オーバーロード  ~新参の堕天使~   作:初心者騎空士

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それぞれの選択

 軽い音が三度、豪華絢爛な部屋に響く。

 

「………なにを?」

「神との交信の儀式、といったところでしょうか」

 

 柔らかく笑うラナーを、エリアス・ブラント・デイル・レエブンは訝し気に見つめる。

 領地を、息子の安寧を護りたくはないか、という誘いに乗り、第二王子と《蒼薔薇》のリーダーが去った後も残ってみれば………と、微かな困惑が肥大化していた中、声が響いた。

 

「見ない顔がいると思って来てみれば………成程、レエブン侯とやらか」

「ッ!?」

 

 漆黒の靄から現れた、鎧の美丈夫。しかし、王国のあらゆる秘宝を超越しているだろう鎧すらも気にならなくなるほどに、その漆黒の十二枚羽に意識を奪われていた。

 

「な、あ………」

「わざわざいらっしゃるとは、それほど重要な案件でしたか?」

「エリアス・ブラント・デイル・レエブンは優秀な頭脳を持つ男と聞いている。直接会って話すのも悪くはない、と思ったまでだ」

 

 冷徹な光を宿す目には、興味以外の感情が無い。それを感じ取ったレエブンは、血の気が引く感触を味わいながらも、来訪してきた男と対峙する事を選んだ。

 

「………お会いできて、光栄です。ええと………」

「ラプチャー、だ。さて………」

「では、我が国の布陣から」

 

 ラナーがレエブンへと目配せすると、その意図を察した彼は即座に口を開き、地図を広げこの度の戦場、わざわざ都市部への被害に配慮して指定されたカッツェ平野を指し示しながら、王国側の陣地展開の仔細を語る。そして、それらを語り終えてから、王国のバランス取りに奔走していた蝙蝠はラプチャーの目を真正面から見据え、情報の見返りを求めた。

 

「………後出しになり申し訳ございません。ですが、ここまで情報を提供したのですから」

「領地と妻子、領民の安寧は確約しよう。元より、貴様はリストに入っていない」

 

 あまりにあっさりと断じられ、拍子抜けした顔をするレエブンを、ラプチャーは微かな失意と、多大な安堵を以て見下ろす。

 

「私とは対応が違いませんこと?」

「お前は、毒蛇とただの蛇を同じように扱うのか?」

「まあ!」

 

 心外だ、と声を上げるラナーに対し、レエブンは欠片程の同情も抱かなかった。

 

「ああ、ところで―――――()()()()()?」

「………やはり、見抜いておりますか………レエブン侯」

「この度、国家間の戦争ではなく、モンスターの討伐という体で冒険者を雇うことになりました………その為、先程説明した貴族の布陣の更に前に、《蒼の薔薇》《朱の雫》の二大アダマンタイト級チームを最前線に置く形になります。それに加え、エ・ランテルにて神の一柱とされていた女神官とその同行者が指名手配されております」

「そちらは心配する必要はない。既に帰還済みだ」

「流石ですね」

「とびっきりの愚者が多くて助かるよ。加えて、八本指を消したお陰で連中との取引記録、賄賂の額を始めとした要素からどのような人間かも割り出せる………それがわかれば、あとはその性格と置かれたシチュエーションから行動を割り出せばいいのだからな」

 

 ラプチャーは容易く言っているが、それが出来る人間など先ず居はしない。まして、そこから会ったことすらない相手の行動を先読みするなど尚更。

 

「………化物か」

「よく言われたよ。全く、出来のよすぎる頭脳というのも考え物だな」

 

 どこかうんざりしたように吐き捨て、しかしそれだけだ。

 

「俺だけでよかったな。他のがいれば、最悪死んでいたぞ」

「………ご慈悲、感謝します」

「俺以外相手には気をつけろ、というだけのことだ」

 

 そう踵を返したかと思えば、その姿が消える。その瞬間、緊張が途切れたらしいレエブンが大きく姿勢を崩し、ラナーさえも深い安堵の息を零している。

 

「はぁ………これで」

「ええ、我々は………しかし、よろしかったのですか?」

「私とクライム以外の全てが、どうでもいいので」

「アッハイ」

 

 こうして、二人の人間とその周囲の身の安全は保障された。

 

―――――

 

 エ・ランテル。その地に来訪していたアダマンタイト級冒険者、《蒼の薔薇》一行と、先行して来ていた国王直属部隊の長である戦士長は、宣戦布告してきた相手である神を名乗る者たちの一員と一時期行動を共にしていたとして拘束されている冒険者たちのもとへと向かっていた。

 

