ガンダムビルドダイバーズ・スピリッツインテンション 作:さくらおにぎり
少しの沈黙が店内に流れると、バーテンダーはカップとソーサーを取り出し、コポコポと挽きたてのコーヒーを注いでいく。
「はい、ホットコーヒーお待ちどう様。ローストを多めに、だったわね?」
バーテンダーは仮面の獣人の前に、コーヒーの注がれたカップとソーサーを置く。
「うむ。ありがとう」
仮面の獣人は小さく頷くと静かにカップを手に取り、香りを楽しむ。
「フー……」
それを見て、トラちゃんはワイングラスを手にして、仮面の獣人に近付けた。
「貴殿とここでこうして会ったのも、何かの縁だ。付き合わせていただこう」
「……コーヒーとワインで乾杯と言うのは、些か奇妙ではないか?」
仮面の獣人は苦笑しつつもカップを持ち上げる。
「フッ、それこそ"奇縁"と言うものだな」
トラちゃんが胡散臭い笑みで返すと、ワイングラスとコーヒーカップがカチンと音を鳴らし合った。
互いに一口してから、仮面の獣人から話を切り出した。
「少し、別の話をしても良いだろうか?」
「あぁ、良いとも。貴殿からの話というのも、有意義な時間だ」
「大した話でも無いぞ?……彼ら、『フォース・スピリッツ』のことだ」
フォース・スピリッツ。
かつての伝説のフォース『ビルドダイバーズ』の再来とさえ囁かれ、一年前の『ELダイバー動乱』の事件解決の第一人者でもあり、今やGBNプレイヤーの中で、その名を知らぬ者はいないとまで言われる、現在での最上位フォースの一角。
仮面の獣人がMDを率いていた頃にフォースバトルを行ったことが幾度かあり、刃を交える都度に苦杯を飲まされた相手でもあった。
「ほっほぅ?その名を聞くのは久方ぶりだな」
「久方ぶりも何も、君とてスピリッツの一員だろう」
何を言っているんだね、と仮面の獣人は苦笑するものの、その発現を聞いて、トラちゃんは目を丸くした。
「……何を勘違いしているのだ?確かに俺はスピリッツとの連中と顔を合わせることは多いが、スピリッツのメンバーであったことなど、過去に一度も無い」
「む?そうなのか?彼らと行動していることが多いのだから、てっきりそうなのかとばかり」
そう。
トラちゃんは確かにフォース・スピリッツと行動を共にすることは多々あったが、実際にフォースに加入したことはない。
「学び舎が同じなのでな。まぁ否応なく顔を合わせることになる」
「そうか。……それで、その彼らについてだ」
仮面の獣人は、マスクのフィルタの奥から思案するように目を細める。
「今、彼らはフォースに所属こそしているが、その足取りは皆バラバラだと聞く。……単にそれぞれがソロプレイに集中しているだけ、とは思えなくてな。君なら何か知っているか?」
その問い掛けに対して、トラちゃんもまた目を細めて口を閉じる。
「ふむ……」
間をおいたのはほんの数秒。
「とは言え、俺としてもどこまで答えて良いものか……、そうだな、話は少しだけ戻るが、ELダイバーの排除を推進させていた、運営の強硬派に関する件だ」
「やはりそうか……」
仮面の獣人はコーヒーをもう一口して、言葉を選び直す。
「「やはり」と言うことは、貴殿には貴殿なりの目星が付いていたのではないか?」
「私個人での推測、憶測だけでは、どうしても確証が得られなくてな。だからこうして、彼らの知り合いである君に話を持ちかけた。……実際のところはどうなのだ?」
その答えとして、トラちゃんはニヤリと、人を疑わせる胡散臭い笑みで返した。
ーー肯定。
オデッサ鉱山基地に飛来してきたガウ攻撃空母。
艦載機のドップを吐き出して後は終わりのはずが、何故かNPD機ではないガンプラがそのガウから出撃してくる。
それを聞き取って、ハバキリは自身の頭の回転速度を速める。
「コーダイッ、敵の数は!?」
彼が何を言わんとしているかを瞬時に読み取ったコーダイは視界内に見えるガンプラを数えていく。
「にー、しー、ろー、はー、……10機だ!数は10機!」
見えているだけでも、Zガンダム、ヴェルデバスター、ガンダムエアマスター、ガンダムスローネツヴァイ、バイアラン、グフイグナイテッド、ジム・カスタム、ドム、バーザム、スタークジェガンがいる。
「じゅ、10機も!?」
コーダイの復唱を聞いてセアは驚愕し、ハバキリはあくまでも冷静さを保つ。
すると、ガウから発進してきたガンプラの群れのリーダーだろう、Zガンダムからオープン回線で通信が届く。
『警告する。諸君らが保護しているELダイバーをこちらに引き渡してもらう。要求を受け入れられない場合、諸君らを即座に撃墜する。繰り返す……』
口にし慣れているのだろう、無機質な警告。
それを聞いて、コーダイのキャノパルドはすぐに踵を返して、ジンライとガンダムMK-Ⅱの元へ合流、ハバキリと接触通信を行う。
「おいおいハバキリ、連中やっぱ……」
「分かってる……こうなるような気もしてたんけどな」
何故にこうも嫌な予感に限って当たるものか。
ともかく、ここで素直にジルを引き渡すと言う選択肢は最初から無い。あったとしても選ぶつもりは毛頭ない。
