新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

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やはりああいう設定の存在はこういう風であって欲しい。
前作キャラを下げて新作キャラを上げるのではなく、両方共に凄いとなって欲しいと思ってこうなりました。

それと感想や高評価をいただきありがとうございます。おかげで頑張れそうです。


諸刃の力 後編

 夜の格納庫。そこでさくらは乗機である無限に乗って令士の指示に従って出力調整を行っていた。

 初穂によって霊子水晶が浄化されて動くようになったものの、それだけですぐ使用とは出来ないのが霊子戦闘機や霊子甲冑というものだ。

 

「もういいよさくらちゃん。お疲れ様」

 

 聞こえてきた声にさくらは息を吐いて無限から出た。出力調整は問題なく終わり、さくらとしてはすぐにでも使用出来ると感じられた。

 

「司馬さん、どうですか?」

「今のところ問題はないな。でも、実際に動かしてみないと結論は出せない」

「じゃあ」

 

 今すぐにでもと、そう言おうとしたさくらへ令士は首を横に振った。

 

「気持ちは分かるがまた別日だ。時間も遅いし、何より舞台を終えた状態で長時間拘束するつもりはないよ」

「でも……」

「さくらちゃん、俺は機械は直せるが人間は治せない。何よりここで無理して無限を完全復活させられても、乗り手が疲れて戦えないなんてなったら意味がないぜ?」

「……分かりました」

 

 令士の言葉にさくらも納得し、後ろ髪を引かれる思いで格納庫を後にする。

 自分以外誰もいなくなった格納庫で令士はため息を吐くとさくらの無限へ視線を向けた。

 

「無限だけならギリギリ間に合うかもしれないが……」

 

 どうしても令士には不安が残っていた。何せ夜叉の機体はたった一撃で霊子水晶へ影響し無限を行動不能に出来たのだ。

 その妖力を初穂は呪いのようだと評した。そんな相手と今後ぶつかり合う事となる。何らかの対策を練らなければ同じ事の繰り返しだ。なら今の内から手を打たなければならない。

 そちらへも手を出すとなればさくらの無限だけに構ってもいられない。何せ夜叉がいつ現れて戦う事になるかは分からないためだ。

 

「…………やれるだけ無理するか」

 

 そう言い聞かせるように呟くと、令士は最早日常となりつつある夜更かしの作業へと乗り出すのだった。

 

 同じ頃、日課である夜の見回りを始めようとしていた神山は、部屋を出たところで思わぬ足止めを喰らっていた。

 

「こ、これを読んで今度感想を聞かせてください」

 

 赤い顔で一冊のノートを差し出すクラリス。そのノートを受け取り、神山はその場で軽く目を通し始める。

 

「えっと……クラリッサは騎士カミヤマの逞しい胸に」

「っ?! ああっ! 違います違いますっ! そっちじゃないんですっ!」

「うおっ!?」

 

 読み上げられた内容にクラリスの顔が真っ赤へ変わり、すかさず神山が持っていたノートを奪い取った。

 

「す、すぐに本当のノートを持ってきますからっ!」

「あ、ああ……」

 

 慌てて部屋へと戻っていくクラリスを見送り、神山は呆気に取られていた。

 

「……意外とドジなところがあるんだな、クラリスは」

 

 新たに知れた仲間の一面に笑みを浮かべる神山だったが、ふと何かに気付いて腕を組んで首を捻った。

 

「それにしても、何で俺とクラリスの名前をそのまま使っていたんだ?」

 

 クラリスの秘めた想いに気付く事なく、ただ神山はきっとその方がイメージがし易かったのだろうと結論付けて納得する。

 そこへ再びクラリスが戻ってきて一冊のノートを差し出した。それを受け取りまた中身を読んでみようと開こうとする神山の動きをクラリスの細い手が止めるように伸びた。

 

「か、神山さん、せめて部屋で、しかも黙読してください」

「わ、分かった。じゃあ見回りが終わったら読ませてもらうよ」

「そうしてください。そ、それじゃ私は部屋に戻りますね」

「ああ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい。神山さん、見回り気を付けてくださいね」

 

 最後には笑みを向け合って別れ、神山は一旦ノートを部屋へ置いてから見回りへと出た。

 まずは二階を。資料室からサロン、吹き抜けや二階客席を見回り、階段を下りて一階へ。

 売店のこまちは棚卸ししており、それが終わり次第帰宅すると告げた。

 

「神山はん、なんやったら手伝ってくれるか?」

「そうしたいところですが、見回り中ですので……」

「ははっ、知っとるって。ま、もし終わった後もあてがここにおったら手伝ってや」

「分かりました。その時はお茶とか差し入れます」

「おおっ、ええやんか。ほな、すこーし時間かけてまうか」

「ご自由に」

「なんやおもろないなぁ。そこは嘘でも焦るとこやで? まぁええわ。あてもさっさと帰りたいし、さくっと終わらせるとするわ」

 

 そんなやり取りをし、神山は食堂を通過して経理室へと顔を出す。

 

「カオルさん、まだ残っていたんですか?」

「ええ。カンナさんの事ですみれ様と色々あるもので」

「カンナさんの?」

「公演が終わればカンナさんは帝劇にいられません。ですが、どうやら華撃団大戦が終わるまで帝都に滞在したいとの事です。なのですみれ様がご自宅で一時的に宿泊させるとか」

「宿泊? 居候ではなく?」

「……居候では対等ではありません。宿泊ならば代金を払うので対等です」

「ですがカンナさんはあまり持ち合わせがないらしいですよ?」

「どうやら簡単な家事をさせる事で宿代とするそうです」

「成程。そこまでしてもすみれさんはカンナさんを対等にしたいんですね」

「おそらくですが……」

 

 神山の推測にカオルは苦い顔をした。すみれへ強い信奉にも近い感情を抱いている彼女としては、カンナの扱いはかなり特別であると察していたのだ。

 初日に支配人室で繰り広げられた出来事を聞いたカオルとしては、あのすみれが誰かと面と向かって言い争いをするというのはかなり信じられない事だったのだから。

 

 もう少ししたら帰ると言うカオルへ気を付けてと告げ、神山が支配人室のドアをノックしようとしたところでドアが開いた。

 

「ん? 神山か。夜の見回りかい?」

「はい。支配人はもう帰宅ですか?」

「ああ。何かあったらすぐ連絡を入れてくれ」

「分かってます。出来ればない事を願いますけど」

「同感だ。じゃ、また明日。見回り頑張ってくれ」

「はい、支配人もお気を付けてお帰りください」

 

 支配人室の鍵を閉め廊下を去っていく大神の背中を見送り、神山は音楽室、衣裳部屋、楽屋と見て回り大道具通路を通って舞台や一階客席の見回りを終える。

 

「次は地下だな」

 

 昇降機に乗り、作戦司令室を見回って格納庫へと神山は足を向ける。

 

「令士、どうだ?」

「お前か。まぁ、それなりだ。ただ、無限の方は厳しい事に変わりはない」

「そうか……」

「何せあの夜叉の攻撃への対策も練らないとならん。初穂ちゃんのおかげで直し方は分かったが、戦闘中に攻撃される度に舞ってもらう訳にもいかないだろ」

「それはそうだな。だが……」

「お前の言いたい事は分かる。だがな、俺は一人で手は二本だ。こればっかりはどうにも出来んぞ」

 

 令士の正論に神山は返す言葉がなかった。さくらのためにも無限を出場出来るようにして欲しい。それと同時に夜叉対策は必須なのも分かっている。

 それらを両立するには令士がいくら睡眠時間を削っても無理な事も、だ。と、そこで彼は思わず声を漏らした。

 いたのだ。この状況で頼れるであろう存在を。そんな彼を令士が怪訝な表情で見つめていた。

 

「何だ、急に顔上げて」

「紅蘭さんだっ! 紅蘭さんに協力してもらうのはどうだ!」

「……李紅蘭さん、か。たしかにあの人は俺がここの前にいた花やしき支部で新型霊子甲冑の開発や、初期の霊子戦闘機の開発にも関わったらしい」

「そこまで凄い人なのか……」

「当たり前だろ。大体あの人が発明した物が結果的に光武へ反映された事だってあるんだ。言うなれば霊子甲冑の母だぞ」

 

 令士の説明に神山は紅蘭の姿を思い出してその差に驚きを見せていた。

 穏やかで優しく気安い雰囲気の女性が、まさか無限などの華撃団を支える力の基礎を築いた人間だと思えなかったのだ。

 そんな神山に令士はため息を吐くと後ろ手で頭を掻いた。

 

「ま、お前の言う事は現状じゃ一番いい考えだと思う。夜叉対策は少なくても今後他の華撃団へも役立つだろうしな」

「そうか。じゃあ明日にでも支配人から依頼してもらおう」

「そうした方がいいだろう。俺やお前が頼むよりも支配人が頼んだ方が正式な依頼として処理してくれるだろうしな」

 

 そこで会話は終わり、神山は格納庫を後にした。最後に大浴場を見回ろうと近付いたところで、そこから出てきたさくらとアナスタシアと出くわした。

 

「二人共、まだ起きていたのか? 揃って入浴とは仲が良いな」

「そういう訳ではないのだけどね」

「はい。たまたまお風呂で一緒になったんです。その、私は無限の調整を手伝っていたので」

「私は星を眺めていたら遅い時間になっていたのよ」

「成程な」

 

 納得したとばかりに頷いて神山はここの見回りは必要ないと判断し、二人と共に二階へ戻る事にした。

 その道中話題は倫敦戦へ終始した。とはいえ、最後の三人目は誰かという事であったが。

 既にあざみとアナスタシアが出て、さくらが決まっている以上残りはクラリスか初穂。どちらもさくらにとっても頼もしい相手で連携なども不安がない相手と言える。

 だからこそ神山も決めかねていた。バランスで考えればクラリスだが、前回の朧戦で組んだ三人ならば敵の殲滅速度だけは抜群だからだ。

 

