「そうだ。私はこの手で……」

陽だまりを二度失った少女、立花響は世界を彷徨う。
あれから二年。かつて取り戻した親友を再び失ってしまった響は、自らの手で取り戻すために立ち上がる。
その先にあるのがどれだけ辛く、地獄であろうとも。

さぁ―――覚悟はいいか?



シンフォギアと仮面ライダーとのクロスですが、今回ライダーは要素のみ……となっています。そこはご了承を。

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はじめましての方ははじめまして。
お久しぶりの方はお久しぶりです。
私生活の忙しさという言い訳の中でデスストやモンハンやデュエマに興じていたBlazデス。

まぁそんな言い訳はぶち〇されるの覚悟ですので後回しにして、久しぶりにかつ初めてのクロス作品としてシンフォギアと仮面ライダーシリーズの短編となります。とか言ってるけど、シンフォギアは何度かやって失敗してるので……w

で。なんで唐突にライダー?って思う人もいると思いますが、わかりやすく言うと今更ハマった。これだけです。特にビルドがね……リアルタイムで面白かったので。
というわけで、今回はそんな仮面ライダーからビルドと鎧武をチョイスしました。短編なので要素程度ですが、そこはご了承を。ちなみに補足設定はあとがきでしますので、それでも納得できないって人は……うん。ごめんなさい。

それでは、久しぶりの短編ですがお楽しみください。


シンフォギア×仮面ライダー

 

 

 

 人の生の中では失うことと得ることは平等である。

 それがどれだけ目に見えるか、どれだけ大きなものかで人は自分の幸運も不幸もわかったつもりでいるが、実際のところそれは目に見えるものでしかない。

 小さな喜びもまた幸福。小さな不幸を運が悪いというように物の見方一つで自分が幸せなのか、そうでないかと言うのは分かることだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ──―七月

 

 初夏の熱気がゆっくりと、しかし確実に強くなっていき外の空気に熱が帯びていく。

 蒸される暑さは照り付ける太陽が原因かと思えるが、それとは別に地面からも熱気が湧き出て上下から体を熱していくので、二か所から浴びて逃げ場もない。

 そんな暑さに耐えかねて、木陰で一休み、といきたいが生憎とそんなものは近くにはなくあるのは整備された高台と、そこにまで続く補装されたコンクリの道。これほどまでに熱を籠らせやすいのも科学の難点と言うべきか。

 かくしてそんな高台に一人、少女は帽子もかぶらずにボケっと立っており見渡す限りの街の景色を蜃気楼とともに眺めていた。

 

「…………あっつ」

 

 むせ返るような暑さに思わずつぶやくが、そんな小さな文句は雲一つない空に消えていき、無情の太陽は容赦なく大地を照らす。

 まるで世界を照らすのではなく世界を燃やし尽くす。恨んでもいるのだろうかと、思えるほどの暑さにそろそろ参り始めていた、その時。

 

「待たせてすまない」

 

 小さくも心地よい風が、どこからともなく現れて少女の頬をなでる。優しく空を切る音に熱気を帯びているが涼し気な風は少女の肌につく熱を払い、体を涼ませた。

 風と同じく、ふと現れ後ろから聞こえてきた声に少女は振り向かずに耳を傾け、隠すことなく悪態をつく。

 

「いつまで待たせるつもりだ」

「悪いな。こちらも色々立て込んでいるので、来るのに遅れてしまった」

「言い訳ならもっとマシなのを用意しろ」

 

 振り向かずともわかる、いらだっか声色に後ろに立つ少女はやれやれ、と吐息を吐くと手に持っていたものを掲げ少女に近づく。

 

「そうさせてもらおう。だが今はこれで勘弁してほしい」

「…………」

 

 思ってもいないことを。

 上っ面の言葉だと決めつけて軽く息を吐くと、直後に投げられた物の音に気付き振り返ると、少女こと立花響は空中にあったミネラルウォーターをジャストタイミングでつかみ取った。

 冷たく水滴を纏うペットボトルは柔らかな殻の中に透明の水を反射させる。強い日射を受けて透明さを強く見せる水はいつも以上に潤いを感じさせ、ただの水をよりおいしそうに感じさせる。何よりこの暑い時期に水はジュースよりもおいしく感じられる季節なので、響はのどの渇きを潤すことを優先してペットボトルの蓋を開けて、水に口をつけた。

 

「……で、話って何」

「雪音のことだ」

 

 口からのどへ流れていく冷水の冷たさに体を冷やして、体内の温度が変わり肌を伝う汗の冷たさを今度は感じる。

 一息ついて満足、と言いたいが響の飲んでいる間に口にされた名前に鋭い目を動かして、なぜ、と目で言い返す。

 

「知っての通り、彼女は今EUの側にいる……いや、引き留められているというべきか。その存在は私たちだけでなく米国にとっても重要視されるほどの、決して無視することのできない存在だ」

「…………」

「多くを知り、多くとかかわる存在。決して表にされるべきではない真実を知る人物。立花、お前も知っているだろう。雪音がなんと呼ばれているか」

「──―パンドラ」

 

 パンドラ。

 かつて神話の時代にあったとされる箱のことで、その箱にはこの世の災いが入っていたとされる。それを開けたのもまたパンドラという女性である。

 その名前に頷いた少女はさらに語を継ぐ。

 

「パンドラと呼ばれるほどの存在。それは私たちにとっても同じだ。彼女は世界の深淵に近い場所に立っている。だから」

「前のゴタゴタで一緒だった私に、アイツの居場所を聞きたい。そういうこと?」

「察しが早くて助かる。こちらとしても彼女の存在なくして、この事件と戦いの黒幕を知ることもできないのだからな」

 

 呼び出された要件を聞いて響はいったん水を飲むのをやめると、ボトルの蓋を閉めて溜息をつく。そして若干の間を開けて言葉を返す。

 

「この前、そっちの飼い主に散々言われたっていうのに、よくそんなことを思いつくな、風鳴翼」

 

 響の容赦のない言葉に、翼はわずかだが俯いてしまうがすぐに顔を上げ、今度は翼が言葉を返す。

 

「だからこそだ。このまま静観してはまた後手に回るのは必須。ならその根源を知り、対策を講じる。何もしないより、できることをするまでだ」

「で、その対策が私と言うことか」

「他人事のように言っているが、立花、それは君も変わりないはずだ。現に今……」

 

 刹那。響の纏う気配に殺気を感じた翼はハッとなって気づき彼女の目を見る。それから先のセリフを読んでいたかのように鋭い目をさらに細め、眉間にしわを寄せて怒りをあらわにしている。

 それは翼に対する警告だが、同時に翼に対する憎悪でもあり、現にその目で睨む響の拳は強く握りしめられ、今にもその先を言うと振り下ろすと脅しているようでもあった。

 それに気づき、とっさに言うのをやめた翼は今度は深く俯くと何を言うよりも先に

 

「…………すまん」

 

 ただ一言。そういって響に謝罪した。

 

「……あんたは」

「恨んでくれても構わない。あれは私が……やってしまったことだ」

 

 激しい日差しが降り注ぎ湿気のある空気を暑く熱するが、その熱はその瞬間から重くのしかかる熱石となった。昼からさらに厚くなるというのにその上重く感じるというのはさすがの二人にもいくら自責があるとはいえ長く感じたくない。耐えかねた響が先に口を開き話題を元に戻す。

 

「懺悔のために来たわけじゃないんだろ」

「……そうだな」

「先に言っておくけど、私はアイツの居場所なんて知らない。互いにそんな必要ないしね」

「そうか……」

 

 響が雪音という人物の居場所は知らないと断じると翼は少し残念そうにするが、彼女の言葉に責めるのをやめて俯いていた顔を上げる。

 

「すまないな、わざわざ呼び出しに応じてくれて」

「まさかこれだけのために呼び出したわけじゃないよな」

 

 響が再びペットボトルの蓋を開けて水を飲みながら聞いてくるが、それに翼は隠すこともせずに「ああ」と答えた。

 

「要件はあと二つある。と言ってもどちらも人探しだがな」

 

 こいつなら知っているだろう、という扱いに響はあからさまに溜息を吐いて嫌悪するがけっして断ることをせずに翼の、彼女が属する組織である特異災害対策機動部二課の要件を聞くこととした。

 

「あの事件のあと、立花は彼女に……”聖女”に会ったか?」

「……それこそ、無理な話。私がアイツに会えるわけないでしょ」

「そうか。私としては彼女が立花に会う可能性もあると踏んでたのだがな」

 

 なんだか頼られているというよりも単にあてにされている感じで、しかも変に期待されていることに響にとっては迷惑でしかないので、小さく悪態をつき話を進める。

 

「……で、もう一人は」

「それこそわかっているだろ、この流れで」

 

 その瞬間、翼の態度が軟化しどこか投げやり感がある雰囲気になったので、それを察して名前も出さずに一言

 

「知らない」

「……だな。これこそ無理難題か」

 

 もう一人の人物についてを短い会話で済ませ結果を聞いた翼。一体誰の事をと第三者からは聞きたいことだが二人にとっては前の二人と関係する人物と言うことで、いつの間にか以心伝心して結論を導き出していた。

 かくして知らないことが判明し、それ以上聞いても無駄とわかっていた翼は珍しく呆れた顔で溜息を吐いていた。

 だがそれもつかの間。翼が溜息を吐いた瞬間、彼女の服の中で振動が走り、それを敏感に感じ取った翼は素早く振動する通信機を取り出して応答する。

 

「はい、風鳴」

『西区の工事現場に未確認生物が出現。現場には復興作業中の職員、作業員が多く一課と共同で避難作業を行っているのですが……』

「未確認生物? どういうことですか?」

 

 翼が初めて聞く状況に通信相手に訊ねるが、相手も相手で詳しくわからないようで歯切れの悪い返事しか返ってこない。どうやら今までの事態とは異なるケースのようで判断できないのだろう。

 それに見かねてなのか、通信越しに別の声が割って入ってくる。

 

『そこからは俺が話そう。今は状況の確認で手一杯だからな』

「司令、未確認とは?」

 

 通信相手が変わり、今度は低い声の男が説明に入る。男は二課の司令であり、翼の叔父である風鳴弦十郎。響も知る人物で「頼れる大人」を体現した存在だ。

 もっとも。響にとっては苦手意識のある人物で、できることなら話すのも避けたいが。

 

『簡単に言えば現れたのはノイズではない未確認の怪物でな。見たところノイズのような人間と炭化させるやつじゃないらしい。

 が、代わりにかなり凶暴でな。現れた瞬間から手当たり次第に暴れまわっている』

「……あれ(……)ではなく?」

『おそらくな。現地の隊員の報告では既に負傷者が続出。このままでは建物の損壊による二次被害が予想されるッ!』

 

