新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

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正直ゲームでは扱いが初穂に次いで酷いと思われるアナスタシア。彼女の魅力の方向はマリアに近いのではと個人的には思っています。
普段クールな大人をしているのに時折見せる少女の表情とか、でしょうか?


帰りたい場所、帰れる場所 後編

 翌朝、神山は食堂で朝食を食べながらアナスタシアの事を考えていた。

 

(結局俺は彼女の心の影を払えなかった。あざみに何て言おうか……)

 

 去り際の背中から感じた雰囲気。それはどう良く取っても、アナスタシアの中にある不安や焦りを拭えなかったとしか言えなかった。

 ただ、それでも神山の中には一つの自信が生まれていた。それはアナスタシアの口から彼女の過去を聞けた事だ。

 あれは今までよりもアナスタシアが自分へ心を開いてくれた証拠だった。そう神山は思っていたのである。

 

「誠十郎、おはよう」

「あざみか。おはよう」

 

 背後から聞こえた声に振り返った神山が見たのは普段通りのあざみだった。ただ、彼は若干彼女の目が話を聞きたいように見えた。

 

「アナスタシアの事、少し進んだよ」

「ホント? さすが誠十郎」

「ただ、思っていた以上に大変そうだ。だから、もう少し任せてくれないか?」

「分かった。誠十郎を信じる」

「ああ、期待に応えてみせるよ」

 

 力強く頷く神山を見てあざみも頷き返し彼の向かいの席へと座る。

 そして両足をブラブラと動かしながら彼の肩越しに廊下を眺めた。

 

(誰かを待っているのか?)

 

 心なしかワクワクしているようにも見えるあざみに小さく笑みを浮かべ、神山は食事を進める。すると、神山が食べ終わろうとした辺りであざみが椅子から勢いよく飛び降りた。

 

「アナスタシアっ!」

「あら、あざみじゃない。待たせてしまったかしら?」

「そんな事ない」

 

 振り返った神山が見たのは嬉しそうにアナスタシアへ話しかけるあざみの姿と、そんな彼女へ苦笑するアナスタシアだった。

 

「そう。あら、キャプテンじゃない。おはよう」

「あ、ああ、おはよう」

 

 昨夜の事などなかったかのような反応に戸惑いつつ、神山は何とか返事をする事が出来た。

 

「二人でどこか行くのか?」

「今日はミンメイに会いに行きがてらアナスタシアと銀座散策!」

「あざみが私に色々と教えてくれるのだそうよ」

「へぇ、それは楽しそうだ。いつか俺も教えてくれるか?」

「うん、誠十郎にも教えてあげる。さくらや初穂にクラリスにも」

「じゃあ行きましょう。じゃあねキャプテン」

「楽しんできてくれ」

 

 手を繋いで歩いていく二人を見送って神山は席を立つ。その手に空になった食器を持ち、一度だけ後ろを振り返る。

 

(……家族を失った自分でいたくない、か。そういう意味ならアナスタシアにとってあざみはそれを強く思い出させるんじゃないだろうか? なのにアナスタシアはあざみといる事を苦に思っていない。それは……何故だ?)

 

 そこにアナスタシアの心の影を払う手がかりがある。そんな気がして神山は後片付けを終えて自室へと戻った。

 そしてそこで机の上に置いてある一冊のノートへ目が留まる。

 

「……返しておくか」

 

 それはクラリスから渡されたノート。彼女の書いた物語が書かれていたもので、内容は没落した王国を留学から戻ってきた王子が立て直す物だった。

 神山はそれを読んで帝劇の事を題材にしたのだろうと思っていた。ただ、それでは王子を支える妹がいて名前がクリスとなっている。

 神山は知らないが、それはクラリスが自分をモデルに描いた役であった。妹だからこそ結婚などは出来ない。出来ないのだが、それ故に……という描写が要所要所に描かれている。

 

 ノートを手に神山はクラリスの部屋を訪れると、ドアを開けて顔を見せたクラリスへノートを差し出して感想を述べた。

 それを聞いて嬉しそうに笑みを見せるクラリスだったが、ならとばかりに新しいノートを差し出したのだ。

 

「も、もし良かったらこれも読んでくれませんか?」

「また新しいのを書いたのか? 凄いじゃないか」

「そんな事ないです。私をこうしてくれたのは神山さんですから」

「俺?」

「はい。神山さんが、私の目を周囲へ開かせてくれたんです。それで私の世界は広がりました。見るもの、聞くもの、全てが変わったんです」

 

 微笑むクラリスに神山は照れくさそうに後ろ手で頭を掻いた。と、そこでふと思い出した事があった。

 

(そういえば、アナスタシアは自分が変化していないと言っていた。でも、クラリス達もそう思っているんだろうか? 俺は彼女の事をそこまで見てきている訳じゃない。同じ役者として長く同じ時間を過ごしているみんなに聞いてみよう)

 

 自分へ失望しているようなアナスタシア。その自己評価と同じ役者仲間達の評価が合っているのか。それを神山は知ろうと思ったのである。

 

「アナスタシアさんが変化したか、ですか?」

「ああ、何か感じた事はあるか? 彼女が帝劇に来てから何でもいいんだ」

 

 神山の言葉にクラリスは考え込むような姿勢を取る。と、そこへ階段を上がってさくらと初穂が姿を見せた。

 

「あれ? 神山さん?」

「クラリスと何話してんだ?」

「丁度良かった。さくら、初穂も少し教えて欲しい事があるんだ」

 

 こうして二人も神山からアナスタシアの変化などを聞かれ、揃ってその場で考え込む。それを見て神山は不安を覚えていた。

 クラリスだけでなくさくらや初穂まですぐにアナスタシアの変化などが出てこないとなれば、それは即ち本人の評価がゆるぎないものとなるからだ。

 

 だが、それはどうやら違うらしいと神山は気付いた。三人は難しい顔をしているものの、そこから感じられる空気は言う事がないというより言っていいものかと迷っている風に神山には感じられたのだ。

 

「何でもいいんだ。些細な事でいいから」

「どうしてそこまで知りたがってるんだよ?」

「そうですよ神山さん。アナスタシアさんの変わったところってそこまで知りたいものですか?」

「わたし達も思いつかない訳じゃないですけど、そこまで聞かれると気になります」

 

 三人の言葉に神山は自分の想像が間違っていなかったと確信し、ならばと口を開いた。

 

「実は、アナスタシアが自分はここに来てから何も変われていないと不安を抱いている。それが原因で自分を追い込み始めているんだ」

「アナスタシアさんが……不安を?」

「嘘だろ? 自信が服着て歩いてるような奴だぜ?」

「は、初穂さん……」

「そ、それは言い過ぎだよ」

 

 信じられないという顔をする三人だったが、初穂の言い方にクラリスとさくらが若干苦笑する。神山さえもその例えに理解出来るためか苦笑いを浮かべるしかない。

 

「だけど、そうだな。ならアタシから言えるのは、ここに来てから今までで変わったのは、アタシらへ声をかけてくれる事が増えたなってとこか」

「あ、うん。それは思う。最初の時は最低限だったけど、今じゃすぐに気付いた事や思った事を言ってくれる」

「作業の手伝いも最近は自分からやってくれますよね。最初の頃は一人で台本を読んでいる事が多かったですけど」

「そうそう。あいつ、織姫さんと同じで一人でいる事多かったよな」

「でも真夏の夜の夢の時には手伝ってくれるようになりました」

「うん、わたし達と一緒に衣装の手直しをしてくれたりね」

 

 三人の会話を聞きながら神山は安堵していた。

 

(アナスタシアはやはり変化していたんだ。本人はそれを自覚していなかったか、あるいは変化と捉えていなかったのか……。とにかく、これで少しでもアナスタシアの気持ちを上向かせる事が出来れば)

 

 アナスタシアと話をするための材料は得た。そう判断して神山が三人と会話を続けている頃、アナスタシアはあざみと二人で神龍軒を訪れていた。

 神山に言われていたミンメイと親交を持つためにである。店先で掃除していたミンメイは初めて面と向かってあざみと話す事になって困惑していたが、やはり年齢がこれまでの者達より比較的近い事もありミンメイもあざみもぎこちないながらも会話を交わし続けた。

 

「ホントにいいのかよ? トップスタァのあんたに掃除とかさせて」

「いいのよ。こういうのも演技に役立つわ」

「……そうか。なら頼む。俺は店の中にいるから何かあったら言ってくれ」

 

