闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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一応要望がありましたので、投下します。
バレンタインなので時系列的には12回と13回の間の話ということになります。
章の間に(清涼剤的な感じで)投稿しようかとも思いましたが、逆に問題になる部分もありそうだったので、まとめて投稿してしまおうと思いました。


智春――リア充街道まっしぐら

本日2月14日は月曜日。

普段の休み明けの学校に漂っているはずの気だるさはひっそりとなりを潜め、校舎全体にどこか浮ついた雰囲気が漂っている。

かく言う僕自身、

 

『……バカみたい……』

 

操緒にそんな台詞を吐かれていることからも分かるように、かなりだらしないことになっていた。

因みに僕の場合、学校に漂っている男子のソワソワした様なものではない。

相手がいるという安心感からか、今後の展開に対しての期待だったりする。

自覚がある分手遅れだと言える。

多分放課後に貰えるはずなので、学校で貰うということはあまり考えていない。

いや、他の女子から貰えるものなら貰いたいも思うけれど、その辺りは是非ともご理解いただきたい。

「貰える数が多いと良いな~」などと期待してしまっても仕方ないと思う。

僕だって、中学1年――精神年齢なら高校2年――という年齢の男子生徒なんだから。

以前の世界では、母親から貰う病院内のイベントの余りモノ――入院患者用なので美味しくはない――だったり、杏から貰える義理のモノが精々だった。

操緒はご覧の状態なので一番近い所にいる女子だったがくれるはずもない。

そりゃ全く無いよりマシなのだろうけれど、それでもどうしたって樋口の奴が大量に貰っていたのを思い出すとどうしても比べてしまい、自分が虚しくなってくる。

 

そんなことを思い出しながら奏と2人――実質3人――昇降口に到着すると、

 

「…………………」

 

『…………………』

 

そこでは、大量の屍――という名の玉砕したであろう男子達――が哀愁の念たっぷりに互いを慰め合っていた。

……慰め合っているといっても、変な意味ではないので、ご注意のほどを。

 

「……靴箱がだめでも、まだ今日は始まったばかりじゃないか!!」

 

「そうだ!!

 ひょっとしたら、俺にも佐伯や嵩月から……!!」

 

「可能性がないわけじゃないんだ!!」

 

≪逞しいなぁ……≫

 

彼らの態度には感心を覚えずにはいられない。

そんなことを思う一方で、もうちょっと場所を考えた方が良いとも思う。

昇降口は男女が分かれているわけではないんだから、

 

「……あの、通ってもいい、です、か?」

 

「「「「「!!」」」」」

 

丁度先程話題に上がっていた奏が男子達の間をすり抜け――男子から期待の眼差しを一身に浴び――、靴箱から自身の上履きを取り出し廊下へと抜けて行った。

僕も後ろから自身の靴箱に向かい、上履きを取り出し――当然上履き以外に何か入っているわけもなく――奏のいる廊下へと抜ける。

 

「お待たせ。

 行こう」

 

「はい」

 

待ってくれていた奏に声を掛け、2人揃って教室へと向かう。

そんな僕ら2人の後ろからは、

 

「ちくしょーーーーっ!!」

 

「な~つ~めーーーー!!」

 

「何であいつばっかり!!」

 

なんて言う男子の怨嗟に満ちた絶叫が聞こえてきたけれど、当然無視。

奏も入学したばかりの頃は、あんな感じの男子生徒からの魂の叫びや視線に反応していたのだけれど、慣れたもので顔色一つ変えずに前を向いて階段を上がっていく。

 

いやー、以前の世界の奏からは考えられない進歩である。

 

そんな成長した奏でも、どことなく落ち着きがない。

いつもよりも自分に向けられる周囲の視線が激増しているのが気になっているようだ。

まぁ、それでも奏を見るたびに一々挙動不審になる男子連中よりよっぽどマシだけれど……

 

そう、本日2月14日はバレンタインデー。

製菓会社が商品の売り上げ拡大のために広めたとも言われている日。

本来は、269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌスに由来する記念日であるとされている。

だが、これは主に西方教会の広がる地域における伝承であり、聖ウァレンティヌスを崇敬する正教会の広がる地域では、西欧文化の影響を受けるまでこのような習慣はなかったそうだ。

まぁ、何で聖人が殉教した日が記念日なのか僕は知らないが、とにかく日本では女性が男性にチョコレートを渡し親愛の情を示す日とされている。

最近は友チョコやら、逆チョコやら色々あるらしいけれど、ベースは女性から男性へ。

そして、世の男子学生にとってはなんとなく勝ち負けがハッキリしてしまう日。

それは僕たちの通っている中学でも例外ではなかった。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「はい、トモ。

 チョコレート」

 

「ああ、ありがとう、杏」

 

「まぁ、トモは私なんかよりカナちゃんからのモノの方が嬉しいんだろうけど……」

 

「そんなこと……」

 

「ない、って言える……?

