新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

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ゲームとして考えた場合、前回の話であざみからの誘いを遠慮するとルート分岐です。
女性達だけで街を回った場合神山がいないので神龍軒へ行かず、触媒体質の話がないので。

今作はグッドではなくトゥルーを目指して進んだ場合(という仮定)でお送りします。


開幕の狼煙 前編

 帝劇に満員御礼という言葉が連日見られるのは、果たしてどれぐらい振りなのだろうか。

 売店内で上機嫌に商品補充を行うこまちを見ながら神山はそんな事を思っていた。

 織姫をゲストに迎え、アナスタシアが主演する六月公演“ロマンシング”は今日で終わりを迎えるのだ。

 

「……今日も大入りだろうか」

「現状で前売りは完売です。間違いなく満員でしょう」

「か、カオルさん?」

 

 独り言へ返答があった事に驚いて振り返る神山。

 そこには少しだけ笑みを浮かべるカオルの姿があった。

 

「め、珍しいですね。この時間にカオルさんがここへ来るなんて」

「今日は千秋楽です。これまで以上に来賓の方も多いので出迎えようと思いまして」

「成程……」

「とか言うて、ほんまはすみれはんが来るからやろ」

 

 にししと聞こえそうな表情でこまちがそう告げると、カオルは少しだけ眼鏡を上げて睨むような眼差しでこまちを見返した。

 

「それの何が問題ですか?」

「素直にすみれはんの出迎えしたいからでええやろ」

「すみれ様を出迎えるのは他の来賓の方々を迎えるのと同じ仕事です」

「はいはい。そう言うてすみれはん以外は支配人に任せんようにな」

「……当然です」

(今の間は一体……いや、深く考えるのは止めよう)

 

 心なしか若干視線を逸らした気もするカオルを見て、神山は心の中で大神へ手を合わせる。

 そんな朝の一幕であった。

 

 それからしばらくし、開場するや大勢の人々が劇場内へ詰めかけた。

 神山だけでなく出迎えにいたカオルや大神も周囲へすぐに人だかりができ、売店もこまちが目の回るような忙しさとなるのに時間はかからなかった。

 

 その頃、舞台袖ではさくら達が織姫へある事を問いかけていた。

 

「それで織姫さん。約束、忘れてないわね?」

「勿論でーす。ただ、今日が最終日だって事、忘れないでくださいね」

「当然っ。今日こそ感動させてやるぜ」

「日々成長するあざみ達の凄さ、ご覧あれ」

「織姫さんやアナスタシアさんから学んだ事、全てを今日出し切ります」

「うん。だけど、一番は今日を最高の舞台にしようっ」

 

 さくらの言葉に全員が頷き、そして幕が上がる。

 その客席には、シャオロンとユイの姿もあった。

 新生花組の舞台を初めてしっかり見る二人は、その出来に思わず息を呑んだ。

 

「……凄い。トップスタァ二人に負けてない」

「ああ……。何てもん見せてくれるんだ、あいつら」

 

 今でこそ二人は料理店の方が馴染んできているが、本来は京劇を主とする店で働いている。

 ユイはそこの女優の一人だし、シャオロンもそこの俳優である。

 そんな二人から見ても、さくら達は嘘でも二流役者とは呼べないレベルであった。

 

(帝劇の舞台がどんどん良くなってるってのはお客さん達の話で聞いてたけど、まさかここまでなんて……)

(おいおい、これはどういう事だ? 神山の奴が来るまで、帝劇の舞台はもう見る価値がないとか言われたんだぞ?)

 

 これまで聞いていた評判、噂、それらを一気に払拭する内容の舞台に二人もいつしか引き込まれていく。

 当然他の観客達も目の前の舞台へ意識を奪われていく。

 最初こそ織姫やアナスタシアの名前で来ていた者達も、新しく輝き出したさくら達にトップスタァとしての可能性を見出す程に。

 

 そしてその輝きを間近で見せられ続けているかつての花組も。

 

(この公演中でどれだけ伸びていくですか、この子達は。アーニャも影響を受けてどんどん良くなってくです。あぁ、思い出します。この舞台で歌い踊った日々を。あの夢の日々を……)

 

 さくらが、クラリスが、初穂が、あざみが、アナスタシアが、織姫には一瞬違う者達に見えた。

 あの日々を共に過ごした大切な仲間達と重なったのだ。

 

「っ!?」

 

 その瞬間、織姫は自分へ戻ってしまう。台詞が止まり、妙な間が生まれた。

 一部の観客は初見ではないためか、すぐに異変に気付いてざわつき出す。

 

「エレン、私に遠慮しなくていいから。貴方の気持ちを、全部私へ教えて」

 

 そこでさくらがアドリブで場を繋ぐと、その瞬間ざわつきが止まった。千秋楽だけの演出だと捉えたのである。

 

「……は~、分かったよ。サラ、意外と強いね、あんた」

 

 それに織姫も気持ちを切り換えて、息を吐くと同時に途切れた台詞を紡ぎ出すためのアドリブを挟む。

 そのやり取りさえも初見の者達にはそういう演出や展開としか映らない程に。

 

 それ以外は問題らしい問題もなく舞台は進み、無事カーテンコールまで終える。

 

「織姫さん、さっきはどうしたんですか?」

「……ちょっとドジしました。舞台上で意識を他の事へ向けてしまいました」

「お、織姫さんが舞台上で他事を、だって?」

 

 目を見開く初穂へ織姫は申し訳なさそうに目を伏せるも、すぐに視線を上げてさくらを見つめた。

 

「さくら、貴方の機転、見事でした。終盤のサラらしい強さと優しさ。それをしっかり踏まえたアドリブです。あれのおかげで助かりました」

「い、いえ、気付いたら言葉が出て来たんです。きっとサラならこう言うんじゃないかなって。それと、クラリスごめん。勝手に台詞増やして」

「い、いえ。むしろ私からしてもサラが喋っているように感じました。千秋楽なのが残念なぐらいです。あのシーンを演出として盛り込みたいぐらいでしたから」

 

 さくらの謝罪に両手を細かに動かして気にしないでと告げるクラリス。

 脚本家兼演出家としてあのアドリブシーンは大成功であり、元々から入れたいぐらいの完成度だったのだ。

 

「それにしても、驚いた。さっきの、普段ならそこまでざわつかない」

「そうだよなぁ。それぐらい今回の公演、何度も見てくれてるお客さんが多いんだよなぁ」

 

 あざみの指摘に初穂がしみじみと告げた内容。それにさくらとクラリスも深く頷く。

 これまでは経験のなかった、舞台で少し異なる事が起きると気付かれるという出来事。それが持つ意味と重さをさくら達は噛み締めていた。

 

「やらかした私が言うのもなんですが、今後は常にそう思った方がいいです。下手をしたらやった私達よりも舞台を覚えているのが観客ですよ」

「ええ、その通りよ。みんな、今後は今まで以上に気を抜かないで。もう今回の事でお客さんは分かってくれたわ。今の帝劇は足を運ぶ価値があるって」

 

 トップスタァ二人の言葉にさくら達はしっかり頷いてみせる。

 もうこれまでのような状況ではなくなったのだと。自分達は本当の意味でスタァへの道を歩き出したのだと。

 

 その頃、神山はシャオロンとユイをロビーで相手にしていた。

 

「神山、舞台、良かったよっ! さくら達にもそう伝えておいて!」

「直接伝えてきたらどうです?」

「ダメダメ! そんな事したら、私絶対にさくら達よりも織姫さんの方へ突撃しちゃう!」

「ああ、そういう事ですか」

 

 キャーっと言って身を悶えさせるユイを若干苦い顔で見つめる神山。

 と、そんな彼の肩が軽く押される。

 

「この野郎。どんな魔術使いやがった」

「ま、魔術?」

「おう。お前が来る前の帝劇なんて評判ガタガタの場所だった。それが、見ろよこの状況を」

 

 言われて神山は周囲をゆっくり見回した。どこにも人が大勢いて、しかも誰もが笑顔なのである。

 

「……悔しいが俺達の本拠地でもここまでは中々ないぜ。いくら織姫さんがいると言っても、だ」

「シャオロン……」

「悔しいが、どうやら歌劇の方じゃお前らは俺達と並んだらしい。認めてやるぜ、帝国歌劇団。だが、まだ華撃団の方は別だ。そっちも近い内に見せてもらうからな」

「ああ、今日のように悔しがらせてみせるさ」

「へっ、楽しみにしといてやる。じゃあな」

「あっ、待ってよシャオロン! じゃあね神山っ!」

「はい、またいつでも来てくださいっ!」

 

 一度として振り返る事なく出ていくシャオロンと、時々振り返って手を振るユイを見送り、神山は小さく拳を握る。

 

(あのシャオロンが歌劇の方は認めてくれた。残るは華撃の方だ。そっちも絶対に認めさせてみせるぞっ!)

