新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

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少々織姫の出番が多いかもしれませんが、そこはご愛嬌と言う事で一つご容赦を(汗


トップスタァがやってきた 後編

 翌朝、神山はいつも通り雑務を引き受け帝劇内を動き回っていた。が、そんな中スマァトロンが振動した。

 

「……支配人から? 何々……来客があるがしばらく対応出来ないのでその旨の連絡を頼む、か」

 

 依頼された用件のためにロビーへと向かう途中、食堂の入口に中々個性的な格好をした女性が立っているのが見え、神山はきっとその相手が客人だろうと踏んだ。

 

「お客様、恐れ入りますが大神支配人へ御用でしょうか?」

「ん? ああそうだが……君は?」

「申し遅れました。自分はここの関係者の神山と申します。只今支配人は応対出来ないため、応対出来るまでこちらでお待ちいただけますでしょうか?」

「成程。分かった。ではこちらで待たせてもらうよ」

「ありがとうございます」

 

 神山の対応に笑みを浮かべ、女性は窓側の席へと移動して椅子へ腰かける。

 その後、多少会話をした結果、彼女の名は村雨白秋と言う事が分かり、神山もちゃんとした自己紹介をしたところで背後から驚く声が聞こえた。

 

 振り向けばそこには箒を片手に目を見開くさくらの姿があり、神山が一体なんだと小首を傾げた瞬間……

 

「し、師匠……」

「師匠?」

「おや、さくらじゃないか。相変わらず元気そうだね。それに、箒が良く似合っている」

「何ですかそれは! というか、何で師匠がここに?」

 

 これから掃除をしますというさくらへ白秋は楽しそうに笑うと、恥ずかしそうに文句を言いながらさくらがテーブルへと近付いていく。

 それを見た神山は師弟の会話を邪魔してはと、白秋へ一言告げて一礼しその場を後にして仕事へと戻ったのだが、去り際に見たさくらと白秋のどこか嬉しそうな表情に彼も笑みを浮かべた。

 

(さくらの師匠って事は剣術のか。つまり、あの人は腕が立つって事だろう)

 

 そうして神山が雑務をこなしていると、音楽室からピアノの音が聞こえてくる。

 その音色に思わず足を止め、彼は静かに音楽室のドアを開けた。

 

「もしも誰かを~」

 

 そこでは、織姫がピアノを弾きながら歌を唄っていた。その表情はとても楽しげで、今まで見た事がない程の可愛いもの。

 トップスタァではないソレッタ・織姫としての表情に、神山は見惚れ、そのまま彼女が歌い終わるまでその場で立ち尽くした。

 

「……ご静聴どうもでーす。で、何か用ですか?」

「っ!? い、いえ、この前を通りかかったらピアノの音が聞こえてきたので中を覗いたら……」

「のぞきとは感心しませんね~。まさか、モギリさんも体が勝手にとか言ってお風呂、覗いたりしてないですよね?」

「は? 体が勝手に……?」

「忘れてください。ま、いいでしょ。ただ、何かするべき事や言うべき事、ないですか?」

 

 そう苦笑しながら話す織姫へ神山は慌てて拍手と賛辞を送る。それに織姫は満足そうに頷き、そしてどこか楽しそうに笑った。

 その笑顔も神山が初めて見るものだ。子供のような、無垢な笑顔とでも言うべきもの。その笑みに神山は昨日見たアナスタシアの笑顔を思い出した。

 

(もしかしたら、あれはアナスタシアの本当の笑顔なのかもしれないな)

 

 目の前でクスクスと笑う織姫の笑顔を見て、神山はそう思うと笑みを浮かべる。

 そのまましばらくピアノを弾くと言う織姫を残し、神山が仕事へと戻ろうと廊下へ出たところで突然目の前へあざみが現れた。

 

「隊長」

「あ、あざみ……頼むから普通に出てきてくれ」

「ごめんなさい。急いでたから」

 

 どうして急いでいると上から現れるんだ。その言葉をぐっと飲み込み、神山は用件を聞く事に。

 すると、これからアナスタシアへ街を案内するので一緒に来ないかという誘いだった。これには神山も考える。

 

(花組全体の事を考えれば俺も行った方がいい。でも、さくら達役者仲間だけで行く事で公演の役に立つかもしれない)

「隊長、どうしたの? あざみ達とおでかけしたくない?」

 

 即答してもらえると思っていたのか、あざみが不思議そうに小首を傾げる。

 それを見て神山は行かないと言った場合の彼女の反応を想像し、胸が痛くなった。

 

「そんな訳ないじゃないか。ただ、少し待ってくれないか? 引き受けてる仕事があるから、帰ってきてからやるとこまちさん達へ伝えないといけない」

「わかった。じゃあ、ロビーで待ってる」

「ああ」

 

 どこか嬉しそうに答え、あざみはそのままロビーへと向かうのか走り出した。

 その背中を微笑みながら見送り、神山ははたと何かに気付いて呟く。

 

――そこは普通に移動するのか……。

 

 

 

 大勢の人が行き交う中、神山達はその視線を少なからず集めていた。

 今売出し中の帝劇女優達に紛れて世界的トップスタァであるアナスタシアもいるからだ。

 通り過ぎる人達の視線を感じながら、神山はこれはこれでいい宣伝になると思っていた。

 

「さ、さっきからジロジロと見られてますね」

 

 若干気恥ずかしそうにクラリスが告げた言葉にあざみが頷く。

 彼女からしても、ここまで衆目を集める事は今までなかったと記憶していたのだ。

 

「これまではここまで見られなかったのに、どうして?」

「アナスタシアがいるからだろ? ま、アタシらの顔が売れてきたってのもあるかもしれねーけど」

「両方、だといいなぁ」

「心配いらないわ。例え今は私だけだとしても、今度の公演が終わる頃には貴方達も同じようになるから」

 

 希望的観測ではなく断言する辺りにアナスタシアの期待と決意が窺える。

 それを感じ取りさくら達も頷く。そうなってみせると、そう自分へ言い聞かせるように。

 そんな五人を見つめ、神山は織姫の考えをおぼろげにだが察し始めていた。

 

(もしかして、織姫さんはトップスタァのアナスタシアとさくら達の垣根を壊そうとしているのか?)

 

 もし織姫があの挑発をアナスタシアへしなければ、今もアナスタシアは一人で舞台へ打ち込んでいただろう。

 さくら達の事へほとんど口出しする事もせず、最低限の事をしていればいいというスタンスだったかもしれない。

 一方のさくら達もトップスタァであるアナスタシアへ微妙な距離感を持ったままだったろう。特にあざみを除いた三人は、すみれから役者であるからには他人の演技へ口を出すべきでないと教えられている。

 

 それが、織姫と言う五人にとって共通の敵とも言うべき存在のおかげで団結をし始めていた。織姫を何としても自分達の演技で感動させてみせると。

 

「……もしそうなら、あの人にもちゃんと感謝しておかないとな」

 

 すみれがさくら達を役者として自覚させ、織姫がそれをより強く意識させる。

 まさしくかつての花組による導きだ。と、そこで神山は大神のある言葉を思い出す。

 

――今の俺には、もう動かせない。

 

 あれに似た気持ちをすみれ達も持っているのではないかと。今の自分達はもう帝劇の舞台には立てないと。

 だからこそ、今の花組として奮闘する乙女達へ何かしたいと動いているのではないかと。

 

「ここっ! ここがみかづき!」

 

 神山がすみれや織姫の言動の底にあるだろう思いに考えを巡らせている間に、彼らは御菓子処みかづきへ到着していた。

 嬉しそうに店内へ入っていくあざみへ誰もが微笑みながらついていく。

 店内では、商品棚を食い入るように見つめるあざみへひろみがニコニコと笑顔で話しかけていた。

 

「どうだ? 見た目も中々洒落てるだろ?」

「ええ。私の知っているお菓子とは違うのね。……これは、花びら?」

「はいー。餡子で撫子の花びらを作ってあるんですよ~」

「見事ね。これ、一つもらえる?」

「ありがとうございますー」

「おいおい、自分だけで頼む奴があるかよ。ひろみさん、同じの人数分」

「はーい」

 

 ひろみもそうなるだろうと思っていたのだろう。その場を動く事なく待っていたのだ。

 

「ごめんなさい。気が回らなかったわ」

「いいって事さ。誰かとこういう風に買い物した事ないんだろ?」

「……ええ」

 

 一瞬だがアナスタシアの表情が曇るも、すぐにそれを消して彼女は笑みを見せる。

 ただ、それを見ていた神山はアナスタシアの笑顔が偽物のように思えていた。

 

(昨日見せたのと違い過ぎるな……)

「あの、アナスタシアさんってご家族は?」

「……亡くなったわ」

「あっ、その……ごめんなさい」

 

 返ってきた言葉に申し訳なさそうにクラリスが口元を隠す。だが、そんな彼女へアナスタシアは気にするでもなく首を横に振った。

 

