新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

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降魔大戦の只中、幼い頃の天宮さくらが降魔に襲われ、それを真宮寺さくらに助けられるという描写と設定がゲームには存在します。
それが終盤で種明かしじゃないですが再度描かれるのですが……。

今回のメインはタイトル通りです。二人のさくらに関する話となります。


二人のさくら 後編

「前方、スタジアム上空の幻都周辺に大量の飛行型降魔を確認!」

「更にあちこちから飛行型降魔の増援も来とる! ほとんどが後方へ回り込むつもりや!」

「このままでは包囲されます!」

「司令、どないします!」

 

 若干の緊迫感が漂うやり取りを聞きながら神山達は新武の中で大神の反応を待った。

 彼は静かに前方を見つめ、席に着いたまま告げる。

 

「全兵装使用許可。しかる後に全砲門開け」

「了解しました。全兵装使用許可確認!」

「全砲門展開っ! いつでもいけまっせ~っ!」

「よし、主砲はまだ使うな。それ以外の攻撃で対応する。てぇぇぇぇっ!!」

 

 号令と共にミカサから一斉に凄まじい数の実弾や霊力波が放たれ、空中にいる降魔達を撃ち落としていく。

 霊力波の方は降魔の妖力を追い駆けるように動き、ミカサの後方へ回り込もうとしていた降魔達を見事に撃ち落としたのだ。

 

「凄い……」

 

 神山が呟いた通り、ミカサは押し寄せる降魔達をまったく寄せ付けず、スタジアム上空の幻都へと接近していく。このままいけば危なげなく夜叉の近くまで行けるだろうと、そう誰もが思ったその時だった。

 

「っ!? 強大な妖力反応確認っ!」

「何?」

「幻都からこっちへ向かってきとるっ!」

「妖力攻撃を確認っ!」

「回避しつつ反撃っ! 可能ならこちらの攻撃で相殺するんだっ! 総員、衝撃に備えろっ!」

 

 大神の指示と共にカオルとこまちがそれぞれミカサの回避運動や反撃行動を始める。

 その間、大神はずっと正面を睨むように見つめ続けた。迫ってくる妖力波を恐れる事もなく凛々しいままで。

 

「っ!」

 

 激しい閃光となってぶつかり合う霊力と妖力。その眩しさに誰もが目を守る様に手を動かす中、大神と神山だけは目を細めながらも前を見つめ続ける。

 

(これをやったのは誰だ? 夜叉ぐらいしかいないはずだが、あいつは幻都の封印を解こうとしているはずだ。ならこんな事が出来る奴は……)

(強力な妖力反応にこの妖力波……。ただの降魔にこんな事は出来るはずはない。夜叉自身が動く事はないだろうから残る可能性は……)

 

 光が消えて視界が晴れた時、神山と大神は思わず声を揃えた。

 

「『やはり幻庵葬徹っ!』」

 

 そこに見えたのは、おぞましい姿となった幻庵葬徹だった。ただその顔は半分爛れたように醜く変わり、見ているだけで嫌悪感や不快感を与えるものとなっていたため女性陣が一様に表情を歪めた。

 その反応を見たのか幻庵葬徹は不気味に笑みを浮かべるも、その左右で異なる顔はより不気味さを増してさくら達が思わず息を呑む程だった。

 

「またこうして(まみ)えるとはな……。あの時は決着を付けられずじまいだったが、此度はハッキリと白黒つけてくれる」

「神山っ!」

『新武にて迎撃しますっ!』

「頼むっ!」

『みんな行くぞっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

「竜胆君、ミカサを幻庵葬徹へ近付けるんだ! 大葉君は最低限幻庵葬徹以外の降魔が接近しないように攻撃を続けてくれっ!」

「「了解っ!」」

 

 幻庵葬徹の背後から再び降魔達の増援が現れた事に気付いた大神の指示に従い、こまちが再び攻撃を再開する中、神山達はミカサの甲板部分へと新武で移動し幻庵葬徹を迎え撃とうとしていた。

 降魔達を撃墜しながら進むミカサだが、その攻撃を幻庵葬徹が防ぎ、弾き、相殺するように攻撃し続けて若干妨害している。

 

(飛行型の降魔が数体こちらへ向かってくるな。幻庵葬徹がミカサの攻撃へある程度手を出しているせいか……。しかもミカサの攻撃は幻庵葬徹に通じていない、か)

 

 そこまで考え、神山はある事を思い付いて通信を開いた。

 

『クラリスとアナスタシアは可能ならミカサの攻撃と合わせて幻庵葬徹へ攻撃してみてくれ』

『ミカサの攻撃と、ですか?』

『成程、以前深川で私がやったのと同じ狙いね』

『ああ、上手くいけば相手へ痛手を負わせる事が出来るはずだ。頼めるか?』

『分かりました。やってみます』

『クラリス、私がそっちへ合わせるわ。弾速はこっちの方が速いから』

『お願いします』

 

 射撃機体を駆る二人の打ち合わせが終わったのを見計らい、神山は残りの三人へ指示を出す事にした。

 

『俺達は二人の護衛だ。飛行型降魔が二人へ接近しないようにするんだ。ただしミカサから落ちないように気を付けてくれ』

『『『了解!』』』

 

 今もミカサは幻都へ向かって進んでいる。そのため、甲板上は強い風が吹いていた。

 新武の重量もあって簡単に吹き飛ばされる事はないが、少しでも迂闊な行動を取ればその機体は後方へと押し流される事が目に見えている。

 そんな中で射撃機体であるクラリスとアナスタシアは幻庵葬徹に集中する事になると、飛行降魔との戦いは接近戦主体の神山達には厳しい。

 

 それでも神山は二人を降魔達ではなく幻庵葬徹対策へ当てる事を変えるつもりはなかった。

 

(いくら俺の無限の状態が万全じゃなかったとはいえ、あいつは俺達の一斉攻撃を受けても深手を負わなかった。今もミカサの攻撃を全て防ぎ切っている。少しでも疲弊させないとっ!)

 

 まだ記憶に新しい戦闘の内容。それを思い出して神山は幻庵葬徹を警戒していたのだ。

 

 こうして六機の新武が動き出す。近接戦主体の新武四機は固定砲台のようになっている新武二機を護衛するように展開し、風作戦の機動力を合わせる事で突風によって後退させられても戦場へ復帰し易いようにしながらだ。

 

『凄い風……っ』

『まったくだぜ。下手に跳ぶと一気に新武が後ろへ流されちまう』

『うん、戦い難い。でも新武は凄い。本当に身軽になった』

 

 飛行型降魔と戦いながらさくら達は余裕を無くさず会話を交わす。実は風作戦を発動した新武はただ機動性が上がっただけではなかったのだ。

 新武はこれまでの霊子甲冑の技術を詰め込んだと言っても過言ではない機体である。そこには、紐育華撃団のスターの技術も入っていた。だからといって変形機構が組み込まれている訳ではない。

 

 新武と共に運ばれた資料を読みこんだ令士によって教えられたそれは、この状況で飛行している相手と戦うのにもっとも適していた。

 新武はスターで得られた滞空能力を有していたのである。さすがに飛行能力とまではいかないが、風作戦使用時はその推力が著しく上昇し、推進力など機動力関係が大きく強化されるのだ。

 

『っ! 初穂っ! わたしとさっきのやろう!』

『おうよっ!』

『あざみも混ざるっ!』

 

 そして今さくら達がやっている攻撃法こそ、“連携”と呼ばれていた一種の隊員同士の霊力を機体を通じて共鳴させて行うものだった。

 

 通常、霊力は個人で性質が異なるのだが、同じエネルギーではあるため同調・共鳴させる事が出来る。それを活かすのが大神一郎や大河新次郎、そして神山誠十郎が有している触媒と呼ばれる能力であり、この“連携”とは触媒を介さず隊員間で霊力を増幅して行う攻撃だった。

 

 しかも、互いの信頼感や絆と呼ばれる目に見えない繋がりを強くすればする程威力も上がるため、今のさくら達の連携はかなりの威力を発揮していたのだ。

 

