_A.D.2039年6月1日P.M.7時_
ノヴゴロド中央連邦管区トルヴナルスク
モスクワ北東方向、ウラル山脈が東側に眺められる立地に建設された巨大都市。由来も意味も無い名前が名付けられたその都市は、一般人の立ち入りが一部を除き、禁じられているいわば閉鎖都市である。
その都市の地上には、歩道どころか車道すらも見えないが、両者とも地下に敷設されており、建物の行き来は主に地下を通ることとなっている。唯一地上にある道路は軍事車両専用道となっている。
閉鎖都市ではあるが、周辺部の立ち入りは禁じられているというわけでもなく、自然に周辺部の開発も進み、旧首都モスクワを巻き込んだ巨大都市圏を構成している。
そのトルヴナルスクの中心部に、完全に地下に埋もれている施設がある。
その中心付近にある国家保安会議室では、三大陸合州国第2代大統領クプリヤン・イサーコヴィチ・チェルメンコ以下、政府閣僚、合州国軍の重鎮が、集まっていた。
「まずは報告を聞こう」
静かになったところで、チェルメンコは話を切り出す。
「はっ、同志チェルメンコ。まずは連邦保安省から報告を行いたいと思います。アラスカ侵攻作戦についてですが、現在作戦部隊との通信が途絶しており、コンドミニアムによるEMP攻撃が行われたと保安情報部は推測しております。その予測から判断して作戦は失敗したと見ています。また、太平洋艦隊第59潜水艦旅団がハワイを強襲しましたが、これも撃退され作戦は失敗しております」
チェルメンコは報告に眉をひそめ、不快感を露わにし、その視線は既に顔を青ざめた合州国軍の参謀総長ら将官に向けられていた。
「他の戦線については、戦力が拮抗しており、変化を見受けられません」
「膠着状態か……しかし、アラスカ侵攻がうまくいけば、膠着は解けたのかもしれないが……同志参謀総長、意見はあるか?」
チェルメンコは参謀総長に視線を向ける。
「た、確かに現場の作戦指揮がうまくいけば……作戦は成功したことでしょう、同志チェルメンコ閣下。アラスカ侵攻作戦計画は我々参謀本部で十分練られた物であり、予定通りいけば成功していたかと。失敗の原因は、現場指揮がうまくいかなかった事にありましょう」
参謀総長は、遠回しに現場指揮の中将を批判し、作戦計画は完璧だったと主張する。だが、その弁明は、チェルメンコには聞き入れられなかった。
「聞いていなかったか?先ほどの報告を。EMP攻撃、貴官らはそれを想定していたか?」
参謀総長ら作戦計画の責任者は一斉に押し黙る。「図星を突かれた」と、閣僚らが思うには十分な挙動であった。
「図星か……おそらく、EMP等の特殊攻撃類を除き、通常戦闘で作戦案を立てたのだろうな」
再び、参謀総長らは沈黙する。この反応に、沈黙は肯定、とチェルメンコ含めた政府閣僚に受け取られた。
「まあ、良い。責任は後で取らせよう。中央戦略軍、核戦力の状態は?」
「はっ、現在長距離、中距離弾道弾の展開はすべて完了しています。核弾頭については不活性化状態ではありますが、6時間以内に活性化できる用意はしています」
チェルメンコは悩むそぶりを見せつつ、話す。
「では、8時間後に核攻撃第一射を開始するように」
その言葉にほとんどの閣僚が驚愕する。
「同志チェルメンコ!核は人類を破滅させる力を持っていることはご存知のはず!たかが示威行為ではないのか!」
唯一、連邦保安省長官が異を唱える。
「確かにそうだろうな、しかし、勝てば官軍であろう.。冷戦期以降、最大の核保有数を誇る我が国の飽和攻撃でコンドミニアムの対空システムを事実上無力化が可能であろう。ならば、勝つ事は不可能ではない」
「理論上は……しかし……」
連邦保安省長官の言葉は遮られる。
「航空宇宙軍軌道艦隊の状態は?」
「はっ!全艦出撃準備完了しており、核弾頭の積み込み準備も完了しています」
