まだ半分にも達してないので、もっと修正速度を上げねば。
ただ、ここからが内容的には地獄だったりするんだよなー
それは、世界の境界を渡る。
闇を纏い、虹を滑り落ちて行く。
自らの主――愛する人――の許へと。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
『卒業おめでとうございます』
秋希さんの宣言を受けてから早一週間。
今日、僕と奏のいる中学校では卒業式が行われていた。
「……はぁ……」
教室から見下ろした校庭や校門の周囲は、卒業証書を持った3年生と、そんな彼らの周りに集まる1、2年生たちで混み合っていた。
本来、卒業式は喜びや悲しみで満たされるものだけれど、会おうと思えば会えるようになった今日では、悲しみは減り、喜びの占める割合が増えているようだ。
それでも、何人か泣いている生徒たちがいるにはいるが。
「……決まりません、ね」
そんな校庭や校門とは逆に、僕たちのいる校舎内は閑散としたものだった。
3年生がいないのは勿論、1、2年生のほとんどが部活に入っている我が中学では、ほとんどの在校生が卒業生の見送りに出るため、校舎内に人はあまり残らない。
それは、生徒ではない教員でも同じことだったりする。
校舎内に残っているのは、僕や奏の様に部活や生徒会などやらず、上下の関係がほとんどない人間だ。
あの樋口ですら写真部の先輩の見送りに出ているのだから、残っている僕たちがどれだけ他とは違うのかが良く分かる。
『……もう、ニアちゃん?でも呼んでくるしかないんじゃない?』
人がいないのを良いことに、僕たち――奏は擬態を解いている――は秋希さんの問題を堂々と話し合っていた。
話し合うといっても、既に何度もした話をまた繰り返しているのだけれど……
「ニアを呼んできてどうするんだよ……?
確かに分離機(スプリッタ)の理論は知ってるかもしれないけど、僕たちだけで造れるような機械じゃないぞ、あれ」
ここ一週間、授業中も、トレーニング中も、果ては道場で練習している時まで、頭の中はその事でいっぱいだった。
実際、春楝を使った鍛錬の時も、『真剣を扱っているというのに気が抜けている!!』と冬琉さんにこっぴどく叱られもした。
秋希さんも色々と言いたそうにしていたけれど、原因が自分であることが分かっているからか、何も言ってこなかった。
……いっそ、言ってくれた方が楽なのに……
「あの、塔貴也さんに手伝ってもらう、とか?」
奏や操緒とも時間が許す限り何度も話し合い、何度も頭を悩ませてきた。
1週間という短期間でこれだけ悩んだことは、今まででもあるにはあったけれど、これほど酷い焦燥感は感じたことがない。
時間が無駄に過ぎて行っている様な気がしてならないのだ。
たかが1週間、されど1週間。
秋希さんが副葬処女(ベリアル・ドール)になるまで、早ければ2週間、遅くとも3~4週間の期限しか残っていない。
ひょっとしたら、もう数日しか残されていないかもしれない。
『私は塔貴也さんの技術力をほとんど見たことがないからよく知らないんだけど……そんなに凄いの……?
私には、ただの秋希さんに惚れてる爽やか?青年にしか見えないんだけど……』
話し合う内容は、勿論、どうすれば秋希さんを副葬処女(ベリアル・ドール)にしないで済むか、ということ。
ただ、この問題はこっちの世界に来てから散々話し合っているのだ。
そんなに簡単に答えが出るとは思っていない。
だけど、改めて期限を目の前に突き付けられると、そんな思いとは余所に答えを出さないといけなくなってくる。
追い詰められて答えが出るのならそれも良いけれど、焦って稚拙な案に頼ってしまう確率が高くなるだろうから困りものだ。
「こっちの“塔貴也さん”が“部長”とどれだけ同じなのか分からないけど、部長の機巧士としての腕は凄かったよ。
機巧偶人(ガジェット)に自分の意識を乗り移らせて行動してたぐらいだ……」
『可能性が少しでもあるのならやってみるべきだ』
『自分や仲間を信じろ!!
