【彼】が【彼】になるまでのお話。
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──随分と強くなれた。
修行を始めてから幾年、道場破りと言わんばかりに立ち塞がるトレーナーを薙ぎ倒し、遂に念願のガブリアスをも斃すことを成し遂げた【彼】は、『つきのひかり』を浴びて体を癒しながら先程の
最初は散々たるものだった。
ガブリアスは愚か、同族のフライゴンにも全くもって歯が立たず、敗戦を繰り返す日々。努力しては負け、負けては努力して、また負けて。無駄にも思える時間を幾度となく経験してきた。『ガブリアスに勝つ』。その決意は、同族には声を上げて嗤われた。無理だ、出来るはずない、時間の無駄だ。そう嘲られ、罵られ、それでも【彼】は、自分を曲げることはなかった。
何が彼をそこまで駆り立てたのか。
何が彼をここまで強くしたのか。
それを知るためには、彼の過去を知る必要がある。
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『朝起きたら、ナックラーになってガラル地方に転生した件』。
俺の物語に、タイトルをつけるとしたらこれしかない。何処にでもいるような社会脱落ニートだった俺は、ある夜剣盾のランクマッチで二桁間近というところまで上げた順位を、突如増え始めたパッチラゴンとかいうドラゴンに5桁まで戻されて不貞寝した。そして次目を開いたときにはナックラーになってポケモン世界に迷い込んでしまっていたのだ。何を言っているかわからないと思うが、これが事実なんだから仕方ない。俺だって最初は夢だと思ってた。だが何日経っても夢は醒めず、空腹の余り死にそうになった瞬間、俺はこの世界が“リアル”だということを自覚させられた。
俺は生きながら転生したのだ。ナックラーなどという死ぬほど微妙なポケモンに。
ナックラー。ありじごくポケモン。『フライゴンの進化元』と言えば伝わるだろうか。ビブラーバを間に挟み、最終的にフライゴンへと進化するポケモンであり、愛嬌のある見た目からファンも多い。と、信じたいよ、なってしまったからには。最終進化のフライゴンとかいうポケモンはあまりにも有名だから、知らない人の方が少ないんじゃないかな。
──劣化ガブリアス、なんて呼ばれてるから。
『ドラゴン・じめん』という希少な複合タイプだが、その座をガブリアスに奪われ、種族値でも大幅な遅れを取っている。フライゴンができることは、ガブリアスにも大抵できる。片や使用率トップクラスのチート級ポケモン、片や存在価値を奪われた、悲しきマイナーポケモン。対戦環境でフライゴンを目にすることなど極めて稀だ。
そんなポケモンの進化元に転生した俺は、溜息をついた。幸いにも、近くにアーマーガアが飛んでいたのが見えたことから、ここがガラル地方であるということがわかった。つまり、この地方には
この時点で既にハードルがMAXに高い。
ポケモンをゲットする目的には、どのようなものがあるだろう?
バトルで使う為、図鑑を揃える為。その他はあれど大まかに分ければこの二つになると思う。前者はどうだ?『フライゴンをバトルで使うために、ゲットしよう』っていう気持ちになりますか?って話。大多数のトレーナーは、きっと『NO』と答えるだろう。じゃあ後者は?これならばまだ、可能性はあるかもしれない。だが、図鑑集めが目的で捕獲された場合の終着点は?そんなの決まっている、
俺は思わず頭を抱えた……つもりだったが手を短すぎて抱えられなかった。そんなところに、本当にナックラーになってしまったんだという事実を感じて、涙が出そうになる。けど、それしかない。死ぬ気で生きて、強くなって、トレーナーに捕まえてもらうしかない。ガブリアスが居ない、それだけでも僥倖だ。急いだほうがいいだろう、だがそれでも決して焦ることなく、生き抜いて見せる、ナックラーとして、このガラル地方で。
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最初の一年は、地獄だった。
衣食住──衣はそもそもないが──の安定した供給などない野生の恐ろしさが身に染みた。食に関しての問題は様々だった。野生のポケモンは何を食べるのか。考えたことはあるだろうか?ゲームでもわかるポケモンの食べ物として、『きのみ』がある。それから派生してポロックやポフィン、あとはアニメで見るポケモンフーズがある。ガラル地方では、キャンプでカレーを作って食べるなんて文化もある。ただポロック以降の食べ物は全て人の作った加工品であり、野生のナックラーである俺には縁が無い。木の実にしても、ナックラーの生息地は殆どが砂で覆われており、木の実のなる木はごく僅かだ。しかもそれだけを食べて生きていくことなど不可能である。人間がリンゴやぶどうだけを食べて生きていけますか?栄養の偏りで死ぬのがオチだ。ポケモンもなんらそれと変わりない。
