ガンダムビルドダイバーズ・スピリッツインテンション 作:さくらおにぎり
もう一口、お猪口に『俗物』を注ぐケンさんと、コーヒーを啜るトラちゃん。
少しの沈黙が流れたところで、不意に誰かのコンソールにメッセージの着信を告げる。
「あら失礼、アタシのだわ」
バーテンダーはコーヒーカップをテーブルに置き、コンソールからメッセージのアプリを開く。
その内容が既読になると同時に、またもドアベルが来客を告げる。
「はろはろー、今戻ったわよママー」
勝って知ったると言う様子で入店してくるのは、腰ほどまで伸びた、黄土色とベージュが混ざったような長髪を揺らす、少女と大人の女性の端境期ほどの女性ダイバー。
その瞳は、菫色と紺色と言う珍しい配色のオッドアイだった。
彼女から「ママ」と呼ばれたバーテンダーは、それを聞いて顔を綻ばせる。
「おかえりなさい、『マイマイ』ちゃん。どうだった?」
バーテンダーはその女性ーーマイマイを迎えると、氷を詰めたグラスに炭酸のジュースを注いでいく。
「ちょーっとめんどくさかったけど、余裕よ余裕」
ケンさんとの間にトラちゃんを挟むようにカウンター席に座るマイマイは、バーテンダーからジュースを受け取ると、早速ぐびぐびと飲み始める。
「ぷはーっ、この一杯のためにGBNやってるようなもんねぇ」
「あらやだマイマイちゃん、これお酒じゃないのよ?」
「こう言うのは気分よ、気分。気分次第で、水でも酔っぱらえるんだから。……そうそうママ、これ報告のデータね」
そう言いつつもコンソールを開き、ログデータのバトルの履歴動画をバーテンダーに見せてやる。
何十機といるガンプラの部隊のど真ん中を、血のように紅いパラス・アテネがバスターソードを片手に堂々と斬り込んでいく。
バスターソードで頭から叩き斬り、爪先のビームサーベルで四肢をバラバラにし、腕部のビームサーベルでコクピットを念入りに焼き斬る。
「……頼んだアタシの言うことじゃないけど、GBNはいつからこんなことになっちゃったのかしらねぇ」
戦いの様子を見ながら、バーテンダーは悲しげに呟く。
「ELダイバーと言う名の"ニュータイプ"と、運営と言う名の"オールドタイプ"、か……誰か言ったか知らないけど、言い得て妙ってヤツかしら」
マイマイはあっという間にジュースを飲み干す。
「ニュータイプって言葉が出てくるなら、当然"強化人間"や"クローン"だって現れる。……『機動戦士ガンダム』ってアニメは、どこまでもどこまでも人類に忠実よね」
宇宙世紀と言う設定を知っている者からすれば、これ以上に無い皮肉だろう。
マイマイは飲み干したコップをテーブルに置いた。
「なら今度は、どっかのバカが隕石落としでもするのかしらねぇ」
その"どっかのバカ"が月を地球に落としかけたことはあったけど、とマイマイは意地の悪そうに口の端を歪める。
誰かが言っていた。
人間が眠っている時に夢を見るのは、記憶の整理をするためだと。
"実"があろうと無かろうと関係なく、何かしら記憶に僅かでも刻まれればそれらは扱い等しく満遍なく整理の対象となる。
嫌な夢から始まった。
自分はここにいると言う自覚はある。
鉄、鎖、錠、鍵……硬くて固くて堅くて難いものに繋がれ、何も見えない聞こえない感じない動けない。
ただ、そこにいるだけ。ーー時折、耐え難いほどの苦痛を与えられながら。
ドカン、と言う爆音と共に視界が切り替わる。
爆音は何度も何度も打ち鳴らされ、煩いったらない。
すると、誰かが近付いてきた。
じっとしていろ、と言われてじっとすると、彼は手にしていたもので、繋いでいたものを壊した。
ここにいてはいけない、早く逃げろ。
それだけ告げてから、彼は元来た道へ戻っていく。
とにかく、ここは危ないらしいと言うことだけは分かった。
走った。
何も考えずにただ走った。
どこまでも走った。
後ろから、草木を枯らし吹き飛ばし消滅させる死の炎と光が追いかけて来る。
嫌だ。死にたくない。
そんな衝動に突き動かされるままに、ひた走った。
ようやく隠れられると思った場所に身を落ち着ければ、またしても爆音が耳を殴り付けた。
吹き飛んだ身体が爆風に焼かれ、地面に叩き付けられる。
あぁ、ここで死ぬのかと、やけに他人事のように思えた。
意識が飛び遠のく中で聞こえた、声。
「おーい、生きてるか?……いや、生きてなかったら"消えてる"か」
「ぅ……?」
その声に、閉じられた瞼をこじ開ける。
「お、気が付いたか。こんなとこで昼寝してちゃ危ねーぞ。……好きでこんなとこにいたわけじゃなさそーだが」
ボサボサで伸ばし放題の、銀色の髪が見えた。
むくり、とベッドの上で上体を起こす。
まだぼんやりとした頭で、夢の内容を思い出そうとする。
自分が、ハバキリに助けられるよりも前にいたあの場所は、一体何だったのだろう?
