が深く関わった舞台だもんな。お客さん達の拍手で気が抜けたんだろうさ」

「成程……」

 

 納得するように頷くクラリスを横目に、アナスタシアは柔らかく微笑みながら神山へ手を差し伸ばした。

 

「キャプテン、しっかりしてちょうだい。まだ公演は始まったばかりなんだから」

「そうですよ。ここから細かに演出を見直す事も必要なんですからね?」

「そ、そうか。分かった。頑張るよ」

 

 さくらの言葉に気合を入れ直し、神山はアナスタシアの手を取って立ち上がる。

 

「とにかく、今はこれを言わないといけないな。みんな、お疲れ様。いい舞台だった」

 

 その心からの労いにさくら達が嬉しそうに笑顔を見せて楽屋へと向かう。そんな中、カンナは着替える事もせずに支配人室の前に来ていた。

 するとそこへ大神が姿を見せた。ロビーでの来賓相手の諸々をカオルへ任せ、一人支配人室へと戻ってきたのである。

 

「ん? カンナ?」

「おう、隊長。お疲れさん」

「ははっ、カンナ程じゃないよ」

 

 若干疲れたような顔をし大神は支配人室のドアを開けるとそのままカンナへ顔を向ける。それにカンナは小さく驚きを浮かべるも、若干嬉しそうに笑みを浮かべて中へと足を踏み入れた。

 

「それで、久しぶりの舞台はどうだった?」

「そうだな。やっぱり楽しかったよ。お客さんの中にもあたいの事を覚えててくれた人達が沢山いたしさ」

「そうだったね。凄い声援だった」

「あははっ、でも昔のマリアやすみれには負けてるって。それにしても、今の花組もやるなぁ。舞台に賭ける情熱だけならあの頃のあたい達に負けてないぜ」

 

 そう言ってカンナが大神へ背を向けた時だった。

 

「カンナ、今ぐらいは本当のカンナを見せてくれないか?」

 

 大神のその言葉にカンナが思わず息を呑む。そのままゆっくりと彼女は顔を大神へ向けた。

 

「すまないカンナ。俺はあの時気付けなかった。カンナも女優だと忘れていたんだ」

「隊長……」

「不安などがあるなら全部俺へぶつけてくれ。俺は今でもカンナの隊長のつもりだ」

「っ……」

 

 最後に見せた優しい笑みにカンナの瞳がじわりと滲む。それを見て大神はその表情のまま静かにカンナへ歩み寄った。

 

「それとこれだけは約束するよ。必ずさくら君を目覚めさせてみせると。もしあの戦いが原因だとしても、ね」

「ああ、知ってる。あたいの、あたいの惚れた男はそういう人だって……」

 

 そう言ってカンナは大神へ抱き着こうとしてはたと足を止める。

 

「カンナ?」

「……服に化粧ついちまうけど、構わないか?」

 

 その女性らしい気遣いに大神は微笑みながら頷いた。それにカンナは小さく笑みを浮かべると大神へと抱き着いた。ただ、相変わらず身長差があるために大神が抱き締められる形であるが。

 

「へへっ、何だか懐かしいな」

「そうだね。ミカサの中でのやり取りを思い出すよ」

「……そうだな」

 

 二人しか知らない思い出。大神とカンナしか知らない、最終決戦前の僅かな一時だ。

 ただ、あの頃と異なる事があるとしたら二人の年齢とその関係性だろうか。

 

「で、隊長? あたいの胸、どうだ?」

「…………聞かないでくれよ」

「あ、あの、さ? あたいが地元で道場やってるの知ってるだろ? そこで近所のガキ共を預かったりしてるんだ。で、実は、あ、あたいも自分の子供が欲しいなって」

 

 その言葉に大神は一瞬にして織姫の願いを思い出して心なしか腰を引く。が、それを察していたかのようにカンナの腕が彼の顔をより一層その豊かな胸元へと埋めさせる。

 

「か、カンナっ!?」

「だ、駄目、か? あたいも女なんだぜ? 惚れた男の子、欲しいって思っちゃおかしいかな?」

「そ、それは……」

「た、頼むよ隊長。いや、い、一郎さん?」

「っ?!」

 

 カンナの見せた女の顔と声。その不意打ちに大神は目を見開いて身動きが出来なくなる。そんな彼へカンナがそっと顔を近付けていく。やがてその距離が零へ近付き……

 

「中尉? いらっしゃいます?」

「「っ!?」」

 

 ノックと共に聞こえてきたすみれの声に二人が一瞬で距離を取る。互いに赤面するも、そこは女優であるカンナ。先に立ち直るとドアをゆっくりと開けた。

 

「おう、久しぶりだなすみれ」

「カンナさん? お久しぶりですわね。で、どうしてここに?」

「十年以上ぶりの舞台だ。興奮してんだよ。で、隊長相手にそれを落ち着けてたとこだ」

「はぁ~……歳を重ねても相変わらずですのね。多少は女性らしくなったかと思っていたのに」

「へっ、それを言うならお前だろ。ぜんっぜん大人の女って感じしないじゃねーか」

「おほほっ……それはカンナさんの目が節穴なだけですわ。ねぇ、中尉?」

「いっ!?」

「あははっ……すみれの奴、口だけは達者になったよな。なぁ、隊長?」

「ええっ!?」

 