 この場で、嵩月さんが隣にいるのに」

 

「……すいません、言えません……

 でも、たとえ義理だったとしても、杏から貰えるなら嬉しいよ」

 

「……っ……!」

 

時刻は昼休み。

昼食を終え、近くに寄って来た杏からチョコレートを受け取る。

僕の感覚としては、これで杏から貰うのは4回目だ。

友達として貰っているから、今更照れもない。

一方の杏はと言えば、僕とは違い、初めてだからなのか、どことなく照れが入っているように見える。

これがあと数年もすれば、お返し前提のただの慣習になってしまうのだから寂しいものがある。

 

「杏ちゃん……?」

 

「な、なんでもないよ……!!

 誰も、カナちゃんの相手を取ろうだなんて!!」

 

僕の言葉を聞き、どこか反応に詰まった杏の肩を後ろから奏が掴む。

その時に奏が出した声は、地獄の底から響いて来るような、普段の彼女からは考えられないほど底冷えする声だった。

いつぞやの勉強会の時の声など比べ物にならないほど、低く冷たい。

正直、怖いです奏さん。

クラスの面々もかなりひいてるし。

 

「夏目くんを、と、る……?」

 

「ち、違う違う!!

 取らないって!!

 そもそもトモはそんな対象じゃなくって……!!」

 

「トモ……?

 随分仲が良いんですね……」

 

「今更そこ!?」

 

杏の悲鳴をBGMに奏と杏のやりとりにぼんやりと視線を向ける。

間違っても会話に入ろうとは思わない。

誰だって生贄にはなりたくない。

それにしても、日に日に奏の独占欲というのか、依存度というのか、その辺りが凄いことになってるなーーー

そりゃあ、個人的には嬉しいけれど、あんまりそのことで周囲に迷惑かけない方が良いと思うのだけれど。

 

『ねートモ……そろそろ止めた方が良いんじゃない?

 奏ちゃんの周囲の空気がヤバいことになりつつあるんだけど……』

 

操緒の言葉につられ、奏の周囲に目を凝らすと、確かに、周囲の空気が微妙に揺らぎだしている。

うん、そろそろ止めないとまずい。

こんなところで発火されたらどうしようもない。

 

「あー、嵩月さんや」

 

というわけで、奏に声をかける。

 

「なんですか……?」

 

ゆらり、と。

幽鬼のように僕の方に視線を向けてくる。

『今良い所なんだから邪魔するな』と、その眼は語っていた。

うん、下着泥に会った時の奏を見た時と同じように僕の背筋が凍りつく。

確かに、周囲の温度は上がっているのに、背筋が凍りつくとは……

 

「とりあえず、杏の肩から手を放してあげて」

 

「…………………」

 

奏は渋々杏の肩にかけていた手を放し、僕の方に視線を向けてくる。

一方の解放された杏はというと、すぐさま僕の後ろに逃げ込む。

まぁ、今の奏に対しての一番の安全地帯は確かにそこかもしれない。

そこかもしれないけれど、できれば遠慮してほしかった。

杏が僕の背後に逃げ込むということは、奏からの絶対零度の視線が僕に向けられるということなのだから。

しかも、僕が奏から杏を庇っているという図式になる。

その為、教室内の温度が更に下がった気がする。

 

「…………………」

 

ジッと奏の視線に耐えながら考える。

何か、何かないか!?

こんな状況を打開出来る方法は……!?

クラスにいる生徒全員の視線が集中しているため、あまり下手なことは言えない。

言えないが……

 

「た、嵩月さん……」

 

「……何ですか……夏目くん……?」

 

関係がばれない範囲で何とかしなければ。

というか、何だってこんな日に僕は自分の彼女から絶対零度の視線を向けられなければならないのだろう……?

