新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

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華撃団の隊員に必要なのは力の強さよりも心の強さ。隊長ともなればそれは余計だと思います。

まぁ比較対象が大神や新次郎ではハードルが高い気もしますが……。


今芽吹く新たなる花 後編

 格納庫を出てカオルと別れた神山はそのまま地下の探索を行っていた。そこで彼はとある場所を見つける。

 

「これは……風呂か?」

 

 暖簾に入口前には風情を出すための木札。まるで旅館の大浴場を思わせるそれに神山はふむと腕を組んだ。

 

(少し中を見てみるか)

 

 彼も日本人らしく風呂好きである。入浴する事は無理でも少し内観を見ておきたいと思うのは自然であった。

 暖簾をくぐり戸を開ければ、中は銭湯の脱衣所を思わせる作りとなっている。休憩できるような場所もあり、大きな鏡の洗面台に数多くの脱衣籠。どれも銭湯を思わせるものだ。

 

「おおっ、これはいいな」

 

 ならば浴室はどうなっているのかと、そう思って戸へ手をかけた時だ。ふと神山はここがどういう場所かを思い出した。

 

(っ!? 俺が来るまではここは女の園。支配人がいたとはいえ、おそらくここを使う時は細心の注意を払ったか時間帯を決めていたはずだ)

 

 そう、帝劇は女所帯。故にその設備のほとんどは女性用と言っても良かった。神山は名残惜しく思いながら風呂場から出る。

 幸いにして誰も入ってこなかったため、彼が無実の罪で糾弾される事態にはならなかった。

 

(危なかった。後でさくら達全員に断ってからここへ入りにこよう)

 

 それでも広い風呂は諦められない。そう思って顔を上げた神山は通路から姿を見せた小柄な少女と目が合った。

 

「「あっ……」」

 

 訪れる一瞬の沈黙。少女の目が神山から横の大浴場へ移り、表情が瞬時に驚きへと変わる。

 

「へ、変態だぁぁぁぁっ!」

「ま、待てっ!」

(このままでは不味い。どうする!?)

 

 神山の頭が凄まじい速度で回転を始め、この状況をどう切り抜けるかと考える。その結果出てきた選択肢は……

 

“俺は変態じゃない!” “君こそ変態だ!” “どうしてここに部外者がいるんだ!”

 

 そこで神山が選んだのは一つだった。

 

「どうしてここに部外者がいるんだ!」

「なっ……それはあんたでしょうが!」

「違う! ……俺は帝国華撃団花組隊長、神山誠十郎。ここにいるのは夜の見回りの一環だ。それで、君こそ誰だ? 俺が出会った関係者に君のような少女はいないんだが?」

「なっ……隊長? あんたが?」

 

 神山の名乗りと言葉に少女の警戒心が僅かではあるが薄れていくのを見て、彼は内心安堵していた。

 

(良かった。何とか誤解は解けそうだ)

 

 ただ、少女は神山の事をまだ疑うような目で見つめていた。

 

「あんたが隊長だって言う証拠は?」

「なら、大神支配人に聞いてくれ。で、逆に君が不審者ではない証拠は?」

「こっちも大神司令に聞いてくれればいいわ。上海華撃団のホワン・ユイよ」

「そうか。なら、一緒に支配人室まで来てくれ」

「ええ、いいわ。どうせ今から行くところだったし」

 

 こうして神山はユイと共に支配人室へと向かい、そこで頬に絆創膏を貼った少年と出会う。

 

「俺はヤン・シャオロンだ。上海華撃団の隊長をしている」

「はじめまして。帝国華撃団花組の隊長、神山誠十郎だ」

「はじめまして、か。ま、そうだな」

 

 少し引っかかるものを覚えながら、神山は差し出した手を握るシャオロンを見つめた。

 

「すまないが二人共、俺に付いて来てくれないか。神山、君もだ」

「「「はい」」」

 

 大神の事を見る二人の顔はとても凛々しいものだった。言うなれば尊敬する相手を見るような眼差しで、シャオロンもユイも大神を見つめていた。

 

 大神に連れられ神山達は二階へと向かう。行き先はサロン。そこにさくら達の姿もあった。

 

「やあ、待たせたね」

「支配人。それに神山さんと……」

「上海華撃団のお二人も……」

「何だよ、こんな時間に。事件か?」

「そうじゃない。俺とユイは帝都の防衛の事で大神司令に呼ばれたんだ」

「さくら、元気そうね」

「うん」

 

 ややぶっきらぼうに返すシャオロンとさくらへ笑顔を見せるユイ。そんな二人を見て大神はどこか苦笑するも、すぐに真剣な表情へ戻して口を開いた。

 

「実は、君達に聞いて欲しい事がある。今回開催される世界華撃団大戦へ、俺達帝国華撃団も出場する事を決めた」

「「「「「っ?!」」」」」

「世界、華撃団大戦?」

 

 息を呑むさくら達とは違い、神山だけがその言葉の意味を理解出来ず困惑していた。大神はそんな神山へ視線を向けて説明を始める。

 世界華撃団大戦とは、世界中にある華撃団が二年に一度集まり、その力を競うもの。演技を競う“演舞”と戦技を競う“演武”の二つで勝敗を決める大会だった。

 

「待ってくれよ大神司令! こんな状態の帝国華撃団で出場って本気か!」

「ああ、やっと隊長も決まったからね」

「そんな……司令や紅蘭さん達が現役だった頃ならともかく、今の帝国華撃団に華撃団大戦で活躍出来る力はないぜ!」

 

 シャオロンの言葉にさくら達が悔しげに俯いた。実際神山もシャオロンの言葉に頷きたくなった程だ。現状の戦力はないに等しく、芝居の評判もよろしくない。どこからどう見ても他の華撃団に勝っている部分はないと言えた。

 

「ははっ、シャオロンは相変わらずはっきりと言ってくれるな。だけど、俺達は勝ち目のない戦いなら挑まなくてもいいかい?」

「っ……」

 

 優しい表情と声だが、その言葉の重みを感じてシャオロンが言葉に詰まる。それを見て大神は視線を神山へ向けた。

 

「神山、君はどう思う?」

「それは……」

 

 大神の問いかけに神山は静かに自問した。

 

(俺達は華撃団だ。それは戦力の有無や状況でも変わらない。なら……)

 

 今日、支配人室で聞いた言葉が神山の頭に響き渡る。

 

「例えどんなに厳しい戦いでも、俺達華撃団は戦います。俺達は、力無き人達の盾であり剣なんです」

「そうだ。そのためにも、今回の華撃団大戦で世界中に示すんだ。戦力の差が、そのまま勝敗に繋がる訳じゃないと」

「はいっ!」

「誠兄さん……」

「そうだよな……諦めるにはまだ早いよな」

「隊長は、本当に前向きなんですね」

 

 顔を上げたさくら。顔を上げる初穂。まだ少し俯いているクラリス。それでも、その雰囲気にもう悔しさはない。

 何故なら三人は小さく笑みを浮かべていたからだ。来たばかりの新任隊長が、状況を知ったはずの人間が、誰よりもこの帝劇の持つ可能性を信じているのだから。

 

 空気が変わった事を感じ取り、シャオロンとユイは小さく目を見張る。これまでさくら達がこの手の話題で彼らの前で明るくなった事はなかったのだ。

 

「さくら……」

「……成程な。大神司令が見込んだだけはあるってか。いいぜ、そういう事なら……っ!」

 

 凛々しい顔つきの神山を指さし、シャオロンは握り拳を見せる。

 

「俺達が身の程を思い知らせてやるっ! 覚悟しとけ、帝国華撃団っ!」

「ああ、受けて立つ。俺達だってただやられはしないっ!」

 

 睨み合う両隊長。その様子をどこか心配そうに見つめるさくらへユイがそっと近づいた。

 

「さくら」

「ユイさん……」

「あんたの頑張りはよく知ってる。だから、もしもの時は上海華撃団においでよ。あたしがみんなに掛け合うから」

「ありがとう。でも、わたしは帝国華撃団が、帝劇が好きなんだ。だから、ごめんなさい」

「……そう」

「ユイ、帰るぞ」

 

 さくらの静かだが強い決意を感じ取り、ユイはそっとその場から離れる。去っていく背中を見つめ、神山は小さくだがはっきりと告げた。

 

「俺達は、決して弱くない。それを、誰よりも俺達自身へ見せないといけないんだ」

 

