オーバーロード ~新参の堕天使~ 作:初心者騎空士
八本指、警備部門本部………
「この程度か」
冷たく呟き、ラプチャーは片眼鏡片手に書類に手を伸ばす。
壁には剣で、刀で腹部を貫かれ、身を固定された六腕四人の姿があり、唯一の女は砕かれたシミターを周辺に散らばらせた中にへたり込んでいる。
高位のマジックキャスターへと服従を誓ったアンデッドが重要な書類の数々を抱えて駆けてくる中、ラプチャーは未だ息のある者たちへと目を向ける。
「さて………コレらはどうするべきだと思う?」
「ハ………敗ケヲ理解スルヤ否ヤ、自暴自棄ヲ起コシタ者ニ、慈悲ハ不要カト」
冷徹なコキュートスの進言に、成程と頷く。武人気質である彼にしてみれば、看過できない愚考だったのだろうと判断したのだろう。ラプチャーは納得したように頷き、刀剣を引き抜き、刀身に付着した血を、重要性の低そうな書類で拭い捨てた。
「必要な情報は揃った。お前たちは手筈通りに」
「ハッ………コノアンデッドハ、如何ナサイマスカ?」
「折角だ、生かしておけ。アンデッドに性欲は希薄だし、ぶくぶく茶釜の逆鱗に触れるような真似はしていないだろう………念の為だ、俺の名を出しておけ」
「畏マリマシタ」
アンデッドこと不死王デイバーノックは、確たる自我を持つアンデッドだという。レアケースの確保と序でに、人間とそれ以外の魔法習得に関する諸々の実験にも使えるだろうと判断してのことだ。とはいえ、茶釜がNOを突きつければ即座に切り捨てる程度の存在でしかないのだが。
「俺は遅れて戻る」
「ハッ」
虫の息の六腕と共にコキュートスが消えてから、ラプチャーは自前のスクロールで隠密系の魔法をフル使用し、夜の空へと飛び立つ。
報告書の一部にあった、断片的な情報。国の現状を変え得る法案やそれを権力を以て握り潰したことなどが記されていた諸々の報告から、彼は一つの答えに行き着いていたのだ。
―――――
「ふむ」
「っ!?」
月明りのみに照らされた、豪華な一室。そこにたった一人で佇む少女は、突然響いた声に驚愕を示しながらも、極力刺激せぬよう穏便に振り返った。
「どちら様でしょうか?」
「辺境の村を救った神、とでも言えば満足か?」
漆黒の翼を広げる、鎧の青年。成程、その姿と纏う鎧の質を見れば、神と名乗るのもあながち間違いではないだろうと納得できる。
「ラナー………ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ」
本名を堂々と口にした下手人は、ごく平然とした所作で椅子に腰かけ、彼女へと目を向ける。
「いや、見事な頭脳だと感服させられる。キミが出した法案は、どれも革新的なモノだ」
「………お褒めに預かり、光栄です」
笑顔を浮かべるラナーだが、内心穏やかではない。が、相手はそんな彼女の心情に構うことなく、つらつらと言葉を続ける。
「だが、解せないな。そこまで知っていながら、お前はいっそ不自然なまでに根回しというものが出来ていない………当然だろうな」
その顔に、微かな笑みが浮かぶ。その瞬間、ラナーは確信を抱いた。
「
ああ、間違いない………この男は、
「我々がこの国を滅ぼす………と言ったら、キミはどうする?」
「どうすればよろしいですか?」
聡明な彼女は、即座に答えを導き出した。
「やはりな」
「化かし合う必要はありませんでしょう?」
「違いない」
ラプチャーが喉を鳴らし笑う。
「逆に、キミは何を望む?」
「私とクライムの安寧を」
即答する。言葉を濁すより、こうした方が好印象だろうと判断したからだ。
「なら、キミには何ができる?」
ラナーが答えるより先にラプチャーが手で制し、薄い笑みを浮かべる。
「いや、答えずともいい。キミが協力を約束するのならば、こちらが指示を下すよりキミが自ら動く方が効率的だろう」
そこに在るのは信頼ではなく、いつでもこちらの大切なものを踏み躙れるという余裕からだ、とラナーは判断した………ラプチャー自身がそこまで敵対的に応答する必要など、ありはしないのだが。
「………協力を、約束致します」
「それはよかった」