そうすれば明るい未来がやってくる』
よく見聞きする漫画や映画のセリフ。
漫画や映画だったら、そのセリフの後にほとんど必ずと言っていい程成功するヒーローやヒロイン達。
だけど、そんな成功することが約束されたセリフなんて今の僕らには全く意味がない。
『(成功する)可能性が少しでもある』ではない『(成功する)可能性しか存在していない』だ。
『自分や仲間を信じろ!!そうすれば明るい未来がやってくる』ではない『自分や仲間を信じなくても、明るい未来はやってくる』だ。
「塔貴也さん、とニアちゃんが、一緒に研究してくれれば……」
可能性なら幾らでもある。
寧ろ、ペルセフォネを呼んで闘ったりすれば力付くでもどうにかできるだろうし、僕たちの経験した結末を教えれば秋希さんが思い留まったり、塔貴也さんたちが考え直してくれるかもしれない、という点では可能性だらけだろう。
だけど、それじゃあ駄目だ。
力づくで戦い、勝ったとしても、秋希さんはそんなことで自分の信念を絶対に曲げることはない。
それは、道場に通った約1年という期間が何よりの証拠だ。
橘高秋希は、力に屈しない。
屈するのは、自分の認めた相手だけだ。
残念ながら、今の僕は秋希さんたちの決意を曲げるほど認められているとは思えない。
そりゃあ、赤の他人やそこらの知人よりは認めてもらえているだろうが、意志を曲げれるほど認められてはいないだろう。
『以前の世界の事を話す』
成程、上手くいけばこれ以上ない程HAPPY ENDだ。
秋希さんは生きているし、冬琉さんや塔貴也さんだってあんなことはしないだろう。
3人とも口は固い――塔貴也さんが不安だけど、秋希さんから言ってもらえれば大丈夫だろう――から情報が漏れることはないはずだ。
後は、僕たちがどれだけ鳳島兄妹や真日和たちの事を解決できるかにかかってくる。
完璧とまではいかないにしても、これ以上ない程いい結果だ。
だけど、彼らが信じてくれる要素がどこにある……?
嵩月家での説明の時は、奏との契約における矛盾を証拠とした。
だが、それは嵩月家の皆さんがずっと奏と一緒に過ごし、信頼してきたからこそ証拠になったんだ。
秋希さんたちは、僕や奏のことを昔から知っている訳ではない。
それこそ、信頼という点からいえば僕らよりも幼馴染同士の信頼の方が大きいだろう。
契約の不自然さを教えたとしても、それが僕たちが“未来”から来たという証拠にはならない。
実際に未来から来たことを証拠とするには、何か物を持っているか、事件を実際に予測してみることなどの事例が必要だ。
前者は当然の様に却下。
そして、後者も今回は残念ながら却下。
理由は時間
例え、これから起きる事件を的確に当てて行ったとしても2~4週間程度では、十分な証拠となるとは言えない。
それに、残念ながらどっかの銀髪の腹ペコ修道女(……誰だっけ……?1巡目で尼僧喫茶に連行されたけどいなかったはずだし……)ではない僕たちはこの短期間で集中して何が起きるのかまでは覚えていない。
『う~ん……でもさ、ニアちゃん?って、1巡目に跳ばされてから5年間ぐらいあっちにいたんでしょ……?
製造期間が1ヶ月ぐらいだとしても、機巧魔神(アスラ・マキーナ)?も造ってたんなら、まさかずっと分離機(スプリッタ)の研究だけしてたわけじゃないだろうし、1巡目に跳ばされてすぐの頃は生活するのでやっとだったんだろうから、多く見積もっても研究期間は精々2、3年でしょ……?
それだけの時間で完成させた分離機(スプリッタ)を改善するのに1年で時間が足りるかな?』
となると、先程から話し合っているように、今度は『秋希さんを副葬処女(ベリアル・ドール)にさせない方法』ではなく『どうすれば機巧魔神(アスラ・マキーナ)から副葬処女(ベリアル・ドール)を解放できるのか』を考えないといけなくなるのだが……
それこそ、簡単な問題ではない。
唯一の、いや唯二の答えは分離機(スプリッタ)か機巧魔神(アスラ・マキーナ)の二択。
ただ、後者の選択肢はほぼ絶望的だ。
鋼の演操者(ハンドラー)が“あいつ”である以上協力はほぼ不可能と言って良い。
黑鐵と白銀も両方同時に大破するなんてことは早々無いだろうから却下。
そもそも、紫浬さんの魂が封印されている白銀を、僕らがどうこうして良い訳がない。
「あー……改善しなくてもなんとかなるんじゃないか……?
