闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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今までで一番長くなりました。
2万字越えってどういうこと……


11回 会合での出会い

特に大きな変化もなく夏休みも2週間が経過していた。

 

秋希さんたちに山と海の選択をさせられた日の後の1週間でも特に大きな変化はなく、家と橘高家を往復する毎日を送っていた。

朝起きていつもよりもややハードなトレーニングを終わらせて帰ってくると、近所の公園で小学生に交じりながら近所の人たちがラジオ体操をしているので、その人たちと挨拶を交わし、家に帰る。

そのままシャワーを浴び、朝食を軽めに取った後は一眠り。

学校がある時は学校に行かないといけなかったからそのまま起きていたけど、夏休みになり、宿題も終わっているので休息も兼ねて少し眠るようにしている。

といっても、10時頃には道場で鍛錬が始まるので眠れても精々2時間程度。

それでもないよりマシだ。

泥のような眠りから起きると、寝起きで頭が覚醒していない状態だが気にせずに自転車を使って道場まで向かう。

到着するころにはすっかり頭も冴え、夏場ということもあり、体もある程度温まっている。

その所為か、到着するとすぐに秋希さんたちに扱かれる。

橘高道場では道着とか、ジャージのような動きやすい服を選んで着ることはほとんどない。

むしろ、着る回数の多い私服や制服を着て鍛錬をこなすことがほとんどだ。

秋希さん曰く、

 

「服装に拘っていたら、いざという時どうしようもないだろうが」

 

とのこと。

特別反対する理由もないし、夏休みだから、用事もないのに制服を着ることはないため最近は私服を着ている。

休み前は制服が多かったっけ。

そして、その格好のまま午前10時から午後9時までずっと橘高道場で鍛錬だ。

ちょくちょく休憩は挟みながらやっているけれどかなりキツイ。

何度か胃の中の物を戻したこともあるぐらい。

そして、それらが終わると橘高家で簡単な夕飯を作り――時間や体力に余裕がある時はしっかり作る――秋希さんや冬琉さんたちと食事をとり、片づけをして家に帰る。

帰ったら先週までは宿題を片付けていたけど、無事宿題も片付いたので、今週は操緒と話したり、本を読んだりして体を休めている。

……そのため、夏休みに限って言えば、奏よりも橘高姉妹とか八條さんたちと会う回数の方が多い。

夏休みに入ってからまだ奏とは1、2回しか会っていないけど道場の皆にはほぼ毎日会っている。

仕方ないとは思うけど、彼女に対する態度として彼氏としてはどうなんだろうかと、自分でも少し考えてしまう。

僕が扱かれている分、奏もお祖母さんたちに扱かれているはずなので2人揃っての特訓期間だとでも思えばいいのだろうか。

そして、こんな大変な生活なのに、その生活にだんだん慣れてきた自分がいることに驚く。

僅か3ヶ月程度しか道場には通っていないのに、既に以前の世界での同時期の自分の体力以上の体力が付いているのだ。

前の世界でも陸上部に入っていたから、体力がないという訳では無かったはずなのに……

それほど秋希さんから課されたトレーニングメニューが的確かつ効率が良かったのだろう。

技術はほとんどついていないが、これは嬉しい誤算だったりする。

 

そんな地獄の日々の中で、今日は久しぶりの本当の休日。

道場もトレーニングもない。

何でも、

 

『今度出かける(合宿?がある)から準備がある

 お前も準備や連絡をしておけ』

 

とのことらしい。

日取りは今日の4日後から夏休み期間中可能な限り。

だから、残りの今日を含めた5日間は休息とそれらの準備に充てるそうだ。

僕も当然のように連れて行かれるそうで、可能なら奏も連れて来るよう指示された。

八條さんに聞いたら、ここ2、3年で恒例?になりつつある強化合宿?だそうな。

実際、来るのは時間に余裕がある学生だけで、社会人の人たちは大抵用事があるから不参加。

といっても大学生の方は今年は参加しないそうなので、僕たち4人(+可能なら奏と塔貴也さんも)だけだ。

去年までは参加していたそうなのだけど、今年は大学も4年目。

そろそろ就活とか卒論が重なってきて忙しくなったそうだ。

……というか、よく今まで道場に通うことが出来ていたものだ、と逆に感心したのを覚えている。

 

『頑張ってください』

 

と、一言応援の言葉を贈っておいた。

正直、変に年が離れすぎていても互いに気を使うだろうし、こう言っては何だが、僕としてはちょうど良かったような気もする。

なので、修学旅行みたいな気分でもあり少し楽しみだ。

……まぁ、そんな期待以上に、合宿に対する不安の方が何倍も大きいのだけれど……

 

『……にしても、凄く久しぶりな気がするよ』

 

そんな不安に苛まれている僕に操緒が話しかけてくる。

現在、僕と操緒は嵩月家へ自転車で向かっている途中だ。

 

「確かにそうかもな。

 実際、中学に入ってからはほぼ毎日行ってたわけだし……」

 

不安は一先ず措いておいて、操緒の言葉に心の底から同意する。

 

『う~ん、半年前のトモだったら考えられないよね。

 女の子の家に入り浸ってるなんて』

 

「お前の家は違うのか……?」

 

『おお!!

 そういえばそうだった』

 

本当に頭から抜けていたのだろう、とても驚いたように声をあげる操緒。

確かに、以前の世界の半年前の僕でも嵩月家に入り浸ることになろうとは思いもしなかっただろう。

それ以上に気になることが大量にありすぎたのだから。

半年前と言えば……

『ともはさんですか。なるほど。いいお名前だ』

 

賛美の視線

 

『じゃあ、ともはさんのオススメで!』

 

期待の眼差し

 

『信じられない……あなた本当に夏目くん?

 写真で見るより全然可愛いじゃない……』

 

驚愕の呟き

 

『……もしかしたら私のお義姉さまになるかも知れない人だって、聞かされていたものですから……』

 

恥じらいの笑み

 

『いいなあ……私、小さいからうらやましいです。ちょっと憧れちゃいます』

 

憧憬の溜息

 

向けられていたのは【夏目ともは】という男の娘

ハッ!!

 

凄い悪夢が頭の中をよぎったような……

というか、封印していたはずの記憶を思い出してしまった。

忘れたままでいればよかったのに何故思い出した!?

僕の馬鹿!!

 

『どしたの、トモ?

 急に止まったりして』

 

気付けば軽快に走らせていた自転車を知らぬ間に止め、頭を両手で抱え込み自転車のハンドル部分に額を押し付けていた。

 

「イ、 イヤ、ナんでモナい」

 

『?』

 

元の体勢に戻り、再び自転車を嵩月家に向けて走らせる。

怪訝そうな顔を操緒が浮かべながら憑いて来るけど、こればっかりは知らない人に話す訳にはいかない。

可能なら、奏の――おそらくアニアも――記憶からも消し去ってしまいたいぐらいなのだ。

今の世界では絶対にしない!!

一回したらその後も連続でやらされるに決まっている!!

