ガンダムビルドダイバーズ・スピリッツインテンション   作:さくらおにぎり

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15話 鴉野神社へようこそ

 二人分の珈琲豆を挽き終え、粉末状になったそれに軽く熱湯を注いで蒸している数十秒の間に、ドアベルが来客を告げてくれた。

 

「今宵はお客の多い日だな」

 

 仮面の獣人、やべー奴、先生と言う濃厚な面々の次に現れたのは、

 

 壮年男性だろう、カラス型の鳥人だった。

 

「ふむ、カイドウ先生に誘われて一度来たきりだが……」

 

「あーら?アナタは確か、先生と一緒に飲みに来てくれた……『ケンさん』だったかしら?」

 

 バーテンダーは、その鳥人を「ケンさん」と呼んだ。

 

「おぉ、覚えておいででしたか」

 

 その節はどうも、と軽く会釈しながら、ケンさんはカウンター席へ向かう。

 

「お隣、失礼する」

 

「どうぞどうぞ」

 

 トラちゃんも会釈を返すと、先程まで仮面の獣人がいた席にケンさんが着く。

 

「店長、前と同じ……『俗物』を頼みたい」

 

「はーい、俗物ね。少々お待ちを……」

 

 オーダーを受けながらも、バーテンダーは二人分のコーヒーを注ぎ、その内のひとつをトラちゃんを手渡してから、カウンターの棚からその二文字が筆書きされた酒瓶を取り出す。

 トラちゃんは、お冷を口に付けるケンさんを監察するように見ていると、ふと何か思い当たった。

 

「……もしや貴方は、カラスノ家の御当主では?あの、フォース・『出雲』の」

 

「む?如何にもその通りだが……君は?」

 

 ケンさんは少し不思議そうにトラちゃんの顔を見る。

 何故なら、彼の所属するフォース・出雲は、積極的にミッションを受けはせず、単にオンライン上の会話手段程度にしか使われていない、無名のーーそれこそ運営ですらその存在を認知しているかもどうか怪しいほど、知名度の無いフォースだ。

 身内以外では、バーテンダーやミツキぐらいしか知らないはずのことを、トラちゃんは知っているのだ。

 

「名を名乗るほどの者ではありません。ですが、貴方のご息女……"長女"の方と何かと縁がありまして」

 

「ほぅ、あのバカ娘と。迷惑をかけては……否、迷惑千万そのものだろう?ここ二年で更生の兆しは見えたが、それでも猪なのは相変わらずだ」

 

 そう語りながらもケンさんの脳裏には、ある年の夏に仮病を使って長女を呼び戻しては無理矢理仕事を手伝わせ、それが終わればGBNで不条理とも言える特訓をさせた日々が浮かんでいた。

 

「そう過小評価することも無いでしょう。控えめに言って、彼女の力無くして今のGBNは存在し得なかった」

 

 トラちゃんは事実を言っているつもりだった。

 彼女がもしいなければ、"彼ら"は『ポイントゼロ』に近付くことさえ出来なかっただろう。

 猪突猛進と言えば聞こえは悪いが、何者にも恐れず進む勇気と、後に続く者のために道を切り開くその力は単純でーーしかし得難いものだ。

 

「そう言ってくれるのは、父親として誇らしいものはあるが……」

 

 照れ臭そうに、手羽の先でこめかみを掻くケンさん。

 それを見てトラちゃんは内心で「親馬鹿、ここに極まれりだな」と呟いた。

 

「ところでケンさん、腰の調子はどうかしら?」

 

 ふとバーテンダーは、お猪口を用意しながらケンさんにそう訊ねた。

 

「どうにもなぁ……まさか供物の米俵ひとつも支えられんとは、歳には勝てんな」

 

 参ったわ、と腰を擦ってみせるケンさん。

 

 本人曰く、「次女に歳を理由に身体を心配されたので、まだまだ現役であることを誇示するために米俵を担いで見せようとしたら、ぎっくり腰をやらかした」らしい。何やってんのあんた。

 そのせいで長女にも「ジジイはジジイらしく縁側でネコの相手でもしてやがれ、クソ親父」と死ぬほど口汚く心配されたと言う。

 

 ちなみに、米俵ひとつで50〜60kgはくだらないため、特に鍛えてもいない人間では持ち運ぶことすら難しいだろう。

 

 

 

 

 

 ディメンション某所。

 セアのフリーダムガンダムを海へ沈めたトーシローのジム・クゥエルロゥ。

 暗がりの中、メンテナンスハンガーに納められ、再びゼク・アインの外装が纏われる。

 トーシロー自身もまた、外していたフルフェイスマスクを被りながら、先程までハバキリと交わした言葉を思い出す。

 

 ーー最善の策なら、ELダイバーを片っ端から殺しても構わないってのか?ーー

 

 その言葉に対する答えは、咄嗟に出なかった。

 

「(良いわけがないだろう……)」

 

 だが、今の自分は身を偽っているとは言え運営側のダイバーの末席。

「そうだ」と命令をされたのなら、その通りに実行するしか無いのだ。

 例えそれが、自分にとって好ましくないことでも。

 

 不意に、コンソールパネルから通話が着信を告げる。

 

 トーシローはすぐに周囲を見回し、誰もいないことを確認してから壁を背にしてから通話に応じる。

 

「……コチラ、コードネーム『シルヴァ』」

 

 マスク越しのくぐもった声で応答すると、サウンドオンリーの通信から、低い男性の声が届く。

 

『油を売る余裕があるとは、随分と暇を持て余しているようだな』

 

「ウッテイタノハアブラデハナク、ケンカダガ……ソレデ、ヨウケンハ?」

 

『次の命令だ。君には、フォース・リヴェルタの動向を追跡してもらう』

 