 ミンメイをあざみと過ごさせてやるため、彼女の仕事をアナスタシアが代わりに引き受けていたのだ。

 シャオロンはそれに若干申し訳なさそうにしていたと、そういう訳だった。

 あざみはミンメイと共に店内で会話に興じている。その手にはあざみが持参したみかづきの饅頭が握られていた。

 

「あ、あざみさんは忍者なんですか?」

「そう。私は忍者」

「……凄いです。私にも何か出来る事とかないですか?」

「ミンメイに?」

 

 キラキラと憧れにも似た眼差しで見られ、あざみは生まれて初めての感覚を味わっていた。

 今まで彼女が忍者を自称した時、それを無条件で信じた者はいなかったのだ。そんなあざみが初めて出会った純真無垢な瞳を持つミンメイ。

 そんな彼女の願いを聞いてあざみは今までで一番頭を回転させていた。何かないかと。何かミンメイにも出来る忍術はないだろうかと考え、思い付いたのはある意味忍術ではないものだった。

 

「じゃあ、手裏剣の投げ方を教えてあげる」

「しゅりけん?」

「そう。こういうもの」

 

 袖から瞬時に棒手裏剣を出してみせるあざみにミンメイは目を見開いて驚いた。

 だが、さすがに店の中で投げる訳にはいかない。そう考えたミンメイはあざみにその場で待ってもらうと席を立った。

 

「あ、あの、隊長」

「ん?」

 

 仕込みをしていたシャオロンへ声をかけ、ミンメイは一度だけあざみを見た。

 

「す、少しだけ出かけてもいいですか? あざみさんにしゅりけんの投げ方を教えてもらうんです」

「手裏剣だぁ?」

「はい。だ、ダメですか?」

 

 そこでシャオロンは若干の間を置いて息を吐くと共に笑みを浮かべた。

 

「いいぜ。行ってこい。ただし、昼までには帰ってきてくれよ?」

「っ! はいっ!」

 

 嬉しそうに返事をし、ミンメイはあざみのいる場所へと戻っていく。

 

「お待たせしました! お昼までは出かけてもいいのであざみさんの技を見せてくださいっ!」

「分かった」

 

 揃って店の外へ出るとそこには箒を手にしたアナスタシアがいた。その顔が店から出て来た二人へ向く。

 

「あら、もういいの?」

「えっと……」

 

 何か言い辛そうなあざみを見てアナスタシアは何かを察したように苦笑する。

 

(まるで母さんに遊びに行きたいと言い出せない時の私みたいね)

 

 脳裏に浮かんだ懐かしく切ない記憶。それを愛しく思いながらアナスタシアは、かつての自分がしてもらったようにあざみへ愛情を注ぐ言葉をかける事にした。

 

「あざみ、私はいつでも貴方に付き合えるから。今はその子に時間を割いてあげなさい」

「いいの?」

「ええ。ミンメイはいつまでもこの街に居る訳じゃない。なら、今を大切にしてあげなさい」

「……うん。ありがとうアナスタシア」

「あ、ありがとうございます」

「いいのよ。二人共、気を付けて遊びなさい」

「遊びじゃないから。行こう、ミンメイ」

「あ、はい!」

 

 あざみが差し出した手を掴み、ミンメイは彼女と二人笑顔で走り出す。その背中を見送ってアナスタシアは苦笑していた。

 

(私とあの子の幼い頃を思い出すわね。ああやってよく二人で遊んでいたっけ)

 

 少しだけ、少しだけ遠い目をして小さくなっていく二つの背中を見つめるアナスタシア。その背中にかつての自分と妹を重ね合わせ、微かに胸へ走る痛みを噛み締めながら。

 

「なぁ」

 

 そこへシャオロンが顔を出した。

 

「何?」

「あいつに、神山に言っとけ。今回のやり方は大したもんだってな」

「よく分からないけど、伝えておくわ。それと、ここの掃き掃除が終わったら次は何をすればいいの?」

「特にないぜ。ありがとな」

「どういたしまして。箒、お返しするわ」

 

 笑みを共に箒をシャオロンへ手渡し、アナスタシアはそこから歩き出した。特に行先も決めていなかった外出だったが、あざみがいなくなったのなら一旦帝劇へ戻ろうと思い、彼女は来た道を戻る。

 夏の日差しを浴びながらアナスタシアは手で日よけを作るように動かした。照り付ける太陽に彼女は表情を少しだけ歪めながら歩き続ける。

 

 道行く人から時折声をかけられ、あるいはサインを求められ、アナスタシアはそれに笑顔で対応していく。

 それは彼女がスタァとなった頃から一切変わる事なく続けている行動だった。舞台で輝くには自分の力だけでなく周囲の、観客の後押しも必要なのだと分かっているからだ。

 ただ、それだけでなく彼女自身も昔はその側だったと分かっているのもある。スタァ達に憧れ、彼らと舞台を共に出来るとなった時は喜びを感じたものだった。

 その時だけはアナスタシア・パルマであっても悲しい現実を忘れられる貴重な時間だった故に。

 

(こんな私でもまだ周囲にはトップスタァと思われているのね)

 

 ファン対応をしながらそんな事を思うアナスタシア。もし彼女がすみれや織姫のような性格であれば決してそんな考えにはならなかっただろう。

 だが、アナスタシアは元々プライドが高い人間ではない。彼女達のように常に自信に満ちて生きていけるような性格ではないのだ。

 

 帝劇へ戻ってきたアナスタシアは食堂を通過し二階へと向かい自室を目指す。

 

「おかえりアナスタシア」

「キャプテン……」

 

 待ち構えていたかのような神山に軽く驚きつつ、アナスタシアは彼の表情から何かを悟ったのか小さく苦笑してみせた。

 

「とりあえず、私の部屋へ来てくれる? 話があるのでしょ?」

「ああ。お邪魔させてもらうな」

 

 アナスタシアに案内されるまま彼女の部屋へ神山が入る。相変わらずあまり物がない部屋ではあるが、一つだけ以前と異なる事に神山は気付いた。

 

「アナスタシア、あれは……」

 

 神山の視線の先にあるもの。それは饅頭が乗せられた小さな皿。以前まではなく、そしてアナスタシアが自分用に置いているとも思えないそれを見て、神山は彼女が何を意図して置いているかを予想しながら問いかける。

 

「ああ、それ? あざみのためにあるのよ。あの子、おまんじゅうが好きだから」

「買いに行ってるのか?」

「ええ。歌舞伎を見に行った帰りなんかにね」

 

 笑みを浮かべるアナスタシアに神山はここにも彼女の変化があったと感じていた。

 

「アナスタシア、昨日君は自分に変化した事なんてないと言っていた。だが、そんな事はなかったんだ」

「……一晩明けて何か見つかったの?」

「俺は正直今見つけた。だけど、それより前からみんなが見つけてくれていたんだ」

「みんな……?」

 

 そこで神山から語られるさくら達が感じたアナスタシアの変化。

 それらを聞いて彼女は瞬きをするしかなかったのだ。

 何故ならそれは彼女が変化だと思っていないものだったからだ。あるいは本人さえも変わったと思わずしていた事だった。

 

 それは逆に言えば周囲がそれだけ自分の事を見ていたと言う事にほかならず、更に言えばアナスタシアがさくら達を変化したと思っていたように、彼女達もまたアナスタシアが変化していると思っていたという事。

 

「それに、ここまで分かり易い変化はないだろ?」

「え?」

 

 神山が指さしたのは饅頭の乗った皿。あざみのために用意しているという、それが何よりの変化だと彼は思ったのである。

 

「あざみが部屋に来るまで懐いてるなんて、それが何よりの変化と言えるだろ?」

「……そう、かしら?」

「それに、帝劇に来てから君は色んな人と繋がりを持ち始めた。エリスさんという愛称で呼んでくれる同好の仲間や、あざみという妹のように可愛がる存在がいる。これは、ここに来る前にはいなかった相手じゃないか?」

 

 それについてはアナスタシアも反論は出来なかった。親しいと呼べる相手などこれまで皆無だったのだ。

 だが、それは人としての変化だ。彼女が欲しいのは役者としての変化である。

 

「キャプテン、ありがとう。でも、私は女優としての変化を遂げたいの」

「それも、今遂げている最中だと俺は思うぞ」

「え?」

「人として変化し続ければ、それは役者としての変化にも繋がるんじゃないか? それに、君は以前こう言った。言葉の意味が分かっていなければ台詞に説得力が出ないと。それは人間にも似た事が言えるんじゃないか?」

