新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

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アナスタシア登場は次回以降へ。というか、各キャラの当番回にヒロインキャラ二人追加とかイベントが渋滞するんですよ(汗


手のひらほどの倖せを 後編

(どうして私はただの女の子じゃなかったの!? そうだったら、そうであったのならっ、私はこんな思いをせずに済んだのにっ!)

 

 一人自室のベッドの上に座り、膝を抱えてクラリスは泣いていた。神山を拒絶し、彼女は閉じこもるようにドアの鍵を閉めて、ただ一人暗い室内で沈んでいたのだ。

 

「クラリス、いるかい?」

「っ……」

 

 そこへ聞こえてくるノックの音と申し訳なさそうな神山の声。それに一瞬だけクラリスの顔が動くも、その脳裏に自分をどこか恐怖の眼差しで見る彼の顔が甦り、彼女は再び顔を伏せてしまった。

 

 何度か呼びかける神山だったが、クラリスはそれに無反応を貫いた。やがて神山は諦めたのか部屋の前から離れていき、再び室内に沈黙が戻る。

 

 その静けさと遠ざかる足音が、クラリスには何とも言えない孤立感を与えた。

 

(こんな力さえ、重魔導さえなかったら……私は……)

 

 数十分前はとても楽しく心が弾んでいたのに。そう思ってクラリスは弾かれるようにベッドから動き出すと、あの時持っていた魔導書を掴んで床へ叩き付ける。

 

――こんな力、いらないっ!

 

 心の底から絞り出すような憤怒の声。その後、クラリスは元からの疲労もあってかベッドへと横になって眠ってしまう。

 

 一方、神山はクラリスが返事さえしなかったため、一旦出直す事にし、その間に助けられた時に見た現象について尋ねるべく支配人室を訪ねていた。

 

「重魔導?」

「ああ。彼女の家は代々その力を研究していたらしくてね」

 

 そこで神山は知るのだ。クラリスの隠していた事情を。それの持つ重さと辛さ、苦しさを噛み締め、神山は大神へついこう言ってしまった。

 

「支配人、何故それをもっと早く俺に教えてくれなかったんですか?」

 

 教えていてくれれば、クラリスへ恐怖を抱く事はなかった。そんな神山の心を読んだのか大神は何かを思い出すような目を彼へ向ける。

 

「そうすれば、本当に実際見ても恐怖しなかったかい?」

「っ……」

「神山、たしかに君の気持ちは分かる。隊長なら隊員の事は知っておきたいと、そう思うのは。ただ、勘違いしていないか? 隊長はたしかに隊員の事を知っておく方がいい。持っている能力や考え方などだな。でも可能な限りそれは、資料や他人から知るのではなく本人から教えてもらうべきだ」

「本人から、ですか……」

「ああ。それを怠ったからか、俺なんて昔は隊長失格と隊員に直接言われた事がある」

「なっ!? 隊長失格!?」

「それだけじゃない。高すぎる霊力のせいで望まない能力を得てしまっていた隊員の心を、深く傷付けてしまった事だってある」

 

 大神の話に神山は息を呑んだ。そんな事があったのに何故目の前の男は華撃団の隊長を務めあげ、更に司令にまで至れたのかと思って。

 大神はそんな神山の表情を見て小さく苦笑するも、すぐに真剣な眼差しを彼へ向けた。

 

「神山、人には誰しも知られたくない過去や思い出がある。だけど、それを本人から聞き出せるあるいは教えてもらえるようになるのが信頼なんだ。隊長は誰よりも隊員から信頼されなければならない。それにはまず、どうすればいいか。その答えは、きっと君自身が知っているはずだ」

「俺自身が……答えを……」

「クラリス君が何故、隠していた力を使ったかよく考えてみるんだ。俺から言えるのはそれだけだ」

「……分かりました。ありがとうございます」

 

 一礼し神山は支配人室を後にすると、そのまま一旦自室へと戻った。

 

(何故クラリスが忌避していた力を使ってくれたのか、か……)

 

 大神に言われた言葉。その意味を考え、神山はベッドへと座り込む。

 

「……俺を助けたかった。いや、それだけじゃないはずだ。クラリスは、あの力を俺に見せても構わないと考えてくれた。それは、どうしてだ?」

 

 自分が嫌悪している力。それを他人がどう思うかなど分からぬクラリスではない。そう考えたところで部屋のドアがノックされ、神山はそちらへ意識を向けた。

 

「誰だろうか?」

 

 ベッドから立ち上がると鍵を解除して神山はドアを開けた。そこにはさくら達三人が立っていた。

 

「神山さん、クラリス、どうしたんですか?」

「どうしたって……何かあったのか?」

「もうそろそろ夕飯時だってのに、声をかけても返事がねーんだ」

「ノックしても同じ。反応なし」

「なので、神山さんは何か知らないかなって。クラリスと最後に会って話したの、多分神山さんですから」

 

 揃って心配そうな表情を見せるさくら達に神山は一瞬クラリスの事を話そうとするも、すぐに考え直して誤魔化す事にした。

 今日は色々あって疲れているから仮眠を取っているんだと。それを聞いて元々寝不足気味と知っていた三人は成程と納得したのだが、最後にこれだけは神山へ確認を取ったのだ。

 

「そうだ。隊長さん、あの公園でクラリスが凄い霊力を放ってたの、気付いてたよな?」

「あ、ああ……」

「ならいい。きっと、あれはクラリスが何かしたんだろうさ。アタシらがあの子を助けて周りの注意がアタシらへ向いた瞬間、何かぶつぶつ言ってからそうなったんだ」

「少し怖い感じもしたけど、クラリスのする事だから信じた。それと、きっと見られたらいけないと思ってそこから少し離れた」

「そうだったのか……」

 

 何故あの時さくら達がクラリスと離れた場所にいたのか。その理由を理解し、神山は納得するように頷いた。そんな彼へさくらが笑みを浮かべる。

 

「あの、神山さん。もしわたし達より先にクラリスと会ったら、伝えてもらえますか? いつでもいいから話して欲しいって」

「……ああ。必ず伝えるよ」

 

