闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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さて、ようやく今作のストーリーが展開し始める章に入りました。
下積み時代の話長すぎるって。
昔の自分に色々言いたい今日この頃。


変革の力
13回 託された(ちから)


夏の強化合宿という名の山籠りも終わり、早いものでおよそ半年。

季節は、立っているだけでも汗が噴き出ていた夏から、寒さで凍え死にそうな冬へと変わっていた。

中学一年の2学期も既に半分以上が終了、残りのイベントは学年末試験と卒業式ぐらいだ。

この世界に来た当初では考えられないほど、以前の世界とは違った中学生活だったと思う。

 

以前の世界では、何だかんだで操緒関係のトラブルがかなりあったし、所属していた陸上部での大会に向けての練習に励んでいた。

 

だけど、今の世界では、幽霊憑きの生活にも慣れていることや、操緒自身の周囲との関係も変わっているから操緒関係のトラブルはほとんど無いし、陸上部には入っていないから、当然大会に向けての練習で疲れる心地よさも感じない。

……操緒関係のトラブルや部活の疲労の代わりという訳ではないだろうけれど、悪魔関係のイベントが劇的に増えた。

大半は嵩月組――主に社長やお祖母さん――が原因だけれど、たまに八條さんが原因のものもあったりすることがある。

嵩月組の場合は、他の悪魔との折衝であったり、市内の裏社会の取り締まりであったりと、普通とは違うのだろうけれどある種の社会勉強になっていたから、まだ頑張ることもできた。

……できれば、今後の生活で役立たないことを祈りたいけど……おそらく無理なんだろうと思う。

 

一方の八條さん関連のイベントは、純粋にトラブルだ。

嵩月組での社会勉強ほど黒々としたものを感じた訳ではなかったが、僕にとってはこっちの方がきつかった。

終わってから考えてみても、僕に利益など何一つなかったのだから。

いや、何一つといえばおかしいが、ほとんど利とするものがなかったのは事実だ。

というのも、起きたトラブルのほとんどが痴情の縺れ……いや、互いの誤解が原因だったから。

僕がそれらのトラブルに巻き込まれたのは、ただその場にいたからだ。

自分から進んで関わった記憶は一切ないのに、知らぬ間に巻き込まれていた。

主犯格は当然、八条和斉。

ただ、他の容疑者はその時々で変わる。

冬琉さんであったり、道場に見学に来ていた美呂ちゃんであったり、八條さんが連れてきた鳳島(兄)であったり、それについてきた鳳島氷羽子であったりと様々だ。

大抵が、世間的に何らかのイベントが起きる時に連動した。

もっとも最近に起きたのはバレンタインの際の騒動。

 

ここで語るのは省かせてもらうが、結果として、八條さんは白く燃え尽きた。

 

僕?

僕は塔貴也さんと一緒に、それに巻き込まれないように必死に逃げていました。

鳳島(兄)を身代わりとして投入したり、冬琉さんに秋希さんをぶつけたりと抵抗しながら、互いに、自身の最愛の人物からのプレゼントを持って全力疾走。

……まぁ、最終的には結果として2人とも巻き込まれた訳だけど……

 

 

他にも悪魔関係のイベントではないけれど、学校のイベントはたくさんあった。

学校最大のイベントと言っても過言ではない文化祭や体育祭。

文化祭はあまりやる気がない面々を杏が引っ張り、見事なお化け屋敷を造り上げ、大成功だった。

ただ、僕と奏の担当の時間が違い、2人で回るということはあまり出来なかったのが少々残念。

僕は何故か午前の一番初めで、ゾンビの役をやらされた。

似合わないでいてくれた方が良かったのに、メイクや演じ方をやたらと徹底的に指導され、当日には誰が見てもゾンビで僕だとは分からないまでになっていた。

一方の奏は午後の二番手で受付だったらしい。

まぁ、客寄せに美少女を使うのはおかしなことではないと思うし、それが人も増えてきた時間帯であれば尚更だとは思う。

だから、奏が受付だというのは納得がいくけれど、あの話し方でちゃんとできるのかどうか純粋に奏の関係者の1人としては心配だった。

以前の世界のフリマでちゃんと応対はできていたし、世間話をする訳ではないのだろうから大丈夫なはずだと気付いたのは、それなりに時間が経ってからのこと。

一応、ナンパの心配もしてはいたけれど、後から考えてみればあの話し方にすぐに慣れることができる人間も少ないだろうし、無理矢理力づくにしてくる相手でも今の奏が一般人相手に負けるとも思えない。