ラプチャーにとってこの対談は、あくまでラナーという個人を見極め、計画の障害足り得るかを調べる為のモノ。予想より遥かに容易く懐柔できたことに内心驚きながらも、今後において最も大きな障害が消えた事に安堵を抱きながら、彼は席を立ち、スキルを発動。
「コレを置いていく。連絡があるときは、このテーブルを三回指先で叩くといい」
無造作に召喚された天使が、物陰に消える。それを見届けながら言葉を残し、転移魔法で姿を消した堕天使。その姿を見届けるや否や、ラナーは即座に思考を巡らせる。
全ては、自分と最愛の犬との安寧の為。
―――――
ナザリック。数多の人間が悲鳴を上げる事も、意識を失うこと禁じられた上でこの世のあらゆる苦痛を凌駕する地獄を味あわされる中、それとは無関係な玉座の間で、彼らは次に向け準備を進めていた。
「八本指の撲滅、ご苦労だった」
「序に、情報収集もですね」
彼らからの労いに、NPCたちが深々と頭を下げる。
「い、いえ!ボクたちは、そんな」
「あの程度の奴らに、後れなんて取りませんよ!」
「謙遜しないの。みんなの協力があったからこそ、事がスムーズに動いたのは事実だから」
ぶくぶく茶釜の言葉に、NPC一同が隠し切れぬ歓喜を滲ませる。口にした当人が気まずそうなのは、今回の計画が殆ど彼女の私情によるものだからか………結果的に、問題は無かったが。
「デミウルゴス」
「ハッ。各部門より集めた資料より、王国にて排除すべき貴族の選定は完了いたしました」
「ご苦労………アルベド」
「リ・エスティーゼ王国に対する宣戦布告の準備、及び戦後処理の準備も完了しております。いつでも、実行可能です」
「よくやった」
モモンガが鷹揚に頷き、その眼を輝かせる。
「では、中位のアンデッドに宣戦布告をさせるとしよう。中には冒険者を駆り出さんとする愚物もいるだろうが、まあ構う必要はない」
「それと注意点ですが、今回のは国を滅ぼす為の戦争じゃなくて、民間人の為、現在の腐敗した王国の支配体制を崩す為の戦争ですので、兵への死傷者は可能な限りゼロを目指す方針でお願いしますよ」
ヘロヘロの注意事項に一同が神妙な顔で頷く中、セバスから報告の声が上がる。
「この場をお借りして、御方々にご報告が」
「ほう?」
モモンガが興味深そうに笑みの気配を零せば、セバスはその身に纏う空気を一層鋭く変え、口を開く。
「ハッ………エ・ランテルにて活動中のルプスレギナより、神との面会を求め接触してきた者が二名。特殊なスティレットを四本持つ女戦士と、奇妙な宝珠を持つ男のネクロマンサーとのことですが、どちらも現地では高い実力を持つ者との報告が」
現地では、という言葉の時点で守護者の大半が興味を失ったが、モモンガは奇妙な組み合わせに疑問を抱き、深く問う。
「女戦士とネクロマンサーか………今どこに?」
「エ・ランテルの墓地にある隠れ家に、とのことです」
「成程成程………ふむ、何れ会いに行くとしよう」
「そんな!モモンガ様が興味を持たれる程の存在ではございません!」
アルベドが声を大にして異を唱えるのは、相手に女がいるからか。
「そう狼狽えるな。現地で実力者と知られるとなれば、我々が知らぬ事柄に精通している可能性もある。情報とは力だ。ならば、その力を得るのに労力を惜しむ必要は、無かろう?」
モモンガの言葉に異を唱える事も出来ず、アルベドが黙りこくる。
「無論、最優先は王国との戦争だ。個人と一国の住民とでは、どちらを取るべきか明らかだからな」
モモンガが立ち上がり、ローブを大きく翻し手を広げる。
「さあ、準備を開始せよ!」
『ハッ!』
NPCたちが、一斉に動き出す。その間に、モモンガは
「私だ、パンドラズ・アクター」
『おぉ、モモンガ様ッ!如何なさいましたか!?』
そして直ぐ、後悔した………が、仕方ないと私情を押し殺し、告げるべきことを告げる。
「これより、リ・エスティーゼ王国との戦争となる。ルプスレギナ共々一旦戻れ」
『畏まりましたッ!………では、接触してきた二名も、そちらに同行させても?』
「………ナザリック外部にセーフハウスを造らせよう」
『感謝ッ!いたしますッ!』
「ルプスレギナ共々、完全装備の準備をしておけ。我らナザリックが威を知らしめる為だ」
『畏まりましたッ!』
それだけ告げると、即座にメッセージを切り………項垂れた。
(は、恥ずかしい………!)
