新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

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ゲームでは”さくらの帰郷”というサブタイトルで描かれた倫敦戦。
ですが今作では上海戦同様独立してそこを重点に置いた話にしようと思います。


諸刃の力 前編

「霊子水晶?」

「そうだ。原因はそこにあると分かった」

 

 あの夜叉によって受けたダメージで動かなくなったさくらの無限。その原因が霊子水晶にあったと、そう令士は調べ上げていた。

 ただし、原因が分かったからといってすぐに動かせるようになる訳ではない。まず原因の除去。次に整備点検を行い、慣らし運転をしてとやるべき事が沢山あるのだ。

 しかも霊子水晶の異常が原因であると分かっただけであり、それをどう解決するのかはまだ確立されていない。

 つまり、現状は異変の原因が判明しているだけなのだ。そこからどうすればいいのか。それはまだ令士にも手立てがないに等しい。

 

 その事を説明し令士は深刻そうな表情でこう締め括る。

 

「例えこれをどうにか出来たとしても、全ての工程を終える前に倫敦戦が始まる可能性が高い」

「なっ……」

「すまん。こればっかりはどうにも出来ない。無理に急いで進めてしまえばさくらちゃんの命に係わるからな。出来る限り短縮するが……」

 

 霊子戦闘機のみならず一度異常をきたした機械を再使用する際は新品を使う時よりも注意を払わなければならない。

 それは神山も分かるため令士の言葉へ反論するつもりはなかった。ただ、ならばとその視線が無限ではなく格納庫の隅の方にある三式光武へと向いた。

 

「じゃあ、その時はあいつの出番か?」

「いや、さすがにそれは止めた方がいいだろう。というより下手をしたら無限を無理に使うよりも危ないかもしれない」

「どういう意味だ?」

「簡単だよ。さくらちゃんの三式光武は花組の中でも一番酷使されていたんだ。正直言うとな、もう金属疲労が酷いんだよ。あの時まで前線に立ち続けていたのが不思議なぐらいだ」

「そこまでか……」

 

 どこかで神山も分かっていた事だった。あの初出撃の際にさくらが三式光武でやってのけた事を思い出せば令士の言葉は納得するしかないものだったのだから。

 と、そこで神山は思い出す。令士があの時言った言葉を。倫敦戦でさくらが乗る機体がない状況は回避させるという意味合いの言葉を。

 

「令士、お前はあの時言ったよな? 倫敦戦でさくらが出られないような事はないようにするって」

「ま、そんなような事言ったな」

「でもお前は無限は間に合わないかもと言い、三式は使うなと言う。どうするつもりなんだ?」

「まぁそこは当日まで待ってくれ。無限が間に合う可能性がないわけじゃないしな」

「……分かった。お前を信じるさ」

「おう。っと、そうだ。初穂ちゃんにここへ来てくれるように頼んでくれ。霊子水晶に関しては俺よりも適任なんだよ」

 

 その頼みに頷き神山は格納庫を後にした。それを見送り、令士は息を吐きながらゆっくりとその場から後ろへ振り返る。

 六機の無限とさくらの三式光武が並び、かつて大神の光武二式が置かれていた場所にある黒いシートへ視線を合わせると令士は囁くように呟いた。

 

「やっぱ、アレの出番だろうな……」

 

 シートの下から少し見える桜色の装甲。それが意味する事を考え、令士は皮肉が効いていると感じて苦い表情を浮かべた。

 

――さくらの名を持つ二人が同じ機体に乗る事になるかもしれないのか。先人は上手く扱えなかったらしいが、さくらちゃんはどうなるんだろうな……。

 

 底知れぬ不安を感じながら令士は視線の先にある機体を見つめる。

 扱えても扱えないでも乗る者へ大きな負担を強いるであろう、封じられた存在を。

 

 一方その頃、神山は中庭で神楽の練習をしていた初穂へ声をかけようとしていた。

 

「初穂っ!」

「ん? 何だ、神山じゃねーか」

 

 真夏の夜の夢の初日以降、初穂は神山を苗字で呼び捨てるようになった。

 その理由を神山が尋ねると、初穂は若干照れくさそうにあざみと同じだと返したのだ。

 つまり、神山を強く信頼したという証拠の呼び方変更だと。それならと彼も受け入れ、そこから強く追及する事はなかった。

 ただ、初穂までも呼び方を変えた事にさくらやクラリスがやや複雑そうな表情をしていた事を神山は知らない。

 

 神楽の練習を中断した初穂へ神山は令士からの頼みを伝え、それがさくらの無限を動かすためと分かった瞬間、初穂は神山への言葉もそこそこに急いでその場を駆け出して行った。

 その迅速な行動に神山も呆気に取られ、やがてその根底にあるものを察して笑みを浮かべた。

 さくらと初穂が仲が良いのは神山も以前の初穂を探しに行った時に察している。だからこそ神山は初穂の行動に納得し、中庭から出て雑務を片付けようとした。

 

「誠十郎」

「あざみ?」

 

 そこへあざみが現れた。何事かと思って小首を傾げる神山へ彼女はあっさりとこう告げた。

 

「さくらがランスロットと一緒にここへ来る」

「は?」

「ここです」

「おー、結構広いね」

 

 事態を理解出来ないままの神山の背後から聞こえてくる二つの声。慌てて神山が振り向くと、そこにはやや真剣な表情のさくらと気楽そうなランスロットがいた。

 二人は神山に気付くと揃って苦い顔をする。実はこれから二人はとある事をやろうとしていたからだ。

 それを神山が知ればいい顔をしないと二人は分かっているのである。何せ本気で試合をやろうとしていたのだから。

 

「さくら、ランスロットさんもここで何を?」

「えっと……」

「手合せです。その、あの時は一合で終わったのでお互いに……」

「そういう事か」

 

 腕を組んで思案する神山。以前モードレッドとアンナが衝突しそうになった時の紅蘭の言葉を思い出し、本気での手合せは是か非かと。

 

「神山、あたしは別にさくらが嫌いとか負かしたいとかで手合せするんじゃないから」

 

 神山が何で迷っているのかを察し、ランスロットがそう告げるとさくらも自分も同じだと頷く。

 純粋な手合せならばいいか。そう神山は判断し腕組みを解いた。

 

「分かりました。でも、一応見学させてもらいます」

「それぐらい別にいいよ。さくらもいいよね?」

「はい。構いません」

 

