新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

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決着については迷いましたがこうしました。
あと、やはり終わりが近付いてきてるので書かなきゃいけない事が多く、読み辛いかもしれません。
申し訳ありませんがご理解を。


眠れる虎の咆哮 後編

「こうして会うのは初めてかしら? 私がアンネよ。よろしくお願いねぇ」

 

 帝劇二階のサロン。そこにアンネの姿があった。

 神山の案内で帝劇の食堂で昼食を食べたアンネを、神山はさくら達に顔合わせをしたいと思ってサロンへと連れて来たのだ。

 そこには次の公演をどうするかと話し合いを始めていたさくら達がいたため、期せずして神山の願いは叶う事となる。

 

「は、はじめまして。天宮さくらです」

「あら、さくらって言うの? 良い名前ねぇ」

「あ、ありがとうございます」

 

 ほんわかと言うようなアンネの雰囲気に抱いていた伯林華撃団の印象が合わず、さくらは若干戸惑いながら言葉を交わす。

 

「はじめまして。私はクラリッサ・スノーフレークです。クラリスで構いません」

「へぇ、スノーフレーク? もしかしてルクセンブルク?」

「えっ!? は、はい……」

「あらあらそうなのね。よろしくクラリス」

 

 笑みを崩す事無くスノーフレーク家の事を知っているのかのような反応を示し、それに驚くクラリスへアンネは意味ありげな笑みを浮かべた。

 

「アタシは東雲初穂だ。よろしくな」

「よろしく。その格好は変わってるけど、巫女服って言うもの?」

「ああ、そうだぜ」

「じゃあ初穂は巫女なのねぇ。歌劇団に相応しいわぁ」

「そ、そうなのか? そんな風に言われた事ないから新鮮だな」

 

 さり気無く歌劇団としての存在理由を知っている事を窺わせるアンネ。それを聞いて初穂はやや照れくさそうに頬を掻いて笑う。

 

「私は望月あざみ。望月流の忍者」

「にんじゃ? そうなのね。道理でさっきから動作に無駄がないと思ったわぁ」

「……信じる?」

「ふふっ、面白い子ねぇ。疑って欲しい?」

「今まではそういう相手ばかりだったから。アンネは珍しい」

 

 無条件にあざみが忍者である事を信じたのはミンメイのみ。アンネは事前にその理由となる事があったからこそだが、それでも信じる事はあざみには珍しく映った。

 

「私は」

「アナスタシア・パルマでしょ? さすがに貴方は知ってるわぁ」

「そう」

「ええ。あっ、出来ればサインもらえるかしらぁ」

「いいわよ。アンネでいいかしら?」

「えっと、マルガレーテでお願いするわぁ」

 

 その言葉に一瞬呆気に取られたアナスタシアだったが、すぐにその理由を察して小さく笑みを浮かべながらサインを書く。

 

 そんなやり取りだけでさくら達はアンネの事をおっとりとした女性だと捉えた。

 だが神山はアンネの事を眺めながら息を呑んでいた。

 

(やはりみんなアンネさんの秘めた顔には気付かないのか……)

 

 さくらやクラリスなどはともかくあざみやアナスタシアさえも疑問を感じないアンネの在り方。

 それもそのはず、アンネは演技をしている訳ではない。おっとりとしているのは元々の彼女はそれに近しい人間だったのだ。

 むしろあの戦闘服を着ている方こそが演技に近い。もしくは切り換えだろう。

 アンネが伯林華撃団の人間として相応しくあろうとしている姿があの状態なのだから。

 

 アナスタシアのサインが書き終わると、アンネはその色紙を受け取って微笑んだ。

 

「ダンケ・シェーン。マルガレーテも喜ぶわぁ」

「以前会った時には頼まれなかったのだけど?」

「マルガレーテが本当に素直になるのは教官やエリカさん達かつての三華撃団関係者だけみたいなのよぉ。知ってるかもしれないけど、あの子って隊長のエリスにさえ素っ気無いじゃない?」

「そういえば、たしかにカンナさん達には普段と態度が違っていましたね」

 

 これまでの事で見てきたマルガレーテの事を思い出しての神山の言葉。それを聞いてさくら達もその時の事を思い出せたのか納得するように頷いた。

 

 更に言えば神山はあの会議の席で大神を見た時のマルガレーテの反応を見ているし、それ以外でも彼女との接点を偶然得ていた。

 つまり下手をすれば神山にはアンネよりもマルガレーテの事を知っている可能性さえあるのだ。

 

「さてと、じゃあ用事も済んだし帰ろうかしら?」

「もう帰るんですか?」

「ええ。だってカミヤマ君の質問にも答えたし、食事もしたしねぇ」

 

 あっさりとそう告げてアンネは神山へ視線を向ける。

 

「それとも、まだ何か聞きたい事でもある?」

「えっと、あると言えば」

「あら? 意外ねぇ。何かしら?」

 

 もう聞きたい事はないだろうと思っていたアンネにとって神山の返事は微かな驚きを与える。

 自分の事は教えられるだけ教えたと思いながらアンネは神山の言葉を待った。すると……

 

「以前軽く言っていた昔のエリスさんについて、教えてください。俺と似てるとアンネさんが感じた頃の、エリスさんの事を」

 

 真っ直ぐな眼差しで告げられた内容にアンネは一瞬呆気に取られて、それから楽しそうに笑ったのだ。

 

「あははっ……昔のエリスかぁ。別にいいけど言う程長くないわよ?」

「構いません。あんな風に言われれば気になります」

「それもそっか。じゃあ……」

 

 こうしてアンネの口から語られるエリスの昔話は、本人がその場にいたのなら真っ赤な顔になって止めていた事請け合いの内容だった。

 歌劇での失敗談から日常生活でのポンコツ振りまで、およそ今のエリスからは想像出来ないような失態の数々だったのだから。

 

「な、何だかエリスさんの印象が変わりました……」

「そ、そうですね」

「意外とドジ?」

「いや、この場合は抜けてるってやつだ」

「そうね。言うなれば……ボケ?」

「ひ、酷いなアナスタシア……」

 

 舞う様に戦っていたドイツ軍人のようなエリス。それがかつては堅物であり、舞台では失敗ばかりだった事実はさくら達に人の持つ可能性とエリスの本質を感じさせた。

 

 アンネはアンネでエリスの昔話を語った事で疲れたのか、気怠そうにサロンの椅子へ腰かけてテーブルへその豊満な胸を乗せて大きくため息を吐く。

 

「ふ~……」

「っ……」

 

 その潰れる乳房に神山が思わず息を呑んだ次の瞬間……

 

「誠十郎さん?」

「神山さん?」

「誠十郎……」

「神山ぁ?」

「キャプテン?」

「す、すまんっ! つい出来心でっ!」

 

 女性陣の冷たい視線に突き刺される事になったのだ。慌てて頭を下げる神山を見てアンネは面白そうに笑う。

 

「うふふっ、カミヤマ君ったら駄目よぉ。そういうの、女は敏感なのよ? 見る時も見られる時も、ね?」

「……はい」

 

 アンネからの女性目線の助言に神山は力なく答えるしかなかった。そんな彼を見てさくら達が声を出さずに笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

「わざわざ送ってくれなくてもいいのに」

「いえ、レニさんに会うついでですし」

 

 伯林華撃団の拠点である飛行戦艦内を歩きながら神山は前を歩くアンネへ言葉を返した。

 昨日はアイリスの出現でお預けになった話を聞くため、彼は再びレニと会おうとやってきていたのだ。

 

 アンネの足が一枚のドアの前で止まる。そこはレニが常駐しているブリッジへ通じるドアだった。

 

「レニ教官、カミヤマ君が面会を求めてます」

「入ってもらって」

 

 聞こえた声にアンネは後ろを振り向くと体を壁へ寄せて神山に道を開けた。

 

「後は二人でどーぞ?」

「妙な言い方しないでください」

「ふふっ、本当にカミヤマ君はエリスに似てるわぁ。でも、隊長としては全然似てないみたいだけど」

「え?」

「クスッ、ごゆっくり」

 

 疑問符を浮かべる神山の目の前でドアが閉まりアンネを隠す。まるで計ったのかのようなそれに神山は後ろ手で頭を掻いた。

 

(またか。どうしてアンネさんはこうも俺の気になる事を言ってくるんだ?)

 

 それを狙っているのだろうと思い、神山は小さく苦笑して意識を切り換えるように体の向きを変えた。

 

「失礼します」

「神山、昨日はごめんね。それで、エリス達の事、だったかな?」

「はい。出来ればその、エリスさん達の現在(いま)を教えてくれませんか?」

「いま?」

「アンネさんから本人とエリスさんの過去を教えてもらいました。ですが、やはり人の過去は可能な限り本人から教えてもらうべきだと改めて感じたんです。なので……」

「過去ではなく現在、つまりいまを知りたい訳だね。分かった。じゃあ私から話せる事を話してあげるよ」

「ありがとうございます!」

 

 神山の考え方と言葉にレニは大神の姿を重ね合わせ、合格とばかりに笑みを浮かべた。

 こうして神山はレニからエリス達三人の現在の姿を教えてもらう事となる。

 

「エリスは隊長となって初めての競技会だけあってかなり気合が入ってる。マルガレーテも初めての競技会だから同じだね。アンネは、正直言えば出たくなかったんだろうけど、留守番をさせると日常生活に支障をきたすから仕方なく連れて来たし、ついてきた感じかな」

「し、仕方なく……」

「ああ、誤解して欲しくないんだけど、実力で言ってもアンネは選出されるだけの人間だ。実際、エリスとマルガレーテは決まっていたけど最後の三人は揉めに揉めたんだよ? ただ、色々な理由でアンネがその座を勝ち取っただけ」

「な、成程」

(でも本当は最初に言ったような理由が強い気がする……)

 

 レニの言葉に納得しつつ内心ではアンネの日常に問題があるからだろうと踏み、神山は話の続きを待つ。

 

「知っての通り、伯林華撃団は競技会を二連覇している」

「はい」

「だからこそエリスとマルガレーテは今回の競技会に重圧を感じていると思う」

「でしょうね」

「でもアンネは違う。彼女はここで負けても勝ってもどっちもいいと言ってるから」

「え?」

 

 どういう事だと、そう思ってレニを見つめる神山。そんな彼へレニはどこか笑ってこう告げる。

 

――大事なのは勝ち負けじゃないってね。

 

 もしこれをエリスが聞けば、あの公園でのやり取りに込められていた想いをより深く感じ取っただろう。

 アンネがエリスへ託したかった事。気付いて欲しかった想い。それはレニから彼女が教えられたものに通じているのだ。

 

「大事なのは、勝ち負けじゃない……ですか?」

「そう。多分だけど、アンネ以上にこの言葉の意味を分かってる現役華撃団隊員はいないんじゃないかな?」

 

 そう言い切るレニの表情は若干自慢げだった。

 

「……全力を出し切ってぶつかる事が大事?」

「違うよ。回答権は残り二回」

「ええっ!?」

 

 小さく笑って告げられた言葉に神山が慌てる。ただ、今のレニを大神達が見れば驚いて、そして嬉しそうに笑みを浮かべただろう。

 あのレニが誰かをからかうようになっていたのだ。それも微笑みさえ浮かべて。

 

「え、ええっと……華撃団同士が繋がりを持つ事?」

「違う。さぁ残り一回」

「くっ……て、手がかりを、手がかりをください!」

「手がかり、か……。じゃ、これだけ。華撃団としての初心だよ」

「華撃団としての……初心?」

「そう。きっと、きっともう神山は答えを知ってるはずだ。何せ大神司令の下にいるんだから」

 

 もう何も言わないぞとばかりにレニはニコニコと笑って口を閉じた。神山はレニの言葉を基に考え始める。

 華撃団としての初心。勝ち負けよりも大事な事。それらを手がかりに神山は思考を巡らせた。

 

(一体何だ? 華撃団としての初心とは……諦めない事? でもそれをアンネさん以外が分からないはずがない。じゃあ……)

 

 降参とは言いたくない。そう思って神山は最後の賭けとばかりにこう答えた。

 

「自分達を信じ抜ける事が大事?」

「良い答えだね。でも、違うよ」

「そうですか。その、答えは何ですか?」

「それは自分で考えてごらん。大丈夫。今の答えを聞いてると神山はちゃんと答えを知ってると思うから」

 

 そこで神山はレニへ礼を述べ退出して帰路へと就く。が、その途中で……

 

「あっ、色男さんはっけーん」

「あ、アイリスさん? 色男って、どういう意味です?」

 

 ジャンポールを両手で抱えたアイリスと遭遇したのである。

 

