ガンダムビルドダイバーズ・スピリッツインテンション   作:さくらおにぎり

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10話 デートコースはありふれた街の中で

「使いじゃねぇ」と言う叫びと共に床下をぶち破って現れたのはーー宇宙世紀の地球連邦軍の軍服を着崩して着用した、ボサついた黒髪の男。

 

「だから!俺は地獄の使いじゃねぇって毎度毎度言ってるだろうが!いい加減にしやがれ!」

 

 唾を撒き散らしながら店内を睥睨するこの男。

 

「ちょっとちょっと"先生"、アナタがウチの床を壊すの、これで七回目よ〜」

 

 バーテンダーはこの男を『先生』と呼んでいるが、その態度は他のお客に対するものとそう変わらない。

 床下をぶち破るのも既に見慣れたものなのか、怒りもせずにただ呆れるだけ。

 

「おっと、悪ぃな姐さん。修繕費やらなんやらは、いつも通り俺から払っとくわ」

 

 その先生も悪びれることもなく、修繕費を自分で払うと言う。

 

 そんな様子を自分の席から驚愕しながら見ていた仮面の獣人は、またもトラちゃんに耳打ちする。

 

「まさか、これもいつものことではなかろうな?」

 

「フッ、いつものことだ」

 

 床下からいきなり人が現れたと言うのに眉の毛先一本も動かさずに酒を啜るトラちゃん。

 

「いやそれよりもだな!俺のことを地獄の使い呼ばわりしやがったのはどいつだ!?」

 

 先生のその怒号を聞いて、なおも構わず演説を続けていたやべー奴はようやく反応を見せた。

 

「何だと!?貴様、み〜ちゃんを地獄に落とせとでも言うつもりか!?」

 

 しかも、おかしな方向に曲解した上で。

 

「あァン?俺の教え子が何かやらかしたってのか?」

 

「おのれっ、貴様もスピリッツの愚者どもの回し者か!殺すッ!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!完膚なきまでグッチャグチャに、否ッ、グッチョングッチョンにしてぶっ殺すッ!!」

 

 すると、やべー奴の身体が見る内に肥大化し始め、身長190cmはあるだろう背丈に、鍛え抜かれて隆々とした筋骨が自己主張し、さらに爬虫類を思わせるスプリット・タンをベロベロベロベロと振り回しながら先生に殺意をぶちまける。

 

「何だか知らねぇが喧嘩なら買ってやんぞ、表ェ出ろや」

 

 クイッと親指を店の外へ向ける先生。

 その先生と共に外へと出るやべー奴。

 

「こ、ここはいつから、世界ビックリ人間大賞授与者のサロンになったのだ……ッ?」

 

 仮面の獣人はあからさまに動揺しながらもトラちゃんに同意を求めようとするが、

 

「いつも通りだ、問題ない」

 

 トラちゃんは見向きもせずに「いつも通りだ」と頷く。

 

 こんな光景がいつも通りだと言うのなら、自分が今までこのバーで見てきたものはなんだったのか、と仮面の獣人は自分の目を自分で疑い始める。

 

 

 

 

 

 偶発的ながらもELダイバーの少女を保護していたダイバー、エミルとの邂逅の翌日。

 後一人だと言うのにフォースメンバーが募らないままに時間だけが過ぎていった。

 とは言え、何かの期間が迫っているわけでもないので、落ち着いてじっくり探せば良い、と言う結論に至っているのが現状だ。

 

 そんな土曜日の夜に、ハバキリとコウダイはいつものようにガノタトークに勤しんでいた。

 

 

 

 ハバキリ︰野球やろうぜ、お前ボールな

 

 コウダイ︰いいぜー(180mmキャノンの照準を合わせながら)

 

 ハバキリ︰バッターはデュエルガンダムだから実弾は効かねーぞ

 

 コウダイ︰(ピッチャーは)ストラーイク!ストラーイク!ストラーイク!バッターアウト!ゲームセット!乱闘開始!

 

 ハバキリ︰この間の(デッドボールを受けた)傷の礼だ!受け取れストライクゥゥゥゥゥ!!

 

 コウダイ︰これもう野球じゃねぇな

 

 ハバキリ︰もう下がれ!33-4で君達の負けだ!

 

 コウダイ︰なんでや阪○関係ないやろ!(ボールをバットで)打てばいいだろう!お前もそう言ったはずだ!

 

 ハバキリ︰アスラン下がって!

 

 コウダイ︰そしてニコルも乱闘に参戦!

 

 ハバキリ︰バッター、シュベルトゲペールを振りかぶって、ホーーーーームラン!!ズヴァーン

 

 コウダイ︰ニコルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

 

 ハバキリ︰選手をバットで殴り飛ばすと言うルール違反に抵触する以前の問題をやらかすキラ様マジキラ様

 

 コウダイ︰クソッ、クソッ、クソォッ!何で、何であいつが、ニコルが討たれなきゃならないんだ!(ロッカー相手にボクシングを始めるイザーク)

 

 ハバキリ︰言いたきゃ言えば良いだろ!?オレのせいだって!オレのせいで野球がボクシングになったって!!

 

 コウダイ︰違う、そうじゃない

 

 ハバキリ︰オレの甘さが、野球をボクシングに変えた……ッ!!

 

 コウダイ︰レフェリーとして割って入ろうとしたトールに向かってシールドを投げつけて、ノックアウト!