 こうして中庭で二人の剣士が相対する。その表情はやや異なる。どこか緊張しているようなさくらと、微かに不敵な笑みを浮かべるランスロットというものだ。

 それを見つめ、神山とあざみは小声で言葉を交わす。

 

「あざみはどう見る?」

「正直分からない。一対一でのさくらの全力なんて見る機会がなかったし」

「そうか……」

「神山~っ! 合図出して~っ!」

 

 そこへ聞こえる大声。神山が視線を前へ戻すとランスロットが左手を上げて動かしている。

 試合開始の合図が欲しいのだと理解し、神山が頷いて鋭い声で始めと告げた瞬間弾かれるようにランスロットが地面を蹴った。

 

「っ!?」

 

 その動きに息を呑みつつもさくらもすかさず応戦するように刀を鞘から引き抜いた。若干居合気味になったそれにランスロットが目を細めると同時に地へ足を着けると身を引いてかわし、再度地面を蹴って袈裟斬りを繰り出す。

 それを体を逸らして避けながらさくらは突きを繰り出した。その鋭い一撃に剣を戻すのが間に合わず、ランスロットは後方へ跳んで下がる。

 

 たったそれだけでランスロットの笑みが質を変え、さくらの表情が険しさを増す。

 二人は悟ったのだ。このままでは目の前の相手を傷付けてしまうと。最悪殺しかねない。そこまで思って二人は一旦刃を下げる。

 

「さくら、どうする? あたし、続けるなら加減出来ないよ」

「……わたしも、そうです」

「そっか……あの人はやっぱり凄かったんだ」

 

 さくらの言葉にランスロットはどこか残念そうに呟く。その脳裏にはニューヨーク滞在時の思い出が甦っていたのだ。

 かつての紐育華撃団星組隊長へ挑んだ自分を相手取って打ち負かした、ミフネ流剣法を名乗る赤髪の剣士の姿を。

 

「で、どうする?」

 

 暗に続けるかと問いかけるランスロットへさくらは迷いを見せる。剣の修行や稽古はしてきたさくらであるが、やはり人を面と向かって傷付ける事へは抵抗があった。

 対するランスロットはそこへの抵抗がさくら程ではない。そこは彼女が強い相手へ何度も勝負を挑んでいる事からも明らかだった。

 迷うさくらへ自分の気持ちを告げるようにランスロットは剣を構え直す。こちらは勝負を続行したいという意思表示だ。それを見てさくらが息を呑む。

 

(ランスロットさん、本気だ。もう笑みがない)

(さぁ、どうするのかな? さくら、君には誰かを傷付けるかもしれない時にその覚悟が出来る?)

 

 構え直せないさくらと構え直したランスロット。ある意味で対照的な二人を見つめ、あざみは神山の袖を軽く引っ張った。

 

「あざみ?」

「誠十郎、止めた方がいい。このままだと」

 

 そうあざみが言葉を続けようとした時だった。ランスロットが残る一振りの剣を引き抜くと同時にさくらへと襲い掛かったのだ。

 その動きの速さは今までよりも上であり、気持ちが定まっていなかったさくらは完全に不意を突かれた形となった。

 

「っ?!」

 

 出遅れる形になったさくらは対応が間に合わず、二振りの剣でその喉元を挟まれる状態となった。

 息を呑んで怯えるようにランスロットを見つめるさくらと、そんな彼女を見て失望するような表情を浮かべるランスロット。

 そのままたっぷり一分は見つめ合ってから、ランスロットが剣を下げてさくらへと背を向ける。

 

「残念だよさくら。いざって時に覚悟を出来ないようじゃサムライじゃないよ。あたしが戦ったテキサスのサムライはもっと強かった」

「侍……」

 

 そう告げてランスロットはさくらへ背を向けたまま歩き出す。その顔を若干俯けたまま神山の横を通り抜ける瞬間、ランスロットは呟いた。

 

――これから立ち直れないならあの子は終わりだよ。

――っ。

 

 神山が振り返るとランスロットがドアを開けて中庭から出ていくところだった。その背から漂う失望を感じ取り神山は言葉が出なかった。

 ランスロットがさくらへ強い期待を抱いていた事と、それが裏切られたと思いながらもどこかでその再起を期待してるように思えたのだ。

 ドアが音を立てて閉まると同時に神山の袖をあざみが引いた。それに神山があざみへ顔を向けると、彼女はさくらの方を見つめてどこか驚くような表情を浮かべていた。

 

「誠十郎、さくらが……」

「え? っ! さくらっ!」

 

 まるで気が抜けたのかさくらはその場へ座り込み、ぼんやりと宙を見つめていた。神山が駆け寄ってもそれが変わる事はなく、さくらは魂が抜けたように刀からも手を離していた。

 

「わたし……動けなかった……」

「さくらっ!」

「誠兄さん……わたし、覚悟、出来なかった……っ!」

「さくら……」

 

 瞳に涙を浮かべさくらは静かに神山へ縋りつくようにして顔を胸へ埋めた。肩を細かに震わせて泣くさくらを見つめながら神山はどうするべきかと天を仰ぐ。

 ランスロットが告げた言葉の意味。それが今のさくらを見れば理解出来たからだ。ランスロットの殺してしまっても構わないという覚悟。それを目の当たりにし、さくらが己の未熟さを噛み締めてしまったためだと。

 

(誰かを傷付けたくない。そんなさくらの迷いは分かる。逆に、いざとなったら相手を殺してしまうかもしれないでも躊躇わないランスロットさんの覚悟も。不殺を貫くのなら、さくらはあそこで刀を収めるべきだったんだろうか。それとも、ランスロットさんを止められるように構え直して立ち向かうべきだったのだろうか……)

 

 その答えを出すのは自分ではなくさくら本人でなければいけない。そう結論を出して神山は視線をさくらから地面へ転がる刀へと向けた。

 その鋭い輝きさえも今はどこか曇っているように見え神山は目を閉じる。そんな背中を見つめてあざみは静かにその場を立ち去る事に決めた。

 

「今のさくらには誠十郎が必要」

 

 そう呟き、彼女は音もなく跳び上がると消える。残された形となった神山とさくらは、そのまましばらく中庭で過ごす事となる。

 

 その頃、格納庫では初穂による霊子水晶の診察とも言える行為が終わろうとしていた。

 

「……どうだい?」

「アタシもはっきりとは言えないけど、これは一種の呪いみたいなもんだと思うぜ。強い妖力が霊子水晶を包んでるんだ」

「成程……。どうにか出来そうかい?」

「…………やってみるさ。さくらはアタシの親友みたいなもんだしな」

 