「リヴェルタヲ?」

 

『我々が逃してしまった『プロトタイプ』が、フォース・リヴェルタのメンバーとなって身を隠している、と言う情報があった。無論、一介のフォースに直接殴り込みを掛けるわけにはいかん』

 

「ユエニ、ヨウスヲミロト?」

 

『そうだ。かのフォースには、あの『青き狂戦士』もいると言う。迂闊に仕掛けても返り討ちに遭うだけだろう。……近頃、ゲリラの反抗運動も活発化している。我々の"計画"発動の日も近いのだ、慎重にな』

 

「リョウカイ、"ゲームマスター"」

 

 トーシローがそれを返すと、通信は切られる。

 コンソールパネルを閉じて、彼はマスクを外して一人ごちた。

 

「(何故、四年前に身を引いたあなたが、今になってGBNに台頭するんだ……カツラギ氏)」

 

 その脳裏に、ガンダイバーのアバターを思い浮かべて。

 

 

 

 

 

 ハバキリと例のゼク・アインーートーシローのジム・クゥエルロゥとが遭遇し、セアがその後を追い掛けた日の、その後。

 

 ログアウトしてからセアは、ゲームセンターから行き付けのジョーヒンへ訪れていた。

 

 新しいガンプラを作りたいと言う気持ちを抑え、塗料のコーナーに足を向ける。

 トーシローのジム・クゥエルロゥとの戦闘で痛感した、自分と周りの実力差。

 無論、ほば素組みのフリーダムガンダムの性能も悪いものではない。むしろ、比較的新しいフォーマットであるHGCEのそれは、組み立てただけの状態でもそれなりの性能は出る。 

 しかし、それだけでは近い内に必ずどこかで頭打ちになる。

 いくらセアが自分の操縦技術を高めようとも、根本的な機体性能差は如何とも覆し難いものがある。

 

 そのために、ガンプラの性能を高めるーー塗装や改造を施す必要があるのだ。

 

「(とは言っても、何この数……)」

 

 セアは、目の前にずらりと並ぶ塗料の小瓶の列を見て、顔を困らせた。

 これだけではない、その隣にはスプレー缶の塗料や、マーカーの塗料も立ち並ぶ。

 しかも同じ色でも、アクリル系、ラッカー系、エナメル系、さらには水性、油性と分類されており、どれとどれを重ね塗りしてはいけないと言うことも一覧表に書かれている。

 

 とりあえず普通に塗装をしたいのだが、何をどう使えば、ハバキリやコーダイ、サッキー、エミルのようなガンプラになるのか、全く分からない。

 

 スマートフォンの検索で、初心者向けのガンプラ塗装のハウトゥーを閲覧してみるが、紙ヤスリによる表面処理だの、コンパウンドによる研磨だの、合わせ目消しだの、サーフェイサーによる下地塗装だの、とてもではないがいっぺんに実践出来そうにない。

 

 結論、セアは今日ここでの買い物はやめる。

 

 一人で焦って解決出来ることなど、高が知れている。

 分からなければ、分かる人に相談するのが一番の解決策だ。

 

 

 

 

 

 しかし、事はセアの思い通りには進んでくれなかった。

 今度の三連休のどこかで、ガンプラの塗装について教えてほしいとハバキリに相談してみたところ、

 

『あー、すいません。今度の連休、ウチの両親が帰ってくるんですよ。家族水入らずで過ごすって予定立ててまして……』

 

 と言う返答が返ってきた。

 ハバキリが言うには、コウダイも連休に予定を入れているらしく、そちらに頼むのも難しいとのこと。

 

「そっか……無理言ってごめんね」

 

 そう言って通話を切ろうとするセアだが、『待ってください』とハバキリに呼び止められる。

 

『ミツキを通じてのアテならあります。今から繋ぎ取るんで、いっぺん切りますよ?』

 

「ミツキさんの、アテ?あ、うん。待ってるね」

 

 そこで一度、通話が切られた。

 ダイバーギアを手元に置き、机の目立つところに置いている、ガンダムMK-Ⅱとフリーダムガンダムを見比べる。

 

「(どっちを塗装しようかな)」

 

 いずれはどちらも塗装や改造を施したいが、二ついっぺんには出来ない。

 さてどちらから手を付けようかと悩むこと数分、ダイバーギアが通話の着信を告げた。

 ハバキリからの折返しの連絡だ。

 

「もしもし?」

 

『あーもしもし、セアさん。さっき言ってたアテとの繋ぎ、取れましたよ。ちょっと伝えることが多いんで、メモの用意してもらっていーですか?』

 

 そう言われて、セアはさっとシャーペンと、側にあったノートの後ろを開く。

 

「メモの準備、オッケーだよ」

 

『んじゃ早速……』

 

 ハバキリは、先程に自分が聞いた内容をそっくりそのままセアに伝えた。

 それをメモし終えたセアは、頭に浮かぶ疑問符が消えない。

 

「ガンプラの塗装や改造を教えてもらうのに、どうしてそこなの?もっと他に場所があるんじゃ……」

 

『あちらさんの都合らしーです。セアさんからしたら都合が悪いってんなら、今からでもキャンセルの連絡しますけど……』

 

「うぅん、大丈夫。ただ、ちょっと意外に思っただけだから」

 

『事は、さっき伝えた内容通りなんで。他に聞いとくこととかありませんか?』 

 

「……場所が場所だからイメージつかないけど、多分大丈夫」

 

『じゃ、頑張って来てくださいね』

 

「うん、また明日学園でね」

 

 互いにまた明日を告げ合ってから、通話を切る。

 セアの初めてのガンプラ改造は、予想も出来ないことになりそうだ。

 

 

 

 

 