 その後さくら達から一緒に夕食をと誘われた神山だったが、考え事があるとそれを丁重に断った。彼はそのまま三人が一階へ降りて行くのを見送って、クラリスの部屋へと向かった。

 

(クラリスは、俺ならあの力を受け入れてくれるかもしれないと思ってくれたんだ。さっきのさくら達のように、俺を信頼してくれたんだ。なのに俺は、俺は……っ)

 

 その足は止まる事無くクラリスの部屋の前まで動く。ドアの前で一旦深呼吸をすると神山はノックをしてクラリスの反応を待った。

 

 だがまた反応はない。本当に寝ているのではと思う神山だったが、それでもノックを続けた。まるでクラリスの心のドアを叩くように。

 

 すると、その音でクラリスが目を覚ます。短時間にも関わらず夢も見ずに寝たせいか、その頭は眠る前よりもすっきりとしていた。

 

 だからか、彼女は何度も聞こえるノックの音でドアへ意識を向けるも反応する気はなかった。

 

(今は誰とも会いたくない……)

 

 それでも止む事なくノックの音が響く。いい加減しつこいとクラリスが怒りを覚えて反射的に声を出してしまった。

 

「しつこいですよっ!」

「すまない。クラリス、君に聞いて欲しい事があるんだ」

 

 聞こえてきた声が神山である事にクラリスは一瞬息を呑んだが、すぐに俯くと少し黙り込んでしまう。反応した以上そこから無視する事が憚られてしまったのだ。

 

「…………話す事はありません」

「ああ、話さなくてもいい。聞いて欲しい事があるんだ」

 

 クラリスから返ってきた声から怒りや悲しみを感じ取り、神山は今は会話ではなく伝言が重要だと思ってそう返す。そしてクラリスが何か反応する前に心の底からこう告げたのだ。

 

「ありがとう」

 

 その短い心からの感謝は、怒りと悲しみに包まれていたクラリスの心を揺さぶって顔を上げさせる事に成功する。

 

「え……?」

「あの時、俺はまずこれを君へ伝えないといけなかった。俺の事を、君は助けてくれた。その事実は、何があろうと変わらない。例え、あの力が忌むべきものだとしても、だ」

 

 神山は語った。己の心の動きを。あの力に恐怖した事、それでクラリスの優しさを踏み躙ってしまった事へ激しく後悔した事、助けられた事への感謝を忘れていた事を反省している事。

 

 それら全ての事を話して、神山はドアの前で勢いよく頭を下げたのだ。

 

「本当にすまなかったっ!」

 

 しばらく沈黙がその場を包む。すると、静かにドアが開く音がした。それでも神山は微動だにせず最敬礼を続けていた。

 

「……頭を、上げてください」

「……いいのか?」

「はい。その、部屋の中で話しませんか? ここでは、その……」

 

 ゆっくりと神山が頭を上げると、クラリスはまだ暗い顔をしていた。それでも話をしてくれる気にはなったらしい。そう思って神山は真剣な表情で頷いた。

 

「分かった。ありがとうクラリス。それと、すまなかった」

「いいんです。あの力を使って怖くなかったと言われた方が信じられませんから。素直に怖かったと言ってくれた事、変な話でしたけど嬉しかったんです」

「え?」

「だって、神山さんは私に嘘を吐かないでくれるんだって、そう思えたから」

「クラリス……」

 

 微かな笑みを見せるクラリスに神山は安堵するように息を吐いた。

 そこから神山はクラリスの部屋で彼女の家に関する話を聞く事になる。その力を使い、時に多くの命を奪い傷付けてきた事。それがあってクラリスが“重魔導”を忌避している事も。

 

 それでも、あの時その力を使ったのは何故か。その神山の問いかけにクラリスは僅かな躊躇いを見せるも、やがて観念するように小さく告げた。

 

「貴方を、失うかもしれないと思ったら力を使っていました」

「俺を?」

 

 無言で頷き、クラリスは魔導書をその手に持つと抱き締めた。

 

「……無意識でした。あの女の子だけが私の視界に映った瞬間、神山さんが死んでしまうって、そう思ったんです。そして気付けば私はこの呪われた力を解放していました。周囲の目があったにも関わらず、私は重魔導を使っていたんです。さくらさん達には、きっと気付かれたと思いますけど」

 

 静かに魔導書を抱き締める力が強くなる。あの一件からクラリスは誰とも会っていない。会えたとしても会う勇気がなかったのだろう。神山でさえ怖がった力をどうしてさくら達が怖がらないと言えようと、そう考えて。

 

「クラリスは、さくら達が怖がって君と距離を取ると思うのか?」

 

 だが、神山はそうは思っていなかった。あの自室前でさくら達から聞いた言葉がその根拠となっていたのだ。自分の問いかけに何も答えられないクラリスを見て、神山は優しく笑みを浮かべて言葉を続けた。

 

「もしそう思っているなら、俺はこう言えるよ。きっとさくら達の方が俺よりも君の気持ちを理解出来るはずだと」

「どうして、どうしてそう思うんですか?」

「簡単さ。さっきさくら達に言われたんだよ。クラリスが公園で何かやっていた事に気付いてたって。あざみはそれに怖いものを感じたけど、クラリスのする事だからと止める事はしなかったって」

「……あざみが?」

「それだけじゃない。初穂やさくらも同じ考えだったようだ。そして、こう言っていたよ。もしクラリスに自分達よりも先に顔を合わせたら伝えて欲しいと。いつでもいいから話して欲しいって」

「話して欲しい?」

「ああ。俺よりも三人の方がクラリスの事を知っているし信じているんだ」

 

 きっと今も食堂でクラリスの事を待っているだろう姿を思い浮かべ、神山はクラリスへ顔を向ける。

 彼女は今の話を聞いて多少不安が薄れたのか顔にあった影のようなものが和らいでいた。

 

「クラリス、君が俺を信じてくれたのは嬉しい。でも、それと同じぐらい他の仲間達も信じてみないか? 君のその力は、俺を助けてくれた。つまり、君はその力を誰かの命を守るために使えるんだ」