 そう返して初穂はさくらの無限の前へと移動し、そこで神楽を舞い始めた。その神聖な動きに令士が感嘆の声を漏らす中、初穂は曇りなき心で神楽を舞う。

 やがてその舞いによって高められていった初穂の霊力が浄化の力として周囲へ流れ始める。ゆっくりと霊子水晶を包んでいる妖力を薄れさせていくようなその力により、次第に格納庫全体が清らかな空気へ変わっていく。

 そしてその影響を受けて他の無限や三式光武までも活性化していった。令士はその反応に驚きを見せつつ成り行きを見守った。

 

「ここまでとはな……」

 

 初穂が動きを終えた時にはさくらの無限の霊子水晶が元通りになっており、その場の空気が何とも言えない程澄み渡っていた。

 

「ふぅ……どうだ?」

「ああ、見事に霊子水晶の輝きが戻った。これで次の作業へ取り掛かれる」

「そっか。じゃあ後は頼むぜ」

「ありがとう初穂ちゃん。今度飯でも奢るよ」

「気持ちだけでいいっての。じゃあな」

 

 さらりと令士の誘いを受け流して初穂は格納庫を後にした。その閉まるドアに令士は若干肩を落としながらも視線をすぐに上げて無限へと向ける。

 

「点検整備をしてから慣らし運転だな。ただ……」

 

 令士の視線が無限から別の場所へ動く。そこにあるカレンダーを見つめ、数日後に書かれた予定を確認しため息を吐いた。

 

「倫敦戦には、やはり間に合わないかもしれないな」

 

 悔しげに顔を歪め、令士は頭を掻いて視線を無限からその奥へと向けた。

 

「…………やっぱりあっちの準備も進めておくか」

 

 そう噛み締めるように呟く令士の視線の先には、黒いシートに隠された桜色の機体があった……。

 

 

 

「落ち着いたみたいだな」

「はい……」

 

 中庭の奥にあるベンチへ座り、赤くなった目で俯くさくらへ神山は優しく声をかける。気落ちしているさくらを一人にするつもりが神山にはなかったのだ。

 さくらも今は誰かに気持ちを聞いて欲しいと思っていたので彼の心遣いは嬉しく思っていた。それに、さくらにとっては神山は特別な存在である。幼い頃は共に遊び、とある約束をした間柄でもあるのだから。

 

「それで、これからどうする?」

「どう……」

 

 本来ならそっとしておくのがいいと思いながらも神山は敢えてさくらへ辛い現実を突きつけた。

 

「ランスロットさんはさくらへ失望した。だけどそれは負けた事じゃない。それはさくらにも分かってるだろ?」

「……はい。わたしが、わたしが決断出来なかったからランスロットさんはがっかりしたんだと、思います。お互いを傷付けあうのを嫌がるなら刃を収め、そうじゃないなら構え直して戦う。そのどちらも出来なかったから、わたしは……」

 

 ぐっとさくらが自分の手を握り締める。あの時見たランスロットの表情を思い出したのだ。自分への失望を宿した目。それが悔しくも情けなく思い、さくらはまだ視界が滲んできた事に気付いた。

 と、そこで彼女は思い出す事があった。ランスロットが語ったテキサスのサムライという言葉だ。

 

「神山さん、ランスロットさんが言ってたてきさすの侍って……」

「分からないが、てきさすはたしか亜米利加の街の名のはずだ」

「じゃあ……」

「ああ。多分だが紐育華撃団の関係者だ」

「わたしをランスロットさんは侍と見てくれていました。それは、きっとその人との事があったからだと思います」

「……よし、支配人やカンナさんに聞いてみよう」

 

 降魔大戦時に指揮を執っていた大神は言うまでもないが、カンナもきっとランスロットが言っていた“テキサスのサムライ”の事を知っているはずだ。

 そんな彼女は織姫と同じく公演に出ている間は帝劇を宿としている。ならまずは忙しい大神へ聞き込みをし、詳しい話をカンナに頼もうとそう考えて神山はさくらと共にまず中庭を出た。

 そしてまずは支配人室を訪ねる。大神は珍しい来客に首を捻るも、二人から告げられた単語で表情を懐かしそうなものへ変えた。

 

「テキサスのサムライ、か。きっとそれはジェミニ君の事だろうな」

「「じぇみに?」」

「紐育華撃団星組だった女性だ。マリアから聞いたんだが、ランスロットは普段は倫敦ではなく紐育に駐在しているそうだ」

「つまりランスロットさんは紐育華撃団の方達と面識が?」

「多分そうだろう。そういえば俺の甥が紐育華撃団関係者なんだが、俺と同じで二刀流でね。それが原因で二刀流の少女に勝負を挑まれた事があると手紙に書かれた事があったよ」

 

 それだけで神山とさくらはランスロットだと確信出来た。その際、きっとジェミニと言う女性と手合せする事になったのだろうと。

 二人は大神へ礼を述べて退室するやカンナを探して食堂へと向かった。ジェミニの事を詳しく知ろうと思ったのである。

 

「ん? 二人揃ってどうした?」

 

 カンナは二人の予想通りに食堂にいた。食事前のようで、メニューを手にしながら二人に気付いて顔を上げたのだ。

 

「あのっ、ジェミニさんって方の事を詳しく教えてください!」

「は?」

 

 勢い良く頭を下げるさくらに疑問符を浮かべるカンナへ神山が事情を話す。ランスロットとの一件と、そこから派生して知ったジェミニの事。彼女の事を詳しく聞くには大神は色々と仕事があって難しいためカンナからと思った事を。

 それならと納得したカンナだが、申し訳なさそうな顔でこう前置いた。自分はジェミニの事をそこまで詳しく知らないと。

 

「あたいは紐育の連中とはちょっとした一件と降魔大戦の時しか会った事ないからなぁ。あいつらの事はマリアに聞くのがいいと思うぞ?」

「マリアさん、ですか?」

「おう。あいつは倫敦華撃団の司令補佐みたいな立場らしいぜ。で、倫敦華撃団は紐育とも関係が深いんだ」

「そっか。ランスロットさんが駐在していたらしいし……」

「よし、マリアさんに話を聞きに行こう。カンナさん、ありがとうございます」

「いいって事さ。それと、リボンの嬢ちゃん」

「はい?」

 

 カンナの呼びかけに小首を傾げるさくら。

 実は、大神達かつての花組関係者は頑なにさくらを名前で呼ぶ事はしない。その理由が彼らにとっての“さくら”が一人であるためであるのは神山達も薄っすらとではあるが気付いてる。