 二人に詰め寄られ、大神はどうしたものかと視線を彷徨わせて二人の背後から自分達を覗くマリア達三人の姿に気付いた。

 

「ま、マリアっ! 紅蘭っ! レニも! 助けてくれっ!」

「ふふっ、駄目ですよ隊長。今は私達ではなくカンナ達へ意識を向けてあげてください」

「せやせや。そういうとこ、大神はんの悪いとこやで?」

「れ、レニっ!」

「……頑張れ、隊長」

 

 揃って苦笑する三人の美女に突き放され、大神は諦めたように項垂れる。

 それを見てすみれとカンナが一瞬だけ互いへ視線を送って笑みを向け合うと小さく頷いた。

 そこからしばらく支配人室は賑やかで華やかな空気に包まれる事となる。

 

 同じ頃神山はロビーで観客達を見送っていた。カオルが来賓の相手をする横で頭を下げる彼へシャオロン達が近付いていく。

 

「よっ、神山」

「お疲れ」

「シャオロン。それにユイさんにミンメイも……」

「きょ、今日はお招きいただき、あ、ありがとうございました」

「いや、こちらとしても来てくれて嬉しかったよ。ありがとう」

 

 いつも通りのシャオロンと笑顔のユイ。そんな二人の間でもじもじとしながら頭を小さく下げるミンメイに神山は笑みを浮かべた。

 

「あっ、いたいた。おーい!」

 

 そこへ姿を見せるのはランスロットだった。更にその後ろからはアーサーとモードレッドが歩いてくる。

 ただ、どこか笑みを浮かべるアーサーと違い、不機嫌そうなモードレッドはやや鋭い視線を神山へ向けていた。

 

「ランスロットさん。それにアーサーさんと……そちらは?」

「モードレッド、自己紹介を」

「……モードレッドだ。別に名前や顔を覚えなくてもいい」

「は、はぁ……。自分は神山誠十郎です」

 

 初対面から仲良くするつもりなどないと言外に告げる相手に神山は困惑するしかない。シャオロン達も騎士を名乗る倫敦華撃団らしからぬ振る舞いの彼にやや面食らっていた。

 

「神山隊長」

「エリスさん」

 

 そこへエリス達伯林華撃団も姿を見せる。期せずして神山達と繋がりを持った三つの華撃団が顔を合わせたのだ。

 

「あらあら? もしかしてお邪魔だったぁ?」

「いえ、そういう訳では……。で、その、貴方は?」

「あー、ごめんなさーい。私はアンネよ。呼び捨てでもちゃん付けでも様付けでも好きに呼んでねぇ」

「ちゃん? 様?」

「アンネの言う事は気にしないでいいわ。普段から寝惚けているようなものだから」

「あ、相変わらずですねマルガレーテさん」

 

 おっとりした感じのアンネを鋭い言い方で突き放すマルガレーテに神山は苦笑するしかない。

 そしてその場にいる者達の事を見回して彼は改めて感謝を述べる。招待したとはいえ、それは良ければ見に来て欲しいというものであり、招待状を出したというようなものではない。

 それにも関わらず来てくれた事。それに神山は心からの感謝を述べたかったのだ。

 

「今日は忙しい中足を運んでくれてありがとうございます。きっとみんなも喜ぶと思いますから」

「それは良かった。ただ、僕らはただ観劇に来た訳じゃないんだ」

「そうそう。宣戦布告、じゃないけど……」

「次がお前達帝国華撃団最後の試合だ。今日来たのはその手向け代わりって事だ」

 

 三人揃って好戦的な雰囲気を漂わせる倫敦華撃団。それに神山は一瞬息を呑むも、すぐに気を取り直して凛々しい表情で頷いた。

 

「分かりました。でもこちらも負けるつもりはありません。名高い帝国華撃団の復活を、今回の優勝と言う形で示してみせます。本来なら勝ち残っていたはずの上海華撃団のためにも」

「神山さん……」

「さっすが神山。そうこなくっちゃ!」

「へっ、俺達に勝ったんだ。それぐらい言ってもらわないとな」

 

 自分達だけでなく上海華撃団も背負っていると告げる神山へシャオロン達が笑みを浮かべる。

 そんな彼にエリス達伯林華撃団は意外そうな表情を見せていた。

 

(神山隊長は上海に勝った事を素直に喜んでいないのか。故に負ける訳にはいかない、か……)

(互いを認め合っていると、そういう事? ……まぁこの街は以前は上海華撃団が守護していたもの。その関係性はやや特別でもおかしくないわね)

(ふーん、中々真面目な子ねぇ。これはどっちが勝っても面白い事になりそうだわぁ……)

 

 エリス達が興味深そうに神山達を見つめる中、そこへ三人の女性が姿を見せる。

 

