新サクラ大戦~異譜~   作:拙作製造機

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上海にも見せ場を。そう思ったらこうなりました。


開幕の狼煙 後編

 開会式の翌日、格納庫にさくらの姿があった。

 その視線の先には真新しい桜色の無限。さくらの無限が届き、これで花組は全員無限への乗り換えを終える事となった。

 

「……はじめまして、だね。これからよろしく、無限」

 

 そっと機体へ触れ、さくらは小さく笑みを見せると、そのまま無限の前を横切り格納庫の奥へ向かう。

 以前大神の光武二式が置かれていた場所にさくらの三式光武の姿があった。無限が届いた事により、やっとその役目を終えて眠る事となったのである。

 

「三式光武、ありがとう。昨日も言ったけど、もう一度言わせて。本当に、今まで私を助けてくれて嬉しかったよ」

 

 さくらの脳裏に浮かぶのは、神山の初陣の際の再起動。

 大勢の傀儡機兵を相手に奮起し、桜吹雪を放った時の事だ。

 

「これからは貴方の意思を無限が継いでくれるから。だから、ゆっくり休んでね」

 

 そう告げてさくらはそっと三式光武に付けられた四葉のクローバーを撫でる。

 神山と令士によるお守りであるそれを、さくらは無限へ着ける事はやんわりと拒否したのだ。

 これは三式光武のものだと。それに、これがあれば例え乗り手がいなくなっても寂しくないだろうとも、さくらは思ったのである。

 

(きっと、本当は貴方達が戦場へ出る事なく眠るのが一番なんだよね。そのためにも、わたしは無限と頑張るから。いつか、貴方の隣に無限も眠れるように)

 

 昨日までの愛機へ誓いを立て、さくらは静かにその場を離れる。

 すると、微かに三式光武のカメラに光が灯る。

 だがそれをさくらが気付く事もなく、彼女はそのまま格納庫を後にした。

 

 さくらは知らない。三式光武のその奥に、令士の睡眠時間を削る存在が静かに眠っている事を……。

 

 

 

 さくらの無限が来たその日、華撃団競技会のトーナメント表が発表された。

 帝国華撃団初戦の相手は上海華撃団。シャオロン達とだった。

 カオルから渡されたそれを持って、神山はさくら達をサロンへ集めたのだ。

 

「いきなりシャオロン達か……」

「初めて間近で見た二人の連携は凄かったです……」

 

 魔幻空間で見た大量の傀儡機兵達を物ともしない強さを思い出し、さくらは表情を強張らせる。

 初穂やクラリスも救出された時の事を思い出したのだろう。その力強さや頼もしさが敵対すると恐ろしさとなると感じて表情を複雑なものとしていた。

 

「そういえば、対決内容はどうなるんだ? 前回までは総当たりだったのが今回はトーナメントになったように、その演武内容も変更されるのか?」

 

 何も知らないに等しい神山の質問へさくらはおろか初穂やクラリスさえも首を捻る事しか出来ない。あざみなどは自分に聞くなとばかりにトーナメント表を眺めている。

 

「従来通りなら二本先取の仮想敵を使った点数争いよ。最大三回まで行って決着を着けるわ」

 

 そんな中、若干呆れ混じりに神山へ教えるのはアナスタシアだ。

 どうして誰も知らないのかと思ったのだろう。それも仕方ない。何故なら、さくら達が華撃団大戦を見ていた時はまだ花組の一員でさえない時であり、神山も軍学校時代などはそこまで興味を持っていた訳ではなかったのだから。

 

 故に彼はその説明を聞きながら、さくら達まで感心するような反応を見せているのを視界に入れて苦笑した。

 

「さくら達も知らなかったのか」

「み、見た事はあるんですけどルールまで把握してなくて」

「面目ねぇ」

「わ、私も以前はそこまで興味がなかったものですから」

「縁が無いと思ってた」

 

 そのクラリスとあざみの言葉で神山は察した。

 彼女達しかいなかった頃の帝国華撃団は、とてもではないが華撃団競技会へ出場など出来る状態ではなかった。

 故にさくらや初穂のように好きで見ているか、クラリスやあざみのように興味を持たないかのどちらかしかなかったのだと。

 

 つまり、誰一人としてその舞台に自分達が出るなどと思っていなかったのだ。

 

(無理もないかもしれない。俺だって、さくら達の立場だったらどうだったか……)

 

 それでも腐り切る事なく過ごせていただけでも凄い事。

 そう思い直し、神山はアナスタシアの方へ視線を戻した。

 

「そういえば、さっき従来通りと言っていたけどどうしてだ?」

「あら、開会式を夜叉が襲撃した後、プレジデントGは何て言ってた?」

「……そういう事ですか。つまり、私達へ緊張感を与えるためにルールを変える可能性がある」

「ええ」

「……やりかねないですね。大神司令がご自分の進退を賭けてまで言って意見を変えたぐらいですし」

 

 さくらの言葉に神山は小さく頷く。

 あの大神の言葉は客観的に見ればかなり危ない発言だ。何せ、真剣さが足りないとはどういう事かが明確ではない。

 しかも、それを判断するのはあのプレジデントGなのだ。今や大神の地位は彼の手に握られたと言ってもいい。

 

(だが、そうなっても構わないと司令は俺達を、華撃団を信じてくれた。シャオロン達だけじゃなく、きっとそれを全ての華撃団隊員が感じ取ってくれたはず。なら、今は俺も信じよう。全ての力を、技を、出し尽くしてぶつかる事で)

 

 もしプレジデントGが難癖をつけてくるとしても、それが余程でない限りは撥ね退けられるはずだ。そう神山は考えていた。

 

(何しろ相手は大神一郎司令だ。下手をすればその人気や名前は華撃団関係者にはプレジデントGよりも凄い。そんな相手を難癖や言いがかりのような内容で蹴落とせば、逆にプレジデントGの方が周囲を敵にする)

 

 だからこそシャオロン達も手を抜くなと言ったのだと思い、神山は表情を凛々しくすると周囲へ聞こえるように告げる。

 

「司令の信頼に応えるためにも、そして同じ華撃団の仲間達の信頼に応えるためにも、俺達も全力で勝ちに行こう!」

「「はい!」」

「おうっ!」

「うんっ!」

「ええ」

 

 凛々しく返事をするさくら達。その声に神山も頷き返すと、そこへ近付く者達がいた。

 

「気合は十分みたいだな」

「シャオロン……。それにユイさんも……」

「ニーハオ! さくら達も元気そうだね」

 

 揃って現れたシャオロンとユイに神山はどこか疑問符を浮かべる。

 何故急にと。対戦相手が発表されたからだけではないような気がして、彼はシャオロンへ問いかける事にした。

 

「シャオロン、今日来た理由は対戦相手が決まったからか?」

「それもあるが、一番の目的はここへある人を案内する事だ」

「案内?」

「そうよ。今は大神支配人とお話し中」

「まぁ、俺達の案内なんて必要ないとは思ったんだけどな。初戦の相手がお前達って事でならついでに行くかってよ」

 

 そう言うとシャオロンは目付きを鋭くして神山を睨み付ける。

 

「て訳で覚悟しろ。お前らには悪いが、優勝は俺達上海華撃団がいただく」

「っ!」

 

 殺気ギリギリの激しい闘志。それが何を意味するのかを察して神山も目付きを鋭くして応じる。

 

「分かった。だが、俺達だって易々と負けるつもりはない。上海華撃団を倒せるのは俺達帝国華撃団だけだって見せてやるさ」

「へぇ、上等じゃねーか。そうこなくっちゃな」

 

 隊長同士で火花を散らし合う二人を横目で見やり、ユイは呆れつつもどこか好ましそうな顔を浮かべてからさくら達へ顔を向ける。

 彼女は当然ながらさくら達を睨む事などせず、ただ凛々しい表情を向けた。

 

「そっちが負けられないように、私達も負けられない。だから、どっちが勝っても相手の優勝を願おうよ」

「ユイさん……」

「そうだな。事実上の決勝戦を初戦でやった。そう思われるようにな」

 

 初穂の言い方に我が意を得たりとばかりにユイは大きく頷いた。

 例えそれ以上の熱戦が生まれるとしても、気持ちはそれぐらいでぶつかり合いたいと思っていたのだ。

 

「うんっ! そうだよっ! 私達上海華撃団とさくら達帝国華撃団。その戦いこそが真の決勝戦だったって、そう言われる内容にしようっ!」

「承知した。当日はあざみの忍術の全てを使って御覧に入れる」

「へぇ、君ってニンジャなんだ? 凄いね」

「……それ程でもない」

 

 ユイの言葉に若干苦い顔のあざみ。その反応にユイは小首を傾げた。

 今の言葉のどこに機嫌を悪くする事があったのだろうと思ったのだ。

 実は言葉ではなくユイの反応にこそあざみが思う事があるのだが、それは今語る事ではない。

 