 祝日の金曜日の早朝。

 セアは大きめの荷物を抱えて電車に乗り、三駅ほど通過した駅で降りて、そこから歩くこと数十分。

 ガンプラの改造や塗装をするからには、ガンダムベースのような施設で行うのかとばかり思っていたセアだが、ハバキリの言う"アテ"は、そのイメージを180度逆に引っくり返すような場所だった。

 

「『鴉野神社』……うん、ここかな」

 

 スマートフォンの位置情報サービスを見比べつつ、ここが目的の場所であると確信するセア。

 

『鴉野神社』

 

 大きくはなくとも、代々受け継がれてきた由緒正しき神社であると、事前にハバキリから教えられていた。ちなみに、今年の春辺りから、『若い美人の巫女』が新たにここで勤めるようになったとか。

 とは言え……

 

「二泊三日、泊まりがけで……それも神社でするなんて」

 

 予想外も予想外に過ぎる。

 しかも、神々を祀る厳かな社の中でそんなことをしても良いものか、とセアの中で戸惑いが生じるのも無理はない。

 

 とにかく、ここまで来て引き返すつもりもない。

 セアは意を決して赤鳥居を潜り、長い長い石段へ足を踏み入れた。

 

 

 

 何分も石段を登り続け、ようやく本殿が見えてきた。

 

「ふぅ……」

 

 大荷物を抱えながらの階段登りを終え、セアは一息つく。

 紅白が目立つ装束を着込んだ女性ーー巫女が境内を竹箒で掃除しているのを見て、セアはそちらへ足を向ける。

 

「ん?」

 

 巫女の方もセアの存在に気付きーー的を得たような顔をした。

 女性としてはやや身長は高く、毛先が赤みを帯びた黒髪が特徴的な巫女。

 

「あの、今日から三日間お世話になります、ホシザキ・セアと申します」

 

 深々と腰を折るセアに、巫女も微小を浮かべて頷く。

 

「えぇ、お話はお伺いしております。アタs……私はこの神社直系の巫女の、『カラスノ・ヤイコ』と申します」

 

 しゃなり、と言う擬音が聞こえてきそうなほどの、ヤイコの流麗な仕草に、セアは思わず目を奪われる。

 

「(美人だし、仕草とか立ち振る舞いも……凄く"巫女さん"って感じ)」

 

「ささ、どうぞ中へ」

 

 ヤイコに連れられて、本殿とは別のーー居住区の方へ案内される。

 

 

 

 さてそれでは早速ガンプラを……と思っていたセアであったが。

 

 玄関口から客間へ移動させられ、そこで着替えるとのこと。

 何に着替えるのかと思いきや。

 

「あの、私……巫女のアルバイトに来たんじゃないんですけど……」

 

 紅白の袴姿ーーヤイコと同じ巫女装束へと着替えさせられたのだ。

 しかも、着替えるだけならまだしも(セア自身、一度着てみたいとは思っていたのだが)、その格好で本殿へと戻って来れば竹箒を持たされ、境内の清掃をしろとのことだった。

 

「ごめんねホシザキさん。今、宮司のお父さんが療養中で、その分の仕事を全部姉さんが取って代わってて、人手が足りなかったの」

 

 申し訳なさそうに答えるのは、ヤイコの妹である『カラスノ・ユミコ』。

 目元が隠れかけている髪は、確かにヤイコと99%以上同じ遺伝子を受け継いだのだろう、毛先が赤みを帯びた黒色。

 

「事情は分かりますけど、うーん……」

 

 今ひとつ納得出来ていないセアに、ユミコは諭してやる。

 

「ガンプラのことは、後でちゃんと教えてあげられるから、ね?……うん、よく似合ってるよ」

 

 セアにとって不幸中の幸いと言うべきなのか、カラスノ家の邸宅には、ガンプラの塗装を行うにあたって必要な道具などは一通り揃っているし、塗料そのものもある程度は備えてある、とミツキからのハバキリ経由で知らされている。

 道具や塗料を無償で使わせてくれる、と言うのであれば、ここで巫女の業務の手伝いをするのは、ある意味等価交換とも言えるか。

 

 ーー実は、鴉野神社が現在人手不足、しかも宮司が療養中の中、アルバイトを雇うべきか否かを決めかねていたのだが、ハバキリからミツキを通じての話を聞き、渡りに船とばかりセアを利用することにしたのは、当事者だけの内密であるーー。

 

「……分かりました。やるからには、出来るだけ頑張ります」

 

 ともかく、前向きに取り組もうと腹積もりを決め込むセア。

 

「うん、それじゃぁまずは……」

 

 ユミコからの指示を受け、セアは境内の清掃に取り掛かる。

 

 

 

 

 

 それから、二時間が過ぎた頃。

 セアは黙々、黙々とユミコから与えられた範囲を竹箒で掃いているのだが、

 

「(やってもやっても進まない……もうお昼になっちゃう)」

 

 日の高さは既に頂点を過ぎた頃。

 しかも、木の葉が色付き、舞い散り出すこの季節だ。

 境内の片隅には、文字通り山のように集められた赤や朱、黃の落ち葉ーーその、塊。

 出来るだけ一箇所に固めているとは言え、その高さはセアの腰ほどまである。

 

「(巫女さんは、こう言うことを毎日してるんだよね……)」

 

 これを毎日やれと言われれば……毎日やっていれば慣れるかもしれないが、少なくとも今は慣れる自信がない。

 

 ふと、ユミコが居住区の方からやって来た。

 

「ホシザキさーん、そろそろお昼に……って、えぇッ!?」

 

 そろそろお昼にしよう、と言いかけたところで境内を見たユミコは驚愕する。

 

「あ、ごめんなさいユミコさん。まだ全部終わってなくて……」

 