「ランスロットさんは確実に私よりも手数が多いです。その分仮想敵を倒す速度も速いはずかと」

「私は試合を軽く見ただけだけど隊長機も凄いわ。どちらかと言えば手数よりも一撃の重さが上ね」

「そうか。モードレッドさんはどうだ?」

「そうね……。あまり注目されていなかったけれど、かなり荒々しい戦い方だったと思う」

「荒々しい、か」

 

 モードレッドの事を思い出し、らしい戦い方だと神山は納得する。そしてそうなれば自ずとどうすればいいかが見えてくる。

 倫敦華撃団は上海華撃団と違い三機それぞれに異なる個性を有しているが、共通しているのは騎士である事。つまり白兵戦主体だと言う事だ。

 

「……二人共ありがとう。おかげで倫敦戦の戦い方が見えてきた」

「そうですか」

「期待しているわよキャプテン。エリスからも直接相対したいって言われてるんだから」

「そうか。なら、その期待に応えないといけないな」

「ユイさん達のためにも、ですね」

 

 さくらの言葉に力強く頷き、神山は拳を握る。

 

(そうだ。俺達はシャオロン達の分まで勝たないといけない。そして示すんだ。帝国華撃団の復活を)

 

 

 

 翌朝神山と令士二人からの提案と懸念を聞き、大神は即座に紅蘭へ連絡を入れその協力を取り付ける事に成功する。夜叉のような能力を持つ降魔が出現しないとも限らないと考えたのだ。

 

 こうして十年ぶりに紅蘭が帝劇の格納庫へ姿を見せた。

 

「あ~、懐かしいなぁ。司馬はん、これからよろしゅうね」

「え? あ、はいっ! こちらこそよろしくお願いしますっ!」

 

 最敬礼をする令士に紅蘭は好ましそうに微笑み、格納庫に並ぶ六機の無限の前を歩きながらゆっくりと眺めていき、その目と足が三式光武で一度止まった。

 

「……この子はもうお休みなんやね」

「はい、かなり酷使されましたし無限との性能差もありますから」

「そか。ん? この光武……」

 

 さくらの三式光武を見つめていた紅蘭が何かに気付いて、しばらく無言で真剣な眼差しを浮かべた。

 令士も口を出す事もなく紅蘭の事を注視していた。やがて紅蘭は息を吐いて三式光武を静かに見上げる。

 

「司馬はん、この子は機体だけが問題なんやな?」

「は、はい。霊子機関はまだまだ使えます」

「そうか……あれ?」

 

 何か思案するように腕を組む紅蘭だが、その視線が黒いシートに隠された機体へ向いた。

 

「司馬はん、あそこにあるのは何や?」

「えっと、紅蘭さんがこの帝都で最後に関わっていた機体です」

「は? うちが最後に関わった?」

 

 問いかけに頷く令士を見て紅蘭はシートの傍まで近付き、その下にある機体を確認して思わず息を呑んだ。

 

「…………まさか、まだこの子が現存しとるなんてなぁ」

「俺が花やしき支部の隅に眠ってたのを見つけて、個人的に修理や改良を続けてたんです。ただ、どうしても安定性には欠けてしまって」

「まぁそやろな。あのさくらはんでさえこの子がじゃじゃ馬過ぎて扱い切れんかったし」

「やっぱりそうなんですね」

「ただ、起動や稼働は問題なく出来たんや」

「え? で、ですが聞いた話では上手く扱えなかったと」

「それはな……」

 

 紅蘭が話す真宮寺さくらと謎の機体に関する真実。その内容に令士は驚き、納得し、ため息を吐いた。

 上手く扱えなかった。その正しい意味を理解したのだ。そして同時に頭を抱えたくなったのだ。それは、万が一の場合にこの機体をさくらに使ってもらおうと思っていたために。

 

(真宮寺さんが引き出すのを躊躇った力を、さくらちゃんに使わせるのか? それに例え引き出せたとしてもそれを本当に扱えるのか?)

 

 思い悩む令士を見て紅蘭は何かあると察してその事情を尋ねた。

 そこで彼の口から語られる考えに紅蘭も唸るような声を出して腕を組んだ。

 とはいえ彼女は令士とは違った意味で悩み始めていたのだが。

 

(天宮さくらはん、やったか。天宮、か。なら霊力は問題ないやろ。さくらはんが恐怖を感じた力を制御もしくは使いこなせるなら、この子が忌み子扱いされる事もなくなるかもしれん……けど、なぁ)

 

 真宮寺さくらでさえも扱い切れなかった機体。それを扱い切って欲しいという想いはある。ただ、それがどんな事へ繋がるのかが未知数過ぎて、させていいのかと思う部分も紅蘭にはあったのだ。

 

「司馬はん、正直なとこ無限はどうなんや? 徹夜とかせんでも間に合う?」

「……無理です。紅蘭さんが手伝ってくれれば十分間に合うかと思いますが」

「そか。なら、この子やったらどうや?」

「…………こいつなら十分間に合います」

 

 何か苦い物を飲み下すような表情で答える令士を見つめ紅蘭は微笑みを浮かべた。

 

(どうやら司馬はんはええ整備士のようやな。これなら大丈夫やろ)

「なら司馬はん、この子を使えるようにしてやって。うちは例の妖力対策へ取り掛かるわ」

「む、無限はどうするんですか?」

「あの子は少しお休みや。少なくても司馬はんが倒れかねないような事は避けへんと。それに、今は夜叉ちゅう奴への対策が優先や。下手したら帝国華撃団だけでなく他の華撃団さえも太刀打ち出来へん相手やし」

「そう、ですね。なら俺はこいつを仕上げます」

「ん。それが終わったらこっちの手伝い頼むで」

「はい」

 

 二人のメカニックが打ち合わせを終えてそれぞれ動き出す。

 紅蘭はかつて大久保長安が使った金色の蒸気対策を基に夜叉の妖力対策を考え始め、令士はシートの下にあった桜色の機体の調整などへ取り掛かり始めた。

 倫敦戦までにさくらの乗れる機体を用意する事。それが令士の最優先だったのだ。紅蘭はそんな彼の姿を見て安堵するように笑みを見せながら己の仕事へ注力していく。

 

 そうやって二人のメカニックが己の職務へ励む中、さくらは神山相手に手合せを繰り返していた。

 

「はっ! はっ! やあぁぁぁぁぁっ!」

「くっ!」

 

 以前神山が口にしたランスロット戦の仮想敵になるという言葉。それを思い出したさくらが頼んで実現していた状況だった。

 

(ランスロットさんは神山さんよりも強いかもしれない! そう思って挑まなきゃいけないんだっ! わたしは、もう失望させたくないっ!)

(何て気迫だ! これがあの呆然自失となったさくらとは思えない! ランスロットさん、貴方の心配は杞憂に終わりそうですよ!)

 

 激しく打ち込んでくるさくらの攻撃を凛々しく捌きながら神山は思うのだ。あの時よりも剣閃に鋭さがあり、そして何よりも力強さがあると。

 ランスロットに失望され、マリアに突き放され、初穂に叱咤激励され、天宮さくらという名の刀は新たに鍛え直されたのだ。

 

 一度折れた刃が鍛え直されより強く甦る。それは騎士王の使う聖剣にまつわる逸話の一。

 皮肉にもイギリスの騎士が日本の侍をそれになぞらえるように強くしてしまったのである。

 

 二人の鍛錬光景を見つめ、あざみは目を見開いていた。隣のアナスタシアはただその迫力ある打ち合いに目を奪われている。

 

「……変わった」

「そうなの?」

 

 ランスロットとの手合せを見ていたあざみはさくらの変化を神山と同じく感じ取っていた。

 踏み込む足に力が宿り、振り下ろす剣閃には気迫がこもる。もう迷わないとの意思が伝わるようなそれにあざみは圧倒されていた。

 

「うん、昨日はもう少し大人しかった」

「一晩でそこまで変わったのね。一体何があったのかしら?」

「分からない。でも、多分だけど初穂が関係してる」

「どうしてそう思うの?」

「初穂、昨日の舞台が終わった時にさくらを見て嬉しそうに笑ってた」

 

 それ以上の言葉はいらないだろうというようなあざみに、アナスタシアも何か言うでもなく笑みを浮かべて頷いた。

 アナスタシアもさくらの変化は感じ取ってはいたのだ。芝居からそれまでよりも力強さや意思の強さを感じたのである。

 

(たった一日であれだけの成長を遂げるものなの? だとしたらどれだけの伸びしろを持ってるの、あの子は)

 

 そう思ってアナスタシアは首を小さく左右に振った。さくらだけではないと思い出したのだ。

 あざみや初穂もアナスタシアが来てから変化を起こしている。それは生活面であったり演技面であったりと様々だが、いずれも良い変化だ。

 クラリスに関してはアナスタシアから見て大きな変化はないが、聞く話から変化している事が分かる程である。

 つまりこの花組の中で大きな変化を起こしていないのは自分だけ。そう気付いてアナスタシアはため息を吐いた。

 

「……もっと私も成長しないといけないわね」

 

 そう呟く視線の先では、激しく打ち込むさくらを凛々しい表情で相手取る神山の姿があった……。

 

 

 

「おっ、来た来た」

「こ、紅蘭さん?」

 

 夜、令士に頼まれて格納庫へやってきたさくらはそこにいた作業着姿の紅蘭に瞬きを繰り返した。

 さくらの驚きはそれだけに留まらなかった。令士に案内されたのは自分の無限ではなく三式光武でさえない機体の前だったのだ。

 

「これは……」

「こいつは試製霊子戦闘機桜武。降魔大戦前に試験的に製作された機体だ」

「えっ!? そ、そんな物があったんですか!?」

 

