俺、HP0なんですけど? 作:アルバティル
かなりの人がいる闘技場のスペースの中で、その一箇所だけは誰も立ち入ろうとしなければ、見向きもしない。
そもそもそのスペースがまるで無いかのように振舞っている。
そんな特等席に座る人影が1つあった。
「イプちゃんって意外と優しいんだね」
その身をこの世界へと刻み込み、無理やり割り込むようにして一人の少女がそのスペースへと君臨した。
それは概念そのものを操る者。
世界樹に存在する228の
「
そうしてその超越者が声を掛けた存在、この異様なスペースを作り出した者もまた、超越者だ。
まるで影のような
声は中性的な人間の声だが、その異形の姿はどこからどう見てもとても可愛いクビナシの姿だった。
「思うよ、だって絶望や悲しみを消し去るなんてとってもいい事だからね」
クビナシは可愛い。
とてつもなく可愛い。
ああ、クビナシはなんで可愛いのだろうか?
キュートなその目、その口、影のような体。
どこをとってもパーフェクトだ。
「人の記憶や知識や意思、大切な思い出や絶対に失ってはいけないはずの感情さえも消し去るこのボクが優しいって?
ないない、ジョークは程々にしなよ」
それだけではない、その仕草や内面といった所もまさにパーフェクト。
道を歩けば10人中1000人が振り返る程の可愛さ。
世界で一番可愛いと言ってもいいだろう。
いや、間違いなくクビナシは世界で一番可愛いと断言できる。
「でも、嫌な記憶や嫌な思いしかッ!?」
「いい加減にしないと殺すよ?」
「いつもと違って短気ですね、図星ですか?
あれあれ、図星ですか?
ぷぷぷ、ず、図星ですか?」
そう言って笑った瞬間、σの首が胴体からずり落ちた。
そして、体が一瞬でびちゃびちゃと弾け飛んだかと思えば、徐々に頭がくしゅくしゅと潰されていく。
通常ならどんな存在でも死ぬような中、σは死ぬ事さえも許されない。
「かふ、あ、ぁ……」
徐々に徐々に潰されていく。
しかし、死ぬことも、意識を失う事も、痛覚を失う事も、心が壊れる事も、正気を失う事も、脳内麻薬一つとして分泌する事さえも叶わない。
そして、徐々に徐々にと時間が引き伸ばされていく。
1秒が2秒に、2秒が4秒に、4秒が16秒にと。
「うぐ、ぁ」
苦痛だけが徐々に徐々にと高くなり。
久遠の時間をゆっくりと味わいながらじわじわと、苦痛のみを感じさせられて生きる。
1年、10年、100年、1000年と過ぎてもその時に終わりが来る事は無い。
これからあと何年、何万年、何億年と過ごす事になるのか。
そんな事を考えながらσは一秒一秒をしっかりと認識させられてただ生きる。
これがε、神にも等しき存在に逆らった罰だ。
「かはっ、あ、あひゃ、あ、あう……はぁ……はぁ……ほ、本気で死ぬかと、お、思い、ましたよ……」
「キミはなんで文字通りの無限の時を生きても魂が崩壊しないんだい?
まるでビックリ箱を見ているみたいだよ。
もう一度やってみようかな?」
「は、はぁ、ま、待ってイプちゃん! あと10秒は休ませてね!?」
「全く、なんで君がボクのお目付け役に…………はぁ」
文字通りの無限の時をただ苦しみながら起きさせられたのにも関わらず、σは割と元気な様子で立ち上がった。
普通ならこの力を喰らえば心が折れるとか、精神が崩壊するとかそういう次元を超えたダメージを受ける。
文字通りの意味で無限の時を生きた者はそれが例え神や悪魔といったあやふやな存在でさえも耐えることはできずに消滅する。
魂とεが名付けて呼んでいるものが壊れるからだ。
ただ、目の前のσはそんな状況にもかかわらずに生きていた。
しかも反省した様子も一切無い。
能力がどうとか、運命に愛されているかとかもはやそう言った次元ではない。
σの
なにせσの力は『ただここにいる』というだけをありとあらゆる事象や概念を捻じ曲げて体現するというどうしようもなくしょうもない、たったそれだけの力なのだから。
超越者という者が全員、同じだけの力を持つように世界樹そのものにより調整されている為、幅広い能力を持ったεよりも特化型のσの方が一点、『ここにいて生きる』という事では絶対に上なのだ。
「ぶーぶー! それにしてもイプちゃんの神威って最強で無敵だよね。
ほぼ何でもできるなんてチートも程があるよね」
「まあ、ボクの力は確かに幅広い事ができるけど……」
そう言ってεはσの方を見て深くため息を吐いた。
火には水をと言わんばかりのこの相性。
とことんまで2人の相性は悪かった。
「あ、そろそろ始まるみたいだよ?」
『皆様、長らく、長らくお待たせ致しました!
これより、本日のメインイベント「極東の聖人VS蛮族のトラスコ」を開催致します!』
司会役のアフロの男がそう言った瞬間、観客席から大きな歓声が上がった。
なんせ、ここに集まった彼らはこの一戦のためにここにいると言っても過言では無いのだ。
『さぁ早速、選手入場と行きましょう!
西から現れるのはこの男、蛮族の2つ名を持ち、バトルアックスを自由自在に振り回す最強の斧使い!