魔力は律都さんがなんとかしてくれるだろうし、確率操作能力はニアがいれば問題ないだろうから」
となると、現状、技術的にもしっかりと確立している分離機(スプリッタ)が唯一無二の答えになる訳だ。
本来であれば、まだこの世界には生みだされていない技術だけれど、そこは僕たちと一緒に操緒に逃がされたアニア・フォルチュナ・ソメシェル・ミク・クラウゼンブルヒ嬢がなんとかしていた。
この世界でその名前を初めて聞いたのが、本人の口からではなく塔貴也さんの口からというのがまた凄い。
僕らよりも大体5~6年遅く生まれてきた彼女は、次々と機巧魔神(アスラ・マキーナ)や副葬処女(ベリアル・ドール)関連の新技術を生み出しているそうだ。
以前の世界でも天才少女だったが、今度はそれに輪をかけた超天才、とでも言うべき状態になっている。
そのことからも、彼女が僕たちの知っているアニアなのだと確信できた。
ただ、『近々来日したい』と言っている、とも塔貴也さんが言っていた事に関しては色々思う所があるのも事実。
……会いたいような、会いたくないような……
会えばほぼ間違いなく大量に運気を吸われるだろう。
だけど、会わなかったら会わなかったで、ニアが洛高に来た時が怖い。
結局、大量に吸われることになるんだろうなぁ。
できれば、樋口辺りに押し付けて逃げたいけれどそういう訳にもいかないし……
「あー……多分、無理、だと思います。
あっち、でリッちゃん、があれだけ魔力を出せたのは、契約してたから、って言ってました」
で、肝心の分離機(スプリッタ)だけれども、今の会話から分かるように、多分無理。
律都さんが契約していれば話は違うのだろうけれど、していないみたいだし……
因みに、律都さんに僕らの状況のことを知っているのかどうか聞いてみたが、
『知ってはいるけど、この世界は例外すぎるからしばらくはしたいようにすれば良いわ。
ただし、直貴を助けようとするあまり、最終的には世界を滅ぼしてしまった他の世界の私と同じ末路は辿らないでね』
と言われた。
僕らのことを知ってはいても極力干渉しないようにするつもりらしい。
助かるといえばそうなんだが……
閑話休題
律都さんが無理なら、どこから大量の魔力をどこから持ってくるかということが問題になるのだが……
『そっかー……他に大量の魔力が出せるのって……』
方法はいくつかあるが、
①加賀篝の様に大量の悪魔から魔力を得るという手段
②魔神相剋者(アスラ・クライン)の魔力の循環によって魔力を増幅させる手段
③律都さんを無理やり契約させる手段
実用的な手段はこの3つではないだろうか。
だけど、どれも簡単に取れる手段ではない。
「……前言ってた3つは結局どれも無理だと思うけど……」
会話が途切れ、場に沈黙が降りたところでふと気付く。
騒がしさが近づいてきたのだ。
ふと視線を校庭に向けると、人が校舎に戻り始めている。
奏もそれに気づいたのか、
「あ……」
擬態を解いていた状態から擬態している状態へと戻り、瞳の色がどちらも黒くなる。
『……とりあえず、続きは放課後かな……』
操緒も先程までのシリアスな雰囲気どこへやら、普段の雰囲気に戻る。
そうして、僕たちが普段の学生生活の空気に戻ったところで校庭や校門付近へと出払っていた同級生たちが戻って来た。
そこからは、普段通りの……いや、卒業式というイベントで若干浮ついた雰囲気になっている学校だった。
幸いにも、1年生は午後には帰れるはずだから、精々後1、2時間の辛抱だ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
それは、世界樹の枝の一本に入り込む。
銀色の剣が中へと続く穴を開け、神から逃れる。
自らの友――自身を受け入れてくれた人――の許へと。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
ようやく学校から解放され、僕と奏は家路に就く。
普段は、嵩月組にそのまま直行する僕らだけれど、今日はそのまま昼食を取ってから向かうことになると思う。
嵩月組に歩いて向かうとどうしたって30分以上は掛かる。
普段なら問題ないけれど、時刻は午後1時を過ぎたぐらい。
学校で昼食を食べてきた訳ではないので、当然の様に空腹である。
幸い、嵩月組に向かうまでに繁華街を通るので、その類の店には困らない。
早くて安いファーストフードから、ちょっと高めの凝った料理屋まで、ある程度の数は揃っている。
そんな店の中から、今日は珍しく奏が選んだ店に入ることになっている。
なんでも、店の前を通るたびに気になっていたのだとか。
そして、折角の機会なのだから、ということだそうだ。
因みに、現在のメンバーは、僕、奏、樋口、杏(+操緒)の4(5?)人。
2人ともこっちの方向に用があるとかで、一緒に昼食を取ることになっている。
特に問題はないのだけれど、少しでも良いから秋希さんの事を話し合いたいので少々思う所があったりする。
まぁ、こんな僕たちとも仲良くしてくれる2人の存在は非常にありがたく、追い払う訳にもいかない。
「……にしても、カナちゃんの行ってみたかったお店ってここ……?
