マルス物語   作:翔々

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05.グルニア制圧

 煽動をかけたガルダ、サムシアンは難なく鎮圧された。

 

 パレスを塞ぐレフカンディ砦、ディール要塞は速攻により陥落し、日和見を決め込んでいたペラティ王国は海賊ごと粉砕。連合が何カ月もかけて包囲制圧した王都パレスは、あらゆる抜け道を丸裸にされたうえで攻略された。

 

 かつてメニディ河で同盟相手であるアリティアの軍を背後から騙し討ちにかけたグラ王国は、国王ジオルの首を取られたために降伏。魔導軍師ガーネフの勢力下にあったカダインはさんざんに踏みにじられた上に、アリティアも奪還されたことでアカネイアの大陸図は開戦前の状態へと巻き戻る。

 

 否。

 

 状況はそれよりも悪化していた。開戦当初こそ足並みを揃えていたグルニアの軍人将校達は、パレス攻略後に論功行賞で与えられた領土に分散してしまい、同盟軍に各個殲滅されるという醜態をさらした。グルニアの強みである軍の連携が崩壊したまま押されに押され、ついにはグルニア本国にまで攻め込まれてしまう。

 

 ペガサスやドラゴンによって構成された騎士団で空の戦いを独占したマケドニアも、本国からの兵站が途絶えたことで遠征軍そのものが賊徒化。さらには君主ミシェイルの実妹ミネルバ、マリア両王女に加えて、ミネルバの腹心である天馬騎士団三姉妹、マケドニア貴族マチス・レナ兄妹の離反が決定的となり、各地で敗北した残存部隊がおのおので本国に帰還するという憂き目に遭っている。

 

 3年前、アカネイア王家に反旗を翻した勇壮な姿はどこにも見当たらない。滅びを目前にして、討死覚悟で司令官の指示に従うだけの兵隊達しか残っていなかった。

 

 それでもグルニア軍の士気は高い。若き俊英にしてパレス攻略を担った黒騎士カミュ、半世紀近くに渡ってグルニアを支え続けた老将ロレンスのふたりが中心となり、徹底抗戦を呼びかけたのである。もとより反逆の汚名は覚悟の上、こうなったからにはひとりでも多くのアカネイア同盟軍の兵を道連れにしてくれる。

 

 精強で知られるグルニア軍の抵抗は驚くほどに強かった。一時は山上に陣取った黒騎士団の一軍がニーナ王女の本陣にあと一歩のところまで迫り、トムス将軍、ミシェラン将軍が身をていして防ぐほどに追い込まれる局面もあった。このとき慌てふためいたアカネイア貴族の多くが我先にと逃走し、作戦終了まで誰ひとり戻ってこなかった一幕がある。呆れ果てたハーディンがいなくなった者の名簿を作成しておくように指示したのは、戦後の政治闘争を見据えての一手である。

 

 劣勢から五分五分の状態まで戻したことで、グルニア軍の戦意はかつてないほどに高まった。カミュ将軍の統率のもと、全軍を押し上げての突撃準備が進められたところで、信じがたい報が戦場を駆け巡る。

 

 グルニア将軍ロレンス、同盟軍に投降。

 

 全軍をふたつに分けた一軍を統率していた老将の降伏により、グルニア全軍の士気は最低まで落ちた。槍を捨てて捕虜となる者、どこかへと逃走する者、あるいは自暴自棄から単身で特攻をかける者。大混乱に陥った軍をまとめることは、もはやカミュにも不可能だった。

 

 とうとう居城にまで敵軍が迫るのを確認した黒騎士は、直卒の騎兵とともに突撃を敢行。グラディウスと鎧を返り血で真っ赤に染め上げ、最後まで同盟軍に恐怖を刻みつけてから、敵陣の中央にて堂々たる屍をさらした。

 

 戦後、遺体を確認したアカネイア王女ニーナがあまりにも変わり果てた恩人の姿に目を見開くが、気丈にもカミュ将軍に間違いないと証言したことで、グルニア王国の制圧は完了された。

 

 戦勝に沸く同盟軍の中で、沈痛にふけるニーナの姿を見つめる視線はふたつ。アリティア王子マルスと、オレルアン王弟ハーディン。一方は冷徹に、もう一方は情愛によって向けられたことを知る者はいない。

 


 

 降将となったロレンスは、監視役に名乗りをあげたマルスの陣にて日々を送っている。監視といっても名ばかりでしかなく、護衛さえ連れていればどこを見ても構わない、とマルスが許可を出したため、いまではアリティア軍内のほとんどがフリーパスである。

 

 大陸の南西、孤島も同然の島に追いやられたグルニアの苦難の歴史は長かった。その大半を支えてきた歴戦の老将の武勇伝をひとつでも知りたいと、彼の元を訪ねる者は後を絶たない。

 

 人生経験も豊富なロレンスの語り口は軽妙洒脱であり、末端の兵まで聞き覚えた逸話を面白おかしく喧伝するものだから、とうとう他の陣地から苦情まで寄せられるようになった。以来、ロレンスはマルスの詰めるテントの片隅を間借りさせてもらい、少年のアドバイザーとなっている。