特に、朱浬さんとか冬琉さんにばれる訳にはいかない。

あの2人にばれたらいくらでも使われたり、ネタにされるだろうことぐらい分かっている。

 

『……まぁいいけど……』

 

操緒がまだ納得していないのが良く分かるけど幸運にも追及はしないでくれた。

……た、助かった。

早く嵩月家に行ってしまおう。

そうすれば、この話題も完全にごまかせるはず。

自転車を漕ぐスピードを上げる。

一応、嵩月家の方にも行く前に電話で連絡はしてあるから少し早くても大丈夫なはず……

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「え~と……?」

 

嵩月家(組)に到着した僕と操緒はいつものように裏口から入っていったのだけど……

(表口は明らかにまずいし、裏口が嵩月家の家族が主に使っている玄関で、いつも学校帰りに奏に連れられて入っているので、自然と僕もそちらからあがるようになった)

 

『……なんか、ピリピリしてない……?』

 

うん。

操緒の言う通り、何故か嵩月組の空気が固い。

というか、やたら殺気だっているというか、緊張しているというか……

出入り直前の空気に近い気がする。

僕程度の人間にもはっきり分かるということは、かなりまずいのではないだろうか?

因みに、以前にも数回ほどこんな感じの空気があって、その時は全部出入りの前だった。

今回もそうなのかなー、と思ってたんだけれど……

 

「……あ、智春くん」

 

玄関から上がると、ちょうど奏が前方の廊下から歩いてきた。

いつものようなラフな洋服ではなく、かなり高そうな着物に身を包んでいる。

高いからと言って装飾が派手なのではなく、布がかなりの高級品のようなのだ。

 

≪祖母さんの好きそうな服だなー≫

 

なんて気楽に思っていたけど、ふと気付く。

 

「……あれ……?

 奏は何でそんな服着てるの?」

 

出入りに奏が付いていくことはまず無いし、付いて行くとしてもそんな大和撫子風の格好ではなく、もっと動きやすそうな服装だろう。

……いや、嵩月祖母とか母ならありえるけど……

 

「良かった……こっちに」

 

「え、え?」

 

僕の質問に答えるよりも先に、奏は僕の腕を掴んで廊下の奥へと引っ張っていく。

それに抵抗もせず、戸惑いながらも奏が引っ張っている方向に連行される僕と操緒。

僕を引っ張る奏の表情は心なしかいつもより焦りが見えているような気がする。

 

『どうしたんだろ?』

 

不思議そうに操緒が僕に聞いてくるけど、そんなこと僕に聞かれても分かる訳がない。

そうこうしている間に奏の部屋の前に――珍しく誰にも会わず――到着していた。

扉を開け、僕(と操緒)を部屋の中に押し込む奏。

 

「ちょ、ちょっと」

 

「…………………」

 

奏の部屋に入るのは初めてじゃないし、何度も来ているから今更照れがある訳ではない。

だから、言ってくれれば自分から入るんだけど……

奏の部屋は、潮泉の自室ほどではないけれど、それなりに簡素な部屋だ。

畳敷きの和室の部屋で、部屋の中央には卓袱台。

左奥の方には文机と、小さめの本棚。

本棚のやや奥には、以前のデートの時に買ったヒトデ?と蜥蜴?のぬいぐるみが。

文机の上には写真立てが一つ。

その中に納まっているのは、僕と奏、それに操緒とペルセフォネが写った写真だ。

ここまでだったら潮泉の部屋とほぼ同じなのだが、この部屋には床の間がある。

そこには、清流を泳ぐ鮎の描かれた掛け軸が掛けられていた。

また、その下には桔梗が活けられた鉢が置いてあり、そこを見ているだけで外の猛暑を忘れて涼やかな気分になってくる。

とはいえ、今の僕らは戸惑ってばかりで、そんな気分には全くならないのだけど……

 

「…………………」

 

奏は奏で黙り込んでるし……

まるで狩猟者に追われて隠れている獲物のように周囲に耳を欹てている。

 

本当にどうしたんだろう……?

 

奏の状態が状態なだけに僕も操緒も話しかけられずにいた。

 

時間にして2、3分ほどだっただろうか、奏の緊張も解け、欹てていた耳を戻し普段の雰囲気に戻る。

それでも、やや周囲に気を取られている。

 

「ねぇ、一体どうしたのさ?

 そんなに警戒して……」

 

仮にも自分の家だろうに……

ここで安心できないなら、奏は一体どこでなら安心できるというのだろうか……?

 

「……いえ、だいじょぶ、です」

 

……何が「だいじょぶ」なんだろうか?

 

さっきから奏と会話が噛みあっていないような気がする。

確かに、元々慣れていない人には分かりにくいであろう話し方をするのが奏だけど、今日はそう言う訳ではなさそうだ。

普段は、文章自体が分かりにくいだけで、意味は返事になっている。

だけど、今日はそう言った分かりにくさではなく、純粋に会話が成り立っていないような……?

 

「…………………」

 

正直言って、信用されていないのかと思うとかなりキツイ。

奏が話さないのだから何か理由があるのだろうけど、それでもだ。

だからと言って、奏に無理矢理喋らせるというようなことはしたくない。

だけど、現状を見る限り、黙っていたら奏が話してくれるという訳でもないだろう。

なら、結局聞くしかないんだろう。

直球でいったらはぐらかされるかもしれないし……悪いとは思うけど、変化球でいかせてもらう。

 

「……へぇ、軸と花、変えたんだ」

 

多少わざとらしかったから奏にばれるかと思ったけど、奏も誤魔化せることなら誤魔化したかった様で僕の話に乗ってきた。

その事で、また少し心が軋む。

極力意識しないように意識をそらす。

 

「は、はい。

 涼しい感じ、にしました。夏なので……」

 

「奏がやったの……?」

 

「教わりながら、ですけど。お母様に」

 

「それでも、すごいよ」

 

「…………………」

 

頬を染めながら嬉しそうに顔を綻ばせる奏。

純粋に、褒めてもらえたのが嬉しいのだろう。

そんな彼女を謀ろうとしている自分がいることに、どうしても嫌悪感を覚えてしまう。

しかも、こんな時に限って操緒は黙り込む。

奏も擬態を解いてないから分からないはずなのだが……こんな時ぐらい、盛り上げる意味も兼ねて喋ってくれた方がまだ気が楽なのだけれど……

 

「そういえば、奏の着物も桔梗の花だよね?

 それも夏だから……?」

 

奏が来ているのは中振袖で、全体が淡い藍色で染め上げられており、そんな中に桔梗の花がひっそりと、しかし明確な存在感をもって一輪描かれている。

帯はやや淡い紺色だ。

本来、桔梗は秋の七草として有名だけど、実際の開花時期は6月~8月辺りなので夏に使われていてもあまり違和感はない。

それに、桔梗の花言葉は奏にピッタリだと思う。

 

『変わらぬ愛』

『気品』

『誠実』

 

他にも『従順』とかがあるけど、それ以外は見事に奏を表しているんじゃないかってぐらいだ。

とても操緒には着こなせない服だと思う。

……もし、こんなことを考えているのが操緒にばれたらただじゃすまないだろうな。

 

「これは、選んでもらったん、です。お祖母様に」

 

ああ、やっぱり。

僕の予想は正しかった訳だ。

 

「よく似合ってるよ。

 奏はやっぱりそういう雰囲気の服が良く合うね」

 

自然とそんなクサイ言葉が口から飛び出てくる。

普段の僕からはとても考えられない台詞だろう。

その証拠に、奏の後頭部辺りに浮いている操緒の表情が歪みまくってすごいことになっている。

……僕だって似合わないことぐらい分かってるよ……

 

「あ、ありがとう」

 

更に頬を朱に染め、というか顔中を真っ赤に染め照れている奏。

下手すりゃこのまま発火するだろう。

既に周囲の空気が揺らいでいるし。

まぁ、そこまで言うつもりもないけれど。

 

「でもさ、

 

さあ、

 

 どうして

 

ここが、

 

 着物なんて

 

問題だ。

 

 着てるの?」

 

さっきまでの緊張感はほとんど消えているから、いつもの会話の様に気楽に返してくれるかもしれない。

だけど、ここで意識が元に戻ったら全く意味がない。

……奏はどう返してくる?