ハバキリはコーダイとの接触通信を継続しつつ、自分達と相手との戦力差を客観的に見比べる。
「敵の数が多いな。こーも多いと、騙し討ちは返って危険か……」
この間の場合は、敵の数がそれほど多く無かったことと、ガンダムMK-Ⅱからジンライに乗り換えて強襲すると言う芸当があったからこそ、騙し討ちが行えたのだ。
だが、今回の相手はその倍の戦力。
騙し討ちを狙って近付けば、囲まれて逃げ道を塞がれる恐れもある。
「それに、このエリアの地形……偶然の出会いにしてはあっちの都合が良過ぎる」
つまるところ、敵は最初からハバキリ達の動向を把握しており、逃げにくい地形のエリアに踏み込んできたところで襲撃を仕掛てきた、と言うことだ。
それが何を意味しているかを、コーダイは悪態をつくように溢した。
「ってことは、俺達の『"お尋ね者"扱い』は、まだ続いてるってのか……クソッ、強硬派の奴らめ!」
「"お尋ね者"扱い?……いや、それは後で訊く」
今はこの状況をどうにかするのが先決だ。
『聞こえているのか!ELダイバーを引き渡せと言っている!』
Zガンダムからの警告を聞き流しつつ、コーダイは意見を進言する。
「とにかく、足の速い可変機二機を墜さなきゃならねぇ。じゃなきゃセアさんとジルを逃しても追い付かれちまう」
セアのガンダムMK-Ⅱを離脱させるなら実質、2対10と言う圧倒的な戦力差。
そして、Zガンダムとガンダムエアマスターの二機は変形することでMS形態を凌駕する空中機動性を得るガンプラだ。空中機動性と言う一点であれば、バイアランも十二分危険な相手だろう。
コーダイの進言を聞いてほんの3秒の思考の末、ハバキリは下した。
『殺られる前に殺る』しかない、と。
「……好きじゃねーけどやるしか。オレが突撃するから、コーダイはセアさんのMK-Ⅱを頼む」
「あいよ……」
"いつも通り"、打ち合わせはごく簡潔かつ単純に済ませて、後は出たとこ勝負。
『これが最後通告だ。三つ数える間にELダイバーを引き渡す意志を見せろ』
すると、Zガンダムが一歩前に出てビームライフルをジンライに向けてくる。
『ひと……』
ひとつ目のカウントを取ろうとした瞬間、ハバキリは思いきり殴るようにアームレイカーを押し上げ、ジンライを瞬間的に最高速度まで叩き出して突撃した。
『なっ、ちょっ待……』
それを言い終える前に、ドムの胴体に重斬刀を一閃、真っ二つに斬り裂いた。
「よしジャイバズもーらいっと」
爆散する前に、ジンライはドムの右手からジャイアントバズを奪い取って急速離脱、一拍を置いてから爆発が生じた。
ドム、撃墜。
『抵抗するか……殺れ!』
不意討ち同然にドムを撃墜されたものの、指揮官だろうZガンダムは冷静に攻撃開始を指示する。
上方と正面から、多数のビームや銃弾が一斉にジンライに襲いかかるが、ハバキリはジャイアントバズを奪い取った時点ですぐに回避に専念しているため、掠めこそすれど直撃してしまうことはない。
「数の暴力に頼ってるのにまともに当てられねーとかマジウケるんですけどー!なに?お前ら下手なの?あそっか!オレが強いのか!そーかそーか……」
先程からハバキリがオープン回線でこのような発言を繰り返しているのは、挑発しているからだ。
「ごめんねー!強くってさー!!」
こうして敵のヘイトを自分に向けさせることで、コーダイの行動に余裕を持たせるために。
ハバキリのジンライが陽動を継続するその一方で、コーダイは今度はセアと接触通信を行う。
「ちょい失礼……セアさんは、俺とハバキリの奴が暴れてる内にこのエリアから離脱してください」
「え、でも……あんな人数相手に、二人だけで戦うの?」
「まぁ、そうっすけど」
「……だったら、私も戦う!」
自らも抗戦の意志を見せるセアに、コーダイは慌てて制止させようとする。
「ちょちょっセアさんっ、待ってくださいよ!あいつらは多分、運営の強硬派の連中……いくらなんでも、初心者が倒せるような相手じゃねぇ!」
コーダイが遠目から見たガンプラの完成度だけでも一朝一夕で出来上がるようなシロモノではない。
そんな相手を前に、昨日今日GBNを始めて、ガンプラを作ったのもこの間と言う初心者が、どれほど戦えるものか。
「だって、二人を見捨てて自分だけ逃げるなんて……そんなこと出来ないよ!」
「いや、だから……あぁもうしょうがねぇな!」
このままでは無駄な言い争いになりかねないと判断して、コーダイはセアの説得を即座に諦める。
「下手に攻撃とかしなくていいっすから、とにかく生き残ることだけ考えてくださいよ!?」
「うん、分かったっ」
それだけセアに言い付けてから、コーダイはウェポンセレクターを回転させ、左右のキャノン砲を選択、上空からバスターライフルをジンライに浴びせ付けている、MS形態のガンダムエアマスターをロックオンする。
「まずはテメェからだ、吹っ飛べ!」
引き絞られたトリガーと共に、キャノパルドの大口径の砲弾が、真っ直ぐにガンダムエアマスター目掛けて放たれた。
ジンライへの攻撃に集中していたガンダムエアマスターは、キャノパルドからの砲撃に気付かず、胴体部に240mmの砲弾が炸裂、そのまま墜落していく。