「でも、これは……」

「聞いてくれクラリス。力に善悪はないと俺は思うんだ。実際、俺達の霊子戦闘機がそうだ。あれも、使い方を間違えれば多くの人を、物を壊す力だ。極端な事を言えば、世にある全てのものは重魔導と同じだ。だけど、君はそれら全てを危険だと、ない方がいいとそう心から言い切れるかい?」

「それは、無理です……」

「クラリス、俺は君の嫌っている重魔導はこれまでの使い方をした場合だと思う。だけど君はそれを初めて救命に使ったんだ。その力が、誰かを傷付けるだけじゃないと君自身が証明してみせたんだよ。その可能性を俺は見た。そして、俺達は君を、クラリッサ・スノーフレークを信じてる。それだけじゃ、まだ君の心の迷いを払うのに足りないか?」

「神山さん……っ!」

 

 優しい表情で自身の目を見つめてそう尋ねる神山に、クラリスは軽い驚きを見せるもすぐに嬉しそうに目を細めて笑みを浮かべる。

 だがしかし、それでもまだクラリスの中の迷いはなくならない。いや、迷いはなくなったがどうさくら達へ話すか判断がつかないが正しいのだろう。

 

(一体みんなへどう話せばいいんだろう……? それにまだ、自分の中でもこの力を使っていくかどうかの答えが出ていない。そんな気持ちでさくらさん達に話せば、同情をして欲しいって言っているように捉えられてしまうかも……)

 

 そこへ鳴り響く警報。神山とクラリスは互いを見合って無言で頷いて急いで部屋を出た。

 

(今は目の前の事を何とかしよう。重魔導の事はそれが終わった後で考えればいい)

 

 

 

 夕暮れの銀座の街に降り立つ五色の鋼鉄の戦士。さくら以外無限となった帝国華撃団花組は、出現した降魔や傀儡機兵を瞬く間に蹴散らしていく。

 

『すげぇ……これが新型の力かよ……』

『動きが速いし反応も良い』

『それだけじゃありません。負担も違います』

「そうだな。さくら、そちらの方は大丈夫か?」

 

 無限の性能や霊子戦闘機と霊子甲冑の違いを感じ取るクラリス達の感想を聞きながら、神山は一人三式光武で奮戦しているさくらへと意識を向けた。

 

 光武二式の装甲を追加された三式光武・改と呼ぶべき天宮機は、神山が懸念した機動力の低下などほとんどなく、むしろ装甲を増した事でより思い切って敵の懐へ飛びこめるようになった事で戦闘力を強化出来ていた。

 

『好調ですっ! これなら無限にだって負けませんよっ!』

「それは頼もしいな。よし、この調子で残りを片付けるぞっ!」

『『『『了解っ!』』』』

 

 これまでの状況が嘘のような快進撃で戦闘を進めていく帝国華撃団。その様子を時計塔の傍から見下ろす者がいた。

 

「あれが帝国華撃団、か。あいつに聞いてたよりも動いてる数が多いじゃねーかよ」

 

 不満げにそう呟くと、怪しげな格好をした男と思われる存在は口の端を吊り上げた。

 

「まぁいい。一匹増えたところで変わりゃしないぜ。魔幻空間に引きずり込んでやる」

 

 そう不気味に笑いながら男はその身から妖力を解放する。それが神山達を飲み込む様に特殊な空間を作り出した。

 

「これは……あの時と同じっ!?」

『魔幻空間って奴かっ! 不味いぜ! 前みたいに動けなくなったら……』

『離脱、間に合いませんっ!』

『何これ? 周囲の妖力反応が急上昇してる……?』

『神山さんっ!』

「狼狽えるなっ! それこそ敵の思うつぼだぞ!」

『『『っ!?』』』

 

 前回の経験のせいかさくら達に動揺が広がっていく。それを感じた神山の一喝が三人を動揺を止め、あざみの困惑も抑えた。

 

「今の俺達はあの時の俺達じゃない。あざみもいるし、機体も強化されてる。信じるんだ、無限と光武、そして俺達自身の成長を」

『神山さん……』

『そうだよな。アタシらはあの時とは違うんだ……』

『自分達の成長を、信じる……』

『そう、ですね。乗機も変化していますし、何よりあざみがいます。あの時のわたし達と同じじゃないですもんね』

「ああ。全員、敵の奇襲に備えろ。これからは相手の領域だ」

『『『『了解っ!』』』』

 

 その会話を聞いて作戦司令室の大神は小さく頷いていた。

 

(そうだ、それでいい。どんな時でも隊長はみんなの支えにならなければいけない。例え絶望的な状況でも、己を鼓舞し周囲さえも鼓舞出来る強い心を持つんだ)

 

 かつての自分がいた立場で奮闘する神山を見つめながら、大神はそこでふと気付くのだ。

 

「米田司令も、こんな気持ちだったのかもしれないな……」

「? 司令、何か言わはりました?」

「いや、何でもないよ。それより、降魔の反応はどうだ?」

「魔幻空間の周囲には確認出来ません。どうやら今回はあの中にいるかと」

「そうか。神山、気を付けろ。今回はその空間を作り出した上級降魔がその中にいる」

『上級降魔が……。了解しました。警戒しつつ空間を進み、発見次第上級降魔を撃破、この空間を脱出します!』

「頼むぞ。全員、必ず生還するんだ」

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 大神の言葉に花組全員が気合を入れる。そうさせた大神の姿は、かつての隊長らしくもあり、かつての米田司令を思わせるようでもあった。

 

 こうして魔幻空間内を進む神山達は、その敵の構成に苦しめられる事となる。地上の敵は言うまでもなく飛行型降魔も多数配置されており、ほとんどが陸戦型の神山達は苦戦を強いられたためだ。

 

 唯一対空攻撃が常時可能なクラリスは、その火力不足もあって援護や支援が精一杯で残念ながら飛行型への主力にはなれなかったのである。

 

 そこで神山は飛行型の狙いを自分とあざみへ向けさせ、地上の敵を初穂が相手取り、その間にクラリスの援護を受けてさくらが飛行型を排除する戦術を取った。

 