 

実際は2、3秒と経っていなかったと思うけど、返事までの時間が凝縮され、すごく長いものに感じた。

 

「悪魔の家同士の会合、です」

 

僕の予想とは違い、奏は意外とあっさり喋ってくれた。

 

「……え、と……

 どうしてその会合があると、奏はそんな格好をしないといけないの?」

 

動揺をできるだけ表に出さないよう、必死に表情を取り繕いながら言葉を繋ぐ。

とりあえず、奏が気付くまで普段の調子で会話を続けていこう。

 

「私も出ないといけない、から」

 

「へー、じゃあ、空気が出入り前みたいな雰囲気になってるのは……」

 

「はい。

 ひょっとしたら、出入りより危険だから、で………………はっ!!」

 

ようやく自分が必死に隠していたことをほとんど喋ってしまったことに気付いたのか、奏の顔がみるみる赤から青へと変わっていく。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

しばらく互いが無言のまま時が過ぎる。

 

「……え、と……

 ……ごめん……」

 

奏の目が潤んできたのが分かった僕は、すぐさま奏に謝った。

奏が望まないのに僕が勝手に誘導?して聞きだしたのだから、僕が悪い。

 

「い、いいんです。

 それに……」

 

そんな謝罪している僕に対して奏が返事をしようとした、その時、

 

「奏~、準備はできたんかえ?」

 

そんな声と共に、嵩月祖母が部屋に入ってきた。

 

「なんや、準備できてるやない……って、あんたもおったんか……」

 

「……あ、どうも。

 お邪魔してます」

 

一瞬呆気にとられかけたけど、挨拶を返すことはできた。

 

「おるんなら丁度いいわ。

 八伎」

 

「はい」

 

い、いつの間に!?

お祖母さんが名前を呼んだ瞬間、彼女の後ろに八伎さんが現れていた。

……八伎さんの能力って、ひかり先輩みたいな瞬間移動じゃなかったはずなんだけど……

 

「私は、奏を連れて一足先に向かっとく。

 あんたは、婿殿を着替えさせたらすぐにあの子と一緒に来るんやで」

 

「はい」

 

「じゃあ、奏、行くで」

 

そう言って、お祖母さんは奏の手を取り、立たせると、奏と一緒に部屋の外へと消えていった。

あとに残されたのは、僕と操緒、それに八伎さんだ。

ここ、奏の部屋なんだけど……

 

「あの……」

 

突然の展開に全く付いていけず茫然としている僕と操緒。

一先ず、八伎さんに話を聞こうと思い声をかけたのだが、

 

「すみません、時間がないのでお話は車の中で。

 ……付いてきてもらえますか」

 

「は、はい」

 

なんだか良く分からず、戸惑いながらも八伎さんの後ろについて行く僕と操緒。

連れていかれた先には、

 

「……あの……?」

 

何故か、黒のスーツが1着準備してあった。

構成員の方々が着るにはややサイズが小さいような気がするのだが?

 

「どうぞ、サイズは合っているはずなので」

 

……って、僕が着るのかこれ!?

 

「出来るだけ急いでください、時間も迫ってます」

 

よく分からないけど、八伎さんに急かされるまま着てきた服を脱ぎ、用意されていたシャツを着て黒のネクタイを締め、スーツに腕と足を通し、ベルトを締める。

ネクタイを自分で締められて一安心。

……洛高に通っといてよかった……

こんなことで八伎さんの手を煩わせる訳にもいかないし……

僕が着替え終わったのを確認した八伎さんは、

 

「では、行きましょう」

 

そう言って、僕が付いて来るのが当然のように先を歩き出した。

僕と操緒も急いでその後を追う。

そうして、用意されていた黒い革靴を履き――これまたサイズがぴったりだ――表の玄関から外へ出る。

そこには、

 

『ふえ!?』

 

構成員の方々が黒いスーツに身を固め、玄関から表門までずらっと両側に並んでいた。

そんな構成員の方々の間を小走りに抜ける。

そして、抜けた先には黒塗りのでかいメルセデス・ベンツが止まっていた。

そのそばには既に八伎さんと社長が立っており、誰かを待っているようだった。

そして、社長の視線が僕を捉えると、

 

「おお、来たな婿殿。

 さあ、早く乗れ」

 

と、非常に嬉しそうにそう言ってきた。

どうやら、僕のことを待っていてくれたようだ。

この暑い中わざわざ大変だろうに……

 

「すみません、遅くなりました」

 

どこに行くのか分からないが、待たせた訳だし、一先ず謝っておこう。

 

「なぁに、構わん」

 

そう言いながら、後部座席に座る社長。

八伎さんも当然後部座席だ。

でかい車だからどうとでもなるが……

一応助手席に座る。

まだ僕の向かう先での立場が分からないのだから、念のためという訳ではないけれど席次の一番低い所に座っておく。

そして、僕を乗せるとすぐに車は発進した。

……状況に流されるままだったけど、万が一にもかなりマズイ所に連れていかれたらどうしよう……?

そんな不安も車が発進してから暫くしてから八伎さんが説明してくれて解消した。

いや、逆に余計な不安が増えたのだけれど……

その説明内容とは要するに、

 

僕を悪魔の家同士の会合に連れていく

 

とのことだった。

まぁ、そのことはさっきの奏との会話でなんとなく予想が付いていたから特に問題ではない。

問題があるとしたら、その際の僕の立場だろう。

当初、社長は僕を奏の契約者(コントラクタ)、もしくは婚約者としてその場で紹介するつもりだったらしい。

が、(ある意味当然だが)嵩月家女性陣の猛反対に合い却下された。

とはいえ、僕をその場に連れていくということ自体は奏以外の面々から賛成されたらしく可決された。

その際にタイミング良く僕からの電話があり、僕が嵩月家に来ることが分かったので、そのまま連れていくことが決定したのだとか。

 

……奏がやけに緊張して周囲を警戒していたのはそれが理由か……

 

結局僕は見つかって連れていかれる破目になったのだけど……

まぁ、それはいい。

悪魔に対して嫌悪感を持っている訳じゃないし、どんな人?たちかも多少楽しみだからだ。

ただ僕が、

 

八伎さんの付き人

 

という扱いになることに関しては頭を抱えずにはいられない。

全くそんなことをした経験がないから、何をどうすればいいのか良く分からない。

一応一通りのマナーというか、振舞い方を教えてもらったが即座に実践できるわけもない。

まぁ、もうなるようにしかならないから、やるしかない。

操緒は、僕が演操者(ハンドラー)ということがばれると厄介なことになるためしばらく消えってもらっている。

そのため、暫くは独りで頑張るしかない。

 

それから、参加する家は華鳥風月の四名家を筆頭とした日本全国の一癖も二癖もある悪魔の家の方々。

それなら、彼らに会えるかもしれない。

僕から会うことができる機会はまずないだろうから考えもしなかったけど、出来ることなら彼らも助けたい。

僕の勝手な独りよがりなのかもしれないけど……

 

鳳島蹴策、氷羽子の兄妹

 

会ったこともないけど、真日和の契約悪魔であろう――既に契約しているのかどうか分からないが――風斎(かざとき)一族の雌型悪魔

 

由璃子さんは……ほっとこう

十分幸せそうだし

 

別に今回だけで何か出来るとは思っていない。

それでも、何か変えることができるかもしれない。

そんな思いを胸に抱いた僕を乗せ、無情にも車は結構な速度で進むのだった。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「だから、巡礼者商連合との連携など必要ないと言っているだろう!!」

 

「何を言う!?

