新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

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久々の更新です。長い間お待たせして申し訳ありません。
これも終わりが見えてきました。
なので、もしよければもう少しお付き合い頂けると嬉しいです。

……ただ、次回更新は未定ですのでお許しを(汗


裏切りの仮面 後編

 翌朝、神山達は試合会場であったスタジアムへとやってきていた。

 目的は帰国する仲間達を見送るためである。

 

「寂しくなりますね」

「何、遅くても二年後には会える」

 

 エリスと握手を交わす神山。その横ではシャオロンがアーサーと握手を交わしていた。

 

「次の開催国がどこになるか分からないが、そん時こそ俺達上海華撃団が優勝してやるからな」

「そうはいかないよ。我々倫敦華撃団が今度こそ優勝しよう」

 

 今日出発する伯林華撃団と倫敦華撃団と違い、シャオロンとユイは後処理のためにしばらく残る事となっていた。

 ただ、ミンメイは紅蘭と共に飛行戦艦で先に帰国の途に就く事となっている。

 

 そのミンメイはあざみとマルガレーテの手を握って泣きそうな顔をしていた。

 

「あざみさん、マルガレーテさん、また、また会いましょう!」

「うん、また会おう」

「今度会う時には“おてだま”を習得しているから」

「はいっ!」

 

 初めて出来た年下の存在が見せた泣きそうな笑顔に、あざみとマルガレーテは優しい笑みを返して頷く。

 

 そんな微笑ましい光景の近くでは、ユイとランスロットがバチバチと火花を散らすように見つめ合っていた。

 そこから少しだけ離れた場所で、さくらがやや苦笑気味に二人を見つめている。

 

「二年後、絶対に出場選手になってなさいよ。私がしっかり倒してあげるから」

「そっちこそ出場出来ないとか言わないでよね。あたしがキッチリ勝ってみせるからさ」

「あ、あのぉ~……出来ればわたしも忘れないで欲しいんですけどぉ」

 

 すっかり互いをライバルと認めたユイとランスロット。

 それをさくらは少々複雑な気持ちではあるが概ね喜んでいた。

 ただし、彼女としてもユイやランスロットと手合せをしたい気持ちはあるので、あまり二人だけの世界になられるのは困りものと言えたが。

 

 そういう気持ちからのさくらの言葉に二人が笑みを浮かべる横で、初穂とクラリスがモードレッドからサインをくれと思わぬ物を見せられていた。

 

「これって……」

「アタシらのブロマイド?」

「悪いかよ。その、お前らは知らないかもしれないが、帝劇でちょっとした騒ぎを起こしたからな。その詫びも兼ねて多少金を使おうとしたんだ。そしたら、売店の店員が一人一日一枚だけって言いやがって」

「でも二枚あるじゃねーか」

「そうですね。昨日購入してくれたんですよね? なのにどうして……」

 

 不思議そうな表情でモードレッドを見つめるクラリス。

 その視線を避けるように顔を背け、彼はバツが悪そうにこう告げる。

 

「あんたのを買って代金を支払ったら、店員の女が何かニヤニヤ笑ってそいつのも差し出したんだ。出した代金が二枚分だからって言って釣りを渡さずにな」

「こまちさん……」

「お前、それで文句も言わずにアタシのを受け取って帰ったのかよ?」

「……ま、目的は騒ぎを起こした事への罪滅ぼしだしな」

 

 実際には、代金を受け取ったこまちがモードレッドへ変な気を利かせてもう一枚選ばせたのである。

 つまり、彼は意識してクラリスと初穂のブロマイドを選んでいた。

 

 その理由は彼のみぞ知る。

 

 さて、モードレッドが初穂にからかわれるのを聞きながらクラリスが苦笑しつつブロマイドへサインをしている中、アナスタシアはアンネから意外な事を聞いていた。

 

「副隊長?」

「そうなのよぉ。エリスがどうしてもやってくれって」

「そう……。適任だと思うけど?」

「ふふっ、そうでもないわぁ。私は、マルちゃんの方が向いてると思うもの」

「……そう、ね。言われてみれば私もそう思うわ」

 

 揃って見つめるのは、ミンメイの頭を仕方ないとばかりに撫でているものの微かに頬が緩んでいるマルガレーテ。

 明らかに華撃団競技会前と今では変化が見える彼女に二人は小さく微笑みを浮かべた。

 

 楽しい時間はあっという間だとよく言うが、まさしく今はそれであった。

 それぞれに再会を約束し、手を振り合って、遂にその時は来た。

 

 ゆっくりと離陸していく三つの飛行戦艦。

 それを神山達だけでなく大神も、すみれも、カンナも寂しげに見つめていた。

 

 結局帝都花組が勢揃いしている間に真宮寺さくらが目を覚ます事はなかった。

 それでも、誰もが信じていた。必ず彼女は目を覚ます事を。

 そのためにも、また近い内に全員揃って集まってみせようと誓い合ってもいたのだから。

 

「……行ってしまったな」

 

 もう艦影さえも見えなくなってから神山がポツリと呟いた。

 短い時間だったのかもしれないが、ある意味で濃密な半年弱が終わったと誰もが思っていた。

 華撃団競技会というものに関わり、様々な出会いと思い出を経て得た物や知った事を噛み締めながら神山達新時代の帝国華撃団は前を向いていた。

 

「じゃ、俺達は先に行くぜ」

「ああ、分かった」

「じゃあね、さくら」

「はい。その、お店、やってる間は顔を出しますから」

「そうですね。しっかり思い出と心に刻みます」

「桃まん、もっと食べたい」

「もうしばらく神龍軒の味、楽しませてくれるらしいしな」

「閉店の時は、派手な見送りしてあげるわ」

 

 その言葉に嬉しそうに笑みを見せてシャオロンとユイはその場から立ち去った。

 

 それを見てすみれとカンナも互いへ顔を向けて小さく頷き合う。

 

「中尉、私達もこれで失礼いたしますわ」

「船の時間があるからよ」

「そうか……。カンナ、気を付けて。すみれ君も、仕事で大変だろうけど体調には気を付けてくれ」

「おう」

「ええ」

 

 揃って歩き出す二人を見送り、大神は小さく息を吐くと神山達へ向き直った。

 

「じゃあ、俺達も帰ろう。帝劇に」

「「「「「「了解」」」」」」

 

 大神の言葉に神山達はそれぞれに笑みを浮かべて返事をする。

 その姿に大神は嬉しそうに笑みを見せて頷くのだった。

 

 

 

 迎えた翌朝も、いつものような日々が始まると誰もが思っていた。

 神山もその一人であり、さくら達隊員達と朝の挨拶を交わし、こまちやカオルへは挨拶と情報共有を行い、大神への挨拶を終えたら最後に格納庫へと向かって令士から無限の修復状況を確認しようとしていた。

 

 だが、それは出来ずに終わる。

 

「っ!? 警報っ!?」

「くそっ! こんな状況でかっ! 神山っ! お前の機体は完全じゃない! だが余程じゃなければ戦えるぐらいには直したっ! 無理はさせるなよっ!」

「十分だっ! 後は任せろ!」

 

 急ぎ作戦司令室へと向かう神山。同じ頃さくら達もまたダストシューターへと急いでいた。

 その中には当然アナスタシアの姿もある。プレジデントGから贈られた仮面を着けた彼女の姿が。

 

 妖力反応の大きさからそれは上級降魔ではないと思われたが、降魔を放置する訳にはいかないため神山達は無限にて出撃した。

 久しぶりの降魔達は銀座の大通りに出現。傀儡機兵も混ざっているものの数自体はそこまで多くなく、神山達は危なげなくそれらを撃破、見事勝利を収めてみせたのである。

 

 その戦いぶりは、誰もが帝国華撃団の復活を心から実感する程の見事さだった。

 

『よし、これで全ての敵を排除出来たな』

『はい。もうただの降魔に遅れは取りません』

『おうとも。優勝したのはまぐれじゃないって見せねぇとな』

 

 凛々しくも笑みを浮かべるさくらと初穂に神山も微笑みを浮かべて頷く。

 初陣から考えれば、乗機が変わった事を踏まえても格段の成長を遂げたと感じられたからだ。

 

『ですけど、どうして今更手下だけを動かしたんでしょうか?』

『しかも少数。解せない……』

『たしかにそうね。キャプテン、どう思う?』

『そうだな……』

 

 残る三人の抱いた疑問は神山もどこか抱いていたものだ。

 しかも彼はプレジデントGが上級降魔であると既に知っている。

 

