闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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各話を合成したりしているので、話数は減ってますが、1話の文章量が跳ね上がってます。
今までは大体5千~8千ぐらいでしたが、7千~になってます。


1回 予想外

「操緒ーーーー!!」

 

『え、え?

 な、なに?』

 

 勢い良く体が起き上がる。掛けられていた布団を撥ね退け、繋がれているチューブを引っ張りながら。どこか別の世界に辿り着いたのか、僕は意識を取り戻した。

 だけど、飛ばされた時の意識がそのままだったようで、操緒の名前を叫びながら起きてしまった。

 

『ね、ねぇ。

 トモ、どうしたの?

 いきなり叫んだりして……もしかして…墜落のショックでおかしくなっちゃった!?

 うわ~、ありそうで怖いなぁ~……でも、だいじょうぶ。トモには操緒がついてるから』

 

「……………」

 

 世界が変わっても操緒の口調に変化はない。ただ、この世界に到着して最初にかけられた言葉がそれかよ…何だか先行きが不安になってくる…

 意識が戻ったばかりだからか、目の前に浮かんでいる幼馴染の姿をぼんやりと眺めたまま暫く身動ぎ一つしなかった。気のせいか、宙に浮かんでいる操緒の姿はいつもよりも薄くなって透明感が増してるような…

 

「って、気のせいじゃないぞ!!

 …操緒、どうしたんだよ、それ!?」

 

『それ?…ああ、この体のことなら、なんて言うか……操緒にもよく分かんないんだよね~』

 

「いや、良く分かんないって…」

 

 半ば呆れる僕に、ムッとした顔になりながら操緒が答える。

 

『…そんなこと言われたって、分からないものは分からないんだからしょうがないじゃない。

 飛行機が墜落して、気付いたらこんなことになってて…大方、操緒は死んじゃったから、幽霊になってトモに憑いてるってことじゃないの?』

 

「墜落!?飛行機は堕ちたのか?」

 

 そんな…!!僕が知っていて、巻き込まれた飛行機墜落事故っていえばあの事故しかないはず。だけど、此処は別の世界のはずなんだ…!!

 ひょっとしたら、あの事件じゃないかもしれない。それなら、朱浬さんや紫浬さんが助かっているかもしれない…!!

 だけど、操緒はそんな僕の一瞬の希望をすぐに打ち砕いてくれた。

 

『うん、そうだよ。私たちが乗ってた飛行機。成田発、ロンドン・ヒースロー空港行きMA901便』

 

「そ、そんな…」

 

 ほんとに、あの事故だったのか。僕が死んで、それを生き返らせようとした操緒が一巡目の僕に頼んで自分を副葬処女(べリアル・ドール)にして、僕を生き返らせたあの事故か。

 くそっ、どうせ戻るなら、この事故が起きる前にしてくれよ……そりゃぁ、前の世界の操緒よりも薄い訳だ…

 

『…まぁでも、不幸中の幸いってことで。良かったじゃん、こうして生きてるんだから!』

 

 落ち込む僕を操緒が励ましてくるが、違うよ操緒。その事じゃないんだよ…

 

「ごめん、少し寝る」

 

 現実に意識が向いたのか、体の調子を思い出した。ああ、確かにあの時、事故直後は体に結構怪我があったなぁ…そりゃあ、起きてられる訳ないか…

 

『そうだね…トモもこんなことの後だし疲れてるよね…おやすみ…』

 

 そうして、僕は意識を闇に委ねた。微睡みの中で、一緒にいた嵩月とアニアのことが頭をよぎったが、もう僕にはそのことを考えられるほど頭が働いていなかった。

 

 

 

 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

 あの後、起きてからは大変だった。母親や、操緒の両親が僕の搬送された病院に押し掛けてきたからだ。戻ってくる前の世界で一度経験していることだったから、以前よりは楽だったけれど、それでも操緒の両親に会うと、本当のことを知っている分、以前には感じなかった申し訳なさでいっぱいになった。

 だけど、その事を言う訳にもいかない。言ってどうなるかも分からないし、自分が何故知っているのか聞かれても答えようが無い。言えたら、どれだけ楽だっただろうか…

 

 その後は、以前のように過ごして怪我を治すのに努めた。

 幸いにも、僕自身の魂はこの体の僕の魂と同化したらしく、体が悪魔化してはいなかった。一度、直貴――一巡目の僕――がやって来て強制認識の力を使っていった。もう真実は知っているからなのか、全く効果はなかったけれど…