 これらによりさくら達は空中の降魔を甲板から跳ぶ事無く倒す事が出来ていた。

 ただこれには欠点もあり、一つは、行うには最低でも二人必要となる事。もう一つはその二人を起点と終点にして作る直線上の相手しか攻撃出来ない事。

 

 そして最大の欠点は霊力を放出するに近いため……

 

『ふぅ……ちょっと疲れてきたかも』

『たしかに若干気怠さがあるな、これ。あまり多用出来ないか』

『あざみは今回はそうでもないけど、さっきやった時は少し力が抜けた感じがした』

 

 主導して行った者とそれを受けた者は霊力を消耗する事で疲弊する事だ。

 ただ、途中でそこへ参加した者は霊力を瞬間的に加えるだけなので疲弊はしないで済む。だが、これも両者との繋がりが強くなければ出来ない事であった。

 

 一方、クラリスとアナスタシアはミカサの攻撃に合わせて幻庵葬徹を攻撃していたのだが……

 

『くっ、駄目です。アナスタシアさんとは合わせられても……』

『ミカサとは難しいわね。そもそもあちらは幻庵葬徹だけを狙ってる訳じゃないし……』

 

 中々その射撃がミカサのそれと合わない事で苦労していたのである。

 だが二人での攻撃は見事なまでに揃っており、その威力に幻庵葬徹が軽い驚きを感じていた程だった。

 何故ならそれは以前から時々やっていた協力攻撃であり、新武となった今は無限の時よりも攻撃力が跳ね上がっていたためだ。

 

『ですが幻庵葬徹が時々動きを止めています。効果がない訳じゃないはずです』

『そう、ね。なら今は私達の息を合わせる事だけ考えるわよっ!』

『はいっ!』

 

 幾多もの霊力弾が四方から幻庵葬徹へ向かっていき、それに少し遅れる形で一筋の流星のような霊力弾が追いかけていく。

 すると丁度同じ瞬間に幻庵葬徹へ直撃する。それが幻庵葬徹が展開する防御壁に阻まれて無力化されてしまったその時……

 

「ぐっ……い、痛い……っ! おのれぇぇぇ……私がこんな目に遭うのも帝国華撃団、貴様らのせいだっ!」

 

 幻庵葬徹が痛みに呻きながら声を荒げたのだ。その声と共に妖力が膨れ上がり、クラリスとアナスタシアの新武目掛けて濃紺の妖力波が放たれた。

 それは二人の攻撃を押し返すように二機の新武へ迫る。その速度に二人は回避も防御も間に合わない。けれど、二人が息を呑んだその瞬間、その間へ割って入ったものがいた。

 

 それは振り下ろした一刀で妖力波を受け止め、残った一刀でそれを断ち切ったのだ。

 

『二人共無事かっ!』

『『神山さん(キャプテン)っ!』』

『一旦態勢を立て直す。さくら達と合流してくれ』

『『了解っ!』』

 

 それを合図にしたかのようにミカサの攻撃が一斉に幻庵葬徹へ殺到する。それは、残りの降魔達が全て倒された事で狙いを一点に集中出来るようになったためであった。

 

「無駄な事を……っ!」

 

 圧倒的な数で迫る実弾や霊力弾を自分の展開する防御壁で迎撃する幻庵葬徹だったが、それは神山達が態勢を整えるための時間稼ぎも兼ねていた。

 何故なら、既にミカサの甲板上空に幻庵葬徹は位置していたのだ。つまり直接攻撃が可能となったのである。

 

『相変わらず防御壁を展開している時は身動きが取れないらしいな。神山、ここからはミカサは援護出来ない。後は頼む』

「了解しました! 必ず道を切り開きますっ!」

 

 その大神からの通信へ凛々しく返事をし、神山は意識を上空へと向ける。

 

「幻庵葬徹っ! 前回の借りを返してやるぞっ!」

「面白い……。今の私はあの時よりも慈悲はない。今度こそ息の根を止めてくれようっ!」

 

 言葉と共に甲板上へ紫電の雨が降らせようとする幻庵葬徹。だがそれを見て動いたのは神山でもさくらでもクラリスでさえない。

 

「させないっ!」

「何!?」

 

 あざみの新武が一瞬にして多数の棒手裏剣を上へ投擲し、紫電の雨はそちらへ引き寄せられたのだ。

 それと同時に二色の霊力弾が幻庵葬徹へ向かっていく。

 

「「当てるっ!」」

「舐めるなっ!」

 

 クラリスとアナスタシアの攻撃は幻庵葬徹の展開する防御壁に防がれる。が、それを見越していたかのように真紅の衝撃がそこへ加わった。

 

「落ちろってんだっ!」

「ぐっ!? ば、馬鹿な……っ! たった一日でこれ程までに変わるはずがっ!」

 

 下方に展開していた防御壁でクラリスとアナスタシアの攻撃を、上方に展開した防御壁で初穂の攻撃を防いでいた幻庵葬徹だが、その表情には前回のような余裕はなかった。

 

「これならっ!」

「させぬっ! っ!? 何だとぉぉぉぉぉっ!?」

 

 更にその背後へ放たれるは桜花の剣閃。それも防御壁を展開し受け止める幻庵葬徹だったが、その拮抗は短時間で終わりを迎えた。何故なら展開している三か所の防御壁へ手裏剣が同時に突き刺さった事でそれらが砕け散ったためだ。

 

「誠十郎っ!」

「おおおおおっ!!」

「図に乗るなぁっ!」

 

 稲妻の如き速度で飛び上がった白銀の機体を幻庵葬徹がその両手に妖力を集束させて迎え撃つ。

 その激突はどこか前日の戦いを彷彿とさせる。放たれた強力な妖力弾が新武を直撃しその姿を隠すように煙が上がった。

 

「誠十郎さんっ!?」

「神山さんっ!?」

「神山っ!?」

「誠十郎っ!?」

「キャプテンっ!?」

「所詮人間などこの程度よ……。ふふっ……はははっ」

 

 さくら達が息を呑む中、幻庵葬徹が勝ち誇るように笑い出したその時だった。

 少し強めの風が吹き、煙を吹き飛ばす。そこにいたのは二刀を交差させてその場に滞空する純白の新武だった。

 

「何? 無」

「っ!」

 

 幻庵葬徹が新武を認識した刹那、一陣の風となった新武が二刀でもって幻庵葬徹を一閃した。

 

「傷……だと……っ!?」

 

 直度起こる大爆発。その爆風を背に、純白の新武は一度だけ甲板へと着く前に滞空するように推力を働かせ静かに降り立った。それに続く形で桜色と真紅の新武も甲板上へ静かに降り立ち、そこへ残りの三機の新武も駆け寄った。

 

「誠十郎さん、やりましたね!」

「ああ、新武のおかげだ」

「これで完全に自信がついたぜ。あいつを相手に一矢報いるどころか完全勝利だからよ!」

「あざみ達と新武の組み合わせは凄い! これなら夜叉にも勝てるっ!」

「そうですね。今の私達はあの優勝した時よりも確実に強くなってますし」

「今なら夜叉相手に防戦一方とはならないはずね。でしょ、キャプテン」

「そうだな。っと、一旦ミカサの中へ戻ろう。そろそろスタジアムだ」

 

 こうして神山達が格納庫へ戻り出した頃、大神達はある事に気付いていた。

 

「妖力障壁?」

「はい。強力な妖力がスタジアム全体に張り巡らされています。幻都からの影響のようですね」

「ちゅう事は降魔皇の力か。生半可な攻撃は通じんやろなぁ」

「それ程封印が弱くなってきたのか……」

 

 視線の先に見える光景に大神は悔しさを噛み締めるような表情を浮かべた。

 スタジアム上空に出現した幻都はその存在感を次第に濃くしていた。それが封印の弱体化と連動しているとすれば、このままでは当初の予想よりも早く封印が解かれてしまうと思われた。

 

「……よし」

 

 大神の脳裏に甦るのは聖魔城攻略の際の米田の行動だった。

 

「主砲発射準備っ! 目標、スタジアムの妖力障壁っ!」

「「了解っ!」」

 

 慌ただしく動き出すカオルとこまち。一方令士はと言えば……

 

「これは凄いな……」

 

