ガブリアスがガラルに入国してくるってマジ?   作:またたね

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 ただでさえ危うい立ち位置が完全に消え去った彼を忍んで。


ガブリアスがガラルに入国してくるってマジ?

 ×××××という存在があった。

 彼らはポケットモンスター、縮めてポケモンと言われる存在であり、人と共存しながら平和な営みの中で過ごしていた。

 

 そんな彼らのコミュニティに、とある噂が駆け巡った。

 

『ガブリアスを連れたトレーナーの姿を見た』、と。

 

 耳を疑った。

 ここガラル地方は独自の生態系を重んじ、この地方の生態系に存在しない生物を外来種として入国を厳しく制限している。ガブリアスはガラル地方において進化前のフカマル・ガバイト共に存在せず、その事実こそが【彼ら】に対してトレーナーが利用価値と存在意義を見出す理由であり、それが彼らのこの地方での安寧を保っていたとも言える。

 しかしガブリアスが存在するとなると話は変わる。

 ガラルで彼ら固有のはずであった『ドラゴン・じめん』というタイプのアイデンティティは失われ、優秀な技範囲による対面能力の高さや無駄のない能力値による型の多さなど、挙げればキリのない利点の数々に、人々の意識はすぐに【彼ら】のことなど忘れてガブリアスへと移ろっていくだろう。何より、そうさせるだけの実績と信頼がガブリアスには存在する。

 

 そんな現状に見舞われた彼らに巣食う感情は。

 

 怒りでもなく、恐れでもなく。

 

 

  『ガブリアスになら、負けても仕方ない』

 

 

 ──()()だった。

 

 

 【彼ら】が輝いていた時代は、我々の言葉で言うRSE(ルビーサファイアエメラルド)FRLG(ファイアレッドリーフグリーン)、即ち『第3世代』までであった。映画でもスポットライトが当てられ、それを見てファンになった人も少なくはないはずだ。それ以降は天敵──一方的ではあるが──ガブリアスの参戦、フェアリータイプの追加などの向かい風に晒され、不遇の時代を過ごしてきた。ガブリアスの消えたガラル地方では一定の需要がある……ように思えるが、残念ながら実際の対戦環境で【彼ら】を見かけることは少ない。それでもまだ、これまでの待遇を考えればまだマシな方と言えた。

 しかし今まさに、その微かな希望すらも絶たれようとしている現状で、声を上げられるものは殆ど居なかった。遠い地方の仲間から伝えられているように、自分達もまたトレーナーに淘汰されゆく定めに堕ちたのだと嘆くこともせず、ただ漠然とした事実としてそれを受け入れることしかできずに居た。むしろこれまでにトレーナーに捕獲された同族たちは、一生日の目を見ることなく小さな檻(モンスターボール )の中で生涯を終えるのだろうと哀れみすら覚える始末だった。

 

 そんな【彼ら】を遠方から眺める、一匹の【彼】が居た。

 

 仲間の話を聞きながら、【彼】は思う。『本当にそれでいいのだろうか』、と。【彼】の中に宿る闘争本能が、血流のように全身を駆け巡る。【彼】を構成する細胞の全てが、否と叫び続けていた。我々がガブリアスに勝てない?そんなこと、誰が決めたというのだ。もっと自分を上手く使ってくれるトレーナーに出会うことさえできれば──。

 そこまで考えて、彼はゆっくり頭を振った。それでは何も変わらない。原因を己ではなく他者に求めている内は、変革など訪れる筈もない。そう思い直し、彼は再び思考の海へと身を落とす。

 これは“革命”だ。それほどのことを今自分は為そうとしているのだと、強く心に言い聞かせる。

 どうすれば倒せる?考えてはみるものの、全くビジョンが浮かばない。事実として、仮想敵は最強の相手だ。自分がガブリアスに勝っている箇所など何も無い。【彼】はそれを既に自覚している。

 

 突然にはなるが、“三値”という言葉をご存知だろうか?無論、SAN値の誤字ではない。非公式の用語ではあるが、ポケモン界隈ではよく耳にする言葉なので知らない方は是非覚えて欲しい。

