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連合首都フィールディングU.D. 大統領官邸”ミラーカテドラル”
大統領執務室
「───イスラエルと、未知の国家だと?」
「駐イスラエル連合代表部からもたらされた速報です。詳細はまだ不明ですが、イスラエル軍が交戦状態に入ったことは確実です」
その報告を聞いたアルフォード大統領は、わずかに眉を顰めたのみで返答をしなかった。
国務副長官と繋がるホログラムモニターとは別の画面を操作し、地球儀状の立体地図を展開する。
空軍と宇宙軍によるマッピングを終えた最新の地図を拡大し、北アメリカ大陸東側に位置するイスラエル周辺の地形を映し出した。
そこには、ある島と目と鼻の先で接するイスラエルの国土と、さらに海を隔てた北側に広がる未知の大陸が描かれていた。
「ミリシアル帝国のフィアーム外交官からは『北米本土の東側には第3文明圏と呼ばれる地域が広がっている』との情報提供を受けている。……あくまで推測だが、この地域にも相応の『列強』が存在しているはずだ」
「列強との交戦となれば……厄介なことになりますな」
副長官の言葉に深く頷き、大統領は言葉を継いだ。
「まったく……身内同士の紛争であれば我々の力でねじ伏せられるものを、異世界の勢力となると我々単独では骨が折れる。
……ここは、我々の知る『列強』の知恵と力を借りるとしよう」
イスラエル連邦管理国。
北方連合国家アジア連合州の加盟国でありながら、特別な歴史的経緯から盟主国
彼らがなぜ見知らぬ異世界国家との交戦へ至ったのか。
その理由は、ほんの数日前へと遡る。
_1635年6月8日P.M.3時25分_
イスラエル連邦管理国 北部地区ツファット郡
連合首都でも観測された光の渦───転移時に発生した現象は、この国でも等しく観測されていた。
転移から一週間。連合政府は加盟国・中立国を問わず、領域外への探索や不用意な接触を固く禁じている。
特にイスラエルは、転移によってリヤド条約連合からのパイプラインが寸断され、エネルギーの供給線が全滅していた。
連合政府による航空・海上輸送で徐々に補給が進んではいたものの、政府は戒厳令を解いていない。
制限された日常、閉ざされた市場。
人々の内に溜まった鬱憤と好奇心は日増しに膨れ上がり、ついには政府の警告を無視して領外へと踏み出す無謀な者まで現れていた。
かつてアナトリア連邦傘下のシリア共和国へと続いていた旧幹線道路を、一台の民間車が猛スピードで疾走していた。
だが、舗装が途切れ、岩の転がる荒野へと足を踏み入れた瞬間、ガタガタと激しい振動が車体を揺さぶる。
乗っていたのは血気盛んな若者三人。
未知の世界という刺激に興奮し、悪路の恐怖すら踏みつけるように笑い合っていた。
───パンッ!
鋭い破裂音が響き、車体が大きく横滑りして停止した。
限界を迎えた前輪が破裂し、千切れたゴムの間から内部構造が露出していた。
流石に正気に戻った三人は、痛む身体をさすりながら軽口を叩き合っていた。
だが、彼らは失念していた。
ここは常識の通用しない見知らぬ土地であり、自分たちが上げた豪快な砂煙が、どれほど「目立ってしまった」のかを。
「……何だ、あの奇妙な鉄の箱は。見知らぬ連中だな」
遠方の小高い丘から、馬上で鎧を誇示する男が見下ろしていた。
彼の背後には、同じく槍を携えた騎兵たちが数騎控えている。
「奇妙な箱も気になるが、まずはあの人間どもだ。反乱奴隷の残党と繋がっているかもしれん。生剥ぎにして正体を吐かせるぞ」
男が馬腹を蹴ると、騎兵隊は一斉に槍を構え、斜面を滑り降りた。
打ち鳴らされる蹄の音と迫る土煙に気づき、若者たちは青ざめて車へと逃げ込もうとする。
「くそっ! ドアが歪んで開かねぇ!」
「車だって動かないわよ! どうすんのよ!」
半狂乱でパニックに陥り、足をとられながら走って逃げ出そうとする三人。
だが、荒野を駆けることに長けた騎兵の足は速く、あっという間に退路を塞がれた。
「見れば見るほど奇妙な身なりだな。どこから湧いた虫ケラだ!」
騎兵隊長が突きつけた槍の穂先が、三人の喉元をかすめる。