ガンダムエアマスター、撃墜。
次はこのまま立て続けにバイアランも……と言いたいところだが、キャノパルドからの砲撃だと気付いたらしい敵機の群れは、すぐに散開する。
『アルファー、ブラボー両小隊は『青き狂戦士』を叩け。残りはガンキャノンとMK-Ⅱを撃ち落とせ!』
Zガンダムからの指示を受けた敵機達は、小隊ごとに纏まって戦力を二分させる。
その動きを見て、ハバキリは僚機のモニターに目を向ける。
ガンダムMK-Ⅱが撤退していないところ、セアも戦うと言ったのだろう。コーダイも説得しようとして、早々に見切りを付けたらしい。
「ヴェルデバスターは向こうに行ったか。PS(フェイズシフト)装甲持ちの相手はしたくないから、正直助か……」
『余所見するか!』
斜め背後からビームサーベルを振り翳そうとするバーザム。
しかし、蛍光イエローの光刃が装甲を捉える寸前に、ジンライはその場でくるりと一回転して躱し、
「余所見してやったんだよ、っと!」
振り向き様、流れるように重斬刀を振るい、バーザムの露出したムーバブルフレームを切断する。
バーザム、撃墜。
『いただきィ!』
崖の上から身を伏せて機を窺っていたジム・カスタムが、ジンライの死角からジムライフルの照準を合わせていた。
が、
「視えてねーわけあるか」
ジンライは不意にジャイアントバズを逆さまに構え直して、振り向きもせずに背後へジャイアントバズを発射した。
それは、決してジム・カスタムへの直撃コースではない。
だが、ジム・カスタムが顔を覗かせていた岩盤に360mmのロケット弾頭が炸裂、口径の大きさに見合った爆発力は、大自然の壁をも容易に吹き飛ばす。
『おっ、おわあぁぁぁぁぁ……!?』
結果、身を伏せていたジム・カスタムは、突然足場が崩れたことで崖の下へ転がり落ちていく。
高所からの落下だ、ジム・カスタムが立て直すまでには時間がかかる。
今、ジンライをターゲットにしているだろう敵機は、ガンダムスローネツヴァイ、スタークジェガン、グフイグナイテッドの三機。
「ま、何とかなるだろ」
ハバキリはそう呟いてアームレイカーのトリガーボタンを押し込み、それに連動してジンライの持つジャイアントバズがスタークジェガンへ放たれる。
『踏み込みすぎるなっ、連携して確実に仕留めるぞ!』
スタークジェガンはハイパーバズーカを発射、時限信管によるそれはベアリング散弾となって飛び散り、ジャイアントバズの砲弾にぶつかって爆発させる。
弾頭の炸裂によって爆煙が巻き起こり、その中を突っ切るようにジンライが再び加速する。
一方のコーダイとセアは、Zガンダム、ヴェルデバスター、バイアランの三機を相手に奮戦していた。
コーダイのキャノパルドは、フット裏のローラーを駆動させて、上空のバイアランからのメガ粒子砲と、ヴェルデバスターからのバヨネットビームライフルによる射撃を躱しつつ、反撃を行っている。
「ったくよ、こっちはまだ完成したばっかだってのによ!」
ちっとは手加減しろよ、と文句をぼやくものの、それを聞いた向こうが手加減してくれるとは思わない。
万全でないまま引っ張り出してきたのだから、仕方無いと言えば仕方無いのだが、どうしたってタイミングの悪さに悪態をつきたくもなる。
その上、万全でない状態で初心者のセアも守らなくてはならないとなれば、難易度は一気に跳ね上がる……と腹積もりを決め込んでいたコーダイだったが、それは良い意味で裏切られていた。
「(ってかセアさん、ほんとに初心者なのか?)」
コーダイは、自機の操縦に集中しつつも、セアの操縦するガンダムMK-Ⅱの動向を逐一確認している。
彼の目線から見ても、セアの操縦技術は昨日今日GBNを始めた者のそれではない。
確かにコーダイが「下手に攻撃とかしなくていい」と言ったために、攻撃回数は少ない。
だが、ヴェルデバスターやバイアランからの射撃を的確に回避し、自分からターゲットロックが外れれば、すぐにビームライフルによる射撃を行う。
ハバキリやコーダイがごく自然に行っている『攻撃しながら回避、回避しながら攻撃』と言う複雑で素早い操縦を強いるようなことは出来ない。
だがその反面、『回避』か『攻撃』かのどちらかに意識を傾けているのだろう。
同時には出来ない、しかしどちらかーー特に回避に専念すれば、敵からの攻撃を捌けるようだ。
「(自衛くらいは出来るってか、嬉しい誤算だぜ)」
それなら後背の憂いは無用、とコーダイは目の前の敵機に集中する。
ーー実は、セアの異様に高い回避率には理由があった。
ただ単にセアの操縦技術が優れているわけではない。
その要因は、彼女のガンダムMK-Ⅱに同乗しているジルにあった。
「上から来る、左に避けて」
ジルがそう口にして、
「うん」
セアがそれに従う。
すると、0.5秒前までガンダムMK-Ⅱがいた地点を、バイアランのメガ粒子砲の火線が降って来た。
『また外れた……何だって言うんだ!』
目標のガンダムMK-Ⅱはほぼ素組み、性能で言えばジンライやキャノパルドと比べ物にならない。
だと言うのに、いくらロックオンしても、何発撃っても当たらない。