いや、原因を考えればこんな日だからこそ、なのかもしれないが……それで納得したくないな。

 

「春休み中に一度だけ何でも言うことを聞くと言うことで、どうでしょうか……?」

 

咄嗟に頭に浮かんだのはそんな言葉だった。

 

ざわっ……

 

僕の言葉でクラスが一瞬ざわめく。

 

「なんでも……?」

 

「は、はい」

 

『うわー、情けなー……』

 

しょうがないだろ、この場でこれ以上奏を暴走させないために僕が出来ることといったらこれぐらいしかないんだから……

ちなみに、クラスの空気もかなり変わってしまっている。

さっきまでは今にも崩壊しそうなぐらいに緊張の糸が張りつめていたのに、今はもうそんな糸は緩みまくって熱狂的な会話が為されている(主に女子の間で)。

そんな空気を知ってか知らずか、

 

「な、なんでも……」

 

何故か頬を染めながらあらぬ方向を向き、何かを考え出した奏。

とりあえず、危機は脱せたと見て良いだろう。

 

「ふぅ……杏、もう大丈夫だと思うから」

 

「……そう」

 

「え?

 あ、杏さん……?

 どうかなさいましたでしょうか?」

 

奏の機嫌が回復したと思ったら、何故か今度は杏の機嫌が急降下していた。

……なんで……?

 

ポンポン

 

そのことで頭を捻っている僕の肩を誰かが叩いてきた。

頭を悩ませながらも振り向くと、

 

「智春……お前もなかなかやるな!!」

 

ビシッと親指を立てて、非常にいい笑顔をした樋口が目の前に立っていた。

お前さっきまでいなかったのに、どこにいた!?

とりあえず、

 

「グハッ!!」

 

なんとなくムカついたので一発殴っておいた。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

学校も終わり、一路嵩月組へ。

あの後、奏の機嫌が悪化する事はなかったけれど、杏の機嫌が回復することもなく、それなりに厳しい状況下にあったとだけ報告しておく。

因みに、操緒は普段よりもややマイナス気味の機嫌。

まぁ、許容範囲内だ。

 

それで、普段の勉強も終わり、道場に行くまで、さぁどうしようとなった時、

 

「あの、智春くん……」

 

「どうしたの……?」

 

胸が期待で高鳴っているのを感じながらも、普段の様を取り繕い、普段通りに返事を返す。

ふと視線を周囲に向けると、いつの間にやら、操緒は姿を消していた。

嵩月祖母や母とお喋りにでも言ったのだろう。

割と良くあることなので気にしない。

 

「あー……うー……」

 

緊張しているのか、奏の視線が色んな方向に向く。

凄いのは、色んな方向に視線が移るのに、決して僕の顔には向かないことだったりする。

普段だったら落ち込むけど、今日は何となく分かっているから、そんな奏の行動もかなり微笑ましく思える。

 

待つこと1分。

 

「……その……これ……もらって、ください……」

 

奏が近くにおいてあった自分の鞄から取り出したのは、手の平サイズの正方形の箱。

赤色のラッピングが施され、白いフリルのついたリボンが斜めがけにして掛けられている。

その箱を両手で持ち、僕に向けて差し出している。

 

「……あ、ありがとう……」

 

心臓の鼓動が速まるのを感じながら、両手を差し出し、奏から受け取る。

 

「うー……」

 

恥ずかしいのか、頬を染めながら座布団を抱え、顔を隠す奏。

 

「あ、開けてみてもいい……?」

 

「え!?」

 

僕が聞いたことがあまりにも予想外だったのだろうか。

抱えあげていた座布団を手放し、慌てた様子で僕の方に視線を向けてくる。

 

「だ、駄目?」

 

僕もまさかここで却下されることになるとは思わなかったから、それなりに戸惑っている。

人生初の彼女からのバレンタインチョコ。

出来ることなら早く食べてみたい。

それに、相手が奏なら料理も上手いから変な心配もしなくていいから尚更だ。

 

「か、帰ってからにしてください」

 

顔を真っ赤にしながら、僕に必死に訴えかけてくる奏さん。

 

「ど、どうして……?」

 

「…………………」

 

「奏……?」

 

「……は・・・・・ら……」

 

「え?」

 

「……はずかしい、から」

 

「そ、そう……」

 

「う、うん……」

 

なんか、すごい空気がぎこちない。

僕としては早く食べたいのだけれど、奏は恥ずかしいので遠慮してほしいらしい。

まぁ、僕が我慢すればいい話だから別に構わないけれど。

だけど、やっぱり思うところはあるわけで……

一先ず、綺麗にラッピングされた箱を鞄の中に丁寧にしまう。

間違っても潰してしまう様な位置には置かない。

 

「その、ありがとう、奏。

 やっぱり、嬉しかったよ……」

 