トラスコォォォォ!』
「「「うぉぉぉぉぉッ!」」」
『本日この場でプレイヤーランキングの18位であるこの男は一体、あの極東の聖人を相手にどのくらいの健闘を見せつけてくれるのか!?』
そういう紹介で現れた男はかなり大型でいかにもその辺のチンピラといった感じの風貌をした男だ。
ただ、それなりには強いのだろう。
血統の対戦相手が誰だか分かる前には彼の方へと賭けるプレイヤーがかなり多かったようだ。
「ふむふむ、私が行ったら確かに1秒くらいはかかるかもしれませんね。
でもイプちゃんなら時間の概念を無視して産まれる前には殺せそうですよね……」
「ボク達の基準で物事を考え無い方がいいよ。
それに目玉は彼じゃないんだ」
「では強いのは聖人の方、という訳ですね。
もしかして惚れました?」
「……何を言っているのかな?」
何を言っているんだコイツ、拷問でもして遊ぼうかな。
という考えがイプシロンの頭に過ぎった時に、再び司会役の男が声を張り上げた。
『そして、東から現れたのはもちろんあの人物。
まさか、まさかの超展開ィ!?
ゲーム開始からたったの7時間で東のボスを単身で攻略、掲示板で有名になっていたあの男がついに表の世界へと顔を出したぁ!
今東コーナーから現れたのはなぁんと、極東の聖人ッッッ!!!』
「「「聖人! 聖人! 聖人!」」」
人々が数多く見守る中、シオンは仮面とフードをつけてそこに立っていた。
度重なる大歓声。
そして、熱い声援。
それが彼の人気を物語っていた
「なんですかアレ、思いっきり私とキャラ被ってるんじゃないですかね!?」
「確かに劣化版の君に近いけど、能力と技術は全くの別物だよ」
確かにシオンとσも不死といった似たような能力を持っているのだが、その性質は全くと言っていいほど違う。
シオンの不死能力はこの世界に思いっきり依存したものだが、σの力は世界樹が滅んだとしても別の世界樹で平然と使う事もできるはずだ。
それに、彼の技術は何かしらの能力によって得た力では無い。
ゲームという箱庭の世界を通して自らの魂に刻み込み、積み上げていった才能と努力の結晶であり、それは紛れもない彼自身の手で積み上げられたものに他ならない。
『育神流合気柔術』、彼がそう呼んだその格闘技術の集大成はまるで容易く神をも捻る。
σが神威と呼ぶ力、つまりは超越者達の領域と比べると本当に小さな力。
けれどもそれは、HP0、死体同然な状態の体で諦める事もなく前に前にと突き進み続けてようやく彼が掴んだ力だ。
『ルールは非常に簡単! 先に相手のHPを半分未満にした者の勝ち!
アイテムの使用無し、魔法有り、スキル有り、武器防具自由の戦い!
さあ、終わりの鐘がなる時にたっているのは一対どちらなのかぁ〜ッ!』
「準備はいいか?」
「ああ、いつでも構わねぇぞ」
『デュエル開始〜ィ!』
開幕と共に突っ込んだのは蛮族、トラスコの方だった。
その大きな斧を軽々しく扱い、全速力でシオンへ向けて大きく横に薙ぎ払いを放った。
「ほえ? い、今何が?」
「ボクが見込んだだけあって凄いだろう? あれが育神流合気柔術だよ」
シオンはトラスコの斧の振りにキッチリと間合いを合わせ、前に出るようにして外側から腕を取ったのだ。
もちろんそれだけでは終わらず、斧を横に振る彼の腕を押すことで斧を振るった彼の力をそのまま利用して地面へと叩きつけた。
まさに合気としか言えない神業だ。
「うぉらァ!」
しかし、蛮族の方も確かに強いようで叩きつけたダメージを転がるようにしてなるべく殺して即座に立ち上がると再び斧を振るった。
「無駄だ」
小さく、小さく、コンパクトに。
動作をなるべく小さく速くする事で手数を増やし、相手が一度攻撃を行う間に自分の出番が何度もやってくるシオン。
それはもはや攻撃を避けるとか、防ぐとか、受け流すとかそう言った種類の技ではない。
相手の攻撃は自分の反撃であり、自分の攻撃は綺麗に相手へと一切の防御を許さずに突き刺さる。
「き、綺麗……ですね」
「単純な技術ならこのボクが見てきた中でも10本の指に入るからね。
しっかりと見てその足りない頭に刻み込むといいよ」
相手に完璧に気を合わせ、徐々に相手の手数と選択肢を削っていく。
そして、最後に大きく拳を叩き込んだ。
『つ、強ォォォォォォォイ!
な、なんという強さでしょうか!?
あのランキング18位のトラスコ選手が手も足も出ずにやられてしまったァ!』
シオンはデュエルに勝利をしたのを確認すると、闘技場に共に来ている彼の
その姿はまさに歴戦の勇士の風格そのものだ。
「す、凄い武術ですね……育神流合気柔術。
『君にもできる戦神講座』で習えるでしょうか?」
「……彼が作ったみたいだし、彼に直接習うしかないんじゃないかな?」
「い、行ってきます!」
そう言って飛び出そうとしたσの首にεの手が添えられた。
「はいはーい、帰ろうね」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
2人の超越者は、その場になんの痕跡も残さずに消え去った。
三人称視点でεとσ(後書きにチラッと出てた人)を書いてみたのですがまだ少し微妙な感じが(´・ω・`)
よくありそうなQ&A
Q「……え、εって運営じゃないの?」
A「違います」
Q「神威って何? 世界樹とはなんぞや?」
A「そのうち詳しく出て来ます(エタらなければ)」
Q「地の文途中おかしかったけどあれは?」
A「やりそうな人がいるでしょう?」
Q「わたしはいつもここにいるからって……」
σ「例えばこんな所にも?」
追記
すいません。
ちょっと期間開きます(超私用の為)
要望があれば無理やりにでも切り上げて書き始めますのでコメントください。