「うぅん、そうじゃないの……えっ、何これ、こんなに綺麗にしてくれたの?」

 

 セアは「まだ終わっていないから驚愕した」と思ったのだが、ユミコは「あまりにも清掃が行き届き過ぎていて驚愕した」のだ。

 境内の石畳は、塵ひとつ無いのではないかと錯覚するほど清掃ーーいっそ、研磨されているとでも言うべきなのか。

 

「……えっと、何かまずかったですか?」

 

 何か間違ったことでもしてしまったのか、とセアは不安になりかけるが、

 

「全然まずくないよ?ちょっとびっくりしただけだから。……姉さんが同じ時間やってもこうはならないのに」

 

「?」

 

 セアは小首を傾げつつも、ともかく昼食の時間だそうなので、手を洗いに行く。

 

 ーーしかし、この清掃がまだ第一関門を突破出来たばかりで、すぐに第二関門が待ち構えているのだった。

 

 その、第二関門とは……

 

「えーーーーーっと、ユミコ、さん?」

 

「何かな、ホシザキさん」

 

 ユミコが持って来てくれた昼食は、タッパーに詰め込まれた『ナニか』だった。

 

 大事なことなのでもう一度記述する。

 

 ユミコが持って来てくれた昼食は、タッパーに詰め込まれた『ナニか』だった。

 

「これは……お弁当、ですか?お弁当ですよね?」

 

 とてつもなく怪訝そうな顔をしながら、お弁当(?)とユミコのきょとんとした顔を見比べるセア。

 

「お弁当だよ?」

 

「……お弁当、なんですね?」

 

「そんなに疑わなくてもいいのに。お父さんも姉さんも普通に食べてくれるよ」

 

 そう言ってくれるユミコだが、この、モザイクをかけられた上で放送されそうな『ナニか』を見るセアの反応は至極当然で、一般的な感覚だろう。

 

「例えば、この、(自主規制)みたいなのは……?」

 

「卵焼きだけど?」

 

 ……何をどうすれば、卵がこんな(自主規制)になるのか。

 

 これを、カラスノ姉妹とその父は普通に食べているのなら……と、セアは色々なものを押し殺すことにした。

 

「い……いただきます」

 

 恐る恐る、その(自主規制)を口にしてみるセア。

 ……セアの味覚は正常らしく、砂糖を混ぜた甘めの卵焼きの味がする。

 

 これから後二日間、このような食事が続くのかと思うと、セアは目眩を起こしたくなった。

 

 

 

 昼食という名の第二関門を突破したセア。

 味や食感は美味しいのに、何故見た目だけはあんな(自主規制)なのだろうか。

 考えたくないことを考えそうになるセアだが、きっと考えたら負けなのだろうと決め付けることにした。

 

 居住区の客間にセアを通してから、ユミコは道具などを用意するために客間を後にする。

 これから、塗装をするーーための前段階に入るのだ。

 ユミコが淹れてくれたお茶を啜り、彼女が戻ってくるのを待つ。

 ふと、喧騒が客間に届いて聞こえてくる。

 何か起きたのかとセアは襖に耳を傾けると、

 

 

 

「いいからとっとと接骨院行ってきやがれクソ親父!さもなきゃテメーをスマキにして病院にぶち込んでやんぞゴラ!!」

 

 

 

 声そのものが暴風のような怒号がビリビリと廊下に響き渡る。

 

「!?」

 

 セアは慌てて襖から飛び下がった。

 今のはヤイコでもユミコでもない、誰だろうか?いや、どちらかと言えばヤイコの方が声色に近いが……ヤイコがあのような罵詈雑言を吐き散らすだろうか?

 

 喧騒が止んだ頃、プラケースを手にユミコが苦笑しながら戻ってきた。

 

「あっはは……うるさくしてごめんね、ホシザキさん」

 

「え、えーっと、今のは……」

 

「気にしないでいいよ。それより、始めよっか」

 

 ユミコは客間の座布団に腰掛け、持ってきたプラケースをテーブルに置き、それを開く。

 

「まずは、パーツの分解からだね」

 

「はい」

 

 セアは鞄の中のケースから、ガンダムMK-Ⅱを取り出した。

 初心に戻ると言う心掛けも込めて、フリーダムガンダムではなく、初めて作ったガンプラであるガンダムMK-Ⅱを選んだのだ。

 

「HGのガンダムMK-Ⅱだね。うん、比較的簡単なガンプラで良かった」

 

 ユミコはプラケースの中からパーツオープナーを取り出し、セアにそれを貸してやる。

 まずはポリキャップで接続されている部分を取り外して行き、次にパーツごとに分解していく。

 

 一時間が過ぎたところで、ようやく全てのパーツの分解を終える。

 

「次は、紙ヤスリで表面処理だよ」

 

「表面処理?」

 

 確かこの間に見たハウトゥーでそのようなことも記述されていたはず、セアは思い起こす。

 

「このまま塗料を吹き付けると、パーツ表面の油脂とかのせいで着色が悪くなるの。本当は三段階くらいに分けて処理した方がいいんだけど、ホシザキさんは初めてだから、800番辺りで一回でいいよ」

 

 そう言いつつユミコは、プラケースから今度は紙ヤスリを取り出し、セアはそれを受け取る。

 

「これで、パーツを擦るんですか?」

 

「あんまりやり過ぎると、パーツ自体が変形しちゃうから、軽くでいいんだよ。表面が少し白むくらいで」

 

「軽く……軽くで……」

 

 セアは優しく丁寧に、パーツに紙ヤスリをかけていく。

 時間が掛かる作業なので、ユミコは社務所の仕事の手伝いに行き、何かあれば連絡してほしいと連絡先も教えてもらった。

 