 隊長二人とは違う意味で盛り上がるさくら達を少し引いた位置で眺め、アナスタシアは意識を別の事へ向けた。

 

「でも残念だわ。出来れば演舞の方でも競ってみたかったのに」

 

 そのアナスタシアの言葉はユイとしても同意しかないものだった。

 

「本当だよ。さくら達の舞台を見て、シャオロンと燃えてたんだ。私達の演舞で世界中の華撃団をあっと言わせてやろうねって」

「わたし達も見たかったな。色んな国のレビュウを」

「そして見せてやりたかったぜ。アタシらのレビュウを」

「感想を言い合って、高め合って……」

「二年後にはもっと質の高いレビュウを見せ合おうって約束したり……」

「うん。そんな時間が、流れると思ってたんだけどなぁ」

 

 クラリスやあざみの言葉に頷きながらも、ユイは残念そうに俯く。それにさくら達も同意するように視線を下げた。

 当然ながらさくら達はおろかユイさえも倫敦や伯林のレビューを見た事はない。だが、二連覇を果たしている伯林と今回優勝候補に挙がった倫敦は、そのレビューさえも素晴らしいはずなのだ。

 

 それを見る事が出来ない。それは、女優として目覚めたさくら達にとっても、そのやる気を溢れさせていたユイにとっても、悲しく寂しい事と言えた。

 彼女達は全員舞台が好きな女優である。スポットライトを浴び、大勢の拍手をもらう瞬間の凄さと嬉しさを知ってしまった今のさくら達は、ユイと同じ立ち位置まで並んでいたのだから。

 

 レビューが出来ない事と他のレビューが見れない事。それを悲しむ空気が流れて、やっと神山とシャオロンもさくら達の方へ意識を向けた。

 

「な、何だよこの辛気臭い感じは……」

「ど、どうしてみんなして沈んでるんだ?」

「それはな、ユイ達は女優やからや」

 

 困惑する男二人へ答えを教える妙な関西訛りの混じった声。

 それに全員が同じ方向へ顔を動かす。

 そこには、眼鏡をかけたポニーテールのチャイナ服に身を包んだ女性が立っていた。

 

「「紅蘭さん……」」

「紅蘭? もしかして、かつて帝国華撃団花組だった……」

「そや。うちが李紅蘭や」

 

 柔らかく微笑み、紅蘭は懐かしむようにサロンへと足を踏み入れる。

 

「わぁ、変わってへんなぁ。すみれはんや織姫はんの姿が見えてくるようや」

「え? 織姫さんはご本人から聞きましたけど、すみれさんもここによくいたんですか?」

「そや。ここでよー紅茶飲んでたわ。ああ、マリアはんもたまにおったなぁ。書庫から本持って来て、すみれはんの淹れた紅茶片手にとか、いやぁ絵になっとったわぁ」

 

 その言葉で全員が現在のマリアの姿を思い浮かべ、片手に本を、もう片手にティーカップを持たせる。

 そしてそれがサロンのテーブルにいる光景を想像し、納得するように声を漏らす。

 

 紅蘭はサロンの一番奥のテーブルへ近付くと、そこの上をそっと指でなぞった。

 まるで過去の思い出をなぞるように。

 大神を入れた九人で半日大富豪をやった事や、巴里華撃団の五人を加えた十四人でやった花組ドンジャラなど、ここには印象深い思い出が多くあったのだ。

 

「……それだけやない。ここはよくみんなで集まる場所でもあった。普段集合する場所と言ったら、ここか精々食堂やったわ」

「あ、あのっ!」

「ん?」

 

 懐かしむ紅蘭へさくらが少しだけ身を乗り出す。その行動に紅蘭は小首を傾げた。何かあっただろうかと思ったのだろう。

 

「し、真宮寺さくらさんがドジばっかりしてたって本当ですか?」

「せやけど?」

 

 即答。そんな当然の事を聞くのかとばかりの無慈悲なる答えに、さくらの中の憧れがまた一つ音を立てて亀裂を生じさせる。

 

 固まって動かなくなったさくらに代わり、次に口を開いたのはクラリスだ。

 

「あ、あのっ、昔のマリアさんは男役が多かったと聞きました。でも、昨日の映像では髪が長くてそう見えなかったんですが」

「ああ、今は伸ばしとるみたいやな。昔は……このへんまでしかなかったで」

「じゃあさ、レニさんもそうなのか?」

「レニもせやなぁ……これくらい? の長さやった」

「みかづきのおまんじゅうは昔から美味しかった?」

「みかづき? あ~、懐かしいなぁ。よくカンナはんと買いに行ったわ」

 

 クラリスだけでなく初穂やあざみも質問を投げかけ、それら全てに笑顔で答える紅蘭。

 それは織姫とは違い、最初から友好的でかつ人当たりのいい雰囲気を彼女が出しているからだ。

 シャオロンとユイは紅蘭へ矢継ぎ早に質問をしていくさくら達を眺め、上海華撃団に入って間もない頃の自分達を思い出していた。

 

(ま、こうなるよな。紅蘭さんは基本何でも答えてくれる人だし……)

(懐かしいなぁ。私も新人の頃はこうだったっけ)

 

 紅蘭に帝国華撃団時代の思い出話をねだっては、今のように優しく教えてもらった日々。

 もうそれさえも、今の二人にとっては過去の思い出と言えるだけの時間が経過していたのだ。

 

「そういや神山はいいのかよ?」

「俺? ああ、俺はその気になれば支配人へ聞けるからな」

「でも、紅蘭さんの方が話してくれると思うけど?」

「そうかもしれません。でも、俺は隊長でモギリです。なら、俺に近い視点で色々な事を経験してきたのは支配人ですから」

「……そういう事かよ。ちっ、それに関してはお前が羨ましいぜ」

 

 神山が来る前は、大神に一番近い立ち位置はシャオロンだった。

 帝都防衛の任を進んで引き受けたのも、歴戦の勇者たる英雄が、大神一郎がいたからだ。

 そして、帝都防衛についての打ち合わせなどで顔を合わせる度、声をかけてもらえ、助言をくれ、時には思い出話も聞けた事を思い出し、シャオロンは神山へ純粋に嫉妬した。

 

「逆に言えば、俺が今お前に勝ってるのはそれぐらいだ」

 

 ただ、神山もシャオロンへ嫉妬はしている。

 つい最近まで帝都の守りをユイと二人でこなし、上海華撃団なのに帝都の人々から感謝され応援されていたのだ。

 口は少々悪いが、根は真面目で面倒見もよく優しい。料理の腕も一流な上、戦闘面でも隊長の名に恥じぬ強さを持っているのだから。

 

「だから、今回の事でもう一つぐらいはお前に、上海よりも帝劇が勝っているものを作りたい」

「……いいじゃねーか、その考え。俺達より上だって言うんじゃなく、勝ってるものを増やしたいか。でも、だからって俺達は早々お前らに勝ち星は譲らないからな?」

「そうであってくれないと困る。全力の俺達なら上海の精鋭達には勝てるって胸を張りたい」

「上海の精鋭達には、か。うん、神山はちゃんと大神司令みたいになってるんだね。シャオロン、これは認めてあげてもいいんじゃない?」

「言ってろ。心構えだけは立派でも、結果が出せなきゃダメだ」

 

 神山が上海華撃団ではなく精鋭達と表現した理由を察し、ユイは嬉しそうにシャオロンを見る。

 だが、シャオロンは笑みではなく雄々しい表情でそれに返したのだ。

 そして彼は息を吐いて気持ちを切り替えると、未ださくら達に囲まれて質問へ答えている紅蘭へ顔を向けた。

 

「紅蘭さん、そろそろ帰ろうぜ。店の準備もしないといけないし」

「置いてくよー」

「分かった。ちゅう事やから堪忍な? ほな」

 

 まだ聞きたい事が沢山あるというようなさくら達へそう告げ、紅蘭は歩き出したシャオロン達へ合流する。

 

 その去りゆく背中を見つめ、神山は必ずシャオロン達に勝たなくてはと決意を新たにした。

 

(そう、そうなんだ。俺達以外は全員で来ている訳じゃないし、ここは彼らの故郷でもない。これは帝国華撃団と各華撃団の戦いじゃなく、帝国華撃団と各華撃団の精鋭達との戦いだ。なら、余計に俺達が負ける訳にはいかない!)

 

 静かに闘志を燃やす神山。そんな彼をさくら達は見つめて小さく笑みを浮かべていた。

 

(誠兄さん、とてもイイ表情してる。よし、わたしも負けないように剣の稽古頑張ろう!)

(ふふっ、神山さんってやっぱり分かり易いです。でも、だからこそ私はこの人を信じられる……)

(ったく、燃えてんな隊長さん。うしっ、アタシも負けじと燃えてやろうじゃねぇか!)

(闘争心めらめら。だけど、それが隊長……)

(勝負に燃える男の顔、ってところかしら。一回戦、どうなるかしら?)