「……人として変化出来ないと役者としての変化は出来ない?」

 

 その言葉に神山は静かに頷いた。

 

「何の役をやるにも基本にあるのは君自身のはずだ。アナスタシア・パルマという女性から出てくる演技なら、その本人が変化成長する事が役者としての変化や成長に繋がると思う」

 

 変化していない。どう成長したらいいか分からない。そう言っていたアナスタシアへ神山が告げたのは、今のままで過ごしていれば必ず変わっていくし成長していけるはずというものだった。

 それを聞いてもアナスタシアはまだ心の影を払拭する事は出来なかった。ただ、幾分かそれを晴らす事は出来たと言える。

 

「……そう、かもしれないわ」

 

 その時浮かべた笑みは、あの日舞台でおにぎりを食べた時の笑みに近いと神山は感じ取って少しだけ安堵の息を漏らす。

 

 室内に穏やかな空気が流れる。その雰囲気に神山は自分もアナスタシアと同じ時間を過ごそうと考えた。

 

「なぁ、一ついいか?」

「何?」

「歌舞伎を一緒に見に行かないか? 出来れば色々教えて欲しいんだ。俺は何せ見た事がなくてさ」

「キャプテンと?」

 

 思わぬ申し出にアナスタシアが瞬きする。だが、どうせ何も予定がないしと考えたのか、彼女は微笑みを浮かべて頷いた。

 

「いいわ。じゃあ行きましょう」

「よし、じゃあ先にロビーで待っていてくれ。支度をしてくる」

「分かったわ。じゃ、ロビーで」

 

 こうして神山が部屋を出た後、アナスタシアは皿に乗った饅頭を見つめて小さく微笑む。あざみとミンメイの背中を思い出したのだ。

 

「今頃どこで何をしてるのかしら?」

 

 そう呟いて彼女は再び部屋を出ると階段を下りて中庭を通過してロビーへと向かおうとした。

 と、その足が窓の外の景色を見て止まる。

 

「ふふっ……そう、そこにいたのね」

 

 彼女の視線の先では、あざみがミンメイと中庭で丸太を的に手裏剣投げを練習していたのだった。

 その光景にあざみらしさを感じると共に自分の幼い頃との違いをまざまざと見せつけられて、アナスタシアは口元を隠すように笑う。

 中々丸太へ当てられないミンメイにあざみは親切に手取り足取りコツを教えていく。その光景はアナスタシアの記憶にある妹とのやり取りにどこか似ていた。

 

「人との関わりで人は成長する、か。本当にそうだわ……」

 

 帝劇では最年少のあざみも、それより下のミンメイといる時はお姉さんとなる。

 そしてそれをあざみは気付いていないだろうとアナスタシアは思った。

 それが自分の変化だったのだとも。無意識の変化。それはある意味で自然な成長と言える。

 

「……もがき足掻く事だけが成長じゃないのね」

 

 時には流れに身を任せてみるのもいいのかもしれない。そう思ってアナスタシアは歩き出す。

 ロビーで神山と合流したアナスタシアは共に外へ出て歌舞伎座を目指した。その道中、アナスタシアはシャオロンの言葉を彼へ伝えていた。

 

「そうか。シャオロンがそんな事を……」

「ええ。でも、キャプテンは純粋にあの二人の事を考えたのでしょ? 年少だから周囲に年が近い相手がないもの」

「勿論それはある。というか、俺もミンメイと話すまで見落としていたんだ。あざみはまだ子供だ。これは見下しているんじゃない。本来なら戦いなんてものとは無縁の場所にいてもらわないといけない存在だって事だ」

「ええ、分かるわ」

「だけど、あざみもミンメイも霊力があると言う一点で大人でさえ辛い環境へ身を置いている。それを俺達は支えているし本人達も頑張っている。だからって、子供としての時間を奪っていい訳じゃない。立場や状況的に同世代や同年代と触れ合うのは難しいかもしれないけど、叶うのならそういう時間を作ってやりたいって、そう思ったんだ」

 

 周囲の年長者達に負けまいと努力している二人の少女。その頑張りを一時でもいいから忘れさせてやりたい。

 それが神山のあざみへの願いの根底であり、ミンメイとの触れ合いで抱いたものであったのだ。

 

 そしてそれはアナスタシアが両親から感じ取っていたものと同じ気持ちだった。

 

「……そうね。もっとあざみやミンメイは子供でいていいわ」

「ああ。だからきっとあざみは君へ懐いたんじゃないかな?」

「え?」

「君には妹さんがいたんだろ? だからあざみは感覚で分かったんだ。君が自分を妹として可愛がってくれているのが。優しく綺麗な姉。あざみも両親を小さい頃に失っている。だからきっと家族というものへ密かな憧れというか、理想みたいなものがあるんじゃないかと思う」

「家族への憧れや理想……」

 

 アナスタシアの胸を打つ言葉だった。彼女は家族を知っている。その温もりを、有難さを知っている。

 それをあざみは知らない。そう思うとあの小さな体でどれ程の悲しみを経験してきたのかと胸が苦しくなるのだ。

 

「キャプテン、あざみに家族はいないの?」

「お祖父さんがいる。覚えているかい? あの仮面を着けた人だ。あの人だけがあざみに残された唯一の肉親だ」

「そう、良かったわ。一人でも家族がいて」

 

 噛み締めるようなその発言に神山は笑みを浮かべて小さく首を横に振った。

 

「いや、多分あざみにとっては家族は八丹斎さんだけじゃない。俺達も、いや帝劇があざみにとってはもう一つの家であり家族なんだと思うよ」

「私達が?」

「ああ。ほら、最初あざみは俺を隊長と呼んでいたじゃないか。それが八丹斎さんの一件から誠十郎って呼ぶようになった」

「そうね」

「それってさ、俺の事を隊長って言う役職じゃなく、誠十郎って言う人間として扱うようになったとも言えないか?」

「……そういう事」

 

 神山の言いたい事を察してアナスタシアは笑みを浮かべた。

 彼女は知っている。初穂も彼を隊長さんと呼んでいた事を。

 つまりあざみと同じく初穂も神山を隊長という扱いではなく、神山誠十郎という一人の人として扱うようになったのだと。

 

 役職で呼び合うのが華撃団という組織としては正しいのかもしれないが、苗字や名で呼び合う事で華撃団でありながら組織らしさが薄れていると言える。

 そして同じ場所で一つ屋根の下で寝起きを共に食事までとる事もある。これは家族と言えなくもない。

 そこでアナスタシアはやっと納得出来たのだ。何故帝劇を家のように思うのか。それはそういうところにあったのだと。

 

「そうなると、だ。あざみにとっては初穂は母親代わりの姉だろう。さくらは親しみやすい一番近い姉で、クラリスは物知りな姉」

「ふふっ、そうでしょうね」

「そして、君は一番優しくて大好きな姉か」

 

 そこでアナスタシアの足が止まる。神山もそれに気付いて足を止めた。

 

「私が……?」

「だと思う。今朝のあざみはいつ君が来るかを待ちわびていた。足をブラブラさせて目をキラキラさせていた。あれは俺やさくら達にだって見せない」

「……おまんじゅうをくれるからじゃない?」

 

 どこか信じられないアナスタシアはそう言って苦笑する。

 

「それだからこそ余計だ。初穂達は食べ過ぎるなと注意するのに、君だけがそう言わない」

「言わない事はないわ。ちゃんと考えて食べなさいとは言うけど」

「俺ならまず食べさせない。そこが下の兄妹がいた人間なんだと思う。頭ごなしに駄目と言うんじゃなく、ちゃんとその目線になって、どう言えば一番心に響くかを知ってるんだな、アナスタシアは」

 

 そこで神山はアナスタシアへ顔を向けて笑みを見せた。

 

「俺には慈愛の女神って感じがするよ。あざみには君の優しい心や気持ちが見えているんだろうな」

「っ!? ちょ、ちょっと言い過ぎよキャプテン。お世辞が過ぎるわ」

 

 照れくさそうに顔を背けて歩き出すアナスタシア。その足は若干速い。

 それに軽い驚きを見せた神山だったが、このままでは置いて行かれると理解するや慌てて歩き出した。

 

「ま、待ってくれアナスタシア!」

「嫌よ。女をおだてていい気分にさせようなんて男、私は嫌いなの」

「お、おだててなんてないぞっ!」

「じゃあ口が上手い男が嫌い」

「俺のどこにそんな要素があるっ!」

「あら、意外とありそうよ。逃げ出した初穂を連れ戻したり、織姫さんに気に入られたりしたじゃない」

「初穂の事はともかく織姫さんは終始モギリって呼んでたのにかっ!?」

 

