……ゲームでは不遇過ぎた初穂回を、別の話として描きたいと思います。
夜叉の侵入から一夜明け、神山は自室で夜叉が侵入したと判明している場所について考えていた。
「まず支配人室、次に地下にある作戦司令室、そして格納庫か……」
そこから思うのは何か明確な目的があっての侵入である事だ。
そして今の神山にはその心当たりが一つだけある。
「例のていけん、だろうな」
故に行き先もそれがありそうな場所なのだろうと神山は思った。
支配人室には様々な物が置かれているし、作戦司令室や格納庫も何か重要な物を隠しておく場所になりそうではあるからだ。
ただ、神山は一つだけ分かった事があった。
「ていけんとは、きっと刀なんだろうな。なら、ていは帝都の帝だろうか? 帝剣、という事だろう」
ぼんやりとしていた認識がやっとある程度の輪郭を持った。
刀であると言う根拠は一階で唯一夜叉が訪れた支配人室だった。そこには見事な日本刀が二振り飾られているのだ。
「……支配人に話を聞いてみるか」
帝剣に関しても何か聞けるかもしれない。そう思って神山は支配人室へと向かった。
訪れた支配人室で大神へ帝剣について神山が尋ねると、それを予想していたのか大神は真剣な面持ちで語り始めた。
帝剣とは、絶界の力を持つ神器。その使用には膨大な霊力を必要とし、発動すれば幻都と言うもう一つの帝都を作り出す。
十年前の戦いで当時の上層部である賢人機関が使用を提言、大神はその決断を下そうとしたのだが、諜報などを担当をしている月組からの情報でその使用を拒否したのだ。
「拒否したんですか?」
「ああ。実は、帝剣はその製作に一人の女性を犠牲としなければならないと分かったからだ」
「女性を……」
「しかも、その製作者は犠牲となる女性の夫だった。それを知った俺は、決して受け入れる訳にはいかないと賢人機関へ返した」
「で、ですが、実際夜叉は降魔皇は帝剣で封印されたと」
「そこなんだ。神山、君はどこまで降魔大戦の事を知っている?」
その質問に神山は世間で話されている程度と返した。
すると、そこで大神は少しだけ十年前の真実を話した。
大神達は帝剣を使う“二都作戦”を拒否し、三華撃団それぞれの力で魔を封じるまたは弱らせる手段を講じ、可能な限り弱体化させた降魔皇へ帝国・巴里両華撃団の霊力を大神が増幅させ、そこへ紐育の霊力を新次郎が増幅させたものを加えた一撃を叩き込んだ。
「その際、何故か降魔皇の頭上に幻都と思われるものが出現したんだ」
「帝剣を使用していないのに、ですか?」
「ああ。降魔皇との戦いが終わった後、不思議に思った俺は月組に頼んで帝剣を探してもらったが、やはり帝都のどこにもなかった。帝剣を製作出来る夫婦も両方共に健在。つまり帝剣が作られた訳ではないらしい」
「なのに、帝剣の発動が起きた?」
「……夜叉が、降魔がそこで嘘をつく必要はない。なら、きっとそういう事なんだろうと思う。思えばあの時、一体の上級降魔を仕留め切れなかった。もしかすると夜叉はその降魔が姿を変えたのかもしれない」
そこまで話すと大神は息を吐いた。未だにどこかで信じられないのだ。
あれからも帝剣を探しているが彼も見つけられていない。
にも関わらず、何故あの戦いの際に帝剣が存在していたのか。またどうして発動したのか。
全てが疑わしかったので大神の中では帝剣の発動を信じていなかった。それがあの夜叉の言葉と行動でむしろ疑いが晴れてしまったのである。
「では、やはり昨日の夜叉の侵入目的は……」
「おそらく帝剣を探しに来たのだろう。ただ、俺も本当に知らないからな。見つける事も出来ずに帰ったんだ」
「その刀は違うのですか?」
神山の視線の先には二振りの見事な日本刀がある。
大神はその問いかけに小さく笑みを浮かべると首を横に振った。
「ああ、それは違う。それは神刀滅却と光刀無形と言って、俺が対降魔部隊の先人達から受け継いだものだ」
「対降魔部隊……」
「この帝国華撃団の前身であり、前司令である米田中将を筆頭とする四人からなる特殊部隊だ。生身で降魔と戦った人達さ」
「な、生身で……」
「それが可能だったのは高い霊力があった事がまず根底にある。次にこれらの霊剣や神刀があったからだろう」
そこで大神は話を切って神山へ視線を戻した。
「それにしても帝剣がよく刀だと分かったな。響きから推測したのか?」
「え? ああ、夜叉の行動から考えた場合それが一番有力だと思ったんです。真っ先にここへ来たそうですし」
「成程な」
納得がいった。そんな大神へ神山はふと思い出すようにこう尋ねた。
「そういえば、アナスタシアは帝剣について尋ねに来ませんでしたか?」
「アナスタシア君が? いや、来ていないが?」
「そうですか。あの夜叉の言葉を聞いて帝剣について俺へ聞いてきたもので」
その一言に大神が一瞬だけ目付きを鋭くするもすぐにそれを消し、小さく頷いて別の話題を神山へ振ったのだ。
「そういえば、今日は倫敦対莫斯科戦があるが見に行くのか?」
「いえ、正直それよりも今は夜叉絡みの事を考えたいもので」
「……そうか。神山、きっと天宮君達も気に病んでいるはずだ。それを少しでも和らげてくれ」
「はい。それでは失礼します」
支配人室を後にした神山は大神に言われた事を意識しさくら達の様子を探る事にした。
まずは各個人の部屋を訪ねる事にし、最初は初穂。だが留守のようで部屋にはいなかったため、ならばとアナスタシアへ。
「どなた?」
「俺だ。少しいいか?」
「キャプテン? ええ、開いてるからどうぞ」
ゆっくりとドアを開けると当然ながら中にはアナスタシアがいたのだが、神山が真っ先に感じたのは室内の簡素な雰囲気だった。
「物が、あまりないんだな」
「今まで流れの役者だったもの。これでも増えた方よ」
小さく苦笑しての言葉にそれもそうかと神山は納得し、軽く室内を見回した。
そこにあった星が描かれたタペストリーのような物へ目を止め、彼はアナスタシアへ星が好きなのかと尋ねる。
すると、アナスタシアは頷き昔からよく星を見てきたと返して微笑んだ。
その表情からは昨夜の件での不安や動揺などは感じられない。
(さすがトップスタァってとこか。感情をそう簡単に表には出さないよな)
アナスタシアの様子をそう判断し、神山はならばと自分から話しを切り出す事にした。
「なぁ、アナスタシアは昨夜の件をどう思う?」
「……正直信じられないわ。さくら達の中にスパイがいるなんて、ね」
「じゃあ、外部の犯行だと?」
「そうであってほしい。ミスターが言ってたけど、番号はWOLFも知ってた。なら、そこから漏れた可能性だってある」
「そうなると話が余計恐ろしい事になるな……」
WOLFに内通者がいるとなれば、話は帝国華撃団だけに留まらない。
世界各国の機密が降魔へ漏れている可能性まで出てくるからだ。
「ねぇ、キャプテンはどう思っているの?」
「俺は帝劇にスパイなんていないと信じている。降魔は一度開会式でプレジデントGのいる飛行戦艦を襲撃している。なら、その時に番号などを知った可能性がないとは言い切れない」
「そう、ね。私もそうであってほしいわ」
「ああ。っと、邪魔したな」
「ふふっ、運が良かったわよキャプテン。もう少し遅かったら私は出かけていたもの」
「出かける?」
「ええ。歌舞伎を見に行こうと思っていたの」
そこで神山がアナスタシアが歌舞伎座へ足しげく通っている事を知る。彼女は歌舞伎の世界に魅了されているようにも感じられ、機会があれば一緒に観劇する約束を交わして部屋を後にした。