 

「手順を省略してはいけない。面倒でも、かならず通すべきところを通すんだ。報連相の届かなかった箇所が停滞を起こしてしまうからね」

「は、はっ! 申し訳ありません!」

「よろしい。それじゃ、休憩前に兵糧庫へ寄るといい。マリア王女がみんなに焼き菓子を配るといっていたからね。みんなより先に堪能しておいで」

「ありがとうございます!」

 

 数多くの人間を見てきたロレンスの目にも、マルスという将の才は輝いていた。何より、人の使い方が抜群に上手い。飴と鞭をたくみに使い分けながら、至らぬところを相手の傷にならないように指摘して改善させる。部下のひとりひとり、分け隔てなく平等に接するというのは、なかなか出来ることではない。常に彼ら全員を気にかけていなくては不可能だからだ。ロレンスがその境地に至ったのは、マルスの二回り以上も歳を重ねてからだった。

 

 武芸でいえば、マルス以上の剣才の持ち主はいくらでも見つかるだろう。彼の真価は個人の武ではなく、将の統率にあった。目の前の戦場ひとつの地形を徹底的に調べ上げ、数えきれない枚数の地図に詳細を書き込むのである。敵の伏兵を予想し、それを逆手に取った道筋を立て、武官全員に役割を持たせる。無駄などひとつもない、理路整然と組み上げられた戦術は、軍人なら惚れ惚れするほどに魅力的だった。

 

 さらに目を引くのは、マルスが政治も弁えている点である。この少年の距離感は絶妙な塩梅を保っており、利権に忍び寄ろうとするアカネイア貴族のことごとくが成すすべなく追い返される。戦後の中央への足掛かりを餌にした交渉がまるで通用しないばかりか、有力貴族との縁談をダシにしたコネクションにも乗ってこない。一分の隙も見せまいとする鉄壁ぶりに加えて、烏合の衆でしかない同盟軍をまとめ上げてきた軍才相手に、さしものアカネイア貴族も無理強いが使えずにすごすごと逃げ帰る始末である。

 

 こんなことがあった。

 

 グルニアを制圧して間もなく、次なる標的のマケドニアに向かって行軍する最中、アカネイア貴族のひとりがマルスのテントを訪ねてきた。今度はどんな難癖をつけるのかとロレンスが聞いていると、マルスがこれまでに入手してきた戦地の地図をすべて王家に献上するように、との命令だった。

 

 衛星兵器もなければレーダーも無い時代において、地図は最大の軍事機密である。当然ながら、宗主国たるアカネイア王国は独自の地図を所有していた。ところがドルーアによってパレスが制圧された後、すべての地図が散逸してしまったのだという。

 

 貴族として力及ばぬ身を悔やむほかないが、唯一所有するアリティアにぜひとも協力してもらわなくてはならない、云々。

 

 狒々じみた笑顔でつらつらと並べる貴族を黙って眺めていたマルスだったが、ニーナ王女の名前を持ち出されたところでとうとう激昂した。これまで名だたる戦場のすべてに出陣し、自ら剣を振るってきた英雄の殺意を間近に浴びた貴族が震え上がるのも構わず、陣地の外にまで轟くような非難を叩きつける。

 

「アリティアは建国以来、アカネイア王家の矛たる栄誉を賜りし武門の礎である!」

 

 アリティアの王となる英雄アンリは王女アルテミスの矛となって地竜王メディウスを打倒した。以来100余年、王家に災いをもたらす者達のことごとくに武を振るってきた実績がある。その一族から軍事に欠かせない地図を残らず召し上げるとは、偉大なる王妃アルテミスへの侮辱に他ならない。断じて従うことはできず、ニーナ王女殿下の命令なのかも疑わしい。ただちに王女のもとへ向かって真意を問いたださせてもらう。

 

 自分が虎の尾を踏んでしまったことを、男はようやく理解した。地図の召上げなど自分の独断であり、戦後のアリティアの勢力拡大を恐れての先走りであった。当然、ニーナはそんな命令など出していない。彼は王家を騙ったのである。

 

 全身から脂汗を垂れ流す男がしどろもどろになって言い訳をはじめ、しまいにはムニャムニャと言葉にならない声を出しながら退散するのを見届けてから、ロレンスは小声でもって

 

「お見事」

 

 と賞賛した。マルスもそれまでの激情とは別人のように落ち着き、肩をすくめて軍務を再開する。すべてが演技であった。

 

(容易ならざる少年だ)

 

 齢17歳にして、軍にも政治にも非凡な才を示すマルスに、ロレンスは心底から敬服した。

 

(モスティン殿が育て上げ、シーダ王女の恋慕する理由が私にもわかった……ああ、これほどの人材がグルニアの王家に生まれたなら、あるいは大陸の姿が一変したやもしれぬ。そうさせなかった天の意思が恨めしい。まこと、ままならぬものだ)

 

 飛竜のいななきが聞こえる。ドルーアの南方、マケドニアの拠点が目前に迫っていた。

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