(これがもしプレジデントGの差し金だとすれば……狙いはなんだ? もし俺の無限が修理を完全に終えてない事を知っての襲撃だとしても、あまりにも降魔の数が少なすぎる……)

 

 ここで夜叉の可能性を考えないのには理由があった。

 夜叉との最近の戦いで言われた一言が神山の脳裏に甦っていたからだ。

 そう、夜叉以外の上級降魔の手の内にいる神山達がそれを脱してみせた時に相手をするという内容の言葉を。

 

『相手の目的は不明だが、もしかすれば決勝戦の影響がどれ程残っているかを試した可能性もある。もしその場合またこういう事が起こり得る可能性が高い。みんな、難しいかもしれないが気を抜き過ぎないでくれ』

『『『『『了解』』』』』

 

 その会話を聞いて作戦司令室で大神は小さく頷いていた。

 

(それでいい。今はいつ相手が動いても対処出来る心構えを持つ事が重要だ。もう帝都に他の華撃団はいない今、俺達だけでしっかりとこの国を、街を守らねばならない。上級降魔は最低でも二体。その内一体はプレジデントGなんだからな)

 

 華撃団競技会が終わり、各国の飛行戦艦が去った今もプレジデントGの乗る飛行戦艦は帝都に残っている。

 それこそが神山の話をより裏付ける事だと大神は思っていた。何故ならプレジデントGに帝都へ留まる理由などもうないのだから。

 

「竜胆君、神山達へ帰還命令を」

「はい。聞こえますか神山さん。帰還してください」

 

 カオルの声を聞きながら大神は神山達と同様に今回の降魔出現について考えを巡らせ始める。

 そんな彼の様子を見てこまちは小首を傾げた。

 

(司令、何を難しい顔しとんのやろ? ……やっぱこれに裏があるっちゅう事か)

 

 商売人として生きてきたこまちは明るく陽気だが、それだけでは商売は成功させられない。

 彼女なりに大神の表情や反応で今回の出撃の裏に何かあると感じ取ったのだ。

 

 こうして神山達が帰還する。

 格納庫へそれぞれ無限を所定の位置へ移動させるとそこから出ていく。

 

「っと。やっぱり降りる時は慣れませんね」

「だね。でも……」

「にんっ!」

「あざみだけは余裕だよなぁ」

「まったくだ。ん? アナスタシアはどうした?」

 

 その言葉にさくら達の顔がアナスタシアの無限へ向いた。

 未だ彼女は無限から降りようとはしなかった。

 何かあったのかと神山達は顔を見合わせ、頷き合った瞬間だった。

 

「ふぅ……」

 

 無限からアナスタシアがその髪を動かすように首を振って姿を見せたのだ。

 彼女は無限から降りて格納庫の床を踏むと、自分を見つめる神山達へ不思議そうな顔をした。

 

「どうしたの?」

「いや、何でもないよ。出てくるのが少し遅かったからどうしたのかとね」

「ああ、そういう事。ごめんなさい。少し考え事していて」

「そういう事かよ」

「アナスタシアらしい」

「ですね」

「じゃあ、作戦司令室へ戻りましょう」

 

 さくらの声掛けで神山達は揃って作戦司令室へと向かう。

 ただ、初穂だけが何やら不思議そうに小首を傾げては何かを振り払うように首を振ったりしていたが。

 

 作戦司令室に到着した神山達は大神から簡易報告を求められ、隊長である神山がそれを行う中、こっそりとこまちがカオルへと近寄り耳打ちする。

 

「なぁちょうええか?」

「……今報告中よ」

「今回の出撃って何か気になる事あったか?」

 

 自分の注意を無視するようにこまちから告げられた言葉にカオルは眉を動かす。

 それを見たのだろうこまちが真剣な表情でこう続けた。

 

――ちょう気になるんや。付きおうてくれん?

 

 同じ風組でもあり、帝劇を裏で支える同僚でもあるこまちのそんな顔をカオルもそこまで見た事はない。

 だからこそカオルはため息を小さく吐いて頷くのだった。

 

(こまちがここまでなると言う事は、何か彼女なりに思う事があったと言う事ね……。それは一体……?)

 

 それでも理由を問うのではなくただ一言こう告げる。

 

――みかづきの羊羹、よろしく。

――ん、了解や。

 

 もう言葉はいらなかった。報告が終わるのを見計らい二人はすぐさま手を動かし始めたのだ。

 大神もそれに何か言う事なく、一言だけ本来の業務へ支障をきたさない程度にと告げるのみで作戦司令室を去った。

 

 静かな室内にこまちとカオルの作業音だけが響く。

 やがてポツリとカオルが口を開く。

 

「で? どうしたのよ、急に」

「この状況で意味なく降魔が出てくる思うか?」

 

 その言葉にカオルの手が一瞬止まりかける。がそれでも何とか作業を続けた。

 

「ならさっきのは何か意図があると?」

「それを確かめるために今回の戦闘を調べるんや」

「……妖力反応?」

「それだけやない。出現した降魔の数、種類まで全てや」

 

 そうして二人が少なくない情報を調べ始めている頃、神山は初穂から話があると中庭へ連れてこられていた。

 

「アナスタシアから良くないものを感じる?」

「ああ。アタシもどっか信じられないんだけどよ。でも、微かに嫌な気配がするんだ」

「……いつからだ?」

「戻ってきてからだ。最初は気のせいかと思ったんだけどなぁ」

 

 ガシガシと後ろ手で頭を掻いて初穂は大きく息を吐いた。

 

「とにかくだ。これは神山に任せる。アタシが動くと大事にしか出来ねぇと思うからさ」

「分かった。初穂、分かってると思うが」

「誰にも言わねぇよ。アタシの勘違いだった、ってのがないとも言い切れないし」

「そうだな。出来ればそうであって欲しい」

 

 神山は初穂と別れ、アナスタシアへ会いに行こうと部屋へ向かう。

 だが、アナスタシアは部屋にはいなかった。

 

(どこへ行ったんだ? ……みんなに聞いてみるか)

 

 資料室にいたクラリスは行き先どころかアナスタシアが外出した事も知らず、あざみなら何か知ってるかもしれないと助言を得た神山は彼女を探す事に。

 

「とはいえあざみは神出鬼没だからなぁ」

 

 帝劇内を探しても見つからない可能性は十分あると思った神山は、ならばとその場で天井向かって告げた。

 

「あざみ~、みかづきへ行くけど一緒に来るか~?」

 

 だがしかし、返ってきたのは静けさと虚しさだけだった。

 肩をガックリと落として神山はトボトボと心当たりを探るべく帝劇の外へ行こうと玄関を出たところで……

 

「誠十郎、遅い」

「わっ!? あ、あざみ?」

 

 あざみと対面したのだ。外へ出た瞬間、目の前にあざみが現れるという形で。

 

「さっ、みかづきに行こう。おまんじゅうが待ってる」

「あ~……」

(アナスタシアの居所を聞くためだったんだが……)

 

 チラリと視線を動かせば嬉しそうに階段を下りるあざみの姿があった。

 そして彼女は階段を下り切ったところで振り返る。

 

「? 誠十郎? どうしたの?」

 

 可愛らしく小首を傾げるあざみを見て、神山は情報料だと思い直して息を吐くと笑みを浮かべた。

 

「いや、何でもない。行くか」

「うんっ!」

 

 上機嫌な笑みを返すあざみに神山も笑みを深くし、二人は揃ってみかづきへと向かう。

 その道中で神山は本来の目的であるアナスタシアの事を尋ねた。

 すると、あざみはその問いかけに不思議そうな顔をしたもののあっさりと答えたのだ。

 

「アナスタシアならさくらと出かけた」

「さくらと?」

「うん。舞台の事で大事な話があるって」

「ああ、成程な。行き先は知ってるのか?」

「知らないけど、多分ミカサ記念公園だと思う」

 

 さくらのお気に入りの場所であり、園内には静かな場所もある。

 たしかに舞台関係の話をするのに向いていない場所ではない。

 ただ、神山は何か引っかかるものを覚えていた。

 

(妙だな。アーニャがさくらと舞台の事を話し合うのはおかしくないが、どこで誰が聞いているか分からない状況でそんな事を話すだろうか?)