 

 同じ華撃団からの何よりの激励。それを胸に神山は他の観客達を見送る。さくら達へシャオロンとユイからの言葉を伝えたいと逸る気持ちを抑えながら。

 

 一方楽屋ではさくら達が織姫から少しではあるがかつての帝劇の事を聞いていた。

 あの約束通りの結果なのだが、織姫が感動した部分があのアドリブで自分のミスをなかった事にしたという点であり、要するには成長したなという親や姉目線の感動だった。

 それがさくら達には今一つ納得出来ないところではあったが、それでも感動させた事に変わりはなく、何より昔の帝劇の裏側を知れるいい機会と思って受け入れていた。

 

「ってカンジでさくらさんはドジが絶えない人でしたね~」

「し、信じられない……」

 

 憧れの人が帝劇でも指折りのドジっ子である。その事実がさくらの憧れに小さいヒビを入れた。

 

 話はそれだけにとどまらない。すみれの、マリアの、アイリスの、紅蘭の、カンナの、レニの人柄に触れる思い出話は、どこかでかつての花組へさくら達が勝手に抱いていたイメージを良い意味で壊していく。

 彼女達は決して聖人君子ではないと。霊力が高い事以外はどこかにいそうな女性達なのだ。そう織姫はさくら達へ伝えていった。

 

 スタァではない彼女達の顔。それを聞く事で変に感じている“帝国華撃団花組”への重圧を減らして欲しい。それが織姫の秘めたる願いであったのだ。

 

 その話が一段落すると楽屋のドアがノックされる。

 

「みんな、入ってもいいか?」

「か、神山さん? も、もうちょっと待ってくださいっ!」

 

 神山の声にさくら達は着替えていない事を思い出して若干慌て始めた。

 その声の出し方から何かを察した神山は苦笑しながらドアから多少距離を取る。

 

(さくらの奴、あんな声出したら取り込み中ですって教えてるようなもんだぞ)

 

 きっとまだ舞台衣装のままなのだろう。そう思って神山は腕を組んでドアが開くのを待った。

 ややあって、ドアが申し訳なさそうに開き、さくらが顔だけをそこから出したのだ。

 

「な、何かありました?」

「ああ。シャオロンとユイさんからの感想を伝えに来た」

「二人の?」

「シャオロンは、歌劇の方は自分達と並んだと認めてくれたよ。ただ、もう一つの方は今後見せてもらうから楽しみにしてると。で、ユイさんは舞台良かったよ、だそうだ」

「本当に、本当に二人がそう言ってくれたんですか?」

「そうだ。同じ華撃団の仲間が半分ではあるが俺達を認めてくれたんだ。それぐらい、さくら達の舞台が素晴らしかったんだ。お客さん達も進んで俺や支配人へ声をかけてくれたよ。見直した。かつての帝劇が戻ってきたようだったって」

 

 その言葉にさくらだけじゃなく初穂やあざみ、クラリスまでも顔を出した。

 

「「「本当(か)(ですか)っ!?」」」

「ああ、本当だ。だからこそ、次回公演は今回以上のものを目指して欲しい。織姫さんがいなくても、今回と同じかそれ以上の反応をもらえるように」

「「「「はい(おう)(うん)っ!」」」」

 

 眩しいばかりの笑顔を見せる四人に神山も笑顔を返す。

 と、そこでドアが動いてさくら達四人が雪崩を打ったように倒れた。

 

「「「わわっ!?」」」

「だ、大丈夫か?」

「あざみは無事」

 

 たった一人倒れる事なく立っているあざみと、折り重なるように倒れているさくら達三人。

 それを見つめて楽しげに笑みを浮かべるアナスタシアと織姫。

 そんな明るい雰囲気の中、千秋楽は終わりを迎える。

 

 そして時刻は夜となり、打ち上げが終わった後の帝劇は祭りの後のような静けさに包まれる。

 その静けさの中、支配人室に大神と織姫の姿があった。

 

「あっと言う間だったね、織姫君」

「そうですね。ただ、楽しかったですよ」

 

 織姫をゲストとして招いた六月公演は大成功で幕を下ろした。

 ただ、公演が終わった以上織姫が帝劇に留まる理由はなくなる。

 故に明日の朝、彼女は帝劇を後にする事となっていた。

 

「それで、次の予定は決まっているのかい?」

「もちろんでーす。こう見えても私はトップスタァですよ?」

「ははっ、そうだったね。そういえば、ご両親はどうなんだい?」

「歳の離れた家族が出来るかもって思うぐらいアツアツでーす。パパのイタリア入国禁止も十年前のあれ切っ掛けのママと私の連携で解除されましたしね。まっ、さすがにママも出産出来る歳じゃないですから諦めてるみたいですけど」

 

 その言葉に大神は複雑な表情を浮かべた。逆に言えば産めるなら産んでいると聞こえたからだ。

 

 実際、それぐらい織姫の母親と父親は大恋愛の末に子を成してしまったのだから。

 だが、そんな時織姫が大神へ真剣な表情でこう切り出した。

 

「そうそう、開会式のネクタイですけど私の見立てでは黒がオススメです」

「黒、か……」

「ただ、白も捨てがたいですね。どちらを選ぶかは中尉さんに任せまーす」

「……分かった。ありがとう織姫君」

 

 大神の噛み締めるような感謝に織姫は小さく笑ってウインクを返す。

 そして翌日、織姫は帝劇を去って行った。来た時同様、颯爽とした赤い風のように……。

 

 

 

 織姫が去った後の帝劇は幾分活気が失われたように感じられた。

 とはいえ、それは公演を終えたばかりでさくら達に疲れが残っているからでもあったのだが、やはりムードメーカー的な織姫がいなくなった事も影響はしている。

 それでも神山は精力的に動いていた。夜叉との直接対決で感じた無力感。それを振り払うように。

 

「……やはり駄目か」

 

 特に前回の戦闘データからいくさちゃんで何度も夜叉との戦いを行っているのだが、一向に成果は上がらずにいた。

 さくら達を交えての訓練も行っているのだが、そちらもあまり芳しくなく、神山の内心は焦りが募り出していた。

 

『訓練終了です。お疲れ様でした』

「了解です。ありがとうございました」

 

 カオルの声に返事をすると神山は気付かれぬよう小さく息を吐いて無限から出た。

 周囲を見回せばさくら達の表情も暗い。何せ仮想戦闘とはいえ何度となく全滅させられているのだ。

 

 夜叉が機体に乗った場合、今の花組では勝ち目がない。これがいくさちゃんを使って突きつけられた現実だった。

 

「また、勝てなかった……」

「くそっ! どうすりゃいいんだ!」

「力押しは無理。連携も駄目。何をやっても効果なし」

「人数の差をものともしないですからね……」

「しかも、あれはこっちが仮定した強さ。本物はそれ以上かもしれないのよね」

 

 さくら達の口から出てくる言葉も後ろ向きなものばかり。

 神山だけでなく訓練を見守っていた令士やカオル、こまちでさえ言葉がなかった。

 

「みんな、顔を上げるんだ」

 

 そんな中、格納庫へはっきりとした声が響く。

 

「例え絶望するしかない状況であろうと、俺達は俯いてばかりじゃいけない。落ち込んでもいい。泣いたって構わない。だけど、最後には必ず前を見つめて欲しい。俺達は、華撃団は最後の希望なんだ」

「大神司令……」

 

 怒鳴るでもなく諭すのでもなく、ただ静かに大神は華撃団のあるべき姿を語った。

 そして彼は視線をさくら達から神山へ向ける。

 

「神山、君は最初の戦闘でこう言ってくれた。どんな状況だろうと、最後まで希望を捨てずに足掻き続ける。それが、帝国華撃団だ……と。その気持ちを決して失わないでくれ。もし君がその気持ちを失った時は、俺や他の誰かがそれを思い出させよう。天宮君達もだ。一人で背負いこまないでくれ。俺達は全員で帝国華撃団なんだから」

「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」

「……ええ」

 

 歴戦の勇士である大神の言葉は、神山達の心へたしかに響いた。

 ただ、一人アナスタシアだけが周囲から少し遅れて返事をしていたが、大神は特に問題ないように受け入れていた。

 

 訓練が終わった後、神山は支配人室へ呼び出されていた。

 

「その、お話と言うのは?」

「ああ。近く華撃団大戦開会式が行われるんだが、今帝都には上級降魔が最低二人確認されているだろう? だから警備と帝国華撃団復活の宣伝も兼ねて君達にはそれぞれの機体で会場入りしてもらう事になった」

「機体で……。さくらの無限は間に合いそうですか? さすがに一人だけ光武というのは」

「申し訳ないが開会式は現状ままだ。ただ、何とか開会式後には確実に来る。今回の公演でまたスポンサーが増えてね。それもあって天宮君の無限が想定以上の早さで納入される事になった」

「それでも開会式後ですか……」

 