 その言葉にさくらが、初穂が、クラリスが頷く。そんな様子を眺め、大神は静かに笑みを浮かべるのだった……。

 

 

 

「舞台を成功させる秘訣?」

「はい。まだみんなには自信が足りません。それを舞台の方でも得てもらうには、それを成功させるしかないと」

 

 翌朝、どうしても聞きたい事があると支配人室を訪れた神山。その質問に大神は瞬きをして、その背景を気付いて複雑そうな表情を浮かべた。そこで神山も悟るのだ。もう大神も自分と同じ事を考えていたのだと。

 

「成程。もうそこまで考えているのか」

「と言う事は、やはり支配人も?」

「ああ。実はもう一つそれに関係する問題があるんだ。今、帝劇が資金不足に陥っているのは聞いているかい?」

「はい、カオルさんから聞かされました。そのせいで帝都の守りを上海華撃団に頼っていると」

「そうなんだ。実は、過去にも帝劇が資金不足に陥った事があるんだが」

「ホントですか! なら、その時の解決法を」

「無理だ。いや、現状ではと、そう訂正しよう」

 

 その言い方だけで神山は理解した。理解出来てしまったのだ。何故なら過去と今には明確な違いというか差が存在しているからである。

 

「演劇で、何とかしたんですね?」

「……そうだ。さくら君達が、当時の花組が頑張ってくれたんだ」

 

 もう言葉はいらなかった。大神がこう言ったと言う事は今の花組では同じ事は難しいと言う事だと、そう神山にも痛い程伝わったのだから。

 

(でも、そこまで酷いんだろうか?)

 

 と、そこで神山は気付く。まだ自分はさくら達の芝居を見た事がないと。

 

「あの、そんなにさくら達の芝居は酷いんですか?」

「気になるなら見てみればいい。近く公演があるから舞台で練習をしているはずだ。百聞は一見にしかず。自分の目と耳で確かめた方が良いからな。これはどんな事にも言える」

「そう、ですね。分かりました。貴重なお時間を頂き、ありがとうございました」

 

 一礼し神山は支配人室を後にする。その閉まったドアを見つめ、大神は小さく呟いた。

 

――あの頃の俺よりも彼は厳しい状況にいる。だが、彼の目はあの頃の俺に負けていない、か……。

 

 大神が過去を思い返しながら業務へ取り掛かり始めた頃、神山は舞台目指して歩いていた。相変わらず活気のない劇場内をどこか憂いながら、彼は大道具通路を通って舞台へと出た。

 

「おっ、やってるな」

 

 そこではさくらと初穂が手に小道具であろう剣を持って立ち回りの真っ最中だった。その様子をクラリスが台本を手に見つめている。

 邪魔をしては悪いかと思った神山は、そのままの位置で三人の様子を見守る事にした。

 

 やがてクラリスがため息を吐いて手を叩いた。その瞬間さくらと初穂の動きも止まる。

 

「……さくらさん、台詞を一つ飛ばしています。初穂さんは逆に台詞を増やしてます」

「ご、ごめん」

「わりぃ」

 

 その様子を眺め神山は大神が今はと訂正した理由を感じ取っていた。たしかに今のさくら達に大勢の人を動かすような芝居は出来ないだろうと。

 

(これは前途多難だな……)

 

 これ以上芝居に関して素人の自分がここにいても仕方ないと判断し、神山はそっとその場を離れた。

 

(頑張れ、三人共)

 

 ただ、その胸中でさくら達の成功を願ってはいたが。

 

 それから一週間程、神山は雑務に追われる事となる。同時にさくら達との関わりも増え、多少ではあるが互いの事を知り合う事も出来始めた。

 それでもやはりクラリスからは距離を感じ、さくらからは少々近すぎる距離感で迫られ、初穂にはどこか頼りないと思われていた。

 

 そして迎えた公演初日、帝劇にある人物が姿を見せる。

 

「ここは相変わらず、ですわね」

 

 紫が鮮やかな着物を着こなし、懐かしげな眼差しで劇場内を見回す女性。そこへ急ぎ気味にカオルが姿を見せた。

 

「す、すみれ様っ!」

「あらカオルさん、そんなに慌ててどうかしまして?」

 

 そう、女性の名は神崎すみれ。かつての帝国華撃団花組の隊員であり帝国歌劇団トップスタァだった女性である。

 そしてカオルをこの帝劇へ出向させたのも彼女だ。つまり、カオルにとっては仰ぐべき主人であった。

 

「慌てもします。来てくださるのなら前もって連絡を頂ければちゃんと出迎えを」

「無用ですわ。今の私はただの帝劇を愛する一人の人間。社会的立場こそあれ、本質的にはここへ来られている方達と何も大差ありませんもの」

「それは……」

「カオルさん、私は貴女の仕事への意識や取り組み方を大いにかっています。個人的な感情を業務より優先する事はないと信じていますが、大丈夫ですわね?」

「っ……はい。これは、劇場の外に高級車が来たと聞いたので確認をしただけです。今日は来賓の予定などなかったものですから」

「ならばよかったですわ。たしかに私も些か配慮が足りませんでした。今度は事前に中……いえ、支配人へ連絡いたします」

「そうして頂けると助かります。では、ごゆっくり」

「ええ」

 

 一礼して経理室へと戻っていくカオルを少しだけ見送り、すみれは売店の方へ歩き出す。

 その光景を一階ロビーの階段付近で眺めていた神山は、ある意味で圧倒されていた。

 

(な、何て優雅な女性だ。あれが、かつてのトップスタァの雰囲気か……)

 

 すみれの放つ空気感に飲まれ、神山はその場から動く事が出来なかったのだ。それでも彼は表の仕事であるモギリをするべく意識を切り換える。

 ただ、残念ながら公演初日にも関わらず客足はとことん鈍かった。いや、皆無に等しいとも言えた。と、そんな状況に項垂れそうな神山へすみれが“ももたろう”の券を差し出す。

 

「いらっしゃいませ」

「お願い出来るかしら」

「かしこまりました。本日はありがとうございます」

 

 例え何があろうと笑顔で。そう思っての神山の対応にすみれは小さく笑みを浮かべた。

 

「そう、それで良いのです。例え観客が一人でも、その一人を大事にすればその一人が二人目の観客を連れてきてくれますわ」

「はい。ごゆっくりお過ごしください」

 

 一階客席へと向かう背中へ神山は深く頭を下げて見送る。すると、その背中が軽く叩かれた。

 

「……支配人」

「やあ、お客様の入りはどうだい?」

「その……」

 

 どう答えるべきか。神山の中にいくつかの答えが浮かぶ。

 

“さっぱりです” “それなり、ですかね” “今は少ないですが、まだ分かりません”

 

(ここは、こう答えるべきか)

 

 どこか寂しそうな顔の大神へ、神山は表情を凛々しく変えて告げた。

 

「今は少ないですが、まだ分かりません」

「……そうか。君の言う通りだ。まだ、公演は始まったばかりだしな」

(支配人も不安なんだろうな。それが少しでも払拭出来たのなら良かった)

 

 微かではあるが笑みを見せる大神に神山は安堵するように息を吐く。

 だが、何故大神がそこまで不安を抱くのかが神山には分からない。一度覗いだ練習風景も、真剣に取り組んでいるように彼には見えた。ならば、大成功はないにせよ大失敗はないのではと。

 

「あの、支配人は何をそこまで不安視しているんですか?」

「実はな、天宮君達はこれまでの公演で必ず大きな失態を犯してきているんだ」

「大きな失態? ま、まさか……帝劇の観客が減ったのは……」

「……ああ。最初こそかつての賑わいとはいかないまでも、それなりに期待はされていたのさ。ただ、以前の花組という高い壁があったにせよ、お客様の目は厳しかった。今や天宮君達の公演を見に来る層は、彼女達の失態を期待している人ばかりさ」

 

 その言葉に神山は言葉がなかった。それが事実か否かは現状が物語っている。衝撃を受ける神山に気付いたのだろう。大神はどこか苦い顔をすると自分がモギリを代わるから公演を見てきてくれと告げたのだ。

 

 恐る恐る客席へと向かった神山。そこには数える程の観客と、拙い演技で芝居をするさくら達の姿があった。

 ただ、その姿を神山は酷いとは思わなかった。懸命に拙いながらも芝居に打ち込む姿は、神山が馬鹿に出来るようなものではなかったからだ。

 