 

 特に今やさくらは完全なるスタァだ。

 そんな彼女が世界的トップスタァのアナスタシアと一緒にいて興味を持たれないはずがない。

 そこまで考え、神山は初穂の言っていた事を思い出して嫌な予感を覚えてその場で向き直る。

 

「誠十郎?」

「……あざみ、悪いけどみかづきへは一人で行ってくれるか? アナスタシアへ確かめないといけない事があったのを思い出したんだ。代金を渡すからみんなの分のまんじゅうを頼む」

「それはいいけど……」

「頼むな。……これが代金だ。戻ったら初穂やクラリスと一緒にサロンで待っててくれ」

「みんなでお茶?」

「ああ。ついでに次の演目の相談もしよう」

 

 そう笑みを見せて告げると神山はその場から走り出した。

 ミカサ記念公園目指して急ぎながら、神山は胸騒ぎを隠せないでいた。

 

(どうしてだ? どうしてこんなにも嫌な予感がする? 有り得ないとはいえない行動だが、どこからしくないと思ってるからか?)

 

 アナスタシアの舞台に賭ける情熱は神山もよく知っている。

 さくらもそれに負けないものを持っている事を。

 そんな二人が周囲の目がある場所で舞台についての大事な話をするだろうか。

 それだけが神山には引っかかっていたのだ。

 

 息を切らしながら神山はミカサ記念公園へ到着するとすぐに二人の姿を探した。

 周囲の人々へ聞き込みをしながら、神山は公園の外れへと移動する。

 

「……さくら?」

 

 そこにあった植え込みから見えた足と履物で神山はさくらかもしれないと思い、慎重に声をかけながら近付いていく。

 するとそこには意識を失い倒れるさくらがいたのだ。

 

「さくらっ!? さくらっ!」

「うっ……せ、誠十郎さん?」

「大丈夫か? アナスタシアはどうした?」

「アナスタシアさん……っ!」

 

 そこでさくらは自分の体をまさぐるように触り、表情を一気に険しいものへ変えた。

 

「誠十郎さんっ! 早く帝劇へ戻ってっ! 私の刀が狙われてるんですっ!」

「何だってっ!?」

「わたしの、わたしの持ってる刀がどこにあるかを聞いた瞬間、アナスタシアさんに当て身を受けましたっ! 間違いないはずですっ!」

「さくらの刀を!? 一体どうして!?」

「分かりませんっ! でも早くっ! 部屋の鍵がないんですっ! きっとアナスタシアさんがっ!」

「っ!」

 

 弾かれるように神山がその場から走り出す。

 その脳裏には何故という言葉が浮かび続けていた。

 

(何故だっ! 何故アーニャがこんな事をっ! もう彼女はスパイではなくなったはずなのにっ!)

 

 プレジデントGが上級降魔であるという告白。過去の自分と決別すると告げた涙の宣言。

 それらを知っている神山はアナスタシアの突然の行動に戸惑い、悩み、そしてある事を思い出す。

 

――微かに嫌な気配がするんだ。

 

 初穂が感じ取ったそれがアナスタシアの突然の行動に関わっているのではないか。

 そう考えた神山は何故さくらの刀が狙われているのかも疑問符を浮かべた。

 

(さくらの持っていた刀は天宮家に代々伝わる物だと言ってたな。それがどうして狙われるんだ? さくらの両親はその理由を知っているんだろうか? 支配人はさくらの刀に関して何も知らなかったのか?)

 

 大神に確かめるべき事が出来た。そう結論付けて神山は急ぐ。

 

 その頃、帝劇ではこまちとカオルの作業によってある事実が浮かび上がっていた。

 

「嘘やろ……」

「でも、事実よ」

 

 それは、今回の戦闘終了後、アナスタシアの乗る無限から一瞬ではあるが妖力反応が出ていた事だった。

 

「で、でも、おかしない? 出撃前にはないし戦闘中も」

「だけど戦闘終了後にはしっかりと妖力反応が検出されてる」

「……どういうこっちゃ」

「とにかく司令に報告よ。こまち、お願い」

「せ、せやな。了解や」

 

 こまちが大神の下へ向かうのと同時にカオルは念のためと妖力レーダーを作動させる。

 誤作動かもしれないと考えての事だ。

 

(お願いだからそうであって)

 

 その切なる願いは無情にも裏切られる。

 

「っ!?」

 

 反応が検知されたのだ。しかも、帝劇から。

 

「これは……もしかして本当に……」

 

 アナスタシアが妖力を発している。それが意味する事は何かと考えたところで警報が鳴り響いた。

 

「っ!? 一体これは!?」

『こ、こちら格納庫……っ。無限が、奪われた……っ!』

 

 聞こえてきた声は令士のものだ。

 その苦しそうなかすれ声を聞いて、カオルはどこかで自分の想像が外れてくれと思いながら問いかける。

 

「一体誰にですっ!」

『アナスタシア、だ……』

 

 そしてその願いさえも、裏切られるのだった……。

 

 

 

 重々しい空気に包まれる作戦司令室。

 特に神山と大神の表情が暗い。

 

「司令、あいつは、令士の奴は?」

「命に別状はない。彼も軍学校出だからな。鍛えていたおかげだろう。丁度いい機会だ。これまでの分も休んでもらう事にした」

「そうですか……」

 

 様子のおかしかったアナスタシアを止めようとした令士は、彼女が持っていた刀で殴られたために現在格納庫のベッドで静かに眠っていた。

 軽い脳震盪を起こしただけではあるが、念には念をと傍にはこまちが付いている。

 

「さくらの刀についてはどうですか?」

「間違いなくアナスタシア君が持っているだろう。どうして奪ったのかまでは確かな事が判明していない」

 

 その言い方に神山はある事を察した。

 

(司令には何か心当たりがあるのか……)

(天宮君の持っていた刀……。それを降魔が欲しがると言う事はあれこそが帝剣なんだろうか? だがあの刀からは霊力反応さえもなかった。本当にそれが帝剣なんていう神器なのか?)

 

 さくらの所持していた刀は当然ではあるが既に調べられている。

 その結果、それからは霊力反応が検知されなかったのだ。

 大神はそれ故に困惑していた。魔神器と呼ばれた物は強い霊力を秘めており、使用者の霊力を増幅させる事が出来た。

 帝剣もそれに類する物だと思っていたため、まさか何の力も示さない物が帝剣のはずがと、そう思ったのである。

 

「それで、これからどうしますか?」

 

 クラリスの問いかけに大神も神山も眉間にしわを寄せた。

 既にアナスタシアが無限を奪取して十分が経過していたが、神山達がすぐに追い駆けるべきところをそうしていないのは理由があった。

 

「アナスタシア君の現在位置は不明だ。それが分かるまで待機してくれ」

「それと、私達風組が調べた結果、先程の戦闘終了後一瞬ではありますがアナスタシア機から妖力反応を検知しています。それと司馬さんの話によるとアナスタシアさんは妙に虚ろな目をしていたという事です」

「以上の点から考え、現在のアナスタシア君は正気ではないと考えられる」

 

 そこでさくら達が安堵の息を吐いた。

 

「良かった……」

「アナスタシアさんがさくらさんや司馬さんを襲ったと聞いた時はどうしようと思いましたけど……」

「操られてるって、そういう事でいいんだよな?」

「当然。アナスタシアはあざみ達の仲間。でも、どうして操られたのかが分からない……」

 

 あざみの言葉に大神は目を閉じると短く告げる。

 

「理由ならある」

「え?」

「理由があるって、どういう意味だよ?」

「司令、何か知っているんですか?」

「アナスタシアが降魔に操られる理由なんてあるの?」

 

 そこで大神は一瞬だけ神山を見た。

 その視線の意味を察して神山は小さく頷くと口を開いた。

 

「以前までの彼女は、降魔のスパイだったんだ」

 

 時が止まった。誰もが目を見開き、耳を疑うような表情で神山を見つめていた。

 大神だけが無表情のまま神山を見つめていた。

 

「アナスタシアは俺に教えてくれたよ。かつて家族と死に別れて全てを失った彼女は、そこへ手を差し伸ばしてきた降魔が死者を生き返らせるのを見て、こう言われたそうだ。家族を取り戻したければ自分に協力しろ。役者となって舞台へ上がれと」

「まさか……それがアナスタシアさんの役者を志した理由……?」

「何の道具もいらず、その身一つで出来る事もあって、アナスタシアは舞台の世界に、芝居の世界に夢中となった。別人を演じている間は家族を失った事を忘れていられると」

「逃げ場所、だったのかよ。あいつにとって舞台は」

「そして彼女は降魔の指示に従い、地下への暗証番号を入手してそれを教えた」

「っ!? アナスタシアが夜叉へ教えたの!?」

「正確には、アナスタシアが協力していた降魔が夜叉へ教えたらしい」

「そんな……」

「だが、彼女はここで俺達と関わり、その内心に変化が起きたんだ。だから彼女は俺に教えてくれた。どうして自分が降魔のスパイとなったのかと、その協力を求めてきた相手が誰かを」