……ホントに……?」
繁華街を抜け、店の前に到着した僕らだったが、杏が非常に疑わしげな視線を奏に向けている。
「は、はい」
それにやや戸惑いながらも返事を返す奏。
何故自分がそんな視線を受けることになっているのか全く分からないようだ。
「こりゃまた、何と言ったらいいか……」
樋口でさえ、どう反応したらいいのか困った様子だ。
『……別に悪いわけじゃないと思うけど……』
操緒は単に困っている。
自分は食べないから無関係だと思っているのかもしれない。
店の名前は、
【懐かし屋 味噌汁・肉じゃがから郷土料理まで】
……正直、僕もなんて反応したらいいのか分からない。
いっそのこと激辛料理店の方が、いくらでも騒げるだけマシだと思う。
だけど、この店じゃそんな反応ができる訳でもない。
すごい、微妙な部分をついてくる。
そもそも、中学生が行くような店じゃないと思うのだけれど、そこは奏さん。
特におかしいとは思っていないらしい。
この一年で奏の一風変わったセンス――ぬいぐるみなど――には大分慣れたと思っていたけれど、まだまだだな。
「ま、まぁ、食べれないってわけじゃないんだから……とりあえず、入ってみようよ」
「「『………………』」」
僕が促すと、どこか気まずそうな雰囲気になりながらも、店の入り口に向かっていく樋口と杏。
「……?……」
そんな雰囲気を悟ったのか、さっきからの2人の反応に戸惑っているのか、奏が頭に疑問符を浮かべながら2人の後を追う。
……いや、実際に疑問符って頭の上に浮かぶものなんだな……
そんなどうでもいいことを想いながら、僕も操緒と一緒に3人の後を追って店内に入る。
「いらっしゃいませ」
店員の方の声を聞きながら入った先には、
「「「「『…………………』」」」」
「……おや、お嬢様に、夏目さん……」
何故か、顔の左側に大きな傷跡が残る人物・・・嵩月組若頭の八伎さんがいた。
店内に他の客がいれば、ひょっとしたらスルーすることもできたのかもしれないけれど、残念ながら店内にいる客は、僕らと八伎さんだけ。
しかも、僕は名指し。
無視できる訳がない。
「……なんでいるんですか?」
頭が徐々に痛くなっていくのを感じながら、問いかける。
樋口と杏は固まったまま動かないし、操緒が話す訳にもいかない。
奏が対応するのが最善なのかもしれないけれど、何故か樋口達と同じように固まってしまっている。
「街を巡回するついでに昼食を取っていたのですよ。
ここは、かなり穴場でしてね。
国内の色々な味がかなりのレベルで楽しめるので」
「はい。
八伎さんには、度々お越しいただいてまして」
「そ、そうですか……」
どうやら、ここは八伎さんの行きつけのお店だったようだ。
それなら、まぁ、いてもおかしくはないのかな……
ただ、タイミングが悪い。
「後ろのお2人は御学友の方ですか……?」
八伎さんの意識が固まっている2人へと向けられる。
当の向けられた2人はと言うと、
「ひ、樋口琢磨です」
「お、おお、大原杏です」
かなりどもりながら自己紹介をしていた。
さすがに、八伎さんの様なカタギには見えない人物が相手では脅えても仕方ないとは思う。
……僕も、初めて会った時は似たような反応だったし。
いや、ひょっとしなくてもこの2人より酷かったと思う。
死を覚悟していたぐらいだったのだから。
「2人とも、僕たちの友達です」
「そうでしたか……
私は、八伎。
奏お嬢様のお父様の下で働いているものです。
どうぞ、よろしくお願いいたします」
「「よ、よろしくお願いします……!!」」
予想以上にスリリング(樋口と杏にとって)な昼食がこうして始まった。
……いや、お店の料理はどれもおいしかったよ……?