 

 ハバキリ︰トールゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

 

 コウダイ︰その頃、アークエンジェルのお世話になってるグゥレイトであった

 

 ハバキリ︰公式認定でC.E.最強と呼ばれたキラが唯一、本気で殺しに掛かってなお不覚を取る伝説の一戦、はーじまーるよー♪

 

 コウダイ︰シン「あの俺、一回フリーダム墜したんですけど……」

 

 ハバキリ︰いや、あれはキラ様がなめプしてたから負けただけだし、ノーカンでいいかと。それにフリーダムとインパルスは稼働時間こそ差はあるけど、武装のスペックそのものはインパルスの方が上だし、フォースシルエットなら機動性もイーブン、しかもインパルスは戦闘中に上半身ミサイルにした挙げ句新しいパーツに換装してたし。そもそもチミ、デスティニーって当時最強スペックの機体使ってながらストフリのレールガン直撃してたけど、「これがビームだったらもう終わってる」からね?VPS装甲に感謝しなさい

 

 コウダイ︰シン「まぁたフリーダムになめプされた挙げ句、脚本の設定無視のせいでデスティニーを電池切れ寸前にされた。VPS装甲の設定まで無視されなかっただけマシなの?(´・ω・`)」

 

 ハバキリ︰キィラァァァァァァァァァァ!!キラキラバシュー

 

 コウダイ︰アァスゥラァァァァァァァァァァンンン!!キラキラバシュー

 

 ハバキリ︰これもう乱闘じゃねーな

 

 コウダイ︰リリーナ様「ひどい……こんなものは乱闘ではありません!ただの殺し合いです!」

 

 ハバキリ︰その通りです、リリーナ様

 

 コウダイ︰アレ最初に何の話してたんだっけ?

 

 ハバキリ︰野球やろーぜ、お前ボールな

 

 コウダイ︰そもそもベースボールですらなかったwww

 

 

 

 そんな感じにお互い面白おかしくトークをしている途中で、不意にハバキリのダイバーギアに通話が着信される。

 

「ん?」

 

 誰かと思い名前を確認すると、セアからの通話だった。

 こんな時間に彼女が自分に何の用だろうかと、ハバキリは通話に応じる。

 

「もしもし、セアさん?」

 

『あ、ハバキリくん。こんばんは』

 

「はいこんばんは。それで、どーしたんです?特に用はなくて、オレの声が聞きたかったとかじゃねーですよね」

 

『違うよ、ちゃんと理由があって電話してるんだから』

 

 何言ってるの、とセアの苦笑する声が聞こえる。

 

『あのね、明日って予定空いてるかな?』

 

「んー、明日は普通に一日中フリーですよ。GBNに行くかどうかは明日にでも決めようかと思ってましたけど」

 

 そのGBNを一緒にしないか、と言うお誘いかと思ったハバキリだが、セアの用件とは少しだけ違っていた。

 

『じゃぁもし良かったら、またガンプラ作り、手伝ってくれないかな?』

 

 GBNのプレイでは無かったが、ガンプラ関連であることに変わりはなかった。

 

「いーですよ。でも、なんで急に?」

 

『と、特に深い意味はないんだけど、新しいガンプラを作ってみようかなって』

 

 一瞬、セアの言葉の端に動揺を感じたのは気のせいだろうか。

 何となく違和感を覚えたハバキリだが、今はそれを気にしないことにする。

 

「……まー、それはそれでいーんですが。それで、場所はどーします?」

 

『学園近くの、いつものガンダムベースでいいよ』

 

「んじゃーそーしま……あいや、ちょっと待ってください」

 

 そーしましょ、と言いかけてハバキリは止まる。

 明日は日曜日。

 休日のガンダムベースは特に親子連れが多く、買ったその場で作って帰るケースもまた比例する。

 そうなると工作ブースの席が取れない可能性が高く、そもそも品薄状態になる可能性もまたある。

 その懸念点を思い返してから、ハバキリは別案を持ち出す。

 

「セアさんの近くのショッピングモールって、ガンプラ売ってる所ありますか?」

 

『え?んーと、確か『ジョーヒン』ならあったけど……ガンダムベースじゃダメなの?』

 

 大手家電製品店のひとつを挙げるセア。

 何故かと訊いてくる彼女に、ハバキリは脳内に挙げていた複数の懸念点を教える。

 

『そっか。そこならそこで、私からしたら近くていいんだけど、ハバキリくんは電車に乗らないといけないよね』

 

「ま、そーなりますね」

 

 それからいくつか確認をしてから、通話を終える。

 

 

 

 ハバキリ︰スマン、電話に出てた

 

 コウダイ︰おう、んじゃそろそろ切り上げるか

 

 ハバキリ︰ういうい、おやすー

 

 

 

 コウダイとのやり取りも終えて、ベッドに身体を背中を落ち着けるハバキリ。

 

「えーと、明日は10時前にセアさんの最寄り駅だから……」

 

 一応、電車の運行時間やそこのショッピングモールの情報も調べておく。

 ガンプラの製作が目的なら、製作道具なども必要だろう。

 嵩張らない程度に荷物を纏めておき、そのまま床に付いた。

 

 

 

 

 

 GBN全体の中の、地球圏と木星圏の中間宙域ーーそのデブリベルトで、『鉄血のオルフェンズ』に登場する強襲装甲艦『ハンマーヘッド』が各砲座を展開しながら細かに機動していた。

 放たれるミサイルや対艦ナパーム弾が殺到する先は、輸送艦。

 対する輸送艦も対空機銃を撃ちまくってミサイルとナパーム弾を迎撃していく。

 それら艦砲射撃の合間合間に、ガンプラ達が応戦し合っている。

 

 GBN上では稀に見られる、艦対艦戦だ。

 

 そのハンマーヘッドの格納されたブリッジの艦長席に、アロハシャツ、短パン、ビーチサンダル、サングラスを掛けた、おおよそ艦長とは思えないような服装をした大男が窮屈そうに座り、艦を統制している。

 

「ちょっとは遠慮してやれよ。外装はボロクソにしても構わんが、中身は無傷で確保したいからなぁ」

 

「リョーカイ!リョーカイ!」

 

 大男がそう指示を与えたのは、人の代わりにCICやFCSを管制している、色とりどりのハロ達。

 各々、パタパタと耳を上下し、マニピュレーターを忙しなくコンソールへ打ち込んでいる。

 

「一番機、状況はどうか?」

 