 通信で弦十郎からの話を聞きつつ、歩き出した翼は響に軽く挨拶代わりに手をふると小走りで駆け出して、ここに来るために乗ってきたバイクをとめてある場へと向かう。

 翼が急に通信を聞きつつその場から離れたことに響も何かあったと気づき、高台から街の方角を眺める。すると街から煙が上がり、爆発音が聞こえるので敵が現れたことを知り、響もその場から急いで駆け出す。

 

「ッ……司令、これから向かいます!」

『頼む! ノイズではないとはいえ自体は急を要するッ!』

 

 その会話を最後に翼は通信を切り、乗ってきたバイクにまたがりエンジンをかける。

 アクセルをふかしてその場を離れた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 度重なる戦いの影響で未だ首都圏の二割が復興しておらず、爪痕を残す各地には復興地域が存在する。そこには多くの作業員が在りし日の街の姿を取り戻さんと日夜励んでいるのだが、工事の重低音がなるはずの現場では大きな爆発と破壊音が響いていた。

 事の始まりは突如、現場に謎の生物が現れたことから始まる。どこからともなく現れた怪物は現場の一角を破壊して現れ、周りを混乱させるとそこからなにをしようと言うわけではなく周りのモノ、混乱し逃げ惑う人を手当たり次第に襲う。まさに悪の組織に生み出された怪物のそれで特に法則もなく、抵抗、無抵抗関係なく目につくものはすべて壊すという、わかりやすい破壊活動を続けていた。

 

「逃げろぉ!!」

「ば、化け物だぁ!?」

「なんなんだよあれは、機械じゃないのかッ!?」

 

 逃げ惑う職員、作業員は化け物から離れつつも化け物という見たこともない生物を目にしたいという欲求から目を離そうとせず、中には逃げるのも忘れて凝視している者もいた。

 それだけ余裕ともいえることをできるのは、現れた怪物がいまだ手当たり次第に破壊して襲うだけだからだろう。しかも怪物は自分の腕を使って殴る投げるということをする程度で、光線を吐いたり何かを射出するといったことはしていない。とはいえ、モノを遠くに投げるので危険には変わりなく避難誘導をする二課の所員は大声で作業員を逃がしていた。

 

「お、おいどうした!?」

「それが、どうやら奥の作業場に人が残ってるらしいんだよ!」

 

 逃げようとしない作業員が気になって修復していた建物の方角を向いていたので、ほかの作業員が急いで逃げようというが、どうやら逃げ遅れた人がいることを知っていたようで、それを聞いた作業員が同じ方向を見上げる。修復作業中で周りには足場が組まれているが建物自体は脆くなっている可能性がある。そんな場所にどうやら誰か取り残されてしまっているらしい。

 慌てて二課の所員が避難させようと近づき、建物を見上げる二人に急いで逃げるよう促す。

 

「ここは危険です! 早く避難を!」

「そ、それが建物に人が……!」

「なんですってッ!?」

 

 刹那、突然大きな音が鳴り響き、所員も作業員もその場に伏せる。するとすぐ後ろへとミキサー車のミキサーが墜落し地面に突き刺さる。幸い誰もケガをしなかったが、その場につっ立って入れば間違いなくただでは済まなかっただろう。突き刺さるミキサーに作業員二人は顔を青ざめ、二課の所員は急いで二人に逃げるように指示する。

 

「ッ……ここは危険です! ともかく急いで!」

「あ、ああ……」

 

 逃げ遅れた人がいるという焦燥感。しかし、戦うことのできない彼らにとっては歯がゆいものでしかない。精々逃がすこと、避難させることしかできない自分たちの無力さを呪い、今は目の前に怪物が現れないでほしいと願うばかり。

 だがそんなことは所詮願うだけでしかなく、その願いも時と神の気分次第。

 再び破壊音が響くと、そこには件の怪物が姿を現していた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「あーあ……見事に手当たり次第やな……」

 

 作業現場にある修復作業中の建物。その中で作業員が取り付けた足場には一人の少女は腰掛けて、怪物の破壊活動を静観していた。

 腰掛けている少女は白衣と茜色と瑠璃色の二つという変わった色の着物を着こんでいる。傍からすれば奇抜な服装だが気にすることもなく、薄い緑髪を風に揺らし、まるで他人事のように目の前の現状を眺めている。

 

「理性はない……と言うより、あれは破壊衝動が意識では抑えが効かんほどに肥大化しとるんかな。やから肉食獣のような効率的な破壊ではなく、衝動的行為になっている、と」

 

 足場の上で足をぶらつかせながら破壊活動をする怪物をみて考え込み時折つぶやく少女の目は怪物から一切離れようとせず、中継カメラのごとくその一部始終を目にして行動の一つ一つを目にし分析していく。

 

「体内にエネルギーを有している言うのに、それを使えんのは皮膚硬化に回しているから……おまけに武器がないのはおそらく硬化した体特有の硬さで生かした攻撃に重視しているから。なるほど、完全近接型。でもこと破壊活動を行わせるのは適役ともいえるな」

 

 関西弁の混じったしゃべり方でぶつぶつつぶやく少女は、現場の被害などお構いなしで暴れる怪物の様子を眺めており、その被害でけが人が出てもたいして気に留める様子はなく破壊の限りを尽くす怪物を見続けるが、彼女もそこまで無情と言うわけではないようで、ミキサー車を吹き飛ばし、逃げる人々の前に怪物が現れたときには思わず声を出す。

 

「あ、ありゃ不味いで。行動の優先順位は自身との距離が近いもん順、てことはあの場の次のターゲットは……」

 

 残念ながら二課の人間以外に怪物に近いものはない。怪物が手当たり次第に破壊してモノを粉々にして、吹き飛ばしたせいであたりには大きな穴のような何もない空間ができていた。あるとすれば壊れたコンテナや車の残骸だが、どうやら一定の量や大きさのモノ以外は目に留めないようで、彼らの周りにはそういったものは何一つなかった。

 このままでは彼らが今度はターゲットだ。手に汗握る状況に少女も思わず息を飲む。

 この後は人を手当たり次第に攻撃するか。あるいは

 

 

 

「それとも…………の、方やったみたいやな、翼」

 

 

 

 怪物が一歩、また一歩と近づき目の前の人間に攻撃しようとした刹那。その後ろからバイクのエンジン音を豪快に吹かしハンドルを握りしめて翼が颯爽と現れ、バイクの前輪を浮かせた状態で怪物に向かい突進。バイク前輪の攻撃を受けた怪物はその勢いを殺すことができず翼とバイクとともに大きく後ろへと跳ね飛ばされていく。

 怪物を突き飛ばした翼はバイクを着地させ姿勢を整えるとその場で尻もちをついている所員に向かい指示を飛ばす。

 

「今のうちに避難をッ!」

「あ……はい!」

 

 怪物を突き飛ばしたことで危機が去り、落ち着きを取り戻した所員が翼の指示に従って作業員らとともに退避する。翼が自分たちの後ろから現れて怪物を突き飛ばしたという一連の流れに頭が追い付いてなかったようだが、危機が去り彼女に指示されたことで頭の中をリセットしてやるべきことを再認したようで、彼女の一言を最後に見える範囲にいると思われる職員、作業員はひとまず避難したようで誰もいないことを確認した翼はバイクから降りると怪物に目を向けて構えをとる。

 目の前の怪物も近くにいた所員がいなくなり、目標を見失はしたが新たに翼を見つけたことでその狙いを彼女に変える。

 

「……確かに、今まで見たことのないタイプだな」

 

 改めて敵の全体像を確認する翼は、怪物の動きに注意しつつも敵であるそれがどんな特徴を持つか自分なりに分析する。

 怪物の体は胴体である上半身が丸っこいということを除けば、見た目はがっしりとした人型を想起させる。唯一怪物らしいというべきところは丸っこい上半身とそこから延びる屈強な腕。またあまり関係のないことだが、上半身は薄い水色だが、下半身は機械的なグレーの色をしている。

 

「怪物の類だが、その身は機械的だな。まさか……?」

 

 機械人間、サイボーグの類かと思えるが、上半身の特徴からそれはないと断じた翼は今にも襲い掛かりそうな怪物の相手をするために目の前に立つ。

 自分の首にかけているペンダントと、もう一つ、懐からなにやらナイフのようなレバーがついているバックルのようなものを取り出した。

 

「考えるのは後回しだな。今はお前の相手が先だ!」

 

 バックルを腰にかざすと、それに反応し左右の端部からベルトが出現。翼の腰にピタリと巻き付けられる。ズレも間もないそのジャストフィットさは違和感なく動かせるようで、翼はそこからさらにもう一つ、懐から手のひらサイズの錠前を取り出す。ただの錠前ではなく、表にオレンジの意匠があり、変わったデザインではあるがそのオレンジは明るく輝いていた。その錠前にはサイドに開錠用のスイッチがありスイッチを押し込むと錠が開錠される。

 

『オレンジッ!』

 

 開錠された錠前を持つ腕を激しく、それでいて高らか振るいバックルの中心のくぼみにセットする。その動きは彼女らしからぬものだが、これは無意識下でやっていることらしい。

 

『ROCK ON!』

 

 錠前をバックルに固定し、軽快な音声を鳴り響かせるドライバーは待機状態になり翼は右側にあるナイフ形のレバーに手を置く。一見して奇妙な状況だが、翼はその状況に眉も動かさず構え、残されたペンダントを胸にあてる。

 何を待っているのか。その疑問を解決するかのように突如彼女の上空にジッパーが開き、空間を切り裂いて向こう側の別世界から大きなオレンジのようなものが現れる。形状は間違いなくオレンジだが、ところどころに模様が入っている、変わったものでそれが食べ物でないのは元より、ただのオレンジでないのは明らかだ。

 

 

「Imyuteus amenohabakiri tron──―」

 

 

 オレンジが現れた次の瞬間、翼はペンダントを持つ手を胸にあてたまま何かを唱え、ナイフのレバーを錠前の前まで下した。

 

 

『ソイヤッ!』

 

 

 降ろされたレバーとともに、翼は拳を強く握りしめ、渾身の力でペンダントを破壊する。

 思いもしなかった行動に人がいれば誰もが驚く者も多いだろう。だが、これでいい。翼の目には迷いなどなく、握りつぶされたペンダントもそれで粉々になるわけではなかった。

 砕けたペンダントの欠片は粉々になって地面に落ちるのではなく、何かに引き付けられるかのように、否。まるで重力が逆に向いているかの如く天に向かい舞い上がっていく。欠片はオレンジの周りに集まると今度は引き寄せられるかのように集まっていきやがてオレンジに吸収されていく。その欠片を纏ったオレンジは模様をつけ、新たな姿に変化する。

 

「……いつ見ても、奇妙な変身方法やな。ロックシードは」

 

 そして、模様を変化させたオレンジはまっすぐに翼の上に覆いかぶさると、今度は大量にあふれる果汁さながら粒子を体中に散布し、彼女の全身スーツとなって体にまとわせていく。傍から見ればオレンジの大玉を少女が纏うというシュールな光景だが、そこから中心に玉が割れ中に入っていた彼女の顔が現れ、先ほどはなかったヘッドホンやヘッドギアが装着されており、下半身にも小型だがアーマーが装備される。そして、オレンジは前後左右に広がると鎧となって翼の体に纏われた。