「あざみ、俺達は敵の注意を惹き付けるぞ!」

『了解。陽動は忍びの基本。任せて』

「初穂、地上の敵を殲滅したらさくらと協力して飛行型を頼む」

『おうよっ!』

「クラリスは攻撃中のさくらを狙ってくる飛行型の牽制だ」

『は、はいっ!』

「さくらは俺やあざみを狙っている飛行型を確実に一匹ずつ仕留めてくれ」

『分かりました!』

 

 神山の指示でそれぞれに動き出す花組各員。素早い動きであざみが飛行型の攻撃を回避し続ければ、その着地や硬直といった隙を狙う地上の敵を初穂が豪快に叩き潰し、神山の背後を狙う飛行型をさくらの太刀が一閃の下に斬り捨てる。

 

 クラリスはそんな中、己の役割を果たしながら内心で迷っていた。

 

(私が、重魔導の力を使えばきっともっと早く敵を倒せる。でも、無限で強化されたその力が、みんなへも被害を出してしまうかもしれない……)

 

 神山の言葉で幾分か自分の力を前向きに捉えたクラリスではあったが、それでもその使用を躊躇いなく出来る訳ではなかった。

 むしろ、逆により躊躇うようになったと言える。さくら達を巻き込みはしないか。大切な者達を傷付けてしまわないか、と。

 

 クラリスの不安と心配は尽きる事なく続き、それは魔幻空間を進めば進む程強くなっていく。

 

 途中で出現した宝石のような形の砲台に苦戦する神山達だったが、それはそこまで耐久性が高い訳ではなく、クラリスが遠距離から砲台を排除する事で事なきを得た。

 だが、それを越えて広い場所へ出た時に遂に彼らの前に明確な倒すべき敵が姿を見せた。

 

「ようやくここまで来たか。待ちくたびれたぜ」

「っ! 何者だっ!」

 

 それこそ今回の魔幻空間を作り出したあの存在だった。その名を朧と名乗った上級降魔は、神山達を小馬鹿にしながら見回すと、クラリスの無限へ目を止めて愉しげに笑みを浮かべた。

 

「なぁ、どうしてお前は力を解放しないんだ?」

「え?」

「気付かないとでも思ってんのか? お前、最初っから手加減してるだろ。俺には分かるんだぜぇ。お前から感じるすげぇ力をよ。何だ? お前も俺と同じで弱い奴が足掻くのを嘲笑いたいってか?」

「ち、違いますっ! 私はそんな悪趣味じゃありませんっ!」

「へぇ、手加減したのは否定しねぇんだな」

「っ?! そ、それは……」

「そうだよなぁ。ここまで来る間、お前が心に闇を抱えてた事ぐらい俺にはお見通しだ。目の前でお仲間が必死になって戦ってるのに、お前は力を温存して必死になってる振りをしてただけだ」

『クラリス……そうなの?』

「っ!? 違います! 私は私なりに」

『なら、何で手加減した事は認めたんだよ? それも違うって言えばいいじゃねえか』

『降魔の言う事だけど、クラリスはそれを否定出来なかった。お願いクラリス。あざみ達に理由を教えて欲しい』

「それは……その……」

 

 どう言えばいいのか。何て言えば分かってもらえるのか。そう考えて言葉が出てこないクラリスへ、それまで黙っていた神山が声をかけた。

 

『心配いらないよクラリス。全部正直に言えばいい。君が俺を信じてくれたように、さくら達を信じて欲しい。それとも、一番新入りの俺よりもさくら達は信じられない相手か?』

「神山さん…………はいっ!」

 

 もう迷いは消え、躊躇いもない。踏ん切りさえも結果的にではあるがついた。そう思ってクラリスは自分の隠していた事をさくら達へも話した。忌まわしき力である重魔導。それを無限に乗った状態で使う事を恐れていた事を。

 その恐れの内容が周囲への被害というクラリスらしいものだった事を受け、さくら達は怒りではなく苦笑を浮かべた。

 

『よく分かったよ。クラリス、わたし達の事を心配し過ぎだって』

「さくらさん……」

『まったくだぜ。それに、そんな力があるからってアタシらがクラリスを化物扱いするかよ。クラリスが優しくて読書好きな奴って、アタシらは知ってるんだぜ?』

「初穂さん……っ」

『あざみも初穂に同意。人に信じてもらえない事の辛さは、誰よりもあざみが知ってる。クラリス、そこについてあざみは怒ってる』

「あざみ……うん、ごめんね」

 

 不信感からの仲間割れを起こすどころかむしろその結束が強まっている事を感じ取り、朧は不快感を露わにしていて地団駄を踏んだ。

 

「何だよこれはっ! どうして怒りを抱かない!? そいつは、お前らを見下してたんだぞ! 自分の力を解放したら傷付くような弱い奴らだって、そう思ってたんだ!」

「違うっ! クラリスは俺達を見下してもいなければ弱い存在とも思っていない! クラリスは、俺達を心配していたんだ。優しい心の持ち主だからこそ、俺達を傷付けたくないとその力を必死に抑えていたんだっ!」

『神山さん……っ!』

『そうです! そんな事も分からないあなたに、クラリスの事を悪く言われたくないっ!』

『思惑が外れて残念だろうがな、アタシらはテメェみたいに上っ面だけで判断する程付き合いが浅くねーんだっ!』

『物事の本質を見極める事が出来ない。それが降魔』

『みんな……ありがとうっ!』

 

 全てを解き放つようにクラリスが感謝を告げると、無限もそれに呼応するようにその全身に霊力をみなぎらせる。クラリスの全身から溢れる霊力を受けての変化であった。

 

「けっ、言ってろ。ここをお前らの墓場にしてやるぜっ!」

 

 その言葉と共に朧の姿が消え、代わりに大量の飛行型降魔と傀儡機兵が出現する。今までにない程の数に息を呑む神山達だったが、そんな中クラリスの無限が一歩前へ歩み出た。

 

「飛行型は私に任せてください」

『クラリス……やれるの?』

「ええ。ただ、私の前に出ないで欲しいんです。神山さん、構わないでしょうか?」

『隊長、どうする?』

『アタシはクラリスに任せていいと思うぜ』

『よし、飛行型はクラリスに任せる! 俺達はクラリスの前方へ出ないようにしながら地上の敵を叩く! 花組の力を朧へ見せてやるんだっ!』

『『『『了解っ!』』』』

 