次はクラリス。だが、彼女も部屋にはいなかった。ただ、そうなると神山には行き先の有力候補があるために不安はない。
「なら、先にあざみだな」
おそらく資料室にいるだろうクラリスよりも、探すのが大変そうなあざみの部屋へと神山は向かう。
だが、やはりというかあざみは部屋にいなかった。
仕方ないのでさくらの部屋を訪ねてから探す事にし、神山は肩を落としながら歩き出す。
「はい?」
「さくら、俺だ。少しいいか?」
「あ、はい。今開けますね」
ややあって鍵を開ける音と共にドアが開き、さくらが顔を出した。
「何か、ありました?」
「いや、さくらの様子を見に来たんだ。その、あんな事があったからな」
神山の言いたい事を察してさくらは少し表情を曇らせた。
彼女も起きてからずっと頭の片隅でスパイの事を考えていたのだ。
「そう、ですか。あの、神山さんはどう思ってるんですか?」
「俺は内部の犯行じゃないと信じてる。支配人が言ったように、WOLFが番号を知っていたならそこから夜叉が知った可能性がある。開会式の事、覚えているか? あの時夜叉が襲撃したのはプレジデントGが乗る飛行戦艦だった」
「じゃあっ!」
「ああ、内通者がいない可能性は十分ある」
安心させるように神山がそう言い切るとさくらは安心するように胸へ手を当てた。
「良かったぁ……」
「さくら、俺はこの事をみんなへ伝えてくる。アナスタシアへは伝えたから、初穂達に会ったら伝えておいてくれないか。一応俺も探して話をしていくけど、こういうのは早い方がいい」
「そうですね! 分かりました!」
「おいおい、元気過ぎるぞ。気持ちは分かるが、一応まだ確証はないんだ」
「それでもいいです! わたし達の中に内通者なんていないって可能性があるだけでも十分ですから!」
一気に明るくなったさくらに苦笑し、神山は彼女と共に部屋を出た。
そのままさくらは初穂がいるだろう場所を探してくると告げて去っていく。
明らかにもう内通者の可能性をないと思いこんだその背中を、神山は微笑ましく見送りながら資料室へと向かった。
「いた、な」
そこには予想通りクラリスがいた。ただ、本も読まず物鬱げな表情で宙を見つめている。
それは神山が近付いても変わる事なく、クラリスはただ何もない空間を見つめていた。
「クラリス」
「っ!? か、神山さんっ?! 一体いつからそこに?」
「今来たところだ。少しいいか?」
「……スパイの事、ですか?」
驚いていた表情が一瞬にして曇る。神山はそんな反応に無理もないと思いながら頷いた。
「ああ、そうだ。実は、内部犯じゃない可能性が出て来たんだ」
「WOLFが番号を知っていた、からですよね。でも」
「夜叉は開会式でプレジデントGの乗る飛行戦艦を襲撃した。そこにはきっと様々な機密があったはずだ」
「……それを、あの時夜叉は入手して、帝劇の地下への暗証番号もそこに?」
「その可能性がある。これなら内通者がいなくても犯行は可能だ」
「…………でも、どうしてそれをWOLFはこちらに黙っていたんですか?」
「あのプレジデントGが自分の失敗を他人に話すと思うか?」
即答された推測にクラリスは少し考え、小さく笑みを零した。
「いえ、黙っていると思います。今回の事を聞いても、きっと自分のせいではなく私達の誰かがスパイと言い出しそうです」
「だろ? だから、あまり思いつめないでくれ」
「はい。ふふっ、まるでミステリーのワンシーンみたいです。ありがとうございます神山さん。おかげで少し気持ちが上向きました」
「なら良かった。じゃ、俺はもう行くよ。執筆、頑張ってくれ」
「はいっ!」
最後には笑顔を見せたクラリスに神山も笑顔を返し資料室を出る。
次に向かったのは中庭。初穂がいる気がしたのだ。
「……おっ、さくらもいるな」
中庭中央にある霊子水晶の前でさくらと初穂が話しているのが見え、神山はその雰囲気からもう自分が話す必要はないと思うも、それでもと二人へと近付いていく。
「二人共、何を話してるんだ?」
「あっ、神山さん」
「よう隊長さん。丁度今さくらからスパイ絡みの事を聞いてたとこさ」
二人して笑顔を浮かべているのを見て、神山はもう心配はいらないと感じて笑みを浮かべた。
「そうか。なら、後はあざみだけだな」
「あざみ、ですか」
「あー、あいつはよくいなくなるからなぁ」
「よくいる場所に心当たりは?」
「そうですねぇ……みかづき?」
「後は銀座横丁だな。要は食べ物があるとこが多い」
その初穂の表現に神山だけでなくさくらも苦笑した。
実際あざみは年頃らしく食べる事が好きだ。お菓子は言うまでもなく、食事の時間には何があっても帰ってくるし、美味しい物の話には目が無い。
さくらと初穂はあざみを見かけたらスパイ関連の話をしておく事と、神山が探している事を伝えておくと言ってそれぞれ中庭を出て行った。
一人残された神山も中庭を出てまずは停留所付近へ行き、みかづきにあざみがいないか探そうと思いロビーへと向かう。
すると、そこに見慣れない黒服の男がいた。
しかも、その男は神山を見るなりズカズカと近付き、高圧的な態度でこう告げたのだ。
「神山隊長だな。望月あざみはどこにいる?」
「あざみ? いえ、俺も探している最中ですが」
「本当だろうな? 隠すとためにならんぞ」
「っ……いきなり何なんですかあなたは。華撃団関係者なら名乗ってください」
有無を言わせない雰囲気に嫌悪感を抱きつつ、神山は努めて冷静に対応した。
それに相手は何やら面倒そうに舌打ちをすると、自分がプレジデントGの配下の者だと告げ、一枚の写真を神山へ見せたのだ。
「これを見ろ」
「これは……あざみ?」
それは、大きな観覧車がある銀六百貨店の屋上らしき場所で、怪しい仮面の相手とあざみが会っている写真だった。
神山がそれを理解した事を確かめると男は写真を懐へしまう。
「開会式を襲撃した降魔は怪しげな仮面をかぶっていた。この相手もその関係者の可能性がある」
「そんな無茶苦茶な」
「疑わしきは徹底的に調べる。プレジデントGは今回の事を受け、帝国華撃団の潔白を信じているそうだ。だからこそ、望月あざみから事情を聞いて真相を明らかにしたいとの事だ」
「それは……」
言っている事は分かる。だが、目の前の相手はとてもではないが紳士的な対応やあざみの無実を信じているようには思えないと神山は感じていた。
このままだとあざみは事実がどうであれ処分されるのではないか。そう神山は判断し、目の前の相手より先にあざみと会わなければと決意する。
「分かりました。なら、あざみを見つけ次第帝劇へ連れてきます。それまで食堂でお待ちください」
「結構だ。こちらはこちらで探す」
「なら手分けしましょう。あざみの行く場所には心当たりがあります」
「……どこだ?」
しめたと、そう神山は思った。
「あざみがよく行くのは大帝国ホテルとミカサ記念公園です」
「分かった。なら我々が両方をあたる。お前はここでじっとしていろ」
それだけ告げると男は他の黒服の男達と帝劇を出ていく。
その背中を見送り、神山は急いで売店へ向かった。
「こまちさんっ! あざみがもし帝劇に戻ってきたら俺の部屋か自分の部屋から動かないように伝えてもらえますかっ!」
「ど、どうしたんや急に……」
「詳しく説明してる暇はないんです! とにかくお願いしますっ!」
「わ、分かった」
戸惑いつつも神山の迫力に押されるように頷くこまち。
神山はそれを見るなり急いで帝劇を飛び出して行った。
(まずはみかづきだ! ひろみさんへもあざみが来た時の伝言を託しておけば最悪の事態は防げるっ!)