 だけど、かかったように見せるために、前の世界の時と同じような行動をした。そのことに、やや複雑そうな顔をあいつは見せていたけど、納得して去って行った。その時、以前は分からなかった一巡目の嵩月が僕たちの方を見て微笑んでいるのが分かった。そんな彼女の姿を見て、僕は一つの決意を固めていた。

 

 …今度は出来るだけ邪魔な行動はしないようにしよう…

 部長――炫塔貴也――の邪魔をすることに専念しよう。

 いや、それよりもまず秋希さんを副葬処女(ベリアル・ドール)にさせないようにしないといけない。そうすれば、少なくとも以前のような悲劇は起きないはずだから…

 それに、操緒が消滅する可能性も極端に少なくなる。

 

 そんなことを人知れず決意した僕は、今、中学の入学式に向かっている。

 

「…はぁ、なんだってもう一回中学に通わなきゃいけないんだ…」

 

『う~ん、トモ~、何か言った…?』

 

 宙に浮いたまま、操緒が話しかけてくる。

 

「いや、何でもないよ。

 ていうか、いつの間に着替えたんだよそれ…」

 

『ふふ~ん、ひ・み・つ』

 

 相変わらず、操緒が着替える瞬間は訳が分からない。

 

 ……ヒソヒソヒソヒソヒソヒソ……

 

 そんな風に操緒と会話している僕を周囲の人は、気味悪そうに見たり、会話にしたりしている。

 

『な~んか、嫌な感じ…』

 

 操緒はそんな人たちを不機嫌そうに見ている。

 

「しょうがないだろ、皆にはお前のことが見えてないんだから…」

 

 一方の、対象にされている僕だが、一度経験していることでもあり、以前ほど居心地が悪くなったりしている訳ではない。

 だけど、

 

「あはは…やっぱり、対応策を考えといた方がいいのかなぁ~…」

 

 自分から望んでなりたい状況という訳でもない。出来るだけ、改善の努力をしてみよう。多分無駄なんだろうけど…

 

 

 

 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

 何だかんだで学校に到着し、クラス分けが発表されている掲示板の前が混雑していたため、自分のクラスを操緒に確認してもらい教室に向かう。前回の世界と、同じクラスだったから、さほど心構えも必要ないだろうと思っていた。だけど、そんな考えは教室に足を踏み入れた瞬間に消え去った。

 

「……え……?」

 

 教室に入った僕の目には一人の少女が映っていた。長い黒髪を後ろで一つにまとめた少女だ。

 眉がくっきりしていて肌が白い。そして、言葉では表しきれないほどの人間離れした美貌を持った少女。クラス中から、男女問わず様々な視線が向けられている。男子からは熱烈な視線、女子からは羨望や嫉妬などのやや複雑な視線だ。

 だけど、少女自身はそんな視線など気にしてもいないのか、背筋をピンと伸ばして、前を向いたままピクリともしない。でも、僕はその時、そんな周りの視線や少女の様子に全く気付けなかった。ただ疑問だけが、頭の中をぐるぐると旋回していたからだ。

 

『ねぇトモ、どうしたの?』

 

 教室に入った瞬間、止まってしまった僕を不審に思った操緒が声をかけてくるが、それにも僕は反応できなかった。

 

 なんで、どうして彼女がここにいるんだ?

 だって、北中出身って言ってたじゃないか…

 中学で会える訳がないから、入学式の後に潮泉の家の方に押し掛けるかどうか迷っていたぐらいだというのに。

 ……流石に、実家の方に確認する勇気は起きなかったし…

 

「……嵩…月…?」

 

 茫然としたまま、僕は彼女の名前を呟く。そんな僕の呟きが聞こえたのか、ゆっくりと彼女は僕の方を向いて、

 

「…はい、久しぶり、です。夏目くん…」

 

 微笑みながら、僕の名前を呼んでくれた。

 

「嵩月!!」

 

 彼女だと、僕を知っている嵩月なんだと、認識してからの僕は自分でも驚くぐらい行動が速かった。彼女に駆け寄り、

 

「ほんとに、ほんとに嵩月なんだね?