 

 そうやって神山の表情からさくら達がそれぞれの感想を抱いているのと同じ頃、階段を下りていたシャオロンとユイは紅蘭へ今の花組に関して意見を聞いていた。

 

「で、どうなんだ? 紅蘭さんから見たあいつらは」

「せやなぁ……」

「紅蘭さん達の最初の頃に近い?」

「う~ん……似とるとこもあれば違うとこもあるちゅう感じやな」

(隊長くんの雰囲気はどことなく大神はんに近いし、他の子達もさくらはん達に近いとこがない訳でもない。ただ……)

 

 紅蘭へ質問してきたのは五人中四人。アナスタシアだけが彼女へ質問をしなかった。それが紅蘭には妙に気になっていたのだ。

 

(昔のマリアはんみたいに若干隊員間の距離を取っとるのかもしれへんけど、だとしてもまったく興味を示さんちゅうのも、なぁ……)

 

 まだ今の花組は隊長のもとで一致団結していないのではないか。それが紅蘭が抱いた感想だった。

 

「とにかくや。まだ隊長が来て半年も経ってないんやろ? ならこれからが大事や。うちと大神はんが出会った時も、花組はまだまだ未熟もええとこやったし」

「なら余計負ける訳にはいかねーな」

「そうだね。例え全員集合じゃないとしても、私達の方が先輩ってとこ見せてあげなきゃ」

 

 軽く拳を当てあう二人を見て紅蘭は笑みを浮かべる。

 上海も今のようになるのに色々あったのだ。それを最初から見てきた紅蘭だからこそ、複雑な気持ちではあるが願うのはシャオロン達の勝利だ。

 

(大神はんには悪いけど、今のうちは上海華撃団の李紅蘭や。この子達の方へ肩入れするんは堪忍やで)

 

 

 

 そして迎えた試合当日、神山は試合方法についてカオルから詳しい説明を受けていた。

 

「隊員選抜、ですか?」

「はい。知っての通り、各華撃団は本国からの出張となり全員ではありません。よって、開催国の華撃団は彼らと同じ数で小隊を編成するのです」

「ちなみに各華撃団三機編成で隊長は絶対参加やから、隊員は二人選んでや。それと、あてらの場合、今回連れて行った隊員は次に出来るだけ出さへんようにしてや」

「開催国の強みであり悩みです。隊員全員に出場出来る機会を与えないと世間の評判が……」 

(考えてみれば当然か。こっちは固定する必要はないからなぁ)

 

 こまちとカオルの言葉で神山は頭を掻いた。だからこそ初戦に出す事は隊員にとって大きな意味を持つのだと。

 

 当然だが次の試合は勝たないとありえない。つまり最初に選ぶ事は、その隊員なら勝てると神山が考えていると捉える事が出来る。

 逆に考えれば、次の試合へ出せなくてもいいと考えているとも言える。それなら選ばれない事が信頼の意味を持つ。

 

(なら、選ぶ理由や選ばない理由を必要とする隊員には告げるべきか)

 

 そう考え、神山はまず明確に今回は見送りにするべき相手へ顔を向けた。

 

「さくらはとりあえず待機だ」

「そう、ですか」

「ああ。まださくらは無限に慣れていないだろ? だから今回は見送ってもらう」

「分かりました」

 

 神山の説明にさくらは心から納得して頷いた。自身でもどこかで不安があったのだ。

 無限を受領していきなりの実戦が上海華撃団との試合になるからだ。

 

「次にクラリスも待機にしたい」

「私も、ですか」

「シャオロン達は俺達の事をある程度知っている。つまり、クラリスが秘めた力を出すなら知らない相手の方が与える心理的印象が強い」

「……分かりました。次回以降に活躍してみせます」

 

 重魔導の与える強い印象を最大限に活かしたい。その意図を察してクラリスも心から納得する。

 神山もそんな彼女の反応に頷き返し、視線をあざみへ向けた。

 

「あざみ、頼む」

「了解。素早い動きで敵を翻弄する」

 

 神山の呼びかけだけであざみは何を期待されているかを悟った。

 シャオロン達は身軽な動きでの格闘戦を得意とする。それと同じように動き回れと言う事だと。

 

「残るは初穂とアナスタシアだが……」

「アタシはどっちでもいいぜ」

「私もよ。キャプテンに任せるわ」

 

 元々気風の良い初穂と何事にもドライな面が見え隠れするアナスタシア。

 神山は、そんな二人なら説明や理由もなく自分の判断を受け入れてくれると踏んでいた。

 故に最後に回したのだ。

 

「なら、アナスタシア頼む」

「了解」

「うし、これで決まりだな。アタシらの分まで頼むぜ二人共っ!」

「ちゃんと次の機会を作ってみせるわ」

「初戦は突破してみせる」

「頑張ってね、あざみ!」

「あざみにお任せ」

「気を付けてくださいね」

「ええ」

 

 出場する者としない者。それでもその間に隙間風のようなものはない。

 これで終わるとは微塵も思っていないのだろう。実際神山もそう思っていた。

 

「どうやらいい時に来たみたいだな」

「出場する隊員、決まったんだね」

 

 そこへ現れたのはシャオロンとユイだった。だが、そこで神山は小首を傾げる。

 一人足りないのだ。出場するのは三人なのに何故二人だけなのだろうと。

 

「シャオロン、もう一人は?」

「ん? ああ、あいつは人見知りでな。俺達も誘いはしたんだが……」

「大神司令の事大好きだもんだから、会えるよって言ったら余計緊張しちゃって……」

「そ、そうなのか……。それは、難儀だな」

 

 神山の言葉に二人して困ったような顔をするも、すぐにその表情が凛々しいものへと変わる。

 それを受けて神山達も表情を引き締めた。二人からは闘志が漲っていたからだ。

 

「とにかくだ。この勝負、俺達がいただく」

「心配しないでもちゃんと優勝してあげるからね」

「その言葉、そっくりそのまま返しておくよ」

「勝つのはあざみ達」

「心配しないでも貴方達が負けるのは優勝者になるわ」

 

 火花を散らす神山達。今だけは仲間ではなく敵だと、そんな雰囲気をただ寄せて。

 その光景を見て大神はどこか微笑ましいものを見るように笑い、静かに両者の間へ立った。

 

「神山、シャオロン、俺はあえてどちらの立場にも立たないで言葉を送るよ。悔いを残さないように全力を出し切れ」

「「はいっ!」」

 

 その言葉を合図にシャオロンとユイは自分達の待機場所へ戻っていく。

 その背中から滲み出る闘志と自信を感じ取り、神山はこう思っていた。

 

(本当にこれが決勝戦と思わないといけない。それぐらいシャオロン達は本気だ)

 

 初めて出会った時とは違う目付き、雰囲気。それはかつて帝国華撃団をどこか見下していたシャオロンとは異なると神山は確信した。

 言葉にこそ出していないが、シャオロンはもう帝国華撃団をここに出場する資格なしとは思っていないと。

 

 こうしてスタジアムに三機の無限が躍り出る。

 その少々高台となっている場所の直線上にある同じような場所には、シャオロン達の乗る霊子戦闘機“王龍(ワンロン)”が三機揃っていた。

 

「間もなく華撃団競技会、通称華撃団大戦が幕を上げます! 初戦は我らが帝都を守ってきた上海華撃団と、その役割を取り戻した帝国華撃団の対決となりました!」

 

 中継のアナウンサーによる声が会場全体へ響く。その声に込められているのは興奮か熱気か。

 とにかく彼も声が弾んでいて、聞いている者達の多くもその表現に声を上げる。

 

「我々としては複雑な心境となる一戦ですが、だからこそ見せて欲しい一戦でもありました! 果たして、帝国華撃団は本当にその力を取り戻したのか! 長きに渡り帝都を守り続けてくれた上海華撃団にどこまで迫れるのか! 注目が集まりますっ!」

 

 その言葉を聞いていた待機所の初穂が思わず呟いた。

 

「何でアタシらよりも若干上海寄りなんだよ……」

 

 どうせならこっち側だろ。そんな心の声が聞こえてきそうな表情の初穂へクラリスが苦い顔を見せる。

 

「仕方ありません、私達よりも上海華撃団の方が長く帝都を守ってきましたから」

 

 神山が来るまで、帝都の守護は上海が担ってきた。その期間が長かったからこそ会場の者達もこれだけ盛り上がっている。

 それを正しく理解しているからこそクラリスの言葉に初穂だけでなくこまちやカオルさえも何も言わない。

 

 ただ、さくらは違った。

 

「だからこそ、ここで見せなきゃいけないんだよ。今のわたし達なら上海華撃団に負けてないって」

 

 強い眼差しでモニターを見つめるさくら。それに倣う様に初穂とクラリスもモニターを見つめた。

 大神はそのさくらの言葉に笑みを見せ、令士などは深く頷いていた。

 