 彼らは、我らに比較的協力的なのだぞ!!

 法王庁のような馬鹿な奴らと同じではないのだ!!」

 

「そいつらに酷い目に遭わされた同胞たちがいることを忘れた訳ではあるまいな……?」

 

僕が今いる場所では、大勢の悪魔の方々が議論を交わしている。

初めは丁寧な口調だったのだけれど、次第に熱が籠っていき、今のような激論にまで発展している。

この場にいるのは主に男性(雄型悪魔)――というよりも、それぞれの家の代表とその主従――で、女性(雌型悪魔)はほとんどいない。

彼女たちは、悪魔の家同士の友好のため、別の場所でお茶会をしているそうだ。

個人的にはそっちの方が良かったのだけれど、八伎さんの付き人という立場上彼や社長から離れる訳にもいかない。

しばらくすれば、本当に親しい家同士の会合に移るから僕は参加不参加どちらでも良いそうだが、それまではこの場にいないといけないらしい。

 

「ならば、我々悪魔だけで来るべき滅びに備えろというのか!?」

 

「勿論それが最善ではある。

 だが、それができないからこそ巡礼者商連合や法王庁の名前が挙がっているのだ。

 他の選択肢に救いを求めるという結論は既に示されている以上、先程の発言は無意味なものだぞ」

 

「……そもそも原因が分かっているのか……?

 そこを突き止めない限りはどのような対策を施そうとも全て無意味なものになり下がるであろう」

 

現在の議題は、数年後に来ることが確定しているこの世界の崩壊に対してどのようにするのかということ。

とはいえ、議論は最初から現在に至るまで堂々巡りだ。

あの“神(デウス)”のことを知らないのだろうから、そうなってしまうのは仕方がない。

僕は、前回の世界で“一巡目の”夏目直貴や律都さんから全て教えてもらったから解決策を知らない訳ではない。

というか、“潮泉律都”という存在なら全部知っているはずだ。

それこそ、どのような選択肢をとったらより良い方向に行くかも知っているのだから。

なんせ彼女の悪魔としての能力は、別の時空間に存在する自分と感覚と思考の一部を共有する「意識共有」だ。

だけど、何故か彼女自身は悪魔とは知られていないからかこの場にはいない。

……嵩月母は潮泉の出身の悪魔だから、何で知られていないのか分からないけど……

寧ろ、今僕たちがこんなにも前回の世界と違う行動をしているにも拘らず、彼女が僕たちに対して何も言ってこないのが不気味でしょうがない。

言ってこないってことは、特に問題がないってことなのか?

それとも、奏には何か言っているんだろうか……?

この後時間ができたら奏に聞いてみようか。

 

「では、あなたは巡礼者商連合と組めば原因が分かると?」

 

「そうは言っていない。

 飽く迄、選択肢が増えるというだけだ」

 

「論外だ!!

 それだけのメリットでやつらと組むのは危険すぎる!!」

 

白熱している議論の中でも、全く口を開いていない家もあれば、常に議論に参加している家もある。

嵩月家――嵩月父と八伎さん――は、全く口を開いていない。

同じ華鳥風月の華島家などは、率先的に会話に参加しているのに。

話す必要などないということなのだろうか……?

確かに、彼らには既に僕が知っている情報はほとんど教えてあるし、その中に“神(デウス)”のことも含まれている。

だから、議論に参加する必要は全くない。

答えはもう出ているのだろうから。

 

「では、あなたには何か良い策があるとでも?

 既に我々だけでは手詰りなのですよ?」

 

「むぅ……」

 

議論を見ていて分かったのは、悪魔の家ごとにそれぞれグループになっているということ。

主に5つに分かれている。

4つのグループは、当然のように四名家に属しているだろうと思われる悪魔の家々。

初めの席の座り方でそれは何となくだけど分かったし、実際に議論が始まると、それぞれが同じグループの主張を擁護するかしないで良く分かった。

残りの一つは、恐らくどこにも属していないであろう悪魔の家々。

名家の庇護が無くても十二分にやっていけるだけの力は持っているであろう悪魔の方々。

いかにも歴戦の勇士としての貫禄が当主思われる方からは感じられる。

 

「……魔神相剋者(アスラ・クライン)だ……」

 

「なに!?」

 

「彼らなら、解決策になり得るのではないか!?」

 

そんなグループの中でも、最も良く喋っているのは華島家と思われるグループで、次点で鳳島家と思われるグループ。

風斎家のグループや、嵩月家のグループはあまり参加していない。

それぞれの当主の雰囲気の違いもあるのだろう。

 

華島家は、どこか権力欲にまみれた政治家を連想させるような風貌の当主。

鳳島家は、冷徹無比な視線を漂わせるマフィアのボスのような風貌の当主。

風斎家は、常に前を見て走り続けているスポーツマンのような風貌の当主。

嵩月家は、普段の親バカの空気など一切感じられないヤクザの顔の嵩月父。

 

初見で一番まともだったのは風斎の当主だけど、この中ではその一般人に最も近い空気のせいか違和感がすごい。

 

「バカな!?

 正気か貴様!?」

 

「そうだ、巡礼者商連合や法王庁だけにはおさまらずよりによって魔神相剋者(アスラ・クライン)だと!?」

 

「所詮、演操者(ハンドラー)の別の在り方だろう!!

 どこまでいっても奴らは我々の敵以外の何者でもない!!」

 

「それを言うなら、契約者(コントラクタ)の別の在り方とも言えるが……?」

 

白熱した議論は二転三転していき、更に四、五転してもとの議題に回帰するという結果に納まっている。

……聞いている限り、答えなど出ないのだから別の話をすれば良いだろうけど……無理、だろうな~

 

はぁ、早く終わらないかな……

ずっと正座していたから足も痺れてきたし……

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

およそ2時間を使いようやく終わった討論は、結局何の結論も出せずに終わった。

嵩月父や八伎さんが何も言葉を発しなかったのが良く分かる。

あんな無意味な議論に参加しても、自分の利益など全くないだろう。

下手をすれば、自分たちの醜態を晒してしまうだけになる。

 

「……いっつ……!!」

 

痺れた足を引き摺るように動かしながら歩く。

ほとんど感覚が無くなっているせいか、非常に足元が不安定で怖い。

なんとか歩けてはいるが、いつ転んでしまってもおかしくないだろう。

だけど、まだあまり気が抜けない。

一先ず嵩月家に与えられた部屋に入るまでは、僕の立場は八伎さんの付き人なのだから。

下手な事をする訳にもいかない。

 