 格納庫へ戻ってきた花組を出迎え、新武の整備及び点検を行うためにまず神山機の点検を始めていたのだが、幻庵葬徹との戦いを経たはずの六機の新武全てを見ての第一声がそれだった。

 

「どう凄いんだ?」

「お前、あんな戦いしといてそれか?」

 

 自分の驚きが今一つ分からない神山へ、令士は呆れた表情を返してため息を吐いた。

 

「簡単に言えば、見ての通り損傷がないんだよ。正確には、だ。俺が急いで手を出さないといけないような場所がないんだ」

「そうなのか……」

「さくらちゃん達の新武も同じだ。まったく、無限の時は色々あったとはいえ全機修復困難までなったってのに、同じ相手と戦って新武は全機修理不要とはな」

 

 その令士の言葉が現在の花組の強さを表していた。新武との相乗効果によって、今の神山達は間違いなくあの華撃団競技会へ挑んだ頃とは別人と言ってもいい程に成長を遂げていたのだ。

 

 それでも点検などを行う令士に全てを任せ、神山達は大神からの指示で新武の中で待機する事になる。

 

(今の夜叉はおそらく今までよりも手強くなっているはずだ。新武になって強くなった俺達でも簡単には勝てないだろう。それでも必ず俺達は勝って、そして帝剣を取り戻してみせる……)

 

 

 

「降魔の様子はどうだ?」

「沈静化しました。どうやら幻庵葬徹以外に動かせる存在がないようです」

「帝都の方も落ち着いたようや。これで邪魔もんはおらへんよ」

「よし、主砲発射準備っ!」

 

 その言葉で帝劇の中庭にある霊子水晶が強く輝き始める。そこからの霊力がミカサの主砲へと送られていき、集束して巨大な力と変わっていく。

 

「霊力充填完了まで残り十秒!」

「主砲、発射準備完了っ!」

「三……二……一……零っ!」

「てぇぇぇぇぇっ!!」

 

 次の瞬間、強烈な閃光がスタジアムへ目掛けて放たれた。その光は目に見えぬ壁のようなものへ激突し、凄まじい轟音を響かせた。ミカサから放たれた霊力砲と妖力障壁が干渉し合っているのだ。その衝撃にミカサも揺れる中、大神は表情を凛々しいままに叫んだ。

 

「このまま全速前進っ!」

「ですがそれではこちらもただではすみませんっ!」

「構わないっ! ミカサは壊れた場所を直せばいいが、命は失われたらどうやっても戻せないんだっ!」

 

 それは、これまで幾多ものの戦いを経験してきた大神だからこそ断言出来た事だった。

 そしてそれこそが全ての華撃団隊員達が目指すべき在り方と今も言われる男の信念でもあった。

 

「カオル、司令がここまで覚悟決めとるんや! あてらも風組としてやったろやないかっ!」

「こまち……」

「普段危ない事から距離ある部署やしな! なら、ここが女の度胸の見せどころやろっ!」

「…………はぁ、まったく貴方は」

 

 呆れるようにそう呟いてカオルが眼鏡の位置を直すように軽く触る。

 そのレンズ部分が光の反射でカオルの瞳を隠すものの、それを見てこまちは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「機関最大っ! 出力全開っ!」

「霊子水晶の限界ギリギリまでやったるでぇ!」

「総員衝撃に備えろっ! ミカサで帝剣への道を切り開くっ!」

 

 神山達が衝撃に備えて身構えたのと同時にミカサが主砲を発射したままスタジアム上空の幻都へと突撃していく。誰もが表情を険しいものとしながらも瞳は欠片として突撃の成功を疑っていなかった。

 

 間も無くミカサの艦首が妖力障壁へと接触すると、その衝撃でミカサ全体が大きく振動した。

 

「艦首及び艦全体に被害発生っ! 霊力弾及び副砲の一部が使用不可っ!」

「機関部に火災発生っ!」

「機関部の消火作業急がせっ! 武装には構うなっ! 主砲が撃てるならそれでいいっ!」

「妖力障壁の反応に変化ありっ! 主砲が直撃している部分の妖力反応が弱まっていきますっ!」

「霊子水晶からの霊力供給低下っ! 主砲の出力が七割に低下しとるっ!」

「限界まで撃ち続けろっ! 小さい穴でもいいから障壁を貫けっ! 艦首を少しでもねじ込み活路を作れるか否かで全てが決まるっ! 必ず花組を帝剣の近くまで送り届けるんだっ!!」

「「了解っ!」」

 

 夜叉が幻都の封印を解くついでに展開した妖力障壁。それをミカサは総力をかけて突破しようとしていた。機関部へ無茶をさせ、霊子水晶さえも壊れるかもしれない負荷をかけ続け、ミカサは主砲を撃ち続けた。

 銃火器であれば銃身が焼き切れる程に主砲は砲撃を続ける。推進機関も最大で稼働を続け、文字通りミカサは全力を出し切るように戦っていたのだ。

 

 さすがに妖力障壁も執念じみたミカサの砲撃に軋み始め、遂にその限界を迎えたのかその侵入を許す事となる。だが、それはミカサの勝利とはいかなかった。

 

「っ!? 霊子水晶からの霊力供給停止っ!」

「主砲部分熔解っ! 機関停止っ!」

「このままでは帝都へ墜落しますっ!」

「神山っ! 聞こえているかっ! そのまま新武でスタジアムへ降り立ち帝剣を取り戻すんだっ!」

『ミカサは、司令達はどうされるんですかっ!?』

「こちらの事は気にしなくていいっ! 今は自分の成すべき事だけ考えろっ!」

『っ! しかしっ!』

「いいから行けっ! 後は君達花組に託すっ! 帝都を頼んだぞっ!」

『大神司令っ!』

 

 そこで通信は途切れた。それと同時にミカサ下部のハッチが展開していく。

 

「これは……」

『急げっ! この高度でも新武なら何とか着地出来るっ!』

「令士……」

 

 画面に表示された相手に神山は何かを悟ったような表情となった。

 墜落の危機にあるミカサを何とかするべく動いているだろう令士。それが何故自分達が出撃出来るようにしたのかの理由を察したのだ。

 

『誠十郎っ! ミカサの事は任せろっ! 俺は俺の、お前はお前のやるべき事をやろうぜっ!』

「分かったっ! これが終わったら一杯奢るっ!」

『さくらちゃん達と一緒になっ! 行ってこいっ!』

「ああっ! 帝国華撃団花組、出撃っ!」

「「「「「了解っ!」」」」」

 

 六機の新武が飛び降りるようにミカサから飛び出していく。スタジアムへと降り立ち、そこで神山達は気付いた。

 

「これは……」

 

 魔幻空間のように変化したスタジアムは不気味な雰囲気に包まれていた。それが夜叉によるものだと思い、純白の新武は視線を上へ向ける。その先には紫電が走る黒雲と妖しく光る帝剣があった。だがそこにいるべきはずの夜叉の姿はなかったのだ。

 

「っ!? 夜叉がいないっ!?」

「「「「「っ!?」」」」」

 

 神山の言葉でさくら達の意識も帝剣へ向き、すぐに周囲を見渡し始めるがどこにも夜叉の姿は見当たらない。妖力反応も周囲の妖力が凄まじいために探る事が出来ず、神山達は警戒しつつ帝剣へと向かって洞窟のようになっているスタジアムの中へと移動する事となった。

 というのも、一直線に帝剣へ向かおうとすると、その途中で降魔や妖力による稲妻で妨害を受けると判明したためだ。

 

『完全に魔幻空間ですね……』

 

 スタジアムは本来あるべき状態から完全に変わり果てて、最早別空間と呼んでも差し支えない程までに変貌していた。

 本当にここはスタジアムの中なのかと思う程、内部はどこか有機的で生物的な印象が強く、生理的嫌悪感を催させるような雰囲気に包まれていた。

 

『まったくだぜ。そうなっちまうぐらい妖力が幻都から流れてるって事か?』

『あるいは、そうした方が封印を解き易いのかもしれません』

『どちらにせよ良くない事に違いないわね』

『っ! 誠十郎、前から降魔っ!』

『くっ! 駆け抜けるぞっ! 今は構っている時間が惜しいっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 迫りくる降魔達を蹴散らして進む神山達。

