新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

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やっとこれで各ヒロイン回が終わります。
ゲームだとどうしても推されがちなさくらですが、自分としてはそれが行き過ぎて時にヘイトを稼いでしまっている気がします。
今作では出来るだけそうならないようにしたつもりですが……。


乙女なんですよ

「神山さん、今度のはどうでした?」

「ああ、とても良かったよ。特に終盤の畳み掛け方が凄かった」

「そ、そうですか。私もあの場面は気に入ってるんです」

 

 資料室前で会話する二人を見つめるさくら。その目はどこか複雑そうなものだ。

 

「む~……」

 

 神山を見つめるクラリスの眼差しは彼女からすれば、恋する乙女のそれである。

 やや熱っぽいそれはさくらからすれば無視できないものであった。

 

 その数分後、今度は中庭にて神山と話す初穂の姿があった。

 

「いつ見ても見事なもんだな」

「そ、そうか? まぁ神山に褒められるのは悪い気しないぜ」

「いつか本格的な舞を見せて欲しいって言ったら迷惑か?」

「そ、そんな事ねぇよ。よ、よし、何なら今からでも……」

 

 神楽から告げられる神楽に対しての賛辞に嬉しそうにはにかむ初穂。その後の彼の言葉に気が逸るもそれはさすがにと神山が止める。

 そんな軽いドタバタを廊下の窓から眺め。さくらはジト目を向けていた。

 

「むぅ……」

 

 親しいからこそ分かるのだ。あれが初穂の素の反応だと。

 男勝りな彼女が見せる乙女の顔。それを何故向けるかと考え、さくらは表情を複雑なものへと変える。

 

「あっ、神山さん。丁度良かった。愛ゆえにのポスターが出来上がりましたので神龍軒へ持って行って貼ってもらってください」

「分かりました。あの、出来れば……」

「ふふっ、分かっています。三華撃団の方達用にも持って行ってくれて構いません」

 

 小さく微笑みながらそう告げるカオルは、最初に神山と挨拶した時とは別人のようだった。

 それを見てさくらは目を吊り上げる。クラリスや初穂程ではないが間違いなく好意があると分かったのだ。

 

 その後、神山は食堂で朝食を食べていたあざみと会話する。

 

「誠十郎、ミンメイが遂に手裏剣を当てられるようになった」

「そうか。きっとあざみの教え方が良かったんだろうな」

「あっ……うん、でもミンメイも凄い。集中力だけなら私より上」

 

 褒めるように優しく頭を撫でる神山にあざみは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 それでもちゃんとミンメイを褒める辺りに彼女の成長が見える。

 そんな二人は見方によっては兄に甘える妹だが、それは意中の男性に触られ喜ぶ少女だとさくらには分かっている。

 

「う~……」

 

 昔の自分とそっくりなあざみに悔しいような微笑ましいような、そんな想いで恨めしそうにそれを柱の影から見つめるさくら。

 

 そこから歩いて神山はロビーから売店へ向かう。

 

「こまちさん、何か新しい商品の入荷とかありますか?」

「特にあらへんなぁ。せや、神山はん。カオルにそれとなく言うてくれへん?」

「どうやって?」

「せやなぁ……」

 

 親しげに話し合いを行う神山とこまち。

 それも彼が帝劇に来た当初から考えれば距離感が近くなっていた。

 そんな二人をそっと壁から見つめさくらは唸る。

 

「む~っ」

 

 ある意味で一番神山と仕事で関わる故の親しさ。それだからこそ彼の長所も短所も見る事が多いこまちが、下手をすれば自分よりも今の神山を知っているのではとさくらは思ったのだ。

 

 そこから神山は階段を上がって吹き抜けを通りサロンへ入った。

 そこで台本を読んでいたアナスタシアと言葉を交わし始めた。

 

「おはようカミヤマ」

「おはようアナスタシア」

「……カミヤマ?」

「あっ、すまん。やっぱりまだ中々慣れなくてな。えっと、おはようアーニャ」

 

 そのやり取りを盗み聞きし、さくらは思わず息を呑んだ。

 

(い、今神山さんがアーニャって!? それにアナスタシアさんもキャプテンじゃなくて神山って呼んだ!)

 

 さくらは動揺したままその場を離れ二階客席へと向かった。

 誰もいない客席の一つへ座り、さくらは大きくため息を吐いた。

 

「何だか、気付いたらみんな神山さんと仲良くなってる……」

 

 呼び方を変えるという分かり易いものから表情や声などの些細なものに、極め付けは二人きりの時だけの決まりを持っているというものだ。

 さくらも神山が帝劇の仲間達と仲良くなる事自体は嫌ではない。むしろ嬉しく思っている。ただ、不満があるとすればただ一つ。

 

「……呼び方変えたのも、変えてもらったのもわたしが最初なのに……」

 

 神山の妹分のように過ごした幼少期。そこから数年の時を経て再会した際、まだ二人の関係は幼い頃のままだった。

 それを変えたのは互いの呼び方を改めた時。誠兄さんから神山さんへ、さくらちゃんからさくらへと。

 それは幼年期の終わりを告げると共に二人の新しい関係性の始まりであると同時に、さくらにとっては少女から乙女へと変わった瞬間でもあったのだ。

 

 神山が未だにどこかさくらを女性ではなく幼馴染の妹分に近い目線で見ているのとは違い、さくらは幼い頃の淡い想いもあってか一気に兄貴分から一人の男性として意識し出していたのである。

 

「神山さん、貴方にとってはわたしは妹分のままですか?」

 

 そこにはいない想い人へ問いかけるさくら。当然ながらその問いかけへの答えはない。

 ただただ彼女は遠い目をして舞台を見つめる。胸の奥に広がる鈍い痛みに表情を曇らせながら……。

 

 

 

 自室で神山は頭を抱えていた。前回の謎の相手との戦いを基に修正された夜叉戦での戦績が一向に良くならないためだ。

 特に問題なのは一度も勝利出来ていないと言う事に尽きる。惜しいと思った事さえもなかったのだから深刻だ。

 

「どうしたらいいんだ……。やはり桜武に頼るしかないんだろうか?」

 

 今も使用厳禁とされている試製桜武。

 あの翌日さくら以外も乗ってみたのだが、その全力を引き出すまでに至ったのはクラリスと初穂だけで、あざみとアナスタシアに神山はそれが叶わなかったのだ。

 

 ただ、クラリスと初穂も全力を出す事は出来てもさくら程の時間稼働させる事が出来なかった。

 それもあり試製桜武は仮に使用するとしても現状さくらのみとなっている。

 

「……いや駄目だ。安易に強力な力へ頼ったら痛い目に遭う。桜武は最後の切り札だ。ならそれを切らないでもいいようにするのが隊長である俺の役目だ」

 

 自分へ言い聞かせるようにそう呟き、神山は腕を組んで連携や攻め方を再度考え始める。

 だがどれだけ考えても自分の中で夜叉に勝てる想像が浮かばないのだ。考えられば考える程その思考は袋小路へと入っていく。

 沈んでいく気持ちを何とか奮い立たせ思考に耽る神山だったが、それを嘲笑うように想像の中での花組は夜叉にこれでもかとばかりに蹂躙されていくのだった。

 

「……ここで止めておこう。嫌な方向に気持ちが持って行かれそうだ」

 

 そこでノックの音が神山の耳に聞こえてくる。

 

(誰だ?)

 

 椅子から立ち上がりドアの前へ移動してゆっくりと開けるとそこにはさくらが立っていた。

 

「あっ、か、神山さん……」

「さくらか。どうした?」

 

 どこか様子が普段と違うさくらに気付き、神山は疑問符を浮かべた。

 

「え、えっと……今、お時間いいですか?」

「構わないぞ」

「で、出来れば二人で外に出たいんですけど……」

 

 どう聞いてもデートの誘いである。だが、神山はそうとは取らなかった。

 

(何か相談があるんだろうか? それとも俺と一緒じゃないと行けない場所でもあるのか?)

 

 さくらは大事な仲間であると同時に幼馴染でもあるため、神山にとっては異性と言うよりもどこか妹分に見えていたのだ。

 

「いいぞ。少し待っててくれ。すぐに用意する」

「あっ……」

 

 静かにドアを閉める神山へ何かを言いそびれた形となるさくら。その伸ばし掛けた手をゆっくりと引っ込めて軽く俯く。

 

 それでも何か振り払うように顔を左右に振って彼女は小さく呟くのだ。

 

――大丈夫。まだこれからだもん。

 

 軽く頷きさくらはその場で神山を待った。

 宣言通りすぐにドアを開けて現れた神山はさくらと共に階段へと向かう。

 

「それにしても、一体どうしたんだ?」

「え?」

「いや、何か悩み事か相談があるんだろ?」

 

 一瞬さくらの額に青筋が浮かぶも、深呼吸を一つして怒りを抑え込むと彼女は出来るだけ普段のような笑みを浮かべた。

 

「い、いえ、そういう訳じゃないんですよ?」

「そうなのか? じゃあ……行きたい場所でもあるのか?」

 

 先程よりはさくらの望む言葉が出て来た事もあり、彼女もさっきの怒りはどこへやら表情を明るくさせた。

 

「な、ない訳じゃないですけど……」

「そうか。ならそこへ行こう。どこだ?」

「ほ、ホントですか? ホントにわたしの行きたいところへ行ってくれますか?」

「ああ、それぐらいお安い御用さ。何せさくらの頼みだからな」

 

 言って神山はさくらの頭へ手を置いた。それに一瞬笑みを浮かべるさくらだったが、すぐに表情を変えるとその手を振り払うように動き出した。

 その行動に違和感を覚える神山へさくらは一旦立ち止まると振り返って告げるのだ。

 

「まずは外へ行きましょう」

「あ、ああ……」

 

 以前までなら喜んでくれた行為を嫌がるような反応に戸惑いつつ、神山はさくらの言葉へ頷いて歩き出す。

 外へ出ると真夏の強い日差しが二人を襲う。それに揃って手を動かして日よけを作ると二人は小さく苦笑した。

 

「それで、どこへ行きたいんだ?」

「えっと、ついてきてください」

 

 さくらが先導するように歩き出すので神山もその後をついていく。帝都の街は今日も賑やかで平和であった。

 だが神山は知っている。今もどこかで降魔皇復活を狙う降魔がいる事を。一人は言わずと知れた夜叉。そしてもう一人があの深川で戦った謎の存在である。

 

 朧の機体を遠隔で操り、しかも夜叉と似たような力を使える存在。それは少なくても朧よりも強い事は明白であった。

 

(あの時の情報を基にいくさちゃんで何度か戦っているが、やはり簡単に勝てる相手じゃない。それでもみんな愚痴や不満を言わずに頑張っている。俺も負けてられない)

 

 そう思いを新たにしていると、神山はさくらが足を止めている事に気付いて動きを止める。

 

「ここです」

 

 言われて視線を動かした神山が見たのは小さな教会だった。

 

「教会?」

「はい。中へ入りましょう」

「あ、ああ」

(一体何だって教会なんかに?)