 

 そこで神山は大神を見た。それは全て話してもいいかという確認の視線。

 大神はそれに凛々しい表情で頷いた。

 

「……自分へ協力を求めてきたのがプレジデントGだとな」

 

 再び時が止まった。だが、それは先程とは性質の異なるものだった。

 最初の驚きが信じたくないなら、今回の驚きは認めたくないというものだ。

 アナスタシアがスパイだったという事は信じる事はしたくない。

 しかし、プレジデントGが降魔である事は認められないのだ。

 もしそれを認めれば、人間は十年もの年月、自らの守りをよりにもよって降魔へ託していたと言う事になるのだから。

 

「君達の気持ちは分かる。俺とて最初に聞いた時は愕然となった」

 

 そんな中、大神の静かな声がさくら達の心を落ち着かせていく。

 彼の中には一つの思い出が甦っていた。レニに関する記憶である。

 

(あの時を思い出すな。レニがサキ君に、水狐に操られてしまった時の事を)

 

 黒鬼会の幹部だった影山サキこと水狐は、当時感情を無くしたように過ごしていたレニを操り、花組と敵対させて同士討ちさせようとした。

 その際、大神はレニと友情を育んでいたアイリスの助けを借り、レニの中に眠っていた感情を揺り起こしてその洗脳を解いたのだ。

 

「だが、考えてみれば色々と納得出来る事が多いのも事実だ。何故プレジデントGが帝国・巴里・紐育の三華撃団の再興を手助けしなかったのか。何故華撃団同士を競い合わせてきたのか。表向きの理由はみんなも知っていると思うが、彼が降魔だとなると見方が変わってくる」

「ええ。降魔皇を封印した三華撃団を警戒していた。そして、その後継である華撃団達の力を定期的に確かめていた」

「それだけじゃないぞ。おそらくだが俺達三つの華撃団が横の繋がりもあった事を重視したんだ。だから向上心だけではなく対抗心も燃やす方向の競技会としたんだろう」

「華撃団同士の連携をし辛くするために、ですか?」

 

 神山の問いかけに大神は無言で頷いた。

 実際大神自身はそこまで強く感じた事はなかったが、それでもマリアやレニを通して聞く範囲でも互いの対抗心は存在していたのだ。

 それがマリアやレニは良い方向へ働いていたが、隊員達までそうだったのかは大神にも分からない。

 だがしかし一つだけハッキリしているのは、レビュウにしろ模擬戦にしろ優劣を他者に付けられる事は遺恨となる可能性が高いと言う事だ。

 

「おそらくだが、今回の狙いはアナスタシア君を操って同士討ちをさせる事だ」

「どちらが倒れてもいいと、そういう事ですか」

「「「「「っ!」」」」」

 

 カオルの告げた推測に神山達がそれぞれ怒りを抱く。

 丁度その時、大神が何かを感じ取ったかのように視線を自分の胸元へ向けてから神山を見つめた。

 

「神山、どうする? どう動いても相手の手の内だ」

「それでも俺達はアナスタシアを、仲間を助け出します」

「分かった。一先ず花組は無限の中で待機だ。アナスタシア君の位置が分かり次第出撃してもらう」

「「「「「了解っ!」」」」」

 

 返事をし格納庫へと向かおうと動き出すさくら達。神山もそれに続こうとした時……

 

「神山」

「はい?」

 

 大神に呼び止められたのだ。

 振り返った神山へ大神は凛々しい表情のまま真っ直ぐ彼を見つめてこう言った。

 

「君にだけ教えておく事がある」

「俺にだけ教えておく事、ですか?」

「竜胆君、司馬の様子を確認し大丈夫そうなら大葉君と翔鯨丸の準備を始めてくれ」

「了解しました」

 

 そう言ってカオルが一礼して作戦司令室を出て行き、それを見届けてから大神は椅子から立ち上がると機械を操作し始めた。

 

「えっ!?」

 

 モニターに出現したのは神山がよく知る人物だった。

 だが、それはそこに映し出される事などないと思っていた相手でもある。

 

「遅くなってすまない。報告を聞こう」

『はい。司令の読み通りでした。アナスタシア機は現在、華撃団大戦会場であったスタジアムにいます』

 

 凛々しい表情でそう答えるのは西城いつきその人であった。

 

「そうか。飛行戦艦の方はどうなっている?」

『そちらは私ではなくひろみの方から報告を』

「なっ!?」

「分かった。本郷君、頼む」

『はい』

 

 いつきに続いてモニターに出現したのはみかづきの店員である本郷ひろみだった。

 神山は一体どういう事だと思いながらも事の成り行きを見守る事にした。

 

『そちらも司令の予想通りでした。内部の人員は既におらず、いるのは人へ擬態した降魔だけです』

 

 普段とは異なり間延びしない口調のひろみに神山は耳を疑っていた。

 いつきもひろみも普段自分が会った時とは雰囲気から違っていたのである。

 

「プレジデントGはどうだった?」

『申し訳ありません。姿を確認出来ませんでした。おそらく執務室となっている艦長室にいると思われますが……』

「見張りがいて侵入は困難、か。いいさ。ならきっとそこにいるんだろう」

「あ、あのっ」

 

 報告が終わったと見て神山が声を出すと、大神だけでなくモニター内の二人も彼へ視線を向けた。

 

「説明を、お願い出来ますか?」

「そうだな。見ての通り、彼女達二人は我々の仲間だ。西城君、本郷君、自己紹介を」

『帝国華撃団月組、西城いつきです』

『同じく月組、本郷ひろみです』

「月組……」

「月組はいわば影の存在だ。主な任務は情報収集となっているが、隊員達の護衛も任務となっている事もある」

「護衛……まさかっ!?」

 

 いつきとひろみが普段どこで何をしているかを思い出し神山は目を見開いた。

 両者は普段街の中に溶け込み、いつきは帝劇内にいる事が多く、ひろみはみかづきの店員として働いている。

 どちらも帝劇関係者がよく利用する場所であり、多くの人々が行き交う場所でもあった。

 

『そう。私達は情報収集をしながら神山隊長達をそれとなく護衛していました』

『ただ、それは可能な範囲でと言われていたので主な仕事は情報収集ですけど』

「じゃ、じゃあ普段のあれは演技?」

「二人共、もう報告する事はないんだろう? なら楽にしてくれていい」

 

 神山の問いかけを聞いて大神がどこか苦笑するようにそう告げた次の瞬間……

 

『了解しました。と、言う訳でごめんねモギリ君。私達の事は秘密にするのが決まりなんだ』

『そうなんですよ~。あと、さっきの質問の答えは演技じゃないですよ~? むしろ、さっきまでのが演技というか切り換えですね~』

「……と、言う事だ」

 

 呆気に取られる神山へ大神が小さく笑みを見せながらそう締め括る。

 つまり普段こそが本来の二人であり、先程までのは月組隊員としての振る舞いであると神山も理解した。

 女は生まれながらにして女優である。そんな言葉を思い出して神山は苦い顔をするしかなかった。

 

「彼女達が月組であると君が知っていると周囲にも気付かれてしまうかもしれないと思ってね。だから今まで伏せていた。すまないな」

「い、いえ、ある意味で当然の事だと思います」

 

 実際神山はいつきとひろみの裏の顔を知っていたらそれを隠せていたかは疑問符が浮かんでいた。

 さくら達が花組である事はある意味周知の事実故に何の心配もなかったが、月組は情報収集という役割からして秘密の存在。

 そんな二人の正体を知ってしまえばどこかで変な立ち振る舞いをしてしまうかもしれないと。

 

「そういえばアナスタシア君はどうしている?」

 

 大神の問いかけに月組二人の表情が凛々しく変わる。月組隊員としての報告を求められていると感じたのだ。

 

『沈黙しています。おそらくですが花組を待っているのかと』

「俺達を待っている……か。なら狙いはやはり」

『同士討ち、でしょうね。神山隊長、どうしますか? 相手がアナスタシアさんをどう操っているか分からない以上、最悪の場合は……』

 

 そこでひろみは言葉を切った。これ以上は言いたくなかったのだ。

 彼女は普段みかづきで働いている。故に知っているのだ。定期的にアナスタシアが店を訪れ、あざみのために饅頭を購入している事を。

 

「いえ、必ず、必ず元に戻す方法はあるはずです。それに、俺達は同じ花組なんです。絶対に、絶対にアナスタシアもみんなも守り抜いてここへ帰ってきます」

 