 僕の知ってる、一巡目から戻る途中に逸れた…!!」

 

 彼女の肩を押さえながらそう尋ねる。

 後から思えば、クラス中の視線が集まっていて、尚且つ中学一年の初めてのクラスで知り合いかどうかも分からない面々が集まっている中ではかなり目立った行為だったと思う。しかも、相手は断トツの美少女である嵩月だ。クラスの面々が僕のことをどう思ったのかなんて、嫌でも想像がつく。だけど、その時の僕の頭からは周囲の視線も、操緒の言葉も消えていた。

 ただ頭に残っていたのは、目の前にいる嵩月の姿だけだった。

 

「……はい……」

 

 若干、頬を朱に染めながら嵩月が頷く。

 

「…よかった…よかった、嵩月無事で…」

 

 この世界に来てから今迄は、一緒にいた二人のことを確認する方法が無かったから、ずっと不安だけが残っていた。あの二人の事だから大丈夫だろう、と自身を言い聞かせてはきたけれどそれでも不安を拭いきることはできなかった。けれど、嵩月が無事だと分かって、今の僕からはその不安がかなり拭いとられている。まだアニアが無事かどうか分かっていないというのに……

 自分でも想像していた以上に嵩月の安否は僕の中でかなりのウェイトをしめていたみたいだ……僕は無意識のうちに嵩月を抱きしめて、涙を流していた。今迄に経験してきた嫌な涙じゃない、喜びと安堵の混ざったうれし涙だ。嵩月も、そんな僕を受け入れてくれたのか、そっ、と自身も腕を僕の背中にまわして僕のことを抱きしめてくれた。

 思えば、これがこの世界で初めて気が抜けた時だったのかもしれない。それが分かったのは、入学式が終わった後だったけれど、その時の僕にはそんな嬉しい感覚に浸っている余裕はなかった。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

 結局あの後、間に割り込んできた操緒によって、僕と嵩月の時間は破られた。まぁ、実体を持っていない操緒だから物理的には意味が無いのだけれど、何とも言えない雰囲気を醸し出していたのだ。実際、入学式の真っ最中である今も僕の頭上に浮いたまま、髪を逆立てて、いかにも「私、怒ってます」という雰囲気でいるのだ。説明して弁解しようにも、今は入学式の真っ最中。話しかけられるわけがない。

 隣にいる嵩月は、操緒が見えていないのか、何かを気にした様子もない。寧ろ、僕の方が気になってしょうがなかったりする。今まで見てきた嵩月の制服姿は、洛高の制服ばかりだった。勿論、あの制服も似合っていたけど、ブレザーを着た嵩月もかなりいい。高校生の嵩月よりも、幼さが残っている顔立ちで、美人というよりは美少女といった感じだ。今の僕の状態は、以前、嵩月の父親に前の世界の嵩月の中学時代の写真を見せてもらった時と似たようなものだ。頭の中に色んな興奮物質が分泌しまくっている。

 だけど、その興奮物質も頭上に浮いている操緒の雰囲気によって、かなりの速度で掻き消されていく。天国でもあり、地獄でもある。そんな状態が入学式の間中ずっと続いていた…

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

 教室に戻った僕たちを待っていたのは、

 

「「「……………」」」

 

 色んな感情が入り混じった視線だった。女子からは好奇の視線が主に嵩月に、男子からは嫉妬などの視線が主に僕に向かって。…ううっ…なんで僕がこんな目に…

 予想していたよりも、非常に幸先の悪い中学スタートだ。いや、嵩月も一緒だから、良いスタートなのか…?とりあえず、今は、

 

「嵩月、これからよろしくね」

 

「はい、夏目君…それに、水無神さんも…」

 

『え…?』

 

 周囲のことは忘れて、嵩月と、今後に向けてのことを話し合うことにしよう。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

 入学式も終わり、クラスの面々に捕まる前に教室から逃げ出した僕たちは、そのまま校門に向かっていた。

 

「へ~、じゃあ非在化する心配は当分ないのか。よかった、よかった」

 

「はい。…あ…でも…」

 

「なに?どうしたの…?」

 

「…前みたいなことになったら…また…」

 

「だいじょうぶ、その時は僕がいる。もう、嵩月独りに苦しい思いはさせないよ。あの時、嵩月に誓ったのは嘘じゃない。嵩月の生涯の契約者(コントラクタ)として生きていくって決めたんだ。