 

 さくらの行動理由を察する事が出来ず、神山は内心疑問符を浮かべながら彼女と共に中へと足を踏み入れる。

 中は誰もおらず、静かなものだった。神父や牧師もいないのかと神山は首を傾げるも、そんな彼を見てさくらが小さく苦笑した。

 

「ここ、実は支配人に教えてもらったんです」

「支配人に?」

「はい。思い出の教会だそうです。大事な人と来たとか」

「へぇ……」

 

 二人は揃って十字架の前へと並び立った。夏の日差しも教会内へは強さを失うのか、幾分柔らかい印象を与える。その光を浴びながら神山は隣のさくらを見た。

 

「それで、どうしてここへ?」

「えっと、今度の演目でわたしはさくらさんがやった役をやるじゃないですか。しかも、さくらさんのデビュー作です」

「そうだな」

 

 そこでさくらは視線を神山から十字架へと向けた。凛としているがどこか不安の影が見える表情で。

 

「ちゃんと出来るかなって。さくらさんはデビューでしたけどわたしは違います。もうスタァの一人です。そこでさくらさんの方が良かったなんて言われたら……」

「さくら……」

(そうか。それで一種の神頼み、か……)

 

 誰よりも真宮寺さくらのファンであるさくらが抱いている不安。

 神山は舞台演出の自分よりもさくらの方がそれが強い事を察した。

 

「だ、だからですね? 舞台に集中するために、わたし、神山さんに」

「いや、分かってるよ」

「えっ!?」

 

 動揺するさくらの肩へ神山は手を置いた。彼はさくらの抱いてるだろう不安や緊張を何とかしようと思っていた。きっと彼女もそういう言葉を待っているのだろうと思って。

 そのための行動にさくらが息を呑む。神山へ向ける表情には軽い驚きと淡い期待が宿っていた。

 

「大丈夫だ。俺は信じてるよ。神頼みなんかしなくても、もうさくらは立派なスタァだ。昔のようなお転婆だけじゃない。ちゃんと可憐な演技も出来るだろ?」

 

 告げられた言葉は不安や緊張を解そうとするものだった。それは幼馴染だから言える言葉ではあった。

 たしかに普段のさくらならそれで拗ねる事や膨れる事があったかもしれないが、それでも神山の狙った効果をその言葉で発揮しただろう。

 

 普段のさくらであれば……。

 

「……何ですか、それ」

「え?」

「神山さんは、誠兄さんは、まだわたしをあの頃のさくらだって、妹分だって思ってるんですかっ!?」

「さ、さくら?」

 

 さくらが見せたのは深い失望と強い怒りや苛立ち。あまりの事に神山はどういう事か理解出来ず狼狽えるのみだった。

 

「答えてくださいっ!」

 

 そんな彼へさくらは自らの問いかけへ答えろと迫った。その目には否定して欲しいという想いがどこかに宿っていたのだが……

 

「……駄目か?」

「っ?!」

 

 申し訳なさそうな声で告げられた一言にさくらは目を見開いて拳を握りしめて俯いた。

 

「本気で……言ってるんですか?」

「え、えっと、俺にとってさくらはいつまで経ってもさくらだから」

「…………分かりました」

 

 そう告げるやさくらは顔を勢いよく上げる。その顔を見て神山は思わず絶句した。

 

「わたしは、どこまでいっても妹分なんですね。よ~っく分かりました」

 

 さくらは泣いていたのだ。悔しげに、辛そうに、睨むように。

 

「さくら、その」

「先に帰ってます」

 

 何か言おうとする神山へ背を向け、短くそう告げるやさくらはその場を走り去った。

 その背中を神山は止める事が出来なかった。クラリスの時とは違う。あの時は拒絶の言葉をぶつけられたから足を止めた。

 だが今回はそもそも動く事が出来なかったのだ。つまりそれだけ神山にとってさくらが見せた涙は衝撃だった。

 

「…………さくら」

 

 意気消沈するような神山を十字架のイエスだけが見守るように見つめていた……。

 

 

 

「誠兄さんの馬鹿っ! 嫌いっ! 大っ嫌いっ!!」

 

 帝劇へ戻ってくるなり部屋へと入り、さくらはベッドへ倒れ込むなり叫んだ。

 そして枕を何度も殴ると、呼吸を整え直して体の向きを仰向けへ変えた。

 

「でも……」

 

 消え入るような声で呟き、さくらは目を閉じて涙を流す。

 否定して欲しかった。そんな事ないよと言って欲しかった。一人の女性として扱って欲しかった。

 そんな想いがさくらの胸を締め付ける。それを裏切られ、嫌いになった。なったのだ。間違いなく、嫌いと心の底から叫んだのだ。

 

 それでも、流れる涙はまったく心を楽にしてくれない。むしろ余計沈ませていく。

 

(どうして……? 何でわたしを幼馴染じゃなくて一人の乙女って見てくれないんですか? 何が、何がみんなと違うの?)

 

 クラリスのように二人だけの話題を作れないから。初穂のように普段との差を出せないから。あざみのように妹でいられないから。アナスタシアのように秘密の約束を持てないから。

 様々な事が浮かんでは消える。神山が来たばかりの頃は自分が一番彼と親しく、また傍にいたはずなのに、と。

 

 そんな想いがさくらへ紛れもない本心を吐露させる。

 

――でも好き……。

 

 無意識に呟いた言葉。幼い頃から温め続けていた想い。最初は好意に過ぎなかったはずの気持ちは、数年ぶりの再会で一気に恋慕へと変わった。

 その淡い初恋から自覚した恋心へと変わる時間は実に短いものだった。最初に帝劇内を案内した際、目の前で自分のブロマイドを購入されただけで喜び、魔幻空間で敵の集団の中で自分が孤立した時、光武二式で助けようとしていた事を知った事で分かったのだ。

 

 自分は、この男性を強く意識しているのだと。

 

 だが、さくらはこの想いを打ち明けるのはまだ駄目だと自制した。神山は隊長として赴任したばかりで周囲とも打ち解けていない。なら、今打ち明けても彼の負担になってしまうと。

 だからさくらは待った。彼が隊長として周囲と打ち解け、その仕事に慣れるまで。しかし、そうしている間に仲間達が彼の良さに、魅力に気付いてしまった。

 さくらは焦った。このままでは恋する人が取られてしまう。自分の想いを打ち明ける事無く恋が終わってしまう。

 そう考えたら、もうさくらが選ぶ事は一つであった。この秘めていた想いを打ち明ける。そのために大神から教えてもらった教会を選び、そこで告白をしようと思っていたのだ。

 

 結果として、そこへ至る前に神山の勘違いにより目論見はご破算となった訳だが。

 

 さくらが失恋にも似た想いを感じている頃、神山は帝劇へ戻る気になれず銀座の街を行先も決めず彷徨っていた。

 

(どうしてさくらは泣いたんだ……? 俺は、何か言ってはいけない事を言ってしまったんだろうか?)

 

 俯き気味の頭の中ではさくらの涙の理由を考え続けていた。そんな時、彼の頭が何か柔らかい物に当たる。

 

「あ~ら、意外と大胆ねぇ」

「っ?! あ、アンネさん!?」

「グーテン・ターク、カミヤマ君」

 

 そこにいたのは伯林華撃団のアンネであった。神山に胸をある意味触られたにも関わらず平然としている事に彼は驚くも、真夏にも関わらず上着を羽織っている事に気付いて息を呑んだ。

 上着の前は当然ながら開いているのだが、そこから見える光景は白い肌の色がかなり見えているのである。

 胸元どころか乳房も上半分しか隠していないようなその光景に思わず神山は息を呑んだ。

 

「あらぁ、ニッポンダンジもそういうとこは変わらないのねぇ」

「っ?! す、すみませんっ!」

 

 楽しげに笑う自分へ勢いよく頭を下げる神山を見てアンネは少し気怠そうに手を横へ振った。

 

「いいのいいの。そうだぁ。ここで会ったのも何かの縁だし、付き合ってくれないかしら?」

「付き合う、ですか?」

「そう。道が分からなくてね、困ってたのよぉ」

「は、はぁ。で、一体どこへ?」

「銀六百貨店ってとこの近くに公園があるらしいんだけど」

「銀六百貨店って……逆方向ですけど……」

 

 現在二人がいるのは神龍軒もある銀座横丁。銀六百貨店などがある場所とは正反対であった。

 

「そうなの? 道理でエリスもマルちゃんもいないと思ったわぁ」

「まるちゃん?」

「あら、知らない? マルガレーテの事よ。あの子、巴里華撃団のエリカさんにそんな呼び名を付けられたの」

 

 クスクスと楽しそうに笑うアンネは、見慣れている表情とは少し異なっているように神山には見えた。

 

(アンネさんっていつも気怠そうな印象があったが、こんな風に楽しそうに笑う事もあるんだな……)

 

 そこから神山はアンネを案内する形で歩き出す。

 

「何故銀六百貨店近くの公園へ?」

「そこでエリスとマルちゃんがちょっとした事をやってるのよ。私は面倒だから参加してなかったんだけど、一度ぐらいは参加しなさいってお姉様が言うもんだから」

「ああ、レニさんが」

「そうそう。とぉこぉろぉでぇ……一ついいかなカミヤマ君」

「何ですか?」

「どーして君は私の前を歩いてるの?」

 