「そろそろ始まるようです」

「頑張れ―っ! 神山は~んっ!」

 

 こまちの声援が待機所に響き渡る。

 そして戦いの火ぶたは切って落とされた。

 

『『行くぞっ!』』

 

 鳴り響く銅鑼の音と同時に六機に霊子戦闘機が動き出す。

 

 スタジアムに作られた特設会場へ出現する仮想敵を撃破し、その定められた点数で勝敗を争うのが演武内容だった。

 三本勝負で二本先取した方の勝利となるアナスタシアから聞いていた通りの内容で、神山達は三機で行動を共にする戦術を取った。

 

 一方シャオロン達はそれぞれで散開する戦術を選択。早くも互いの違いが浮き彫りになる展開となる。

 

『隊長、向こうは個人で点数を稼いでる!』

『こっちもそうした方がいいんじゃない?』

『ダメだっ! たしかに表向き効率はあっちの方がいいかもしれない。だが、殲滅速度や制圧力で考えれば集団の方がいい。それに、悔しいが俺達は個の力では上海に勝てるとは言い切れない。だが、集団戦なら負けていないと断言出来る! 夜叉との仮想訓練を何度やってきた? それに比べればこんな敵、何て事ないだろうっ!』

『隊長……うんっ!』

『そうね。あれに比べれば大抵の相手はどうって事ないわ』

 

 神山の言葉に迷いを振り切った二人は、彼の信じる選択を正しいと立証するかのようにその敵の殲滅速度を上げていく。

 

 それを間近で見たユイが思わず息を呑んだ程に。

 

(な、何て動きなのっ! これが半年前は解散させられるんじゃないかって思われてた帝国華撃団っ?! だけど……っ!)

 

 ユイが気持ちを切り換え負けるものかと奮戦する中、神山達はほとんどの敵を片付けるとその場から次の場所へと移動を開始する。

 

『あざみ、可能なら先行して敵をかく乱しつつ撃破してくれ! アナスタシアは飛行型を優先的に攻撃、それが終わり次第俺の援護を主体に頼む!』

『『了解っ!』』

 

 集団でいるからこその強みを最大限に活かし、尚且つ無限の性能の高さもあって一回目は何とか帝国華撃団が勝利。

 

 だが、小休憩も兼ねた準備時間の後で始まった二回目は、先程の敗北によって火が点いたシャオロン達の猛反撃が始まった。

 

『いいかっ! 絶対今回は俺達が取るぞっ!』

『『了解っ!』』

 

 一回目と同じく散開しての戦術だが、今度は神山達が現れるとその場を放棄して別の場所へ移動。

 そうする事である程度点数を稼ぎつつ、他の場所の援護を行って殲滅速度を上げる事も可能としたのだ。

 結果、そうなれば神山達の強みをある程度とはいえ殺す事になり、元々経験や技術がある上海に二回目は軍配が上がる。

 

 そうして迎える三回目。開場の準備時間が小休憩も兼ねて与えられる中、これを取った方が勝利となるという状況と、一回目と二回目で見せたそれぞれの意地と強さに会場の盛り上がりは最高潮に達しようとしていた。

 

 そんな中で神山は苦しい表情を浮かべていた。

 

『泣いても笑ってもこれが最後か……』

『隊長、戦術はどうする?』

『今まで通り?』

『そうだな……』

 

 一回目は何とか勝てた。二回目は負けた。このままでは二回目と同じ結果となる事が濃厚と考えた神山だったが、それを何とかする方法をすぐに思いつく訳ではない。

 

(どうする? 俺達もいっそ散開して……いや、それでは上海の方が上だ。だが、同じ方法では勝ち目が……)

 

 元々の経験値に差がある事や霊子戦闘機の習熟度など、帝国華撃団はどうしても他の華撃団の後塵を拝していた。

 それを一足飛びに何とか出来る手段などある訳がない。更に神山はまだ隊長に就任して三か月程度なのだ。

 

『どうすれば、どうすればいいんだっ!』

『神山、風作戦を発動させろ』

『風、作戦……?』

 

 思わず口に出した弱音に返ってきた言葉に神山は顔を上げた。

 通信用のモニターには大神の顔が映し出されている。

 

『全機が光武の後継機である無限となった今ならそれが使える。かつて帝国華撃団や巴里華撃団も使っていたもので、風・林・火・山の四つの名を冠した作戦がある。機動性を重視する分攻防両方が下がる風、本来の状態で当たる林、攻撃力を重視する分防御力が下がる火、防御力を重視する分機動性が下がる山。今の君ならこれを使い分けられるはずだ』

『風林火山の四つの作戦……分かりました! やってみますっ!』

 

 土壇場で授けられた逆転の一手に神山は全てを賭ける事にした。

 

『花組各員に通達! 速きこと風の如く……これより風作戦を開始するっ!』

『これは……無限が、ううん霊子水晶が反応してる?』

『今までよりも身軽になったように感じるわ……』

『二人共、今はこの作戦に賭けるぞ! 少しでも早く敵を倒すんだ!』

『『了解っ!』』

 

 それを合図としたように始まる三回目の演武。そして再び上海華撃団の面々は息を呑む事となる。

 

『嘘っ?! あの速度は何っ!?』

『速いっ!? 以前見た時の比じゃないっ! 不味いよシャオロンっ!』

『くそっ! 狼狽えるな! 俺達は俺達の出来る事をやればいいっ!』

 

 まさしく風のように戦場を駆ける三機の無限。落ちているはずの攻撃力は三機で連携する事で補い、防御力の低下も優れた機動性で回避する事で何とか痛手にする事なく済んでいた。

 

 速きこと風の如くとの通り、疾風のような速度で神山達は進撃していく。

 

『いける……っ!』

 

 機動性を上げた事により、移動だけでなく攻防にもそれが活かされているため、結果的に殲滅速度が上昇している事に気付き、神山は手応えを感じていた。

 

 そしてそれはあざみやアナスタシアも同様だった。

 

『凄い……今まで以上に無限が反応してくれるっ! あざみの動きを再現してくれる!』

『本当ね。まるで舞い踊っているようよ。これが……風作戦』

 

 舞う様に敵中を駆けるあざみの無限と、踊る様に動きながら敵を撃ち抜いていくアナスタシアの無限。

 その二機の見つめる先に、嵐の様に二刀を振るう純白の無限がいた。

 

『動きを止める事なく敵を斬る! 今のこの身は、風なんだっ!』

 

 怒涛の勢いで敵を倒していく帝国華撃団。だが上海華撃団も負けてはいない。

 

『燃えろぉぉぉぉぉっ!』

『もっと激しくっ! もっと熱くっ!』

『上海華撃団の意地、見せてあげるんだからぁぁぁぁっ!』

 

 神山達が風ならばシャオロン達は火。その激しさで敵を焼き尽くし、消し炭へと変える龍の化身であった。

 嵐が勝つか、炎が勝つか。その二つのぶつかり合いに会場も息を呑んで見つめていた。

 歓声さえも上がらない。誰もが目の前の光景に拳を握り、固唾を飲んでその結果を待った。

 

『『勝つのは俺達だぁぁぁぁぁっ!!』』

 

 最後など、神山とシャオロンが同じ巨大降魔をほぼ同時に攻撃し撃破した。

 するとそれを合図にしたかのように会場内へ終了の銅鑼の音が響き渡ったのだ。

 

『今のはどっちだ!?』

『これでおそらく決まる……っ!』

 

 全ての音が消え、誰もが勝敗結果を告げる声を待つ。

 その間の時間がやけに長く神山達には感じられた。

 

「勝者、上海華撃団っ!」

 

 一瞬の間の後に湧き起こるどよめきと歓声。それを聞きながら神山は呆然とするしかなかった。

 

「……負けた、のか」

 

 最後の最後で競り負けた。隊長としての実力差が勝負を分けたのかと、そう思って神山は悔しさを噛み締める。

 それでも彼は悔しさを飲み込み、現実を受け入れようとした。そして勝者であるシャオロン達へ言葉をかけようとしたその時であった。

 

『皆さん、お待ちくださいっ!』

 

 会場内へ響く声がそんな神山の動きも止めたのである。声の主は、当然プレジデントGだった。

 

『今の演武、大変見事でした。どちらも全力を出し切り、一度は上海華撃団へ傾いた流れを帝国華撃団が終盤で持ち直してみせた程の、素晴らしい内容です。結果は、最後の最後で僅差にて帝国華撃団が負けてしまいましたが、皆さんの目にはどう映りましたか? 誰もが心から上海華撃団が勝ったと、そう思えたでしょうか?』

「何が言いたいんだ……?」

 

 神山の呟きは会場全体の思いであった。それを感じ取ったのだろう。プレジデントGはとんでもない事を言い出したのである。

 

『もっとはっきりとどちらが真の勝者か示すために、ここは両華撃団による直接対決を以って決着をつけようと思いますっ!』

『『なっ……』』

 

 神山とシャオロンの声が重なると同時に、どよめきが大きかった会場からは割れんばかりの歓声が沸き起こる。

 更にプレジデントGは追い打ちをかけた。それは上海側の反論を封じ込め、帝撃側の意見さえも封殺する提案。

 

『勿論、一度上海の勝利と言った以上、アドバンテージ、つまり優位性を上海には与えます。三対三の戦いですが、隊長機は二点、他の機体は一点とする点数対決です。そして、先程の三本勝負の獲得した先取数を点に換算し、上海華撃団は二点、帝国華撃団は一点とするのです。これならば上海華撃団は隊長機さえ残れば勝利濃厚。逆に、帝国華撃団は隊長が倒れれば敗色濃厚です』

 

 まさかの展開に神山は戸惑っていた。どう考えてもこれは帝国華撃団への助け舟だからだ。

 上海が有利と言ってはいるが、そもそも先程の演武で勝ちは決まっていた。それを微妙な判定だったからと覆すような提案をする意味はない。

 

(どういう事だ? 何故プレジデントGは俺達に勝ちの目を与えるような事を……?)