「いいのよ。私こそ空気を重くしてごめんなさい。でも、もし悪いと思うなら、クラリスのオススメの場所を教えてくれる?」

「え? あ、はいっ! そんな事でよければ!」

「ありがとう。それで、あざみがオススメのおまんじゅう、だったかしら。それはどれ?」

「これ! 私は十個は食べる!」

 

 あざみの隣へ歩み寄り、少し体をかがめて尋ねる様は姉のように神山には見えた。

 心なしかアナスタシアの表情もあざみといると柔らかいように感じ、神山は先程の会話からその理由を想像する。

 

(妹か弟が、いたんだろうな……)

 

 歳の差的にあざみをそういう風にさくら達も扱っている事を思い出し、神山は何故アナスタシアがあざみの薦めた場所を最初にしたのかを納得していた。

 

 結局まんじゅうを三十(一人辺り五個)購入したところで、荷物になるからと後で取りに来る事をひろみは提案。ならばと預かってもらい、神山達は隣の本屋へ移動してきた。

 

「私のオススメはここです」

「書店ね。新人脚本家のクラリスらしいわ」

「アナスタシアは本を読むの?」

「読むわ。台本を理解するのには、色々な物語を知っておくといいの。それと、知識もね。書かれている言葉の意味が分からないと台詞に説得力が出ないでしょ?」

「……納得です」

 

 さくらの噛み締める言葉に初穂とあざみも深く頷く。彼女達は台本の台詞で知らない事が多く、よく資料室で辞書を片手ににらめっこをしているのだ。

 それを知っているクラリスは苦笑しながら神山へ視線を向けた。

 

「神山さんは戦術書以外はあまり読まないんですよね」

「残念ながら。でも、最近は他に読む物が増えそうだよ」

「増えそう……? ぁ……」

 

 そこで何かに気付いたクラリスが若干照れくさそうに頬を赤め、視線を神山から店内へと移した。

 

「クラリスどうしたの? 何かあった?」

「え、ええ。新刊が出ていたかなと思って」

 

 やや慌て気味に移動するクラリスをさくらが不思議そうに見つめる横では、初穂とあざみは児童書の棚を見ていた。

 

「次の公演は、これにする?」

「いや、さすがに浦島太郎ってのはなぁ」

「どんな話なの?」

 

 そこへアナスタシアが顔を出す。なので初穂が簡単に浦島太郎の内容を教えると、アナスタシアはどこか悲しげな顔をした。

 

「何だか、救いのない話ね。どうしてオトヒメはタロウを帰す時にタマテバコなんて渡したのかしら。開けるなと言うぐらいなら渡す必要はないじゃない」

「そういわれりゃ……」

「きっと、乙姫は浦島太郎が真実を知った時に復讐されるのを恐れた。だから、玉手箱にそう出来ない仕掛けをしておいた」

「……老人になってしまえば海の中へ復讐しようとする気力もなくなる。成程ね。つまり、タロウは騙された」

「待て待て! 浦島太郎をそんなに恐ろしい話に解釈しないでくれ」

 

 黙って聞いていた神山だったが、これには待ったをかけた。

 このままではアナスタシアとあざみによって、おとぎ話が全て現実味のある苦い話にされかねないと思ったのだ。

 

「多分、玉手箱は乙姫なりの気遣いだったんだ。太郎はもう竜宮城へ戻れない。だからと言って誰も知る者がいない時代で生きろというのも辛い。で、そんな状況になった時、人は藁にも縋る思いになる。だから……」

「タマテバコを開ける? でも、それで老人に」

「描かれていない事を想像するなら、それで一気に太郎へそれまでの年月が流れたと思うべきだ。なら、老人になって終わりじゃなく、太郎はそこで何が起きたか分からず眠るように死ねたのかもしれない」

「成程なぁ」

「それなら、開けるなと言って渡した事も分からないでもない。開けるなと言われると、開けたくなる」

「そうね。人間心理を突いた話、かしら。キャプテンの解釈、面白いわ。演技も同じよ。例えば、私がやるオトヒメと初穂がやるオトヒメは違うわ。だから極論を言えば、同じ演目と役者でも配役を変えれば人が呼べるの」

 

 こうして本屋での時間も終わり、次は初穂のオススメする場所へ行く事に。

 

「アタシのオススメは、ここだっ!」

「カフェ……?」

 

 銀六百貨店付近へやってきた神山達は、そこの一角にあるお洒落な店の前にいた。

 アナスタシアはその店構えから何の店かを察したものの、どこか不思議そうだった。

 初穂の性格や格好から寺社仏閣でもオススメされると思っていたのだろう。

 

「な、何だよ。アタシがカフェをオススメしたらおかしいかよ」

「いえ、そうではないの。ただ、初穂も可愛らしいところがあるのね」

「んなっ! い、いいだろ! アタシがカフェでお茶したって」

「ええ。じゃあ、中へ入りましょう」

 

 中へ入るとそれなりに混雑しており、六人で座れるかどうかは微妙だった。

 と、そこであざみが神山を見上げてこう切り出した。

 

「隊長、私、パフェが食べたい」

「え……?」

「あら、なら私はコーヒーでいいわ」

「え?」

「おっ、じゃアタシはカフェオレ」

「えっ?」

「わたしはパフェがいいです、神山さん」

「えっ!?」

「あ、あの、私もパフェを」

「えぇ……」

 

 全ての反応を”え”だけで表現した神山にさくら達は揃って笑い、案内されるままに席へと移動する。

 さすがに五人への神山の奢りはなかったが、彼は食べるつもりのないパフェを頼み、飲み物を頼んだ彼女達へ差し出す事はした。

 

「舞台大成功の前祝いだ。これぐらいしか出来ないが、頑張ってくれ」

「神山さん……っ!」

「おう、初日を楽しみにしてろよ、隊長さん」

「このパフェの事、絶対後悔させない」

「はい。そして、もっと凄いのを御馳走すれば良かったって思わせてみせます」

「キャプテンの気持ち、たしかに受け取ったわ」

 

 こうしてそれぞれがパフェを食べていったのだが、最後の一口分だけ残される。

 それは神山に食べてもらいたいと、五人を代表してアナスタシアがパフェグラスを差し出す。

 

「キャプテンも花組なのでしょ? なら、これはキャプテンの分よ。舞台は私達だけで作る訳じゃないの。モギリも同じ仲間、スタッフなんだから」

「……分かった。なら遠慮なく」

 

 最後の一口を食べ、神山は大きく頷いた。

 

「ありがとう、旨かったよ。俺も、出来る限りの事をする。絶対に今度の公演を俺達の手で大成功させよう」

 

 その言葉に五人も大きく頷き、次はさくらのオススメする場所へ。

 

「散歩にはちょうどいいと思います。わたし、ここで剣の練習をする事もあるんです」

「良い場所ね。たしかに散歩するにはうってつけかもしれない」

 

 ミカサ記念公園へとやってきた神山達。時刻も昼時を過ぎつつあり、人々の姿も多い。

 そんな中、神山は警戒するように全体を見回していた。以前あったような事が起きる事のないように子供達へ目を光らせていたのだ。

 

(どうやら今回はあんな事が起きそうにはないな)

 

 今いる子供は皆親と一緒にいて、しかも帽子を押さえているのだ。

 実は、あの時の事件が翌日の新聞の片隅へ載ったのである。

 更に子を持つ親たちへ人づてでも情報が流れた事により、ミカサ記念公園で遊ぶ際は飛ばされない帽子をかぶるか片手で押さえるようにと、きつく子供達は言い聞かされていたのであった。

 

「それにしてもいい天気です。こんな日は外で読書も良さそう」

「芝生に寝転がってお昼寝」

「おっ、アタシもそれに賛成」

「もうっ、初穂ったら。アナスタシアさんはどうです?」

「私は……ただ風を感じて海を眺める、かしら」

「いいんじゃないか? 俺も昔はよくそうしたもんだよ」

 

 海軍出身の神山からすれば、潮風は少し前はむしろ日常だった。

 それが今では陸上が常。それが嫌ではないが、どこか海の上を懐かしく思う事がない訳ではない。

 

「そうなの? キャプテンは海近くの生まれ?」

「いや違う。俺はこう見えても海軍出身なんだ。つい数か月前まで海の上で生活してたようなものさ」

「軍人なのね」

「ああ。とはいえ、俺も大神支配人と同じだよ」

「同じ?」

 

 どういう意味だと、そう思っての問いかけに神山は確固たる信念をもってこう答えた。

 

「軍人だろうとなかろうと、守りたいものはこんな日常だ。この街を、人々を、時間を、平和というものを守るために俺は出来る限りの事をしていくつもりだ。軍人だからじゃない。人として、ってところかな」

 

 華撃団へ入って大神と直接会話したからこそ、神山は人として大事なものをはっきりと理解したのだ。

 軍人であろうと、下された命令が平和を壊し人々を苦しめるのなら、それにただ従ってはいけない。可能な範囲で抗い、あるいは撤回を求め、それも叶わぬ時は人としての良心に従うべきなのだと。