 さくらもその気持ちはよく分かるため、カンナや織姫の呼び方に文句も不満もなかった。

 むしろ嬉しかったぐらいなのだ。今も大神達が自分の大好きな存在を強く思っていると分かって。

 

「化粧して行った方がいいぞ。多少マシだけどまだ目が腫れてるからよ。そんな顔で兄ちゃんと歩いたら、スタァとモギリの訳あり仲って言われるぜ?」

「あ、ありがとうございます!」

 

 思っても見なかった助言に、さくらは頭を下げるや神山へ少し待っていて欲しいと告げてその場を去った。残された形の神山を見つめカンナは小さく苦笑するとメニューをテーブルに置いた。

 

「なぁ兄ちゃん」

「はい?」

「あの子を心配するのは分かるがよ、あまり世話焼き過ぎるんじゃねーぞ?」

「……はい」

 

 以前織姫に言われた言葉を思い出し、神山は少しだけ苦い顔でそう返す。あの時は役者としての注意で、今回は女性としての注意だと理解したのだ。

 それでもまださくらを一人にするのは早いと、そう判断し神山は視線をカンナからさくらが去った方へと向ける。

 

(あんな風にさくらが泣くところを久しぶりに見たからか、どうしても手を差し伸べてしまうな。これが隊長としてなのか兄貴分としてなのか分からないところだ)

 

 しばらくしてさくらが化粧をして戻ってきた。する前よりも目の腫れが目立たなくなっているのを感じ、神山はやはりカンナも女性なのだと改めて実感した。

 こうしてさくらと二人で大帝国ホテルを目指す神山。その道中でさくらは声をかけられたりサインを頼まれたりと、かつてであれば考えられない人気者となっている事を実感する事となる。

 若干慌てながらも感謝を述べながらそれらに応じるさくらを見つめ、神山は少しだけ彼女が遠い存在になっていっているのを感じていた。

 

「お、お待たせしました」

「いや、いいよ。これも未来のトップスタァと一緒にいられる代償だ」

「と、トップスタァなんて……」

 

 照れるさくらだったが、その横顔を見て神山は小さく笑みを浮かべた。かつてであれば大げさに否定した言葉を今は消極的ではあるが受け入れつつある事。その裏にあるものを感じ取ったのだ。

 すみれ達かつての花組によって鍛えられた役者としての心。それが自分がいつかトップスタァになる事を拒否するのを嫌がっているのだと。

 

「そういえば、ジェミニさんの事を知ってどうするんだ?」

「……自分でも分かりません。でも、ランスロットさんが強いと認めた人を、侍を知れば何かわたしの中で答えが出せる気がして」

「そうか……」

 

 微かに俯きながらの言葉には、少しではあるが力が宿っていた。

 それを感じて神山は噛み締めるように頷く。もうさくらは立ち直り始めていると思ってだ。

 そのまま二人は大帝国ホテルへと到着し、ロビーにいたアーサーへと近付いた。

 

「アーサーさん」

「ん? ああ、神山か。それに、ミスさくらじゃないか。また来るなんて珍しいね。それで何か用かな?」

「あ、あの、マリアさんはいらっしゃいますか?」

「マリアさん? 部屋にいるが……」

「取次ぎをお願い出来ませんか? さくらだけでもいいので教えて欲しい事があるんです」

「それは構わないが……もしやそれはランスロットがやや不機嫌で帰ってきた事と関係あるのかな?」

 

 その問いかけにさくらが俯く。それだけでアーサーも何かを察してため息を吐いた。

 

「分かった。これ以上は聞かない事にしよう。神山、悪いが君とは話したい事がある。ミスさくらだけでもいいかい?」

「構いません。さくら、構わないな?」

「は、はい」

「ではここで待っていてくれ。ミスさくら、ついてきてくれるかな?」

「はい」

 

 アーサーについていく形で階段を上るさくらを見つめて神山は息を吐いた。

 

(丁度良くさくらを送り出せたな。もう俺が傍にいる必要はないだろうし)

 

 もしかするとそれを察したアーサーが気を遣ってくれたのかもしれない。

 そう考えて神山は息を吐くと近くの椅子へ座る。

 するとその向かいに座る者がいた。神山が小さく驚いて視線を上げると、そこには赤みがかった茶髪の男性が座っていた。

 

「も、モードレッドさん?」

「何でここへ来た? もうすぐ戦う相手の拠点だぞ」

 

 開口一番告げられたのは明確な敵意。それはこれまで神山が華撃団関係者からぶつけられた事のない感情だった。

 どうしてそんなにこちらを嫌うのか、それが神山には分からない。それでも同じ華撃団の仲間だと思い、神山は努めて冷静に対応しようとする。

 だが、そんな彼へモードレッドは続けてこう言い放った。

 

「真剣さが足りないんじゃないか、お前。試合が終わるまでは敵だろ」

「っ! 敵だって!?」

 

 勢いよく立ち上がる神山をモードレッドは冷たい視線で見つめる。一切表情を変える事もなく彼は神山へ突き放すように告げる。

 

「それぐらい割り切らないでどうすんだ? 大神司令の言葉、忘れてないだろうな? 俺達は真剣にぶつかり合う。なら、相手を敵と思うぐらいしないと嘘だ」

「っ……たしかにそうかもしれない。だが、同じ華撃団の仲間じゃないか」

「はっ、仲間だ? おめでたい奴だな、お前は。一つだけ教えてやる。他の華撃団がどうか知らないがな、俺達倫敦華撃団は隊長とも言える騎士団長を実力で決める。今のアーサーだって以前はただの隊員だった。それがあのマーリンに認められてアーサーの名を継いだんだ」

「マーリン?」

「お前らがマリアって呼んでるあの女だ。言っておくが俺達の名前は全員が全員本当の名じゃない。コードネーム、つまり一種の偽名だ」

 

 その言葉に神山は言葉を失った。アーサーやランスロットが本来の名前ではないかもしれないという事実と、アーサーの立場が実力で掴み取ったものという事。それらが持つ意味を察したのだ。

 まさしく実力主義。隊長の座さえも己の力で掴むというそんな倫敦華撃団の厳しさを知り、神山は目の前の相手が何故仲間という言葉を馬鹿にするような態度なのかも理解していた。

 