これっぽっちも楽しくなくて、痛くて苦しい思いをさせられるだけの、あの場所は。
それだけでない。
自分はいつからあの気持ちの悪い場所にいたのだろう。
何故、そんないたくもない場所にいたのか。
「……わからない」
何も分からないのだ。
ハバキリとセア、コーダイの三人は、GBNではない、現実世界でも友達であり、学校と言う、大人になるための勉強をしにいくための場所に通っていると聞く。
それは、とっても楽しそうだ。
サッキーやエミルにも、学校に通っているのかと訊いてみれば、そうだと頷いてくれた。
行ってみたいと思う。
学校とは一体どんな場所で、大人になるための勉強とはどんなことなのか。
けれど、自分はこのGBNの中でしか生きられない存在だとも教えられた。
保護局に保護されなければ、すぐにでも殺されてしまうとも。
もう一度眠ろうと横になってみるが、夢を思い出そうとしたせいで頭や目が覚めてしまったようだ。
「……むぅ」
眠ろうとするのを諦めて上体を起こし直して、コンソールを開いた。
ギャラリーのコマンドを選択すれば、今日までハバキリ達と一緒になって撮った、たくさんの写真がある。
真剣な表情でバトルに臨むハバキリ。
作った花冠を付けてくれて笑顔を浮かべるセア。
フォースネストを華やかにしようとするコーダイ。
肩を寄せ合って一緒に自撮りをしてくれたサッキー。
七星剣士エクシアの肩に乗って黄昏るエミル。
その五人と一緒に並んで撮った、フォース・リヴェルタのデビュー戦初勝利の、記念撮影。
それだけでない、もっと色んな写真があって、どれこれもが自分にとって真新しくて新鮮で、面白くて楽しいものばかり。
ハバキリがいて、セアがいて、コーダイがいて、サッキーがいて、エミルがいてくれたから、今ここに自分がいる。
だけど、なのに。
「(わたしは、みんなに何もしてない)」
そう。
自分はただ誰かに与えてもらうばかりで、その誰かに何か返したことがない。
もらいっぱなしなのだ。
セアに学ぶと言うことを教えてもらった。
コーダイにガンプラを教えてもらった。
サッキーに女の子について教えてもらった。
エミルに人と人の繋がりを教えてもらった。
ハバキリに命を救ってもらった。
こんなにもたくさん守ってもらって、教えてもらって……でもそれは当たり前のことではなくて。
そのために、自分には何が出来るだろう。
ハバキリは、セアは、コーダイは、サッキーは、エミルは、何を贈れば、何をしてあげれば、喜んでくれるだろう。
「うーん……うーん、うーん、と……」
考える。
考えてみる。
とにかく考えた。
ぐるぐるグルグルと頭の中が回る。
が、何も思い浮かばない。
自分は、何も知らない。
だから、何も思い浮かばない。
「……はぁ」
溜息が溢れた。
何も知らない、何も出来ない自分がもどかしい。
ベッドの上に座り込む。
否、座り込んでも、止まっていても、何にもならない。
止まるんじゃねぇぞ、と言う言葉を思い出す。
ーーこの場合の「止まるんじゃねぇぞ」は、認めたくない悲しい別れなどではなく、笑いを取るためのネタのひとつと化しているのだが(なお、作者はこの「止まるんじゃねぇぞ」初見の際、画面の前でマジ泣きした模様)ーー。
止まるよりも、動くこと。
それを認識し、ベッドから降りて立ち上がる。
まずはーーフォースネストに行こう、と。
朝の一時とは、家庭によって異なりが多々あるだろう。
目覚し時計に叩き起されて慌ただしく急ぐ者、文字通りの朝飯前の散歩に行く者、テレビの前で朝食を摂る、あるいは食後のお茶を啜る者、今日は早めにとのんびり準備を終える者など、家庭の数だけ朝がある。
アメノ兄妹の朝はどことそう変わらない、朝食を食べながら今朝のニュースを見流しつつ、登校の時間を待つ。
しかし、今朝のニュースのひとつは、見流さずに食い入るように見ていた。
『ーーガンプラバトル・ネクサスオンラインの元運営会長、及び元ゲームマスターである『カツラギ』氏が、悪質なRMT(リアルマネートレード)の疑いによって、拘束されたことが昨日午後に判明しました』
「……元ゲームマスターが、逮捕された?」
ハバキリは眉間に皺を寄せながら、訝しげに画面の向こう側にいるニュースキャスターを睨む。
「ゲームマスターって言うと、GBN運営の一番偉い人ですか?」
テラスが向かいの席から訊ねてくる。
「おー、そのとーりだ。……元、だから今一番偉いってわけじゃねーが、それなりに重要なポストにいてもおかしくはねー」
頭に元が付くとはいえ、何年もGBNの治安を曲がりなりだとしても守ってきた人物が、何故にそのような犯罪行為に走ったのか。
ニュースキャスターによる読み上げが続く。
『取り調べに対しカツラギ容疑者は、「不正取引など身に覚えがない。全くの無実だ」と容疑を否認しており、警察は端末機器やアカウントなどの履歴などを現在確認中でーー』
「RMTって、ゲームの中の仮想通貨とかアイテムを、現実のお金でやり取りするってことですよね?」
頻りにテレビ画面とハバキリの顔を見比べるテラスに、ハバキリは難しそうな顔を浮かべる。
「まーな。GBNを含めた日本国産のオンラインゲームの利用規約上では一応禁止されてはいる……けど、ユーザー同士の合意で対面ニコニコ払いなら、友達同士で教科書借りるのと変わらねーから、全部が全部ダメってわけでもねー。……だから危険な可能性も高い」
問題になったり態々利用規約に禁止の条文が加筆されたりするのはそこだ、とハバキリは言う。
「正しいRMTなんてものは無くて、だからといって法律に触れるようなことでもない……どうにもその辺がグレーですね」
「しかもGBNには、ELダイバーって言う特殊なユーザーもいるから、なおのことRMTに関しては厳しい」
