新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

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ゲーム的な描写、今回からなしとなっています。期待されていた方、申し訳ないです。


手のひらほどの倖せを 前編

『では、上級降魔を撃破せずに解放されたのですか?』

「ああ。おそらくだがあの時、奴らの目的は果たされたんだと思う」

『目的? 隊長、それはおかしいよ。だって花組は全員無事だったんだよね?』

 

 作戦司令室で一人大神は長距離通信を行っていた。相手はロンドンにいるマリアとベルリンのレニである。

 話題はあの新生帝国華撃団の初陣となった戦いに関する事だった。あの謎の空間が何故消失したのか。創り出しただろう上級降魔の姿を確認する事もなく、だ。

 

 その理由が不明であるとなっていた事を二人が疑問に感じたため、こうして大神へ通信してきたと言う訳だった。

 

 ただ、最初はマリアだけだったところへレニが参加したという形ではあったが。

 

「ただ、こちらは大きな被害を受けた。三式光武は三機中二機が修復不可能で一機は今も修理できずに放置中。新型の無限は損傷もなく健在だが、俺の光武二式は修復不可能な状態だ」

 

 その最後の報告に二人の表情が悲しみに染まる。

 

『そう、ですか。これで、光武二式は全て失われる事になりますね』

『仕方ないよ。もう霊子甲冑の時代は終わった。これが現実』

「だが悪い事じゃないさ。霊子戦闘機は霊子甲冑に比べて必要な霊力が低くて済む。一番の問題点だった起動資格のある人間を探しやすくなったんだ」

『それはそうですが……』

『僕は、それが良い事だとは言い切れない。こう言っては何だけど、必要霊力が高い方が選ばれたという意識は高くなる。それは、自信や自負に繋がり易い』

『それが良くない方へ転がる事も有り得るわよ。とにかく、今はこんな話をしている場合じゃないわね。隊長、近く開催される華撃団競技会へ参加すると聞きましたが本当ですか?』

「本当だよ。今回は帝都で開催だ。なら、出ない訳にはいかない」

 

 その大神の言葉に秘められた想いを感じ取り、マリアとレニは小さく笑みを浮かべた。

 

『帝国華撃団、復活か。僕は楽しみにしてる。隊長が見つけて育てる新しい花組を』

『私もです、隊長。ただ、今回の優勝は倫敦がいただくわね、レニ』

『悪いけどマリア、それは無理。こちらが三連覇させてもらう』

「ははっ、そうだな。倫敦と伯林が優勝候補だ。なら、こっちは胸を借りるつもりで挑むとするよ」

 

 その後少しだけ話し、また何か分かった事があれば連絡すると大神が告げ通信を終えようとした時だった。

 

『隊長、その、あれから彼女はどうですか?』

 

 マリアのその問いかけに大神の表情が悲しそうな笑みに変わり、静かに首を横に振った。

 

「加山の報告じゃ、未だに変化なしだそうだ」

『あれから十年経つ。それなのに一切変化がない、か。隊長、やっぱりこれは』

「分かってる。だけど、俺は信じてる。いつか、必ずいつか彼女は目を覚ますはずだ」

『……そうですね。私もそう信じています。では、これで。レニ、帝都で会いましょう』

『うん。隊長、また』

「ああ。二人と会えるのを楽しみにしているよ」

 

 そこで通信は切れた。静かになる作戦司令室で大神はゆっくりと天を仰いだ。

 

(……帝都のためにその一生を捨てる事が破邪の血を持つ者の宿命だとでも言うのか。そんな事、俺は絶対認めないぞ……)

 

 強く拳を握りながら、大神はあの戦いで唯一霊力低下を免れた女性へ思いを馳せる。彼が桜の花舞い散る中で出会った、あの日々の始まりの女性へ……。

 

 

 

 “ももたろう”の千秋楽の次の日、食堂に難しい顔をした神山達の姿があった。見つめているのはアンケート用紙である。

 

「まだまだ手厳しい意見が多いですね……」

 

 クラリスの呟きに誰もが頷く。ももたろうは、新生花組の公演としては久々の成功に終わった。ただ、それはあくまで新生花組としては、である。

 これまで帝劇の公演を見てきた者達からすれば、さくら達の芝居はまだまだお粗末なものと言えた。

 

「それでも売り上げはこの体制となって初めての黒字です。その額は微々たるものですが、この状態を維持しつつ更なる上昇を目指しましょう」

「せやなぁ。昨日は売店も久々に大忙しやったで。神山はんの営業のおかげやな」

「いえ、全員が頑張った結果です。俺はこまちさんのように売る事は出来ませんからね。ただ売店へ寄ってもらえれば、こまちさんなら、きっと売り上げに繋げてくれるかと勧めただけです」

「お~、嬉しい事言ってくれるやないか。ま、あても商人(あきんど)やさかい、出来る限り手ぶらでは帰さへんようにはしとるけどな」

 

 嬉しそうに笑うこまちへ神山は苦笑した。実際彼もその通りにブロマイドを買う事になったのだから。

 

「ただ、残念ながらそれでも資金難に変わりはありません。特に神山さんの無限にかかった費用はかなりの額でした。それに天宮機に必要な修理費用もありますし」

「ううっ、すみません……」

「いえ、責めている訳ではありません。むしろお金で解決出来る事なら簡単です。お二人にもしもの事があれば、それは例え国家予算を積んでもどうにもなりません。無事に帰ってきてくれて、私も安堵しています」

「カオルさん……」

 

 微笑みを見せるカオルに神山だけでなくさくら達も軽い驚きを見せる。が、そんな彼らへカオルは眼鏡を直すように触るやいつもの表情へ戻すと……

 

「ただ、出来れば修理や修復が必要ないようにお願いしたいです」

「「「「はい……」」」」

 

 非常にらしい言葉で花組四人を項垂れさせるのだった。それをこまちが苦笑し小さく呟く。

 

――相変わらず素直やないなぁ。恥ずかしがる事ないで?

――……何の事でしょうか?

 

 こまちから顔を逸らすようにそう小さく言い返し、カオルは一枚のアンケート用紙を手に取った。

 

「……これは」

「ん? どないした?」

「ええ。これを見てください」

 

 そう言ってカオルがテーブルへ置いた用紙には、要望・意見・感想の部分にこんな事が書いてあった。

 

「既存の演目ばかりで新しさがない……か」

「中々耳の痛い意見です。やはり演劇は認知度の高いものの方が集客が見込めますから」

「でもよ、アタシらは前の花組がやった演目は避けてきたぜ?」

「それは、むしろ悪手だから、じゃないかな?」

「そう、ですね。今の私達は人数も演技力も以前の花組の方達に及びません。同じものをやれば、よりそれが顕著になります」

 

 少しだけ俯いて告げられた言葉に初穂も言葉が出せず複雑そうな表情を浮かべる。すみれに褒められたとはいえ、未だに自分達がどんなレベルかは初穂にもよく分かっていたのだ。

 

 そこからしばらく会話はなかった。誰もが何か良い考えはないかと頭を動かす。と、その時だった。

 

