闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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こちらは、まだ投稿してませんけど16、17回以降の話になるのかな?
まぁ、大きなネタバレは削除しておきましたので特に問題なく読めるはずです。


奏――ドキドキ

私が智春くんにチョコを渡してから大凡一月。

その間に操緒さんが一巡目の彼女と同化したりと色々あった。

色々という一言で片づけてしまって良い様な問題ではないと思うけど、この一言が一番適切だと思う。

だって、卒業式とか日常でのイベントもあったんだから。

そんな風に、ここ一月あまりの出来事を思い返しながら私は、

 

「こ、これが良いかな……?

 ……で、でもこっちの方が……

 あ、これじゃ目立ち過ぎて……」

 

自分の部屋に置いてある鏡の前で服を選んでいました。

 

「うー……朱浬さんぐらい、だったら……」

 

両手を自身の胸に持っていき、軽く、ブラの下からそっと持ち上げるように触れながら、そう言葉を漏らす。

それによって、またサイズが合わず、きつくなってきたことを再確認。

 

「……はぁ……」

 

鏡に映り、溜息を洩らしている私は下着しか身に着けていない。

上下1セットのもので、どちらも水色を基調とし、黒いレースのリボンがブラとショーツの両方の前面部分に付いている。

私が持っている下着の中でもかなりお気に入りの下着の一つだ。

こんなあられもない姿で部屋にいるのは――私以外誰もいないとはいえ――自分でもはしたないとは思う。

だけど、そんなはしたなさ以上に、私は着る服のことで悩んでいた。

特に自分の胸部の膨らみを眺めながら。

 

何故か私は胸が大きい。

 

自分でもどうしてこんなに大きくなってしまったのか分からない。

操緒さんや冬琉さん、それに杏ちゃんたちは『自分もそうなりたい』と言ってくるけど、私はこんなに大きいのは望んでいない。

肩も凝るし、どんな服を着たって胸が強調されてしまい可愛い服や下着を中々着ることが出来ない。

それに、道を歩けば、男女を問わず、他人からの視線がその胸に向けられる。

中学に入ってからは智春くんが一緒にいるから多少は少なくなったけど、小学校の時は凄かった。

特に、同級生の男子の視線が。

一度経験していたから、以前の世界よりまだマシだったけれど、それでも大変な事に変わりはない。

一応、自分でもブラの着け方を基礎から応用、更には発展と全部学んだり、胸を小さく見せる下着を買ったりと、努力はしてるつもりなんだけど……

成長するスピードの方が速くて、あまり良い結果は得られていない。

せめてもう少し背が高ければバランスが良いと思うのだけど、私の努力も空しくそっちの方はさっぱりだ。

別に私の背が低いと思っている訳じゃないけど、以前の世界より4、5㎝ぐらい高くなって欲しい。

……朱浬さんみたいなモデルみたいなスタイルが羨ましい。

身長はあるし、胸も私みたいに無駄に大きいという訳ではない。

誰にも話した事はないけれど、私の理想は朱浬さんみたいなバランスの良い人。

 

「……や、やっぱり、これにしよう……」

 

胸の悩みは一先ず措いておき、私が選んだのは派手過ぎず、かといって変に暗くもない(と思う)服。

上は、白い長袖のシャツで首元には赤いリボンが結んである。

シャツの上から淡いベージュのジャケットを羽織る。

下は、若干紫も混ざった濃い青を基調とした布に白の線が走ったチェック柄のロングスカートと、黒タイツ。

普段は一纏めにしてある髪も今日はおろしてある。

一応お母様に教えてもらいながら顔にも軽く化粧はしてあるんだけど、失敗してないよね……?

鏡で確認しても、成功してるか失敗してるかまるで分からない。

 

「……ど、どうかな……?」

 

鏡を見ながらその場で、クルッと一回転。

髪とスカートが回転に合わせてフワッと浮き上がる。

 

「……ちょっと、かたい、かな?」

 

私服なのにどこかの学校の制服みたいな感じの服に見える。

や、やっぱりもう少し柔らかい色調の服に……

で、でも、もう時間が……

チラリと時計を確認すると、約束していた時間まであと5分。

 

「い、急がなきゃ……」

 

5分あればもう1着ぐらいいけるはず……!!

慌てて床に散乱していた服の中からイメージに合っている物を探そうとした時、

 

「お嬢様」

 

「ひゃ、ひゃい!!」

 

扉の外から声がかけられた。

その声に咄嗟に返事を返したものの、

……噛んだ……

あまりにも予想外のタイミングだったこともあって、噛んでしまった。

うー、舌がヒリヒリして痛いです……

床に膝を付け、服を漁っていた体勢でピタリと体が止まり、手は口元を押さえてしまう。

何もこんなタイミングで声をかけなくてもいいじゃないですか……

 

「……夏目さんと水無神さんがお越しになられました。

 いつもの部屋にお通ししてあります」

 

え!?