 

 

『オレンジアームズ! 花道・ON・STAGE!』

 

 

 オレンジアームズ。それこそ、翼の頭上から現れ装着されたオレンジの正体でロックシードと呼ばれる錠前のアイテムを使い、戦極ドライバーと呼ばれるバックルで変身することができる。

 だが、彼女に力はそれだけではない。本来彼女が持っている力、聖遺物の欠片を使い戦う神話由来の力であるシンフォギア。所有者の歌に呼応し、その力を発揮するそれこそ彼女が使う武器で戦極ドライバーとロックシードはそれを補助し、強化する存在となっている。

 この二つの力を調和させ、新たな姿、力として用い戦うのが今の彼女の力である。

 

「さて、待たせたな。いささか変身に時間がかかったが、これで万端だ」

 

 鎧を纏い、万全な姿で敵と相対する翼は気力と自信、そして力に満ちた目で言い放つ。

 その姿は鎧武者にも似た姿で、色彩は彼女のものとは思えないほどに混ざり(……)あっている。だがそれこそが今の彼女その物と言っても過言ではない。

 歌を奏で、舞い踊る装束と。それを覆うかのように纏われた果実の鎧。

 眼前の敵をただ屠ること。しかしてその剣は何を斬るのか。

 まだ道半ばで、混ざり合い、答えを見つけられてないとしても。

 

 

「いざ、推して参る……!」

 

 今の彼女は、ただその剣にて悪を断つためにその剣を振るうのだ。

 

「はぁッ!!」

 

 翼の手には変身時に現れた刀が握られており、装飾のない細長い一刀を先端が地面に接するか否かという距離まで落として構え、風を切る音とともに地面を蹴り眼前の敵に向かい駆け出す。隠すこともない真正面からの正攻法。変身に呆気に取られていたのか、怪物もまさかそこまで馬鹿正直な先制攻撃に反応が遅れたようで、気が付いた時には彼女の姿は文字通り目と鼻の先。青に煌めく一刀が怪物の胴体へと潜り込まれた。

 

 

「翼が来たのは……まぁこの際当然のことやから、ええとして問題は……」

 

 少女がチラリと横目で戦いの現場とは異なるほうを向いてつぶやいた瞬間、戦いの行われている場へと意識を向けさせようとするかの如く、甲高い音が鳴り響き渡ったので、思わず反射的に目をつむり体を縮める。

 

「ッ……!?」

 

 鳴り響いた音に、何事かと思った反面そこで起こるだろうことを予想していた少女は「やはり」と無意識に思い、翼と怪物のいる方角を見ると、そこでは彼女が予想した通りのことが起こっていた。

 甲高い音を立てて、翼の刀がはじかれるという光景が。

 

「くっ……!」

 

 強固な胴体の守りを突破できず、逆に刀ごとはじかれてしまった翼は、刀を通じ筋肉や骨に伝わる衝撃に苦悶にも似た表情を見せるが、それで終わるわけもなく弾かれた反動で姿勢が後ろへと傾いたことで体勢が崩れるのを承知でそのまま後ろへと倒れるように下がり、そのまま倒れるか否かの動きで数歩後退。怪物の攻撃射程圏外に離れていく。

 だが、それを許す怪物でもないようで下がる翼を追撃して自分の射程圏外に入らせて、自慢の腕を振り下ろす。

 

(ダメージどころか……!)

 

 衝撃すら伝わっていない。怪物の鋼鉄の守りを持つ防御力に自分の攻撃が無力だということを教えられ、攻撃を回避しつつもその現実に驚きを隠せない。見た目から相応の防御力を予想していたが、痛くもかゆくもという様子で反撃してくる相手に、翼は屈辱にも似たものを感じるが

 

「だったら!」

 

 攻撃を回避し、そこからさらに距離を取り一定の間合いをとった翼は姿勢を低くして、足を広げ、足のアーマーが変形し側面にブレードが現れる。

 迫りくる敵に、そのまま蹴るのかと思われたが翼は自分の足が届かない距離で両腕を軸にその場でバックスピンを行う。このままでは届かないが、それが彼女のこの攻撃の射程距離だ。

 逆羅刹。バックスピンの要領で回転し脚部のブレードで広範囲の敵を一掃する攻撃で、その範囲は広く、さらに自身も移動するので範囲外の敵を範囲内に収めることができる。

 まさかこんな攻撃をするとは思えず、怪物はモロに攻撃を食らい、今度こそはその一撃にひるみ後退する。

 

「ッ──―」

 

 しかし、それでも決定的な一撃ではないようで攻撃を受けて後ろへと下がったはいいが体に大したダメージはなく当たった胴から摩擦熱が上がり一部がえぐれる程度だ。攻撃の威力は回転の勢いがあるのでダメージはあったが、それでもここまでダメージがないのはさすがの翼も自信に影響する。

 しかし、だからどうしたというのが彼女で、逆羅刹の勢いが弱くなるのを合図に、足を垂直に伸ばし両腕に力を入れると、バネのごとく体をはねさせた。そのジャンプ力は人間とは思えないほどだが、それをさせるのが今の彼女の姿である。

 

「はぁッ!!」

 

 そこから新体操よろしく空中で回転し逆立ちしていた体を元に戻し、そこからさらに姿勢を変更。どこから出したのか、新たな刀を取り出すとそれを牽制になのか怪物へ向け投げつけるが、翼も後に続かんと片足を突き出し今度はアーマーの一部をブースターにして突進する。加速した翼の方が早いので、刀との差は一瞬でなくなり足の底と柄頭が合わさる。

 それこそ彼女の次の攻撃。足から伝わったエネルギーが刀を巨大化させ、その状態でさらに突撃する。

 

 ──―天ノ逆鱗

 

 逆羅刹からの追撃は防がれず、体勢を崩してからの一撃は防御する暇もなかったので、巨大な刀は防がれることなく怪物へと打ち込まれる。

 翼が持つ中で一撃の威力と貫通力のある攻撃だ。特に貫通力で言えば落下とブーストの効果がないわけがなく、まっすぐ向かう攻撃は怪物の体へと突き刺さる。

 

「ッ……!」

 

 それでも怪物の体を貫通するまではできず、攻撃はわき腹を砕くだけで終わってしまい、攻撃もズレてダメージも半減された翼は体勢を崩すことなく、怪物の頭上を通過し着地する。

 

(これでも砕くだけが精一杯か……ッ!)

 

 攻撃が通らず、期待したダメージも見込めない。ここまで歯がゆいことは彼女の中に焦りと苛立ちを募らせるが、攻撃が無意味とは言われてないのが幸いで諦めるなど考えず次の攻撃を模索する。

 しかしいつまでも自分のペース、と言うわけにもいかない。怪物とて生きるために抗う。翼の攻撃に激痛で危機を感じたのか、怪物は直ぐに彼女へと反撃し剛腕を振り下ろすが、それは読まれ回避される。

 大振りで隙のある攻撃は翼に次の攻撃を行わせるが、攻防が始まることはなく戦闘は中断される。

 

「くっ……!?」

 

 大振りの攻撃。数よりも一撃を重視したもの。

 当然、一撃の攻撃で周りに衝撃はぐらいは発生する。重い腕をこれでもかと振り下ろすのだ、それによって発生した衝撃で周囲が揺れ、ヒビを作り、脆いものは崩れもするだろう。

 

「なっ!?」

『しま……!』

 

 通信越しに聞こえる声とともに大きくぶつかり合う金属の音に振り返ると、周囲を補強していた建物から鉄パイプなどが次々と崩れていき、補強された部分から次々崩壊していく。元々外部から足場を組むためだけに作られたもので、強度については高くはなく、それが最初に現れたときに綻び始めていたのだろう。それが戦闘中に怪物の攻撃、衝撃で少しずつ大きくなっていき、やがて

 

『崩れるぞ!』

 

 通信機から聞こえる弦十郎の声に口にはしないが返事をしていた翼は直ぐに崩壊する鉄パイプ群の近くから離れ怪物とも一旦距離をとるが、彼女が離れようとしたその時、通信に誰かが割込み大きなノイズ音とともに若い女の声が翼の耳に入ってくる。

 

『ちょいまち!』

「ッ!? お前、なんで──―」

『そんなん後や! 崩れたとこに、人がおるで!』

「何ッ!?」

 

 崩れる鉄パイプの奥をよく目を凝らすとそこには今まで怪物の出現で出られなかったのだろうか確かに人が一人取り残され、同時に防音の幕の向こうの虫食いされたような穴だらけの建物が見え、さらに運悪く取り残された女性が足を滑らせるところまでもが見えてしまっていた。

 建物に取り残された民間人に気づいた翼は救助するためにすぐさま向かうが、その一瞬に気が向いてしまい、目の前の戦闘を忘れそうになっていた

 

『前ッ!!』

「ッ……!」

 

 通信の声に反応し振り返ると攻撃が飛んできたので、紙一重の反応でかわすが、目の前の戦闘で離れることができず、翼はあそこで足止めされてしまう。

 

「しま……」

 

 崩壊する足場に逃げ遅れた女性は手を伸ばすが、非力な手はコンクリートの厚みを掴むことはできず最後の希望はついえた。

 助からに自分に、女性はなにを思ったのだろうか。最後の力で残り僅かな時間を意味のあるものにしたかったのか

 

 

 

「──―未来ぅ!!」

 

 

 

 ただ一言、声の限り、力の限りにそう叫んだ。

 ここにはいない、ただ一人の少女の名前を、ただ空に向かい、虚しく。

 

 

 

 

 

 建物から落とされた女性は止まることなく地面へと落ちていく。地上四階、落ちればタダで済むどころかまず命はない。その瞬間に落ちる女は死を覚悟した。

 もう助からない。だからせめてと、この世の間際に未練を叫ぶ。

 今はいない、どこにもいない、ただ一人の娘の名を呼ぶように、恨むように。

 その声に誘われ、少女は戦場に姿を現す。

 

「へ……?」

 

 女性は落下していくが、その体は地面に叩きつけられることはなく肉塊に変り果てることもなく、まして地面に落とされることもなかった。女性は地面に落とされるまさに数秒前に一台のバイクとそれを駆る少女に抱えられ、肉片となることなく地面に着地した。

 

「あ……え……?」

 

 刹那、地面に降り立った衝撃と地面との距離に思わず目をつむるが、かろうじて靴が削れた程度で怪我はなく、華奢な腕に抱えられた女性は五体満足に降り立つという予想もしていなかった結果となった。

 これには一体に何が起こったのかと唖然とするが、頭の中が真白だった瞬間に聞こえてきた声に女性の意識は現実に引き戻される。

 

「……大丈夫ですか?」

「あなた……」

 

 細身の腕で女性を下し、自分もバイクから降りると被っていたヘルメットを取り、見下ろすように女性を見る。

 その光景に翼は怪物の攻撃をかわしつつ少女の名を呼ぶ。

 

「立花、お前どこに!」

「別に。アンタには関係ないでしょ」

「お前なぁ……」

「それよりも、それ何?」

 

 響の問いに距離をとった翼は「さぁな」と切り返す。

 

「少なくともノイズではないのは確かだ。人に触れても炭化しなかったからな」

「……別の奴ってわけか」

 

 なんにしても、今は目の前の敵を倒すだけと、翼の言葉に大体の事情と状況。敵の特徴をつかんだ響は翼と同じくシンフォギアを手にし聖詠を口にする

 

「……立花……?」

 

 が、その直前に彼女のそばにへたり込んでいた女性が響の名前に反応し顔を上げる。たいして響は目の前を向き、振り返ることはしない。

 

「──―あなたが……いえ、お前が……立花響なの?」

「…………」

 

 女性が顔だけを向けて、震える声で確かめるように尋ねるが響は答えない。

 しかし、女性には確かな確信があったのか響の返事を聞くこともなく、震えを大きくし地面につけた手でコンクリートの地面をわしづかみにするほどに力を入れて、ひとりでに話し始めた。

 

「そう……お前が……お前なのね……」

(なに……?)