 やがて彼らは広い場所へと出た。遮蔽物も何もないそこはまるで闘技場のようにも思える。しかもその先には帝剣が見えていたのだ。

 

「あれは……帝剣かっ!」

「そうだ」

「「「「「「っ!?」」」」」」

 

 神山の声に返ってきた声に全員が息を呑む。新武の進路上にゆっくりと神滅が姿を見せたのだ。

 その威圧感はこれまでよりも増しており圧倒されそうな程であった。そのためか黙り込む神山達へ夜叉はどこか失望感を漂わせた。

 

「どうした? 我を倒して帝剣を取り戻すべくここまで来たのだろう? 何故今更我に怖気づく?」

「っ……みんな、相手の雰囲気に飲まれるなっ! 今の俺達はあの頃とは違う! 華撃団大戦で優勝できた! 機体は新武へ変わった! 何より、あの幻庵葬徹を正面から打ち破ったんだっ! 司令達も俺達に帝都を託してくれた! 今っ! この帝都をっ! この状況をっ! 何とか出来るのは俺達、帝国華撃団花組だけなんだっ!」

 

 雄々しく二刀を構える純白の新武。そこには先程まであったはずの気圧された雰囲気はない。むしろ逆に威圧感を出すぐらいに迫力に満ちていた。

 

「花組各員に通達! 林作戦を開始するっ!」

「「「「「っ! 了解っ!!」」」」」

 

 神山の告げた言葉の意味。それを正しく感じ取り、さくら達もそれぞれ臨戦態勢を取る。

 林作戦は本来の状態で敵にあたる事を意味する。つまり現在の状態だ。それでも敢えてその隊長作戦を使う事。平常心を忘れるなという意味と共に、本来の状態の自分達ならば夜叉に負けないと神山は告げたのである。

 

「ほう……立ち直ったか」

 

 強い霊力を放つ六機の新武を見つめ夜叉は意外そうな反応を返す。すると神滅が剣を引き抜きゆっくりと構えた。

 

「そうでなくては殺し甲斐がない。忌々しい破邪の力。それが施した封印の最後を飾るに相応しい贄となれ」

「そうはいかないっ! むしろお前を倒し、大神司令達が封じてくれた降魔皇の復活を阻止してみせるっ!」

 

 悠然と構える神滅に対して果敢に向かっていく純白の新武。それに続けとばかりに動き出す桜色と真紅の新武。深蒼の新武はその場から跳び上がると番傘を展開して滞空しつつ射撃での援護を開始する。黄色の新武が神滅の背後へ素早く回り込むのと同じく、新緑の新武が竜巻や雷を放つ。

 

 それらの動きに一切狼狽える事もなく神滅は構え続けた。

 

『あざみっ!』

『お任せっ!』

 

 神山が神滅へ攻撃を仕掛けるのと同時にあざみも背後から手裏剣を投擲する。

 

「それしき動くまでもない」

 

 だがその同時攻撃は神滅の展開する妖力障壁に阻まれる。

 

『初穂っ!』

『派手にいくぜっ!』

 

 ならばと今度はさくらと初穂の協力攻撃が神滅へ繰り出される。

 

「無駄だ」

 

 しかしそれさえも神滅の妖力障壁を突破する事は出来ない。

 

『アナスタシアさんっ!』

『合わせるわっ!』

 

 火力という意味なら花組でも上位に位置するクラリスとアナスタシアが、地上と空中からそれぞれその火力を集中させる。

 

「その程度で……」

 

 けれどその弾幕の如き射撃すら神滅へ傷をつける事は叶わない。

 

『な、何て奴だ……』

『以前よりも防御力が上がってる……』

『ああ、こいつも前より強くなってやがる』

『新武の攻撃でも通じないなんて……』

『このままじゃ負けちゃう……』

『キャプテン、何か作戦は?』

 

 全員の声には微かな焦りが宿っていた。新武を得た今の自分達ならば夜叉にも後れは取らないとそう思っていたところで、相手に僅かな傷さえも与えられないという結果である。その心に小さくない不安が生まれるのは当然であった。

 

(どうする? おそらく風作戦で機動力だけを上げても通じないし、火作戦で攻撃力だけを上げても駄目だ。かと言って山作戦で防御力だけを上げたところで意味はないし、林作戦のままでは強みがない。いっそ機動力、攻撃力、防御力の全てを上げる事が出来れば……)

 

 隊長作戦はどれかを上昇させる代わりにどこかが低下するものだ。低下を嫌がれば上昇も出来ない。

 そう考え、神山はない物ねだりを考えてしまいそうになったところで息を呑んだ。

 

『っ……危険かもしれないが一つだけある』

 

 神山の脳裏に浮かんでいるのはこれまで一度として試した事のない戦術。

 隊長作戦を使うそれは、失敗すれば大きな犠牲を払う事になるかもしれないものだ。

 

『危険かもしれないって……誠十郎さん、一体何をするつもりですか?』

『まさか一人で突貫するつもりじゃねーだろうな?』

『違う。ただ、みんなは俺が神滅の守りを破った瞬間に最大火力を叩き込んでくれ』

『守りを破った瞬間って……』

『そんな事が本当に出来るの?』

『そうよ。しかもキャプテン一人でなんて……』

『頼む、俺を信じてくれ。必ず活路を開き勝利を掴んでみせる』

 

 その力強い断言に五人の乙女は黙って頷いた。

 感じ取ったのだ。これまで神山誠十郎という男が見せてきた希望の輝きを。有言実行を成し遂げ続けてきた、その目には見えぬ何かを。

 

 五機の新武が純白の新武から離れて神滅の周囲へと展開する。その動きを見て夜叉は正面にいる純白の新武へ意識を向けた。

 

「何を考えているか知らぬが、もう貴様らに勝機はない」

「それは違う。勝機は自らの手で創り出して掴み取るものだ。例え今はなくても、それを創り出そうとすればいいだけだっ!」

「創り出す、か……。面白い。ならば創り出してみせよ」

 

 その言葉と共に足元を蹴って神滅が神山の新武へと迫る。あざみの新武よりも速いそれを見ても神山は慌てる事無く手にした二刀を交差させると叫ぶ。

 

『山作戦を開始するっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 直後、激しい衝撃音が周囲へ鳴り響く。

 

「……何?」

 

 神滅の繰り出した一撃は新武の展開する霊力障壁と交差する二刀によって防がれたのだ。その事に夜叉の意識が僅かではあるが逸れた一瞬を神山は見逃さなかった。

 

『風作戦を開始するっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 勢いを殺された神滅を純白の新武が二刀を使って押し返し、体勢の崩れたままの神滅へ素早く蹴りを叩き込んだのだ。

 

「ほう……だがこの程度で」

 

 空中で体勢を整えようとする神滅。だが、既に神山は次の行動へ移っていた。

 疾風となった新武は神滅へと迫りながら手にした二刀を構えていたのだ。

 

『火作戦を開始するっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 神山の考えた作戦。それは隊長作戦を切り換える事でそれぞれの長所を組み合わせるというものだった。

 だが本来であれば隊長作戦はその切り替えを機体に無理がない状態で行う必要がある。しかし、それを守っていると神滅へ一撃を叩き込むのは難しい。

 故に神山は無理を通す事に決めたのだ。落ち着いた状態である林から山へ変え、その上昇した防御力で神滅の一撃を完全に殺し切り、その直後風へと変えて迅速な動きで相手へ反撃し体勢を崩したところで上昇した機動力で神滅へと迫り、その最中火へと変えて上昇した攻撃力へ加速を乗せて最大の一撃を叩き込むために。

 

「これが無限を超えた新武の力だぁぁぁぁぁっ!!」

「少しは考えたようだな。だが今の我には……ぐっ!?」

 

 剣を持たぬ手へ妖力を集束させて新武を迎撃しようとした夜叉だったが、何かに苦しむような反応を見せると同時に反撃する事なく妖力を霧散させてしまった。

 一方の神山はその事に気付かぬまま、純白の新武で手にした二刀を振るい神滅を妖力障壁諸共一閃する。

 

「がはっ!」

「「「「「っ!」」」」」

「今だっ!」

 