 

 

 

 

「…………あれ?もう夕方?」

 

 セアは窓の外を見た。

 辺りは茜色に染められ、日が沈みかけている。

 

 手元に転がされているパーツは、全て紙ヤスリを当てられている。

 スマートフォンで時刻を確認してみれば、17時を回ったところ。

 

「ん、ん〜〜〜〜〜……っ」

 

 一度大きく背伸び。

 長時間同じ姿勢を続けていたせいか、背伸びが嫌に億劫にかんじる。

 

 ふと、客間の一角に目を止めた。

 

 硝子張りの戸棚の中には、多くのガンプラが並んでいる。

 ヤイコか、あるいはユミコが手掛けた作品だろうか。

 その中でも、白い毛並みの九尾に似たガンプラが一際存在感を放っている。

 

 それらをひと目見てから、一旦ユミコに連絡を入れようと電話帳を開こうとしたところで、客間の襖がノックされる。

 

「ホシザキさん、ヤイコです」

 

 社務所の業務を終えたのだろう、ヤイコだ。

 

「どうぞ」

 

 セアの声に応じ、襖が開かれる。

 

「妹からお話は聞いております。だいぶ根を詰めてやっているようですね?」

 

「大丈夫です、ちょうど一区切りついたところですから」

 

 セアはスマートフォンを閉じて鞄に戻す。

 

「六時からお夕食ですので、もうしばらくお待ちくださいね」

 

 では、と一礼してから、ヤイコは客間を後にする。

 それを見送って、セアはダイバーギアの方を取り出した。

 

「一応、ハバキリくんにメッセだけしとこ」

 

 

 

 

 

 案の定と言うべきなのか、夕食もユミコが作ってくれた(自主規制)らしきものだった。本人曰く、得意のコロッケだそうだが。

 ちなみに、ユミコの(見た目だけは)ゲテモノ料理を見たセアの表情を見たヤイコは、無言で肩に手を添えてくれた。

 

 言いたいことは分かる、だから何も言うな、と首を横に振るだけ。

 

 それだけで理解できてしまったセアも、この環境に慣れつつあるのかもしれない。

 

 

 

 夕食とその後片付けを終えてから、セアはユミコと共に客間に戻って来た。

 

「ひとまずパーツ全部にヤスリはかけました」

 

 セアは、パッケージの中に転がる白んだパーツの数々をユミコに見せる。

 

「うん。じゃぁ次は、パーツの洗浄だね。中性洗剤を泡立てたぬるま湯に浸けておくの」

 

「さすがに、こんなに粉の被った状態で塗装は出来ませんよね」

 

 早速、ヤスリがけしたパーツを洗面台に持っていき、パッケージからボウルへとパーツ移し替え、中性洗剤を注ぎ、ぬるま湯をかけて泡立てる。

 こうすることで、ヤスリがけで生じたプラ粉や、残っている油脂を洗い落とすのだ。

 界面活性化した水分に包まれたパーツ郡は、一晩ここに浸けておく。

 

「じゃぁ、セアさんはお風呂に入っていいよ」

 

「あ、はい」

 

 ユミコに勧められ、セアは一度客間に戻り、入浴の用意一式を取り出す。

 ミツキを通じてのハバキリから事前に聞かされた通りなら、源泉から引いてきた天然の露天温泉がここでの入浴らしい。

 天然の温泉など数えるほどもない回数しか入ったことのないセアは期待を膨らませながら、脱衣所へ向かった。

 

 

 

 そのセアが脱衣所へ入ったの見送って、ユミコはリビングにいるヤイコに声を掛けた。

 

「姉さん、ホシザキさんはお風呂に行ったよ」

 

 それを聞いて、姿勢正しくお茶を啜っていたヤイコは……

 

「……かーーーーーっ、固ッッッッッ苦しくてやってらんねぇぜ!!」

 

 ダンッ、と湯飲み茶碗をお盆に叩き付け、正座の状態から大の字になって寝転がった。

 ……内情を知らない人間が見れば、ヤイコが壊れたのではないかと思う光景だが、何も問題はない、『これが本来正しい状態』なのだ。

 

「あの、姉さん……あんまり大声出すとホシザキさんに怪しまれるよ?昼間のお父さんに対してもだけど」

 

「仕方ねぇだろぉ、朝っぱらから晩まで、ついでに飯の時間までお行儀よくしろなんて、何の拷問だっつーの。親父は親父で、たかが階段でヒーコラしてんのに「最近の若者に神職とは何たるかを教えるのに丁度良い機会だ」なんてふざけきったこと抜かしやがるしよ」

 

「あっはは……」

 

 それから、セアが入浴から上がってくる寸前まで、ヤイコは思う存分ダラけていたのだった。

 

 

 

 

 

 翌朝、午前5時。

 スマートフォンのアラームに鳴り起こされて、セアは客間の布団からむくりと起き上がる。

 

「ん、むぁさぁ……?」

 

 とりあえずアラームを止めてから、眠い目を軽く擦る。

 昨夜の内にヤイコから、明日の朝は5時起きだと伝えられていたのだ。

 そうだと分かっていて、昨夜は早めの時間に床に就いたはずだが、思いの外疲れていたことと、慣れない寝床であることもあって、上手く疲れが取れなかったようだ。

 今日は早朝から境内の清掃と、ゴミ出し、時間が来れば途中で朝食、それから業務の続きで午前中は終わる。

 

「よしっ、頑張ろうっ」

 

 身体に力を入れて目を覚ますと、身嗜みを整え、巫女装束を纏う。

 まずは境内の清掃だ。そのときに、毎朝散歩のついでに参拝に来る高齢の女性が来るそうなので、ちゃんと挨拶するようにと言い付けられる。

 