あの黒服の男達にあざみを渡すつもりは微塵もないとばかりに神山は動いた。
そのために敢えてあざみが行きそうにない場所を伝えたのだから。
みかづきでひろみへ伝言を託すと同時に、まだ今日は来ていないという情報も得て、神山が次に向かったのは銀座横丁。
だがそこでもあざみは見つからず、その周辺の店々へあざみ宛ての伝言を頼み最後に向かったのは銀六百貨店屋上。
「……いたっ!」
あの写真がいつ撮られたか分からないが、もしかしたらと思ってやってきたのだが、それが正解だったようだ。
神山は周囲に黒服の姿がない事を確かめるとあざみと怪しげな仮面の老人へと近付いていく。
「あざみっ!」
「ん? 隊長?」
「ほう、彼が……」
神山が声をかけるとあざみが振り向き、仮面の老人は何やら面白そうなものを見つけたというような声を出す。
「あざみ、今すぐ帝劇へ戻って自室か俺の部屋で待っていてくれ。それと黒服の男達に見つからないようにするんだ。詳しい理由は後で話す」
「でも……」
「あざみ、儂はこの人と話す事が出来た。今は言われた通りにしなさい」
「分かりました」
老人の言う事へ素直に従い、あざみはその場から立ち去った。
その背を見送り、神山は安堵するように息を吐く。
おそらくだがあざみならあの男達に捕まる事はないだろうと思ったのだ。
「神山誠十郎殿、ですな?」
そこへ告げられる自分の名前に神山は顔をゆっくりと動かす。
仮面の老人は口元を笑みの形へ変えると近くのベンチへ顔を動かした。
「立ち話もなんだし、そこへ座ろうかの。あざみの事も貴方の口から聞いておきたい」
「あざみの……。貴方はあざみとはどういう関係ですか?」
「ほっほっほ……それも含めて話をしましょうか、神山殿?」
まずは座れと言われていると思い、神山は老人の隣へと腰を下ろした。
「それで、貴方は一体?」
「うむ、どこから話したもんじゃろうのう。儂の名は望月八丹斎と言う。ま、あざみの祖父みたいなもんじゃな」
そこから始まる話は、あざみの現在へ繋がるものだった。
幼い頃に両親を失った捨て子のあざみを拾った八丹斎は、ある程度成長した彼女へそれを誤魔化すために嘘を吐いた。
あざみの両親は忍びであり、今は重要な任務へ就いているために里へ戻れないのだ、と。
そしてこうも告げたのだ。
――忍びの子として鍛錬に励めと二人は言っていた。
それ以来あざみは、自分が頑張っていればいつか両親が自分の前へ帰ってきてくれると、そう信じて忍びの鍛錬を始めたのだ。
さすがの八丹斎もあざみへ今更嘘だとは言えず、こうして週に一度帝都へ顔を出してはあざみに何も問題はないか探っているのだった。
そして彼は持っていた日記を見せた。それはあざみが日々の事を記したもの。
子供らしい絵日記を眺め、神山は知らず微笑んでいた。
普段は無表情に近いあざみが、その内面では実に子供らしく様々な事を思い感じている事が分かったためである。
(あざみにもちゃんと子供らしいとこがあるんだな。こうやって改めて知れて良かった)
それと、今後もっとあざみとも関わりを増やしていこうとも思ったのだ。
それだけではない。さくら達とも関わる時間を持たなければと神山は感じていた。
まだ自分は隊員達との交流が薄い。それでは今後待つ伯林などの強敵とは戦えないだろうと。
そうやってあざみの絵日記を見ながらある程度話していた八丹斎だったが、ふとその声が調子を落とす。
「あの子には、生き甲斐が必要じゃった。生きる希望が、目標が必要じゃった」
「それが、忍びですか?」
「結果的には、じゃな。儂は、他の方法を教えてやれんかった。百姓として育てるのではすぐに嘘へ気付いてしまう。故にそれらしい嘘を吐き、それらしい事をさせる事しか出来んかった」
遠くを見つめるような八丹斎。その横顔に神山は何も言う事が出来なかった。
孤児のあざみを拾って育て上げた八丹斎。そのやり方は普通ではなかったのかもしれない。
だが、その結果あざみは曲がる事なく、癖はあるものの真っ直ぐな心根に育った。
それを知るからこそ、神山は八丹斎へ何も言う事がなかったのだ。
「いたぞっ! 例の仮面の相手だ!」
そこへ聞こえてくる声に神山は勢いよく振り返る。そこにはあの黒服の男達がいた。
「何じゃ、あやつらは?」
「八丹斎さん、俺の後ろへ」
「神山隊長、これはどういう事だ? まさかお前も降魔の仲間だと?」
「降魔? 貴方達の目は節穴か! もしこの人が降魔だと言うなら妖力反応があるはずだ! 帝劇でも上海でも、倫敦や伯林でもいいから問い合わせてみればいい! それではっきりする!」
「その必要はないっ! こちらはプレジデントGの命令で動いてるんだ! とにかくそいつをこちらへ渡せっ!」
「断る! 降魔だと言うはっきりした証拠がない以上、この人も俺達帝国華撃団が守るべき相手だ! WOLFはっ! プレジデントGはっ! 何の証拠もなく人を降魔と言い張るつもりですかっ!」
「っ!? こ、ここは引き下がってやる。だが、その怪しげな仮面を付けた存在が普通の人間と決まった訳じゃないっ!」
神山の大声で周囲の人間が黒服達を見てひそひそと話し始めたのを見て、このままではWOLFやプレジデントGのイメージダウンに繋がると思ったのか、黒服達は苦々しい表情で捨て台詞と共にその場を後にした。
黒服達がいなくなるのを見届け、神山は息を吐いた。
「何とかなったか」
「お見事じゃ。周囲の者達の目と耳を利用し相手の動揺を誘い、加えて正論と相手の正当性を揺るがすやり方を示す。さすがは大神一郎殿が見込んだ隊長じゃな」
「支配人をご存じなんですか?」
「当然じゃ。あざみを預ける相手をよく調べもせず、帝都へやると思うかね?」
その言い方で神山は納得するしかなかった。
八丹斎からすればあざみは大事な孫娘も同様なのだから。
「八丹斎さん、申し訳ありませんが一緒に帝劇まで来ていただけますか?」
「うむ、この場合はその方が良かろう。久しぶりに大神殿とも話がしたい」
こうして神山は八丹斎を連れて帝劇へと向かう。
その道中で神山はあざみの幼少期の話を聞く。
そこで彼女が褒められた時に饅頭をもらっていた事を知り、それが切っ掛けであざみが饅頭を好きになったのだと察した。
(あざみにとって、饅頭はご褒美であり大好きな人からもらえる美味しい物だったんだな……)
みかづきの饅頭へ執着するのも可愛い思い出からの行動。そう思えばあざみの日常はとても子供らしいと言えた。
帝劇へ神山が八丹斎を連れて戻ると、真っ先にさくらが駆け寄ってきた。
大神に言われ、ロビーで彼が帰ってくるのを待っていたのだ。
「神山さんっ! 支配人が部屋まで来るようにと!」
「分かった。八丹斎さんも一応来てください」
「分かった」
急いで支配人室へ向かう神山達。部屋へ入ると、大神が神山の横にいる八丹斎を見て驚きを浮かべていた。
「八丹斎さん!?」
「久しぶりじゃのう、大神殿」
「望月君から話は聞いていましたが、お元気そうで何よりです」
「うむ。それで、儂から大神殿へ話したい事があるんじゃが……」
その言い方で何かを悟った大神は頷くと視線を神山へ向けた。
「神山、君は部屋へ戻っていてくれ。望月君が待っている」
「分かりました。では失礼します」
「神山殿、あざみの事を頼みます」
「はい」
支配人室を後に自室へと向かう神山。
その脳内では、何故あざみをプレジデントGが狙うような真似をしてきたのかを考えていた。
(おそらく狙いはあざみじゃなく俺達帝国華撃団自体だ。その中で今回はあざみが狙われた。八丹斎さんを強引に降魔と関連付けて捕えようとしたんだろう。そしてあざみならそうなれば黙ってない。きっとまだ仕掛けてくるはずだ。さっきの事だけで諦めるとは思えないっ!)
今頃プレジデントGからの指示を受けているか、あるいは別の方向からこちらへ難癖を付けてくる。
そう結論付け、神山は自室へと入ろうとして一応ノックをした。
「……やま」
「は? えっと……かわ?」
まさかの展開に疑問符を浮かべながらも答える神山。その律儀さにドアの向こうで小さく笑う声が聞こえ、静かにドアが開いた。
「隊長、おかえりなさい」
「ただいま。あざみ、話があるんだ。時間、いいか?」
「うん」
あまり深刻な雰囲気を出さないようにしながら神山は部屋の中へと入る。
あざみと揃ってベッドへ座り、神山はまず簡単な事情説明から始めた。
すると、あざみから衝撃の答えが……。
「知ってる」
「そう、知って……え?」
「ごめんなさい。実はあの時、あそこに隠れていた」
そう、あざみは帰った振りをしベンチに座って話す二人を観察していたのだ。
まさかの言葉に神山は唖然となるが、すぐに気を取り直して話を再開する。
ただし、話題は事情説明ではなく別の事となっていた。
「あざみ、八丹斎さんの話を……聞いたのか?」
「うん」
特に気にしていないと言う感じのあざみに神山は強がっているのだろうと思うも、もしかしたら一部は信じていないのかもしれないと思い直し、飲み込む事にした。
「……そうか」
「ねぇ隊長。頭領の事、どう思ってる?」
「どう? そうだなぁ……」
仮面を着けてはいるが良い人だと神山は思っていた。
そもそもあざみをここまで育てた時点で悪人ではない。過去の思い出話を語る横顔は、どう見ても人の良い好々爺だったのだ。
「良い人だと、思うよ」
「それだけ? 忍者とは思わない?」
「忍者、か」
八丹斎の話では彼自身はしがない百姓、農民である。とてもではないが忍者ではないと。
仮面もそれらしくみせるためのものだろうと思い、神山は思わないと答えようとして、はたと気づく。
(もしかして、あざみが普段から個人行動が多いのは、そういう事なのか?)