 信じられないとばかりに令士へ顔を向けるさくら。それに無理もないと令士は思った。

 何せ世界的には最初の霊子戦闘機は、上海華撃団が設立と同時に使用した“王虎”となっているからだ。

 だが、今の令士は紅蘭からその裏話を教えてもらっている。全てはWOLFによる都合のいい屁理屈だったと。

 要は誰も使いこなせなかった機体で正式採用されなかった桜武は、あってないようなものだと失敗作との烙印を押されたのである。

 それは神崎重工が独自に作り出した機体を黙殺するという一種の政治的行動だった。

 

「まあね。ただ、こいつには問題点があるんだ」

「問題点?」

「うちも含めて当時の花組の誰もこの子を上手く扱えんかったんや。うちらの中で一番霊力が高かったアイリスも、破邪の力を持ったさくらはんさえも」

「さくらさん達が……」

 

 信じられないという表情でさくらは試製桜武を見上げる。その外見はとてもそんな風には見えなかった。

 

「出力を抑えれば何の問題もなく扱えたそうだ。ただ、全力を出そうとすると……」

「すると? どうなったんですか?」

「さくらはんが言うには怖いちゅう事や。うちはそこまで性能を引き出す前に疲れてしもてなぁ。アイリスも似たような事言うとったわ。この子は今までの子達と違い過ぎるって」

「そんなに……」

 

 聞いていると恐怖を覚える話ばかりでさくらは試製桜武へ若干の怯えを抱く。と、そこで彼女は気付いた。何故そんな機体がここにあり、そして自分がその前へ案内されているのかと言う事に。

 

「もしかして……倫敦戦は……」

「ああ、こいつで出て欲しいんだ」

「っ!? む、無理です! さくらさん達でさえ扱い切れなかった機体なんですよ? わたしなんかに」

「天宮はん、うちからも頼むわ。この子も好きでそうなったんやない。むしろ、こうしてしまったんはうちらなんや」

「え……?」

「うちらが、いやあの頃の華撃団関係者やろうな。霊子甲冑の先を目指して、光武二式や双武を超える機体を。そんな気持ちだけで作ってしまった子がこの子やったんや。ただ性能だけを追い求めた結果、乗り手の事を考えんかった。それもあって後から桜武の名前が付けられてたってすみれはんから聞いたわ。うちらが試験運用した時はまだ試作式新型霊子甲冑ちゅう名前やったんや」

 

 そこから紅蘭は簡単に桜武という名に秘められた話を始めた。

 日本最初の霊子甲冑、それが桜武。ただしその頃は今のように女性の方が霊力が高い事が知られておらず、起動する事さえ出来なかった。

 それを起動させたのが、当時神崎重工を見学に来ていた幼かったすみれ。それがあって女性の方が霊力が高いのではとなり、今の華撃団へと繋がっていくのである。

 ただ、実はすみれが起動させていなければ乗り手の生死を無視して、ただ使える事だけを重視した可能性があった。当時の乗り手として考えられていた軍人は、ある意味で死ぬのが仕事と、そういう考えの下で。

 

 つまり試製桜武と言う名には、神崎重工にとって新しい桜武を作ったという自負が込められているのと同時に、乗り手の事を考えていなかった事を戒める意味も込められていたのだ。

 

「でも、うちはこの子が失敗作なんて思ってない。ううん、そうさせたらあかんのや。天宮はん、勝手なお願いやと分かっとる。でも、一度でええ。この子に乗ってやってくれへんか? それでやっぱり無理ならうちも綺麗さっぱり諦める」

「紅蘭さん……」

「この子も元々は誰かを、平和を守るための力になるはずやった。それをうちらがちゃんと扱い切れへんかっただけで、失敗作なんて呼ばれる羽目になった。それを何とかしたくても、今のうちには起動させる事さえ出来ん。この子が本当は役に立つ事を、ちゃんと誰かを守る力になれる事を示してやりたいんや」

 

 それは母親のような気持ちだった。紅蘭は試製桜武の事を受け、何とかその存在を無駄にしたくない一心で霊子戦闘機の開発へ関わったのだ。

 その結果が公式の世界初の霊子戦闘機“王虎”であり、試製桜武が花やしき支部で眠っていた事に繋がるのだから。

 

「……分かりました。わたし、この子に、桜武に乗ります。それに、わたしなら上手く扱える気がしませんか? さくらさんが乗って、桜武って名前の機体で、別のさくらが乗るんですから」

「天宮はん……」

「さくらちゃん……」

 

 力強い笑顔で告げて試製桜武を見つめるさくらの表情は、もう不安などどこにもないものだった。

 信頼を寄せるようなその顔に紅蘭と令士はさくらの強さを見た気がした。

 

 こうして二人が見守る中、さくらは試製桜武へと乗り込んだ。起動自体は何の問題もなく進み、その場で動く事も出来た。

 ただ、それは平常状態の出力での話。一度試しにと最大出力を出してみた瞬間、さくらは強い負荷を感じる事となる。

 

「うっ……こ、これが……この子の全力……っ!」

 

 体中を襲う強い疲労感や虚脱感。まるで全てを拒否するかのような感覚。それに押し潰されそうになりながら、さくらは必死にそれらに抗っていた。

 ここで潰されてしまっては紅蘭の願いも試製桜武も無駄になると。そして、かつての花組が扱い切れなかった機体を自分が何とかする事で、自分の自信へと繋げたいという想いもあったからだ。

 

「お願い……桜武っ。わたしを、受け入れて……っ。怖くっ……ないから。わたしも、みんなも、貴方を……っ必要と、してるんだよ? だから……もう暴れないで……っ!」

 

 その祈りも虚しく試製桜武の与える負荷は変わる事無くさくらの体を苛む。その結果、さくらは意識を失ってしまう。

 

「……紅蘭さん」

 

 さくらが意識を失った事で試製桜武は動きを停止した。それで異変に気付いた紅蘭は、令士と二人がかりでさくらを一先ず格納庫にある令士用のベッドへと移動させた後、一人項垂れるように床へ座り込んでいたのだ。

 

「司馬はん、うちは駄目なメカニックや。あの子を想うばかりで天宮はんの事を考えるのを忘れてしもた。昔の桜武関係者と同じや」

「紅蘭さん……」

 

 自虐的な言葉に令士は何も言う事が出来ず、ただ立ち尽くすしかない。

 実際さくらは意識を失ってしまった。それはさくらが紅蘭の言葉を意識し試製桜武を乗りこなそうとした結果である。

 一歩間違えば意識を失うだけで済まなかった事態に、紅蘭は大きな衝撃を受けると同時に自身の未熟さを痛感していた。

 

「あの子は、もう封印するべきかもしれへん。それがあの子のためや」

 

 諦めたような声でそう告げ、紅蘭は視線を試製桜武へ向ける。

 もう自分が出来る事は何もない。そう思ったのだ。

 

「待ってください……」

 

 そこへ弱々しい声が響く。紅蘭が振り返ると、ベッドからゆっくり体を起こそうとしているさくらが見えた。

 

「さくらちゃん、まだ寝てた方がいい」

「いいんです。話は、聞こえてました。紅蘭さん、あの子を封印なんてしないでください」

「天宮はん……。だけどな、あの子はやっぱり」

「あの子は、試製桜武は悪い子じゃないです。だって、わたしが意識を失ったら動きを止めてくれたんです。それって、わたしを気遣ってくれたからじゃないですか?」

「……そういえばそうだ。例え意識を失ったって普通はそのまま起動し続けるはずだ」

 

 令士の言葉に紅蘭は息を呑んで試製桜武へ顔を向ける。今は静かにしている桜色の機体に視線を注ぎ、紅蘭はゆっくりと目を細くしていく。

 それは手のかかる子だと思っていた子が実は優しい良い子だと分かった時の母親の表情だ。そんな紅蘭へさくらの優しい声が届く。

 

「あの子は、きっと寂しいんです。凄い力を持ったから誰も自分の全力を使ってくれない。だから全力を出そうとすると、とっても嬉しくて張り切っちゃうんだと思います」

「でもな、やからって意識を失うなんて」

「常に全力は無理でも、一時的なら何とかなるはずです。わたしももっと自分を鍛えます。だからお願いです。あの子を、暗い格納庫の隅っこで一人寂しく眠らせないでください」

 

 ゆっくり振り返った紅蘭が見たのは、優しくも強い笑みを浮かべるさくら。その表情に紅蘭は一瞬ではあるがさくらにある女性を重ねた。

 

「……ええんやな?」

「はい」

 

 しばらく互いを見つめ合うさくらと紅蘭。その表情はどちらも凛々しい。

 やがてどちらともなく笑みを浮かべて息を吐いた。

 

「うしっ、こうなったら気合いれるでぇ~。あの子の事、きっちり整備したらんとな。天宮はん、今夜はおおき。また明日お願いな?」

「はい、失礼します」

 

 しっかりした足取りで格納庫を出ていくさくらの背中を見送り、令士は視線を紅蘭へと戻す。

 そこでは活き活きとした表情で試製桜武の整備を始める紅蘭の姿があった。

 

「……立場がないな、このままじゃ」

 

 伊達に十年以上華撃団に関わっている人物ではないなと、そう思って令士は気合を入れるように息を吐くと動き出す。

 

「紅蘭さん、そいつは俺がやりますから夜叉対策をお願いしますよ。折角二人いるんだから役割分担ですって」

 

 それでも今の帝国華撃団の整備士は自分だ。その自負を持って令士は紅蘭から試製桜武の整備を引き継ぐ。

 その姿に紅蘭は嬉しそうに目を細めて微笑む。頼もしい後輩が出来たと、そう思って。

 

 そうして迎えた倫敦戦。さくらは無限ではなく試製桜武での出場を決めていたが、神山は初めて見る機体について令士へ当然説明を求めていた。

 そこで令士は包み隠さず自分の知る事を話していき、全てを話し終わった際に神山へこう告げたのだ。

 