(みんな、頑張れ……)

 

 拳を握り見守る神山だったが、ふとその視線が舞台ではなくある客席へと向かう。

 

「……あれは」

 

 凛と背筋を伸ばし、舞台へ視線を向けるすみれの姿がそこにあったのだ。心なしかその眼差しは睨んでいるようにも見える。

 

 いよいよ物語も佳境となり、桃太郎と鬼の一騎打ちのシーンとなった。さくら扮する桃太郎と初穂扮する鬼が最後の一撃を繰り出そうと舞台中央へ駆け出して行き……

 

「「っ?!」」

 

 舞台で足を滑らせバランスを崩して舞台上の書き割りへと倒れ込んだのである。そこに隠れていた猿に扮していたクラリスの姿が露わになり、当然公演は中止。

 その結末に大笑いしている者がいれば、呆れるようにかぶりを振る者もいて、神山は目を覆いたくなった。

 

 ただ一人、すみれだけが静かに幕を下ろす舞台をじっと見つめて続けていた……。

 

 

 

「またやっちゃいました……」

「面目ねぇ……」

「もうダメかもしれませんね……」

 

 夜、サロンに集まっての反省会。神山は見るからに沈んでいるさくら達へどう声をかけたらいいか分からなかった。

 

“そうだな。もう無理だ” “まだ初日じゃないか” “もう俺が出るしかないな”

 

(ここは……こうだ)

 

 少しでも三人の気持ちを変えよう。その気持ちで神山は口を開いた。

 

「まだ初日じゃないか」

「それはそうですけど……」

「その初日にこんな失態やらかしたんだぜ?」

「下手な励ましはいりません……」

(どうやら逆効果だったみたいだ……)

 

 先程よりも気落ちしたような三人に神山が己の失態を悟り、どうするべきかと頭を掻いた時だった。

 

「貴女達、それでも女優ですの!」

「「「「っ?!」」」」

 

 突如として聞こえた叱咤の声に全員が顔を動かす。そこにいたのは目付きを鋭くした神崎すみれであった。

 すみれはそのまま無言で神山達へ近寄っていく。その全身からは明らかな怒気が滲んでいた。

 

「誰にでも舞台で失敗する事はあります。ですけど、それをいつまでも引きずるなんて甘すぎますわ。貴女達は失敗から何か学ぶ事はなかったのですか!」

「失敗は……誰にでもある……」

「それを、引きずるな……か」

「失敗から……何かを学ぶ、事」

「かつて、私達も舞台上で大きな失態や失敗がありました。ですが、それを二度繰り返した事はありません」

 

 そう言い切ってから、何かを思い出したのかすみれは少しだけ苦笑してこう付け加える。

 

「まぁ、似たような失敗をする方はいましたけれど」

「似たような?」

「ええ」

 

 それが誰か気になる神山だが、今はあまり口を挟むべきではないと思い直して口を閉じる。

 すみれはさくら達一人一人へ目を合わせていくと、見ていて気付いた事を言っていく。それは演技の助言だったり、立ち振る舞いのコツだったりと多岐に渡った。

 

(一体どれだけの事をあの一回の舞台で見ていたんだ、この人は……)

 

 最初こそ頷いて聞いていたさくら達も、次第にすみれの視野の広さに息を呑み、最後には食い入るようにその言葉を聞き取っていた。例え自分へ言われていないとしても、それが己への助言でもあると考えて。

 

「……こんなところですわ。感謝なさいな。私が誰かのお芝居へ口を出すなんて滅多にしませんの」

「「「ありがとうございますっ!」」」

「ありがとうございます!」

 

 さくら達に遅れる事数秒で神山もすみれへ頭を下げた。そんな彼の姿にすみれは一瞬驚くも、すぐに好ましい笑みを浮かべて手にした扇子を広げて口元を隠す。

 

「いいのです。それにこれは一種の挑発でもありますし」

「え?」

「私は滅多に誰かのお芝居へ口を出さないと言いました。それは、相手も私と同じ役者と思っているからですわ。これだけ言えば分かりますわね?」

「私達は、まだ役者でさえないと、そういう事ですか」

「……言ってくれるじゃねーか」

 

 クラリスの言葉に無言で頷くすみれへ初穂が好戦的な笑みを浮かべる。そんな彼女を見てすみれの目が少しだけ細くなる。彼女に誰かの姿を重ねたのだろう。

 

「髪色といい口調といい、本当に……」

 

 その小さな呟きは神山しか聞こえていないようで、さくら達は反応さえ見せなかった。その後、すみれは目を閉じて扇子を閉じると息を吐き、神山達へ背を向けた。

 

「私の扱いが不服なら、舞台でそれを覆してみせなさいな。千秋楽、また私はここへ観劇に来ます」

「分かりました! その時に、絶対すみれさんにわたし達も役者なんだって思わせてみせます!」

「期待せずに待っていますわ。では、ごきげんよう」

 

 優雅な足取りでサロンを去っていくすみれを見送り、神山はさくら達へ顔を向ける。三人はすみれが来るまでに今の助言を活かして見返してやろうと言い合っていた。

 

(さっきまであんなに沈んでいたのに……)

 

 特に初穂の意気の上がり様は凄かった。聞けば、どうやらすみれの物言いが頭にきたとの事。必ず芝居でひっくり返してやると息巻いていたのだ。

 そこから三人はそれぞれですみれの助言を基に練習を行うとなり、反省会は解散となった。

 

「俺は、どうするべきか」

 

 一旦自室に戻った神山だったが、一先ず夜の見回りも兼ねてさくら達の様子を見る事にして動き出す。

 

 まずは資料室でクラリスを発見した神山は、邪魔をしないようにその場で彼女の様子を見守った。

 

「もっと言葉に気持ちを……。鳴き声にも感情を乗せて……。自分で出したと思う量の倍は出す感じで……」

(集中しているな。鳴き声にも感情を、か)

 

 目を閉じて片手に台本を手にしたまま一人呟くクラリス。すると……

 

「ウキ~ッ! もう怒ったっ! この爪でひっかいてやるっ!」

「うおっ!?」

 

 空いている方の手で目の前をひっかくような動きを行い、それが神山へ当たりそうになったのだ。当然彼の声でクラリスは目を慌てて開いた。

 

「た、隊長?」

「す、凄い迫力だったぞクラリス。思わず声を出してしまったよ」

「そ、そうですか? じゃあ、やっぱり今までの気持ちじゃ足りなかったんだ。大げさなぐらいで丁度いいのかもしれない」

(よく分からないが、自信がついたみたいだ)

 

 まだ練習を続けると言うクラリスと別れ、神山が次に向かったのは中庭だった。そこでは、初穂が小道具の剣を手に立ち回りの練習をしていた。

 

「おりゃっ! あらよっとっ! おらぁっ!」

(あれじゃ剣の振り方じゃないぞ。まるで棍棒じゃないか)

 

 初穂の素振りは荒々しく剣の動かし方ではなかった。だが、初穂はむしろそれを意識的にやっていると神山は気付く。

 

「鬼は剣術なんて知らねえかっ! 言われてみりゃそうだったぜっ!」

 

 我武者羅に力任せに相手をねじ伏せる。鬼なら鬼らしさを言葉だけでなく戦い方からも見せろ。すみれから言われた助言通り、初穂は自分なりの鬼らしさを出そうとしていたのだ。

 

「初穂っ!」

「ん? 隊長さんじゃねーか。どうした?」

「凄いじゃないか。今日見た時よりも荒々しくて強そうな感じだ」

「そ、そうか? へへっ、ま、初穂ちゃんにかかればこんなもんよ」

(嬉しそうだ。どうやら自信が出てきたらしい)

 

 もう少し練習を続けると言う初穂と別れ、神山が次に向かったのは舞台だった。奇跡的に書き割りが壊れただけで済んだ舞台では、さくらが静かに客席を見つめていた。

 

(何だ? さくらは何もしてないじゃないか……)

 

 クラリスのように台詞を言うでも、初穂のように動作を見直すでもなく、ただ黙って客席を見つめ続けるさくらに神山は首を傾げた。

 すると、突然さくらはその場で笑顔を見せた。それは、見る者が思わず笑顔になりそうな程の満面の笑み。

 