 ずっと笑みを浮かべながら歩くアナスタシアと、その背を何とか追い続ける神山。その距離感は縮まる事なく歌舞伎座まで二人の会話は続くのだった。

 

 

 

 昼近くとなった歌舞伎座前。その隅で道行く人々の邪魔にならぬようにしながら感想を述べ合う者達がいた。

 

「今回も素晴らしかった。もう何度も見ているのに新しい発見がある」

 

 胸に手を当て目を閉じて話すのはエリスであった。

 歌舞伎座まで来た神山とアナスタシアだったが、そこでエリスと遭遇。神山が初めて歌舞伎を見ると聞き、ならばと彼女も二人に合流、先程まで三人で歌舞伎を堪能していたのである。

 

「本当ね。むしろ何度も見ているからこそ気付ける気がするわ」

「ああ、まったくだ。飽きがこないと言うのは凄い」

「私達もああいう舞台をやりたいものね」

「同感だ。それで神山、君はどうだ?」

「俺ですか? そうですね……」

 

 エリスの問いかけに神山は腕を組んだ。実は観劇後からエリスは彼の事を呼び捨てで呼ぶようになっていた。

 そこには観劇前に神山が“神山隊長”というのは堅苦しいので呼び捨てで構わないと告げた事も関係している。

 アナスタシアの事もあっさりとアーニャと呼ぶようになったエリスは、ならばと遠慮など一切なく呼び捨てるようにしたのだ。

 

「色々と演出の参考になりました。それに、日本人として今まで見ていなかった事を後悔する程面白かったですね」

「演出?」

「キャプテンは前回から舞台演出をしているのよ」

 

 その一言にエリスは目を何度も瞬きさせて神山を見た。

 心の底から驚いたというそれに、神山は何故か少しだけ照れくさいものを感じていた。

 

「そ、そこまで驚きですか?」

「え? あ、す、すまない! てっきりモギリだけをしていると思っていたからな」

「前回はお試しに近いものだったんですが、やってみると思った以上に面白くやりがいがあって」

「で、入れ込み過ぎて初日の終演後に舞台袖でへたり込んでいたの。役者の私達よりも緊張して安堵する演出なんて初めて見たわ」

 

 思い出し笑いを浮かべるアナスタシアに若干恥ずかしそうに頭を掻く神山。

 その二人を見てエリスも苦笑した。

 

「そうだったのか。神山は意外と情けないんだな」

「この件に関しては否定は出来ません……」

「ふふっ、あははっ、そうか、この件には、か」

「ええ。演出家としての俺は情けないですから」

「だが隊長としての君はそうではない。ああ、そうだな。私はそれをよく知っている」

 

 その瞬間エリスの目がそれまでと異なるものへ変わった。それに神山も真剣な眼差しを見せた。

 

「倫敦華撃団戦、見事だった。誰もがあの桜武へ目を奪われていたが、私達は違う。騎士団長アーサーを相手に一歩も引かずに渡り合った君は強い。何せ君は今年初めて華撃団の隊長に任じられた。それが上海華撃団と倫敦華撃団を打ち破っている。マルガレーテも言っていたよ。今の帝国華撃団は警戒が必要だと」

「そうですか。十パーセントと言われていましたからね。まずはそれを覆せた事を喜びます」

「ああ、見事だ。まさか本当に決勝まで来るとはな。アーニャへ直接相対したいと言ったが……」

「驚いたでしょう? 伯林の三連覇は私達が阻止してみせるわ」

「そうはいかない。帝国華撃団の復活、それを世界中に示したい気持ちは分かる。だが、申し訳ないがそれは私達の三連覇の影になる」

 

 先程までの和やかな空気は一変し一触即発のものへと変わった。睨み合うように互いに見つめ合うアナスタシアとエリス。

 

「この話はここまでにしませんか。それと、もっと色々歌舞伎の事を聞きたいので場所を変えましょう。一度行ってみたい店があるんです」

「「行ってみたい店?」」

 

 神山の言葉に二人の空気がまた変わり、それに内心安堵して彼は先導するように歩き出した。

 神山の目指す店までの道中、三人の話題はやはり歌舞伎だった。

 日本人でありながら歌舞伎初心者の神山からの質問疑問へ、ギリシャ人のアナスタシアとドイツ人のエリスが答えると言う何とも奇妙な光景ではあったが、それ故に会話は途切れる事なく弾んだ。

 時には二人がよく分からなかった歌舞伎の演出を日本人の神山が理解し解説するという場面もあり、歌舞伎好きの二人にとっても有意義な時間となったのだ。

 

 そうして神山が二人を連れて来たのは白秋にも教えた煉瓦亭だった。

 

「中々お洒落な店ね」

「ああ、こういうのを何と言ったか? モデル?」

「モダン、ですね」

「ああ、それだ。良い雰囲気の店だ」

 

 案内されたテーブルは四人掛けで、神山が一人で座る向かいにエリスとアナスタシアが座る。

 そして早速とばかりにメニューを片手に二人の女性はあれこれと話し始めた。

 

「このハヤシライスと言うのは何だ?」

「ライスって事は白米、よね? ハヤシって……何かしら?」

「オムライス……これは?」

「これは帝劇のメニューにあるから分かるわ。オムレツの中にケチャップで味付けした炊いた米が入っているの」

「そうか。それは美味そうだ」

「あら? これは……初めて見るわ」

「どれだ?」

「これよこれ。カツカレーって何かしら?」

 

 神山は目の前の二人を眺めて苦笑していた。

 

(これが場所が場所なら大騒ぎになる二人のスタァとは思えないな)

 

 結局神山が教える事となり、説明された二人はならばとハヤシライスとカツカレーを注文した。

 エリスがハヤシライスを、アナスタシアがカツカレーを食べる中、神山はオムライスを食べる。

 途中二人が互いの料理を一口ずつ分け合うのを見て神山は一人微笑むのだった。

 

「では、私はこれで」

「ええ。楽しかったわ」

「私もだ。神山、また機会があれば共に歌舞伎を見よう」

「ええ。その時は是非」

 

 煉瓦亭前でエリスと別れ、神山は隣のアナスタシアへ顔を向けた。

 

「帝劇へ帰ろうか」

「……帰る、ね」

(今の私にとって帝劇は帰れる場所。帰ってきても、いい場所。だけど、私が帰りたい場所はまだ……)

 

 だが、神山の言葉に対してのアナスタシアの反応は予想と違っていた。

 それに戸惑う彼へアナスタシアは少しだけ影のある笑みを浮かべた。

 

「もう少しだけ付き合ってくれないかしら?」

 

 

 

 昼を過ぎても陽射しが弱まる事はなく、多少勢いを落としたぐらいでまだまだ暑い事に変わりはない。

 蝉しぐれが煩い程鳴り響き、それでも人の行き来は鈍る事もなく往来は活気に満ちていた。

 それを肌で感じながら、神山は木陰の下にある公園のベンチへ座っていた。その隣には当然アナスタシアがいる。

 

 ただ、そこに座って五分以上が経過しているのに未だに彼女は何も話そうとはしない。

 神山はそれでも急がせるつもりはないとばかりに行き交う人々の様子を眺めていたのだ。

 

「……ねぇキャプテン、覚えてる? スパイ騒ぎの時の事」

 

 そんな中、ようやくアナスタシアが口を開いて問いかけたのは、神山がどこかで忘れようとしていた話であった。

 

「……覚えてるが、それがどうした?」

「妙だとは思わない? 何故夜叉は帝劇へ来て何もせずに帰ったのか」

「まぁ、それは思う」

 

 帝剣を探しに来たであろう夜叉。それが何故か何もせずにただ帰っていた事。それが神山も腑に落ちない事ではあったのだ。

 

「あれは、実は何もせずに帰ったんじゃなくて出来なかったのよ」

「どうしてそう思う?」

「簡単よ。聞いたの。人づて、いえ降魔づてかしら?」

 

 全ての音か消えた――ような気が神山にはした。告げられた内容にはそれだけの破壊力があった。

 驚きに包まれる神山の顔へ目を向ける事もなく、アナスタシアは言葉を続けた。

 

「彼は言ってたわ。夜叉は帝剣を見つけようが見つけられなかろうが格納庫を破壊するつもりだったって。でも、出来なかった。理由は教えてくれなかった。ただ出来なかった事だけは教えてくれたわ」