「モードレッドさん、貴方は仲間などいないと思っているんですか?」

「いないとは思ってないさ。ただお前らと違って支え合うつもりはない。助けられるなら助けてやるさ。だが何が何でも助けるなんてこれっぽっちも思ってない。他はどうか知らないがな」

「……それは仲間じゃない」

「だから何だ? そもそも力付くで周囲を蹴散らして団長になるのが俺達倫敦華撃団だ。なら、仲間なんてもんが意味を成す訳ないだろ」

「それはっ!」

「待たせたな神山。ん? モードレッド?」

「ちっ……」

 

 神山が声に熱を持たせたところへアーサーが姿を見せた。

 そしてその視線がモードレッドへ向くも、その場の雰囲気を察してため息を吐きながら二人のいるテーブルへと歩み寄る。

 一方モードレッドはアーサーの声に心底嫌そうな顔を見せた。それは神山へは見せなかった感情の発露であった。

 

「まさかと思うが、神山へ挑発をしていた訳じゃないだろうね?」

「んなくだらない事するか。ただ忠告しただけだ」

「忠告?」

「試合が終わるまではここへ来るなと言われました」

 

 その言葉にアーサーは納得するように頷くも、やや呆れた表情でモードレッドを見つめた。

 モードレッドもその視線に気付いたのか表情を歪めながら椅子から立ち上がる。

 

「んだよ?」

「言いたい事は分かるが言い方を考えるべきだ。マリアさんも言っていただろう。僕らは騎士なんだ。立ち振る舞いや言葉遣いには気をつけるべきで」

「ああはいはい分かったよ。精々騎士団長様の言う通りにするさ。じゃあな」

 

 これ以上お小言は勘弁だと言うように手を動かしながらモードレッドは階段へと向かう。

 

「どこへ行くんだ?」

「大人しく部屋にいるんだよ。それとも外出した方がいいのか? あ?」

「……好きにすればいい。ただし、倫敦華撃団の名を傷付けないように」

 

 その言葉には何も言わずモードレッドは階段を上っていく。その背中を見つめながら、神山はどことなく自分へは向けなかった感情をモードレッドがアーサーへ向けていたように感じていた。

 それは嫌悪感。だが何故その感情をアーサーへ抱くのかはモードレッドと深く関わった事のない神山には理解出来なかった。

 

「すまない。モードレッドは元々僕らとも関わりを持とうとしないものでね」

「そうですか。あの、アーサーさん、そちらの隊長とは仲間達を倒してなるものなんですか?」

 

 神山の問いかけにアーサーは怪訝な表情を見せるが、その問いかけの原因が先程までいたモードレッドだと察して大きく息を吐く。

 

「選定の剣の儀式の事か」

「選定の剣?」

 

 そこからアーサーは簡単に騎士団長の決まり方を話した。イギリスに古くから伝わる騎士王アーサー。その伝承の有名な一説である王となる者だけが引き抜ける剣の話。

 それと同じく倫敦華撃団の隊長は、初代騎士団長以降はその実力や人柄などを踏まえた上でマーリンであるマリアに認められなければいけないとなっている事を。

 そのための試験の一つに同じ倫敦華撃団同士での試合があり、モードレッドはそれを全てと思っているのだと語ったのだ。

 

「実際はそれは選定の剣の儀式の一つなんだ。しかもそれだけが騎士団全員が知っている唯一の情報でもある」

「じゃあ、他にもあるんですね?」

「ああ。ただそれを知っているのは騎士団長とマリアさんだけだ。僕も団長になってから初めて儀式の全容を知ったんだよ」

「何故教えないんです?」

「神山、これやあれを見られると知っていてはその人間の本当の人柄を把握するのは難しいだろう?」

 

 そういう事さ。そう告げてアーサーはため息を吐いた。教えたくても教えられない。それを理解し神山はアーサーの気苦労を察した。

 

(そうか、アーサーさんも以前は何も知らずに騎士団長を目指したんだ。そして今の立場になって知ったからこそ、か……)

 

 何も言えなくなった神山へアーサーは少しだけ苦笑すると階段の方へ歩き出して、一度だけ立ち止まると振り返った。

 それがついて来いと言う意味だと察して神山も動き出す。こうして神山はアーサーのあてがわれている部屋へと向かう事となる。

 

 その頃、マリアの部屋でさくらはジェミニの事を教えてもらっていた。

 ニューヨークに拠点を持つ倫敦華撃団だが、その拠点としている場所がジェミニやリカがサニーサイドと共に営業している浪漫堂に近いため、必然的に彼女達の情報も入ってくるのだ。

 

「……と、こんなところかしら。私も実際に会って話をしたのは数える程なのよ」

「そうなんですか」

「ええ。立場的にあまり頻繁に本拠地を離れる事も出来ないから、定期的にある拠点への隊員派遣へ同行する時ぐらいしか会う事が出来ないの」

「派遣?」

「ここでも少し前まで上海華撃団が守護を担当していたでしょう? それと同じで倫敦華撃団はニューヨークの守護を受け持っているの。でもずっと異国の地でと言うのも酷だから、長くても一年、早ければ半年で交代するのよ」

 

 そこまで話してマリアは息を吐くとさくらへ不思議そうに問いかけた。

 

「で、どうしてジェミニの事を?」

「あ、えっと……」

 

 ランスロットとの事を話すべきか否か。そう思ったさくらだったが、隠していても仕方ないと思い全てを話した。

 そこには何故ランスロットと手合せをしようと思ったかも含まれていた。

 

 無限の修理の見通しも立たず、ランスロットの本気も分からない中で不安に押し潰されそうになったさくらは、せめてランスロットの実力だけでも把握したいと考えた。

 故に大帝国ホテルを訪れてランスロットへ手合せを頼み、迷惑にならないだろう帝劇の中庭でやる事となった流れまでも話し、さくらは軽く俯いたままここへ来た理由も語ったのだ。

 それを全て聞き終えてマリアはさくらの化粧の理由を察して小さく苦笑を浮かべたものの、それをすぐに消して険しい顔へ変えた。

 

「天宮さん、貴方はランスロットと再戦して勝てると思う?」

「……分かりません」

「そう。ではもう貴方は倫敦戦を辞退するべきね」

「っ!?」

 

 思わぬ言葉にさくらの顔が上がる。そこには冷たい眼差しのマリアがいた。

 

「前哨戦とも言える手合せの負けを引きずり、今もまだ自分の中でランスロットへの対策も立てられなければ再戦の意思さえも強く持てない。そんな貴方が出たら他の花組の足を引っ張るだけよ」