「みんなして難しい顔をしてどうしたんだい?」

「「「「「「支配人……」」」」」」

 

 大神が食堂へ顔を出したのだ。その背後には神山が初めて見る少女がいる。

 

「支配人、その子は?」

「ん? ああ、望月君、彼へ挨拶を頼めるかい?」

「承知した」

 

 あざみと呼ばれた少女が大神の前へ歩み出ると神山を見上げる。

 

「私は望月あざみ。花組の隊員にして忍び」

「し、忍び?」

「そう。今まで秘密任務で帝劇を離れていた。証拠を見せる。にんっ」

 

 予想だにしない自己紹介に目を丸くする神山。だが、それをあざみは信じていないと取ったのだろう。その場で何か構えを取ったかと思うと、一瞬にして跳び上がって消えてみせたのだ。

 

「なっ!? き、消えた……?」

「後ろ」

「っ?!」

 

 弾かれるように振り向いた神山が見たのは、自分へ向けてクナイを突き付けているあざみだった。

 

「どう? これで分かってくれた?」

「あ、ああ。凄いな、あざみは」

「分かってくれればいい。それで、そっちは誰?」

「俺? そうか、申し遅れたな。俺は神山誠十郎。花組の隊長だ」

「隊長……? 支配人から聞いてたけど、本当だったんだ」

 

 どこか驚きを表情に浮かべながらあざみはクナイを袖の中へとしまう。それを見届け、大神はあざみの肩へ手を置いて微笑んだ。

 

「今まで彼女にはちょっとした調査を頼んでいたんだ。それがやっと終わったとさっき報告を受けてね。神山、これからは彼女とも仲良くやってくれ」

「はい」

 

 それだけ告げ、大神が支配人室へと戻っていくのとほぼ同時で、さくら達があざみへと駆け寄った。

 

「おかえりあざみ」

「ただいま」

「元気にしてたか?」

「うん、元気」

「ちゃんと食事は取ってました? お菓子ばかりじゃないですよね?」

「もちろん。しっかり食べてた」

 

 三人から撫でられたり気遣われたりと、大切に扱われているあざみを見つめ、神山は彼女が花組のマスコット的な位置づけなのだろうと察した。

 

(成程、小動物みたいな感じか……)

 

 初穂とさくらが特に可愛がっているように見え、クラリスも笑みを見せてあざみと接している様子は、髪色こそ違え四姉妹のようである。

 そんな想像をし神山は一人苦笑する。そういう意味ではここは家なのだろうと思ったのだ。

 

 大神を父とした大家族。そんな風に思って。

 

「神山さん、今朝はこれで解散としましょう」

「この様子じゃ、しばらく無理やろ」

「そうですね。お二人共、ありがとうございました」

 

 静かにそれぞれの持ち場へ向かう二人を見送り、神山はあざみとの再会に沸くさくら達を眺めて笑みを浮かべるのであった。

 

 こうして今日もいつもの一日が始まる。そう神山は思っていた。

 

「隊長、任務に同行して」

 

 自室へ戻り普段のように雑務を片付けようとした矢先、突然部屋の中にあざみが現れるまでは。

 

「に、任務? というか、あざみ、頼むから普通に入ってきてくれ」

「ごめんなさい。緊急を要する任務だからつい」

「緊急?」

「そう。支配人直々」

「支配人直々?! それは不味いな! よし、行こう!」

 

 詳しい内容も聞かず、神山はあざみを先導に部屋を出る。そのまま彼らは帝劇を出て銀座の街へとくり出した。

 道行く人達の間をするすると抜けていくあざみと、ぶつからないように気を付けながら必死に追いかける神山という形ではあったが。

 

 そうして神山が到着したのは停留所だった。ただ、あざみを見失ってしまい、彼はどうしたものかと考える。

 

(とりあえず歩きながら道行く人へ聞いてみよう)

 

 あざみの格好と背丈は目立つ。きっと誰かが見ているだろう。そう考えて歩き出した神山だったが、その行動はあっさりと終わりを迎えた。

 

「いらっしゃいませー」

 

 聞こえてきた声に視線を動かせば、そこにはどこかの店員らしい格好をした女性が立っている。その近くにはのぼりがあり、和菓子の名前が書かれていた。

 

「へぇ、御菓子処か」

「どうですかー? うちのおまんじゅうは美味しいですよー。おひとついかがです~?」

 

 間延びした口調の売り子の言葉にどれと店内へ目を向けた神山が見たのは、商品棚を見つめて動かなくなっているあざみだった。

 

「あ、あざみ?」

「あら? あざみちゃんのお知り合いの方ですか~?」

「え、ええ。ここにいたのか……」

「あざみちゃんはうちのお得意様なんですよー」

「そうなんですか」

 

 そこでやっと周囲の会話へ耳を傾けたのか、あざみが後ろを振り返った。

 

「あっ、隊長。あざみがここにいるって分かるなんて凄い」

「そ、そうか……」

(偶然なんだけどな)

 

 目を丸くして神山を見つめるあざみ。そんな彼女に真実を言えず、神山は頬を掻いた。と、そこで思い出す。自分達は大神から緊急の任務を命じられているのだと。

 

「そうだあざみ。支配人からの緊急」

「うん、だからここにいる。ひろみさん、おまんじゅうをいつもの数」

「はいはーい」

「それと、羊羹も一本」

「はーい」

 

 展開されるやり取りに神山は段々と理解していく。緊急を要する任務というのはおつかいであり、茶菓子の補充なのだと。そして、きっと緊急と判断したのはあざみであろうとも。

 

(もしかして、支配人は普通にあざみへ買い出しを頼んだんじゃないだろうか? それでお駄賃をもらったんだろうな。だから早く買いに来たかったってところか……)

 

 ニコニコとひろみから菓子の入った包みを受け取るあざみを見つめ、神山は少女の歳相応らしい一面に微笑む。

 

 そこで軽く自己紹介をひろみへ行い、ここが帝劇御用達の店である事を神山は知る。初穂やあざみが常連であり、来客用の茶菓子を買いにカオルがやってくる事もある事も聞き、神山は大神が何故あざみに自分を誘わせたのかを理解した。

 

(初穂やあざみのよく行く場所を教えてくれたんだな)

 

 実際には少し違うのだが、大きく外れてはいない。大神は神山にもっと街の事を知って欲しかったのだ。

 自分達が守るものを、人を知れば、それがより守りたいという想いに繋がり力となる。それを大神は知っているのだから。

 

 ひろみに別れを告げ、神山は上機嫌のあざみと共に帝劇へと戻る。その道中、彼はあざみへこんな事を尋ねた。

 

「あざみはまんじゅうが好きなのか?」

「うん、みかづきのおまんじゅうは絶品」

「そうか。絶品か」

「うん」

 

 返事自体はよくあるものだが、声に喜びがのっていると感じて神山も笑みが浮かぶ。そうやって帝劇への帰路の間、神山はあざみから他愛ない話を聞いて過ごす。

 そして帝劇へ帰った神山はあざみから羊羹を受け取り一人支配人室へと向かう事にした。というのも、あざみが早くまんじゅうを食べたそうにしている事に気付いたのだ。

 