 

 それは軍人としては間違っているのだろう。だが、神山の根底にあるのが幼い日の約束からの気持ちであれば、それがむしろ正しいと言えた。

 その眩しさを見せられ、アナスタシアは微かに目を細めた。そして何を思ったのか、こんな事を尋ねたのである。

 

「……じゃあ、もし誰かが自分のために多くの人達を犠牲にしようとしているとしたら?」

 

 神山の反応を窺いながらのそれは、よくある質問と言えた。

 だが、この時の神山はこの質問に大きな意味が隠されているとは知らなかった。

 それでも答えは決まっていたのだが。

 

「止めるさ。ただ、もしその相手を別の方法で助けられるなら手を差し伸べたい。悪だからと斬り捨てるだけじゃなく、どうして悪となったのかを知り、またその相手が望まないでも悪の道を選ぶしかなかったとすれば、俺はその相手の力になりたい」

「望まないでも、ね。望んだら?」

「そうだな。自分で望んで悪となったら、か。でも、そこには理由があるはずだ。その理由次第、ってとこだろうな」

 

 海を見つめたままそう告げる神山の横顔を、アナスタシアは意外そうに見つめていた。

 神山は一度として顔を動かす事無く、大海原へ顔を向けたまま凛々しい表情をしていたのだ。

 

「……キャプテンは強いのね」

「強くないさ。強くあろうとは、思っているけどな」

 

 そう返して神山はやっとアナスタシアへ顔を向ける。

 

「舞台の上の君と同じさ」

「舞台の上の……?」

「ああ。舞台上では、君はきっと誰よりも強い心を持っているはずだ。俺はさ、ずっと強い人間なんていないんじゃないかと思うんだ。人は、本当に強くなきゃいけない時に強くなれるだけなんじゃないかって」

 

 あの初陣の際に見たさくらの姿。それが神山のその言葉の出発点だ。

 常に強いなんてのは無理だ。だから、強くなければいけない時ぐらいは強くありたい。

 そう思って今の神山は生きている。そんな彼の考え方にアナスタシアは軽い驚きを見せ、顔を伏せると小さく笑った。

 

「ふふっ、キャプテンは本当に強いわ。でも、そうじゃないときっと華撃団の隊長にはなれないのね」

「俺が強いんだとしたら、それはみんなが強くしてくれているんだと思う」

「みんな?」

「そう。さくら達が俺を隊長として信頼してくれているから、それに応えたいと思って強くあれる」

「そういう事……」

 

 理解出来たと笑みを浮かべ、アナスタシアがその場から動こうとしたところで……

 

「そのみんなの中には君もいるって事、忘れないでくれ、アナスタシア」

 

 と神山が告げたのだ。

 思わず振り返ったアナスタシアへ神山は優しい表情を見せて頷いた。

 そして彼はどこか茫然としているアナスタシアの横を通り過ぎると、いつの間にか離れた所で次はどこを案内するか話しているさくら達の近くへと歩いて行く。

 

「……みんなの中に私もいる、か。キャプテン、貴方は私の真実(ホント)を知っても受け止めてくれるのかしら……」

 

 その何かを悔やむような呟きは、誰に聞かれる事もなく潮風に乗って空へと消える。

 

「アナスタシアさ~んっ!」

「そろそろ次の場所へ行こうぜ~っ!」

「次は神山さんオススメの場所ですよ~っ!」

「お昼ごは~んっ!」

「置いてくぞ~っ!」

 

 聞こえてくる声に思わず笑みを浮かべ、アナスタシアは少しだけ速度を上げて歩き出す。

 

「今行くわ」

 

 自分へ笑顔を咲かせる五つの花へ、アナスタシアも笑顔を咲かせて応じる。

 そうして六人が訪れたのは上海華撃団の拠点である神龍軒だった。

 

「うそぉ……帝劇の追加人員があのアナスタシアって……。しかもしかもっ! あのソレッタ・織姫さんがゲスト出演の舞台とか見るしかないっ!」

「さすがは大神司令だな。世界的トップスタァを二人も呼んじまうとは……」

 

 昼時の忙しい時間を過ぎた事に加えて店内に誰もいなかった事もあり、シャオロンとユイは神山達を見るや休憩中の札を出して六人分の料理を並べると、渡されたチラシを二人して眺めて唸る。

 

 神山達はそんな二人へ取り合う前にテーブルの上の料理の数々にご満悦となっていた。

 神山とクラリスが訪れた翌日、あのデートを尾行していた三人もここを訪れて昼食を取っていたのだ。

 それ以来、初穂はちょくちょくここを訪れて常連となりつつあった。

 

「はぁ~……美味しいです~」

「あの時も思いましたけど、本当にシャオロンさんの料理は素晴らしいですね……」

「はぐっはぐっ……かぁ~、やっぱここの飯は最高だなっ!」

 

 初穂の言葉に口の中一杯に料理を入れてあざみが頷く。

 まるでハムスターのようなその顔に思わずアナスタシアが微笑んだ。

 

「あざみ、食べ過ぎじゃない? 急がなくていいから落ち着いて食べたら?」

「……ごくん。ダメ。中華は熱い内に食べないといけないって言われた」

「おう、その通りだ。でも、ま、慌て過ぎるのも良くないからな。心配しなくても俺の作った料理はそう簡単に冷めないからよ。程々の速度で食え」

「分かった。そうする」

 

 心なしかあざみへ優しいシャオロンに神山は不思議そうな表情を向ける。

 明らかにさくら達とは扱いが違うのだ。

 

「なぁ、気のせいかお前、あざみには優しくないか?」

「当たり前だろ。こんな歳で華撃団の隊員してんだ。子供じゃないって言うかもしれないが、大人じゃないだろ。なら子供だ。俺は、子供には何があっても優しくするって決めてんだ」

「あざみは子供じゃない」

「そうやって言い返す内は子供なんだよ。どうせその内嫌でも大人になるんだ。子供扱いされる内は素直にそうされとけ。それが、そうされなくなった俺からの助言だ」

「……納得いかないけど分かった。美味しいご飯を作る人は偉い」

「よく分かってるじゃないか。よし、今日の俺は気分がいい。おまけに桃まんも出してやる。少し待ってろ」

「桃まん?」

 

 腕まくりして厨房へ向かうシャオロンを見送りながら首を傾げるあざみ。

 そんな彼女へユイが桃まんについて説明をする。とは言っても、桃の形をした饅頭だ。

 ただ、この場合その饅頭である事があざみの心には大きく刺さった。

 

「おまんじゅう?」

「そ。蒸かし立ては熱いけど美味しいんだから」

「蒸かし立てっ!?」

「うん。まぁ、その分ちょーっと時間かかるけどね」

 

 目をキラキラさせるあざみへユイは微笑ましいものを感じたのだろう。そっとその頭へ手を置いて優しく撫でたのだ。

 

「だから、少し待っててね」

「……うん!」

 

 やり取りだけ見れば姉妹にも見えただろう光景に、神山だけでなくさくら達も笑みを浮かべていた。

 

「あっ、そうだ。聞いたよ神山。上級降魔、二体いるんだってね」

 

 が、そんな空気もその一言で終わる。

 

 実は帝都の防衛は、今や完全に帝国華撃団の受け持ちとなっていた。

 無限の配備と隊員数の増加。何よりその力を目の前で見た事により、シャオロン達は自分達が今までのように率先して動く必要はないと判断したのだ。

 とはいえ、現在上級降魔が確認されている帝都を放置するのも忍びない。そういう理由で今も二人はここに留まっていた。

 

「そうなんです。しかも、その内の一体はとても恐ろしい程の強さを持っているようで……」

「ようでって、どういう事だよ?」

 

 すかさず厨房から聞いていただろうシャオロンが口を挟む。

 その前には蒸し器が置かれており、きっと中に桃まんを入れたのだろう。微かではあるが湯気が宙に残っていた。

 それとあざみが輝くような眼差しで蒸し器を見つめていたのだ。ここまで揃えばまず間違いないと言える。

 

 そんな状況に内心で苦笑しながら神山は話を続けた。

 

「実際に相対したのはあざみだけなんだが、俺やさくらも見るだけで感じたんだ。途轍もない威圧感を」

「そうなの?」

「そうなんだ。この前は撤退してくれたから朧を撃退出来たけど、もし共闘されてたら……」

「きっと、負けてた。それぐらいあの黒い奴は強い」

 

 きつく拳を握るあざみ。今も彼女は思い出せるのだ。あの時ぶつけられた殺意を。

 これまでも何度か任務として危ない事は経験している。それでも、あれ程の濃密な殺意は感じた事はおろか出す相手に出会った事もなかったのである。

 