 

 

 

 

 境内の清掃に掛かり、一度朝食に戻り、(ユミコの(自主規制)のような料理はもう見慣れた)食後すぐにゴミ置き場にゴミを出しに行ってから清掃の続きに向かい、それが済んだ後は社務所で業務を行っているヤイコを手伝い、午前中に予定している業務が済めば、昼食。

 

 その昼食の後は、セアが待ちかねていた(本来の目的である)ガンダムMK-Ⅱの塗装だ。

 

 ユミコによる主導の元、界面活性剤に浸けていたパーツ群をぬるま湯で濯ぎ、水分をしっかりと拭き取ってから、ツールのひとつである『猫の手』にひとつひとつパーツを挟ませていく。

 その猫の手の数々を塗り分け別に専用スタンドに差し立てて、いよいよ塗装だ。

 

「まずは最初に、サーフェイサーによる下地塗装をするの」

 

 持ってきたスプレー缶塗料の一つ、ホワイトサーフェイサーを見せるユミコ。

 

「そのまま直接塗料を吹きかけてもいいんだけど、先に下地塗装をしておくと、塗装面の凹凸とか、キズとかを目立たなく出来るの」

 

「えーっと、つまり……紙ヤスリで削った跡とかを消すってことですね?」

 

「そう。ホシザキさんは理解が早いね」

 

 居住区の裏庭に移動して、エプロンとマスクを着けて、準備完了。

 

「遠くから少しずつ塗り進めていくの。一気にやろうとすると厚塗りになったり、近付き過ぎると塗料の中に気泡が混ざったりするから」

 

「遠くから、少しずつ、ですね」

 

 ユミコの言う通り、やや離れた位置からサーフェイサーを吹きかけていくセア。

 少しずつながら、パーツ郡が見る内に白灰色に染められていく。

 

 吹きかけ終えれば、一度乾燥を待つ。幸い、今日はよく晴れた日なので乾きも早いだろうと、ユミコの言。

 20分ほどが過ぎたところで、パーツの部分ではなく、猫の手に触れて見て、乾燥しているかどうかを確認。

 乾燥していれば、次は色塗り別にスタンドを分ける。

 ホワイト、ダークブルー、モンザレッド、ニュートラルグレー、ガンダムイエローの五色に分けられたものを、順番に塗装していくのだ。

 それも、一度塗り終えた後で乾燥させ、二度塗りも行うため、時間は想像以上にかかる。

 

 

 

 二度目の塗装を終えた頃には既に夕方頃。

 ひとまずはパーツの乾燥を待つため、裏庭にツールを置いておき、一足先に夕食の準備をしに戻ったユミコの後を追うように客間に戻るセア。

 

 

 

 やはり見た目(自主規制)な夕食を美味しくいただいてから。

 完全に暗くなる前に、セアは裏庭に置いていたパーツ郡を回収し、客間にまで持ち込む。

 

「えーっと、後は……」

 

 持ってきていた取扱説明書を開き、目を凝らす。

 元々シールで再現していた部分は、当然塗装する前に剥がされているため、そこをさらに上から塗り分けるのだ。

 その部分とは、アイカメラとセンサー類のライトグリーンと、シールドのモールド部のイエロー、バルカンポッドのモールドのレッド部。

 それらにはそれぞれ、ガンダムメタグリーン、ガンダムイエロー、ガンダムレッドのガンダムマーカーを使うのだ。

 既に一度塗装した上から塗るため、一度では色が定着しない、と言うことは先程ユミコに教えてもらっている。

 

 部分塗装の乾きを待っている間は、一度入浴へ。

 

 入浴から上がってから、もう一度部分塗装を行い、さらに乾くのを待つ間に、他のパーツを組み立てていく。

 明日の朝も早朝5時起きなので、遅くならない程度に時間を気を付けつつ、セアは秋の夜長をガンプラ作りに没頭するのだった。

 

 

 

 

 

 何故こんなことになったのだろう。

 既に武装の大半を失った愛機ーーセイバーガンダムと、目の前の複数の敵機を見比べ、彼は絶望の淵に叩き込まれていた。

 

 エルドラと言う未開の地で戦い続けたと言う、ジャスティス・カザミの配信動画を見た時からだった。

 武器を失い、装甲の大部分が傷ついた機体でも必死に戦い、時には文字通り我が身を盾にして仲間を守り抜いてみせたその姿に、心底惚れた。

 それに憧れ、真似をしたくなるのも必然であった。

 

 なのに、現実はこうも酷なものなのか。

 正義など掲げたところで、初心者狩りと言う名の暴力の前には倒されるしかないのか。

 

 違う、そうじゃない。

 

「まだだ……」

 

 諦めてはならない。あのジャスティス・カザミも、傷ついても傷ついても、何度だって立ち上がったではないか。

 

「俺はまだ、戦える!」

 

 その意志に応えるかのように、セイバーガンダムはデュアルアイを輝かせ、残された左肩のヴァジュラ・ビームサーベルを抜き放った。

 

 

 

 

 

「よぉく言ったガキンチョ!!」

 

 

 

 

 

 不意に、上空から何かが降って来た。

 

「ったくよぉ、数日ぶりにログイン出来たと思ったら……」

 

 ズドォンッ、と地面を踏み潰すように着地したのは、黒紫色をしたガンダムGP02ーー通称『サイサリス』

 

「良いとこ見せつけてくれるじゃねぇか!」

 

 しかし、サイサリスの特徴とも言える巨大なバズーカ砲や対核シールドを装備しておらず、何故か手首だけが異常に大きいガンプラだった。

 

「その諦めねぇ姿勢さえありゃぁ十分!後は、アタシに任せな!」

 