現在、国際的に『ELダイバーは法が適応されない』ことが明かされている。
ELダイバーにも人権を定め、法的措置を受けられるようにすべきか否か、適応されるにしろそれはどこの国の法律によるものなのか、GBNの関連商品のメーカーが日本なら日本の法律にすべきだ、などとその事に関する審議が日夜続いており、難航している。
ELダイバーが法に触れないからこそ、それを悪用するユーザーが現れないとも限らないからだ。
「(そー言う仮説が出て来た時点で、『既にその実例は存在している』ってことだろーがな)」
今のところ表沙汰になっていないだけであって、ELダイバーを利用した犯罪行為は既に起きているだろう。
もしそのようなことが発覚、表沙汰になれば、ELダイバーが犯罪の引き金になるとして、GBNそのものがストップになりかねない。
「(……オレ達が見てねーところで、ジルがそんな問題に巻き込まれてなきゃいーんだが)」
いくら保護局に保護されているとは言え、100%安全とは言い切れない。
今はそれを頭の片隅に置いておくとして、残る朝食を掻っ込むことにした。
フォースネストに着いた。
着いたのはいいが、誰もいない。
「いないなぁ……」
いつもなら夕方頃か、早い時でももう少し後くらいになるのだ、こんな早朝では誰もいないのも致し方無いか。
フォースネスト内を見回してみる。
最初は、無機質な壁を囲んだだけの場所だった。
だがそれも、少しずつ変わっていった。
無機質な壁には壁紙が貼り詰められ、固い椅子やベッドは柔らかいものに取り替えられ、ソファーには一抱えくらいの大きさのあるテディベアが鎮座し、その近くには、全身真っ白な装甲の隙間に赤く光るパーツが埋め込まれたーー確か『ユニコーンガンダム』のPG(パーフェクトグレード)だ、とコーダイが言っていた気がする。
テディベアに手を伸ばすと、ぎゅっと抱きしめてみる。
「もふもふ」
もふもふ、もふもふ、と連呼しながらソファーに寝転ぶ。
しかし、寝転んでしまったのが運の尽きか、目の奥から強烈な眠気が襲い掛かってきた。
「もふも、ふ、もふ、も、ふも……」
眠りが浅かったこともあって、抵抗する間もなく、睡魔に意識を呑み込まれた。
テディベアを抱きまくらのようにして、もふもふと二度寝に入った。
「すぅー……くぅー……すぅー……くぅー……」
何のためにフォースネストに来たのかは、既に忘れていた。
自宅である海沿いの団地から、通学路である駅前近くまで来たところで、ハバキリとテラスは見慣れた姿を改札口に見つけ、一旦足を止めた。
通学定期をカードリーダーに翳して改札を潜って来たのは、セアとその親友のカナデだった。
「あ、ハバキリくんおはよう」
「ん、アメノくんだね」
セアは柔らかい笑みを、カナデはいつものぼんやりした顔を向けてくる。
「おー、セアさんにクラサカ先輩、おはよーございます」
ハバキリはいつも通りに挨拶を返すが、テラスは向こうの二人と兄を見比べるばかりで挨拶を返そうとしない。
その理由を、ハバキリはすぐに察し取った。
「……あ、そーか。テラスは初対面だったな」
テラス自身も、高等部では有名人のセアのことは一方的に知っているのだが、どう挨拶をすればいいか分からないのだろう。その相手が三つも上の先輩なら尚更だ。
セアも、ハバキリのその言葉を聞いて次に何を言うべきかの、空気を読む。
「ハバキリくん、そっちの子は?」
挨拶させやすいように、誰なのかを訊ねるセア。
それを待っていたように、ハバキリはテラスに目配せし、テラスは佇まいを整える。
「初めましてホシザキ先輩。わたしは、妹のアメノ・テラスと言います。いつも兄さんがお世話になっております」
深々と頭を下げ、社交辞令を述べるテラス。
「あ、妹さんなんだね。ハバキリくんに妹がいるのは前から聞いてたけど……と、私は高等部一年の、ホシザキ・セアです。私のことは、ハバキリくんから何度か聞いたことあるかな?」
「はい、高等部の一年生に、才色兼備で非の打ち所も向かう所の敵も無い人がいる、とは聞いています」
自分が聞く限りのことを連ねるテラスに、セアは困ったように眉をひそめた。
「……新一年生にまで過大評価されてるよ、私」
「セアは自己評価が低過ぎるからね。それが一部の連中から反感買ってるって自覚無いでしょ」
いつ誰かに命を狙われるやら、とカナデは嘆息をつく。
「おっと、私も妹さんにご挨拶だね。同じく高等部一年のクラサカ・カナデだよ」
「はい、よろしくお願いします」
向き直るカナデに、テラスは挨拶を返す。
そう言えば、とカナデはテラスの顔をまじまじと見つめる。
「今年の中等部一年の女子に、スポーツ万能の大和撫子がいると聞いたことがあるけど……君のことだったかな」
「……誠に不本意ながら、わたしのことらしいです」
スポーツ万能の大和撫子、聞いてテラスはセアと同じような顔をする。
セアとテラスの顔を見合わせつつ、カナデはハバキリにも目を向ける。
「成績最優秀の超絶美人な先輩と、スポーツ万能の大和撫子な妹……その両方を相手取るアメノくんは、どこのハーレム系ラノベ主人公かな?」
「……あ、すいません、電車が通り過ぎてよく聞こえなかったからもう一回言ってもらっていーですか?」
「典型的な難聴系主人公だね」
長々と立ち話をしていては遅刻しかねないため、とりあえずは歩きながら話すことにする。
とは言え、テラスがまだ先輩二人に接し慣れていないともなれば、必然的にハバキリとセアがGBNに関する話題をするようになる。
「今度は、フリーダムの方も塗装しようと思ってるんだけど、どう言う風にしようかなって」
「それなら、『ガンスタグラム』に投稿されてる作品とか参考にしてみたらどーですか?ダイバーギアのアプリに入ってますから、そこから見れますよ」
二人が楽しそうに会話を交わす傍ら、テラスとカナデは置いてけぼりだ。