「またまたぁ。アイリス見たんだよ? カフェでエリスとデートしてるの」

「…………ああ」

 

 歌舞伎を見た後の行動を見られたのかと、そう思って神山は納得する。だが、それを面白く思わないのがアイリスだ。

 

「ねぇ、エリスとはどういう関係なの? やっぱり愛してる?」

「あの、俺とエリスさんはそういう関係じゃありませんから」

「ホントにぃ~?」

「むしろどうして嘘を吐く必要が?」

「え? 花組の子達に知られたくないからじゃないの?」

 

 あっけらかんと言い放つアイリス。そこにはかつての帝劇暮らしから学んだ感覚があった。

 それをそれとなく感じ取ったのだろう。神山も一瞬にして苦い顔になった。

 何せアンネとの一件で五人から視線で刺される事を経験したばかりである。

 

「……誤解を与えかねないので勘弁してください」

「ぷっ……あははっ、うん、レニの言った事がようやく分かった。ホントに似てるね、お兄ちゃんに」

 

 がっくりと項垂れる神山を見てアイリスは楽しそうに笑った。在りし日の大神そっくりだったのである。

 

「あ~っ、笑った。うん、こんなにも笑ったのは久しぶりだから見逃してあげる」

「それはどうも……」

「ねぇねぇ、これから帝劇へ戻るんでしょ? アイリスも一緒に行ってもいい?」

「構いませんが……」

「やったぁ。じゃあ、今の花組への紹介、よろしくね? 行こうジャンポール。おでかけおでかけ~」

「あっ……もう行ってしまった……」

 

 昔と変わらず行動的なアイリスに神山は外見と合わないなと思いつつ、それが魅力なのかもしれないと思って笑みを浮かべて動き出す。

 並んで帝劇を目指す二人がする話題はやはり決勝戦についてだった。どう考えても有利とみられているのは伯林側。何せ競技会を開催から無敗の二連覇である。

 対する帝国華撃団は今年本格的に復活へ向けて動き出したばかり。いくら栄光ある伝説の三華撃団の一つとはいえ、その実力はかつてにはまだまだ及ばないのだから。

 

「勝てると思う?」

「難しいですね。勿論勝つつもりで立ち向かいますが……」

「人数って何人だっけ?」

「三人ですよ」

「あっ、違う違う。アイリスが聞きたいのは出場出来る人数じゃなくて、今の花組の人数」

「ああ、それなら俺を含めて六人です」

「……じゃ、アイリス達って言うよりはコクリコ達だね。お兄ちゃんがいた時の巴里華撃団の人数だよ」

「こくりこ?」

「えっと、コクリコって言うのはね?」

 

 紅蘭とは違った意味で過去の事を話し易いアイリス。もう華撃団から離れて久しいが故に、彼女にはある種の機密意識が低いためだ。

 神山は次々と出てくる聞き慣れぬ名前に戸惑いながらも意図せず巴里華撃団の話を聞く事となる。今はパリで暮らすアイリスにとって、巴里華撃団は身近な存在となったためであった。

 

「やはり巴里華撃団はまだ再興出来そうにないんですか……」

「うん。エリカ達も頑張ってるんだけど、ほら、倫敦華撃団と伯林華撃団があるでしょ? だから無理に巴里華撃団を復活させる必要はないって言われてるんだって」

(またWOLF、プレジデントGか……。言っている事は理解出来ないでもないが、もう十年だ。さすがにそろそろ巴里華撃団か紐育華撃団の復活に着手するべきだろうっ!)

 

 いつか大神から聞いた話を思い出し、神山は内心で憤っていた。だからこそ彼は思うのだ。

 

(こうなったら、俺達が優勝する事で世界中の人達に思ってもらうしかない。十年前に世界を守ってくれた三華撃団を今こそ復活させようと)

 

 パリとニューヨーク。その名を冠する二つの華撃団。そこに今も関わっているだろう先人達の想いへ応えるためにも。そう決意して神山は告げる。

 

「アイリスさん、俺達は絶対優勝してみせます」

「え?」

「皆さんが作って、そして残してくれた平和の灯を消さないために。未だ復活を阻まれている巴里、紐育のために。そして、いつか来るかもしれない十年前の決着をつけられるようになるためにも」

「……うん、お願いするね。アイリスも応援してるから」

 

 その綺麗な微笑みに神山は凛々しく頷き返す。次代の花組隊長の姿に、かつての花組最年少は自分が恋い焦がれた男性と同じ輝きを見出したのだ。

 

(さっすがお兄ちゃんだね。きっと神山……君? うん、神山君ならあいつがまた現れても大丈夫)

 

 新たな希望の光。それが今目の前にいる。そう思ってアイリスは笑顔を浮かべた。あの日果たせなかった事を、受け継ぎ叶えてくれるだろうと強く信じて。

 

 そうしてアンネに続いてアイリスを帝劇に連れてきた神山だったが、流石にアイリスの来訪はさくら達に軽い騒動を起こした。

 

 特に凄かったのがクラリスとあざみである。

 その理由はクラリスがアイリスへサインを求めた物にあった。

 

「ず、ずっとファンでした! 小さい頃からジャンポールの冒険が愛読書だったんです!」

「ありがとう! えっと、クラリッサでいい?」

「クラリスでもクラリッサでもどちらでも構いませんっ!」

「じゃあ、両方書いておくね」

 

 クラリスが差し出した“ジャンポールの冒険”の表紙へ手慣れた感じでサインしていくアイリス。

 そう、それは他でもないアイリスが書いた絵本であった。今や絵本作家であるアイリス。そのデビュー作の“ジャンポールの冒険”はシリーズ化される程の大人気作なのだ。

 今やフランスだけでなくその周辺国にも売れているそれは、当然読書家のクラリスも読み、幼い頃の愛読書となったのだった。

 

「あ、あの、あざみにもサインください」

「はーい。えっと、あ~ざ~みへっと」

 

 クラリスへはフランス語でサインし、あざみへは丸みのある平仮名でサインするアイリス。ちなみにあざみが書いてもらったのは色紙であり、しかもそこには可愛らしいジャンポールまで描かれていた。

 

「はい、大事にしてね? 日本語でサインなんて初めてしたから」

「うんっ! ありがとう!」

 

 クラリスから薦められてあざみはジャンポールシリーズを読み、今やすっかりファンになっていた。

 その姿に神山達はあざみの子供らしい面を見て微笑みを浮かべていた。

 

「良かったなあざみ」

「うん、これは家宝にする。で、今度頭領にも、お祖父ちゃんにも見せる」

「ふふっ、額に飾らないといけないね」

「うんっ!」

「なら明日買いに行きましょう。お洒落な物を見繕ってあげるわ」

「ありがとうアナスタシア」

「それにしても、それがジャンポールかよ?」

「そうだよ。アイリスの初めて出来たお友達」

 

 愛おしそうに隣の椅子へ座らせたジャンポールを見つめるアイリス。その眼差しは母のようでもあり姉のようでもあり、そしてどこか少女のようでもあった。

 

「初穂、こう見えてもジャンポールは色んな国を旅してる凄いクマさん。優しくて可愛い女の子に弱くて、だけどいざとなったら誰よりもカッコイイ」

「お、おう。そうか……」

「ふふっ、ありがとう。あざみは本当にジャンポールが好きなんだね」

「うん、大好き。特にカトリーヌを助ける話は何度見ても心が躍る」

「いいですよね、ジャンポールの恋。旅人だからこそ最後は別れないといけない。だから想いを告げる事なく去ってしまう。だけどその気持ちはちゃんとカトリーヌにも伝わっていて……」

「あー、クラリスが読書状態みたいになってる」

「これはしばらく戻ってこないわね」

 

 さくらとアナスタシアが苦笑しながらクラリスを見つめる。片や初穂はあざみからジャンポールについて熱弁を聞かされていた。

 

「何て言うか……すみません、お見苦しいところを」

「ううん、むしろ安心した」

「は?」

「だって、昔のアイリス達と今の神山君達は似てるから……」

 

 そう告げるアイリスの目はさくら達五人を見つめていた。優しく、だけど微かな悲しみを宿した眼差しで。

 

「神山君、大事にしてね、花組を、帝劇を、この街を。ここは、アイリス達にとっても大切な場所なんだ」

「……はい。しっかり守り抜いてみせます。そして、皆さんのように次代へ繋いでみせます」

 

 その言葉にアイリスは静かに頷く。あの日途切れてしまった夢の続き。それを何とか繋ごうとしている新しい花組に感謝するように。

 

「じゃあね。決勝戦、アイリスも応援に行くから」

「分かりました。がっかりさせないように頑張ります」

「うん、お願い。みんなもしっかりね!」

「はいっ!」

「おうよっ!」

「任せて」

「ジャンポールのように頑張る!」

「ええ、優勝してみせます!」

 

 神山達花組に見送られアイリスは一人帝劇を後にする。神山が宿舎まで送ると申し出たのだが、一人で歩きたいと言われてしまえば彼が引く以外なかった。

 真夏の太陽もゆっくりと夕日へと変わり始める中、神山は小さくなっていくアイリスの背中を見つめて告げた。

 

「みんな、聞いて欲しい事がある」

 

 聞こえた真剣な声にさくら達の視線が神山へ集まる。それを感じ取り、彼はそのまま告げるのだ。

 

「決勝戦、勝ちにいくなら長期戦狙いだ。だが、俺は短期決戦で勝ちたいと思ってる」

「どういう事ですか?」

「アンネさんは、その体質的に長期戦が出来ないんだ。詳しい話は省くけど、時間が経てば経つだけ弱体化する」

「成程ね。だからこそ二本連取で勝ちたいのね?」

 

 アナスタシアの確認に神山は無言で頷く。

 

「二連覇の伯林相手に二本連取、ですか……、ふふっ、神山さんらしいです」

「無茶を言ってくれるよなぁ。でも、ま、アタシも嫌いじゃないぜ、そういうの」

「これまで必ず三本目までもつれ込んでた。それを決勝戦だけなしに出来たら、あざみ達の成長と強さを世界中に見せつけられる……」

「文句なしの帝国華撃団完全復活ね」

「やりましょう誠十郎さん。ユイさん達やランスロットさん達の分まで……伯林と戦って勝ちましょう」

「……ああっ!」

 

 夕日に誓うように神山は力強く頷き、彼らは帝劇の中へと戻っていく。

 

 その頃、エリス達は……

 

「……以上が私の考えた決勝戦での戦い方です」

 

 マルガレーテはそう告げると椅子へと座る。エリスとアンネはそんな彼女を見て小さく頷くと互いへ顔を向けた。

 

「で、どうするの?」

「私としては長期戦は避けたいからマルガレーテの作戦は歓迎だ」

「でも、問題は帝国華撃団がそれを避けるかもしれないと」

「「それはない(わぁ)」」

 

 まったく同じ言葉が同時に告げられる。告げたエリスは微かな驚きを浮かべ、アンネはそんな彼女へ小さく微笑む。

 

「どうしてないと?」

「神山はアンネの事を知っている。そして私が告げた覚悟と信念も知っている」

「それに、彼は勝つ事だけを考えて動くような人間じゃないわぁ。マルちゃんもそう思うでしょ?」

「ぐっ……まぁ、正直彼の思考を加味して立てた作戦ではあります」

「ああ、実によく出来ている。神山の性格的に隊員を全員出場させるのは間違いない……」

「となると一人はクラリッサ・スノーフレークで決まります」

「問題は残る一人だけどぉ……」

 

 そこで三人が揃ってある物を見た。それは帝国華撃団花組隊員の写真。その中の一人を見つめていたのだ。

 

「おそらく平等性やバランスを考えて隊員を選んでくるはずだ」

「一人は遠距離戦主体のクラリッサです。なら、もう一人は間違いなく……」

「接近戦主体。それもある意味まだ出場していないような子……」

 

 すっと動く三人の手。その指が同時に同じ写真を指差した。

 

「「「天宮さくら……」」」

 

 無限での出場は未だなく、倫敦華撃団でも一・二を争う個人技のランスロットを倒した強さを持つさくら。その彼女を決勝戦には出してくるはずと三人は読んでいたのである。

 

 まさしく神山は自室で決勝戦の出場選手をどうするかで同じ結論を出そうとしていた。

 

「さくらは無限で出た事はないし、クラリスとの連携も上手い。組み合わせとしても遠距離から援護や支援の出来るクラリスに機動力と攻撃力に長けるさくらだ。これなら最悪でもいい勝負が出来る」

 

 更に言えばアイゼンイェーガーは射撃機体。

 もし万が一直接対決となっても、クラリスもさくらも不利になるだけにはならないのだ。

 

 そこまで考えて、神山は息を吐いた。

 

「例えこちらの考えが向こうにお見通しだとしても構わない。エリスさんが言ったように、俺達帝国華撃団だって全ての戦術や能力が知られていても、それでも立ち向かって勝利してみせるんだ」

 

 発祥の華撃団である帝国華撃団。対するは華撃団競技会負けなしの強豪伯林華撃団。新旧の伝統を持つ華撃団同士の戦いが、近付いていた……。

 

 

 

 その日、大神は支配人室で書類仕事を片付けながら、しきりに何かを気にしているように落ち着きを失っていた。

 

「支配人、どうかしたんですか? 何度も電話へ目をやってますけど……」

 

 カオルの手伝いで書類を持ってきた神山が気付く程に。

 

「いや、ちょっとな」

「はぁ……」

 

 何か連絡を待っているのだろうとそう思い、神山は持ってきた書類を大神の机の上へ置いて退室しようとした時だった。

 

「っ!? もしもし」

『いよぉ~大神ぃ。元気してるか?』

「加山か。ああ、元気だ」

(かやま?)