 そう、神山はアンネの前を隠すように歩いていたのである。

 

「言わないと分かりませんか?」

「うふふ、だって私の考えと君の答えが合ってるか分からないじゃない?」

「……アンネさんも女性なんですから気を付けてください」

「あらあら、お姉様みたいよカミヤマ君。ふふっ、で・も……そういう人、私好きよ?」

 

 神山の顔へ顔を近付けて妖艶に息を吹きかけるアンネ。その行動に神山が顔を赤くして反論した。

 

「か、からかわないでくださいっ!」

「いやぁん、初心で可愛いわ。昔のエリスを思い出すわねぇ」

「昔のエリスさん?」

 

 アンネの口から出た一言に反応する神山だが、彼女はそんな彼へ何も言う事なく楽しげに笑みを浮かべると歩き出した。

 

「さぁ、案内を続けてくれる?」

 

 その目はこの話はまた今度と言っているように見え、神山はため息を吐いて頷くと再びアンネの前を位置取って歩き出した。

 

 その後も会話を神山は続けたが、アンネは聞きたい事や知りたい事には一言も答えようとはしなかった。まるで自分の反応を楽しんでいるかのようなそれに、神山は怒りではなく一種の諦めのようなものを覚えつつあった。

 

(きっと何があってもこちらの希望通りには答えないつもりだろうな、これ……)

 

 やがて二人は目的の場所である銀六百貨店近くの公園へと到着する。

 

「着きましたよ……」

「ダンケ・シェーン。これはお礼よぉ」

「はい? っ!?」

「ふふっ、じゃあね」

 

 頬へキスをしてアンネは公園の奥にいるエリス達へ手を振って合流しに行く。その背を見送り、神山は息を吐いてその場を去った。

 

(……か、海外じゃあれぐらいを挨拶代わりにすると聞いた事はあったが、まさか本当だったとは……)

 

 ただ、平然という風にはいかないらしい。神山は顔を赤くしたままで帝劇へと戻る事になる。

 帝劇に戻った神山はまず日常業務へ取り掛かった。今は何も考えず片付けられる事からと、そう思ったのだ。

 

 そうやって業務に追われて一段落ついたころにはもう昼を過ぎていた。

 

「……もうこんな時間か」

 

 午後二時になろうかという所で、昼食を食べるとすればかなり遅いものとなる。それでも今食べておかないと夕食までもたない。

 そう考えた神山は食堂へと向かった。時間も時間なのでそこにいる客数もそれなりで、神山は空いているテーブルの一つへ座るとどうしたものかとメニューを開いた。

 

「神山」

「ん?」

 

 そこへ背後から自分を呼ぶ声を聞いて神山が振り返る。そこには初穂が立っていた。その表情はやや曇っている。

 

「どうかしたか?」

「いや、さくらが部屋に閉じこもったまま出てこないんだけどよ。何か知らないか?」

 

 告げられた一言は神山の心を騒がせるのに十分な威力を持っていた。

 

「……きっと俺が原因だ」

「は? どういう事だよ?」

 

 詳しく話せと言う様子の初穂を見て神山は場所を変えるべきだと判断する。食堂では他の客などもいるためだ。

 

「ここじゃなんだから場所を変えよう。ついてきてくれ」

「ああ」

 

 初穂を連れて神山は中庭へと向かう。そこにはあざみとミンメイがいた。二人揃ってジャグリングをやっているようで、ミンメイが六つものお手玉を見事な腕前で落とす事なく動かす横であざみがたどたどしい手つきで三つのお手玉を相手に苦戦していた。

 

「あっ、神山さん。こんにちは」

「せ、誠十郎……初穂も……」

 

 余裕の笑顔で挨拶するミンメイと表情が強張ったままのあざみを見て神山と初穂は顔を見合わせる。

 あざみに余裕が見えないというのは珍しかったからだ。それと二人が知る限りミンメイがここまで緊張してないのも珍しかった。

 

「あ、ああ。こんにちはミンメイ。あざみ、大変そうだな」

「そ、そんな事ない……」

「何でお手玉なんかやってるんだ?」

「はい。あざみさんに手裏剣の投げ方を教えてもらってるので、何か私もお礼に教えたいって思ったんです。だから得意のお手玉を」

「そういう事か……」

 

 得意な事をやっている時は普段の緊張や気の弱さがなくなるのだろうと思い、神山はあざみへ視線を向けた。あざみは慣れない事を何とか失敗しないようにと思っている事がありありと見える表情でお手玉を続けていた。

 

「にしても、ミンメイはどこでお手玉なんて教えてもらったんだ? 母さんか? それともばあちゃん?」

「紅蘭さんです。私が上海華撃団に入ったばかりの時、失敗ばかりで落ち込んでた私に見せてくれたんです。それから紅蘭さんに褒めてもらいたくて頑張って練習して、気付いたらこんなに出来るようになったんです」

(そういえば、あざみが集中力だけなら自分よりも上だと言ってたな……)

 

 ミンメイの言葉を聞いて初穂が納得と感心の頷きを見せる中、神山はその結果を掴んだ要因を察して違う意味で納得していた。

 お手玉を続ける二人を邪魔しないように中庭の奥へと向かう神山と初穂。そこにあるベンチへ座り、神山はさくらとあった事を簡単に話した。すると……

 

「はぁっ!? ホントにそう言ったのかよ!?」

「あ、ああ……。何かいけなかったのか?」

「はぁ~……神山がそういうとこで鈍いのは知ってたけど、まさかここまでとはなぁ」

 

 呆れ果てたように俯いてかぶりを振る初穂を見て、神山は居た堪れない気持ちで彼女の言葉を待つ事しか出来ない。

 何せ、何がどう問題かのあたりをつける事さえ出来ないのだ。そんな彼の反応で初穂もきっと何も言わないだろうと察してため息と共に口を開いた。

 

「あのな、さくらはもう子供じゃないんだ。これはいいか?」

「ああ」

「で、神山の幼馴染なんだろ? その頃は神山に妹扱いされてた」

「そうだな」

「だから聞いたんだよ。自分はまだ妹扱いなのかって」

「そ、それが駄目なのか?」

「むしろどこに駄目じゃない要素があるんだよ!」

 

 どうして分からないとばかりに表情を変える初穂。その剣幕に神山は返す言葉に詰まる。

 

「……神山、逆の立場になって考えてみろよ。お前がさくらの弟分だったとする」

「俺が弟分……」

「で、今の年齢になった。そこでまだ自分が弟扱いだ。つまり一人前の男って見られてない。どうだ?」

「…………そういう事か」

 

 初穂の例えでやっと神山は理解出来たのだ。自分がさくらへしてしまった事の意味を、その痛みを。

 子ども扱いをして欲しくない年齢になったのにそうされる。しかも周囲にいる同年代はちゃんと大人の女性として扱われているにも関わらずだ。

 知らない事とは言え酷い事をした。そう思って神山は空を仰いだ。人としても、女性としてもその心を傷付ける行為だったと反省して。

 

「もう分かったみたいだな。じゃ、後は任せるぜ」

「……ああ。ありがとう初穂」

「いいって事さ」

 

 そう笑って言うと初穂は立ち上がる。そしてそのままの表情で彼へこう告げたのだ。

 

「泣かせた分だけ喜ばせろよ」

 

 そう微笑みながら告げ、初穂はその場を去っていく。その背中を見送り、神山は考え込んだ。さくらの心を癒すために自分が何をし何が出来るかと。

 妹分として扱って欲しくない。ならば一人の女性として扱えばいいとなるのだが、それが神山にはよく分からなかった。

 何故なら彼はさくらをある意味では一人の女性として扱ってきたつもりだったのだ。だがそれがさくらには不服なのだと思い、神山はとにかくまずは謝る事だと結論を出した。

 

(情けない話だが、俺の勝手な思い込みややり方じゃさくらをまた傷付けるかもしれないからな……)

 

 喜ぶだろうと思っていた事が逆の結果になった以上もう今の自分の判断は信用できない。そう思って神山はさくらへ謝り、その上で恥を忍んで教えてもらおうと思ったのである。

 

 ベンチから立ち上がり神山が中庭を出ようとした時には、もうあざみとミンメイの姿はそこにはなく静かな場所へと戻っていた。

 だが窓越しに食堂の方へ揃って歩いていくのが見え、神山はその様子に笑みを浮かべた。

 

「すっかり仲良くなったんだな、あざみとミンメイは」

 

 見た目は姉妹にも見えるかもしれないが、その関係性はきっと友人に近いだろう。そう思って神山は小さく頷いて中庭を後にした。

 

 階段を上がりさくらの部屋の前で一度神山は深呼吸をするとノックをした。

 

「さくら、さっきはすまない。その、俺はお前の、いや君の気持ちに気付けなかった。それを詫びさせて欲しい」

 

 そう告げて神山はさくらの反応を待った。するとゆっくりとドアが開く。

 

「……わたしの気持ちに気付けなかったって言いましたけど、なら今は分かるんですか?」

 

 やや鋭い目つきで問いかけるさくらに神山は真剣な表情で頷く。

 

「ああ、勿論全部とは言わない。でも、あの時俺が酷い事をしてしまった事だけは分かった」

「……それだけですか?」

「え?」

 

 思わぬ言葉に神山は怯む。さくらはまだ許さないとばかりの表情と雰囲気で彼を見つめていたのだ。

 

「そ・れ・だ・け・で・す・かっ!」

「そ、その、もし良かったら俺に教えてくれないだろうか? 情けない話なんだが、俺なりにさくらを一人の女性として扱っていたつもりだったんだ。だが、それじゃさくらを傷付けると分かった以上、同じ扱いは出来ない」

「……本当ですか? 本当に、わたしを一人の女性として扱ってたんですか?」

「あ、ああ。たしかに他の隊員とは違ったかもしれないが、俺は俺なりにさくらを一人の女性として」

「妹分って言ったのに?」

「それも込みだったんだと、思う。俺にとって、さくらはどれだけ綺麗になってもあの頃のさくらちゃんが根底にあったんだ。幼馴染で一緒に遊び回った相手って、そう思っていたんだな。それがある意味で甘えになってたのかもしれない。さくらは、あの頃と同じように接していれば大丈夫だろうってさ」

 

 俯き気味のその告白にさくらは目を見開いて顔を赤くした。

 

(き、綺麗になった? わ、わたしを綺麗になったって、そう思ってくれてたんだ! しかも、甘えてたって。わたしに、神山さんは甘えてくれてたなんてっ!)