「……どうぞ……」

 

先行して僕たちを案内してくれていた極山荘の従業員の方が部屋の扉を開けてくれる。

そのまま部屋に入っていく嵩月父と八伎さん。

僕も続いて入って行く。

部屋には既に、嵩月祖母、母、奏の女性陣3人が到着していた。

従業員の方の目もあるからか、普段では考えられないほど当然のように堂々と威厳を醸し出しながら上座に座る嵩月父。

割と貴重な光景だったりする。

反対に、僕と八伎さんは、入口の近くの席に座る。

……また、正座か……

 

「では、準備が整い次第お呼びいたします」

 

そう言って、扉を閉め、遠ざかって行く従業員さん。

ある程度遠ざかったのが分かったのか、奏が近づいてきた。

 

「……だいじょうぶ……?」

 

「ああ、うん。

 足が痺れてるだけだよ」

 

そう言いながら、一応周囲の皆さんに確認をとってから足を伸ばす僕。

行儀が悪いなぁ、と思ったし、嵩月家の皆さんに失礼だと思うけど、普段からの慣れというのはすごい。

そんな気遣いを無視して、くつろぎだしてしまった。

 

「だらしないわ。

 今度その辺りの礼儀作法についても仕込んでやらんとな」

 

「まぁ、仕方ないでしょう。

 普通の中学生にしては良くやっていた方だと思いますよ」

 

嵩月祖母が向けてくるやや呆れた発言に対して八伎さんがフォローしてくれた。

とはいえ、だらしないのも事実なので、多少痺れは残っているけれど、まともな姿勢に戻る。

……正座ではないけど……

 

「それにしても、よぉ、あれだけ無駄な議論を発展させることができるもんじゃのぉ。

 華島も鳳島も……のぉ、婿殿」

 

「議題が議題ですから仕方がないとは思いますけど……」

 

実際、滅びが数年後に確定しているのに、自分たちは何も出来ないのはかなりきついだろう。

原因も分からないのだから対処の仕様もない。

僕だったら耐えられそうにない。

 

「また、あの話だったのですか……?」

 

「ええ。

 『何をどうすれば滅びは回避できるのか?』という水掛け論でした。

 まぁ、答えが出てもまず否定されますからね……」

 

「魔神相剋者(アスラ・クライン)、か……」

 

そこまで会話が進んだ時点で、僕と奏に自然と視線が集まる。

確かに今のまま僕と奏の関係が進めば、僕が魔神相剋者(アスラ・クライン)になることは確実だろう。

だけど、それで僕と奏の関係が変わる訳じゃない。

そのことは話してあるから、今更問われても困る。

 

「それはそうと、夏目さんはこの後どうするつもりですか……?」

 

そんな下世話な空気を察してくれたのか、八伎さんがそう聞いてくる。

 

「……会いたい人たちがいるんです。

 会えるかどうかは分かりません。

 だから、少し探してみたいと思ってるんですけど……」

 

今の僕が鳳島兄妹に会っても何ができるか分からないし、嵩月家と鳳島家の関係を考えたら会わない方がいいのかもしれない。

だけど、今回会わなかったら、高校に入るまでいつ会えるかなんて分からない。

というか、入学後なんておそらく手遅れだろう。

だから、機会がある内に、少しでも会っておきたい。

 

「……あー、美里亜さんなら、私と一緒です、けど……」

 

「美里亜さん?」

 

誰だろう?

奏の事だから全く関係の無い人物のことを口に出すとは思えないが。

 

「風斎家のお嬢さんですよ。

 家は長男が継ぐことになっていますから、美里亜さんはあまり重要視されていませんね。

 まぁ、それでも風斎の家の子らしく戦闘能力は普通の悪魔とは比べ物になりませんが……

 恐らく、夏目さんとお嬢様の仰っていた真日和秀の契約悪魔かと」

 

八伎さんがそう付け足してくれ、奏もそれで合っているのか、コクコク、と首を縦に振って同意している。

 

「風斎のお嬢さんなら、一緒にいても大丈夫でしょう。

 あそこは当主自身が争いを好んでいませんから……」

 

「もう少し、欲が出ても良さそうなもんなのにの」

 

「……少しでも非在化の心配が減るに越した事はありません。

 その考え方なら、最低限の自衛が最善です」

 

お茶を啜りながら、そんな話をする嵩月夫妻。

話を聞く限りでは、そんなに好戦的な性格ではなさそうだ。

……なら、どうして真日和があそこまでやり直したがっていたのだろう……?

今の話を聞くだけじゃ、非在化の心配など微塵も感じられないのだけど……

ヴィヴィアンは消えていた訳ではないから、非在化したり、死んでしまった訳ではないのだろうし。

 

「……じゃあ、奏と一緒に行きます。

 そのまま探せるようなら探してみます」

 

この後は、大人や後継者は会合が続くが、子供(高校生まで)は基本自由だ。

会合について行っても良いし、仲の良い悪魔の友人と話していても良い。

といっても、大抵その行動は親が決めるのだそうだけど。

僕と奏は色んな意味で例外中の例外なのだ。

 

「では、夏目さんにはお嬢様の護衛という名目で行動していただきます。

 なので、基本お嬢様に同行していただくことになりますが……」

 

「はい、それで構いません」

 

「分かりました」

 

簡単にだが八伎さんとの打ち合わせも終わり、話題も一段落ついた頃に、扉の向こう側から、従業員の方の声が聞こえてきた。

 

「失礼いたします。

 準備の方が整いました」

 

「分かりました。

 社長」

 

足を組み直し、正座にしてから、そう従業員のかたに返事を返し、嵩月父に言葉をかける。

 

「ああ、分かった」

 

それだけ返し、社長と八伎さん、それに嵩月祖母と母は部屋から出ていく。

皆さんの足音が遠ざかり、5、6分経過した辺りで、

 

「私たちも行きましょう。

 夏目くん」

 

そう、声をかけ促してくる奏に、

 

「分かりました、お嬢様」

 

多少ふざけた調子で真面目に返事を返しながら廊下に出る。

そして、その調子で2人並んで歩き出す。

何だか変な感じだ。

その証拠に、

 

「うー、名前は駄目、でも、嵩月、って呼んでください」

 

少々奏も戸惑い気味だ。

頬を膨らませ、珍しく不満そうな顔。

そんな表情で隣にいる僕の顔を上目づかいで見てくるのだから堪らない。

ああもう、可愛いな~

それにしても、やはり八伎さんや構成員の方に言われるのと、僕に言われるのとでは違うらしい。

 

「そう言う訳にはいきません。

 お嬢様は大事に扱うよう、八伎さんから厳命されていますので」

 

実際にはそんなこと言われてないけど、そんな感じがいいのだろうと思って、主従の関係風に声をかける。

 

「むー」

 

さらにふてくされる奏。

 

「どうかなさいましたか、お嬢様?」

 

そこに追撃のように言葉をかけていると、

 

「何してんだお前ら……?」

 

かなり呆れを含んだ声が後ろから届いてきた。

しかも、この場で聞くはずのない普段から聞き慣れている声だ。

突然のことに驚いた僕と、どことなく安心した様子の奏が2人揃って後ろを振り返ると、

 

「……プレイの一環か……?