自分は忍者であるとそう思うからこそ、あざみは自ら進んで見回りや諜報活動を行っているのではないか。
その根底には、自分が忍者であるという確固たる自信がないからではないのかと。
(自信があればむしろ忍者らしい事は避けるはずだ。本来忍びは人の中に紛れるもの。その逆をあざみはやっている)
「隊長?」
不安げに揺れるあざみの瞳と声。それで神山は自分の推論を信じてみる事にした。
「思わない」
「……そう」
悲しげに伏せられるあざみの顔。だが、そこで神山は優しい表情でこう続けた。
「でも、だからこそ本物かもしれないな」
「……え?」
思わずあざみが顔を上げた。そこには神山の優しい笑みがあった。
「だってそうだろ? 忍者って事は相手に警戒させちゃいけない。なら、見た目や言動で忍者だと相手に分からせちゃダメだ。八丹斎さんは、見た目こそ目立つけど言動や行動は怪しくもない。とてもじゃないけど忍者なんて思えない。だからこそ、人の中に忍べてる」
「……相手に、忍者って分からせちゃいけない……」
「昔からよく言うだろ? 木の葉を隠すなら森の中。人を隠すなら?」
「人の中」
「でも、その人が隠れようとすれば逆に目立つ。むしろ周囲と同じようにする事で本当に隠れられる。八丹斎さんはそれを実践しているだと思うよ」
「……じゃあ私は」
「あざみは、今のままでいいのさ。八丹斎さんは周囲と同じような行動をする事で紛れる。あざみは周囲とは異なる事で目立つけれど、だからこそ誰も本当に忍者なんて思わない。本物の忍者がここまで目立つはずがないってね」
一度としてあざみから目を逸らさず神山は優しく話す。
彼女の中の不安や自信の無さを軽減するように。どこかで抱いているだろう劣等感や焦燥感。それらを無くせるようにと。
神山の言葉を聞いてあざみはその目を丸くしていた。
まさか忍者の在り方らしくないと言われた自分もまた忍者らしいと言われたからだ。
「あざみが、本物?」
「ああ。むしろ普段かららしくしても疑われない分、あざみの方が凄いかもしれない。非日常も繰り返せば日常となる、かな? ここまで周囲へそう認識させたのは御手柄かもな」
そう言って神山はそっとあざみの頭へ手を置いて優しく撫でる。
「ぁ……」
「あざみ、自信を持っていい。君は本物なんだ。それに、本物か偽物かを決めるのは誰だ?」
「……周囲?」
「違うよ。自分だ。まず自分が自分を決めるんだ。例えば、そうだなぁ……」
どう言えばあざみが納得してくれるだろう。そう考えて神山は名案を思い付いたように笑みを浮かべた。
「この前の舞台で、あざみは少年役をやった。だけどあざみは女の子だ。それは偽物と言えるだろ?」
「うん」
「でも、舞台を見ていた人達は誰もあざみを偽物とは思わない。むしろ本物の少年のように見ていた。それは何故か、分かるか?」
「……お芝居をしていたから?」
「少し違うかな。それはな、舞台の上のあざみは、自分は本物の少年だって強く信じていたからだ。あざみ自身が自分を強く信じたからこそ、周囲もそれに影響されて違和感を覚えなかった」
「…………自分を、信じる」
「八丹斎さんは自分が本物の忍びだと強く断言出来る。そこにはしっかりとした自信があるからだ。誰に何て言われても動じる事のない心が」
「っ! 不動心っ!」
「そうだ。そうとも言うな」
神山の肯定であざみは一気に理解出来たように立ち上がる。
忍者の心得にあったのだ。忍者の心は不動心。何事にも動じない心。それが肝要なのだと。
(私は、大事な事を忘れてた。里の掟八十九条、大事な事を忘れたら腹筋一万回……)
帝都に来て、周囲の反応に流されていた。その事に気付き、あざみは己を恥じた。
そして同時に神山の事を見直してもいた。彼は八丹斎を忍者とは思えないと素直に告げ、そこから転じてだからこそ本物なのだろうと言い切ったからだ。
誤魔化しも嘘も使わず、ただ事実と予想を交えての意見にあざみは思わず神山へ問いかけた。
「隊長は、どうしてあざみや頭領の事を信じるの?」
忍者などこの太正の世には最早いないに等しい。それでも何故目の前の男はその存在を信じようとしてくれるのか。
そんなあざみの言葉へ神山は一瞬目を見開いて驚きを見せるも、すぐに笑みを浮かべてこう答えたのだ。
「あざみが言ったからさ」
それ以外に理由があるか? そんな風にも聞こえる言い方だった。
思わずあざみが瞬きをしてしまう程、神山の答えはあっさりとしたものだったのだ。
「……あざみが?」
「ああ。隊員の言う事は信じたいんだ。いや、違うな。俺は、帝劇のみんなを、華撃団の仲間達を信じたいんだ」
「仲間を……信じる」
「そうだ。夜叉が侵入した事についてもそうだ。俺は、みんなの中に内通者がいるなんて思ってない。きっと夜叉は別の場所で暗証番号を手に入れたんだ。ほら、プレジデントGの乗る飛行戦艦が襲撃されただろ。あの時に手に入れた可能性がないとは言えない」
それを強く信じている神山の表情を見て、あざみは理解していた。これが今までの自分には欠けていたのだと。
何があってもそれを強く信じる心。誰に何を言われても流されない気持ち。それらを持たねばならない。
そう決意し直したあざみは小さく頷く。
(もう迷わない。私は忍び。私が本物の忍者だって強く信じていられるのなら、それが私の正解! それに……)
チラリとあざみは視線を動かす。今も優しく自分を見つめている一人の男を。
(隊長が信じてくれているなら、私はもう本物だから)
室内に温かい雰囲気が流れる。と、そこで神山の胸ポケットが振動した。
「……あざみ、君は部屋に戻っていてくれ。俺が呼ぶまで出てきちゃダメだぞ」
「隊長?」
「いいな?」
「……うん」
「ありがとう」
絶対に何かあったと思うあざみだが、今は自分を信じてくれている神山を信じようと頷いて部屋を出ていく。
それと同時に神山も部屋を出ると一階ロビーへと向かった。先程の連絡はこまちからでロビーにあの黒服達が現れたというものだったのだ。
神山がロビーへ到着すると、丁度さくらが黒服達と言い争っているところだった。
「ですから! 神山さんもあざみも降魔の仲間なんかじゃありませんっ!」
「証拠が上がっているんだ! 奴らが会っていた存在から妖力反応が出たという、動かない証拠がな!」
聞こえてきた内容に神山が目を見開いて男へ駆け寄った。
「どういう事だ!」
「神山さん……」
さくらを後ろに守るようにし、神山は男へと詰め寄る。すると男はしたり顔で一枚の紙を突き付けた。
そこにはWOLFの正式な書面で、あの時の銀六百貨店屋上にて妖力反応が検知されたと書かれていた。
「そんな馬鹿な……」
「これであの男が降魔だと分かっただろう。さぁ、大人しくあの仮面の男をこちらへ渡せ!」
「くっ!」
「神山さん、どういう事なんですか?」
有り得ない事に歯噛みする神山と事態がまったく分からないため困惑するさくら。
そんな二人を下卑た笑みで見つめる黒服の男。
と、そこへ八丹斎がゆっくりと近付いてきた。
「儂をお探しかな?」
「っ! 八丹斎さんっ!」
「出たな、降魔めっ!」
「降魔? ……ふむ、成程そういう事か」
男の言葉と神山の様子などである程度状況を把握した八丹斎は、逃げるのではなくそのままゆっくりと神山達の方へと歩き出す。
「なっ!」
「観念したか」
「ほっほっほ、さてさてどうじゃろな。とにかく、ここはそちらの言う事に従おうとするか」
「八丹斎さんっ!?」
「い、いいんですか?」
「ええんじゃ。心配せんでも良い。だが、心遣いありがとうお嬢ちゃん」
さくらへ感謝するように告げ、八丹斎は黒服達へと恐れる事もなく近付いていく。
「さて、一体儂をどうするんじゃ?」
「……連れていけ」
抵抗する素振りもなく泰然自若としている八丹斎に、男達も若干困惑しつつもその手を拘束し外へと連行していった。
「神山さん……いいんですか?」
「良いはずない。ないんだが……」
さくらにさえ八丹斎が降魔かどうかは分かっていた。故にこの出来事が間違っている事も理解している。
神山も八丹斎を助け出したいが、WOLFの正式な書面を持っている以上は個人的な感情だけで動く事は出来ないと分かっていた。