 

 たった一言。されどその一言で人は何かが変わる事がある。この時のさくらがそれだった。

 妹分と言うのも神山からすれば一種の信頼や安心感のようなものであり、他の隊員達がどれだけ望んでも手に入らないもの。そう考える事も出来ると思い出したのだ。

 

「だからこれから」

「いいですよ」

「……え?」

 

 顔を上げた神山が見たのは、どこか嬉しそうにそっぽを向くさくらだった。

 

「いいですよ。今までと似た扱い方で。ただ、妹分っていうのを子供扱いって風にするのは止めてください」

「あ、ああ。それはもう」

「じゃあ、お詫びにデート、してください」

「で、デート?」

「はい。神山さんが思う、大人のデートです。わたしは行き先へ口出ししませんから」

 

 そう言って神山へさくらは顔を向けると不敵に微笑んだ。

 

「いいですね?」

「……ああ、分かった。精一杯期待に応えてみるよ」

 

 そこで神山はさくらへ待ち合わせをする事を提案する。待ち合わせ場所は今から三十分後に銀座の大時計下。それにさくらはもう神山なりの大人のデートが始まってるのだと感じ、嬉しそうに頷くのだった。

 

 

 

 多くの人々が行き交う中、神山は待ち合わせ時刻よりも十分早く大時計下に来ていた。

 

(さくらを待たせるなんて出来ないからな……)

 

 実は最初は十分後にしようと思ったのだが、もしかしたらさくらが支度をしたいかもしれないと考え三十分後としたのだ。

 彼はもう日常となったモギリ服のままだが、これには訳がある。

 もし自分が洒落た格好へ変えてしまえば、さくらと二人で歩いているのが確実にデートと周囲に宣伝するようなものだ。それはあまり良くない方向に噂を立てられかねない。

 だがさくらが着飾る分には問題はない。今やさくらは帝劇のスタァなのだ。街を歩くにも身なりに気を遣ったところで何のおかしさはないのだから。

 

「神山さ~んっ!」

 

 そこへさくらが現れた。格好は普段と同じだが何かが違うと神山は感じて、目の前で彼女が足を止めた時に気付いた。

 

「化粧、したんだな」

「わ、分かります?」

「ああ。口紅の色がよく似合ってる。桜色?」

「はい。お母さんから帝都へ行く前日にもらったんです。これからはお化粧もしないといけないからって」

「そうか。とても綺麗だよ。じゃあ、行こうか」

「はいっ!」

 

 お世辞ではなく本心からの評価にさくらは嬉しそうに微笑む。それに何よりすぐに化粧へ気付いてくれた事が嬉しかったのだ。

 二人並んで街を歩く神山とさくら。その距離は幼い頃よりも少しだけ、ほんの少しだけ離れている。だがそれが逆に自分達があの頃よりも相手を異性として意識しているような気がして、二人はどこか照れくさそうにした。

 

 神山を上を、さくらは下を見つめ、顔を相手から逸らしていたのである。

 

(何だろうな? さくらをちゃんと大人の女性として扱おうとすると、妙に気恥ずかしいぞ。それに、化粧をするだけでぐっと大人っぽくなるんだな……)

(嬉しいっ! 神山さん、ちゃんと気付いてくれた! わたしの事、見てくれてるんだっ!)

 

 ただし、その行動の理由は男女で異なっていたが。

 

 神山がさくらを連れて最初に訪れたのは銀六百貨店だった。

 

「百貨店、ですか?」

「ああ。その、お互いの事をもっと知り合えたらなって思ったんだ」

「えっと……?」

「あっ、悪い。言葉が足りなかったな。だから色んな物を二人で見て考え方や好みを教え合いたいって感じだ」

「そういう事ですか。分かりました。じゃあ、行きましょう」

「っと、その前にさ」

「え?」

 

 歩き出そうとするさくらの手をそっと掴むと神山はそのまま自分の手と繋いだ。

 

「デート、なんだろ? なら、これぐらいしよう」

「っ!? は、はい……」

 

 さくらは知らない。神山の取った行動はかつてのクラリスとのデートからの引用だと。

 だが、それでもきっと彼女は喜んだだろう。何故なら、あの時はクラリスから握った手だ。今回は神山から握った。これは小さいけれど大きな違いなのだから。

 

 百貨店の中は少しだけ人の数が落ち着いていた。昼の混雑時が終わり、夕方の混雑時が来るまでの間の時間だったからである。

 それもあって二人は特に騒がれる事もなくあちこちを見て回る事で出来た。帽子などの小物や時計、婦人服に紳士服、化粧品など様々な店で足を止めては言葉を交わす。

 

「あっ……」

「ん?」

 

 そんな中、さくらの足がある店で止まる。そこは宝飾品などを扱う店だった。さくらが見ているのは綺麗な宝石をあしらったイヤリングや指輪などである。

 

「いいなぁ……」

「女性はやっぱりこういう物が好きなんだな」

「当然です。女の子なら誰だって、こういう物を身に着けて、好きな人とお洒落な場所で……」

 

 うっとりするように商品を見つめるさくらを横目に神山はちなみにと値段を見て……

 

「っ!?」

(た、高いっ!? とてもじゃないが俺の持ち合わせじゃ買えないぞっ! というか、この値段だと俺の給料で……)

 

 生まれて初めて見るような値段に驚愕し、給料換算を始めてしまう有様だった。

 そんな神山に気付くはずもなく、さくらは綺麗な宝飾品を、特に指輪を見つめてため息を吐く。

 

(綺麗……。もし、こんな指輪を渡されて、求婚されたら……)

 

 彼女の脳内では、タキシードに身を包んだ神山が掌に小箱を乗せて自分の前でその中身を見せる光景が展開されていた。

 

――さくら、必ず幸せにするよ。

 

 その瞬間、さくらは大きなため息を吐いた。

 

「さ、さくら? どうかしたのか?」

 

 だが、それを神山は落胆のものと感じ取っていた。何せ普通であればここで何か一つ買ってやろうかとなる流れだと彼は思っていたのである。

 それがない事にさくらが不満を抱いているのではと、そう思っていても無理はない。しかしさくらはそんな彼の問いかけに我に返ると小さく顔を左右に振った。

 

「な、何でもないです。さ、さぁ先に行きましょう!」

「あ、ああ……」

 

 やや慌て気味に歩き出すさくらに少しだけ引っ張られる形となりながら、神山は最後にもう一度チラリと宝飾店を見やった。

 そして二人は屋上へと到着する。そこの観覧車は未だに稼働していないが、それでもそれなりの人間が屋上にはいた。物珍しさで見物に来ているのだろうと思い、神山はさくらと共にベンチへと腰掛けた。

 

「意外とこうやってゆっくり見ると時間がかかるな」

「そうですね。わたしもこんなにじっくり見て回ったのは初めてです」

「そうなのか?」

「はい。初穂と来た時は人も凄くて疲れちゃったんです。それに、その、どれも値段が……」

「ああ、そうだな。ほとんどの物がイイ値段だった」

「はい……」

「眺めるだけだ」

「そうなんです」

「今と一緒か」

「一緒ですね」

 

 そこで二人は揃って苦笑する。帝劇のスタァと言っても収入が大幅に変わる訳ではない。そういう意味ではさくらも神山と同じでほとんどの物を眺めるのみであった。

 

「でも、あの店では結構長く眺めてたな」

「憧れ、でもありますから」

「首飾り? 腕輪? それとも指輪?」

「指輪です。ただ、どれも高いですから……」

 

 言って力なく項垂れるさくらを見て、神山は用を足しに行くと告げてその場を離れる。

 一人残されたさくらはデートの最中に用を足すと告げた神山に苦笑した。

 やはり彼はどこまでいっても彼なのだと、そう思って。

 

「……そっか。きっと神山さんはだからわたしを妹扱いしてたんだ」

 

 それは子ども扱いではない。幼い頃を一緒に過ごした相手だからこそ、その時の距離感や接し方を続けていただけなのだ。

 さくらはそこでやっと彼の言っていた言葉の意味を正しく理解した。今も昔も変わっていないと、そう理解してさくらは若干申し訳ない気持ちとなった。

 

(わたし、神山さんに酷い事言ったんだ。妹分って事が嫌だって。あれは、神山さんなりの私への親愛の表れだったのに……)

 

 これでは本当に子供だ。そう思ってさくらが自己嫌悪に陥っていると、そこへ神山はやや息を切らして戻ってくる。

 それを見てそんなに急がなくてもとさくらが苦笑すると、神山は自分の現状を笑われていると察して恥ずかしそうに笑みを返した。

 

 そうして二人は銀六百貨店を後にする。そこで既に時刻は五時近くとなっていたが、それでも人の往来は勢いを落とす事なく続いていた。

 

「次はどうするんですか?」

「時間も時間だし、少し早いけど食事にしよう」

 

 そう言って神山達が向かったのは大帝国ホテルだった。まさかの場所にさくらは目を疑った。大帝国ホテルのディナーは彼女が知る限り結構な値段を取るからだ。

 

「か、神山さん? わたし、その、そんなに持ち合わせが……」

「大丈夫。ここは俺に任せてくれ」

 

 不安がるさくらへそうさらりと言い切り、神山は彼女と共にホテルへと足を踏み入れる。

 

「少しここで待っていてくれ」

「は、はい」

 

 ロビーの椅子へさくらを座らせ、神山はフロントへと向かう。その背を見つめ、さくらは少々落ち着きがなかった。

 

(だ、大丈夫なのかな? 神山さんもそんなにお金持ってないと思うんだけど……)

 

