長くて5000字で終わらす予定が、2000字ほど長くなってしまった……
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大統領官邸”
【次なる戦争、第二次世界大戦。その発端となったのは経済の大恐慌という一つの事件だった】
休憩が終わり、フィアーム一行は再び映像を見始める。
【第一次大戦後の国際秩序"ヴェルサイユ体制"において、平和で安定した時代を迎えていました。
しかし、アメリカ合衆国で起きた株価の大暴落を発端とした世界恐慌にてそれは終わりを告げました。
株式市場とは、数多の企業が事業に必要な資金を集める為に資産家へ株と呼ばれる券を与える代わりにお金を受け取る場であり、これが株を買うという行為です。
そして、多くの資産家が株を買う程、その企業は信用があるという意味合いで株の価値が上昇していき、その株の持ち主であった企業が事業に成功して富を生めば、その富の一部を配当として資産家は受け取ることができます。
ですが、その企業が大きな失敗を起こし事業継続を断念した時、その購入資金は全て消失するリスクを持っています】
【世界恐慌以前、アメリカ経済は怒涛の好景気を見せ、繁栄を享受する大企業の株価は跳ね上がっていました。
しかし、景気は拡大と後退を繰り返し、景気後退で株価も低下しますが、配当の減少を恐れた資産家たちは、不安に駆られ一斉に株を売り始めました。
1929年10月、「暗黒の木曜日」に大企業の株価が大暴落したことを発端に、不安が連鎖した約1週間後の「悲劇の火曜日」にはアメリカ全土に広がった不安が更なる大暴落を起こし、1週間で当時のアメリカ政府の年間国家予算の10倍以上にあたる資金が失われ、資産家たちは世界各国から資金を引き揚げ、恐慌は連鎖的に世界各国へと波及し、破綻を生みました】
音声ナレーションと共に流れる映像には、熱狂的な好景気で繁栄を遂げている写真と共に、大恐慌の発生と共に騒然とするウォール街、失業し職を求める多数の人々といった落差を見せつけ、どれほど深刻だったかを訴えた。
「今は個々の交易に留まっていますが、中継貿易や多数の貿易先を抱えていく上ではこのような市場経済システムは必要になりますが……このような恐慌の発生を考えると……」
「肝が冷えるほど恐ろしいのは理解できる、しかし、企業の成長に繋がる点では上出来なシステムだ。それにこれは彼らの過去で起きたもの、それを糧にすれば良いのではないだろうか」
ライドルカは予算の10倍以上に及ぶ大金が失われたことに衝撃を受け、恐怖が先んじて市場経済の導入を恐れる。
一方でアルパナはその株式市場の利点を見出しており、彼らの失敗を学んで回避していけばいいと口にする。
【恐慌の発生を受けて、列強各国は自らの植民地を抱え込んで同じ通貨市場で貿易を行う一方、他国製品には高い関税を掛けて締め出すというブロック経済という保護貿易政策を取りました。
そこで国内の有力資源や多数の植民地を持つ「持てる国」と資源乏しく植民地も少ない「持たざる国」の差が露呈し、持たざる国であった一次大戦の戦勝国である日本とイタリア、そして敗戦国であり植民地を放棄したドイツは市場から締め出されてしまい、経済圏拡大の為侵略の道を進みました】
【彼らの侵略を国際連盟は止めることが出来ませんでした。
特にドイツは賠償金支払いの真っ只中で世界恐慌の煽りを受け、ヴェルサイユ体制への反感を生み、それが後の惨劇を生むナチス・ドイツへ変貌するきっかけでした。
独裁体制となったドイツは拡大政策を取り、周辺国を併合していきました。
その後、ドイツはソヴィエト連邦と不可侵条約を結び、1939年9月1日に隣国ポーランドへと侵攻。
ポーランドと条約を結んでいたイギリス・フランスがドイツに宣戦布告したことにより、第二次世界大戦は始まりました】
「遂に始まってしまったか……」