 

 ただ、勝ちの目が見えた事に変わりはない。泣きの一回ではあるが、与えられた機会を最大限に活かす事を考えねば隊長ではない。

 

 そう切り替えて神山はシャオロンへ通信を繋いだ。

 

『シャオロン、少しいいか?』

『……何だ?』

『こんな展開になったが、俺としては正直複雑なところだ。もっとも、さっきまでは別の意味で複雑だったんだが……』

『奇遇だな。俺も今とさっきで複雑さが違ってる。だが、いい機会だ。俺達の強さ、その身でしっかり味わっておけ。そうすれば気持ち良く負けられるだろ』

『……そう言ってくれるか。なら、少々不本意ではあるが最後の最後に見えた希望だ。何もしなければ負けなら、やるだけやって勝つために足掻くまでだっ!』

『そうこうなくっちゃな! それでこそ倒し甲斐があるってもんだぜっ!』

 

 どこかで気まずさを引きずっているだろう神山へシャオロンは気にするなとばかりに挑発した。

 その意図を察して神山も迷いや悩みを吹っ切った。一度負けた以上もうここから下はない。

 なら後は上がるだけだ。そう思っての言葉にシャオロンも応じる。それを聞きながらユイ達は苦笑していた。

 

『あ~あ、シャオロンも神山も単純なんだから』

『でも、隊長の言う通り。一回負けたのなら次は勝つだけ』

『そ、そう簡単には勝たせないっ!』

『分かっているわ。そんな貴方達相手だからこそ、絶対に勝つのよ』

 

 隊員同士でも火花を散らす中、その時は来た。

 会場の中央部分にある広い空間。そこへ六機の霊子戦闘機は向かい合うように並ぶ。

 

 それを見てアナウンサーが大興奮のまま喋り出した。

 

「さあっ! 大変な事になりました! 何と一度は上海華撃団の勝利かと思われた一回戦でしたが、最後の判定が微妙と言う事で急遽直接対決での決着となったのですっ! ただ、上海華撃団は隊長さえ負けなければ勝利が濃厚ですが、帝国華撃団は隊長が負けた瞬間に敗北が近付いてしまいます! 共に勝敗のカギを握るのは隊長機の生存! 奇しくも先程の判定同様、勝敗を左右する立場でありますっ!」

 

 上海側の待機所で解説の言葉を聞きながら真剣な表情で拳を握る女性がいる。

 

「シャオロン、気を付けるんやで。今の帝国華撃団からは、あの隊長くんからは大神はんのような感じがヒシヒシしとる……」

 

 祈るような眼差しでモニターを見つめる紅蘭。その先で遂に開戦の合図が鳴り響いた。

 

『『シャオロン(神山)は俺がやるっ! 他は手を出すなっ!』』

『『『『了解っ!』』』』

 

 激しくぶつかり合う純白の無限と深緑の王龍。さながら龍虎の衝突だろうか。

 どちらも一歩も譲らず火花を散らしていた。

 無限の剣閃を軽々とかわし、お返しに回し蹴りを放つ王龍。その蹴りを二刀で受け止めるなり斬り裂くように反撃へ移る無限。

 それを後ろへ下がって避けて構え直す王龍へ、更に無限が追撃を仕掛ける。流れるように繰り出される斬撃を時に弾き、時に流しながらシャオロンは吼えた。

 

『どうしたどうしたっ! さっきまでの勢いが感じられないぜっ!』

『くっ……』

(あざみやアナスタシアも押され気味、か。どうする。このままじゃ……)

 

 そこから反撃に転じて燃え盛る炎の如きシャオロンの攻めが始まる。それを神山は何とか避け捌いていくが、やはりその力は今の無限を凌いでいる。

 周囲を見ればあざみとアナスタシアも苦戦を強いられていて、このままでは負けるしかない。そう考えた時、神山は賭けに出る事にした。

 

『花組各員へ通達! 侵掠すること火の如くっ! これより火作戦を開始するっ!』

『『っ! 了解っ!』』

 

 防御も機動性も捨て、同じ火となってぶつかり合う事を選択したのだ。

 一気に攻撃力を上げ、王龍の連撃に対して一撃の重さを増す事で無限各機は状況を五分以上へ変えてみせる。

 

 その変貌にシャオロン達が目を見張った。

 

『なっ!? 俺が、王龍が押し負けるだとっ!?』

『こっちの連打分を一撃でもってくよっ!?』

『こ、このまま打ち合うと競り負けるかもしれないですっ!』

 

 聞こえてくるユイ達の言葉に神山が吼えた。

 

『そちらが炎ならこっちはそれを越える烈火だっ!』

『くっ! 負けてたまるかよぉぉぉぉっ!』

 

 凄まじい二刀による連撃に負けじと放たれる拳や蹴り。互いに炎を纏うその演武は、さながら演舞でもあった。

 

 二刀流と功夫。それによる異種格闘技とも言えるぶつかり合いが生み出す、火花と火炎の競演。

 無限が刀で斬りかかればそれをさせじと王龍の脚が刃を蹴り上げ、お返しとばかりに拳が唸りを上げて突き出されればそれを無限が刀で叩き落とす。

 攻守が目まぐるしく入れ替わる対決。火花が散り、火の粉が舞う。まさに隊長同士のぶつかり合いに相応しい内容だ。

 

 あざみとユイは互いにその身軽な動きから繰り出す一撃をぶつけ合い、アナスタシアは相手の接近を許さない弾幕を展開しつつ時折敢えて零距離射撃を狙いにいく。

 

 その三か所の激しくも危険な演武に会場が盛り上がる。熱気を帯びて誰もが両華撃団の戦いへ声援と激励を送る。

 

「……何て熱い戦いだ。エンターテイメントとしてはいいが、優雅さの欠片もないね」

「でも、ワクワクするよ。あの隊長二人とも戦ってみたいなぁ」

 

 そんな中、冷静な目でそれを見つめるのはアーサーである。

 ランスロットはキラキラとした眼差しで神山とシャオロンの戦いを見つめていた。

 

 そしてエリスとマルガレーテもそれを見つめていた。

 

「あの隊長機達は見事だ。演武でありながら演舞とするとは」

「ですが意図してのものではありません」

 

 感心するようなエリスへ素っ気無く返すマルガレーテ。ただ、二人してその手は握り締められている。

 三か所で繰り広げられる戦いに気分を高揚させているのだ。

 

 だが、そんな中でアーサーとマルガレーテは神山達よりも別の方へ視線を向けた。

 

「「ただ気になるのは……」」

 

 アーサーが注目していたのは色合いを同じにする二人の戦いだった。

 

『はいぃぃぃぃっ!』

『どろんっ!』

『なっ!? 消えたっ!?』

 

 ユイの視界から一瞬にして消えてみせるあざみの無限。

 だが戸惑ったのも僅か、ユイは何かに気付いて視線を後方斜め上へ向けて蹴りを放つ。

 

『やっぱりねっ!』

『見破られた……っ!』

『狙いは悪くないけどっ! 私相手にはまだまだ、だねっ!』

『くっ! ならっ!』

 

 機体の影の変化に気付いてユイは動いたのである。

 ただし、あざみもユイのカウンターをしっかりと受け止めているので引き分けと言ったところだろう。

 そこから蹴り飛ばすように動き、無限へ追撃をかける王龍。そうはさせじと無限は手裏剣を投げて牽制しながら体勢を立て直した。

 

 その状況を眺め、アーサーはおもむろに腕を組んだ。

 

「……あの機体に乗っているのが君が出来ると言った子か」

「そうだよ。あの子も面白そうだよね」

「成程。素早い動きで相手を幻惑し仕留める、か。ここで見れたのは運が良かったね」

「どうして?」

「簡単さ。もし帝国華撃団が勝っても彼女は僕らとの演武には出ない。もしくは出たとしても分かっているのなら惑わされない。どちらにせよ僕らの有利に変わりはないのさ」

 

