カタカナとかひらがなだけって読みにくいのなんの。
『……タダイマ……トモ……』
そう言いながら現れた操緒は、僕たちが最後に見た時と同じ姿だった。
そう、全く“同じ”。
着ている服は当然のこと、髪型も、儚げに笑っている表情もそのまま。
まるで、僕たちと別れたその時から時が止まってしまったような。
だけど、操緒は操緒だ。
僕たちをその身を削ってまで、何度も助けてくれた幼馴染の少女。
僕が助けようとして、助けられなかった少女。
そんな彼女を僕は、
「……おかえり、操緒」
『……ウン……』
ただ一言、それだけ言って迎えた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
『……私……?』
『……ソウダヨ……“ワタシ”……』
僕の後ろからこの世界の操緒が、僕と黑鐵の間から洛高の制服を着た操緒が、それぞれの姿を視界に捉え、互いに見つめ合う。
この世界の操緒は戸惑いながら、以前の世界の操緒はやっぱり儚げに笑いながら……
この2人の間に降りた沈黙は、決して何人足りとも犯すことのできない神聖なものだったように見えた。
2人とも一言も言葉を交わさずにただ見つめ合うだけ。
間にいる僕も、隣で見ている奏も、彼女たちの雰囲気にのまれ、言葉を発せない。
そこにどんなやり取りがあったのか僕や奏には分からない。
傍から見れば――見えれば――単に同じ顔の幽霊が見つめ合っているだけだろう。
ただ表情を固めていただけのこっちの世界の操緒の戸惑いが次第に薄れていき、遂には彼女の表情は優しい笑みに変わった。
『……そっか……“私”は、最後までトモの為に頑張ったんだね……』
『……ウン……アト……フタ・ツ……』
『二つ……?』
以前の世界の操緒の言葉に対してこっちの操緒が聞き返すと、以前の世界の操緒の姿が虚空に溶けるように消えていく。
「操緒っ!?」
遂に魂が限界まで使われて消えてしまったのかと、一瞬思ったが、
ゴウンッ!!
そういう訳ではなかった。
洛高の制服を着た操緒が姿を消すと同時に、黑鐵が動き出したのだ。
その姿は、以前の堂々とした姿ではなく、以前の世界での姿を知っているものからしてみれば、まるで考えられないほど弱々しいもので、最期の力を振り絞って動いているようにも見えた。
黑鐵の剣を持った右腕が動く。
腕の軌道に沿って振るわれた大剣は、空間を切り裂き、どことも知れない異空間へと繋がる裂け目を空中に生み出した。
以前、雪原さんが白銀でその裂け目を創った時は大気が呑みこまれていくように空気が吸い込まれていた。
そんなことは、しようと思えば出来るだけの話であって、本来であれば空気が動くことはない。
実際に、僕が剣を使ってダルアの使い魔(ドウター)であるヘザー?――やたらでっかいカメレオン――を捉えた時にはそんな空気の流れは感じなかったし……
とまぁ、そんな思い出話はともかく、問題は今黑鐵が剣を振るい、空間の裂け目を創ったということ。
そして、空気が吸い込まれる訳ではなく裂け目から“吐きだされている”ということ。
本来空気は気圧が高い方から低い方に流れ、それが自然な空気の流れであり風であるのだけれど、今僕たちの目の前で起きている現象はそんな自然現象のようなものではない。
悪魔ではない僕のような人間でも魔力が感じられるほど、濃密な魔力を纏った風だ。
ただの自然現象であるわけがない。
そして、その風は“何か”を裂け目の中の空間から吐きだしているように思えた。
そうして、空間の裂け目から空気が吐き出され続け、もう裂け目も閉じてしまいそうな頃になって、
「……え……?」
それは空間の裂け目から飛び出した。
外見は、緑色の筒状であり、先端部分に竿がついたどこか卑猥な道具を連想させる形状。
だけど、そんな外見とは裏腹にそれがどれだけ危険で重要なものか僕らは知っている。
機巧魔神(アスラ・マキーナ)の魔力を暴走させ、機巧魔神(アスラ・マキーナ)自体を爆弾へと変える危険な道具。
それを、魔神相剋者(アスラ・クライン)が使うことにより更に魔力を暴走させ神(デウス)すらも倒せる存在に押し上げる。(まぁ、使用した演操者(ハンドラー)は反動で死んでしまうらしいが)
それは、以前の世界でアニアが二巡目の世界から一巡目の世界に持ち込み、二巡目の世界の遺跡で発見されるという、タイムパラドックスが生み出したオーパーツ。
∞の道筋が生みだし、∞の魔力の形を司る魔神相剋者(アスラ・クライン)専用のプラグイン。
点火装置(イグナイター)
以前の世界で何故か部長がやけにこれを欲しがっていたのを思い出す。
……自分で神(デウス)を倒すつもりでもあったのだろうか……?