 静かにだが決意と覚悟を宿した言葉。その神山の宣言に大神だけでなくいつきとひろみも笑顔を見せた。

 

『うん、そうだね。モギリ君っ! 自分を信じてっ!』

『それが、帝国華撃団ですよ~!』

「はいっ!」

 

 月組隊員としてではなく西城いつきと本郷ひろみとしての応援に神山は凛々しく言葉を返す。

 そこでモニターから二人の姿が消え、その場には神山と大神のみとなった。

 

「司令、一ついいでしょうか?」

「何だ?」

「教えていただきたい事があります」

 

 神山からの質問に大神は過去の記憶から答え、事実だけを告げた。

 その内容に神山は怒りと悲しみを抱き、教えてくれた大神へ感謝するように頭を下げた。

 

「ありがとうございました。これで俺もアナスタシアも最後の心残りを無くせます」

「なら良かったよ」

 

 そう告げた瞬間、大神は表情を凛々しくする。

 

「よし、神山、出撃だ! 必ず花組六人で帰還せよ!」

「了解ですっ!」

 

 こうして神山達は翔鯨丸を使いスタジアムを目指す。

 その道中で彼らは、それぞれ無限の中で待機しながらアナスタシアの事を話し合っていた。

 

『それじゃあ、初穂はアナスタシアさんがいつもと違うって気付いてたの?』

『絶対って言える程じゃねぇけどな』

『あざみも気付けなかった。アナスタシア、いつもと同じだと思った』

『きっと、さくらさんから話を聞き出すまではアナスタシアさんを演じていたんだと思います』

「ああ、多分そうだろう。とにかく、この件に関しては俺も至らなかった。だからこそみんなでアナスタシアを助け出そう。降魔の支配下から解き放つんだ」

『はいっ!』

『大丈夫です。きっと私達の想いは届きます』

『ああっ! ガツンとぶつけてやろうぜっ!』

『早く帰ってみかづきのおまんじゅうをみんなで食べるっ!』

『皆さん、間もなく現場上空です』

『後は頼んだで!』

 

 降下していく五色の無限。スタジアム中央で静かに佇む深蒼の無限はその登場にも反応を示さない。

 

「アナスタシアっ! 聞こえるかっ!」

「アナスタシアさんっ!」

 

 神山とさくらの呼びかけにも無反応のアナスタシア。

 そこで初穂が何かに気付いて叫んだのだ。

 

「今のあいつからは嫌な気配をガンガン感じるぞ!」

「うん、あざみも感じる。この気配……深川で戦った奴と同じっ!」

「と言う事は……やはりっ!」

 

 身構える五機の無限。

 するとアナスタシアの無限の背後に不気味な影のような物が浮かび上がった。

 

「気付いたか。どうやらそれなりの力はあるらしい」

「その声……やはりそういう事かっ!」

「多少くぐもってますけど……」

「ああ、間違いねぇ」

「言われて聞けば分かりますっ!」

「プレジデントGっ!」

 

 その声に謎の影は微かに揺れた。そして聞こえる笑い声に神山達は警戒を強める。

 

「くくっ……どうやら全て話していたらしいな。やはり裏切っていたか」

「裏切るも何も、先にアナスタシアを裏切っていたのはお前の方だろうっ!」

「ほう……」

「大神司令から聞いた。お前がアナスタシアに見せたのは反魂の術と呼ばれるもので、甦った者を意のままに操る事も出来るそうだな!」

「じゃあ、それでアナスタシアさんの家族も?」

「いや、降魔の事だ。甦らせるもんかよ」

「もしくは甦らせても操り人形にしたり、あるいはそれを人質にとってアナスタシアさんの人生を縛り続けたはずです!」

「さて、どうかな?」

「いいからアナスタシアを返せっ!」

 

 そのあざみの言葉こそが全員の総意だった。

 そしてそれが合図となった。

 

「よかろう。返して欲しくば自らの手で取り戻してみせろ」

「「「「「っ!?」」」」」

 

 声と同時にアナスタシアの無限が戦闘体勢へ入ったのだ。

 しかもその銃口は明らかに神山の無限へと向けられていた。

 

(不味いっ!)

 

 このままでは最悪の展開となると察した神山は無限をその場から移動させつつ叫ぶ。

 

『花組各員に通達っ! 風作戦を開始するっ!』

『『『『了解っ!』』』』

 

 運動性を上昇させる代わりに攻撃力と防御力を低下させる風作戦。

 それを利用し、移動しながら攻撃出来ないアナスタシア機の攻撃力を下げようと神山は考えたのだ。

 

『あざみ、危険だが常にアナスタシアの正面で攻撃を誘導してくれ!』

『分かった!』

『初穂とさくらは何とかアナスタシアの無限を取り押さえるんだ!』

『『はい(おう)っ!』』

『クラリスは可能な限りアナスタシアの攻撃を相殺!』

『やってみますっ!』

『絶対にアナスタシアを取り戻すぞっ!』

『『『『はい(うん)(ああ)っ!』』』』

 

 神山の言葉遣いからそれが命令ではないと感じ取ったさくら達は返す言葉に自分の決意と想いを込める。

 そんな彼らへアナスタシアの無限が容赦なく攻撃を放つ。

 

 だが……

 

『これは……』

 

 最初に狙われた神山がまずその事に気付き……

 

『にんっ! あれ? これって……』

 

 次に狙われたあざみも同じ事に気付いて……

 

『おっと! こいつは……』

『はっ! ……もしかして』

 

 初穂やさくらも回避したと同時にとある事に気付き……

 

『させませんっ! ……やっぱりそうですっ! アナスタシアさんの攻撃に普段程の正確さがありません!』

 

 攻撃を相殺していたクラリスが確信を持って告げる。

 

 そう、アナスタシアの無限が行う攻撃には本来あるべき正確さと精密さが欠けていたのだ。

 意識を奪われ、操り人形となったアナスタシアではあるが、その深層心理は折角得た家族にも等しい仲間達を攻撃する事を拒否していた。

 

 そのため、プレジデントGに操られて行っている現在の攻撃に普段の精彩は鳴りを潜めていたのだ。

 

「思った以上に使えないな……。ならば……」

 

 神山達へ一撃も当てられない事に業を煮やしたプレジデントGは、そこから恐ろしい行動をアナスタシアに取らせた。

 

『『『『『っ!?』』』』』

 

 それは銃口を神山達ではなくアナスタシアの無限へ突きつける事。

 それも正面装甲を展開してアナスタシアが見えるように、だ。

 

「さて、どうするかは言わなくても分かって頂けるだろう。大人しく動かないでもらおうか」

『くっ、卑怯な……』

『誠十郎さん、どうしますか?』

『おそらくですが従っても……』

『ああ、きっとアナスタシアを解放する事はないだろう』

『だからって下手に動くと……』

『アナスタシアが危ない……』

「さぁ、仲間とやらが大事ならば迷う事はないだろう。それとも……」

 

 静かに番傘を模したライフルへ光が集束し、その銃口がアナスタシアへと向けられる。

 それが放たれたら最後、アナスタシアはその命を失ってしまう以外にない。

 

(どうする事も出来ないのか……っ!)

 

 アナスタシアを死なせたくない。その一心だけで神山は渋々無限が手にしていた二振りの刀を手放した。

 

 それを見てさくら達もその動きに追従していき、完全に無防備となった五機の無限を見てプレジデントGは嘲笑うかのようにライフルをアナスタシアへ突きつけたまま、残った片手の銃口をまずあざみへ向けさせた。

 

「まずは一番最年少から始末してあげましょう」

「なっ!? 止めろっ! 撃つなら俺からにしろっ!」

 

 アナスタシアが妹のように可愛がっていたあざみを苦しめさせる訳にはいかない。

 そんな思いで神山が叫ぶと、プレジデントGは心底楽しそうな声でこう返すのだ。

 

――駄目だ。お前はそこで隊員達が全て殺されるのを見届け、己の無力さを噛み締めるがいい。

 

 そしてあざみへ銃撃が放たれる――はずだった。

 

「どうした操り人形(アイスドール)。何故撃たない?」

 

 プレジデントGの命令に従うのをアナスタシアの体が拒否していたのだ。

 引き鉄を引く事を拒絶するかのように、アナスタシアの虚ろな瞳からは涙が流れ始めていた。

 

「ええい、やれ。やってしまえっ!」

 

 苛立つような声にもアナスタシアの体は動こうとしなかった。

 それを見て神山は気付く。

 

(戦っているんだ、アーニャは今でも……。ならっ!)