……実際、何件かそういった一般客(別の中学や高校の生徒など)がいたらしいけど、誰も成功しなかったそうな。

声を掛けられてもはじめはやんわりと断る。

それでも食い下がる相手で、もしも相手が強引に手を掴んだりでもしたら、その瞬間に相手は見事に床に叩きつけられたらしい。

流石、お祖母さんたちから地獄の特訓を受け続けただけのことはある。

 

また、体育祭は特に何かがあった訳ではない。

強いてあげるのなら、以前の世界よりも運動能力がかなりあがっていたから出場した種目全部で一位だったということぐらいか。

その中には、陸上部員と競った競技もあり、負けた陸上部員はかなり悔しそうにしていた。

そのため杏に熱心に陸上部に入部するよう誘われたが、流石に断っておいた。

杏はまだ諦めていないようだけど、こればっかりは仕方ない。

僕ができるのは、負けた本人がこの悔しさをばねに今後頑張ってくれることを祈っておくことぐらいである。

 

 

奏とのイベントも色々あった。

さっき言ったバレンタインの時もそうだし、他の、今まで自分にはまるで関係のなかった恋人同士の間柄で起きるイベントでもかなり期待していたからよく覚えている。

合宿から帰って2日後には、以前から約束していた海に行ったのは脳内のメモリに焼き付いている。

学校指定の物ではない、奏が自分で選んだ水着。

以前の世界で何度か見たことのある奏の水着姿も良かったけど、奏が自分で選んだという点からすれば色々違う。

それはもう、素晴らしい、の一言に尽きた。

操緒がまるで嫉妬せず、純粋に称賛していたということからも、素晴らしさは分かってもらえると思う。

クリスマスの一週間前が奏の誕生日なのはこちらの世界でも同じだったようで、杏や樋口達と色々と準備して誕生日会もやった。

他にも、洛高のクリパに八條さんに誘われて行ったこともある。(第一生徒会が不安だったけれど、割となんとかなった)

 

 

ただ、そんな生活の中でもひとつだけ不安な事がある。

それは、

 

夏目直貴――一巡目の僕――に、あの事故の後に会った時から一度も会っていない

 

ということ。

以前の世界では何だかんだであいつに相談していたりしたから会ってはいたが――碌なもんじゃない記憶ばかりだが――今回の世界では会っていない。

母親が言うには、夏休み中に何度か帰って来た――やって来た?――らしいけど、幸か不幸か僕は合宿中で会うことはなかった。

それでも、それだけならまだ問題はない。

問題なのは、母親が“あいつ”に僕たち(僕と奏)のことや僕自身の近況を少なからず喋ってしまったということだ。

僕と奏を、単なる友人として捉えて説明していたのなら、奏とのことはまだ何とかなったかもしれない。

だけど、明らかにそれ以上の関係にある、と自身の推察も含めて喋ってしまっているのだから質が悪い。

会って説明された当人に確認をとった訳ではないから分からないけれど、ほぼ確実に不信感を持ってしまっているだろう。

その不信感がこの世界にどんな影響をもたらすのか分からないが、最悪な方向に進まない事を祈るしかない。

僕が機巧魔神(アスラ・マキーナ)を手に入れられなくても“あいつ”が死ななければ世界の滅びはなんとかなるのかもしれないが、可能な限り以前の世界と違う展開になるのは避けたい。