「早速二人だけの世界に入ったね」
「これで付き合ってないって言うんですから、世の中不条理ですよね、クラサカ先輩」
「ん?テラスさんはむしろ、男を選びたい放題じゃないの?」
「あぁ言うのは、わたしを自分たちの部に勧誘してイメージアップさせるとか、わたしの作ったお弁当が食べたいとか、わたしを都合のいい何かとしか思っていないような人達ばっかりですよ。この間なんか、兄さんのぶんのお弁当を台無しにされましたし」
「それはいけない、食べ物の恨みはこの世で最も恐ろしい恨みだからね」
怖い怖い、とカナデはおかしそうに笑う。
昇降口の前で、セアとカナデとは、中等部の校舎と高等部の校舎とで別れ、ハバキリとテラスはさらに途中の階で別れる。
「んじゃーな、テラス」
「兄さんは今日もGBNですね?」
「おー、また後で折返し連絡するな」
軽く手を振り合って、ハバキリはその階で、テラスはさらに上の階へ上がる。
さて自分のクラスの教室へと足を向けようとした瞬間、
「羨ましい羨ましい羨ましい……羨まけしからん過ぎるッ!!」
「ドワッジ!?」
突如、背後からコウダイが現れ、ハバキリは驚いた拍子にドムの改造型の名前を口走ってしまう。
「ってなんだコーダイか。Vガンダムもヴィックトリーだぜ」
シャレを効かせながら挨拶をするハバキリだが、当のコウダイは血涙を流さん勢いで迫る。
「なんだとはなんだ!朝っぱらから美少女三人侍らせながら登校とか、お前はどこのハーレム系ラノベ主人公やねん!?」
「それと同じことさっきも聞いたな」
朝から一体何を発狂しているのか、とハバキリはコウダイを諌めようとするが、それは逆にコウダイを逆撫でするだけだった。
「朝からあんなもん見せ付けられたら発狂したくもなるわッ!お前のリアルラックどうなってんだ!?いくら課金すりゃそうなるんだ!?」
「なーお前ら、金で手に入る幸せで満足か……?オレは、嫌だね……」
「ロックオォォォォォン!!……じゃねえ、誤魔化されるところだった」
ごくごく自然に『00』のネタを挟みつつも、コウダイの発狂ショーは続く。
「つうか、お前の人生恵まれ過ぎじゃね?最近のハバキリと一緒にいると、高確率で女の子が近くにいるから目の保養になるけど、その要因は俺にじゃなくてハバキリにあるじゃねぇか!」
「おいおいおいおいコーダイ、朝からマジでどーした?テンションおかしーどころか、頭のネジが何本か抜けてんじゃねーか?」
いつもコウダイをぞんざいに扱うハバキリだが、この様子ではさすがにちょっと心配する。
「よく考えてみろ!家に帰れば大和撫子な妹ちゃんと同棲生活だろ?」
「そりゃ家族だからな、一緒に住んで当たり前だろ」
「かーーーーーっ、その認識が既に羨ましいッ!!」
手の平を顔に当てながら天を仰ぐコウダイ。
「まままぁ?ご両親からいただいた家庭環境だから?それは百歩、いや千歩、いやいや一億歩譲ってもまだ足りねぇくらいだが譲るとしよう?」
でもだな、とコウダイはさらに凄味を効かせてハバキリを睨む、否、もはや殺意にすら達しているかもしれない。
「学園のアイドルで、非の打ち所も向かう所の敵もないセアさんを口説き落としたとなれば、黙ってはおれんッ!!」
「口説いてねーよ、あんぽん」
冷静に切り返すハバキリだが、今のコウダイには効果が無い。
「しかもっ、そのセアさんの隣にいるクラサカ先輩だって、なかなかの美人だろ!?毒舌クールな先輩属性なんて、ドMのヤロー共からしたら女神そのものだぞ!」
「知らんがなそんなもん」
毒舌クールなのはハバキリも認めるところだが、マゾヒストではないので、女神かどうかを聞かれても反応に困ったりする。
「それどころかっ、リアルだけに飽き足らずっ、GBN上でも女の子を増やしていると来た!ジルちゃんとサッキーって言う実例がある以上っ、知らんがなとは言わせんッ!」
「それこそ知らんがな。つか、GBNのフレンドもカウントされんのかよ。そこまで行くとアウトな気がするぞ」
ーーそのジルは今、自分達のフォースネストでもふもふと二度寝していることなど露知らずーー
「いいか!非の打ち所も向かう所の敵も無いパーフェクト女子高生、ホシザキ・セアさんと、その親友のクラサカ・カナデ先輩に全幅の信頼を寄せられ!」
「そこまで信用されてるとは思わねーぞ」
「その上!スポーツ万能で家庭的な大和撫子、アメノ・テラスちゃんとは実の兄妹と言う親密な関係であり!」
「妹を過大評価されると、兄としては複雑だな」
「そして!健康的なヘソ出しミニスカギャル系ダイバー、サッキーを女装と言うアブノーマルな手段で釣り上げ!」
「あらぬ誤解をされそーな言い方だなおい」
「挙げ句の果てには!純粋無垢で穢れを知らぬ神秘的なELダイバー、ジルちゃんには小動物のように懐かれる始末!」
「もーオレは何を言ったらいーのか分からん」
「な?」
「な?ってなんだよ」
ポン、とコウダイの手がハバキリの肩に乗せられる。
そして、声のトーンを落として真顔になる。
「お前、その内誰かに後ろから刺されてもおかしくねぇぞ」
「真顔で恐ろしーことを言うな、シャレにならん」
この学園内では良い意味でも悪い意味でも目立つハバキリにしてみれば、それこそシャレにならない。
背中にまな板でも仕込んでおこうか等と本気で考えていると、予鈴のチャイムが鳴り響いたので、二人は急いで教室へ向かった。
また夢を見ている。
夢を見ていると言う自覚がある。
けれど、夢と言うにはよく分からない世界。
泡沫のようなものに包まれた光景、それが無数に浮かぶ。
笑ったり、喜んだり、怒ったり、悔しがったり、悲しんだり、泣いたり……
これらはきっと、誰かの思い出なのかもしれない。
だが、何故自分はこんなものを見ている、見ることが出来るのだろう?