「そう、ですか……」

 

そう僕の言葉に返事を返し、まだ若干頬に朱が残った状態でもにっこりと微笑んでくれる。

あー、やっぱり可愛いなぁー

 

「うん。

 チョコの感想は明日になると思うけど。

 きっと、『おいしい』しか出てこないと思う」

 

「そ、そんなこと……」

 

「ううん。

 奏が僕にくれたんだから、マズイ訳がないよ」

 

「……………はい……………」

 

そのまま、僕が橘高道場に行くまでずっと2人で寄り添って過していた。

話していた内容は、今後のことであったり、アニアのことであったり、春休みにどこに行きたいとか、来年も同じクラスになれたら良いな、等のとりとめのない、だけど僕たち2人にとっては何より大事な内容であり、大事な時間だった。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

さて、その日の橘高道場。

 

「塔貴也」

 

「なんだい、秋希……?」

 

「その、作ってみたんだが……」

 

「ああ、ありがとう。

 喜んで頂くよ」

 

僕と操緒が道場につくと、普段の彼女からは考えられないほど可愛らしいラッピングを持って、年頃の恋する乙女の様に塔貴也さんにチョコレートを渡す秋希さんの姿が道場の入り口にあった。

受け取っている側の塔貴也さんも満更ではなさそう。

なんか、この2人の恋人らしい場面に初めて遭遇した様な気がする。

って、それは良いんだよ。

 

「あの、秋希さん、塔貴也さん……?」

 

「ああ、夏目か。

 こんばんは、今日は少し遅かったな」

 

「こんばんは、夏目くん。

 今日ぐらい、嵩月さんと一緒に過ごすと思ったから来ないと思ってたんだけど……」

 

「あ、はい、こんばんは……って、なんで突然嵩月が出てくるんですか……」

 

そんな返しをされると、≪邪魔しちゃったかな≫と、少しは感じた気まずさが台無しじゃないですか。

 

「なんでって、そりゃあねぇ……?」

 

「ああ、そうだな」

 

視線を交わして勝手に分かり合う幼馴染カップル。

 

「勝手に2人の間で完結させないでください……」

 

『今更、そこに突っ込んでも無駄じゃない……?』

 

≪分かってても言わずにはいられないんだよ……≫

 

操緒の言葉に脳内で返事を返す。

 

「って、なんでこんなところで渡してるんですか?

 御二人の部屋でも良いのに……というか、そっちの方が普通なんじゃ?」

 

態々道場の入り口で見せつけてるのは、色々言えないこっちへの当てつけですか、そうですか。

 

「ああ、そのことか……夏目、ちょっとこっちに来い」

 

「多分、面白いものが見れるよ」

 

僕の疑問を聞き何か思い出したのか、道場の入り口にある扉を少し開き、僕を手招きする秋希さんと塔貴也さん。

面白いもの?

塔貴也さんの言葉に操緒と2人、首を捻りつつも言われた通り扉を開くことで作られた小さな隙間に近づき、その隙間からそっと道場内部を覗き込む。

すると、そこには……

 

「兄様。

 こんな女のものではなく、私のを先に受け取ってください」

 

「和斉。

 あなたまさか、妹のものを優先する様なシスコンだったの?」

 

「……俺にどうしろってんだ」

 

「「私のを先に受け取りなさい(ってください)!!」」

 

シンプルな黒でラッピングされた箱を持って八條さんに詰め寄る美呂ちゃんと、涼しげな水色に白いドットが描かれた紙でラッピングされた袋を持って八條さんに詰め寄る冬琉さん、そんな2人に詰め寄られ、珍しくどうしようもない程困惑している八條さんの姿があった。

つまり、絶賛修羅場展開中である。

何もこんなところでやらなくてもいいものを……

 

『うわー……これはまた……確かに面白いっちゃ面白い事だけど……』

 

操緒も操緒で困惑中。

それでも、しっかりと中を見ている辺り興味津々であることは疑いようもない。

というか、秋希さんにしろ、塔貴也さんにしろ、妹か幼馴染、それに道場の門下生の修羅場を見て楽しんでいる訳である。

 

「……あんまり、良い趣味とは言えませんよ」

 

操緒とは逆に、僕は隙間から離れて、後ろにいた秋希さんたちに話しかける。

 

「そりゃあ、恋愛譚が面白いことは否定しませんけどね……」

 

あの3人の場合、真面目にこちらの命が危ないというのに。

他人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら、という結果にホントになりかねない。

 