 

 淡々と死んだような目でどこともつかぬ場所を見つめながらアナスタシアは告げた。

 動揺を隠しきれない神山へ彼女は顔を向けると小さく笑った。それは挑発的な笑み。

 

「ねぇ、どうするのキャプテン。ここにスパイがいるわよ。降魔と繋がってるスパイが」

 

 以前自分が言っていた言葉。それを思い出してのアナスタシアの言葉だと神山は察した。

 

「…………何故その事を俺に?」

「キャプテンが言ったのよ? 悪人だろうと事情次第では手を差し伸べるって。なら、見せてもらおうと思ったの」

「どうして降魔へ協力する?」

「家族の話はしたわよね? 私に彼は言ったの。自分に協力すれば家族と会わせてやるって。勿論私も最初は信じられなかった。すると、彼はその場で死んでいた人間を生き返らせてみたの」

「……それで相手を信じてスパイに?」

「ええ。でもそのためにはそのままでは駄目だった。彼は言ったわ。演劇方面で力を示せ。そうすれば私の願いを叶えてやるって」

「それで役者に……」

「役に向き合っている間は私を忘れられるのも良かった。家族を失った事を忘れて、別の人間になり切る。例えその役が不幸でもいいの。だって、舞台が終われば不幸も終わる。幸福も終わる。全ては幕と共に終わる。私の人生だけがその時に戻ってくるだけ」

 

 どこか芝居がかった言い方ではあったが、神山は何も言わずただ真剣な表情でアナスタシアを見つめ続ける。

 

「そして、それもあってか私は気付けばスタァの一人になっていた。だけどやはり倫敦華撃団や伯林華撃団の本拠地へは足を踏み入れる事が出来なかった。でも、何とか巴里華撃団へは潜入する事が出来たわ」

「……機密を狙っていたのか?」

「そうよ。ただ、劇場へ潜入は出来ても肝心の場所へは行けなかった。思った以上にオーナーが曲者だったし、二人の秘書も優秀だったの。それに、中々一人で劇場内を動けなかったし」

「……もしかして、エリカさんと言う人か?」

「ええ。意識しているのならこちらも強く言い出せたのだけど、あの人は無意識に私へまとわりついてきたの。何でもロベリアって人にどこか似た感じがするって。周囲に聞いたら髪色が一緒ってだけらしいわ」

 

 言い終えて苦笑するアナスタシア。そこで神山は気付いた。アナスタシアに感情が戻ってきている事に。

 

「そして帝劇に来た?」

「そうよ。帝剣がきっと隠してある。それを見つけ出せって」

 

 そう言ってアナスタシアは息を吐いた。それはまるで言いたい事を全て言った解放感からの行動に神山には見えた。

 

「アナスタシア、本当にそうなのか?」

 

 真剣な眼差しで問いかける神山。その眼差しを正面から受け止めアナスタシアは頷いた。

 

 しばらく二人の間に言葉はなかった。

 ただ蝉しぐれだけが鳴り渡り、夏の暑さに二人の額に汗の珠が浮かぶ。

 それがゆっくりと流れ落ち、首筋へと流れていく。

 

「……事情は分かった。アナスタシア、俺はそれでも君を責めるつもりはない」

「どうして?」

「君の気持ちが少しは分かるからだ。誰だって家族を望まぬ形で失い、その家族とまた会えると言われたら、しかも目の前で奇跡のような事を見せられれば縋りたくなる。それが、例え闇にその身を落とすとしても」

「キャプテン……」

「悪いのは君じゃない。いや、君だけじゃない。君へ悪事に加担するように言った降魔がそもそもの悪だ」

「でも、私は現に彼らへ手を貸したわ」

「それと同じぐらいかそれ以上に君は俺達と共に降魔と戦った。この街を、人を、守ったじゃないか」

 

 静かに、だが力強く神山は断言した。

 

「アナスタシア、例え君がスパイだったとしても俺は君を敵だなんて思わないし思えない。君が舞台に賭けていた情熱を知っている。あざみへ向けていた優しさを知っている。俺達へ、帝劇へ寄せていた気持ちを知っている。だから、俺は君を責めるつもりはない」

「……キャプテン」

「家族ともう一度会いたい。それは分かる。でもこれだけは聞いてくれ。俺が言っても説得力はないかもしれないが、本当にアナスタシアの家族は君を悪の手先にしてまで甦る事を望むだろうか? 君のその手を悪事に染めさせたと知って心を痛めないだろうか? 俺はそこが怖いんだ。例え再会出来たとしても、本当に君達は笑顔を見せ合えるのか?」

 

 神山の言葉にアナスタシアは目を見開いていた。想像していた展開と異なったのだろう。

 もっと責められると、もっと罵られると思った。裏切り者と突き放されると思っていた。

 そんな気持ちがアナスタシアの表情からはアリアリと浮かんでいたのだ。

 だが、そこでアナスタシアが顔を伏せた。これ以上顔を見せていられないと思ったのだろうか。

 それとも、家族の事を言われ心が痛んだのかもしれない。

 神山はアナスタシアの様子に胸を締め付けられながらも、これだけははっきりさせたいと思って彼女へある問いかけをした。

 

「アナスタシア、教えてくれ。君にそんな事を言ったのは誰だ? どんな降魔だ?」

 

 両肩をそっと掴み、神山は静かに問いかける。答えて欲しいと、そう願って。

 

「それは……」

「それは?」

 

 俯いたまま答えるアナスタシアへ神山は真剣な表情で先を促す。

 

「……プレジデントGよ」

「なっ!?」

「なんてね。どう? 私の迫真の演技は」

 

 神山が思わず驚きで目を見開いた瞬間、アナスタシアが顔を上げるとウインクと共にしてやったり顔で彼へ笑いかける。

 完全に何の事か分からず、神山は目を何度も瞬きさせるのみ。そんな彼へアナスタシアは楽しげに笑う。

 

 全ては自分の即興の芝居だったと。舞台演出を手掛けるようになった神山を試したのだ。そうアナスタシアは告げて目元を拭った。

 

「ふふっ、キャプテンが本気で信じるものだからおかしくって涙が出て来たわ」

「しゅ、趣味が悪いぞアナスタシア……」

「ごめんなさい。あまりにも反応がいいものだからつい熱が入っちゃったの。許してくれると嬉しいわ」

「ったく、これが俺じゃなかったら大騒ぎだったぞ?」

 

 呆れ気味にそう言って神山は立ち上がる。そして汗を拭うと視線をカフェへと向けた。

 

「汗も掻いたし、あのカフェでちょっと涼んでいこう」

「いいわね。キャプテンの奢り?」

「そんな訳ないだろ。むしろさっきのお詫びに飲み物を奢ってくれ」

「仕方ないわね。一杯だけよ?」

 

 苦笑しながらアナスタシアも立ち上がり、二人はカフェへと向かって歩き出す。

 手で日よけを作りながら歩く神山へ視線をチラリと向け、アナスタシアは小さく呟くのだ。

 

――ありがとう、キャプテン……。

 

 その呟きは蝉しぐれの中に包まれ誰の耳に入る事なく消える。

 その後、二人はカフェでゆったりとした時間を過ごす事となる。

 

「あ~っ、美味い!」

「大袈裟よ」

「夏の暑い日に人の奢りで飲む冷たいカフェオレは最高だっ!」

「もうっ、言い方」

「事実だろ?」

「クスッ……ええ、そうね。でもそこは嘘でも美人といるからだって言って欲しかったわね」

「成程……」

 

 苦笑するアナスタシアへそう返し、神山は少し考えて笑みを浮かべた。

 

「アナスタシア、君と二人で飲むカフェオレは最高だよ」

 

 キリっとした顔でそう告げる神山をアナスタシアは呆気に取られた表情で見つめる。

 しばらくそのまま二人は見つめ合い……

 

「プッ」

「おい、笑うのは酷いだろう」

 

 アナスタシアがその空気に耐え切れず吹き出して終わりを告げた。

 

「ご、ごめんなさい……。あまりにもキャプテンの顔が面白くて……ふふっ」

 

 笑いが堪えられないといった様子に神山は諦めた表情を見せてため息を吐いた。

 

(まぁ、アナスタシアが元気になってくれたのならいいか……)

 

 その彼の視線の先では、懸命に笑うのを押さえようとしてどうしても笑ってしまう、可愛いらしいアナスタシアの姿があった……。

 

 

 

 日も暮れ夜の闇が辺りを包み始めた頃、神山は一階客席から舞台上の読み合わせを眺めていた。

 愛ゆえにの台本が写し終わり五人による練習が明日から始まる事になったのだが、アナスタシアの呼びかけで軽い読み合わせだけでも今夜の内にとなったのだ。

 勿論アナスタシアがそんな事を言い出すのが珍しかった事もあり全員快諾して現状へ至る。

 そして演出を今回も担当する神山も同席する事にし、今彼の目の前では主役であるアナスタシアが初めての読み合わせにも関わらず熱を入れていた。

 

(凄いな……。アナスタシアの熱の入り方は、もう本番のようだ……)

 

 その熱量を受け、相手役のさくらも自然熱が入っていく。それはさながら初めてアナスタシアが主役を張った“ロマンシング”の雰囲気を思い出させるものがある。

 だが、それ故に神山だけでなく誰もが感じている事があった。あの頃よりもアナスタシアの感情の波や熱量が強くなっている事を。

 

(アナスタシアさん、全力だ。これはわたしも負けていられない……っ!)