せめて母親に口止めしとけば良かったのかもしれないが、あの母親にそんなものは無駄だというのも分かっている。

なので、結局ばれることになるのだろう。

おかげで、2学期が始まって最初の頃はテンションがガタ落ちだった。

そんな(色んな意味で)充実していた日々を思い返しながら、僕は橘高家の廊下を歩いていた。

今日は一巡目の橘高家での生活を思い出させるような肌寒い天気だ。

段々春めいてきたとはいえ、まだまだ冬を感じさせるこの時期はあまりこの家の廊下は歩きたくない。

勿論、冬真っ盛りの12月頃よりはマシだけど、それでもこの昔ながらの日本家屋の廊下には、寒さを感じずにはいられない。

では何故そんな寒い廊下を歩いているかといえば、理由は単純明快、秋希さんに呼ばれたからだ。

 

『それにしても、何の用なんだろうね……?

 今日って誰かの誕生日とかだっけ……?』

 

「う~ん……一応、秋希さんと冬琉さんの誕生日はこの間だったし……塔貴也さんとの事で何か相談があるとか?」

 

『それこそ私たちに聞くことじゃないと思うけどなー』

 

「……まぁ、行ってみれば分かるだろ」

 

『それはそうだけど……やっぱり気なるし……』

 

操緒と話しながら早足で秋希さんの部屋まで移動する。

操緒程ではないが、僕も、呼ばれる理由が分からないから、少々不安だったりする。

簡単な連絡であれば、普段の鍛錬の時にでも伝えれば良いだろうし、やや込み入った事情の場合なら逆に僕に相談する意味が分からない。

それこそ、塔貴也さんとか冬琉さんに相談すればいいだろうし、塔貴也さんとのことなら僕なんかより八條さんとか、他の門下生の誰かに相談した方が手っ取り早いだろう。

まぁ、結局のところ行ってみないと分からないんだろうけれど……

 

そんな風に廊下を進んでいると、いつの間にやら秋希さんの部屋の前までやってきていた。

特に気負うこともなく、部屋の扉をノックし、

 

「夏目です」

 

と声をかける。

 

「来たか……入れ」

 

「失礼します」

 

一拍の間があったが気にせず扉を開き中に入る。

どこか緊張したようで声が固かったが、そこまで気にする必要もない。

が、入った所で立ち竦む。

何故なら、いつも以上に真剣な顔をした秋希さんが目の前に立っていたからだ。

拾ってきた動物を冬琉さんに認めさせるときだって、ここまで真剣な表情になった秋希さんは見たことがない。

 

「あ、あの……」

 

戸惑った声をあげるが、そんな僕の様子など全く気にせず秋希さんは僕の方を、正確には僕の右斜め後ろ付近(・・・・・・・)をじっと見つめている。

そんな彼女のただならぬ様子に戸惑い続ける僕と、左斜め後ろ(・・・・・)に浮かんでいる操緒。

互いに動かぬまま1分が過ぎた頃だろうか、

 

「ふう……」

 

秋希さんがようやく視線をずらし、卓袱台の近くの床に敷いてある座布団の上に座る。

 

「えーと……」

 

どうすればいいんだろうか?

 

「ああ、お前も座れ」

 

「は、はい」

 

そう促されたので秋希さんと卓袱台を挟んだ正面に座る。

だが、僕の方を見ずに、秋希さんはしばらくぼんやりとしたままだったが、突然我に返り自身の近くに置いてあった箱を引き寄せ卓袱台の上に置いた。

 

「夏目」

 

「はい……?」

 

突然名前を呼ばれ若干戸惑う僕。

なんか、この部屋に入ってからずっと戸惑ってる気がするけれど、気にしない。

 

「よくこれまで頑張ってきたな。

 普通の中学生ならほぼ確実に止めてしまうだろうに……」

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

脈絡もなくいきなり今までのことを褒め出す、という訳の分からないことに何とか反応する僕。

あまりにも普段の秋希さんからは考えられない行動だ。

操緒も何かがおかしいと思っているのかかなり怪訝そうな顔になる。

 

「その褒美、という訳ではないが、お前にやるものがある」

 

「……その箱と関係があるんですか?」

 

「……ああ……開けてみろ」

 