 …だから、非在化の兆候が少しでも現れたらすぐに言って欲しいんだ」

 

「…夏目くん…」

 

「…嵩月…」

 

 歩きながら、非在化寸前だった嵩月の体が今はどうなっているのか、僕自身の悪魔の力はどうなっているのか、などの現状をお互いに報告し合っていた。それで分かったのは、僕と嵩月の契約がとてもおかしなことになってしまっているということだった。

 

 なんでも、嵩月は自分が赤ん坊の頃にまで戻ってしまったらしく、今は一生をやり直している感覚らしい。そのため、後悔したことを出来るだけ起こさないように努力していたんだとか。

 僕と操緒のことも探していたらしいが、小学校が違ったせいもあって、なかなか見つからなかったそうだ。そんな中で、ロシアマフィアと嵩月組の抗争が激化したからヨーロッパに避難していて、漸く戻って来たのが小学校最後の年だったとか。そこまで来たら飛行機事故に僕たちが乗るのを止めるのも諦めて、自分も僕たちの中学校に入学しようと決めたんだそうな。

 幸い、両親からの反対は特になかったため入学することは問題なかったらしい。ただ、一つ問題があって…それは……

 

 嵩月は使い魔(ドウター)が呼び出せるらしい。

 

 初めにそれを聞いた時は、流石に一瞬自分の耳を疑った。僕以外と嵩月が契約をしたのかとすぐに考え、自分でも経験したことがない程大きな衝撃が僕を襲った。だけど、僕のその考えは、僕の顔を見た嵩月がすぐに思い至ったらしく、慌てた調子ですぐに否定してくれた。流石に、小学生相手にそういう行為を行う相手は嵩月自身も嫌だそうだ。

 そんな理由を聞いて、僕自身も非常に納得がいった。後で操緒に聞いたら、その時の僕は、それはそれは複雑な顔をしていたらしい。悲しみやら怒りやら嫉妬やらが入り混じって、訳の分からない顔だったそうだ。

 

 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 

 ただ、なんで呼び出せるのかは当然疑問だった。そのことを嵩月自身に聞いてもよく分からないらしい。ただ、体の擬態を解いたとき、左目は緑色になるが、右目はそのままの色だそうだ。

 さらに、使い魔を呼び出せるようになったのも、あの飛行機事故の後らしい。その事を聞いても僕はよく分からなかったけど、僕がいつ戻ってきたのかを聞いた嵩月自身は非常に納得がいったそうだ。要するに、今までは契約者である僕の魂がこの世界になかったから召喚できなかった、ということらしい。

 そのことが切っ掛けで、嵩月は僕との契約が切れていないということが分かったらしい。だけど、それを認識しているのは魂であり、非在化の危険は前回の世界と同じだそうだ。寧ろ、魂が契約を認識している分以前の様な契約前の状態よりも力が大量に引き出せるのに身体が未契約の状態のため非在化の危険は段違いに高いとのこと。だから、今の体で悪魔の力を完全に引き出して、非在化の危険を無くすにはもう一回嵩月と…その…やらなきゃいけないらしい…

 もちろん、嫌じゃないし、むしろ、僕自身健全な男子学生である訳で…やりたくないと言えば嘘になる…

 まぁ、今は危険が無いから、追々嵩月と考えていくということになった。

 

 だけど、僕には使い魔が呼び出せるということが問題だという意味がよく分からない。今後の事を考えると、むしろ、プラスなんじゃないかと思うんだけど…

 

「あー、使い魔が問題なんじゃなくて…」

 

「じゃなくて…?」

 

「…あの…その…」

 

 何故か非常に言いづらそうにしている嵩月。

 …なんだろう…なんだかすごく嫌な予感がする…そんな嫌な予感に苛まれながらも、校門を通り過ぎる。いや、通り過ぎようとした瞬間…

 

 キキーッ!!