 

 勝負所はここだと判断した神山は何と正面装甲を開けてその身を外気へと晒したのだ。

 

『『『『っ!?』』』』

「アナスタシアっ! 降魔に負けるなっ! 君の心は、魂は奴にも操り切れていないっ! その支配から脱するんだっ!」

「きゃ、キャプテン……っ」

「あざみ達は君の真実を知ってもこうして助けに来たっ! 仲間だと、そう心から思ってるんだっ!」

 

 その言葉のすぐ後でアナスタシアの目がたしかに見開いた。

 その視界には正面装甲を開けて笑顔を見せるさくら達四人の姿があったのだ。

 誰もがアナスタシアを見つめて微笑んでいる。それが神山の言葉を裏付けていた。

 

「アナスタシアさんっ! 帝劇に帰りましょうっ! 次の演目を相談したいし、まだまだ一緒に舞台をやりたいんですっ!」

「そうですっ! 様々な演目をやってきたアナスタシアさんの意見や知識、経験が私達には必要ですっ!」

「お前がスパイだか何だかは関係ねえっ! アタシらは同じ舞台を踏んで、同じ時間を作り上げた仲だっ! ならそれだけでいいじゃねぇかっ!」

「罪を憎んで人を憎まずっ! 私の掟第二条っ! 大事なのは過去に何をしたかよりも今何をしているかっ!」

「あっ……ああっ……」

 

 プレジデントGが施した術が破れようとしていた。

 仮面を使って企てた最後の仕込み。

 

 その邪悪な仕掛けは……

 

「アナスタシアっ! 帰ってきてくれぇぇぇぇぇっ!!」

 

 想いを寄せた男の魂の叫びによって打ち砕かれた。

 仮面が弾き飛び、アナスタシアの瞳に光が戻る。

 

「っ! カミヤマァァァァァァっ!!」

 

 魔の操り糸であった仮面が消えたと同時に凄まじい霊力がアナスタシアから放たれる。

 その輝きが無限を包み、憑依するように操っていた魔を祓い飛ばした。

 

「くっ……まさかここまでとは……っ!」

 

 アナスタシアを操っていたプレジデントGは影のように浮遊しながら忌々しさを滲ませるような声を出す。

 

 そこへ凄まじい霊力の奔流が押し寄せた。勿論やったのは一人しかいない。

 

「ぐうぅぅぅっ! あ、アナスタシア……っ!」

「よくも私から二度も家族を奪おうとしたわねっ! もう私はお前の操り人形になんかならないっ! 私はっ! 帝国華撃団花組のアナスタシア・パルマよっ!」

「お、おのれぇぇぇぇぇっ!!」

 

 力強い宣言と共に輝きと勢いを増した霊力の奔流に押し負けるように不気味な影は消える。

 それを見届けると、アナスタシアは疲れが出たのかもたれるように背もたれへ体を預けて息を吐いた。

 

「アナスタシアっ!」

 

 そこへあざみが無限から飛び出すようにして地面へ降りるやアナスタシアの無限へと駆け寄る。

 正面装甲が開いたままになっていたため、その勢いのままアナスタシアへと飛び付いたのだ。

 

「ちょっ……あざみ、危ないじゃない」

「良かった! いつものアナスタシアっ!」

「……心配かけてごめんなさい。それとありがとう」

 

 優しくあざみの体を抱き締めるように腕を動かし、アナスタシアは心から感謝を告げた。

 その光景を神山達は微笑みと共に見つめていた。

 

 だが、その優しい時間は長く続かなかった。

 

「な、何だっ!?」

 

 突如として地鳴りのようなものが聞こえ始めたのだ。

 それが確実に良くない事と感じ取ったアナスタシアは、一旦無限の正面装甲を閉めるとあざみの無限の傍まで移動した。

 

「あざみ、無限に戻った方がいいわ」

「うん、そうする」

 

 正面装甲を開けた瞬間、あざみがそのまま自分の無限へと戻る。

 それを待っていたかのようにスタジアムの上空に不気味な存在が出現した。

 だが、見覚えがない神山でもこの状況でそんな風に現れれば誰かは分かるもの。

 

「それがお前の本当の姿かっ! プレジデントGっ!」

「そうだ。我が名は幻庵葬徹。帝剣を手にした今、最早貴様らに利用価値はない」

「帝剣だとっ!?」

「そうだ。これを見よ」

 

 そう幻庵葬徹が告げるとその手にさくらの刀が出現する。

 

「わたしの刀っ!」

「じゃあ、さくらさんの刀を狙ったのは……」

「あれが帝剣ってもんだからって事かよっ!」

「さくらの刀、返せっ!」

「そもそも帝剣とは何のための物よっ!」

「よかろう。それを今見せてやる」

 

 その後起こった事を見て、神山達は言葉を失った。

 空の中に何かの街らしきものが出現したのだ。

 しかもそれはどこか見覚えのあるもの。

 

「これが帝剣によって作り出されしもう一つの帝都、幻都だ」

「幻都……」

「我らが復活を待ち望む降魔皇が封印されている場所でもある」

「降魔皇っ!?」

「じゃあ……十年前に三つの華撃団が戦ったという相手はあの中に……」

「でもそんな奴は見えない」

「見たいか? ならばその命を贄として捧げよ」

「ふざけんなっ! むしろアタシ達が完全に倒してやるよっ!」

「ほう、それは面白い。あの頃の華撃団共よりも力のないお前達にそれが出来るとは思えぬがな」

「やってみないと分からないでしょ? あの頃に無限はなかったのよ?」

 

 神山は幻庵葬徹の言葉を聞きながら考えていた。何故霊子戦闘機の開発をWOLFは、プレジデントGは進めたのだろうと。

 将来敵対する可能性の高い相手になる華撃団の戦力増強。それを表立って阻止出来ないのは分かる。

 だからといってあまりにも素直に進め過ぎてはいないかと思ったのだ。

 

(何故だ……妙に気になる。そういえば桜武はWOLFが出来る前に作られた試作型の霊子戦闘機だ。あちらはなかった事にされたのに何故無限はいいんだろうか? 俺が光武二式から感じた感覚は無限にはあまりなかった事と関係があるのだろうか?)

 

 その疑問を深く考える前に大神からの通信が神山を現実へと引き戻した。

 

『神山っ! 奴の好きにさせるなっ! 降魔皇が復活すれば帝国華撃団だけでは太刀打ち出来ないっ!』

「分かっていますっ! いつかは戦う相手でも、それは今ではない事は!」

『それが分かっているならいい! 必ず幻庵葬徹を倒してくれ!』

「了解っ!」

 

 通信を終えて神山は視線を一隻の飛行戦艦へと向ける。

 プレジデントGが乗っている物だ。おそらくそこに幻庵葬徹がいる。

 そう思った神山は血気に逸るさくら達を落ち着かせるように声を発した。

 

『みんな、今は降魔皇と事を構える時じゃない。まずは幻庵葬徹を倒す事を優先するんだ。あの飛行戦艦へ向かうぞっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

「ふふふ、来るがいい。降魔皇復活の贄としてくれる」

 

 不敵に笑う幻庵葬徹。その声を聞きながら神山は無限の反応が本来よりも鈍い事を感じ取っていた。

 

(やはりまだ完全じゃないか……。それでもやるしかないっ!)

 

 相手は夜叉と同等。そう思えば無限が万全の状態ではない事は不安材料でしかない。

 だが、それを理由に隊長である自分が後方へ下がるなど出来ないと思い神山は覚悟を決める。

 

 辿り着いた飛行戦艦の甲板では、空高く浮遊する帝剣の真下で幻庵葬徹が不気味に佇んでいた。

 

「来たか」

「幻庵葬徹っ! お前の野望は俺達帝国華撃団が打ち砕くっ!」

「威勢だけはいいな。それが口先だけではない事を見せてもらおうか」

『花組各員に通達! 林作戦を開始するっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 未知なる相手との戦いならばまず本来の状態で当たるべきとの指示にさくら達も気持ちを切り替えた。

 幻庵葬徹は静かにその場で佇むのみで何も動こうとはしない。

 まるで自分達の行動を待っているかのようなそれに、神山達は底知れぬ不気味さを感じた。

 

『前衛を俺とさくらと初穂。クラリスは基本援護を主体に、アナスタシアは支援へ徹してくれ。あざみは遊撃として相手の意識を乱すんだ』

『『『『『了解!』』』』』

 

 弾かれるようにさくらと初穂の無限が動き出し、その行動を支えるようにアナスタシアの無限が射撃を開始する。

 あざみの無限はその素早さを活かして幻庵葬徹の周囲で動き回り、クラリスは相手の行動を注視しつつ誘導弾で後方から攻撃させる。

 

「はああああっ!」

 

 そして神山は左右から幻庵葬徹へ迫るさくらと初穂に合わせて正面から斬りかかった。

 

「……無駄だ」

 

 その言葉通り、六機の無限による攻撃は全て幻庵葬徹の展開する障壁によって無力化された。

 しかもその強度は深川で戦った時よりも上。それを直感で感じ取った神山達に驚愕が浮かんだ。

 

((((((硬いっ!?))))))