 似合わねえからやめとけ」

 

「……は、八條、さん……?」

 

「おう」

 

灰色のスーツに身を包んだ八条和斉がそこにいた。

さらに、八條さんの隣には、知っているけど想像もしなかった人物?(悪魔)と、全く知らない人物が立っていた。

1人は、

 

「なぁ和斉、誰だこいつ?」

 

銀髪っぽく染めた髪を逆立て、紺色のスーツを着ているがネクタイは締めず、シャツを肌蹴させている。

その肌蹴た胸元のみぞおち付近に、逆さ十字架の入れ墨がのぞいている。

どこか間違えたホストのような格好。

見た目は、秋希さんといい勝負ができるだろうパンクっぷりで、いかにも、頭が悪そうな顔。

 

鳳島蹴策

 

前回の世界で、ほとんど事件には関わってこなかったくせに最悪の結末の引き金になった1人だ。

 

「嵩月んとこのお嬢様と、その彼氏?みたいなもんだ」

 

「「違います」」

 

「ほー!!

 あの嵩月の親バカ当主が認めたのかよ!!」

 

「何勝手に話進めてるんですか!!」

 

これについては、現段階では断固抗議する必要がある。

なんだって、関わってもこないくせして、いつだって鳳島蹴策(こいつ)はキーパーソンになるのだろうか。

 

「まぁ、本人たちは否定してるから、そう言うことにしておいてやろうや……」

 

「OK、和斉がそう言うなら俺もそう言うことにしといてやるぜ。

 俺は、鳳島だ。

 鳳島蹴策。

 よろしくな。

 えーと……」

 

「ああ、夏目。

 夏目智春、です。

 よろしく」

 

「……嵩月奏、です……」

 

「おお、よろしく」

 

何だかんだで、鳳島との自己紹介も済み、視線はもう一人の人物?(悪魔?)へと向く。

 

歳は、僕たちと同じぐらいか少し低い程であろう少女。

背は僕や奏より少し低い程度だ。

見下ろすほどではないが、やや視線が下に行く程度。

ただ、八条さんとの間にはかなり身長に差があるため、ややアンバランス。

八條さんと同じ色のワンピースを着て、これまた同じ色のストッキングと、黒の肘まである長手袋を身につけている。

髪は、これまた八條さんと同じ灰色で、結って纏めてあるのを解いたら腰ほどまであるかもしれない長さ。

そんな髪を顔の右側で一纏めにしている。

所謂サイドテール、もしくはサイドポニーというやつだ。

顔は、かなりの美少女。

服と髪型のせいでそうとは思わなかったけど、着物を着せて髪を整えたら実物代の日本人形と間違えるほどじゃないだろうか?

眼の色は、黒。

 

「……はじめまして……」

 

そんな少女が僕に向かって挨拶してきた。

 

「あ、ああ。

 はじめまして。

 さっきも言いましたけど、夏目です。

 夏目智春。

 え、と……」

 

彼女の名前が分からなくて困っていると。

 

「美呂(みろ)だ」

 

「え?」

 

「八條美呂(みろ)、俺の妹だ」

 

「……………………」

 

「どうした?」

 

黙り込んでしまった僕を不審に思ったのか、八條さんが言葉をかけてくる。

だけど、そんな彼の言葉や視線が気にならないほど呆けてしまった自分がいるのが分かる。

 

「……改めて、はじめまして……

 嵩月奏、です……」

 

「……八條美呂……」

 

「……美呂ちゃん……で、いいですか……?」

 

奏にそう呼ばれ、すごく不満そうな顔になる美呂ちゃん。

それを見た兄の八條さんが、

 

「ああ、それで良い」

 

そう言うと、

 

「……兄様がそういうなら……」

 

不満そうな顔を一転させて綻ばせ、にこやかに返事を返していた。

 

「……良かった……」

 

その返事に同じように顔が綻ぶ奏。

そして、そんな一連のやり取りが全く頭に入って来ず、どこか他人事のように見ていた僕も、ようやく頭が回ってきた。

 

「……って、八條さんに妹なんていたんですか……!?」

 

気付けばそう叫んでいる僕。

 

「なんだ、いたら悪いのか?」

 

「いえ、そういう訳じゃないんですけど…………違和感がすごいというか……」

 

「気持ちは分かる」

 

そう言って、頷きながら話しかけてくる鳳島。

 

「こいつが妹といる時に笑い合った所なんて、俺でも見たことがないからな……

 折角妹がいるんだぞ!!

 もっと楽しむべきだろう!!」

 

……こっちでも妹好きの変態なのかこいつは?

……でも、ここにいるってことは……?

 

「そうか?

 こいつが生まれた時からこの関係だから、違和感やら、楽しみやらを意識する訳でもないんだが……」

 

「それでも……」

 

知らぬ間に妹談議を始めた鳳島と八條さん。

一方的に鳳島が自分の主張を展開し、それに気だるそうに対応している八條さん。

僕と奏、それに美呂ちゃんを措いて熱弁を振るう変態(バカ)。

突然始まった談義についていけず、呆けて2人を眺めていた僕たちだったが、突然、最も意外な人物が口を開いた。

 

「……そうですね……」

 

「え?」

 

その人物とは、先程あったばかりの人物である美呂ちゃん。

 

「……嵩月本家の跡継ぎである奏さんや、その従者である夏目さんには言う必要はないと思いますが……」

 

「「?」」

 

何故か空気が昏い。

なぜか彼女の周辺の影が集まり、灰色の色調の彼女の服を暗い呂色に染め上げているようにも思えてくる。

幸いにも、その空気に呑まれてはいないけど、それでもどうしたって普段よりも体が強張ってしまう。

そんな中、

 

「……兄様に手を出したら沈めますから……」

 

「「………え……?」」

 

彼女が発したあまりにも予想外の言葉に、僕らは茫然としてしまった。

言葉を発した当人は、先程までの暗い雰囲気が嘘だったのではないかと思うほど年相応の可愛いい少女に戻っている。

そして、それ以上口を開くこともなく、ジッ、と変態(バカ)と会話をしている八條さんの方を見つめ続けている。

その彼女の視線には、先程僕らが感じた昏いものはなく、どこか、隠している熱を含んだようなものを感じ取ることができた。

 

っていうか、沈めるって!?

いや、それよりも、

 

『兄様に手を出したら』

 

って、どういうこと!?

……そうか、僕が八條さんを攻撃したらっていうことか。

初めてあった人物を警戒するのはごく自然なことだし、妹が兄の身を心配するのも当然。

うん、特におかしな部分は無いな。

でも、それだと今美呂ちゃんが八條さんに向けている視線の意味が良く分からない。

奏はどこか納得がいったのか、僕の様に混乱はしていない。

それでも、戸惑ってはいるようだ。

 

そんな風に混乱しつつも2人を眺めていると、ようやく鳳島との会話を切り上げたのだろう八條さんがこっちに向かってきた。

 

「……ふぅ、毎度毎度こいつは……」

 

「おい、和斉!!

 まだ、話は終わってな「うるせぇ」…ガッ!!」

 

向かってきたのだが、そこに話を続けようとする変態(バカ)が追い縋る。

それを、頭を殴ることで黙らせる八條さん。

殴られた方の鳳島は頭を押さえてその場に蹲る。

話している途中で遮られたためか舌を噛んだ様で、蹲りながらも口を開いて舌を出すという非常に間抜けな格好になっている。

そんな鳳島を一瞥して、僕らに話しかけてくる加害者。

いいのかな……?