 

 そんな、甲高いブレーキ音を立てて黒塗りの高級車――でかいメルセデス・ベンツ――が僕たちの前に止まった。

 

『な、なに?』

 

 操緒はそんな急展開についていけないのか、戸惑っている。だけど、僕にはなんとなく予想がついてしまった。さっきまでの嵩月の態度、この車、そして…

 

 車から降りてきた二人の男

 

 一人は、頬に傷を持ち、顔が厳つい、いかにもカタギには見えない人物……広域指定悪魔結社『嵩月組』の組長――もとい社長の――嵩月父だ。

 

 もう一人は、顔の左側に大きな傷痕が残る人物……嵩月組若頭の八伎さんだ。

 

 この二人が来たということは…ああ、やっぱりそういうことなのか…

 

「…親父さんにばれたのか、使い魔のことが…」

 

「……はい…」

 

 そりゃあ、言いづらいだろうなぁ~

 あの親バカの嵩月父が娘に契約者がいると知ったら、どんな反応をするのか想像はいくらでもつく。しかも、嵩月はまだ中学に入ったばかり、この前までは小学生だったのだ。

僕が嵩月父の立場になっても、同じような反応をするに違いない。

 

「……………………」

 

 僕たちの前に黙って立ちふさがり続ける嵩月父。無視することも出来ず、ただひたすら、長い沈黙が続く。操緒の奴はさっさと姿を消して、逃走している。

 

 薄情者ーーー!!

 

 下校しようとする生徒も近寄れず、後ろの方に生徒がたまってきているのが分かる。もう暫くすれば、教員が様子を見にやってくるだろう。さすがに、入学したその日にそんな問題児として認識されたくはない。

 だから、

 

「…あの…」

 

 こちらから声をかけた訳だが…

 

 ギロッ!!

 

 一睨みで黙らせられる。だけど、ここで怯んで止まるわけにはいかない。僕だけがそう見られるなら良いけど、嵩月までそんな風に三年間見させるわけにはいかない。

 

「…此処にずっといても他の人の邪魔なので、場所を移しませんか…」

 

 そう二人に提案した。一瞬、嵩月父が凄まじい形相で僕の方を睨んできたが、

 

「…お父様…」

 

 僕と嵩月父の間に嵩月が割って入り、逆に父親を睨みつける。

 

「………………………………………」

 

 その事で、一瞬嵩月父に動揺が走った。その嵩月父に、八伎さんがこっそり耳打ちをする。こちらの提案に乗って欲しいのだが…

 暫くして、八伎さんが嵩月父から離れる。そうして、嵩月父は一言、

 

「乗れ」

 

 それだけ言って、自分は車に戻って行った。嵩月と目を合わせ、自分たちも乗り込むことにする。そうして、僕と嵩月が乗ったのを確認した運転手が車を発進させた。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

 そうこうしているうちに車は目的地に到着した。社内の空気は、あまり思い出したくない。少なくとも、二度と味わいたいものではなかった。

 車が到着した場所は嵩月の実家。『嵩月組』だ。

 嵩月組に到着した僕たちは、嵩月組の若衆たちに睨まれながら(主に僕と操緒が)屋敷の中へと入って行った。到着した部屋は和室で、屋敷の中でもかなり奥まったところにあり、一般の構成員がいる場所とは明らかに雰囲気も造りも違っていた。その部屋で僕たちを待っていたのは、二人の女性だった。

 

 片方の、女性には前回の世界で会ったことがある。

 和服姿で、小柄だけどそれを感じさせないぐらいに背筋がしっかりと伸びている。以前会った時は凛々しい雰囲気を醸し出していたけれど、今は僕のことを値踏みするような視線を僕に向けている。一度だけだったけど、以前会った時は、操緒と嵩月の体が入れ替わっていて、色々と大変だった記憶がある。

 ――その際、僕は彼女の体に意識が移ってしまった―――嵩月のお祖母さん

 

 もう一人は、会ったこともない女性だ。

 嵩月のお祖母さんと同じで和服姿だが、それほど小柄では無い。見た目は、『嵩月が成長して大人になったらこんな風になるのではないか?』と思わせる程の美人で、艶やかな黒髪を後頭部で結っている。そんな彼女は、僕たちが入ってくると、今までは閉じていたであろう目を開き、静かに僕たちの方に視線を向けてきた。その視線から僕が、何かを感じ取れるわけではない。ただ、彼女の視線には怒りとも値踏みとも違う、何か別の感情が宿っているようだった。

 

 

 そんな二人は明らかに上座といえる場所に中央を開け、僕たちから見て左に嵩月祖母、右にその女性が座っており、嵩月父はその二人の間――中央――に腰を下ろした。

 次いで、八伎さんが僕たちから見て右側、その女性の斜め前に、体を横に向け嵩月父と視線が直角に交わる形で座った。僕たちがどうするべきかと悩んでいると、

 