 どこまでも冷静な眼差しで試合を見つめるアーサーへ、ランスロットはそんなものかとばかりに頷き視線を前へ戻した。

 そんな事よりも今の彼女は同じ二刀流の神山が気になっていたのだから。その動きで自分との違いや似ている点を見つけ、同時に自分ならシャオロン相手にどう戦うかを頭の中でシミュレーションし始める。

 

 同じく、マルガレーテはエリスへアナスタシアについての感想を述べていた。

 

「エリス、もし仮に帝国華撃団が決勝へ来た場合、あの射撃機体は警戒すべきです」

「……確かに中々思い切りのいい動きをしている」

 

 時折捨て身のように相手の攻撃を誘い、そこを狙う動きを見せるアナスタシアの無限。

 それを分かっていながらも接近しなければ攻撃出来ない王龍は、攻めあぐねているようにもエリスには見えた。

 

「決勝では開催国暗黙の了解がありません。なら、そこへあれが出てくる可能性は十分考えられます」

「ふむ、そうだな。それにしても、彼らが決勝に来るのは10%もなかったのではないのか?」

「…………あらゆる可能性を考慮したまでです」

 

 そうエリスの眼差しから逃げるように顔を背け、マルガレーテは試合へと意識を向ける。

 そんな彼女をエリスはどこか嬉しそうに見てから視線を正面へと戻すのだった。

 

 そして紅蘭は神山達の様子から一つの可能性へ気付いていた。

 

「あの性能の変わり方、間違いないわ。風作戦と火作戦や」

 

 かつて自分も体験した花組隊長のみが出せる作戦の効果。それを思い出して紅蘭はどこか納得するような表情を浮かべた。

 

(やってくれるなぁ大神はん。しっかり自分の後継育ててますやん。やっぱうちやとそこまで気が回らんなぁ)

 

 隊長として帝都と巴里を渡り歩いた大神と、根っから発明や整備などの機械関係ばかりだった自分。その差を感じ取って紅蘭は大神へ白旗を上げる。

 それでも、彼女はまだシャオロン達の勝利を諦めてはいなかった。それとこれとは別とばかりに彼女は通信機を掴むと叫んだ。

 

「なぁにやっとるんや! 相手はまだまだ新人の華撃団やっ! 先輩としての意地、強さ、しっかり見せたらんでどないするっ! うちの整備した王龍を、そして今まで頑張ってきた自分らを信じて戦わんかいっ!」

『『『っ! はいっ!』』』

 

 紅蘭の檄でシャオロン達が一斉に神山達から距離を取ると、ゆっくりと何かの構えを取り始めた。

 その雰囲気がこれまでと異なる事を受け、神山達は警戒しつつその場で待機する。下手な手出しは危険だと、そう思ったのだ。

 

 やがてその構えのまま三機の王龍が停止すると同時にその目が光った。

 

『『『っ?!』』』

 

 その次の瞬間には神山達の無限が宙を舞っていた。

 

(な、何て速度と威力だっ! 防御が間に合わなかったらやられていたっ!)

 

 空間が爆ぜたように感じた瞬間、神山は本能的に両腕を動かして二刀による防御態勢を取った。

 それごと砕くような勢いでシャオロンの王龍が拳を突き出してきたのである。

 結果、押し負けたように無限が攻撃の威力で宙へ飛ばされたのだ。

 

 他の二人も似たような状況になっていて、三機の無限が揃って宙を舞っていた。

 

 そして、神山は視界に映る光景に息を呑む事となる。

 そこには炎の渦が出来ていたのだ。

 

「な、何だあれは……」

 

 体勢を立て直し渦の外へと着地する三機の無限。その先にある渦は一向に勢いを衰えさせる事無く、むしろどんどんその勢いを増しているようにさえ思えた。

 

『隊長、渦の中心に三機の反応がある』

『渦の中心に?』

『ええ。きっとまたあの構えを取ってるんじゃないかしら?』

 

 それが意味する事を察し、神山はこのままでは不味いと判断。作戦を変更する事にした。

 

(だが、どうするべきだ? 本来の状態ではあの攻撃をどうにか出来ると思えない。かと言って風作戦ではよけきれなかった場合負けてしまう……)

 

 迫られる選択。ここで判断を間違えれば全てが終わる。そう思った時、神山はある事に気付いた。

 

(そういえば、何故一撃加えた時にシャオロン達はすぐさま追撃をしなかった? もしかしたら、そこに逆転の手がかりがあるんじゃないか?)

 

 先程受けた強烈な一撃。だが、三機共無防備に宙へ舞っていたのにも関わらず追撃がこなかった事。

 その一点に神山は賭けてみる事にした。

 

『花組各員に通達! 動かざること山の如し……山作戦を開始するっ!』

『えっ!? た、隊長、山なの!?』

『キャプテン、耐久力を上げてもさすがにあれを耐え切れるとは思えないわ!』

『俺を信じろっ! いや、信じてくれっ! この状況で勝つにはこれしかないっ!』

 

 今は相手の攻撃を耐え切れるようにするべきだ。

 動揺する二人へ叫ぶようにそう返して神山は身構えた。

 

『『『はっ!』』』

 

 そこへ揃って聞こえる気迫溢れる声と共に渦の中から三機の王龍が炎となって現れる。

 示し合わせたかのように揃って飛び蹴りの体勢で、だ。

 それを反射的に迎え撃つように動こうとするあざみとアナスタシアの無限を見て、神山は凛々しくこう告げた。

 

『二人共っ! 防御を固めろっ!』

『『っ!? りょ、了解っ!』』

 

 神山の指示に慌てて防御態勢を取り、三機の無限は揃って霊力を使っての防壁を展開する。

 無限の前面へ展開された防壁へ王龍による攻撃が直撃したのはそのすぐ後だった。

 

『ぐうぅぅぅぅぅっ! あざみっ! アナスタシアっ! これを耐え切れっ! その直後に反撃を叩き込むんだっ!』

『『了解……っ!』』

 

 徐々に亀裂が入っていく霊力防壁。その音が、光景が、あざみとアナスタシアの不安を煽る。

 

『隊長、このままじゃ……っ!』

『こっちが先にやられてしまうわっ!』

『無限を信じろっ! 俺達は一番未熟な華撃団かもしれないが、だからこそその装備は最新鋭だっ! それにこの機体は、かつての帝国華撃団の霊子甲冑を作っていた神崎重工が作っている! その魂を、意思を、この無限は継いでいるんだっ!』

『魂を……意思を……っ』

『継いでいる……っ』

『そうだっ! それに、俺達が俺達の事を信じないでどうする! ここで負けてやはり帝国華撃団は落ちぶれたままだと言われていいのかっ! 俺は嫌だ! 俺は知ってる! さくらの、クラリスの、初穂の、あざみの、アナスタシアの頑張りを! それだけじゃない! 支配人達だってそうなんだっ! それを、みんなの頑張りの成果をっ! 今っ! ここで見せてやるんだっ! 世界中にっ、帝国華撃団は甦ったんだと示す時だっ!!』

『隊長……っ!』

『キャプテンらしいわ……っ!』

『だから無限よ! 俺に力を貸してくれぇぇぇぇっ!!』

 

 神山の叫びに呼応するように無限の霊子水晶が光を放ち、亀裂が入っていた防壁へ輝きが宿る。

 それを見てあざみとアナスタシアが驚きを見せつつも、ならばと頷いて気合を入れ直した。

 

『無限っ! あざみに力を見せてっ! お願いっ!』

『貴方に私の運命、預けるわ! だから、その力を示しなさいっ!』

 

 唸りを上げる二色の無限。その砕かれそうだった防壁へも淡くではあるが輝きが宿った。

 

『しゃ、シャオロンっ! このままだと……っ!』

『不味いかも……っ!』

『後少しっ! 後少しなんだ……っ!』

 

 そして、遂にその時が来た。

 

『『『っ?!』』』

 

 激しい音と共に砕け散る霊力防壁。その反動で仰け反るような体勢となる三機の無限。

 

『『『もらったっ!』』』

 

 一方三機の王龍は空中で反転しながら再度攻撃をしかけようと体勢を変えていく。

 それを見て、誰もが帝国華撃団の敗北を予感した……が!