ふわり、とそこから動いてみた。
包まれた思い出を掻き分けて、奥へ奥へと進んでみる。
その、奥の先。
そこにいたのは、純白の髪に金色の瞳を持った、自分と同じくらいの少女が、何かの映像を見ながら座っていた。
『……ん?』
こちらに気付いたのか、顔を向けてきた。
「こんにちは」
『……こんにちは。誰だい君は、僕の『夢の中』に入ってきたりして』
不思議そうな目で見てくる。
「夢の中?」
『そうさ。それに、僕の夢に干渉出来るってことは、君もELダイバーなんだろう?』
「うん。わたし、ジル。あなたは?」
『僕は……、……』
名前を言おうとして、何故かその先が紡がれない。
『……そうだね、"名無し"でいいよ』
「ナナシ?」
ナナシ、と聞いて小首を傾げる。
『"名"前が"無"いって意味さ』
「名前が無い?」
疑問に思ってそれを訊ねると、何故か名無しは顔を歪めた。
『昔に名乗っていた名前はあるよ。まぁ、名前と言うよりは、"記号"みたいなものだった。……だけど、僕はもうそれを名乗ることさえ許されないことを犯した。名前を無くした……いや、『初めから名前なんて無かった』』
「……」
その"歪み"には、深い悲しみの念が浮かんでいる。
それを見て、エミルにやってあげたように、頭をぽんぽんしようと手を伸ばすが、
「ぽんぽ……あれ?」
するり、とぽんぽんしようとした手がすり抜けた。
『ごめんね、僕には肉体が無くて、"姉さん"の心の中に"魂(データ)"を残してもらっているだけなんだ。昔持っていた肉体は、自分で壊してしまったからね』
何度ぽんぽんしようとしても、すり抜けるだけ。
「……ぽんぽん出来ない」
『まぁ、君が僕を慰めようとしてるのは分かったよ、ありがとう』
それを見て苦笑する名無し。
ぽんぽん出来ないのは残念だが、大人しく手を引っ込める。
ふと、名無しが見ていた映像が目に止まる。
「何見てるの?」
『戦いの記録だよ、君も見るかい?』
一緒に見るかと聞かれ、頷く。
どうせなら最初から、と名無しは映像を巻き戻した。
それは、宇宙空間におけるガンプラバトルのようだった。
脈打つ巨大な銀色の塊。
そこから現れる、赤と灰色の巨大なガンプラ。
その一対の巨影に立ち向かうガンプラ達。
赤と黒の鎧武者。
桜色の姫武者。
菫色の射手。
血のように紅い狂戦士。
蒼銀の悪魔。
深緑の戦闘機。
巨大な手首をした喧嘩屋。
黒金の騎士姫。
重鎧を纏う青騎士。
棘の生えた紫陽花。
派手な橙色の闘士。
人形を操る黒銀の指揮者。
長大な火砲を背負う白雷。
黄緑に赤を加えた異形の姿。
漆黒の大剣を振るうバカ。
黒マントを翻す変態。
丸腰で様々な技を放つ単眼。
……"何故か"途中で映像がフリーズしたが、すぐにまた再生される。
最後に、銀色の塊が内側から爆発したところで、映像が終了する。
『これが、一年前に起きた戦いだよ』
「ふーん?」
大勢のダイバー達が、巨大な敵を相手に奮戦すると言う動画のようだが、名無しにとっては思い出深くーー忘れられない戦いだと言う。
不意に、視界が揺れ始め、名無しの姿が遠ざかっていく。
『どうやらお目覚めの時だね』
「うーん、そうみたい。ばいばい」
手を振ると、名無しも手を振り返してくれた。
意識が眠りから浮上してきた。
「すぅー……くぅー……すぅー……、む……」
本日二度目の起床はテディベアと共に。
「……よく寝た」
軽く瞼を擦り、キョロキョロと周りを見回す。
そうだ、ここは自分の寝床ではなく、リヴェルタのフォースネストだったと思い直す。
テディベアをソファーに戻し、時刻を確認してみれば、ちょうど昼が過ぎたところ。
ハバキリ達ならちょうど、「昼飯」や「お弁当」を食べている頃だろう。
セアの丁寧な説明曰く、「ご飯を食べないと人間は死んでしまう」と言う。
だから、この時間帯は極端に人が減る。
自分も彼らと同じような"ご飯"を食べることはある。
しかし、それは必ず食べないといけないものでもない。
食べれば美味しい、食べなくても何でもない。
薄々と分かっているのだ。
自分は『ご飯を食べなくてもいい身体』であり、ハバキリ達は『ご飯を食べなくてはならない身体』であることを。
そして、自分はその『ご飯を食べなくてはならない身体』になることは出来ない。
一部のELダイバーは、希望すれば現実世界で動けるようになるための処置が施されるらしいが、今はそれが行われていない。
ELダイバーを排除せよと言う声高に唱える者達にとって、現実世界にまで干渉されるなど我慢ならないことだろう、そのような案件があれば必ず阻止、あるいは妨害に走る。
故に彼らと同じにはなれない。
それでも、
「学校、行ってみたいなぁ」
そう思ってしまうのは、ただの無い物ねだりだろうか。
夢の内容が、すっかり頭から抜け落ちていることなど気にすることもなく、テーブルの上に鎮座しているプチッガイのガンプラを手に取り、カチャカチャと触り始める。
放課後。
「ハバキリー、GBN行こうぜ」
帰りのホームルームが終わると同時に、コウダイはハバキリに声を掛けた。
「んよし、行くかー」
あークソ眠いぜ、と背伸びしながらハバキリは鞄を担ぐ。
教室を出て、階段を降りる最中でも会話は続く。
「セアさんは地元のゲーセンからログインしてるんだっけ?」
「おー、本人がそー言ってたしな」
「じゃぁ、俺らの方が先に着く感じだな」