言われるままに、箱に手を伸ばす僕。

操緒も不信感以上に箱の中身に興味が湧いたのか僕の横に来て、興味深そうな視線を箱へと向けている。

手元に手繰り寄せた箱はかなり大きかった。

それこそ、刀が実際に入るような……

 

「……まさか……」

 

急いで箱を開けて中身を確認する。

そこには、

 

『……うそ……』

 

二振りの日本刀が。

秋希さんが使っている秋楓と秋楓・紅とほとんど同じ大きさだが、鞘の色とか柄に巻いてある柄糸の色が違う。

長い方の本差しの方は、鞘と柄糸が、揃って淡い青紫の楝色。

脇差の方は、柄糸の色は同じだが、鞘の色は黒色だ。

 

「銘は春楝(しゅんおう)春楝(しゅんおう)(あん)

 造りのことは言っても分からないだろうから省くが……鞘から出してみろ」

 

言われるままに本差しの方を手に取り、鞘から抜き放つ。

照明の光を反射し刀身は明るく輝くと思っていた僕の予想を裏切り、刀身は光を吸収し黒々とした光を放っている。

 

「……黒刀、ですか」

 

「ああ。

 使っている金属は最高級の玉鋼で一級の刀工が鍛えたんだが、鍛えてる途中にとある悪魔が参加したらしい。

 だから、普通の工程ではありえない黒刀になったそうだ」

 

本差しを鞘に戻して箱に置き、脇差を手に取り鞘から抜き放つ。

脇差もまた普通の日本刀とは違い黒刀だ。

 

「……それって大丈夫なんですか……?」

 

「ああ、製作過程に悪魔が関わったというだけで少し変わった日本刀ではあるが、普通の日本刀として使っても全く問題ない。

 ……ただ、悪魔が製作に関与していたからか持とうとする奴がいなくてな。

 お前なら、嵩月家や八條たちとも関わりがあるからそう言った抵抗もないんじゃないかと思ったんだ」

 

「……そう、ですか……」

 

確かに、悪魔に対する恐怖心とか抵抗意識なんて他の人に比べれば僕はだいぶ薄い方だろうが……

 

「……不満そうだな」

 

「いえ、そういう訳ではないんですが……」

 

そう、不満ではない。

ただ疑問が大きすぎるだけだ。

いくら僕が素人だといっても、鍛錬を始めて一年も経っていない人間に真剣を持たせる訳がないことぐらい分かる。

居合道などの初めから真剣を使っている様な流派なら分かるが、橘高道場はそんな流派ではないし、寧ろ実践を前提とした道場だ。

尚のこと他の流派以上に真剣を持たせるタイミングには気を使うはず。

それなのに、こんな素人に毛が生えた程度の人間に持たせるだろうか……?

いや、毛すら生えていないかもしれない。

そんな素人同然の中学生なのだ、僕は。

秋希さんや冬琉さんが余程の馬鹿だったらそれも分かるが、2人がそんな人間ではないことぐらい分かっている。

 

「……どういうことですか?」

 

「なに……?」

 

あまりの不自然さに、気付けば自分の口からそんな言葉が漏れていた。

 

「いくら僕でも分かります!!

 僕が真剣を持つタイミングがおかしいってことぐらい!!」

 

「……………………」

 

「渡されたことが嫌なんじゃありません。

 むしろ、自分が認めてもらえたんじゃないかと思って嬉しいです。

 ……だけど……だけど、いくらなんでも早すぎます!!

 何かあったんですか……!?」

 

黙ったまま僕の言葉を聞く秋希さん。

操緒も驚いてはいたが、特に茶化すことなく黙って様子を見ていてくれる。

僕が口を紡ぐと、その場には沈黙が降り立った。

耳が痛いほどに何も音がしない。

ただ、じっと秋希さんの方を見つめる僕と、操緒。

それに返事を返すでもなく、ただ俯き机の上に視線をやる秋希さん。

黙り込んだまま、5分が過ぎた頃だろうか……秋希さんが口を開いた。

 

「私には、もうほとんど時間がない」

 

「……え……?」

 

「私が君に物事を教える時間はもうほとんど残されていない。

 長くても一月あまりだろう」

 

あまりに唐突な告白。

末期の病気に罹った人物からの死をイメージさせるような言葉。

だけど、今の秋希さんがそんな病気にかかっている訳でもない。

なのに、何故こんな時期に……

 

時期?