 大男は、先陣を切って出撃した『V2アサルトバスターガンダム』のダイバーに通信を繋ぐ。

 余裕を保って戦線を維持しているようで、落ち着いた様子で応答される。

 

「推定敵戦力の53%は削りましたね、こちらの損害は軽微。あ、今、二番機……息子さんが敵艦に取り付いたようです」

 

 V2アサルトバスターガンダムは特にロックオンすることもなく、マニュアルでメガビームライフル、ヴェスバー、スプレービームポッド、ミサイルランチャーを一斉射、敵部隊を一息に薙ぎ払う。

 

「うんむ、順調順調。敵さんが白旗を挙げるまでは、油断するなと、ウチのバカ息子にも伝えてくれ」

 

「おいこら聞こえてんぞ。誰がバカ息子だ、クソ親父」

 

 複数のモニターのうちのひとつに、輸送艦の懐に飛び込んだ『ガンダムグシオンリベイクフルシティ』の姿が見え、そのダイバーが通信に割り込んできた。

 

 輸送艦に取り付いたガンダムグシオンリベイクフルシティは、120mmロングライフル、輪胴式グレネードランチャー、四連ミサイルランチャーを撃ちまくり、対空機銃やミサイル発射管を片っ端から破壊していく。

 その後ろから、輸送艦を守ろうと追ってきた『黒金色のグレイズ』がガンダムグシオンリベイクフルシティと対峙する。

 

『おのれ!艦の懐を狙うとは卑怯な真似を!』

 

 残弾のない銃火器類を手放していくガンダムグシオンリベイクフルシティ。

 対するグレイズはサイドスカートからナイトブレードを抜き放ち、ガンダムグシオンリベイクフルシティへ迫る。

 

『この私の、裁きを受けよ!』

 

 しかし、グレイズの動きは緩慢で隙だらけ、まるで素人ーー

 

 否、"たわけ"だ。

 

 振り降ろされるナイトブレードに対し、ガンダムグシオンリベイクフルシティはリアスカートを構成するシザーシールドを抜き、それでたわけのグレイズのナイトブレードを弾き飛ばした。

 

『へ、ぇ?』

 

 呆気なく武器を失って丸腰になるたわけのグレイズ。

 すぐに後退するなり、味方に救援を乞うなどすれば良いものを、動揺のあまり棒立ちになっている。

 ガンダムグシオンリベイクフルシティは流れるようにシザーシールドを開き、そのままたわけのグレイズのボディをガッチリと挟み込んだ。

 

『あ、あ、そんなっ、こんなところで私はぁ!』

 

 シザーシールドの圧力によって潰されていくコクピットの中で、ただただ喚き散らすだけのたわけ。

 しかし、たわけを助ける者はもう残っていない。全てV2アサルトバスターガンダムが撃墜してしまっているから。

 

『アアアアアアアアアア、イッ、イヤァァァァァァァァァァ……』

 

 ペシャン公。

 

 そんな音を立てて、グレイズはコクピットにいるたわけもろとも挟み潰された。

 

 グレイズ、撃墜。

 

 それと同時に、輸送艦の機関部が多数のビームによって貫かれた。

 推進剤の引火による爆発が輸送艦を激しく揺らす。

 

 これでもう輸送艦は身動きすらまともに取れなくなる。

 

 爆煙の中から姿を表したのは、紫陽花の色に似たキュベレイの改造機ーー『ヒュドレインシァ』によるファンネルだ。

 メインエンジンを破壊された輸送艦のブリッジ近くに、ヒュドレインシァは腕部のインコムクローを射出して突き刺す。

 そのヒュドレインシァのダイバーであるシスターの僧服を纏った女性ーー『ミスズ』は、インコムクローを通じての接触通信で降伏勧告を行う。

 

「たった今、貴艦の機関部を破壊させていただきました。これ以上の損害を惜しむのなら、直ちに降伏なさい」

 

 すると間もなく、輸送艦の方から"降伏"を示す発光信号が上げられた。

 

 ハンマーヘッドからそれを確認した大男は、パンパンと手を鳴らす。

 

「よーし、よくやった。これより敵艦の接収作業にかかるぞぉ」

 

 彼らーーフォース・『フラワーズ』もまた、反ELダイバー勢の駆逐のための活動を行っていた。

 大男は、艦長席の傍らにいる、エスニックな服装をした色白童顔の少年に声を掛けた。

 

「この程度で済むんなら、わざわざ『スピリッツ』から君を借りてくる必要も無かったかねぇ」

 

「いえ、ボクの方からもフラワーズと同行させてくださいとお願いしましたから」

 

 気にしないでください、と謙虚に頷く少年。

 

「そうかい。……ただまぁ、近い内にまたドンパチが起きるだろう。その時には、アテにさせてもらおうかね」

 

「任せてください」

 

 少年ーー『ミーシャ』は今、自分のフォースを離れて、フラワーズと共に行動していた。

 

 

 

 

 

 翌日の日曜日。

 アメノ家の食卓で、テラスはガタッと椅子を蹴り倒した。

 

「兄さん……今、なんて言いました……?」

 

「もっかい言わなきゃならねーか?「今日は朝からセアさんと出かけてくる」って言っただろーが」

 

 なんだその深海魚みてーなツラは、とハバキリはコンソメスープを啜る。

 対するテラスはわなわなと身を震わせると、バッと時計の時刻を確認する。

 現在、午前の7時45分。

 

「なんでそんなにゆっくりしてるんですかっ、あともう二時間も無いじゃないですか!」

 

「別にそんなに慌てねーでも、30分前にでも出れば余裕で10時に間に合うだろ」

 

 何故そんなにゆっくりしているのかと咎める妹と、何故そんなに慌てているのかと呆れる兄。

 

「だって兄さんっ、あのホシザキ先輩と『デートしに行く』んでしょう!?」

 

「FAZZ(ファッツ)?」

 

 ZZガンダムのフルアーマープランの検証、実験用の試験機の名を口にするハバキリだが、そんなことはどうでもいいし何の関係もないし、そもそもテラスはそんな細かいガンダムネタまでわからないだろう。