 そこからのクラリスは凄まじかった。持てる力を解放し、重魔導の威力で飛行型だけでなく地上の傀儡機兵まで巻き込んで片付けて行ったのだ。

 神山達もその凄さに驚きながら、巻き込まれないようにクラリスの前方には近付かないように立ち回る。気付けば、広場を覆い尽くす程いた敵も数える程となり、神山達は改めてクラリスが何故力を使う事を忌避していたかを理解した。

 

 そうして全ての敵を片付け、先へ進もうとした矢先だ。更なる敵が出現する。それは、あの機械の鎧を纏った巨大降魔。

 

「まだ来るのか」

『でも大きくても一体だけ』

『ああ、全員でかかれば……』

『っ!? 待ってっ! 降魔の周囲に飛行型が!』

『それもあんなに沢山……』

「くっ……クラリスは飛行型を頼む! あざみは敵の注意を惹き付けてくれ! さくらはあざみの支援! 初穂は俺と巨大降魔を叩くっ!」

『『『『了解っ!』』』』

 

 先程と大きく変わる事はない。そう考えて誰もが動き、順調に事は運ぶ。クラリスの力で飛行型は次々と撃墜されていき、あざみの素早い動きに敵は翻弄されたところをさくらがしっかりと仕留めていく。

 神山と初穂はその攻撃力を活かして巨大降魔の体勢を大きく崩して絶好機を作り出し、そこへすかさずさくらとクラリスの協力攻撃が炸裂。

 

「さくらさんっ!」

『任せてっ!』

 

 クラリスの放つ光線を切っ先に受け止めて叩き付けるそれが見事に巨大降魔を爆散させた。

 

「よし、これで先へ……っ?! これはっ!?」

『隊長っ! そこから離れてっ!』

 

 突如としてレーダーに出現した複数の反応に驚く神山へ、あざみの切羽詰まった声が聞こえる。その次の瞬間、神山の体が大きく前後させられた。無限が攻撃を受けたのである。

 

「い、今のは……」

『あの砲台だ! んだよ、あの妖力は……』

『あざみにお任せ。狙いをこっちへ集中させるからその間に排除して』

『あざみっ! 待ってっ!』

『さくらさん、私も援護します!』

『ありがとう!』

『アタシも行くっ! 隊長さん、いいよな!』

「ああっ、俺も続くっ!」

 

 妖力で結ばれるように密集している砲台は、時間差攻撃でまずはあざみを狙った。それを何とか回避していくあざみの無限。その間にさくらの三式光武・改が一つの砲台を破壊する。

 

 だが……

 

『えっ!?』

「復活した、だとっ?!」

 

 瞬時に破壊されたはずの砲台が復元され、更に三式光武・改へ攻撃してきたのだ。それは初穂がやってもクラリスがやっても、勿論神山がやっても同じ事だった。

 何度も復元し、その度に攻撃を仕掛けてくるため回避など出来ず反撃されてしまう。しかもそれは攻撃後の無防備な時を狙われるため、大きなダメージとなってしまうのだ。

 

「どうすればいい。どうすればあれを破壊出来る……」

『多分ですけど、同時に破壊するしかないと思います。あの妖力が砲台同士を繋いでいるのは、どこか一つでも残っていれば復活出来るようにしてあるんじゃないでしょうか?』

「成程……。カオルさん、どうなんですか?」

『……分析の結果、クラリスさんの言う通り、あの妖力で砲台同士を繋ぐ事で互いの修復及び復元を行っているようです』

『それを断ち切るには全部の砲台を同時に破壊するしかないで』

 

 二人の報告を聞き神山はどうするべきかと思案する。すると、初穂が申し訳なさそうに口を開いた。

 

『一気に破壊するにしても、アタシじゃ無理だぜ』

『上空にある物はわたしの桜吹雪でも破壊出来ません……』

『私の手裏剣なら砲台全部へ届くけど、同時は難しい』

『そうか。こうなったら、全員で分担して同時攻撃を』

「待ってくださいっ! 私に、私に任せてください!」

『クラリス?』

 

 神山へ強く意見を述べ、クラリスは凛々しい表情で告げる。

 

「私の、重魔導の力を全開放します。それなら一斉に全ての砲台を破壊出来ます!」

『マジかよ……』

『でも、そんな事して大丈夫なの?』

『うん。クラリス、まだ疲れが抜けきってない』

『どうなんだ、クラリス。本当に大丈夫か?』

「はい。それに私は嬉しいんです。みんなが、私の力を受け入れてくれた。いらないと思った力だけど、それでしか守れないモノが、助けられない命があるって分かったから。この力を不幸の力とするのか幸せの力とするのかは、私が決めていいんだって、そう教えてもらったから」

 

 そっと胸を両手で押さえてクラリスは微笑む。その美しい笑みに神山は一瞬ではあるが見惚れてしまった。

 

「だから、私はこの力を幸せの力にします。そして、この力で壊すのは誰かを、みんなを苦しめ困らせる全て。そのために……この力を解放しますっ!」

 

 その声にクラリスの無限が唸りを上げる。高まる霊力を周囲に纏い、同時にその頭上に魔法陣のような物が出現する。

 

「この力で……っ! アルビトル・ダンフェールっ!!」

 

 力ある言葉と共に無数の光弾が砲台目掛け飛んでいく。それらは寸分違わず同じ瞬間に砲台を撃ち抜いていった。

 

 それにより砲台の復元は阻止され、行く手を阻むものは何もなくなった。

 

『凄い……凄いじゃないかクラリスっ!』

 

 その神山の賛辞に何故かクラリスの返事はなかった。

 

『クラリス?』

『どうしたんだよ、おい』

 

 さくらと初穂が疑問符を浮かべるも、あざみだけが何かに気付いて小さく呟いた。

 

『寝息が聞こえる……』

『『『え?』』』

「す~……」

 