「誠十郎、一つだけ覚えておけ」

「何だ?」

「こいつは、危険だぞ……」

「分かってる。だが、それでもさくらが乗ると決めたのなら俺は何も言わないさ。それに……」

「それに? 何だよ?」

 

 神山が何を言いたいのか分からず小首を捻る令士だったが、そんな彼へ神山は口の端を吊り上げるとはっきりと告げる。

 

「お前が整備してくれたんだろ? なら大丈夫さ。お前の仕事に関しては信頼してる」

「はっ、そうかよ。まぁいいさ。さくらちゃんには言ってあるがお前にも言っておく。試製桜武は全力を出さなければ何も問題ない。ただ、その場合は無限よりも性能面は劣る。逆に全力ならおそらく現状のどの機体よりも上だ。ただ、それは精々使えて五分が限度」

「時間制限付きの最強、か……」

 

 それをいつ使うか。それを自分が決めるべきかさくらに委ねるべきかと、そう考える神山だったがその時間もないまま出場隊員を決める事となる。

 

 一人は迷う事なくさくらとなり、残る一人を決めようとする神山だったが何とそこで初穂が立候補したのだ。

 

「アタシを出させてくれないか? ないとは思う。だけど、もし直接対決なんてなったら相手は全員接近戦特化だ。クラリスじゃ相性が悪い」

「……有り得るな。プレジデントGなら会場が盛り上がるならやりかねない」

 

 初穂の懸念は神山もどこかで抱いていたものだった。何せ初戦の上海戦はまさしくそれだったのだから。

 あれで自分達が勝ち上がったのは事実だが、それを心から喜ぶ程神山は単純ではない。あれには一種のパフォーマンス的な面、つまり興行を意識した面が強くあると分かっていたのだ。

 

「クラリス、決勝戦まで待っててくれるか?」

「逆にそこで出してくれるなら喜んで待ちます。私達を決勝戦まで連れて行ってくれるんですよね?」

「……ああ」

「なら構いません。さくらさん、初穂さん、気を付けてください」

「うん」

「おう」

 

 凛々しく返す二人へ笑みを浮かべてクラリスは神山へ視線を戻す。

 

「神山さん、ご武運を」

「ありがとう」

「キャプテン、さくらと初穂もだけどあくまで倒すべきは仮想敵よ。倫敦華撃団を意識するのは程々にね」

「あざみ達はここで三人を応援してるから。頑張って」

「分かった。必ず勝ってみせる」

 

 花組の会話が終わったのを見計らって大神が神山達へ近寄った。

 

「神山、決して余力を残すな。全てを出し切って本来の形で勝負をつけるんだ」

「分かりました。直接対決の流れを作らないようにしてみせます」

「そうしてくれ。じゃあ頼んだぞ」

「はいっ!」

 

 こうして試合会場に純白、桜色、真紅の三色の機体が躍り出た。その中にいた試製桜武を見た紅蘭を除くかつての帝国華撃団花組は思わず息を呑んだ。

 

――あれは……試製桜武ですわね。

――あの子、ちゃんと残ってたんだ……。

――おいおい、嘘だろ? 一体誰が乗ってやがる?

――あの機体色……まさかあの子が乗ってるですかっ!?

――僕らが扱い切れなかった機体、か……。

 

 それぞれがそれぞれの場所で試製桜武の姿に様々な気持ちを抱く。そしてそれはその場で見た彼女も例外ではない。

 

「……そう、そういう事。どうやら立ち直ってみせたようね」

 

 モニターの中に映る試製桜武の姿でマリアは大体の事を察した。さくらがあの状態から立ち直り、自分達が上手く使いこなせなかった機体で出場するだけの気力を見せた事を。

 その裏にきっと紅蘭が少なからず関わっているのだろうと思い、マリアは苦笑して息を吐いた。

 

「もしあの機体を本当の意味で扱い切れるとすれば、彼女は現役隊員の中で突出するわね」

 

 どこかでそれを受け入れたくない気持ちを抱きながらマリアはモニターの光景を見つめ続ける。

 既に試合は開始されており、上海華撃団と同じく各機散開して戦うアーサー達に対して神山達は初戦同様三機でまとまって戦っていた。

 ただ、その殲滅速度は初戦よりも上昇していた。それでもマリアの目はさくらの乗る試製桜武の動きが他の二機よりも若干鈍い事を見抜いていた。

 

 それは彼女だけでなく試合を観戦しているエリス達も気付いていた。

 

「マルガレーテ、あの機体をどう見る?」

「……あれが全力だとするなら警戒するに値しません」

「そうか。だが、一体あの機体は何なんだ? データベースには一切記録がなかったぞ」

「そうですね。私もそこが気になっています。帝国華撃団の機体らしいデザインですので、きっと神崎重工の製作のはずですが……」

「それならWOLFが知らぬはずはない、か。ならばやはり新型?」

「出来上がったばかりの新型を競技会に投入するとは思えません」

 

 そのマルガレーテの言葉に同意するように頷き、エリスはチラリと自分の隣の空席を見た。

 

(アンネの意見も聞きたかったが……困ったものだ。また自室でだらしなく寝ているんだろう……)

 

 ため息を吐き視線を試合会場へと戻すエリス。そこでは荒々しく仮想敵を蹴散らす紅い機体がいた。

 モードレッドの駆る真紅の“ブリドヴェン”は手にした馬上槍をモチーフにした武器を振るい、押し寄せる仮想敵をいともたやすく薙ぎ払っていた。

 空中の敵をもその長さで串刺しにし、そのリーチよりも内側つまり懐へ入り込んだ相手には素早く空いている片手を使って剣を引き抜きながら斬り捨てていく。

 重々しい一撃を放つアーサー、華麗な連撃で魅せるランスロットとは異なる強さを見せていた。

 

『手応えがねぇな……』

『同感。それにしても、あの機体気になるよね』

『俺は別に。あんな鈍い動きで勝てると思ってんのか?』

『乗ってるのさくらだと思うんだけど……』

 

 モードレッドの呟きにランスロットが応じて会話が始まる。その間も手を止める事なく敵を倒していく二人だが、その会話へアーサーが割って入った。

 

『無駄話はそこまでだ。僕らはただ勝つ事だけを考えるんだ』

『了解』

『モードレッド、返事はどうした?』

『ちっ……了解だ』

 

 渋々返事をし、彼らの通信は終わる。

 一方神山はさくらと初穂の戦いぶりを見てある事に気付いていた。

 

(心なしか朧と戦った時よりも二人の連携が磨かれている。一体何があったんだ? やはりあの日、二人の間により絆を深める事があったと、そういう事か?)

 

 無限よりも動きが鈍い試製桜武だが、それでもさくらには実感出来ている事がある。それは三式光武よりも上である事。

 

(出力を抑えていても三式光武よりも凄い。無限には負けているけど、逆に言えば十年以上前の機体なのにそれで済んでいるって……)

 

 世界初の霊子戦闘機なのにも関わらずその性能は現在でさえ一線級である事。それが持つ意味を噛み締め、さくらは小さく呟いた。

 

「桜武、ごめんね。わたしがもっと貴方の力を上手く使えれば、ちゃんと凄さが分かってもらえるのに」

 

 今の自分では全力を出せるのは五分程度が限界。それがさくらには申し訳なく思えていた。

 そんな彼女へ返事をするように試製桜武の瞳が光ると若干出力を上げる。

 

「えっ?」

 

 それはさくらでは出来ない程の微調整。たった少しではあるが、それが試製桜武には大きな変化となる。負担はほぼ変わらず、だが性能は変化するそれにさくらは驚きから笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、桜武。うん、そうだね。二人三脚で頑張ろうっ!」

 

 三式光武、無限とこれまで乗機に対して愛情や信頼を寄せてきたさくら。それを試製桜武へも向けた事でさくらへ機体の心とも言える霊子水晶が応えたのだ。

 その変化はさくらが思っている以上に周囲の目を惹いた。見るからに動きが良くなったのである。それが三機揃っての変化であれば上海戦と同じ事が起きたと思えるのだが、今回はさくらの乗る試製桜武のみだったためにより衆目を集めた。

 

「シャオロン、見た?」

「ああ、どういう事だ。俺達と戦った時とは違うぞ」

「こ、紅蘭さんは知ってますか?」

「知ってるけどなぁ。これは試合が終わるまで秘密や。三人共答えを自分達で考えとき」

 

 四人揃って神龍軒で試合中継を見つめるシャオロン達。店内は普段に比べると閑散としており、四人は蒸気テレビに視線が釘付けにされていた。

 一回戦は試製桜武の協力があっても倫敦が優勢のまま進んでいく。このままでは不味いと判断し、さくらは少しだけ試製桜武の全力を解放する事にした。

 

『神山さん、ほんの少しだけ全力出します』

『……許可出来るのは一分が限度だぞ』

『分かりました』

 

 凛とした表情で返事をし、さくらは出力を全開させる。途端に全身を襲う強い負荷をねじ伏せるように耐えながら、さくらは試製桜武と共に凄まじい速度で試合会場を駆け抜けながら仮想敵を蹴散らしていく。

 それはさながら鎌鼬。通り過ぎるだけで敵が斬られ倒れていくのだ。あまりの光景にさすがの倫敦華撃団も動きを止めてしまう程、その光景は衝撃的だった。

 

『さくらっ!』

「っ!」

 

 神山の制止する叫びに反応して一気に出力を下げるさくら。体を襲っていた凄まじい負荷が消え、代わりに強烈な脱力感が押し寄せたが、それさえも気にせずさくらは深呼吸を繰り返して己の体調を確認していた。

 

(うん……大丈夫。まだ戦える。それに、少しだけど負荷が最初よりも辛くない気がする。慣れてきたのかな?)