まぁ、まずあり得ない事だと思うけど……
と、そんなことより。
「と、とと……」
裂け目から飛び出したそれが地面に落下する前に両手でしっかりと受け止める。
この類の精密機械?は衝撃に弱いだろうから、堅い舗装された道路に落下させる訳にもいかない。
受け止めた点火装置(イグナイター)は、以前、僕が持っていた時のように奏の胸元に飛び込んでいくこともなく、しっかりと、僕の手の中に納まった。
「……操緒さん……」
僕が点火装置(イグナイター)を受け止めていた横で、奏が再び姿を現した操緒に話しかけていた。
「無事で、良かった……」
感慨深いものがあるのだろう。
奏の眼には涙が浮かんでいた。
二度と会うことがないと思っていた親しい友に再び出会うことができたのだ。
浮かんでいる感情を、何と表現すればいいのだろう……?
感動?
歓喜?
安心?
どれも正しくて、どれも違う気がする。
結局言葉で言い表そうとするのは無粋だということなのだ。
それぐらい僕でも分かる。
『……タ・カツ・キサン・モ……
……カラ・・ダハ・ダイ・・・ジョウブ……?』
「……はい……操緒さんのお陰で……」
『ソッカ……ヨカッタ……』
2人の会話で思い出す。
そう言えば操緒と別れた時、奏は非在化が限界まで進行していたんだったっけ。
その際に、僕と契約した訳だけれど。
実際に無事かどうかまでは操緒にも分かっていなかったからな。
『……トモ……』
「……操緒……」
操緒の視線が奏から、僕に向けられる。
ああ、無事で良かった。
お前が生きてくれていただけで、僕は……また、闘える。
何か、何か話さないと。
こんな状態になってまで操緒が僕たちの下に帰って来てくれたのだ。
話したいことだっていっぱいある。
できることなら抱きしめてやりたい。
なのに、体が動かない。
何故、どうして……!?
そんな僕の葛藤を見通していたのか、目の前の操緒が予想もしていなかった言葉をかけてくる。
『……モ・ウジブ・・ンヲ、セメナ・・イデイイ・カ・ラ……』
「み、操緒……お前、なにを……?」
セメル?
攻める、責める。
自分を責める……僕が?
何故?
『ワ・タシハ……モ・ウキエル・・・ケド、トモニハ・ミン・・ナガ・・・・イルカ・・ラ……』
なんで、操緒のこの言葉に僕はこんなにも動揺してるんだ……
操緒が消えてしまうから?
そうかもしれないけれど、違うと思う。
確証はない。
だけど、何故か、彼女の言葉が、今はただ、心に響く。
『……タカツキ・・・サン・・ニ、ソッ・チノセ・・・カ・イノワ・・タシ……
イ・・マハイ・・・・ナ・クテ・・モ、シュ・・リサ・ント・・カ・ニアチャンモ、キット……』
「操緒……僕は……」
『ワタシノセイデ、トモ・・ガタチドマッタ・ママナノハ……イヤダ・カラ』
そこまで操緒の言葉を聴いて理解した。
理解したと同時に僕の心が書き換えられていく。
いや、浄化されていくと言った方が正しいか。
自分では気付かなかったけれど、こっちの世界に来てからの僕は以前の世界に囚われすぎていた。
奏はともかく、秋希さんに冬琉さん、塔貴也さんに樋口、杏や佐伯、それにこっちの世界の操緒。
どうしても、以前の世界で出会った彼らと比べてしまう。
口には出さなくても自然と頭で考えてしまう。
それが、どれだけ彼らにとって酷いことか薄々感じていたというのに……
『……ダ・・カラ、ス・ス・・ンデ……トモ』
そんな自分でも気付かなかった思い……枷が、消えていく。
「大丈夫です、操緒さん……私たちがいますから」
「奏……」
『そうそう、“ワタシ”も私なら分かるでしょ?