「僕は必ず鬼を退治してみせますっ! だから心配しないでください! おじいさん、おばあさん! 僕は、必ずここへ帰ってきますからっ! ……絶対に、帰ってきます」

 

 眩しいばかりの笑顔を見せながら、最後にはどこか安心させるように告げるさくら。

 その姿に神山は小さく笑みを浮かべると拍手を送る。その音にさくらがビックリして顔を動かして彼の姿を見つけた。

 

「せ、誠兄さん?」

「良かったぞさくら。今日見た時よりも桃太郎の心情が見えた」

「そ、そうですか? すみれさんが、わたしはまだわたしのままだから役の気持ちになって考えなさいって、そう言った事を意識したんです」

「そうか。それで……」

「きっと桃太郎も本当は鬼退治に行きたくなかったと思うんです。でも、困ってる人達を見捨てられない。だから心配するおじいさんやおばあさんを安心させるように、いつも以上に笑顔を見せたんじゃないかなって」

(さくらなりの桃太郎って事か。見た感じ、もう気落ちもないしやる気に満ちてる。大丈夫そうだ)

 

 まだ練習を続けると言うさくらを残し、神山はその場を後にする。そして見回りを終えて自室へと戻った神山は、何か公演に対して自分に出来る事はないだろうかと考え始めた。

 

 芝居に関しては自分の出る幕はない。だが、それ以外なら役立てる事は何かあるはずだと。

 

「……支配人に聞いてみよう」

 

 かつては自分と同じ立場で動いていた大神なら、今の自分の気持ちを分かってくれるはずだ。そう思った神山は急いで支配人室へと向かった。

 ドアをノックすると大神の声が聞こえたので神山は一言断りを入れて中へと入る。大神は手に何かの紙を持って微笑んでいた。

 

「夜分遅く申し訳ありません」

「いや、いいよ。それで、何かな?」

「実は……」

 

 自分が出来る範囲で公演を行うさくら達の手伝いをしたい。神山のその言葉に大神は小さく笑みを浮かべると、あっさりこう告げたのだ。

 

「帝劇のみんなへ聞いてみる、ですか?」

「ああ。天宮君達だけじゃなくこまち君やカオル君にも聞いてみるといい。今の帝劇は俺達の頃とは違う。なら、俺の経験を当てにしてはいけないよ。十年以上前の成功法が今の成功法とは限らない」

「……成程。分かりました。ありがとうございます」

「役に立てなくてすまない」

「いえ、では失礼します」

 

 答えを得たとばかりに神山は支配人室を後にした。まださくら達は起きているだろうかと思いながら。

 その去りゆく足音を聞きながら、大神は机の上の手紙へと目を向けた。

 

「難しいな、後進を育てるのは。つい答えを言ってしまいたくなってしまう。貴女はどうだったんですか、ラチェットさん」

 

 手紙の差出人の名を呼び、大神はその彼女に育てられただろう遠き地にいる甥へ思いを馳せる。いつか紐育華撃団を再興させようと奮闘している、かつての若武者へ……。

 

 

 

 すみれの助言を受けたさくら達の公演は、少しではあるが見られるものへ変わり出していた。とはいえ、酷な言い方をすればお遊戯会から三文芝居へ変わったぐらいである。良い言い方をするのなら、やっと金をもらえるレベルにはなったと言えるのかもしれない。

 

 それに、やっているさくら達に微かではあるが手応えが出てきたのだ。観劇に来た者達の一部に、僅かではあるが好意的な意見を述べる者も出始めたのである。

 神山がモギリとして演目終了後の観客達へ聞き込みを行い、同時にこまちに協力を頼んでアンケート用紙を配布したためだ。

 

 これまでよりも多くの意見や感想が届くようになった事で、辛い想いや苦しい想いも増えた。だが、変えようとした事への好意的な反応が一つでもある事は大きくさくら達のやる気を上げた。

 

 神山もそんな中で一人の少女と出会う。帝劇の大ファンだと言う西城いつきである。そのこれまでの花組を見てきたと言う彼女からも、さくら達の変化は快く受け止められ、これからも期待していると言われたのだ。

 

「観劇者数もじわじわ伸びてる。二日目よりも三日目、三日目よりも四日目と少しずつだけど確実に」

「そうは言ってもよ、一人とか二人だろ?」

「でも、増えてるんだよ初穂。こんな事、初めてだよ……」

「それに、見てください。これ、子供の字ですけど“とってもおもしろかった。ぼくもわるいことをしたあいてにだめっていえるようになりたいです”って」

「ああ、演目が描きたいものが伝わってるんだ。この調子で頑張れば必ず結果が出るはずだ!」

「「「はい(おう)っ!」」」

 

 沈んでいたはずの帝国歌劇団が、少しではあるが浮上を始めていた。一人の男の赴任を切っ掛けとして。

 神山は精力的に動いた。こまちからは売れ筋の商品を教えてもらい、また何がオススメかの情報を仕入れて訪れる客へそれとなく勧める事を行い、カオルからは常に全体の売上を聞き、またアンケートで浮かび上がった改善点などを伝え情報共有を行ったのだ。

 

 それらはこれまでも彼女達全員がやっていた事だったが、それは個人でやっている分が大きく、神山を中心としてそれらの情報や意識を帝劇全体で持つようになったのは、目立たないが大きな変化であった。

 

 そんなある日の事、遂に神山が帝劇に赴任して初めての警報が鳴り響いたのだ。降魔出現を知らせるそれを聞き、神山は教えられた通り帝劇内にあるダストシュートを使って作戦司令室へと向かう。

 彼が到着すると、既に大神を始めとした各隊員が揃っていた。更に風組と呼ばれる輸送などを担う役割のカオルとこまちも戦闘服姿でそこにいた。

 

「遅くなりました」

「司令、神山隊長も来られました」

「よし、これで全員揃ったな。とはいえ、出現した降魔は現在上海華撃団が対処している」

「それでは、俺達はここで待機、ですか?」

「今の所はそうなる」

 

 告げられた答えに神山は分かっていた事とはいえ、改めて告げられた事で悔しさを抱いた。本来帝都を守るべきは自分達なのに、それを他の華撃団に頼っている現状に。

 

(情けない。あの時シャオロンに啖呵を切っておいてこれが現実か……)

 

 この現実を知っているからこそシャオロンはあんな事を言ったのだと、そう神山は痛感していた。たしかにこれでは華撃団としての体裁を保っていないと思われても仕方ないとも。

 

 と、そんな時だった。再び警報が鳴り響いたのは。即座にカオルとこまちが機械を操作し理由を調べる。

 

「司令、帝都内に傀儡機兵出現っ!」

「何っ!? 上海華撃団はどうだ!」

「あかんっ! 上海華撃団は横須賀でまだ交戦中や!」

 

 聞こえてきた言葉に神山は出撃を願い出ようとして、思わず踏み止まる。自分の機体がない事を思い出したからだ。自分は戦場へ赴けないのにそれをさくら達に命じる事に抵抗感を覚えたのである。

 

 だからこそ、彼はまずさくら達へ顔を向けた。

 

「さくら、初穂、クラリス、出撃してくれるか?」

「神山さん……」

「マジかよ。隊長さんも知ってるだろうけどな、三式光武は旧型でろくに整備も」

「分かってる。だから君達の気持ちで決めて欲しい。無理なら言ってくれ。俺が辞退した者の機体で出撃する」

「な、何を言ってるんですか。機体はそれぞれ用に調整をされていて武装なども」

「それでもだ。今は、この帝都を、人々を守る事が重要なんだ」

 

 真剣な眼差しで言い切る神山に三人が息を呑み、カオルとこまちも驚きを顔に見せていた。ただ一人大神だけがそんな彼に嬉しそうに頷いていた。

 

「それで、どうなんだ?」

「聞くまでもないですよ、神山さん。わたし達は帝国華撃団なんです!」

「ったく、しょうがねーな。アタシら用に調整されてる光武で無茶苦茶されたら堪んねーしよ」

「少しでも勝率を、いえ目的を果たすなら私達が出た方がいいですから」

「ありがとう、みんな」

 

 凛々しい表情と声の三人に感謝し、神山は大神へ顔を向けた。

 

「よし、神山、出撃命令だ!」

「はいっ!」

 

 きっと初めての実戦だろうと思い、神山はさくら達への激励も兼ねて声を出そうとする。

 

“帝国華撃団花組、出撃っ!” “さくら、ドジをするんじゃないぞ!” “花見の準備をせよ!”