 

 額に汗を掻きながらさくらは小さく笑みを浮かべる。

 一方、アーサー達は自分達の見たものを信じられないとばかりに硬直していた。

 

『な、何だよあれ。有り得ないだろ!? ついさっきまで鈍い動きをしてたんだぞっ!?』

『さくら……凄いよ、凄いじゃんっ! あたしワクワクしてきた! 今のさくら、最っ高にサムライだよっ!』

『はぁっ?! お前何言ってんだ! 敵が強くて喜ぶんじゃねぇっ!』

『静かにっ!』

『『っ!?』』

 

 動揺するモードレッドと興奮するランスロットを委縮させるアーサーの声。彼は睨むようにある機体を見つめていた。

 ただしそれは試製桜武ではない。アーサーが見つめているのは純白の機体。神山の乗る無限だった。

 

(やってくれたな神山……っ。こちらを油断させるためにデータにない新型を投入し、しかもここぞと言う時まで実力を隠しておくとはな。中々策士じゃないか、してやられたよ。だが、それも今だけだ。切り札は見せてしまえば次からはただの強い札に過ぎないと教えてやろう……っ!)

(これで試製桜武の強みが一つ消えた。だが、逆に言えばその凄さをアーサーさん達へ刻み付けたと言える。なら別の強みが出来たと言えるかもしれない。なら……)

 

 一回戦は土壇場でのさくらの活躍で辛うじて帝国華撃団が勝利する。

 続く二回戦で神山はある種の賭けに出た。

 

『アーサーっ! さくら達が分散したよっ!』

『何?』

 

 何と神山が一人だけで行動を始め、さくらと初穂がタッグを組んで行動を始めたのだ。

 それを見てアーサーは作戦を変更する事にした。それは、ある意味で神山の取った手段を逆手に取るものだった。

 

『神山はん、倫敦が集結したで!』

『集結?』

『しかもその進路は神山さんの向かっている場所です!』

『俺の……っ! そういう事かっ!』

 

 アーサーは単機で行動し始めた神山の獲物を全て奪い、得点できないようにしようと考えたのだ。

 そこには試製桜武がその全力を常に出していない事から推測した予想に基づいた考えがある。

 

(あの機体はおそらく凄まじい力を持つが故にその力を解放し続ける事が出来ないはずだ。機体強度かあるいは乗り手か、そのどちらかに問題が出てしまうんだろう)

 

 実際今も無限と共に仮想敵を倒しているが、その速度や勢いは先程見たものには遠く及ばないのだから。

 神山の無限が戦場へ到着した頃にはもう残る敵はほとんど残っていなかった。飛行型だけが残されており、アーサーは無限がレーダーに表示された瞬間にその場から別の戦場へと移動を開始させていたのだ。

 

『ここはもう放棄する。次の戦場へ向かうぞ』

『了解!』

『……了解だ』

「くっ……後を追っても意味がないな。俺も二人に合流するべきか?」

 

 遠くなっていく三機の背中を眺め思案する神山。と、そこで彼は気付いた。このままでは上海戦と同じ展開になってしまうと。

 三回戦までもつれ込めば最悪また直接対決となりかねない。そう考え、神山はならばと決断を下してアーサー達の後を追った。

 

『さくら! 初穂! 俺は倫敦華撃団と同じ場所で戦う! その間にそちらで点数を稼いでくれ! 上海戦の二の舞は避けたいっ!』

『『了解っ!』』

 

 大神の言葉を思い出しての判断で神山は攻めの姿勢を貫く事に決めた。ここで気弱になっては本当に上海戦のように決着がはっきりとしたものとならない可能性が高くなる。

 故に神山は賭けを続行した。さくらと初穂がその優れた連携を活かして点数を稼いでいる間、自分は倫敦華撃団と同じ場所で戦い少しでも得点を相手へ渡さないようにする方向へ作戦を変更して。

 

 勿論その動きを見てアーサーが神山の狙いに気付かぬはずはない。ならと彼はモードレッドへ指示を出した。

 

『モードレッド、君は単騎で動け。君の実力ならあの二機よりも素早く敵を倒せるだろう。帝国華撃団がいない場所の敵を倒してポイントを稼ぐんだ』

『ちっ、分かったよ』

『ランスロット、僕らは神山より一機でも多く、そして素早く敵を倒すぞ』

『了解!』

 

 神山のいる方へ方向転換し動き出す紅いブリドヴェン。紅白の機体が一瞬交差する。

 

(真紅の機体……モードレッドさんか! こちらへ仕掛けてくるのか!?)

(同じような事をやっても、向こうは仲良しごっこでこっちは強制命令か。けっ、どっちもどっちだな)

 

 互いに相手へ一瞬だけ意識を向けるもすぐに目の前へ意識を切り換える。

 ほんの刹那の間であったが、警戒した神山と冷めた目を向けたモードレッドという違いがあった。

 そんな事を互いに知る事もなく紅白の機体はそれぞれの進路へ向かって駆けていく。

 

『アーサー、神山が来たよっ!』

『そうか。なら見せつけてあげよう。僕達倫敦華撃団の力を!』

『いいよ! しっかり見せてあげようかっ!』

『『騎士円舞曲(ソードダンス)っ!』』

 

 二機のブリドヴェンがまるでダンスを踊るようかの動きで優雅な剣舞を見せる。それが大勢の仮想敵を斬り捨て、弾き飛ばし、沈黙させていく。

 それを見て神山は思わず動きを止めた。今まで見てきたどんな連携よりも見事な動きと優雅でありながら強烈な攻撃。霧の街ロンドンを守護する騎士達らしい攻撃と言えたのだ。

 

 神山が二人の攻撃から免れた仮想敵を狙うも、すぐにそこへ刃が繰り出されて倒す事は叶わなくなる。

 それが何度も繰り返されるのを目の当たりにし、神山は自分の判断の失敗を察した。

 

(やられた! アーサーさんは俺がどう動いてもいいように考えていたんだ! 今頃モードレッドさんが別の場所で点数を稼いでいるだろう。今からどう動いても後手に回るだけか……)

 

 それでもと神山は自分の判断を貫いた。流麗に、優雅に、鮮烈に動き回る二人の騎士による円舞をかわしながら、少しでも仮想敵を斬り伏せていく事で。

 ただやはり劣勢を覆す事は出来ず、神山の避けたかった流れへと状況は一気に傾く。二回戦目は倫敦華撃団が勝利を収め、いよいよ最終戦へともつれ込んだ。

 

『神山さん……』

『どうすんだ? 上海の時と同じ展開だぜ?』

『そうだな……』

 

 試合再開までの小休憩を兼ねた準備時間。そこで最後の話し合いを行う三人だったが、上海戦では隊長作戦と言う奥の手があったが、さくらが試製桜武の今回はそれも使えない。

 

(……俺は俺の答えを貫こう)

 

 迷ってはいけない。そう思った神山は一つの決断を下した。

 

『さくら、そっちの判断で桜武の全力を解放していい』

『えっ……?』

『ほ、本気かよ? あれってかなり負荷が大きいって』

『分かってる。だからこそさくら自身で判断してくれ。責任は俺が取る。さくらの判断が俺の判断だ』

『神山さん……』

 

 さくらが無理をするとしても、それは個人の暴走ではなく自分の判断だ。神山はそう告げたのである。

 それは、さくらの性格を考えての事だった。自分だけの判断でやれば、最悪の結果まで頑張ってしまうのがさくら。そこへその責任を自分が負うとすれば最悪を避ける要因になると神山は考えたのだ。

 勿論それだけではなく、それが強い信頼としてさくらに伝わる事も。

 

『だからさくら、思いっきりやれ。自分が使い所だと判断したならそれが俺の判断だ。余力を残さず、全てを出し切ってやろう』

『はいっ!』

『ったく、しょうがねーなぁ。神山もさくらも無茶ばかりするぜ』

『そういう初穂はどうなんだ?』

『へっ、決まってんだろ。踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損だぜ!』

『よし、誰の目から見ても納得出来る結果にするぞっ!』

『『了解っ!』』

 

 心を一つにし、神山達は最終戦に臨む。一方、アーサー達はと言えば……

 

『二本目はこちらが取れたが、次も同じようにいくとは思えない』

『じゃあどうするの?』

『どうする、じゃない。こうなった以上正攻法で勝つしかない。おそらく向こうもそうするだろう』

『お得意の策謀はお休みってか。もしくはもうタネがないか?』

 

 明らかな挑発に一瞬だけアーサーの眉が動くも、それを声に出す事なく彼は努めて冷静に言葉を発した。

 

『倫敦華撃団もしっかりと連携が取れる上に帝国華撃団よりも優れていると見せる良い機会だ。最後の最後でそれを世界中に見せる。モードレッド、分かっているな?』

『……けっ、今は従ってやるさ。いつか俺がお前をその座から叩き落してやるまでは、な』

 

 そこでモードレッドが通信を切った。表示されなくなった相手にランスロットが呆れるように息を吐く。

 

(あ~あ、モードレッドってば本当に素直じゃないんだから……)

 

 モードレッドが何故アーサーを嫌うのか。その理由を知っている彼女としては、いい加減はっきりと本人へ直接言えばいいのにと思うしかない。

 何故なら、アーサーがアーサーと呼ばれる前、二人は先輩後輩の関係ながら笑みを見せ合う程の仲だったのだから。

 

「さぁ、帝国華撃団対倫敦華撃団の演武もいよいよ最終戦を迎えました! 一本目は我らが帝国華撃団が、二本目は優勝候補の意地を見せるように倫敦華撃団がそれぞれ勝利を収めています! 上海戦と同様の展開に帝国華撃団はどう動くのか? そして前回準優勝の倫敦華撃団はどう動くのか? 注目が集まりますっ!」

 

 アナウンサーの声に会場も大きな歓声を上げる。その帝国華撃団を応援する声の中にアーサーへ声援を送る高い声があった。女性人気の高いアーサーならではの光景であった。

 そんな大歓声の中、遂に最終戦の幕が上がる。それぞれ分散する事無く動き出す両華撃団。何の策もないただ純粋な力比べに観客達は一瞬戸惑う。

 