 

「休日に、相手を選んで、女の子と、お出かけ……これがデート以外の何だって言うんです!」

 

「すげーなその単略的な思考。それなら、『兄妹で近所のスーパーに買い物に行く=デート』って公式も成り立つな」

 

 天才を通り越したドアホだな、とハバキリはコップに注がれた牛乳を呷る。

 

「えぇぃっ、これだから兄さんは!」

 

 テラスはハバキリの食べ終えた食器を奪い取ると流し台の水に浸けておく。

 

「いいですか兄さん、女の子とデートすると言うのは、謂わば一種の戦争です」

 

「戦争と書いてデートと読むとか久々に聞いたわ。つーかそもそも、デートですらねーぞ。ただ買い物しに行くよーなもんなんだから」

 

 デートではないと否定するハバキリだが、テラスの方はテラスの方で、これは戦争(デート)(違う)であると譲らない。

 

「まずはひとつ、服装はいつもの私服で出ることです。下手に着飾ろうとするのはかえって逆効果です」

 

「(デートするよーな相手もいねーお前が、何偉そーなこと言ってんだか……)」

 

 大方、少女漫画かその辺りに影響されたのだろう。

 ハバキリ自身もたまにテラスが買ってきたそれを読むことはあるが、中には明らかに対象年齢いくつの本だと疑うような濃厚でディープかつ、ドロドロの刺しつ刺されつな……成人誌扱いされないギリギリのラインを攻めているとしか思えないものまである。

 そこから間違った知識を覚えたり、歪な人間関係を構築したりしないだろうかと、兄としては心配でもあったりする。

 そんな心配をする時点で、自分も少女漫画に影響されていると言う同じ穴の貉であることへの自覚はある。

 

「ふたつ、必ず集合時間の30分前には着くことです」

 

「30分前?30分も何して待てって言うんだ?」

 

 まさか30分もの間、何もせずに待てと言うつもりだろうか。

 それはもはや待ち合わせなどではなく、ただの嫌がらせの類ではなかろうか。

 

「兄さん、デートにおける待ち合わせと言うのは、男の子は待つ側にならなくてはならないのです。そして、やって来た女の子は待たせたかと訊いてきますので、その返しは必ず「待ってないよ、今来たばかり」と答えるんです」

 

「コッテコテのテンプレじゃねーか、昼飯に天ぷらうどんでも食えってのか」

 

「テンプレでも天ぷらでも、こう言うのはひとつの作法……つまりはルールです。「戦争にもルールはあります」って、ガンダムでも言ってましたよね?」

 

「なんでそんなとこだけ覚えてんだか……」

 

『08小隊』のアイナ様の台詞じゃねーか、とハバキリは呟く。

 それはともかくとして、これはもうテラスの言う通りにするしか滞り無く進むことは出来ないだろう。

 よって、ハバキリは潔く諦めることにした。

 

 

 

 

 

 それから、テラスの『デートのルール』を延々と聞かされた上に私服のチョイスや髪型まで口を挟み、ダメ出しまでされてようやく解放された頃には、もう既に9時前。

『30分前には待ち合わせ場所に到着しておかなければならない』と言うルール(?)に従い、かなりの余裕……と言うか暇を持て余して、ハバキリは最寄り駅からの各駅停車に乗り込む。

 

「(ま、テラスの言うことも分からなくはねーよ。傍から見れば、デートしているよーにも見えるだろーしな)」

 

 特に、学園のアイドルとさえ称される美少女とだ。

 今日のことも、コウダイには話さなくて正解だった。

 仮にもし昨日のやり取りの中で「オレ、明日セアさんと出掛けることになったwww」と呟いてみるとしよう。

 すると、すぐさまメッセージのやり取りから通話に切り換わり、『セアさんとデートだと!?貴様、それ以上余計なことを言うとその口縫い合わすぞ!!』と開口一番で脅迫されるだろう。

 そして、翌日の学園で根掘り葉掘りと尋問をしてくるに違いない。

 それは超スーパーすげーめんどくせー、と心底で呟いていると、目的の駅に到着する。

 

「駅前広場だったな」

 

 現在時刻、9時28分。

 ほぼちょうど、本来の待ち合わせ時間の30分前だ。

 とは言え、バカ正直に30分間何もせずに待つのは暇過ぎる。

 とりあえず飲み物でも買うか、と近くのコンビニに入り、コーヒーを購入してから広場に戻ってくる。

 

 ふと見れば、周りにいるのはスマホを弄っていたり、頻りに腕時計を確認している男ばかり。

 恐らくではあるが、デートの待ち合わせをしている者達だろう。

 

「(おいおい、何だこのリア充広場は。いや、それはオレも同じことか。……違うとすればデートじゃなくて、デートっぽい何かってだけだ)」

 

 何となく居心地の悪さを感じつつも、ハバキリはドリップされたばかりのコーヒーにフレッシュとシュガーを入れて、一口啜る。

 スマホを手に取ると、マナーモードにしていたために気付かなかったが、テラスからのメールが届いていた。

 

「……」

 

 内容も見ずにそのままゴミ箱へ投下、すぐに削除した。

 見なくとも分かる。どうせ今日のデート(違う)の予定やらコースやらがびっしりと分単位で書かれているのだろう。

 いちいちそんなものに付き合ってられない。

 メールチェックを終えると、すぐにスマホを鞄の中にしまい、交換するようにダイバーギアを取り出す。

 

 トップ画面から、動画共有サービス『G-Tuve』を開いた。

 

 ダイバーが有志で配信された動画を閲覧可能なサイトであり、代表的なチャンネルは『キャプテン・ジオン』氏によるマナー改善動画や、『パトリック・コーラサワー』氏による、スペシャルで2000回にも渡る対戦動画を始め、マイナーながらも『ジャスティス・カザミ』氏による自撮り動画なども配信されている。

 