 通信越しに、その姿がモニターに映る。

 

 毛先が赤みを帯びた、刺々しい黒髪。

 その群を抜くバストにはサラシが巻かれ、やたらと裾の長い黒の上着をマントのように羽織り、袴のように膨らんだ同色の足袋を履く。

 そしてその背中には、金刺繍で『喧嘩上等』の四文字がデカデカと輝く。

 

 所謂ーー『特攻服』を纏った女性だった。

 

 ダイバーネーム『ヤイコ』

 

 機体銘『砕鎖裏守(さいさりす)』

 

 それを見て、初心者狩り達のガンプラに動揺が走る。

 

『お、おい、あのクソデケェ手首した黒紫色の機体って……』

 

『け、『喧嘩王』か!?』

 

『ヤバイぜアニキッ、あんなのに目ぇ付けられちゃ、俺ら生きて帰れねぇよ!』

 

『あァ!?何ビビってやがる!四対一で負けるわきゃねぇだろ!早く撃て!』

 

 リーダー格らしいゲルググに続いて、ドムやヅダが手持ちの火器を一斉に砕鎖裏守へ向けて放った。

 だが、ビームや砲弾が直撃しようとも、砕鎖裏守はビクともしない。

 それどころか、回避や防御もせずにただ真っ直ぐに、銃火器の嵐の中を平然と歩いてくる。

 

『クソッ、クソッ、クソッ!なんでっ、なんで効かねぇんだよ!?』

 

「ったりめぇだ、そんなへなちょこ弾でアタシが倒せるかってんだ」

 

 ついにゲルググはビームライフルを捨ててビームナギナタを抜き、それで砕鎖裏守を斬りつけようとするが、それよりも先に砕鎖裏守の右マニピュレーターがゲルググのビームナギナタを持つ腕を掴み、

 グシャ、と紙のように握り潰した。

 

『ひっ、ひいぃぃぃぃぃっ』

 

 右腕を潰された拍子にゲルググは尻もちをつく。

 

『や、やっぱ喧嘩王に勝てるわけねぇんだ……俺は逃げる!』

 

 すると、ドムが突然踵を返してその場から逃げ出し、

 

『ばっ、ばっかじゃーねの!?やってられっかこんなクソゲー!』

 

 次にヅダも逃げ出して、

 

『お、俺は降りるぞ!こんな奴の言いなりなんて、嫌だったんだ!』

 

 最後にザクⅡも逃げ出してしまった。

 

『お、おいお前らっ、俺を置いて逃げてんじゃねぇよ!?』

 

 仲間だった(とさえ思われていなかった)者達に見捨てられ、ゲルググだけが残される。

 ガンッ、とコクピットが揺れた。

 尻もちをついていたゲルググの腹を、砕鎖裏守が踏み付けているのだ。

 

「さぁて、ケジメの時間だ」

 

 接触通信越しに、頭に「ヤ」がつく組合の方のようなドスの効いた声が届く。

 

「コクピットから降りて「ごめんなさい」するか、コクピットから引き摺り出されて「ごめんなさい」するか、選びな」

 

 しかし、恐怖に怯える相手は選択を選ぶことさえ出来なくなっている。

 

「それとも……『強制ログアウト出来なくさせて、一生ベッドの上でおねんね』するか?」

 

『!?』

 

 聞いたことがある。

 一年前、コンピューターウイルスをログデータに植え付けられ、何日も目を覚まさなかった者がいたと。

 それと同じ目に遭わされるのだとしたら……

 

『す……すいま、せん……ほんとっ、すいませ……っ』

 

 すると、ゲルググのコクピットハッチが開けられ、中にいたダイバーが地面に降りて、砕鎖裏守に向かって泣きながら土下座をした。

 

「アタシに土下座してんじゃねぇ、"あっち"にしな」

 

 土下座するゲルググのダイバーに、砕鎖裏守はセイバーガンダムの方へ人差し指を向けた。

 ヤイコの言う通り、セイバーガンダムの方に向き直ってから再度土下座するダイバー。

 それを見てセイバーガンダムはヴァジュラ・ビームサーベルのエネルギーを切って肩部装甲へ納め、片膝を着いて自身もコクピットから降りてきた。

 

「もう十分だ、顔を上げてくれ」

 

 そう言われてもなお額を地面に打ち付けて許しを乞うゲルググのダイバー。

 その様子を見た、ヤイコの砕鎖裏守のスピーカーから声が響く。

 

「もう初心者狩りなんて、つまんねぇことすんじゃねぇぞ」

 

 そう告げてから、砕鎖裏守は踵を返してその場から立ち去った。

 

 飛行する砕鎖裏守のコクピットの中で、ヤイコは一人呟く。

 

「こんなのは、得意じゃねぇんだがな……」

 

 以前の自分ならばあの状況、遠慮なくコクピットを殴り潰していたところだったろう。

 もちろん今でも、ガンプラバトルとは一種の喧嘩であると言う認識は変わっていないし、これからも変えるつもりはない。

 ただ、以前のように悪事を見た瞬間「悪だ、ぶん殴る」で即決するのではなく、「まずは相手を降参に促し、それでも歯向かって来るならぶん殴る」と、一手間掛けてからにしている。

 自分が悪いと思って謝ることが出来る相手を、殴る必要は無いからだ。

 大抵の相手は、無力化させてから少し脅しを掛けてやれば、すぐに謝罪の意を示そうとする。

 

「(アタシがやりてぇのは、本気で殴り合える喧嘩だけど……"今"は喧嘩どころじゃねぇしなぁ)」

 

 運営の中でも、穏健派と強硬派による、分裂した二つの派閥。

 ELダイバーの保護を唱える穏健派に対して、ELダイバーの積極的排除を推進する強硬派。

 ここ数ヶ月で、強硬派の意見が右上がりしつつあり、やがて穏健派を呑み込みかねない勢いだ。

 