「神山さんっ?!」
だが、さすがにこのままではいけないと思ったのだろう。すぐにその場から走り出すと支配人室へと向かったのだ。
「支配人っ!」
「珍しいな。君がノックもなしにとは。どうした?」
飛び込む様に入ってきた神山へ大神は細かに瞬きして驚きを見せるも、その表情からただ事ではないと察して居住まいを正した。
そして神山は先程の出来事を話し、八丹斎を助け出したい旨を告げる。このままでは何をされるか分からない。あざみの大切な人を助け出さねば。その想いが神山を動かしていたのだ。
そんな神山の想いを受け、大神は凛々しい表情で頷くとこう言い切った。
「分かった。全ての責任は俺が取る。神山、八丹斎さんを必ず助け出せ」
「っ! はいっ! ありがとうございますっ!」
勢い良く最敬礼すると神山は急いで支配人室を出て行った。
その慌ただしい足音を聞いて大神は腕を組んで息を吐くと、やや気乗りしない表情でどこかへ連絡を入れ始めるのだった。
「どこに、どこに行ったんだっ!」
帝劇を飛び出した神山は、八丹斎達がどこへ行ったのか分からぬまま銀座中を走り回っていた。
時折聞き込みをしながら彼が辿り着いた先はミカサ記念公園。そこに護送車と思われる車が止まっており、公園入口を塞ぐように黒服の男達が立っていたのだ。
「見つけたが、これじゃあ八丹斎さんを助ける前に止められるな」
物陰に隠れて様子を窺う神山。だが、そう時間はないと理解しているため焦りが汗を生む。
おそらく既に八丹斎は車から出されているだろうと考え、神山は一か八か突入するしかないと決意し立ち上がった。
すると……
「隊長、伏せて」
「ぇ……?」
頭上から声がしたかと思うと突然何かが投げ込まれて周囲が煙で見えなくなったのだ。
黒服達の困惑する声が飛び交い、バタバタと動く気配があちこちから生まれる中、神山はその場に立ち尽くしていた。
「こ、これは……」
「隊長、こっち」
状況が理解出来ず困惑する神山の手を誰かが掴み前へ引く。それに引っ張られながら神山はその相手があざみだと理解した。
「あざみ、どうしてここに?」
「ごめんなさい。言い付け、破った」
「俺をつけてたのか?」
「うん。心配、だったから」
どこか気まずそうなあざみの声に神山は小さく苦笑するとこう告げる事にした。
「おかげで助かった。ありがとう」
「……それ程でもない」
怒られると思ったのか、どこか驚きながらも嬉しそうに返事をするあざみ。そのまま神山の手を引いて彼女は煙幕の中から出た。
そこは公演の広場であり、八丹斎とあの高圧的な黒服の男がいた。しかも、あろう事か男は八丹斎へ向かって銃を突き付けている。
「八丹斎さんっ!」
「頭領っ!」
「なっ! どうしてお前達がここに!?」
「神山殿にあざみまで……」
すぐさま助けに動こうとする二人だったが、その動きを男はお決まりの言葉で制した。
「動くなっ! 少しでも動くとこいつを撃つぞっ!」
「「っ!」」
だが、それ故に効果は抜群である。神山もあざみさえもその場で動く事が出来なくなったのだ。
ただ、八丹斎はそんなあざみへ顔を向けると大きな声で叫んだ。
「あざみっ! 忍びの掟を忘れるな! 忍びたる者非情であれっ!」
「っ!? でもっ!」
「儂の事はいいっ! お前も忍者ならば、討つべき相手と果たすべき使命を忘れるなっ!」
「黙れっ!」
八丹斎へ向かって銃を突きつける黒服の男。それにも動じる事無く八丹斎はあざみを見つめ続ける。
「非常に徹する。それが……忍び」
「そうだ!」
俯くあざみ。神山はそんな彼女を見て何と声をかければいいか分からず、とにかくこの場をどうにかする事を考える。
今はこの場にいるのは自分達だけだが、いずれ他の黒服達も集まってくる。そうなればもう猶予はない。
八丹斎が言うように、ここはあの黒服の男を何とかするべきなのだ。
八丹斎を、犠牲にしても。
(だがダメだ! 犠牲を最初から肯定するような行動は! 何か、何かないか? 犠牲を出さないで済む。あるいは出さないかもしれない方法は……っ!)
そこで神山はハッとした顔で前を見つめる。
男は八丹斎へ銃を向けているが、視線は自分達へ向いている。つまり、何か自分が動けばその銃口は八丹斎から動く可能性が高い。
更に、そうなれば咄嗟に狙いを付ける事は難しいはず。これならば上手くいけば誰も犠牲にせずこの状況を切り抜けられる。
ただ、そのためには前提条件として男が八丹斎ではなく神山を狙う事が必要だ。もし神山が動いた瞬間、八丹斎を撃てば結果は一つしかない。
(待てよ? そもそもあいつは何故今も八丹斎さんを撃たない? 降魔と思っているならとうに撃っているはずだ。と、言う事は……)
神山の目が鋭くなり、小声であざみへと告げる。
「あざみ、俺が動いたらあいつの銃を狙って手裏剣を投げてくれ」
「え?」
「俺の予想通りなら、奴は俺が動いたら狙いをこちらへ向けるはずだ。そうすれば撃つまで時間が出来る。頼めるか?」
「で、でも、もしそうじゃなかったら? それにあざみの狙いが外れたら」
「俺を、そして自分を信じてくれ。誰も犠牲にせずこの場を切り抜けるには、俺達がやるしかない」
その言葉にあざみは息を呑み、そして神山の横顔を見つめた。
凛々しく、不安も躊躇いもないそれに、あざみは不動心を、信頼に値する本物を見た。
そして、自分への神山からの強い信頼も。
「……分かった」
「よし、頼む」
腹は決まった。善は急げとばかりに神山がその場から駆け出す。
「なっ!? き、貴様っ!」
「させないっ!」
神山の予想通り、男は銃口を八丹斎から神山へと向けた。
だが、その狙いをつけ指が引き鉄を引くまでの僅かな時間であざみが袖から取り出した棒手裏剣を投擲する。
それが見事銃へ当たり、男の手から離す事に成功。同時に神山が男へ走った勢いを乗せたまま跳びかかり、その場へ押さえつけたのだ。
「く、くそっ! 貴様っ、WOLFに逆らうつもりか!」
「善良な人々を苦しめるなら、俺達華撃団はWOLFとだって戦うっ!」
「っ!? 貴様ぁ! そこまっ!?」
言葉の途中で強い衝撃を頭に受け、男はそのまま気を失った。
神山が顔を上げれば、そこにはニヤリと笑う八丹斎。
「少々煩いのう。男はあまりベラベラ喋るものではないわい」
いつの間にかその手には鎖鎌が握られており、先程の一撃はその分銅部分によるものであった。
「や、八丹斎さん? それは……」
「ほっほっほ。神山殿、よくぞあの状況で動いた。しかも己だけでなくあざみと連携し、誰も犠牲にしないようにと足掻いてみせるとは。いや、お見事お見事」
「頭領っ!」
そこへあざみが駆け寄り、八丹斎へと抱き着いた。その姿は祖父へ抱き着く孫娘でしかなく、神山はそんな光景に安堵するように息を吐いて笑みを浮かべた。
「頭領、無事で良かった……」
「うむ、あざみと神山殿のおかげじゃわい。さて、後は」
「貴様らそこまでだっ!」
聞こえた声に三人が顔を動かすと、そこには大勢の黒服の男達が立っていた。その手にはそれぞれ銃を持っていて、さすがにこれだけの人数相手では先程のような事は不可能と言えた。
「くそ、数が多すぎる……」
あざみと八丹斎を庇うように前に出る神山だったが、そこから動く事は出来なかった。
が、そんな彼の肩へ手が乗せられた。
「八丹斎さん?」
「神山殿、ここは儂に任せてくれんか?」
「任せるって……」
「隊長、見てて。頭領は凄いんだから」
「え?」
いまいち事態が飲み込めない神山を差し置いて、八丹斎は悠然と前へ歩を進めると、突きつけられる銃口に怯える事もなく平然と何かの印を結び始めたのだ。
神山は、その後起こった事を一生忘れないと思った。
突然目の前に大きな蛙や蛇が出現し、黒服の男達を襲ったのだ。
あまりの出来事に黒服達も慌てふためき、その場から散り散りになって逃げ出していき、終わってみればその場には神山達と気を失う黒服の男が一人残された。
全てが終わったとばかりに疲れたような雰囲気で戻ってくる八丹斎を見つめ、神山はそこでやっと気付いたのだ。
(もしかして、本当にこの人は忍者なのか!? じゃあ、あの時あざみが八丹斎さんの話を聞いても動揺していなかったのは、嘘だと分かっていたから!?)