トモのことは任せてもらって大丈夫だから』
「操緒……」
僕が言葉も返せず黙り込んでいると、僕の両隣に立っている少女たちが洛高の制服姿の操緒にそう答えていた。
その2人の言葉で更に枷が消える。
前へ、この世界をより先へ、進んでいこうと思える。
『……ソッカ……』
親友と違う世界の自分からの言葉に、今迄儚げに笑っていただけの操緒の表情が穏やかなものへと変化する。
今にも消えそうな笑みから、今をしっかりと認めた確かな笑みへと。
『……フタリ・・ガ・イルナラ、ダイジョ・・ウブダ・ネ……
……ジャア、モウサ・・イゴ……』
「操緒?」
表情が変わったと思ったら、今度はより深い表情へと変化する。
何かを決めたような。
『クロガネ』
操緒の言葉と共に後で膝をついていた機械仕掛けの魔神が吠える。
吠えた魔神からは濃密な魔力が漏れだす。
それこそ、この魔神の断末魔の悲鳴のように。
甲高い金属音と漏れ出た魔力が重なり合い、周囲に響き渡っていく。
『トモ』
「何、操緒……?」
操緒からの呼びかけに答えた僕の心は自分でも予想していなかったほど穏やかなものになっていた。
目の前で吹き荒れる魔力の嵐など気にならないほど、自分と操緒がしっかりと繋がっているのだと分かったからなのか、それとも……
そんな気持ちで操緒を見ていた僕に、高校の制服を着た操緒が話しかけてくる。
『シンパイシナイデネ。
トモには操緒が憑いてるから』
それだけ、先程までとは違う、以前のような彼女の姿で言って、操緒が消えた。
目の前に浮かんでいた洛高の制服を着た操緒だけではなく、僕の隣に浮かんでいた中学の制服を着た操緒まで。
「操緒!?」
「操緒さん!?」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
さっきまで夕暮れ時の鮮やかな世界にいたのに、気がついたらいつの間にか周囲の景色が一変していた。
辺りは暗い。
夜の帳がおりた明りがない深夜の世界でもこれほど暗くはないと思う
いや、これは“暗い”ではなく“玄い”かな……?
「それにしても……」
一体ここはどこなのだろう……?
暗くて辺りの様子がほとんど見えない。
にも拘らず、上下だけははっきりしている。
さっきまでの事を思い出しながら私は悩んでいた。
「ここに来る前に、あっちの私が黑鐵?で何かしてたからここにいると思うんだけど……」
はっきり言ってさっぱりだ。
正直言って、未だに自身が副葬処女(ベリアル・ドール)だという実感もないのに。
だから、これが機巧魔神(アスラ・マキーナ)が原因で起きているということはなんとなく分かっても、それが自分に対してどんな影響を与えるのかまでなんて分かるはずがない。
「……ん……?」
眼が慣れてきたのか、それとも私という存在がこの世界に慣れたのかは分からないが、周囲の様子が次第に見えてきた。
「教会?
と、樹……?」
闇の中に朧気に浮かび上がったのは、周囲の玄さとは対照的な純白な教会と、その側に聳え立つ純白の大きな樹。
闇の中でその2つはほのかな光を放っている様な気がした。
「あれ……?
“私”?」
その大樹の根本。
どこかで見たような、いや先程まで会っていた少女が立っていた。
だけど、さっきまでの洛高の制服姿じゃない。
私と同じ、中学の制服姿だ。
自然と足がそちらへ向く。
自分の足で歩く感覚などいつ以来だろうか、幸いそんなに距離も離れてないからすぐに話ができる距離まで近づいた。
「イラッシャイ」
近づいたら、向こうから話しかけられた。
とりあえず話は通じるようで一安心。
言葉が通じるってことは意思の疎通ができるってことだもの。
「ねぇ、ここってどこなの……?」
そんな私の当然ともいえる質問に、
「ゴメンナサイ」
謝罪で返された。
いや、私が聞きたいのはそんなことではなく……
「“ワタシ”ガワタシニナレルノハ、ココシカナカッタカラ」
「……どういうこと?」
その“ワタシ”からの言葉に若干身構える私。
いや、あんまり意味がない様な気もするけど……どっちかっていや肉体的な強さよりも精神的な強さがものを言いそうな世界だしね、ここ。
「ワタシモトモトイッショニイタイケド、ワタシノタマシイノザンリョウジャトモノヤクニハタタナイカラ」
「そんなこと……!!」
「ウウン、イイノ。
ジブンノコトハジブンガヨクワカッテルカラ」
何とも言えない気分にさせられる。
この目の前にいる自分と同じ少女のために何かしてあげたい。
だけど、自分では何もできない。
それが分かってしまう。
分からせられる。
「ダカラ、“ワタシ”トドウカシテ」
「ふぇ……?」
ドウカ?