「そ、それは……」

「現に今も部外者の私にそう言われて反論出来ない。そんな気持ちで勝てる程ランスロットは甘くないわ」

「っ」

 

 マリアの言葉に言い返す事も出来ず、さくらは口を閉じてしまう。それを見てマリアは一瞬だけ目を閉じると残念そうに、だけど突き放すようにこう告げた。

 

「天宮さくらさん、貴方は隊員失格です」

「っ!?」

「たった一度の負けを重たく受け止め過ぎるのは華撃団の人間として心が弱すぎる。悪い事は言わないから帝劇を出て実家へ帰りなさい」

「そんな……」

「私も忙しいの。もう話す事はないし、出ていって頂戴」

 

 椅子から立ち上がり背を向けるマリアにさくらは何も言う事が出来ず、黙って立ち上がると一礼して部屋を後にした。背後で聞こえるドアの閉まる音を聞き、マリアは息を吐いて呟く。

 

――懐かしいわね、こんな気持ちも。ここから立ち直るか、それとも……。

 

 

 

 さくらがマリアの部屋を出た頃、神山はアーサーのあてがわれている部屋にいた。

 

「上級降魔が一体倒された事を聞いて気になっていたんだ。何故奴らはこの街を、東京を狙うのだろうと」

「何故、か……」

「考えてみれば、降魔大戦後に大型降魔が初めて確認されたのもここだった。そうなるとやはりこの帝都と呼ばれる街には何かあると言う事なんだろう」

 

 アーサーからの話と言うのは情報交換に近いものだった。現存する華撃団の中で一番隊員数が多い倫敦華撃団は主にニューヨークを守護する役割を担っているが、場合によっては巴里などの他の場所も守護する事がある。

 それ故ロンドンだけでなく他の都市の降魔関連情報を得て考える事が騎士団長には必要だった。それには守護していない都市も含めている。何故なら、何か起きた時に隊員をすぐ派遣出来るだけの規模が倫敦華撃団にはあるからだ。

 

 神山もアーサーの言葉に改めて考え始める。そもそも降魔皇と呼ばれる存在が出現したのも帝都なのだ。つまりこの街には降魔がこだわる何かがあるという事に他ならないと。

 

「アーサーさんは、何だと思いますか?」

「…………マリアさんから聞いたぐらいだと、この帝都と言う街は十年以上前から何度か降魔絡みの事件があった場所らしい。つまり、それだけこの街は魔を生み出すか呼び寄せるんだろう。単なる人が多いだけじゃない。元々の土地に何らかの因縁があるんだ」

「因縁……」

「そこは大神司令の方が詳しいはずだ。マリアさんもあまり詳しい話はしてくれないが、マリアさん達が現役だった頃でさえ三度も大きな魔が現れたらしいしね」

「成程……ん?」

 

 そこで神山のスマァトロンが振動する。

 取り出して見ればさくらからであり、内容は先に帰っているというものだった。

 ただ、神山はある事に気付いて首を捻る。

 

(誤変換がまったくないな。珍しいと、そう思うのはどうなんだろうと思わないでもないが……なぁ)

 

 普段さくらからの連絡は必ずどこかに誤変換があり、それが可愛さでもあったのだが今回はそれがない。それが何故か神山には引っかかった。

 

「どうかしたかい?」

「あ、いえ、さくらが先に帰ると連絡を入れてきただけです」

「そうか。なら僕らもこの辺りで解散にしよう。ただ、一つだけいいかな?」

「何ですか?」

 

 何の気なしにアーサーの方を見た神山は思わず息を呑んだ。

 

「お互いにモードレッドの言っていた言葉を実行しようじゃないか。試合が終わるまでは、僕らは敵だ。その方がいいと思うよ」

「アーサー、さん……?」

 

 自分を見るアーサーの眼差しが今まで見た事ない程に鋭い事を受け、神山は精神的にたじろきながら何とか声を絞り出した。だが、それにアーサーの眼差しがより鋭さを増した。

 

「そうそう、君のそういうところが気に障っていたんだ。同じ華撃団の仲間と思うなら扱い方を統一するべきだ」

「それはどう」

「上海華撃団とは気安い関係を築いているようじゃないか。それを悪いと言わないが、他の目がある時は考えるべきだよ。きっと僕らと同じで伯林華撃団も気にしてないだろうが、君はもう少し自分の立ち振る舞いと言動が与える影響を考えるべきだ。同じ仲間と思うのなら誰であっても同じ扱いを貫くように、ね」

 

 神山の言葉を遮って告げられた内容は、アーサーなりの注意と警告だった。今上手くいっているからといって今後もそうとは限らない。相手によっては些細な事を気にする可能性がある。

 これは騎士団長として多くの隊員を相手にしているアーサー故に出た言葉だ。隊員達と常に一定の距離を保ち続けている彼ならではの助言だったのだ。

 

「相手と親しくなって関係性を変えていくのもいいだろう。ただ、それを見て嫌がる人間もいる。自分とは仲良くするつもりがないのかとね。君も隊長ならそういう事を意識するべきだよ」

「……分かりました。ありがとうございます」

「礼はいらない。試合当日までここへは必要ない限りは帝国華撃団の人間を近付けないでくれ。僕らも同じように帝劇へ近付かない」

「伝えておきます」

 

 こうして神山はアーサーの部屋を退出し大帝国ホテルを後にした。

 帝劇への帰路を歩く中、神山はアーサーからの指摘をかみ砕いていた。誰に対しても同じ扱いを貫く。それはある意味で難しい事だと分かったのだ。

 自分に対して嫌がる者にも好ましく思う者にも等しく同じ態度や対応を心がける。それを考えた時、アーサーは自分へ嫌悪感を向けるモードレッドへもランスロットへも同じ態度を取っている事に気付いたからだ。

 

「……騎士団長とは、ある意味で孤独でなければいけないんだろうな」

 

 多くいる隊員である騎士達を束ねる立場故、誰であっても扱いを変える事などあってはいけないのだと。

 それは、ある意味で人らしさを捨てる事。神山は知らない。それを昔は王の孤独と呼んでいた事を。

 そういう意味でアーサーはその名の基となった存在と同じような生き方を強いられているのだ。

 

 帝劇へと帰ってきた神山だったが、彼はそのまま支配人室へ向かった。大神からアーサーの意見への考えを聞いてみたいと思ったのである。

 

「すみません。お忙しいのに」

「いいさ。それで、何かあったのか?」

 