「…どうぞ、お座りください」

 

「『は、はい』」

 

 八伎さんに座るよう促され、若干どもりながらも返事をして、僕たちは嵩月父たちの正面に相対する形で座る…もちろん、正座で。操緒も宙に浮かばず、僕の隣で正座をしている…本当に足が床についているかどうかは分からないけれど…

 

 僕たちが座ったのを確認した八伎さんが、正面の面々に確認をとる。

 

「社長」

 

 声をかけられた嵩月父は左右の二人に視線を向ける。その視線を受けた二人は、それぞれ頷きで了承の意を示す。それを確認した嵩月父は、

 

「ああ」

 

 八伎さんに返事を返す。それを受けて八伎さんが続ける。

 

「それでは…お嬢様…」

 

「…はい…」

 

「何故、このような事態になったのか…お分かりですね…?」

 

 八伎さんが嵩月に質問する。

 …いや、これは質問ではなく、単なる確認だ。向こうが聞きたいのはその事実では無く、それに至った経緯、僕からの嵩月への想いと覚悟なのだろうから。嵩月もそれは分かっているのだろう。

 だから、

 

「…分かります……私と、夏目くんの、契約のこと…」

 

「そうです」

 

 肯定の返事を返す。

 

『契約?なんのこと?』

 

 操緒が一人、頭を捻っている。まぁ、こっちの世界の操緒には何も説明をしていないのだから、その反応は当然なのだけれど…

 

 ギロッ!!

 

 そんな操緒に向けられる鋭い視線。

 

『ひっ、な、なに…?』

 

 自分が見られているとは知らない操緒だが、流石に直接睨まれれば分かるのだろう。高校時代の操緒では考えられなかったが、流石に怖いようだ。僕だって、出来ることなら逃げ出したいけど…嵩月とのことを認めてもらうためにも逃げるわけにはいかない。

 

「では、お嬢様…説明していただけますね…」

 

「………………………………………………」

 

 八伎さんに催促されるが、嵩月は俯いて黙ったままだ。

 

 どう説明すればいいのか?そもそも話して大丈夫なのか?話すとして、何から話せばいいのか?

 

 そんなことを考えて困ってるんだろうな~、と思う。僕自身は全部話してしまっても構わないんだけど…それに、説明があまり上手くない嵩月に任せてたら今日が終わっても話が終わらない気もするし…そう考えると、僕が説明した方が良いような気がする。

 

「嵩月」

 

 俯いている嵩月に声をかける。その僕の声に反応して、嵩月が僕の方へと顔を向ける。

 

「僕が話すよ」

 

 そう言った。

 

「え、でも…」

 

「だいじょうぶ」

 

 戸惑いながら、父親たちの方を見る嵩月。そんな彼女につられて、僕と操緒もそちらの様子を伺う。

 

「「「「………………………」」」」

 

 嵩月父は当然良い顔をしていなかった。寧ろ、憤怒の表情を可能な限り表に出さないような表情をしている。嵩月祖母は、最初の時から表情に変化が起きていない。もう一人の女性も、無表情から変化がない。八伎さんは逆に表情が変わっていて、僕の方を興味深そうな――どこか感心したような――表情で見てきている。

 

「社長」

 

 八伎さんが嵩月父に確認をとる。

 

「構わん。納得のいく説明を本人からしてもらうのも良いじゃろう」

 

 言外に「出来るものならやってみろ、出来なかったらただじゃ済まさん」と示しているような顔をしながら、僕の方を見てくる嵩月父。

 

「では、話していただきましょうか」

 

 了承も得られたことで、僕に振ってくる八伎さん。僕も息を大きく吸い、隣と斜め後ろにいる少女たちに声をかける。

 

「嵩月」

 

「はい」

 

「全部話すよ。良いかな?」

 

「…はい…」

 

 一旦、俯いてしまったが、顔をあげた時にはさっきとは違い、覚悟を秘めた表情で僕の方を見つめてくれた。

 

 僕がこれからするのは、今の嵩月一家の信頼を根本からぶち壊してしまうことだ。自分が愛情をかけて今まで育てた娘が、生まれた時から人格があったのだと知ったら、必ず親の認識は変わってしまうだろう。

 それが、良いことであることは少ない。

 

 それでも、僕は話す。

 