 

(ここは、これしかないだろうっ!)

「帝国華撃団花組、出撃っ!」

「「「了解っ!」」」

 

 凛々しく返事をし、さくら達はその場から駆け出していく。それを見送るしか出来ない神山は、その拳をきつく握り締める。が、そんな彼へ大神が声をかけた。

 

「神山、君も出撃したいのか?」

「え? そ、それは当然です」

 

 突然何を言うのかと思いながら神山は素直に気持ちを告げる。すると、大神はこまちへ視線を向けて頷いたのだ。それに小さく苦笑してこまちが機械を操作すると、中央のモニターの右下に格納庫が映し出された。

 そこに映っていたのは、あのシートをかけられた旧型の光武。一体どういう意味だと思って神山がモニターを見つめていると、大神が真剣な面持ちでこう切り出した。

 

「あれは、俺がかつて使っていた光武二式だ。旧式も旧式だが、今でも動くだけは動く。十年以上前の機体だが、それで良ければ使うといい」

「ですが、あれには司令の思い入れもあるのでは? いくら何でもそれを他人の俺が使うのは……」

「いいんだ。どうせ今の俺には、もう動かせない。このまま予備パーツ扱いをされるぐらいなら、最後にもう一度その力を役立てて欲しいんだ」

「司令……」

 

 僅かな寂寥感と悔しさ、色々な感情が入り混じったであろう言葉に神山は一瞬の逡巡の後、意を決して敬礼した。

 

「神山誠十郎、光武二式で出撃しますっ!」

「ああ……っと、その前にこれを着てくれ」

「これは?」

「俺の使っていた戦闘服だ。光武二式は起動法が現在のものとは異なるからな。これを着てないと動かせない」

「分かりました。必ずお返しします」

「ああ、頼んだぞ」

 

 こうしてさくら達に遅れる事数分後、帝劇前に十年以上ぶりに白い光武二式が姿を見せたのだ。その姿にある程度年齢を重ねた者達が沸いた。

 自分達の知る帝国華撃団の機体だからだろう。多少汚れてはいるが、歴戦の勇士という風格を漂わせるその機体に誰もが感じ取ったのだ。

 

 帝国華撃団は、ここにたしかに甦ったのだと。

 

「戦力を二手に分けよう。俺はさくらと、初穂はクラリスと共に行動してくれ」

『はいっ!』

『おうよ!』

『分かりました!』

「よしっ! 各機散開っ! 目的はあくまで人々の守護。敵を無理に倒す必要はない。街への被害を抑えるんだ」

『了解っ!』

 

 初めての実戦、初めての霊子甲冑。その負担と感覚に神山は驚いていた。

 

(何て負荷だ。これを感じながら大神司令達は幾度となく帝都を、人々を守り抜いてきたのか……っ!)

 

 だが、同時にどこかで感じる温もりのようなものがある事に神山は気付いていた。まるで、自分以外の誰かが共にいてくれているような、そんな感覚に。

 

『神山さん、大丈夫ですか?』

「ああ、大丈夫だ。問題なく動いてくれてるよ。とても旧式とは思えない」

『三式光武のお兄ちゃんですもんね。心なしかわたしの光武も喜んでる気がします』

「ははっ、お兄ちゃんか。そうだな。なら、妹達にいいとこを見せてやるか!」

『わたしも負けません! 行くよ、三式光武っ!』

 

 二機の新旧光武が傀儡機兵へと向かって行く。大神の武装が神山と同じく二刀であった事もあり、彼らは傀儡機兵相手に少し苦戦をしながらも順調に撃破していった。

 さくらが言った通り、光武同士の共鳴とでも言うのか霊子水晶が反応し合ってその力を底上げしていたのだ。それだけではない。さくらの神山への想いがその性能を引き上げていたのだ。

 

 それらのデータを見つめカオルが小さく目を見開く。想定された性能を越える数値を弾き出していたからだ。

 

(こんな事があるのですか……?)

 

 大神が何故隊長に男性をとこだわったのか。どうして神山を旧式の機体に乗せても出撃させたのか。それらの理由が分かった気がしてカオルは大神をチラリと見やった。

 彼は無言でモニターを見つめ、戦況を把握していた。その横顔に宿った凛々しさと頼もしさを感じ取り、カオルは何故すみれが今も独り身でいるのかを理解する。

 

(諦め切れない、のでしょうね)

 

 そうやってカオルがすみれの心情を察している中、神山達は現れた傀儡機兵を全て撃破する事に成功していた。

 

『やりました……やりましたよ神山さんっ!』

『アタシら、勝ったんだよな? この光武で守り抜いたんだよな?』

『そうですっ! 私達、上海華撃団に頼る事なく守り抜いたんですよっ!』

「みんな、よくやってくれた。最後に周辺の索敵及び要救助者がいないか確認をして帰投するぞ」

『あっ、待ってください。神山さん、実は帝国華撃団には戦闘終了後にする決まり事があるんです」

「決まり事? それは……っ!?」

 

 さくらへ神山が疑問の答えを教えてもらおうとした時だった。突然、周囲の景色が変化を起こしたのだ。気が付いた時には、神山達は謎の空間にいた。ただ、異変はそれだけではなかった。

 

『くそ……光武が、動かねぇ』

『こっちもです……』

「俺は……何とか動けるようだ。さくらはどうだ?」

『わたしも、何とか……』

「よし、ならここから出る事を第一にするぞ。さくら、君はクラリス機を頼む。俺は」

『っ?! 待ってください! 前方に敵の反応です!』

「何っ!?」

 

 神山が前方を拡大すると、たしかにそこには複数の敵機の姿が確認出来た。だが、初穂とクラリスは動けない上、自分やさくらも多少ではあるがダメージを受けている。加えてここは敵の領域だと神山は読んでいた。

 

(このままでは危険だ……)

 

 どうするか。そう思って神山は考える。

 

“さくら、守るぞ!” “さくら、逃げるぞ!” “二人共、何とか動けないかっ!”

 

 迷っていられる時間は少ない。そう思って神山が出した結論は……

 

「さくら、守るぞ!」

『はいっ! 二人には手を出させませんっ!』

(今、微かだがさくらの光武の出力が上がったような……)

 

 一瞬計器が反応した事に意識を向けた神山だが、今はそれよりも目の前の敵をとそう思い直して二刀を構えた。

 

『すまねえ二人共』

『お役に立てず申し訳ないです』

「気にしないでくれ。むしろ動けないだけで良かった。機体の中なら相手もすぐ君達をどうこうは出来ないだろう」

『そうだよ。二人はそこで動かせるように戦ってて。わたしと神山さんは目の前の敵と戦うから』

「そういう事だ。さくら、行くぞっ!」

『はいっ!』

 

 少しだけ動きが鈍くなった光武二式を駆って神山はさくらと共に敵と戦闘を開始。その頃、作戦司令室の大神達も彼らなりの戦いを始めていた。

 

「分析の結果、あれは強力な妖力で作られたものだと分かりました」

「強力な妖力……」

「ただの降魔にはできひん芸当ちゅう事や」

「……上級降魔か」

 

 かつて大神達が戦った葵叉丹。それが率いた三人の降魔の姿を大神は思い出していた。

 

「何とかみんなを脱出させる事は出来ないのか?」

「内部からは厳しいと思われます。東雲機、スノーフレーク機、共に行動不能。光武二式、天宮機は戦闘中ですが、機体の消耗が激しく無茶な行動は出来ません」

「ついでに言うと、あの空間を発生させた降魔がどこかにおるはずや。それが内部で待ち構えてたなら……」

「脱出はさせてもらえない、か……。分かった。なら、外部から救出するしかない。上海華撃団へ連絡を」

 

 それぞれがそれぞれの場所で戦いを始める。どんな状況でも諦めてなるものかと。それこそが帝国華撃団から始まり巴里、紐育へと受け継がれていった華撃団精神と言うべきものだった……。

 

 

 

 ずんと重たい音を響かせてまた一機の傀儡機兵が倒れて爆発した。その爆風を前に光武二式が刀を振った。

 

(そろそろ限界かもしれないな……)

 

 ゆっくりとではあるが、光武二式の反応が悪くなっていた。それを神山は何とか騙し騙し戦ってきたのだが、それも限度を迎え始めていたのだ。

 それに、神山が限界と思うのは何も自身の事だけではない。隣で呼吸を整えているさくらにも同じような事が言えると察していたのである。

 

「さくら、一旦二人の場所まで戻ろう。これだけ進んでも事態が好転するどころかむしろ悪化している」

『でも、まだ先は続いてます。この先にこの空間を作り出した奴がいるかもしれないなら、その相手を倒さないと……』

「気持ちは分かる。だが、俺達が無理をして倒れてしまえば、二人はどうなる?」

『それは……』

 

 幸いにして今も身動き出来ない二人の前に敵は出現していない。だが、それもいつまでもつかと神山は不安視していたのだ。ここは敵中、何が起きても不思議はない。

 しかし、それをさくらに言うつもりはなかった。言えば間違いなく、余計にここを脱出するため前へ進むと思っていたからだ。

 

 と、そこへ再び敵の大群が出現する。それも二人を取り囲むようにだ。完全にじわじわと追い詰めに来ている。そう神山は思い、更にある事に気付いた。

 

(前方だけ、若干敵の数が少ない……?)