 

 聞き慣れない名前に神山の足が止まる。そしてそれとなく靴紐を直すようにしゃがんでその場へ留まったのだ。

 

『それは何よりだ。格納庫から地下へ出る。そこで待ってろ』

「分かった。すぐ行く」

 

 神山が初めて聞く程の緊張感が宿った声で大神はそう告げて受話器を戻すと、そのまま早足で支配人室を出て行く。

 

「……何か起きる、のか?」

 

 ただならぬ大神の様子に神山はぼんやりと呟く。それでも今の自分に出来る事はないと判断し、神山も支配人室を後にして業務へと戻った。

 

 一方大神はやや息を弾ませながら格納庫にいた。

 スーツ姿で走ったせいか、それとも年齢のせいか、かつてであればこの程度で息が乱れる事などなかったと思い、彼は密かに鍛錬量を増やす事を心に誓っていた。

 

「あの、支配人。一体何が来るんですか?」

「まぁ黙って待っていてくれ。すぐに……」

 

 そこへ微かに聞こえてくる何かの駆動音があった。それが車のものだと令士は気付いた。

 

「支配人っ! 車が来ます! しかもこれは普通の車じゃないっ!」

「大丈夫だ。それが俺の待っている相手を乗せている」

「え?」

 

 それを合図にしたかのように大型車が格納庫へと現れる。それは大神と令士の近くで停車するとすぐにエンジンを切って静かになった。

 そして運転席のドアが開いて白い上下に身を包んだ男性が姿を見せる。

 

「いっよぉ大神ぃ。車はいいなぁ……尻が痛いけど」

「久しぶりだな加山。それで彼女は?」

「急ぐなって。ん? そっちは……」

 

 加山の視線が自分に向けられたと察して令士は慌てて居住まいを正した。大神へ気さくに声をかけても許される以上確実に上官と理解したのである。

 

「あの、自分は」

「整備担当の司馬令士、だろ? そう畏まる必要はないさ」

「お、俺の事を知っているんですか?」

「ああ。お前さんだけじゃない。神山誠十郎達の事だって」

「加山、今は」

「ああ、はいはい。まったく、さくらさんの事になるとお前は本当に落ち着きがなくなるな」

 

 どこか苦笑しながら加山は車の後方へと移動しそこの扉を引く形で開けると、そこをそのままスロープのようにした。

 そこから慎重に何かが加山の手でゆっくりと後部座席から現れる。それは棺のようにも見える大人が入れる容器のような物。それが運びやすいようにキャスター付きの担架へと加山の手によって乗せられる。

 

「こ、これは……」

「蒸気ポッドか……」

「ああ。一応念のためだ。効果はなかったけどな」

 

 そこに入っているのは間違いなく真宮寺さくらその人であった。

 

「それで、彼女はどうする?」

「医務室へと運ぶ。加山、手伝ってくれ。それと司馬、君はこの事をまだ誰にも言わないでくれ。いいな?」

「りょ、了解です」

「よし行こう」

「分かった」

 

 大神と加山が蒸気ポッドを運び出すのを見送り、令士はポツリと呟く。

 

「あれで三十を越えてるっていうのかよ。どう見ても俺には二十代にしか見えなかったぞ……」

 

 チラリと見えたさくらの姿。それはとても若々しく見えたのだ。

 下手をすれば十代でも通用するかもしれないと思いながら令士は思った。もしかしてさくらの時間は十年前で止まっているのでは、と。

 

 それから数時間後、帝劇の地下にある医務室にすみれ達かつての帝国華撃団花組が勢揃いしていた。

 その視線は静かに眠る蒸気ポッド内のさくらへと向けられている。

 

「……さくらさん、あの頃から本当に変わっていないんですのね」

「ええ……不思議だわ」

「さくら……起きてよぉ」

「アイリス……泣いたらあかんで」

「紅蘭の言う通りだぜ。もう悲しくて泣くのはあの時嫌って程やったじゃねーか」

「そして誓ったはずですよ。今度みんなで泣く時はうれし涙だって」

「そう。だからアイリス、泣いちゃダメだ」

「……うん」

 

 七人の女性達が複雑な表情でさくらを見つめる中、大神は蒸気ポッドへ手を触れていた。

 

「さくら君……聞こえているだろう? また帝劇にみんなが、花組が集まったんだ。十年ぶりにだよ。君の目を覚ますために、もう一度俺達で頑張ってみようと集まったんだ」

「さくらさん、もうあれから十年ですのよ? いつまで眠っていますの……っ!」

「そうよ。いい加減起きて頂戴、さくら。みんな、待ってるんだから……っ」

 

 すみれとマリアの声が震えていた。泣くまいと思っていても、あの頃と変わらぬさくらの姿を見ていると十年前の記憶が嫌でも甦ってくるのだ。

 

「さくら、見て? アイリスね、今じゃ絵本書いてるんだよ? 子供達だけじゃなくて大人でも好きな人がいてビックリするんだぁ。ジャンポールもほら、まだ元気なん……だから……っ」

「さくらはん、ホンマつれへんなぁ。一緒に紅やっことさくらやっこやった仲やのに、見てみ。うちだけが年取ってまったわ。こりゃ早く起きてくれへんと釣り合わんで……」

「さくら、もういいだろ? じゅ~ぶん休んだじゃねーか。な? そろそろ起きてさ、あたい達と一緒に舞台、やろうぜ? な?」

 

 目に涙を浮かべるアイリスと、その肩をそっと抱く紅蘭。カンナも目に涙を浮かべるも、決して流すものかと堪えていた。

 

「さくらさん、みんな、みんな待ってるんですよ? あの日のレビュウ、さくらさんが寝落ちしたせいで延期に延期を重ねてます。早く起きて詫び入れろってカンジ」

「さくら、もう僕らの次の花組が出来てるんだ。まだまだこれからだけど、あの頃の僕らに負けないぐらい輝いてる。それだけじゃない。伯林を始めとする新世代の華撃団が沢山あるんだ。巴里のみんなも紐育のみんなもさくらが起きるのを待ってる」

 

 織姫はわざと悪態をつく様にして悲しみを抑え、レニは淡々と現状を告げる事で感情を抑えた。

 それでも二人の目には光る物があった。

 

 そんな仲間達の声にさくらは反応しない……はずだった。

 

「……な」

「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」

 

 微かな、だが十年ぶりに聞く懐かしい声。それが大神達の耳へ入り、鼓膜を揺らし、心に届く。

 

「今……さくらの声がした……」

「レニもですか? 私も聞こえました……」

「ははっ……ホントかよ……ホントのホントにこんな事があるのかよ……っ!」

「反応した……反応したでっ!」

「うんっ! 聞こえたよ! さくらの声が聞こえたっ!」

「すみれ、ハンカチ貸しましょうか?」

「結構ですわ。それよりマリアさんこそお貸ししますわよ?」

 

 たった一音。それでも、大きな一歩だった。

 

 あの日、誰もが喉が枯れる程叫んでも一切反応を見せなかったさくら。それが十年経った今、自分達の呼びかけに応じたのだ。

 

 そして大神は一人静かに目を閉じて感情の波に抗っていた。

 

(泣くな……まだ、まだこれは始まりに過ぎない。泣くのはさくら君が本当に目を覚ました時だ)

 

 そう強く決意し、大神は目を開けるとゆっくりとその場で立ち上がった。

 

「みんな、俺はこれから巴里と紐育へ通信を入れてくる。エリカ君達やラチェットさん達にも知らせておきたい」

「分かりました。隊長、お願いします」

「私達も、もう少ししたら帰りますわ」

 

 その言葉に頷いて大神は急いで作戦司令室へと向かった。

 

(久しぶりの朗報と言えるかもしれない。ただ、あまり大袈裟に受け取られてもいけないな。ここは事実だけを伝えなくては……)

 

 思考を隊長時代から司令へと切り替え、大神は大型キネマトロンで巴里と紐育を呼び出す。すると先に反応したのは紐育だった。

 

『はい、こちら浪漫堂です』

「ジェミニ君か。久しぶりだね」

 

 映し出されたのは赤い髪が特徴のかつてのカウガールこと“テキサスのサムライ”ジェミニ・サンライズだった。

 十年の歳月で少女は見事な大人へと変わり、あどけなさは薄れて愛らしさのある美人へと成長を遂げていた。

 

『わぁ、大神さんじゃないか。久しぶりです。新次郎に用?』

「いや、誰でもいいんだ。ただ、十年前の紐育華撃団関係者へ連絡を頼みたいんだ」

『みんなに?』

『はい、こちらテアトル・シャノワールでーす。って、あれ? 大神さんにジェミニさんじゃないですか。お久しぶりですっ!』

 

 そこへ出現する赤い修道服が目印の女性。プリン大好き娘こと“ドジっ子シスター”エリカ・フォンティーヌその人である。

 十年が経ってもその雰囲気は変わる事無く若々しいと言え、悪く言えば未だに落ち着きがない彼女を見て大神は自然と笑みが零れた。

 

「やぁエリカ君。久しぶりだね」

『はい、こうやって顔を見るのは十年ぶりでしょうか?』

「それぐらいかな。元気そうで何よりだ」

『そりゃあもう。私から元気を取ったら何も……残らないかな? ジェミニさん、どう思います?』

『ええっ!? う、うーん……何か残ると思うよっ! うんっ!』

『良かったぁ! もしないって言われたら泣くところでしたっ!』

『な、泣くんだ……』

「えっと、そろそろ俺の話をしてもいいかな?」

 

 このまま眺めていたい気分に駆られた大神だったが、今は伝えるべき事を伝えておこうと二人へ呼びかける。

 その声で何となく重要な事だと察したのかエリカさえも珍しく黙った。それに感謝するように息を吐いて大神は告げた。

 

「さくら君がこちらの呼びかけに反応を見せた」

『『っ?! さくらさんがっ!?』』

「ああ。上手くいけば目覚めさせる事が出来るかもしれない。それをそれぞれでみんなへ伝えてくれ。こちらでは個人個人への連絡が出来ないからね」

『『分かりましたっ!』』

「頼むよ、エリカ君、ジェミニ君」

『はい! 早速グランマ達へ教えなくちゃ……』

『僕も新次郎やラチェットさんへ伝えないと……』

 

 そこで通信は切れた。相変わらずの二人に大神は懐かしさを覚えて苦笑し、そして大きく息を吐いた。

 

「……十年は短くないな」

 

 あの降魔大戦の際に見た姿から二人の外見は当然ながら変化している。エリカもジェミニもそれぞれに美しく、また魅力を増していたのだ。

 

「新次郎、お前は俺みたいになるなよ……」

 

 難しいだろうと思いつつ、そう心から願いながら大神はその場を後にした。

 同じ頃、神山はロビーにて珍しい光景を見ていた。

 

「あれは……いつきさんか。話している相手は……誰だ?」

 

 いつきが白いスーツの男性とやや真剣な表情で言葉を交わしていたのだ。が、白いスーツの男性が神山の視線に気付き何事かをいつきへ言い残してその場から去った。

 

「いつきさん、今の方は?」

「ああ、モギリ君か。いや、ビックリしたよ。私以上に帝劇の事を知っている人がいるなんてさ」

「あの人もファンなんですか?」

「そうなんだよ。しかも私以上に年季の入った帝劇ファン。何でも先代支配人の頃からなんだって」

「先代支配人、ですか……」

「うん。今から十年以上前だよ。さすがにそうなると私じゃ勝てないなぁ」

 

 悔しげに腕を組んで俯くいつきを見て無理もないと神山は思って視線を出入り口へと向ける。

 

(そんな頃からのファンが来てくれるようになってるんだな、今の帝劇は……)

 

 これもさくら達が頑張り、すみれ達がそれぞれの形で応援してくれたおかげだ。そう思って神山は小さく頷く。

 

(歌劇団の方はもう十分復活を遂げた。残る華撃団の方もそれを示そう!)