どうか?
銅貨?
ああ、同化か……って、えええええ!?
「ど、どういうこと……?」
戸惑いつつも、目の前の彼女に問い返す。
“同化”かなり不安に駆られる単語だ。
ひょっとしたら、自分が消えてしまうかもしれないのだから。
「ベツノセカイカラウツッテキタニンゲンハ、アクマニナルデショ……?」
「う、うん」
それはトモから聞いたから知っている。
じゃあ、何でトモは悪魔じゃないんだろう、とその時は思ったけれど結局聞けずじまいだ。
「ダケド、ジブントオナジソンザイガイタバアイハ、アクマニハナラナイノ」
目の前の“ワタシ”が語るにはそういうことらしい。
移動した先の人間が死んでいたり、副葬処女(ベリアル・ドール)になっていたりした場合は同化が出来ないから悪魔になってしまう。
だけど、人間としてちゃんと生きていた場合はその自分と同化するらしいのだ。
……まぁ、トモは一旦死んで、生き返ったところで同化したらしいけどそんなのは割とどうでも良い。
生きてさえいれば万事どうとでもなる。
「あれ、でも私は……?」
そう、私にしろ“ワタシ”にしろ、どちらも副葬処女(ベリアル・ドール)なのだ。
この場合、どうなるのだろうか……?
たぶん前例など無いだろうし、有ったとしても今の私にはそれを知る術はない。
「タブン、ワタシタチハドウカデキル」
前例がないから分からないけれど、と目の前の私が話す。
あ、やっぱり無いのね。
というか、そんな賭けみたいな方法で良いんかい……
「モウ、コレシカナイノ……オネガイ“私”」
「…………………」
そう言われると、私も拒否出来ない。
それに、目の前のワタシの気持ちも痛いほど分かる。
あんな姿になりながらも、トモの事を探して、追いかけてきたんだ。
そこまでしてトモの事を想い続けた彼女の申し出を断るなんて私には出来ない、いや、出来るわけがない。
「うん、いいよ」
「ゴメンネ」
「ううん……私も置いてけぼりにされたくなかったし……」
「ソッカ」
そう私が了承して、彼女が頷くと、目の前の少女が儚げに笑いながら私に吸い込まれていく。
いや、私が吸い込まれているのか、それとも……
だけど……
脳裏に過るのは様々な記憶と思い出。
色褪せて思い出せなくなっているものもあれば、鮮明に覚えているものもある。
そっか、やっぱり“ワタシ”は“私”だったんだ……
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
操緒が二人とも消えてすぐ、戸惑う僕と奏を余所にその変化は現れた。
「「え!?」」
僕たちの目の前で置き去りにされた黑鐵の影の色が変わる。
アスファルトに移っていたただの暗い影が、暗い昏い虚無の闇の色へと。
そして、それは僕の足元で伸びていた影も同じだった。
同じように変化して、更に動き出す。
黑鐵の影が僕の方へと伸び、僕の影が黑鐵の方へと伸びる。
そうして、
その影同士が繋がった。
その瞬間、黑鐵は自身の影の中へと沈んでいく。
役目を終え、昏い世界の底へと沈んでいく。
『お疲れさま……黑鐵』
そんな黒騎士の姿を、いつの間にか戻ってきていた操緒が見届ける。
「操緒……?」
「操緒さん……?」
戻ってきた操緒はどこか今までの操緒とは纏っている空気が違っていた。
幼さがかなりの部分を占めていた以前の操緒ではなく、どちらかと言えば僕たちと以前の世界で共に戦ってきた操緒のような……
そして、何より、
『ただいま、トモ』
今の操緒はほとんど透けておらず、誰からも見える姿になっていた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
操緒と黒鐵の帰還から数時間後、僕たち3人は一先ず嵩月家に集合していた。
あの後、とりあえず橘高道場に向かうことになったのだけれど、
『おい、夏目』
『はい……?