「アタシらは色々あってそいつを見てないんだけどさ。それでも、後で映像を見せられて思った。あいつは、何かが違う」

「何かが違う?」

「はい。その、もう一人の方は私達をいたぶって楽しむとか、感情のようなものが見えたんですが、そちらは感情がまったくないんです。例えるなら、深い闇みたいな」

「深い闇、か……」

 

 そこでユイがシャオロンを見る。するとシャオロンも小さく頷いて神山達へ真剣な表情を向けた。

 

「いいか? 今から言うのは独り言だ」

 

 そう前置いてシャオロンが語ったのは、彼が上海華撃団本部にいる華撃団全体の開発関係をしている人間から聞いた話だった。

 謎の黒い機体について彼女は大神から意見を求められたらしく、それがかつて帝都を襲った機体を意識して作られた可能性を指摘したのだ。

 更に、上級降魔が二体もいる事から相手の狙いは十年前に封印された降魔皇の復活だと断言し、そのために帝都の霊脈を乱そうとしているかもしれないとも告げたのである。

 

「で、俺とユイへ紅蘭さんは言ったんだ。もしもの時は帝国華撃団を助けてやれってな」

「降魔皇の封印は簡単には解けないだろうけど、絶対じゃない。もしあの時の戦いで受けた傷が完治していれば、現存する華撃団全員で挑んでも再封印は難しいだろうって」

「どうしてですか? たしかに俺達は大神司令達よりも未熟ですが、だからと言ってその数はあの頃よりも多くなっているし、機体だって」

「触媒体質、って知ってるか?」

 

 神山の言葉を遮ったのはシャオロンの言葉だった。

 その聞き慣れない単語に神山達は揃って首を横に振る。

 

「これは、大神司令から聞いた話だ。何でも司令と紐育華撃団の隊長だった人は、触媒体質って言って、各隊員の霊力を増幅する事が出来たらしい」

「何だって?」

「あの十年前の戦いで、二人はその体質を使って三つの華撃団の霊力を増幅、そこまでした状態でも痛手を負わせるのがやっとだった。分かるか? 今の華撃団は数だけなら十年前よりも多い。だけど、きっとその総合力や爆発力はまだあの頃の司令達に負けてるんだよ」

 

 悔しげなシャオロンの言葉に神山は大神が以前言いよどんだ事を思い出していた。

 あの時大神が言いたかったのはこれだったのだろうと。

 数が多いだけではダメなのだ。その多くなった華撃団の力を一つに合わせて束ねられる存在。

 それがいない限り、今の華撃団体制でも降魔皇を倒す事は難しいのだと、そう神山は感じた。

 

「一応、今の華撃団隊長はその触媒体質を有していると思われてるそうだ。ただ、俺達もだし、伯林や倫敦なんかもだが、かつての三華撃団のように総力を結集して戦うような相手と出会ってない」

「紅蘭さんの話じゃ、昔の花組や巴里華撃団もそういう相手と戦っていく内に強くなっていったんだって」

「そういう意味でも、俺達はまだ本当の意味で華撃団とは言えないのさ」

 

 そこで蒸し器から蒸気が噴き出し、シャオロンが慌てて蓋を取って中を見た。

 

「……話が長くなっちまったな。ま、おかげで待ち時間も苦じゃなかったろ。ユイ、持ってけ」

「はーい」

「シャオロン、貴重な話に感謝するよ。俺は、まだ司令とそこまで深い話をしていないからな」

「しても無理だと思うぜ。俺だってさっきの話は偶然から聞けたんだ」

「偶然?」

 

 一体何だろうと思ってシャオロンを見つめる神山だが、もう彼は詳しい話をするつもりはないとばかりに背を向ける。

 ただ、ユイだけが何かを知っているように苦笑していた。

 

 そしてテーブルの上に桃まんが置かれ、再びシャオロンがテーブル近くまで歩いてくる。

 

「とにかくだ。もう帝都の守りはお前らに戻ってる。ただ、手が足りなかったり危ない時は遠慮なく俺達を頼れ」

「私達も同じ華撃団だからね。まぁ、多分神山からじゃなく大神司令から要請が来ると思うけど」

「ありがとう。可能な限り頼らないように頑張るが、もしその力を必要とする時はよろしく頼む」

「おう」

 

 向け合う笑みは、信頼の証。初対面時は睨み合った二人が、互いの事を少しだけ好意的に受け入れ合った瞬間だった。

 

 その後、代金を支払い感謝を述べて神山達は店を後にすると、まずみかづきへ寄ってから帝劇へと戻った。

 そしてさくら達は食後の運動がてら舞台稽古を開始。神山も外出前にやっていた仕事を再開させ、忙しく動き始める。

 揃って三時のおやつであるみかづきの和菓子を楽しみにしながら。

 

 そうやって神山達が動く中、微笑ましく舞台を眺める者がいた。織姫だ。

 彼女は二階客席から舞台で稽古するさくら達を観察する事で、揃って稽古せずとも彼女達の変化や成長をしっかり確認し、またその間や空気感なども感じ取っていたのだ。

 

「……たった二日でこれですか。どうやらあの頃の私やレニよりは癖がないみたいですね」

「どうだろうね。ただ彼女達の協調性があの頃の二人より高いだけじゃないかな?」

 

 突然背後から聞こえた声に織姫は驚く事なく笑みを浮かべた。

 その声の主は静かに織姫の近くへ歩み寄ると、そこから舞台を眺める。

 そこでは、さくら達が真剣に稽古をしていた。

 

「……まだちゃんと触れ合ってないみたいだけど、今の花組はどうだい?」

「まだまだ、ですね。でも、アーニャが入っていいカンジになってきました。さくらさん達から聞いた時の巴里花組よりはマシじゃないですかね?」

「それは手厳しいな。あの頃のエリカ君達は協調性が欠けていた頃だしね」

 

 そこからしばらく会話はなかった。二人は無言のまま舞台を見つめる。

 だけど、その目はさくら達を見ているようで見ていなかった。

 彼らが見ているのは、かつての景色。もう二度と戻らない失われた時間だった。

 

(思い出すな、あの頃を。さくら君が、すみれ君が、マリアが、アイリスが、紅蘭が、カンナが、織姫君が、レニがいた、あの頃を……)

(夢の続き。そう唄った時からどれだけの時が流れたですかね? 悲しいけれど、夢の続きはなくなってしまいました。でも、代わりに夢を継いでくれる子達はいます)

 

 八人の乙女達が歌い踊った時間。それを見守った一人の青年と、多くの者達。それが紡いだ物語は、残念ながら悲しい結末となってしまったかもしれない。

 だが、終わった訳ではない。その悲しみを笑顔へ変えられるようにと、今眩しく咲いている新しい花たちが二人の目の前にいるのだから。

 

「織姫君、初日にはすみれ君が観劇に来るよ」

「すみれさんが……それは気合が入りまーす」

 

 自分こそが帝劇のトップスタァと自称し続けたすみれ。織姫も今なら断言出来るのだ。

 あの頃の帝劇でトップスタァと言えば、本当に神崎すみれだったと。だからこそ、その引退公演は凄かった。誰もが笑顔になり、感動し、涙したのだ。

 

 が、そこでふと織姫は思い出す事があった。それは、十年前のあの日、真宮寺さくらに起きた出来事で落ち込む大神へ告げた言葉。

 

「中尉さん、あの時の話、まだ覚えてますか? 私、まだ本気ですよ」

「織姫君……」

 

 告げられた言葉に大神の顔が驚きに変わる。そう、その話とは結婚出来ないのならせめて子供だけでもと織姫が彼へ迫った事だ。

 

「グリシーヌも諦めてないみたいですし、どうですか? 本音を言えば旦那さんになって欲しいですけど、イタリア暮らしは無理ですからね~」

「ぐ、グリシーヌもまだなのか……。何というか、貴族っていうのは器が広いなぁ」

「少し違いますね」

「え?」

 

 ふわりと香る薔薇の匂い。それに大神が気付いた時には織姫の体が彼と密着していた。

 

「アナタが本気で好きだから、ですよ」

「っ……」

 

 耳元で囁かれる蠱惑的な言葉。演技ではなく、本気の想いで告げられる内容はこの上なく熱くて激しい求めだ。

 きっと、かつての大神であったら抱き締めてしまっていただろう行動。不自然でないぐらいに女を意識させる距離とくっつき方。全てが、織姫なりの最大のアプローチであった。

 

「……嬉しいよ、織姫君。君のような美女にそこまで思われて」

 

 それでも、大神は受け入れる事は出来なかった。ただ、織姫の体を引き離す事もしない。そこに大神の複雑な心境が滲み出ていた。

 

「だけど、もしここで俺が君を抱き締め、関係を持ってしまえば、きっと君は自分を責める。そして二度とさくら君達と顔を合わす事はしないだろう。それが、俺は嫌なんだ」

「中尉さん……」

「それに、そんな事を考えずに君を抱くような男なら、きっと俺は君にここまで思われなかったはずだ。違うかい?」

 