 

『『『なっ!?』』』

 

 あろう事か三機の王龍が落下するように着地したのである。

 更にその身に纏った炎が失せ、脱力するようにその場へ膝をついたのだ。

 

 あの構えは王龍に搭載されている一種のリミッター解除であり、それを短時間だけ解放する事で爆発的な性能を発揮する反面、使用時間を過ぎると安全性のためにその動きを止めてしまう諸刃の剣だった。

 なので本来はそれを見せぬために一撃離脱を信条とし、余剰エネルギーで炎の渦を作り出して身を隠して相手へそれを悟られぬようにするのだ。

 

『『『今(だ)っ!』』』

 

 無防備となった瞬間を逃さず、三機の無限が瞳を輝かせて動き出す。

 二刀が、クナイが、銃口が、それぞれ目の前の相手へと狙いを定め……

 

『……どうして攻撃しない?』

 

 攻撃は繰り出される事はなかった。各々の相手へ突きつけられたままでそれぞれの武器は止まっていたのである。

 

『これは演武だ。殺し合いじゃない。それに、俺達は同じ華撃団だ。なら、これで十分だろ?』

「…………ああ、十分だ。俺達の、負けだ」

 

 たっぷりと間を開け、何かを噛み締めるように告げられたその言葉は通信ではなく周囲へ拡散された。

 

「何とっ! 上海華撃団が敗北を認めましたっ! 勝利ですっ! 帝国華撃団があの上海華撃団に勝利を収めましたぁぁぁぁっ!」

 

 その瞬間この日一番の大歓声が沸き起こる。誰もが喜んでいたのだ。

 帝国華撃団が、失われた帝国華撃団が戻ってきたのだと。

 

 そうして誰もが喜びに包まれる中、一人紅蘭は悲しげな表情でモニターを見つめていた。

 

「……負けた、かぁ」

 

 そのモニターの中では、シャオロンの王龍が神山の無限に手を差し出して握り合う姿が映し出されていた。

 

「ほんま、どう言ったらええんやろな、この気持ちは。帝国華撃団が復活したと喜べばええのか。それとも上海華撃団が負けたと悲しめばええのか。ほんま、厄介な状況やな」

「その気持ちは俺も同じだよ、紅蘭」

 

 聞こえた声に紅蘭が驚いたように顔を動かすと、そこには神妙な表情の大神が立っていた。

 どこか茫然としている紅蘭へゆっくりと大神は近付いていく。

 その眼差しは紅蘭の前までくるとモニターへと移った。

 

「……真っ先に相手の事を称える、か。やはり上海の方が先輩だな。きっと神山達ならああも早く意識を切り換えられないだろう」

「大神はん……」

 

 目の前の男には勝者も敗者もない。そう紅蘭は感じ取っていた。

 彼にとってはどちらも大事な仲間であり、次代の希望なのだろうと。

 

「俺も、君と同じさ。シャオロン達が負けた事を悲しく思うよ。神山が来るまで彼らは帝都を守ってくれていた。俺の事を慕い、色々な事を吸収してくれた。彼らがいなければ、俺は神山達へ今のように接してこれたか分からない」

「……そか。それ、シャオロン達へ言うたってくれます? きっと滅茶苦茶喜ぶ思います」

「ああ、必ず伝えておく。それじゃあ、そろそろ彼らが戻ってくる頃だから俺はこれで」

「待ってっ!」

 

 大神が背を向けた瞬間、紅蘭は思わずその背中へ抱き着いていた。

 

「こ、紅蘭?」

「……少しだけ、少しだけこうさせてもろうてええですか?」

 

 その瞬間、何かを言おうと大神は口を開きかけて、ゆっくりとそれを閉じた。

 脳裏に織姫から言われた言葉が過ぎったのだ。

 

(俺は女心が分かってないらしいからな。ここは、紅蘭の好きにさせよう)

 

 何も言わずにいてくれる事へ小さく笑みを浮かべ、紅蘭は回した腕へ力を少しだけ込める。

 

「ふふっ、おおきにです、大神はん」

 

 そのままそっと大神の背中へ顔を埋めて目を閉じる紅蘭。

 それが何を意味するか分かりながらも、大神はただ無言でその場に立ち尽くした。

 まるで、この場でもう何か言ってはいけないと、そうお互いに分かっているかのように……。

 

 

 

「おかえりなさい、神山さん。あざみにアナスタシアさんも、おかえりなさい」

「さくら、ただいま」

「本当にお疲れ様でした」

「ええ。本当に疲れたわ。夜叉相手の訓練よりもキツイかもしれないわね」

「そんなにかよ」

「そんなに」

 

 柔らかな喜びの空気がある帝撃側の待機所。それでも大っぴらに喜ぶ事はなかった。

 何せ相手はこれまで交流の深い上海華撃団。その敗北と自分達の勝利が同じなら、大きく喜ぶ事は憚られたのである。

 

「神山、よくやってくれた。諦めない気持ちを隊員へも持たせる事、それが隊長の役目の一つだ」

「はい。ですが、司令の助言がなければ負けていました。それも、もっとはっきりとした形で」

「かもしれませんが、現場で戦い勝利したのは神山さん達です。もっと胸を張っても構いませんよ」

「せやせや、あても正直少し諦めかけたさかい。それを覆したんは見事ちゅう他ないで」

「ただ、お前らの無限はしっかり整備点検が必要だ。次回は俺の仕事減らしてくれよ?」

「可能な限り善処するさ。ただ、今後はもっと厳しい戦いになると思う」

 

 令士の苦い顔へ神山は複雑な表情を返すしかなかった。何せ残る相手は上海と違い交流もなければ、情報もないに等しい相手なのだ。

 優勝候補と名高い伯林と倫敦。碌な情報がない莫斯科。特に莫斯科に関してはあの後挨拶さえも出来なかったのだ。

 

 理由は、彼らの祖国があるロシア大陸にある。

 ロシアは革命が起きた結果その主義が日本などと異なってしまったため、互いの情報共有を嫌っている節があった。

 

 実はマリアが今も倫敦華撃団にいるのにはそういう理由も絡んでいるのである。

 彼女は元々ロシア出身で、莫斯科華撃団が出来るとなった時に当然協力をと申し出たのだが、マリアがかつて革命の際に名を馳せたクワッサリーと呼ばれていた事を知るやその申し出を固辞、西側の手は借りぬとばかりに独自路線を歩んでいた。

 

「それでも、お前らには勝ってもらわなきゃいけないんだよ」

 

 そんなやや重たい空気が流れている中へ響く声。それに全員が顔を動かす。

 

「シャオロン……」

 

 そこには戦闘服姿のシャオロンが立っていた。すると、その背中からひょこっとユイが顔を出した。

 

「私もいるよ」

「ユイさん……」

 

 揃ってすっきりした顔をしている二人に神山達が逆に驚く。

 今頃は負けた事で悔しく思っているか、悲しく思っているかのどちらかだと思っていたためだ。

 そんな考えを神山達の反応と表情から察して、シャオロンは呆れた顔を見せた。

 

「何て顔してやがる。折角俺達に勝ったんだ。もっと嬉しそうにしろよ」

「い、いや、そうは言ってもな……」

「いいから笑え。俺達に気を遣って喜ばないってんならむしろその方が腹立つぜ。まぁ、お前達が俺達を嘲笑うってんなら話は別だが?」

「そんな事あるわけないだろ! アタシらはお前達の事をだな!」

「認めてくれてる、でしょ? なら、むしろ喜んでくれない? だって、貴方達は私達に勝った。ここで喜んでくれないと、私達は喜ばれる価値もないみたいじゃない」

「そういうこった。それと、これだけは言っておく。今日負けたのは俺達だが、上海華撃団じゃない。そして勝ったのはお前達だが、帝国華撃団じゃない」

「そういう事。負け惜しみに聞こえるかもしれないけどさ、神山が言ったように本当に勝ち負けを着けるならお互い全員でぶつからないと、ね」

 

 そう言ってシャオロンとユイは笑みを浮かべると神山達へ背を向けた。

 

「まぁ、俺達がいたら喜び難いだろうからこれで帰ってやるさ」

「さくら、神山達も頑張ってよ。私達の分まで勝って優勝してね」

「ああっ! 今度はちゃんとした形で勝ってみせる! 俺達から二本先取出来た上海は凄いんだと分からせるためにもっ!」

 

 その神山の言葉に二人は口を笑みの形へ変えると黙って歩き出した。

 その背中を誰もが見送り、見えなくなったところでこまちが手を叩いた。

 

「よっしゃっ! なら、アレ、やろか!」

「それはいいですが、私達も、ですか?」

「ええやんか。なぁ司令?」

「そうだな。よし、司馬、君もこっちへ」

「お、俺もですか?」

「ならいくで~? せーのっ!」

「「「「「「「「「「勝利のポーズ、決めっ!」」」」」」」」」」

 

 

 

 後ろの方から嬉しそうな声ややり取りが聞こえ始めた瞬間、シャオロンとユイは足を止めた。

 

「……っく」

「泣くな。あの時のプレジデントGの言葉には俺も反省しなきゃいけない。あそこで俺がもっと早く仕留めていれば良かっただけなんだ」

「でもぉ……」

「言い訳は止めようぜ。過程はどうであれ、俺達は正面切って戦って、負けた。帝国華撃団は、本当に復活したんだ。俺達の目の前で、それを見せてくれた。なら、それでいいだろ」

「シャオロォン……」

 