 納得した神山であったが、そこでふとある疑問を抱いた。

 かつての花組隊員であり現在神崎重工の取締役であるすみれ。同じくかつての花組隊員であり現在世界的トップスタァで貴族の織姫。

 この二人だけでもかなり有力なスポンサーである。更に大神はフランスやアメリカにも知り合いがいるし、そもそも帝都を三度以上も大きな災厄から守った人物だ。

 そんな人間がトップの防衛組織がどうしてここまで弱体化していたのか。そう神山は思った。

 

「あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何だい?」

「その……」

 

 その疑問を神山が尋ねると、大神はどこか苦い顔をして息を吐いた。

 

「そう、だな。君には話しておいてもいいかもしれない。ただし、この話は他言無用で頼む」

「分かりました」

 

 大神が他言無用と告げた事で、神山もこの話は重要機密もしくはそれに類する話と察した。

 緊張の面持ちの神山へ大神は話し出す。それは、あの降魔皇との戦いを終え、事後処理なども落ち着いた頃の事……。

 

 

 

「WOLF……?」

『そう。それが賢人機関に代わる組織の名さ。新しい華撃団構想を推し進めるための、まぁ世代交代ってやつかもね』

 

 グランマの言葉に俺は何とも言えない気持ちとなった。

 現在、世界を守る華撃団は一つもなく、急いで伯林に設立予定だった華撃団を何とか形にしようとラチェットさんが頑張っているらしい。

 グランマもそれを支援しているものの、やはりそう簡単にはいかないのが現実だ。

 

 何せ巴里も俺が行くまでエリカ君とグリシーヌの二人だけしか隊員が見つからなかったし、紐育も新次郎が行くまでは正規の隊員はラチェットさんにサジータ、昴の三人だったそうだ。

 

「たしかに今は急いで新しい華撃団を作る事も必要だと思います。ですが、何故我々の再興は後回しなんでしょうか。過去に大きな魔との戦いが起きた都市こそ、早急に華撃団を持つべきと思います」

『あたしも同感だよ、ムッシュ。でも、こう言われたのさ。帝国、巴里、紐育の三華撃団は今回の事で世界的に名を轟かせた。しかも、そこの隊員達は全て前線から引かざるを得なくなっちまった。そんな名のある組織の再興をベルリンやロンドンなどの片手間でやっていいはずがないとね』

「それは……」

『それにね、ムッシュも分かってると思うけど、今回の事であたしらが受けた傷は大きい。まずはそれを癒す事から始めないといけないのさ。幸か不幸かこっちはこのままシャノワールでレビューをする事に問題ないけど、そっちは違うだろ?』

 

 グランマの言葉に俺は何も返す事が出来ない。

 既に一度引退公演をしたすみれ君はともかく、実家が伊太利亜の貴族である織姫君と伯林でラチェットさんの手助けをしたいと言っているレニは、近く帝劇を離れる事になっている。

 それだけじゃない。アイリスも仏蘭西のご両親の下へ帰る事になっていた。

 

 その三人は引退公演をせず、そのまま帝劇を後にしたいと言っているのだ。

 

『ムッシュのとこだけじゃないさ。ニューヨークも昴が実家へ戻れと言われてるし、ダイアナも医者の方に専念するそうだよ。新次郎もムッシュと同じ気持ちだろうね』

「……そう、でしょうね」

 

 苦楽を共にした仲間と別れる。それは、いつか来た事だろうし来るだろうとも思っていたはずだ。

 だが、それはこんな別れ方じゃないはずだった。こんな悲しみしかない別れではないと。

 

『とにかく、今は普通の女性に戻れたあの子達を送り出したり、居場所を考えたりとしないと。悪いけど組織の再編はまだ先さ』

「……はい」

『いいかいムッシュ。ムッシュ米田はあんたを信じて全てを託した。きっと、今そこに座ってるのがムッシュ米田ならもっと悲惨な事になってたとあたしは思うよ。それだけでも、良かったと思おうじゃないか』

「そうですね。それは、本当にそうです」

 

 もしここにいるのが米田司令なら、娘や孫のように思っていたみんなの現状と、息子のように扱ってくれた俺の事で心を痛めていたはずだ。

 かえでさんでさえ今回の事を聞いて絶句し涙したのだ。米田さんなら、その胸中はどうなってしまった事か……。

 

『じゃあ、長距離通信もここまでにしようか。ムッシュ、しばらく会えなくなるだろうけど、頑張るんだよ』

「はい。グランマも、いえ伯爵夫人もお体に気を付けて」

『ふふっ、心配いらないよ。次に会う時は、お互い明るい話をしようじゃないか』

「そう出来るように全力を尽くします」

 

 そう言うと最後に笑みを見せてグランマは通信を切った。

 

 あの女性は、強い人だ。きっとあの人も本心では泣いているだろうに。

 米田さんがさくら君達を娘や孫と思っていたように、グランマはグランマでエリカ君達を娘のように思っていたはずだ。

 その娘達が自分の手元から望まぬ形で離れていく。それを悲しく思わぬ人じゃない。でも、それを見せず気丈に平然と振舞っている。

 

「……俺も、そうならないとな」

 

 あの戦いで俺達が乗っていた機体はほとんどが駄目になってしまった。

 唯一無事なのは格納庫に置かれていた俺とさくら君の光武二式だけ。

 もし、もしもの話だが、あの開発中の新型をさくら君が上手く制御出来ていれば、あの戦いの時、俺達帝国華撃団だけは戦力を増強出来ていたかもしれない。

 

「いや、過ぎた事を考えても仕方ない。今は何とかして帝劇を立て直そう」

 

 後ろ向きになりそうな気持ちへ活を入れ、俺は目の前の事を一つ一つ片付ける事にした。

 

 さくら君の代わりにマリアが業務の補佐をしてくれた事もあり、俺は書類に忙殺される事なく日々を過ごせた。

 

 そんなある日の事だった。帝劇にWOLFの最高責任者であるGと名乗る人物がやってきたのは。

 

「どうも、はじめまして大神司令。私がWOLFの代表、Gと申します」

「こちらこそはじめまして。帝国華撃団司令兼花組隊長の大神一郎です」

 

 物腰は丁寧だが、どこか人を見下しているような感じを覚えたのが彼の第一印象だった。

 

 そこから彼の話は先の降魔皇との戦いでの俺達の奮戦を称えるものから始まり、特にこれまで多くの戦いで指揮を執り前線に立ち続けた俺こそが、華撃団の人間が目指すべき在り方だと断言。

 

 故に、WOLFとの組織名は俺の姓をもじっての名づけだと彼は言った。

 

「さて、そろそろ本題に入りましょう。そちらもご存じの通り、現在世界は守護者である華撃団を失っています」

「ええ」

「急ぎ設立予定だった伯林を正式稼働出来るようにしていますが、ヨーロッパだけを守ればいい訳ではない」

「そうですね」

「ですが、アメリカは国土も広くまだ未開拓な部分も大きい。大都市であるニューヨークに拠点を置く華撃団を再興させるのが急務ですが、如何せん現状霊子甲冑を起動するだけの霊力保有者を見つけるのは困難です。そしてそれはここ帝都東京にも同じ事が言えます」

「あの、申し訳ないですが要点を言っていただけますか?」

 

 このままでは長々と現状を説明されると思い、こちらから話を切り出す事にした。

 どうやらそれが相手の気に障ったのか、一瞬だけこちらを鋭く見つめると彼は大きくため息を吐いた。

 

「これは失礼。現状について互いの認識がずれていないか確かめようと思っていたもので。では、はっきり申しましょう。帝国華撃団は我々の管理下でその再興を目指していただきたい」

 

 告げられた言葉は別に驚く事のものではない。俺もそうなるだろうと考えていた。

 賢人機関が解体され、全ての華撃団はWOLFの指揮下へ再編されるのは聞いていたし、グランマやサニーサイドさんからも話を聞いていたからだ。

 

「分かりました」

「本当に分かって頂けているのですかな?」

 

 こちらの返答に彼は妙に引っかかる物言いをした。

 何だ? 何が言いたいんだろうか?