 その言葉に織姫は目を閉じると静かに首を横に振った。だが、その後でこう微笑みながら告げるのだ。

 

――それでも、今だけは抱き締めて欲しかった。やっぱり中尉さんは女心が分かっていませんね。

 

 その頬に綺麗な雫を流しながら……。

 

 

 

 そして迎えた公演前日。遂に織姫がさくら達と通し稽古へ復帰する。

 そこでさくら達は初日とは変わった自分達を織姫へと見せた。役を演じるのではなく、役そのものとなっているそれに織姫も応じ、稽古は一度として止まる事なく最後まで流れていく。

 

「エレン、本当に、本当にいいの?」

「ええ、もういい。一つ良い事を教えてあげるよサラ。女はね、惚れた男よりも惚れてくれる男と一緒になる方が幸せになるってね。あたしより愛する女がいるような男、こっちから願い下げだよ」

「エレン……ありがとう」

 

 噛み締めるようなさくらの言葉に織姫は何も言わず、たた背を向けて舞台から袖へと去っていく。

 そこへアナスタシアが現れ、さくらを見つけるなり駆け寄るとその体を強く抱き締めた。

 

「サラっ!」

「トーマス……」

「良かった。ずっと探していたんだ。僕は、やっと分かったんだ。僕は誰を一番愛しているか。君だ、君だったんだよサラ! 僕は、君を一番愛してるっ!」

「トーマス……っ!」

 

 強く抱き合う二人。そして少しするとその顔が近付いていき、キスするかどうかと言うところで幕が落ち切った。

 

「完璧ですっ! さくらさんもアナスタシアさんも、最高ですっ!」

「これなら文句ないだろ。どうなんだ、織姫さん」

「そうですね~。まっ、まあまあってカンジ」

 

 まだ合格とは言えない。そう言外に告げて織姫は視線を初穂からさくらへと向けた。

 

「さくら、今の感じを忘れないでください。それを基本に、もっと感情を高ぶらせるんです。今のじゃ、まだ足りません」

「今のじゃ、足りない……」

「小休憩したらもう一度です。それまでに私の言葉の意味、しっかり考えておいてくださーい」

 

 さくらへそう告げて織姫は舞台から去っていく。その背中を見送り、あざみは小さく頷いた。

 

「あと少し」

「あら、どうしてそう思うの?」

「だって、織姫はさくらへ助言した。それぐらい、今のさくらに織姫は期待してる」

「え?」

「おおっ、そういう事か。たしかに言われてみりゃそうかもな」

「きっとそうですよ。すみれさんが言ってくれた事、思い出してください。基本役者は相手の演技へ口出ししない。なのに、織姫さんはそれをした」

「……それぐらい、わたしのお芝居が惜しいって事?」

 

 その問いかけにアナスタシア以外が揃って頷く。そんな反応にさくらは驚き、すぐにアナスタシアへ顔を向けた。

 すると、彼女も微笑みながら頷いたのだ。それにさくらは大きく驚きの声を上げて狼狽え始めた。

 

 何せトップスタァから直々の期待である。どうすればいいのかとあたふたし始めたのだ。

 

 と、そこへ神山が顔を出した。その手には人数分のグラスとやかんが載った盆がある。

 

「お疲れ様。どうだ? 少し休憩を」

「神山さ~んっ! わたし、わたしどうしたらいいんですかぁ~!」

「な、何だ? 何があった?」

 

 泣き笑いの表情で迫ってくるさくらに動揺する神山だったが、その事情を聞いて納得すると、彼にしては珍しく効果的な助言を与えたのだ。

 

「さくら、好きな男はいるか?」

「うぇっ?! そ、それは……」

「もしいるのなら、アナスタシアをその相手と仮定して演技すればいい。もしくは、その時の気持ちがサラの気持ちなんだって」

「わたしの気持ちが……サラの気持ち……」

「ああ。たしかにさくらとサラは別人で考え方とか生き方も違うだろうけど、多分好きな男への想いや感情は似てるはずだろ? 体験出来ない事は想像するしかないけど、そうじゃないなら基本は自分自身でいいんじゃないか? それがどう違うのか。どこまで同じなのかも、演技を決める上で大事な気がするぞ?」

 

 その瞬間、さくらはあの夜に織姫に言われた言葉を思い出した。

 

――さっきの表情、とても良かったですよ。ただ、あれがアーニャとでも出来るなら、ですけど。

(そっか……。あれは、わたしの失敗を指摘した訳じゃないんだ。わたしとしての反応がサラとしても合ってるよって、そういう意味だったんだ……)

 

 答えは得た。そう思ってさくらが頷くと、目の前へ麦茶の入ったグラスが差し出される。

 

「どうやら悩みは消えたらしいな。じゃあ、これを飲んでもうひと頑張りだ」

「はいっ!」

 

 その元気な明るい返事に初穂達が笑みを浮かべる。そんな中、一人アナスタシアだけが少しだけ悔しげな顔をしていた。

 

(織姫さんはさくらへ強い期待をしている。それはきっとあの子の成長度と集中力をかってるんだわ。私には、その余地がないって事かしら……)

 

 ここでさくらを羨むのではなく己の力不足へ心を向けるのが、アナスタシアがトップスタァである所以なのだ。

 そして、勿論彼女が世界に名だたるトップスタァになれたのはそれだけではない。

 

「キャプテン、私の分はちょっと置いといてくれる?」

「いいけど、どうかしたのか?」

「少しね」

 

 それだけ告げアナスタシアは舞台から去る。その背を見送り、神山達は顔を見合わせた。

 

「何か、さっきのアナスタシア、雰囲気違ったな」

「ええ、どこか凛々しいと言いますか……」

「何かを覚悟したって感じだったな」

「織姫さんを追い駆けたんでしょうか?」

「多分そうだと思う」

 

 そうやって五人が予想した通り、アナスタシアは音楽室で織姫と対峙していた。

 

「どうしたですか、アーニャ」

「どうしたも何もないわ。織姫さん、正直に聞かせて欲しいの。私に足りないものは何?」

 

 単刀直入。普通に考えればトップスタァとしての誇りが許さない問いかけだ。

 きっとすみれならしないだろうと織姫は思いつつ、その目を細める。

 

「足りないって、アーニャの慎みですか?」

「ふざけないで。女優としてよ」

「……自分ではどう思うですか?」

 

 アナスタシアの声が真剣な音色である事に織姫は小さく苦笑するとそう問い返す。

 正直言えば織姫から見てアナスタシアに足りないところなどない。ただし、それは女優として見た場合だ。

 女性として、人間として見た場合はいくつかない訳ではない。ただ、それが男性や別の人間が見れば美点になる事もあるので口にはしないだけである。

 

 それを隠して織姫はそう問い返したのだ。

 

「ないわ。だからこそ聞いてるの。私は、良い舞台を作りたい。見に来る人達が心を動かし、時々思い出してくれるような、そんな時間を作りたいの。そのためなら何だってするわ」

「…………トップスタァのプライドさえも捨てて?」

「そんなものが良い舞台を作るのに邪魔ならいつでも私は投げ捨てられる。私が欲しいのはトップスタァなんて呼び名じゃない。今言ったように良い舞台を作る事なの。見た人達が喜んでくれる事なのよ」

 

 その宣言に織姫は思わず目を見開くと静かに目を閉じ、ややあってから拍手をしていた。それはからかいでもなければ皮肉でもない。正真正銘本心から感心したのである。

 

「お見事でーす。そこまで言い切れる人は中々いません。なら、一言だけ」

「何?」

「今のアーニャに足りないものはありません。ただ、気付いていないものはありますね」

「気付いていない? 足りないのではなくて?」

「そうです。もう今のアーニャにはありますけど、私が望む事には気付いてないですね。それだけです」

 

 それだけ告げると織姫はピアノを奏で始めた。その曲はアナスタシアには分からない。

 だが、ここに大神がいれば、いやかつての帝劇の人間ならば分かっただろう。

 それは、かつて聖夜に響き渡った女神と天使の奏でた福音。曲名通り奇跡を告げる鐘だったのだから。

 

「アーニャ、その舞台にかける気持ちのほんの少しでいいです。ほんの少しだけでいいですから、もっと仲間の、モギリさん達の事を思ってください」

「キャプテン達の事……?」

「良い舞台を作りたい。それは立派です。だけど、それだけじゃダメなんです」

「それだけじゃダメ?」

「まず仲間があって、その仲間達と一緒に暮らして、仲良くなって、ケンカや言い争いなんかもして、家族みたいになって良い舞台を、時間を作るんです。ここは、私にとってもう一つの家でした。そして、それはきっと他のみんなも同じだったはずです」

 

 家族に家。そう言われた時、アナスタシアの顔に強い驚きと同時に微かな悲しみが浮かぶ。

 それに気付かぬまま織姫はピアノを弾き続ける。その脳裏には、あの聖夜の思い出が甦っていた。

 