「そうか……戦略投射群を北アメリカ大陸上空に向かわせろ、速攻で首都をつぶす」
「了解……しかし、コンドミニアムも迎撃艦隊を回すと思われますが?」
「何、関心を向けさせるだけの囮だ。運良くば敵首都を落とせればいいのだが」
「はっ!」
その後、1時間に渡り続いた合州国国家戦略保安会議は終わりを迎える。
連邦保安省長官は、大統領に異を唱えたことで、更迭されると思われたが、戦時中の欠員は避けたいチェルメンコの考えにより、参謀総長以下アラスカ侵攻作戦計画立案者とともに、後任人事を進めておくことで保留にされた。
_A.D.2039年6月1日P.M.8時_
北方連合国家首都フィールディング
ALESC連合安全保障会議室
「では、これより
画面を介したものではなく、対面での会議が行われる。
安全保障会議室の中央には巨大な球体のホログラムが浮遊しており、今は緯線経線が書かれているのみであった。
「安全保障長官、報告を」
「はっ」
カーは席から立ち、自分の机からホログラムを操作する。
大陸等の地形が浮かび上がり、アラスカが拡大投影されて別のホログラムに映される。
「まず、ユーラブリカのアラスカ侵攻軍はこちらのEMP攻撃により侵攻を停止。現在はアラスカ方面戦術統合任務部隊で反攻作戦を実行中です」
カーは再びホログラムを変える。
今度はメルカトル図法の世界地図が表示され、海には潜水艦や艦船のマークとともにSSBN、DDG、CGといった呼称が映される。
「次に戦略ミサイル潜水艦、攻撃型潜水艦を、太平洋、大西洋、インド洋各地に展開命令を出しております。また、イージスBMDシステム搭載艦も各地に待機中であります。なお、海軍各任務群は交代で洋上に展開しています」
「そして、地上からの核攻撃手段ですが、まだ展開はしておりません。ですが、いつでも展開できるよう、展開準備命令は発しています」
「結構だ、では……」
アルフォードが話を変えようとして、カーに遮られる、
「偵察衛星からの情報で、ユーラブリカに動きが見られました」
ホログラムはユーラシア大陸に視点を移し、ユーラブリカの領土とみられる図に多くの赤い点が映された。
「偵察衛星からの観測で、この地点で地上発射型弾道ミサイルの展開を確認。また、太平洋、北極海のユーラシア沿海では潜水艦の浮上も確認されており、核攻撃の兆候が見られています」
「奴ら、本気で先制核攻撃を行うつもりか!!」
ある閣僚が怒号を上げる。
「でしょうな、ここまであからさまな展開はそうとしか予想できません」
「宇宙艦隊に対し、ユーラブリカ領内のICBM攻撃を行うしかあるまい、核戦争を引き起こさないためにも」
「了解。……少しお待ちを」
返事を返したところで、カーの電子端末が通話の着信を受け取る。
「……わかった」
通話を切り、アルフォードへと振り向く。
「大統領、緊急警報です。
ホログラムが切り替わり、地球周囲の宙域を表していた。
赤いアイコンで示された15隻の艦影は北ユーラシア宙域から北アメリカ宙域を超えており、間違いなく首都フィールディングを目指している進路だった。
それに対し、こちらの迎撃艦隊は13隻。
「数の差があるが?」
「問題ありません、第一陣が足止めを行っている間に、第二陣計17隻の宇宙軍第3任務部隊が合流します。また、ユーラブリカ宇宙艦隊の編成で、対地攻撃艦が4隻程で、それらの対艦武装は少なめな為、十分戦えます」
「慢心は禁物だ、わかっているな?」
「ええ、もちろんです」
_A.D.2039年6月1日P.M.9時_
大気圏外上空北アメリカ宙域
北方連合国家宇宙軍第5任務部隊
オーランド級航宙巡航艦「サンノゼ」を旗艦とする13隻の艦影は単横陣でユーラブリカ宇宙艦隊を待ち構えていた。