(軽い読み合わせなんて思えない。これは本番さながらで挑まないと!)

(なんだなんだこの感じはよ。いいじゃねぇか。アタシも燃えてきたぜっ!)

(今のアナスタシア、カッコイイ。下手な男の人よりも男の人って感じがする……)

 

 かつては独りよがりにも見えたそれ。それが今はそうではなくなっている。何故ならさくら達もあの頃より成長しているからであり、何よりも……

 

(織姫さん、貴方が言っていた事が今ならよく分かるわ。あの頃の私はたしかに足りていなかった。みんなを、周囲を見て舞台を作っていく事の意味を分かっていなかった。ただ私が良い演技をしても駄目。私の演技を周囲が見て、負けないと、ぶつかろうとそう思えるような芝居をしないといけないんだって。ほんの少し、ほんの少しだけ誰かを想う事。それが良い舞台を作るために必要なんだわ)

 

 アナスタシア本人が変わっていたのだ。良い舞台を作る事だけを考えていた頃とは違い、今は“この仲間達”と良い舞台を作りたいと思う事で。

 

 白熱の読み合わせが終わる頃には見ている神山さえも手に汗を握っていた。

 まだ台本を手にしている状態ではあるが、その熱量は本番同様と言ってもいい程だったのだ。

 

「っかぁ~……読み合わせって感じじゃねーだろ、これ」

 

 初穂のどこか楽しそうな言葉に全員が苦笑した。

 

「ごめんなさい。気付いたら熱が入っていたの」

「でも楽しかったです」

「うん、楽しかった」

「早く台本を手放して動きたいですね」

 

 話す声はどれも明るく楽しさを宿している。今回は座長とも言えるアナスタシアの熱意。それを見て神山から彼女の不安を聞いていたさくら達は触発され、彼女を心配していたあざみも喜びを覚えていたのだ。

 

「みんな、お疲れ。読み合わせなのに見ていて圧倒されたよ。特にアナスタシアとさくらのやり取りは胸に迫るものがあった」

「ありがとうキャプテン。でも、これが始まり。これを基本に本番までどんどん磨いていくわ。ね、さくら」

「はいっ! さくらさんのクレモンティーヌに負けないように、わたしだけのクレモンティーヌを演じてみせますっ!」

 

 握り拳を見せるさくらに神山達が笑みを浮かべた時だった。その場に警報が鳴り響いたのだ。

 瞬間、弾かれるように誰もが走り出す。一瞬にして歌劇団から華撃団へと意識を切り換え、六人はダストシュートへと向かった。

 

 作戦司令室には大神を始めカオルとこまちもおり、既にいつでも出撃出来る体勢となっていた。

 

「司令、花組全員集合しました」

「ああ、ご苦労だった。さて、早速だがこれを見てくれ」

 

 大神がそう言った瞬間、カオルが何か操作をしモニターに映像を表示させた。

 そこには何とあろう事が荒吐が映し出されていたのだ。

 

「っ?! あれは朧の機体っ!?」

「嘘だろっ! あいつはあの時たしかに夜叉が握り潰したはずだっ!」

 

 動揺を隠せない神山達だが大神は冷静だった。

 

「落ち着いてくれ。かつて、俺達も一度倒した相手を反魂の術と呼ばれるもので蘇生させられて戦った事がある。もしかするとそれに似た妖術があるのかもしれない」

「ですが、あの時夜叉は朧に価値がないような事を言っていました」

「ああ。だが、忘れていないか神山。あの夜叉は何度かこう言っているな。自分と朧達は違うというような内容を」

「……まさかっ!?」

「そうだ。夜叉とは別にもう一体上級降魔がいる可能性がある。朧へ指示を出し、夜叉と手を組んでいる存在が」

 

 その指摘に誰もが息を呑んだ。ここに来ての新たな上級降魔の存在の可能性は重たい意味を持っていた。

 残りは夜叉だけと思い、その対策を進めてきた神山達。そこに未だ何も分からぬ上級降魔が存在し、それが夜叉と共に襲ってきたら。そうなれば苦戦は必死だろうと思ったからだ。

 

 更に言えばいくさちゃんを使った対夜叉戦は勝率こそ上がっているがそれでも確実ではなく、更に現実の夜叉は一度攻撃を受けたさくらから言えば、間違いなく強さは上だと感じていたのだ。

 

「待って。ならその降魔が潜んでいるかもしれない」

 

 やや躊躇いがちのアナスタシアの指摘に神山達はその可能性もあると納得するように頷いた。

 大神もそれに異を唱える事はなく小さく頷いてみせた。

 

「そうだな。どちらにせよ、出撃して撃退する以外にない。神山、出撃だ」

「はいっ! 帝国華撃団花組、出撃っ!」

「「「「「了解っ!」」」」」

「風組は翔鯨丸で出撃。花組の支援を頼む」

「「了解(や)っ!」」

 

 作戦司令室を出て行く神山達を見送り、大神は小さく呟く。

 

――黒だと思うが白も捨てがたい、か。織姫君の見立てが当たっている事を願いたいな……。

 

 

 

 荒吐が出現した深川の地。そこはかつてすみれとカンナを連れて大神が訪れた事のある洋館のある場所だった。

 その洋館の前を陣取るように荒吐が、そこまでの道を邪魔するように降魔達が蠢いていた。

 

「そこまでよ!」

 

 空から響く凛々しい声と共に六色の無限が地上へ降り立つと同時にその場の降魔達を薙ぎ払う。

 

「「「「「「帝国華撃団、参上っ!」」」」」」

 

 並び立つ六機の無限を見ても荒吐は微動だにしない。それは以前の上野公園での反応と同じだが、神山達はあの時とは状況も事情も異なると理解していた。

 ここには人はおらず、あの洋館も既に無人である事は判明しているのだ。つまり、ここでは上野公園の際にやった手段は意味を成さないのである。

 

『神山さん、どうしますか?』

 

 さくらの質問もそれを分かった上でのものだった。何故なら今の荒吐からはこれまでにない不気味さが漂っていたのだ。

 

『……周辺の降魔達を排除しながら慎重に距離を詰める。各機、常に朧の動向に注意を払うんだ』

『『『『『了解!』』』』』

 

 神山の指示を受け、それぞれに降魔を倒しながら荒吐へと接近していく。

 大神はその様子を一人作戦司令室で見つめ険しい表情をしていた。

 

(もしあれが朧だとすれば何故復活させた? そして復活させたと仮定すれば、一体何者がそれをやった?)