 激しい音を立てて妖力障壁が砕かれ、神滅が無防備な状態を晒す。

 純白の新武はそれを見届ける事無く横を駆け抜け、その残像を合図にしたかのように五機の新武がその瞳を光らせる。

 

「桜吹雪ぃぃぃぃっ!!」

「アルビトル・ダンフェールっ!!」

「御神楽ハンマァァァァァッ!!」

「無双手裏剣っ!!」

「アポリト・ミデンっ!!」

 

 間髪入れずに放たれた五つの輝きは寸分違わず神滅を捉え、炸裂し、その機体から腕部や脚部が無くなる程の痛手を負わせる事に成功した。

 

 大きな音を立てて床へと落下する神滅の胴体からは火花が噴き出し、やがて爆発四散する。それを見届けて誰もが安堵の息を吐いた。ただ、どこかで疑問を感じてもいたが。

 

 あの夜叉がこんなにもあっさりとやられるのだろうか、と。

 

「やったか……くっ」

 

 ぐらりと揺れるようにして膝を付く純白の新武。無理な隊長作戦の使用による反動がその身を襲ったのである。

 

「誠十郎さんっ! 大丈夫ですかっ!」

「ああ……。ただ、もう隊長作戦は使えそうにないな」

「そう……。でも、それだけで済んで良かったわ」

「うん、本当。誠十郎、無茶苦茶」

「ええ。でも、あれは神山さんにしか出来ない方法でした」

「まったくだ。全部の作戦のいいとこ取りだもんなぁ」

 

 呆れも含んだような声で初穂はそう言いながら周囲を見回した。

 

(ちっ、やっぱダメだ。あちこちから邪気が漂ってて夜叉の奴がまだ生きてるかどうかも分かりゃしねぇ)

 

 しかも未だ神滅からの残留妖力もあるため余計に夜叉の反応を感知する事は至難の業だった。

 そんな時だった。突如その場が震動を始めたのである。

 

「これは……っ」

「もしかして夜叉が倒れたからここを形成している力が消えかかっている?」

「おいおい、それって不味いだろ!」

「誠十郎っ! 帝剣っ!」

「わたしが行くっ! みんなは誠十郎さんをお願いっ!」

「さくらさんっ!?」

 

 弾かれるようにさくらの新武がその場から駆け出して帝剣を目指す。

 後を追おうとしたクラリスだが、その行く手を阻むように床が崩れ落ちたのだ。

 

「クラリス、今は脱出よ」

「……はい」

「そっちの二人は先に行け。アタシとあざみで神山の新武を運ぶ」

「速度が上のあざみ達なら誠十郎を運んでも何とかなる」

「分かったわ。行きましょう」

「はいっ!」

 

 先行して走り出すクラリスとアナスタシアの新武。それに少し遅れる形で動き出す初穂とあざみの新武。その二機に運ばれる形となった神山の新武は一度だけ後ろを振り返った。

 

(さくら、無事でいてくれ……)

 

 祈るような気持ちで遠くなった後ろ姿を見つめ、神山は一度だけ息を吐くと意識を前へと戻す。今は崩れ落ち始めたこの不気味な場所から脱出する事へ思考を向けなければいけないと、そう思って。

 

 その頃、さくらは帝剣の真下へと到着していた。

 

「ここからならきっと……っ!」

 

 崩れ出した足場を蹴って桜色の新武が宙へ舞う。そのままその手を伸ばして帝剣へ届こうとしたところで……

 

「っ!? はぁっ!」

 

 何かに気付いてさくらは新武を操り振り向きざまに刀を居合のように素早く引き抜いた。その一閃は背後から迫っていた妖力弾を弾き飛ばす。

 

「気付いた、か……ぐっ」

「夜叉……っ」

 

 そこでさくらが見たのは浮遊する夜叉だった。ただし、夜叉は何故か顔を片手で抑えていて、まるで苦しんでいるようにさくらには見えた。

 

「封印が解けだした事で破邪の力がここまで騒ぎ出すとはな……っ。これさえなければ先程も今も遅れは取らぬものを……っ!」

「破邪の力が騒ぐ……。じゃあ、さっき神滅が私達に負けたのはその影響だって言うの!」

「当然だ。だが正直貴様らを見くびっていた。こんな事ならあの時息の根を止めておくべきだった……っ!」

 

 痛みに呻くような声でそう告げ、夜叉は空いている手を動かして妖力を集束させ始める。

 さくらはそれを見て若干焦りを浮かべていた。新武は跳躍能力はあっても飛行能力はないからだ。

 

(不味い……。このままじゃ落下しちゃう。せめて帝剣を取り戻さないといけないのに……っ)

 

 上昇すれば帝剣には手が届くが夜叉の攻撃に身を晒す事になる。かといって夜叉を警戒して滞空を続けていればいずれ推進力を失って落下するしかない。

 

 そう考え、さくらは一つの決断を下した。

 

――新武、ごめん。かなり痛い目に遭わせるかもしれないけど、必ず司馬さんに直してもらうから。だからわたしに力を貸して。

 

 小さくそう告げ、さくらは夜叉へ背を向けると再度上昇を開始した。

 

「させぬっ!」

 

 だが当然その無防備な背中へ夜叉が妖力弾を放つ。それは真っ直ぐ新武へと向かい、その背に直撃する――直前で何かに阻まれるように霧散したのだ。

 

「何っ!?」

 

 夜叉が見たのは白い翼のようなものを生やした覆面の存在だった。

 しかし夜叉には分かった。それが降魔である事を。

 

「貴様、何故我の邪魔をする?」

「残念ながらこちらはそちらのようにこの世を破滅させたいと思っていないのでね」

「何だと?」

「降魔の中にも平和というものを願い、望むものがいると言う事さ。人と交わり、過ごす事で、ね」

「人と交わり……そういう事か。貴様は」

「おっと、いいのかな? こちらと長話をしている暇はないと思うんだが」

「っ! しまった!」

 

 慌てて夜叉が視線を上へ向けると新武が帝剣へ手をかけようとしているところだった。

 

「届けぇぇぇぇぇっ!!」

「させぬっ!」

「それはこちらも同じ事だっ!」

 

 咄嗟に妖力波を放つ夜叉だったが、それを阻止するように覆面の存在が手にした刃で受け止めた。

 が、ならばとばかりに夜叉は顔を押さえていた手を動かして妖力波を放った。

 その素顔を見て覆面の存在は思わず息を呑んだ。

 

「その顔は……まさか……っ」

 

 夜叉の素顔は真宮寺さくらそのものだった。その綺麗な顔を怒りに歪めて夜叉は叫ぶ。

 

「我の邪魔はさせぬっ!」

「しまっ!?」

 

 二つの妖力波を受け止める事は出来ず、覆面の存在はそのまま落下していく。

 邪魔者を排除した夜叉だったが、その間に新武は帝剣へと手を届かせようとしていた。

 

「もう少しでっ!」

「させぬっ!」

 

 夜叉が放った妖力波が新武へ届く前にその手が帝剣を掴む。その直後新武を夜叉の妖力波が直撃し、新武を通じて帝剣へもそれが伝わった。

 

「きゃあぁぁぁっ!!」

 

 そして強力な妖力を浴びた事でさくらは無意識に霊力でそれを中和ないし緩和しようとしたのだが……

 

「これは……あの時と似ている……っ!」

 

 さくらの霊力が新武を通じて帝剣へと流れ、周囲を消し飛ばすかの如き輝きを生み出したのだ。

 その輝きに包まれ、新武の中でさくらは意識を失い、信じられないものを見る事となる。

 

―――えっ!?

 

 さくらが見たもの。それは光武二式や光武F2、スターに双武といったかつての三華撃団の機体達。それと戦う巨大な異形だった。

 

――ここって……銀座? じゃあ、これは……。

 

 周囲の景観に見覚えもあり、三華撃団が揃っている事からさくらは全てを察した。

 

――降魔大戦……。

 

 その時、双武が強烈な光を放ち、それによって巨大な異形は大きく怯んだ。だがそこでさくらは見たのだ。

 

――何だろう……。少し離れた場所で何かが光った……。

 

 そう思った瞬間、さくらはその光った場所の上空に移動していた。そこには……

 

「こ、これは……帝剣が勝手に……っ!?」

――プレジデントG!?