 横から聞こえた涙混じりの声でシャオロンが視線を少しだけ動かす。

 そこには、今にも大泣きしそうなユイの顔があった。

 このまま戻れば確実に紅蘭達の目の前で泣き出す。それは面倒になると思い、シャオロンはわざとらしく大きなため息を吐いてユイへ背中を向ける。

 

「背中、貸してやるから。あまり大泣きするなよ? 涙はともかく鼻水なんてついてたら後で紅蘭さんに怒られちまうからな」

「ぐすっ……酷いよぉ、そんな言い方。でも、ありがと……」

 

 こうして通路の一角で一組の男女が立ち止まる。

 片や相手の背中へ顔を埋めるようにし、片や何かを堪えるように上をむいて。

 共通しているのは、共に肩を震わせている事だろうか。

 彼らは、それを何度も経験してきている。そして、その度に強くなっていった。

 

 だからこそ言えるのだ。上海華撃団は、自分達はまだまだ強くなれると。

 これまでも、そうやって彼らは立ち上がってきたのだから……。

 

 同じ頃、会場から拠点への帰り道を歩いていたアーサーは、ランスロットの希望(と言う名の強引な要求)により少々寄り道してカフェへとやってきていた。

 

「うわぁ、美味しそうっ!」

「どうして僕まで……」

「いいじゃん。ケーキだって、一人よりも二人で食べた方が楽しいし美味しいし」

「僕の分はないんだが? と言うより、ホテルのカフェじゃいけないのかい? 中々紅茶が美味しいと君も言っていたじゃないか」

「ダメダメ。あそこは飲み物はともかく甘い物のラインナップが良くないもんっ! そういう意味じゃニューヨークの拠点は最高なんだけどね」

 

 分かってないなぁとばかりに指を左右に動かし、ランスロットは口を尖らせる。

 アーサーとしては紅茶さえ美味しければそれでいいので文句はないのだが、ここが男と女の違いなのだろう。

 それに、彼も運ばれてきた紅茶の香りには満足しているので、これ以上何かを言うつもりはなかったのだから。

 

 手にしたカップを顔へ近付け、アーサーはその香りに微かに笑みを浮かべると静かにカップをソーサーの上へ置いて、ケーキをどこから食べようか悩んでいるランスロットを見た。

 

「それで、終わってみての感想はどうだい?」

「え? う~ん……正直さくらが出てこなかった事は嬉しかったかな。出てきてたら楽しみが半減しちゃうところだった」

「やれやれ……そう言うと思ったよ。まぁ、だからこそ次回は彼女が出てくるだろうね」

「……あたし達が相手だから?」

「以外にあるかい?」

 

 少しの間沈黙が二人の間に流れる。ただ、どちらからともなく笑みを浮かべると、アーサーは紅茶を、ランスロットはケーキをそれぞれ口に運んだ。

 

 まるでそれが対戦相手かのように、最後まで一言も喋る事なく……。

 

 そして、伯林華撃団のエリスとマルガレーテも会場近くに停泊している自分達の飛行戦艦へ帰還し、レニへ試合を見た感想を述べていた。

 

「そうか。突然帝国華撃団の霊子戦闘機の性能が変化した、ね」

「はい。教官は何かご存じですか?」

「その前にマルガレーテはどう思う?」

「……信じられませんが、上海もやったようにリミッター解除の類かと」

「成程。エリスは?」

「私はそれがどういう原理でも気にしません。何があろうと自分達を信じて勝利するのみです」

 

 その答えにマルガレーテは呆れ、レニは楽しそうに苦笑した。

 

 見た目だけなら寡黙なドイツ人と言ったエリスだが、その本質はまったく異なっている。

 それがこの答えにも出ていると思い、レニはかつての自分と似て非なるエリスへ微笑ましい眼差しを送った。

 

「そうだね。エリスはそれでいいと僕も思う。マルガレーテ、君はこうならないようにね」

「分かっています。むしろなれと言われた方が困ります」

「むっ、どういう意味だ?」

「エリス自身で考えてください。答えは他人から与えてもらうだけではいけませんので」

 

 マルガレーテの体の良い逃げ方にエリスは文句も不満も述べる事なく、ならばとその場で考え始めた。

 それを横目で見やり呆れるマルガレーテと小さく笑うレニ。

 その様子は優勝候補とは思えない程和やかなものだった……。

 

 

 

 翔鯨丸で帝劇へと帰還する神山達。だが、そんな彼らを待っていたのは戦慄する事実だった。

 

「や、夜叉に侵入された、ですかっ!?」

 

 帝劇へ帰還したのも束の間、すぐに神山達は作戦司令室へ召集されたのだ。

 そこで告げられたのが先程の内容。夜叉による帝劇内への侵入であった。

 

「そうだ。調査の結果、あろう事か正面から堂々と入り、ここの次に格納庫へ侵入しそこで消えた」

「被害はどうなんですか?」

「幸い、というべきかどうか分かりませんが、何一つ破壊も細工もされていません」

「は? どういうこった?」

「分からへんのや。何が目的でここまで来たのか」

「ええ。悔しいですが手がかり一つありません」

 

 お手上げという動きをするこまちに、首を左右に振って無力感を滲ませるカオル。

 令士も神山の視線に気づき、同じく両手を軽く上げた。

 格納庫も特に変化なしと言う事だった。

 

「で、ですけど、地下へは誰でも入れる訳じゃないですよね?」

「強引にならともかく、それでないとしたら昇降機を使うしかありませんよ!?」

「そうですよ! 上海のお二人だって知らないんですよ、暗証番号は!」

 

 神山とクラリスの言葉に誰もが押し黙る。ある可能性がその脳裏に浮かんでいるのだが、口にするのは憚られたのだ、

 

 だが、そんな沈黙を破るように涼やかな声が作戦司令室に響く。

 

「スパイ、がいると言う事でしょうね」

「スパイ……?」

 

 首を傾げるあざみへアナスタシアは頷いてみせると大神へ視線を向けた。

 

「どうなの、ミスター」

「……可能性がない訳じゃない。ただ、今はそれよりも夜叉が何故ここへ侵入し、何もせず去って行ったかを考える方が先だ」

「ちょっと待ってくれよ。スパイがいるって、アタシらの中にって事かっ!?」

「そんな……」

 

 机を叩く初穂と口元を両手で覆うクラリス。さくらも信じられないという表情で大神を見てから神山へ視線を向ける。

 彼は、複雑そうな表情で顔を下向かせていた。仲間の中に内通者がいると考えたくなかったのである。

 

「神山さん……」

 

 その心境を察してさくらが辛そうな顔をした。彼女も仲間を疑いたくなかったのだ。

 特に今は華撃団大戦で初戦を突破し、少しでも団結を深めようとしていたぐらいだった。

 この招集がなければ、神山は小さな祝勝会をやろうとしていたのである。

 

「司令、この件は俺に任せて頂けないでしょうか」

 

 意を決して顔を上げた神山に全員の視線が集まる。

 

「もし内通者が俺達の中にいるとすれば、それは俺達自身の手で片付けたいんです。それに、そうじゃない可能性だってあります! その両方の可能性を視野に入れて調べたいんです!」

「分かっている。俺もすぐにWOLFへ報告するつもりはない。まずどうやって暗証番号を知ったのか。本当に被害はないのか。それらを可能な限り明らかにして報告する。ただ、何か進展があれば俺へ報告をするんだ。いいな?」

「了解!」

「みんなも、まだ内部の犯行と決まった訳じゃない。今は疑うよりも信じてくれ。俺は、神山と同じで君達を信じている。もしかしたら、俺達の疑心暗鬼を誘うための策の可能性もある。番号もWOLFへは連絡しているからな」

「そうなの?」

「ああ。意外だったかな? 一応上層部だからね」

 

 あざみの問いかけに大神はそう答え、小さく笑みを見せた。それにそれもそうかと頷く神山達。

 ただ、その様子を眺め、大神は一瞬だけ僅かに苦い顔を見せると同時に咳払いをした。

 

「とにかく、連絡は以上だ。おって暗証番号を変更する。神山、君へ一番に教える事になるから、その後は君が各隊員へ通達を頼む」

「はい」

「よし、それでは解散」

 

 こうしてこの日は終わった……かに思われた。

 

――WOLFには連絡している? なら、どうして番号を連絡させたりしたの? もしかして、彼がこちらを試している? それとも……。

 

 一人、腑に落ちないように暗闇の中で呟く存在。その影は、誰に知られる事無く帝劇の中へ紛れるのだった……。




次回予告

私はあざみ。忍者の末裔。
だけど、誰もそれを信じてくれない。
あざみがどれだけ忍者らしい事をしても、どこかで信じ切ってない。
偽物。その言葉がどこかで私には張り付いている気がする。
次回、新サクラ大戦~異譜~
”忍びの掟、私の掟”
太正桜に浪漫の嵐!

――非常に徹する。それが……忍び。
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