「おおっと! これはどうした事だっ! 帝国、倫敦、共に正攻法ですっ! これは、おそらく互いの実力でもって決着を着けるという意思の表れでしょうか! ここに来て策を巡らすのではなく純粋に己を、仲間を信じて戦うという精神でしょうっ!」

 

 その解説に観客達が大いに沸いた。単純故に明快なぶつかり合いに拍手を送る者達さえいた。

 太正の世にあっても、まだまだ武士道精神からくる正々堂々を好む傾向は廃れていなかったのである。

 

『さくらっ! 初穂っ! 地上の敵は任せた! 飛行型は俺が引き受けるっ!』

『『了解!』』

『ランスロットは右翼の敵集団を。モードレッドは左翼を切り崩せ。中央は僕がやる』

『了解!』

『分かったよ!』

 

 命令でありながら依頼の神山と命令であり指示であるアーサー。

 上下関係であるはずの隊長と隊員。それでも同じ仲間と思って同等に扱う神山。それ故に同等には扱わないアーサー。

 この戦いは隊を率いる者としての在り方のぶつかり合いでもあった。

 常に互いの援護を行える帝国華撃団と、ほとんど個人で戦う倫敦華撃団。まったく同じ戦い方となったからこそ浮き彫りになるものがそれだった。

 優秀な個人が集まっている倫敦華撃団は連携を重視する事なく戦う。対して常に支え合い助け合う形で戦う帝国華撃団。

 集団戦で個人技に頼る者達と協調性に頼る者達。その差が、違いが、勝敗を決めるのだろうと誰もが思っていた。

 

 だが、この時誰もが、いや彼女以外が忘れていたのだ。この戦場には、その場にいる誰よりも凄まじい個の力を持つ存在がいる事を。

 

「桜武、行くよ……っ!」

 

 唸りを上げるかの如くその持てる力を発揮する試製桜武。さくらの想いを酌み、その恐怖さえ与えそうな力を解放する試製桜武が騎士達の個人技の凄さを吹き飛ばしていく。

 

『またあの状態っ!? さくら、勝負を決めるつもりだねっ!』

『おいっ! どうすんだよっ! 大型さえ一分かからず斬り捨てやがったぞ!』

『くっ、まだ切り札を使えるか……っ!』

 

 個の力で競うなら試製桜武に勝てる機体はない。それならばとアーサーは素早く決断を下す。

 

『各機散開しポイントを稼げっ! あの勢いに怖気づくなっ! 相手はどれだけ凄くても一機だ! 総合力ではこちらが上なんだぞっ!』

『あ、アーサー?』

 

 だがその声には普段見られるような冷静さはなかった。戸惑うランスロットだったが、そんな彼女へアーサーは通信越しに睨むような眼差しを向ける。

 

『何をしてるんだっ! さっさと動けっ! 俺の命令が聞けないのかっ!』

『っ!?』

 

 ランスロットが初めて見るアーサーの険しい表情。その事にあのランスロットが一瞬ではあるが息を呑んだ。

 だがその彼女はまた違う意味で息を呑む事となる。何と通信越しのアーサーが大きく揺れたのだ。

 

『も、モードレッドっ!?』

 

 それは真紅のブリドヴェンが深蒼のブリドヴェンを殴り飛ばしたからだった。

 

『いい加減にしやがれっ! 何様のつもりだてめぇ!』

『何様、だと? 団長を殴っておいてその口のきき方はなんだっ!』

『ふざけんなっ! 俺やランスロットはお前の部下かもしれねぇが奴隷じゃねえっ! んな事も分からないのかっ! ああっ!』

『っ! モードレッドっ! お前っ!』

『やる気か? いいぜ! やってやるっ!』

 

 激突しそうな蒼紅のブリドヴェン。それが今にも武器を構えて衝突しそうになった瞬間、その動きがピタリと止まった。

 

 それぞれの機体の喉元に刃が突きつけられていたのだ。漆黒のブリドヴェンの持つ、双剣が。

 

『そこまでっ! ……今は試合中だよ』

『……そう、だな。すまない、ランスロット』

『ちっ……』

 

 アーサーが武器を下げた事でモードレッドも武器を下げる。それを見てランスロットも双剣を下げると息一つ吐いて鋭い眼差しでアーサーを見つめた。

 

『アーサー、落ち着いてよ。騎士団長がそれじゃ、誰が冷静な指示や判断を下すのさ』

『そうだね。僕らしくなかったよ。ありがとう』

 

 声や雰囲気が普段のアーサーらしくなったと感じ、ランスロットは満足そうに笑みを浮かべて頷くや再び鋭い眼差しになってモードレッドを見つめる。

 

『君もだよモードレッド。あたしの事を思って意見してくれたのは嬉しいけど、ちょっと煽り過ぎ。アーサーの判断自体は間違ってないでしょ』

『……かもな』

 

 熱が冷めたとばかりの声にランスロットは呆れつつも苦笑すると、視線を試製桜武に向けた。

 今のやり取りの間も神山達は点数を稼ぎ続けている。もうここから逆転するのは不可能だ。故に勝負は着いたと感じ、彼女はならばとある事を考えていた。

 

『アーサー、ごめん。あたしさ、あれと、ううん、さくらと戦いたい』

『は? お前何言って』

『ダメかな?』

 

 モードレッドの言葉を無視するように、一度たりとも試製桜武から目を離す事無く問いかけるランスロット。その意味を正しく理解し、アーサーは深いため息を吐いた。

 

『さっきの礼だ。責任は僕が持つ』

『なっ!?』

『ありがとっ!』

 

 心から嬉しそうに礼を述べて漆黒のブリドヴェンがその場を離れた。その背中を見送り、アーサーは小さく自嘲の笑みを浮かべる。

 どの隊員とも同じ距離で接する。それをやってきた結果、ここぞと言う時の指示が通らなかった。それは自分も相手も人間であり心がある事をどこかで蔑ろにしていたからと気付いたのだ。

 

(人として生きる以上感情を殺し続ける事は出来ない。これがただの戦士であれば可能かもしれないが、僕らは華撃団であり歌劇団でもある。なら感情を殺すなんて出来るはずがない。神山のやり方へ忠告したのは、僕がどこかでそれを不快に感じていたからだ。つまり僕も感情を殺し切れていなかった)

 

 そう考えて、アーサーはふと違うかもしれないと思い直した。

 

「ああ、そうか。僕もああしたかったのかもな」

 

 ただの隊員であった頃のように、笑ったり怒ったりと自分の感情を発露出来る。それをやっているランスロットやモードレッドのように振舞う神山を、どこかで羨んでいたのかもしれないと。

 

『おい、先輩』

 

 呆然となっているかのようなアーサーの耳へ久しぶりとなる呼ばれ方が聞こえてきた。ゆっくりと顔を動かせば通信画面に複雑な顔をしたモードレッドが映っている。

 それを見て、懐かしいなとアーサーは感じていた。騎士団長となる前はよくそんな顔をしたモードレッドへ色々と助言などをしていたのだ。

 

『何だい?』

 

 そう思いながら答えたからか、その声はアーサー自身も驚く程優しい声だった。

 聞いたモードレッドも軽く驚いたのを見て、アーサーはどれだけ自分が今のような声を出さなくなっていたかを理解した。

 

『……あいつだけ行かせていいのかよ? このままじゃあいつ、一騎打ちを出来なくなる上一人だけルール違反した事になるぞ』

『…………そういう事か』

 

 暗にランスロットが望みを叶える事なく終わり、しかも手酷くマリアから説教を喰らうとそうモードレッドが言っていると察したのだ。

 

 実際、今ランスロットはマリアからの制止を振り切るように通信を遮断していた。

 

『アーサーっ! モードレッドも聞こえているわね! 今すぐランスロットを止めなさいっ!』

 

 ランスロットが無理ならと考えたマリアがアーサーとモードレッドへ通信を入れてくるのも当然だ。その言葉を聞いてアーサーは視線をマリアではなくその場にいる仲間へと向けた。

 

『モードレッド』

 

 アーサーの脳裏には、今と違い言葉遣いは悪くても素直に騎士団長を目指し、自分を先輩と慕っていた頃のモードレッドの姿が浮かんでいた。

 

『んだよ? マーリンの言葉に従うのか?』

 

 対するモードレッドは、アーサーの普段とは違う感じに違和感と懐かしさを覚えながら受け応える。

 

『君は白と紅、どっちがいい?』

『っ!? アーサー、貴方……』

『すみませんマリアさん。僕は騎士団長失格です』

 

 そこでアーサーはマリアとの通信を切った。その瞬間、彼はアーサーではなく一人の人間として動き出したのだ。

 

 その会話を聞きながらモードレッドは呆気に取られていた。最初のアーサーの問いかけの意味も最初分からなかったのだ。

 だが、ゆっくりとその問いかけと会話の意味を理解していくにつれて、モードレッドの表情が呆然から獰猛な笑みへ変わっていく。

 

『いいのか? 命令違反だぜ?』

『ああ、もちろん。一度言った事を翻すのは騎士失格だ』

『……なら白は譲ってやるよ。俺は同じ色を叩く』

『分かった。さて、じゃあ行こう。もう負けが決まったのなら、せめて仲間のやりたい事ぐらい果たせさせてやるために』

 

 そう言ってアーサーは吹っ切れたような笑みを浮かべる。

 

『イイ顔してるぜ、今のあんた』

『失礼だな。僕はいつだって良い顔をしてるさ』

 

 そう言って二機のブリドヴェンもその場から動き出す。既に試製桜武は漆黒の乱入者に驚きつつも何とか相手をしていた。

 それを見て慌てて助けに向かおうとしていた神山と初穂へ、今度は蒼紅の機体が襲い掛かる。

 