「じゃあ、後は任せてくれ」

「うん。ありがとう」

 

 ロビーであざみと別れ、神山は笑みを浮かべたまま歩き出す。

 

(最初は無表情で愛想がない子だと思ったけど、可愛いとこあるじゃないか)

 

 途中で包みを持とうかと言っても、何かと理由を付けて頑なに渡そうとしなかった事を思い出し、神山の笑みは深くなる。

 

 ドアをノックし声をかけてから支配人室へと入った神山を待っていたのは、かなりの量の書類と格闘する大神の姿だった。

 

「すまないな。今、色々と立て込んでいてね」

「い、いえ。その、これはあざみが頼まれた羊羹です」

「ああ、そっちに置いといてくれ」

「分かりました。それでは」

 

 邪魔をしてはいけないと思い素早く退室しようとした神山だったが、そんな彼を大神は呼び止めた。

 そこで彼が渡されたのは妙な装置。何でもこの帝劇を宣伝するための物らしく、赴任してから精力的に売り上げ改善に取り組む神山ならと、そう大神は告げてこう締め括ったのだ。

 

「今日から君を帝劇宣伝隊長に任命する」

「宣伝隊長、ですか?」

「ああ。それは神崎重工が作り上げたものなんだ。少し前まで俺が使っていたんだが、見ての通り仕事が増えてしまってね。もう俺が宣伝をするのは難しい。だから神山、君に頼みたい」

「分かりました。それで、これをどう使えば?」

「試しにここで使ってみるといい。習うより慣れろ、だ」

 

 成程道理だ。そう思った神山が渡された装置のボタンを押す。すると、一瞬にして蒸気が彼を包んだ。

 それが晴れた時には、神山の姿はそこになかった。代わりに、何やら変わった格好をしたぞうらしきものがそこにはいたのだ。

 

(な、何だこれは!?)

「成功したな。神山、それはゲキゾウくんだ」

「げ、ゲキゾウくん? あの売店で売っているぬいぐるみの事ですか?」

 

 既に売店に置かれている主な商品をこまちによって叩き込まれてしまった神山は、大神の挙げた名前で即座に反応出来た。この辺り、実に花組隊長らしい才能の無駄遣いであろう。

 

 そこで大神からゲキゾウくんの説明を受けた神山は、早速それを使っての宣伝をやってみる事にした。

 というのも、アンケートの中に僅かではあるが“最近ゲキゾウくんを見ないので寂しい”と書かれていたのだ。その時は売店で売っているのにと思った神山であったが、これでその謎が解明された。

 

 ただ……

 

(と言う事は、大神支配人は以前まであんな姿で帝劇の宣伝活動を行っていたのか……)

 

 そこまでして帝劇を守ろうとしていた。そう思い神山は心の中で涙した。ロビーで宣伝をと、そう思った神山だったが、宣伝ならば人が多い場所でなければ意味がないと思って外へと出た。

 

「……あの辺りか」

 

 帝劇前のやや人目に付きやすい場所へ行くと、道行く人が切れた瞬間を狙い装置を起動させる。

 

「ぱおおおおんっ!」

(よし、起動成功だ!)

 

 大神から教わった通り、言葉を出すとしてもそれはゲキゾウくんでなければいけない。基本は鳴き声であり、神山誠十郎ではないと意識せよ。それらを胸に神山は道行く人へ帝劇の宣伝を始める。

 

「次の公演はまだ未定だけど、売店や食堂はいつだってみんなを待ってるゾ~! ブロマイドやポスター、パンフレットなど定期的に入れ替えているから一度買った人もまた見に来て欲しいんだゾ~っ!」

 

 そうやって宣伝をする事数分、突然神山の視界に見慣れた服の少女が現れた。

 

「これは、ゲキゾウくん? あざみの目を欺いて設置するなんて、何者?」

(あ、あざみ? 一体今どこから現れた!?)

 

 興味深そうにゲキゾウくんを見つめるあざみ。すると、その目が何かを見つけた。

 

「これは……こんなところにボタンがある」

(な、何? そんなものがあるのか?)

「押してみよう。ポチッとな」

(こ、こうなったら……っ!)

 

 そんなものがあるなんて聞いていない神山だったが、あくまで今の自分はゲキゾウくんだと開き直って言葉を放つ。

 

「大帝国劇場をよろしくだゾ~っ!」

「……宣伝台詞? 何だ、それだけなんだ……」

(い、いかん。がっかりさせてしまった。ならっ!)

「可愛いお嬢ちゃん、笑って欲しいんだゾ。もし落ち込んだ時は帝劇に来て欲しいんだゾ~。必ず笑顔になれる何かがそこにはあるはずだゾ~」

「……凄い。押した相手の性別を識別出来るなんて……何て高性能なからくり。うん、分かってる。帝劇は笑顔をくれる場所。それはあざみが一番知ってる」

(目を見開いて驚いている。どうやら喜んではくれたらしい。それにしても、あざみは帝劇をそんな風に思ってるんだな)

 

 その後またどこかへ消えてしまったあざみに驚きながらも、神山はゲキゾウくんとしての初めての宣伝活動を終えた。

 慣れない事をしたせいか、疲れが神山の体を襲う。それでもまだ昼近くであり、一日はこれからと言える。

 

「もうひと頑張りするか」

 

 だが、その決意も空しく、昼食を食べて少ししたところで彼の意識は睡魔によって奪われ、何とそのまま翌朝まで眠ってしまうのだった。

 

 

 

 次の日、神山はさくら達花組の隊員達とサロンで次回の公演について話し合いを行っていた。

 

「四人になったのはいいけど、どうしようか?」

「そうだなぁ。出来れば今度は切った張ったはない奴にしようぜ」

「どうしてですか?」

「それなら前回みたいな失敗はしない、だろ」

「前回みたいな失敗? 何があったの?」

「え、ええっと……神山さん、お願いします」

「お、俺か……」

 

 興味津々なあざみへ神山がももたろうでの失敗を話す中、さくらと初穂は様々な本を読んでいるクラリスにアクションの極力ない演目で四人の役者が出来る物はないかと、そう知恵を出してもらう事となる。

 

 そうやって出てきたのは、ある意味この四人でやるには相応しいものだった。

 

「「「「若草物語?」」」」

「はい。アメリカで暮らす四姉妹が中心となっている作品です。これならどうでしょう?」

「あざみは構わない。でも、台本は?」

「クラリス、そこはどう?」

「え、えっと……若草物語自体はここにありますからそれを基に書き起こせば」

「書き起こすぅ? おいおい、んな事誰がやるんだよ? 専門の人間に頼むと金がかかるぜ?」

 

 読み物を舞台用の脚本に起こす。簡単に聞こえるがこれが意外と難しい。初穂もそれを感覚的に察したのだろう。その表情は困ったものだった。

 さくらやあざみは当然出来ないので首を横に振る。神山も初穂に見られ慌てて首を横に振った。

 

「あ、あの、私が、やってみます」

 