 

「……ところで、何で夏目がここにいる……?

 嵩月のお嬢さんがいるのは当たり前だが……」

 

準不審人物を見るかのような視線を僕に向けてくる。

いや、そっちこそどうしてここにいるんですか……?

 

「僕は、八伎さんの付き人で……

 今はお嬢様の「気持ち悪いからやめろ」……嵩月の護衛です。

 ……八條さんこそどうして……?」

 

その僕の答えを聞き納得がいったような雰囲気になるが、その後に続いた質問にはやや頭を捻る八條さん。

 

「……言ってないのか……?」

 

何故か奏に確認?をとっている。

 

「……何も言っておられなかったので……」

 

奏も奏で分かったように返事を返している。

美呂ちゃんも、いつの間にか復活していた鳳島も何のことかは分かっているようだ。

その所為か、感じる疎外感がそれなりにある。

 

奏の返事に溜息をつき、

 

「……別に言ってもかまわなかったんだが……」

 

そう言葉を漏らす八條さん。

そうして、僕に向き直り

 

「いいか、夏目」

 

「はい」

 

「俺と美呂は悪魔だ」

 

「は……え?」

 

今、何か信じられない単語を聞いたような……?

 

「大体、ここにいるっていうことで分かりそうなもんだろうが。

 ……まぁ、今迄そんな様子を見せたりした訳でもなかったから分からなくても無理はないのか……?」

 

呆けている僕に、続けて言葉がかけられる。

 

「鋭い様で、どこか鈍いんだな、お前は……」

 

ようやく頭が言葉の意味を理解してきたようだ。

そして、頭が理解したことによる本日二度目の衝撃。

 

「えええええええ!?」

 

「うるさい」

 

「ガッ!!」

 

先程の鳳島と同じように頭を殴られて蹲る僕、幸い舌は噛まなかった。

 

「俺たちが悪魔で、何かおかしいか?」

 

「お、おかしくはないですけど……」

 

「なら、何の問題もないだろうが」

 

そう言って、この話は終わったとばかりに、視線を蹲っている僕から美呂ちゃんの隣にいる奏に上げる。

 

「それで?

 お前たちはあんなプレイをしながらどこに行こうとしてたんだ?」

 

「……プ、プレイ……」

 

掛けられた言葉に若干落ち込む奏。

それでも、律儀に返事は返しているのはさすが奏だと思う。

 

「……その、美里亜さんのところに……」

 

「美里亜?

 どこかで聞いたような……?」

 

名前を聞いて首を捻る八條さん。

説明しようと、彼に言葉を続けようとした奏を他の人物が遮った。

 

「風斎んとこの長女だ」

 

その人物とは意外や意外、鳳島(バカ)である。

 

「家の方針か何なのか知らんが、ごく普通の一般人みたいな生活をしてるらしいぜ」

 

「ああ、あそこの家か……というか、何故お前が知ってるんだ?」

 

その点が疑問だったのは八條さんも同じだったらしく、鳳島に聞いている。

 

「ふ、美少女を調べておくのは当たり前だろ!!」

 

なんだか、樋口みたいな空気を感じる。

 

「勿論、それが誰の妹でもなく、しかもツルーンと、ペターンとしていることが最善だが、美少女であれば調べておくのが男というものだろう!!」

 

……あれ?

なんか、こいつのストライクゾーンがやたらと広がってないか?

 

「……ちなみに、そこの嵩月のお嬢さんはどうなんだ……?」

 

「……え……?」

 

いきなり話のネタにされて戸惑う奏。

そんな奏に構わず、鳳島は喋り続けていく。

 

「父親が父親なだけあって、男の縁は全くなし……だった。

 通っている中学も、ごく普通の公立校。

 中学でも、同学年の男子生徒から人気で、非公式ではあるがファンクラブも出来ているほど。

 ……小学校5年生までは、全く成長の兆しが見られなかったにも拘らず、6年生になってから唐突に成長が始まり、今ではその年齢としては信じられないほどの大きさになり、多くの男子生徒の視線を集めるほどのエローンとした体形になった。

 ……俺としては成長してくれなかった方が良かったんだが……

 ちなみに、現在のスリーサイズは、上から8「イヤーッ!!」……グハッ!!」

 

鳳島が喋っているうちに、奏の周囲の温度が上がっていき、最終的には超高温の右手が鳳島の頬を打ち抜いた。

喰らった方はというと、すごい勢いでその場で体が縦に一回転半して、頭から廊下に突き刺さる。

 

「八條さんも余計なこと言わないでください」

 

そんな言葉をけし掛けた当人に浴びせるが、

 

「……まぁ、お前も色々知れて良かっただろ」

 

「…………………………」

 

それは、そうだけど……

うう、否定しない僕を見る奏と美呂ちゃんの視線が痛い。

 

「よし、じゃあ行くか」

 

「はい?

 行くってどこへ」

 

「……決まってんだろ、風斎のお嬢さんの所だよ。

 俺たちは特に用事もないから、お前たちについて行くさ。

 美呂も嵩月もそれでいいだろ……?」

 

「……はい。

 ……兄様が行くなら……」

 

「……はい……」

 

女性2人の許可が取れたので、

 

「よし、じゃあ先に向かっててくれ。

 俺はこの馬鹿を起こしてから行くから」

 

八條さんは廊下に突き刺さっている鳳島に向かって行った。

僕たちは、そんな彼の言葉に従って廊下を歩きだした。

 

 

しばらくして、後ろから聞こえてきた悲鳴は聞かないことにしよう。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

美里亜さんの所に到着した僕たちは、自己紹介を済ませ、お茶会に興じている。

と言っても、実際に喋っているのは、美里亜さんや奏、それに美呂ちゃんが少しで、僕は部屋の入り口辺りに座って3人の女子の話を聞いていた。

一応、護衛――出来ているかどうかはともかく――なので、席についてお茶会に参加するのもどうかと思ったのだ。

奏も少し不満そうだったけど、一先ず納得してくれたようで会話に参加している。

美呂ちゃんはほとんど何もしゃべらないし、僕の事など気にも留めていないようだ。

だから、主に喋っているのは美里亜さんと奏になるのだけど……

 

「それでね、真日和くんったら……」

 

「へぇ……」

 

「……………………」

 

現在は、美里亜さんの真日和に対する惚気話が盛り上がりだしたところだ。

どうやら、既に真日和と出会っているらしく、それに伴って好きになっていっているらしい。

まだ告白はしていないだとか、自分の正体を教えた際の反応が怖いとか、色々その手の話で盛り上がっている。

奏も興味津々だったようで、普段の彼女からは考えられないほど積極的に話に参加している。

 

「今度、修学旅行で同じ班なんだ」

 

「頑張ってください。

 私も、応援します、から」

 

「うん」

 

「……………………」

 

どちらにせよ、男1人でこの空間は結構きついので、早く2人に来て欲しいのだが……

そんな男には辛い空気の中、

 

「失礼します」

 

そんな声と共に、八伎さんが入ってきた。

 

「八伎さん?」

 

「ご歓談中失礼いたします。

 ……夏目……」

 

「はい」

 

呼ばれたので、部屋から廊下へと出る。

若干心配そうな視線が奏から向けられてけど、それに答える訳にもいかないのでそのまま廊下へ移る。

廊下には既に八伎さんが緊張した面持ちで部屋の入り口から少し離れた場所に立っていた。

 