 ハバキリは特にチャンネル登録はしておらず、たまに『みんなの投稿』を見て、気まぐれに観てみる程度のものだ。

 スワイプしてみて、最終更新動画を確認すると、ふと目に止まる項目が見えた。

 

「(……『ゲリラダイバーにご注意を!』?)」

 

 運営側が配信している公式情報で、三分ほどの短い動画のようだ。

 一体何だろうと、ダイバーギアにイヤホンを繋ぎ、再生してみる。

 

『本日もGBNをご贔屓にして頂き、誠にありがとうございます。昨今、ディメンション内で『ゲリラ』と呼ばれる少人数のダイバーが、運営管理者を対象に襲撃を行うと言う事件が多発しております』

 

 その前置きから始まり、続いて流れる映像には、GBNガードフレームの部隊と交戦しているガンプラが三機ほど。

 管理者側の機体であるGBNガードフレームの性能は桁違いに高く設定されており、その道のプロでさえも手出しを控えるほど。

 だと言うのに、GBNガードフレームの数は見る内に減らされ、それと対する三機は全く被弾すらせずに攻撃を続けている。

 

『この『ゲリラ』、パーソナルデータなどは完全に秘匿されており、個人の特定は困難とされております。さらに、出没する場所やタイミングなども不規則で、運営側でもその動向を把握し切れていないのが現状です』

 

 やがてGBNガードフレームは全滅、交戦していた三機はすぐさま踵を返してその場を立ち去っていく。

 続いて、また別の戦闘状況の映像に切り替わる。

 

『また、運営側に限らず、一般プレイヤーにも襲撃を行っているようです。中には、輸送艦を狙った海賊行為に出ることも』

 

 宇宙空間の中で、輸送艦を攻撃している様子が見える。

 輸送艦の機関部を破壊され、已む無く降伏信号を挙げる輸送艦が映し出されたところで、映像は止まる。

 

『これらは、目撃例のほんのごく一部です。実際は、皆様のすぐ近くでも発生しているようですので、皆様もこのような襲撃事件に遭遇することの無いよう、十分お気を付けてプレイしてください。お時間、ありがとうございました』

 

 これにて動画は終了。

 

「(……『ゲリラ』か。こんなご時世の中、そんな"ヒーローごっこ"をやってる物好きがいたもんだな)」

 

 先述の『ジャスティス・カザミ』氏の動画のコメントに、同氏が呟いたこのような言葉がある。

 

「俺はただ、GBNでヒーローごっこをやりたかっただけで、世界とか人の命とか、そんなもの背負えねぇ」

 

 収録当時のジャスティス・カザミ氏のガンプラが、『インフィニットジャスティスガンダム』ーー「戦争はヒーローごっこじゃない」と言う名言を残したアスラン・ザラの搭乗機ーーをベースとしたガンプラを使っていたことも相まって、痛々しいほどに皮肉なコメントであると、フォローユーザー達は静かに囁き合ったと言う。

 実は、こっそりとジャスティス・カザミ氏をフォローしているハバキリもまた、その中の一人である。

 

 イヤホンを外して、ダイバーギアのジャックからそれを引き抜いて鞄の中に納める。

 コーヒーをもう一口傾けて、息を吐き出す。

 

「(あのゼク・アインも、『ゲリラ』の一員なのか……?)」

 

 不可解な介入行動を仕掛けてきたと思えば、意味深な言葉を残してから突然立ち去っていく。

 不可解な介入行動と言う点においては、『ゲリラ』と類似しているが、あのゼク・アインのダイバーは『シャルル』であるはずの自分をハッキリと『ハバキリ』だと断言していた。

 だとすれば、『ゲリラ』とは反ELダイバー勢のことを指しているのだろうか?

 否、"アレ"は腐っても運営の一部(恥部のようなものだろうが)であり、運営のガーダーであるGBNガードフレームを襲う理由が無いはずである。

 

「(ま、管理側でさえ分からない相手に、一般プレイヤーが分かるわけねーな)」

 

『ゲリラ』の正体についての憶測を早々にやめて、ハバキリは待ち人を待つことにーー

 

「……あっ、ハバキリくーん!」

 

 ……しようとしたのだが、その待ち人が現れたようだ。

 自身の名前を呼ぶ声の方向から、人目を振り向かせながら駆け寄って来る、ホシザキ・セアが手を振ってくれている。

 

「おー、セアさん。おはよーございます」

 

 ハバキリも普段通りを装ってひらひらと手を振り返す。

 

「ハバキリくん、意外と早く着いてたんだね?まだ15分も前だよ?」

 

「別に15分前から待っても、バチ当たりなことにはならんでしょ」

 

 コーヒーを飲み干してゴミ箱に放り込む。

 

「そー言うセアさんだって、15分前に来てるでしょ」

 

「わ、私は、ほら、ここが地元だから、ハバキリくんよりも遅れて来るわけにはいかないと言うか……」

 

 セアは慌てて目を泳がせてハバキリの視線から逃れようとするが、その逸した視線の先を彼に回り込まれてしまう。

 

「……セアさんって、幼稚園とか小学校の頃、明日の遠足が楽しみで眠れなかったってタイプ?」

 

「うっ」

 

 図星をズビシと指されて、セアは声を詰まらせるが、すぐに苦し紛れに言い返す。

 

「た、楽しそうなことを楽しみにして、悪いことはないよねっ?」

 

「あっさり開き直ったな……ま、遅れて来られるよりは良いってことにしましょ」

 

 そんなことより、とハバキリはある方向へ目を向ける。

 そちらに見えるのは、今日の目的地であるショッピングモールだ。

 

「モール全体の開館は、10時からでしたっけ」

 

「うん。今から向かえば、ちょうど開館に合わせられるよ」

 

「んじゃ、行くとしますか」

 

 ハバキリとセアは、ショッピングモールへと向かった。

 

 

 

 

 