 

 夜叉の展開していた障壁よりも強度が上だと察し、神山はこのままでは不味いと判断、即座に作戦を変える事にした。

 

『花組各員に通達っ! 火作戦を開始するっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 一旦距離を取り直す神山達だったが、正直な感想としては火作戦でも障壁を突破出来るか疑問符が浮かんでいた。

 

 特に無限の不調を感じ取っている神山は余計に。

 

(今の無限は本調子じゃない。そんな状態で果たして夜叉以上の強度を持つ障壁を破る事が出来るんだろうか? いやっ! やるしかないんだっ!)

 

 出来る出来ないではなくやる。そう決意した神山は無限へその意思を伝えた。

 それに応えて無限も手にした二刀をより強く握り締める。

 

『みんな、思い出せっ! 俺達は夜叉にも一太刀浴びせられるようになった! その時よりも俺達は強くなっている! 幻庵葬徹の展開する障壁だって突破出来るはずだ! この世に絶対無敵の存在などいないっ!』

『誠十郎さん……。そう、ですよね。わたし達はあの頃よりも強くなったんだ!』

『そうですっ! 華撃団大戦で優勝した以上、みっともない戦いは出来ませんっ!』

『おうよ! アタシらの力はあんなもんじゃ止められねぇって思い知らせてやろうぜっ!』

『うん! みんなの力を合わせれば出来ない事なんてないっ!』

『そうね! やりましょうっ!』

 

 神山の言葉にさくら達の気持ちも一つとなる。それに呼応するように各無限もその出力を僅かではあるが上昇させた。

 

『まずは相手を全方位から攻める。それで障壁が展開出来るのか、出来るのなら強度が変わるかどうか。それらを確かめるんだ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 ここにマルガレーテがいれば及第点を出す発想だろう。

 一点突破でこれまで障壁を破ってきた神山が、それを最初に試すのではなくあらゆる可能性を探る決断をしたのである。

 逆に言えば、幻庵葬徹の展開する障壁の強度がそれだけ高いという証左でもあったが。

 

 神山を除く五人の無限が散開して幻庵葬徹を取り囲む。

 正面にさくら、初穂、あざみの無限が、後方にクラリスとアナスタシアの無限が配置につき、神山はさくら達の後方に控えるようにしていた。

 

 それは神山が幻庵葬徹の動きを観察するためだった。

 だが、その裏には神山が無限へ無理をさせる時のために今は無理を避けようという考えもあった。

 

『みんな頼むっ!』

 

 神山の言葉に五機の無限が同時に動き出す。

 正面から迫る三機はあざみとさくらが左右に散って初穂がそのまま幻庵葬徹へ攻撃しようとし、クラリスは後方から180度を霊力弾で攻撃して、アナスタシアは飛び上がって頭上を攻撃した。

 

「少しは考えたようだが無駄な事だ」

『『『『『っ!?』』』』』

 

 全方位に加えて頭上までも同時攻撃したのだが、それら全てに幻庵葬徹は障壁を展開した。

 まさかの事にさくら達五人が息を呑むも神山は一人ある事を考えて目を鋭くする。

 

(全方位へ障壁を展開出来るのは分かったが、おそらくは常に展開している訳じゃない。おそらく奴が何もしてこないのはそういう事だ。こちらの攻撃を防ぐ事が出来るが展開している間はあいつも攻撃などは出来ないんだろう。それが可能ならとうに攻撃してきているはずだ)

 

 そこから神山は無理を通すべき時を理解した。

 

(相手に攻撃させた時に同時にこちらも攻撃を叩き込む。それしかあいつに攻撃を通す術はないっ!)

 

 そしてそれはダメージ覚悟で突撃しなければならない事を意味する危険な手段。

 だからと言って機動力や攻撃力を落とす山作戦は使えない上に、素早さが何よりも重要であるため火作戦も使えない。

 残るは機動力を高める風作戦だが、攻撃力も防御力も下がるそれで相手の攻撃を防ぐ事もしないで一撃を叩き込むのはより危険度が高いと言える。

 

『みんな、そのまま攻撃を続けながら聞いてくれ。俺に一つ考えがある。それなら確実にあいつの障壁を突破出来る』

 

 静かではあるがはっきりと力強く断言した事にさくら達が僅かに表情を緩ませる。

 やはり神山は頼りになるとそう思って。

 

『俺が合図したら一旦幻庵葬徹への攻撃を切り上げてくれ。その後、俺が奴へ必ず攻撃を叩き込む。その瞬間に全員の技を合わせて当ててくれ』

『誠十郎さんが攻撃を当てた瞬間に、ですか?』

『ああ』

『でもそれは一つ間違えれば神山さんに私達の攻撃が……』

『誠十郎、危険過ぎ』

『それしかないんだ。今からやろうとしている事は何度も出来る事じゃない。一度きりの機会を掴み取らないと勝利はない』

『それだけ危険って事ね……』

『いいさ。アタシは隊長を、神山を信じるぜ。必ず全員で帝劇へ帰るんだろ?』

『そうだっ! これは全員で生きて帰るための行動なんだっ!』

 

 そう言い切ると神山の無限が手にした二刀を鞘へと戻した。

 それが何を意味するかを瞬時に察したのはさくらだけ。

 だからこそ神山が何を狙っているのかもおぼろげながら悟り、さくらは一瞬だけ辛そうな顔をするもすぐに凛々しい表情へ戻して口を開いた。

 

『みんな、誠十郎さんを信じよう! あの決勝戦でも最後まで諦めずに立ち上がったわたし達の隊長をっ!』

『さくら……ええっ! カミヤマを信じるわっ!』

『あざみも信じるっ!』

『神山さん! お願いします!』

『うしっ! いっちょ派手にぶちかますかっ!』

『みんな、ありがとう……。いくぞっ!』

 

 その叫びで五機の無限が攻撃を中止する。

 次の瞬間、神山の無限が幻庵葬徹の正面へゆっくりと歩み出て睨むように身構えた。

 

「何をするつもりだ?」

『花組各員に通達。風作戦を開始する』

『『『『『了解!』』』』』

 

 幻庵葬徹の言葉へ取り合う事をせず、神山は静かに作戦変更を告げる。

 機体から感じる気配に神山は一度だけ深呼吸をすると幻庵葬徹へ鋭い眼差しを向けた。

 

「お前の障壁はたしかに凄い。ただそれだけだ」

「何?」

「夜叉は防御だけじゃなく攻撃の面でも凄みを見せてきた。だがお前は防御だけだ。俺達を疲弊させるしか勝ち目がないって事だろう」

「言ってくれる」

「実際お前はこちらへ一度として攻撃してきていない。俺の言う事が間違っているならお前から攻撃してこい。俺達を倒せる力がお前にあるならなっ!」

「……見え透いた挑発だな。何を企んでいるか知らんがその言葉を後悔させてやろう」

 

 そう告げるや幻庵葬徹は両手を天へ掲げるように動かした。

 すると、まるでそこに黒い太陽が出来たかの如き球体が出現する。

 一目見てかなりの妖力の塊だと分かるそれに、神山は怯むのではなくむしろ表情をより凛々しく変えた。

 

(あれならやれるっ!)

 

 今の神山が恐れるのは強力な一撃ではなく軽い攻撃を連打される事だ。

 そう、簡単に攻撃を中断出来ない事。それだけが神山の頼みの綱だったのだから。

 

「っ!」

 

 無限をその場から弾かれるように加速させ神山は幻庵葬徹へ向かっていく。

 更に渾身にして最後の一撃を放つべく霊力をその身に纏わせて。

 

「死ぬがいい」

 

 それを迎撃する形で放たれる巨大な妖力弾。

 避ける事も防ぐ事もせず加速し続ける神山の行動にさくら達は息を呑むも、彼を信じてそれぞれの霊力を高めていく。

 

「うおおおおっ!」

「馬鹿め……」

 

 妖力弾へ自ら激突しに行く神山の行動を見て幻庵葬徹は呆れるように呟く。

 だが、その次の瞬間っ!