【翌年にはイタリアがイギリス・フランスに、更に次の年にはドイツがソヴィエト連邦に、日本がアメリカに宣戦布告し、名実ともに世界大戦となりました。
ドイツ、イタリア、日本を中核とする国々を枢軸国と、対してアメリカ、イギリス、フランス、ソヴィエト連邦、中華民国を連合国と呼称します。
戦争開始当初、枢軸国が戦争を有利に進め、特にドイツ・イタリアはフランスを降伏に追い込みイギリス軍を大陸から叩きだすなどして、欧州大陸の大半を制圧するに至り、日本も緒戦でアメリカ海軍に大打撃を与えた後、太平洋西部をその勢力下に収めることに成功します】
枢軸国陣営の領土拡大の変遷が映像に表示され、その電撃的とも言える侵攻スピードに感嘆をあらわすものもいた。
【しかし、ドイツは”東部戦線”にて1941年末から行われた首都モスクワの攻防戦に10万以上の死傷者を出して敗北して主導権を完全に失い、翌年の史上最大の市街戦とも言われたスターリングラード攻防戦にて枢軸軍全体で100万人の兵力を動員し、約80万人以上の損害を出して惨敗。
1943年になれば枢軸国の劣勢は覆せず、北アフリカ戦線にて壊滅したことで、連合国軍は地中海を挟んでアフリカ対岸のイタリア本土へと侵攻。
イタリアは連合国へと降伏するもドイツ傀儡の政権が樹立され内戦状態へと陥り、イタリアは戦争から脱落しました】
【一方で日本も1942年のミッドウェー海戦にて惨敗したことで戦争の主導権を失い、翌年には国力を無視して広げた戦線の破綻により日本軍の南太平洋拠点を失うなど、日本の支配範囲は徐々に縮小の様を見せていました。
1944年にはアメリカの圧倒的国力により連合国軍の勢いは増し、日本海軍は6月のマリアナ沖海戦、10月のレイテ沖海戦にて惨敗し、日本海軍は事実上消滅。
日本の絶対国防圏の1角であるサイパン島を奪われ、アメリカ領フィリピン、イギリス・フランス領の東南アジア地域を奪還されるなど、、戦局の悪化は止まりませんでした】
歴史上の壮絶な戦いの風景が、記録写真や映画の映像で表示され、壮絶な光景に使節団一行は息をのむ。
激しく荒廃した都市、惨敗を喫した海軍艦艇の沈みかけている姿と言った写真は、戦争の激しさが一次大戦を上回る物ということを予感させるには十分だった。
「これが……持てる国と持たざる国の違い、なのか?」
「そうだとしても、圧倒的すぎる……。これが膨大な生産力を持つアメリカの為せる技なのだろうね」
メテオスは戦争の激しさに衝撃を受けつつも、それらを冷静に評していく。
【1944年初頭、ドイツはソ連軍の大規模反攻"バグラチオン作戦"にてドイツ中央軍集団が壊滅する大損害を負い、開戦時の領土まで押し返されました。
更に連合国軍がオーヴァーロード作戦によって北フランスに上陸して西部戦線を形成してドイツ軍の敗退は続き、最後の反攻作戦も連合国軍が強固な機甲戦力を投入していたことで惨敗。
翌年本土への侵攻を許すこととなりました。
首都ベルリンへと連合国軍、ドイツ軍の強い抵抗*1を受けて遅れる形でソ連軍が侵攻し、激しい攻防戦が繰り広げられました。
指導者である総統の自殺、ドイツ軍の戦闘能力喪失により、5月9日にはドイツ政府は連合国へと無条件降伏。
ナチス党直属の組織であるナチス親衛隊がドイツ東部にて抵抗を続け、イタリア内戦にも乱入するなど、戦闘自体は継続していましたが、ヨーロッパでの公式な戦争は終結しました】
「首都まで戦地になるとは……完全敗北ではないか……」
ナレーションと共に映された写真は激しい戦闘により荒廃したベルリンそのものであり、それがフィアームらに衝撃を与えた。
【アジアでも1945年になると、日本への連合国軍の攻勢は本土へと迫り、2月のデタッチメント作戦、4月のアイスバーグ作戦により連合国軍は参加兵力の3、4割に及ぶ死傷者を出す激戦を繰り広げつつ、本土進攻の橋頭堡を確保し、日本へと降伏要求を突きつけます。