 

 女性のセリフを聞けていた翼は女性の意味深げな発言にどういうことかと思っていたが、その言葉の真実は直ぐに判明する。

 

 

「お前がぁ!! 未来を、私の娘を!! 殺した(……)悪魔ぁ!!」

 

 

 その一言に、誰もが驚き、そして自然と響に目を向ける。

 微動だにせず、口を開こうとしない少女の姿に翼はまさかと二人を視界にとらえ、遠くから眺め、どこかで盗聴している少女は口を開けて驚愕の色を示す。

 だが。その当人はその言葉に何を思ったのか、微動だにせず、ただ怪物の姿をとらえながら頭の中では別のことを考えていた。

 女性の言葉、彼女が叫んだ人物のことを。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「本当は響と一緒にいたかった。これからもずっと。何があっても」

 

 ──―それは私も同じだ。だから。

 

「でも……それも、もう叶わないね。だって……」

 

 ──―そんなわけない。これからも一緒にいよう。だから諦めないで。私が……

 

「……響。ありがとう。でも、もうダメみたい。私の意識が……だから……」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「立花ッ!!」

 

 翼の声に現実に引き戻され、響は目の前に来ていた怪物の攻撃を紙一重で回避し軽い身のこなしで距離をとる。怪物は一瞬、その近くにいた女性を見るが何を思ってなのか襲うことはなく、背を向け再び響らを見て攻撃を仕掛ける。

 

「ッ……!?」

(人に攻撃しない!?)

 

 攻撃せずに無視したことに驚く翼は直ぐに響を援護し、足を引っかけて怪物の姿勢を崩す。

 

「ちっ……」

 

 その光景をなぜか不快に思ったのか女性はあからさまな舌打ちを鳴らす。

 理由があるとはいえこのあからさまな舌打ちに、彼女は一体なにを思ってそんなことをと考えたくなるが、そんなことを考えている時間はないと翼は響に変身(……)を促し攻撃を続ける。

 

「早く変身(……)しろッ!!」

「わかってる!」

 

 攻撃をかわし距離を取りペンダントを構える響は、それとは別に腰から下げていたものを取り出す。横長のちょっとした小さな箱のようなそれは、歯車が露出してレバーがつけられている。全体的に黒く、ほぼ真ん中には何かを装填するのかくぼみができている。

 響はそれを正面に向けて腰に密着させると、翼の戦極ドライバー同様に側面からベルトが排出され腰に巻き付く。

 

「クローズッ!」

 

 ベルトが装着されると、響は誰を見るわけでもなく何かの名を叫ぶ。一体、何を言い出したのかと思えるが、それは彼女が必要なものを呼ぶためのいわば合図で、響は叫んだ名の者を呼び出していた。その声が叫ばれた刹那。

 

『キュルルルァ!』

 

 甲高い声を鳴らし、響の前、怪物の前に現れたのは小型のドラゴンのデザインのロボットで、胴がかなり大きいそのドラゴンはどこからともなく現れると、独特の鳴き声を上げて響の周りを浮遊して周回し彼女のもとにすり寄るが、響はそれを鬱陶しく思って払いにおける。

 

「さっさとやるぞ」

『クルルル……』

 

 目の前に敵がいるので悠長なことをしていられないと、両断し響は素早くペンダントを右手の手首に移動させると左手をズボンのポケットに伸ばし、そこからシンフォギアとは異なるアイテムを取り出す。出てきたのは表面にドラゴンの模様が彫られた青いボトルで、手に収まる程度の大きさのそれを握りしめた響は手首で強く振り、近づいてきたクローズと言われるドラゴンをわしづかみにする。

 

『WAKE UP!』

 

 ボトルの蓋を回し、クローズの胴体の中に入れると音声が発せられる。これでクローズは待機状態になり、さらに細い頭部と尻尾を折りたたみ胴体と一体化させる。胴体だけになり丁度ドライバーに装填可能な大きさになったことでクローズはすっぽりと収まり

 

『CROSS-Z DRAGONッ!』

 

 再度、音声が鳴り響く。

 アイテムが装填されたことで稼働したドライバーは翼の戦極ドライバーと同じく待機音声を発し、側面に取り付けられたレバーを回すと音声は何かを作る状態を小気味よく、ユーモアのある音楽になり、同時に今その音が示すようにドライバーを中心に透明のチューブが出現。響の前後、そして側面にプラモキットのパーツのようなものが現れ、そこに青いエネルギーが充填されていく。

 

 

「──―Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

 

 エネルギーが充填されていき前後のパーツが形どられていき、人型を形成していく。

 その中心でペンダントを手にした響は胸にかざし、翼と同じく呪文とも聞こえる言葉を唱える。その詠唱に反応してペンダントは響の胸の中で砕け、チューブの中に潜り込みパーツが完成する間際に加わり、その形を変える。

 

「ッ……」

 

 変身の準備が整い、まさにその瞬間。と言う時に、響は一瞬だが顔をゆがめ苦痛にも似た表情で目の前をみる。

 しかし眼前には怪物しか居らず、翼も女性も視界外で誰もいない。まるで幽霊(ゴースト)でも見ているかのような状態だが、無論彼女はそんなものを見ているわけではない。

 それでも響の目には何かが見えていたらしく。刹那の間、彼女の瞳は確かに何かを見ていた(……)

 そう。確かに見えていたのだ。目の前で振り向き、こちらを見る少女の姿が。

 

 

Are You Ready? (覚悟はできたか?)

 

 

 だから。それを忘れないために。

 

 

「変身ッ!」

 

 響の掛け声とともに、前後に斜めで切られるようになっていたパーツが合わさると、体を包むように体の各所に装着され、至る所にアーマーが取り付けられる。

 本来、ドライバーのみでの変身であるなら前後から合わさるだけだが、そこからさらに覆い包むように、中のエネルギーを逃がさないために封じ込めているように体へ纏われる。

 

『Wake Up Burning! Get CROSS-Z DRAGON! Yeah!』

 

 かつてシンフォギアのみの時にはなかったもの。それは彼女の纏うものに龍を思わせる意匠が加わっているということ。籠手は流線型のグローブになり、手には鋭い爪ができている。足も龍の爪がついており、ジャッキのパーツは背面に機能を集中させている。腰のスカートはなくなり今は小さなアーマーがついており、少女らしさは成りを潜めたといってもいい。そして頭部のヘッドギアも龍の角を思わせるものになり、首に巻くマフラーには炎の模様を走らせている。

 かつては白とオレンジを中心としていたが、さらにそこに青を乗せたものに変わっており、シンフォギア単体の時とは大違いと言える。

 

「ふっ!」

 

 これが響の今の姿。大切な者を、大切な彼女を守るために得た新たな力。

 翼がロックシードと戦極ドライバーを使用し新たな姿となったように、内部に特殊な成分を内包し、それを振ることで活性化させるフルボトルと装填することでそのエネルギーを固体化させアーマーとするビルドドライバー。これらを合わせることで響はシンフォギアにドラゴンの成分を付与させ、新たな姿へと変身することができる。

 

「手短に終わらせる……ッ!」

 

 変身した響は龍の手を力強く握り、ファイティングポーズをとると翼と怪物との戦いに乱入する形で加わり、怪物に不意打ちを与える。

 

「遅いぞ!」

「関係ないだろ。それにこれはあんたの幼馴染が開発したものだ」

「その辺は趣味と諦めてくれ。ともかく、今はアレを倒すぞ!」

 

 響が加わり、戦況は装者たちに傾く。防御力が高い鋼鉄の体と言えど、それはあくまで剣や銃と言ったものに対して意味があるもので、響の格闘による打撃攻撃はどうやら鋼鉄の体諸共、衝撃でダメージが与えられるらしい。しかも翼もこの数分で攻撃手段がわかってきたようで、攻撃箇所を防御が甘い部分に集中してダメージを与えているので、怪物もその連撃で反撃はおろか防御すら難しくなってきている。

 

「悪いが、これを使わせてもらう!」

 

 さらに翼は腰に納刀されている柄を引き抜き、刀と銃が一体となった武器の刀身を形成させると柄と刀身の間にある銃のスライドを引き、銃撃を行う。かつての翼であれば到底使わない手だが、今の彼女にはその辺の制限は緩くなっているようで、撃つことにも戸惑いがない。

 

「ッ……殺す気か!」

「当てはしない。お前も知ってるだろ!」

 

 響が後頭部に寒気を感じ、とっさにかわすが攻撃は当たらず怪物の方へ。その当たるかもしてない攻撃に軽い恐怖を感じ、後ろから撃った翼に文句を言うが、彼女も腕はあるようでそれを知っているはずだと返してくる。

 翼は銃撃でひるんだ怪物に接敵し、二刀の連続攻撃で追い込んでいく。ダメージがあまりなくとも、攻撃で怪物がひるんでいるので、動きを止めさせ響の攻撃を確実に当てさせていく。剣撃の効きにくい相手だが、決して無意味ではないようで響の攻撃の合間に牽制として圧力を加える。

 

「はぁッ!」

「せいッ!」

 

 翼一人では決定打を与えにくい相手だが、打撃攻撃のできる響が加わるだけで戦況は一気に傾き、彼女ら二人によって勝敗は決定的になってくる。

 このままならいける。押し込める状況に好機を見た翼は一気にたたみ掛ける。

 

「決めるぞ!」

 

 声には出さないが翼に同意した響は、歩調を合わせ、タイミングを計り拳に力を籠める。

 翼も刀での牽制でタイミングを合わせ刀での攻撃から、足技を主軸に変化させ怪物の対応を遅らせる。

 予想通り、怪物の対応は遅れ二人の足技で体勢を崩されたところを一気に二人同時の、力を込めた一撃を食らう。しかも響の攻撃は青いオーラが放たれており、その一撃が翼のよりも強いのは見てわかるほどだ。