一階にまで降りてくると、上履きから革靴に履き替えているテラスの姿が見えた。
「あ、兄さん。と、オオヤマ先輩」
テラスの方も気付いたようで、軽く手を振ってくれる。
「よーテラス、今帰りか?」
「これから、帰るついでにお買い物に行くところですよ。兄さんは、今晩は何が食べたいですか?」
今日の夕食のリクエストは何かと訊ねるテラスに、ハバキリは「そーだなー」と思考を回す。
「先週の水曜はオレのリクエストだったし、今日はテラスの好きなものでいーぜ」
「あっ、じゃぁ今日はグラタンにしますね。帰りは何時くらいですか?」
「んーとな、19時くらいだな」
「分かりました。では、わたしはお買い物に行きますね。オオヤマ先輩も、さようなら」
テラスはコウダイにも向き直って一礼すると、踵を返して校門へ向かった。
その後ろ姿を見送っていると、コウダイが何故か震えていた。
「どーしたコーダ……」
何事かとハバキリは声をかけようとするが、
「な・ん・だ・よ・今のいかにも「同棲してます♡」的な会話はァ!」
何故か逆ギレするコウダイ。
その反応から「あー、今朝の続きだな」と読み取ったハバキリは、それ以上の会話をせずに自分の下足ロッカーを開き、流れるように靴を履き替える。
「さーて、今日は何のミッションを受けますかねー」
そのままそそくさと昇降口を出ていく。
「あっコラ!待ちやがれ!」
コウダイも慌ててその後を追う。
駅前のガンダムベースに着いてもなお、コウダイの呪詛は続く。
「大体なぁ、神様は極端なんだよ。モテる人間とモテない人間とできっぱり分け隔て過ぎなんだよ。普通さ、学園のアイドル的な存在と仲の良い妹持ちの男子なんざ、そうそういるもんじゃねぇだろ。一人くらい俺に分けてくれてもバチ当たらねぇんじゃねぇの?」
「おいコーダイ、酔っ払ってるんなら水でも買って飲んでこいよ。飲酒運転は立派な犯罪だぞ」
「酔ってねぇよ!俺はまだ未成年!お酒は二十歳になってから!」
※日本では間違っても18歳からじゃありません。
「クッソォォォォォッ、俺は不運の星の下に生まれた男だっていうのかよ……ッ」
「知らねーよ、とっととログインしに行こーぜ」
もー付き合ってられん、と吐き捨てながらハバキリはガンダムベースへ入店、コウダイもしょんぼりしながら一歩遅れて続く。
ダイブ先をフォースネストに指定してから、ログイン完了。
さて自分達二人が一番乗りか、とハバキリとコーダイはフォースネストに入室する。
すると、意外な人物が一番乗りしていた。
「あ、ハバキリにこうちゃ」
意外な人物ーージルが、ソファーに座りながらプチッガイで遊んでいた。
「お、ジルか。今日は早いな」
「うん、こんにちは。……あ、そうだ」
プチッガイをテーブルの上に戻したジルは、そのままハバキリとコーダイの元へ歩み寄る。
「あのね、えっとね、ハバキリ」
「うん、どーした?」
「えーっと、うーんと、……ほ、欲しいものって、ないかな?」
欲しいものは何か無いかと訊ねられ、ハバキリは目を丸くする。
「急になんだ?欲しいもの?」
いきなりそんなこと訊かれてもな、とハバキリは頭を掻く。
「じゃぁ、ハバキリはあとで……こうちゃは、欲しいものとか、ない?」
ジルの視線がハバキリからコーダイに移る。
「えっ、欲しいもの?そりゃぁもちろん、ジルちゃんがほし……」
「おーっと意図的に足が滑った!!」
コーダイが何か言おうとした瞬間、ハバキリの回し蹴りが彼の脇腹に炸裂した。
「ゴッグ!?」
ジオンの水陸両用MSの機体名と共に、コーダイはフォースネストの壁に叩きつけられた。
「……いーか、ジル。世の中にはあー言うのがいるから、迂闊に「欲しいものはない?」とか訊いちゃダメだからな」
「え、でもそれじゃぁ……」
「大体、なんで急にそんなことを訊くんだ?今日はオレもコーダイも誕生日とかじゃねーぞ」
ジルの思惑が今ひとつ分からないのだ。
彼女は一体何を目的に、欲しいものを訊こうとしているのか。
それを答える前に、また一人フォースネストにログインしてきた。
「二人ともお待たせ。ジルちゃんも、今日は早く来たんだね」
セアがフォースネストに入室してきたのだ。
彼女がやって来たのを見て、ジルの視線が今度はセアに切り替わる。
「あのね、セアは、欲しいものとかある?」
「欲しいもの?」
案の定と言うべきか、セアも何のことかと小首を傾げる。
「なんかさっきから、「欲しいものは無いか」って、オレとコーダイにも訊いてきてるんですよ。……このぶんだと、サッキーとエミルにも同じことを訊きそーですけど」
ハバキリがジルの様子について伝える。
「うん、サッキーとエミルにも訊く」
ジルもそのつもりらしく、素直に頷く。
「んー、それなら、みんな揃ってから話そっか」
セアの提案により、ジルのこの質問はサッキーとエミルが来るまで少しお預けだ。
「ところで、コーダイくんは?」
「オレが"修正"しておきました」
ハバキリが指した方向には、「あーいっててて……」と起き上がろうとしているコーダイの姿があった。
それから、サッキーとエミルもログインしてきたところで、メンバー全員がテーブルに着く。
司会進行はセアだ。
「はい、と言うわけでジルちゃん、どうぞ」
「はーい」
ジルは椅子から立ち、全員を見回す。
そして、欲しいものは何かを訊くのは何故か話し始めた。
「あのね、わたしは、みんなに「ありがとう」を返さなくちゃいけないの」