 それでも今更別の場所にしましょうとは神山の顔に泥を塗るようで言い出せないし、さくら自身もここでディナーを食べてみたいと思っていた。

 だが、本当に代金などは大丈夫なのか。その不安が彼女の中で渦巻き、どうしようかと悩み始める。と、そこで彼女の背後から聞き覚えのある声がした。

 

「あれ? さくらじゃん」

「ら、ランスロットさん……?」

 

 それはここを臨時拠点としているランスロットであった。彼女は不思議そうな顔でさくらを見つめ、その化粧に気付くと意外そうな表情を見せた。

 

「へぇ、化粧してるんだ。どうして?」

「あ、あの……」

「お待たせさくら。って、ら、ランスロットさんっ!?」

「おっ、神山もいるんだ。何々? 二人でお泊り?」

「「そ、そんな訳ないですっ!」」

 

 ニヒヒと聞こえてきそうな顔で二人を茶化すランスロットへ神山とさくらの声が重なる。

 

「あははっ、冗談だよ。でも、どうしてこんな時間にここに?」

「その、さくらとディナーをと」

「へぇ、やるじゃん神山。結構な値段するのに」

 

 その言葉に神山が苦い顔をして天井を見上げた。その反応にランスロットは首を傾げるも、そこでさくらの状態に納得をしたのだ。

 

「でも、そっか。だからさくらが化粧してるんだね」

「は、はい。そんな感じです」

「うんうん。でも、ドレスコードがなぁ。さくらはまだギリギリ許せるけど、君はちょ~っと足りないなぁ」

「そ、そうですか? 以前の朝食はこれで問題なかったですけど?」

「あれは仲間内の、しかも男同士のでしょ? 今は綺麗な乙女とのディナーだよ。同じにしちゃ駄目」

 

 女性らしい意見で神山の意見を却下するランスロット。するとそこへアーサーが姿を見せた。

 

「おや、ランスロットじゃないか。どうしたんだ?」

「アーサー、ちょうどいいとこに。神山にさ、タキシード貸してやってよ」

「藪から棒だな。理由を教えてくれ」

「えっとね……」

 

 アーサーへ事情を説明し始めるランスロットを眺め、さくらは神山と複雑な表情を向け合った。

 

「な、何だか大変な事になってきましたね……」

「そ、そうだな。俺もまさかここに来て服装に注文が来るとは思わなかった」

「よし、神山。君はアーサーについて行って。あたしはさくらを連れていくから」

「「はい?」」

「時間が惜しい。神山、早くしてくれ。男はいいが女性は支度に時間がかかるんだ」

 

 こうして状況が理解出来ないまま、神山とさくらは一旦別れる事に。

 アーサーに連れられ、渡されるままに洋式の正装へと着替えさせられた神山は着慣れぬ服装に違和感を覚えて首を傾げた。

 

「これは、似合っているんでしょうか?」

「悪くはないよ。ただ、まだ服に着られている感じが強いね。今後もそういう格好をする事があるかもしれない。自分で着こなせるようにしたまえ」

「はぁ……」

 

 そう言われてもタキシードなんて持っていませんと、喉元まで出かかった言葉を何とか飲み込んで、神山はアーサーと共にレストランの入口でさくらとランスロットを待った。

 

「お待たせ」

「意外と早かったじゃないか。で、ミスさくらは?」

「そこで待ってもらってる。すぐに見せたらもったいないし」

「成程ね」

「さくらは舞台でドレスとか着る事もあったみたいで助かったよ。だから思ったよりも早く来れたんだ」

 

 その言葉に神山はすぐに思い出したのだ。真夏の夜の夢でさくらは貴族の娘をやった。その時だろうと。

 

(と言う事は、あれに近いさくらが出てくる訳か……)

 

 以前見たさくらの姿を想像し、神山はその時を待った。

 

「じゃ、さくら、出てきていいよ」

「は、はい……」

 

 ランスロットの呼びかけにゆっくりとさくらの足が神山の視界へ入ってくる。だが、その足元は先程までとは異なっていた。

 何とヒールのある靴へ変わっていたのである。その事に驚く神山は、視界に入ってくる情報に更に驚いていく事となった。

 

「ど、どうでしょうか?」

 

 綺麗な黒のイブニングドレスを身に纏ったさくらは、神山が思わず息を呑む程美しかったのだ。更に着替える前よりもしっかり化粧を施されており、より普段よりも大人らしい雰囲気を醸し出していたのである。

 その化粧はランスロットがマリアを呼んで手伝ってもらったものであり、その出来はさくら自身が自分がそこまで大人らしくなるとは思っていなかった程だった。

 

「とても美しいよミスさくら。ランスロット、御手柄だね」

「でしょ? ドレスの色も出来る事ならもっとじっくり考えたかったんだけどね」

「そ、そんなっ! これで十分です!」

「そう? ま、さくらがいいならそれもいいんだけど」

「神山、君からも何か言ってあげたまえ」

「……え? あっ、そ、そうですね」

 

 見惚れていた神山がアーサーの声で我に返る。その様子にさくらが小首を傾げて近寄った。

 

「神山さん? どうかしました?」

「っ……その、さくらに見惚れていた」

「え?」

「とても、綺麗だ。見違えたよ」

 

 どこかに照れがありながらも神山は真剣な眼差しと気持ちをさくらへ向けた。その熱にさくらも顔を赤くしながら嬉しそうに微笑んだ。

 

「ありがとう、ございます」

「さて、では僕らはこれで退散するよ。食べ終わったらまた連絡してくれ」

「後は二人でごゆっくり~」

「アーサーさん、ランスロットさん、ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

 

 二人揃って頭を下げる神山とさくら。そんな二人をどこか微笑ましく見てアーサーとランスロットはその場を去って行った。

 

「……じゃ、行こうか」

「はい」

 

 揃ってレストランへと入っていく二人を、階段からアーサーとランスロットが見つめていた。

 

「さて、上手くいくかな?」

「どうだろ? そういえば、どうしてアーサーはあそこに来たの?」

「フロントから電話連絡があったんだよ。神山が僕を呼んでると。で、頼みがあると言われたんだ。同じ男としてそれは引き受けたんだが、やはり気になってね」

「へぇ……ん? 頼み……? もしかしてそれって……」

「言わぬが花さ。さっ、僕らも部屋に戻ろう。マリアさんは大丈夫だろうけど、モードレッドがしばらくレストランへ行かないようにしないといけないしね」

 

 アーサーの言葉に苦笑しながらランスロットは頷いた。あの捻くれ者は必ず茶化しに行くだろうと思って。

 階段を上るアーサーの背中を見つめ、一度だけランスロットは振り返った。

 

――ドレスで男性とディナー、か。あたしもいつかそういう相手出来るのかな?

 

 

 

 煌びやかなシャンデリアが煌々と室内を照らし、テーブルのあちこちが優雅な雰囲気で食事を楽しみながら談笑する中、神山とさくらはやや緊張気味に食事を進めていた。

 

「か、神山さん、器を持って飲んじゃ駄目ですか?」

「我慢してくれさくら。それはこういう食事では駄目な事なんだ」

 

 西洋式の食事をした事のないさくらをテーブルマナー初心者に近い神山が教えながらの食事だったためだ。

 一応先に神山が手本を見せてさくらがそれを真似るという事をしながら食事を進めていた。だが神山はそこでふと以前モードレッドが言っていた言葉を思い出して手を止める。

 

「さくら、最悪器を持ち上げず、必要以上に音を立てなければいい」

「え? で、でも……」

「倫敦華撃団のアーサーさんやモードレッドが言っていたんだ。ここは日本だと。なら余程でなければマナーについては煩く言わないし、何より基本は美味しい料理を楽しむ事だと」

「料理を楽しむ……」

「ああ。今の俺達はその気持ちが薄い。今回はマナーはある程度にして、それよりもこのディナーを堪能しよう」

「……はい!」

 

 そうして二人はやっとディナーの味をゆっくりと味わう事が出来たのだ。

 美味しい料理を食べれば自然と話も弾むもの。更に互いに目の前には普段とは違う姿となった幼馴染がいる。その凛々しさや美しさに心も弾ませながら、二人はディナーを楽しんだ。

 

 食後のデザートを食べ終え、神山とさくらは互いに笑みを向け合っていた。

 

「美味しかったです。本当に夢みたいな時間でした」

「そっか。喜んでもらえたか?」

「はい、わたしの中での大人のデートを超えてました。本当に、夢みたい……」

 

 そう言ってさくらは自分の姿を見て微笑む。と、そんな彼女へ神山は咳払いを一つする。その声に顔を上げたさくらへ、神山はそっと小さな包みを差し出した。

 

「これって……」

「あの宝飾店で買ったんだ。開けて中身を見てくれるか?」

「は、はい」

 

 受け取って包みを開けるさくら。すると、出て来たのは小さな耳飾りだった。桜の花弁を模ったそれを見つめさくらは言葉がない。

 

「俺の持ち合わせじゃそれが精一杯だった。ここで指輪の一つでも出せたら完璧だったんだが……」

「そんな事、そんな事ないです! これでいいです……ううん、これがいいですっ! わたし、わたし……今、とっても幸せです……っ!」

「さくら……」

 

 涙を浮かべて耳飾りを抱き締めるように持つさくらを、神山はどこか驚きつつも嬉しそうに見つめて頷いた。

 

「良かったら、着けてみてくれるか?」

「はい、喜んで」

 

 すると、そこへボーイが静かに近付き鏡をテーブルの上へ置いた。

 

「どうぞ。こちらをお使いください」

「あ、ありがとうございます」

「すみません。ありがとうございます」

 

 静かに一礼し、ボーイはその場を去る。それを見送ってさくらは鏡を見ながら耳飾りを着けていく。

 そして両耳に着け終わると鏡でその自分を確認し、さくらは嬉しそうに目を閉じる。

 

「神山さん、どうですか? 変じゃないですか?」

「ああ、とても似合ってるよ。格好もあってか俺にはどこかのお姫様にしか見えない」

「ふふっ、そうかもしれません。今のわたしは、お姫様かも……」

 