 ショッピングモール内に併設されている、大手家電製品店の一角である『ジョーヒン』に入店した二人。

 スマートフォンのアクセサリーなどを一通り見て回ってから、玩具売り場ーー主にガンプラのブースへ。

 

「さてセアさん。MK-Ⅱに続くガンプラ、何にしますか?」

 

「……」

 

 すると、セアは途端に難しい顔になる。

 

「いきなりそんな顔してどーしたんです。深刻な問題じゃねーんですから」

 

「うーん……やっぱり、経験豊富な人に訊くしかないよね……」

 

 ぶつぶつとそう呟くと、セアはハバキリに向き直る。

 

「最近、ミッションの難易度も上がって来てるでしょ?正直、今のMK-Ⅱじゃ辛くなってきてて……」

 

「(……昨日の通話の違和感はこれか)」

 

 ガンプラ作りを手伝ってほしい、と言う昨日のセアの声を思い出すハバキリ。

 あれは暗に、『ガンダムMK-Ⅱをどう改造するべきなのか』を相談したかったのだろう。

 それを含めた上で、ハバキリは応えを返す。

 

「別に、MK-Ⅱにこだわる必要は無いですよ」

 

「え?」

 

「そりゃ、初めて作ったガンプラだから愛着があるってのは分かります。けど、だからってそれだけに固執してたら、他のものが見えなくなりますよ」

 

 そう言いながら、ハバキリは鞄からガンプラのケース、そこからジンライ改を取り出して、セアに差し出した。

 

「オレのジンライ、好きに見てもいーですよ」

 

「う、うん……」

 

 ガラス細工を触るような繊細な手付きで、ジンライ改を受け取るセア。

 しばらく、それを回しながらまじまじと見つめること数十秒。

 

「やっぱり、素人目に見ても凄いクオリティだと思う……」

 

 セアがジンライ改を見ている間、ハバキリはあるガンプラのパッケージを取ってくる。

 それは、『HG SEED モビルジン』ーージンライ改のベースとなったキットだ。

 

「セアさん。オレがそのジンライを完成させるまでに、これをいくつ買ったと思います?」

 

「い、いくつって……同じものをってこと?そんなの分からない……っていうか、どうして同じものがいくつも必要なの?」

 

 どう言うこと、とセアはジンライ改とモビルジンのパッケージを見比べる。

 

「そーですね、『ジン』をベースにって決めてから、バリエーション機含めて、大体四つくらいは使い潰しましたね」

 

「使い潰したって……壊したってこと?」

 

 セアはますます分からなくなる。

 ハバキリが一体何を思って、そこまでに至ったのか。

 

「自分が満足……いや、『ギリギリ妥協出来るところ』まで目指した、その結果ですよ。二重関節、肩と胴体の可動、四肢の延長、ボールジョイントをピンジョイントに、ピンジョイントをボールジョイントに、各部のエッジ化、金属パーツへの取り換え、三重四重に渡る重ね塗り……何をどこまでしたか、もう覚えてねーや」

 

 指折り数えしながら、自分の愛機をどこまで改造したのかを思い出していくハバキリだが、不意にその表情に陰りが見えた。

 

「……ここまでやってもまだ足りねーくらいです。オレが必死こいてやって来たことを、"アイツ"は同じことを平然とやってくる」

 

「"アイツ"って……?」

 

 ハバキリの言う"アイツ"が誰のことを指しているのか。

 コーダイのことだろうか?

 

「……っと、こんなことセアさんに話してもしょうがねーですよね。とにかく、自分のことなんだから自分が好きなよーにやればいーんですよ」

 

「好きなようにって言われても……」

 

 好きなようにするにも、(出来る出来ないを別にして)何をしていいのかが分からないのがセアの現状である。

 

「偉そーなことを言いますとね、初心者は初心者らしく、余計なこと考えずに、作りたいものを作ってりゃいーんですよ」

 

「作りたいものを作る……」

 

 セアはその言葉を反芻する。

 つまり、ガンダムMK-Ⅱのことは一旦棚に上げて、これと思ったものを作れば良いのだと、ハバキリは言うのだ。

 

「……よしっ。ハバキリくん、これありがとう」

 

 何かしらの決心が着いたらしく、セアは手にしていたジンライ改をハバキリに返すと、早速物販ブースを見て回り始める。

 その様子を見守りながら、ハバキリは心中で溜め息をついた。

 

「(今だってビクつきながら試行錯誤を繰り返してる分際で、何を偉そーなこと言ってんだか……)」

 

 それは、自分への嘲笑だった。

 自分はプロのモデラーなどではない。

 その道のプロのやることを見様見真似でやっては失敗して、成功したフリをしているだけの、アマチュア以下の素人。

 そんなことは100回以上も理解している。

 

「(ま、悩んでる相手にちょっとぼやくぐらいならいーだろ)」

 

 そんな風に自分に言い訳しつつ、さてセアは新たなガンプラに何を選ぼうとしているのかと、目を向ける。

 

 その彼女が目に留めているのは、『HGCE フリーダムガンダム』だった。

 一度それを棚に戻してから、もう二回ほど右往左往をしてから、最後にまたフリーダムガンダムのパッケージを取りに戻って来た。

 

「うん、これ」

 

 セアはそう呟いて、ハバキリに向き直った。

 

「ん、フリーダムですね」

 

「これ、ハバキリくんのジンと同じシリーズのガンプラなんだよね」

 

「ガンプラのシリーズとしては別カテゴリですけど、登場作品は一緒ですね」

 

 フリーダムガンダムもジンも、同じ『SEED』に登場するMSだ。商標的には『SEED』ではあるが、続編の『SEED DESTINY』にも引き続き登場している。

 

「他に何か買うものとかは大丈夫ですか?」

 

「あ、えーっと……スミ入れペンってどこにあるかな?それも欲しいんだけど……」

 

「オレ、ここのジョーヒンは初見だからどこと聞かれても分かりませんが……ま、大体は塗料のコーナーにありますよ」

 

