こんな話ばかりなら作業も楽なんだけど……
「ただいま、母さん」
「あら、おかえりなさい。
直くん」
“こっちの世界”の“夏目智春”の実家に本来とは違う立場で帰るというのは、どうしても不安を拭い切れなかったが、以前かけた認識操作は効いていたようで一安心だ。
「今日はわざわざどうしたのよ……?
普段から連絡の一つもしないあんたが帰ってくるなんて。
ひょっとして、部屋に隠しておいたエッチな本の回収にでも来たのかしらぁ?」
「はは、違うよ。
俺だってたまには家族の様子が心配な時もあるさ」
こっちでもこの母親はこんな性格なのか。
まぁ、変に性格が変わっていても対応に困るからこれでいいか。
『……“こっち”の夏目くんの事、聞かなくても良いんですか……?』
僕……いや、“俺”が一巡目での郷愁に浸っていると、嵩月がここに来た理由を思い出させてくれた。
念のため最初は姿を消していてもらったのだが、その心配がいらないようなので自分から現れたのだろう。
そうだ、まだ“こっち”の僕が演操者(ハンドラー)になってからどんな風に暮らしているのかが分からなかったから、一先ず確認に来たんだ。
今はまだ“あいつ”の扱いをどうするべきかは決めていないけど、俺と嵩月に何かがあった時のためにも予備になり得る可能性がある“あいつ”の動向は可能な範囲で把握しておきたい。
「……で、もう一人の家族はどこ……?」
話題がそれなりに盛り上がっていたけれど、特に不自然さもなく切り替えれたのではないかと思う。
“あいつ”を見ていると、苦悩という苦悩を知らなかった――考えなかった――頃の自分を見ているようで腹立たしくなるけれどしょうがない。
「もう一人……ああ、智春のことね。
あの子なら当分はいないわよ。
……まったく、折角直くんが久しぶりに帰って来たっていうのにあの馬鹿息子は」
そのまましばらく愚痴を続けているこちらの世界での母親――夏目久沙子――の言葉を聞き続けていたが、少し疑問が出てくる。
……当分?
「しばらく出ていていない」や、「友達と遊びに行っている」なら分かる。
だが、当分とはどういうことだ?
少なくとも、俺のいた世界ではこの時期に自分一人がどこかに長期間出かけているということはなかった。
勿論、ここが自分の育った世界とは成り立ちからして違うということは重々承知の上だ。
それでも、“夏目智春”という少年は自身から率先して何か行動を起こすということは少ない。
大抵は、巻き込まれて渋々付き合うという性格のはずだ。
その巻き込み役は、幼馴染の美少女であったり、中学時代から仲の良いオカルトマニアの少年であったりする。
幼馴染は副葬処女(ベリアル・ドール)になっているから、少年の方が原因になるのだろう。
だから、今回もそうなのかと思い聞いて見たが、
「……誰かと旅行にでも行ってるのか……?」
「旅行?
う~ん、旅行って言うよりはキャンプの方が近いのかしら……?」
「キャンプ?
部活をやってるなら、部活仲間とでも行ってるのか」
それなら納得がいく。
俺の時にはなかったけれど、世界が違うのだそれぐらいのイベントが起きることは想定の範囲内だ。
だが、
「あら、部活じゃないわよ。
そもそも、あの子部活に入ってないし」
そんな俺の言葉はすぐさま“母親”に否定された。
……え……?
部活じゃない?
どういうことだ?
世界が違っても大半の人間は同じように過ごし、同じような性格が形成されていく。
それは一般の人間とは少し違う、“ただの幽霊憑き”である“こちら”の夏目智春とて同じはずだ。
「珍しいわね、直くんがそんな顔になるなんて」
「……む……」
驚きが余程大きかったのだろう。
こちらの世界では気をつけていたのに、呆れた顔になってしまっていた。
すぐに、元の作り笑いの表情に戻る。
「部活をやってないなら何やってるんだ……?
あの愚弟は。
このままだと、ニート一直線になるんじゃないか」
やや、辛辣に言葉を吐きだしてみるが、
「う~ん、それはないと思うわ」
「何故?」
「だって、あの子今すごく活き活きしてるもの」
「活き活き?」
飛行機事故の後に幼馴染が表向き行方不明になって、自身に幽霊として憑いているのに活き活きしている?
全くもって意味が分からない。
「ええ。
操緒ちゃんがあんなことになったから、無理してそうしてるんじゃないかと思ったけどそんな空気でもないしねぇ」
「具体的には何かあったの?」
「具体的ねぇ~」
夏目久沙子という女性が、珍しく考え込む姿勢になり考え出している。
親としては正しいのだろうけど、この女性(ひと)がやると違和感がすごい。
「まぁ、やっぱりあれね。
自分から道場に通い出したっていうこと」
「……は?
道場?」
またもや呆れてしまった。
ふ、と嵩月の方に視線を向けると彼女も困惑しているようだ。
こっちの世界の“僕”は何がしたいんだ……?
「そ、橘高道場って言う少し遠めの道場」
「……橘高、か。
なんでまたそんな所に……?」
「さぁねぇ。
私も良く分かってないんだけど、珍しくあの子が自分から言い出した事だったから特に理由も聞かずにOKしちゃったのよ。
だから、今更聞くに聞けないし……
今行ってるキャンプだって、そこの道場の強化合宿らしいし。
ホントにどうしちゃったのかしら」
“僕”が自分からその手の方向に手を出す?
全く想像がつかない。
しかも、橘高道場に通っている姿も中々ピンとこない。
もし、操緒をあんな風にした責任が自分にあると思ってしまい、強くなりたいのだと考えるようになったとしても、ピンポイントで橘高道場に通う意味が分からない。
「他に何かある?」
ここまできたら、少しでも情報が欲しい。
そんな不安要素だらけの人間を自分の予備として扱う訳にはいかない。
「う~ん………ああ、そうそう」
少し悩んだ後、母親は思いついたかのように喋り出した。
それを黙って聞く俺と嵩月。
だけど、次の会話で彼女の口から飛び出て来たのは予想外の言葉だった。
「なんか、すごい仲が良い娘(こ)がいるのよねぇ。
登下校も一緒だし、学校が終わってから道場に行く間はその子と一緒にいるらしいし……
紹介してって催促しても、中々首を縦に振らない所が小憎たらしいんだけど」
「それって、操緒ちゃんぐらい」
自分で喋っていて何だけど、操緒をちゃん付けで呼ぶのはすごい違和感がある。
「ええ。
ひょっとしたら、操緒ちゃんよりも仲が良いんじゃないかしら」
「へぇ、なんて言う子なの……?」
ここで杏や佐伯の名前が出てきたら、まだ驚きは少なかっただろう。
少なくとも、彼女たちと過した中学生活は知っているからだ。
だけど、
「確か……嵩月奏、ちゃん……だったかしら。
電話で話してるのを聞いただけだからはっきりしてないんだけど……」
「『………え!?』」
出てきた名前にこれまで以上に驚愕した僕……いや、俺と嵩月。
嵩月も自分の名前が出てくるのは予想外だったのだろう。
珍しく、すごく驚いた顔になっていた。
それは俺も同じだろう。
何故既に嵩月と、“あいつ”が出会っている!?
その事で尚更頭が混乱し、復帰するまでにしばらくかかってしまった。
……一体、どうなってるんだこっちの世界は……!?