 

 すみれ達もそれを望んでいるはず。そう考え、神山は明日に迫った決勝戦への決意を新たにした。

 そして迎えた決勝戦当日、神山は約束通りクラリスをまず出場選手に選ぶ。

 

「クラリス、待たせたね」

「いえ、むしろ嬉しいです。本当に、ここまで連れてきてくれたんですから」

「それで誠十郎。もう一人は誰?」

「ま、つってもアタシ達には予想出来てるけどな」

「そうね。まず間違いないと思うわ」

「え? え?」

 

 初穂とアナスタシアから見つめられ、さくらは動揺するように顔を左右に動かす。何故ならクラリスとあざみさえも自分を見つめていたからだ。

 そんなさくらへ神山は真剣な表情を向けた。その眼差しにさくらが思わず息を呑む。

 

「さくら、もう一人は君だ」

「ど、どうしてですか?」

「あのなぁ、お前、無限で出場してないだろ?」

「そういう事よ。つまり、ある意味でさくらも出場していない」

「この前は桜武だった。今回こそ本来の形での出場」

「さくらさん、一緒に戦ってくれますよね?」

 

 仲間達の言葉にさくらは驚き、神山へ視線を向けて尋ねる。そういう事なのかと。

 

「さくらの無限だけ出場させないってのは酷い話だろ? それとも、さくらはそれでもいいのか?」

「っ……いえ、出させてください。あの子も、無限もこの華撃団大戦に出してあげたいんです」

 

 その言葉にその場の全員が笑みを見せて頷く。出場選手も決まった。こうなれば後は勝つだけである。

 泣いても笑ってもこれが最後の試合。だからこそ大神はここまで半年足らずで駆け上がってきた次代の花組達とそれを支える新しい力へ笑みを向けた。

 

「よし、これが最後の試合だ。悔いを残さないよう、全力で立ち向かって欲しい」

「「「はいっ!」」」

「東雲君達も仲間を信じて送り出してやってくれ。仲間の信頼がいざと言う時に支えとなる」

「おう」

「うん」

「分かってるわ」

「竜胆君達からは何かないかい?」

 

 そこで話を振られたカオル達は少し戸惑ったものの、ならばとまずは令士が神山達へ一歩歩み出た。

 

「それじゃ一言だけ。整備は完璧にしてある。後はそっちの仕事次第だ」

「分かった。お前の仕事を無駄にはしないさ」

 

 神山の返しに小さく頷き令士は元居た場所へと下がった。

 

「私達からも一言だけ」

「せやな」

 

 カオルとこまちは頷き合って神山達を見つめた。

 

「クラリスさん、さくらさん、ご武運を。神山さん、お気を付けて」

「信じとるでっ!」

「「「はいっ!」」」

 

 仲間達に見送られ、三人は試合会場へと無限と共に飛び出していく。

 それを見つめる三機の霊子戦闘機があった。

 

『どうやらマルガレーテの予想通りみたいね』

『そのようだ』

『なら、後は作戦通りに』

『そうね。エリス、期待してるわよ。貴方の手腕を、ね』

 

 そのアンネの言葉にエリスはすぐには答えなかった。まるで何かを考えているように目を伏せ、そして意を決した表情で顔を上げると頷いたのだ。

 

『ああ。私なりに隊長らしくあろうと思う』

 

 そこへアナウンサーの声が聞こえてきた。

 

『さぁ、いよいよ華撃団大戦もこれが最後の試合となりました。それも、開催前は予想もされなかった対決です。二連覇中の強豪にして名門の伯林華撃団に挑むは、今年になってから大躍進を遂げた帝国華撃団! 一体誰がこんな展開を予想出来たでしょうか!』

「出来ていたのなら、きっと一人だけ」

 

 アナウンサーの言葉へそう呟いたのはレニである。その言葉に隣にいたアイリスが不思議そうに首を傾げた。

 

「誰?」

「隊長」

 

 短いながらも明快な答えにアイリスも納得するように頷いた。

 

「でも、ホントに良かったの? アイリス、関係者じゃないのに」

「関係者だよ。アイリスは引退してない。それに華撃団関係者ってどういう基準で決める?」

「え? えっと……今もどこかの華撃団にいる?」

「ならアイリスは帝国華撃団だよ。引退してない」

「でもでも、パリに住んでるんだよ?」

「どこにいるかは関係ない。大事なのは、平和を願い、そのために動き続けてる事だと僕は思う」

「レニ……」

 

 その言葉に込められた想いを理解し、アイリスは驚くようにレニの名を呟いた。

 だがすぐに嬉しそうな笑顔を見せて力強く頷くと、視線を試合会場を映し出すモニターへと向ける。

 

(そうだ。例え前線に立てなくなっても、同じ場所にいなくても、想いが、夢が同じなら……)

(まだみんな一緒に戦ってる。昔みたいに一緒じゃなくても、気持ちは今も繋がってるんだもん)

 

 そっとレニの手を掴むアイリス。それに気付いてレニがチラリとアイリスを見ると、彼女は小さく笑みを返した。

 それに変わらぬものを感じ取り、レニも笑みを返して手を優しく握り返すと笑みを見せる。

 

 そんな中、試合開始を告げる銅鑼の音が鳴り響こうとしていた……が。

 

「プレジデントGへ提案がありますっ!」

 

 それはエリスの声で止められた。

 

「一体何だろうか、エリス隊長」

「帝国華撃団は上海、倫敦と図らずも二つの華撃団を相手に直接対決を行い、その力を見せてきました。ならば、我ら伯林華撃団も彼らのように直接帝国華撃団と力を競い合いたいのですっ!」

 

 その発言に誰もが息を呑んだ。誰よりも驚きが大きいのはアンネだろう。

 

(あの真面目で真っ直ぐなエリスが、自分からルール違反の提案を……)

 

 動揺から沈黙するアンネだったが、マルガレーテはそうではなかった。

 

『エリスっ! 何を言っているんですか! 直接攻撃はルールに』

『分かっている。だが、例え我々が二本連取しても、それだけでは伯林華撃団が今なお世界最強と言う証明にはならない。帝国華撃団の大躍進の方が大きく映るからだ。それではアンネの心配した事を払拭出来ない』

 

 通信回線を使っての会話を聞き、アンネは思わず目を見開いた。

 

『本気なの?』

『無論だ。我ら伯林華撃団の本当の強さを見せるにはこの方法が一番だからな』

 

 そこでエリスはアンネを見つめた。

 

『だから見せて欲しい。私が憧れ、目標とした、貴方の姿を、眠れる虎(シュラーフティーガー)の強さを。私が今後越えていくために』

 

 その言葉にアンネは俯いた。そして若干の間の後静かに顔を上げる。

 

『分かったわ。それがエリスの、隊長の願いならね』

『……ああ』

 

 まさしく今、伯林華撃団の隊長の座は受け継がれた。エリスがしっかりと自分の在り方と気持ちを示す事で。

 

 マルガレーテはそのやり取りに沈黙を貫いた。それでもその心は昂りに昂っていた。

 

(エリスとアンネにある絆は私が入り込めるものじゃない。だからこそ、いつか私が今日のエリスのようになってみせる。それが、それこそがエリスの望みなんだから……)

 

 あの公園での会話で託されたエリスからの願い。それはある意味でアンネがエリスへ託したものと同じだった。

 

――マルガレーテ、いつか私も隊長の座を降りる日が来るだろう。だが、出来れば私は衰えてその座を降りたくはない。叶うならば、私以上に隊長に相応しいと思う者へ譲り渡したいのだ。

 

 だからお前がとはエリスは言わなかった。だがそこまで聞けば聡明なマルガレーテには十分だった。

 アンネが自分よりもエリスをと思ったように、エリスもまだ見ぬ誰かへその座を託したいのだと悟ったのである。

 

「帝国華撃団は伯林華撃団からの申し出をどう思いますか?」

 

 長く考え込んでいたプレジデントGからの問いかけに神山は大神へ通信を繋いだ。

 

『司令、どうしますか?』

『君に一任する。神山、後悔しない決断を下すんだ。そこでの君の決断は俺の決断でもある』

『……了解!』

 

 厳しくも優しい言葉に神山は凛々しく返事をして大神との通信を切った。

 

『さくら、クラリス、俺の判断についてきてくれるか?』

『勿論です!』

『はい。神山さんのお好きなように決めてください』

『二人共、ありがとう……』

 

 信頼を寄せる言葉に神山の中での答えが決まる。

 

「こちらとしても異論ありませんっ! 強豪である伯林華撃団からの申し出を受けて立ちたいっ!」

「分かりました。ならば決勝戦は両華撃団による直接対決に内容を変更しますっ!」

 

 その瞬間会場から凄まじい歓声が上がった。それだけではなく、テレビで観ている者もラジオで聴いている者も同じように声を上げていた。

 

『おおっと! これはとんでもない事になりましたぁ! 何と何と決勝戦は従来とは違い帝国、伯林による直接対決での勝負となったのですっ! 強豪である伯林華撃団からの申し出を帝国華撃団が受けて立つという、ある意味での逆転現象ですが、果たして優勝の栄光はどちらの手に与えられるのでしょうか! 三連覇を賭けた名門、伯林華撃団か! 今回で大躍進を見せた古豪、帝国華撃団かっ! まさかの展開と状況に会場中が、いえ世界中が熱狂しておりますっ!』

 

 アナウンサーの言葉に誰もが感情を高ぶらせる中、神山達出場選手は静かに中央の広場まで移動を開始した。

 まるで周囲の熱狂が聞こえていないかのようなその動きには、真剣のような鋭ささえ感じられる。

 

(エリスさんの申し出の裏にはアンネさんの事がある……)

(直接対決となればアンネが遠慮や躊躇する必要はない……)

((伯林華撃団の文字通り全力が見られる……))

 

 対峙するように向かい合う六機の霊子戦闘機。その物静かな雰囲気に微かに混じる緊迫感に次第に会場が静まり返っていく。

 

「神山隊長、まずは申し出を受けてくれて感謝する」

「いえ、こちらこそですよ。伯林華撃団の実力をこの目で、肌で感じられるんですから」

「そう言ってくれて助かるわ。こちらとしても、長々と試合をやるよりも手っ取り早くていい」

「言っておきますけど、わたし達は仮想敵なんかじゃ比べ物にならないぐらい強いですよ?」

「知ってる。いえ、教えられたわ。貴方達は、十分強い。でも最後に勝つのは私達よ」

「そうはいきません。私達に優勝を託してくれた上海や倫敦の分まで、私達は戦って、勝ってみせます」

 

 互いに目の前の相手へ言葉を返すように静かに、けれど激しく闘志をぶつけ合う。

 

「きっとこの決勝戦は歴史に残る試合となるでしょう。それでは……始めっ!」

「「「「「「っ!」」」」」」

 

 プレジデントGの合図で六機の霊子戦闘機が弾かれるようにその場から散った。

 

『さくらっ! クラリスっ! エリスさんは俺が行くっ!』

『ならわたしはアンネさんをっ!』

『マルガレーテさんは任せてくださいっ!』

 

 短くそれぞれの相手を決め、三色の無限は自分達の狙う相手へ迫る。

 

『神山は私に来るか……。アンネ、勝っても負けても援護はいらない。マルガレーテもだ。我ら伯林華撃団は単機も最強と見せてやろう』

『了解よ。マルガレーテもそれでいいわね?』

『ええ。それと私もエリスと同じで構いません』

『ふっ、いい心構えだ。それでこそ伯林華撃団の一員だっ!』

『くっ!』

 

 エリスの乗るアイゼンイェーガーがその射撃で神山の乗る無限を牽制する。それと同時に素早く動いて追撃していく。

 まるで雨のような銃撃を純白の無限はその手にした二刀を使って弾き、切り伏せ、捌いていった。

 

『やるな神山っ!』

『何のまだまだぁ!』

 

 回避中心の動きから一転攻勢へと出る神山にエリスはならばと急制動をかけ、アイゼンイェーガーの動きを変える。まるで軽業師のようなそれに神山の攻撃は悉く避けられてしまう。

 

(くっ……何て身軽さだ。だけど諦めるつもりはないっ!)