 

 かつて葵叉丹が復活させられた時、その背後には当時の陸軍大臣である京極慶吾がいた。彼は黒鬼会の首領であり、叉丹と同じく真宮寺さくらの父である真宮寺一馬も甦らせ、鬼王として操り手下としていた。

 その目的は当然帝国華撃団の一員であったさくらへの動揺を誘うためであり、且つ当時の司令である米田一基への精神的揺さぶりも兼ねていた。

 だが朧にそんな効果はない。更に甦らせる程の強さもない。ならば何故。それが大神の思考を占めていた。

 

 上野での沈黙とは質の異なる沈黙に不気味なものを感じつつ、神山達はその場の降魔達を全て倒す事に成功すると、ある程度の距離を取って荒吐を半包囲するように位置取った。

 そこまでなっても荒吐に動きはなく、神山達だけでなくそれを見ている大神達さえも眉を顰めた。

 

「朧っ! どうしてお前がここにいる! 上野で夜叉に殺されたはずだろうっ!」

 

 神山が叫ぶとやっと荒吐が反応を見せた。ただ、それは神山達の望んでいたものではなかった。

 

「朧デハ無イ」

「「「「「「「「「っ?!」」」」」」」」」

 

 聞こえてきたのは不気味な男らしき声。片言のようにも聞こえるそれに全員が息を呑む。

 

「我ハオ前達ヲ屠ル者ナリ」

「俺達を……屠る、だと?」

「夜叉じゃねーのかっ!」

「いえ、この声は男性のものです! くぐもっていて聞き辛いですけど、それだけは間違いないですっ!」

「フッフッフ……我ラ降魔ヲ人ノ感覚デ捉エヨウナド笑止。所詮人ハ自分達ノ定義ニ当テハメネバ理解デキヌ愚カナ生キ物ヨ」

「言ってくれる」

「わたし達は愚かなんかじゃない! 他の命を見下すそっちの方が愚かですっ!」

「ソウカナ? 自分達ノタメナラ他ノ生命ヲ踏ミ躙ルソチラコソ愚カダロウ」

 

 荒吐から聞こえる声に誰もが警戒心を抱く中、ただ一人アナスタシアはずっとその声に聞き覚えがあるような気がしていた。

 

(何かしら? この声、どこかで……)

 

 その時思い出すのはたった一人きりとなったあの忘れたい、忘れられない記憶。彼女が“アナスタシア・パルマ”でいたくなくなってしまった日の事だ。

 そうなってしまった彼女へ手を差し伸ばす誰か。その人物の声とその声がアナスタシアの中で重なる。

 

「……そういう事ね」

 

 納得したとばかりにアナスタシアは息を吐いた。だからこそ彼女は躊躇いなく無限の銃口を荒吐へと向ける。

 

『キャプテン、今はこいつを倒しましょう。おそらくだけど、こいつは機体を操ってるだけよ』

『機体を……。だが何故そう思う?』

『直接乗っているならとっくに攻撃してきてるはずよ。それがなかったのは、きっと私達の事をどこかから見ていたんだわ。そして満を持して今喋ってる』

『どうしてそんな事するんだよ?』

『さぁ? そこまでは分からないけど、逆に言えばそうじゃないとずっと身動き一つしなかった事に納得出来ないわ』

『本体はここではないどこかにいる?』

『多分ね』

 

 アナスタシアの推測に誰も反論はなかった。今は相手が誰かよりも現状をどうするかを優先するべき。その考え方はもっともだったのもある。

 

『神山さん! ここはアナスタシアさんの言う通りだと思います!』

『……そうだな。よし、全機攻撃開始っ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 攻撃の口火を切ったのはアナスタシアだった。その銃撃が正確に荒吐を捉えるも、その攻撃は見えない壁のようなものに阻まれる。

 

『あれはっ!?』

『夜叉の機体と同じやつだぜっ!』

「ドウシタ? コレデ終ワリカ?」

 

 既に見ているものとはいえ、それが目の前の相手によるものとすれば夜叉と同等の強さを持つかもしれないと思わせる要素となり得る。

 以前であれば驚き戸惑った光景だっただろう。それでも、今の彼らは動きを止める事はなかった。

 

『クラリスっ! 左右前方へ攻撃を当ててくれっ!』

『了解ですっ!』

『あざみっ! 背後へ!』

『分かった!』

『初穂は正面だ!』

『おうよっ!』

『さくらはあざみの後詰をっ!』

『はいっ!』

『アナスタシアっ!』

『上空から狙い撃つわっ!』

 

 神山の指示とほぼ同時に全員が行動を起こしていた。彼がどう考え、指示を下すか。それをこれまでの対夜叉戦を見据えた模擬戦闘で学んでいたのである。

 そして、今回の相手が夜叉と同じ防御法が出来る事は神山達としてもある意味で有難い部分もあった。

 これまで何度となく繰り返してきた対夜叉戦の成果を見せる事が出来るためだ。

 

『花組各員に通達っ! 火作戦を開始するっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 返事と共にクラリスの無限が二つの光弾を放つ。それが緩やかな流線を描きながら荒吐へと迫るのと同時にさくらの無限と初穂の無限が走り出す。

 それに荒吐が反応しようとした瞬間、その背後にあざみの無限が音もなく現れ手にしたクナイで襲いかかる。

 その攻撃さえも見えない壁に阻まれるがそこへさくらの無限による一撃が加わり防御壁へ亀裂が生じた。

 更に上空から荒吐へ正確無比な射撃をアナスタシアの無限が繰り出す中、神山の無限が初穂の無限の後方から二刀を構えて迫る。

 

『クラリスっ!』

『はいっ!』

 

 上段へ構える二刀目掛けクラリスの無限が光線を放つ。その輝きを刀身へ宿し、純白の機体が加速した。

 

「ホウ……」

 

 周囲を守るように防御壁を展開する荒吐だが、初穂は単身、さくらとあざみは二人で亀裂を生じさせていた。

 荒吐が彼女達を振り払おうとするとアナスタシアの射撃がそれを阻み、クラリスの光弾が追い打ちをかけて反撃を封じる。

 

「小癪ナ真似ヲ……っ!」

 

 その低く唸るような呟きと共に荒吐が周囲へ強烈な衝撃波を放った。

 

「「「あああああっ!」」」

「さくらっ!」

「初穂さんっ!」

「あざみっ!」

 

 さすがにそれには耐え切れず、さくら達接近していた三機が弾き飛ばされる。

 追い打ちをさせまいとクラリスとアナスタシアが遠距離攻撃で荒吐を牽制する中、神山は渾身の力を込めて手にした二刀を振り下ろした。

 

「これでどうだっ!」

 

 クラリスの重魔導の輝きを宿した一撃。それはこれまで仮想夜叉を倒してきた攻撃である。

 

「中々ヤルガ我ヲ超エルニハ足ラヌ」

「くっ……これでも届かないのか……っ!」

 

 両手を突き出して防御壁を展開する荒吐。その強度は模擬戦の夜叉の機体を超えていた。

 それでも諦める事なく神山は力の限り無限へと想いを込めるように霊力を送り続ける。

 

『アナスタシアさん、私達も援護を!』

『待って!』

 

 アナスタシアの視線は一点を見つめていた。それは神山の攻撃を受け止め続けている荒吐。

 

『クラリス、お願いがあるの』

『どうすればいいですか?』

 

 躊躇う事無く応じるクラリスにアナスタシアは一瞬だけ、ほんの一瞬だけ感謝するように目を閉じた。

 

『キャプテンを狙ってあの技を使って欲しいの』

 

 普通であれば耳を疑う内容。それでもクラリスは聞き返す事なく頷いてその霊力を解放した。

 その行動を受け、アナスタシアは神山へ通信を繋ぐ。

 

『キャプテン、私が合図したら上空に飛んでっ!』

『じょ、上空に……っ!』

『ええっ! その時、相手は身を守る事が出来ないはずよっ!』

 

 詳しい説明は何もない。それでも神山は疑う事もなく頷いた。

 

『分かったっ!』

 

 たった一言。それでアナスタシアには十分だった。

 

(本当に、貴方は人を、いえ仲間を疑うという事をしないのね……)

 

 あんな事をやった自分を怒鳴る事もせず、笑って許してくれた事。あの話の最中、一度として怒りも見せず理解と同調を見せてくれた事。それらがアナスタシアの中で一つの決断を下させる。

 

「もう、私は迷わないっ!」

 

 その身に宿した霊力を高まらせ、アナスタシアは純白の無限の先にいる荒吐を見据えた。

 

『行きますっ! アルビトル・ダンフェールっ!』

 

 深緑の無限が放つ無数の霊力弾が荒吐ではなく純白の無限へと殺到する。

 それがこのままでは無限へ当たりそうになった瞬間、アナスタシアが叫んだ。

 

『今よっ!』

「っ! うおぉぉぉぉぉっ!」

「何? フン、ソレデ不意ヲ突ケルト思ッタノカ? 攻撃ガ外レテ行ク……ナっ?!」

 

 霊力弾が純白の無限へ届く寸前で合図と共に神山の叫びで彼の機体が上昇する。

 それを追う様に霊力弾も軌道を変えようとしたが、そこへ高出力の霊力が集束砲のように迫った。

 それは、純白の無限越しに荒吐を照準内へしっかり捉えて深蒼の無限が放った攻撃だったのだ。

 

 クラリスが攻撃を放つと同時にアナスタシアの無限も構え合図を出す時を待ち、神山が機体を上昇させたと同時にその霊力を解き放った。

 

「運命を閉ざす……青き流星!」

(今までの私に……別れを告げるっ!)