しかし、それを黙殺した日本に対し、当時のアメリカ政府はマンハッタン計画により開発した新型爆弾の使用を決定し、8月4日にヒロシマ、同月7日にナガサキに原子爆弾を投下しました】
学校教育を受けた者であれば誰もが目にしたことがあるだろう。
戦略爆撃機B-29の爆弾倉のハッチが開かれ、原子爆弾が投下される様子。
一つの閃光と共に立ち昇る巨大なキノコ雲。
投下地に広がる、瓦礫だらけの大地と溶け残った遺品の数々。
その映像がフィアームら使節団一行に突きつけられ、誰もが言葉を失った。
【更に、遡る事8月2日には日本と中立条約を結んでいたソ連が日本に対して宣戦布告を行い、当時日本領となっていた樺太及び満州を蹂躙し、北海道へと電撃的に侵攻しました。
この事実が決定打となり、8月14日に日本政府は降伏要求を受け入れ、中立国を通じて連合国へと通告。
翌15日には日本軍の戦闘行為が正式に停止され、連合国軍主導で日本軍の武装解除が進められ、9月2日には降伏文書に調印し、日本の降伏が正式に確認されました。
一方、イタリアにおける内戦は8月11日に親衛隊拠点のあったクルゾーネへと3発目の原子爆弾が投下され、ドイツ傀儡政権が崩壊したことにより、連合国軍優位で内戦が終結。
東欧及びドイツ東部の親衛隊勢力の抵抗についても、被支配国のポーランドにてソ連が開発した原子爆弾によって壊滅させられたことで組織的抵抗が瓦解し、戦闘は終息していきました
これにより、ソ連軍による協定無視の侵攻行為を除き、約6年に及ぶ第二次世界大戦は終結しました】
「やっと……終わったか……」
「前大戦よりは2年長い……しかし、あまりにも情報量が、多すぎるっ」
「100年近く前に、既にコア魔法を実用化していたとは……この威力ではどれぐらい犠牲が出たのだろうか」
世界恐慌から数えても約16年。
休憩前に建国か第一次世界大戦までの歴史と比べても、あまりにも密度が違い過ぎていた。
【第二次世界大戦。
それは欧州大陸とその植民地に限られていた前大戦と比べ、文字通り世界中が戦場となった未曾有の大戦争となりました。
当時の独立国の大半を占める世界61か国が参戦し、前大戦を大きく上回る総力戦となりました。
それ故、民間人が戦争と密接に関わる事を余儀なくされ、市街地戦の増大、戦略爆撃、無差別攻撃、ナチス・ドイツが行った特定民族への
特に、ドイツ・ソ連の両国による独ソ戦と呼ばれる戦争は絶滅戦争とも呼ばれ、今次大戦の犠牲者は民間人・将兵含めて約5500万人が犠牲となり、その内約3000万人は武器を持つはずない一般市民でした】
映像に映る世界地図の交戦地域が赤く塗られていき、ほぼ全地域が赤く染まり世界全体が戦場となった事を示していた。
さらに各国の犠牲者の統計、そのトップにあるのは絶滅戦争を戦ったソ連であり、その途方も無い数は誰も想像つかなかった。
「ご、5000万人……!?」
「冗談、では無さそうですが……いくらなんでもこれは……」
「まさに”どちらかが滅びるまで”という戦争だったのか」
【また、第二次世界大戦ではあらゆる兵器、技術が革新的な発展を遂げました。
初期の航空機は最高時速500km程度でしたが、開発が急激に進み、特にレシプロエンジンの出力向上により戦争末期では時速700kmを超える機体が出現しました。
しかし、レシプロエンジンの頭打ちにより、ジェットエンジンの開発が模索され、ドイツで生まれたプロペラの無いジェット機は時速800kmを超える機体となりました。
第一次世界大戦にて登場した戦車も求められる性能は大きく変化し、十分な速度を持ちつつも火力と装甲を持った戦車が求められ、特に戦車大国となったドイツでは如何なる火砲を防ぎきる装甲と如何なる車両をも撃破しうる性能を誇る、二次大戦最強とも称された重戦車が誕生するなど、戦車技術も大きく発展を遂げました。
新たな技術として上げられるのは、レーダー、V1・V2ロケット、原子爆弾が挙げられます。