「これならば直撃だ」と思える攻撃に限って、憎たらしいほどに躱してしまうのだ。
どういうわけか、ジルにはガンプラの"心"を感じ取るだけでなく、敵機からの攻撃を先読みする力も秘めているらしい。
ふと、遠距離からキャノパルドへ砲撃を行っていたヴェルデバスターが、二丁のバヨネットビームライフルを連結させてのバスターモードで、ガンダムMK-Ⅱへと狙いを変えてきた。
が、
「正面」
「なら、横に避けて、と」
照射される熱プラズマの荷電粒子が、ガンプラ一機ぶんの余裕を持って通り過ぎる。
「今なら」
「よっし……!」
セアは即座にビームライフルを構え直し、バスターモードの射撃による反動で動けないヴェルデバスターへ向けてトリガーを引き放つ。
反撃のビームが、ヴェルデバスターの連結されたバヨネットビームライフルを焼き切り、暴発させた。
『ぐっ……今のが気付かれるのかよ!?』
ヴェルデバスターはバヨネットビームライフルと連結していたフレキシブルアームを切り離し、慌てて後退しようとするが、
「はいそこォ!」
上空のバイアランの相手をしながらも、虎視眈々と好機を窺い続けていたコーダイのキャノパルドが、ヴェルデバスターをロックオン、ビームライフルの火線が心臓部を正確に撃ち抜いた。
ヴェルデバスター、撃墜。
Zガンダムは二手に分かれた部隊の戦況を冷静に読み取っていた。
ジンライの相手には精鋭部隊を向かわせているのだ、初手こそ先手を取られたが、じっくり追い込めば確実に倒せるはずだ。
もう片方の、キャノパルドとガンダムMK-Ⅱの方も、ヴェルデバスターこそ撃墜されたものの、そこに至るまでの過程で推測出来たことがある。
ガンダムMK-Ⅱの異様なまでの回避力だ。
ガンプラの完成度だけを見れば、使い手のダイバーは恐らくデビューして間もない初心者。
ゲームが得意なダイバーである可能性もあるが、だとしても動きそのものは二次元的で単調なものだ。
そこから何が分かるか?
ELダイバーの中には、ニュータイプのように敵機からの攻撃を先読みしたりする者もいる。
それと照らし合わせてみれば。
あのガンダムMK-Ⅱは、ELダイバーが操縦、あるいはゲストモードで同乗している可能性が高い。
そして、自分達の目的はELダイバーの排除であって、彼らの殲滅ではない。
言ってしまえば、ELダイバーの排除完了後はさっさと撤退するつもりだ。
肝心のターゲットのELダイバーは管理局によってセーフティが掛けられているだろうが、そんなものはこちらでブロックしてしまえばいい。
それが可能な運営権限も、こちらにあるのだから。
Zガンダムはウェイブライダー形態へ変形すると、ガンダムMK-Ⅱへ向けて加速した。
ジルは、近付いてくる強い敵意を感じ取り、ぶるりと身を震わせた。
「……来るっ」
それを聞いて、セアはレーダーに目を向ける。
ヴェルデバスターが狙撃してきた地点よりもさらに遠くから、Zガンダムが迫って来る。
その光景はコーダイにも見えており、セアに警戒を促す。
「セアさんっ、指揮官機がそっちに……」
『どこを見てんだよ!』
一瞬でもセアの方に意識を向けたせいで、バイアランの急速接近に対する反応が遅れてしまった。
バイアランは右肩からショルダータックルを仕掛け、キャノパルドはそのまま岩盤に激突させた。
「ぐわっ!?」
背後から走る激しい震動にコーダイは顔を顰める。
『終わりだな!』
バイアランは左マニピュレーターでキャノパルドの頭部を押さえ付けると、逆のマニピュレーターにビームサーベルを抜刀、それをコクピットへ突き立てようと振り下ろすが、
「こ、んのっ……」
コーダイは左のアームレイカーを押し上げる。
それに呼応するキャノパルドもまだ左腕を振り上げて、バイアランのビームサーベルを握る腕を押さえ付ける。
「野郎ッ!!」
続けてウェポンセレクターを回し、肩のキャノン砲をダブルセレクト、砲口をバイアランの胴体に向けると、ほぼゼロ距離で左右同時に発射、バイアランを粉々に吹き飛ばした。
バイアラン、撃墜。
「やべっ、セアさんはっ!?」
キャノパルドを立て直しながら、コーダイはレーダー反応を確認する。
Zガンダムの反応は既にセアのガンダムMK-Ⅱに接近しており、赤のマーカーが青のマーカーに密着しているではないか。
だが、キャノパルドが点在する地点からは遠く、キャノン砲による狙撃を行おうにもセアに誤射する恐れもある。
そうなればその地点まで移動しなければならない。
「(連中、ただ単に攻撃してただけじゃねぇ……ちょっとずつ俺とセアさんを遠ざけていたのか!)」
バイアランとヴェルデバスターは、ハッキリ言ってしまえば捨て駒だったのだ。
セアのガンダムMK-ⅡにELダイバーであるジルが同乗していることに、どうやって気付いたのかは計りかねるが、ハバキリとコーダイ、セアの三人を分断、孤立させたところでELダイバーが同乗しているだろう機体を割り出し、トドメはZガンダムが刺す……元よりそんな作戦なのかもしれない。
「間に合ってくれよ……ッ」
キャノパルドのフット裏のローラーをフル回転させて、コーダイはその地点へ急ぐ。