も、もう智春くんも操緒さんも来たんですか……?

そう思ったけれど、5分前ならほとんど一緒、寧ろやって来て当然と言ってもいいかもしれない。

と、とにかく、

 

「わ、分かりました。

 すぐに、行きます」

 

慌てて部屋一杯に散乱している服を一か所に纏めながら声を返す。

自分でも若干声が上擦っていた様な気がするけれど、それだけ焦っているのだ。

幸いにも今度は噛まずに済んだけど……

教えてくれた構成員の方も私が焦っているのが分かったのだろう、何も聞かずにそのまま扉の前から遠ざかっていってくれた。

 

「……………はぁ」

 

お祖母様に見つからないよう祈りつつ、一先ず服はそのまま置き去りにすることにした。

そうして服の処分を決めた私は、溜息を洩らし、改めて自身の姿を鏡で見直してから、部屋を出て智春くんたちの待っている部屋へと向かった。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

結局あの服のまま智春くんと操緒さんに会うことになった。

2人とも、

 

『似合ってるよ、奏』

 

『うん、可愛い。

 私じゃその手の服はどうしても背伸びした感じになっちゃうけど、奏ちゃんなら丁度いいと思う』

 

そう言って褒めてくれたから良かったけど、もし失敗していたらと思うと……若干目の前が暗くなる。

智春くんは気付いてくれなかったけど操緒さんは気付いてくれてたみたいで、

 

『メイクも良い感じに決まってるね。

 こう、変にどぎつくないし、奏ちゃんの魅力を押し出してる感じで』

 

『あ、ありがとう』

 

そう褒めてくれました。

嬉しいけど、できれば智春くんにも気付いて欲しかったな……

自分でも分かりにくいものだとは分かっていたつもりだけど、操緒さんに気付いてもらったのだから、智春くんにも褒めて欲しかった。

そういった意味も込めて、期待を込めた視線を向けていたのだけど……

結局智春くんは気付いてくれず、私が来たこともあったので今日の目的地に向かって歩き出してしまいました。

 

……ぐすん……

 

少し悲しい気持ちになってしまいます。

仕方ないことなのかもしれないけど、やっぱり何か言葉をかけて欲しかった。

折角、初めて智春くんの家に御呼ばれされた日なのだから頑張ってみたのに……

はっ!!

そ、そうだ。

私、これから智春くんの家に行くんだった。

服とかメイクのことで頭から抜けてたけど――忘れてたわけじゃないんです――、思い出してしまった。

思い出して、思い当たって、浮かれて沈んでいた気持ちが緊張へと変化する。

今日は日曜日で、休日。

2人の予定が空く日が今日しかなかったとはいえ、どこか仕組まれたものを感じてしまう。

何故なら、今日この日は智春くんのお母様、夏目久沙子さんが休日であるため家にいる日で、私が訪問することを智春くんが話したら、尚のこと気合が入ってしまったそうだ。

私なんかに期待されても困るのだけど……というか、頼むから普通でいてください。

 

私はあなたの息子さんをこれから一生縛り付けていくんですから。

社会的な立場も、気持ちも、想いも、全てに私という存在が付き纏う。

だから、決して歓迎なんかはしないでください。

ひょっとしたら家族の絆を壊してしまうかもしれないんだから、私、雌型悪魔という存在は。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

私の緊張を余所に、私たちの足は目的地に向かって進む。

智春くんと操緒さんはいつも通り、寧ろ、橘高道場に向かう時よりも軽やかな足取りなんじゃないかと思えるほど。

そりゃあ、自分の家に向かうのに足が重くなる人も少ないでしょう。

軽やかになることも少ないでしょうが、重くなることも。

どうしたって、自分の寝る場所なんですから。

一方の私は、外面は普段通り。

だけど、内面ではすっごく緊張しています。

もう、今の気持ちよりも、お祖母様とリッちゃんの鍛錬、地獄のフルコースを1日通して受ける方が気分的には楽だと思えるぐらい。

……流石に言い過ぎ?

いや、やっぱりそれぐらいは緊張してる……と思う。

そんな風に考え事をしながら歩いていると、

 

「奏、どうかした……?

 さっきから“ぼー”っとしてるけど……大丈夫?」

 

気付けば目の前には智春くんの顔が。

わ、わわわわ……!!

 

「だ、だいじょぶです。

 平気です。

 なんともない、です」

 

慌てて答えを返すも、焦って同じようなことばっかり繰り返してしまう。

それに、顔が紅くなっているのが分かる。

うー、咄嗟に正面に顔をもってくる智春くんが悪いんです。

 

「そう……?」

 

智春くんは、若干首を傾げながらも顔を正面に戻し、再び歩き出す。

……ふぅ……あ、危なかった……

……あれ……?