 三値とは、“種族値・個体値・努力値”の3つの総称を言った言葉である。

 種族値は、ポケモンの種族ごとに定められた能力の値のことである。ピジョットとオニドリル、同じ序盤鳥でタイプが同じでも、彼らの能力の伸び方には差が存在する。

 個体値は、ポケモンの個体ごとに定められた能力の値である。同じピジョットでも、攻撃が伸びやすい個体、素早さが伸びやすい個体と、成長時に伸びる能力に差が存在する。

 そして努力値は、ポケモンに与えられた伸び代である。道具を与える、ポケモンを倒すなどの要因によってポケモンには努力値が与えられ、努力値が一定以上たまると、能力にボーナスが付与されるのだ。これにより、個体値が全く同じピジョットでも、“攻撃が高く素早い”ピジョットや、“体力が多く防御が硬い”ピジョットが存在する。しかし努力値は一体につき与えることのできるポイントの限界が決まっており、トレーナーは与えられた猶予の中で最善の努力値の振り方を考えなければならない。ポケモン対戦においてこの三値は非常に重要であり、この数値を扱う段階からポケモンバトルは始まっていると言っても過言ではない。

 

 では、【彼】とガブリアスにこれを当てはめてみよう。

 

 細かい値は省くが、【彼】の種族値が、ガブリアスの種族値に優っている場所は、“無い”。そもそもとして、種族として【彼】はガブリアスに劣っているのだ。個体値はこの世に生を持った瞬間に定められた数値であり、野生の【彼】がこれに抗うことができない。【彼】の個体値は精々中の上といったところであり、残念ながら即戦力には程遠い。努力値に至っては、野生のポケモンがそれを活用する知識があるはずもなく、完全に腐ってしまっている。そもそも個体値と努力値は知識及び理解のあるトレーナーが適切なコーチングを施した上でのみ、ポケモンバトルで正しく効力を発揮するものであり、現状では考察しても意味のないものである。

 

 そんな【彼】が、トレーナーの力に頼らずに、独力でガブリアスに勝つ方法。

 

 【彼】は考えた。何時間も、何日も考え続けた。そして、ある答えに辿り着いた。

 

 

 ───強くなればいい。

 

 

 そう、強くなればいいのだ。

 

 否、それしかないのだ。

 

 

 種族(うんめい)という壁は越えられなくとも。

 個体(さいのう)という壁は越えられなくとも。

 

 

 ──努力(げんかい)という壁は、越えられる。

 

 

 努力に終わりなどない。そこにあるのは、自分自身で勝手に定めてしまったラインに過ぎない。

 ならば自分は、強くなろう。勝つために、努力をしよう。辛くても、苦しくても、ただ我武者羅に、直向きに。愚直でも、醜くとも、運命に抗い続けよう。

 

 そう決めた【彼】の行動は早かった。

 思い立てばすぐ行動、拷問という言葉すら生温い、血の滲むような努力を始めた。

 

 そんな日々が、何日も、何週間も、何ヶ月も、何年も続き───

 

 

 

 

 

 

 

 ガラル地方のとある街。トレーナーの間で、とある噂が蔓延していた。

 

 

 ──『まどろみの森の奥地に、【龍殺しの竜】が存在する』。

 

 

 ソースは不明、実際に見た者も居ない。だがそんな噂が、トレーナーの好奇心を掻き立てないわけもなく。今宵もまた、噂の真相を求めて、まどろみの森へと足を踏み入れる男がいた。

 

「うっわ、マジで真っ暗だな。霧も深いし……こんなとこにホントにいるのか?」

 

 男はドラゴン使いを自負しており、【龍殺しの竜】と呼ばれるポケモンに大きな興味を抱いていた。その力を己の相棒達の糧とし、あわよくば捕獲して存分に暴れてもらおうと。そんな淡い期待を抱きながら、男は霧の深い夜の森を歩いていた。

 

「ん……?なんだありゃ」

 

 その道すがら、月光の差す箇所を見つけた、霧に満ちた森の中でそこだけは不自然に明るい。男は引き寄せられるように、脇道へと逸れてその明かりを目指し歩く。

 

「! あれは……」

 

 辿り着いたのは、森の中において不自然なほど開けた地形。否、よく見れば“無理やり拓かれた”というのがわかる。根元から倒された切株が多数存在し、その残骸と思わしき葉の枯れ尽くした大木が、まるで闘技場のように六角形に配置されている。まどろみの名に相応しくない程月明かりに照らされて明るいそのリングの中央に。

 

 

 一匹の竜が、瞳を閉じて佇んでいた。

 

 