「何をしているの?」

「「マリアさん……」」

「ん? 何やシャオロン達もおったんやな」

「「「紅蘭さん……」」」

「エリス、これはどういう事?」

「レニ教官……」

「倫敦華撃団が帝国華撃団へ勝利宣言をしたんです」

 

 マルガレーテの端的な説明にマリアが頭を押さえ、紅蘭とレニが苦笑した。

 

「モードレッドだけじゃなく?」

「そうですよぉ。さすがは優勝候補ですね~」

「てめぇ……馬鹿にしてんのか?」

「あらぁ? そう聞こえちゃったかしら? ごめんなさいね~」

「こいつ……っ!」

「止めなさいっ」

 

 アンネへ今にも襲い掛かりそうな雰囲気を出すモードレッドへマリアの鋭い声が放たれる。

 更にレニも鋭い視線をアンネへ向けており、紅蘭はやや呆れ気味に怯えるミンメイを抱き寄せて両者を眺めていた。

 

「アンネ、挑発するんじゃない」

「そんなつもりはなかったんですけどぉ……」

「マリア、それに倫敦の三人もごめん。アンネには僕からしっかり言い聞かせておく」

「いえ、こちらが簡単に剣へ手をかけようとしたのも問題よ。それに関してはごめんなさい」

「まぁ、うちからするとどっちもどっちやな。大神はんが言った事、忘れとるとしか言えへんし」

 

 その言葉にモードレッドだけでなくアンネさえもしまったと言う顔をした。

 そしてそれは、それぞれ自分達の仲間を止める事が出来なかったアーサー達もだった。

 

「神山はんやシャオロン達もや。関係ないからって一歩引いてええ訳ないで?」

「も、申し訳ありません!」

「すみません!」

「ごめんなさい!」

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 しっかりと神山や上海華撃団の三人へも注意し、紅蘭はマリアとレニへ視線を向ける。それはこれで場を収拾しようというものだった。

 

「紅蘭の言う通りよ。アーサー、ランスロット、モードレッド。貴方達は倫敦華撃団の騎士。その名に恥じないように、そして騎士の称号に相応しい振る舞いをしなさい。いいわね?」

「「了解」」

「……了解だ」

「エリス達もだ。二連覇をしておきながら傲慢な振る舞いをしていては意味がない。伯林華撃団の名を貶める事のないように」

「「了解」」

「りょーかい」

 

 神山は目の前で行われたかつての帝国華撃団同士の連携に感心していた。

 マリアとレニが当事者を止め、紅蘭がその場にいた全員へ注意を行う。誰一人として悪くない者はいないとして事態を収めたのだから。

 

「さて、ならこれで私達は失礼しましょう。神山隊長、いい舞台だったと今の花組へ伝えてください。それと、お仕事頑張って」

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 柔らかく微笑みを見せてマリアはアーサー達と共に帝劇を後にする。その背中を見送り、神山は息を吐いた。

 

「じゃあ僕らも失礼するよ。それじゃあ神山、今の花組に伝えておいて。面白かったって」

「あ、はい。分かりました」

 

 神山の反応に微かに好ましい笑みを浮かべ、レニはエリス達を伴って帝劇から去っていく。そしてそれを見届ける前に神山の視界に紅蘭の姿が入ってきた。

 

「神山はん、今回の演目、中々思い切った事したなぁ。あの初穂ちゅう子、上手く成長したらカンナはん越えるかもしれんよ?」

「えっ?」

「ほな、失礼します。みんな、帰るで~」

 

 ニコニコ笑顔で歩き出す紅蘭へシャオロン達がやや慌てて動き出す。

 神山はそれを見送りながら紅蘭の告げた言葉の意味を考える。

 

(初穂がカンナさんを越えるかもしれない? どういう意味だ……?)

 

 その答えが出ないまま彼は他の観客の見送りを終えると、こまちと共にアンケート用紙が入った箱を抱えてサロンへと向かった。

 そこで今回の反響を即座に受け取り、さくら達は喜んだり反省したりとする中、神山はさり気無く初穂へ近付くとそっと紅蘭の言葉を耳打ちしたのだ。

 その内容に初穂は耳を疑い、神山へ本当かと問い質すも彼は事実だと返す事しか出来ない。そんな彼へ何か思いついたのか、初穂が小さく手招きして耳打ちさせろと告げる。

 何か分かったのかと思って神山が耳を初穂の口元へ寄せると……

 

――じゃ、アタシをしっかり成長させてくれよ、か・み・や・ま?

――っ?!

 

 慌てて離れる神山が見たのは、悪戯を成功させた子供のように笑う、頬を赤めた初穂だった……。




次回予告

刻一刻と迫る倫敦戦。それでもさくらちゃんの無限は動かせる見込みが立たない。
そこで思いついたある手段で無限の修理を進めるが、成功したとしても慣らしや確認点検などで時間がかかっちまう。
やれやれ、このままじゃさくらちゃんが倫敦戦に出場出来ないな。
こうなったら、今までこつこつやってきた成果を試すしかないか。
次回、新サクラ大戦~異譜~
”諸刃の力”
太正桜に浪漫の嵐!

――こいつは、危険だぞ……。
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