 そんな中、おずおずとクラリスが手を挙げた。その表情はどこか自信なさげではある。それでも、その場の全員が彼女の事を見た。

 

「「「「クラリスが?」」」」

「その、前から脚本家に興味はあったんです」

「そうか。なら頼んでいいかな? 無理だったらカオルさんや支配人に相談してみるから」

「はい」

「うし、じゃあ決まりだな」

 

 こうして次の演目は“若草物語”に決まり、クラリスは何と一日で第一稿を書き上げてしまう。それを翌日見せられた神山達は感嘆の声を上げるしかなかった。

 

 いくら基の物語が名作とはいえ、それをたった四人の姉妹だけで展開させ、尚且つ舞台用にある程度話を削ったりカットしたりを選択しなければならない。

 それらをしてあるのに面白いのだ。しかも、姉妹それぞれが既に当て書きのように描かれていて、読むだけで誰がどの役かは分かったのも大きい。

 

「ど、どうでしょう?」

「……凄い、凄いぞクラリス。俺はこのままでいいぐらいだ」

「ほ、ホントですか?」

「うん、わたしもそう思うよ! これで練習したいっ!」

「アタシもだ。てか、このジョーっての、アタシに寄せ過ぎじゃないか?」

「そ、そんな事は……」

「あざみは似てないけど、末っ子なのはここの状況と同じ。クラリス、演目の選択が見事」

「あ、ありがとう」

 

 と、このような流れであれよあれよとクラリスが書いた台本は正式決定となり、それに合わせてポスターなどの製作が始まる。

 こまちやカオルが慌ただしく動く中、さくら達は早速舞台の稽古……だけではなく衣装製作を開始。

 

 神山は出来る事が特にないため、それら全ての支援と言う名の雑用をこなす。

 

 そんな中、クラリスは自分の中に生まれてきたある想いに困惑していた。

 

(もっと、もっと書いてみたい。誰かの物語じゃなくて、私自身の物語を……)

 

 脚本を担当した事もあり、今回の舞台演出はクラリスに一任されていた。そのため、クラリスは役者でありながら演出という大任を兼任する事となっていた。

 それも彼女の中に生まれた欲求を大いに刺激する。さくらが、初穂が、あざみが見せる演技や感情、意見。それらがクラリスの想像力を大いに掻き立てたのだ。

 

 稽古が始まってから、毎晩クラリスは自室で物書きの真似事を始めるようになる。取り留めもなくネタにも近いそれを書いては、また別の何かを書いてを繰り返して。

 

 そんなある日、帝劇にまた新しい人物がやってくる。

 

「よっ、久しぶりだな」

「お、お前……令士か?」

 

 神山の兵学校時代の同期で整備士の司馬令士である。そこで聞かされるのは初穂やクラリスにも無限が配備されると言う事。

 更にあざみにも無限が支給される事が分かり一気に活気づく神山達だったが、大神は若干申し訳なさそうな顔でこう締め括ったのだ。

 

「で、だ。残念ながら予算が足りなくてね。天宮君はもう少しだけ待って欲しい」

「え?」

「天宮機は修理で使用可能になるという事もあり、また現状なら上海華撃団の協力もあるため、配備は急を要さないだろうとの判断だそうです」

 

 カオルのどこか呆れたような言い方に神山は耳を疑った。

 

「なっ……それが上層部の答えですか?」

「納得いかねーぜ! さくらの光武だってかなり無茶したんだ。修理したっていつ危なくなるか……」

「こちらとしてもそう言ったのですが、前回旧式の霊子甲冑だけで何とかした事を逆手に取られました。今なら無限が四機もあるから、と……」

「何て事……」

「酷い……」

 

 悲しげなクラリスと悔しげなあざみ。その二人を見て神山はさくらへ視線を向けた。さくらはどこか辛そうに俯いている。自分だけが周囲と違う機体なのを気にしているのだ。

 

(私だけ、私だけがみんなと違うなんて……)

 

 何も三式光武に不満がある訳ではない。ただ、自分だけ周囲と異なると言うのが、さくらには自分が疎外されたように感じられたのだ。

 

「心配すんなって。俺が来たからには、さくらちゃんの無限が配備されるまで何とかしてみせるっての」

「何とかって……どうするんだ?」

「司令、光武二式をばらしてもいいでしょうか?」

 

 令士の言葉で神山達が息を呑む。それは、あの戦い以降修理もされず放置されている大神の光武二式を、本当の意味で失う事だと。

 

「……ああ、構わない。それでどうするんだ?」

「光武合体ってとこですかね? ……予想なんだが、修理用のパーツもろくにないんじゃないか?」

「はい。多少はあるでしょうが、十分にとは言えません」

「と、言う訳です。二式の使える部分を三式へ回します」

「そうか。ならよろしく頼むよ」

「はっ!」

 

 見事な敬礼を見せる令士。そこから彼も確かに軍人である事が分かる。

 

「令士、俺からも頼む。さくらの光武、直してやって欲しい」

「お願いしますっ!」

「任せておけって。さくらちゃんも頭、上げてくれよ。それが俺の仕事だ。しっかり三式を直しておくさ。いざって時に一人だけ留守番なんてしなくて済むように、な」

「司馬さん……」

 

 こうして令士によってさくらの三式光武は修理される事となり、大神の光武二式はその役目を全て終えるかのように分解され、一部のパーツが三式の中で生きる事となる。

 

 ただ、何故か神山は四葉のクローバーを探す羽目になり、中庭やミカサ記念公園を走り回る事となったが、これは些細な事だろう。

 

 そしてその日の夜の事。神山は見回りついでに格納庫へ向かった。修理の進捗度を聞くと共に令士へとある事を頼むために。

 

「な、何だこれは?!」

 

 そこで彼が見たのは、若干の追加装甲を施された三式光武の姿だった。

 

「ん? なんだ、お前か」

「れ、令士、これは?」

「二式の使える装甲を付けたのさ。どうしても三式は機動性で無限に勝てない。なら、せめて防御面ぐらいはな」

「だ、だがこれじゃ余計機動性が」

「わーってる。だからこの程度に抑えてある。それも、追加したのは元々強度の低い場所だ。それに、いざとなれば中からの操作で外す事も可能だ」

「それは……凄いな」

「で、一体何の用だ?」

 

 そこで神山は令士へ舞台の修理を依頼したのだ。そう、それもかねてからの懸念材料であり、今後の公演を成功させるのに不可欠な要素と言えた。

 神山の頼みに令士は一度見ておく事を決め、二人は舞台へと向かった。そこで令士は直すのに最長で五日、最短で三日と告げる。

 更に驚く神山へ彼はある新設備の設置を提案したのだ。それは、舞台装置としてこの上なく有用なものだ。

 

「しゅ、瞬時に背景とかを変えられるのか?」

「おうよ。まっ、これを組み込むのにも時間がいるから工期が異なるんだ。どうする?」

「頼む。今回の若草物語には間に合わなくても、その次に間に合えば十分だ」

「うし、なら光武の方が終わり次第こっちへ手を出す」

「ああ。だが、あまり無理はするなよ?」

 