 あそこですかね、とハバキリが指すのは、ガンプラの販売ブースのすぐ近くに配置されている場所。

 セアがそちらへ向かうのを尻目に、ハバキリもガンプラの品揃えを見て回る。

 

「(インジャが出たんだから、普通のジャスティスだって出してもいーだろーに)」

 

 いつかは出るだろーけどさ、と新発売のポップと共に前面に展開されている『HGCE インフィニットジャスティスガンダム』を見流しつつ、ハバキリはセアが戻って来るのを待った。

 

 

 

 会計を済ませた後は、テーブルとパイプ椅子がいくつか並べただけの、簡素な製作ブースに移動する。

 一緒にガンプラを作っている親子を見掛けつつも、一席を占拠、早速フリーダムガンダムの製作に取り掛かる。

 

「……」

 

 取扱説明書を目に通すなり、セアは黙々と組み立て始める。

 特に何も言わずに作業を始めたところ、今回は最初から最後まで自分で作るようだ。

 こうなると、ハバキリは少し手持ち無沙汰に。

 

「(オレも何か買って作るか)」

 

 とは言え、セアを待たせない程度には手早く作れるものとなれば、選択肢は限られてくる。

 キョロキョロと販売ブースを見回して、

 

「(あ、そーだ)」

 

 ふと何かを思いついたハバキリは、セアに一声掛けてからその場を離れる。

 

 目当ての品を見つけ次第、すぐに買って戻って来るとすぐにセアと向かい合わせの席に着き、製作を始める。

 

 

 

 作業開始から、1時間半が過ぎた頃。

 セアは作業の手を止めて軽く背伸びする。

 

「んん……そろそろお昼かな」

 

 鞄からスマートフォンを取り出して時刻を確かめれば、正午を少し過ぎた頃。

 セアの手元にあるフリーダムガンダムは、本体こそ組み上がっているが、武装やウイングバインダーなどはまだ出来上がっていない。

 

「んじゃ、作業は一旦ここまでにして、昼飯に行きますか」

 

 既に作業を終えていたハバキリは、手早く広げていた工作道具などをケースに仕舞い込んでいく。

 

「ハバキリくんは、何を作っていたの?」

 

 自分のフリーダムガンダムに集中していたセアは、ハバキリが何かを作っていることは見えていたが、具体的に何を作っているかまでは見ていない。

 しかしハバキリはパッとそのパッケージを鞄の中に放り込んで隠してしまう。

 

「んー?セアさんが、そのガンプラ完成させたら教えますね」

 

「何それ、お預けってこと?」

 

 余計に気になるなぁ、とハバキリの茶目っ気に苦笑するセア。

 作りかけのフリーダムガンダムをパッケージに納め、製作ブースを片付けてから、二人はジョーヒンを後にする。

 

 

 

「お昼ごはん、ハバキリくんは何が食べたいかな?」

 

 ショッピングモール内のフードコートの階に移動してきて、セアはハバキリに訊ねる。

 

「特にこだわりとかはねーんですけど、強いて言うんなら、今日の朝飯がパンだったから、和食ですかね」

 

 だからといって、今朝のテラスとの問答の中で挙げられた天ぷらうどんを選ぶつもりはないが。

 

「和食系だね。それなら……」

 

 覚えのあるアテがあるらしく、セアは案内板を見ることなくその方向へ足を向ける。

 セアが選んだのは和食レストランで、今ようやく混み始めたばかりのようで、辛うじて並ばずに席に案内された。

 注文の方も早々に決まり、お茶を啜りつつ待つのみ。

 

「ハバキリくんは、GBNを始めてどのくらいになるの?」

 

 最初にセアの方から話題を振ってくれた。

 

「オレは中学に上がってから、すぐに親の許可もらってGBN始めたんで、大体二年半くらいですね。ガンプラそのものを始めたのは10歳くらい……だっけな」

 

 確かその辺りだったはず、とハバキリは思い出しながら答える。

 

「五年もかぁ……それだけ経験があれば、ジンライくらいのガンプラだって作れるんだね」

 

「その辺は個人差あるんじゃないですかね。オレより年下で、世界のプロ相手に渡り合ってる奴だっているんだし」

 

 それはある種の天才かドアホの類だな、とハバキリは苦笑する。

 

「そー言えば、セアさんは何でGBNを始めようって思ったんですかって、訊いていーですか?」

 

 今度はハバキリの方からの質問だ。

 その問い掛けに対して、セアはもう一口お茶を喉に注いだ。

 

「そうだね……ちょっと、私の思い出話から始まっちゃうんだけど……」

 

 そう前置きを置いて、セアは自分が高校生になってからのことを語り始めた。

 

 

 

 

 

 ーー私ね、高校生になったら勉強とかすごく大変で、ドラマみたいな青春を送るなんて、出来ないと思ってたの。

 今の学園だって、中学からの知り合いなんて一人もいないし、誰にも頼れない、一人で頑張るしかないんだって、ずっと肩肘張ってた。

 そんな、自分で勝手に窮屈にした生活を送っていた時に、出会ったのが、カナちゃんーークラサカ・カナデちゃんだった。

 

『難しそうな顔してるね』

 

 それが、カナちゃんが私に声を掛けてきた第一声。

 

『え……?』

 

 その時の私、きっとすごく変な顔してたんだと思うの。

 

『ホシザキさん、だったっけ?えーと……確か、この学園から離れた中学から来たって』

 

『そうですけど……クラサカさん、ですよね?』

 

『別に敬語なんて要らないよ、同い年なんだし。……見た感じ、意気揚々と高校に上がったのはいいけど、周りに頼れる人が誰もいなくて、ぼっちにならざるを得なかった、ってとこ?』

 

『……』

 

 初めは、カナちゃんの遠慮のない言い方を不快に感じたこともあった。

 でも、その言い方がカナちゃんなりの気遣いだって思い直したのもすぐだった。

 

『私も同じだよ。よそから何十分も電車に乗って来てるんだから。仲間って言えるような人が誰もいなくて、肩肘張る気持ちも分からないでもない』

 