 

「ふっ!」

「せいッ!」

 

 重い一撃を食らい、鋼鉄のボディをへこませる怪物。よろけた体で後ろへと下がり、なんとか踏ん張りをつけていたが、その瞬間、わずかという間に二人の姿が見当たらなくなり、どこにいるかと探すが、目の前の空中に浮かぶ影に顔を上げた。

 その一瞬という時間、目を離してしまったのが運の尽きだったのだろう。そして気づくのが遅れたことで、その反応と対応も遅れてしまうこととなる。

 

「これでッ!」

 

 響の叫びとともに脚部に小型のブースターが出現し、瞬間的に点火する。その間に響はドライバーに手を伸ばし、レバーを数回回転させる。

 翼のギアも脚部と腰にブースターを出現させ、どこに燃料があるのか点火させ、同じくドライバーのナイフを素早く降ろす。

 

『Ready Go! Dragonic Finish!』

『ソイヤッ! オレンジ、スカッシュ!』

 

 音声とともに二人の足にエネルギーが収束し、ブースターが火を噴いて加速する。瞬間的に加速し速度が上がった二人は足を延ばし、跳び蹴りになりそのまま加速を加えた一撃を怪物に向かい食らわせる。響は青、翼はオレンジと本来なら真逆なそのエネルギーは二人の足に纏われ強化されたその一撃が無力どころか防がれることなど、ひるんだ怪物にはできなかった。

 

「おおおッ!!」

「セイハァッ!!」

 

 二人同時の一撃を怪物は防ぐこともできず直撃してしまい、受けて数秒と経たずに爆散。緑の炎を発し、その場で燃え盛り巨体を地面へと伏せる。

 防がれることもなく、それぞれの一撃を食らわせた二人は突き出した足で怪物の体を蹴り、爆炎から出る形で飛び上がると、炎から一メートルほど離れた場所に着地する。炎の中に倒れる様子を見て倒せたかを確認し、伏せた怪物が悶える声とともに起き上がらなくなるのを見ると、どうやら倒せたと張りつめていた神経をほぐすために深い息をつく。

 

「……これで、終わりか」

 

 消滅はしないが、これで一件落着なのだろう。悶える怪物の様子に翼は刀を下し、改めてとその体をまじまじと見つめる。

 

「だが、こいつは一体……」

「…………」

 

 機械的な体。強靭な肉体。生物でありながら機械的である思考。

 まるでサイボーグか何かかと言わんばかりの見た目は果たして生き物なのかと思いたくなるが、全身からオイルが漏れなかったり、臭わないところを見るとそうではないようだ。

 何より、機械が悶える声を発さない。それが決め手になり、これが機械ではないと言えるが

 

「おい……なんなんだコレ」

「私が聞きたい。急に現れたようだ」

 

 同じく疑問を投げかける響の問いに答えることのできない翼は、隠すこともなく自分でもわからないと答えると、倒れているそれをどうするかと端末を手にする。

 相手は弦十郎。この状況もモニターして、あえて何も言わなかったのだろうと彼の気遣いに感謝しつつも、上官である彼に指示を仰がねばならないと連絡を入れる、と思ったが端末を見つめ何を考えていたのか翼は彼ではなく、別の誰かに繋いだ。

 

「…………?」

「……ああ、そういえばお前も見ていたな」

 

 そう独り言をつぶやいて通信を繋ぐ翼だが、その相手は弦十郎ではない。

 戦いの最中に聞こえてきた第三者の声、その人物にだ。一方的にかけられてきたので、相手はわからないのではと思えるが、翼は聞こえた声の主に心当たりがあり、迷うことなく通信をつなぐ。

 

「お前なら知っているのだろう、紅羽」

『まぁなぁ。教えてやらんこともないけど、その前にしてもらいたいことあるねん』

 

 通信越しに少女の声が聞こえてくる。その声に特に自慢する様子もない翼は淡々と話し、相手もまたそれをわかっている態度で話し返す。

 弦十郎ではなく別の人物に対してかけたこの通信は以外にも近く、翼にも大体の居場所がつかめていた。戦闘中に聞こえた声と見えた姿。特に聞こえた声はスピーカー越しだけでなく、わずかだが耳に直接聞こえる声が混じっていたので翼は声の主が以外にも近くでこの光景を見ていたことを知った。

 一瞬という間に見えたその姿に少女の存在を確信した翼は、この状況をよく知るだろう彼女に通信をかけたのだ。

 

「なんだ?」

『そこにおる響が持っとる空のフルボトルを使って、そのスマッシュから成分を採ってくれへんか』

「スマッシュ? コイツのことか。わかった」

 

 翼の読み通り、紅羽と呼ばれた少女は目の前に倒れる怪物ことスマッシュを知っていたようで、通信越しに聞こえる彼女の言葉に耳を傾けつつも翼は脳裏でスピーカー越しの少女のことを思い、想像していた。

 響は翼の頼みを聞き、不満満載の顔で彼女をにらむと嫌々ながら懐からからのフルボトルを取り出す。一体何の話をしているのかと蚊帳の外に立たされる響はボトルを振らずにキャップを回すとそれをスマッシュに向ける。するとフルボトルに向かいスマッシュから何かエネルギー粒子のようなものが吸収され、ボトルに充填していく。

 

「ッ……!?」

「何かが抜けていく……!?」

『ああ、それは大丈夫や。スマッシュからエネルギーを抽出しとるだけや』

 

 紅羽が通信越しの言葉に何が起きているかを把握し、フルボトルに粒子が吸い込まれていく光景を遠目に、その現象について説明する。

 

『そのバケモン……ウチはスマッシュって呼んどるけど、それの肉体構成はどうやら何かしらのエネルギーで構成されとるらしくってな。それをフルボトルは吸収できるようやねん』

「スマッシュ……紅羽。これは一体何なんだ? こいつは一体……」

『説明したいんは山々やけど、ウチの方でもわかっとるんは極僅かやねん──―』

 

 翼が通信をしている傍ら、響は耳を傾けながら空のボトルにエネルギーが充填されていく様子を眺める。随分とエネルギーの量があるのか、いまだ勢いの衰えない吸収にいつ終わるのかとため息をつく。怪物ことスマッシュと呼ばれるコレのエネルギーを吸収しているわけなのだが、それを吸収しているのが今現在自分が使っているフルボトルだ。まさかそんな奴のエネルギーを使っているのかと、響はふと腰に装着されているクローズの中にあるドラゴンのフルボトルを見つめる。

 

「お前、こんなののエネルギーでできているのか……?」

 

 しかしクローズは答えず、響は答えるわけないかと諦めてボトルの状況を窺う。クローズはドライバー装填中は自立モードは停止しているので変身前のように飛ぶことはおろか返事をすることもできない。動かないアイテムに聞いても意味はないと、諦めていたそこに彼女の通信機から翼が本来かけるはずの相手の声が聞こえてくる。

 

『響君、協力に感謝する。おかげで被害は最小限に抑えられた』

「…………」

 

 弦十郎が響に労いの言葉を贈るが響はそれに答えようとはせず、無言を貫く。

 彼も響のそんな態度にはあえて何も言わず、ただ言うべきこと、かけてやるべき言葉だけを選び彼女に語り掛ける。

 

『負傷者こそ多いが、死者はゼロ。それに二人が力を合わせてくれたおかげで、二次被害の心配もないようだ』

「………………」

『……相変わらずのだんまりだな。だがな、これだけは言わせてくれ。この戦いだけじゃない、君のおかげで多くの人間が救われたんだ。それだけは理解してくれ』

 

 その言葉に、救われたという言葉に響は目を細め唇を強く締める。歯を強くかみしめ、気持ちを抑える彼女の姿は通信越しの弦十郎でもわかるほどで、向こう側からの殺気と歯ぎしりがその証拠だった。

 その言葉が響にとってどれだけの意味なのかは実のところ弦十郎も測りかねている。だが、それでもこの言葉を言う意味はある、たとえ響にとっては別の意味、気持ちになる言葉でも多くの人が救われたのだからと。その事実を伝えるのに、それ以上の言葉はないと。

 

「…………」

(仕方ないか……彼女にとって「救うこと」は簡単なことではないからな)

 

 弦十郎の言葉に反応してなのか、曇る響の顔の奥にはそういえばという脳裏から消えていたことを思い出す。偶然とはいえ、その場にいて助けた人物がまさか自分の親友である小日向未来の母親だとは思いにもよらなかった。なぜこんなところにいるのかと聞きたくなるが、響自身それを聞ける立場でも、ましてあんな状態では話を聞いてもらえるわけもなく考える間もなく、彼女との対話を諦める。

 

(そういえば……)

 

 だが、それよりも先ほどからどこに行ったのかと、響は首を回してあたりを見回す。先ほどの戦闘でいちいち気にしてられず放置していたが、いざ探そうとするとどこにもいない。

 別に見つけてどうするというわけでもないが、響にとって未来の肉親ということで無視することもできず、放っておくわけにもいかなかった。

 特に、先ほど彼女が言った通りの事実に彼女が何もしないわけがないのだから。

 

「ん……」

 

 気が付くと、響の持っていたフルボトルがエネルギーの吸収をやめており、中には圧縮されたエネルギーが充填されて満たされた状態になっていた。ようやく終わったと、満たされたフルボトルをしまい、変身を解除しようとする。

 しかし、響がドライバーに手を伸ばした瞬間

 

「立花ッ!」

 

 後ろからの声に気づき、振り向く響はまさにその瞬間と言う光景を目にする。

 振り向いた瞬間、後ろに広がっていた光景は非常にシンプルで、彼女の目の前に何かを持ち上げる者と、遠くで目を大きく見開きこちらを見ている者。どちらが誰かなど、一瞬の光景でわかるわけがなかったが、少なくとも響の中では大体の予想はできていた。

 

 ──―少なくともアイツは違う。だから、いま目の前にいるのは

 

 次の瞬間、響の頭に重い岩の塊が打ち付けられる。人が持てる程度の大きさとはいえ重く、硬いその一撃は多少の狂いはあったが彼女の頭に当たり、強烈な一撃と言えるものを与えるには十分で、打ち付けられた頭とともに響はその場に倒れる。鈍い音が鳴り、彼女が倒れるその光景に翼は手を伸ばすしかできず、口を開けていることしかできなかった。

 なぜやどうしてという疑問のことばは脳裏にあった、しかし同時にその疑問に対し自分の中で納得してしまい、ことばが口にされることはない。

 

「な……」

 

 ただ茫然としたまま、なにをしたのかという光景を見ることしかできず、翼は立ち尽くしていたが次に聞こえてきた笑い声に我に返る。

 

「は……ははは……ざまぁないわ」

「あなたは……!」

 

 自分が何をしたのかわかっているのかと言いたい翼は目の前で岩を落とし、満足げにいる未来の母親に睨むが、彼女はそんなことを聞く気もないらしく笑いながら答えた。

 

