オーバーロード  ~新参の堕天使~   作:初心者騎空士

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憂鬱な働かない智者

『………ん?………ッ!?』

 

 目を開けると、そこには見知った―――――有り得ない筈の光景が広がっていた。

 

『よぉ、ラプさん。どした?相変わらずの好奇心暴走特急で、ブレーキ代わりにトカゲちゃんに腹ァ殴られて、気絶して………そっから覚えてるかい?』

 

 今はラプチャーのアイテムボックスにある筈の、『開いたページでランダムに状態異常系魔法を発動』というジョークマジックアイテムを手にした、かつての旧友。

 

『何故、お前が………いや、ここは………』

『おいおい、ダイジョーブか、ラプさん?ヘンなトコ打ったか?』

『ええと、こういう時は斜め四十五度で―――』

『おいパイさん、それ一世紀以上前のアナログ家電の―――』

 

 強烈な衝撃と共に、視界が暗転する。

 ああ、そういえばウチのエレメンタリストは防御を種族特性任せの脳筋だったな………そんな感慨と共に、目を覚ました。

 

「………随分と、未練があるようだな」

 

 仮眠のつもりが、とんだことになったと困ったように笑い、ショートカットを使い鎧を装備。

 そのまま自嘲するように独り言ち、ベッドを出る。まさか、と思いアイテムボックスから黒い一冊の分厚い本を引っ張り出し、ページを開く。

 

「ッ!?」

 

 嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)の発動を確認し、ラプチャーは思わず目を伏せ溜息を零す。『プレイ』と称して殆どの装備に必要以上のデメリットをつけていた男らしい、気紛れ且つつまらない代物だ………尤も、この世界で使うと普通に大惨事確定な代物なのだが。

 

「………はぁ」

 

 本を閉じ、アイテムボックスに放り込む。そして、気分転換がてらにと部屋を出て、ロイヤルスイートの大浴場へと向かう。

 その時のラプチャーの顔は、普段と変わらぬ無表情ながらも、メイドたちが怯える程に無機的であったという。

 

―――――

 

 情報共有が済んでいたのは、彼にとって幸運だったと言える。

 

「………」

 

 溜息を零し、ペンを置く。

 

「如何なさいましたか?」

「………デミウルゴスか。何か調べごとか?」

 

 最古図書館での作業中、デミウルゴスが現れる。普段以上に平坦な声になっている事を自覚しながらも、結局は変える事ができずに問い掛けてしまう。

 

「いえ、ヘロヘロ様たちが慌てられていたので、ラプチャー様に詳細をお聞きしようかと思ったのですが………なにか、ありましたでしょうか?」

 

 普段と様子の違う彼を前に、ラプチャーは自嘲にも似た笑みを浮かべてしまう。

 

「ああ、そうだな………お前たちに話す事ではないのだろうが、少し昔話をしよう」

 

 ナザリック至上主義のNPCに語るべきでないと知りながらも、彼は口を開いて、語ってしまった。自分がかつて、こことは違うギルドに居たことを。

 だが、不思議とデミウルゴスは不快感を示さなかった。そこには、置いて行かれた者としての同情があったのか、それとも御方だから、と見られていたのか………それは、本人にしかわかるまい。

 

「………我々では、ご不満なのでしょうか?」

「違うさ。不満は………ああ、不満は無いよ。ただ、そうだな………そういうところ、かもしれないな」

 

 何処か怯えた様に、真剣に聞き返すデミウルゴスを前に、ラプチャーは微かな笑みを零す。

 

「そういうところ、とは?」

「素直すぎる」

「はい?」

「マトモすぎる」

「え?………え?」

「刺激が足りないな」

「………そ、それは、必要な事なのでしょうか?」

 

 本気で困惑するデミウルゴスだが、ラプチャーは違うと頭を振る。

 

「いや、必要か不要かで言うなら必要だが、お前たちも十分だよ………ただ、前が刺激的過ぎたもので、少々物足りないのかもしれんな」

 

 ポンコツ系推しのロリコンやら、根に持つタイプの武闘派がマトモに分類される地獄である。筋力も魔法火力も一級品の魔王風脳筋お嬢様から、中二病全開のヘタレポンコツ、ガチ目で見境の無いレズビアン、ナマモノ、発禁野郎………人間的な濃さで、(現在いるメンバーは)圧倒的に敗けているのだ。