 そこで神山はさくらの事を伏せてアーサーから言われた事を話し、それに対しての大神の考えを教えて欲しいと頼んだ。

 大神はその頼みに軽く驚きを見せるも、どこか厳しい表情を浮かべてこう返したのだ。

 

「神山、君は俺がどう答えたら嬉しいんだい?」

「え?」

 

 思わぬ切り出しに神山は理解が出来なかった。そんな彼へ大神は表情を変える事無く言葉を続けた。

 

「否定して欲しいのか? 肯定して欲しいのか? 今の君は誰かに自分の気持ちを決めて欲しいように思える。こういうものは自分の答えを決めた上で聞いた方がいい。そうでなければ、君は自分の答えがどこかで否定されたり間違っていたと感じた時、それを自分ではなく人のせいにするだろう。それでは君の成長に繋がらない」

「支配人……」

「神山、俺は君がそんな人間ではないと信じている。だが、今の君はそうなりかねない雰囲気がある。アーサーの意見は一理あるだろう。だが、だからと言ってそれだけが正解ではないさ。人との関係の築き方の正解なんて人の数だけあるものなんだ。君は君の正解を考え、それを貫け」

「……はいっ! ありがとうございました!」

 

 深く一礼し、神山は支配人室を後にしてドアを閉めるなり自分の頬を叩いた。

 

「よし、俺は俺なりの考えを貫こう。間違っていたならその時に直していけばいい」

 

 そう自分へ言い聞かせるように呟き、神山はその場から自室へと向かう。

 だが階段を上ったところで神山は初穂と出会う。いや、この場合は初穂が待ち構えていたと言うべきだろう。

 

「神山、さくらはどうしたんだよ?」

「さくら? 先に帰ってると連絡があったからもう帰ってきてるはずだぞ?」

「は? 嘘だろ? 部屋に戻ってきてないぜ?」

「戻ってきてない?」

 

 そんなはずはないと思って神山はさくらの部屋の前までいきノックをする。だが返事も反応もない。

 それに愕然とする彼へ初穂は困り顔を見せた。彼女はある事をさくらへ教えるために帰りを待っていたのだ。

 

「ったく、どこ行ったんだ? 折角無限の修理が進んだってのに」

「何だって?」

 

 そこから初穂が話したのは彼女が神楽を舞った後の事。あの後もやはり作業の進捗度が気になり、初穂は差し入れを持って格納庫へ行って令士から作業内容を聞いていたのだ。

 そしてやっと先程点検整備が終わったので、それをさくらに教えてやろうと思って部屋へ来て彼女の留守に気付き、帝劇内を探していたところカンナから神山と出かけたと教えてもらい階段で待ち構えていたと言う訳だった。

 

「で、一体どうして倫敦の奴らに会いに行ったんだよ?」

「……さくらがランスロットさんと手合せをしたんだ。それで……」

 

 神山の説明を聞いて初穂は段々表情を曇らせていく。彼女は分かったのだ。つい最近自分も味わったような気持ちを、今さくらが味わっているのだと。

 今までの自分を打ち砕かれたような心境。そうなった時どうなるか。それを思い出して初穂はさくらの行きそうな場所を思い出していき、弾かれるようにその場から駆け出した。

 

「初穂っ!?」

「さくらを探す!」

「必ず開演までに戻ってくると思うぞっ!」

「アタシは最悪に備えるっ! 神山はここで待ってろ!」

 

 階段を駆け下りながら初穂はそう告げて神山の視界から消える。神山も後を追い駆けようと思ったが、カンナから言われた言葉を思い出して踏み止まった。

 

(今は俺よりも初穂の方が適任かもしれない。それに……)

 

 今は見えない初穂の背中を思い出して神山は噛み締めるように呟く。

 

「俺相手じゃ言えない事もあるかもしれない」

 

 親友同士である二人に任せてみよう。そう思って神山は二人が帰ってきた後の事を考えるべく自室へと向かうのだった。

 

 

 

 ミカサ記念公園。そこを様々な人々が行き交う中、柵へ持たれるようにしながら海をぼんやりと眺めるさくらの姿があった。

 その眼差しには力が無く、ただただ水平線を見つめていた。

 

「……隊員失格、か」

 

 マリアに言われた言葉が重くさくらの心にのしかかる。あの言葉だけではない。あのジェミニの話を終えた後の全ての言葉がさくらには突き刺さるものばかりだったのだから。

 ランスロットから見放され、マリアからも突き放された今、さくらは自分の中の芯のようなものが揺らいでいるのを自覚していた。

 

(ランスロットさんは最初大河さんって人へ勝負を仕掛けて、それを横から出て来たジェミニさんが代わりに受けた。しかも、その人は私と同じ一刀流で本気のランスロットさんを打ち負かしてみせた。そんな人が自分よりも強い剣士ってさくらさんの事を挙げてたから、ランスロットさんはわたしを見た時に同じ花組の日本人剣士だからと期待をしてくれていたんだ)

 

 それに自分も応えられていたと、あの中庭での手合せ途中までは言える。だからこそ、あの僅かな間の後はむしろ裏切る事となったとも言えた。

 迷ったままで動けなかった事。そうなる前にランスロットが決断を下す時間をくれた事。それらを考えれば自分への情けなさを噛み締める以外ない。

 

「だけど、わたしは仲間を傷付ける事はしたくない……」

「ならそう言えばいいだろ」

「っ?!」

 

 独り言へ返ってきた言葉にさくらが顔を上げて振り返る。そこには肩で息する初穂が立っていた。

 その表情はどこか険しく、さくらの事を睨んでいるようにも見えた。

 

「聞いたぜ、神山から」

「……そう、なんだ」

「ランスロットに負けたからってそこまで落ち込む事か? むしろ全力出させたんだ。胸を張る事だろ」

「違うよ。あれは、わたしが強いから全力を出したんじゃない。わたしがいつまでも答えを出せなかったから」

「っ! なら答えを出せばいいだろ! 今のお前の中にあるだろ、さくらの答えが!」

 

 苛立ちを乗せた声でさくらへ詰め寄る初穂。その言葉にさくらは表情を歪めて口を噤む。それが余計に初穂を苛立たせた。

 何故ならもうさくらの答えは出ているからだ。先程の呟きこそがそれである。なのにこの期に及んでそれを言わない事に初穂は腹を立てたのだ。

 