 嵩月本人に了解してもらったのもそのためだ。

 

「操緒」

 

『なに?』

 

 操緒は未だよく理解できていないという顔をしながら僕の呼びかけに答えてくれる。

 

「今から話すのは信じられないことかもしれないけど、全部本当のことだから」

 

『…いや、いきなりそんなこと言われても何がなんやら…』

 

「…まぁ、信じる、信じないは後にして、とにかく聞いて欲しい」

 

『うん、分かった』

 

 どこか流されたような気もするけど、まぁいいや。改めて、正面を見据える。じゃあ、始めよう。

 

「はじめまして。

 嵩月…いや、お嬢さん、奏の契約者の夏目智春といいます」

 

 頭を下げつつ自己紹介をする。

 操緒は、

 

『契約者???』

 

 かなり戸惑っているようだが、とくに何も言ってこない。

 

「…奏…」

 

 名前で呼ばれたことに照れているのか、嵩月…奏は真剣な顔にも、うっすらと赤みが帯びている…僕も何だかんだで恥ずかしかったりするのだが…

 

「僕と奏が契約したのは、僕の主観では大凡1カ月前、奏の主観では大凡12年前のことです」

 

 一応、奏の方に確認の意味を込めて視線を送るが、

 

「…奏……奏…」

 

 反応してくれない…何故か、照れが悪化している気が…

 

「12年前、じゃと…!」

 

 嵩月父は驚きの声をあげている。他の3人も声には出していないものの、同じように驚きの反応をしている。それも当然だろう、12年前といえば奏は生まれたばかりだ。親の目から離れてそんなことが出来る訳も無いし、まだ首も座っていないだろうから行為自体が無理なはずだ。そんな彼らを無視して僕は話を続ける。

 

「そもそも、僕と奏は契約する行為をこちらの世界ではしたことがありません。

 奏、擬態を解いて…」

 

 そのことを証明するために、奏に擬態を解いてもらおうと思ったのだけど……

 

「…奏…奏…奏…奏…」

 

…まだ、どこかに旅立ったままだった。流石に放ってはおけないので、

 

「嵩月!!」

 

「は、はい!!

 って、あれ…?」

 

 前から呼んでいる呼び方で、肩に手をかけて呼びかける。そのお陰で、戻ってきたけど…

 

「はぁ、ちゃんと聞いといてよ…」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 話が途中から耳に入っていなかったようだ。

 

「まぁ、いいか。

 奏、擬態を解いてくれる…?」

 

 改めて説明をして、お願いする。

 

「分かりました」

 

 今度はすんなりといき、奏の体が変化する。左目の色は緑に変わり、右目の色はそのままだが奏の双眸はどちらも輝いていて、体からは陽炎が立ち上っている。

 

『うわ、なになに…!?』

 

 操緒が驚くのはごく当たり前のことだと思う。突然、目の前の人間から陽炎が立ち上るなどあり得ないことなのだから。

 

「なん、じゃ…!?」

 

「…どういうこと…?」

 

「…ほう…」

 

「…………………………」

 

 4人ともそれぞれ別々の反応で驚いている。そりゃそうだろう、使い魔がいて、契約者がいるにもかかわらず、彼女の瞳は片方だけが緑。そんな馬鹿なことがある筈がないのだから。

 そんな中で、

 

「奏、使い魔を呼んでみてくれるかな…?

 僕も会ってみたいから」

 

 僕は決定的な証拠を示すように頼む。使い魔と契約者、それらが存在するにもかかわらず、嵩月奏は契約していないという矛盾を示す証拠を。

 

「はい――ペルセフォネ」

 

 彼女がその名を呼ぶと、突然、部屋の中央に炎の魔法陣が描かれ、燃え上がった。そうして、その炎が消え去ると、

 

 キュルルルーーー

 

 魔法陣は消え去り、代わりに一匹の翼の生えたサラマンダーがいた。そのサラマンダーは、僕の方を見ると、甲高い鳴き声を上げ、すぐさま走り寄ってきて、甘えだす。

これは、決定的な証拠だろう。ドウターが召喚者の奏ではなく僕に懐くということは、僕が契約者として間違っていないことを示すのだから。

 

「「「「『………………………………………』」」」」

 

 操緒も含めて呆気にとられている5人に向かって宣言する。

 

「僕たちは、未来から来ました」

 

 


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