 

「と、言うと?」

「失礼ですが、大神司令は様々なコネクション、つまり人脈をお持ちのようですな。あのカンザキ財閥に、赤い貴族やブルーメール、シャトーブリアンもですし、キタオオジも日本では有名な家柄だとか」

「……それが?」

「お分かりになりませんか?」

 

 どうやら彼は俺を怒らせたいらしい。いや、この場合は愚弄したいんだろう。

 いつかの巴里で出会った貴族の男性よりも嫌なものを感じる。

 

「申し訳ありませんが、俺には何の事だか」

「貴方は、個人で我々WOLFと同等かもしくは超えるだけの権力を有している」

「……そういう事ですか」

 

 その言葉でやっと合点がいった。俺は元々帝国海軍の出身だ。

 階級も今回の事で昇進し中佐となり、近くもう一つ昇進する事が決まっている。

 華撃団の司令となる時に、階級が尉官では足りないと山口海軍大臣が考えてくれ、巴里からの帰国時の戦いでの功績及び大久保との戦いの功績をもって、俺を佐官へと取り立ててくれたのだ。

 

 更に俺へ今の地位を譲ってくれたのは米田司令だ。言うまでもなく陸軍にその人ありと言われた人だ。

 その繋がりもあり、陸軍も俺へ代わったからと援助を渋る事は出来ない。

 つまり、俺が司令をしているだけで帝国海陸軍は強い支援を行ってくれる。

 

 そこへ、俺が隊長として関わり、知り合った彼女達の家の力が加わればどうなるか。

 

「俺は、みんなの家柄などを私利私欲に使う事は」

「たしかに貴方は立派です。決してそんな事はしないでしょう。ただ、それを何も知らぬ者達が、世界中の人々が信用出来るかは別です」

「つまり、俺は今後も仲間達の力を頼る事無く帝国華撃団を再興させろ。そう言いたいんですか?」

「いえ、私はそうは言いません。何せこの街を、国を守る力です。早急に立て直すべきと思っています。ですが、その手段は出来るだけ万人が受け入れられるものであるべきかと」

 

 よくもぬけぬけと。要するに俺がその気になったら帝国華撃団が真っ先に立て直される。そうなれば折角造り上げた組織の権威が失われるから、俺へ自分達の下へついて大人しくしていろとそう言いたいんだ。

 

 だが、ここで俺が自分達の事を優先すれば、それは今後の世界情勢を悪化させる。

 例え帝国華撃団を再興出来ても、巴里華撃団と紐育華撃団が同じように出来る訳じゃない。

 もしその二つをWOLFが見捨てれば、おそらくその再興は閉ざされるに等しい。

 

「分かりました。俺はWOLFの決定に従います」

「これは有難い。歴戦の勇者である大神司令が従ってくれれば、我々としても安心出来ます」

「ただしっ!」

 

 聞きたい言葉を聞けたとばかりに笑う相手へ、俺はこれだけは譲れないとある事だけは言っておく事にした。

 

「もしWOLFこそが華撃団の存在を私利私欲に使おうとしていると分かった場合、俺はどんな事があってもWOLFを、貴方を止める。それを忘れないでください」

「……いいでしょう。お互い、そんな事がない事を願いますよ」

 

 こうして俺達帝国華撃団はWOLFの指揮下へ入った。後で聞いた話では、グランマやサニーサイドさんも似たような言い方でその動きを制限されたらしい。

 

 世界中に華撃団の存在を明らかにした真の理由は、これまで秘密裏にやっていた政治的な動きを不正だと言えるようにするためだ。

 そうグランマもサニーサイドさんも悔しそうに話していた。事実、花小路伯爵もそのために動きが取れなくなり、俺へ謝りに来てくれたぐらいだった。

 

――すまない。もう私の力ではどうしようもない。

 

 それと時を同じくし、帝都の復興が先と言う理由で帝劇への海陸軍からの援助が減らされ、それが戻る事はなかった。

 WOLFが上海華撃団を立ち上げ、帝都防衛をそこへ委託してしまったからだ。

 それにより金食い虫である華撃団へ多額の援助をする大義名分が失われ、帝劇は再興どころかかつての姿さえ保つ事が出来なくなっていったんだ……。

 

 

 

「……それでも、隊員を探して、いつか来る日を夢見て俺は耐えた」

「そんな事が……」

 

 大神の口から語られた帝劇の栄光から失墜の顛末。その裏でWOLFが大きく影響している事に神山は怒りを抱いていた。

 

「おかしいじゃないですか! 無限にしてもそうですっ! 何故WOLFは帝国華撃団を再興させようとしないんですかっ!」

「……分からない。ただ、何かあるとは思っている。グランマもサニーサイドさんもそれとなく探りを入れているが、結果は思わしくないらしい」

 

 そこまで告げ、大神は神山を見つめた。

 

「神山、この事は誰にも話すんじゃないぞ。俺は、かつての花組にさえ今の話をした事はない」

「……光栄です」

「そう言えるなら大丈夫だな。神山、無理かもしれないがWOLFに関してはこちらが考える。君はただ帝劇の、花組の事を考えるんだ」

「はいっ!」

 

 大神から聞いた話。それが自分への強い信頼であると感じ取った神山は、喜びと誇りを胸に返事をすると部屋を後にする。

 

 遠ざかる足音を聞きながら、大神は一人呟くのだ。

 

――そんなWOLFが急に隊員と機体を送ってきた。彼女自身かあるいはその裏に何かあるのは間違いない、か……。

 

 アナスタシアというトップスタァの参入。それがどうしても大神には素直に受け入れられない。

 それでも、彼が疑っているのはアナスタシアではなくその裏。上層部であるWOLFだった。

 

(突然の上級降魔の出現。夜叉を名乗るさくら君に似た姿と声の存在。そこにきての世界的トップスタァの編入。これらは偶然じゃない。何かが、何かが起ころうとしている)

 

 大神は感じていた。かつての大きな魔との戦いで感じてきた、独特な緊迫感にも似た何かを。

 大きな災いが起きようとしている。それも、ここ帝都を舞台に。

 

 大神が底知れぬ不安を抱いている頃、神山はさくらの部屋を訪ねていた。

 無限が開会式後には届く事を教えてやろうと思ったのである。

 

「わたしの無限がっ!?」

「ああ。開会式後に来るらしい」

「本当ですか!? 良かったぁ」

 

 笑顔で頷く神山にさくらは上機嫌で笑みを見せる。

 何も三式光武が嫌いなのではなく、六人いる花組の中で自分だけが違う機体である事が嫌だったのだ。

 それに、三式光武も元々旧式扱いの機体であり、最近になって酷使しているために限界も近く、さくらとしては早く休ませてやりたい気持ちだったのだから。

 

(これで三式もやっと休めるね。開会式の後でありがとうを言っておこう)

 

 無限が登場してからも現役で戦い続けてきたさくらの三式光武。その役目の終わりが近い。

 そう思ってさくらは一人開会式後の予定を組み立てる。もう少しで引退する己の乗機へ感謝を伝えるために。

 

「本当に、光武とのお別れだな」

 

 その言葉にさくらは小さく頷く。思う事がない訳ではない。何せこれまで両手で足りる程ではあったが、共に戦場を駆けた愛機なのだから。 そのさくらの反応を見て神山は不意に呟く。

 

「それにしても、さくらは強いな」

「え?」

 

 不思議そうに顔を向けたさくらへ神山は視線を動かしてある物を見る。

 それは部屋に置いてある真宮寺さくらのブロマイドだった。

 

「夜叉を名乗ったあいつは、真宮寺さくらさんに似ていた。それでもあの時さくらは動揺しなかったじゃないか」

「……当然ですよ。あの時、わたしは夜叉へ聞きました。名前は何ですかって。もしあそこで真宮寺さくらだって、そう言われてたらわたしはきっと平静じゃいられなかったと思います」

 

 ギュッと手を握り締めて、さくらは少しだけ顔を俯かせる。

 彼女の中にある、幼い日の思い出。実家の庭にある桜の木。その下で降魔に襲われた時の事。

 

(あの時、私はたしかに見た。真宮寺さくらさんが降魔を斬り捨てて私を守ってくれたのを)

 

 大丈夫? そう優しい声で尋ねた後、気付くとさくらの目の前から真宮寺さくらはいずこかへと消えていたのだ。

 その時の声と微笑みをさくらは今も忘れていない。驚きのあまり声を出す事は出来なかったが、何とか頷く事だけは出来たあの日。

 その頷きを見て、真宮寺さくらは安堵するように微笑んでくれたのだから。

 

(あの人が、降魔に味方するわけない。例え姿や声が似ていても、真宮寺さくらさんであるはずがない)

 

 そう改めて思い、さくらは顔を上げると部屋に置いてある刀へ目を向けた。

 

 それは彼女が帝劇へ来る前に両親から託された物。天宮家に伝わる由緒正しき品で、魔を封じる力を持つと言われている物だった。

 それまではさくらの母であるひなたが持っていたのだが、帝国華撃団に入るならばと護身用も兼ねて渡されたのだ。

 

 刀を見ている事に気付いたのか、神山の視線もさくらからそちらへと動いた。

 

「さくら、そういえばその刀は何だ? 俺は見覚えないって事は、まだ新しい物なんだろう?」

「いえ、これはお母さんの実家に代々伝わっている物だそうです。魔を封じる力があるんだとか」

「へぇ……でも俺は一度も見た覚えないな」

「私もです。子供の頃、これを見た覚えないんですよね。小さい頃は隠されていたのかもしれないんですけど……」

「まぁ、物が物だしなぁ」

 

 小さな子が気軽に触っていいものじゃない。そう神山も考えてさくらへと目を向ける。

 