だから食べるしかない。
──
この世界では、人間とポケモン以外の生物は
初めて食べたポケモンは、力尽きて屍となって残っていた、カジリガメの亡骸だった。
その亡骸は食い荒らされて肉は僅かにしか残っておらず、ほぼ原型を留めていない。近くに転がる甲羅のようなものを見てようやく推測が立つような有様だった。本能に導かれるまま、恐る恐るその屍肉を齧る。ゲキマズだった。筋張っており、ゴムを噛んでいるような食感。腐りかけで変な匂いがする。時折ジャリジャリと砂を噛んだような不快感が口内を襲う。それでも俺は、その肉を食べた。後半は夢中になって、最後は骨の髄までしゃぶり尽くすように食べた。砂の味しかしなかった肉だが、それ以上に『
自分で初めて捕らえた獲物は、アオカラスだった。
俺を捕らえようと襲いかかってきたアオカラスを、自慢の『かいりきバサミ』で足を食いちぎり地に引き摺り下ろすと、そのまま首を噛み切って即死させた。俺の知る鶏肉とは味が全然違ったけど、カジリガメに比べれば遥かに美味しかった。血の滴る生肉を夢中で食べながら、俺は再び『生』の美味しさを感じていた。
それから何匹もポケモンを殺し、食った。
狩りの高揚感と生の悦びが、俺の本能を満たした。この時期から俺は、ポケモンとして生きていくことに慣れ始めてきたのだろう。
二年目の夏、俺はビブラーバへと進化した。
この世界では、ゲームのように簡単に進化などしない。狩りを重ね、知恵を学び、それらが自らの血肉となり。それを何度も何度も繰り返して初めて、体は変態を許容する。進化によって翅を得た俺だが、意外とすんなり扱うことができるようになった。ビブラーバの遺伝子にそれの使い方が刻んであったかのように、どう動かせば飛べるのか、考えずとも体は動いた。長時間飛ぶことはできないが、ビブラーバの翅は振動させることで超音波を発生させることが出来る。これによって狩りが遥かに楽になった。
一年間の中で、何匹もの仲間が死んだ。喰われた者、餓死した者、栄養失調、移動中の落石。挙げ出せばキリのない程簡単に、呆気なく死んでいった。住処も全く安定していなかった。巣を作っては襲われて逃げ、新たに作っては襲われて逃げ。心から安心できる時間など訪れはしない。俺はより一層、野生の厳しさを感じた。
──死にたくない、死にたくない。
始まりの決意に、不純な
それからさらに二年後、俺は遂にフライゴンへと進化することができた。
翅も羽となり、自由気ままに空を飛ぶ事ができるようになった。群れも新しい個体が生まれ、俺にもナックラーやビブラーバの後輩が出来た。しかし俺はまだひよっこ。群れの長であるフライゴンには、逆立ちしたって敵わない。だから強くなろう。トレーナーに、ゲットしてもらえるように。トレーナーにとって、利用価値のあるフライゴンになる為に。ここにきて決意は、かつての純粋さを取り戻した。焦らなくていい。なんたってここには、
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フライゴンになり、数ヶ月の月日が流れた。何やら仲間のフライゴンたちが騒がしい。どうしたのだろうと聞き耳を立てていた俺が索敵を終えて戻ってきた一匹のフライゴンから聞いた話は、耳を疑うものだった。
『今日……ガブリアスを連れてるトレーナーを見たんだ』
頭が真っ白になった。馬鹿な、そんな筈はない。だってここはガラルだ、登場ポケモンに制限がかかっているはずだ。
周りのフライゴンたちも、有り得ないと声を荒げて否定する。しかし索敵役の言葉よりも、この世の終わりを見たかのような表情と、生気の抜け落ちた目が、何よりもそれが真実であるということを物語っていた。
──終わった。
俺の中のナニカが、音を立てて崩れ去っていく。フライゴンの需要?強いフライゴンになって捕まえてもらう?そんな夢も理想も、ガブリアスがいるならば前提として成立していない。
生き残る為に、トレーナーに捕まえてもらう為に、なんだってしてきた。
でもこれは、どうしようもないじゃないか。
神様、教えてください。
ガラル地方にガブリアスが入国してくるってマジ?
俺の物語に名前をつけるなら、こっちの方がいいかもしれないな。
過去話はあと数話続きます。
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