(機体の性能差があってもたった半年足らずでここまでとはな。神山、君は本当に伝説を継ぐ者かもしれない……)

 

 挑戦者の帝国華撃団と王者の伯林華撃団。その戦いはやはりどこか伯林が優勢に運んでいく……かに思われた。

 

「重魔導の力を解放しますっ!」

「何をしようとしてるか知らないけど……っ!」

 

 棒立ちとなったクラリスの無限へマルガレーテが容赦なく銃撃を浴びせていく。だが、それらは一つとしてクラリスへ届く事なく弾き飛ばされてしまった。

 

「竜巻!?」

 

 クラリスの重魔導によって引き起こされた竜巻がマルガレーテのアイゼンイェーガーへ迫ったのである。

 

「冗談じゃないわっ! 何なの、今のはっ!」

「逃がしませんっ!」

「なっ! 今度は雷撃っ!?」

 

 絶え間なく落ちてくる雷撃。それへ気を取られれば今度は誘導性を持った霊力弾が襲う。

 その容赦のない攻撃にマルガレーテはクラリスの印象を変えていた。

 

(クラリッサ・スノーフレーク……何て恐ろしい奴)

(私の好きな場所をかび臭いって言った事、後悔させてみせますっ!)

 

 ほぼ初対面にも近い時の思い出。その時の痛みを忘れていないとばかりにクラリスはマルガレーテを攻め立てていく。

 

 ただ、マルガレーテもただやられているだけではない。

 

(あの攻撃は凄まじい威力や範囲を持っているけどそのために僅かな時間が必要……か)

 

 冷静にクラリスの動きや攻撃を観察し、その欠点や癖などを見つけようと目を光らせていたのだ。

 

「これで……っ!」

 

 竜巻で動きを制限したところへ誘導弾を放つクラリス。それを回避した先へ閃光を放とうとした瞬間、マルガレーテはその動きを待っていたとばかりに回避運動を途中で止めて誘導弾へ機体を晒したのだ。

 

「えっ!?」

「少し調子に乗って手の内を見せ過ぎたようねっ!」

 

 既に閃光を放つ体勢となっていたクラリスに対し、誘導弾を銃撃で相殺したマルガレーテが迫る。

 

「でも……っ!」

 

 無理矢理機体の向きを変えてクラリスは閃光をマルガレーテのアイゼンイェーガーへ放つ。

 

「やるじゃないっ! だけど……っ!」

「かわされたっ!?」

 

 クラリスのように強引に機体を動かしてマルガレーテのアイゼンイェーガーが閃光を避け、そのまま無防備な無限へ射撃を命中させていく。

 

「きゃあああっ!」

 

 煙を上げて後ろへと倒れるクラリスの無限。その真横へ着地しマルガレーテはチラリと無限へ目を向けて安堵するように息を吐いた。

 

『やれやれね。まぁ、よくやった方だと褒めてあげるわ。きっと聞こえてないでしょうけど』

 

 そう呟いてマルガレーテは視線をアンネの方へと向けた。

 そこではさくらの無限が執拗な銃撃を何とか回避し続けていた。

 

(距離を開けてちゃダメだ! ここは無理矢理にでも突破口を開こうっ!)

「はあぁぁぁぁぁっ!」

 

 このままではいずれ追い詰められる。そう考えたさくらは勝負に出た。

 銃撃をかわす事なく突撃していく桜色の無限。その行動にアンネの目が細まった。

 

「いい度胸ね。そう、時には痛みを負ってでも道を切り開く事が必要になる。でも……」

 

 さくらの無限がその刀の切っ先をアンネのアイゼンイェーガーへ突き出そうとする。だがそれを見たアンネはあろう事か回避ではなく……

 

「なっ!?」

 

 自ら当たりに行ったのである。深々と片腕へ突き刺さる刀。しかし、そこからアンネの取った行動は恐ろしいものだった。

 

「これで貴方は動けない」

「っ?! か、刀が抜けない!」

 

 何とアイゼンイェーガーが貫かれた方の手で刀を掴んだのである。さくらの無限の武装はその刀一本のみ。それを手放せば攻撃手段を失う。そう理解した瞬間、さくらは大きな決断を下した。

 

「ならっ!」

「なっ……」

 

 ほぼ零距離で放たれるはずだったアンネの攻撃は誰もいない場所を虚しく通過していく。

 さくらはランスロット戦で得たとっさの時の覚悟で武器を手放す事を選んだのである。

 

「やられる訳にはいきませんっ!」

「……どうやらまだ私にも油断があったようね」

 

 徒手空拳となっても闘志を萎えさせる事のないさくらを見てアンネは自分を戒めるように呟く。

 目の前にいる相手は武器を封じられた程度で戦意を失うような者ではない。そう考え、アンネは大きく息を吐いた。

 

「いいわ。ならここからが本番よ……」

 

 戦闘服の上を少しだけ開け、アンネは目を見開いて叫ぶ。

 

――我が道を阻むものは何であろうと焼き尽くしてみせようっ! そして讃えさせてやろうっ! 我らが名、伯林華撃団をっ!

 

 アンネの生命の炎が燃え上がり、爆発的な霊力となってアイゼンイェーガーへと送り込まれる。

 その結果、さくらは思わず息を呑んだ。

 

「っ!? 消えたっ?!」

 

 目の前にいたはずのアイゼンイェーガーが一瞬にしていなくなったのだ。

 だが、それを傍から見ていた大神達かつての花組を知る者達は一様にその光景に見覚えがあった。

 

(あれは……まさか……)

 

 大神の脳裏に甦る浅草での黒之巣会との戦闘。そこで見た黄色の機体が起こした現象とアンネがやったのはまったく一緒だったのだ。

 

「桜武と同じ……?」

「いや、そうじゃねぇ。あれは文字通り消えたんだ……」

「これが、彼女の全力なの……」

 

 あざみ達の愕然とした呟き。そしてその顔が驚愕に染まる事となる。

 

「嘘……」

「アンネ……君はこれ程の力を持っていたのか……」

 

 さくらの無限の背後から、それも急に出現したとしか思えないような現れ方をしたのだ。

 

「あれ、アイリスと同じだよ……。あの子、そんなに凄い霊力を持ってるの?」

「……時間制限付き、だけどね」

「時間制限?」

 

 その疑問へレニは答える事無くモニターを見つめる。

 

(アンネ、無茶はある程度目をつぶるけど無理は許さない。もし制限時間を迎えたのなら、その時は僕が容赦なく止める)

 

 チラリとレニの視線が一瞬だけ彼女の胸ポケットへと動く。そこには万が一の場合に備えての強制停止装置が入っていた。

 ドイツを守るために作られた伯林華撃団は、その軍隊のような性質上反乱や霊子戦闘機を奪われた場合に備えての安全装置が用意されていたのだ。その一つがレニが持っている装置である。

 

「ねぇレニ、あの子、大丈夫なの?」

 

 心配そうなアイリスの声にレニの意識が彼女へと向く。アイリスは不安そうな表情でモニターを見つめていた。

 

「アイリスは霊力が高かったからああいう事何度も出来たけど、それでも疲れない訳じゃないよ。それをあの子は何度も連続してやってる。あれじゃあ倒れちゃうよっ!」

「……それでもいいと思って戦ってるんだよ、アンネは」

 

 その言葉通り、アンネは瞬間移動を繰り返しながら今までにない高揚感を覚えていた。

 

(今までで一番気持ちが楽! それに熱もいつもより上がり難い気がするわ! これが、これが解放感なのねっ!)

 

 隊長と言う立場から解放され、その力を最初から制限なく解放してもいい状態。それはアンネにとって初めての経験だった。

 しかも自分は目の前の相手にだけ集中すればいいのだ。他の相手はエリスとマルガレーテが引き受け、決して自分の邪魔をさせる事はないのだから。

 

「さくらっ! クラリスっ!」

「よそ見をしている場合かっ!」

「っ!」

 

 マルガレーテにやられたように見えるクラリスとアンネに翻弄され続けているさくら。その窮状を見やり意識を逸らす神山へエリスからの強烈な銃撃が放たれる。

 それを二刀で弾きながら一旦距離を取る神山だったが、その意識はどうしても僚機へと向いてしまう。何せさくらはともかく通信画面で見るクラリスは項垂れたままなのだ。

 

(くそ、どうしたらいい? 助けに行きたいが俺もエリスさんを相手にそんな余裕はない……)

 

 と、そこへ何かの音が神山に聞こえてきた。それは金属を叩く音。しかもそれは未だ顔を上げないクラリスの画面から聞こえてきていた。

 何かの法則性を持ったようなその音を聞きながら、神山は記憶の片隅に聞き覚えがあるような気がして記憶を探る。

 

(何だ、この音の響かせ方……どこかで……?)

 

 エリスの攻撃を回避しながら神山は謎の音の意味を考える。そしてとある可能性に気付いて息を呑んだ。

 

(まさか……いや、だがそう思って聞いてみると理解出来るっ! これはモールス信号だ!)

 

 海軍出身の神山だけに伝わる連絡手段。その内容はこうだ。

 

――マルガレーテ、注意、引け。

 

 それがどういう事を意味しているかは考えるまでもない。そのために神山は状況を変えるべく行動を起こした。

 

『花組各員に通達! 風作戦を開始するっ!』

『りょ、了解っ!』

 

 機動性を大きく上げた無限を駆って神山はエリスに背を向けマルガレーテの方へと向かった。

 

「なっ!?」

「エリスへ背を向けて私を狙う? 自棄になって冷静な判断も出来なくなったようね」

 

 風作戦で機動力を上げても一瞬にしてマルガレーテのアイゼンイェーガーへ辿り着く訳ではない。

 エリスの方は神山が自分へ背を向けると思っていなかったために反応が少しだけ遅れたが、それでも彼がマルガレーテへ攻撃する頃には十分間に合っているだろう。

 そこまで予測し、マルガレーテは失望を露わにして神山の無限へ対処しようとする。そう、そこまでは彼女の予測が正しかった。

 

『っ!? マルガレーテっ! 後ろだっ!』

『え?』

 

 神山に狙いをつけようとしていたエリスがその先の光景を見て息を呑む。そして慌ててマルガレーテへ警告したのだが……

 

「アルビトル・ダンフェールっ!」

「っ?! まだ動けたのっ!?」

 

 背後から、それもほぼ零距離での誘導性のある必殺技。それを放たれてはいかなマルガレーテとアイゼンイェーガーと言えども無事では済まない。

 それでも咄嗟に霊力障壁を展開し最悪の状態だけは回避してみせるところにマルガレーテの非凡さが見える。

 

「これでっ!」

「しまっ!?」

 

 だが、それさえもクラリスは読んでいた。身動き出来ないところへ先程避けられた重魔導の閃光を今度こそ叩き込み、見事マルガレーテを行動不能へと追い込んだのだ。

 

『マルガレーテっ!』

『……そんな大声を出さずとも聞こえています』

『無事か?』

『ええ。ですが機体は動きません。完全に私のミスです』

『いや、私もあれで仕留めたと思っていた。お前一人のミスではない』

『エリス……』

『これ以上の反省は祝勝会でやろう。今はそこで私とアンネの勝利を見届けてくれ』

『分かりました。ご武運を、隊長』

 

 その呼びかけに一瞬ではあるがエリスが目を見開いた。けれどもすぐに凛々しい表情へ戻すと無言で頷いてエリスは通信を切った。

 

 一方のクラリスの無限もマルガレーテが動かないのを見届けると同時に沈黙する。

 

『クラリスっ! 大丈夫か!』

『はい。でも、この子はもう戦えないみたいです……』

『……そうか。モールスでの通信、見事だったよ。後は俺とさくらに任せろ』

『分かりました。勝利を信じています』

 

 微笑みと共に告げられた言葉に頷き返し、神山は再びエリスへと立ち向かう。

 

「やってくれたな神山! まさかあんな手を使うとは……っ!」

「俺が指示した訳じゃありません! クラリスが自発的に考えて俺へ伝えてくれただけです、よっ!」

「むっ!」

 

 鋭い剣閃をかわし、エリスのアイゼンイェーガーが大きく後方へ下がる。そこから互いに見つめ合う形となって動かなくなった。

 

(エリスさんの動きは流麗だ。それでいてここぞとなると力強く変わる。それに合わせていては俺に勝機はない……)

(最初よりも神山が私の動きについてくるようになった。このままではいずれ動きを読まれるか……)

 

 そこで二人は期せずして同時に深呼吸をした。

 

((勝負所を探せ。どこで無理を通すかを!))

 

 神山とエリスが睨み合っていつ動くかを探っている中、さくらはアンネへ起死回生の反撃をするべく意を決していた。

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

 細かに揺れて損傷が増えていくさくらの無限。霊力障壁を展開し何とか最低限のダメージに抑えているが、それもそろそろ限界が来ていた。

 一撃離脱を繰り返すアンネに効果的な反撃が出来ないまま、さくらと無限はジワジワとダメージを蓄積されていたのである。

 

(現れては消えてを繰り返される。しかもこっちの武器は相手の体に刺さったまま。こうなったら……やってみるしかない!)

