マルス物語   作:翔々

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前半は作者の別作「FEメモ書き 04」とほぼ同じです。後半が加筆となります。


04.グラ制圧

「いい加減にしろというのだ!」

 

 なみなみと注がれた麦酒を飲み干しざま、ハーディンは不満をぶちまけた。叩きつけられた木杯が音を立てて破砕する。マルスがかわりのコップを差し出すと、再び半ばまであおった。

 

「アカネイアの貴族ども、よりにもよってニーナ王妃の威光を借りて、とんでもないことをほざいたものだ」

「ミディア殿が代表でしたね」

 

 王都パレスを解放して以来、ドルーア帝国打倒を掲げるニーナの元には各地から続々と有力者が馳せ参じるようになった。亡国とはいえ、旧都を奪還したアカネイア王家の正統なる後継者という威名が持つ力は大きい。マルスやハーディンの名前ではこうも集まるまい。あっという間に万を超える将兵が揃うと同時に、前々から危惧されていた問題が浮上するようになった。

 

 派閥の主導権争いである。

 

「あの小娘、捕虜の時はいかにも殊勝な態度をとっていたものを、いざ自分の兵が戻ってきた途端に化けの皮が剥がれ落ちたな! 軍全体の指揮権の統一だと? もっともらしいことをいいながら、自分の失態を帳消しにしたいだけだろうが!」

 

 ミディアの出自はアカネイア五大貴族であるディール候シャロン家である。マルスやハーディンよりも王女ニーナに近く、暗黒戦争当初は主戦派筆頭としてドルーア帝国軍と戦っていた。が、同じく五大貴族であるアドリア候ラングの離反によって軍が総崩れとなり、虜囚の身に落ちた。彼女が囚われている間に戦局は動き、ようやく拮抗状態にまで持ち直したのである。

 

 彼女の立場は微妙だった。開戦当初から戦っていたのに捕虜となり、何もできない内にパレスが解放されたのだ。このままでは面目が丸潰れであり、なんとしても手柄を挙げる必要があった。

 

 だからといって、従属国でしかないアリティアの王子風情(正式に王として任命されていないのでさらに権威が低い)やらオレルアンの王弟(こちらも王ではないのでマルスと同格)の下につくのはアカネイア貴族としての立場上よろしくない。これはミディアの意思というより、ミディアが所属するアカネイア貴族派閥の総意といった方が正しかった。

 

『アカネイア王国の正統後継者たるニーナ王女が率いる軍なのだから、その指揮権は直下のアカネイア王国軍が持って当然である』

 

 今朝の軍議にて、そんな発言が危うく通ってしまいそうになった。慌ててマルスとハーディンが待ったをかけ、ニーナや他の有力者達と粘り強く交渉し、やっとの思いで却下にまで持ち込んだのである。どうしようもない時間の無駄だった、とハーディンは怒りを隠しきれない。よくもこの忙しい時にくだらない派閥争いを起こしてくれたな、と罵りたかった。マルスが制止しなければ危うかっただろう。

 

「ジョルジュ殿は、別の意見をお持ちのようです」

「む……」

 

 マルスの指摘に、ハーディンの苛立ちが多少まぎれる。稀代のスナイパーの名前は、確かにハーディンの脳裏に刻まれていた。

 

 アカネイアの射手ジョルジュ。彼もまたアカネイア五大貴族のひとり、メニディ候ノア家のものである。ミディアと同じく開戦時から軍を率いてドルーア陣営と戦い続け、虜囚の身を単身で脱出し、パレス解放以前からニーナの元へ馳せ参じている。

 

 彼の立ち位置はミディアとも違う。貴族ではあるが、どちらかといえば軍人気質が強く、合理性を優先するところがある。今朝の軍議でも意見を保留していた。

 

「同じアカネイア貴族でも、ジョルジュ殿は軍の在り方については僕達寄りの意見を持っているのだと思います。彼にミディア殿の牽制を依頼してはどうです?」

「……確かに。我らでは反感を買うが、ジョルジュ殿の意見なら影響力を持つか」

「そうです。何より、彼は()()()()()()()()()()()のですから」

 

 マルスの含みを持たせた言い方に、ハーディンは口端を歪ませた。温厚篤実な王子らしくもない皮肉に、彼も憤りを覚えているのだな、と察することができたからだ。

 