 

 これから放つのは一種の決別なのだと思いながらアナスタシアは目を見開いて叫ぶ。

 

「アポリト・ミデン!」

 

 集束した霊力がまるで一筋の流星のように番傘状のライフルから撃ち出される。

 その攻撃がクラリスの霊力弾を押しやるように防御壁を襲ったのだ。

 アナスタシアの強い決意が宿ったそれに、初めて荒吐を操る者から余裕が消えた。

 

「バ、馬鹿ナ……コ、コレデハ……ッ!?」

 

 神山による攻撃と二つの必殺技。その合わせ技により荒吐が展開していた防御壁は遂に崩壊する。

 その衝撃により荒吐の体勢が大きく崩れた瞬間、その目はある物を捉えた。

 

「トドメだぁぁぁぁぁっ!」

 

 無防備な荒吐へ落下速度を乗せて迫る純白の無限。その二刀による一撃が見事にその荒吐を斬り裂いた。

 

――思ッテイタヨリハ出来ルヨウダナ。ダガ……。

 

 最後にそう誰に聞かせるでもなく言い残して荒吐は爆発四散する。

 その爆風を浴びながら純白の無限は手にした二刀を鞘へと静かに収納させた。

 

「終わった、か……」

 

 何とか勝てた。そう感じて神山は安堵の息を吐く。

 模擬戦闘での夜叉対策は効果自体はあった。だが、それでは駄目だと痛感出来た。

 今回の戦闘でさえ危ういところがあった。つまり、本当の夜叉との戦いは今以上の苦戦をこのままでは強いられると確信出来てしまったのだ。

 

(それでも、何も収穫がなかった訳じゃない。実際、初めて夜叉と戦った時は俺達は翻弄されるだけだった。それが、今は一人一人が諦める事無く戦えるようになっている。決して俺達は無力じゃない)

 

 あの敗戦にも等しい戦いから成長している事を実感し神山は小さく頷いた。

 

『やったわね、キャプテン』

『神山さん、お見事でした!』

『誠十郎、凄い』

『やっぱ最後は神山がもってくんだなぁ』

『カッコ良かったです、神山さんっ!』

「ありがとう。みんなのおかげで何とか勝てたよ」

 

 周囲も妖力反応などなく、完全に敵を撃退出来たと判断して彼らは一旦外へと出た。

 夕暮れの風が多少夏の暑さを残して吹き抜ける。その風さえも戦闘で掻いた汗は冷たいものへと感じさせた。

 

「それにしても見ててちょっとビックリしたよ。まさかクラリスが神山さんへ攻撃するなんて」

「アナスタシアさんがそう頼んできたんです」

「へぇ、結構思い切った事言うなぁ」

「どうしてそうしたの?」

 

 あざみの問いかけにアナスタシアは小さく微笑んで空を見上げた。

 

「私だけの攻撃じゃあの壁を貫けるか不安だったの。だからクラリスの攻撃を加えてぶつけようと思った。ただ、標的をあの機体にするとその攻撃が周囲へ拡散してしまうでしょ? だからキャプテンに狙いをつけてもらって集束させてもらったのよ」

「そういう事か。だからギリギリまで俺へ惹き付けさせた……」

「そう。そこへ私の攻撃で無理矢理軌道を変えさせないでぶつけたの」

「相手からすればいきなり神山がどいたと思ったら、目の前には霊力弾だもんなぁ」

「更にアナスタシアの砲撃。きっと驚いたはず」

「二人の連携攻撃、だね」

 

 その言葉にアナスタシアは首をゆっくりと横に振った。

 

「いえ、キャプテンがいてこそだし、そもそもキャプテンが相手を足止め出来るようにしたのは貴方達よ。誰一人欠けても成功しなかったわ。だから、これは全員での連携攻撃の勝利よ」

 

 優しく微笑みながらつけていた仮面を外すアナスタシア。その姿に神山達は何故か嬉しく思えて笑みを見せた。

 

「よし、じゃあいつものをやろう! アナスタシア、頼む」

「ふふっ、ええ。そしてみんなで帰りましょう。帝劇へ、ね」

「……ああっ!」

 

 帝劇へ帰る。その言葉に込められた意味を全て感じ取る事は出来なかったが、それでも神山は嬉しそうに笑顔を返した。

 素顔となった彼女はその笑顔に笑顔を返すと仲間達の顔を見回していき……

 

「いい? 行くわよ? せーのっ……」

「「「「「「勝利のポーズ、決めっ!」」」」」」

 

 初めてさくら達にあの少女のような無垢な笑みを見せたのだ。もう過去を振り返らないと、そう決意したかのように……。

 

 

 

「夜の見回りもここで終わりだな」

 

 疲れた顔で大浴場前に立つ神山。色々とあったためにその疲労も最高潮に達していた彼は、さっさと終わらせて寝ようと思って普段ならする声掛けをせずに戸を開けた。

 

「あら?」

「え……?」

 

 そこにいたのは今にも上着を脱ごうとしていたアナスタシアだった。思わず見つめ合う二人。

 突然の事に理解が追いつかないアナスタシアと、疲れているため思考が停滞気味の神山。

 だが、二人は同時に状況を把握すると正反対の行動に出た。

 

「す、すまんっ! すぐにって……え?」

 

 逃げ出そうとする神山の腕を逃がすまいとばかりにアナスタシアが掴んだのだ。

 

「いいのよ。その、少し聞いて欲しい事があるの」

 

 そのまま二人は休憩場所へ腰かける。

 脱衣所に女性と二人きりという本来であれば有り得ない状況に神山は若干挙動不審気味であった。

 

「そ、それで聞いて欲しい事って?」

「ええ。その、ちょっとだけ気恥ずかしくはあるのだけど……」

 

 珍しく言いよどむアナスタシアに神山は首を捻る。一体何を言おうとしているのだろうと、そう思って彼は彼女の言葉を待った。

 何度か口だけを動かして言おうとしている事を練習し、最後に一度だけ深呼吸をするとアナスタシアは神山へ少しだけ赤い顔を向けた。

 

「こ、これから二人きりの時はカミヤマって、そう呼んでもいいかしら? 代わりに私の事はアーニャって呼んでいいから」

「べ、別に構わないぞ? というか、別に二人きりじゃなくても」

「いいの。私は二人きりの時だけにするわ。カミヤマも二人きりの時だけアーニャと呼んで。いい?」

「あ、ああ」

 

 内心でそんな事かと思いながら神山は話は終わったと思って立ち上がろうとして、その腕を再び掴まれる。

 

「待って。一度、その、呼んでみてくれない?」

「えっと……アーニャ?」

「疑問符はいらないわ」

 

 思いの外強い口調で言われ、神山は若干息を呑む。

 

「わ、分かった。じゃあ……」

 

 コホンと一度咳払いをし、神山は親しみを込めてアナスタシアへ声をかけた。

 

「アーニャ」

「っ……ええ、上出来よカミヤマ。忘れないでね。それは二人きりの時だけよ?」

「ああ」

 

 頬を赤くしながら微笑むアナスタシアに神山も笑みを返して頷く。

 汗を流すと言うアナスタシアへ就寝の挨拶をし、神山は疲れた足取りでフラフラと大浴場を後にした。

 

(愛称呼びを許された、か。どうやら俺も本格的にアナスタシアに、いやアーニャに信頼されたって事だな)

 

 どこか嬉しそうに笑みを浮かべながら彼は昇降機へと向かう。

 その頃大浴場の脱衣所ではアナスタシアが一糸まとわぬ姿となってその胸へ手を当てていた。

 

「……カミヤマ、いつか、いつかちゃんと言うわ。私の真実を。だから今はまだ待ってて。私の中で整理のつく時まで……」

 

 まるで懺悔のようにそう呟き、アナスタシアは大浴場へと静かに向かうのだ。

 その背には、消えたはずの影がまた微かに漂っていた……。




次回予告

気が付けばみんな神山さんへ好意的。
それはいいんだけど……神山さん、わたしの事少しは大人の女性扱いしてください!
いつまでもどこか妹みたいに思ってるみたいですけど、わたしだって、わたしだって……っ!
次回、新サクラ大戦~異譜~
“乙女なんですよ”
太正桜に浪漫の嵐!

――せ、誠十郎、さん……って、呼んでもいいですか?
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