 

「だから、教えられることは今のうちに可能な限り教えておきたい。

 その中にあるのは、真剣を使うことが前提のものばかりだ」

 

秋希さんの言葉も聞こえてはいるが、頭に入って来ない。

 

「まぁ、死ぬわけではないさ。

 お前にも憑いているから(・・・・・・・)見えるのだろう……?」

 

今からおよそ一月の制限時間

 

死ぬわけではない

 

憑いている

 

という言葉の数々が、僕に最悪の未来を予感させる。

 

「……まさか、秋希さん」

 

『……そんな……』

 

操緒も気付いたのだろう。

かなり表情が強張っているのが分かる。

先程までの緊張した表情から、普段通りの凛とした表情に戻った秋希さんは、絶望感に浸っている僕をしっかりと見据え、

 

「私は副葬処女(ベリアル・ドール)になる」

 

宣言した。

それは、僕たちが絶対にさせてはいけない、させる訳にはいかない出来事の一つだった。

あまりに咄嗟のことで脳が働かない。

口が動かない。

言葉が出てこない。

口は開いているが出てくるのは言葉ではなく、息や単語。

そんな僕を怒鳴るでもからかうでもなく、ただ正面から見据え続ける秋希さん。

冷たくも熱くもない彼女の視線を向けられ、逆に僕は冷静になっていく。

そして、

 

「自分がどうなるのか分かってるんですか……秋希さん!?」

 

ようやく口から言葉が飛び出した。

秋希さんの言った言葉が初めは信じられなかった。

僕自身、どこか安心していたのだろう。

彼女が塔貴也さんを見捨ててまでそんなことをする人物ではない、と。

 

「当たり前だ。

 副葬処女(ベリアル・ドール)となった女性は、機巧魔神(アスラ・マキーナ)に封じ込められ、魂が消え去るその日まで解放されることはない」

 

「それが分かっているのにどうして……!?」

 

ところがどうだ。

蓋を開けてみれば、彼女は顔色一つ変えることなく、自身が副葬処女(ベリアル・ドール)になると宣言した。

 

その答えに辿り着くまでにどれだけの葛藤があったのか、僕は知らない。

恋人である塔貴也さんや、おそらく演操者(ハンドラー)になるであろう冬琉さんがどんなことを秋希さんに言ったのか、僕は教えてもらっていない。

学生連盟からどんな交換条件や要求があったのか、僕は予想できない。

 

それでも、以前の世界での部長の姿や、冬琉さんの選択をみれば、秋希さんのやろうとしている事が間違っているのは分かる。

 

「どうして、か……少しでも多くの人間を助けたいと思うのは間違いか?」

 

「……え……?」

 

「罪を犯した演操者(ハンドラー)や悪魔を野放しにしていたら酷いことになる。

 かといって、奴らを警察などがどうにかできるかと言えば無理だ。

 奴らを止めるには、同じだけの力、もしくはそれ以上の力を持って対抗しないといけない」

 

それは、そうだけど……

実際、加賀篝が動いていた時に警察なんかは役に立っていなかった。

警察が無能という訳ではないが、こっちの世界の事件を取り締まれるはずがない。

動いていたのは学生連盟であり、下着ドロの件で佐伯に依頼されていた第二生徒会の真日和だった。

 

「……秋希さんのその考えは、素晴らしいものだと思います」

 

そう、悪魔や演操者(ハンドラー)が跋扈している世界は関わらないで済むのなら誰だって関わらない方が良いに決まっている。

それが、全く関係の無い一般人であれば尚更だ。

 

「そうか、なら、「だけど!!」……」

 

「僕は、認められません!!