「だけど、ある時から家の一角に飾られるようになったんです。まるでいつでも見えるように」

「ある時?」

「はい。えっと……降魔大戦の後ぐらい、ですかね?」

「そうか」

 

 どこかで、また十年前かと、そう思いながら神山は刀を見つめた。

 

(当たり前かもしれないが、様々な事が十年前へ通じている。こうなると司令が機体で警備をと考えるのも無理はないな……)

 

 だが、そこで神山はふと思うのだ。どうして今まで帝国華撃団の再興へ難色を示していたWOLFが、急にその再興へ協力する気になったのだろうと。

 

(司令はWOLFについては自分が考えると言ったが、俺へまったく考えるなと言わなかった。なら、少しぐらい良いだろう)

 

 一先ずさくらへ一言告げ、神山は自室へと向かう。

 部屋へ入ると鍵を閉め、ベッドへと座って思索に耽った。

 

(まず、WOLFは世界中に華撃団を設立させていった。これはいい。次に、戦力のない帝都、巴里、紐育へは他の華撃団を派遣し降魔対策としている。これも分かる。問題は、何故その三つを再興させないのか。もしくは再興しようとしないのか、だな……)

 

 可能ならそれが一番いいのだ。帝都は帝国華撃団が、パリは巴里華撃団が、ニューヨークは紐育華撃団が守ればいいのだから。

 たしかにその三つは新体制となる前の英雄的名称だ。だが、だからこそ余計復興させて世界へWOLFの力を喧伝出来るはず。

 

 何故それをしないのか。それが神山にはどうしても分からなかった。

 大神達の影響力を排するため。これは違う。既に伯林などへ帝国華撃団の隊員だった者達が行ってその指導などをしている。

 では、本当に隊員のなり手が見つからない。これも今ならば怪しい。霊子戦闘機は霊子甲冑よりも起動に必要な霊力が低い。

 ならば最後に、かつての状態を超える事が可能かどうかが不安だから。これが一番らしい予想と言えた。

 

「帝国華撃団を始めとする三つは、いずれもその街や世界を守った事のある華撃団だ。シャオロンの言葉を借りるなら、総力を挙げて戦う悪とぶつかり結果を出した組織だ。今もその街の人達の中にその勇姿は鮮やかに残っているはず。それを越えられないと思っているから手を出さないのか?」

 

 この時の神山は思いもしなかった。まさかWOLFが、プレジデントGがどういう理由でかつての三華撃団の再興を嫌がっていたのかを。

 

 それを知った時、神山は己の無力さと至らなさを責める事になる。

 

 

 

 それから数日後、遂にその時は来た。

 世界中から華撃団大戦へ出場するために集結する、各華撃団の精鋭達。

 その中には神山達が良く知るシャオロン達の姿もあった。

 そして、優勝候補として挙げられる二つの名も。

 

『倫敦と伯林、か。どちらも強敵だな』

 

 無限を通して見る映像では、それぞれの指導員としてかつての帝国華撃団花組だったマリアとレニが紹介されていた。

 

 今、神山達は華撃団大戦の会場となるスタジアムにいた。

 警備及び開催国として世界中の華撃団を迎えるためにである。

 ただ、どこかで緊張感が薄いのは仕方ないだろう。何せここには神山達だけでなく各国の華撃団の精鋭達が集うのだ。

 

 そんな中へ、さすがの夜叉達もわざわざ姿を見せる事はないと考えていたのだから。

 

 実際、機体の中から映像を見て、さくらや初穂は感動するような眼差しをしていた。

 

『レニさん、お綺麗ですね……』

『マリアさんも凛々しくて大人の女って感じだぜ……』

 

 二人してかつての頃より髪を伸ばし、より女性的な印象を強めていた事もあってか、さくらと初穂だけでなくクラリス達も映像の二人へ目を奪われていた。

 

『あれが、かつての花組の二人……』

『綺麗……。でも、どこか優しい顔をしてる』

『マリア・タチバナとレニ・ミルヒシュトラーセ。あの二人が、マリア様とレニ君ね』

 

 そんな中、アナスタシアが漏らした一言を聞いて大神が大きく体勢を崩した。

 

『えっと、アナスタシア君? それももしかして……』

『シャノワールで聞いた呼び名よ。かつてはそう呼ばれていたんでしょ?』

 

 思わず問い質す大神へ返ってきたのは予想通りの答え。

 一体シャノワールで誰がアナスタシアへ色々とおかしな事を吹き込んだのだろうと、そう大神が頭を抱えたくなった時だった。

 

 突然、スタジアム上空で滞空していた飛行戦艦の一つから爆発が起きたのである。

 

「どうした!? 神山、状況を報告しろっ!」

『上空にて滞空していた飛行戦艦の一つから爆発音! 煙と炎が上がっています!』

『神山さんっ! あれっ!』

「司令、モニターをっ!」

「これは……」

 

 華撃団大戦の開会式の模様を中継していたモニター全てへ、あの夜叉の姿が映し出されていたのだ。

 

『我が名は夜叉。お前達が降魔と呼ぶものだ。華撃団とやらが集まって何かしようとしているようだが、無駄な事だ。降魔皇と呼んだ存在を帝剣を使い、封印するのがやっとだったお前達に何が出来る。大人しく降伏し帝剣を差し出せ。さすれば滅ぼす事だけは止めてやろう』

(っ!? 帝剣を使って、だと!?)

 

 夜叉の口から語られた内容に大神は内心で驚愕する。

 十年前の戦いで腑に落ちなかった事がまさか降魔から説明されると思っていなかったのである。

 

 夜叉はそれだけ告げるとモニターから消える。

 同時に神山から作戦司令室へ通信が入った。

 

『司令っ! 夜叉が逃げますっ! 追撃の許可をっ!』

「ダメだ。それよりも今は救助を優先してくれ」

『しかしっ!』

「命令だ。ただし、夜叉が他の場所で被害を出さないとも言えない。君と望月君は夜叉を見失う、あるいは街を離れるまで追跡を許可する。くれぐれも深追いするな。危ないと感じたら撤退せよ」

『っ! 了解っ!』

 

 大神の気遣いに感謝するように応じて神山は通信を終える。

 

 幸い死傷者などなく、花組の活躍もあって最悪の事態は回避出来た。

 ただ、予定されていた開会式は一旦中止となり、しばらくの後にプレジデントGの会見が行われる事となった。

 夜叉の追跡も会場を離れたところで転移されて見失い、神山とあざみは若干の落胆と共に帰還する事となる。

 

『神山さん、お疲れ様です』

『ああ。夜叉がすぐに姿を消した事を喜ぶべきか悔やむべきか複雑なところだけどな』

『無念』

『でも、他に被害が出なくて良かったです』

『そうだって。こっちも怪我人はいても重傷者はいないし死者もなし、だ』

『警備として最低限の結果は出せたってとこかしら』

『そうだといいんだが……』

 

 大神から聞いた情報のため、若干プレジデントGへ不信感にも似た感想を持っている神山は、今回の夜叉の襲撃さえも帝国華撃団への圧力へ利用するのではと勘ぐってしまっていた。

 

 そんな中、モニターへプレジデントGの姿が映し出された。

 

『お待たせしました。皆さん、ご安心ください。先程の降魔の襲撃での死者はありません。更に追跡した帝国華撃団の報告によれば、あれだけの啖呵を切っておきながら我らWOLFの前に恐れをなして逃げ出したそうです』

 

 誰もがプレジデントGの話へ耳を傾けている中、神山と大神だけはその肝心の部分は何だと探る様な表情でモニターを見つめていた。

 

『ですが、帝国華撃団が警備をしていながら降魔の襲撃を許してしまった以上、やはり相手への警戒を高める必要があると考えます。つまり、今は非常時にも近しいと。なので、今回の華撃団競技会は舞台で競う演舞を中止し、戦技を競う演武へ重きを置きたいと考えます』

 

 そこまでは二人も理解が出来る話ではあった。ただ、大神やかつての華撃団関係者達は納得はしていなかったが。

 

『しかも、より各華撃団には緊張感を持ってもらおうと思い、今回に限り敗者へはペナルティ、即ち罰を与えます』

 

 その瞬間、華撃団関係者達全員が息を呑んだ。その意味合いはそれぞれで異なるが、神山のそれは大神達のそれと同じであった。

 

『罰の内容は、敗北した華撃団の再編。予算から隊員までを一から見直します』

『異議ありっ!』

 

 モニターへ聞こえるはっきりとした声。それはスタジアム全体へも聞こえていた。

 その声の主を理解し、プレジデントGはため息混じりにその相手の名を告げた。

 

『何ですかな、大神司令』

 

 それは、会場内にいた海軍の軍服姿の大神だった。

 