 仮眠を取ったとはいえ、元々慢性的な寝不足だった事に加えて初めてのデートに重魔導の使用。そこへきての必殺技でクラリスの体力は底を尽いてしまったのだ。

 その疲れと緊張の糸が切れた事で眠ってしまったと、そう理解した神山は起こすのも不味いと判断、護衛としてさくらと初穂を残して先へ進む事にした。

 

 このままクラリスが起きるまで待っていて、もし同じ事態が起きると不味いと判断したのである。

 さくら達はクラリスが起きるか神山が呼ぶまでその場で待機となり、二機の無限を見送る事となった。

 

『隊長』

「ん?」

 

 その道中、あざみが神山へ声をかける。進軍しながらではあるが、神山はそれを嗜めるつもりはなく、むしろ何だろうと思って声を返す。

 

『クラリスが起きる前に終わらせたい』

「……そうだな。それで寝惚けた顔で勝利のポーズをしてもらおうか」

『……隊長、意外と鬼』

「失礼だな。これでも優しいと思うぞ。本当なら一人だけ除外なんだからな?」

『…………それでも鬼』

 

 そう返すあざみの声には微かな笑みが混ざっていた。それを感じ取って神山も微笑む。だがそんな空気もそこまで。二人の行く手に敵集団が現れたからだ。

 

「あざみ、行くぞっ!」

『了解!』

 

 二人が敵集団へと挑んでいた頃、クラリスの傍で待機しているさくら達は己の内にある焦燥感と戦っていた。

 

『何て言うか、こういうのアタシ苦手なんだよなぁ……』

『初穂らしいね。じっとしてられないんでしょ?』

『ああ。でも、一人でクラリスの護衛ってのは不安だって隊長さんの考えも分かるんだよ』

『そうなると、動きが早くて囮が出来るあざみの方が同行には向いてるもんね』

 

 さくらの言葉に初穂は無言で頷いた。あざみは誰かを守るよりも誰かを支える方が向いている。そう考えれば誰がクラリスの守護をするかは言うまでもなかったのだ。

 幸い今も敵の襲撃はなく、二人はクラリスの無限を前後で挟む形で警戒を続けていた。この会話も油断しているのではなく、リラックスして余計な力を使わないようにしているのである。

 

『それにしても、あのそぼろだったか? あいつがこれを作り出してるんだよな?』

『朧だよ初穂。でも、そうだね。それが?』

『いや、アタシらが最初に閉じ込められた魔幻空間。あれもあいつが作ったのかなって思ってよ』

『……どういう事?』

『ほら、あいつアタシらをまるで初めて見るみたいに見てたじゃねーか。しかも、クラリスが力を出し切ってないのはあの時もだろ? なら、どうして今になって出てきてそれを指摘したんだろうってな』

『えっと、どういう意味?』

『あの時だったら、正直クラリスが今回みたいな態度出来たかって思ったんだよ。絶対クラリスがあれだけ吹っ切れたの、隊長さんのおかげだろ?』

 

 そこでさくらも理解したのだ。最初の魔幻空間をもし朧が作っていれば、今回のように絶対に自分達の前へ姿を見せたはずだと。しかも、クラリスの心の闇を指摘し仲間割れを起こさせたに違いないとも。

 それで思うのは、当然最初の魔幻空間は誰が作り出していたのかと言う事だ。最低でももう一人上級降魔がいるのではないか。そう思ってさくらは息を呑んだ。

 

『初穂、クラリスを起こそうっ!』

『は? どうしたんだよ急に……』

『もし上級降魔がもう一人いたとして、こんな状況見過ごすと思う!?』

『っ……そういう事かよ! よし、クラリスはアタシが起こして連れて行く! さくらは先に隊長さん達と合流しろ!』

『分かった!』

 

 こういう時、神山が来るまで隊長代行をしていた初穂は思い切りが良かった。さくらも返事を返すと同時に三式光武・改を走らせる。要らぬ不安になればいいと思いながら、さくらは湧き上がる不安を押し殺すように急ぐ。

 

(ないと思う。もう一人の上級降魔がここにいるなんて。でも……っ!)

 

 もしそうなら二人だけでは危険過ぎる。そう判断したさくらは追加装甲をそこで脱ぎ捨てた。

 

「ごめんなさい司馬さんっ! ……これならっ!」

 

 追加装甲がなくなった事で機動力を増した三式光武・改は無限に負けない速度で先を進む。その頃、神山とあざみはと言えば……

 

「ひゃ~はっはっは! どうしたどうした? 最初の頃の威勢はどこいったんだ? ん?」

「くっ……あの高度までは無限でも厳しいか」

『周囲の浮遊砲台も厄介……』

 

 朧の駆る荒吐(あらはばき)によって苦戦を強いられていた。常に浮遊している上、その周囲を守るように複数の浮遊砲台が展開されているのだ。

 それらが攻守共に荒吐を支え、神山やあざみの無限ではその弾幕を突破あるいは阻止する事が困難であった。

 

 一度はあざみの必殺技によって全ての浮遊砲台と共に荒吐を墜落させたのだが、そこで仕留め切れず今はそれを危険視した朧に機体をかなりの高さまで移動されてしまい、二人には打つ手が文字通りなくなってしまったのだ。

 

「お前らみたいな蛆虫は、そうやって地面に這いつくばってるのがお似合いだぜ。でも、ま、そろそろ相手すんのも飽きてきたし、ここらで死んどけや」

「っ!?」

『隊長っ!』

 

 浮遊砲台がバラバラに神山の無限を攻撃していく。それを何とか回避していく神山だったが、その攻撃は執拗に無限を追い続ける。

 

「くっ! このままでは……っ!」

 

 機体を必死に動かしながら神山は何とか打開策を考える。このままではいずれ力尽きるからだ。無限がいくら新型とはいえ、今のような酷使を永遠に続けていける訳ではない。

 

 更にここは敵の支配下である。いつ周囲へ降魔や傀儡機兵を出現させるかも分からないのだ。

 

(何か、何かないか? あいつへ攻撃を届かせる術は……あの高度まで無限を届かせるには……)

『隊長っ! 危ないっ!』

 

 その次の瞬間、神山の背後を狙った浮遊砲台をあざみが蹴り壊す。更にあざみは素早く跳び上がるともう一機浮遊砲台を破壊する事に成功する。

 