ドイツのVロケットは現在のミサイル技術の礎を築くきっかけとなり、戦後の戦場を大きく塗り替える要因となりました。
そして、原子爆弾はそのあまりの威力の過大さにより、大規模戦争への抑止力として働いた故に、二大超大国の誕生まで冷戦という時代を築き上げた張本人と言うことが出来るでしょう】
【第二次世界大戦の結果、戦争の勝敗に絶大な影響を与えたアメリカ合衆国とソヴィエト連邦の地位が台頭し、敗戦国及び国力を消耗したヨーロッパ諸国はその地位を追われ転落。
二次大戦中に核保有を達成した二大国は戦争末期から顕在化していた戦後秩序のあり方を巡った対立により、最後までその関係を修復することが出来ず、二大超大国の形成に至る冷戦構造をもたらしました。
それは世界が第二次世界大戦直後より直接大国同士が戦火を交えない冷たい戦争という時代の幕開けを意味しました】
「互いにお互いを滅ぼせるコア魔法を持った国同士の対立、という事か」
「核の恐怖に怯えながら、か……考えただけで恐ろしいな……」
映像が冷戦の幕開けで終わり、感想を言い合うフィアーム一行にアルフォードが近づく。
「映像では触れていませんでしたが、あの膨大な犠牲を生んだ一因は我が国の母体となったアメリカにもあります。
我が国来訪の途上で見たかと思いますが、B-52戦略爆撃機の前世代はB-29と呼ばれる敵国に未曾有の大空襲をもたらした爆撃機です。
当然、3発の原子爆弾を投下したのも、B-29となります。
あれが正しかったのかは議論が分かれる事でしょう、敵国の工場を破壊しなければ戦争遂行能力を低下させることが出来ませんし、原子爆弾にしても投下しなければイタリア内戦はあと2年続いたという言説があります。
ですが……意図的に住民を巻き添えにするのは明らかに悪意のあった殺戮でしょう。
これは当時のソヴィエト連邦がやったことであり、彼らは敵国の降伏を無視して占領地の拡大すら行った、これは許される事では無いでしょう。
当時、それは連合国間で交わされた協定に対する明らかな違反でもあり、それが彼らとの覇権争いに繋がったとする説もあります。
どの道───」
「───戦争には勝者はいない、ということですか」
フィアームはアルフォードが言おうとしたことを予測し、遮ってまで言葉を発した。
「ええ、聡明で助かります。
近代までなら理由が出来た、しかし核兵器の出現以降では膨大な犠牲者が当たり前になってきます。
コア魔法を持つであろうラヴァナール帝国との戦争をいつかやることになる貴国にはそれを認識していただきたかった。
私からは以上です、この後の歴史は明日にさせていただきます」
本文に記載していなかった史実との相違点
1:西部戦線におけるバルジの戦いについて
「強固な機甲戦力」とありますが、これは史実より早く量産されたM26パーシングに加えて、史実では制式化まではいかなかったM29重戦車が配備された機甲師団です。
さすがにM4ほどの量産数はありませんでしたが、燃料乏しいドイツ軍を足止めするには十分でした。
2:ヴァルハラ作戦について
これはナチス親衛隊主導で行われた対ソ連反攻作戦です。
こっちにも軍隊引き抜かれた故に、バルジの戦いが惨敗に終わった要因でもあり、ベルリンに連合国軍が先に侵攻した要因でもあります。
戦果としてはやはりドイツ戦車群の性能もあり一定の効果は上げますが、やはり燃料不足とソ連軍の物量に押しつぶされて、敗北しました。
3:原爆投下が早まった理由
当時書記長が極東に史実よりも興味示して、ソ連軍がヤルタ協定無視で史実よりも早く日本侵攻始めた為に、流石に日本降伏早めないとまずいと判断して、色々早めた結果です。
あと、ソ連に原爆開発の設計図とか色々盗まれたのが発覚したのがその時、というのも理由にあります。
4:他、国家説明文にて記載しているのもあるので、そちらもご参照願います。