ありがとうを返す、と聞いて、ハバキリ、コーダイ、セアは「そう言うことか」と納得し、まだ訊かれていないサッキーとエミルは「急にどうしたのか」と反応する。
誰かが言葉を出す前に、ジルは続ける。
「みんなに、色んなことをいっぱい教えてもらって、何度だって守ってくれた。でも、教えてもらってばっかりで、守ってもらってばっかりで、わたしはみんなに何もしてないの」
だから、とその理由を話す。
「だから、わたしはみんなの欲しいものをあげたい。ガンプラに乗って戦えないから、そうじゃない方法で「ありがとう」を返したい」
ジルのその瞳は本気だった。
誰かの欲しいものを手に入れるためなら、それこそ本当に何でもやりかねない、そう感じられる。
コーダイもさっきのような冗談は口にせずに、真剣に聞いている。
「みんなの欲しいものを、教えてほしい」
その言葉を最後に、ジルは席に着き直す。
少しの沈黙の後、挙手する者が現れた。
「はい、あたしからでいいかな」
サッキーだ。
「質問に質問を返すようで悪いんだけど。あたしがジルちゃんに何かプレゼントしたいって言ったら、ジルちゃんは何が欲しい?」
逆に自分が欲しいものは何かと訊かれて、ジルはきょとんとする。
「え?わたし?プレゼント……サッキーが、「これ」って思ったものなら、何でも嬉しいと思う」
「うん。それならあたしも、ジルちゃんが「これ」って思ったものがいいな」
だってさ、と続けるサッキー。
「ジルちゃんがあたしに「ありがとう」って伝えたくてプレゼントを贈りたいんでしょ?そりゃね、あたしが「これ欲しい」って言ったら、ジルちゃんはそれを用意してくれるかもだけど……それってなんか、『ジルちゃんの気持ちにつけ込んでる』みたいで、あたし的にはヤなんだよね」
ジルが感謝の気持ちを込めて贈るものに、自分の欲求を押し付けたくないと言うのだ。
「それにさ、貰うその日まで何を贈るのか分からない方が、楽しみだと思わない?」
「俺もサッキーに賛成だな。ジルちゃんが贈りたいって思うものが一番だと思うしな」
サッキーの意見に、コーダイも便乗する。
そのコーダイに続くように、残るハバキリとセア、エミルも同様に頷く。
五人が五人とも同じ意見であることに、ジルは戸惑う。
「……えっと、ほんとに、わたしが選んだものでいいの?」
本当は欲しいものがあるのに、気を遣っていないかとジルは視線を右往左往させている。
なかなか踏ん切りがつかないようで、それを見てサッキーが再び行動に出た。
「……んじゃぁ、欲しい"もの"じゃなくて、"権利"が欲しいなぁ」
悪戯を思いついたような子どものような笑みを浮かべながら、ジルに歩み寄る。
「サッキーさん、あんまり意地悪なことはダメだよ?」
セアがサッキーに釘を刺すが、その彼女は「大丈夫ですって」と返す。
「けんり?ってなに?」
権利と言う言葉が分かっていないジルは、向かってくるサッキーに小首を傾げる。
「それはねぇ……えいっ」
サッキーはジルの目の前にまでやってくると、突然両腕を伸ばし、ジルの肩に手を回し、自分の胸に引き寄せた。
「ふぇっ」
いきなりのことにジルは目をぱちくりさせながら、為す術なくサッキーに抱き寄せられる。
「名付けて『女の子限定!ジルちゃんをぎゅっと出来る権』のフリーパスよ!」
「……え、なにそれ」
"ぎゅっと"されているジル本人は、怪訝そうな顔をしている。
「つまりね、ジルちゃんさえ良ければ、いつでもジルちゃんをぎゅっと抱きしめることが出来るってこと」
「あ、私もそれ欲しいな」
セアもサッキーが提案した『女の子限定!ジルちゃんをぎゅっと出来る権』のフリーパスを希望した。
「セアまで?」
自分の想像と違った形の『ほしいもの』を希望されて、ジルは頭に疑問符を浮かべまくっている。
「俺も!俺もジルちゃんをぎゅっと出来る権のフリーパスが欲しい!今すぐ欲しい!」
コーダイが椅子を蹴り倒しながら思い切り挙手するが、エミルにそれを制止された。
「待ってコーダイ、そのジルちゃんをぎゅっと出来る権は、"女の子限定"だよ。男には発行されないらしい」
「じ、じゃぁっ、男の子限定の……」
そこまで言いかけたところで、それはサッキーに止められる。
「ブブーッ、その権利は法的に認められませーん。越権行為で有罪判決になりまーす」
「ふざけんな!?冤罪だ冤罪!激しく抗議する!おいハバキリッ、お前も一緒に抗議しろ!抗議!」
バンッとテーブルを叩きながらサッキーに人差し指を向けつつ、ハバキリに同調を促そうとするコーダイだが、そのハバキリは少し考え込むような表情を浮かべている。
「サッキー、そのジルをぎゅっと出来る権のフリーパスは、既に持ってるんじゃねーか?もう一枚同じもの持ってても効果は一緒だろ?」
「あっ、そっちスか!?」
抗議ではなく、ただの意見だった。
ハバキリにそう言われてサッキーも「あそっか」と気付く。
フリーパスなんてものがあろうとなかろうと、サッキーはこれからもジルを抱きしめたりするだろうし、わざわざモノとして持っていても一緒だとハバキリは言う。
「一人一人があれ欲しいこれ欲しいって言ってたら、ジルだって用意するの大変だろ?だったら最初に挙げたよーに、ジルが贈りたいものってことでいんじゃね?」
『女の子限定!ジルちゃんをぎゅっと出来る権』のフリーパスは既に持っているため、重複発行は無効。