『プレジデントGの仰る事は分かります。現在、帝都は降魔の襲撃を受けている状態で非常時と受け取れる事は。ただ、それに我々帝国華撃団が責めを受ける事や責任を問われる事はともかく、何故他の華撃団の仲間達を巻き込まねばならないのか。緊張感を持って欲しいという狙いは分かりますが、各華撃団はその街や国の守りの要。その強さの一つに華撃団全体の連帯感があります。それを再編などしては、いざと言う時に守るべきものを守れない事に繋がりかねませんっ!』

『では、どうすればいいと?』

『罰など課さずとも、華撃団の御旗の下に集まった者達は魔を払い、人々を守る事を信条とする地上の戦士達です。そんな彼らなら、先程の降魔による挑発を聞いてやる気を出さぬはずはないと自分は考えます。もしそれでも彼らを信じられぬと言うのなら、少しでも競技会で真剣さのない者がいた場合、自分へいかような処分でも下してください』

『……例えば帝国華撃団司令の座を譲ってもらうとしても?』

『構いません』

 

 その言葉にざわざわと声が上がる。一切の迷いも躊躇いもなく、大神は凛とした表情で言い切ったのだ。

 さすがのプレジデントGもそれは予想外だったのか一瞬息を呑むも、すぐにそれを消して笑みと共に拍手を送った。

 

『さすがは華撃団発祥の地を預かるかつての英雄だ。私も司令の熱い気持ちに感銘を受けました。いいでしょう。では敗者への罰はなくします。ただし、もし少しでも演武にて真剣さが足りない者がいた場合、大神司令、その時はいいですね?』

『ご自由に。俺は、華撃団の仲間達を信じています』

 

 その大神の姿と言葉は中継を通じて世界中へ映し出されていた。

 それを見て、かつての仲間達が胸を震わせていた。

 今は離れてしまった者達、今も関わる者達、それらに関係なく大神の言葉と姿に彼が変わっていない事を感じ取り、ある者は胸を、ある者は目頭を熱くしていた。

 

――中尉らしいですわ。

――隊長、流石です。

――ふふっ、お兄ちゃんは変わらないみたいだよ、ジャンポール。

――よ~言った大神はん!

――へっ、隊長はやっぱり隊長だぜ!

――あの顔の中尉さん、久しぶりに見ましたね~。

――大神一郎、ここにあり、だね。

――大神さん、カッコイイです……。

――ふっ、やはり貴公は貴公のまま、か……。

――そうだよ! イチローは仲間をどこまでも信じるんだからっ!

――ったく、相変わらず真面目だねぇ。らしくて笑いが出ちまうよ。

――凛々しいです、大神さん……ぽっ。

 

 特にかつて彼の下で戦った女性達は、その胸に眠らせていた想いが目を覚ますのを感じ取っていた。

 

 そして、それは遠く仙台の地にも……。

 

「さくらさん、聞こえてますか。大神の奴、今もあの頃と同じように真っ直ぐ生きてますよ」

 

 白いスーツの男が静かに眠るさくらへ話しかける。だが、さくらの目が開く事はない。

 それに男は悲しげな顔をするものの、それでも諦める事無く手にしたラジオをさくらの耳元へ近付けた。

 

 そこから流れる大神の声に笑みを浮かべ、男はさくらの顔を見つめた。

 

「……が……ん」

「ん?」

 

 微かに何か聞こえたと思い男が耳をさくらの口元へ寄せる。すると……

 

「おおがみさん……」

「っ!」

 

 驚いて弾かれるように男が動く。だが、さくらの目は閉じたまま。しかも、もう口も動いていなかった。

 

「……やはり、眠り姫を起こすには王子が必要なのかもしれんな」

 

 そう呟いて男はスマァトロンに良く似た機械を取り出す。そしてどこかへと連絡を入れ始めた。

 

――俺だ。そちらの様子はどうだ?

 

 

 

 その後開会式は問題なく進み、神山達は一旦帝劇へと帰還した。

 だが、そこで神山は大神から来日した他の華撃団へ挨拶回りに行くよう言われる。

 実は、このままなら相手から帝劇に挨拶へ来る事となるのだが、先程の襲撃やプレジデントGとの一件で大神は仕事に追われる事が決定していた。

 

「なので、俺の代わりに君が先んじて相手の下を訪れてお詫びと挨拶を頼む」

「分かりました」

「ついでに誰か一緒に連れて行くといい。シャオロン達以外は誰も他の華撃団を知らないだろう」

「そうですね。なら、興味ありそうな隊員を誘ってみます」

 

 こうして神山は早速とばかりにサロンへ向かい、そこにいたさくら達へこの話を振った。

 すると、当然のように全員が興味を示してしまい、ならばと六人で行動する事になった。

 

 まずは上海華撃団の拠点である神龍軒へ。

 平常運転のように営業している事に若干驚きながらも、神山達は店内へと入る。

 

「おう、神山達か」

「いらっしゃい」

 

 午前中の事などなかったかのように振舞う二人に神山達は戸惑うものの、すぐにその理由を察して納得する。

 

「大神司令のお言葉、ですね」

「ああ。あんなに燃える激励あるかよ。どんな罰よりも効くぜ、あれは」

「司令は自分の地位さえ賭けて私達の事を信じてくれた。あんなの見せられたら、気合入れない訳にはいかないじゃない」

「だよなぁ。アタシも思わずじーんときちまった」

「だからこそ、演武以外ではギラギラするつもりはねえ。で、どうする? 食ってくか?」

「いや、挨拶回りも兼ねてるんだ。だから今日は遠慮させてもらうよ」

「そうか。ああそうだ。俺達と当たっても手抜くなよ。全力で来い」

「勿論。あざみ達は負けない」

「そうこなくっちゃ。私達も負けないからね」

「お互いに全力を出し合いましょ」

「それじゃあ失礼しますね」

 

 まだまだ忙しそうな神龍軒を後にし、次に向かうのは大帝国ホテル。

 そこは倫敦華撃団が拠点として定めた場所だ。

 

 神山達が店を出て行った直後、入れ替わるように一人の女性が出前から帰ってきた。

 

「あっ、おかえり紅蘭さん」

「ただいま。いやぁ、久しぶりやと中々場所が分からんなぁ」

「紅蘭さん、だからユイが行くって言ったじゃねーか」

「いやいや、注文受けるのうち苦手やから。適材適所や。っと、また出前が入るまで店内で手伝うわ」

 

 言いながら出前に使った岡持ちを厨房の隅へ置くと、紅蘭はヘアゴムを手にして下ろしていた髪をポニーテールへまとめる。

 

「ま、この方がええか」

「三つ編みにしないの?」

「あー、もうこの歳になってくるとちょう抵抗あるわ」

「えー、似合うって。ね、シャオロン」

「え? あ~……」

「「そこは即答するとこでしょ(やろ)っ!」」

 

 ハリセンを持っていれば見事なツッコミと見えただろうタイミングで二人はシャオロンへ手を動かす。

 そんな光景を見て店の客達は笑い、シャオロンは苦笑いし、ユイと紅蘭は微笑むのだった。

 

 さて、神龍軒でチャイナ姿の女性二人が忙しく動き出した頃、神山達は大帝国ホテルの中へと足を踏み入れていた。

 

「は~……アタシは初めて来たけど、こんな風になってるんだな」

「キラキラしてる……」

「眩しいです」

 

 キョロキョロとしている初穂とあざみにさくら。ホテルとは縁遠いためか、豪華な内装のフロントやロビーに目を何度も瞬きさせていた。

 

 一方でクラリスとアナスタシアは、こういう景色にも慣れているためあっさりと倫敦華撃団の人間を見つけて神山へ教えていた。

 

「神山さん、あの階段辺りにいるのがそうじゃないでしょうか」

「間違いないわ。あの女性は倫敦華撃団のランスロットよ」

「……そのようだ」

 

 完全におのぼりさんなさくら達三人を置いて、神山は階段へと歩き出そうとする。

 そんな時、ランスロットが何気なく神山達に気付いて顔を動かし、シャンデリアを見上げているさくらへ目を向けた。

 

「……カタナ、か」

 

 正確には、さくらの脇に差された刀へと目を向けたのだ。

 するとあろう事かランスロットはその場から飛び降りてさくらへと向かって行く。

 しかも彼女の手には一振りの西洋剣が握られていた。

 

「え? え?」

「もらったっ!」

「っ!? さくらっ!」

 

 神山の声でその場の全員が息を呑む。ランスロットの一撃はさくらの抜いた刀で止められていた。

 

「な、何なんですか一体っ!」

「へぇ、意外とやるじゃん」

 

 戸惑いながらも表情は真剣そのものなさくらと、どこか余裕を感じさせるランスロット。

 だが、急にランスロットがその場から飛びのいた。何が起きたか分からないさくらであったが、すぐにその行動理由に気付く。

 

「あざみ……」

「少し遅くなった」

「やれやれ。邪魔が入っちゃった」

 

 先程までランスロットがいた場所のすぐ後ろにクナイを構えたあざみがいたのである。

 