 しばらくそこから会話はなかった。二人は互いを見つめ合うだけで何も言わなかったのだ。

 それでも、その眼差しが熱を帯びていくのを感じ取っていた。きっとここがレストランでなければ互いに積極的な行動に出ていただろうと思う程に。

 

 どれぐらいそうしていただろうか、やがて二人はボーイへ鏡の事の礼を改めて告げその場を後にした。

 

「じゃあ、フロントへ行ってアーサーさん達へ連絡してくる」

 

 そう言って神山が動き出そうとした時だった。その腕をさくらが掴んで止めたのだ。

 

「あ、あの、少しだけこのまま外を歩きたいです」

「外を? でも……」

「や、やっぱり駄目ですか?」

 

 その瞬間、さくらの姿が神山には幼い頃の彼女と重なった。

 

「……分かった。アーサーさん達には後で揃って怒られるとしよう」

「ぁ……はいっ!」

「よし、じゃあそれらしく行くとしようか」

「それらしく?」

「そう。ではお嬢さん、腕を」

「ふふっ、そういう事ですか。じゃあ……お願いします」

「お任せあれ」

 

 腕を組んでホテルを出て行く二人。そのまま彼らは夜の銀座を歩く。

 ドレス姿のさくらとタキシード姿の神山は、とても絵になっていて周囲の目を否応なく惹いていた。

 それでも二人はそんな事に意識を向ける事なく歩き続ける。

 

「さくら、大丈夫か? 歩き辛いだろ?」

「平気です。だって、神山さんが歩く速度を落としてくれてますから」

 

 ヒールのある靴に慣れてないさくらを気遣い、神山は歩く速度や歩幅を本来と違うものへ変えていた。

 その気遣いを嬉しく思い、さくらは組んでいる腕へ少しだけ力を込めた。

 

 そうして二人は気付けば夜のミカサ記念公園へ来ていた。時間もあってか、そこに人はほとんどおらず、昼間とは別の顔を見せていた。

 

「……風が気持ちいいですね」

「そうだな」

 

 夜の海を見ながら寄り添う二人。空には星が煌めき、月は優しく彼らを照らしている。

 

「あの、神山さん」

「ん?」

 

 さくらの呼びかけに神山がゆっくり顔を動かす。するとさくらと目が合った。潤んだ瞳が真っ直ぐ彼を貫く。

 

「せ、誠十郎、さん……って、呼んでもいいですか?」

 

 告げられたのはこれまでよりも一歩踏み込む言葉。隊長と隊員だけではない関係。それを望む言葉だった。

 

「……ああ、構わない。むしろ嬉しいよ、さくら」

 

 そう神山が告げるとさくらは静かに目を伏せると柔らかく笑みを浮かべた。

 二人はそこで少しだけ夜空を見上げた。潮風を感じながら見上げる星空は、帝劇の中庭で見るものとまた違っているように神山は感じていた。

 

「誠十郎さん」

「どうした?」

 

 そんな中、さくらが少しだけ意を決したようにこう告げた。

 

「今日は月が綺麗ですね」

「……ああ、そうだな」

 

 顔を赤くしながら告げるさくらと、それに気付く事なく微笑みながら返す神山。

 さくらはそんな彼の反応を横目で見て小さく落胆のため息を吐いた。

 だが……

 

「でも、今日はさくらの方が綺麗だ」

 

 そんな言葉にさくらの心は完全に奪われてしまったのだ。

 

(誠十郎さん、ズルい……そんなのズルいです)

 

 自分がクラリスから教えてもらった一種の愛の告白。それを理解してないのに返した言葉は見事に自分の想いを掴んでしまった。

 さくらはそう思って神山の肩へ頭をそっと乗せた。

 

「どうした?」

「少しだけ、こうさせてください。今だけは、こうして……」

「……分かった」

(ありがとう、誠十郎さん。わたし、少しだけ大人になれた気がします……)

 

 恋する男から愛する男へ。さくらはこの日、自分の中の神山への想いが強く深く変化した事を感じた。

 

 

 

「凄く怒ってましたね、マリアさん」

「ああ、そうだな。アーサーさんとランスロットさんには悪い事をしてしまった」

 

 あの後ホテルへ戻った二人を出迎えたのは、苦い顔をしたアーサーにランスロットとどこか楽しげに笑うモードレッド、そして無表情のマリアだった。

 

 貸衣装だったため、無断で外へ出た事でこっぴどく叱られた神山とさくらは初めてマリアの本気の説教の恐ろしさを知り、何故ランスロットやモードレッドが可能な限りマリアの前では大人しくしているのかを痛感した。

 二人が叱られた後はしっかり監視していなかったとしてアーサーとランスロットが軽く叱られ、モードレッドだけがそんな四人を眺めて楽しそうに笑っていたのだ。

 

 声を出さずに。

 

「あれ、絶対マリアさんに気付かれないためだよな」

「絶対そうです。だってマリアさんが振り向いた瞬間呆れた顔にしてましたもん」

 

 だからこそ、きっと今頃アーサーやランスロットに痛い目に遭わされているだろうと神山は思った、

 

「っと、もう見えてきたな」

「そうですね。こんな時間まで外にいたのは初めてです」

 

 既に時刻は夜の九時を過ぎている。消灯時間ではないがあまり褒められた外出時間ではない。

 二人は少しだけ急ぎ気味に帝劇の中へと入った。既にこまちは帰ったのか売店は無人となっていて、二人は同時に息を吐いて、それに気付いて顔を見合わせ苦笑する。

 

「今、わたし、こまちさんがいなくて良かったって思いました」

「さくらもか。俺もだ」

「ふふっ、小さい頃お父さん達に見つからないように帰ってきた時を思い出しますね」

「そうだな」

 

 そこで二人はそれぞれ別れて動き出す。さくらは吹き抜け方面からサロンを抜けて部屋へ、神山は食堂を抜けて部屋へと。

 

「じゃ、誠十郎さん、おやすみなさい」

「おやすみさくら」

 

 デートの終わりを告げ合い、男女は互いへ背を向けて歩き出す。

 それでもその心の絆はより深く強くなったと感じながら、二人は笑みを浮かべて歩く。

 

(さくらが喜んでくれて良かった。アーサーさんにはまた改めてお礼を言わないとな)

(やっぱりまだわたしは子供だった。誠十郎さんの方が大人だったかも。でも、だからこそ今夜の事は忘れない。うん、今のわたしならさくらさんに負けないクレモンティーヌが出来る!)

 

 余談ではあるが、この翌日からしばらく神山は神龍軒へ通い、シャオロンに頭を下げて店の手伝いをする事で昼食代を浮かす事になる。

 

 

 

 幕が上がった“愛ゆえに”は様々な意味で現在の帝劇を象徴する演目となった。

 マリア・タチバナの系譜を継ぐと思わせるアナスタシアの熱演と凛々しさに、真宮寺さくらの系譜を継ぐと思わせるさくらの愛らしさと可憐さ。

 それらを感じ取り、誰もが思うのだ。今の花組はあの頃の花組を継ぐ存在なのかもしれないと。

 真夏の夜の夢、愛ゆえに。かつての花組がやった演目へ正面から挑み、劣る事無く輝く新しいスタァ達の姿にそう思って観客達は惜しみない拍手を送る。

 

 もう帝劇を落ちぶれたと表現する者はいなかった。花組を不当に貶める者はいなくなった。

 帝国歌劇団は完全に甦ったのだと、そう誰もが強く思うようになったのだ。

 

 そしてそれは帝都の人々だけではなく……

 

「マリアはん、今の気分はどや?」

「嬉しさ半分悔しさ半分かしら。どうやら私にもまだ未練があるみたいよ」

「いい事ですわ。考えてみれば、私以外引退公演をしていませんもの。なら、まだ舞台に立てる資格をお持ちですし」

「アイリスも話を聞いてマリアと似たような事を言ってたよ。僕もあの子達の舞台を観てもう一度あそこに立ちたいと思う」

「なら隊長に、支配人に言ってみろよ。あたいや織姫だって立ったんだ。それに、あのモギリの兄ちゃんは言ってくれたぜ。ここはあたいらの場所でもある。あたいらが歌い踊った日々は消えないってよ」

 

 神山の言葉が今の花組からの言葉にも思え、かつての花組達は静かに目を閉じる。

 それでも、彼女達が声を大にしてなら舞台へと言えない理由がある。

 

「……叶うならさくらと一緒に立ちたいものね」

「そう、ですわね。私も同じ事を思いました」

「せめてうちらだけでも、帝国歌劇団花組だけでも勢揃いでなぁ」

「引退じゃなくて復活か?」

「ううん、そんな大げさな言葉はいらない。おかえり公演とかでいい」

 

 大々的に今の自分達が帝劇に立つのは好まない。そんなレニの気持ちに四人も頷く。もうこの舞台は自分達が居続けていい場所ではないと分かっているのだ。

 新しい時代、新しいスタァ。それが住まい、育つ場所。それが今の帝劇だと分かっているから。

 

「レニ、アイリス、こっちに呼ばへんか?」

「……実はもう向かってる」

「船?」

「汽車と船。決勝戦には間に合うって」

「ホントか? へへっ、じゃあ賑やかになるな」

「あと織姫も来日するって」

「「「「は?」」」」

「……さくらさえ揃えば、花組全員集合だよ」

 

 どうすると、レニの目は告げていた。彼女も分かってる。真宮寺さくらが今も意識なく眠り続けているのを。

 それでも、再び帝劇にあの花組が集まれるのだ。そんな機会はそうそうない。マリアとレニに紅蘭は基本外国で、カンナは沖縄、織姫はヨーロッパを飛び回り、アイリスはパリ暮らし。

 だからこそ、この機会しかない。十年ぶりに自分達が同じ場所で顔を合わせる事が出来る、下手をしたら最後の機会かもしれないと。

 

「……中尉に相談ですわね」

「やな」

 

 だから誰もそれは無理と言わない。言いたくない。さくらが何故意識をなくしたのか分からないのなら、どういう切っ掛けで目覚めるかも分からない。

 なら、自分達との時間で目覚めて欲しい。いや、目覚めさせてみせる。そう強く決意し五人の乙女だった者達は支配人室へと向かう事になる。

 

 一方、神山は舞台袖でアナスタシアとさくらを出迎えて二人の手を握りしめていた。

 

「凄かったよ! アナスタシアも! さくらも! 間違いなくかつての愛ゆえにに負けない出来だったっ!」

「ありがとうキャプテン。でも」

「負けてないじゃなく勝ったって、そう言ってもらえるように頑張ります」

「と言う事よ」

 

 女優として憧れの相手に負けたくはない。そんな強い気持ちを覗かせるさくらに神山は微笑みを浮かべて頷いた。

 今のさくらなら、花組ならそれが出来るかもしれない。そう彼も強く思わせられたのだから。

 

 そんな時、警報が鳴り響く。弾かれるように走り出す神山達。作戦司令室へと彼らが向かうのと同じように大神もまた服装を軍服へと変えながら部屋を飛び出していた。

 

(よりにもよって公演終了直後か! 間の悪いっ!)