 色々振り回されるのさえ楽しかった彼にしてみると、少々物足りなくても不思議ではない………のかもしれない。

 

「そ、そうでございますか………」

「まあ、大丈夫だろう。お前たちがそのままでいるだけでも、意外と楽しくなりそうだしな」

 

 ラプチャーが目を細め、かつてのデミウルゴスの笑みを思い出す。

 

「そうだな………俺は新参で、お前たちとの付き合いも短い。そこで、親交を深めるとしようか」

 

 ラプチャーはメモと付箋で埋まった地図を取り出し、デミウルゴスを見据える。

 

「先日、笑っていたな?お前が何処まで見据えているか、それを聞かせて欲しい」

「か、畏まりました!」

 

 デミウルゴスは動揺しながらも眼鏡を直し、丁寧に頭を下げる。

 

「先ずですが、私はモモンガ様の目的が『国興し』であるものと愚考しております。カルネ村という『神が降臨した地』という箔をつけた地を王国、帝国といった国家の境に近いという地理を利用し、森を拓きつつ発展させることで首都に変えるおつもりなのでしょう」

 

 デミウルゴスは言葉を切り、緊張した面持ちでラプチャーを見つめ、再び口を開く。

 

「人間ばかりなのが心残りではありますが、御方の名を示すにはうってつけの相手でしょう。彼らを取り込み一大国家を築き上げれば、この世界の潜在的敵勢力や、存在の可能性があるプレイヤーであろうとも容易く手出しは出来ますまい」

 

 深読みにも程がある発言だった。しかも、ラプチャーにとっては看過できない色が含まれていた。

 

「………人間は愚か、か。ああ、そうだとも」

 

 デミウルゴスの言葉には、侮りがあった。軽蔑だけではない、1500の討伐隊に敗れたのであれば抱けない、抱いてはいけないと思うべき感情が、存在していた。

 そこには、彼が最も嫌う色があった。何の躊躇いもなく優れた頭脳を回転させ、ラプチャーは口を開く。自分の未知を開拓する為、そして………最も忌々しい色を、取り除くために。

 

「………賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」

「?」

「お前は、どちらだ?敗死という過去から学んだ賢者か?それとも、過ちを犯して初めて学ぶ愚者か?それとも………()()()()()()()人間か?」

「ッ!?」

 

 それは、ともすれば存在そのものの否定にもつながる問い掛けだ。事実、デミウルゴスはその表情を険しく歪めており、ラプチャーが部外者であるならば問答無用で殺しにかかっていただろう。

 

「実のところ、ヒトの定義というのは面倒だと考えている。お前たちも俺たちも、心を、感情を持ち合わせ、相応の知能を持ち、閉鎖的とはいえナザリックという社会構造を構築し、そこに存在している。違うところといえば、身体的特徴や身体能力程度のモノだ」

 

 だからこそ、とラプチャーは問う。人間は何も学ばないと、リアルの腐敗から人類という総体に見切りをつけた、つけててしまった………デミウルゴスと同等の叡智を持ちながらも、それを使う事をやめた元人間は、厳しい声で問い掛ける。

 

「お前たちは、何を以て人間を下等だと、自分たちを上等だとする?身体能力的優位か?知能的優位か?………そのようなモノを理由に他を見下している時点で、本質的には人間と大差ない。人間たちとて、目の色が違う、髪の色が違う、肌の色が違うといった身体的特徴に基づく差別を繰り広げていたのだからな」

 

 小学校すら義務教育でなくなったリアルにおいて、歴史を深く知る者は少ない。そして、リアルの歪な社会構造に物申す熱い学者だった頃の彼は、その少数に属していた。そして、人間の負の面を嫌という程見てきたからこそ、デミウルゴスの言葉は看過できなかった。

 

「そ、れは………ッ」

「油断、慢心は失敗を生む。過去の失敗に学ぶのが賢者ならば、失敗して初めて学ぶのが愚者だ。俺はお前がどのように在れと創造されたかは知らんが、過去の敗死を知るのなら、見下すことはやめるべきだな」

 

 異形種プレイヤー人口を遥かに上回る人間種プレイヤー人口故に、異形種狩りをモットーとするギルドは多い。その為、AoGのような異形種ギルドが定員割れしやすい中、人間種のギルドは定員を満たすどころか、同盟を組んだり連合を組んだりと、戦力拡充は容易いのだ。

 