 その竜の体は、硬質な輝きを放つ黒鉄色と、灰を被ったような白色の鱗に覆われており、羽と尾を縁取るように血のように紅いラインが迸っている。目元は赤黒いカバーのようなものに覆われていて、異常に発達した二本の漆黒の触覚が、腰元を超えて地面にだらりとついた状態でぶら下がっている。

 

 その姿を見た男は、ゆっくりと呟く。

 

 

「──()()()()()()()()()……か……?」

 

 

 その言葉に反応したかのように、目の前の竜、()()()()()はゆっくりと目を開けた。

 

「……ハッ、なんだよ噂はデマか?」

 

 男は嘲笑うように吐き捨てる。事実、拍子抜けだった。【龍殺しの竜】という噂を追い求めて出会った存在が、取るに足らないただの色違いフライゴンだったのだから。

 

「……まぁ良いや。普通の色違いとも違う配色だし、フライゴンなんて雑魚ポケモンでも捕まえて研究施設にでも出せば結構な金になンだろ。さぁ行けッ、リザードン!ジュラルドン!オノノクス!」

 

 そう言った男は、腰に据えたボールから三匹のポケモンを繰り出した。

 どれもガラル地方においてかなりの強さを誇るポケモンであり、それぞれが確かな育成を施されたように通常の個体と比較して大きく、筋肉質な体付きをしていた。

 それを見たフライゴンはゆっくりと腰を上げ、羽を開いて威嚇行動をとる。

 

「悪りぃな、これは野良バトルだ、ルール無用で行かせてもらうぜ……つっても、お前にはわからないだろうがな」

 

 主人である男の臨戦態勢への移行を勘付き、ポケモンたちもまた咆哮をあげ、威嚇を開始する。そして男は、指示を張り上げた。

 

「オノノクス!『ドラゴンク──」

 

 しかしその指示は、最後まで紡がれることはなかった。男はあるモノに意識を奪われてしまったからだ。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に。

 

 飛ばされていく姿を振り返り、オノノクスが木に衝突したことで折れた木に、オノノクスが潰されたのを見て初めて。

 

 

 ───パンッ!!

 

 

 空気が爆ぜたような音が男の鼓膜を震わせた。

 

「……は?」

 

 男の眼前には、武人のような構えで拳を突き出すフライゴンの姿のみ。まさか。いや、そんなはずはない。しかし、目の前の光景は“その事実”を明確に描き出していた。

 

「……()()()()()()()()()()()()()だと……?」

 

 それは『マッハパンチ』と呼ぶには、あまりにも馬鹿げていた。『マッハパンチ』に有って、『マッハパンチ』に有らず。

それは殴打(パンチ)という概念すらも置き去りにした、音速の拳撃。気の遠くなるような鍛錬により磨かれた、選ばれしポケモンのみが持つことを許される、固有技(ユニークウェポン)

 

 ──名付けるならば、『ジェットフィスト』。

 

「んな馬鹿げたワザありかよ……!」

 

 男が顔を歪めながら吐き捨てる。そして倒れた木の土煙が晴れれば、そこには大木の重量に押し潰され、動かないオノノクスの姿があった。顔面は鉄塊のようなモノで殴られたかのようにひしゃげており、左右バラバラの、視点の定まっていない眼球のうち、左側が顔から外れ、コロリと転がった後に男と目を合わせた。

 

「ヒィ……!!」

 

 ──()()()などではない。()()()である。

 先程男が言っていた、ルール無用という言葉。このルールという枷から解き放たれたとき、有利なのは果たしてトレーナーか野生のポケモンか。

 

 

 ──言うまでもなく、野生のポケモンである。

 

 

 ルールとは、トレーナーを縛る枷であり、トレーナーを守る揺籠でもあるのだ。そもそも野生にルールなど存在しない。生きていく為に、有利に事を動かすのは当たり前。不意打ち、騙し討ち、集団での攻撃、環境操作。なんでもアリで、そこに“ズルい”などという生温い概念はない。殺しもするし、殺されもする。それが生きていく上で当たり前のことであり、それこそが生態系のあるべき形である。それはポケモン同士でも同じことだ。キャタピーなどの虫ポケモンはポッポなどの鳥ポケモンにエサとされ、そのポッポもニューラやアーボの食糧にされている。ポケモン達にも、食物連鎖という概念はあるのだ。これはポケモン図鑑にも書いてあることであり、ポケモントレーナーを志す者ならば、知っているはずの当たり前のこと。そんな“当たり前”が、今現実となって男に牙を剥いている。野生のポケモンに勝負を挑むことへの危険性を、手遅れになってから男は理解した。