「アーニャ、今まで貴方は色々な場所で女優として渡り歩いてきました。でも、ここは通過点じゃありません。余程がない限り、ここがアーニャの終着点です」

「ここが、私の終着点……」

「私は、昔ここへ来た時、通過点にするつもりでした。いえ、終着点なんて思っていませんでした。だけど、いつしか終着点でいいかもしれないって、そう思い出してました。なのに、運命って酷いものです。そう思っていたら、ここを無理矢理通過点にさせられました」

 

 そこでピアノの音が止まる。室内に沈黙が訪れた。

 織姫の顔は何もない場所を見つめている。正確には、脳内に甦っている光景を見つめているのだ。

 

「アーニャにも、そのうち分かります。ここは、とても温かくて優しい大切な場所になるって」

「……そう。先に戻っているわ」

 

 もう話は終わっただろうと、そう判断しアナスタシアは織姫へ背を向けて歩き出す。

 

「ほんの少し、ほんの少しでいいです。誰かを、仲間の事を思ってください」

 

 アナスタシアの足が一瞬止まるも、すぐに動き始めてドアが開く。そしてそのまま彼女は音楽室を出て行った。

 

 その閉まったドアを見つめ、織姫は誰にでもなく呟く。

 

――良い舞台を作りたいなら、もっと周囲へ目を向ける事ですよ、アーニャ……。

 

 

 

 小休憩を挟んで再開された通し稽古でアナスタシアは本番さながらの熱演を見せた。

 その熱気はさくら達へも伝わり、客席で見学していた神山が思わず息を呑む程である。

 ただ織姫だけが何も変わらず、アナスタシアの芝居を冷静な眼差しで見つめていた。

 

「アナスタシアさん、少しいいですか?」

「……何かしら?」

 

 残すはラストシーンだけとなったところでクラリスが声をかける。何もミスはないはずと内心疑問を浮かべるアナスタシアだったが、クラリスが告げたのは彼女の想像の外からの意見だった。

 

「その、言い難いんですけど、お芝居に自分が自分がって印象が強いんです。帝劇での初主演だからそう思うのは当然ですし、まったくないのも困るんですけど、さっきの通しよりもそれがより強くなってしまったようなので……」

 

 その指摘にアナスタシアは思わず息を呑んだ。織姫に言われた事はこれだったと気付いたのだ。

 

(私は、知らず知らずの内に独りよがりの舞台になっていたの? だから織姫さんは私にさくら達の事を思えと言った?)

 

 足りないのではなく気付いていない。それは周囲との演技のバランス。そうアナスタシアは理解した。

 舞台とは一人で作るものではない。それはアナスタシアも分かっていた。

 だが、どうやら自分はそのバランスを間違え始めていたらしいと、そうアナスタシアは思ったのだ。

 

 しかし、そのやり取りを聞いて織姫が待ったをかけた。

 

「それは少し違いまーす。さくら、貴方のお芝居がアーニャに負けてるんでーす」

「わ、わたしのお芝居が?」

「そうでーす」

 

 どこか苦い顔でそう告げ、織姫は周囲へ聞こえるように凛々しい表情を見せた。

 

「私、言いました。今のままじゃ足りないって。アーニャの熱量にさくらが負けてるからアーニャが浮いて見えるんです。しかも、今のアーニャは余計熱を上げました。だからさくら、もっと熱量を上げてください。初穂達もです。このままじゃアーニャが熱を落とさないといけなくなります。それは、舞台の質を落とすのと同じ事です」

 

 一人一人の顔を見つめ、言い聞かせるように織姫は言葉を紡ぐ。

 良い舞台とは、演者全員が最大の熱量をぶつけ合う事で生まれる。それはただ感情を高ぶらせればいい訳ではない。

 静かにでも激しく燃え盛る事は出来る。自分の役が感情を発露しない役でも、その内側の熱量を決して落とすな。そう織姫は告げて、最後にアナスタシアへ向けてこう締め括る。

 

「言ったでしょ。足りないじゃなくて気付いてないって」

「……ええ、本当だわ。私は自分の事しか見てなかった」

「それに気付けたのなら大丈夫でーす。じゃ、とりあえず続きを」

 

 その瞬間警報が鳴り響く。瞬時に走り出すさくら達。一人織姫だけが舞台に残された。

 

「……これが今の私、ですか」

 

 かつてであればさくら達のように真っ先に走り出し、作戦司令室へ向かっただろう。それが、今では警報を聞いても慌てる事もなければ狼狽える事もない。ただただ、悔しさと虚しさを覚えるだけ。

 

 織姫が一人複雑な心境で舞台から動き始めた頃、神山達は作戦司令室で大神から敵の出現地点を聞いて首を傾げていた。

 

「日本橋、ですか……」

「何でそんなところに……」

 

 東海道の始点であり終点とも言える場所。人通りは多いが、それならばもっと上の場所がある。

 降魔の狙いは一体なんだ。そう思う神山達だったが、大神だけは違っていた。

 

「詳しい説明はおってする。今は急ぎ出撃してくれ。現場までは翔鯨丸で輸送する」

「分かりました。帝国華撃団花組、出撃だっ!」

「「「「「了解っ!」」」」」

「司令、では私達も」

「ちょう行ってくるで」

「ああ、頼んだよ」

 

 作戦司令室を出ていく背中を全て見送り、大神は降魔戦争終結の地である日本橋を降魔が選んだ事を危惧していた。

 

(かつて黒之巣会は、六破星降魔陣を使って帝都に封印された降魔を甦らせようとした。その最後の決戦の地が日本橋。これは、偶然じゃないだろう……)

 

 おそらく待ち受けているのはあの黒い機体を駆る上級降魔。六人となったとはいえ、未だにさくらは三式光武のまま。

 戦力的に万全とは言えないが、それでも何とか戦ってもらうしかない。そこまで考え大神は通信を開く。

 

「みんな聞こえるか。おそらくだが、日本橋にはあの黒い機体がいるはずだ」

『黒い機体が……』

『司令、どうして分かるの?』

「かつて、俺が戦った黒之巣会という敵の本拠地があったのがそこなんだ。そして、帝国華撃団の前身である対降魔部隊が降魔戦争という戦いで巨大降魔を封印したのが同じ場所だ」

『因縁の場所ってことか……』

『だから、あの黒い機体がいると?』

「おそらくだ。あの朧と名乗った降魔にしては狙っている場所が妙だ。大勢の人間を巻き込む事を好みそうな言動からして、狙うのなら銀座や東京駅の方がらしいだろう」

『納得よミスター。さすがは黒髪の貴公子ってところね』

 

 さらりと告げられた単語に大神が大きくむせ込み、神山達は揃って首を傾げた。

 

『『『『『黒髪の貴公子……?』』』』』

『ええ。これもシャノワールで聞いたんだけど……』

「か、カオル君、現在位置は?」

『間もなく日本橋上空です』

「よし、神山、相手があの黒い機体なら気を付けろ。万が一の際は撤退するんだ」

『っ……了解です』

 

 大神の言い方でどれだけあの黒い機体を彼も警戒しているかを察し、神山は神妙な表情で頷いた。

 

 その頃日本橋では、謎の黒い外套で身を包んだ存在が、地面へ手のひらを押し付けるようにしながら赤い目を光らせていた。

 

「……やはり人に封じられた後ではこの程度か。我が贄とするには不足」

「そこまでよ」

「むっ……」

 

 聞こえた声に謎の存在が振り向けば、そこには六色の煙が立ち上り六機の鋼鉄の戦士が降り立った。

 

「「「「「「帝国華撃団、参上っ!」」」」」」

「……お前達か」

 

 さして興味もなさそうに呟き、謎の存在は背を向ける。その余裕を感じさせる振る舞いに初穂が牙を剥いた。

 

「てめぇっ! アタシらを前にしてそれとはいい度胸じゃねーかっ!」

「この前見逃してやったのにわざわざ我が前に来るとはな。余程死にたいらしい」

「あの時は朧との戦いで消耗していたが、今回は違う! 貴様達の企みは、俺達帝国華撃団が打ち砕くっ!」

「……ふっ、我々だと? 笑止。朧と我が同じ目的で動いていると思っているのか。目出度い奴め……」

「何っ!?」

 

 神山を馬鹿にするようにそう告げると、謎の存在はその外套をずらして顔を見せる。

 その顔を見て、さくらと大神が同時に息を呑んだ。

 

((どことなくさくらさん(君)に似ている……っ!?))