「こちらです」

「すまないな。あとは、我々だけで行おう」

「ハッ」

 

 見張りを下がらせ、六人は四人の冒険者と相対する。

 

「《漆黒の剣》の方々ですね?」

「は、はい………ペテル・モークといいます」

「存じ上げております。それで、件の神についてお聞きしたいのですが………」

 

 蒼薔薇のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラが口を開いた、その時。

 

「ッ、下がれ!」

 

 仮面のマジックキャスター、イビルアイが鋭く叫ぶ。その顔が向く先にあるのは、漆黒の靄で形作られたナニカ。そして、その奥から顔を出したのは―――二本のグレートソードを背にした、黒鎧の剣士と、卵のように丸い顔をした、しかし表情の伺えぬ軍服姿の異形。

 

「げっ」

「お初にッ!お目にかかりますね―――王国戦士長殿、そしてアダマンタイト級のお嬢様方」

 

 鎧の下から漏れる呻きを、芝居がかった大仰な仕草と共に放たれる叫びが掻き消す。それにより衝撃による思考停止を脱したラキュースは、剣に手をかけながら叫んだ。

 

「モモンッ!」

「モモンさん!?」

「………()()()()()、既に見極めの時は過ぎております。故にッ!本来の姿を、お見せするべきかと」

「う、うむ………そうだな」

 

 微かな困惑が滲む言葉と共に、鎧が光となり溶ける。そして、その下が明かされるより早く、影の体積が増し………《死》が降臨した。

 

「な………ぁ………」

死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)………いや、違う………そんな生易しいものじゃ………!」

 

 ある者は言葉を失い、理解できてしまったものは絶望に打ちひしがれる。

 圧倒的で、避けようのない絶対的な終末の具現。濃密な紫のローブは貴族王族など比ではない圧倒的な高貴さを漂わせ、それを纏う白骨の眼窩に灯る紅は、絶対的な死の気配を見る者に叩きつける。

 何より恐るべきは、ローブの色彩が放つ高貴さが死の気配の陰惨さをある種の絶対者が持つ王の気質へと昇華させ、目前の存在が高い知性を持つことを、否応なしに伝えてくる。

 

「ももん、さん………?」

「………冒険者モモンとは、この国を視る為の仮初の姿に過ぎん。そして、私が総てを見極める間もなく、この国の腐敗は明らかとなった」

 

 モモンガの言葉と共に、隣の軍服の姿が溶ける。ぐじゅぐじゅのそれが形を作り出し、輪郭をはっきりさせながら色を帯びて行く中で、《漆黒の剣》のマジックキャスターはその風貌から一人の女性を導き出した。

 

「おねえ、ちゃん………?」

 

 モモンガのNPC、パンドラズ・アクターが変じたのは、ニニャの姉ツアレ。

 

「やはりそうだったか………本人に確認させた甲斐があったというものだ」

「お姉ちゃんは!?お姉ちゃんに、何をしたんですか!?」

「治療を施し、望む通りの生活をさせている」

「治療って………穏やかじゃねえな」

 

 警戒を見せるルクルットに苦笑の気配を向け、モモンガが子細な情報を提示する。

 

「八本指、だったか?そこの娼館に居た………無論、治療により万全の状態に戻っている。心の傷まではどうにもならなかったが………」

(セバスと仲良くしてるし、大丈夫だろ………ライバル多いけど)

「待て、今の言葉を信用するのか?」

「まあ、そうなるだろうな………人間不信気味の彼女を連れて来るには、些かハードルが高かった、と言ったところで、それを証明する手段は無い」

 

 イビルアイの疑念は尤もだ。それを理解しているからこそ、モモンガは声を荒げないし、彼がその程度の事を気にしないと知っているから、パンドラも反応を示さず、元の姿に戻るのみ。

 

「確かに、そちらのお嬢様の仰る通り、我らに真実と証明する手立てはございません。ですが、《漆黒の剣》の方々の身の安全は保障いたしましょう」

「………信じられると、思うのであるか?」

「我が神がお救いになった地、カルネ村を知っていても、ですか?」

「………成程、貴殿が」

 

 ガゼフは納得を抱き、しかし警戒は緩めない。

 

「では、何故王国と戦争などと」

「王国は腐り過ぎている。故に、その腐敗を排し………腐敗の温床となった国王らを切り捨てる」

「ハッ!アンデッドに国政など」

「私だけでは出来ないだろうさ」

 

 イビルアイの言葉を遮りながらも、モモンガは彼女の考えを肯定した。

 