冷たい鉄の感触に気圧され、三人は声も出せずにガタガタと震えることしかできない。
「……口も利けぬか。連行しろ。骨の髄まで引っぺがして調べる」
部下たちが三人の服や髪を掴み、力任せに引きずり回す。
激痛と恐怖に、荒野へ悲痛な叫びが上がった。
「嫌ッ! 痛い、離して! 誰か助けて!」
「頼む、殺さないでくれ! 離せよ!」
「何なんだよお前ら! 触るな!」
耳を刺す叫び声とうっとうしい抗議に苛立った兵士が、容赦なく拳や槍の柄で殴りつける。
隊長はその光景を、冷ややかな目で見下ろしていた。
「……それほど逃げたいのか。反乱の意を隠そうともせん怪しい奴らめ。──ならば、楽にしてやれ」
隊長が首元へ短く槍を突き立てると、男の一人が喉を潰されて崩れ落ちた。
間髪入れず、残る二人も部下たちの獲物に貫かれ、冷たい地面へと伏した。
つい先ほどまで悲鳴の響いていた荒野は、再び静寂を取り戻す。
しかし───その惨劇のすべては、上空を静かに旋回していたイスラエル陸軍の偵察ドローンによって記録されていた。
無抵抗の自国民三人が、見知らぬ騎兵によって無慈悲に殺害される高精細な映像。
情報は北部軍司令部を経て瞬時に参謀本部・国防省へと伝達され、首相の要請による緊急安全保障会議が即座に招集された。
_1635年6月8日P.M.4時7分_
イスラエル連邦管理国 首都テルアビブ・ヤフォ
首相府 大会議室
「警告を無視した暴走だったとはいえ、対話すら試みずに殺害されたのです! 我々は断固とした態度で臨むべきです!」
閣僚の一人が、無念と憤りに声を震わせる。
「その『断固とした態度』をどこへ向けるのだ?」
イスラエル首相、ニシム・アーロンは冷徹な声で問い返した。
「我々は相手の国名すら把握していない。これ以上の犠牲者を出すわけにはいかんのだ。
まずは一歩たりとも国民を領外へ出さぬ措置を徹底する。国境警備隊と沿岸警備隊は連携し、内外の監視を強化せよ。
……それと平行して、戒厳令による制限を段階的に解除していく。
市民の不満が限界に達したゆえの惨事だ。ガス抜きを行わねばならん」
アーロンの決定により、会議はひとまず散会となった。
しかし、退出しかけた国防相が足を止め、アーロンへ振り返る。
「……しかし首相、我々が動かずとも、相手が再び攻め込んでこないという保証はありません。
我が国は常に『仕掛けられる側』だった……二度目がないとは───」
「───言い切れない、だろうな」
アーロンは静かに、だが底冷えするような眼光で国防相を見つめた。
「その時は……容赦などせん」
対話の通じぬ相手に対し、提示できる答えは静観のみ。
だが、この国はかつて一度として、売られた喧嘩をそのまま買ったためしはなかった。
_1635年6月9日P.M.6時20分_
とある場所の野営天幕
「報告があるようだな、ヴィク隊長」
豪華な装飾と宝石で飾られた鎧を纏った男が、騎兵隊を率いていた男の名を呼ぶ。
「将軍閣下……はっ。魔信にてお伝えするにはあまりに不確定な案件でしたので、直接参上いたしました。
先日、島の西端にて奇妙な鉄の鎧車と、妙な衣服の連中を目撃しました。
反乱勢力の潜伏者と判断し連行を試みましたが、酷く暴れましたので処分いたしました。
……なお、その先に見知らぬ土地が広がっており、反乱奴隷の
ヴィク隊長の言葉に罪悪感の欠片すらない。
あるのは、有益な労働力を数人無駄にしてしまったという程度の認識だった。
退屈そうにしていた将軍は、その報告に面白そうな笑みを浮かべる。
「ほう……?」
「ゲダン将軍、その者どもは一切の武器を所持しておりませんでした。武器すら買えぬ貧困街と思われますが───」
「害虫は小さいうちに潰しておくものだ、ヴィク隊長」
ゲダンと名を呼ばれた男は卓上の地図にゆっくりと手を伸ばした。
丸腰の民しかおらぬ土地など、踏み潰すのは容易い。
そう確信したゲダンは、サディスティックな笑みを浮かべながら命を下す。
「2日後の早朝、夜明けとともにワイバーン部隊を発進させる」
ゲダンの指先が、天幕を張っている場所から「巣」と嘲笑されたイスラエルの領域へと滑り込む。
「ヴィク隊長、奴らが上空のワイバーンに気を取られている隙に、騎兵隊で奇襲をかけろ。我ら本隊もすぐ後ろから続く」