「成程、確かにここナザリックは、1500を超えるプレイヤーの襲撃に対し、相手の全滅という形で勝利して見せた………だが、こちらで同じことが起これば、最悪ギルドが破綻するぞ?あれだけの設備を動かすとなれば、かかる費用も相当だろうからな」

「………ッ」

「ナザリックを第一に思うならば、油断を捨てろ。金貨五億枚というのも、ユグドラシルでは多少手間がかかる程度の額でしか無かったが、こちらでは頭を抱えたくなるような額なのだからな」

 

 ラプチャーが告げた額は、守護者らレベル100NPCの蘇生費用。つまり、油断や侮りをしてしまえば、そのツケを自身の命で払う羽目になると、暗に示しているのだ。

 

「………ご忠告、感謝致します」

「今すぐ、というのは無理でもいい。ただ、その事は念頭に置くようにしておけ。ナザリックにも、人間は存在しているのだからな」

 

 ラプチャーが地図を手渡し、溜息を零す。

 

「説教臭くなったな」

「いえ、そんなことは………」

「そう思って貰えるのならいいが………窮鼠猫を噛む。忘れるなよ」

「追い詰められた弱者は、何をするかわからない………成程、油断していれば、その一噛みが致命傷となり得る、という事ですね」

「そう思えばいい………思えば、俺もよく油断して痛い目を見たな」

 

 主に、仲間内相手に。その言葉を出す事は無かったものの、思い返せば自分が好奇心で暴走する度、主にナマモノや美女ゴリラにぶん殴られて止められていた事に気付く。

 

「御方も、ですか?」

「誰だって経験はあるさ。そこから学ぶからこそ、どんどん回数は減っていく………まあ、時間と共に忘れる以上、定期的に軽くでも痛い目を見ておいた方がいいだろうがな」

 

 人間は忘れる生き物である………では、人間と大差ない心を持つナザリックのNPCたちは?そんな疑問を抱くと共に、好奇心が沸いてくるのを実感。他ならぬ自身に呆れながら、それを表に出すことなくラプチャーが立ち上がる。

 

「失敗は成功の基、だ。失敗そのものを恐れる必要はないが、失敗の被害が大きくなる前に経験しておくようにするといい」

 

 本人は柔らかく告げたつもりだが、デミウルゴスはそう感じなかったらしく、深々と頭を下げたまま動かない。しかし、それに気付くことなく彼は最古図書館を後にしてしまった。

 

「………我々と、人間の違い………ですか………」

 

 ナザリックに攻め入った人間たちは、醜悪な欲望と憎悪に任せて御方に牙を剥いた愚か者と思っていた。だが、ラプチャーは自分たちも根本的にはそんな愚か者と変わらない存在だと断じた。肉体的に、知能的に優れているだけで、根本的にはそこまで変わらないと。

 

「………」

 

 悔恨と共に唇を噛み締め、デミウルゴスは俯く。何を考えているかわからないのが、余計に恐ろしい。何より恐ろしいのは………

 

(同情してしまったのを、見抜かれたのでしょうか………御方に対し、なんと不敬なッ!)

 

 孤独を語った彼が、自分たちと重なって見えてしまった。ギルドメンバーに置いて行かれ、仕えるべき主が一人だけにまでなった、自分たちと………そして、羨望してしまったのだ。

 仕えるべき主が消え、永遠にも思える苦しみを味わうことなく消える事ができた、新参にして慈悲深き御方のギルドのNPCたちが………酷く、羨ましく思えたのだ。

 

「………あってはならない感情だというのに………ッ」

 

 モモンガ、ラプチャー………そして、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、タブラ・スマラグディナ。ナザリック地下大墳墓に最後まで残った者たちの中に、彼が最も敬愛する創造主、ウルベルト・アレイン・オードルの姿は無かった。その事実が、彼の心に深い影を落としているのだ。

 だからこそ、こんな感情を抱くことなく消える事ができた彼の、彼らの被造物(シモベ)たちが………酷く、羨ましいのだ。苦しむことも、悲しむこともなく消える事ができたのだから。

 

「………この無礼のお詫びは、多大なる戦果を以て果たさねば」

 

 その手に握り締めた地図に目を落とし、デミウルゴスはその頭脳をフル稼働させる。

 湖付近のリザードマン、東の巨人、西の魔蛇、山脈にはドラゴンとドワーフ………リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国の大まかな大都市の配置までを記した上で、追加情報のメモ書きが添付されたソレを閉じ、デミウルゴスは最古図書館を後にした。

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