「ちっ! ちょこまかとっ!」

『当たらない』

「このっ! 生意気なんだってのっ!」

 

 あざみの態度に苛立ったのか、朧は狙いを神山から彼女へ変えて攻撃を開始する。だが、その時あざみの背後を取った浮遊砲台へ何かが飛来して貫いたのだ。

 

「何だっ?!」

 

 地面へ刺さるのは一本の太刀。それを見て神山とあざみは同じ方向へ顔を向ける。そこには桜色の霊子甲冑がいた。

 

『させませんっ!』

「『さくらっ!』」

「おやぁ、他の奴らはどうした? ああ、そっか。見捨ててきたんだな」

『神山さんっ! もうすぐ初穂達も来ますっ!』

「てめぇっ! 俺様を無視するんじゃねえっ!」

 

 三式光武へ狙いをつける浮遊砲台。その高度は無限がギリギリ届く高さだ。ただ、攻撃すれば一つを壊した瞬間に残りの砲台に移動されてしまう。

 

(くそ……無限が飛行出来たら……)

 

 と、そこで神山の脳裏に何かが過ぎる。それは先程のさくらが行った行動。太刀を投擲して浮遊砲台を貫いた攻撃だ。

 

「……そうかっ! あざみ、頼みがあるっ!」

 

 神山からの指示を聞いてあざみは困惑する事もなく頷いた。

 

『任せて』

「頼むぞ!」

 

 神山機から太刀を一振り預かり、あざみは無限を走らせ跳び上がる。浮遊砲台は天宮機を狙い、その場を動かず固定されていた。それを見てあざみは狙い澄ましたように手にした太刀を投擲する。

 その一投は見事に一列に並んでいた浮遊砲台を貫いていき、全ての砲台の破壊に成功したのだ。

 

「なっ……馬鹿なっ!」

『あざみ、凄いっ!』

『まだまだ。さくら、受け取ってっ!』

 

 砲台を全て失った事により、荒吐はその復元に力を使うために高度を落としていく。その下では望月機が三式光武の太刀を拾い天宮機へと放り投げていた。

 

『ありがとうあざみっ!』

「さくら、奴は砲台を復活させるまで無防備になる! そこを狙えっ!」

『はいっ!』

「ち、ちくしょおおおおおおっ!」

 

 さくらの霊力が高まり、三式光武が手にした太刀へそれが集中していく。そしてその力を朧へ叩き付けるかのようにさくらは叫ぶ。

 

「桜吹雪ぃぃぃぃぃっ!」

 

 放たれた霊力の輝きが荒吐へ向かっていき、その機体を包み込もうとした瞬間だった。

 

 突然どこからか飛んできた妖力がそれを弾き飛ばしてしまったのだ。あまりの事に神山達どころか朧さえ驚きで声が出ない中、静かに聞こえる声があった。

 

「失態、だな……朧」

「ちっ、あんたかよ」

(女の人の声……? でも、この声どこかで……)

 

 その場に現れたのは謎の黒い機体だった。それに乗る相手の声が女性らしきものだと感じて、さくらは違和感を覚える。どこかで聞いた事のある気がしたのだ。ただ、それがどこかまで思い出せず、さくらはもやもやとしたものを胸に抱える事となる。

 

 その黒い機体から感じる威圧感は荒吐を超えていた。だが、何故か黒い機体はゆっくりと手にした刀を鞘へ納めると神山達へ背を向けて歩き出した。

 

「何?」

「お、おい、どこ行くんだよ?」

「自分の不始末ぐらい、自分で何とかしろ。それとも、我の力を借りなければそいつらに勝てないか?」

「けっ……わ~ったよ。だがな、さっきのは借りとは思わないからな? 俺は助けてくれなんて言ってねえ」

「……好きにしろ」

 

 興味はないとばかりに吐き捨て黒い機体はその場を去ろうとする。が、その手が刀へ伸びたかと思うと振り向きざまに引き抜いたのだ。

 

『くっ!』

「あざみ、無茶をするなっ! 戻れっ!」

 

 攻撃を弾かれた望月機は何とか着地するとその場で構える。それを見ても黒い機体は不気味に佇むのみだった。

 

『上級降魔、逃がす訳にはいかない』

「逃がす? 何か勘違いしているようだ。むしろ我はお前達を見逃してやっている。それが分からないとは、どうやら力だけでなく頭も足りないようだ」

『……馬鹿にしてっ!』

『あざみっ! ダメっ!』

 

 さくらの制止も聞かず、あざみは再び謎の存在へと攻撃をしかけ……

 

「ふぅ……死に急ぐならそれもいいだろう」

『っ?!』

 

 ため息と共に相手から放たれた殺意に、反射的に機体を急制動すると距離を取ったのだ。

 

「ふむ……勘はいいようだ」

『何、今の……体が、震えてる……?』

「あざみ、今は朧を倒す事を考えるんだ! そいつは相手にするんじゃないっ!」

『あざみっ! 戻ってっ!』

『……了解』

 

 若干震えの残る体であざみは無限の向きを変えると黒い機体から離れていく。それを見送る事もせず、黒い機体はその場から立ち去って行く。

 

「さっきはよくも驚かせてくれたなぁ。たっぷりお礼をしてやるぜ」

 

 その間に荒吐は体勢を立て直してしまい、再び神山達の攻撃が届かない高度まで逃げていた。しかもさくらは先程の攻撃で霊力を使ってしまい、あざみも先程の戦闘で精神的に疲弊してしまったため、戦力はむしろ低下したと言ってもいい状態であった。

 

「覚悟しな。もうお前らに勝ち目なんて欠片も」

「そこまでですっ!」

「あ?」

 

 朧の言葉を遮るように響く凛とした声。更に荒吐へ殺到する光弾の数々。それだけで神山達は悟るのだ。

 

「「帝国華撃団、参上っ!」」

『『『クラリスっ!』』』

「はい、お待たせしました」

『一応アタシもいるっての』

 

 並んで構える緑と赤の無限。その二機の傍へ神山達の機体が集結する。

 