 

 それにさくらも気付いたのだろう。周囲を警戒しながら通信を入れたのだ。

 

『神山さん、一部だけ敵が少ない部分があります!』

「ああ、こちらでも確認した。だが、あれはどう見ても罠だ」

『でも、これだけの数を相手にするのは無理です! せめて前の敵を突破したらすぐに転回して、正面に敵を集中させませんか!』

「くっ……仕方ないか! さくら、続けっ!」

『はいっ!』

 

 その場から駆け出して二機の光武が傀儡機兵を斬り伏せながら進む。すると、敵はあろう事か味方ごと二機を攻撃、その犠牲を厭わない攻撃法に二人の光武は少なくないダメージを負ってしまった。

 

「ぐっ! こ、このままでは……っ!」

『きゃあっ! み、味方まで巻き込んで攻撃するなんてっ!』

 

 それでも何とか包囲を脱出し、二人は急旋回をし残る敵を片付けようとするのだが……

 

「な、何だ?」

『光武が……』

 

 向き直った直後、これまでの激戦に加えて無理が祟ったせいか、機体が動かなくなってしまったのである。

 何せ光武二式は整備されていたとはいえ十年以上動かしていなかった。三式光武はそもそも実戦配備が初めて。それでここまで戦ってきたのだ。十分な働きと言える結果ではある。

 

 ただ、それはあくまで客観的な視点だ。今、それに乗り戦っている者達からすれば受け入れられるはずもない。

 

「不味いっ! 頼むっ! 動いてくれ!」

『光武、お願いっ! わたしはまだ戦わないといけないのっ!』

「くっ、動力が停止していないだけマシか。さくら、どうだ?」

『……ダメです。こっちも似たような状態です』

「くそっ! このままじゃ嬲り殺しじゃないかっ!」

 

 悔しさと無力感を叩き付けるように自分の膝へ拳を振り下ろす神山。その声を聞いて、さくらは深呼吸をすると目を閉じる。

 

『光武、お願い。あと少しでいいから力を貸して? わたしに、誠兄さんを、初穂を、クラリスを、みんなを守る力を貸して。あの時の……』

 

 そこでさくらの脳裏に甦る記憶。幼い日の自分を降魔から助けてくれた女性の後ろ姿を思い出し、さくらは目を見開くと告げる。

 

『真宮寺さくらさんのように、誰かを守れる力をっ!』

 

 その叫びに呼応するように三式光武の目に光が戻る。さくらの霊力の高まりに光武が応えたのだ。その霊力をそのまま手にした刀へ乗せ、さくらは目の前の敵集団を睨み付ける。

 

「蒼天に咲く花よ……敵を討て!」

 

 言葉と共に光武が動き、何かの構えを取る。それは、今のさくらに出来る最大攻撃。高まった霊力を衝撃波として前方へと放つ必殺技。

 

「桜吹雪っ!」

 

 その名も、天剣・桜吹雪。その威力に傀儡機兵達は為す術なく爆散していく。その光景を見つめ、神山は感嘆するしかなかった。

 

「何て威力だ……あれだけの敵を一撃で……」

 

 自分を守るように立つさくらの光武を見つめて、神山は己の至らなさを痛感した。さくらは最後まで諦めなかった。自分が守りたい者を守りたいと強く願い、もがき足掻いた。その結果、三式光武が応えてみせた。

 

 そこに、神山は自分に足りないものを見たのである。

 

(俺は、今まで限界だと言い訳をしてきたんじゃないか? 全力を出し切ったと、やれるだけの事はやったと、そう思って全てに満足してきたんじゃないか? 本当はまだ力が残っていたはずなのに、やれる事があったはずなのに、どうせ無駄だと、無理だと、そうどこかで思っていたんじゃないのか?)

 

 脳裏に浮かぶは最近あった自身の乗艦の事。あの時、沈む前に出来た事はあったはずだと。どうせ沈むのなら体当たりでもして少しでも足掻くべきだった。客船を逃がせた事で満足していたのだと、そこで神山は理解した。

 

『っ?! 神山さんっ!』

 

 聞こえてきた悲痛な声に神山の意識がレーダーへと向いた。そこには、再び出現した敵の反応が正面に大量に表示されていた。

 

「何て数だ……これじゃあ」

 

 後退する事が出来ない。そう続けようとした神山の言葉を遮るようにさくらが口を開いた。

 

『わたしが、わたしと三式光武がいます。神山さんは、そこで敵の動きを見て指示を出してください』

「無茶だ! 危険すぎる! 第一、三式光武はもう……」

 

 先程の必殺技を放った事で、さくらの光武はあちこちから蒸気が漏れだしていたのだ。きっと動くのがやっとだろうと、そう神山は察したのだ。

 

『大丈夫です!』

 

 だがそれでもさくらの意思は固かった。そして心配する神山へあの誰かを安心させる笑顔を見せたのだ。

 

『必ず、わたしは帝劇に帰ります。神山さんと、みんなと一緒に』

「さくら……」

『天宮さくら、いきますっ!』

 

 敵中へ一人切り込んでいくさくらの光武。だが、二人でも厳しい数をたった一人で相手に出来るはずもなく、神山の前でさくらの光武は殴られ、傷付き、それでも倒れる事無く剣を振るう。

 神山も必死に敵の動きを見て指示を出すのだが、肝心のさくらの姿が敵に阻まれて見えなくなってしまってはどうしようもなかった。

 

『きゃあぁぁぁぁっ!』

「っ!? さくらっ!」

 

 聞こえてくる悲鳴。それでも少し後には微かな爆発が起きる。まだ戦っている。そう神山へ伝えるように。

 

(何か、何かないのか! 俺に出来る事は、俺にやれる事は、何かないのか! さくらだけを戦わせて、俺は見ている事だけしか出来ないのかっ!)

 

 目をこれでもかとばかりに見開き、神山は光武へと叫ぶ。

 

「光武っ! お願いだ! 俺に、俺に力を貸してくれ! 一度だけでいい! 一撃だって構わないっ! 俺に、俺に戦う力を貸してくれぇぇぇぇぇっ!」

 

 その心からの叫びに光武二式が応えた。再びその目に光が灯り、ゆっくりと立ち上がったのだ。

 

「光武……ありがとう」

 

 静かに感謝を述べ、神山は一度だけ深呼吸をする。

 

「……行こうっ!」

 

 ズンッと音を立て、光武二式が駆け出す。敵陣の真ん中で孤立無援となっている三式光武を助け出すように、傀儡機兵を一機、また一機とその刀で切り伏せながら。

 

「邪魔だっ! どけぇっ!」

 

 それでも、敵の包囲は崩せない。そんな状況でも神山は諦めるものかともがき足掻く。そんな時だ。突然敵の包囲の一角が崩れたのだ。神山の視界に入ってくるのはボロボロになって座り込むさくらの光武と、それを守るように立つ二機の霊子戦闘機の姿だった。

 

「な、何だ?」

 

 状況が分からず戸惑う神山だったが、そんな彼の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『どうしてお前がその機体に乗ってるっ!』

「その声……シャオロンか?」

『さくら、大丈夫?』

『ゆ、ユイさん……ありがとう』

 

 振り返った二機の機体の一機は見覚えのある緑の機体。駅で神山が見た機体だった。

 