 

 傷付き動けなくなっていた幻庵葬徹が座り込んでおり、その抱き抱えていた刀から先程の光が放たれていたのだ。

 そしてその刀は当然さくらが帝劇へ向かう際に手渡された物と同じ刀である。

 

「がっ……こ、このままでは……っ!」

 

 帝剣の発動に巻き込まれると思ったのか幻庵葬徹は帝剣を手放した。するとそれは宙へと浮き上がってそのまま消えたのだ。

 

――消えた……。

 

 帝剣の行く先を追う様に見上げていたさくらは、またもその視点が変わった事に気付いた。

 今度はさくらがもっとも見慣れた場所へと変わったのだ。そう、それはさくらの生家の庭だった。

 

――これは……家の庭だ。

 

 と、そこでさくらは古い記憶を甦らせる。それは降魔大戦が終結したのとほぼ同時刻の事。

 

――そうだ……。あの時、わたしはここで降魔に襲われて……。

 

 その時、さくらの視界に一匹の降魔が映った。その降魔の見つめる先には幼い頃の自分がいる。

 それこそが記憶にある光景と一致しているとさくらは確信した。

 

――じゃあ……この後真宮寺さくらさんが……。

 

 だが当然ながらそこに真宮寺さくらなど来るはずがない。しかしさくらはたしかにその目でその姿を見たのだ。

 どういう事だと思ってさくらが見つめていると、幼い自分へ降魔がその爪を振り下ろそうとした瞬間、その体を何かが貫いた。

 

――あれは……帝剣……。

 

 淡く桜色に輝く帝剣が降魔を貫いて地面へと刺さる。するとその霊力だろう残滓がふわりと形を成したのだ。

 

――……さくらさん。じゃあ、わたしがあの時見たのは……。

 

 それは真宮寺さくらの形となった。そう、降魔皇への最後の一撃による膨大な霊力の余波で発動した帝剣だったが、それを受けて無意識に破邪の血を持つ真宮寺さくらの霊力が干渉、結果としてその魂のほとんどを持って行かれる形で幻都への封印を成し遂げていたのだ。

 

 その霊力の残滓が帝剣に宿り、本来の持ち手がいる場所へと導こうとした。そのため、実はこの時天宮ひなたが急激な霊力の消費によって体調を崩して倒れていたのだ。

 ひなたの霊力を使い、その場所へと帝剣が戻ろうとしたからである。その際、帝剣に宿った邪を破る力が降魔を感知し、その息の根を止めたのだった。

 

「お姉ちゃん、誰?」

 

 いつになっても何も起きない事に目を開けた幼いさくらが目の前にいた真宮寺さくらへ問いかけるも、それに霊力の残滓である彼女は何も答えず、ただ優しく微笑んで消えた。

 

――え?

 

 そこでさくらは見たのだ。その霊力の残滓が幼い自分へ吸い込まれていくのを。

 それこそがさくらの霊力が真宮寺さくらと似た性質を持つに至った理由であった。

 幼い頃に真宮寺さくらの霊力の残滓を取り込んだ事でさくら自身の霊力もそれへ寄っていったのだ。

 

 幼いさくらは緊張からの解放感と自分の中へ入り込んだ他者の霊力により意識を失い、そのまま桜の木に持たれるように眠った。そこへ若き鉄幹が姿を見せる。

 

「さくら? っ!? これはっ!?」

 

 桜の木にもたれて眠る愛娘とその目の前に突き刺さる帝剣を見つけ、鉄幹は目を見開いた。

 そして帝剣を静かに引き抜くとこう呟いたのだ。

 

「ひなたが体調を崩したのはこれを呼び寄せたからか? だからうわ言のようにさくらと口にしていたのか……」

――そうなんだ……。お母さん、帝剣の事を感じ取ってたんだ……。じゃ、これはもしかして帝剣が発動してからの事?

 

 そうさくらが自分を納得させようとした時だった。

 

――そう、今あなたが見たのは再発動した際の帝剣の記憶。

 

 聞こえた声にさくらは驚いたように振り返る。そこには夜叉がいた。ただ、その姿はともかく、声は優しく温もりがあり、感じる雰囲気にも春の様な暖かみがあった。

 

――あなたは……真宮寺さくらさん、ですよね? 帝剣の記憶ってどうしてそれをわたしが?

――多分だけど、夜叉の中にある私の霊力とあなたの中にある私の霊力が干渉し合った結果の、奇跡だと思う。

――夜叉の中にある……?

――お願い。帝剣を正しい形で起動させて。そうすれば夜叉を、降魔皇を再び封印する事が出来る。

――夜叉が、降魔皇……。

 

 まさかの言葉にさくらは驚きではなく呆気に取られていた。だがそんな彼女に構わず真宮寺さくらは話を続ける。

 

――そう。幻庵葬徹と名乗った降魔が封印内に存在する私の魂を利用し、降魔皇の一部をそれで包む事で封印の外へと呼び出して支配下に置いたの。夜叉は、いわば降魔皇の意思のようなもの。だから体を取り戻すために封印を解こうとしている。

――そうか、だからさくらさんの姿と声なんだ……。

 

 謎が一つ解けた。そう思ってさくらは安堵する。と、そこで急に周囲がぼやけ始めたのだ。

 

――これは……。

――もう時間がないの。お願い。夜叉は倒さず、封印して。倒してしまうと降魔皇の意思は枷を外される事となり、封印の内側にある体と引き合って復活してしまうの。だから……。

――待ってください。夜叉がさくらさんの魂を利用しているなら、それを封印し続けるって……。

 

 そのさくらの言葉に真宮寺さくらは儚げな微笑みを浮かべて首を横に振った。

 

――いいの。私は大神さんが、みんなが無事に生きていてくれればそれだけでいい。きっとお父様もそうだったんだって今なら分かる。

――そんな……。

――帝都を、あの街を守って。私と同じ名前の、帝国華撃団花組の一人として……。

――さくらさんっ!

 

 そこでさくらは目を覚ました。それと同時に新武が落下を始める。その最中さくらは見たのだ。

 

「っ! 本当にさくらさんと同じ顔……」

 

 こちらを睨み付けるようにしている夜叉の素顔を。それは紛れもなく真宮寺さくらの顔だった。ただし、雰囲気から何からがまったく似ても似つかないものだったが。

 帝剣を手にしたままで落下していく新武を見つめ、夜叉はその場から動く事が出来なかった。それは先程起きた現象の影響だった。

 さくらの魂を基に生まれている夜叉は、封印が弱まると同時に降魔皇の力が増していき、それによってさくらの破邪の力が反発するようになっていったのだ。

 それが夜叉の体を襲う不意の痛みの正体。つまり封印を解こうとする事が夜叉の揺らぎにもなっていた。そしてそれがその目的達成の邪魔となるのだから皮肉としか言えないだろう。

 

「おのれぇ……どこまでも邪魔をするか破邪の力めっ!」

 

 今も新武を追い駆けたい夜叉の体を激しい痛みが襲っていた。それは二人のさくらが共鳴し合った結果である。

 

「何とか体勢を整えないと……」

 

 一方さくらは墜落を阻止すべく新武を動かしていた。既に推進力を失った状態の新武はこのままでは地面に激突するしか道はない。それを何とかして回避するべく考えたさくらが思いついたのは落下速度を落とすというものだった。

 

(今のわたしに出来るのはこれぐらいしかない。やるしかないんだ。さくらさんの願いを無駄にしないためにもっ!)