 

 長い黒髪を後ろで束ねている女性。顔には怪しげな仮面があるが、その見えている部分は真宮寺さくらに似ていなくもないと言えたのだ。

 

「降魔め、人の姿をし俺達を惑わせるつもりか!」

「惑わせる? ああ、成程。この姿よりももっと恐ろしい方が死んだ時の言い訳になるものな」

『てめぇ……っ!』

『初穂さん抑えてっ!』

 

 今にも飛び出しそうな初穂の無限をクラリスが両手で押さえる。

 それを見ても謎の女性降魔は特に感情も見せず静かにその場で佇むのみだ。

 

「貴方の、貴方の名前は何ですか? まさか、真宮寺とか言わないですよね?」

 

 そのさくらの問いかけに誰もが小さく声を漏らした。言われて気付いたのだ。目の前の相手が真宮寺さくらに似ている事を。

 問われた相手も、まさかの問いかけに微かに笑い、面白そうに両腕を組んだ。

 

「名前、か。そうさな……この身は鬼と言えぬでもないか。なれば……夜叉。そう、夜叉とでも名乗ろう」

『夜叉、だと……?』

『でも、相応しい名かもしれません……』

『そうね。氷のような雰囲気と抜身の刃のような佇まいだもの……』

『それでも、倒すだけ』

『神山さん、どうしますか?』

『そうだな……』

 

 大神からの言葉を思い出すも、相手は一人でこちらは六人。しかも万全の状態でもある。

 加えて夜叉の言葉から朧が共に行動している可能性は低い。そこまで考え、神山は決断した。

 

「やるぞみんな。ここで夜叉を倒しておけば、今後の戦いが楽になる」

「ほぉ……我と戦うというか。面白い。一人増えた程度で勝てると思うとは、人とは真に愚かな生き物よ」

『クラリス、アナスタシアは援護を頼むっ! さくらとあざみは相手をかく乱してくれ! 初穂は俺と相手の体勢を崩すっ! そして、相手が体勢を崩したら一斉攻撃だっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 神山の指示を受け、五色の機体が動き出す。それを見ても夜叉は平然と黒い機体へ向かう事もせず、その場に立ち尽くすのみだった。

 

『まずは射撃で牽制するわっ!』

『はいっ!』

 

 アナスタシアとクラリスの無限がそれぞれ射撃し、夜叉へとそれが向かって行く。

 だが、それが夜叉へ届くと同時に黒い機体が瞬間転移して防いだのだ。

 

「「「「「「っ?!」」」」」」

「どうした? もう終わりか?」

『ならっ!』

『直接攻撃でっ!』

 

 さくらとあざみの同時攻撃が黒い機体を襲うも、その攻撃が届く事はなく、二機の攻撃は黒い機体の両掌で発生する壁のような物で止められていた。

 

「無駄だ」

『がら空きだぁっ!』

『うおぉぉぉぉっ!』

 

 両腕が動かせない今ならば。そう思って初穂と神山の無限が前後から挟み撃ちするように突っ込む。

 さすがにその攻撃は届く――かに思われたのだが……

 

『う、嘘だろ……』

『馬鹿な……っ!』

 

 初穂の攻撃は夜叉自身が受け止め、神山の攻撃は何と黒い機体の剣が独りでに鞘から抜けて防いだのだ。

 

「勝負を焦ったな。狙いが単調すぎる」

「くっ……クラリスっ! アナスタシアっ! 今なら奴は何も出来ないはずだ! そこから狙えないか!」

『無茶ですっ! 四方を皆さんの機体が隠してますし……』

『無理に狙っても、多分それを夜叉に利用されるわ』

「くそっ!」

 

 今もさくらとあざみの攻撃を両掌で防ぎ続け、初穂の攻撃は夜叉自身が受け止めて、神山の攻撃を剣が防いでいる。

 ならば残った二人にとそう思った神山だったが、狙うとすれば頭上からの一撃であり、それは不安定な空中からの攻撃となる。

 更に夜叉がその気になれば、自分達の誰かを盾代わりに出来る。そう気付いて神山は悔しげに黒い機体から距離を取る事を決めた。

 

『三人共、一旦下がれっ!』

『『『……了解っ』』』

 

 悔しげな声と共に三機がそれぞれ武器を引いて後方へと下がる。

 それを見て夜叉は興味を失ったようにゆっくりと腕を下げると、視線を神山機へ向けた。

 

「どうした? 我を倒すのではなかったのか? この身を砕いてくれるのではないかと、そう考えていたのだが……」

 

 挑発でも嘲りでもない。ただ純粋に疑問と落胆を見せるようなそれに、神山だけでなくさくら達も夜叉の恐ろしさを感じていた。

 

(何て奴だ。むしろ自分を倒してくれと言っているようにも聞こえるぞ……)

(朧はまだ感情が見えた。だけど、夜叉からは何も感じない。何も見えない……)

(暗くて冷たい眼差し。まるで虚無のような存在です……)

(ちくしょぉ……今のアタシらじゃ、今のアタシらでもダメだって言うのかよ……)

(また体が震えてきた……。これは……何?)

(聞いていた以上に強い。こんな相手を、本当に彼は何とか出来ると思っているの……?)

 

 攻めあぐねた感を見せる花組を夜叉は少しの間待った。だが何も動きを見せない事で見切りをつけたのだろう。

 静かにため息を吐くとゆっくりと脇に差している刀を引き抜いた。

 それを無言で構えると、その刀身へ妖しげな光が宿っていく。

 

『神山さんっ! 気を付けてくださいっ!』

『あの刀からとんでもない妖力反応やっ!』

『妖力反応……まさかっ!? みんな、退避だっ!』

「もう遅い」

 

 神山達が動こうとした瞬間、夜叉が手にした刀を地面へと突き刺した。

 その瞬間、妖力が弾のように六つとなって地面を走り六機へ襲い掛かる。当然それぞれがその場から動いて回避しようとするが、その動きを追うように妖力弾も動くのだ。

 

『こ、これは……っ』

『逃げ切れない……っ!』

『このままじゃ……っ!』

『くそっ! どうすりゃいいんだよっ!』

『誘導して衝突させるのはどう!』

『無茶です! タイミングが少しでもずれたらお互いが衝突しますっ!』

 

 全速力で動き続ける無限と光武。その様子をただ眺める夜叉だったが、やがて興味も失せたのかその場を無言で去った。

 

『神山さん、夜叉が撤退しました。なので、こちらも撤退を』

『分かりました。ですが、今も俺達は夜叉の攻撃に追尾されています。これをどうにかしない事には……』

 

 カオルの言葉に神山は了解の意を返すも、それが厳しい状況にあると返した。

 そんな彼へ聞こえてくるのは大神の声だった。

 

『分かっている。神山、一度君だけ跳んでくれ。もしそれで妖力弾が追尾を止めれば翔鯨丸で砲撃する』

『っ! 了解っ!』

 

 返事と共に神山機が空へ跳び上がる。その動きに妖力弾は追い駆けるものを失ったように止まるものの、すぐに他の機体へと向かったのだ。

 

「不味いっ!」

『撃てっ!』

 

 号令と共に翔鯨丸から一発の砲弾が放たれ、それが神山から狙いを変えた妖力弾の前方へと着弾する。

 その威力で妖力弾は速度を落とすものの、消滅せずそのままさくらの光武を狙う。このままでは挟撃の形となる。そう判断した神山は気付けば無限を急降下させていた。

 

「さくらっ!」

 

 急いで地面へと戻る白い無限は、そのまま滑空するように二振りの刀で動きの鈍った妖力弾を斬り裂いた。

 

『か、神山さんっ!』

『攻撃を当てれば、何とかなるのか。よし、さくらっ! こっちへ向かって跳べっ!』

『は、はいっ!』

 

 神山機を飛び越えるさくらの光武。その下で二刀を構え、神山は力強く叫ぶ。

 

「斬り裂けぇっ!」

 

 自身へ向かって来る妖力弾を正面から迎え撃ち、その二刀の下に斬り捨てて神山は機体の向きを変える。

 

『アナスタシア、こっちへ来てくれ!』

『了解よ!』

『さくらはクラリスを頼むっ! クラリスとアナスタシアが解放されたら、その前方へ残った隊員は集まって直上に跳ぶんだっ! そこを狙って二人の射撃で妖力弾を破壊するっ!』

『『『『『了解っ!』』』』』

 

 こうして全ての妖力弾を破壊し、神山達は周囲の索敵を終えて一息ついた。

 幸運な事に周囲への被害は軽微であり、人的被害も皆無と言って良かったが、花組への心理的被害は甚大だった。

 

「何も、出来なかった……っ」

 

 無限を得て初めての敗北感。相手にいいようにされ、最後などまた見逃されたのだ。これ以上ない敗北と言えた。

 それを噛み締め神山が強く拳を握る。初陣からこれまでそれなりに出撃はあったが、無限となってからはそれほど苦戦もなく勝ってこれたのだ。

 

「だけど、こうして生きてます。私達は、まだ負けてません」

「クラリスの言う通りだぜ、隊長さん。アタシらはまだ生きてる。なら、可能性は残ってる、だろ?」

「クラリス……初穂……」

 

 そんな神山へクラリスと初穂が笑みを向ける。落ち込むにはまだ早いと、そう彼へ告げるように。

 

「それに、夜叉が撤退したって事はあれでわたし達を倒せるって思ったんです。それを覆しただけでも、一矢報いました」

「うん。あざみ達も少しだけ、ほんの少しだけどやり返した」

「さくら……あざみ……」

 