「さくらっ! 何とか言えよっ!」

「っ! わたしだって分かってるよっ! だけど試合で戦う以上は傷付けない訳にはいかないっ! だから迷って何がいけないのっ!?」

「悪いなんて言わねえよっ! 迷ってるなら迷い続けろよっ! アタシが言いたいのはなっ! お前が諦めようとしてるのが嫌なんだっ!」

「っ!?」

 

 心の真芯を撃ち抜かれたような衝撃がさくらの全身へ駆け巡った。

 諦めようとしている。その言葉がこの上なく納得出来、そして申し訳なくなってしまったのだ。

 マリアが告げた隊員失格という単語。その意味が初穂の言葉に集約されていたと気付いてしまったのもある。

 さくらの心境を知ってか知らずか、初穂は彼女へ詰め寄って両肩を掴むとそれまでの怒りを宿した表情を悲しげなものへ変えた。

 

「アタシはさくらじゃないからお前の気持ちを全部分かってやれない。だけどな、これだけは言える。一回負けたからって諦めるんじゃねぇ。アタシだってカンナさんに負かされて、だけどそっから立ち上がってもがいて足掻いた。さくらも足掻けよ。もがいて迷って、その結果出たもんが自分だけの強さになるんだ」

「自分だけの……強さ……」

 

 ドクンとさくらの中で何かが脈打ち始める。初穂の実体験からくる言葉は、さくらの中へ強い説得力を与えた。

 微かにさくらの瞳に輝きが戻った事を見て初穂はゆっくりと手を離した。もうここからは一人で自分と向かい合うべきだと判断したのだ。

 

「ああ、そうだ。お前の無限、また動くようになるぜ。ただ慣らしをしないと作業が進まないらしい。あいつもアタシらもさくらが帰ってくるのを待ってるからな」

「無限が……」

「じゃ、アタシは先に帝劇に帰ってる。開演前には戻ってこいよ」

 

 さくらの返事を聞く事なく初穂はその場から走り出す。その離れていく背中を見送って、さくらは小さく息を吐くと初穂とは違う方向へ走り出した。

 

(この時間ならまだ間に合うはず……っ!)

 

 さくらが目指したのは小さな剣道場。教えているのが北辰一刀流であり、彼女はそこへ通った事はないが、たまに顔を出して出稽古のような形を取る時があるのだ。

 それも真宮寺さくらが好きだからこその行為。彼女の剣術の流派が北辰一刀流だったからこそ、さくらは初穂の紹介でここと縁を持ったのだから。

 

 さくらが肩で息をしながら道場前へ顔を出すと、そこで素振りをしていた少年少女達が驚いた顔をして動きを止める。

 何せ今話題のスタァが現れたのだ。子供達が沸くのも仕方ないと言える。だが師範の老人が年齢に似合わない程の喝を発するだけで、慌てて彼らは素振りを再開した。それに小さく笑みを浮かべながらさくらは息を整えるべく呼吸を繰り返す。

 

「はぁっはぁ……す、すみません。す、少しでいいので……はぁ、っ木刀を、振らせてくれませんか?」

「水はいるかの?」

 

 優しく問いかける老人に対し、さくらは呼吸を整えるように深呼吸をするとゆっくりと首を横に振った。

 

「ありがとうございます。でも無用です。自分の中の迷いを断ち切るために来ただけですので」

「そうか。ほれ、これを貸してやろう。好きにせい」

「ありがとうございます」

 

 老人が自分の手にしていた木刀を差し出すのを見て、さくらは両手で受け取ると一礼した。

 そしてその場で正眼に構えると、その視線の先に険しい表情のランスロットを仮想する。目を閉じる事なく、その想像をしたまま深呼吸一つして鋭く息を吐くと同時に木刀を振った。

 空気を裂く音がし、それと同時にランスロットの虚像が消える。心なしか、笑みを浮かべながら。それと同時にさくらの中の迷いも消えた。

 

「迷いは晴れたかの?」

「はいっ! ありがとうございましたっ!」

 

 木刀を返しさくらは深く一礼すると踵を返して走り出す。

 

(仲間を傷付けたくない。だけどそれから逃げたら余計相手を傷付けてしまう事もある。どうせ傷付けるしかないのなら、わたしは体よりも心を傷付けたくないっ!)

 

 走るさくらの視線の先にやがて見慣れた建物が見えてくる。今や第二の家とも言うべき場所であり、さくらにとっての戦場であり大事な職場の大帝国劇場が。

 

(ランスロットさん、待っててください。試合の時、見せてあげます。もう、わたし、迷いませんっ!)

 

 

 

 さくらが帝劇に戻った頃、マリアはアーサーを部屋に呼び出して話をしていた。

 

「モードレッドはどう?」

「自室で大人しくしているようです。神山へ試合が終わるまでは敵だと言ったので迂闊な外出は避けるつもりでしょう」

「……そう。で、貴方もそれに賛同したのね?」

「いけなかったでしょうか?」

 

 一つも表情を変えないアーサーにマリアは小さく首を横に振った。

 

「いえ、いいわ。ただ、忘れないでアーサー。絶対の正解なんてこの世にないの。例え貴方を世界中のほとんどの人が支持したとしても、誰か一人でもそれを否定する事は有り得る。そしてそれは決していけない事ではないわ」

「絶対の正義などないと?」

「もしあるとしても、それはきっと誰も、いえほとんどの人が手にする事を諦めるでしょうね」

 

 遠い目をするマリアにアーサーは微かに目を細める。彼にはマリアが除外した人間に心当たりがあったのだ。

 

「大神司令なら手に出来ますか?」

「さあ、どうかしら。ただ、これだけは言える。今の貴方では見つける事さえ難しいと」

「そうですか。なら、少しでも見つけられるように努力します。まず帝国華撃団を倒す事で」

「ええ、期待しているわ。もう部屋へ戻って構わないから」

「分かりました。では失礼します」

 

 マリアへ背を向けアーサーは静かに退室する。ドアが閉まる音を聞き、彼は目をゆっくりと開くと呟いた。

 

――魔法使いはどうやら未だに古巣に心を奪われているらしい。その目を覚ますのも騎士の務め、か。

 

 その声には普段の彼にはない、滲み出る負の感情のようなものがあった……。




色々とオリジナル設定が増えてきましたが、どうしても大本からゲームと異なるのでそこはご理解ください。
それと今回はさくら回のように思えるかもしれませんが、自分としては担当回はヒロイン展開と考えているため、あくまで今回は倫敦をクローズアップする過程で絡みが花組内で一番多いさくらが目立っているだけです。

そういう事にしてください(汗
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