ーーーーーが、キャノパルドよりも遥かに速い速度で、何かが通り過ぎて行った。
ウェイブライダー形態からMSへ変形したZガンダムは、一気にセアのガンダムMK-Ⅱとの距離を詰め迫る。
「……」
ジルは怯えるようにセアのブラウスにしがみつく。
「大丈夫……私だって、やれるはずっ」
アームレイカーを握り直し、セアは迫るZガンダムと対峙する。
直後、Zガンダムは前進しながらビームライフルを連射してくる。
「これなら……」
先程のジルの導くような先読みには期待出来なくとも、この程度ならセアでも躱せる。
一発、二発、三発、と放たれるビームを回避していくガンダムMK-Ⅱ。
だが、セアのその回避運動こそがZガンダムの狙いであり、予想通りでもあった。
『フン……所詮は素人、マニュアル通りの回避しか出来ないな』
ビームライフル三発の次は、頭部のバルカンを速射、一対の60mmの銃弾が続けてガンダムMK-Ⅱへ襲い掛かる。
それに対して、シールドで防御すべきかと判断しかけたセアだが、
「(狙いが甘い?)」
ならばこれも回避で対処すればいい、とセアは判断し直して、バルカンの銃弾を回避する。
が、
「……はッ、そっちはダメッ!!」
銃弾をやり過ごした瞬間、ジルが悲鳴のような声を上げた。
『墜ちろ!』
その刹那、ガンダムMK-Ⅱの回避した方向へ先回りするように、二つの弾頭が迫ってきていた。
Zガンダムの腕部に仕込まれている、グレネードランチャーだ。
「!?」
ジルの警告を耳にして、セアは咄嗟にガンダムMK-Ⅱのシールドを身構えさせた。
タッチの差、シールドが静止すると同時にグレネードランチャー二発が炸裂した。
しかし、グレネードランチャーの爆発はシールドの破壊に留まらず、ジョイントが接続されていた左腕すらも破壊していた。
「あぁッ!?」
「はぅッ……」
爆風はガンダムMK-Ⅱごと吹き飛ばし、コクピット内が激しく震動すると同時に、コンソールからは左腕の反応消失をけたたましく通知してくる。
『チッ、仕留め損ねたか……まぁいい』
地面に倒れ込んだガンダムMK-Ⅱへ向けて、ビームライフルの銃口を向け直すZガンダム。
『今度こそ死ね、ELダイバー』
その言葉と共にトリガーが引き絞られーーーーー
た瞬間、Zガンダムのビームライフルに何かがぶつかり、マニピュレーターから離れ、放たれたビームは明後日の方向へと飛んでいく。
『……何だとっ?』
Zガンダムの足元に転がったのは、76mm重突撃銃。
この戦場でその銃火器を持ち歩いているのは、ただ一機しかいない。
「死ぬのはてめーの方だよ」
一拍を置いて、逆光と共に鉄塊が振り下ろされて来たが、Zガンダムはその場から跳躍して、その一撃を躱しつつ距離を置いた。
空振りした鉄塊は地面を砕き割り、それを気に留めることなく、Zガンダムを威嚇するようにモノアイを輝かせたのはーーハバキリのジンライ。
『そ、そんなバカなっ、あの精鋭の二個小隊を、こんな短時間でどうやって……!?』
「おいおい、アレで精鋭なのか?あんなモン片付けるのに一分も要らなかったぞ?」
鉄塊ーーシースザンバーを担ぎ直しながら、ハバキリは何事も無かったかのように返す。
「は、ハバキリく……」
撃墜寸前の所で救ってくれたハバキリに、セアは礼の言葉を言おうとするが、
「あー、セアさん。そこから動かないでくださいね。援護とかも、要らないん、でッ!」
「で」の発音と共にハバキリはアームレイカーを殴り倒し、ジンライは瞬時に最高速度にまで加速、射撃の間合いからわずか一秒で近接格闘の間合いに踏み込み、下から振り上げるようにシースザンバーを振るう。
『なっ、ぐっ!?』
Zガンダムは咄嗟にシールドでその一撃を受ける。
が、大気の摩擦熱に耐え、ガンダリウム合金の塊と称されたジ・Oの重装甲すら貫徹させるほど強固なシールドを、ただの一撃で粉砕した。
吹き飛ばされたZガンダムだが、どうにか踏ん張り直して左腕内部からグレネードランチャーを発射して牽制する。
『お前は何故ELダイバーなどの味方をする!』
「は?」
ジンライは即座に左手にもう一丁の76mm重突撃銃を持ち直し、グレネードランチャーを撃ち落とす。
炸薬が爆発し、その爆煙に紛れるようにZガンダムがビームサーベルを抜刀して突っ込んで振りかざして来る。
それに対するハバキリの反応も速く、76mm重突撃銃をその場で捨てて両手でシースザンバーを握り直すと、寝かせるように構えてビームサーベルを受け止めてみせた。
蛍光ピンクの重金属粒子と、丹念にコーティングが施されたシースザンバーの腹が衝突し、スパークが迸る。
『一年前の動乱事件を知らないとは言わせんぞ!』
Zガンダムは一度バックステップで距離を取りつつ、頭部バルカンを速射する。
バルカンの銃弾もシースザンバーで弾き返すジンライだが、その間にもZガンダムは、今度は上から迫りくる。
ジンライは一歩後ろに下げて、体勢を整え直し、再度のビームサーベルを受け止める。
『ELダイバーなどがいるから、GBNはいつまでも脅かされる!』
一撃、二撃、三撃と、ビームサーベルとシースザンバーが交錯する。