口に出さずでも表情でそれを読み取ったのだろう。八丹斎は楽しそうに口元を変えると、彼へ近寄りこう呟いたのだ。
「忍者の話を鵜呑みにしてはいかんよ」
「……お見逸れしました」
降参を告げるようなそれに八丹斎は満足そうに頷くと、あざみへ顔を向けた。
「あざみ、何故あの時動かなかった。儂を犠牲にしてこの男を狙えと言ったはずだ」
「たしかにそれが忍びなのかもしれない。だけど、私は忍者であると同時に花組の一員でもある。だから、犠牲を出す事はしたくなかった」
「あざみ……」
「甘いぞ。今回は上手くいったから良いものの、今後もそうとは限らん。それでも、今回のような判断を下すと言うのか?」
厳しい口調でのそれに、あざみは目を逸らす事も顔を伏せる事もせず、八丹斎を見つめたままで答えを返す。
「私の掟、第一条。犠牲を出す事を良しとしない」
「……それが、お前の忍道か」
「はい。隊長が、誠十郎が教えてくれた。自分自身を強く信じる心。不動心を持って生きる事の大切さを。そして、仲間を信じる事の大事さを」
凛としたあざみの言葉に八丹斎はしばし黙っていたが、やがて深く頷き神山へ向き直ると頭を下げた。
「え?」
「神山殿、心から感謝申し上げる。よくぞあざみをここまで導いてくださった」
「頭領?」
「儂は、ただの忍びにしか育てられなんだ。この老いぼれには、新しい時代に合った忍びの生き方など分からぬのでな。それをこの子は、貴方の近くで見つけたようじゃ。犠牲を良しとせず、敵も可能ならば助けるなど、まさしく新しき世の生き方じゃ」
そう言い終わると八丹斎はあざみの頭を優しく撫でた。
その触れ合いにあざみが嬉しそうに目を細めるのを見て、神山は静かに首を横に振った。
「いえ、俺だけじゃありません。八丹斎さんがその下地を作ったんです。あざみが今のような優しく強い子になったのは、幼い頃から真っ直ぐ育つように心を砕いた貴方がいればこそですよ」
「神山殿……」
「うん、誠十郎の言う通り。あざみが今のあざみになれたのは頭領が、お祖父ちゃんがいたから」
「あざみ……」
真っ直ぐ自分を見上げる瞳に八丹斎は言葉に詰まったように黙り込み、そっとその小さな体を抱き締めた。
その行動に最初は驚いたあざみも、すぐに嬉しそうに八丹斎を抱き締め返す。
そんな二人を神山は温かく見守った。
だが、そんな時間は長くは続かない。神山のスマァトロンが振動し、降魔が出現した事を知らせたのだ。
「これは……あざみっ! 降魔だ!」
その言葉にあざみが八丹斎から顔を離して神山へ振り向くも、すぐにもう一度顔を戻した。
「行きなさい。この男の事は儂に任せておけ」
「お祖父ちゃん……」
「あざみ、お前は望月流の忍びであり帝国華撃団の一員なのだ。お前の忍道を突き進め」
「……はいっ!」
八丹斎の言葉に凛々しく返事をし、あざみは神山と共にその場から駆け出していく。
その次第に小さくなっていく背中を見送り、八丹斎は呟いた。
――忍道であり
帝劇へ急ぎ戻った神山とあざみはすぐに無限で出撃。先に出撃したさくら達と合流すべく轟雷号で現場近くまで向かう事になった。
その道中で、神山は気になった事をあざみへ問いかける事にした。
『あざみ、そういえばさっきから俺を名前で呼んでたけど、どうしてだ?』
『いけなかった?』
『いや、ただいきなりだったからさ』
『……隊長じゃ、信じてる感じしないから。ダメ?』
小動物のように小首を傾げての問いかけに神山は笑みを浮かべて首を横に振った。
『ダメじゃないさ。あざみからの信頼の証、たしかに受け取ったよ』
『……誠十郎、ありがとう』
そう言って微笑むあざみは、今までにない程可愛らしい笑顔だった。
やがて轟雷号は現場付近へ到着、二機の無限は即座に飛び出して魔幻空間へと突入していく。
既にさくら達が進軍している事もあり、空間内の敵はいないにも等しいと言えた。
ただ、進むにつれ嫌な予感が二人にはしていた。
まったくと言っていい程敵の襲撃がない事。それがかえって不気味だったのだ。
その途中で蛇にも似た降魔が通る場所へ出たが、落ち着いて通り過ぎるまで待つ事で事なきを得て二人は進む。
『さくら達、どこまで行ったんだろう?』
『分からないな。それに、これが夜叉の創り出した魔幻空間か朧の創り出した魔幻空間か。それも問題だ』
『……出来れば朧の方がいい』
『同感だ。全員一緒に出撃ならともかく、こうしてバラバラじゃ……』
そう言って神山達が崖下の道へ下りた時だった。
『っ!? 走って誠十郎っ!』
『えっ?』
『いいからっ!』
『わ、分かったっ!』
あざみの鬼気迫る声に背中を押されるように無限を走らせる神山。すると、その背後から先程見た蛇のような降魔が迫ってくるではないか。
無限のすぐ後ろへ張り付きそうな勢いで迫る降魔へ、神山は振り返る事もせずただ前だけを見てその道を駆け抜ける。
『誠十郎、そのまま真っ直ぐ!』
『ああっ!』
そこまで広くはない道をただひたすらに真っ直ぐ駆け抜けていく二機の無限。
そして遂に降魔の圧力が消えて二機の無限が動きを止めた。
『っは……な、何とか逃げ切れたか』
『誠十郎、今ので分かった。多分、これは』
『ああ、夜叉が今のような罠を仕掛けるはずがない。これは朧が作った空間だ』
『うんっ! 誠十郎、急ごう! さくら達が危ないかもしれない!』
『ああっ! 遅れるなよあざみっ!』
不安定な足場を越えて、辿り着いた広い空間。そこで神山達はさくら達とようやく合流を果たした。
『みんなっ! 無事かっ!』
『遅くなったっ!』
『神山さんっ! あざみもっ!』
『気を付けてくださいっ! 朧が新しい力をっ!』
クラリスの言葉に神山が視線を上へ向けると、そこにはあろう事か無数の荒吐がいた。
予想だにしない光景に思わず神山は絶句する。何せ両手で足りない数の荒吐が所狭しと蠢いていたのだから。
『アタシらがどれだけ攻撃しても分身が消えないんだ!』
『何だって!?』
『攻撃したら消えるのだけど、すぐにまた増えるから手に負えないのよっ!』
初穂とアナスタシアの言葉が聞こえたのか大きな高笑いが響き渡る。当然ながら朧のものだ。
「ひゃ~はっはっは! この前は油断してお前らにしてやられたが、今回はそうはいかねぇぞ。ここでお前らを始末して封印解除の贄にしてやるぜっ!」
『封印解除の贄、だと!? 帝剣はどうしたっ! 必要じゃなかったのか!』
「へっ、帝剣なんか無くてもお前らの悲鳴や絶望さえあればいいのさ! 忌々しい破邪の力を砕くのにお前らを利用するなんて面倒な事必要ないぜっ! 俺様がこの力を使って全てを闇の中へ沈めてやるぅぅぅぅっ!」
その叫びと共に全ての荒吐が攻撃を開始する。
従来通りに光線で攻撃するものや拳のように変形し突撃してくるものなど、回避さえも厳しい程の状態となるのにそう時間はかからなかった。
神山も向かって来る相手へ斬りかかるのだが、それは分身を倒しただけに過ぎず即座に別の方向からの攻撃を喰らってしまう。
さくら達も手当たり次第に荒吐を攻撃していくも、どれもが偽物であり小さくない損傷を与えられていく。
『クラリスっ! 以前のように奴を撃ち落とせないか!』
『む、無理ですっ! こんなに数が多くて、しかもあちこちへ移動されては私の重魔導でも!』
『アナスタシアはどうだ!』
『無理よっ! 出来たらとうにやっているわ! 私が一つ消す間に二つ増えるようなものなのよっ!』
『くそっ! 何か、何か手はないのかっ!』
「ある訳ねぇだろ、ば~かっ! お前らなんぞに俺様の術が破られてたまるかっ! 大人しく死んどけっ!」
神山達を取り囲むように無数の荒吐が展開し、全てが光線を収束させていく。
その中に本物がいるのだろうが、下手に攻撃を仕掛けてしまえば間違った時に致命傷を負いかねない。
そう思った神山は山作戦を発動しようとして……
『誠十郎、私に任せて』
『あざみ?』
『あざみなら、忍びなら出来る!』
あざみの凛とした声を聞いて、神山は考えを急遽変更。実際には何の意味もない作戦を告げる事にした。
『花組各員に通達! 静かなること林の如く……林作戦を開始するっ!』
『『『『え?』』』』
『了解っ!』
誰もが疑問符を浮かべる中、ただ一人あざみだけが嬉しそうに反応した。
(誠十郎は普段の私のままでいいと言ってくれた。いつものあざみを、私を信じているって言ってくれたんだっ!)