「その機体……あの時駅で見た」

『細かい話は後だ。ここは俺達が引き受けてやるからお前らは撤退しろ』

『で、でも初穂達が』

『大丈夫。そっちはもう救出済み。だからこっちにくるのが遅れたんだ』

『そういうこった。きゅ……ボロボロの機体は足手まといだ。さっさとここから逃げるんだな』

 

 そう言い放つとシャオロンは敵集団へ向かっていく。ユイもそれに追従するように動き出した。その強さは圧巻の一言。さくらが必殺技を使って蹴散らしたよりも多い集団を相手に、たった二機による連携攻撃だけで圧倒していくのだ。

 性能差だけでなく連携の練度なども違う事を神山とさくらへ見せつけ、シャオロンとユイは全ての敵を片付けて二人へ振り返った。

 

『何だ、まだいたのか』

「その、助かった」

『へっ、礼はいらねえよ。これが俺達の役目だ。弱い奴を守って助けるのは、な』

『っ……そんな言い方は』

『事実だろうが。そんな旧式でよくやったとは認めてやるが、俺達がこなけりゃどうなってた?』

『それは……』

 

 反論を許さない雰囲気のシャオロン。ユイも同意なのか何も言う事はしない。若干の静寂が場を包む。このままではいけないと思い、神山は悔しさと情けなさを噛み締めながらも言葉を発した。

 

「さくら、今はここから脱出するぞ」

『……はい』

『どうやらお前は状況は見えてるらしいな。それでいい』

『シャオロン、隊列はどうする?』

『俺が後ろでユイが前だ。二人を中央にして前後で守る』

『了解。さくら、動ける?』

『うん……何とか』

 

 ユイの機体が手を貸して三式光武を立ち上がらせる。だが、本当に歩くのがやっとらしく、ユイの機体が肩を貸すようにして動くのが精一杯だった。

 

「シャオロン、ユイさんと二人でさくらを頼めるか? 二機なら早く運び出せるだろう」

『それは構わないが、お前はどうする?』

「俺の方は幸いまだ走る事も出来る。敵の新手が来る前にさくらを脱出させた方がいいと思ってな」

『神山さん……』

『……そう、だな。ユイ、聞いてたな?』

『うん。えっと、神山、だっけ』

「ああ」

『その、あんたも気を付けてよ。隊長なら隊員に心配かけちゃダメなんだからね』

 

 思わぬ言葉に神山は一瞬驚くも、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。

 

「分かった。ありがとう」

『べ、別にあんたのためじゃない。さくらのためなんだから』

『急ぐぞユイ』

『うんっ!』

 

 三式光武を二機で支えるようにしてシャオロン達はその場から跳び上がった。その飛距離などを見て神山は光武二式との性能差をまざまざと感じ取って息を吐く。

 

(シャオロンの言った事は事実だ。今の俺達じゃ他の華撃団と差があり過ぎる。装備だけじゃない。その連携もだ)

 

 だが、と神山は思う。それでもまだ負けていないと。何故なら自分達は旧式の機体で見事に降魔などを相手に立ち回った。その経験はきっと他の華撃団が出来なかったものだ。

 その経験があれば、いつか高性能機を得た時に活きるはず。そう信じて神山は光武を急がせた。が、初穂達と別れた場所まで来た時、神山は思わず目を疑った。

 

「な、何だ……あの巨大な降魔は」

 

 そこにいたのは機械の鎧を纏ったような巨大な降魔の姿だった。傀儡機兵でさえもどうにか出来るか不安な状態で戦うには、あまりにも強大な敵である。

 

(勝てるのか、あんな相手に。こっちは旧式の上、もう限界なんだぞ……)

 

 まるで逃がさないと言わんばかりの敵に神山は心が折れそうになる。

 

「いや……」

 

 だが、その手が強く握り締められる。もう限界を言い訳にしないと、そう決意するように。

 

「例え限界だとしても、今の俺は、そこから一歩でも前へ進んでみせるっ!」

 

 雄々しく二刀を構えると光武二式は巨大降魔へと向かって行く。機体が悲鳴を上げるように軋み、それでも諦めないとばかりに唸り動く。その鼓動に負けじと神山も吠える。

 

「負けるかぁぁぁぁっ!」

 

 一撃与えて素早く離脱。再度敵の裏へ回り込み一撃を加えてまた離脱。それを繰り返し、少しずつではあるが確実に巨大降魔へダメージを蓄積させる神山と光武二式。

 だが、その奮戦も長くは続かなかった。巨大降魔からの攻撃を際どく回避した瞬間、光武二式の左肩がその一撃に掠り動かなくなってしまったのだ。

 

「しまったっ! ぐっ!?」

 

 それに気を取られた瞬間を狙われ、巨大降魔の攻撃が光武二式を直撃する。そのままの勢いで壁へ叩きつけられ、手にしていた二刀が床へ転がり大きな音を立てる。

 

「状況は……左腕損傷、機体各部の機動性の低下、か……」

 

 片腕が動かなくなったと言う事は、攻撃力だけでなく咄嗟の防御力も低下した事を意味する。何せ二刀による攻撃や防御が大神機の持ち味だ。

 更に頼みの綱の機動力まで失った今、神山に巨大降魔を倒せる手段はないに等しい。

 

 神山が気落ちしたのを感じ取ったのか、巨大降魔が余裕を見せるように悠然と歩き出す。まるでじわじわと恐怖を与えるかのように。

 

(どうする……武器はなく機体もボロボロ。おまけに相手は痛手らしい痛手を負っていない)

 

 どう考えても良い判断材料はない。むしろ絶望しかないと言っていい。そんな中で神山は……

 

「ははっ……」

 

 笑った。だがそれは諦めの笑みではない。その逆だ。神山は己の中に湧き上がる気持ちを声に乗せるため、声量を頭の中でイメージして吼える。

 

「どんな状況だろうと、最後まで希望を捨てずに足掻き続ける! それが、帝国華撃団だっ!」

『そうだ、神山っ! それでいいっ!』

「司令?」

 

 聞こえてきた声に神山が視線を動かす。正面のモニターの左上に大神の顔が映し出されていたのだ。

 

『何とか間に合った。今送った機体に乗り換えろっ!』

「乗り換え?」

『おおおおおおおっ!!』

 

 状況が飲み込めない神山の耳に聞こえてくる叫び声。その次の瞬間、巨大降魔が大きく蹴り飛ばされた。

 

「シャオロンっ!」

『へっ、本当にその機体でよくもまぁ……だが、さっきの言葉、嫌いじゃないぜ』

『神山っ! 受け取りなさい! 大神司令からの贈り物よっ!』

「贈り物? っ!? これは!」

 

 ユイの機体が光武二式の前へ下ろしたのは、初めて見る機体だった。

 

『それが神崎重工で開発された新型霊子戦闘機、無限だ』

「霊子戦闘機、無限……」

『司令が無理を通して許可をもぎ取ったんや!』

『それとすみれ様の口添えもです』

「そうだったんですか。ありがとうございます!」

『礼はいい。さあっ、二人が時間を稼いでくれてる間に!』

「はいっ!」

 

 光武二式が座り込むようにしてその前面を開くと、神山は着ていた上着を脱ぐと同時に脇に置いていた本来の上着を手に取り、急いで目の前の機体へと乗り移る。そして彼が乗り込んだ次の瞬間、無限が起動し静かに立ち上がる。

 巨大降魔はシャオロンとユイの連携に苦戦しながらもまだ健在であった。それを見ながら、神山は自身にあふれ出る力のようなものを感じ取った。

 

「これは……そうか、そういう事か」

 

 さくらがやってみせたように、自分もこの力を解き放てば強力な攻撃が出来るはず。そう思った神山は無限の両腕を動かし二刀を構えると同時に駆け出した。

 

「二人共、後は俺に任せてくれっ!」

『なっ……』

『速いっ!?』

 

 一旦巨大降魔と距離を取った二人の間をすり抜け、無限はまるで一筋の閃光のように巨大降魔へと向かって行く。

 

「闇を斬り裂く……神速の刃っ!」

 

 溢れる力を解き放つように神山は叫んだ。

 

「これが無限の力だぁぁぁぁぁっ!!」

 