『俺が戦っている間に、お前は何をしていた?』

 

 ジョルジュの性格ならそんな言葉は使うまい。だが、面と向かうだけでも、ミディアの脳裏には間違いなくよぎる。名誉を重んじる者ほど、上位者には何も言えなくなる。ミディアを牽制するのにジョルジュ程の適任者はいないと思われた。それでアカネイア貴族の突出が防げるのだ。

 

「ハーディン殿はジョルジュ殿に接触を。僕はミネルバ王女と再度詰め合わせをしてきます。こんなところで時間を潰されるわけにはいきません」

「承知した――――マルス殿」

 

 立ち上がりかけた盟友に、ハーディンは頭を下げた。

 

「貴公がいてくれたことに感謝する。ともにニーナ様の支えとならんことを」

 

 マルスは頷きをもって返した。それ以上はハーディンの矜持を傷つける、と判断したからだ。おそらく、それは正しかった。

 


 

(酷いものだ)

 

 自身の幕舎に戻ったマルスは、ミネルバを待つ間にひとり考えを巡らせた。アベルやカイン、ジェイガンといった士官達は練兵に忙しい。従者が茶の用意をするのに礼をいい、両手でカップを受け取る。丁度いい温度だった。

 

 アカネイア同盟軍。

 

 ニーナ王女を錦の御旗として集った勢力は万単位。その蓋を開けてみれば、各国の利権争いが水面下で進行する火薬庫同然だった。今日のミディアの一件など、氷山の一角でしかあるまい。彼女を責めるつもりはない。立場が違えば、自分もハーディンもやらかしかねないのだから。

 

 自分が率いる亡国となったアリティア派閥。

 ハーディンのオレルアン派閥。

 ニーナの下で利権を拡げようとするアカネイア貴族派閥。

 マケドニアから亡命したミネルバの派閥。

 グルニアから離反した将官達の派閥。

 大陸の知を司る魔道都市カダイン派閥。

 

 零細の規模も加えれば、シーダについてきたタリス派閥やワーレンの意向で動く商人派閥などもあげられる。それぞれの勢力が少しでも主導権を握るために、虎視眈々と勢力拡大を狙っているのだ。中でもアカネイア貴族はもっとも警戒すべき勢力だった。なにしろ規模が大きい上に、水面下で複数の意見が確立されてしまうのである。

 

 ミディアを筆頭とする主戦派は、軍権の掌握にやっきなこと以外は問題なかった。ニーナが『マルスとハーディンの指揮下で戦いなさい』と命じれば、内心はともかく従うのだから。

 

 問題は非戦派、穏健派とでもいうべきグループである。失われた国土を奪還するよりも、取り戻した領土を回復させる方が大事だと本気で考えている節があった。

 

『国家が甚大な被害を被っている。これ以上の戦争の継続は害悪にしかならない』

『王都パレスは奪還できたのだから良しとすべきだ。今こそ停戦に移行する時と愚見する』

『ドルーアは論外にしても、グラやマケドニア・グルニアとは交渉の余地があるのではないか』

 

 冗談もたいがいにしろ、とマルスは思う。連中の内心が手に取るようにわかった。

 

(アカネイア王家の領土は奪還しました。属国の領土は関係ありません、で済ませるつもりだな)

 

 暴論である。そんな意見が通ってしまえば、アリティア解放の悲願など二度と果たせない。自分達が何のために旗揚げしたのか、敵味方を問わずに数多の血を流してきたのか、何の意味も無くなってしまうではないか。

 

 今は少数の意見でしかない。だが、見過ごしてはならない。パレスを奪還したことによってもたらされた束の間の平穏は、アリティアにとっては埋伏の毒蛇に等しかった。

 

 どうすれば、その意見を封殺できるか。

 

(勝つことだ)

 

 戦果を挙げる。目先の勝利ではない。圧倒的な、誰もが認める大戦果を挙げるのだ。

 

(勝ち続ける。敵将をひとり残らず討ち果たし、城砦のことごとくを落とす。軍の勢いを限界まで加速させて、止まらせずに進み続ける。『この辺が潮時だ』なんて思わせてはいけない。アカネイア貴族達を最後の一戦まで賭けのテーブルから離さない。でなければ、最悪アリティアは僕達の手に戻ってこない)