「てめぇっ! どういうつもりだっ!」

「腕試しだよ。そんな物を持ってるなら強いんだろうなって」

「貴方、倫敦華撃団のランスロットさんですよね! 何で同じ華撃団同士で今みたいな危ない事をするんです!」

「って言われてもなぁ……」

「何をしているんだい、ランスロット」

 

 興を削がれたように口を尖らせるランスロットだったが、その頭上から男の声がしてバツが悪そうな表情へと変わる。

 

「うわぁ、厄介なところを見られた……」

「僕は何をしているのか聞いているんだよ、ランスロット。説明をしてもらえるかな?」

 

 そこにいたのは倫敦華撃団の騎士団長、つまり隊長であるアーサーであった。

 彼は二階部分から階段を下りてランスロットへ近寄ると、そこにいた神山達へ気付いた。

 それだけで大方の事を察したのだろう。大きくため息を吐くと、ランスロットの額へ指を弾いて当てるや神山達の前へ歩み寄った。

 

「ったぁ~!」

「ふぅ……すまないね。ランスロットがどうやら迷惑をかけたようだ」

「い、いえ……」

「キャプテン、ここはそうだと言うところよ」

「おうおう、そうだそうだ!」

「いきなりさくらが斬りかかられた」

「それは申し訳ない。ランスロットは、強そうな相手を見るとすぐに勝負を挑んでしまう重い病にかかっていてね」

「あたしを重病人みたいに言わないで」

「実際近いものがあるよ。いい加減こうやって謝罪する側の気持ちを分かって欲しいものだ」

 

 呆れるように肩を竦めるアーサーに、神山は二人の普段を想像し心の中で合掌する。

 

「とにかく、迷惑をかけたね。それで、どうして君達帝国華撃団がここに?」

「あっ、実は……」

 

 神山が大神が挨拶を受けられない程忙しい事を告げると、アーサーはそれに頷いて小さく息を吐いた。

 

「それは残念だ。大神司令とは一度直接会って話をしてみたかったんだが……」

「今は無理でも、いずれ落ち着くと思います。そうなったらまたご連絡しますよ」

「それは助かる。ランスロット、君は彼女へ謝っておくべきだ。それに貸し切っているとはいえ、ここはホテルだ。人々の憩いの場でもある。そこで騒動を起こすのは華撃団の、騎士の一人としていかがなものだい?」

「む~……分かったよ。ごめんなさい」

「え、えっと、こ、今後は気を付けてください?」

 

 どう返せばいいのかと困惑するさくらだったが、そんな彼女へアーサーが少しだけ笑みを浮かべた。

 

「何のフォローにもならないが、ランスロットは強いと感じた相手じゃないと勝負を仕掛けない。君はそういう意味では彼女の眼鏡に適ったと言えるね」

「そ、そうですか」

「ねぇ、君の名前は?」

「さ、さくらです。天宮さくら」

「よし。さくら、今度は邪魔の入らないところでやろう。どこならいい?」

「ええっ!? そ、そうですね……」

 

 諦めきれないという感じのランスロットにさくらはどうしたものかと考えるが、それを見ていた初穂がややうんざりした様子で解決策を告げた。

 

「帝劇の中庭でいいじゃねーか」

「ああ、そっか」

「何? 帝劇に勝負出来る場所あるの?」

「勝負出来ると言いますか……」

「むしろ勝負出来る場所にしないで欲しいとあざみは思う」

「同感ね」

 

 帝都の人々の憩いの場を守るために自分達の憩いの場を差し出す事は避けたい。

 そんな気持ちがクラリス達からは感じられた。

 

「と、とにかく今日のところはこれで」

「ああ」

 

 これ以上いるとホテルの利用者の迷惑となると判断し神山は撤退を選択、次の華撃団がいる拠点へと向かうのだった。

 

 その姿が見えなくなったところでアーサーはランスロットへ目を向けた。

 

「で、どうだい?」

「う~ん……まだ分からないけど、あたしの一撃を受けた時点でさくらはまあまあ。それと、あの小さい子? あの子も結構出来るよ」

「そうか。帝国華撃団、やはり侮れないようだね」

「何をしているの?」

 

 聞こえた声にランスロットが背筋を伸ばし、アーサーが思わず苦笑する。

 自然な形で振り返るアーサーとぎこちない形で振り返るランスロット。

 そこには金髪の美しい女性が立っていた。

 

「いえ、先程まで帝国華撃団の面々が挨拶に来ていまして」

「帝劇の? そう……」

「ま、マリアさんはどうしてここに?」

「あら、私が部屋から出て来たら不味いの?」

「そ、そんな事ないけど、ほら、さっきはしばらく読書してるって」

 

 明らかにマリアを恐れているランスロットにアーサーは心の中で十字を切った。

 

(これはもうランスロットが何かやった事を見抜いているね。お気の毒様、ランスロット)

(不味い不味い不味い。マリアさんの目がすっごく優しい。あれ、もうあたしが問題起こしたって察してるやつだよ……っ!)

(まったく。大方帝劇の誰かへ勝負を仕掛けたのね。相変わらず何かしでかすと露骨に態度に出るわね、ランスロットは……)

 

 かつての帝劇でのトラブルメーカーである紅蘭とカンナペアを相手にしている気分で、マリアはため息混じりに階段を下りていく。

 それがランスロットには、さながら死刑執行のカウントダウンに見えたとか。

 

 ランスロットがマリアからお説教を受けて涙目になり出し、アーサーがそれとなく止めに入った頃、神山達は銀六百貨店前で降魔の襲撃を受けていた。

 とはいえ、それは帝劇へ挨拶に伺うために近くにいた伯林華撃団によって事なきを得、その流れで神山達は伯林華撃団と共に帝劇へ帰還する事となる。

 

 ただ、その帰り道での話題は伯林華撃団の隊長であるエリスの鮮やかな手並みに終始した。

 

「見事でした。まるで舞を見ているみたいで」

「本当だぜ。あそこまでやられると悔しささえねーよ」

 

 今もその光景を思い出しているのか魅入られたような表情のさくら。初穂はそこまでではないが、やはり思うところがあるようで心の底から感心するような表情だった。

 

「鮮やかと言ったらなんですが、本当に美しいと表現するしかない戦いでした」

「洗練された動きは舞のように見えるって、そうどこかで聞いた事がある!」

「その通りね。あれ程の演舞であり演武をされると優勝候補という意味がよく分かるわ」

 

 さくらのようにうっとりとしているのがクラリス。あざみはやや興奮気味に感想を述べ、アナスタシアがそれを肯定しつつ困り顔で神山を見た。

 

「ああ。二連覇は伊達じゃないって事か」

 

 そう言って神山は視線を上へ向ける。自分達と歩を同じくする鋼鉄の戦士。それを駆る女性達がどんな人物なのかと思いながら。

 

 そして、意外とその機会はあっさりと訪れる。

 

「じゃ、俺はエリスさんを支配人室へ案内してくるから」

 

 格納庫へアイゼンイェーガーを預けた伯林華撃団の隊長であるエリスは、先程の戦闘について大神へ報告をしたいと求め、ならばと神山が案内する事となったのだ。

 まだ挨拶しなければならないところもあるが、さすがに降魔が現れて挨拶回りを優先は出来ない。そのため、神山達は帝劇へ戻ってきたのだから。

 

「はい、分かりました」

 

 全員を代表してさくらがそう答えると、隣のクラリスが視線をエリスの横にいた小柄な少女へ向ける。

 

「マルガレーテさんはどうしますか? もしよければ帝劇の中を案内しますよ?」

 

 親切心からの申し出だが、それを聞いてマルガレーテと呼ばれた少女はクラリスを一瞥するとため息を吐いた。

 

「結構よ。私は私で勝手に見て回らせてもらうから。案内なんて邪魔なだけ」

「そ、そうですか……」

 

 がくっと肩を落とすクラリスと苦い顔をするさくらと初穂。アナスタシアは特に表情を変える事なくマルガレーテを見つめる。

 

 そんな中、あざみが微かに眉を顰めて呟いた。

 

「……口が悪い」

「何か言った?」

「ダメよあざみ。イイ女は敵を作るような事は言わないものよ」

 

 アナスタシアの言い方に今度はマルガレーテが少しだけ眉を動かすも、何か言っては負けと考えたのか何も言わずその場から去っていく。

 若干の気まずさがその場に残り、エリスが申し訳なさそうな表情を見せた。

 

「すまないな。悪い子ではないのだが」

「いえ、気にしていませんから」

「そう言ってくれると助かる。では、行こう」

「ええ」

 

 神山と連れ立って歩くエリスの背中を見送り、初穂は唸るように声を漏らして腕を組んだ。

 

「シャオロンやアーサーだっけか。隊長ってどこも男だったけど、伯林だけ女が隊長なんだなぁ」

「真面目で礼儀正しい。よく聞くドイツ人らしい方ですね」

「あの小さいのとは大違い」

「あざみ、そんな言い方しちゃ、めっ!」

「ふふっ、じゃあ私達もここで解散しましょ」

 

 その言葉を切っ掛けにさくら達はそれぞれで動き出した。

 

 さくらはランスロットとの一件で火が点いたのか、剣の稽古をするべく自室へ向かって木刀を片手に中庭へ。

 クラリスはいつものように資料室へ。初穂は何か思い出したように舞台へと向かった。

 あざみは何か剣呑な光を目に宿して姿を消し、アナスタシアは自室へと向かった。

 

 

 

「以上で報告は終わりです」

「ありがとう。わざわざ来てもらってすまないな」

「いえ、大神司令と直接会ってお話がしてみたいと思っていましたので。今までもレニ教官から色々聞いてはいましたが、やはり自分の目と耳で確かめたいと」

「ははっ、そうか」

「もし良ければ昔の事をお聞かせいただいても?」

(ふ、雰囲気が変わった?)