「これは報いよ。小汚い金に縋った小娘が、私の娘を奪って挙句殺したのだもの。死んで当然……いえ、当たり前の末路なのよ。のうのうと生きてるなんて、虫唾が走るわッ!」

 

 完全に自分の世界、自分の正義に酔いしれてる彼女の言葉に返すどころか何も言えない翼はただ自己満足のために行い、そして話す彼女の言葉を聞くしかなかった。少なくとも、自分も同罪であると言いたげな顔で。

 

「なによ、ノイズの事件で一人生き残ったからって政府にちやほやされて、挙句誰も相手にしてもらえないからって逆切れして……未来も未来で、こんなのと友達だからって、そんなこと言ってるからこいつの言葉に惑わされて……」

 

 見下す目で響を見下ろし、吐き捨てる母は今度は翼に目を向ける。

 

「貴方、風鳴翼よね。トップアーティストが何? 今度はヒーローごっこでもしているのかしら。少し前に、セレナ(……)とかっていう子が起こしたっていう事件にもかかわってたようだけど、知ってるんですからね。アナタがこの小娘とグルだってことは」

「は? それはどういう……」

 

 母の言葉にわけがわからない翼は困惑するが、会話を翼を通して聴いていた弦十郎が通信で割って入る。

 

『おそらく、あの事件だろうな。あれを知らない人間はそうはいないはずだ』

(そうか……あの、フロンティアでの事件……)

 

 おそらく、響と翼がグルだと思った証拠は一つ。翼と響、二人のほかにも多くの人が関わったフロンティアでの一件だろう。翼はその時確かに響と行動を共にし、その事件を起こした人物であるセレナと戦った。その事件は後で彼女らは知ったが、どうやら世界中に中継されていたらしい。その時に彼女も目撃したのだろう。

 だから翼と響がグルであるという考えにたどり着いた。

 

「これが報道されればどうなるか……なんてことは言わないわ。私の目的はこいつだけなんですもの。……でもね、それもさっきまでよ」

「私と立花がグルだから、ですか?」

「それもそうね。でもね……今のアンタもこいつと同じ、人殺しよ」

 

 その言葉に何を、と反論しようとする翼。人殺しの呼びは慣れたものだが、それでも今の状況でそれを言われるようなことはしていない。スマッシュも倒しただけで、気を失っているだけ。

 しかし、直後彼女の目に飛び込んできたのは、まるで彼女のいうことを正当化するかのような光景で、翼は思わず息を飲んでしまう。

 

「どういう……ッ!?」

 

 スマッシュが倒れていた場所に、今までいなかった人。まるで生気が抜けたかのようにだらけた様子で倒れており、顔は地面を向いているせいで見えないが、少なくとも腹のあたりは動いてないことが確認できる、

 その倒れている人物の光景に戸惑う翼に、未来の母親はしめたとばかりにたたみ掛ける。

 

「この人は……この人はね、私の夫なのよ。つまり、未来の父親ということ。その意味、分かってるんでしょうね!」

(そんな……スマッシュは人が変異したものと言うのか!?)

 

 その肝心の部分を紅羽から聞けてなかった翼は実際に目撃してしまったこの光景に戸惑いを隠せず、言葉を失うがそれは一時で、すぐに冷静さを持ち直す。

 

「あんたが、アンタが夫を殺し──―」

 

 未来の母が優越感に浸り、被害者面で翼を責め続けるが、それは長く続くどころか次の瞬間には死角からの干渉を受けて最大の瞬間をつぶされてしまう。まさに彼女の責めが最高潮になるその瞬間、彼女どころか翼の好きを突いて突如背後をとり、未来の母の後頭部を目掛けかかと落としをかける。

 

「はい、そこまでや。この被害者オバハン」

「紅羽!?」

 

 いつの間にか背後にいたこともだが、なんのためらいもなく一般人の女性をけり倒したは着ている着物から見える自分の素足を素早く隠す紅羽で、慣れた動きで股を着物の奥に隠し呆れた顔で沈黙した未来の母の姿に吐き捨てる。少女の一撃だというのに会心の一撃だったのか、そのまま何も言うことなく響と同じく地面に倒れることに、やってしまったと頭を抱える翼だが、紅羽は腹に据えかねていたのかそういった様子は見られない。

 

「お前なぁ……!」

「このまま、ええ加減な独演会のたった一人の傍聴者にはなりたくないやろ。それに、もうやることも終わったんや。聞く必要もあらへんやろ」

「それは……」

 

 紅羽の言う通り、スマッシュは倒し戦いは終わった。目標である敵を倒したのだから、もうこの場にいる必要はないのだ。未来の母親の罵詈雑言も、言ってしまえばこの一件には何も関係ない事。だがスマッシュにされていた人物が彼女の夫で、しかも殺してしまったのであれば話は別。仕方のないこととはいえ、一般人の命を奪ってしまったのだから。

 

「……責めは受けるってか。まぁ結構なことやけど、もう少し頭使ってみい」

「まるで私が考え無しのような言い草だな」

「そらぁな。このオバハンのブラフにまんまと引っかかとるんやから」

「ブラフだと?」

 

 変身を解除し、元の服装に戻った翼は紅羽の言葉に目を細め、その言葉の意味を問いただす。紅羽はその問いに対する答えとして男に向けて指をさした。

 そこに倒れる男が、よく見ればかろうじて虫の息をしていることを教えるかのように。そのことに気づいた翼は、思わずハッとし、その顔に紅羽は深い溜息をつく。そんなことも気づけなかったのかと呆れ、そして彼女がどれだけこの女性(未来の母)に動揺していたの かと

 

「……翼がなにを思って、焦ってたかは知らん。この女との関係も知らん。ただ、互いに状況を冷静に判断できんところを見ると、まぁ少なくとも因縁浅からぬってやつなんやろうな」

「…………」

「あんたが公に装者として活動してることを明かしてるっちゅーのにそれをスキャンダルネタにしよう言うてたんやからな」

 

 翼は一瞬言葉を詰まらせるが、それでも無意味ではないとすぐに返す。隠すことのできない、否、曝け出した事実だが、と。

 

「だが、信じる者は少ないだろう。あんなことをしたが誰もがあれを私だと断じるわけではない。疑う者も否定するものもいるはずだ」

「かもなぁ。けど、アンタを知る人間が居ればまず疑う。まず信じる。まず考える。

 せやろ? 人間、先に思いつくもの考えられるものを思い浮かべて疑うはずや。そうではないかと信じもする。けど、ここまで頭悪いんは考えもんやけどな」

 

 

 

「……で。いつまで寝たふりしとる気や、響」

 

 紅羽の言葉に、そういえば、と思い出した翼は近くに転がっていた響の方に目を向けると、先ほど岩を打ち付けられて倒れていた響が何事もなく起き上がり、まるでげんこつを打たれて気絶していたかのように頭をさすり立ち上がった。

 女性が手で持てる程度とはいえ、重い岩を頭に打ち付けられたというのに平気な顔をしているのは彼女が石頭だったからということで済むはずもない。しかし響はその一撃を受けても何事もなかった顔で変身を解除した。

 

「…………」

「随分長いこと寝たふりしてたようやけど、なん。今更(……)そんなことにうじうじしてるんかい」

「お前には関係ないだろ」

「せやな。ウチには関係のない話やけど、やからってそんなんで一々うなだれてたらこっちも仕事ができん」

「ならお前がやれば……」

「ウチは研究がメインでな。生憎と戦闘はあまり(……)得意やないねん」

 

 その言葉に響だけでなく翼も「嘘をつくな」と表情で反論し余裕の表情である紅羽の態度にいら立つ。紅羽は白々しく戦闘は得意ではないと言っているが、実際は彼女自身も戦うことは可能で、ノイズ以外なら全く手立てがないというわけではない。

 そもそも響が使うビルドドライバーを開発したのは彼女で、彼女はその一号機を所持しているからだ。つまり、このスマッシュとの戦闘もやろうと思えは、彼女はやれたのだ。

 

「言っても無駄だ。こいつは自分の興味のあることにしか首を突っ込まない」

「そういうこと。無駄な労力は使いたく……」

「とは言うが、無駄足を踏む行為はやらないのが、こいつのポリシーらしい」

「…………」

 

 呆気なく捕まえられた。翼の言葉に調子づいてしまった紅羽は小さく声を漏らすと睨みつけて恐喝まがいの雰囲気で聞いてくる彼女の目に言い訳もできず、逸らすことの許されない目に彼女の威圧を受けて、小さくため息をついた。

 

「お前が出張ってきたんだ。何か知っているのだろ、スマッシュのことを」

「……最近、ウチに対して冷たくない翼?」

「お前が隠してるからだ。フロンティアの時と言い、ヘルヘイムについても知っていたからな」

 

 翼の言葉に返す言葉はないが、だからという余裕の表情を浮かべる紅羽。どうやら彼女の言葉は想定内だったようで、次に言葉を返すのにそう時間はかからなかった。

 

「よく言うやろ。言われへんかったからや。翼はともかく、弦十郎のおっちゃんにもなぁ」

「屁理屈を言う。聞いても話さないだろう」

 

 再び沈黙するが余裕の表情は崩れない。紅羽の余裕さに呆れ、それ以上聞くのも無駄かと思った時。響が口を開いた。

 

「そうさ。こいつは屁理屈で真実を隠す。聞いても無駄だ」

「まぁせやな──―」

「だから、別に意見は必要ない。こいつの頭とアイテムだけあればな」

「ああ。それは同意する」

「オイ待て、小娘ども」

 

 響の容赦ない言葉に紅羽は反発するが、それに翼が同意しうんうんと頷くので思わずドスの入った声で二人ににらみをつける。今まで見なかった表情で子供のように見えるあからさまに怒りを湧きあがらせる顔は、翼にとってはしてやったりと顔に出してしまうほどで、響は表情こそ崩さないが、小さく笑みを作り今にも笑いたそうにしている。子供がからかっている時の顔その物で、必死に抑え込んでいた。

 

「事実だ。お前とは違ってな」

「いやウチと実力を比べられてもな、っていうかどういう意味や!」

「言葉通りだ。お前の腕は認める。しかし性格がな」

「性格は人それぞれやんか! そこをケチつけても変わらんもんは変わらんやろ!」

「そうだな。だから言っただろ。それは事実だ、とな」

 

 翼の言葉に子供じみた悔しそうな顔で歯をきしませる紅羽は言い返すことはしないが、そんなこと言えばと二人の性格をねちねちと頭の中で批判するが、二人との事実を隠すことはしない。翼は嘘が下手で、響は言わないだけだったり言葉が少ないだけだ。……響も事実を言わないことに当てはまるところだが、彼女の場合は積極的ではないせいで決め手(……)に欠ける。

 

「うぐぐ……」

 

 もはやそれ以上は言い訳もできないと紅羽は悔しい顔で顔を歪ませるが、これで終わるほど響も彼女と付き合いは短くない。だから、と話を切り替え紅羽に訊ねる。

 