 その言葉に令士は何も答えず手を振るのみだった。何故ならそれは、神山にも言える事だったからである。

 まさに似た者同士と言えるだろう。腐れ縁と、そう互いに言い合うのが分かる一幕と言えた。

 

 それから数日後、令士によって生まれ変わった舞台が有した機能を見たさくら達は、声も出さずにその目の前の光景に見入っていた。

 

「どうだ? 凄いもんだろ?」

「あ、ああ……。まさかここまでとは」

 

 得意満面の令士に対して何とか言葉を返せたのは神山だけだった。残りは想像もしていなかった出来事に今もまだ夢うつつのような状態となっていた。

 

 特に、クラリスは両手を頬へ当てうっとりとしていた。

 

(これなら、今までよりも凄いお話が再現できる。ううん、出来ない物語なんてない……)

 

 クラリスの中にあった空想への扉が完全開放された瞬間だった。この後、クラリスは完全新作の舞台脚本を書き上げていく。

 それと並行して若草物語の稽古も進み、桃太郎から一転して若草物語と言う近代作品をやるとなり、また桃太郎の終盤の評判もあってか、前売りで何と客席の半分近くが埋まったのである。

 

 そうして迎えた初日、神山はモギリとして大忙しとなった。雪崩のように多くの観客が姿を見せ、次々とチケットを出してきたのだ。

 それでも笑顔を絶やさず、心から感謝を述べて神山は対応に当たる。当然空席の方が少ないという状態になれば役者のテンションも上がると言うもの。

 

「見て。空いてる椅子の方が少ないよ……っ!」

「ああ、これは……気分が上がるってもんだぜ」

「こんなにお客さんが来るの、久しぶり」

「皆さん、いい舞台にしましょう」

「「「うん(おう)」」」

 

 袖でひそひそと話しながら四人は気合を入れ直す。それと同時にこう思うのだ。早く舞台に立ちたい。芝居をしたい、と。

 

 そして幕が上がる。

 

 長女役のクラリスが母親も兼ねるような立ち振る舞いで女の強さを表現すれば、次女役の初穂が反発するように自立する女の強さを表現し、三女役のさくらが姉妹の潤滑剤としての役割を果たして観客達の心を和ませれば、四女役のあざみはその愛らしさと可愛さで見る者達を笑顔にする。

 

 それは、まだ粗が見える演技だったろう。それは、まだ未熟さが残る芝居だったろう。

 だけど、見ている観客達は感じ取ったのだ。何かがこれまでと変わり出している事を。かつてはおふざけに見えたはずの演技が、芝居が、熱のこもった活力あふれるものに感じられたのだから。

 

 あの頃の帝劇が、戻ってくるのかもしれない。そうかつての花組を知る者は思い、また知らぬ者でも、今後の彼女達の成長が楽しみになる、そんな舞台となったのだ。

 

 勿論、その客席の中にはすみれの姿もあった。彼女もさくら達の変化と成長を感じ、微かに目を見張ったのだから。

 

(前回よりもイキイキとしていますわ。それに、これは元々役を役者へ寄せていますわね。劇作家の名は……クラリッサ? そう、そういう事ですの)

 

 若干反則すれすれの手段だが、それは見る者が決める事だ。そう思ってすみれは微笑む。

 

「ふふっ、今の花組には劇作家がいますのね。これは……今後が増々楽しみになりますわ」

 

 

 

 初日を終え、着替え終わり汗を流したさくら達がサロンで休んでいると、そこへ神山がこまちと共に大量のアンケート用紙を持って姿を見せた。

 

「皆、見てくれ!」

「ぜ~んぶ今日だけで集まったもんや!」

 

 テーブルの上へ置かれた用紙をそれぞれが手に取り目を通していく。すると、誰もがゆっくりと笑顔になっていった。

 

「見て見て! 今までで最高の舞台でしたっ! また見に来ます! だって!」

「こっちも同じだぜっ! また見たいってよ!」

「感動した。やれば出来るんですね、だって」

「こちらには“同じ女としてジョーの生き方や考え方には考えさせられました。それと同時にメグの生き方や考え方も共感出来ました。お芝居でこんな気持ちになったのは初めてです”だそうです!」

 

 いままでにない程の好意的意見の数々にさくら達は用紙を読む手が止まらなくなっていた。先程までの疲れなど吹き飛び、すぐに舞台で芝居をしたいと思ってくる程に。

 

「そうそう、支配人からみんなへ伝言だ」

「支配人から?」

「ああ。すみれさんからの感想だそうだよ。今の花組には劇作家がいるなんて羨ましい。次は是非とも新作を見て見たいものですわ」

 

 神山の言葉でさくら達が大きく驚きを見せた。かつてのトップスタァが自分達へ明確に羨望の念を抱いたのだから。

 

「羨ましい……。すみれさんが、わたし達を羨ましい……」

「おいおい、どうしたんだよこれは。アタシら、どうなっちまったんだよっ!」

「次は新作だって。クラリス、どう?」

「え、ええっ?! そ、それは……」

 

 クラリスの脳裏に書きかけている物語が浮かぶ。まだ誰にも見せた事のない、自分だけの世界。

 

(あれなら……でも、まだ無理。それに、あれを舞台化するなら役者が足りない……)

 

 それでも、クラリスはチラリと周囲を見る。誰もが彼女の色よい返事を期待していた。その期待感を感じ取り、またクラリスも全て一から自分の世界観で舞台を作ってみたいという欲求に抗えず……

 

「わかり……ました。なら、やるだけやってみます」

 

 と、返してしまったのである。勿論さくら達が喜んだのは言うまでもない。さくら達が互いへ笑みを見せ合う中、ただ一人神山は見るのだ。クラリスが、どこか不安げな表情を一瞬見せたのを。

 

(今のは……見間違いか?)

 

 もう彼の見るクラリスはさくら達と話しながら笑顔を浮かべていた。先程の表情が嘘だったかのように。

 

 微かな違和感を神山が覚えながらも、若草物語はその観客数を着実に増やしていく。それに伴いさくら達の演技にも熱が入り、より舞台の完成度が上がりと、好循環を生んでいった。

 

 ただ、その裏でクラリスが一人壁に向き合い始めていた。

 

「……どうしても、結末が書けない。ううん、心が温かくなる結末が」

 

 それは若草物語が千秋楽を迎えても変わらず、クラリスは孤独に悩み続ける事となる。

 

 

 

「トップスタァ?」

「はい」

 

 その日、支配人室にカオルの姿があった。彼女は疑問符を浮かべる大神へ手にしていた資料を差し出す。

 

「そこにある通り、今回の公演で観客数は過去最高を叩き出しました」

「ああ、凄かったよ。俺も久しぶりに帝劇の活気を感じた」

「ですが、それでも満席にはなりません。これは、看板女優の存在がいないからと思われます」

 

 はっきりと告げられた言葉に、大神は返す言葉がないのか腕を組んで黙り込む。

 それが話の続きを催促していると察し、カオルは過去のデータなどを基に自分の考えを述べていった。

 