一方的に攻め込んでいるのはZガンダムの方で、ジンライは防戦一方だ。
『俺達は、GBNを守るために戦っている……』
一見すればZガンダムの方が優勢、しかしその実、ジンライはそれら一撃一撃を全て危なげなく防ぎ切っている。
『それが分からんお前ではあるまい!』
ついに痺れを切らしたか、Zガンダムは強引にシースザンバーを突破しようと肉迫する。
だが、ビームサーベルがシースザンバーが叩き付けられる瞬間、
「シースザンバー、抜刀」
ハバキリはウェポンセレクターをコマンド入力し、シースザンバーから斬鋼刀を抜き放って飛び下がり、Zガンダムのビームサーベルは中身の無くなったシースザンバーを斬り飛ばして空振りする。
一度距離を置いたジンライは、斬鋼刀を構え直して対峙する。
「GBNを守るために戦っている、って?」
ハバキリは、Zガンダムのダイバーからの発言への回答を表した。
「ELダイバーは有害だ、だから排除する。あーはいはい、ご立派なことだな、エラいエラい。で、ELダイバーと一緒にいるからオレ達も有害だって?」
一息を入れ替えてから、ハバキリは声のトーンを落とした。
「知らねーよそんなモン」
それは、「知らない」の一言で切り捨てられた。
「てめーのご高説なんざどーでもいいし……」
ジンライは再びフルスロットルで最高速度まで加速する。
「仮にELダイバーのせいでGBNが壊れて無くなったって構わねーよ」
一瞬でZガンダムへと接近し、斬鋼刀を振り抜くが、紙一重で躱される。
『バカな……お前はGBNに何の思い入れも無いと言うのか!?』
「思い入れが無きゃ、『青き狂戦士』なんて呼ばれるほどやり込んでねーよ」
斬鋼刀が空振りしたと同時にジンライは、その場で重心を入れ換えて回し蹴り、Zガンダムを蹴り飛ばす。
『ぬぐっ……それなら、何故!?』
蹴り飛ばしてすぐにまた距離を詰めていくジンライ。
「てめーらはな、自分の価値観を分かってくれなくて喚いてる"お子様"と変わらねーよ」
即座に斬鋼刀を振り翳し、
「寝言を言うんなら寝てる時にしとけ、あんぽんたん」
一閃。
ハバキリの算段では、今の一撃で仕留められたはずだが、辛うじて避けられたのか、Zガンダムは肩口から左腕と、背部のバインダーの左側を失いながらも、どうにか残されたバーニアを駆使してジンライから距離を取る。
『クソッ、使いたくはなかったが……!』
コクピットの左半分が『Hazard』の赤い警告表示で埋め尽くされる中、Zガンダムのダイバーは何かを入力した。
すると、突如として何もない場所から『NPDリーオー』が出現した。
モニターカメラが赤く発光しているところ、ハードモードの機体のようだ。
その数、一個小隊である三機。
それを見て、ハバキリは心底から侮蔑するようにZガンダムを睨んだ。
「はー?負けそうになったからってイカサマ?てめーこそGBNに思い入れもクソもねーじゃねーか」
『何とでも言うがいい』
Zガンダムからのコマンドか、NPDリーオーはドーバーガンを一斉に構え、砲口をジンライとガンダムMK-Ⅱへと向けた。
『こうなった以上、こうする他に方法は……』
無い、と言いかけたところだった。
ズヴァゥッ、と言う音を立てながら、ドーバーガンを構えていたNPDリーオーの一機の頭部に、ライトグリーンに輝く何かが貫いた。
頭部を破壊されたことによって機体制御を失ったNPDリーオーは、力無く倒れた。
NPDリーオー、撃墜。
『はっ!?ど、どこから撃たれた!?』
どこからの攻撃なのかとZガンダムが狼狽えている間に、もう一度同じ攻撃が他のNPDリーオーの頭部を貫いた。
NPDリーオー、撃墜。
「コーダイくんの攻撃?」
セアはNPDリーオーが撃墜されていく攻撃を、コーダイのキャノパルドによる狙撃なのかと読んだが、ハバキリはそれを否定した。
「いーや、あいつのライフルの火線はピンク色です」
つまりそれは、キャノパルドによる狙撃ではない、第三者による攻撃。
ふと、Zガンダムは撃墜されたNPDリーオーの頭部に目を向ける。
貫通してもう消失しているのビームが、まだ残っているのだ。
『ビーム……いや違うっ、『ビームサーベルの弓矢』だと……!?』
それは、"矢"の形を形成したままNPDリーオーの頭部に、"突き刺さっている"。
だが、それが分かったところで風向きが変わるはずもなく、最後のNPDリーオーも同じように『ビームの矢』が頭部に突き刺さり、機能停止した。
NPDリーオー、撃墜。
呼び出した増援も、僅か30秒もしない内に全滅した。
「……どこの誰のおかげかは知らんけどまーいーや。……さて、万策尽きたところでどーするよ、小山の大将さん?」
ハバキリは声に怒気を孕ませながら、ジンライの斬鋼刀の切っ先を向ける。
『なっ、がっ、……くっ』
数の暴力もイカサマも引っくり返され、Zガンダムはついに踵を返して逃げ出した。
「ま……そりゃ逃げるよな」
ハバキリはそれを追うこともせずに見送る。
Zガンダムと入れ換わるように、コーダイのキャノパルドがようやく二人に合流した。
「お、おいハバキリ!あの野郎、追撃しなくていいのか?」
逃しても良いのかとコーダイは問い掛けてくるが、