 

 このままでは敗北するしかない。なら相討ち覚悟で決死の反撃に打って出る以外に道はないと、そう思ってさくらは小さく呟いた。

 

「無限、悪いけどわたしの無茶に付き合ってくれるかな? これが終わったらわたしも司馬さんを手伝って綺麗にしてもらうから」

 

 その言葉に微かに無限のアイカメラが灯る。その駆動音を聞いてさくらは感謝するように目を閉じた。

 

「ありがとう……」

 

 そして次の瞬間には目を開けて告げる。

 

「やるよっ! 無限っ!」

 

 唸りを上げるさくらの無限。そこへアンネのアイゼンイェーガーが出現する。

 

「これでとどめっ!」

「させないっ!」

 

 さくらの無限がアンネのアイゼンイェーガーへ抱き着くように動き、銃撃を受けながらその機体をしっかりと掴んだのだ。

 

「なっ!?」

「返してもらいますっ!」

「っ!? しまったっ!」

 

 刺さったままの刀をただ引き抜くのではなく、腕を切断するようにしながら動かしてさくらはその手に己が武器を取り戻す。

 

「これでっ!」

「調子に乗るなっ!」

「っ?! きゃあああっ!」

 

 片腕を落とされた事に動揺する事無くアンネはさくらの無限へと容赦ない銃撃を浴びせる。何とか手にした刀で致命傷だけは避けたさくらだったが、至近距離で浴びた銃撃のダメージは大きく、彼女の無限はその場へ膝をついてしまう。

 

「こ、このままじゃ……っ!」

 

 何とか攻撃をと思うさくらだったが、無限は動くどころか立ち上がる事さえ出来なかった。

 

「ど、どうして……っ!? 脚部に損傷っ!?」

 

 先程の攻撃で右足の関節部に銃弾が命中したのである。そのために無限はその場から動く事が叶わなくなってしまった。

 

「……どうやら何か機体にトラブルが起きたみたいね」

 

 何とか動こうとしているものの、立ち上がる事がない無限を見てアンネはその目を微かに細めた。

 右足から煙が漏れているのを確認し、そこが原因だと理解したのだ。

 

「丁度良かったわ。もう、私も限界だもの……」

 

 既に瞬間移動を出来る程の霊力は失せ、それに伴いアイゼンイェーガーの挙動も鈍くなってきている。それは即ちアンネの体力などの低下を意味していた。

 

「……この一撃で、仕留めさせてもらうっ!」

 

 距離を詰める事無く冷静に無限の左足の関節部を狙うアンネ。

 

「ダメっ! このまま……何とか、何とかしないと……っ!」

 

 何も出来ないまま負けたくはない。そう思ってさくらはハッと息を呑んだ。

 

「……もうこれしかない。霊子戦闘機に通用するか分からないけど、やらないよりマシだ」

 

 そう自分へ言い聞かせるように呟き、さくらは深呼吸すると霊力を無限の持つ刀へ集束させていく。

 

「これで終わり……っ!」

「っ! はあぁぁぁぁっ!」

 

 アンネの放った銃撃へ合わせるようにさくらの無限が刀を振るう。その切っ先から放射された霊力の奔流が銃弾をすり抜け背後にいるアイゼンイェーガーへと向かっていく。

 

「なっ……」

 

 攻撃が弾をすり抜けるという光景にさしものアンネも動揺し回避が遅れた。

 そして銃弾は狙い通り無限の左足の関節部を撃ち抜き、完全にさくらの無限は行動不能とされてしまう。

 一方でアンネのアイゼンイェーガーと言えば……

 

「そんな……」

 

 まったくの無傷であった。さくらの霊力波は悪意や敵意を持つ相手へ効果を発揮する。

 つまり霊力で動く霊子戦闘機はその攻撃が無意味になってしまうのだ。

 

 ただし、それは霊子戦闘機の場合である。

 

「参ったわね……まさか、こんな隠し玉があるなんて……」

 

 さくらへ攻撃していたアンネには明確な敵意があった。そのためアイゼンイェーガーは素通りした霊力波がアンネには直撃したという訳だ。

 そしてそれは体力の低下していたアンネにとってある種致命傷と言えた。外傷はなく意識もしっかりしている。ただ、恐ろしく脱力感がしていたのだ。

 

 さくらの霊力波によって敵意と言う名の闘争心を綺麗に吹き飛ばされてしまったためである。

 

『アンネっ! しっかりしろアンネっ!』

『聞こえてるわ……』

『一体何が起きた! 現状を報告してくれ!』

『……アイゼンイェーガーは健在。ただし乗組員が極度の無気力状態、かしらね』

『何?』

『つまり怠いの。そういう訳だからあと任せたわ』

『なっ……アンネっ! 試合はまだ終わっていないぞ! アン」

 

 通信を切ってアンネは小さく笑う。

 

「ちゃんと見てるわよ……。何故だか気怠いだけで不思議と体の調子は悪くないから」

 

 強力な霊力波を浴びた事でアンネの体はいつかのランスロット戦でのさくらと似た事が起きていた。それは霊力の回復である。

 ただし、体力が多少回復しても一度消えた火が点くには時間と労力が必要であるため、アンネはもう戦闘続行が不可能だと判断したという訳だった。

 

「くっ……まさかアンネさえ相討ちとは……」

 

 実際には勝利と言えるのだが、アンネが戦闘意欲を失っている今は引き分けと言えるだろう。

 残ったのは共に隊長機のみ。その一騎打ちに会場から大きな歓声が沸き起こる。

 

『エリスさん』

 

 そんな中、神山がエリスへ通信を繋いだ。本来であれば試合中の相手側との通信はご法度だが、エリスはそれを言うつもりはなかった。

 

(無粋、だったか。今はルールよりも神山の話を聞いてやろう)

『何だ?』

 

 この帝都へ来て、エリスは知らず知らずの間にその内面を変化させ始めていた。

 真面目が服を着ていると言われた事さえあった彼女が、友人を作り、様々な関わりを増やし、感情を様々な事へ動かす事になったからだ。

 そして最近あった一番大きな出来事と言えば、神山との二人きりでの歌舞伎鑑賞だろう。

 

『次の一撃で決めましょう』

 

 告げられた言葉は、ある意味でエリスの望んでいたもの。

 

『次、か。一撃とは、それでいいのか?』

 

 返す言葉はどこか挑発的なもの。

 

『と言うと?』

『私を倒すのには足らないと思うが』

 

 だが、込められたのは一種の心配と信頼。だからか神山も思わず笑った。

 

『ご心配なく。何があろうとその一撃で決めてみせますよ。それぐらいの気持ちじゃないと、貴方には勝てません』

『……そうか。なら私もそうしよう。一撃で終わらせると思わなければ、君は止まらない』

 

 交わす言葉で二人は悟る。やはり自分達は間違っていないと。

 

(今、俺達は戦っている。だけどそれは憎くて戦ってる訳でも、ましてや勝ちたいからでもない)

(私達は、確かめたいのだ。目の前の相手が信を置くに値するか。いざと言う時に背中を預けられる者達かどうかを)

((そう、仲間として……))

 

 静かに構える両者を見て会場が再び静寂に包まれていく。

 

「神様、仏様、お願いや……神山はんを勝たせてぇな……」

「神山さん……」

「次で決めるか……」

 

 祈るように手を組んでいるこまち。不安げな表情で胸に手を当てモニターを見つめるカオル。信頼するからこそ凛々しく映像を眺める令士。

 

「キャプテン……信じてるわ」

「誠十郎……頑張れ」

「ここまできたら後は任せたぜ、神山っ!」

 

 微かな笑みを浮かべているアナスタシア。両手を握り締めて応援体勢のあざみ。拳を力強く握りながら声を出す初穂。

 

「次で、全てが終わる……。でも神山さんなら……」

「隊長……信じてます」

 

 共に機体の外へと出て二機の勝負を見届けようとするクラリスとマルガレーテ。

 

「見せて頂戴ねエリス。貴方の強さを、在り方を……」

「誠十郎さん……勝利を……」

 

 共に純白の異なる霊子戦闘機を見つめるアンネとさくら。

 

(結果はどうでもいい。ただ、自分が納得出来るように、全力を尽くせ、神山……)

(感慨深いな。あのエリスが隊長になって、しかも決勝戦で帝国華撃団花組隊長と対峙してるなんて……。エリス、後悔しないで。自分が納得出来る結果を掴めるように)

 

 大神とレニだけが声に出さず、今を背負う若者へ言葉を送る。

 

 誰もが言葉を発しない。アナウンサーでさえ、雰囲気を読んで沈黙を保っていた。

 ラジオなど放送事故を避けるために会場の音を出来る限り拾っていた程である。

 

 静かにその時を窺うような雰囲気で睨み合う二機の霊子戦闘機。そしてその時は来る。

 

「「……っ!」」

 

 弾かれたように無限がその場から飛び出して二刀を動かす。それをギリギリまで引き付けようとアイゼンイェーガーは攻撃を行わない。

 

「っ!? しまったっ!」

 

 が、そこで無限が左手に持っていた刀を投擲したのだ。反射的にそれを迎撃するアイゼンイェーガーへ純白の無限が凄まじい速度で接近していき……

 

「おおおおおっ!」

 

 振り下ろされた一撃は僅かに仕留めるに足りず、アイゼンイェーガーの片腕を切り落とすのみ。

 咄嗟にエリスが機体を守るべく腕を動かしたのだ。

 

「もらったぁぁぁっ!」

 

 残った左腕で無限へ銃撃を放つアイゼンイェーガー。だがそれも仕留める事は叶わない。

 神山が辛うじて左腕を動かしてその銃撃から急所を守ったのである。

 

(仕留め切れなかったか……っ! だがまだやれるっ!)

(こちらは片腕をやられた。対して向こうは損傷こそあれまだ動かせるらしい。これでは……)

 

 距離を取り再び二刀へ戻る無限。対するアイゼンイェーガーは片腕となり攻撃力が低下していた。

 

「無理……か」

「諦めるなっ!!」

 

 噛み締めるように呟いたその一言に会場中が揺れる程の大声が響き渡った。それはさながら虎の咆哮。全ての者の目を覚ますような、心胆を震わせる魂の叫びだった。

 

 誰もがその声を発した者へ視線を向けていく。それは一機のアイゼンイェーガーだった。

 

「アンネ……」

「エリスっ! 勝負はまだ着いていないっ! なのに諦めるの! 希望を捨てるのっ?! 思い出しなさい! 私達華撃団は、その背に何を背負っているの! 何のために存在しているのっ!」

「何を背負い……何のために存在しているか……」

 

 瞬間、エリスの脳裏に浮かび上がる思い出があった。

 

――あの、隊長、一ついいでしょうか?

――なぁに?

――隊長は、何のために戦っているんでしょうか?

――何のため、ねぇ。エリスはどうなの?

――私? それは勿論この国のためです。

――……合格ではあるけど、それじゃあ満点はあげられないわねぇ。

――満点ではない? では、何が答えなのですか?