「じゃあ教えろ。スマッシュって何だ。なぜ、人が襲われて、人に憑りついて……いや、寄生するんだ」

 

 響が、そして翼が聞きたかったことを再度尋ねられる。もはや言い逃れもできないという雰囲気で言われた彼女の問いに、紅羽は先ほどと違い言い逃れをするような顔ではなく、真剣なまなざしに答える一個人としての顔になり隠そうとはしないその顔は頭をかくと小さくため息をついて質問に答えた。

 今度は隠すこともなく、偽ることもなく。

 

「……しゃあない。けど、言えることはたかがしれとる。さっき言ったことに加えて出現地域が限定されてることと、ノイズのような炭化、位相差障壁はないこと。あとは……せやな。スマッシュから採取された成分はフルボトルの成分として使える、ってことぐらいやな」

 

 紅羽の語ったスマッシュの情報は少なからず二人に彼女の対する不信感を募らせたが、有益な情報ということですぐに感情を表に出さず、二人は眉を寄せる程度に抑えた。しかし、フルボトルを使用している響は情報の最後の部分について。翼は最初に言った出現地域が限定されていることについて疑問を持ち、それぞれ質問を行う。

 最初に食い掛ったのは響で、自分のドラゴンのフルボトルを手に大丈夫なのかと不安げな顔を見せる。

 

「……おい。これ、大丈夫なのか?」

「ああ、そのドラゴンのフルボトルはウチが直接開発した試作品でな。成分については極秘やけど、スマッシュの成分は使ってないちゅうのは断言できるで」

 

 不安しか残らない返答に食い下がろうとする響だが、またはぐらかされるのは目見見えているので、ひとまずはその解答を自分自身に納得させる。以前、ボトルとドライバーを渡された時に同じことを聞いたようなと後で思い出すが、信ぴょう性に欠けるので聞くことが無意味と言うわけではない。しかし結果、出てきたのはイマイチ確かではないという返事で、次に質問する翼の中にも、はたしてという不安がまた湧きあがる。

 

「なら、そのスマッシュの出現範囲が限定されているのは? 郊外とはいえこんな街中に現れるのはおかしいだろう」

「それについてはわかってることはある。んで、そのことを調べるために実は翼、アンタに会おう思ってたんや」

「私に……?」

「せや。弦十郎のおっちゃんにも許可もらっとるから」

 

 紅羽がここにいたのはそれが理由か、と二人顔を合わせずに納得してその場から移動しようとする紅羽の姿に、響はもう少し話せと目で訴える。

 

「……どういう意味だ。それに司令にも話が通ってるというのは……」

「それは道すがらな。アンタ()はどないする。ウチについていくか?」

 

 ついて行くべきか、と誘われた響は紅羽の余裕を取り戻した顔に考え込むが、今回の一件のこともあり、スマッシュのことも確かに気にはなっている。だが響にとっては些末事にほかならず、フルボトルの件も後でいくらでも聞ける。

 

「……行かない。別に護衛はこいつがいるでしょ」

「つれないやっちゃな。ま、アンタにとってそう重要でもないよな」

 

 まるで自分にも関係のある、という言い方をする紅羽に維持の悪さを感じるが、響は本当に興味がなかったので小さく息つくと、突き放す言い方で話を切り上げる。

 

「……それだけならもう行くよ」

「ホンマに冷たいやっちゃな。いやまぁ今更やけど」

「……後始末は任せる」

 

 紅羽の言葉をそこそこに翼に今回の戦いの後始末を頼んだ響はまっすぐに自分の乗ってきたバイクに向かい歩いていく。

 翼は短く答えると、響の行く背を眺めつつ自分が乗ってきたバイクの方に足を向ける。あとのことは司令である弦十郎に任せ、行くぞと紅羽の着物の肩をたたく。

 

「それで紅羽、どこに行くんだ……いや、どこから現れる」

「ん? ああ。言うてなかったなぁ。って言っても行先は一か所やで」

 

 コンクリの地面に下駄を鳴らす紅羽は翼のバイクに向かい歩いていくが、肝心の行先を聞いてなかった翼の質問に思い出したかのように、その答えを散々もったいぶった言い方の意地悪い顔で答えた。

 

「行先はなぁ……せやな。ここらでああいう怪物が現れる。そんなことが起こりそうな場所……っていえばわかるな?」

「このあたりで……」

 

 小悪魔の顔で遠回しに言う紅羽の言い方に翼は彼女の言葉だけを頭に入れて、このあたりでスマッシュのような怪物が生まれるような現象が起こりうるだろう場所を考えるが、その思考は一分と経たずに終わり、浮かび上がった可能性と彼女の直感が「そうではないか」を「そうに違いない」に変える。

 

「……まさか」

「そういうわけや。今のこの国であんなんが出てくるんは、あっこだけや」

 

 まるで考えを読んでいるかのように答える紅羽に、驚きはしたが納得もあるという表情で返す翼。冷静さは失われず、表情もあまり崩れてないところを見ると予想はできたようだ。

 スマッシュのような怪物、それが現れる(憑りつかれる)ような現象が起こりうる場所。超常現象が起こりうる所と言えば、今のこの国では限られている。

 

「旧リディアン跡地……いや」

「隕石落下地点、グラウンド・ゼロ。またの名を封鎖地区【パンドラエリア】」

 

 かつてリディアン学園が存在した場所にそびえたつ崩壊した塔。それは月を穿つために作られた兵器だった。

 だが、カ・ディンギルと言われたその塔は今は存在しない。今から二か月も前に突如飛来した隕石により破壊されてしまったのだ。カ・ディンギルはその隕石により完全に崩壊。廃墟であった学園もその一撃で跡形もなくなくなり、代わりにそこにはクレーターが形成された。

 不可思議の現象が当時クレーターを調査していた調査班に起きたために、政府は臆病になったらしく、現在現場は封鎖されている。以来、そこは開けてはいけない場所、ということでパンドラの名を冠することとなった。

 

「あの場所で何か起きてるんは明白や。だから、ウチの方で調べとるっちゅうわけ」

「それがスマッシュとどう関係している」

「さてな。まだわからんことだらけで、なーんも言えん。やからこれから調べに行く。スマッシュの出現地域、その中心にあるあの場所をな」

 

 と、言う割に何か知っているような感じのしてならない翼は背を向ける紅羽の後ろ姿に様々な疑問を募らせる。なぜスマッシュが現れたのか、紅羽はなにをどこまで知っているのか。そこに何があるのか。

 全てとまではいかなくとも、それを知るためには彼女の後をついて行くしかない、と自分のバイクにまたがる紅羽の後を翼は追った。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 スマッシュとの戦いの後、翼たちと別れた響はバイクを走らせて、ある場所に来ていた。そこはかつて未曾有の大事件が起きた場所で、今はその爪痕は何一つ残されていない。しかし、鮮烈に刻まれたその事件はこの街に住む人々にとっては忘れがたい。忘れようともすぐに蘇る、そんな悪夢の中心地。

 今は誰もその恐怖を思い出すこともなく、皆今日の用事や仕事をこなすために行動し、その場を後にしていく。

 響はただ一人、その場にバイクをとめて持たれかかると、目の前に立つ巨大なドームを見上げる。首が痛くなるほどの高さでそびえたつのは、かつて響の運命を大きく変えた場所。街の中でも有名なライブ会場だ。

 

 

「…………」

 

 ここで、この地で響の人生は大きく狂ったと言えるだろう。

 見上げる響の顔は変わらない愛想のない顔だが、その胸中にあるのは表面の無表情が煮崩れてしまうかもしれないほどに大きく、消えることのない怒りや憎しみと言った感情。普段抑えながらも鈍く煌めく煉獄の炎だ。しかし何もこの地が悪いわけでも、ここに恨むべき者がいるわけでもない。

 ただ。人生が狂ったこの場所を響は今は忘れまいと、自分に言い聞かせ、それによって生まれた結果を忘れないために。あの日、シンフォギアを目撃した時から狂いだしたことで、失ってしまった者を、もう二度と会えない彼女の姿と声を忘れないために。

 

(……いつもこうだ。コレ(フルボトル)を使うたびに思い出す)

 

 手には先ほど使用したドラゴンのフルボトルが握られ、時にやさしく、時には強く握り閉められて彼女の手の中におさめられている。握る力は響の無意識で変わるが、それでも一貫して手放すことはせずに、フルボトルを弄んでいた。

 

「……ふぅ」

 

 響がここに来たのは思い付きである。

 何の気なしにただここに行きたいと思い、ハンドルを切ってこの場にやってきた。理由なんてない。あるとすれば、響の脳裏に今も聞こえる声を忘れないために。その記憶を消さないために、何度も焼き付けているのだ。

 

「──―未来」

 

 自分で出した言葉に、彼女の名前に響の胸の奥は締め付けられるような痛みが走る。直に握りしめられ、握りつぶされるほどに痛み、苦しむその苦痛は彼女の記憶の中から忘れられない記憶を蘇らせる。蘇った記憶は響の意思に関係なく、たとえ苦しもうとも鮮明な記憶とともに彼女の前に再生される。

 

 

 

 ──―ごめんね、響

 

 

 

 その一言とともに、鮮血を流し、涙する少女の姿が。自分の親友の悲しい笑顔と、その胸を貫いた自分の右手が

 

 

「ああ、そうさ……!」

 

 未来を、小日向未来を殺したのは紛れもない自分だ。

 彼女の母が言った通り、彼女の腹を貫いたのは自分なのだ。

 嘘も偽りも、かき消すことも、否定もしない。

 自分が、立花響が。自分の手で彼女を殺したのだ。

 

「私が……わたしが……」

 

 そうだ、と自らに言い聞かせて認めさせる響はフルボトルを握る手を強く締め付ける。今にも血を滴らせるほどに強く、握りつぶしてしまうほどに硬いその手は響にとっては自分の首に絞めつけたい意思そのもので、今は必死に抑えていた。本当なら、本当に自分の首を絞めたい。自分への殺意があるというのに、彼女は後悔の念とともに今も生きている。

 自分の手で自分を絞め殺したい。だが今はまだ死ねない。死ぬわけにはいかないのだ。なすべきことを成すまでは。

 

 

 気が付くと、ズボンの中にしまっていた携帯電話がバイブで振動していることに気づく。

 振るえる携帯を取り出し、画面を見た響はそこに映る『非通知』の表示に一瞬誰からかと訝しむが、直ぐに脳裏に思い浮かんだ可能性に手が動き、通話に応答する。

 

「……なんの用」

『久方ぶりに連絡して、第一声それか。ナメてんのか』

「別に。うまくもないし。アンタいつもこっちを裏切るからだろ」

 

 通話が始まった途端に出てきた第一声があ成りにも喧嘩腰であるせいで、通話相手も乗ってやると言わんばかりの怒気で返すという険悪感丸出しで始まった通話は、響の返しに小さく鼻息を鳴らした相手の返事で軌道修正される。