「なに、ばれなきゃ大丈夫だろ。

 いざとなったら冬琉は私が止めるから」

 

「……その場合、八條兄妹の相手がいないんですけど」

 

「蹴策辺りが来たら盾にすれば良いんじゃないかい?」

 

「それは……そうですけど」

 

誘蛾灯に引き寄せられる蛾のように、容易くそちらに向かって行ってくれるはずではある。

それでも、怖いものは怖い。

特に、こんな一大イベントを覗かれてたと知られたら……ああ、考えたくもない。

もしも見つかった時の事を想像して、背中に冷たいものが奔った。

その時、

 

『ヤバッ!!』

 

操緒が声を上げた。

 

『見つかった!!』

 

「うぇ!?」

 

恐れていた事態発生の知らせに、上擦った悲鳴を上げてしまう。

 

「……どうした、夏目?」

 

突然の僕の悲鳴に不審な目を向けてくる秋希さん。

 

「……ばれたっぽいです」

 

「……なんだと?」

 

秋希さんに返事を返すやいなや、道場の入り口に背を向けて一目散に駆け出す。

 

「塔貴也さんも急いで!!

 秋希さんは冬琉さんを抑えるんでしたよね!?」

 

駆け出しながら、そう言った瞬間、

 

道場入口の扉が消滅した。

 

吹き飛んだのでも、斬られたのでもない、文字通り綺麗さっぱりその場から消え去ったのだ。

さっきまで扉があった場所には黒い影がゆらゆらと蠢いている。

 

『マズッ、美呂ちゃん!?』

 

「ええい、よりにもよって!!」

 

走りながら後ろを見れば、冬櫻を抜き放った冬琉さんと、周囲の影を自身の許に結集させている美呂ちゃんの姿が。

もう、2人して普段の可愛らしさはどこへやら。

悪鬼羅刹のそれに見える。

八條さんがいないのがせめてもの救いだろうか……

 

「秋希さん!!」

 

「ああ、自分の言ったことだ。

 精々、しっかり働くとしよう」

 

既に秋希さんも自身の二刀を鞘から抜き放ち、冬琉さんに相対している。

 

「行って、美呂ちゃん。

 今回ばかりは共同戦線よ」

 

「ええ、分かりました、冬琉さん。

 私はあのバカップルの男2人を影に沈めましょう」

 

鈴を転がしたかのような甘い声音で、とてつもなく恐ろしい事を呟く呂色の君。

影で顔は見えないけれど、どうせ碌な表情ではないはずだ。

でなければ、こんな恐ろしい殺気を放てるはずもない。

昼間の奏に似た感じの視線が僕と塔貴也さんに向けられる。

 

「やばいですって……何か手段はないですか、塔貴也さん?」

 

「そう言われても……」

 

橘高家の庭を走り回りながら、塔貴也さんに訊ねるも、返答は芳しくない。

むぅ……いっそ蹴策の奴がいてくれれば……

 

「お、夏目に、塔貴也じゃねぇか。

 何必死な顔して走ってんだ?」

 

「へ?」

 

声が聞こえてきた方に視線を向けてみれば、そこには何故か蹴策の姿が。

普段以上に上機嫌だ。

助かった!!

塔貴也さんに視線で合図を送り、蹴策の方へと2人揃って走り出す。

 

「へ、へ?」

 

戸惑う蹴策を余所に、蹴策の後ろに回り込むと、

 

「「後は頼んだ!!」」

 

一気に前方へと蹴策の身体を押し出す。

その先には、たくさんの、影、影、影。

 

「何で俺がーーー!?」

 

訳も分からないまま悲鳴を上げ、影に呑みこまれていく蹴策。

 

「すまん、蹴策。

 お前ぐらいしかあの子を止められない(生贄として十分じゃない)」

 

「後で、氷羽子さん用の衣装を作ってあげるから」

 

そんな風景を見ながら、塔貴也さんと一緒に蹴策にそんな言葉を掛け、更に駆け出した。

 

 

……まぁ、最終的には僕らも影に捕まり、美呂ちゃんの許にしょっ引かれたわけだが……

 

ああ、何故か影の中には蹴策だけではなく八條さんの姿もあった。

何があったのかは知らないが、虚ろな目で虚空を見つめていた事を追記しておく。

ただ、僕も塔貴也さんもその後何が起きたかよく覚えてないんだよな……確か、冬琉さんと美呂ちゃんがすごくいい顔で嗤ってたと思うんだけど……

 


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