 

 停戦は損である、勝てるだけ勝とうじゃないか――――。

 

 他でもない、穏健派閥にそう思わせるのだ。それが全体の意見となり、軍そのものの方針となる。

 

(酷い話だ)

 

 手中の杯をあおった。乾ききった喉が、もっとよこせ、と叫んでいる。

 

(でも、やるしかない)

 

 幕舎の外から、聞き慣れた竜のいななきが響いた。

 


 

 甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 柔らかい感触に頭部が包み込まれている。母の胎内とはこのようなものかもしれない。血と戦火に浸かり切った五感が、久方ぶりの安らぎにとろけていた。いつまでも甘えていたくなるような陶酔を覚えながら、ゆっくりと意識が覚醒する。

 

「お目覚めですか、マルス様?」

 

 飛び起きようとした肩を強く抑えられる。見上げた先には、優しく微笑むシーダの顔があった。

 

「いつまでもお戻りにならないので、心配して見に来たんです。そうしたら、机に突っ伏したマルス様を見つけて……気持ちよさそうに眠っていたから、私の膝をお貸ししました。迷惑だったかしら?」

「そんなことはないさ。ぐっすり休めたよ」

「良かった。マルス様、もう何日も辛そうなお顔をしていましたから、ずっと気がかりだったんです。少しでも良くなったのなら嬉しいわ」

 

 もういいだろう、と起き上がりかけたマルスを制するように、シーダがさらに力を込めた。

 

「……シーダ?」

「すべてが終わったら、タリスに帰りましょう」

 

 どきりとする。声を失ったマルスを見下ろしたまま、シーダが続けた。

 

「お父様がおっしゃっていました。アカネイアは魔窟だと。人の欲と欲とが渦をなし、際限なく犠牲者を生み続ける、悪意の坩堝だと。そこに引きずり込まれたら、どのような善人も黒一色に染められ、人が変わったように腐り落ちる。近づいてはならない負の領域なのだと、そういっていたのです」

 

 あの2年間の生活を思い出す。

 

 タリスという島国は、噂されるほど寂れてはいなかった。確かに不便な点もあったが、アカネイアの貴族がやれ田舎だ、未開の辺境だなどと差別するような実態はない。どこにでもある、人々の営みが行われていた。

 

 いまだから理解できる。モスティンは、あえて中央から距離を取っていたのだ。ろくに文化の発展していない辺境の島国に見せかけることで、アカネイア貴族の魔の手から島を守り、穏やかな日常を維持してきた。それは極めて高度な政治判断の結果であり、中央の情勢を注視してきたモスティンだからこそできる采配だったのである。

 

「父ならきっとマルス様を迎えてくれます。またふたりで、島のみんなと漁に出ましょう。魚を釣って、暁に沈む水平線の先をともに見届けましょう。誰も殺さずに、穏やかな毎日に戻れます」

「……それができたら、どんなにいいだろう」

 

 肩の手に触れる。込められていた力が、緩やかに抜けていくのが伝わってきた。

 

「僕は中央に行かないよ。いまでさえ息苦しいんだ。ニーナ王女は心配だけど、僕がいったところでなんの力にもなれない。貴族には貴族の戦いがあるからね。それよりも、一日でも早くアリティアを取り戻したいよ」

「マルス様の国ですね。私も好きになれるかしら?」

「なるさ。アリティアもタリスと同じ島国なんだ。みんな気のいい人達だよ。君もきっと好きになる」

 

 少年少女の語らいは、夜が更けるまで続けられた。

 

 

 

 一週間後。

 

 アカネイア同盟軍は、先鋒を買って出たアリティア騎士団の突撃に全軍が続く形でグラ王国軍を真っ向から粉砕。国王ジオルはマルスとの一騎打ちに敗北し、メニディ河で散った先王コーネリアスの仇討ちがここに果たされた。

 

 剣を交える際にかわされた会話を、マルスが語ることはない。ただ一言、

 

「得るものはなかった」

 

 とだけ吐き捨てて、グラの地図を書き記すようにジュリアン達へ内密の指令を下すのだった。

 

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