 

 さくらの想いに呼応するように新武の持つ刀へ霊力が宿っていく。

 

「っ! はああああっ!!」

 

 解き放たれた霊力波が地面へとぶつかり反発する力となって落下速度を低下させていく。それでも安全な速度となるには高度と時間が足りない。それでも諦める事無くさくらは眼差しを下へ、大地へと向け続けた。

 

「ぁ……」

 

 するとその表情が何かを見つけて和らいでいく。それと同時に新武の落下が一瞬止まり、緩やかになったのだ。

 

『さくら、大丈夫か?』

『初穂……。うん、大丈夫』

『まったく無茶するわね。一時はどうなるかと思ったわ』

『アナスタシアさん……。心配かけてごめんなさい』

『良かった。さくらが無事でほっとした』

『あざみ……。わたしもあざみの声を聞けてほっとしてる』

『体の方はどうですか? 疲れてませんか?』

『クラリス……。疲れてるけど、まだ戦えるよ』

 

 仲間達の声に安心するようにさくらは笑みを浮かべる。そして……

 

『さくら、おかえり』

『誠十郎さん……。はい、今帰りました』

 

 愛する男に出迎えられ微笑みを浮かべるさくらだったが、すぐに戦士の顔へ戻すとあの夢幻のような出来事を話したのだ。

 神山達も夜叉が真宮寺さくらの魂を使って封印外へ出た降魔皇と知り言葉がない。しかも倒してしまっては降魔皇を復活させるだけと分かり、何故これまで夜叉が自分達へ負ける事を望んでいるような節があったのか納得出来たのだ。

 

「そうか……。夜叉は初め俺達に倒せるものなら倒してみろと言っていた。あれは俺達に夜叉としての体を破壊してもらい、復活しようと企んでいたからか」

「でも、それなら幻庵葬徹にそうしてもらえばいいのでは?」

「多分妖力じゃダメだったんでしょうね。真宮寺さくらは破邪の力を持っていた。その魂を利用している以上、妖力は撥ね退けられてしまったんじゃない?」

「だから霊力で破壊してもらおうってか? 何て奴らだ……っ!」

「ならどうしてあざみ達へ反撃したの? しなければ簡単に倒されたのに」

「おそらくですが、それを真宮寺さんが阻止したのでしょう。さくらさんが体験し聞いた事が事実なら、夜叉の中には真宮寺さんの意思が強く存在しています」

「うん、多分そうだと思う。だって夜叉こそその気になったらわたし達を簡単に倒せたはずだから」

「その通りだ」

 

 そこへ聞こえた声に全員が意識を声のした方へ向けた。そこには疲弊した表情の夜叉が立っていた。

 片手で胸を押さえ、もう片手には妖気をまとった日本刀を持っている。ただ、そこからは先程までの威圧感はなかった。

 

「貴様らの言うように、自死出来ればどれだけ簡単だったか。小癪にも破邪の力はそれを拒み、抗い続けた。その力を弱めようと妖力を集めようとしたが、それも思った程の力にならなかった」

「妖力を集める……。まさかっ! 日本橋へあの時現れたのは!」

「そうだ。あの地には怨念めいた妖力が漂っていたはずだった。ただ、それも既に年月が過ぎたために薄れ、絞りかすのような妖力となっていたのだ。結果、我の力にならず、破邪の力を封じ込めるに至らなかった」

「それでアタシらに倒させようとしたってか」

「でも、それを真宮寺さんが阻止しようと抵抗して……」

「結果的に、あの時の私達には夜叉を倒せる程の力もないと分かり撤退したのね……」

「なら、上野公園の時は?」

「奴が貴様らの成長を見て、上手くすれば我を解放出来るかもしれぬと思ったのだろう。奴め、我を御してその力を奪い、降魔の王となろうとしていたようだったからな。だから殺すにはまだ早いと言われたのだ」

「しかも、その時のあなたは幻庵葬徹の支配下にあった……」

「その通り。抗おうとすれば出来たが、余計な事に力を使える段階ではなかったのでな。大人しく従ったまで」

「そして、あの帝剣を奪われた時に封印が緩んで力を得た……」

「おかげで奴に従う必要もなくなった。破邪の力も封印さえ解ければ如何ようにも出来る。つまり……っ!」

「「「「「「っ!?」」」」」」

 

 一気に膨れ上がる夜叉の殺気を浴び、神山達に緊張が走った。もう分かったのだ。それだけで夜叉が何を考えやろうとしているのかを。

 

「もう俺達を生かしておく必要はないって事か……っ!」

「さすがに察しはいいな。貴様らの断末魔を贄とし、我が復活は成される。大人しく供物となれっ!」

「そうはいくかっ!」

 

 単身挑んでくる夜叉へ果敢に向かっていく純白の新武。夜叉が放つ紫電を二刀で捌きながら神山は指示を下した。

 

『初穂っ! 手を貸してくれっ!』

『おうよっ!』

『あざみは相手のかく乱と援護だっ!』

『お任せ!』

『クラリスとアナスタシアは支援をっ!』

『『了解っ!』』

『せ、誠十郎さんっ! わたしはどうすれば!』

『さくらは……っ』

 

 そこで神山は返す言葉に詰まった。帝剣を使って封印を、と、そう言おうとしたからである。

 さくらへの指示を出せずまま、それでも夜叉からの攻撃に対処するように神山は新武を動かし二刀で紫電を捌き続ける。

 

(本当にいいんだろうか? 真宮寺さんを犠牲にしての平和で。大神司令達が何故真宮寺さんの現状を聞かれた時言葉を濁したのか今なら分かる。今の真宮寺さんはきっと死んでいるにも等しいんだ。もし、もしも降魔皇封印に関する真実を知れば、司令達はどう思い、どうするのか。その答えを、俺はもう聞いたはずだ。あの日、十年前の戦いで司令達が選んだ答えは……)

 

 鉄幹とのやり取りで知った帝剣に関する事実。それを降魔大戦時に知った大神は、犠牲を最初から肯定するのを拒否した。ならば、神山も取るべき道は一つだと思ったのだ。

 十年前は結果的に真宮寺さくらが犠牲となってしまった。ならば、今こそ犠牲を出さずして降魔皇を封じるのだと。

 

『さくらは帝剣を持って下がり体を休めていてくれ! それを使うべき時になった時に備えるんだっ!』

『っ! 分かりましたっ!』

 

 神山の指示から何かを感じ取ったのか、さくらは力強く返事をするや新武を戦場から下がらせる。

 

(誠十郎さんはきっとさくらさんを犠牲にする方法を選ばないんだ。十年前、わたしのお母さんを犠牲にしたくないと帝剣使用を断った、大神司令のように……)

 

 神山の声には悲壮感や悔しさがなかった。そこからさくらは察したのだ。彼が犠牲を出さずに決着をつけようとしていると。

 十分戦場から離れたさくらは新武を停止させると外へと出た。そして新武の手にある帝剣を回収し腰へと差して再び新武へと乗り込むと後方へ機体を向ける。

 

「……さくらさん、ごめんなさい。貴方の願いをわたし達はある意味で叶えられません」

 

 夢幻の中で聞いた真宮寺さくらからの願い。それは自分を犠牲にしてでも降魔皇を封じ続け、平和を守る事だ。

 

「でも、貴方が本当に願っている事は叶えてみせます」

 

 さくらには分かっていた。真宮寺さくらが本当は何と言いたいかを。自分を犠牲になど決して本心ではない。本音は、自分も大切な仲間達と共に生きていきたい事だろうと。

 もし自分が真宮寺さくらの立場ならそうだとそう思って、さくらは新武が捉えた夜叉を見つめて告げる。

 

――貴方と同じ名前の、帝国華撃団花組の一人として……。

 

 

 

 夜叉と神山達の戦いは激しさを増していた。神滅と対峙した時よりも神山達は苦戦を強いられていたのだ。その理由はいくつかあるが一番の理由はこれに尽きるだろう。

 

『くっ……動きが速い上に攻撃し辛いっ!』

 

 神滅は霊子戦闘機と同等の大きさだったが、夜叉は一般的な成人女性の大きさでしかない。それが新武に負けない動きを見せ、攻撃力は神滅に負けず劣らず。最後に真宮寺さくらを相手しているような気分になるとくれば精神的に疲弊しないはずがなかったのだ。

 

『誠十郎、本当に攻撃を当ててもいいのっ!』

『夜叉を倒したら降魔皇が復活するんだろ! 本気でやるのかよっ!』

『ここで夜叉を足止めして、さくらさんが回復したら再封印じゃないんですか!』

『そうだ! ただそれは夜叉を倒して真宮寺さんを解放した後だっ!』

『正気っ!? 降魔皇が復活するのよっ!?』

『復活するとしてもすぐに活動出来るとは限らないはずだっ! それに何よりっ! どうして俺達は鉄幹さんの提案を蹴ったのかを思い出してくれっ!』

 