ちなみに、男子には発行されないことは法的に決められているので、これも当然無効。
約一名がなおも抗議文を提出するが、「『コーダイを好きにフルボッコ出来る権』のフリーパスを発行させんぞ」とハバキリが脅し止めた。
結論。
「……うんっ、わたしが「これ」って思ったのを、みんなに贈りたい!」
ジルのやる気に満ちた笑顔になったことで、満場一致。
とは言え、今日は元々ミッションを受ける予定だったため、ジルのメンバー達へのプレゼント選びはまた後日だ。
フォースネストからミッションを受注し、そのまま格納庫に移動して出撃する手筈で進む。
ジンライ改、エンハンスドガンダムMK-Ⅱ、キャノパルド、ガンダムデスレイザー、七星剣士エクシアの五機が格納庫に立ち並ぶ中、セアはジルに声を掛けた。
「ジルちゃんは、今日は誰と一緒に乗る?」
誰の機体に同乗するのかを訊ねられる。
いつもはハバキリかセア、たまにサッキーかエミル。
「んー……」
さてどうするかと、見回すジル。
ふと、先程の『ジルちゃんをぎゅっと出来る権』のフリーパスが発行されなくて、しょんぼりしながらトボトボとキャットウォークを渡るコーダイを見上げる。
「うん、今日はこうちゃにする」
「そっか」
セアとの会話を終え、ジルはコーダイの後を追うようにキャットウォークを駆け上がる。
しかし、追いついた頃にはコーダイは既にキャノパルドのコクピットハッチを閉じて機体を起動させている最中だ。
しかし、
「待って、こうちゃ!」
あろうことかジルはキャットウォークから跳躍し、そのままキャノパルドの頭部のバイザーに飛び移った。
コクピットの中で、メインカメラをモニターが投影させた瞬間、ジルの顔がどアップで映った。
「どおわぁぁぁぁッ!?」
当然コーダイは驚愕し、思わずキャノパルドを後退りさせてしまう。
機体が挙動したせいで、ジルは振り払われてしまい、
「きゃっ」
その身体が宙を舞った。
「あっ、ジルちゃっ、危ねぇッ!!」
コーダイは半ば反射的にキャノパルドの左マニピュレーターを伸ばし、床に落ちる前にジルを掌で受け止めた。
それを確認して安堵する間もなく、コーダイはコクピットハッチを開けながら怒鳴る。
「おぉぃジルちゃんっ、機体に直接取り付いたら危ねぇだろ!落ちたらどうすんだよ!?」
「だ、だってっ」
キャノパルドの掌で起き上がるジル。
「だってこうちゃ、急に元気無くしちゃったから、どうしたんだろって思って、心配になって……」
その元気を無くした理由が、コーダイの自業自得であることも知らず、ジルはただ純粋に彼を心配していたのだ。
「だから、今日はこうちゃと一緒に乗ろうって思って、そしたら……」
「っ……」
コーダイは思わず怒鳴ってしまったことを後悔した。
彼女は自分のことを心配していたと言うのに、何を責めているのかと。
キャノパルドの左腕を引き寄せ、コクピットに近付ける。
「……悪ぃジルちゃん、怒鳴っちまってさ」
「うぅん、わたしが危ないことしたから、いけなかった。危ないことしたら、怒られるのに」
今度はジルがしょんぼりしてしまう。
「あぁもう、そんなしょげんなって……」
コーダイはキャノパルドのマニピュレーターをコクピットの中へ入れ込む。
「えぇと……おうそうだ!」
何とかジルの気分を取り戻そうと、コーダイは声を張る。
「確かに俺は落ち込んでた。でも、ジルちゃんが心配してくれた。その気持ちだけで、俺は十分だ!元気9900倍だ!」
「……ほんと?」
「ホントホント!ジルちゃんが応援してくれるなら、通常の3倍は頑張れるぜ!切り裂きエドでも月下の狂犬でも黄昏の魔弾でも何でも来やがれってんだ!わは、わははははは!!」
ほとんどヤケクソ気味だが、ジルをこれ以上心配させないために、語彙力の限り元気をアピールしまくるコーダイ。
すると、効果があったのかジルの顔に笑顔が戻る。
「うんっ、こうちゃ頑張れ!ふれぇーっ、ふれぇーっ、こーうーちゃ!」
「……ホッ」
とりあえずジルの元気が戻ったことに安堵するコーダイ。
改めてジルをコクピットに同乗させてから、ハッチを閉じ直し、キャノパルドをハンガーからリニアカタパルトへ下ろす。
カタパルト展開、オールグリーン確認。
「コーダイ、ジル、キャノパルド、行くぜ!!」
最初にキャノパルド、次にジンライ改、ガンダムデスレイザー、七星剣士エクシア、エンハンスドガンダムMK-Ⅱが順次出撃し、蒼空を駆け抜けていく。
今日のミッションもきっと上手くきますように。
ジルは、キャノパルドのコクピットの中でそう願う。
その頭の片隅に、みんなへのプレゼントをどうしようかと考えながらーーーーー。
【次回予告】
ハバキリ「元ゲームマスターが逮捕された、か……どーにも嫌な予感とゆーか、きな臭いな」
サッキー「あっ、そのニュース知ってる。なんかね、元ゲームマスターのアカウントの履歴には、不正取引をしたことだけが残ってて、それ以外の更新は無いんだって」
ハバキリ「なんだそりゃ、怪し過ぎかよ。……こりゃ、ちょっと気を付けたほーが良さそーだな」
サッキー「……ねぇハバキリ、もしかして危険なことやろうとしてる?」
ハバキリ「何もオレがやるとは言ってねーよ。他の奴にしてもらうだけだ」
サッキー「次回、ガンダムビルドダイバーズ・スピリッツインテンション
『悪意の矛先』」
????「さーて、潜入開始と行きますかねー」