素朴だけど、どこか懐かしい味だったし。
だけど、隣にいる2人が異様に緊張しまくっていて、こっちもどうしてもそれを意識してしまう。
奏は奏で、余程料理の味が気に入ったのか、真剣に食べていて、話す余裕がなさそうだった。
おかげで、八伎さんが出て行くまで、それなりに空気がきつかった。
……はぁ、どうしてこんな所でこんな目に会わなきゃいけないのやら……
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
それは、とある街に降り立つ。
桜の蕾に祝福されながら、屋敷を後にする。
自分自身――自身と同じ境遇にある人――の許へと。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
時刻は夕暮れ時。
日が沈み始め、昼と夜が移り変わろうとしている逢魔時。
昼食の緊張も、今となっては遠い過去のよう……な訳でもない。
けれど、頭の中からはすっかり抜け落ちていた。
『……それにしても、もう1年か……早いねぇー』
どこか感慨深そうに操緒が言う。
「ああ、お前も大分その姿に慣れてきたみたいだな」
『うん。
最初の頃は大変だったよ。
気付いたら車道に出てるし、トモのトイレに憑いて行っちゃってるし……』
「……大変、だったんです、ね……」
奏がどこか懐かしそうに言う。
実際、奏は操緒になったことがあるのだから、その境遇が分かるのだろう。
あの時と違うのは、まだ操緒が誰彼構わず見える状態ではないということだ。
だから、操緒が車道に飛び出ていても誰も焦らない。
……まぁ、トイレとか着替え中に憑いて来られるのは中々精神的に苦しいものではあったが……
きっと、佐伯兄も同じ境遇だったのだろう。
一巡目で会った哀音さんも操緒に似た性格だったのだから。
……なんか、初めてあの人に同情を覚えた気がする……
『けど、寂しい訳じゃなかったから良かったのかも。
トモとか、奏ちゃんがいたし……
うん、その点は感謝してあげる』
「なんで上から目線なんだよ……?」
「……ふふ……」
操緒のボケに僕が突っ込む。
僕に対して、操緒が突っ込む。
奏は、そんな僕らを見て笑っている。
どこか、和やかな空気。
そんな風にいつも通りの他愛もない話をしながら、奏と操緒と橘高道場に向かっている時だった。
ズンッ!!!
いつぞやの神(デウス)の出現の時の様に、突然目の前の空間が揺らぐ。
瞬間、自身の体と心が臨戦態勢に入る。
一年間橘高道場に通い続けた成果だ。
体を半身に、重心を落とし、構えをとる。
得物は持っていないけれど、素手で立ち向かうしかないだろう。
最悪、ペルセフォネを呼ぶことも考えないといけないかもしれない。
見れば、隣で奏が同じように構えているのが分かる。
操緒も目の前の空間を睨んでいる。
否が応でも場の緊張は高まっていく。
そうして、僕たちの緊張が最大限まで高まった瞬間に“それ”は現れた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
それは、辿り着いた。
彼らの姿を認めると同時に、その場に膝を着く。
自身の存在――魂――をすり減らしながら。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
空間が軋んだ先に現れたのは、一体の機械仕掛けの悪魔。
右手には巨大な銀色に輝く剣を持っている。
全身の装甲は、元々は傷一つない綺麗なものだったのに、今では所々に裂傷や陥没部、錆などが見える。
だけど、僕にとっては何よりも力強い、そして、安心できる姿だ。
そう、僕は、いや僕たちはこの悪魔を、機巧魔神(アスラ・マキーナ)を知っている。
以前の世界で幾度も僕たちを護り、神(デウス)からも逃がしてくれた悪魔。
「「――黑鐵ッ!!」」
僕と奏が名前を叫び、自身の持てる全力で走り寄っていく。
襲撃から一転、予想外の出現により、僕の心は支離滅裂だ。
どうして、黑鐵が!?
黑鐵は秋希さんたちの機体になるはずじゃ!?
いや、そんなことよりも、
「操緒っ!!」
この改造された悪魔が動いてここにいるということは、なにより“操緒”がいるということ。
僕の後ろで浮かんで戸惑っている彼女ではなく、僕たちを助けてくれた彼女が。
そんな彼女は、僕たちが近づき、黒鐵に触れるか触れないかの所で、僕らが最後に見たあの笑顔を浮かべながら姿を現した。
『・・・タダイマ・・・トモ・・・』