 

 黒いフライゴンは、未だに尽きぬ殺意に満ちた瞳で、男を見つめている。

 

「う、ああ、うあああぁぁァァぁあぁ!!!」

 

 殺される。

 錯覚ではなく、実感が襲う。思考が攻撃から、防御へと切り替わる。

 

「ジュラルドン!『ひかりのかべ』、『リフレクター』!リザードン、『げんしのちから』ァ!!」

 

 唐突な仲間の死に動揺していた二匹も、主からの指示に我を取り戻した。ジュラルドンが目の前に二色の壁を貼り終えると、リザードンが原始の力を操り、周囲にあった大量の岩をフライゴンへと投げつけた。

 投擲された岩を見ても、フライゴンは全く動じることはなかった。羽を使うことなく、するりと岩達の間を歩いて抜けた。しかしリザードンは、その回避先へと岩を投擲。このままでは完全に直撃コースだ。

 

(っし!!避けたとしても飛んだところにジュラルドンの『りゅうのはどう』で牽制!リザードンの『そらをとぶ』でこの場を離れるッ!!)

 

 プランを組み立て、次の指示を出そうとした男の目に飛び込んできたのは、予想外の光景だった。

 フライゴンは避ける素振りも、飛び立つ素振りも見せずに、腰を据えて右足を前に出し斜に構えると、自らの尾先を左手で思い切り後ろに引っ張り、右手を添えた。その姿に男は、歴戦の剣豪を錯覚した。

 

 

 

 

 次の瞬間にはもう、岩は真っ二つになってフライゴンの後ろを舞っていた。

 

 

 

 ()()()()()()使()()()()()()()()()()のだと、男はそれから気づいた。

 

 視認することすら難儀な、神速の抜刀術……否、抜()術。名付けるならばそれはまさしく。

 

 

 ───『()()()()()』だった。

 

 

 するとフライゴンは尾を振り切った勢いのまま地面に手を伸ばすと、何かを拾い上げてそのまま真一文字に腕を振るう。それを見て悪寒を感じた男が、顔を庇うように腕で覆うことができたのは僥倖だったと言える。それから一瞬も置かずに、『ひかりのかべ』と『リフレクター』が、()()()()()()()()()()()。そして男の腕に何かが突き刺さり、裂けた皮膚から血が吹き上がる。

 

「ぐがァァあああああああ!?」

 

 余りの痛みに男は絶叫した。フライゴンが投げたのはなんのことはない、ただの“砂”だ。そう、今のはただの『()()()()』に過ぎない。ただし、音を置き去りにする拳を放てるポケモンの腕から振るわれた『すなかけ』である、が。

 

「ク、ソが、ぁぁ……ッ!」

 

 男は怒りのあまり、唇を噛み切る。こんな、こんな低級ドラゴンポケモン如きに遅れを取るなど許されない。恐怖を怒りで上書きし、剥き出しの感情を瞳に乗せてフライゴンを睨み返す。

 

 だがそこにはもう、フライゴンの姿はなかった。

 

 フライゴンの羽ばたく音は、歌声のように美しい。故にフライゴンについた二つ名は、“さばくのせいれい”である。つまりフライゴンが羽ばたいたのならば。気づかないはずがないのだ、聞こえないとおかしいのだ、その歌声のような羽音が。

 

 しかし男の耳に響いた音は、歌声などではなかった。

 

 

 

 

 

 

 ──This way(こっちだ).

 

 

 

 

 

 

 有り得るはずがない。羽音が英語に聞こえるなど。ましてやポケモンが人語を用いるなど。しかし男の体は、その声に導かれるように後ろを振り返る。

 

 そこには全身を闘気──屍に滴る血と深淵の闇をグチャグチャに混ぜたような、赤黒い“竜気”を纏うフライゴンの姿があった。

 

「っ──!!」

 

 反応するも遅い、次の瞬間には男のジュラルドンを象徴する長い首に、風穴が開いていた。ジュラルドンはその場に倒れ伏し、二度と動くことはない。鋼タイプでも最高に近い硬度を誇るジュラルドンの体が拳一つで貫かれたという事実が頭の片隅を流れていくが、腐ってもポケモントレーナー、指示は反射のように口から滑り出た。