 副葬処女(ベリアル・ドール)や、機巧魔神(アスラ・マキーナ)の存在意義が間違っているとは言いませんし、彼らが人を助けてくれるのならこれ程心強いこともないと思います……

 

実際、僕は操緒に助けられた。

飛行機事故の時も、神(デウス)から逃げる時も。

だから、彼らの存在を否定することはできない。

 

だけど、秋希さんが助けようとしている人の中に身近な人は入っているんですか!?」

 

僕が今秋希さんを止めるために一番大きな理由はこれだ。

確かに、以前の世界で起きた悲劇を起こさないようにする、ということが根本の理由ではあるし、それはこの世界で決心した時から変わらない。

だけど、凡そ1年橘高道場に通っていた身としては、そんな自身の未来をより良いものにするという感情だけで秋希さんの副葬処女(ベリアル・ドール)化を止めようとすることはなくなっていた。

いや、そこにより親愛の情が加わったとでも言うべきなのだろうか……?

今までは、どちらかと言えば自分中心だったけれど、今では純粋に秋希さんや冬琉さんの未来を変えてあげたいと思うようになってきたのだ。

そして、その感情が今の秋希さんに最も感じているのが前述した言葉だったりする。

 

今の秋希さんの言葉からは、自身の夢しか感じられない。

それが良い悪いは措いておいて、問題なのは秋希さんという副葬処女(ベリアル・ドール)が周囲に対する影響をあまり考えていないことだ。

僕が今まで会ってきた副葬処女(ベリアル・ドール)たちは、良くも悪くも演操者(ハンドラー)やその周囲の人間や悪魔に大きな影響を与えてきた。

生きている?時はまだ良い。(演操者(ハンドラー)の人生を縛り付けるという点では良くないのかもしれないけど……)

だけど、魂をすり減らして消えてしまった彼女たちは周囲の人たちに深い悲しみや悔恨を与えることになる。

哀音さんは佐伯会長や佐伯妹たちに、新屋敷さんは加賀篝に、紫浬さんは朱浬さんと瑶さんに、そして何より、会ったことはないけど、以前の世界の秋希さんは部長と冬琉会長に大きな悔恨の念を残して逝った。

そんな彼らの姿を知っているからこそ、僕は認められない。

 

「身近な人……塔貴也や、冬琉のこと、か……?

 当たり前だ!!

そんなことも考えないで決めたとでも思っていたのか!!」

 

ここにきて初めて秋希さんの口調が荒くなる。

自身を馬鹿にされたとでも思ったのだろうか?

普段道場で感じる殺気とは違う、純粋な怒り。

その迫力に黙らされそうになるも、僕も怯まない。

 

「……ほんとに考えて決めたんですか?」

 

「……なにを!?」

 

続けて言葉を荒げようとしている秋希さんの言葉を遮るように、今度は僕が声を荒げる。

 

「ほんとに考えたのなら、副葬処女(ベリアル・ドール)になろうなんて考えは出てこないはずです!!

 ……秋希さんが消えたら2人が悲しむっていうのもありますけど、それ以上に2人をより過酷な戦場に巻き込むんですよ!!

 それが分かってるんですか……!?」

 

そう、副葬処女(ベリアル・ドール)になって学生連盟に所属するということは対人の戦闘技術だけではどうにもならない戦場に足を踏み入れるということだ。

本音は感情論だけれど、そんな勢いだけの理論で秋希さんが止まってくれるとは思えない。

だから、目の前で起こるであろう危険な世界を教えるしかないと僕は思った。

僕も、以前の世界ではそんな世界にいたけれど改めて考えてみると、我ながらよく生き残れたものだと思う。

一歩間違えれば死んでいたんだから。

 

「秋希さんや冬琉さんなら、悪魔や使い魔(ドウター)、それにはぐれ眷属(ロスト・チャイルド)には勝てると思います……」

 

実際、1巡目の世界の秋希さんははぐれ眷属(ロスト・チャイルド)を倒してたし、可能だと思う。

 

「だけど、機巧魔神(アスラ・マキーナ)や魔神相剋者(アスラ・クライン)はそれこそ人の技術でどうこうなる相手じゃありません」

 