 辛勝ではあるが、勝ちは勝ち。そう言うようにさくらとあざみは言葉を紡ぐ。それも神山の心を少しだけ解していく。

 

「だからそんな顔しないでキャプテン。貴方がそんな顔してたら、みんなであれ、出来ないじゃない」

「アナスタシア……。ああっ! そうだなっ!」

 

 最後に自分へ微笑みかけたアナスタシアの言葉に、神山も無力感を吹っ切るように力強く頷いた。

 そして神山を中心に全員が集まるようにして……

 

「せーのっ!」

「「「「「「勝利のポーズ、決めっ!」」」」」」

 

 

 

 翌日、遂に公演初日を迎えた帝劇には、これまで見た事のない数の人が押し寄せていた。

 世界的トップスタァであるアナスタシアの花組加入に加え、かつての帝劇に在籍していた織姫のゲスト出演とあって、これまで帝劇へ足を向けていなかった者達もそれならばと訪れたからである。

 勿論モギリである神山の忙しさは言うまでもなく、大神さえも昔取った杵柄とばかりにモギリとして働き、大量の半券を千切っていく。

 

 客席は一階は勿論の事二階まで満席となり、これまで通常席で見ていたすみれが貴賓席へ座らざるを得ない状態となったのだ。

 

「さすがは織姫さん、というところですわね」

 

 かつての仲間の人気へ笑みを浮かべ、すみれは新生花組が初めて迎える満員の舞台を見つめた。

 

 幕が上がり、すみれだけでなく誰もが息を呑んだ。

 これまでのさくら達を知らぬ者は、その熱演に。初期のさくら達を知る者は、その変貌に。そして、これまでのさくら達を知る者は、その成長に。

 

(役は、それぞれに寄せてあると言えばあります。ですけど……)

 

 さくらも、クラリスも、初穂も、あざみも、若草物語の時よりもその感情や心情、更には在り方が演技ではなくなっていたのだ。

 まるで、その役が実際に舞台にいるかのような印象をすみれは受ける。そして、それを可能にしたのが誰かはすぐに分かったのだ。

 

「あたしは女らしい事が苦手なんだ。でも、それがいいってトーマスは言ってくれたのさ。初めてだったよ。あたしに女らしくないって言わず、だけど女って扱ってくれた男は」

(やってくれましたわね織姫さん。私が彼女達の自主性に任せての成長を見守っていたのに、それを急速に早めるなんて……)

 

 共に舞台を踏めるからこそ可能な事だろう。そう思ってすみれは悔しげに表情を歪める。自分も可能ならばあそこにもう一度立ちたいと、そう思いながら。

 

 公演は大盛況の内に無事終了した。カーテンコールも今までにない程の盛り上がりを見せ、さくら達は信じられない程の拍手と賛辞を直接浴びたのだ。

 ただ、幕が下りた後も織姫やアナスタシアを除くさくら達は、どこか放心状態でその場に立ち尽くしていた。まだ先程の余韻がその体を包んでいたのである。

 

「……夢みたい」

 

 ぽつりとさくらが呟いた言葉にクラリス達が頷いた。ライトに照らされる中、いつまでも鳴り響く万雷の拍手と声援。

 それを向けられているのが自分だと認識した瞬間、全身を駆け巡る何とも言えない感覚。

 全てが、未体験のものだったのだ。

 

「今も、頭の中にさっきの音と声が聞こえてるみてぇだ」

「私、今も体が震えてます」

「あざみも、足がふわふわしてる感じ」

 

 呆然とそう告げて、彼女達は幕の向こうの客席を見ているようにその場に佇んだ。

 その姿を横で見ていたアナスタシアだったが、さすがにそろそろいいだろうと思ったのだろう。

 小さく息を吐くとチラと幕から顔を出して客席を確認し、誰もいなくなった事を確かめた上で顔を引っ込める。

 

「余韻に浸りたい気持ちは分かるけど、まだ初日よ。貴方達、この公演の間いつもそれをやるつもり?」

 

 現実へ引き戻すような言葉だが、それでもまださくら達の足は動かない。それもいいかもと思ってしまっているのだ。

 

(仕方ないわね……)

 

 自分の過去の経験を思い出してさくら達へ共感しつつ、アナスタシアは舞台の先輩として非情な一言を告げた。

 

「今回のこれは、織姫さんの人気込みよ。私達だけで呼んだ観客じゃないわ」

 

 そしてその一言はいとも容易くさくら達の余韻を破壊してみせたのだ。

 

「アナスタシアさぁん……」

「事実よ」

「でもよぉ、もう少し言い方ってもんが……」

「ないわ」

「手厳しいです」

「これが現実だもの」

「少しは夢を見せてくれてもいい」

「十分見たでしょ?」

 

 恨めしそうなさくら達へアナスタシアは次第に笑みを浮かべて言葉を返す。

 それを切っ掛けにして五人は楽屋へと向かう。

 

 その頃、支配人室では織姫とすみれが主不在のままで話していた。大神は神山と共に帰る観客達を見送っているのだ。

 

「それにしても、ホントにすみれさんは変わらないですね~」

「それを織姫さんが言います?」

「私は変わりましたよ。あの頃よりも魅力的になったって言われます」

「まぁ……それなら私だって色気が増したと“よく”言われますわ。おほほ……」

「むっ……フフン、それなら私もですね。おかげで男をあしらうのが大変でーす」

「私もですわ。本当に取るに足らない殿方ばかりで……」

 

 そこで若干の間があった後、揃って大きくため息をはく二人。共に良家の令嬢で一人娘だ。事情を知っている両親は早く婿をとは言わないものの、どこかで孫の顔をと願っている事ぐらい二人も分かっている。

 それでも、やはり未だ結婚に踏み切れないのは彼女達の恋する男の姿があまりにも強烈が故であった。

 

(中尉も、本当に酷ですわ。いっそはっきりと誰々を妻にと、そう言ってくれれば諦めもつきますのに……)

(中尉さんは、本当に酷いです。いっそはっきり誰を奥さんにするって、そう言ってくれれば諦められますのに……)

 

 そこでもう一度盛大にため息。が、その瞬間、二人は直感で同じ事を相手が考えたと察して顔を見合す。

 

「……織姫さんも?」

「すみれさんも、ですか?」

「やぁ、お待たせしたね二人共。ん? 俺の顔に何かついているかい?」

 

 そして、こういう時に限って彼は運悪く現れるのだ。

 支配人室へ戻った大神を見て、すみれと織姫は同時に視線を横へ動かすと不敵な笑みを浮かべた。

 

「織姫さん、この後のご予定は?」

「そういうすみれさんはどうですか?」

「おほほ……」

「ウフフ……」

 

 不穏な空気を発する二人に大神は長年の勘から早期撤退を決断。無言のまま回れ右をしてドアノブへ手をかけてドアを開けたところで……

 

「「ちゅ・う・い(さん)」」

 

 残念ながら離脱は間に合わず、彼はそのまま妙齢の美女二人によって室内へと戻されるのだった。

 その後、静かに鍵を閉める音が聞こえた辺りで神山が支配人室前を通りかかる。

 すると、微かに争うような音と声が支配人室から聞こえたのだ。

 

「ん?」

 

 思わず足を止める神山だが、当然よく聞こえるはずもない。どうしたものかと思ってドアへ近付きノックしようとした次の瞬間……

 

「キャプテン、お疲れ様」

「アナスタシアか。それにみんなも。お疲れ様」

 

 花組の五人が姿を見せて彼へ声をかけたのである。

 衣装から普段着へ着替え終わった彼女達は、これから汗を流しに行くところであり、モギリや雑用で汗を掻くだろう神山へもその後すぐ使えるように連絡をしようと思っていたのだ。

 

 なので見かけた彼へ声をかけたと言う訳だった。

 それを聞いて神山は助かると告げて、サロンへ今日のアンケート用紙を後で運んでおく事を告げてさくら達を見送ると、再び雑務へと戻る。

 

 それから数十分後、神山は妙に上機嫌な織姫とすみれを見送る疲れ果てた顔の大神の姿をロビーで見る事となる。

 

「どうかしたんですか支配人」

「あ、あはは……。神山、君にもいつか分かる日が来るさ」

 

 そう告げて大神はがっくりと肩を落としながら支配人室へと戻っていく。

 その背中に何とも言えぬものを感じ、神山は無言で敬礼を送るのだった……。




次回予告

遂に始まる華撃団大戦。その開会式に夜叉が姿を見せた。
しかも、よりにもよってプレジデントGのいる飛行戦艦を襲撃して。
その襲撃のせいで大きく動く華撃団大戦。
そんな中、さくらの無限がやっと届いた。これで全員揃いの機体だ!
次回、新サクラ大戦~異譜~
”開幕の狼煙”
太正桜に浪漫の嵐!

――本当に、光武とのお別れだな。
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