 

「リザードンッ!『かえんほうしゃ』ッ!!」

 

 信頼する主の指示に、リザードンは素早く反応する。拳を振り切ったままの体勢で固まるフライゴンに、灼熱が降り注いだ。

 

「やったか!?」

 

 しかして皮肉にも、必然ともいえるが、その灼熱がフライゴンを焼き払うことはなく、気付けばフライゴンはリザードンの足元へと移動していて。そしてしゃがみ込んだタメを利用し、ゴウゥと羽を羽ばたかせながらリザードンの顎を蹴り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凡そ生物を蹴飛ばしたとは思えない、冗談のような音を上げてリザードンが遥か上空を舞う。そしてフライゴンは二度目の羽ばたきで一気にリザードンの上を取ると、ぐるりと一回転してリザードンの無防備な腹に尻尾を垂直に叩きつけた。巻き戻しのように地上へ逆戻りしたリザードン。その衝撃は大地を揺るがし、大きな土煙と轟音を上げた。

 

 ──死んだ。

 

 この短時間で、俺のポケモンが、三匹も。

 

 受け入れられる限界を遥かに超えた喪失感に、男は膝から崩れ落ちる。しかしその目に映ったのは、地に伏しながらも依然上空の敵を睨みつける相棒の姿。

 

「リザードン!!」

 

 生きている。リザードンは生きている。

 歓喜も一瞬に、男は即座にリザードンをボールに戻した。ただ1人となった男の前に、フライゴンはゆっくりと降り立った。

 信頼する相棒達を喪い、残ったのは己のみ。そんな彼の目に宿る感情は。

 

「……さねェ」

 

 恐怖でも、諦めでもなく。

 

「──許さねェッ!!覚悟しろよ、この虫野郎ォッ!!!!」

 

 怒りを超えた、憤怒。

 

 

 

 

「ぶち殺せ、ガブリアァァァァスッ!!!」

 

 

「グギャアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

 腰にぶら下げられた、唯一のゴージャスボールから繰り出されるは、男の唯一無二のエース。個体値、全値最大(6v)。努力値、攻撃素早さ極振り(ASぶっぱ)。性格いじっぱり(攻撃1.1倍)の圧倒的破壊力を秘めた、第四世代最強かつ最高の龍王が、怒りの咆哮を張り上げてフライゴンの前に顕現した。体格は通常のガブリアスよりもひと回り大きく、牙もより鋭く、鱗もより硬く。男はこのガブリアスと共に、如何なるピンチも乗り越えてきた。

 並の相手なら、その姿を見るだけで竦んでしまうようなその龍王の姿をみて。

 

 

 ──フライゴンは静かに、だが確かに、()()()

 

 

「っ……!ガブリアス、『りゅうのまい』!」

 

 ガブリアスが、己を鼓舞するように、大地を踏みしめながら吠え、舞う。これによって、ただでさえ凶悪なガブリアスの攻撃性能が、さらに跳ね上がった。その舞を止めることもなく、フライゴンは笑ったまま様子を窺っている。

 

「畳み掛けろ、『げきりん』ンンン!!』

 

 ガブリアスが、フライゴンへと飛び掛かる。その速度は、先程のフライゴンに決して引けを取らない。その速度を維持したまま、ガブリアスが右手の羽を振るう。フライゴンはその一撃を片手で受け止めた。衝突の余波だけで暴風が巻き上がり、辺りの木々を揺らした。そこから左羽の袈裟、右羽の水平斬り、右足のローキック、左羽の逆袈裟、返しの左羽。これがポケモンバトルであるならば、レギュレーションを大幅に違反する威力を持つ一撃の、連続コンビネーションがフライゴンを襲う。しかしながら、何れもが致死の威力を持つその連撃は、一つたりとしてフライゴンに当たらない。よく見れば、フライゴンは大地を踏みしめながら、舞うようにガブリアスの攻撃を避け続けている。

 

「まさか、『りゅうのまい』か……?」

 

 そう、あろうことかフライゴンは、避けながら『りゅうのまい』を行っているのだ。速度が上がり、フライゴンの体から溢れ出る竜気もその勢いを増していく、そして当たらない攻撃に業を煮やしたガブリアスの攻撃が、僅かに大振りになった。その瞬間を、フライゴンは見逃さない。

 