主な理由としては、護法装甲の存在がある。

冬琉会長は普通に斬り裂いていたけれど、あれは元演操者(エクス・ハンドラー)の能力で機巧魔神(アスラ・マキーナ)に付与されていた護法障壁の結界を無効化したからできたことだろうし……

 

「……ならば、尚一層私が副葬処女(ベリアル・ドール)になるべきだ」

 

「秋希さん!!」

 

僕の言ったことは彼女の決意をより一層固めてしまったようだ。

気が弱い人なら、周囲の事を何よりも考える人ならこれで考え直してくれるだろうけど、残念ながら秋希さんはそのどちらでもなかった。

 

「見縊るなよ、夏目智春」

 

獲物を射抜くような視線が僕に向けられる。

その視線は、今まで僕が秋希さんから向けられた視線の何よりも鋭いものだった。

それに、怯んでしまい、無意識のうちに体が後ろに下がってしまう。

 

「そんな世界であるのは百も承知。

 冬琉であれば、十分渡り合っていける。

 むしろ、あの世界だったら私よりも冬琉の方が合っているんだ。

 それに、塔貴也は私が認めた男だ。

 戦場には出ないにしろ、私が消えることになろうとも自分を見失うような男ではない!!」

 

……そうか、だから秋希さんは自分が副葬処女(ベリアル・ドール)になることに不安がなかったのか……

勿論、大なり小なり不安はあったのだろうけれど、それ以上に2人に対する信頼感の方が大きかったのだろう。

……その信頼が、結果として2人にあんな事をさせてしまったと思えば、何とも言えない気分になる……

そして、僕の判断理由が未来の二人の行動が基準となっている以上、これ以上何も言えなくない。

秋希さんの二人に対する信頼は、これまで共に過ごしてきた日々の積み重ねだ。

それを、いくら結果を知っているとはいえ、僕が否定できる訳がない。

否定の言葉を紡いだところで根拠が言える訳もないし、何より何故そんなことが言えるのか怪しまれてしまう。

 

「……くっ!!」

 

自身の言いたいことが言えない。

自分に力がないことを悔しく思う無力感。

それは、よくあることだと思っていたけど、こんな所でそれを感じることになるとは思わなかった。

 

黙り込んでしまった僕に秋希さんが言葉をかける。

 

「……話は以上だ。

 明日も早いのだろう、もう帰れ」

 

それは、この場ではもうこれ以上話すことがない、ということを示していた。

 

「……失礼、しました」

 

脇には春楝と春楝・闇が入った箱を抱え、秋希さんの部屋を出る。

普通だったら嬉しいのであろうその刀は、どこか禍々しい妖気を放っているようにも感じられた。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

橘高道場から家に向かう僕と操緒の足取りは重かった。

あの後、冬琉さんと塔貴也さんの二人にも話を聞きに行ったのだけれど二人とも、

 

『『秋希〈ちゃん〉の決めたことだから』』

 

と言って、秋希さんを止めようとしている様子は見られなかった。

むしろ、冬琉さんは秋希さんの封印された機巧魔神(アスラ・マキーナ)を使うことが理由なのか今迄にない程意気込んでいるように見えたし、塔貴也さんは秋希さんをすぐにでも開放できるよう部屋中に機巧魔神(アスラ・マキーナ)と副葬処女(ベリアル・ドール)の資料を散乱させ、その事で頭が一杯に見えた。

それ故、あまり話を聞いてもらえた様な気がしない。

だから、今後も続けては行くつもりだけれど、なんとなく、2人からの説得は無理だということが分かった。

なんせ、2人とも秋希さんが副葬処女(ベリアル・ドール)になること自体は認めているのだ。

一番親しい人間2人が認めてしまっている以上、もう誰も秋希さんを言葉で止めることはできないだろう。

唯一の期待は橘高家の両親だが、未だに海外に出ているらしく、僕も一度も会ったことがない。

だから、あまり期待しない方が良いだろう。

 

『……はぁ……』

 

自然と操緒の口から溜息が洩れる。

理由は言わずもがな。

 