 今の帝劇にはかつてのすみれやマリアのような、名前だけで客を呼べる存在がいない事。過去の花組のファン達は今の花組を知らず、もしくはまだ今のようになる前の花組しか知らぬために劇場へ来ない。

 それを再び帝劇へ戻すにはトップスタァが必要なのだと。その看板でかつてのファン達の足を帝劇へ向けさせ、今のさくら達の姿を見せる必要がある。それがカオルの考えであった。

 

「いかがでしょう?」

「……分かった。なら、その女優に関しては俺に任せて欲しい。あてが一人だけある」

「失礼ながら名前をお聞きしても?」

「俺が呼べる女優なんて華撃団関係者しかいないよ。ここまで言えばカオル君は分かるんじゃないかい?」

「……っ!? ま、まさか、あの世界的女優を?」

 

 その問いかけに大神は何も答えず笑うのみだった。その頃、神山は次の公演の演目を教えてもらうためにクラリスの部屋を訪ねていた。

 

「クラリス?」

 

 だがノックしても返事がない。部屋にいないのだろうかと思った神山だったが、ノブが回りドアが開いた。

 

「……開いてる? 不用心だな……」

 

 そっと中を覗いてみれば、そこには机に向かっているクラリスの姿があった。

 

「ダメ……。やっぱりどうして……」

「クラリス?」

「っ!? た、隊長?」

 

 驚いたように背筋を伸ばし、クラリスは慌てて椅子から立ち上がった。その顔が若干疲れているように見え、神山は彼女があまり寝ていないと察した。

 

(少し前の令士みたいな顔をしている……)

 

 舞台を直した令士であったが、その終わった時の顔は完全な寝不足状態だったのだ。それに近しいものが今のクラリスにはある。そう思った神山はクラリスの後ろに見えた物へ意識を向けた。

 

「それは?」

「え? あ、これは書きかけの台本です」

 

 寝不足の原因に辿り着いたと理解した神山は、許可を得て入室するとその未完成の台本へ目を通した。

 

「……おおっ、面白いよクラリス。で、この続きは?」

「その、無理なんです」

「え?」

「どうしても、納得出来る結末が書けないんです。理解は出来ても、それじゃダメなんです」

「クラリス……」

 

 辛いし、苦しいし、だけどどうしていいのか分からない。そんな風に見えるクラリスに神山は手にした台本を見て、そっとそれを机へ置いて笑った。

 

「じゃあ、気分転換をするべきだ」

「気分……転換?」

「そうだ。今のクラリスは台本の事ばかり考えて気が滅入ってるんだよ。だから、少しぐらいそれから離れた方がいいんじゃないか? ふとした時に思ってもみなかった考えが浮かぶ事もあるかもしれない」

 

 今は心の負担となっている部分を減らすべきだ。そう思っての助言にクラリスは俯いて指を顎へ添わせる。

 

「……そう、かもしれません。分かりました。ちょっと外の空気でも吸ってきます」

「え? 外出するのか?」

 

 てっきり眠るものだと思っていた神山だったが、それがクラリスには別の意味に聞こえたらしい。ややつり目になって彼を睨んだのだ。

 

「どういう意味ですか? 私だっていつも資料室にいる訳じゃないんですよ?」

「す、すまない。そういう意味じゃないんだが……」

「ならどういう意味ですか!」

「その、寝不足じゃないかと思ったんだ。だから昼寝でもするのかと……」

 

 たじたじになりながらの意見にクラリスの目付きが普段のものへと戻り、同時に頬が赤くなっていく。

 

「あ、あのっ、ごめんなさい。私の事、心配してくれてたんですね」

「いや、いいんだ。俺の言い方が悪かった。じゃ、俺はこれで」

 

 恥ずかしそうに俯くクラリスに微笑み、神山はそう言って部屋を出ようとする。

 

(気分転換……か。あ、そうだ。ならあの物語で今一つ分からない部分を体験しよう)

 

 寝不足の頭では、神山の気遣いの根本が忘れられてしまったようだ。クラリスは何を思ったか、退室しようとしていた神山の服の裾を掴んだのである。

 

「あの……」

 

 振り返った神山が見たのは、困った表情のクラリスが上目遣いで自分を見上げている光景だった。

 

「私と、デートしてくれませんか?」

 

 

 

 さて、神山がクラリスの部屋でデートについての打ち合わせを終えた頃、さくらは初穂やあざみと共に二階の掃除を終えてサロンで一息ついていた。

 

「はぁ、広いのも考えもんだぜ」

「でも、前よりも吹き抜け部分やロビーの汚れが多い。これは良い事」

「そうだね。それだけ人が来てくれてるって事だもん」

「まっ、そうなんだけどよ。掃除ってなると前までの方が楽だったなぁ」

 

 苦笑いを浮かべる初穂にさくらとあざみが同意するように頷いた。と、そんな時だ。サロンをクラリスが通りかかったのである。

 

「あっ、クラリス。どこか行くの?」

「はい。ちょっと本屋へ」

「本屋、ねぇ。ホント、クラリスは本が好きだよなぁ」

「気を付けて」

「ありがとう」

 

 何も変わりない様子のクラリスだったが、あざみだけは彼女の変化に気付いていた。

 

「クラリス、疲れた顔をしてた」

「「え?」」

「多分、寝不足」

「寝不足……?」

「大方台本関係だろ。何せ一から自分で作るんだ。意外と外出するのも滅入りそうな気持ちを変えるためかもしれないな」

 

 見事にクラリスの外出目的を言い当てる初穂だったが、今度はそこを神山が通り過ぎようとする。

 

「あれ、神山さんも外出ですか?」

「ああ。ちょっとね」

「どこ行くの? みかづき?」

「いや、さすがにそれはないと思うけど」

「あ? 思うけどってどういうこった」

 

 神山の返答に違和感を抱いた初穂の言葉にさくらとあざみも同意するように視線を動かす。見つめられた神山は、困惑するような表情で彼女達へこう告げるのだ。

 

「いや、クラリスがデートして欲しいって言ってきたんだ。多分台本絡みだと思う。そうなると付き合うべきかとね」

「あ~、そういう事か」

「納得」

「っと、いけない。じゃあ俺はこれで」

 

 少しだけ慌ててサロンを出て行く神山。その背を見えなくするようにドアが閉まり、初穂とあざみはふとある事に気付く。

 

(そういや……)

(さくらが静か……)

 

 揃ってゆっくりと振り向くと、そこには俯いて黙り込んでいるさくらの姿があった。

 

「……デート? クラリスが誠兄さんと……デート?」

「さ、さくら?」

「どうかしたの? 今のさくら、少し怖い」

「ねぇ、あざみ、クラリスって寝不足なんだよね?」

 

 突然の問いかけにあざみは理解出来ず初穂へ顔を向ける。それに初穂は小さく頷いてみせた。答えてやれと言う事だと思い、あざみは頷き返すとさくらへ顔を戻す。

 