『旗艦サンノゼより全艦へ。艦隊司令官のジェフリー・C・ウェッジウッド空軍少将だ。我々第5任務部隊の任務は接近するユーラブリカ宇宙艦隊を足止めし、運良くば殲滅すること。奴らは先制核攻撃を行おうとしている奴らだ。躊躇はいらん。すべて叩き落とせ』
サンノゼは武器システムを起動、8inch連装戦術レーザー砲2基の内、前甲板の1基をユーラブリカ宇宙艦隊の方へ照準を向け、随伴艦であるカナヴェラル級航宙駆逐艦12隻も武器システムを起動し、5inch単装戦術レーザー砲の照準を向ける。
その時、赤く光る光弾が虚空を貫く。
「艦種識別!」
「識別完了、レニングラード級航宙戦艦アルハンゲリスクと思われます!」
サンノゼのCICに動揺が走る。「アルハンゲリスク」はレニングラード級の二番艦とされる艦で、前甲板に36cm電磁加速砲を搭載するほか、小口径レーザー砲を幾つか搭載しており、装甲も戦艦相応の物を搭載している為、撃破するには一苦労な艦であった。
「いかがします?敵は戦艦級ですので、装甲を盾に押し切られる可能性も」
「……構わん。どうしようにも我々はここから引くこともできん。第二次一斉砲撃の際にアルハンゲリスクへ照準を集中する。全艦砲撃開始!」
司令の一声により、射程内に目標が入った瞬間、8inch、5inchレーザー砲が放たれ、ほぼ同時にユーラブリカ宇宙艦隊からも再装填の終わった36cm電磁加速砲やキエフ級航宙巡航艦*2の15cmレーザー砲が放たれていく。
絵面だけではその相対速度の遅さから動向は遅く見えているようであったが、実のところ双方の艦艇群の速度は超音速航空機並みに発揮されており、命中率の低さに滑車をかけていた。
しかし、例外もある。
「オクシアナ被弾!戦列後方に退避します」
「敵キエフ級2隻に弾着確認!1隻は炎上中!」
「炎上中の艦艇に追い打ちをかけろ!撃てぇ!」
膠着状態であったが、増援が来る分北方連合国家宇宙軍の方が若干優勢であった。
この状態を打破するためか、ユーラブリカ、コンドミニアム宇宙艦隊が互いにミサイルを撃ちだした。
この宇宙空間にて電波などは信用できず、互いが遭遇戦の形をとっていたために戦闘前に誘導レーザーを照射できず、さらに誘導レーザー妨害膜を展開していたためミサイル戦が行えなかった。
だが、一度ミサイル戦が始まれば、互いが降伏するか、残弾尽きるまで撃つこととなり、双方ともに被害艦艇は増加していく。
もちろん、対空レーザーで迎撃はするが、宇宙速度に一度たりとも乗ったミサイルをとらえるのは人間の手ではもちろん無理で、AI制御でも難しいのが実情だった。
そして、主砲による砲撃も絶えず行われ、北方連合国家宇宙軍の増援がたどり着いてもなお、戦闘には終わりが見えなかった。
_同時刻_
三大陸合州国ミサイル発射基地
大気圏外で激しい戦闘が行われている中、地上ではユーラブリカによる先制核攻撃の準備が粛々と進められていた。照準は無論、北アメリカ大陸に定められ、最終チェックへと入っていた。
そして、A.D.2039年6月2日A.M.3時。
予定通り核弾頭は放たれた。
ICBM、SLBM問わず発射されたそれはわずかな時間で大気圏外の低軌道へと到達する。
無論、観測衛星、偵察衛星、広範囲レーダーによってALESC安全保障統合指令室へと通報される。
核攻撃を自動探知したシステムは核攻撃警報とともに、イージスBMDシステム搭載艦に自動的に通報され、迎撃システムが作動する。
「SM-3発射用意!迎撃開始!!」
砲雷長が発射ボタンを押す直前、視界は閃光に包まれる。全てのレーダーは一時的に使用不能になり、乗員らは意識を失うが如く目をつむり続けた。
■次話予告
Country Data Base.登場国家一覧
本作で登場する地球側国家の設定概要をまとめています。