「望月流忍法……奥義!」
あざみの気持ちの高ぶりに応えるように無限が唸りを上げ、その手に霊力が収束する。
それが刃となって形を成した瞬間、あざみはその場から跳び上がった。
「無双手裏剣っ!」
「んなっ!?」
空中で回転しながら放たれた輝く刃が次々と荒吐を貫いていく。
神山達を包囲する形だった事が逆に災いし、荒吐達は一体残らず姿を消していったのだ。
そしてレーダーにあった無数の妖力反応が消えた後、一つだけ大きな妖力反応が残った。
『見つけた。あれが本体!』
「ば、馬鹿な! 前回より数も範囲も上がってるだとぉ!?」
『アナスタシアさんっ!』
『合わせるわっ!』
あまりの事に動揺する朧だったが、そこへクラリスとアナスタシアによる協力攻撃が炸裂、上空から地上へと落下させられてしまう。
「お、お前らぁぁぁぁっ!」
『祭りとケンカはっ!』
『帝都の華っ!』
更にそこへ示し合わせたかのように初穂とさくらの協力攻撃が追い打ちをかける。
このまま一気にトドメとばかりに神山の無限が凄まじい加速で駆け寄り、手にした二刀を構えた。
『これで終わりだっ!』
「うわぁぁぁぁっ!! ……なんてなぁっ!」
『何っ?!』
神山の無限が荒吐へトドメを刺そうとした瞬間、荒吐が妖しげな光を放ったかと思うと再び無数の荒吐が出現したのだ。
しかもレーダーもまた無数の妖力反応で覆われ、本物の荒吐を隠してしまっていた。最初に戻ったと、誰もが悔しげに周囲を見回したその時だった。
「なぁ、お前。どうして前よりも強くなった? 見たところ特に何も変わってねえのに、一体何をして力をつけやがった?」
朧があざみへ問いかけたのだ。理解出来ないとばかりの声で。
「……心が、強くなった」
「こころぉ?」
「あざみは、あの時まだ自分を強く信じていなかった。誠十郎を、みんなを信じていなかった。何より不動心を忘れていた。だけど、今のあざみは、私は違う!」
キッと睨むように視線を上げ、あざみは無限越しに荒吐の中にいるだろう朧を見つめた。
「私は忍者、忍者あざみっ! そして、帝国華撃団の一人でもある、望月あざみだっ!」
はっきりとした断言。強い自信と誇りが宿ったそれに、朧が息を呑み、神山が頷き、さくら達が微笑んだ。
『あざみ……うん、その通りだよ』
『そうですね……。間違ってないです』
『へっ、良い口上じゃねーか』
『……胸を打つ言葉だったわ』
『ありがとう、みんな』
優しい笑みを浮かべあざみはさくら達へ言葉を返す。その天使のような微笑みにさくら達は思わず瞬きをした。彼女達も初めてみるような満面の笑みだったからだ。
既に見た神山はそんな四人に苦笑しつつ、気持ちを切り替えるように荒吐を見つめて叫んだ。
『花組各員に通達っ! これより風作戦を開始するっ!』
『『『『『了解っ!』』』』』
次の瞬間、各機が弾かれるように動き出す。無数の荒吐を向上させた機動性で素早く数を減らしていくように。
「いい気になるなよっ! もっと幻影を増やしてやるぜぇぇぇぇっ!」
その言葉通り、また荒吐の数が増殖する。だが、もう誰も何も言わない。
一度破った事だ。そこにもう恐怖や絶望はない。むしろ、それに頼るしかない朧への憐憫の情さえ沸いたぐらいだった。
何故なら、もう朧にこれ以上の手はない事に他ならないのだから。
『重魔導の力を解放しますっ!』
クラリスが大反撃の口火を切れば……
『無限、わたしに力を貸してっ!』
さくらがそれに続いて……
『いっちょ派手にぶちかますかぁ!』
初穂が更に傷口を広げ……
『舞い踊るように撃ち抜いてあげるっ!』
アナスタシアが駄目押しとばかりに撃ち漏らした幻影を貫いていく。
「こ、こんなはずが、こんなはずがぁぁぁぁぁっ!」
無限では届かない遥か上空へ行こうとしている荒吐の本体から聞こえる朧の叫び。
先程のさくら達による二度の協力攻撃によるダメージから撤退を図っていたのである。
だが、受けた損傷の影響で中々思うような高度へ行けずにいたところで幻影が全て消されてしまったのだ。
更に、朧には見えているのだ。下から自分へ迫る二機の無限の姿が、彼にとっての白と黄の死神が。
『『逃がすかっ!』』
「く、来るなぁぁぁぁぁぁっ!」
死にもの狂いの抵抗。そう呼ぶに相応しい足掻きが始まるも、恐怖や怯えから放たれる攻撃が気力漲る二人へ当たるはずもない。
神山は二刀で光線を弾きあるいは払いながら上昇を続け、あざみは空中でありながらその位置を細かに変える事で回避しつつ上昇を続けたのだ。
そうして二機の無限は揃って荒吐へと迫り、その手にした武器へ力を込めていく。
『あざみっ! 決めるぞっ!』
『うんっ!』
荒吐の直前で左右へ別れるように動き、二機の無限は荒吐の横を通過していく。
その手にした二刀で、クナイで、その胴体を斬り裂くようにしながら。
「お、俺様は死なねえからなぁぁぁぁぁっ!」
断末魔を残し爆散する荒吐。同時に魔幻空間が消え、周囲が本来あるべき光景へと戻っていく。
青空の下、神山達は無限を下りてそれぞれに深呼吸をした。
先程までの嫌な空気が嘘のように澄み渡り、神山達に笑顔を与える。
「そういえば神山さん、あの黒服の人達はどうなったんですか?」
「ああ、聞いたぜ。何でも怪しいやつらが帝劇に来てたって」
「支配人が神山さんに任せているから大丈夫と、そう言っていましたけど……」
「どうだったの?」
「うん、まぁ……あざみと八丹斎さんのおかげで何とかなった、かな?」
「「「「やったんさい?」」」」
揃って首を傾げるさくら達に笑みを浮かべ、神山があざみへ説明を頼もうとした時だった。
「呼んだかの?」
「「「「「っ?!」」」」」
「頭領!」
突然彼らの背後に八丹斎が現れたのだ。驚きと共に勢いよく振り返る神山達とは違い、あざみだけが嬉しそうに声を出して駆け寄っていく。
その違いに八丹斎は楽しそうに笑うと、駆け寄るあざみを抱き止め顔を神山達へ向けた。
「神山殿、あの男は大神殿へ託しておいた」
「そうですか。ならもう大丈夫ですね」
「それとあざみ、今後儂は月に一度しか顔を出さん」
「え?」
「週一度ではお前を信じておらんようじゃからな。立派な忍びとなったお前なら、月に一度だけでも十分じゃろうて」
そう言って八丹斎はそっとしゃがむとあざみの耳へこう囁いた。
「それに、今のお前には儂よりも神山殿の方が一緒にいてほしかろ?」
「っ?!」
「ほっほっほ。いやはや、女子の成長は早いものよのぉ」
顔を真っ赤にするあざみから素早く離れ、八丹斎は嬉しそうに笑う。
まだ幼いながらも少女からゆっくりと大人へと変わり出している事を感じ取り、老人は仮面の下でニコニコと笑うのだ。
「あ、あざみ? もし良ければアレの合図をお願いしたいんだが……」
「っ!? ……わ、分かった」
「八丹斎さんもよければどうです?」
「いや、儂は遠慮しておこうかの。若いもんだけでやるといい」
顔を真っ赤にして俯いていたあざみへ神山が声をかけると、彼女は首を激しく左右に振って一歩だけ足を前へ踏み出した。
それを合図にさくら達も動き出して位置取りを決める中、神山が密かに八丹斎へ声をかける。だが八丹斎はそれを丁重に断り彼らの背後へと動き出す。
ならばと神山もあざみ達へ合流するも、こっそりと八丹斎が彼らの背後でポーズを取る。
「じゃ、いくよ? せーのっ!」
「「「「「「勝利のポーズ、決めっ!」」」」」」
神山達が八丹斎と別れ帝劇へ戻ろうとしている頃、大神はプレジデントGの下を訪れていた。
「こんなものを用意して、彼らは無実の老人を降魔に仕立て上げました」
そう言って大神が差し出したのはあの黒服の男が持っていたWOLFの正式書類だった。
それを見てプレジデントGはくまなく検査するかのような動きで黙読すると、大きなため息を吐いた。
「……これは何とも用意周到な。彼は、ミスターIは私の腹心と呼んでもいい男だったのですが、まさか私利私欲のために組織を利用するような男とは」
「あくまで、これは彼の独断からの行動だと?」