 夜叉の攻撃を捌きながら神山が叫んだ言葉に全員が息を呑み、そして小さく笑みを浮かべる。降魔皇を復活させるに等しい行為を躊躇いなくやると言い切る事と、その背景にある彼らしさにだ。

 犠牲を出したくはない。例えそれが平和を掴むための最善手だとしても、何とかして最高の結果を掴み取ろうともがき足掻く。それが帝国華撃団であり、神山誠十郎という男なのだと。

 

 そこから明らかにそれぞれの動きが変わった。迷いや躊躇いが消え、攻撃に鋭さが、気合が宿るようになったのだ。

 

「ほう、我を殺す気になったか」

「違うっ! 俺達はお前を、夜叉を倒して真宮寺さんを解放し……っ! 再び降魔皇を封じるっ!」

 

 夜叉の刃を二刀で受け止め、それを弾くと同時に斬りかかる純白の新武。

 その攻撃を危なげなく片手で展開する防御壁で防ぎ、夜叉は呆れるように笑う。

 

「ふっ、我を倒して我を再度封じるだと? 夢物語とはこの事か。むっ……」

 

 飛来する連射された霊力弾を刃で斬り捨てながら夜叉は顔をそちらへと向ける。

 そこには銃口を向ける深蒼の新武がいた。

 

「あら? 夢の何が悪いのかしら? 人はね、生きてる限り夢を見るものよっ!」

「夢を見る? ならば存分に見れるよう眠るが良い。永久に醒めぬようにしてやろう!」

 

 間断なく撃ち込まれる霊力弾を刃で難なく防ぎつつ残る片手で妖力波を放つ夜叉だったが、それはアナスタシアを守るように現れた真紅の新武によってかき消される。

 

「へっ! 生憎だが遠慮するぜっ! アタシらがっ! 見たいっ! のはなっ! 寝て見る夢じゃなくてぇっ! 起きて見る夢なんだからよぉぉぉっ!」

 

 棍棒状態で振り回していきながら、ここぞという場面でそれを鎚へと変化させて攻撃する初穂。その重たい一撃はさすがに片手で防ぐとはいかなかったのか、夜叉も刃を鞘へしまい両手で防御壁を展開した。

 

「くっ……起きて見る夢、だと? 馬鹿な事を……っ!」

「馬鹿でも構いませんっ! 私達がかつての花組の方達から受け継いだのはっ! 託してもらえたのはっ! その夢の続きなのですからっ!」

 

 初穂を援護するように新緑の新武がその秘めたる力を解放する。夜叉の展開する防御壁へ鮮烈な輝きの霊力波が叩き込まれたのだ。

 

「ぐっ!? お、おのれ……っ! 調子にのるなっ!」

「それはこっちの台詞っ! さくらの憧れの人、返せっ!」

 

 全力で初穂とクラリスの攻撃を跳ね返そうとした夜叉へ黄色の新武が背後から迫った。

 そちらへも対処するべく夜叉は刃へ目をやる。すると刃が勝手に動き出してあざみの乗る新武へと襲い掛かったのだ。

 

「返せだとぉ……っ! 我が望んでこうなった訳ではないっ!」

「「「「「ああっ!?」」」」」

 

 その憤怒の声と共に夜叉から強力な衝撃波が放たれる。それによって初穂とあざみの新武が弾き飛ばされただけではなく、神山達三人の新武さえもその場から動けなくなった。

 

「はぁ……っはぁ……くっ、この破邪の力さえなければ貴様らなどに……っ!」

 

 かなりの妖力を使ったためにさしもの夜叉も疲弊したようにその場へ膝をついた。が、その瞬間夜叉が弾かれたように顔を上げた。

 

「はああああっ!!」

「っ!?」

 

 桜色の新武が夜叉へ迫ったのだ。その一撃を夜叉は咄嗟に刃で受け止める。激しい金属同士の衝突音が鳴り響き、夜叉の表情が歪む。

 

「残念だったな……っ! 我にはもう一押し届かぬようだ」

「みたい……っ! だからっ!」

「なっ!?」

 

 夜叉の目の前で新武のハッチが展開すると同時にさくらが飛び出した。そのまま彼女は空中で帝剣を突きの形で構えたのだ。

 

(さくらさんっ! 今助けますっ!)

 

 目の前の夜叉の驚く顔を凛々しくも微かに苦しさを宿した表情で見つめ、さくらは躊躇う事なく手にした刃を突き出した。

 

「ば、馬鹿な……っ!」

 

 その刀身に霊力を宿してさくらは夜叉を見事に貫いてみせる。その体を貫く様は、幻庵葬徹へ夜叉がやった事と類似していた。因果応報という言葉がそれを見ていた誰しもの脳裏を過ぎる程に、である。

 

「だ、だがこれで我は復活する……。貴様らの行いを……っ……後悔、するがいい……っ! ふ、ふふふっ……はははははっ!」

 

 笑い声を残し、夜叉と名乗った存在はその場から音もなく消える。安心感と不安感を混ぜたような複雑な感情を神山達へ与えながら。

 

「や、やった……」

 

 ふらりと体を揺らしてその場へしゃがみ込むさくら。達成感と共に緊張の糸が切れたのか疲労感がその体を襲ったのだ。だが、休んではいられないとばかりにさくらは立ち上がると手にした帝剣を見つめて念を送るように目を閉じる。

 

「帝剣よ、お願いっ! 幻都へ降魔皇をもう一度封じてっ!」

 

 さくらの霊力を受け取った帝剣だったが、そこから何の反応も見せなかった。封印が施されている様子もなければ、幻都を本来あるべき不可視の状態にする事もなかったのである。

 

「ど、どうして?」

 

 まさかの事態にさくらは狼狽えるしかない。と、その時だった。幻都から低く唸るような音が聞こえたのは。

 

「今のは……」

「さくらっ! 今は新武へ戻れっ!」

「わ、分かりましたっ!」

 

 神山の言葉にさくらは帝剣を鞘へと戻して新武の中へと戻る。それを合図にするかのように幻都から紫電が落ちた。その雷は次第に数を増やし、まるで意思を持つかのように神山達を襲う。

 

『これは……夜叉や幻庵葬徹がやってきた攻撃かっ!』

『じゃあ!』

『降魔皇ってのがやってるのかよ!』

『いえ、それにしては攻撃手段がこれだけというのが納得出来ません! これはおそらく復活する前兆なのでは!』

『じゃ、本当に復活するともっと凄い事になる……っ!』

『厄介ね! どうするのキャプテン!』

『さくらっ! 帝剣に変化はないか!』

『ありませんっ!』

『くそっ! どうすりゃいいんだっ!』

『っ!? 妖力反応が上昇していますっ!』

『何だか嫌な感じがするっ!』

『……何か来るわっ!』

 

 幻都から何かが落下するように神山達の前へと現れる。そこから姿を見せたのは夜叉だった。だが姿こそ夜叉だったがその顔は違っていた。

 不気味な異形と化したそれは、紛れもなく怪物と呼ぶに相応しいもの。見ている者へ生理的嫌悪感を与える醜さを放っていたのである。

 

「ヒヒッ、まさかこんな形でまたお前らに会うとはなぁ」

 

 その夜叉もどきが発した声に誰もが目を見開く。その声に神山達は聞き覚えがあったのだ。

 

「まさか……その声、朧っ!?」

「アヒャヒャ、正解だぁ。まだ降魔皇の完全復活には時間がかかるらしくてよ。それまでの時間稼ぎをしろって事さ」

 

 そう告げると朧、いや朧夜叉は長い舌を覗かせて笑みを浮かべた。

 

――んじゃ、始めるとすっか。以前の俺様と同じだと思うなよ?




次回予告

夜叉として利用されていた真宮寺さくらの魂は解放された。けれど、それは強大な魔の解放も意味していた。
再封印出来ず焦る花組の前へ現れるのは恐るべき力を持って甦った朧。
刻一刻と迫る降魔皇復活の時。果たして帝都の運命は? 帝国華撃団は平和を取り戻せるのか?
次回、新サクラ大戦~異譜~
“そして桜花は甦る”
太正桜に浪漫の嵐っ!

――ごめんなさい、大神さん……。

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