 

「行けえぇぇぇぇっ!!」

「なっ!?」

 

 極限まで高めた霊力による薄い膜とも呼べる障壁と風作戦による加速力が無限を弾丸へと変えていたのだ。

 それでも全身をボロボロにしながらも、妖力弾を突き抜けた神山の無限が驚く幻庵葬徹へその鞘から二刀を引き抜くと同時に斬り付けた。

 

「っ!」

「がはっ!」

 

 その脇を通り抜ける瞬間、一陣の風となって剣閃が煌めいた。

 居合にも似たその一撃は幻庵葬徹が障壁を展開するよりも早くその身を捉え、強烈な痛みを与える事に成功する。

 そしてその一撃はこれから始まる一斉攻撃の呼び水に過ぎないのだ。

 

「神代桜ぁぁぁぁぁっ!!」

「アルビトル・ダンフェールっ!!」

「御神楽ハンマぁぁぁぁぁっ!!」

「無双手裏剣っ!!」

「アポリト・ミデンっ!!」

 

 神山が斬り付けると同時に殺到する五つの必殺技。

 それらが神山の一撃で体勢を崩された幻庵葬徹へと一気に炸裂、大爆発を起こす。

 その衝撃を神山の無限は正面で受け止めていた。着地しながら機体の向きを変えたのだ。

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

 そこで見たのだ。幻庵葬徹が倒れていないのを。

 さくら達はすぐに追撃をかけられる位置にはおらず、出来たとしても攻撃が届くまで時間がかかる。

 即座にそう判断した神山は悲鳴を上げている無限へ心の底からの想いをぶつけた。

 

「無限、頼むっ! あと一撃だけ、あと一撃だけ持ってくれっ!」

『神山さんっ! いけませんっ! もう無限は限界ですっ!』

『これ以上はホンマにあかんでっ!』

「ここで仕留めないと全滅ですっ!」

 

 先程の行動による無限への負担は相当大きくこれ以上の戦闘は不可能。

 それを告げるカオルやこまちの言葉へ神山は非情なまでの現実を突き付け、再度幻庵葬徹へと無限を向かわせた。

 

「これでトドメだぁぁぁぁっ!」

「調子に乗るなっ!」

 

 全精力を放出するように叫び、神山の無限が手にした二刀をバツの字に動かして幻庵葬徹を斬り裂こうと迫る。

 それをその片手で受け止め、幻庵葬徹は残った片手で神山の無限を攻撃したのだ。

 

「ぐうっ!」

 

 弾き飛ばされるように甲板へ叩きつけられる純白だった無限。

 その姿は戦いによる損傷で汚れ、白い部分はあるもののあちこちにそれ以外の色が付いていた。

 

「誠十郎さんっ!?」

「神山さんっ!?」

「神山っ!?」

「誠十郎っ!?」

「キャプテンっ!?」

「だ、大丈夫だ。まだ生きてる……っ!」

 

 慌てて駆け寄る五機の無限。神山は聞こえてきた声に何とかそう返して立ち上がろうと無限を動かす。

 だがそれは叶わず無限は再度倒れ込んだ。

 

「も、もう限界か……っ」

「ふんっ、脅かしおって。そのまま死ねっ!」

「「「「「っ!?」」」」」

 

 しかし、何も起きなかった。

 ただしそれは神山の無限にであり幻庵葬徹へではない。

 その証拠に、幻庵葬徹の体は帝剣で貫かれていたのだ。

 

「な、何を……」

 

 夜叉の手によって。

 

「良い気分には浸れていただろう? あの日から今まで、この我さえも手下のように扱ってきたのだ。その代償がその命なのも納得出来るであろう」

「ま、まさか……私を裏切るのか?」

「裏切る? 何か勘違いしているようだ。我は(はな)から貴様の配下になったつもりもなければなるつもりもない。ただ従った振りをしていた方が都合が良かったからそうしていただけの事」

「お、おのれぇ……傀儡風情が……っ! 誰のおかげで今があると思っている……っ!」

「傀儡、か。たしかにそうかもしれぬ。だがそれもつい先程までの事。貴様が帝剣の力を見せびらかした事で繰り糸は切れ、我はやっと枷もなく我として動けるようになった。それだけは礼を言うぞ」

 

 淡々としていたはずの夜叉の声に少しではあるが感情らしきものが宿っていく。

 それと共にその表情も変わり始め、今など口元を吊り上げて嗤っていた。

 

「我を生み出した事と今回の事による褒美だ。最期は我が直々に始末してやろうっ!」

「ぎゃあああああっ!!」

 

 漆黒の雷が幻庵葬徹へ直撃し、その身を焼き尽くしていく。

 その光景を神山達は黙って見つめる事しか出来なかった。

 あれだけの力を見せた幻庵葬徹を夜叉は呆気なく葬ってみせたのである。

 

「さて……」

「「「「「「っ?!」」」」」」

 

 ゆらりと体を揺らして周囲を見回した夜叉に神山達が息を呑む。

 その手に帝剣を持った夜叉は、まさにその名の通り恐ろしい鬼というような雰囲気だったのだ。

 

「本来ならばここでお前達を殺してやるところだが、我にはそれよりもやるべき事がある。今少しだけその生を伸ばしてやろう」

『なっ……見逃してやるって事かよ!』

『初穂っ! 落ち着いて!』

『今の状態で戦って勝てる相手じゃありませんっ!』

『くそっ!』

『誠十郎、どうするの?』

『私は一時撤退を提案するわ。体勢を立て直さないと無理よ』

『だ、だが、ここで夜叉に帝剣を渡してしまうと……』

『いや、アナスタシア君の言う通りだ』

 

 大神に言われた事を思い出して撤退を決断出来ない神山の耳に撤退を促す声が聞こえた。

 それが誰かは言うまでもなかった。そしてその声に込められていた感情は、怒りでも悔しさでもなくただ神山達の帰還を願う切なるものだった。

 

『神山、ここは退け。生きていれば何とかなる』

『…………了解っ!』

 

 悔しさを押し殺し、神山はそう返して息を吐いた。

 

『みんな、撤退だっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 神山達が撤退するべく動き出した頃、大神はモニターに映し出されている映像を見つめ続けていた。

 

「……これで全てが終わった訳じゃないんだ」

 

 幻都が出現し続けているのを見て大神は無言で拳を握り締める。

 誰よりも悔しいのは前線で戦う事の出来ない大神自身だった。

 故に自分へ言い聞かせるようにそう呟いたのだから。

 

 一方神山達はやや危険な状況に陥っていた。

 夜叉が帝剣の力で降魔皇の封印を解こうとしている影響により、飛行戦艦のあちこちに雷が落ち、それが原因で火の手が上がり始めていたのだ。

 

『皆さん、お早く! このままでは飛行戦艦が爆発しますっ!』

『そうなったら翔鯨丸も危ないんやっ! やからあまり近くへ接近出来ひんっ!』

「分かりました! みんな、急ぐぞ!」

「さくらっ! あざみっ! キャプテンを連れて先に行きなさいっ!」

「何で!? アナスタシア達は!?」

「私達は最後方に位置して万が一の場合は霊力障壁で壁になりますっ!」

「神山を頼むぜ!」

「初穂……クラリス……っ! あざみ、急ごうっ!」

「……うんっ!」

 

 こうして神山達は何とか爆発前に脱出したものの、爆発の衝撃から神山達を守るためにクラリス、初穂、アナスタシアの無限が霊力障壁を展開し中破。

 一方、さくらとあざみ両名の無限は、身動き出来ない神山の無限を急いで運んだ事による負荷で駆動系に小さくない損傷を負ってしまう。

 

 結果、花組全員の無限は全機戦闘不能状態となってしまったのだ。

 

「……やっとこの時が来た。忌々しい破邪の力を打ち破る時も近い」

 

 そんな事へ意識を向ける事もなく、一人夜叉は帝剣を手にして笑みを浮かべる。

 これから待つ事が楽しくて仕方ないといったような笑みを……。




次回予告

帝剣を手にした夜叉による降魔皇復活が進行する中、戦う力を失ったさくら達は無力感を噛み締める。
そこへ現れるさくらの父、鉄幹が新しい帝剣を作る事でこの事態へ対処するべきと持ちかけた。
それは十年前の戦いに隠されたある事実を伝え、一つの大きな謎を突き付ける事となる。
次回、新サクラ大戦~異譜~
“二人のさくら”
太正桜に浪漫の嵐!

――私も傍観者のままではいられないかもしれないね……。
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