 

「……で、話は?」

『ったく……せっかく手前が食いつくネタ持ってきてやったってのに』

「食いつくネタ?」

『そう。お前が、今、特にほしい者(……)、のな』

 

 一瞬。相手の言葉に詰まる響は、誰もいない夕焼けの空に目を見開く。脳裏をかけた情報と記憶は鮮明に蘇り響の中を駆け巡ると、その情報は彼女に確かな確信を与える。

 ただ一言、しかも確証どころか何かすらもわからない言葉だというのに、まるでその一言がすべてを教える言葉であるかのように聞こえ、響の中に入り込んでくる。

 やがてその確信は響の中で大きく、確固たるものになり彼女の中で沸き起こる思考を加速度的に速め、活性化する思考に血流が早くなるのを感じ、心臓をゆっくりと、しかし強く締め付けていく。その感覚に苦しくなりながらも、冷静になり話を進める。

 

「……どこにいるんだ」

『さぁてな……ただ、その尻尾を掴んだってワケだが、その尻尾の先が厄介でな』

「教えもせずに手を貸せって?」

『そう言うことになるな。でも、これだけは言える。アタシの伝手でつかんだ情報だ。信頼性は保証できる。お前が信じるか否か、を除けばだがな』

 

 からかう言い方で話す電話相手に眉間にしわが寄るが、冷静さは完全に失われていない響は小さく息を吐き、呼吸を整えて落ち着くと相手のペースだった会話を一気に自分の流れに戻そうと言葉を返す。

 

「信じる信じないの関係だと思ってるのか?」

『…………』

「前にお前に腹に穴をあけられたのと、足を折られたの、忘れたとは言わせないぞ」

『ねっちこい奴だな。一々そんなことでよ』

「ああ、ねちっこいさ。そういう関係だろ。私とアンタは。だから……」

 

 だからこそ、と響は言葉には出さなかったが自分を呼ぶ理由、意味、価値を教えるまでは首を縦に振らずにいると、相手が観念し話すまで待とうとしたが、その答えが電話越しから意外な形で現れる。

 携帯のスピーカーから聞こえてくる航空機のエンジン音と車……ではなく、それよりもさらに重い音なので大型のトラックなどの貨物用の車両が走行するときの音だ。そしてその中にかすかに紛れるのは何度もはじけ飛ぶ音だが、それが一つ二つ、一度や二度の音ではない。何度も何度も、三回、もしくは十数秒と撃ち続ける発砲音。

 

「……待て。今、どこにいるんだ?」

『…………』

「まさか……私にやってもらいたいものって……」

 

 響の脳裏に最悪の言葉と未来が浮かび上がった。その世界に、その場所に関われと言うのかと、浮かび上がる光景に答えない電話相手に聞くが、その返答は直ぐには帰ってこない。

 答えのわからない、確定した未来に響の息は再び荒くなるが、湧きあがる感情は恐怖でも焦りでもない、怒りと混乱が頭の中を覆い、心臓の鼓動を速めさせた。

 

「おい、なんとか言えよ……!」

 

 焦る響の言葉が見えない電話相手に対し叫ばれる。子どもが親にごねるように、嘘なんだろうと目の前で相手の体を揺さぶりながら問い詰めているかのように、無理にでも返答を聞き出そうとした、その時だ。

 

『……あ。わりぃ、ちと別のことしてたからよ。目ぇ離してた。で、なんだって?』

 

 

 一瞬。いや、その言葉に確実に自分の中に殺意が沸いた響は頭の中で血管が一本キレたのを感じた。

 人が重要な話をしているというのに、そんな危険な場所にいるというのによくそんなのんきにしていられるな。と。自分のことをそっちのけでいた相手の言葉に沸いた怒りで暴言と怒声がでる一歩手前にまで彼女の怒りは湧きあがった。

 だが。それを知ってか否か、相手はそのまま自分のペースのまま話を進める。

 

『ま、お前の言うことの確かだわな。お前とアタシの間ってのは良くて利害、最悪都合のいい駒だ。けど、それはフェアかつ1or1での話だ。戦い以外何もないテメェと一緒にすんなよ』

「負け惜しみはいいから教えろ……!」

『騒ぐな。いいか。これは頼みでも依頼でもない。テメェって存在が都合がいいから使ってやるだけさ。お前に訊く権利はない』

 

 急に高圧的になった相手に響は言い返せずに沈黙するが、それは響が言い返せない立場であるということを知っているからだ。そのことを利用してか言い返すことも許さない相手は文字通り言い返す暇も与えずに次々と言葉を並べ立ててくる。

 

『まぁ安心しな、素人を戦場に放り込むなんて無駄な真似はしない。お前にゃぁ色々やってもらいたいことがあるからな。それに確かに今、アタシがいるのはある紛争地帯だが正直言えばこの紛争は関係ねぇ。お前が首突っ込みたいっていうのなら話は別だけどな』

「っ…………」

『お前にやってもらうのはこの紛争地域にいるある組織を見つけ出すこと。それまで、アタシの弾避けとして同行することさ。もちろん、報酬なんて都合のいいもんはねぇ。……いや、報酬はアイツの行方か?』

 

 話のペースを自分のものにできたからか、余裕げに話す電話相手だが、そのしゃべり方にいい加減飽きてきた響は必要な情報だけを耳に入れて、向こう側に広がる世界がどこであるかを考える。最近はニュースをほとんど見なくなったどころかテレビもロクにつけていないので情報は古かったり、わからないことが多いが、世間で騒がれていることについてはまだ耳に届いている。そのわずかな情報を頼りに響は少ない頭で情報を検索していき、その中にある答えと思しきものを導き出す。

 

「……バルデベルデか」

『あん?』

「世間で騒がれてる中で紛争が取り上げられてるのはそこだけ。いくつもの紛争とか内紛があるけど、今はそこだけが大きく取り上げられている。だから……」

 

 大きければ隠すことも容易。戦争や紛争であれば、その状況だけでも言い訳にできる。

 それが大きな紛争、戦争であればなおのこと。考えられるのはそれだけだったので、後は恥をかくだけと思っていた響だったが、帰ってきたのは小さな舌打ちだった。

 

『ま、いいさ。場所がわかれば、いざって時騒がれなくても済むか』

「…………はっ」

 

 その返しに響は小さく笑い、してやったりと脳裏でつぶやいた。

 

 

「で。そんなところに私をどうやって連れて行こうって言うんだ、雪音クリス」

『調子に乗るなよ。テメェを連れてる奴をそっちに寄こすの以外は全額実費だ。貨物にでも放り込まれとけ』

 

 図星だったのだろう、若干だが言葉に揺れを感じた響は聞いてもいないことを話す電話相手──―雪音クリス──―の声にしてやったりと口元を釣り上げた。だが同時に変わらない事実として、自らが紛争地域に行くことになったことに響の体が震え、恐怖に体温が奪われていく。事実として自分は戦場へと行くという恐怖は意識的に感じるよりも強く、そして鮮明で響の体を締め付けるかのような束縛感に思わず胸を掴む。

 

 

「……上等だ」

 

 だが、それで怖気づくほど響は小心ではなく、震える体に見えない鞭を打って自身を震え立たせる。湧きあがる恐怖はたしかに響の体にまとわりついているが、それをただ受け入れるだけでは克服したことにはならないのを知っていたので、それを糧にしなければいけないと自分に言い聞かせ、自分という存在を心の中という感情の世界に投影し、立ち向かわなければいけない。

 恐怖という感情を自分の中でのさばらせればどうなるかは、彼女自身がよく知っている。だからこそ、その恐怖を響は飲み込み体を動かす。どんなに怖くとも、その先に、より恐ろしく触れることすら戸惑ってしまうものを、もう一度手にするために。

 

 夏の日差しが本格的に熱くなるその日。響は初めて日本を離れた。

 行先はバルデベルデ。紛争が続くその地は血の雨と鉄の消炎、無情の日差しが照らす世界の縮地。そこに自分が求めるものがあると信じ、地獄の世界へと足を踏み入れる。

 

 

 

「待っててね。未来」

 

 日の光が雲で見えなくなった空に、響はポツリとつぶやいた。

 この手で、もう一度大切な親友を救うために。

 

 

 

 




あとがき

・軽い設定補足

世界観はシンフォギアXDのイベント『翳り裂く閃光』の世界観がベースで、ゲームの事件から約二年ほど後のこと。なんでキャラも全員二歳ずつ歳をとっている。
しかし、今回そこに仮面ライダービルドと鎧武の世界観が加わっているので『やや』カオス。なんである事件があったり、別の事件になってたり……
そこにさらにシンフォギア本編の事件とかが加わっている……のだが、ある事件で響が未来を殺さざる得ない事態になってしまい、苦渋の決断でその命を奪う結果になった。


・キャラの簡単な説明


グレ響。閃光イベの後で無事に未来と再会できたが、ある事件で自らの手で未来の命を奪ってしまう。原作響からしたらガチ怒り案件だがちゃんと理由はあるし、本人も不本意。


性格はさほど変化はなしだが、二十歳なので落ち着きがある。グレ響のとは別件で、というかフロンティア事変に当たる事件時に自ら正体をさらした(信じる信じないは別)

クリス
原作とは異なりフィーネに拾われる前に行方不明に。その後、欧州系の組織に拾われて秘密裏に保護される。性格は一期のクリスをさらに悪化させたもの。

セレナ
オリジナル。マリアらの代わりに生存しており、独りでしょい込みすぎたせいでマリア並に苦労し暴走していた。フロンティア事変にあたる事件後は行方不明。

紅羽
オリキャラ。翼の数少ない幼馴染であり了子さん枠。ただし聖遺物系には興味は薄く、シンフォギアについては周囲より若干詳しい程度。つかめるところなんて無かった。

未来
ご存じ陽だまり&響の嫁。しかし、閃光世界基準なので関係性は親友以上大切な存在未満。そのせいで中途半端に響に関わったことで『暴走』。最終的に響の手で……。そのため作中では『一応』故人。……一応。


・仮面ライダーシリーズのキャラについて。
無論ですがビルドと鎧武からもキャラは出ています(今回は短編なので出せなかった…)一応、登場を考えてるのはビルドはウツミン、鎧武は戦極さん。特に戦極さんはいないとドライバーできないので。


・ドライバーとギアについて
ぶっちゃけていえばやや強引は承知の上。
設定としては元はノイズ相手の力をそのままインベスやスマッシュ戦に転用可能だったが、戦極さんがいるわネビュラガスとは力の性質上相性悪いわで苦戦しまくってしまったから。そこで根底から強化できるロックシードや外部(ボトル)からのエネルギーをアーマーとして変換しパワーアップできるフルボトルを併用し、ギアの力で調律することで変身できるようになっている。
さらに言えば戦極さんがメタなところを突いてきたんんで「歌えない状況でも十分に戦えるように」するため。喉は歌手の生命線なんでね。


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