『……どうする、トモ?』

 

「どうする、って聞かれてもなー?」

 

正直どうしていいか分からない。

続けては行くつもりだけれど、今日の態度を見る限り言葉で説得するのはなかなか厳しそうだ。

そして言葉では無理となると、止めるためには力付くという手段になるのだろうけど……

 

『トモが秋希さんに勝てるとも思えないしねー』

 

「まぁな」

 

それができれば話は早いんだけど……

 

「そういう訳にもいかないだろ。

 いっそ、イクストラクタを学生連盟から盗んでみるか……?」

 

『できるの……?』

 

「まぁ、無理だよなー」

 

『「……はぁ……」』

 

2人揃って溜息が洩れる。

実際、自分でも学生連盟からイクストラクタを盗むというのは悪い発想ではないと思う。

だけど、肝心な問題として僕は学生連盟の本部の場所も、イクストラクタの保管場所も知らない。

本部の場所は八伎さんにでも聞けば教えてくれるだろうけれど、イクストラクタの場所はたぶん無理だろう。

なんせ、学生連盟の主戦力たるGDの機巧魔神(アスラ・マキーナ)を扱う場所だ。

警備や情報の扱いだって半端じゃないはず。

仮に、それらの問題を全て解決して盗み出したとしても、朱浬さんのように学生連盟から追われるのは目に見えている。

朱浬さんが奪ったプラグインで追ってきたのは雪原さんだ。

演操者(ハンドラー)一人と考えればまだ何とかなるのかもしれないけれど、白銀の演操者(ハンドラー)として考えるとどうにもならない。

大体、奪おうとしている物が全然違う。

プラグインだったらまだ何とかなるのだろうけれど、機巧魔神(アスラ・マキーナ)では向こうも全力で取り返しに来るだろう。

それを、防ぎきれる気はしない。

僕が黑鐵を召還してペルセフォネとの慟哭する魔神(クライング・アスラ)を行えば可能性は見えるけれど、その後学生連盟に所属している学校も参加して全力で潰されるだろう。

 

……結論、八方塞だ……

 

「せめて、副葬処女(ベリアル・ドール)の解放手段があればなんとかなるんだけど……」

 

『そんなの早々ある訳ないでしょ……』

 

「だよなー

 鋼ならなんとかなるとは思うけど……」

 

有した能力が完全なる空間制御である鋼、もしくは白銀と合体?して鋼と同等の能力を得た黑鐵・改であれば、副葬処女を解放できるのだろうけれど……

 

『鋼は一巡目のトモが持ってるし、黑鐵は空いてるのかもしれないけど白銀は雪原さん?が持ってるから無理だろうし……』

 

「だいたい、あいつが協力してくれるとは思えないしな……」

 

なんせ、自分が死ぬことが分かっていたであろうに、その原因に対してほとんど干渉しなかった男だ。

とても協力してくれるとは思えない。

 

『とりあえず、後1週間は奏ちゃんと相談しながら方針を決めて行くしかないよ……』

 

「……結局そうするしかないのか、歯痒いな……」

 

まだ寒い夜風に身を縮ませながら家路を急ぐ僕と操緒。

その道先は街灯の電気が切れているのか、異様に暗かった。

変質者でも出なきゃいいが。

そんな、どこか現実逃避に近い思考を頭に巡らせながら、僕は足早に暗い路地を歩き去って行った。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

・・・・・・トモ・・・・・ミ・・・ツケ・・・・タ・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・ハ・・・・・・・・ヤ・・・ク、ハ・・・・・・・・ヤ・・・ク・・・・・・・・

 

・・・・イ・・・・ソイ・・・・デ・・・・・・ク・・・・・ロ・・・ガネ・・・・・

 

ワ・・・・・タ・・シ・・・・ガキ・・・・エ・・・ルマエ・・・・・・・・・ニ・・

 

・・・・ソレ・・・・ガワ・・タシ・・ガ・・・トモニ・・シテ・・・アゲラレル・・・サイ・・・ゴノ・・・コ・・トダカ・・・ラ・・・・・

 

 


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