ラプチャーが無言で肩に手を置き、周囲から同情の視線が集まる。
「………とりあえず、メシ、行きません?」
「………行きます」
この後、滅茶苦茶自棄食いした。
―――――
食事を終えたプレイヤー一行が顔を突き合わせる、いつもの円卓の間。
「―――――という訳なんで、オーレオールを外に出してあげるべきだと思うんですよ」
「んー………けど、それやると転移門が使えなくなるんですよね………」
「けどさ、こういう時くらい出させてやるべきじゃないっすかね?」
「わかるけどさー………そうなると防衛とかどうするのって話になるよ?」
今回揉めているのは、第八階層深奥にある桜花聖域の守護者、オーレオール・オメガについて。要は、彼女にも本格的な仕事を与えるか否か、という事だ。
「悪くは無かろう。短期間であれば、俺の方で超位魔法でも使ってモンスターを配置しておけば済む」
「………まあ、長期戦にはならないでしょうしね」
ラプチャーはクリップボードに何やら書き綴り、作業中であると判る。
「じゃあ、多数決で………反対は俺と?」
「あたしはなー………んー、中立ってことで」
「それじゃあ、オーレオールにも出て貰うってことで」
モモンガは決定を下してから、折角だしと悪ノリしてみることに。
「それじゃあ、『あれら』を動かしてみたりは?」
『賛成!』
「いやいや、冷静になろ!?」
「悪くは無かろう。どちらにせよ使わないのだから、ゴーレムと併せて置けば置物やコケ脅しと誤認されるだろう。誤認しない者がいるならば、それだけ大きな抑止力として働くし、いいこと尽くめだ」
なお、ラプチャーはこれらの言葉を、ほぼ思考を挟まず口にしている。
「では、オーレオールにこの旨を告げてこよう」
「あ、じゃあ私はニグレドとルベドに」
「みんなフル装備でとか、いつ以来ですかね~」
軽い様子で話し合う姿は、とても一国の存亡がかかっているとは思えない。とはいえ、腐敗し切った王国の現状もある為、腐り切ったリアル出身の彼らのこの反応は仕方ない所もあるのだが。
搾取されていたサイドが殆どを占める彼らが、王国相手に手心を加える理由が無いのだ。徴用された兵の死傷者はゼロにするよう努める彼らも、貴族王族相手に慈悲慈愛を与える事は先ず無いのだ。
「さて………」
第八階層の転移門を出てから、ラプチャーは手元のクリップボードに目を落とし、足を動かしながら暫し黙考する。
そこに在るのは、八本指との繋がりのある貴族や王族のリストと、その領地規模、想定される兵力などを書き込んだ地図。問題は、性格等の情報の不足から、どのような布陣で来るかが不明瞭なコトか。
「………まあ、いい。そちらは後からでも手を打てる」
クリップボードから視線を外し、目先に意識を向ける。
これまでの草木皆無の荒野からは想像もつかないような、大輪の花をつけた大樹に囲まれた泉の中央。七匹の金色の蛇が絡みついたケーリュケイオンの前で、静かに正座する巫女服とメイド服を融合させたような装束を纏う女性が目を開け、静かに、しかし喜色を隠せぬ声で、彼の名を呼んだ。
「ラプチャー様」
「久しいな、オーレオール」
栗色の長髪を三つ編みに結わえた、如何にも大和撫子といった気品を漂わせる美女。この場に他の姉妹がいれば、その顔に浮かぶ笑みが普段よりも明るい事に気付くだろう。
「早速で悪いが、通達だ。ナザリックの全勢力を以て、戦争に挑むことになってな。お前にも、完全装備の上で出向いて貰うこととなる」
「それは………!」
歓喜を見せるのは、漸く平常業務以外の形でナザリックに貢献できるからか。
「畏まりました。このオーレオール・オメガ、万全を期して臨ませていただきます」
「それでいい」
ラプチャーが頷けば、オーレオールから微かな歓喜が滲み出した。