「うん」

「そんな状態のクラリスじゃ、何か問題を起こすかもしれないよね?」

「は? いや、さすがにそれは考え過ぎだろ? さっきだってしっかり」

「眠気がっ! ……強くなって途中で寝ちゃうって事、あるかもしれない」

「それは否定出来ない。特にこんな天気の良い日はポカポカしてあざみも眠気に襲われる」

「そうだよね。だから、わたし、万が一に備えて後をつけるね」

「はぁ?! 何でそうなるって……はえぇ」

 

 思い立ったが吉日とばかりにさくらは既にその場から駆け出していた。残される形となった初穂はどうしたものかと考えて、むしろさくらの方を心配する事となる。

 

(あのままじゃ、さくらが隊長さん達の邪魔しそうだな)

 

 仕方ないとため息を吐いて初穂は立ち上がるとあざみへ視線を向けようとして……

 

「いねぇ……」

 

 そこにいたはずのあざみがいない事に気付く。彼女はさくらの万が一に備えてという言葉で自分も同行するべきと判断したのだ。

 

「ったく! どいつもこいつもぉ!」

 

 苛立ちをぶつけるようにそう言い放ち、初穂も急いでその場から駆け出すのだった。

 

 その頃、帝劇前では先に外へ出ていたクラリスが神山と合流して動き出そうとしていた。

 

「待たせたか?」

「はい。でも、こういうのもいいかもしれません。待たされ過ぎたら別でしょうけど」

 

 互いに笑みを見せ合って話す二人。その背中を離れた場所でさくらとあざみが見つめていた。

 

「な、何だかいい雰囲気……」

「うん、二人共楽しそう」

「あっ、動き出した」

「追跡開始」

「待てっての」

 

 腰を上げて歩き出そうとした二人の首根っこを掴み、初穂は大きくため息を吐いた。

 

「つけるのは構わないけどな? あくまでアタシらはクラリスが心配だから行くんだ。二人の、その、デートを邪魔するんじゃないからな?」

「そんな事分かってる。ね、さくら」

「う、うん。当然だよ」

「……ならいい。うし、行くぞ」

 

 若干さくらをジト目で見つめつつ、初穂は二人から手を離すと先陣を切って歩き出す。

 神山達が向かったのはみかづきも並ぶ停留所近くの一角。そこにある本屋がクラリスの選んだデートコースの一か所目だった。

 

「へぇ、ここがクラリスの贔屓の店か」

「はい。資料室にない本はここに探しに来ます。だから結構外出はしてるんですよ」

「そうなんだな。正直意外だったよ」

「そうだ。隊長は普段どんな本を読むんですか?」

「俺? そうだなぁ……基本戦術書とかかな」

「ふふっ、らしいです。勉強熱心なんですね」

「逆に言えば面白みのない答えかもしれないな。なら、クラリスは?」

「私ですか? そうですね……」

 

 本屋デートが中々いい雰囲気に包まれている中、初穂とあざみはその手にまんじゅうを持ちながら隣のみかづき店員であるひろみ相手に雑談をしていた。

 

「そうなのー。神山さんとクラリスさんがデートね~」

「そうなんだよ。あむっ……おかげでさくらが……なぁ」

「寝不足のクラリスを心配しての……はむっ……もぐもぐ……ごくんっ……追跡中」

「あらあら~、それは大変ねー」

「二人共、そろそろ移動するよ」

 

 一人真剣な眼差しで神山とクラリスを見張っているさくら。そんな彼女に初穂は若干呆れ、あざみは何にも思わず、それぞれ頷いてひろみへ代金を置くと別れを告げて動き出す。

 

 次に二人が来た場所は銀座大通り。時刻が昼時近くともあり、大勢の人達が行き来している中、二人は食事をどうするかと話していた。

 

「どうする? 何か食べたい物はあるか?」

「そうですね……特にこれと言って」

「なら、うちへ来なよ」

「「っ!?」」

 

 背後から聞こえた声に驚いて振り返る二人が見たのは、黄色いチャイナ服を着たユイであった。

 

「「ゆ、ユイさん?」」

「まだお昼食べてないんでしょ? さぁさ、入った入った」

「ちょ、ちょっと!?」

「あ、あの、自分で歩けますからっ!」

「はい、二名様ごあんな~い」

「いらっしゃいっ! って、何だ。神山達か」

 

 二人が案内されたのは神龍軒という上海華撃団が拠点としている店だった。そこで料理人として腕を振るっているのはあのシャオロンであり、看板娘がユイなのである。

 

 店内へ案内された二人は、よく分からぬままユイやシャオロンのオススメに従い注文。その結果出てきた料理の数々に頬を緩ませ、舌鼓を打ち、幸福感で腹を満たした。

 

「どうだ? うちの飯の味に勝てるとこは早々ないぜ!」

「ああ、こればっかりはその通りだ。こんなにっ、こんなに旨い炒飯は食べた事がないっ!」

「初めて食べる物ばかりでしたけど、とっても美味しかったですっ!」

「そうでしょそうでしょ。良かったら今後も贔屓にしてね」

「「是非っ!」」

「そうか。まっ、なら時々はおまけしといてやるよ」

「今度はさくらも連れてきなよ。待ってるから」

 

 華撃団大戦ではライバルでも、普段では同じ華撃団の仲間。そんな印象を受け、神山とクラリスは神龍軒を後にする。

 ただ、神山はともかく乙女なクラリスとしては少々このランチに思うところがあるようで……

 

「旨かったなぁ。クラリスはどうだ?」

「はい、とても美味しかったです。でも……出来ればもう少しお洒落な所が良かったかなぁ」

「ん?」

「いえ、何でもありません」

 

 不思議そうに首を捻る神山へ、クラリスは楽しそうに微笑むと少しだけ足を速めて前に出る。そして、そこで体を捻るように振り向いた。

 

「さっ、次はどこへ行きましょうか」

 

 眩しいばかりの笑顔を見せて、クラリスは笑う。その様子にもう部屋での暗い雰囲気はなかった。それを神山も感じ取り、微かに笑みを浮かべると歩く速度を速めてクラリスの横へと追い付く。

 

「どこへでも。クラリスの行きたいところへついていくさ」

「私の……行きたいところ……」

「ああ。どうした? 行きたい場所はないのか?」

 

 大きく瞬きをしたクラリスに神山は不思議そうに問いかける。彼は知らないのだ。今、クラリスがどんな気持ちになっているのかを。

 

(そうか……私は、自分で自分の道を決めていいんだ。そんな簡単な事さえ忘れた。そして、この人は……)

 

 自分を心配そうに見つめる神山へ、クラリスは安心させるように笑みを返した。

 

「じゃあ、静かで景色のいいところへ行きたいです」

「よし、分かった。じゃあ……」

 

 神山の頭の中に浮かぶのは、四葉のクローバーを探しに行ったミカサ記念公園だ。そこへクラリスを連れて行こうと、そう思って歩き出した時だった。

 

 その彼の手を、そっと白くて綺麗な手が掴んだのだ。

 

「クラリス……?」

「え、えっと、ダメですか? この方が、デートみたいかなって」

 