『アーサーさんっ!? 一体何のつもりですかっ!』

『もう僕らの負けは決まった。なら、一矢報わせてもらおうと思ってね』

『無茶苦茶だろっ! ルール違反じゃねーかっ!』

『んな事は分かってるっての! ただこれが本物の戦場ならルールなんてないんだぜっ!』

『くっ! 初穂、応戦するぞっ!』

『仕方ねーなっ! さくらっ! 無理すんじゃねーぞっ!』

 

 こうして激突する両華撃団。その口火を切ったランスロットは、さくらの太刀筋から彼女の変化や成長を感じ取り嬉しそうに笑っていた。

 

『いい……いいよさくらっ! それでこそサムライだっ!』

『ランスロットさんっ! どうしてこんな事をっ!』

『言わなくちゃ分からない? もうさくらには分かってるんでしょ? あたしが何でこうしてるかが……さあっ!』

 

 息もつかせぬ連撃の嵐。それを回避し時に捌きながらさくらは表情を凛々しくする。

 もう迷わないと決めたのだとばかりに弾き返した瞬間反撃へ転じ、試製桜武が攻勢に出た。ただ通常時の出力ではブリドヴェンを圧倒できるはずもなく、ランスロットにその攻撃は全て捌かれ弾かれ避けられてしまう。

 更に二度に渡る全力解放の負荷でさくらの体力は低下しており、もう継戦出来るだけの力は残っていなかったのだ。

 

「それでも……っ!」

 

 体力を気力で補い、一度失望させたからこそ今度こそはとの想いで剣を振るう。その鬼気迫る戦いにランスロットはさくらの状態を把握したのか一旦大きく後ろへ下がると双剣を下げた。

 

『さくら、次の一撃で決めよう。だから全力で来て』

『……分かりました』

 

 それは、あの中庭での手合せの仕切り直し。だが今度はさくらの方が先に構え直した。試製桜武から漂う気配が徐々に膨れ上がっていく感覚にランスロットは息を呑むも、すぐに凛々しく双剣を構え直す。

 

(一撃、一撃でいい。桜武、わたしと一緒に全力で戦って)

(凄いよさくら。ほんの数日でここまで変わるなんて。あたしがあの人に負けた時は、もっと時間かかったのにさ)

 

 ランスロットの脳裏に浮かぶかつての思い出。セントラルパークでテキサスのサムライと刃を交えた記憶だ。

 

――いざって時に迷ったら、守りたいものや大切な人達を守れないよ。

 

 そう優しく強い笑顔で告げた赤髪の剣士の姿を思い出して、ランスロットは小さく笑みを浮かべた。

 

「ジェミニさん、今度会ったら聞かせてあげるよ……。日本であたしが出会ったサムライの事をっ!」

 

 弾かれたかのように動き出した試製桜武の繰り出そうとする一撃を辛うじて双剣で受け止めるブリドヴェン。

 普通ならば受け止める事など出来ず勝負は着き、そうじゃないとしても本来であればその一撃は防がれたまま押し切れるだけの威力があった。

 ただ、今のさくらにそれだけの一撃を放つだけの体力がないため、押し切る事が出来ず鍔迫り合いの様相を呈してしまったのだ。

 

『ううっ……も、もう……』

『ここまでなの? 二回も同じ相手に負けてもいいんだね、さくらっ!』

 

 気力さえも尽き果てようとし意識が薄れる中、さくらの鼓膜をランスロットの声が揺らして脳まで震わせる。

 

(同じ相手に……二回も負ける……)

『そんなの、そんなの嫌っ!』

 

 その瞬間、試製桜武の霊子水晶が淡い輝きを放つ。それはあの初穂の神楽によって放たれた清らかな霊力。それがほんの少し、ほんの少しだけさくらの体を癒したのだ。

 

『っ!? はああああっ!!』

 

 スズメの涙程の回復量でも、今のさくらには十分だった。気力体力共に出し尽くすように叫び、試製桜武が呼応して唸りを上げる。

 

「っ!? 剣が……っ!」

 

 双剣に亀裂が生じ始め、ランスロットが押し返そうとしてもそのままさくらと試製桜武が押し切っていく。

 出力を全開すれば現状並ぶ者などない試製桜武。それに乗り手の心が加われば、最早勝てる者なし。

 

 その光景を誰もが見守る中、呼吸や瞬きさえ憚られる雰囲気が会場全体を包む。

 一瞬の静寂の後、金属が砕け散る音と共に漆黒の機体が大きく吹き飛ばされる。

 それはやがて落下防止用の策へ激突、その形を大きく歪めて止まると同時に全身から蒸気を噴き出した。

 

『『ランスロットっ!?』』

 

 誰の目から見てもただでは済まないような止まり方だった。だが、次の瞬間今度は試製桜武が前のめりに倒れる。

 

『『さくらっ!?』』

 

 神山や初穂だけでなく、その光景を見ていたほとんどの者達が息を呑んだ。

 勝ったはずの試製桜武が倒れた事に驚く者、戸惑う者、その理由を察した者。理由は様々であるが一様にこれだけは分かっていた。

 今の一騎打ちはそれだけ互いに死力を尽くしていたのだ、と。

 死んだのではないのか。そんな言葉が誰かの口から漏れ出るのも仕方がないと言える。その影響は大きく、波紋は瞬く間に波を作って津波となって会場全体へ伝播していく。

 

「皆さん、落ち着いてくださいっ!」

 

 そこへ聞こえてくるのはプレジデントGの声だった。水を打ったように静まる観客達へ、彼は咳払いを一つするとゆっくりとした口調で語り始めた。

 

「この試合、倫敦華撃団が帝国華撃団へ直接攻撃を仕掛けたためルール違反として帝国華撃団の勝利とします。ですが、私は倫敦華撃団を罰するつもりはありません。何故なら彼らは真剣に、相手を倒すべき敵として考えて戦ってくれたからです。多少行き過ぎた面は否めませんが、大神司令の信頼に見事応えた彼らを私は許そうと思いますっ!」

 

 その言葉に会場のどこかから拍手が起きると、それが全体へ伝播して万雷の拍手となって鳴り響く。

 

「……上手く自分の人気取りに利用したな」

 

 聞こえてくる拍手と歓声に大神はそう小さく呟いた。その目は笑みを浮かべて観客達へ手を挙げるプレジデントGを見つめていた。

 

「司令、神山さんから報告です」

「天宮君とランスロットはどうだ?」

「二人共意識を失っとるだけらしいで」

「分かった。すまないが二人は病院の手配やそこまでの搬送手段の確保を頼む」

「「了解」」

「三人はそれぞれの乗機に搭乗、試製桜武と黒いブリドヴェンを運び出してくれ」

「「「了解」」」

「司馬、君は一足先に帝劇へ戻ってこの後の事に備えてくれ」

「了解!」

「神山、聞こえていたな? 君達は二人の迎えが来るまでそこで休んでいるんだ。倫敦の二人にもそう伝えてくれ」

『了解しました』

 

 大神の指示で動き出す帝国華撃団。待機所から自分以外誰もいなくなったところで大神は息を吐いた。

 

「あの機体にあそこまでの力があるとは、な……」

 

 そこで思い出すのはあの降魔大戦の事。もしあの時自分達が試製桜武を使いこなせていればと、そんな考えが大神の中に渦巻く。

 それは無理な事だと分かっていても考えてしまうのが人間と言うもの。特にその凄まじい力を実際に見せられてしまえば余計にだろう。

 

(さくら君やアイリスでさえ無理だった。天宮君は扱ってみせたものの、その結果意識を失ってしまった。やはりあの機体は使いこなせる物ではないのかもしれない)

 

 問題は乗り手の霊力量ではないのかもしれない。そう考えて大神は意識を切り換えて動き出そうとして、振り返ったまま動きを止めた。

 

「……マリア」

 

 そこにはマリアが立っていた。

 ランスロットどころかアーサー達までも制止する事が出来ず、その結果引き起こしてしまった結末に悲痛な表情を浮かべながら。

 

「大神司令、今回は申し訳ありません。私がいながら三人を止める事が出来ませんでした」

 

 口調は帝国華撃団のマリアではなく倫敦華撃団のマーリンとしてのものだった。それを感じ取り、大神は少しだけ表情を引き締めると首を横に振る。

 

「気にしないでくれ。彼らなりに真剣さを見せた結果だ」

「ですが、そのせいでそちらの隊員が倒れてしまいました。それはこちらの責任です」

「そちらの隊員も意識を失ってしまったが?」

「それはそもそもルール違反をしなければいいだけです」

「……どうしてもそちらの過失にしたいのかい?」

「……はい」

「そうか……。分かった」

 

 どこか悲しそうにそう答え、大神は凛々しい表情でマリアを見つめた。その表情と眼差しにマリアも同じ表情を返す。

 

「なら、その代償として彼らへこう言い付けてくれ。帝国華撃団と倫敦華撃団は仲間である事を胸に刻んで欲しい、と」

「っ……それでいいんですか?」

「十分だろう? 何せさっきまで敵だったんだからね。敵をいきなり仲間と思えなんて中々厳しいと思うよ。なら、十分罰として機能するさ」

「隊長……。分かりました、伝えておきます。では」

 

 最後には笑顔を見せる大神の配慮にマリアは感謝するように微笑み、一礼して去ろうとする。

 だが、その足が動く事はなかった。

 

「……放して頂けませんか?」

 

 マリアの腕を大神の手が掴んでいたのだ。

 

「駄目だ。今のままで君を行かせたら俺は隊長失格だからね」

「っ!?」

 

 告げられた言葉にマリアが思わず振り返る。そこには優しく微笑む大神の顔があった。

 

「マリア、普段は仕方ないと思う。でも、二人きりなら少しは君の本当の顔や言葉を出してくれてもいいんじゃないか?」

「そ、それは……」

「恥ずかしい?」

「わ、分かっているなら聞かないでくださいっ」

「仕方ないだろ? マリアは帝劇でもトップクラスに演技が上手かったんだ。確認してみないと俺には分からないよ」

「……こういう時は絶対分かってますよね? 隊長は昔から女性関係となると勘が鋭い方でしたし」

 