 

 それはエリスが第二回の華撃団競技会へ出場する前の事。自分が出場選手である事を告げられた後の、アンネとの会話だった。

 

――私達が背負っているのは全ての人々、その暮らし。故に華撃団は全ての人々の今日を守るために存在しているの。

「……私達が背負っているのは全ての人々、その暮らし。故に華撃団は全ての人々の今日を守るために存在している」

 

 あの日アンネに教えられた言葉を思い出して告げるエリス。それを聞いてアンネは小さく頷くとこう告げたのだ。

 

「エリス、これは実戦ではなく競技会かもしれない。だけど、それでも諦めてしまっていいはずがない。私達の背中には、大勢の人々が、未来があるの。例え矢尽き膝折れたとしても諦める事無く抗い続ける。それが華撃団よっ!」

「……そう、だった。私は、やはりまだまだ未熟な隊長だ。アンネ、また貴方に教えられてしまった」

「エリスさん……」

 

 神山は今のエリスとアンネのやり取りで以前のレニが言っていた言葉の答えを感じ取っていた。

 

(勝ち負けよりも大事な事。それは、俺達華撃団の存在意義と理由を知っていれば明らかだ。競技会での勝敗なんて実戦での結果に影響しない。なら、優勝や三連覇なんてどうでもいい。大切なのはどんな時でも守るべきものをちゃんと守れるかどうかなんだ……)

 

 誰よりもその体質故に長時間戦う事が難しいアンネだからこそ、諦めないで抗い続ける事の大事さを知っている。

 時間が経てば経つほど弱体化するからこそ、絶望的な状況にも希望の灯を絶やす事なく立ち向かおうとするのだ。

 

(……レニさんの言ってた通りだ。きっとどの華撃団隊員よりもアンネさんは諦めないという意味を分かっている)

『エリスさん、手加減はしません。俺はもう一度本気の全力で行きます』

 

 だから神山は決意した。ここで手心など無用だと。

 例え相手に手傷があろうと、恐ろしい敵と対峙していると思って戦おうと考えたのだ。

 でなければ、やられるのは自分だと、そう感じ取ったのである。

 そしてそれはエリスも同様だった。

 

『ああ、それで構わない。今度こそ決着をつけよう』

 

 再び構える二機の霊子戦闘機。まるで先程の焼き直しのようであるが、アイゼンイェーガーの片腕が無くなっている事と無限の片手が損傷しているためにまったく同じとはいかない。

 

 それでも二人にとって関係なかった。その背に背負っているものがあり、それを守りたいとの想いは同じであるのだから。

 故に諦めない。故に引かない。結果よりも挑む姿勢が大事なのだと、そう思って。

 

「っ!」

 

 無限が弾かれるように飛び出す。そこまでも先程と一緒だった。

 アイゼンイェーガーも攻撃する事無く無限を引き付けるようにしている事まで先程と同じ流れだ。

 

 が、ここで先程との違いが現れる。

 

「なっ?!」

 

 無限の左腕が爆発したのだ。先程受けた損傷と手にした刀を投擲しようとした負荷に耐え切れなかったのである。手にしていた刀が爆発の衝撃で空高く弾き飛ばされ、またその影響で無限の姿勢が乱れた。

 

「そこだっ!」

 

 更に変化は続く。無限の挙動がおかしくなったのを見たエリスが先程切り落とされたアイゼンイェーガーの右腕を投げつけたのだ。

 先程とは逆の展開に神山は何とか対応し、機体を動かして回避する。

 だがそこへアイゼンイェーガーが急接近していた。その左腕の銃口を突き付けるようにして。

 

「これで終わりだっ!」

「っ! 諦めてたまるかっ!」

 

 無理矢理な姿勢から刀を突き出して銃口を貫く無限。それによる爆発で刀身が折れてしまう。

 しかしそれでも既に放たれた数発の銃弾が無限を襲い、神山の体を揺らしたのだ。

 

「「ぐうぅぅぅっ!」」

 

 互いに受けたダメージに体を苛まれながら何とか体勢を立て直す神山とエリス。

 だが共にその手に武器はなく満身創痍。

 

(ここまでか……。引き分け、だろう)

 

 互いの状況を判断し神山が息を吐こうとした瞬間だった。両腕を失ったアイゼンイェーガーがこちらへ向かって突撃してきたのだ。

 

「まだだっ! まだ終わってないぞっ!」

「エリスさん!? くそっ!」

 

 神山はその突撃を何とかかわして床に転がっている折れた刀身を見つけた。

 

「これなら……ん?」

 

 右腕で刀身を拾おうとする神山だったが何かに気付いて空を見上げる。そしてある考えを持って手にした刀身を向かって来るアイゼンイェーガーへと投げつけた。

 

「これでっ!」

「そんな物に当たるかっ!」

 

 飛んでくる刀身を危なげなく回避し、エリスは身動きしない無限へと向かっていく。

 

「もらったぞ! 神山っ!」

「っ!」

「何? 上か!」

(どうしてだ? 何故ここにきてこんな見え見えの動きを……)

 

 再び突進をかわした無限だが、その動きは単純な上昇。エリスは何故と思いながらも視線を上げて、神山の狙いに気付いた。

 

「くっ……眩しい……」

 

 太陽の光で視界が遮られてしまったのである。それでもエリスはならばと視線を下へ向け、影を頼りに無限を迎え撃とうとした。

 

「……ん?」

 

 だがしかし、そこで彼女は違和感を覚えた。無限の影に妙な突起が出来ているのだ。

 頭部にアンテナらしきものがあるようなそれにエリスは疑問符を浮かべていたのだが、ふとある事が頭を過ぎって息を呑んだ。

 

(そうだ。あの時神山の機体が持っていた刀は二つ。一本は折れたが、もう一本は……っ!)

 

 弾かれるように後方へと下がったアイゼンイェーガーの目の前に、右手に刀を持った無限が切りかかるように現れる。

 

「残った刀を手にしたのか!」

「うおおおおっ!」

「くっ! 負けるかっ!」

 

 片手で刀を構えながら突進する無限と、それを迎え撃つように突撃しようとするアイゼンイェーガー。

 だが当然武器がある分無限の方が間合いが長い。しかも神山は斬りかかるのではなく突きを繰り出した。

 

「っ?!」

 

 しかし、それをまったく回避する事もなくエリスはアイゼンイェーガーを動かしたのだ。それを見て神山が刃を引いた。

 結果、アイゼンイェーガーが無限を突き飛ばす。激しく床へ叩きつけられながら転がり、それが止まった時、無限から煙が上がった。

 

「か、勝った……のか?」

 

 まったく反応のない純白の無限を見つめ、エリスは呆然と呟く。

 確かめようとアイゼンイェーガーを動かそうとするも先程の衝撃でエリスも機体が動かなくなっており、通信回線を開いて神山へ呼びかけようとして……

 

「馬鹿な……」

 

 ゆっくりとだが、たしかに起き上がろうとする無限を見たのである。

 

『ま、まだまだ……俺は、戦えます』

『無茶だ神山。既にそちらの機体は限界を迎えている』

『いえ、また動きます。こいつはね、俺の信頼出来る男が整備してくれてるんですよ。これぐらいで動かなくなるような仕事、しません』

「あいつめ……無茶しやがる」

 

 神山の言葉を聞いて令士が嬉しそうに呟いた。それでもそれを隠すように最後には呆れたような声を出すのだから男同士の友情というのは分からないものだ。

 

『それに、俺達の背中にはシャオロン達上海華撃団、アーサーさん達倫敦華撃団、それぞれの想いが乗せられているんです。だから負けられないんですよ、何があっても』

『ここまで来るのに倒してきた者達の想い、か。だが、それでも私達が勝つ!』

「いえ、私達の負けよ」

『『っ』』

 

 聞こえた声に神山とエリスが顔を動かす。すると二人のいる場所近くにアンネの乗るアイゼンイェーガーが立っていたのだ。

 

「アンネさん……」

「アンネ、私達の負けとはどういう事だ?」

「一つは今の状況。カミヤマ君は機体が動くけど、エリスは動かない」

「一つ? では、他は何だ?」

 

 その問いかけにアンネはアイゼンイェーガーを動かしてマルガレーテのいる方を向いた。

 

「マルガレーテ、貴方は分かる?」

「えっ!?」

 

 突然尋ねられ戸惑うマルガレーテだったが、それでも素早く意識を切り換えるとやや苦い顔をしてこう答えた。

 

「本来なら、エリス隊長のアイゼンイェーガーが倒れていたからです」

「なっ……」

「そうよ。さすが、よく見てたわねマルガレーテ。エリス、最後の激突の際、カミヤマ君が刀を突き出したわ。そこまではいい?」

「ああ」

「だけど、彼はそれが貴方に当たる前に何故か刃を引いた。だから貴方の負けなの」

「…………そういう事か」

 

 そこまで言われてエリスは気付いたのだ。神山が何故刀を引いたのか。それは自分にあったのだと。

 

「私を殺してしまうかもしれない。そう思ったから、君は刀を引いたんだな」

「……だけど、俺に腕があればそこでしっかりとエリスさんの動きを止めて勝てたはずですから」

「いや、きっとそれでも君は刃を引くだろう。そうか、私は勝つ事にだけ囚われ、神山は最後の最後でそれよりも大事な事を思い出したか。私達の、いや私の負けだな」

 

 そう告げてエリスはアイゼンイェーガーから降りた。真夏の日差しを浴びながら、彼女は後ろを振り返る。

 

「……すまない、アイゼンイェーガー。そしてありがとう。そんなになるまで私に付き合ってくれて」

 

 両腕を失い、機体のあちこちを傷だらけにしながらも戦い続けてくれた愛機へ感謝を述べ、エリスは前を向いた。

 

「神山、見ての通りだ。私の機体はもう戦闘可能ではない。君の勝ちだ」

「エリスさん……」

「私も機体は無事だけど戦えるだけの気持ちはないわ。それに、私達の隊長が負けを認めたのならそれに異議を申し立てるのもみっともないじゃない?」

「アンネ……」

 

 そうしてアンネが自分のアイゼンイェーガーを動かして無限の右腕を上げさせた。それは、勝者を告げる動き。

 

『皆様っ! ご覧くださいっ! 伯林華撃団のアイゼンイェーガーが、帝国華撃団の無限の手を高々を上げました! 勝者は無限! 優勝は帝国華撃団ですっ!』

 

 間違いなく今までで一番の大歓声が上がった。スタジアムだけでなく、帝都の、日本中のあちこちで声が上がったのだ。

 

 今ここに伝説の一部が甦った。全ての始まりたる帝国華撃団。その復活が見事に示されたのである。

 

「……負けちゃったね」

「うん。でも、この負けは勝ちにも等しい負けだ」

「え?」

 

 モニターを見つめるレニはどこか嬉しそうに笑っていた。

 

「エリスは隊長としてしっかりと自分の在り方と考えを見せた。それにアンネは安心して完全に隊員へ戻る事が出来るはずだ。そしてマルガレーテはきっとそんな二人を見て色々考え始めてくれる。伯林華撃団は、また強くなるよ」

「レニ……」

「どうしても軍隊色の強い伯林華撃団はその規律などが厳しくて帝国華撃団のような雰囲気が作れなかった。僕も僕なりに頑張ったんだけど、どうしてもね」

「そうなんだ。でも、あの子達はみんないい子だったよ?」

「勿論みんないい子さ。だけど、融通と言うか、協調性がない傾向が強くて……」

 

 そこでアイリスは悟った。だからレニはマルガレーテを連れて来たのだろうと。

 

「ねぇ、あのマルガレーテって子、一番年下?」

「うん。だけど参謀としては優秀なんだ」

「……あの子がみんなと仲良くなろうとし出したら、伯林華撃団は変わる?」

「…………そうなってくれるといいなって思ってる」

「俺はそうなると信じているよ」

 

 聞こえた声に二人が弾かれるように振り返ると、そこには大神が立っていた。

 

「隊長……」

「お兄ちゃん……」

「やぁ。アイリスまでここにいるとは思わなかったよ」

「どうしてここに?」

「レニがどうしてあの提案を認めたのか聞きたくてね。でも、今ので何となく分かった」

 

 そう言って大神は二人の近くへ立った。その視線はモニターの中の光景を見つめている。

 

「……決勝戦らしくお互い派手にやったものだ。しばらく神山達もそちらも出撃出来ないな」

「そうだね。でも、だからこそ納得出来る。あと、やっぱり神山は隊長にどこか似てるよ」

「うん。特に女の子にだらしないとこ」

「ぐっ!」

 

 アイリスの明るい声で放たれる言葉の矢が大神の心を突き刺す。実際、数年ぶりに合うかつての花組隊員達は全員あの頃よりも色気や魅力を増していて、大神の心をざわつかせていた。

 

「でも、ちゃんと優しくて強い」

「レニ……」

「そうだね。それと、守って欲しい事は守ってくれる」

「アイリス……」

 

 そっと大神の両側に位置取り、二人は彼へ体を寄せる。女性特有の柔らかさを持った感触が大神の腕へ触れた。

 

「ねぇ、一郎さん?」

「……何だい?」

「アイリスね、あの頃は嫌だったけど、今ならいいよって言えるんだ」

「え?」

「一郎さんがアイリス以外にさくら達もお嫁さんにしたいって、そう言っても」

「なっ!?」

 

 思わぬ言葉に大神が目を見開く。すると反対側の腕の感触が強くなった。慌てて大神が顔を動かせばレニがやや赤い顔で彼を見上げている。

 

「隊長、僕もいいよ。それで隊長やみんなとまた一緒にいられるのなら……」

「れ、レニまで……」

「それとも、僕とアイリスの二人?」

「あはっ、まだ二十代コンビだもんね。どう? あの頃よりも大人になったアイリスとレニ、見せてあげよっか? こう見えてもレニも意外とあるんだよ?」

「あ、アイリスっ! 止めてよ! 恥ずかしい……から……」

 

 そう言いつつも大神の腕から離れる事をしないレニ。それを見てアイリスは楽しそうに微笑んで大神を見つめた。

 