「はっ!」
隊長は深く一礼し、天幕を後にした。
己の権威と功績を貪ろうとするゲダンの野心。
だが、その野心こそが───かつて故郷を追われ、死線を潜り抜けてきたユダヤの民が最も嫌悪し、徹底的に叩き潰してきた悪夢そのものであることに、彼らはまだ気づいていなかった。
_1635年6月11日A.M.8時10分_
イスラエル連邦管理国 北部地区ツファット郡
キリヤット・シュモナ
アーロン首相による規制緩和策により、街にはわずか3日で活気が戻りつつあった。
無謀な越境を試みる者ももはやいない。
軍はドローンによる国境監視網を強化し、敵騎兵の再来に備えて即応態勢を維持していた。
だが───相手が「地上戦力以外」の手段を用いてくることまで予測できた者は皆無だった。
国境に近い街、キリヤット・シュモナ。
人口2万を抱えるこの街では、路線バスや乗用車が行き交い、散歩する子供が警備中の兵士と笑顔で言葉を交わしていた。
その穏やかな空気を破るように───空に無数の影が現れる。
巨大な翼と二本の脚を持つ、神話の図鑑でしか見たことのない飛竜の群れだった。
「全騎、導力火炎弾用意……放てぇッ!」
二十六騎の「ワイバーン」が一斉に首を伸ばし、大口を開ける。
次の瞬間、超高熱の火球が上空から市街地へと降り注いだ。
地響きとともに爆発と火炎の嵐が街を呑み込む。
満員の路線バスに着弾した火炎弾は一瞬で車内を地獄に変え、周囲の乗用車を連鎖爆発させた。
木造の露店が並ぶ市場は巨大な炎の渦に包まれ、中にいた人々を一瞬で焼き尽くす。
「何なんだよあれは! くそっ、降りてこい!」
歩哨の兵士が小銃を構え、上空へ連射する。
だが、時速100キロを超える速度で縦横無尽に舞う生体兵器に弾丸は届かない。
それどころか、あざ笑うかのような上空からの火炎放射が、兵士たちを次々と激しい炎で包み込んでいく。
「お母さん……熱いよぉ! 熱いよぉッ!」
腕を焼かれた幼い子供が、崩れ落ちた母親の傍らで狂おしく泣き叫ぶ。
遅れて駆けつけた空軍の戦闘機が、空を荒らすワイバーンを次々とミサイルで撃ち落としていく。
だがどれほど撃墜しようと、すでに失われた日常と命が戻るわけではなかった。
_1635年6月11日A.M.9時30分_
首都テルアビブ・ヤフォ
首相府大会議室
最悪の凶報を受け取ったアーロン首相は、顔を鋭く強張らせて閣僚を集めた。
「嫌な予感が最悪の形で当たったな……!」
アーロンは拳を机に叩きつけ、参謀総長を睨みつけた。
「なぜ敵の侵入を早期検知できなかったのか! 我が国の防空網はどうなっている!」
参謀総長は顔を伏せ、悔しさに唇を噛み締めながら答える。
「……申し訳ございません。
昨日からの強風により向こう側から飛来した激しい砂塵が、レーダー波を著しく衰減させておりました。
さらに目標が『生物』であったためレーダー反射面積が極めて小さく、捕捉が後手に回ってしまったのが原因です……」
苦悶の表情で報告を聞いていたアーロンは、ゆっくりと目を閉じた。
「……犠牲者の数は?」
「現在集計中ですが……市民、兵士合わせて二十人を下りません」
静寂の中、アーロンは数秒間の黙祷を捧げ、目を開けた。
その瞳から迷いは完全に消えていた。
「……異世界に対する我々の無知と甘さが招いた惨劇だ。───国防相、直ちに反撃の準備を」
「既に準備は完了しております。……それと、追加の報が。
敵の地上部隊が国境に向けて進軍を開始した模様です」
敵地上部隊の接近。
それは、この空襲が単なる気まぐれではなく、明確な意図を持った侵略行為であることを物語っていた。
「やはり我が国に牙を剥いてきたか」
アーロン首相は、静かに、そして激しい怒りを込めて言い放った。
「ならば、容赦など無用だ。……我が国に手を挙げたことを、地獄の底で後悔させてやれ」
かつて「中東の狂犬」と恐れられた重武装国家が、虐殺された同胞の血を塗り返すべく、その凶悪な牙を剥き出しにした。
ここの読者の皆様は、本文中の兵器の表現はどこまでOKなのだろうかと
聞いてみたいかもです。
項目としては、兵器名、固有名詞、口径、状況説明など