「しなくていーよ」
その理由を答えるように、ジンライはZガンダムが逃げた方向へモノアイを向けた。
「……後始末を付けてくれる人がいるみてーだし、な」
命からがら逃げ出したZガンダム。
向こうが追撃して来なかったおかげで、どうにか戦闘エリアの外にまで退避出来たところだ。
「クソッ、『青き狂戦士』があそこまで強いなんて聞いてないぞっ、参謀本部もいい加減なことを!」
苛立ちのあまりにコクピットの壁を殴った。
「……とにかく、次はもっと戦力を増強してから攻撃を仕掛けなければ……」
そこまで言い掛けたところで、不意にモニターから敵機の反応を示すアラートが鳴り響く。
「何だ……?」
Zガンダムは前方を見やる。
ギリギリ目視可能な距離に、一機のガンプラがいた。
白灰色と菫色のツートーンカラーをした『ケルディムガンダム』の改造機。
目視で視認すると同時に、オープン回線での通信が届いてきた。
『GBNを守るために、何の関係もないプレイヤーを巻き込む……』
張り詰めた空気を射抜くような、女性の声。
『"私達"は、こんなもの求めていない』
ケルディムガンダムに備え付けられている装備を見る。
それは、小型の盾と一体化した"弓矢"のような武器。
間違いない、先程の攻撃を仕掛けてきたのは、コイツだ。
「貴様か!貴様が俺たちの邪魔を!」
『えぇ、邪魔させてもらったわ。……それで?』
どうするのかと訊ねるように、ケルディムガンダムは左腕の弓矢を折り畳んだ。
「貴様がァァァァァッ!!」
怒り心頭でもはや冷静な判断力すら失ったZガンダムは、ビームサーベルを抜き放って、ケルディムガンダムへ襲い掛かった。
しかし、対するケルディムガンダムはその場から動くことなく、バックパックに懸架された二丁拳銃『GNビームピストルⅡ』を抜き放ち、同時に右肩に備えられた分厚い盾ーー否、重火器を作動させた。
それは、フレキシブルアームと連結された、連装重機銃(ダブルガトリングガン)。
一拍を置いて、六本のシリンダーを束ねたような砲身、その左右一対が咆哮を上げた。
咆哮は銃弾の嵐ーー圧倒的かつ単純な暴力ーーとなって吹き荒び、バカ正直に真っ直ぐ正面から突撃してきたZガンダムを包み込み、
ーーーーーズタズタに喰い破っていく。
ダブルガトリングガンが空薬莢を吐き出していく最中、ケルディムガンダム本体からもGNビームピストルⅡが連射され、実弾が穿った所をビーム弾が流れ込む。
カタカタカタカタ……と、ダブルガトリングガンの回転が止まる頃には、Zガンダムは文字通りハチの巣と化し、バラバラと壊れていった。
Zガンダム、撃墜。
ケルディムガンダムは再びフレキシブルアームを回転させて、硝煙を上げるダブルガトリングガンを右肩へ納め、両手のGNビームピストルⅡも折り畳んでバックパックへ戻した。
周囲に他の敵機の反応が無いことを確認してから、ケルディムガンダムのダイバーはコクピットを開いた。
藍色と菫色のオッドアイ。
左側頭部でサイドポニーに束ねられた、黄土色とベージュの掛かった長髪。
首から下に纏うのは女武者を思わせる甲冑姿だが、上半身の右半分は露出させた、射手のもの。
「確かに、GBNは変わった……けど、『こんな世界』を一体誰が喜ぶのよ」
ディメンションの地平線を見通しながら、ケルディムガンダムのダイバーーー『ユイ』は嘆息をついた。
世界中のダイバー達がひとつになった、『一年前のあの戦い』は何だったのだろうか。
遣る瀬無い苛立ちが溶け消えるのを感じてから、ユイはコクピットの中へ戻り、ハッチを閉じた。
リアスカートに設置されたGNドライヴから光粒子を放ち、ケルディムガンダムの改造機ーー機体銘『ガンダムマナジュリカ』は、その場から飛び去った。
ガンダムマナジュリカがZガンダムを捕捉した時を同じくして。
その場で立ち尽くすジンライ、キャノパルド、ガンダムMK-Ⅱの三機。
「……ま、まぁ!変な乱入はあったけど、まだミッションは終わってねぇんだし、気を取り直して行こうぜ!」
そんな中で、気丈そうに振る舞い、努めて元気そうに声を張り上げるコーダイ。
「そ、そうだね!私のMK-Ⅱも左腕無くなっちゃったけど、大丈夫!」
セアはセアで、コーダイが気遣って明るく振る舞ってくれているのだと読み取り、それに便乗しようとする。
だが、肝心のハバキリからの応答が無い。
「……"お尋ね者"扱いって、そーゆーことか」
一拍を置いてから、こんなことを言い出した。
「コーダイ、後はもうテキトーにやってくれ。オレは上がる」
上がるーー即ちそれは、このミッションをリタイアしてログアウトする、と言う意味だった。
「えっ、おいハバキリ……」
「ついでに言うと、しばらくはソロプレイでやる」
そう言いながら、ハバキリはコンソールを開いて、ミッションリタイアの項目を選択しようとする。
「オレがいたら、セアさんにも迷惑が掛かるからな」
『このミッションをリタイアしますか?』と言う文字に対して、『Yes』を指先で押そうとしてーー
「待ってよハバキリくんっ!」
セアの声に一歩踏み留まった。
ーー待ってくれっ、ハバキリッ!