 ジト目で告げられた言葉に大神は小さく苦笑いを浮かべて頬を掻いた。それがかつてと変わらないため、マリアは安堵するように息を吐く。

 帝劇を後にする際、マリアが一番嫌だったのが自分がいない間に大神が変わっていく事だった。いや、正確には自分の知らない事が出来る事が嫌だったのだ。

 かえでの後任で副司令的立場になった真宮寺さくらが故郷で療養となった後、その立場はマリアのものとなった。

 とはいえ、彼女は事務仕事などの手伝い、言わば秘書のようなものだと思って業務に励んでいたのだが、やはり惚れた男に頼られるというのは色々と心をざわつかせたのだ。

 誰よりも傍で大神の事を見ていられる。それだけでマリアは幸せを感じていたのだから。

 

 そこから二人に会話はなかった。ただ互いを見つめ合うだけ。それだけで良かった。

 何か言うべきだろうかと悩む大神と、何か言ってくれるのかと期待するマリアという違いはあったが。

 

『司令、今担架が来ました。これよりそちらへ戻ります』

「「っ!?」」

 

 神山の連絡に大神が反射的に手を離す。

 

「ぁ……」

「っ……分かった! 気を付けて戻ってきてくれ!」

『了解です』

 

 マリアの寂しげな声と顔。それを見た大神はその場から大きな声を出して返事をすると、今度はマリアの手を掴んだ。

 

「た、隊長……」

「マリア、嬉しかったよ。短い時間でも君の素顔を見れた。君の本音を聞けた」

「隊長……」

「今の状況じゃ弱さを見せるのは難しいだろうと思う。だけど、せめて俺の前では弱い君を見せてくれないか。それと、俺も君に弱い部分を見せてもいいかな?」

「……はい」

 

 大神が繋いでくれた手を持ち上げ、自分の頬へ当てながらマリアは微笑んだ。その笑みは、名前に相応しい聖母の如き笑みだった……。

 

 

 

 揃って同じ病室へ運ばれたさくらとランスロット。

 そもそも両者共に意識を失っただけだったためすぐに目を覚ましたが、そこでさくらは神山達から無理をし過ぎだと説教され、ランスロットはランスロットでアーサーとモードレッドと共にマリアからルール違反について説教される事となった。

 

 そしてそんな騒がしい一時もついさっき終わり、念のため一日入院する事となった二人はベッドへ横たわったまま天井を眺めていた。

 

 ただ、さくらの脳内では去り際にマリアからかけられた言葉が何度も繰り返されていた。

 

――天宮さん、以前の言葉撤回するわ。貴方は立派な隊員よ。

 

 思い出す度に嬉しさが込み上げ、表情が緩むのをさくらは感じていた。諦めないで良かった。迷いを振り切って良かった。

 そして、ランスロットの心を二度も傷付けずに済んで良かったと、そう思って。

 

「ねぇ」

 

 そんな中ポツリとランスロットが声を出した。それにさくらの視線が横へ動く。

 そこには天井を見つめるランスロットがいた。

 

「何ですか?」

「どうしてあの時押し切れたの?」

 

 最後の瞬間の事を言っていると察したさくらは視線を天井へ戻して唸った。何せ彼女にはまったく原因に心当たりがなかったのだ。

 気が付いたら僅かに体が回復した。そうとしか言えない状態だったのだから。

 

「…………分かりません」

「何それ」

「気が付いたら体に少しだけ力が戻ってたんです。で、そう思った時にはもう勝手に体が桜武を動かしてました」

 

 横へ顔を向けたランスロットが見たのは、全てを出し尽くして微かに笑うさくらだった。そんな彼女にランスロットは少しだけ言葉を失い、やがてゆっくりと笑みを浮かべて口を開いた。

 

「……そっか」

「はい」

 

 また二人の間を静寂が包む。ただそれがどこか心地良いものに思えて二人は笑みを浮かべる。

 

「あの」

 

 今度はさくらが声を出す。ランスロットは視線だけでなく顔までもさくらへ向けた。

 

「何?」

「これで一勝一敗です。次、いつやりますか?」

 

 思わぬ発言にランスロットの目が見開いた。そんな彼女へさくらは顔を向けて笑うとこう告げる。

 

「わたし、引き分けで終わるなんて嫌です」

「……あたしも」

「なら、次が最後ですか?」

「冗談。どちらかが勝ち越すまでやろうよ」

「えっと、どれぐらい?」

「うーん…………三勝?」

「いっそ十戦毎で勝率計算してどちらかが八割超えたらでどうです?」

「あっ、それいい。そうなったらもうその方が強いって証明されるしね」

「じゃあきっと当分終わりませんね」

「うん、終わらないね」

「また二年後もやらないと」

「そうそう。その二年後も、そのまた二年後も」

 

 気付けば互いに顔を向け合って笑みを見せ合う二人。そこにあるのは友情や信頼と呼ばれるものだった。

 

 この日、さくらはランスロットと言う異国の戦友を得る。

 

――さくら、約束だよ。絶対また手合せしよう。

――はい、約束ですよ、ランスロットさん。

 

 結ばれる互いの小指。さくらが教えた指切りを交わし、二人は再戦を誓う。そして……

 

――あたし達の代わりに優勝してよ? 伯林華撃団の三連覇なんて嫌だからね?

――はいっ!

 

 上海華撃団だけでなく倫敦華撃団の想いも背負って優勝してみせるという、そんな誓いも。

 

 同じ頃、神山はアーサーと病院の前で会話していた。

 

「良かったですね、二人共に何事もなくて」

「ああ。まぁ、僕らは明日また叱られるだろうけどね」

「え? さっき病室で……」

「あれはルール違反についてさ。明日は負けた事に関して言われるだろう」

「それは、その……ご愁傷様です」

 

 説教時のマリアの剣幕と雰囲気を思い出して苦い顔をする神山に、アーサーは何か言いたそうにするも結局何か言うでもなく息を吐いて頷いた。

 

「まったくだ。こうなった以上君達には優勝してもらうより他はない。何せ僕もモードレッドも君達を仕留めそこなったんだ」

「あれは本気で焦りましたよ。一騎打ちをさせるためと言いながら二人して本気で俺と初穂を倒しにきてましたよね?」

「ルール違反をした以上どうなっても負けは確定だったからね。ならせめて少しは良いところをと、そう思って何かおかしいかい?」

「いえ、おかげで良い経験になりました」

「……そうか」

 

 心からそう思っていると告げるような表情の神山にアーサーも似た表情を返した。

 それを離れた位置で見つめる者達がいる。モードレッドを含めた初穂達である。

 

「いい雰囲気ですね」

「だな。一時はどうなる事かと思ったけどよ」

「でも、試製桜武はお休み……」

「仕方ないわ。あれだけの力を持っていてもそれを使いこなす事が現状不可能なんだもの」

「化物じみてやがったからな。ま、使用不可は妥当だろ」

 

 神山達を見つめる初穂達と違い、顔を二人から背けてモードレッドは告げる。マリアから告げられたルール違反への大神からの罰。それを聞いたモードレッドは渋々であるが彼女達を仲間として扱っていた。

 そこには、それだけではないある事が影響していた。あの試合の後、さくらとランスロットが運ばれるまで待つ間、モードレッドはアーサーと話をしていたのだ。

 

――モードレッド、一つだけ言っておく。騎士団長になりたいのならもう少し周囲と上手く付き合え。

――いきなり何だ?

――今の僕が言えるのはこれが限度だ。期待してるよ、僕を元騎士団長ウォートにしてくれる事を、ね。

 

 アーサーからの助言とそこに込められたものを受け取り、モードレッドも少しだけ自分を変えてみる事にしたのだ。アーサーが隊員との付き合い方を見つめ直したように。

 

(ウォートに、か。先輩は先輩で騎士団長になって苦労してるって事かよ。あの変貌はそのために必要だったってか? ……まぁ、いいさ。しばらくは様子見するぜ。変わり出したあんたのお手並みを、な)

 

 チラと視線だけアーサーへ向け、モードレッドは微かに笑みを見せる。その視線の先ではアーサーが神山へある事を頼んでいた。

 

「人払い、ですか?」

「ああ、頼めるかな? レディ達に迫られるのは嫌ではないんだが、時折怖い相手もいてね」

 

 初めて知るアーサーの一面に神山は苦笑しながらも依頼を受諾。こうして彼らは大勢で大帝国ホテルを目指す事となる。

 

――そういや、もうアタシらが行ってもいいのか?

――構わないさ。もう試合は終わったしね。

――嫌なら来なくていいぞ。

――何をっ!

――ねぇ、ホテルには甘い物ある?

――たしかカフェやレストランがあったわね。

――時間も時間ですし、軽く何か食べて行きましょうか?

――なら代金はこっちが持つよ。ただし、レディの分だけだ。

――なっ……騎士団長にしては随分ケチな話ですね。

――ああ、言っとくが団長は商人の家の出だ。金銭関係は煩いからな。

――余計な事は言わなくていい。それとモードレッド、君も出すんだぞ。こっちとはそういう意味だ。

――はぁ!? ふざけんなっ! 一人で勝手に言い出した事だろうがっ!

――何だぁ? 騎士のくせに女へ菓子の一つも奢れない程貧乏なのかよ?

――この女ぁ……人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって……っ!

――どこが下手だ(ですか)(よ)!

 

 道行く者達がそのやり取りを聞いて微笑ましく見つめる中、彼らは行く。その姿はもう立派に“仲間”であった……。




次回予告

家族。それは私が失ってしまったもの。
家族。それは私が望んで止まないもの。
だから私は役を演じる。演じている間は私は“私”を忘れられるから。
なのに、ここは私を“私”へ戻してしまう。
次回、新サクラ大戦~異譜~
“帰りたい場所、帰れる場所”
太正桜に浪漫の嵐!

――私は、ここに居てもいいのかしら?

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