 

 今にも身を乗り出しそうなエリスに神山が軽く驚いていると、大神はその申し出に若干の躊躇いを見せた。

 

「……戦闘絡みじゃなくてもいいなら」

「構いません。ありがとうございます」

 

 嬉しそうに笑みを見せるエリスは、年頃の少女らしさをどこか感じさせる。

 大神はそんな彼女に笑みを浮かべて頷くと神山へ視線を向けた。

 

「そういう訳だから、神山、君はもう好きにしてくれて構わないよ」

「分かりました。では失礼します」

「神山隊長、案内感謝する」

「いえ。ではごゆっくり」

 

 小さく苦笑し神山は支配人室を出て二階へと向かうと、そこで彼は資料室から出て来たマルガレーテと出会った。

 

「マルガレーテさんじゃないですか。資料室に用事でも?」

「別に。ただ見てみただけ。それで、何か用?」

「いえ、特に用という訳では……」

「そう。なら話しかけないで」

「なっ……」

 

 絶句する神山の横を通り過ぎて階段を下りるマルガレーテ。

 そのあまりの接し方にさしもの神山も言葉が出なかったのだ。

 

「……何というか、エリスさんと二人で成り立つような感じだな」

 

 あるいはエリスがああいう人間だから、マルガレーテはあえて今のように振舞っているのかもしれないと、そう解釈して神山はその場から動き出す。

 

 そして様々な出来事に遭遇する事となるのだ。

 

 まずは、吹き抜け部分で……

 

「あざみ、どうしてそんなとこに上ってるんだ? 危ないぞ」

「隊長、今マルガレーテが一階を見て回ってる」

「ああ、そうだろうな。さっき階段近くですれ違った」

「ここからなら狙える」

「狙える……?」

「そう。倫敦のランスロットが良い事を教えてくれた。腕試しと言って襲撃すれば許される」

「待て待て待てっ! それは違うぞあざみっ!」

 

 何とかあざみの暗殺もどきを止め、一階へ下りて舞台で……

 

「初穂、何をしてるんだ?」

「ん? ああ、これはアタシが小さい頃実家の神社で教わった舞だよ。神楽ってやつだな」

「成程なぁ。道理で見事だった訳だ」

「そ、そうか? 久しぶりにやったんだけど、意外と体が覚えてるもんだ」

「もしかして、それはさっきの?」

「おう。アタシもこういう動きを頑張れば無限に活かせるかなってさ」

「……でも初穂の武器は棍棒というか金槌だろ? あれで今みたいな動き、出来るのか?」

「うっ!」

 

 それでも神楽を頑張る初穂へ応援を送り、次に向かった中庭で……

 

「さくら、剣の稽古か?」

「はい。その、ランスロットさんの一撃、とても重かったんです」

「ああ、そうだろうな。見てるこっちも重さが伝わってくる感じだった」

「それに、誠兄さんも見ましたよね?」

「……もう一振り剣があったな」

「はい。きっと本気になったら二刀流です。そうなったら、それこそ嵐のような剣戟を繰り出す。いつぶつかるか分かりませんけど、その時に力負けしないようにしたいんです」

「そうか。何なら俺が仮想敵になろうか?」

「……嬉しいけど、遠慮しておきます。それに、今の話をランスロットさんにしたら自分でそうしてくれそうですし」

「ははっ、違いない」

 

 まだ稽古を続けるさくらに感心しながら再び二階へ向かうと資料室で……

 

「ど、どうしたんだクラリス?」

「……マルガレーテさんがここの本をかび臭いって馬鹿にしたんです」

「……成程」

「私、悔しくって。でも、何も言い返せなかったんです」

「いいさ、それで。そこでクラリスまで酷い言葉を使う必要はないよ」

「神山さん……」

「他の誰が何と言おうと気にするな。クラリスがここの本を素晴らしいと思えるならそれでいいじゃないか。俺だってここはかび臭いなんて思わないぞ」

「……はい、そうですね」

 

 気を取り直して執筆活動をするクラリスの邪魔をしないよう、廊下に出たところで……

 

「あらキャプテン」

「アナスタシアか。どうしたんだ?」

「いえ、今まで部屋で考え事をしていたの。夜叉の言っていた帝剣って何なのかって」

「ああ、そう言えばそんな事を言っていたな」

「響きからして帝都に関係していそうじゃない?」

「……可能性はあるな」

「ミスターは知っているのかしら」

「どうだろう? 知らない可能性もないとは思えないけど……」

「どうして?」

「俺達へ一度としてそんな話をしていないだろ? もし“ていけん”が十年前の戦いで使われた物なら名前ぐらいは出してそうじゃないか」

「……たしかにね」

 

 あまり気にしないようにすると言って一階へ下りていくアナスタシアを見送り、自室へ戻ろうとしたところで……

 

「支配人からの連絡? ……エリスさんが帰るのか」

 

 そこには、エリスが帰るので自分の代わりに見送りを頼むという大神からの依頼が書かれていた。

 

 なので神山は急いで支配人室前まで向かう。そこにはマルガレーテが立っていた。

 

「エリスさんがそろそろ帰るそうです」

「そう」

「マルガレーテさん、帝劇はどうでした?」

「古臭い。あちこち手入れが行き届いてない」

「手厳しいですね」

 

 一度も自分を見る事なく淡々と感想を述べるマルガレーテに、神山は苦い顔をするしかない。

 それでも、彼女は最後にこう締め括った。

 

「だけど、ここがなければ私達はいない。そういう意味ではここに来て良かったわ」

「マルガレーテさん……」

「それにしてもエリスはズルい」

「ズルい?」

「……私だって大神一郎には興味がある」

 

 そこにマルガレーテの本当の顔を見た気がして、神山は小さく微笑むと顔を前へと戻した。

 

「何よ?」

「別に何もないです」

「……絶対嘘」

「エリスさん、遅いですね」

 

 神山が話を逸らしている事は分かったマルガレーテだったが、その意見には同意だった。

 なのでどうして遅いのかをその優れた頭脳で考え、可能性の高い答えを導き出した。

 

「多分エリスが帰ると言い出したのではなく、大神一郎がそれとなく帰るよう仕向けた」

「で、エリスさんが渋っているか粘っている?」

「きっと」

 

 話しながら神山はマルガレーテの印象を変えていた。

 表面的な部分は絡みにくいが、ちゃんと話してみれば受け答えもしてくれるし、中々可愛い部分もあるのだと。

 

(用がなければ声をかけるなってのは、きっとマルガレーテさん自身も話すのが得意じゃないんだろう)

 

 そこから実に五分近く神山はマルガレーテと会話する事となり、支配人室から出て来たエリスはどこか肩を落とし、チラリと見えた大神は疲れたように机へ突っ伏していた。

 

 そして格納庫へ二人を送った神山へエリスは声をかけた。

 

『競技会でいつ当たるか分からないが、可能ならば手合せしたいものだ』

『それは無理です。私達はシード扱いですし、帝国華撃団の戦力では決勝戦へ辿り着ける確率は10%もありません』

「なら、その計算を狂わせてみせます。そちらはそうなった時に慌てないでください」

『ああ、分かった。君達の健闘を祈る。では、失礼する』

『精々足掻きなさい』

 

 そう言い残して二機のアイゼンイェーガーは去って行った。

 残された神山へ後ろから令士が近寄り、噛み締めるように呟くのだ。

 

「気を付けろよ。あの機体、無限よりも先に完成したってのに性能面じゃ互角以上かもしれん」

「……要は乗り手の腕次第、か」

 

 望むところだとばかりに呟いて神山は拳を握る。

 どこが相手でも負けるつもりはないとばかりに。

 

――かつての帝国華撃団や巴里に紐育の関係者の人達へも、俺達は見せてやるんだ。帝国華撃団はここに復活を遂げたと……。




今回の話のゲーム的要素は誰を誘うか、ですかね?
さくらだけやあざみとクラリスだけなど、そのパターンは多岐に渡ります。きっとプレイヤーの中でコンプするのが大変なイベントになるでしょう。
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