「どうかしましたか……?」

 

飽く迄付き人の様に低姿勢で話しかける。

そんな僕に、声を低くして、周囲に聞こえないように返事を返してくる八伎さん。

 

「何かおかしなことはなかったですか……?」

 

「おかしなこと……?」

 

鳳島が色々と引き起こしてはいたけど、八伎さんの緊張した雰囲気からしてそんなふざけた意味の“おかしなこと”ではないのだろう。

だから、

 

「いえ、とくに何もありませんでしたが……」

 

そう、返事を返す。

 

「そうですか……」

 

「……何かあったんですか……?」

 

いつも以上に深刻そうな雰囲気が八伎さんから出ている。

その事に不安を覚えた僕はそう質問していた。

 

「……………………」

 

話すべきか、話さざるべきか悩んでいるであろうまま1分。

八伎さんが口を開いた。

 

「実は………」

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

八伎さんとの話も終わり、部屋の中へと戻ろうとした時、遠くの方に八條さんたちの姿が見えた。

八條さんの隣には、鳳島蹴策。

そして、鳳島蹴策の隣にもう1人。

 

背中の中ほどまで、その艶やかな黒髪を伸ばしている少女。

髪の毛先はそういう髪質なのか、銀色に輝いているように見える。

同じように銀色に輝く鳥の翼を模したであろうブローチを付けた黒いドレスで身を包んでいる。

顔は、ゾッとするほど凄まじい美貌だが、所々に幼さが見える。

透明感があり、硬質な、まるで日本刀のような造形美だ。

 

鳳島氷羽子

 

鳳島本家の跡継ぎで、鳳島蹴策の実妹。

以前の世界では鋼の演操者(ハンドラー)である部長の契約悪魔として、僕たちの前に立ちはだかった。

今の世界では、流石にそんな雰囲気は全く感じられない。

だが、普段の空気はこうして見ているだけでも冷たい。

 

「お~い、夏目」

 

そうして、3人を眺めているうちに、鳳島(兄)が僕に気づいたらしく、声をかけながら近づいてきた。

 

「いや~、どこにいるか分からなかったから探したぜ」

 

「……頭は大丈夫なんですか……?」

 

「うん?

 ああ、殴られるのには慣れてるからな」

 

そう言って八條さんの方をみる鳳島(兄)。

そんな彼の視線に気づいているだろうに無視して僕に話しかけてくる八條さん。

 

「夏目には紹介してなかったな。

 蹴策の妹の……」

 

「鳳島氷羽子、ですわ。

 はじめまして、夏目智春」

 

「え、ええ。

 はじめまして。

 よろしくお願いします」

 

相変わらずの口調だなぁ……

と、若干以前の世界とのつながりを感じて感慨にふける僕。

 

「それで、美呂たちは中にいるのか……?」

 

「ええ。

 今は、女性3人で美里亜さんの恋愛話に華が咲いているところです」

 

そんな僕の返事を聞いて、

 

「そうですか、分かりました」

 

何故だかそんな返事を返して、率先して鳳島氷羽子が部屋の中へと入っていく。

……どちらかと言えば、部屋に入るのを渋るんじゃないかと思ってたからこの反応は意外だった。

 

 

まぁ、後から奏に聞いたところによると、入ってきた途端、自己紹介もそこそこに、口を開き、

 

『今後、お兄様を狙うのでしたら、細切れにしますから』

 

と、発言して奏と美里亜さんを固まらせたらしい。

そんな彼女に、美呂ちゃんは、

 

『師匠!!』

 

と言って、すり寄っていったのだとか……

 

 

そんな話はともかく、部屋に入ろうとしている鳳島(兄)に少し話があるから、と残ってもらった。

八條さんはやや不思議そうな顔をしながら部屋に入っていった。

 

「それで、話って何だ……?」

 

「……いえ……」

 

どう言うべきか……?

 

魔力を出来る限り使わないようにしろ

妹さんのことを決して忘れるな

 

等々色々言葉が浮かぶが、どれも今言うには少々おかしい。

だから、しばらく考えた末に、僕の口から出たのは、

 

「……氷羽子さんって、美人なんですね……」

 

と言う、自分でも良く分からないものだった。

 

「……はぁ……?

 いきなり何言い出すんだお前は……?」

 

「……いえ、自分でも変だっていうのはよく分かってるんですが……」

 

「は!?

 まさか、お前氷羽子の奴に惚れたのか?」

 

「そんな訳ないですよ!!」

 

そう言って、否定するが、さっきの発言のせいで今一説得力に欠ける。

 

「……まぁ、人の恋路に口出しする気はないが、あいつはやめときな」

 

「だから、違いますって……」

 

自分の否定の言葉にもどこか力がない。

いつもとは違う真面目な雰囲気の鳳島(兄)がそんな僕を無視して続ける。

 

「あいつには、既に惚れてる相手がいるし、その相手もあいつに惚れてる。

 だけど、決して結ばれない。

 だからこそ、今のこの自由な時があいつらにとって最も大事な時間なんだよ」

 

「……………………」

 

以前の世界で佐伯会長が雪原さんに話していた内容が思い出される。

鳳島一族本家の跡取りである彼女は、自分の意思で勝手に契約者(コントラクタ)を選ぶことはできない。

もし選んだとしても、生半可な相手では鳳島一族、一千人の武闘派悪魔を敵に回すのだから生き残れはしないだろう。

その事は、蹴策も良く分かっているんだろう。

だから、彼からそれ以上の言葉は出ない。

今言った言葉が、彼と妹の最大限の理想の形なのだろう。

 

願わくば、いつまでもこの甘い夢が続いて欲しい。

 

そう思っているのかどうかは分からないが、少なからず考えてはいるだろう。

 

「……分かりました……

 でも、それならあまり魔力は使われないほうがよろしいのではないかと。

 そんなのは、互いにとって不幸しか生まないですし」

 

「……へ……

 んなこたぁ言われなくても分かってるさ」

 

そう気楽に返事を返してくるが、流石にこれだけじゃ不安だ。

いくらでも、これからこいつが魔力を使うような事件は起きる可能性があるんだ。

だから、

 

「……まぁ、あなた1人で手に負えないようなら僕や八條さん、それに何よりも妹さんを頼るべきです。

 そのときは僕は力を貸せるでしょうから」

 

「……………………」

 

その言葉に、どこか思うところがあったのか黙り込む鳳島(兄)

だけど、これ以上僕がここで何か出来る訳がない。

忠告以上に、今現在効果的な方法はないんだから。

 

「………ああ、そんな時は遠慮なく頼らせてもらうよ……」

 

部屋に入ろうとしている僕に向かって、そんな声が後ろからかけられた。

それに手を振って鳳島を呼ぶことで返事にする。

今は、これが精一杯だ。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

八伎さんから言われたのは、

 

『名家やそれ以外の雌型悪魔が数人、行方不明になりました。

 いずれも中学生から、高校生の年代で、未契約の悪魔たちです。

 お嬢様や、美里亜さんも含まれますので、十分注意してください』

 

という、やたらと不吉な言葉だった。

幸い、この会合中にはそれ以上何も起きなかったみたいだけど……

それでも、しばらく不安は拭い切れなかった。

 

 


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