「以外にありますか?」
「本人は貴方に言われてやったと言っています」
「罪を逃れるための言い訳でしょう。見苦しい事です」
そこでしばし見つめ合う二人。やや睨むような大神と、まったく表情を崩す事もなく淡々とした視線を向けるプレジデントG。
張りつめた緊張感のような沈黙が室内を包む。どちらも逸らす気はないと告げるような雰囲気のまま、時計が時を刻む音だけがその場へ流れる。
やがてプレジデントGから仕方ないとばかりに目を閉じ、こう告げた。
「今後このような事がないよう徹底させましょう」
「それだけでは足りません。今後は何か通達などをする際には、必ず全ての華撃団へ連絡をいただけませんか? そうすれば嘘かそうでないかが明らかになります。加えて、連絡が届いてない場合はその通達などは無効としてください。連絡が届き次第、効力を発揮する。そうしていただけないと、今回のようにプレジデントがいらぬ誤解や不安を抱かれる事になってしまうので」
再び沈黙が室内を包む。ただ大神の表情は先程よりも険しさを増している。
「…………そうですね。では、ただちにそのように周知徹底させます」
「ええ、そうしてください。では、失礼します」
用件は済んだとばかりに一礼し、大神はプレジデントGへ背を向けて退出した。
その気配が遠ざかり、消えるまでプレジデントGは黙り続ける。
そして、大神が完全にいなくなったと確信したところで目の前の書類を破り捨てたのだ。
「そう簡単にはいきませんか。帝国華撃団……か。やはりその存在を利用するのは少々厄介かもしれませんね」
そう呟く彼の顔は、怒りや悔しさのあまりか人らしからぬ程歪んでいた……。
帝劇へ戻った神山達はこまちやカオルから倫敦華撃団が勝利した事を聞く。つまり次の対戦相手は優勝候補の一角となったのだ。
「ランスロットさんが……」
「さくら……」
何かを察して神山はさくらの肩へ手を置いた。
「倫敦戦、一人はさくらに出てもらう。そのつもりでいてくれ」
「はいっ!」
凛とした表情で頷き、さくらはその場で振り返って無限を見つめた。
今回の戦闘で無限は見事に三式光武を凌ぐ力を見せてくれたのだ。ただ、どこかで若干の物足りなさも感じていたのだが。
(何だろう? 安心感みたいなのが無限よりも三式光武の方があった気がする。そんなはずないのに……)
性能面では飛躍的に上昇しているはずなのに、どこかで感じる不満。それは神山もかつて感じていた感覚。
ただ、彼よりもさくらの方が光武に乗って戦っていた時間が長かった故に余計それを実感してしまったのだ。
「残る一人はどうするつもりなの? まだ未定?」
「そうだな。それは今後考えるよ。ただ、ランスロットさんはさくらが出ないと文句を言いそうだからな」
「ぜってぇ言うな」
「負けても勝ってもですね」
「間違いない」
「み、みんなして……」
大帝国ホテルでの一件を思い出して全員が神山の意見へ賛同していくのを聞いて、さくらが思わず苦笑した。そういう彼女も彼女達と同じ感想なのだからランスロットの印象は相当強烈だったのだろう。
「おう、お疲れさん」
「令士、悪いがまた整備点検を頼む」
「分かってるっての。ま、見た所上海とやり合った時よりはマシみたいだ。きっちり直しておいてやるさ」
若干目の下に隈を作っている令士の顔を見て神山が申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「よろしく頼む」
「「「「よろしくお願いします」」」」
「おう」
「あまり無理をしないようにね」
「分かってますって。出来る限りの無理はしますがね」
神山の動きを見てさくら達四人が揃って頭を下げ、アナスタシアが心配そうに令士へ声をかける。
そんな彼らへ安心させるように笑みを見せ、令士は無限へと近付いていった。
その背を神山達は見送って格納庫を後にすると作戦司令室へと向かった。
既に戻っていたこまちとカオルがそこにはいたが、いるはずの大神はそこにいない。
「あの、司令は?」
「それがなぁ」
「実は司令が外出中に降魔が出現したのです」
「外出中に……」
「しかも行き先はプレジデントGのいる臨時執務室です。普段なら降魔の方を優先するのですが、面会が中々許される相手ではありませんので仕方なく」
「何て言うか、二つの意味でまが悪いちゅうか……」
風組の告げる言葉に神山は同意するしかなかった。ただどこかで引っかかるものも感じてはいたが。
(司令が面会を求めたと言う事はその時間は相手が指定したはずだ。そしてその時間辺りで降魔が出現。しかもその時俺とあざみは帝劇を離れていた。偶然、なんだろうか?)
有り得ないとして神山はその考えを振り払った。何せそれではWOLFが、プレジデントGが降魔と繋がっている事になるからだ。
さすがの神山でもそんな事を考える程にはプレジデントGへ不信感を持ってはいなかった。
あくまでもプレジデントGは大神を警戒しているだけであり、華撃団を世界中へ増やした事からも降魔へは想いを同じくして臨んでいるはずだと。
神山がそう結論を出したところで大神から通信が入り、戦闘態勢を解除してくれて構わないとの言葉でその場の全員が日常へと戻るべく地下を後にした。
「そういえばなんですけど……」
昇降機から出た瞬間、さくらが神山とあざみを振り返ってそう切り出す。
何事だろうと首を傾げる二人へ、さくらはどこかジト目を向けた。
「どうしてあざみが神山さんを誠十郎って呼んでるんですか?」
「ああ、それは」
「私からの信頼の証。誠十郎は私を強く信じてるって言ってくれたから」
神山の言葉を遮ってのあざみの言葉にさくらだけでなくクラリスが目を見開いた。
「「強く信じてる~っ!?」」
あざみを見つめる二人を横目にし、呆れるような表情を見せるのは初穂だった。
「……隊長さんらしいとアタシは思うけどなぁ」
「同感ね」
どうしてそんなに目くじらを立てるのかといったような初穂に、アナスタシアも心からの頷きを返す。
ただ、神山は何となく嫌な予感を覚えたのだろう。静かにその場から立ち去ろうと、抜き足差し足忍び足で動き出す。
「「どういう事ですか、神山さん?」」
「あ、あざみが言った通りだ。それに、俺はみんなを信じてるって言ったぞ」
「でも、私の誠十郎呼びを信頼の証って受け取ってくれた。あれ、嬉しかった」
「あ、あざみっ!?」
何故火に油を注ぐような事を。そんな神山へにっこりと笑みを浮かべてさくらとクラリスが迫る。
「信頼の……」
「証、ですか……」
「ふ、二人共? 何か怖いぞ?」
「さて、アタシらは飯でも食べに行くとするか」
「いいわね。どこへ行く?」
「あざみ、神龍軒の炒飯がいい」
修羅場な雰囲気の三人を置いて初穂が率先して動き出す。アナスタシアとあざみもそれに同行するように動き出し、三人揃ってロビーの方へと向かう。
「ま、待ってくれ! 俺も」
「「神山さんは、わたし(私)達とお話しましょう」」
急いで追い駆けようとする神山の両肩をさくらとクラリスの細い手が止める。
そのまま神山は二人に引きずられるように楽屋へと連行される。
「ど、どうしてこうなるんだぁぁぁぁっ!」
(ズルい! わたしだって、わたしだってやっぱり誠兄さんって呼んじゃおうかな!)
(せ、折角私も呼び方変えたのに、どうしてそこへは気付いてくれないんですか、この人はっ!)
恋に揺れる乙女心が分からず、神山の絶叫が空しく帝劇に響く中、あざみは初穂とアナスタシアの前を歩きながら笑みを浮かべていた。
――私は忍者、忍者あざみ。迷う事なくそう名乗れるのは、誠十郎のおかげ……です。
次回予告
アタシは東雲神社の巫女で看板娘。
それが今じゃ帝劇のスタァなんて呼ばれるようになっちまった。
アタシには、何もないってのによ。
女らしさも、体つき以外はてんでない。
そうさ……アタシには、何もない。
次回、新サクラ大戦~異譜~
”花と咲かせる、乙女の意地よ”
太正桜に浪漫の嵐!
――似合わねーだろ、アタシなんかにはさ。