ーーその声が、誰かの声と重なったのは、気のせいだろうーー。
「私はハバキリくんのこと、迷惑だなんて思ってない……って言うか、何でハバキリくんがいたら、私に迷惑が掛かるのっ?」
それが分からない、とセアは訴えかける。
彼女の問い掛けに対して、ハバキリは何事も無いように答えた。
「オレ……って言うか、『オレ達のフォース』はね、運営の連中がやってるELダイバー狩りの、マークにされてるんですよ」
「…………え?」
ハバキリが運営からマークされている?
セアは一瞬、それがどう言う意味なのかを理解出来なかった。
「だからオレと一緒にいたら、また今日みたいなことが起こるってことです」
もういーでしょ、と呟くとハバキリは躊躇いひとつ無くリタイアを選択した。
『Mission Retirememt』
「んじゃセアさん、コーダイ、また学校でなー」
そのまま、ハバキリは強制ログアウトさせて、ディメンションから離脱した。
「ハバキリく……」
セアのその声は、ついにハバキリに届かなかった。
オデッサの地に残されたのは、キャノパルドとガンダムMK-Ⅱの二機だけ。
「……泣いてた」
セアにしがみついていたジルが、そう呟いた。
「今のハバキリ、泣いてた」
ログアウトを完了、ハバキリはヘッドギアを頭から外してラックにかけ直し、隣の筐体にいる、ログイン中のセアの姿を見やる。
「……」
一瞥して、何も無かったかのように荷物を纏めてダイブルームを後にして、そのままガンダムベースも退店していった。
「(フォースを抜けて、時間を置いただけじゃダメか)」
その帰り道、ダイバーギアを睨みながらハバキリは思考を回す。
今のままでは、ミッションを受ける度に運営の強硬派による襲撃を受けるだろう。
自分一人だけならまだしも、他のダイバーやELダイバーであるジルにまで害が及ぶのは我慢ならない。
「(かくなる上は……)」
出来るならこの方法は取りたくなかった。
だが、コーダイやセア、ジルまで巻き込むわけにはいかない。
なら、躊躇う必要など無い。
ハバキリは、ダイバーギアの設定画面を立ち上げ、一番下にある項目を選択する。
『このダイバーデータを初期化しますか?』
一度『Yes』と入力して、
『【警告】これまでのポイントやアイテム、フレンド、フォースデータ等が全て消去されます。本当に初期化しますか?』
「あばよ、"ハバキリ"」
今ここにいる『アメノ・ハバキリ』とは別の、GBNダイバー『ハバキリ』との決別の言葉を吐き、すぐにもう一度『Yes』を入力した。
すると、画面に『コロニー落とし』の場面が再生され、地表に落着したコロニーが大爆発、画面が真っ白になりーーーーーダイバー設定画面の、初期設定に戻されていた。
「(やっちまった)」
そのままスリープモードにして画面を閉じ、自宅への帰路を辿った。
日が暮れ始める夕方時、テラスは自宅に帰ってきた。
「ただいまー」
ドアを開けると同時に、玄関の靴の数に目をやる。
今日は珍しく、兄のハバキリが先に帰ってきているようだ。
リビングへ向かう途中で、浴室の明かりが点いていることと、ザーザーと言うシャワーの音が届く。
「(兄さん、シャワー浴びてるのかな)」
そう思って素通りしようとしたテラスだが、
不意に『ドガッ』と言う音が響き、テラスは身を竦ませた。
一拍を置いて、
「冗談じゃねー……」
唸るような声と、
「ふざけんな……」
絞り出すような声と、
「クソ野郎どもが……テ"メ"ー"の"面"子"が"そ"ん"な"に"大"事"か"よ"ッ"!!」
妹のテラスでさえ聞いたことのない声が、浴室から響いた。
「兄、さん……?」
「怒り狂う」などと言う言い回しなど生ぬるい、激情の権化がドアの向こう側にいたーーーーー。
【次回予告】
ハバキリ「はー……データ消しちまったし、再設定とかめんどいなー。そもそも、GBNを続ける意味も分からなくなってきたし、これからどーするかな……
次回、ガンダムビルドダイバーズ・スピリッツインテンション
『錆び付いた刃』
溜め息をつくと幸せが逃げるらしーけど、どのくらいの速さで逃げるんだろーな?」