『体の方はもういいのか?』

「多少だるいですけど、戦えない事はありません」

『初穂、お疲れ様』

『まったくだぜ。クラリスが中々起きなくてなぁ』

『でもこれで全員揃った』

『ああっ! 一気に攻め立てるぞっ!』

 

 全員揃った帝国華撃団の前に、既に追い詰められ始めていた荒吐は為す術なく敗北する事となる。

 

 クラリスの攻撃で浮遊砲台は順調に破壊されていき、さくらとあざみもそれに拍車をかけて荒吐を落下させて、そこへ神山と初穂の必殺技が炸裂したのだ。

 

「これで終わったと思うなよぉぉぉぉっ!」

 

 そんな捨て台詞を残して朧は撤退し、魔幻空間は消失した。見慣れた景色へ戻ったのを確認し、神山達は機体から降りるとクラリスへと駆け寄った。

 

「クラリスっ!」

「神山さん……それにみんなも、心配させてごめんなさい」

「ううん、もういいよ。わたしこそ、クラリスの事、最初から信じてあげられなくてごめん」

「アタシもだ。悪い」

「あざみも。ごめんなさい」

「そ、そんな! 頭をあげてください。私こそ、もっと早くさくらさん達を信じて話す事が出来れば良かったんですから」

「でも……」

「そこまで」

 

 このままでは謝罪合戦となると読んだ神山が、やんわりとクラリスとさくらの間へ割って入った。

 

「クラリスの気持ちもさくらの気持ちも分かる。だから、ここまでだ。それに、今言うべきはごめんなさいじゃないだろ? だからその合図をクラリス、お願い出来るか?」

 

 もうそれだけで良かった。神山が何を言っているか。それを全員が理解したのだ。

 

「分かりました。じゃあ、行きますよ? せ~のっ!」

「「「「「勝利のポーズ、決めっ!」」」」」

 

 

 

 夜になり静まり返る帝劇内。神山は地下や一階の見回りを終えて二階へ戻ると、資料室から明かりが漏れている事に気付く。

 

「……まだ誰か起きてるのか?」

 

 時刻は既に午後十時を過ぎている。先程大神も疲れた様子でそろそろ帰ると言っていた事を思い出し、神山は資料室前へ着くと静かにドアを開けた。

 

「……クラリス?」

「え? あっ……神山さん」

 

 そこにいたのは案の定クラリスであった。それも、机の上には書きかけだろう台本まであり、ここで作業をしていた事が分かる。

 

「クラリス、もしかして眠れないのか?」

「あ、あの……どちらかというと寝たくないんです」

「え?」

 

 そこでクラリスが語ったのは、今日あった事を今日中に執筆に反映させたいという事だった。今の自分しか書けないものがある。そう思ってクラリスは食事を終えた後、いつでも寝れる自室ではなく資料室で書き物をしていたのだ。

 

「……気持ちは分かった。でも、夜更かしはあまりオススメ出来ないな」

「あの、日付が変わるまででいいんです。そうなったら、私も諦めて寝ますから」

「ふむ……日付が変わるまで、ね」

「お願いします」

 

 真剣な眼差しのクラリスを見て、神山は諦めるように息を吐くと頷いて資料室を後にする。残されたクラリスは気合を入れ直すように拳を握ると再びペンを手に取った。

 

「よし、やるよクラリッサ」

 

 そうして室内にペンを走らせる音だけが響く。どれぐらいそうしていただろう。気付けばクラリスの耳にサロンにある大時計が十二時を告げる音が微かに聞こえてきた。

 

「……もう終わりかな」

 

 まだ書き上がらないが、それでもかなり進んだ。そう思ってクラリスが椅子に座ったまま伸びをしていると、資料室のドアが静かに開いた。

 

「良かった。まだここにいたか」

「神山さん?」

 

 顔を出したのは神山だった。その片手には何かが入った二つのグラスが置かれた盆がある。彼は空いている手でドアを閉めると、クラリスの前へグラスを一つ置いた。その中身は緑茶であった。

 

「寝る前に飲む物じゃないとは思ったんだけど、生憎これぐらいしか俺には用意出来なくてさ」

「ふふっ、ありがとうございます。嬉しいです」

「そう言ってくれると助かる。じゃ、とりあえずお疲れ様」

「はい、お疲れさまです。まだ終わってないですけどね」

 

 小さく音を立てるグラス。疲れた体に緑茶の苦みが染み渡り、クラリスは少しだけ表情を歪めた。向かいの神山は何事もなく緑茶を美味しそうに飲んでいる。そこに自分との違いを感じ取り、クラリスは苦笑する。

 

(同じ物でも感じ方が違う。当たり前の事なのに、今の私にはそれがとても新鮮に思える。神山さんの事、もっと知りたいからかな?)

(よく分からないが緑茶を嫌がってはいないらしい。そういえば、クラリスの飲み物の好みは何だ? シャオロン達のとこでは水だったし……)

 

 すれ違うようで違わない二人の心。ただ、まだそれはきつく結びつく程ではない。それでもいいのだ。まずは結ぶ事。それこそが始まりなのだから。

 

――神山さん、これから私が書く物、全部最初に読んでくれますか?

――ん? ああ、俺で良ければ喜んで。

――約束ですよ? あと、誰にも言わないでください。

――分かった。俺達の秘密だな。

 

 この夜の出来事まで含めてクラリスのデートは終わりを迎える。二人だけの秘密の約束を交わして。

 

 そんな二人を、その手の中のグラスだけが見つめていた。どこにでもありふれていそうな倖せ。それがやっと手に入った少女の笑みを、その翡翠の液体にそっと映して……。




次回予告

朧を助けた謎の存在。その機体を見て俺は言葉を失った。
それにその相手の声は、俺が忘れるはずもない女性とそっくりだった。
有り得ない。彼女は今もあの仙台の地で静かに眠っているんだぞ。
そんな時帝劇に現れる、まるで綺羅星のようなその存在が帝劇に何をもたらすのか?
次回、新サクラ大戦~異譜~
”トップスタァがやってきた”
太正桜に浪漫の嵐!

――あ、相変わらず情熱的だね……。
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