 

 初日だった事もあり、帝劇には帝都での倫敦華撃団司令であるマリアと同じく帝都での伯林華撃団司令であるレニがいる。

 今から急いで戻っても彼らが動くには時間がない。大神は内心で疑問を抱き始めていた。

 

(以前の望月君の時もそうだが、降魔の出現時期があまりにも出来過ぎている時がある。偶然と言えなくもないが、偶然が二度起きれば疑う必要がある……)

 

 そしてそれだけの理由が大神にあった。

 

「スパイの件もある事だしな……」

 

 そう、以前神山達へ告げた暗証番号の話は大神の嘘だった。本当はWOLFへも伝えていない。つまり、あれは間違いなく夜叉へ誰かが番号を伝えたのだ。

 それでも、大神はスパイの反応を見るために敢えて嘘を告げた。それには神山達の不安を軽減する意味もあったが、一番はそれを聞いた時の反応などでスパイが誰かを確かめるためでもあったのだから。

 

(織姫君は彼女が黒だと教えてくれた。だが、白の可能性もあると言ってくれた。神山達との触れ合いを見るに彼女はサキ君とは違う。特に最近は柔らかく笑う事が増えている。なら、俺も白を捨てるつもりはないっ!)

 

 作戦司令室へ大神が到着した時にはもう神山達が全員揃っていた。

 

「すまないっ! 遅くなった! 状況は?」

「敵は芝公園に出現。ですが、また不気味に沈黙を守っています」

「数は?」

「たった一機や。でも、例の黒いやつで……」

「何?」

 

 大神が定位置へ座ると同時にモニターへ映像が流れる。そこには夜叉の乗る黒い機体が映し出されていた。

 

「夜叉か……。だが、奴はこの前の上野公園で……」

「俺達を殺してくれと協力者に言われたのでは?」

 

 神山と大神の脳裏に深川で戦った謎の相手が思い浮かぶ。

 

「……それしかないか。つまり前回の戦いで謎の上級降魔は君達を脅威と認識した訳だ」

「なら、脅威どころか天敵だって教えてあげようじゃない」

「そうだな。今のアタシらはもう夜叉が相手でもいいようにされねぇ!」

「今のあざみ達はあの時のあざみ達とは違う!」

「はい! 司馬さんと紅蘭さんのおかげで夜叉相手でも無限は戦えます!」

「誠十郎さん、出撃命令をっ!」

「よしっ! 帝国華撃団花組、出撃っ!」

「「「「「了解っ!」」」」」

 

 今までにない程の活気を漲らせ、神山達が格納庫へと向かっていく。その背中を見送り、大神は頷いて風組の二人へ視線を向けた。

 

「風組は万一に備えて翔鯨丸で出撃。俺は他の華撃団へ念のために他の場所へ降魔が出た際の対応を要請する」

「「了解(や)っ!」」

 

 走り去る二人を見送る事なく大神は通信を開いてまずはシャオロンへ呼びかけた。

 

「シャオロンか? すまないが頼みたい事がある」

 

 

 

 芝公園は異様な雰囲気に包まれていた。重苦しい空気が流れ、鳥や虫や草花達さえも息をひそめるような、そんな状況となっていたのだ。

 

 そんな中に黒い魔装機兵が一機で佇んでいる。

 

「……来たか」

 

 何かを感じ取って夜叉が呟くと同時にその場へさくらの凛々しい声が響き渡った。

 

「そこまでですっ!」

 

 六色の煙と共に現れる六機の無限。それぞれが個々に構えを取った。

 

「「「「「「帝国華撃団、参上っ!」」」」」」

 

 黒い機体と対峙するように陣取る六機の無限。それを見つめ夜叉はどこか気怠そうに告げた。

 

「揃っているようだな。ならば何も考える事無く殺せるか、この神滅で」

 

 言葉と共に黒い機体、神滅から神山達を威圧するような妖力が溢れ出る。それを感じ取って無限がまるで怯えるかのように震えだした。

 

『こ、これは!?』

『誠十郎さん、無限が、無限が怯えてます!』

『あの妖力だ! 夜叉の、神滅の妖力を怖がってんだ!』

 

 霊子戦闘機さえも怯えさせる圧力に神山は息を呑んだ。そんな事が有り得るのかと。

 

『キャプテン、だからって私達まで怯えてたら話にならないわ』

『むしろここはあざみ達が無限を勇気付ける時!』

『そうです! 神山さん、指示をっ!』

『みんな……よしっ! 相手の攻撃を極力受けないように動き回るんだ! 風作戦を開始するっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 弾かれるように動き出す六機の無限。その動きを見て神滅は特に大きく動くではなく、ゆらりと手にした剣を天へかざすといつかのように妖力を剣先に集めた。

 

「無駄だ。いかに動こうと我の攻撃はお前らを捉える」

 

 妖力が六つに散ってそれぞれの無限を追い駆ける。だが、それを見た神山達は慌てる事なく機体の向きを180度変えると、それぞれの攻撃で妖力弾を迎撃し見事に対処してみせたのだ。

 

「ほう……」

 

 同じ攻撃は通用しないとばかりに的確で冷静な反応を見せる帝国華撃団に、夜叉も僅かに感心するような声を漏らした。

 

「そうではなくては殺し甲斐がないか……」

 

 初回の戦闘は神山達へ失望したかのような反応で撤退。二度目の遭遇は早々に背を向けた夜叉。それがこの時、やっと帝国華撃団を敵として認識しようとしていた。

 

『あざみっ! アナスタシアっ! 二人で神滅の注意を惹き付けてくれっ!』

『『分かった(わ)っ!』』

『さくらと初穂は相手の左右後方から攻撃っ!』

『『はい(おうよ)っ!』』

『クラリスはあざみやアナスタシアの援護を頼むっ!』

『分かりましたっ!』

『全員、相手の攻撃を喰らうんじゃないぞ! 火作戦開始っ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 あざみの無限が宙を飛び、アナスタシアの無限が遠距離から神滅を狙い撃つ。それらへ無反応を貫く神滅だったが、その手が突然動いたかと思うとそこへ翡翠の輝きが届いた。

 それを行っているクラリスの無限に合わせるように神滅の後方から二色の無限が襲い掛かる。剣と鎚の攻撃を残る片手で受け止める神滅だったが、それでも弾き飛ばす事は出来なかった。

 

「こしゃくな真似を……」

 

 少しでも妖力を集束させるとさくらと初穂の無限は距離を取り、それと入れ替わりに重魔導の竜巻や雷光が襲ったのだ。

 それらへ対処すると即座にさくら達接近戦三機が押し寄せ、剣へ手を伸ばそうにもその剣はアナスタシアの無限が狙い続けていた。

 寄せては引いて、引いては寄せての繰り返し。さすがの夜叉もそれには苛立ちを覚え始めた。言うなれば千日手だったのだ。同じ事の繰り返しで一向に進展がない。

 

「……ならば無理矢理にでも変えてやろう」

 

 妖力を集束させ、襲い来る重魔導の攻撃ごと全てを吹き飛ばそうとする神滅。それを見て神山は好機とばかりに表情を凛々しくさせた。

 

『みんな、打ち合わせ通りに頼むっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 全方位を薙ぎ払うように放出される強大な妖力波。その衝撃波を前に神山は防御ではなく前へ駆け出す事を選択した。

 その行く手へ迫る妖力波を恐れる事無く神山は無限を進ませる。すると、その進路を切り開くかのように霊力の閃光が放たれたのだ。

 

「アポリト・ミデンっ!」

「何……?」

 

 アナスタシアの一撃を飲み込み衝撃波は進む。だがそれを斬り裂くように無数の手裏剣が煌めいた。

 

「無双手裏剣っ!」

「数で攻めるか……だが」

 

 あざみの手裏剣さえも弾き飛ばして衝撃波は神山の無限へ迫る。しかしその勢いはかなり弱まっていた。

 

「アルビトル・ダンフェールっ!」

「……貫いてみせた、か」

 

 クラリスの重魔導の輝きが遂に衝撃波へ穴を開け、道を切り開く。その瞬間、神山の無限よりも早く神滅へ迫るモノがあった。

 

「御神楽ハンマぁぁぁぁぁっ!」

「これは……熱風……っ!」

 

 初穂の巻き起こした炎の竜巻。それが神滅を包み、その機体を上昇させる。

 

「いくぞさくらっ!」

「はいっ!」

 

 上空へと舞い上げられた神滅を見上げ、神山とさくらがそれぞれその霊力を解放する。

 まず神山の無限が空へと向かって飛んでいく。それを見て神滅が動きを封じている竜巻を弾き飛ばした。

 

「叩き落してくれる」

「そうはいくかっ!」

 

 神滅の剣による一撃を二刀で受け止める純白の無限。だがやや無限の方が押されていた。

 

「少しはと期待したが……この程度か」

 

 明らかな失望を呟く夜叉。次の瞬間、神滅の片手へ妖力が宿ると同時に動いて無限を殴り飛ばす。

 

「ぐぅぅぅぅぅぅっ!」

 

 凄まじい速度で地面へと叩きつけられる無限。それでも無限は機能停止する事無く立ち上がる。

 霊子機関の周囲へ設置された二人のさくらの霊力を受け続けていた霊子水晶が淡く輝き、そこへ蓄えていた浄化の霊力で邪悪な妖力を清め払ったのだ。

 

「……何だと?」

 

 一撃加えたにも関わらず動ける神山の無限を見て夜叉が疑問符を浮かべる。その声を聞いて神山は再び無限を空中へ向かせると同時に吼えた。

 

「さくらっ!」

 

 その声に地上で剣を構えていた桜色の無限がその瞳を輝かせる。

 

天空(そら)へと咲き誇れ……神の御代からの花よっ!」

(さくらさんの姿と声を使う降魔なんて……許せないっ!)