 カナちゃんは、色んな意味で私とは正反対な人で……だから、友達になれたのも自然なことだったかもね。

 

『そりゃね、味方は誰もいないかもしれないけど、周りは敵だらけってわけでもないんだから。無理に強張ってばかりじゃ、自分の欲求不満を誤魔化すために虐めに走るようなクズに目を付けられるよ?』

 

 味方を作る前にまず敵を作らない……カナちゃんはそう言ってた。

 

『憐れむわけじゃないけど、よかったら昼ごはん、一緒にしてもいいかな』

 

 こうして、私はカナちゃんと一緒になって行動することが増えて、カナちゃんを通じての友達も増えた。

 少しずつ、学園生活にも余裕が出来るようになってきて、夏休みが終わった後だね、「せっかくだから、何か新しいことを始めたい」って思ったのは。

 でもそれは、部活みたいな連帯責任の無くて、もっと自由なものを求めてたの。

 そんな都合のいいものなんてそうそう無いって思いながら、何か無いかなって探してたところに、テレビでGBNの特集をやってるのを見て、いいなって思ったの。

 何十年も続いてるゲームだし、ガンプラはそれよりももっと昔から続いていて、それこそお父さんやお母さんが生まれる前からあるようなものだし、どうしてみんなそんなに夢中になれるのか、気になった。

 気になったら答えはひとつ、自分で確かめるだけ。

 動機は単純だったけど、やるのなら出来る限り頑張る。

 そうして、私はGBNの世界に飛び込んだーー。

 

 

 

 

 

「……そんな感じで、ミツキさんを通じてハバキリくんに出会って、今に至るってところかな」

 

 思い出語りを終えたセアは、お冷を口に流し込む。

 

「なんつーか、意外と普通な動機ですね。もっとこう、学園の中じゃアイドル扱いされて窮屈だから自由を求めてたとか、大層な理由があるもんだとばかり」

 

「……前々から気になってるんだけど、何で私、アイドル扱いされてるのかな?」

 

 セアは不満そうに目を細める。

 自分の知り得ぬところで勝手に祭り上げられる感覚はハバキリには分からないが、少なくともあまり嬉しいことでは無いようには思える。

 アイドル扱いされるその理由を、ハバキリは溜息混じりで答える。

 

「コーダイからうるせーくらい聞きますよ。セアさんは美人でスタイルも性格も良くて成績は学年トップ、非の打ち所も向かうところの敵も無しって」

 

「大袈裟だなぁ……みんなして私のこと過大評価し過ぎだよ」

 

「オレに言わせてみれば、セアさんは自己評価が低過ぎると思うんですけどね」

 

 だからこそ学年トップの成績だって叩き出せるんでしょーけど、とハバキリは言葉を続ける。

 

「偉そーにふんぞり返ってりゃいい、とは言いませんけど、もーちょい、「自分はこれだけのことをしているんだ」ってことを誇らしく思ってもいーんじゃないですか?」

 

「……誇らしく」

 

 ハバキリの言葉を反芻するセア。

 思案を回そうとしたところで、

 

「お待たせしました。季節限定A定食と、焼鮭定食になります。ご注文は以上でお揃いでしょうか?」

 

 ちょうど、オーダーした料理が運ばれて来た。

 いただきます。

 

 

 

 

 

 昼食を終えた後はセアの先導の元、ショッピングモール内を見て回り、ハバキリはそれに付き合うと言う形であった。

 全てを見て回ることは出来なかったものの、セアが見たい所は全て回り、それが終わった頃には既に夕陽が傾いていた。

 

「あ、もうこんな時間……過ぎるの早いね」

 

「"時は金なり"って言葉を考えた人は天才ですよね」

 

「時間もお金も、減らなくていい時にばっかり減るものだよね」

 

 ジョークを交えても、過ぎたものは戻ってこない。

 今朝に待ち合わせていた駅前広場にまで来たところで、今日のところはお開きだ。

 切符を改札に通す前に、ハバキリはセアに向き直る。

 

「んじゃーセアさん、今日は楽しかったです。ありがとうございます」

 

「うぅん、私の方こそ、今日は付き合ってくれてありがとうね」

 

「今日作ってたフリーダム、完成したら見せてくださいね」

 

「もちろん。ハバキリくんが何を作っていたのかを教えてもらわないとだね」

 

 また明日、学園で。

 互いにそう挨拶を交わして、ハバキリは改札を通り、セアはそれを見えなくなるまで見送ってくれた。

 

 

 

 

 

 その、翌日の学園では。

 

「ハァ〜バァ〜キィ〜リィ〜……お前、昨日セアさんとデートしてたってのは本当かァ!?」

 

 朝の教室のど真ん中で、コウダイが詰め寄ってきていた。

 

「(あー、やっぱ誰かが見てたんだなー)」

 

 何となくこうなることは予想出来ていたハバキリは、いつもの調子を装いながらそれらしく答えることにした。

 

 ーー昨夜にセアが、ちょうど完成したばかりのフリーダムガンダムを見せてくれたことを思い出しつつ。

 

 

 

 

 

【次回予告】

 

 コーダイ「なぁぜだ!何故お前にばかり幸運が降り掛かって来る!?」

 

 ハバキリ「知らねーよ、Googre先生にでも聞けよ」

 

 サッキー「セアさん、昨日ハバキリとデートしたってホントですか!?」

 

 セア「デ、デートじゃないよ!?ただ買い物に付き合ってくれただけだから……」

 

 ハバキリ「そんなことより、オレ達のフォース戦、そろそろ考えねーとな」

 

 コーダイ「ん待て!セアさんとのデートの顛末、もっと詳しく聞かせろォ!」

 

 ジル「次回、ガンダムビルドダイバーズ・スピリッツインテンション

 

『初陣!フォース・リヴェルタ』

 

 ねぇハバキリ、デートってなに?」

 

 ハバキリ「それはまた今度な」


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