どうかしましたか、八條さん?』
『お前……何かあったのか……?』
『な、なんのことですか?』
『いや……普段からお前の後ろに浮かんでた副葬処女(ベリアル・ドール)の姿が見えないからな……』
『……それなんですけど……』
『いや、言いたくないなら言わなくても良い。
まぁ、気が向いたら教えてくれや』
『は、はぁ』
上記のような会話が僕と八條さんの間にあったのだ。
というのも、何故か操緒の姿が以前の世界の様に誰にでも見えるようになってしまったから、一先ず混乱が起きないよう、姿を消してもらっていた。
で、それが八條さんには逆に不自然だったようなのである。
まぁ、普段いるはずの相手がいないのは確かに不自然だろう。
……この時ばかりは、見える人が、八條さんで良かったと思った。
塔貴也さんとかだったら、眼も当てられないことになってそうだし……
だけど、おかげで橘高道場ではこれからずっと姿を消しているという手段をとることは出来なくなってしまった。
とはいえ、あそこはあまり問題ではない。
今日は僕たちも十分に状況が整理できていなかったから、混乱を避けるために操緒に消えてもらっていただけだ。
いわば、僕たちの都合だけ。
実際、橘高道場に通っている人たちはほぼ全員が何らかの形で裏に関わっているのだから操緒が見えても、正直あまり問題にはならないのだ。
だけど、学校や家ではそんなことは言ってられない。
学校では、勿論姿を見せる訳にはいかない。
高校の時に操緒が受け入れられたのは、洛高だったからであり、他の一般の――こう言うと洛高が一般向けではない言い方だが、事実そうなのだから仕方がない――高校ではまず受け入れられていないと思う。
それに、家でのことも問題だ。
嵩月組では、なにを今更という話だけれど、操緒が普段から僕と一緒にいるということを忘れてもらっては困る。
僕と操緒が帰るのは夏目家なのだ。
で、改めてそれらの当面の問題について今日中に話し合ってしまおうと思ったのだが……
『じー……』
操緒がやけに視線をこちらに向けてくる。
「な、なんだよ……」
『いやー、改めて考えてみると、前の世界のトモとは全然違う様な……ほんとにトモ?』
「お前、同化して凄くややこしいことになってないか?」
コクコク
僕の言葉に同意しているのか、奏も頭を縦に振っている。
先程、改めて操緒に今どうなっているのか話を聞いてみたのだけれど、非常に面倒なことになっていた。
何でも僕たちの前から消えていた間に、以前の世界の操緒とこの世界の操緒が同化してしまったらしいのだ。
まぁ、僕も奏もそんなかんじだからその事に関しては特に問題はない。
だけど他にも問題はあって、
『う~ん……確かに、変な気分なんだよね。
“こっちの”世界の私がメインだから確かに意識は“私”なんだけど、“以前の”世界の記憶もあるから“ワタシ”でもある訳で……あー、こんがらがってきたー!!』
「……でも、どっちも操緒さん、ですよね?」
『……確かにそうなんだけど……
なんて言うか……“私”の中にいきなり未来の情報とかが入ってきたからどうすりゃいいのやら……』
それは、こっちの世界の操緒に以前の世界の操緒の記憶が流れ込んでしまったということ。
いや、問題というほどの問題ではないとは思うけど……
僕たちを追ってきた操緒は黑鐵を動かし続けた事により、限界ギリギリまで魂が減っていた。
つまりは、感情がほとんど消え去っていたのだ。
それが原因なのか、副葬処女(ベリアル・ドール)同士が同化したからなのか分からないけれど、同化して出来上がった?新・操緒はこっちの世界の操緒がメインになっているらしい。
さらに、以前の世界の操緒が感情をすり減らしていたため、未来の出来事に対しての以前の操緒の感情はほとんど消え去ってしまい、新・操緒の中に残っているのは以前の操緒が覚えている範囲での物事の記録だけになっている。
だから、今の操緒の状態は非常に不安定なのだ。
……まぁ、暫く時間がたてば整理もつくと思うから特に問題がある訳ではないだろう。
「けどまぁ、おかしなことにはならなくて良かったよ」
副葬処女(ベリアル・ドール)同士の同化なんて、それこそ前例がないから何が起きるか分かったもんじゃないんだから。
下手すりゃ2人揃って消滅、なんてことになっていたかもしれない。
『十分おかしなことになってますけどーー』
ジトー、と僕の方を舐めあげるように睨んでくる操緒。
「………………」
一先ずだんまりを決め込んでみる。
『………………』
「………………」
『………………』
2分経過
「………と、そんなことより」
『あからさまなのもどうかと思う』
「ふふふ」
結局知らぬ間に始まった僕と操緒の我慢比べは、僕が先に話題を変えるという行動で僕の負けになった。
そんな僕ら2人を見て笑みをこぼす奏。
以前の世界のようであり、どこか恥ずかしい。
それでどうこうなる、という訳でもないから特に問題というわけではないが。
「そんなことより、これからどうするんだよ。
安定装置(スタビライザ)が原因でこうなってるんだろうけど……」
『……まぁ、中学では姿は消してるつもりでいるけど……』
「それなら、別に問題ないんじゃ?」
「いや、僕が言ってるのはそこじゃなくて、橘高道場とか家でのこととかだよ」
「あー……」
橘高道場内なら問題ないだろうから良いけど、
『んー……別にトモのお母様なら私の事がばれても問題ないと思うけどー』
「そう、か?」
普段の母の様子を思い返してみる。
「……確かに……」
操緒の事を否定する姿が全然浮かんでこない。
普段から脳天気なあの母親が見知らぬ幽霊ならともかく、操緒相手にどうこうなるとは思えない。
むしろ、話し相手が出来て喜ぶことだろう。
操緒も母も。
『……あれ……?
