アタランテお母さん~聖杯戦争で子育て頑張る!~ 作:ら・ま・ミュウ
―――過去
スパルタクスが叛逆の狼煙を上げて間も無くして、共に戦場を駆け抜けた勇者の一人が悲嘆に暮れていた。
「おぉ、どうした友よ。何故剣を下ろし、戦場を忌避する。」
スパルタクスは、笑いかけるように問い掛ける。
勇者はそれを見て、
――あぁ、許してくれ。そして聞いてくれ、スパルタクス。俺は明日にも子供が産まれてしまうかと言うのに、名も知らぬ幼子の親を狂気に狩られて斬り殺してしまった。
こんな俺が父親になれる訳がない。もうすぐ産まれると嫁の妹に呼ばれたのに俺は動けずにいるのだ。
「……なんと、その幼子はどうしたのだ?」
勇者の吐露した事実にスパルタクスは信じられないとばかりに息を飲んだ。そして、親を殺された幼子がどうなったのか――聞くつもりはなかったが、気付けば口が開いていた。
――分からない。親を殺した俺の手をあの子は取らなかったし、一人で生きていけるとは思えなかった。仲間の誰かが助けてくれるといいのだが……
「……そう、か。」
もう三つも前の街での出来事だ。
どうしようもない現実に然しものスパルタクスといえど勇者に掛ける言葉が見つからなかった。
――どうか、スパルタクス。貴方は自分を見失えど決して子供を哀しませてはいけない。どれ程の英傑、英雄であろうと……子が哀しんだ先に輝かしい未来などないのだから。
「うおおぉぉぉぉ!!!!」
一瞬、意識を遠い過去へと還らせていたスパルタクスは、未だ己を殺し尽くそうと殺意を向ける者達がいることに安堵する。
「バーサーカー風情に何を手こずっておる!こっちは二人がかりだぞ!さっさと仕留めろ!」
少し離れた場所から激を飛ばす黒のセイバーのマスターらしき男。
「ウウゥ!!!」
黒のバーサーカーの咆哮。
「悪いが、お前に構っている暇はない!」
黒のセイバーの魔力が吹き荒れる。
生前であるならば、もう何度死んでいただろう。
雷の乱舞に竜のごとき一撃を前にして教会は完全に崩壊していた。
「感謝するぞ!」
そして霊核を砕かんと飛来してきた矢を斬りつけ、爆発。全身に深い火傷をおいながらも彼は歓喜する。
宝具『疵獣の咆吼』で現界用の魔力を補給する彼は、そう―――アタランテが危惧していたとおり、黒のセイバーとバーサーカー、アーチャーの襲撃を受けた瞬間、彼のマスターが令呪で撤退を命じた、その時からパスを切り離し敵から負ったダメージのみで、
「止むを得ん!宝具の使用を許可する、やれ!セイバー!」
「こいっ圧制者よォ!」
焦れたセイバーのマスターが勝負を決めにきた。
セイバーの大剣に極大の神秘が宿る。スパルタクスは両手を広げ、走り出す。
「
「うおおおおお!!!!!!!!」
木々の間を縫うように走り抜けるアタランテは、血が滲む程に唇を噛みしめ、やるせない気持ちを圧し殺して森の奥へと突き進む。
「これが、守る戦いか」
腕の中で深い眠りにつくマリーの温かみに戦士として武器も握らぬまま仲間を見捨てた罪悪感を僅かに濁らす。
私が彼処あそこにいれば、バーサーカーの援護に回れば……そんな“たられば”だらけの無意味な思考を打ちきり、マリーの安全を確保するためには何が必要かそれだけを考えた。
「最低でも、雨風を凌げれば……夜を越す分には問題あるまい……しかし、」
魔術師は神秘が露見する事を過度に嫌う。街に出れば、一先ず大丈夫だろう。
問題はその後、アタランテ自身にあった。
以後バーサーカーやランサーの助け無しにマリーを守りながら戦場に立つ事は可能なのか。
「……無理だな」
それは否。アタランテはそう言う戦い方を知らなかった。
いや、知っていたとしても一騎当千の英雄達が『覇を富を快楽、聖杯を』奪い合う聖杯大戦で人一人を守り通す事がどれ程困難なものか、想像に難くない。
幸い、マリーはマスターとしての実力が高く魔力供給の分には一流魔術師にも引きを取らない……とは言え、高レベルのサーヴァントを倒すのに供給の下であるマスターを倒してしまうのが聖杯戦争の常套手段である。
最低限の自衛、魔術戦が行えないマリーを残して戦いの場に赴くのは自殺行為だ。令呪が使えない以上、緊急時に文字通り“跳んで”駆けつけることも出来ないのだからアタランテがマリーと距離をおくのは得策とは言えない。
「……すぅ……すぅ……」
「マリー……今日のお前は本当によく眠るな」
ふと、ごうごうと風を切り50キロは越える速さで疾走するアタランテは『教会が黒のアーチャーの矢で爆発』『バーサーカーが雄叫びを上げ黒のサーヴァント達に突撃する』
『ライダーの馬の嘶きとは比にならない轟音でも全く目を覚まさなかった』マリーに少し違和感を抱く。
「何か、妙な病気のせいでないと良いのだが……病院はあっちか」
街に着いたら、真っ先に病院へ行こう。
アタランテは霧の立ち込めるルーマニアの街の中へと足を踏み入れた。
「ふぅぅぅ!!!!」
「馬鹿なッセイバーの宝具を受けきったというのか!?」
時を同じくして足を穿れ、剣を砕かれ、身一つにて大英雄の真名解放を正面から受けきったスパルタクスは―――
「いや、もう終わりだ」
膝をつき、刃先を僅かに残した剣を落とした。
既にマスターとのパスは断たれて等しく、スキルによる再生の限界を越えた肉体は徐々に微少な粒子へと分解し出す。
――黒のセイバー
…先程の宝具で手応えがあった。
霊核を損傷したであろうバーサーカーが、直ぐに消滅しないのは英雄としての彼が負けを認めていないから。最後の強靭というヤツだろう。
こちらは三で彼方は一。戦力差は歴然の筈が、赤子一人をまんまと守り通されてしまった。……つまり我々の敗北だ。
「赤のバーサーカーよ、お前の名を聞かせろ」
これほどの英雄が指一つ動かせない重症を負い、敵の前で惨めに消滅を待つしかない。
そんな事が許される道理はなかった。だから、剣を振り上げたセイバーは“終わらせる為に”その言葉を口にする。
「私、の名は……我はッ!スパルタクス!」
「覚えておこう」
セイバーの大剣に再び宿る極大の神秘。
「幻想大剣・天魔失墜!」
この日、赤のバーサーカーは脱落した。
「びえぇぇぇぇ!!!!」
それから間も無くしてマリーは目を覚まし、オシメを変えても口に近づけたミルクにも見向きもせず、瞳を紅く光らせながら泣きじゃくったそうだ。
次回『スパルタクスとマリー』