 その上、ディメンション全体の動きがどこか怪しい。

 

 ヤイコはコンソールを開いて、GBNのイベント情報を開く。

 

「(近いフォースイベントは……『バイク戦艦の侵攻』か。動きがあるとすりゃぁ、ここだな)」

 

 複数のフォース同士で協力すると言う、大規模なイベントミッションのようだ。

 

 大人数が集まる関係上、運営の監視の目も必要になるだろう。

 そこで、何かが起こる可能性がある。

 

「(さってと、寄り道しちまったし……急ぐか)」

 

 今日はフォースメンバー達と不定例会をする予定だ。

 この間のように、遅刻寸前でスライディング出席をするわけにはいかない。

 アームレイカーを押し上げて、砕鎖裏守を加速させた。

 

 

 

 

 

 日曜日の朝。

 スマートフォンのアラームを聞いて、セアはすぐに跳ね起きてそれを止める。

 

「……よっし」

 

 よく眠れた朝だ。

 寝間着から巫女装束に着替えて、身嗜みを整える。

 

 今日は午前中は神社の業務を手伝い、昼前になったら私服に着替えてから客間を綺麗にして、最後に挨拶をして帰ると言う予定を立てている。

 ガンダムMK-Ⅱはまだ完成されていない。

 だが、ユミコから教えてもらった塗装や改造のノウハウはしっかりメモに残している。

 今日の昼に帰ってから、完成させるつもりだ。

 巫女装束を着れるのも、今日が最後。

 セアは気合を入れて客間を出た。

 

 

 

 

 

 まずは境内の清掃、途中で朝食を挟んで、清掃が済めば社務所にいるヤイコの手伝い。

 それを終える頃には丁度昼前。

 セアは一度客間に戻って、巫女装束から私服に着替え直し、使わせていただいた客間も掃除。

 

「これで、よし、と」

 

 立つ鳥跡を濁さず、二日前にここへ通された時と同じにして、巫女装束もきちんと畳んで、荷物もしっかり纏めてから、セアは客間を後にした。

 

 

 

「今日まで三日間、お世話になりました。貴重な体験をさせていただき、本当にありがとうございます」

 

 本殿を前にして、見送りに来てくれたヤイコとユミコに、セアは深々と頭を下げて腰を折った。

 

「いえいえ。こちらこそ、ホシザキさんが手伝ってくれたおかげで、本当に助かりました」

 

 ヤイコはたおやかな笑みを浮かべて一礼すると、ユミコに目配せした。

 

「えっと、ホシザキさん。これ、お礼のお給料。それと、餞別だよ」

 

 ユミコが差し出したのは、お給料と筆書きされた封筒と、紙袋だった。

 

「えっ、お給料ですか!?」

 

 それを見てセアは、何故かと目を丸くする。

 

「この三日間、ホシザキさんは本当によく働いてくれました。その働きに見合った報酬は支払いませんとね」

 

 ヤイコがそう言うものの、セアは戸惑うばかり。

 

「で、でも、塗料とか道具とかも無償で使わせていただいたのに。それに、こっちの紙袋は……?」

 

 中を見ても良いかと聞いて、頷かれるのを確認してから紙袋を開いてみる。

 

 詰め込まれているのは、ガンプラのランナーパーツの数々だった。

 

「これ……ガンプラのパーツですか?しかも新品……ちょ、ちょっと待ってくださいっ、お給料を貰った上にこんなにたくさん……私、貰い過ぎてませんか!?」

 

 慌てて返そうとするセアをやんわりと突き返すユミコ。

 

「お給料はちゃんと払わないと、私達が法的に罰せられちゃうから。そのパーツも、GBNのパーツデータを射出成形機で打ち出してきただけだよ。姉さんが「こんなにいらないから、ホシザキさんにでも渡してやってくれ」ってね」

 

「えぇぇぇぇぇ……」

 

 貰っても良いものかと右往左往するセアだが、相手が良かれと思っての施しなのだし、セア自身が迷惑に感じているわけでもない。

 もう少しだけ悩んでから、頷く。

 

「分かりました、ありがたく使わせていただきます」

 

 もう一度深々と頭を下げて感謝するセア。

 

 

 

 姉妹に見送られながら石段を降りて、セアは最寄り駅の電車に乗り込む。

 

「(塗装や改造も教えてもらって、パーツもこんなにあるし、お金の余裕もある……)」

 

 逸る気持ちもあるが、一度帰宅しなくては。

 帰ってきてゆっくり落ち着いてから、行動に移せばいい。

 

「(思いがけないことばっかりだったけど……楽しかったな)」

 

 来年の初詣は、ここに来てもいいかもしれない。

 そんなことを思いながら、セアは自宅への帰路を辿った。

 

 彼女の新たなガンダムMK-Ⅱが完成したのは、それから三日後のことだったーーーーー。

 

 

 

 

 

【次回予告】

 

 ハバキリ「三日間お疲れ様です、セアさん」

 

 サッキー「お疲れ様でーす!」

 

 ジル「セア、おかえり」

 

 セア「やっと私のMK-Ⅱも完成したし、どこかで一度試してみたいな」

 

 コーダイ「そんなセアさんにご朗報!今度、フォース限定のバトルミッションがあるんで、それに参加しませんか?」

 

 エミル「それで、今回はどんなミッションなんだ?」

 

 セア「次回、ガンダムビルドダイバーズ・スピリッツインテンション

 

『撃進のアドラステア』」

 

 ジル「大っきい大っきい……ドーナツ?」

 

 コーダイ「違う、そうじゃない」

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