ってことは、結局問題って特にないんじゃ……?』
「……………………」
「……………………」
言われてみれば、そうかもしれない。
一応、以前の世界で一般人に見えるようになってから過していた記録もあるから普段の生活でも多分大丈夫だろうし、橘高道場の皆さんには真実2割ぐらいの説明をすれば特に問題ないと思う。
あれー?
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「……じゃあ、時間も時間だし帰るよ。
遅くまでお邪魔してごめんな、奏」
「い、いえ。
智春くんも、操緒さんも、気をつけて……」
『うん。
じゃあ、おやすみ。
嵩月さ……じゃなかった、奏ちゃん』
「おやすみ、奏」
「はい、おやすみなさい。
また明日」
一先ず時間も時間で、既に夜遅くだから、嵩月組を後にする。
暗闇の中にはっきりと浮かび上がる操緒の姿は、どこか幻想的で神秘的だった。
いや、大半が不気味なものに変わるだろうけれど。
『それにしても、なんかすごく疲れたね』
「ああ、明日が休日ならよかったのにな」
卒業式の終わった後でも、終業式までは在校生には授業がある。
もう、卒業式と終業式一緒でも良いと思うんだけどなぁー
『ねー、トモ』
いつも通り、フワフワと宙に浮かんでいる操緒。
そんな彼女の口から、何気なく、
「ん、なに……?」
『私ね、トモのことが好きだよ。
勿論、異性としてね』
その言葉は飛び出した。
「……………………」
『こんな、幽霊みたいな私だけど、付き合ってください』
それは、雰囲気に呑まれて、その場の気持ちだけで答えてしまえるほど神秘的で……
いつも可愛いと思ってたけど、それ以上に暗闇の中に浮かび上がる操緒は可愛くて。
でも、
「ごめん。
そんな彼女を前にしても、心が彼女には向かない。
勿論、嫌いではないし、好きなんだと思う。
だけど、
僕も操緒のことは嫌いじゃないし、好きだよ。
だけど、付き合えない」
咄嗟に脳裏に過ぎる、奏の顔。
僕のために、自身が非在化するのもいとわずに戦ってくれた少女。
それを言ったら、自身が消滅するのもいとわなかった操緒もそうだけど……
それでも……僕は……
『そっか……』
「うん……」
彼女をそういった、恋愛対象や結婚相手として僕は見ることが出来ない。
演操者(ハンドラー)としては失格なのかもしれない。
多分、加賀篝とかが知ったら僕はあいつに思いっきり殴られるだろう。
『……………………うん』
「…………………」
普段の操緒だったら絶対に僕には見せないであろう顔。
それを今、僕は見ている。
泣きそうで、でも我慢して、無理矢理清々しい顔にしようと努力している顔。
『あ~あ、振られちゃったな~
トモ、奏ちゃんのこと大事に……』
「操緒、良いんだよ。
泣きたかったら泣けば」
操緒の事をふった僕がかける言葉じゃないだろうけど、それでも、そんな彼女を見ているとそう言わずにはいられなかった。
その言葉を聞いた操緒は一瞬呆けた顔になり、そして、徐々に顔が崩れていき。
『う、うう、うううわあああああああああああああああああん、ああ、う、あ、ひっ、ああああああーーーーーーーーーーー』
泣いた。
人目も憚らず。
それこそ、いつだったか、彼女が落ち込んでいる僕を慰めてくれた時のような気丈さはどこかに消え去り、泣き続けた。
一人のごく普通の少女として。
ごめん操緒
だけど、僕は必ず君を助けてみせる。
それが、君をふった僕の、最初で最後の責任だ。