 

 凄まじい霊力が剣へ宿る。その力強い輝きを煌めかせ、さくらは上空の神滅を睨む。そこには再び無限と刃を交える神滅の姿があった。

 

「神代桜ぁぁぁぁぁっ!!」

「何? 味方ごと?」

 

 桜花のような色合いの奔流が無限と神滅を包み込む。だが、その霊力は邪悪なるものだけを叩く光だ。

 結果、神滅だけが痛手を負いその体勢を崩す。その瞬間、純白の無限が手にした二刀をかざして切り刻むように神滅へ襲い掛かった。

 

「縦横無刃っ! 嵐っ!」

「っ……小賢しい……っ!」

 

 落下する神滅を同じく落下しながらも攻撃し続ける無限。それに反撃しようと妖力を叩き込もうとする神滅だったが、その妖力が集束する事無く霧散する。

 

「何?」

「っ! 今だぁぁぁぁぁっ!!」

 

 何が起きたと夜叉の意識が逸れた瞬間を見逃さず、神山は渾身の力を込めて二刀を思い切り振り下ろした。

 その一撃が神滅を勢いよく大地へ叩き付ける。それに少し遅れて無限が着地するや二刀を構えて戦闘態勢を示す。

 

 即座に他の無限もそこへ集結し、全機が戦闘態勢を崩さない。

 

『神山、どうだ?』

『完璧に決まってたように見えたけど……』

『分からない。だが手応えはあった』

『もしまだ動けるならみんなで仕留める』

『そうですね。油断せず、けど恐れすぎずに挑みましょう』

『っ!? 誠十郎さんっ!』

 

 神山達の視界にゆっくりと起き上がる神滅の姿が映し出される。ダメージは負っただろうが痛手と呼べる程ではない事に気付き、神山だけでなくさくら達も思わず苦い顔をした。

 

「……これだけの期間で我に土をつけるとはな。成程、奴が恐れる理由も分かるやもしれぬ」

「夜叉っ! 答えろ! お前と手を組んでいる降魔はどこにいるっ!」

「知ってどうする? 知ったところでお前らではどうしようも出来まい」

「んだとっ! どういう意味だ!」

 

 初穂の言葉に夜叉は何か反応を見せる事なく淡々とこう告げた。

 

――もうお前らは奴の手の中だ。精々抗ってみせるのだな。それが叶った時、我が褒美に殺してやろう……。

 

 その言葉を残して神滅は消える。神山達へ一種の謎と不安を残して。

 

「……どういう事だ? 俺達が降魔の手の中?」

「へっ! ハッタリだっての!」

「でも、夜叉はまだ余裕がありました。あのまま戦い続ける事は出来たはずです」

 

 クラリスの指摘に初穂が思わず黙る。彼女も分かっていたのだ。夜叉が余力を残している事は。

 

「降魔の手の中……罠がここにある?」

「あるいは、WOLFの中にいるのかもしれないわ」

「いるって……降魔がですかっ!?」

 

 アナスタシアの言葉にさくらが驚愕する。だが、そう考えれば神山達には一種納得しかない。

 かつてのスパイ騒ぎ。あれで夜叉へ暗証番号を漏らした者がWOLFにいる。そう考えれば全てが繋がるのだから。

 

「とりあえず、今は夜叉を撃退出来た事を喜ぼう。完全に勝ったとは言い難いかもしれないが、それでもやっとあいつに一矢報いたんだ」

「そうですね」

 

 周囲の索敵などを行い、完全に何の反応もない事を確認し神山達は外へと出た。

 神滅との戦いの影響で地面が大きく抉れ、もう少しで帝都タワーの土台が崩れてしまうところだった事に気付き、神山達は息を呑んでから安堵するように息を吐く。

 

「あの時よりも被害が大きいな」

「それだけ夜叉も力を出してきたって事だろうさ」

「つまり私達がそれだけ強くなったと言う事ね」

「うん、間違いない。あざみ、震えなかった」

「そういえば、戦い出したら無限の震えも止まっていました」

「きっとわたし達の勇気が伝わったんだよ!」

 

 そこで神山達は揃って振り向いた。そこに並ぶ六色の無限を見つめ、彼らは微笑む。

 

「よし、ならさくら、いつものやつ、頼む」

「はいっ!」

 

 と、そこでさくらは笑顔である提案を行い、それに神山達も喜んで賛同し、一旦無限の中へと戻って少ししてから再び外へと出て来た。

 

「じゃ、いきますよ? せ~のっ!」

「「「「「「勝利のポーズ、決めっ!」」」」」」

 

 笑顔を浮かべてそれぞれにポーズを取る神山達。その背後では彼らの無限も集合していたのだ。

 六人の隊員と六機の無限が、その配置そのままに……。

 

 

 

「さくら君を……か」

 

 夜叉との戦闘の翌日、大神は支配人室に大勢の客人を迎え入れていた。

 すみれ、マリア、紅蘭、カンナ、レニの五人である。

 

「中尉、難しい事を言っているのは分かっています。ですが、私達がこうやって集まれる機会など早々作れる訳ではありませんわ」

「隊長、私やレニはこんな時でもなければ帝都へ来れません」

「さくらはんの意識を取り戻すのはあの頃は出来ひんかった。でも、今なら、新しい花組が出来た今ならもしかしたら……」

「なぁ頼むぜ隊長。このまま何も出来ないで終わりたくないんだ」

「隊長、この十年あの戦いを経験した人間でさくらの事を忘れた人はいない。その中でも僕らは特にだ」

「お願いです中尉。さくらさんを帝都に、帝劇にっ!」

 

 すみれ達の強い眼差しと想いを受け、大神は目を閉じてしばらく黙り込んだ。

 それでも誰も彼の答えを急かそうとはしなかった。分かっているのだ。誰よりもさくらの目覚めを待っているのは目の前の男だと。

 

「…………分かった。加山に頼んで帝劇までさくら君を連れてきてもらう」

「隊長……」

「例え目を覚まさないとしても、さくら君だけ除け者になんてしたくない。もしそれが起きた後にばれたら怖いからね」

「ははっ、さくらはんなら間違いなくカンカンや」

「違いねぇ。大神さぁ~んって言いながらこえ~顔するに決まってる」

 

 紅蘭とカンナの言葉にその場の誰もが笑った。思い浮かんだのだ。あの声が、あの姿が、名前の通り桜の花のように可憐で明るい女性が。

 

 こうして五人の客人は帰り、大神は一人支配人室で息を吐いた。

 

(月組からの報告では、さくら君が開会式の俺の声に反応したという。なら、もしかすれば本当に……)

 

 加山から月組隊員によって自分へ届けられた報告を思い出し、大神は一縷の望みを賭けるように呟く。

 

「さくら君……俺の声で君が目覚めるのなら、いくらだって君の名を呼ぶよ」

 

 大神が祈るような心境で目を閉じている頃、神山は中庭でさくらを相手に手合せをしていた。

 

「やあぁぁぁぁっ!」

「くっ……」

 

 ランスロットとの一件の時よりも鋭さを増した剣閃に表情を歪ませながら神山は手にした木刀を振るう。

 それを手にした木刀で受け、さくらは一歩も引かずに踏み止まる。

 

「誠十郎さんっ、わたし決めましたっ!」

「何をだっ!」

「わたしっ、絶対トップスタァになってみせますっ! さくらさんと同じ名前を持つ女優としてっ、絶対に……っ!」

「なっ……」

 

 さくらが一瞬力を抜いて引いた事で神山がバランスを崩す。不味いと思って神山が体勢を立て直そうとするも、そうなれば当然さくらは動いている。

 顔を上げた神山が見たのは目の前に突き付けられている木刀の切っ先。そしてその先で満足そうに微笑むさくらだった。

 

「どうします?」

「……参った」

「やったっ。誠十郎さんから一本ですね」

 

 嬉しそうにそう言ってさくらは帝劇内へ続くドアへと向かって歩き出す。その背を見つめ、神山はまだまだ大人の女性らしさが常時のものとなるのは遠そうだと思って小さく息を吐く。

 と、そんな時さくらが足を止めて振り返った。そしてため息を吐いている神山を見るやこう告げたのだ。

 

「わたしがトップスタァになったら、そのお祝いは最低でも指輪ですからね?」

「っ?! ゆ、指輪ぁ!?」

「ふふっ、誠十郎さんもその頃にはもう少しお給料上がってるといいですね」

 

 クスクスと笑ってさくらは中庭を後にする。その背を見送り、神山は苦笑して頭を掻いた。

 

(参ったな。すっかりねだるものが大人の女性になってるじゃないか……)

 

 しっかり少女から大人へ変わりつつある事を実感させたさくらに神山は息を吐き、まずは売上貢献とその上昇を目指す事から始めるかと決意し、中庭を後にすると売店へ向かうのだった。

 

(わたしのバカバカっ! あ、あそこはキスでもいいですよって、そう言って微笑むとこだよ!)

 

 その背後の物陰で行われている乙女の後悔と反省に気付く事なく……。




次回予告

いよいよ華撃団大戦も最後。決勝戦ですね。
相手は二連覇中の強敵、伯林華撃団や。
ですが今の帝国華撃団はかつてとは違います。優勝が出来ないなんて思いません。
せやな。でも、怪しげな動きをしとるのがおるなぁ……。
次回、新サクラ大戦~異譜~
“眠れる虎の咆哮”
太正桜に浪漫の嵐っ!

――神山さん、お気を付けて。
――信じとるでっ!
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