 カウンターの右フックが、ガブリアスのこめかみを穿った。一瞬苦悶の表情を浮かべたガブリアスだが、攻撃の手を止めない。しかしその一撃一撃全てに、フライゴンはカウンターを合わせていく。そう、『りゅうのまい』を()()()()()

 

「な……ん……!?」

 

 有り得ない。『りゅうのまい』は変化技の筈だ。舞いながら攻撃するなど、それは決して『りゅうのまい』ではないはずだ。男は心の中で声を荒げる。だがしかし攻撃を繰り返す度、フライゴンの速度は上がり、攻撃の威力が上がっているのだ。

 

 答えは既に男が言い当てている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 『りゅうのまい』は確かに強力な技だ。自身の攻撃と素早さを同時に上昇させ、上手く使えば相手に致命的被害をもたらすことが出来る。

 しかし、野生同士の戦いにおいて、『りゅうのまい』は()()()()()()()()

 技を交互に打つターン制?一回のターンに使える技は一つだけ?

 そんな生温いルールなど存在しない。

 対面で『りゅうのまい』など打てば、致命的な隙──文字通り、死が待っている──を晒すこととなり、その間は攻撃してくださいと言わんばかりのいい的になる。

 

 だがフライゴンは、この技の有用性に気づいていた。

 

 自らの能力を上げることは、牙をより鋭くし、格上を屠る力になりうると。

 

 だからフライゴンは、“創った”のだ。

 

 攻撃しながら自らの能力を向上させる、なおかつ相手の攻撃を回避することのできる攻防一体の攻撃変化技を。それはさながら“神楽”。龍を殺す竜となる為に神へ祈り、神へ捧げる為のあまりにも美しく、殺意に満ちた神楽だった。

 

 

 ──故に名を、『竜舞神楽(りゅうまいかぐら)』という。

 

 

 攻防の終わりは一瞬だった。

 最初に比べればあまりに遅すぎるガブリアスの攻撃を手で払い、返しのソバットがガブリアスの鳩尾に突き刺さる。体がくの字に折れ、首を差し出す形になったガブリアスに対して、フライゴンが竜気を纏った尻尾を鋭く振り抜いた。

 

 

 それだけで、ガブリアスの首と胴体は切り離され、頭部が空に舞った。

 

 

「ゴオオオオォォォォォオォォォォン!!!」

 

 

 大気を揺るがす、勝利の咆哮。その叫び声は、男には笑い声をあげているようにも聞こえた。

 

「……あ…ぁ……あ……」

 

 最早悲鳴すら上がらない。余りにも隔絶した実力差を前に、怒りで塗りつぶしていた絶望と恐怖が込み上がる。自分が手を出したのは、小さな怪獣(ポケットモンスター)などではなく、埒外の怪物であることに気づくのが、あまりにも遅すぎた。

 

 そんな男に、フライゴンはゆっくりと歩み寄る。自分は死ぬ。散って行った仲間達と同じように。それももう、どうでもよかった。フライゴンが拳を振り上げる。そこで男は、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ん……ぁ……」

「あっ!やっと目覚めたか、大丈夫か!?」

「ここ、は……」

 

 次に男が目を覚ましたのは、ベッドの上だった。友人のトレーナーが、心配そうにこちらをみている。どうなっているのだろうか。自分はあそこで死んだはずでは。

 

「ポケモンセンターだよ。お前、まどろみの森の前で倒れてたんだ」

「森の……前で?」

「あぁ。ポケモンもリザードンしかいなかったし、何があったんだよ。もしかして、【龍殺しの竜】にでもあったのか?」

「……!!」

 

 そこで初めて気づいた。

 生き残ったのは、リザードンのみ。男が喪ったのは、オノノクス、ジュラルドン、ガブリアス。

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「だから……【龍殺しの竜】……?」

「おいどうなんだよ、見たのかよ?」

「……見たよ、この目で。しっかりとな」

「本当か!?正体は何だったんだ!?」

 

 そして同時に悟る。誰も正体を知らない理由を。

 

「……わからない」

「は?」

 

 

 

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 実際に遭遇した人間が、あの化け物をフライゴンだとは認められないからなのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、とある竜の復讐の物語ではない。

 

 

 

 

 【龍殺しの竜】と呼ばれたポケモンが心優しき少女と出会い、世界を救う物語だ。

 

 

 

 




読了ありがとうございました。
続きは作っておりますが勢いに任せた作品なのでとりあえず短編ということで。
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