「だが、私は一人ではないからな。嘆き、憂うのみで国が動かぬというのなら、我々がやるだけの話だ。そして、その上で王族貴族が邪魔となるから排除する………簡単だろう?」

 

 王国の至宝総てを纏うガゼフが剣を抜き、切りかかる。モモンガは大して気にすることなく剣を受け………体に走る鋭い痛みに目を向き、大きく飛び退いた。

 

「ッ!?」

「モモンガ様ッ!」

「大丈夫だ………しかし、驚いたな。私に傷をつけれる剣があったとは」

 

 警戒の度合いを上げるモモンガの前へ、タンクの一人であるばりあぶる・たりすまんの姿を取ったパンドラが割って入る。しかし、主が冷静な対話を試みるその意思を尊重し、それ以上の行動はしない。

 

「ああ、案ずるな。王族は、一人を除き殺すつもりなど毛頭ない。尤も、自然溢れる僻地で軟禁くらいはさせて貰うがな」

「………一応お聞きしますが、その一人というのは?」

 

 ラキュースは疎か、皆が揃って『アイツだろうなぁ』と一人を思い浮かべる中、モモンガはその通りの名を告げた。

 

「バルブロ第一王子だ」

『………』

「………まあ、その反応は想定内だな………んんっ!そこでだ、ガゼフ・ストロノーフ、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ」

 

 モモンガは手を差し伸べ、そして語り掛ける。

 

「この度の戦争から手を引け」

「ッ、民を見捨てろと!」

「徴用された兵には被害を出さん。死者を出す間でもなく、我々は勝利できる」

 

 絶対的な自信のもとの言葉に、思わず言葉を失う。

 

「………その言葉、どう信じろってんだ?ええ?」

「ギルドマスターとして、《アインズ・ウール・ゴウン》の名のもと約束しよう。決して、無辜の民には死者を出さぬと………ああ、それと」

 

 モモンガの目が、牢に囚われた四人に向けられる。

 

「彼らには、色々世話になった恩がある。故にこちらで引き取りたい………そこを、どいて貰えるかな?」

 

 あくまで、こちらの意思を尊重………しているように見えて、その実意味などない。少し本気を出せば、彼女らなど塵より軽々吹き散らされるだけの命でしかないのだ。

 

「………っ」

「ふむ、では取引だ。私が彼らを引き取り、代わりに情報を与えよう」

「情報?」

 

 モモンガが堂々と口にした言葉は、到底信じられるものではなかった。

 

「難易度にして300前後の者が、私を含め16ほどだ」

「………は?」

「ルプスレギナは、難易度換算で大体180前後といったところか」

「………有り得ない………」

 

 絶望、などという言葉も生温い。それこそ、イビルアイがかつて相対した魔神でさえ、そこまでに達する者は―――

 

 そこで、イビルアイは気付く、気付いてしまう。相手の、正体に。

 

「………ぷれい、やー………?」

「ほぅ、知っていたか。だが、アインズ・ウール・ゴウンの名を知らぬという事は、君はプレイヤーではないようだな」

 

 モモンガが関心を示し、しかし頭を振る。

 

「いや、話はまた今度にしよう………そこをどいて貰えるかな?」

「いえ、彼らにも立場があります故、それは難しいかと」

「あ、そうだった………では、仕方あるまい………魔法三重化(トリプレットマジック)

 

 三十の光球が浮かび上がる。その光景に驚愕する間もなく、六人は回避行動に出た。

 

魔法の矢(マジックアロー)

 

 光の矢の群が、轟音と共に牢獄を破壊する。その余波で体勢を崩した六人の合間を悠然と進み、モモンガは囚われの知己のもとへと向かう。

 

「ああ、安心するといい。お前たちはカルネ村に預けるつもりだ。ニニャに関しては、ツアレとの面会を約束しよう。他の者たちは………彼女の精神状態次第、となるな」

「………信じて………私たちの命を預けて、いいんですか?」

「アインズ・ウール・ゴウンの名に誓って」

 

 モモンガの言葉を信じたのは、モモンとしての活動の中で見せた人柄故か。それとも、大切な仲間が抱く期待に応える為か。

 

「………わかりました」

「ペテル!?」

「ですが!………もし嘘であれば、私は刺し違えてでも、貴方を滅ぼします」

「………全く、いい仲間に恵まれたものだな、お前たちは。まあ、私の仲間には遠く及ばないがな」

 

 どこか自慢するように弾む声は、間違いなくモモンの時と変わらない。

 その事に苦笑しながらも、ペテルは不思議と不安を覚えなかった。それどころか寧ろ、彼がそこまで誇る仲間に会ってみたいとすら考えていた。

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