「お兄ちゃん、あの頃のアイリスはまだ子供だったから分からなかった。あの頃のお兄ちゃんが何を思って、何を悩んでたのか」

「アイリス……」

「子供じゃないって思ってた頃が子供だったって、今のアイリスは分かったから。思い出してみれば、かえでお姉ちゃんやかすみお姉ちゃんは自分の事を大人だって言ってなかったもんね」

 

 少しだけ懐かしそうに微笑み、アイリスはレニへ顔を向けた。

 

「後はレニがどうぞ? アイリスは言いたい事言ったから」

「分かった。えっと、隊長」

「な、何だ?」

 

 珍しく押され気味な大神。やはり大人でありながら子供の頃と同じような振る舞いをするアイリスには振り回されてしまうのだろう。

 それでも逃げないで向き合う辺りに大神が今も彼女達に想いを寄せられる理由がある。

 

「もう、選べないからって理由で一人にならないで欲しい。隊長が僕らの事を真摯に、誠実に考えてくれたのは分かるけど、それで結局みんなそれぞれ傷を負った。隊長が今の生き方を貫くならそれでもいいけど、それで傷付くのは隊長だけじゃない事を、忘れないで」

「…………ああ。そう、だな」

 

 そこで大神は一度深呼吸をしてレニとアイリスをそっと抱き寄せた。

 

「「え?」」

「嫌かな?」

 

 思わぬ行動に動揺しつつも見上げた二人は、大神の問いかけに無言で首を横に振る事しか出来なかった。

 

「そうか。その、二人の言葉で俺は思い知らされたよ。あの頃に出した俺の答えは、君達の事を考えているようで考えてなかったんだと。傷付けてもいいから俺は俺の気持ちを告げるべきだったんだ」

「お兄ちゃん……」

「隊長……」

「その結果、織姫君やグリシーヌに女性として言いたくないだろう言葉まで言わせてしまった。本当に、駄目な男だったな、俺は」

 

 軽く自嘲し大神は息を吐いて告げる。

 

「アイリス、レニ、ありがとう。遅くなったかもしれないが、俺は俺なりにもう一度自分の心と、そして君達と向き合ってみようと思う」

「……うん、それでこそ隊長だ」

「そうだね。やっとお兄ちゃんらしい顔になった」

「そうか。やっと俺らしく、な」

 

 噛み締めるように呟いて大神はモニターを見つめる。そこに映る握手を交わす神山とエリスの姿に、紛れもない世代交代を感じながら……。

 

 

 

「本当に、優勝したんですね、わたし達」

 

 帝劇への帰路を行く翔鯨丸の中でさくらがぽつりと呟く。その見つめる先には第三回華撃団競技会優勝と書かれたトロフィーがある。

 

「そうですよ。まぁ、実感が薄いのは分かりますけど」

「だよなぁ。何て言うか、状況が状況だから式典も簡素だったしよ」

「ほとんどトロフィーの授与だけだったものね」

「うん。でも仕方ない。誠十郎達もマルガレーテ達もボロボロ」

「令士とカオルさんには凄まじく叱られてしまったよ。ただ、優勝したのと疲れてるからで程々にしてくれたらしいけどな」

 

 一人疲れ果てたような顔をしている神山だったが、それでもどこかその表情は晴れやかだ。

 

 それは会場を後にする前の出来事にあった。

 

「神山っ!」

 

 無限やアイゼンイェーガーの回収を終え後は優勝式典のみとなり、その準備のための僅かな休憩時間に待機所へシャオロン達上海華撃団とアーサー達倫敦華撃団が姿を見せたのだ。

 

「シャオロン? それにユイさんにミンメイまで……」

「神山、それと帝国華撃団のみんなっ! 優勝おめでとうっ! 約束、果たしてくれたね!」

「お、おめでとうございますっ!」

「ありがとう。これも上海が俺達に最初の壁として立ちはだかってくれたおかげだ。本当に、感謝してる」

 

 神山の言葉にシャオロン達がそれぞれ苦笑した。負けた事に感謝されているような気がして複雑な気分となったのだ。

 

「決勝戦、君達らしい内容だった。華撃団の人間として、考えさせられる事も多くあった試合だったよ」

「アーサーさん……」

「さくら、また強くなってたね。あたし、再戦が楽しみになってきたよ」

「わたしもです。ランスロットさん達が帰国する前に必ずやりましょう」

 

 笑みを見せ合うさくらとランスロットを横目に、モードレッドが視線をクラリスへと向けた。

 

「おい、お前は大丈夫なのか? 結構派手にやられてたのに」

「ご心配なく。この通り、もう元気ですから」

「あら、モードレッドが誰かを心配するなんて珍しいわね」

「だよなぁ。もしかして、お前クラリスに惚れてんのか?」

「ええっ!?」

「ばーか、違うっての。まぁ、今の俺達はあの時の罰で、その、そっちとは仲間だ。なら……心配ぐらいしても……おかしくねーだろうがっ!」

 

 言ってる内に恥ずかしくなったのか、声量が段々小さくなっていき、最後など照れ隠しに声を荒げて顔を背けてしまった。

 それにその場の全員が笑う。するとそこへ姿を見せる者達がいた。

 

「これは……盛況だな」

「本当にねぇ」

「相変わらず人を集めるのが得意ですね、帝国華撃団は」

「エリスさん? それにアンネさんとマルガレーテさんも……」

 

 まさかの伯林華撃団の出現にさすがのシャオロン達も驚きを隠せなかった。

 何せ彼女達は三連覇を阻止されたのだ。しかも後一息までそれに手が掛かっていたのである。

 自分達に置き換えればすぐに切り替える事が出来るかどうか分からない内容。にも関わらず誰一人としてそれを気にもしていないように見えたのだから。

 

「神山、改めて優勝おめでとう。そして帝国華撃団の復活もだ」

「本当にね。まざまざと見せられたわ」

「いや、今回の事は色々出来過ぎただけです」

「それでも結果は結果よ。そして、これで私達降魔大戦後の華撃団は莫斯科以外全て帝国華撃団に敗北した事になる」

 

 そうマルガレーテが告げるとその場にいた誰もが微妙な表情を浮かべた。

 由緒ある帝国華撃団が復活を遂げた事はめでたいし喜ばしい事ではある。それでも、かつての三華撃団無き後を支えるために頑張ってきた華撃団のほとんどが帝国華撃団に負けたという事実は重い。

 

「いえ、俺達は一つだけ完全に勝っていない華撃団がありますよ」

 

 その神山の言葉に誰もが疑問符を浮かべ、若干の間を開けた後に揃って小さく声を漏らした。

 

「俺達は、本来なら初戦敗退です。上海華撃団に負けていたんですから」

「神山……お前……」

 

 笑みを浮かべてシャオロンへ顔を向ける神山。その表情は勝ち誇るものではなく、感謝の微笑みだった。

 

「もしあそこでシャオロン達が異議を申し立てていたら、俺達はこうして決勝戦へ来る事は出来なかったかもしれません。ある意味では、あの戦いこそが俺達には真の決勝戦でした」

「っ……それ、私の言葉……」

 

 神山の告げた言い方にユイが小さく胸を押さえる。覚えていてくれたのかと、そう思ってくれていたのかと、そう思って。

 

「だから、俺達は優勝してもそれは最初から最後まで自分達の実力で成し得たものではありません。上海や倫敦との戦いで成長出来た結果、今の栄光を掴む事が出来たんですから」

「……神山、本当に君と言う男は」

 

 エリスを真っ直ぐ見つめて断言する神山。その眼差しと表情に好感を覚えてエリスは柔らかく微笑んだ。

 

「それに、そう考えれば初戦に倫敦と当たっていれば間違いなく負けていたでしょう。そして上手く勝ち上がれたとしても、直接二つの華撃団とぶつかった経験がなければ、そちらが最初から直接対決を申し出ていなければ、伯林に勝つ事は出来なかったと思います」

 

 迷いなく言い切る神山に誰もが笑みを浮かべていた。もうみんなが分かっていたのだ。神山が何を言いたいのかを。

 

「優勝したから帝国華撃団が最強、なんて馬鹿馬鹿しい。そうカミヤマ君は言いたいのね?」

「そういう事です。シャオロン達とは話したんですが、ここにいるのがそれぞれの華撃団の全員じゃないですよね?」

「ああ。……そうか、そういう事か」

「え? 何々、アーサー、どういう事?」

「あのなぁ、俺達倫敦華撃団も上海華撃団も、伯林華撃団だってその隊員が勢揃いしてる訳じゃないだろ。これはあくまでその代表である各華撃団の精鋭部隊だって言いたいんだろうさ」

「ナルホド……」

 

 モードレッドの呆れた言い方にランスロットが納得するように頷くのを見て、周囲は若干苦笑していた。きっと今のようなやり取りがよくあるのだろうと、そう思って。

 

「つまり、貴方は本当に最強を決めるのならそれぞれの華撃団が勢揃いしてぶつかる必要があると?」

「もし本気で決めたいのなら、ですね」

 

 マルガレーテへそう告げて神山はさくら達へ目を向ける。

 

「みんなもそう思ってますよ。この優勝はあくまで各華撃団の精鋭と帝国華撃団なら俺達に軍配が上がっただけだって。そちらも組み合わせなどを変えられたのなら、きっと結果は変わってます」

「はい。私達は六人で戦いましたけど、ユイさん達は三人ですし……」

「しかも伯林以外はある程度その手の内を見せています」

「それに、あざみ達は桜武なんていう隠し玉もあった」

「ま、運が良かったんだよ。今回は、さ」

「そうね。だからこそより伯林の二連覇の凄さが分かるわ」

 

 予想だにしないところで名前を出され、エリスは気恥ずかしそうに顔を背けた。

 

「い、いや、それは私の力ではなくアンネの」

「同じ事よ。それにエリスも第二回には参加してたじゃない。胸を張りなさい」

「アンネ……」

「そうです。エリス隊長の美点でもあり欠点でもありますが、謙遜も行き過ぎれば嫌味です」

「マルガレーテ……そう、だな。仲間からの賛辞は素直に受け取っておこう」

 

 柔らかな笑顔でそう告げるエリスへアンネがからかうような表情を見せた。

 

「あら? アナスタシアは友達でしょ?」

「友達……そうか。そうだった。アーニャは友人だ」

「「「「「「「「「「アーニャ!?」」」」」」」」」」

 

 エリスの口から出た呼び方に神山とアナスタシア、そして伯林の二人を除いた全員が驚きを見せる。

 そんな周囲の反応に神山は自分の事を思い出し、アナスタシアは三度目のそれに苦笑した。

 一人エリスは不思議そうに小首を傾げて、何故そんな反応をするのかが理解出来ないような表情を浮かべていた。

 

「何か問題だろうか? 私とアーニャは歌舞伎仲間なのだが……」

 

 今度はその発言に驚きの声が上がり、エリスは増々不思議そうな顔となっていく。

 そしてそこで誰もが思うのだ。あれ程の激しさと苛烈さを持つエリスも、普段はどこかずれた一面を持つ乙女なのだと。

 

 そんな楽しく賑やかな待ち時間の後、簡略的な式典を終えて現状に至るのだ。

 

「これで残るは夜叉と謎の上級降魔だけだ」

 

 その噛み締めるような神山の言葉に全員が頷く。もうこれからは帝国華撃団だけでこの街を、国を守らなければならない。それだけの力を、強さを他の華撃団が与えて、鍛えてくれたのだ。

 

「でも、今はキャプテンは体を休める事よ」

「そうだぜ。今にも寝そうな顔してるぞ」

「そ、そんなにか?」

「うん。ヘトヘト」

「ふふっ、神山さんが一番激戦でしたから」

「誠十郎さん、帰ったら汗だけ流して寝てくださいね?」

「……分かった。お言葉に甘えてさっさと寝る事にするよ」

 

 その言葉通り、帝劇へ到着した後、神山は大神から労いの言葉をもらうと素早く大浴場へ行き、汗を流して自室へと戻って死んだように眠った。

 さくら達も明日の閉会式のために早々と寝る事にして、神山から遅れる事一時間後にはそれぞれも自室へ眠りに就いた。

 

 そんな中、不気味に蠢く闇がある。

 

――これでこの地にいる華撃団の力は把握した。機は熟した、か……。

 

 口の端を吊り上げ闇は笑う。終幕を告げるように、破滅の鐘の音が鳴り響こうとしていた……。




次回予告

祭りは終わる。別れと共に。
宴が始まる。裏切りと共に。
でも、その裏切りは望むものではない。
だけど、その裏切りは初めてではない。
次回、新サクラ大戦~異譜~
“裏切りの仮面”
太正桜に浪漫の嵐!

――モギリ君っ! 自分を信じてっ!
――それが、帝国華撃団ですよ~!

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