 顔を赤くして俯くクラリスに、神山は少しだけ呆気に取られていた。そんな彼へ気恥ずかしそうにクラリスが目を向ける。

 

「な、何か言ってください。……こっちは恥ずかしいんですよ?」

「ああっ! わ、悪いっ! その、そうだな。この辺は人も多いし、この方がいいかもしれないしな」

 

 まるで言い訳をするようにそう言って、神山はクラリスの手を少しだけ握り返すと歩き出す。それでもその速度が今までと同じで自分へ合わせてくれていると気付き、クラリスは微笑みを深くした。

 

(やっぱり、隊長は、ううん神山さんは私の歩幅に合わせてくれる人だ。そして、私が迷っているとそっと道を示してくれる。でも、押し付けない。選ばせてくれる。そんな、優しくて頼りになる人……)

 

 じわりと胸が温かくなるのを感じ、クラリスは思うのだ。きっと、人が恋に落ちるとはこういう感覚なのだろうと。

 その繋ぐ手の温もり。その温かさと熱に自分の心が少しずつ溶かされていくような感覚を味わいながら、クラリスは笑みを浮かべ続ける。

 

 その背中をさくら達が見ていると知らないままで……。

 

 

 

 潮の匂いを含んだ風が流れ、少しだけ強くなってきた初夏の陽射しが降り注ぐ中、神山とクラリスは手を繋いだままミカサ記念公園を歩いていた。

 駆け回って遊ぶ子供達やベンチに座り語り合う老夫婦、両親と子供が手を繋ぎ微笑む姿。どれも平和という言葉の体現であった。

 

 そんな中をゆっくりと歩いていた二人だったが、ふとそこでクラリスが足を止める。

 

「あの、神山さん。今日はありがとうございました」

「え?」

「突然の事だったのに、嫌な顔一つせずに付き合ってくれて」

「そんな事か。クラリスみたいな可愛い女性となら嫌な顔する男の方が珍しいと思うよ」

「そ、そうですか?」

「ああ。少なくても俺は嬉しかった。それに、楽しかったよ」

「神山さん……」

 

 はっきりと明言しクラリスへ笑みを向ける神山。その笑顔にクラリスは胸の高鳴りを感じた。今も繋いでいる手がそれに拍車をかける。

 何も言わず、そのまま見つめ合う二人。そしてそれを離れた位置から見つめる者達がいる。さくら達だ。

 

「手を繋いだだけじゃなくて、あんな風に見つめ合ってる……ズルい」

「初穂、教えて欲しい。一体二人は何をしてるの?」

「うぇっ?! そ、それはだな。えっと、何て言えばいいのか……」

 

 クラリスが嬉しそうなのはいいが、神山と彼女がいい雰囲気になっている事を複雑な心境で見つめるさくらの後ろでは、初穂があざみからの質問に目を泳がせていた。

 

 と、そんな時だった。

 

「あっ、帽子が。待って~」

 

 友達と遊んでいた少女の帽子が風に煽られて宙に舞う。それを追い駆けるように少女は走り出し、帽子はそのまま落下防止用の柵へと軽く引っかかったように止まった。それで少女はむしろ慌てて速度を上げた。風に揺られて帽子がまた動きそうだったからだ。

 

 それを理解した瞬間、神山は即座に走り出した。

 

「不味いっ!」

「神山さんっ!?」

 

 神山の視線の先では少女が柵へ手を伸ばして帽子を取ろうとしていた。だが、中々手が届かず少女は思い切って柵へもたれるようにして手を伸ばす。

 それで手が帽子へ届きそうになったのだが、そこで風が吹いて帽子が柵の外へと動いた。それを反射的に掴もうとした少女は、柵に手をかけ体を乗り出す状態となった。結果、帽子を掴むのと引き換えに柵の外へと落下していったのだ。

 

「間に合えっ!」

 

 柵から身を乗り出して手を伸ばす神山。その手が何とか少女を掴むも、やはり落下速度と重量のせいで彼の体まで引っ張られるように柵の外へと連れて行かれてしまう。

 

「なっ?!」

「隊長さんっ! アタシの手を掴めっ!」

 

 そこへ初穂が駆けつけるも、僅かに間に合わず神山は少女と共に落下していく。

 

(何故ここに初穂が?! いや、今はそれよりもこの子だっ!)

「初穂っ! この子を頼むっ!」

「分かった! って、届かねぇ!」

「任せて! はっ! さくら、一緒に」

「うんっ! せーのっ!」

「うしっ! これなら……っ!」

 

 両腕を使って少女の体を上空へと放り投げる神山。その少女をあざみが投げ縄で捉え、さくらと共に引き寄せると初穂がしっかりと抱き抱える。

 少女が救助されたのを見届け、神山は安心するように笑った。下は海面だ。運が良ければ死なずに済む。そう思って彼は着水時に備えて全身の力を抜いた。

 

 が、その体は何故か一向に着水しなかった。それどころか浮遊感を感じて神山は周囲を見渡す。すると、周囲の樹木や岩などが折れたり砕けたりしていたのだ。

 その代わりに自分だけがゆっくりと浮上している。そう理解して神山は見えてきた柵へ手をかけて公園内へと戻った。

 

 少女を助けた事で周囲の目は少女と初穂達へ向いており、誰も神山に起こった出来事に気付いていないようだったが、彼はそこで見たのだ。クラリスが何かの本を手にして霊力を放っている事を。

 威圧感のような、どこか重たい雰囲気を漂わせる彼女を見て、神山は微かな恐怖を抱いてクラリスへ近付きながら声をかけた。

 

「く、クラリス、それは一体? っ?! クラリスっ!」

 

 だが、神山がそう問いかけた瞬間、クラリスは手にした本を閉じるとその場から走り去ったのだ。

 その背中をしばし呆然と見つめた後、神山は我に返ると彼女を追い駆けた。

 

 ただ、それに気付いたクラリスは少しだけ振り返るや微かに震える声で一言だけ告げたのだ。

 

「来ないでっ!」

「っ!?」

 

 明確な拒絶に神山の足が止まり、クラリスとの距離が開いていく。離れていく背中を見つめ、神山はどうすればいいのかと悩むしかない。

 

(クラリス……もしかして泣いていたのか? だとすれば、それは俺のせいか……)

(怖がられた! 怖がらせたっ! やっぱり私の力は、こんな力は、誰かを怖がらせる事しか出来ないっ!)

 

 まるで互いの心のように、二人の距離は離れていく。だが、もうそれを縮める動きを神山は出来なかった。泣かせてしまったとの自責の念が、その行動を躊躇わせたのだ。

 

 こうして二人のデートは終わる。ただ、それは二人の物語の終わりではない。その証拠に、男はゆっくりとではあるが歩みを再開し、女との距離を縮め始めていたのだから……。




Ⅴの冒頭で新次郎が帝劇へ行くと大神の横にはさくらがいます。なので、誰と結婚しようとさくらは帝劇にいて、且つ大神の横でかえでさんの後任をしていると仮定しました。
なのでさくらが結婚相手、という訳でもありません。
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