 二刀による息もつかせぬ連撃。その縦横無尽の斬撃に巨大降魔は反撃さえ出来ず斬り刻まれるのみ。まるで嵐のようなその攻撃が止まった瞬間、巨大降魔の命も止まった。

 断末魔も出す事が出来ず爆発して消滅する巨大降魔。それと共に周囲の空間も元通りに戻っていく。見慣れてきた景色に神山は安堵すると同時に、ある事を思い出したように後ろへと振り返って無限を動かした。

 

 向かう先には一機の霊子甲冑があった。その表面は傷だらけで装甲などは所々砕けて破損さえしている。そんな光武二式の前で神山は無限を停止させると地面へ降りた。

 

「ありがとう。そしてすまない。だが、俺はお前のおかげでこうして生き延びる事が出来た。本当に、感謝している」

 

 深く一礼して神山がゆっくりと頭を上げる。目の前のボロボロの光武。それが自身を守り眠りについた歴戦の戦士の姿にしか見えず、神山は無意識に敬礼を送った。

 

「おい、神山」

 

 そうしていると後ろから神山を呼ぶ声がした。彼が振り返るとそこにはシャオロンとユイが立っていた。

 

「お前らを、帝国華撃団を俺は見くびってた。それは認めてやる。だが、まだお前達が華撃団大戦に出ていい状態とは思ってねえ。それだけは忘れるな」

「ああ。今はそれでいいさ。その時が来た時、その認識を変えてみせる」

 

 その言葉にシャオロンは小さく笑うもすぐにそれを見せまいと神山へ背を向ける。その様子を見てどこか苦笑しながらユイが神山の顔を覗きこむように体を動かした。

 

「神山、あたしからも一言。そうやって機体を大事に思うの、忘れないようにね。霊子甲冑も霊子戦闘機も、心があるんだから」

「心?」

「ユイ、行くぞ」

「あ、うん。じゃあね。さくらによろしく」

「あ、ああ……」

 

 去りゆく二人を見送り、神山はもう一度光武二式へ顔を向ける。

 

「……心、か」

「神山さ~んっ!」

 

 そこへ響くさくらの嬉しそうな声。振り向けばさくら達三人が元気な姿で神山へと駆け寄ってきていた。

 

「さくら! 初穂にクラリスも、無事で良かった」

「おう。まっ、上海には大きな借りが出来ちまったけどな」

「でも、こうやって誰一人欠ける事なく終わりました。それは、喜んでいいと思います」

「そうだよ初穂。っと、いけない。神山さん、戦闘が無事終わった事を祝してさっき教えられなかったお約束、やりましょう」

「ああ、それか。頼む。どうすればいいんだ?」

 

 その神山の言葉にさくら達三人が微笑み顔を見合わせた後、彼へその内容を教える。そして代表して神山が合図を出す事に。

 

「じゃ、じゃあいくぞ? せーのっ」

「「「「勝利のポーズ、決めっ!」」」」

 

 

 

 客席の三割近くが埋まり、久しぶりに帝劇にちょっとした活気らしきものが漂う中、舞台上ではカーテンコールが終わろうとしていた。まばらではあるが拍手が鳴り響く中、すみれは小さく息を吐くと静かに席を立つ。

 

 そのまま彼女は食堂を通り過ぎ、支配人室を通過して楽屋へと向かう。すると、その前でさくら達が衣装のままですみれを待ち構えていたのだ。

 

「どうでしたか?」

 

 代表してのさくらの問いかけにすみれは扇子を広げると口元を隠した。

 

「言いたい事は沢山あります。ですが、もう私が言うべき事ではありません」

「じゃあ……」

「うしっ! アタシらも役者って事だな」

 

 すみれの言う事の意味を正しく理解し喜ぶ三人。だが、そんな彼女達へすみれは鋭い眼差しを向けた。

 

「ただし、それは演技面です。客入りで言えばまだまだ精進が足りません。まさかとは思いますけど、たったあれだけの客数で満足していませんわね?」

 

 その言葉にさくら達は慌てて首を横に振る。実は終わった後喜んでいたのだ。久しぶりの両手で足りない数の観客に、である。その気持ちへすみれはピシャリとくぎを刺した。上を見上げればきりがないとはいえ、今の帝劇は底も底。

 

 ならば、首が折れてしまう程の上を見上げるぐらいで丁度いいと思っていたのだ。

 

「さて、ではかつてのトップスタァとしての言葉はここまでです」

「トップスタァとして……?」

「ええ、今から言うのは一人の帝劇を愛する者としての言葉ですわ」

 

 そう告げるや扇子を畳み、すみれは優しい笑みをさくら達へ向ける。その微笑みは、とても美しく同性のさくら達でさえ思わず息を呑む程だった。

 

「今日の結果が最高ではないと私は信じています。貴方達は、紛れもなくこの帝国歌劇団の女優なのですもの。だからいつか見せてくださいな。新しいトップスタァの輝きを、いつの日にか」

「すみれさん……」

「では、私はこれで。ごきげんよう」

 

 優雅に身を翻して歩き出そうとするすみれ。と、その足が止まって……

 

――そうそう、これを言い忘れていました。初日に比べればいい舞台でした。次の公演、楽しみにしています。

 

 その一言を最後にすみれは廊下を去っていく。さくら達が我に返ったのはその背中が見えなくなってからだった。

 

「き、聞いた? いい舞台だったって!」

「ああっ、あのトップスタァが認めてくれたんだ!」

「次の公演を楽しみにしてるって、ど、どうしましょう!?」

 

 嬉しそうに話しながら三人は楽屋へと入っていく。その頃、すみれは支配人室にいた。

 

「中尉、こんな事はこれっきりですわ。まったく、おだててやる気にさせるなど私の趣味ではありません」

「分かってるよ。でも、おかげで神山も天宮君達も自信が付いたはずだ。実際客数は増えたしね」

「はぁ~……嘆かわしいですわ。私達の頃は連日満員御礼でしたのに」

 

 やれやれと首を動かすすみれだが、大神はそんな彼女を見て小さく苦笑する。

 

「それにしても、驚いたよ。たった一度見ただけで三人へ的確な助言をしたそうじゃないか。さすがはすみれ君だ」

「……中尉も人が悪いですわ。どうせご存じなのでしょう?」

「ああ、軽く三人から聞いたよ。あれは、昔君達が言われたダメ出しだ。それをそれぞれの性格や演技の方向から抽出して挙げたんじゃないかい?」

 

 その言葉にすみれは小さく笑みを見せ扇子を広げて口元を隠す。ノーコメント。そう受け取り大神は苦笑するしかない。だが、そこで黙る大神ではなかった。

 

――それに、君は嘘を吐けない女性だ。天宮君達に言ったのは、全て本音なんだろう?

――かなり高い期待値を含めての言葉ですけども。では、私はこれで。意外と忙しいのです、こう見えても。

――なら出口まで送るよ。

――お気持ちだけで結構ですわ。……彼女に悪いですもの。

 

 その言葉だけで大神は困ったように笑顔を浮かべ、立ち上がろうとしていた腰を落とした。それを横目にしながらすみれは部屋を出る。

 そしてロビーまで来たところで彼女は神山を見つける。彼は帰る観客一人一人へ頭を下げ見送りをしていた。

 

「……本当に、似ていますわね」

 

 どこか懐かしそうに、だけど微かな悲しみを宿した呟きを残しすみれは密かに帝劇を後にする。

 

「ありがとうございましたっ!」

 

 だが目ざとく神山がその背中に気付いて声をかけて一礼する。その姿を見て、すみれは小さく微笑み扇子を広げて口元を隠した。

 

「これから大変でしょうけど頑張りなさいな。まぁ、ボーイと勘違いされる事はないと思いますけど」

「は? ボーイ?」

「では、ごきげんよう」

 

 どこか楽しげに笑いながら背を向けて去っていくすみれを見つめ、神山は小首を傾げるしかない。

 

 彼は知らない。それがすみれと大神の始まりの思い出である事を。

 

 これが新しい帝国華撃団の戦いの始まり。まだ誰も知らない闇の策謀。その魔の手が、静かに帝都を包もうとしていた……。




次回予告

少しずつ変わり出した時間、日々。そんな中、私だけは変わる事が出来ないままだった。
お芝居が楽しくなり出した私達へ告げられるのは、辛く苦しい現実と言う名の物語。
だからこそ、せめて空想では楽しく明るい物語を。
次回新サクラ大戦~異譜~
”手のひらほどの倖せを”
太正桜に浪漫の嵐!

――こんな力、いらないっ!
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