……何が危なかったのでしょうか?

 

『か~な~で~ちゃん!!』

 

「ひゃい!?」

 

気を抜いた瞬間、耳元から操緒さんの声が。

い、いきなりなにするんですか。

振り向きざまに若干恨みも込めて睨んでみるも、あっさりと流される。

 

『トモが気付いてくれなかったからって、いつまでも落ち込んでちゃだめだよ。

 気持ちは分かるけど、トモが相手なんだし……

 むしろ気付いたら気付いたで、怖いし、気付いてたら明日辺り雨とか雪じゃなくて、下着が降ってくるよ。

 しかも、前みたいな女物じゃなくて男物が……』

 

「…………………」

 

操緒さんの言葉につられ、つい想像してしまった。

以前、加賀篝さんに盗まれた下着が空に舞っていた光景を。

それらが全て男性用の下着に変わる……

 

なんか……いや……

 

『うえ~、キモ……』

 

「……う……」

 

私たちのやや前方を歩く智春くんから、つい視線を逸らしてしまう。

一方、私と同じことを考えてしまったのか、言いだした操緒さんが嫌悪感丸出しの表情で空を睨んでいる。

あのー、今睨んでもしょうがないと思うんですけど……

 

『むー、トモのくせに私をここまで不機嫌にさせるとは……許すまじ』

 

空に向けていた視線を智春くんに向け、何故かそんなことを呟く。

いや、その感情は流石に理不尽だと思います。

確かに、あんなことを考えた(しまった)原因は智春くんかもしれないけど……

そんなことを思いながら、

 

「あの、操緒さん」

 

操緒さんに話しかけます。

 

『むー、一週間毎晩眠れないように枕元で騒いでやろうか……って、なに?奏ちゃん』

 

操緒さんが一旦考えるのを止め、私の方に視線を向けてくれました。

それにしても、一週間毎晩って……

翌日以降の智春くんの安眠をそっと祈りながら、操緒さんに質問を投げかけます。

 

「智春くんのお母様って、どんな方、なんですか?」

 

『久沙子さん?』

 

「はい」

 

確かそんな名前だったと智春くんに教えてもらったことを思い出しながら、足を前へと進める。

智春くんからどんな人かは一応聞いてはいるけれど、出来ることなら操緒さんからも聞いておきたい。

戦いであれば情報が多いに超したことはない。

(いや、戦いに行くという訳ではないのだけれど……)

 

『どんなって聞かれても……明るい人、だとは思うよ』

 

「操緒さん、みたいな……?」

 

私にとって一番分かりやすい明るい人と言ったら、操緒さんだと思う。

リッちゃんもそうなのかもしれないけど、何か違う気がする。

後は、杏ちゃんとか、樋口くんもそうかもしれない。

 

『私?

 うーん、トモは似てるって言うけど、違うと思うな~

 誰に似てるかってことなら……由璃子さん……かな?』

 

「え?」

 

操緒さんの口から飛び出した人物?の名前は私の予想の斜め上を逝っていた。

ゆ、由璃子さんって、華島のあの人ですか……?

 

『そうそう、華島……いや、柱谷?由璃子さん。

 勿論、小母様はあの通りの人ではないけど、似てる、とは思う』

 

破天荒なところとか、特に。

それだけ言い残して、操緒さんは智春くんを追いかけます。

パッと見は少し早歩きになるように、だけど実際は浮いたまま。

最後に不安な言葉だけ残していかないでくださいよ……

 

「う、うー……」

 

自然と両手、両腕が自身の胸を守る様な体勢になる。

流石に、早々ある話じゃないと思うけど……不安。

操緒さんにはそんな意図はなかったのでしょうけれど、緊張に加えて余計な不安まで出てきてしまった。

というか、破天荒な看護師ってなんですか……?

以前の世界通りになるのだったら、智春くんのお母様は再来年の今頃は再婚してるのでしょうから、魅力がある人だとは思うのだけれど……

 

「……はぁ……」

 

こっちの世界で智春くんと再会してからというもの、溜息の数がうなぎ昇りになってるような気がする。

智春くんもそんなことを言ってたような気がするので、お揃いだと思って逆に若干嬉しかったり。

そんなどうでも良いことを思いながら、歩みを進める。

もう、こうなったらなるようになるしかないのだし。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「でかした、息子よ!!」

 

夏目家に到着し、久沙子さんに挨拶した私と、私の自己紹介が終わった瞬間に、久沙子さんが発した一言がこれだ。

何が“でかした”なのだろうか?

 

「いや、いきなり何を……」

 

そんな言葉をかけられた智春くんも戸惑っている。

操緒さんは苦笑い。

 

「あんたみたいなヘタレ童貞の馬鹿息子にこんな美人な彼女ができるなんてね!!

 しかも、直くんより先ということが尚のこと驚きだわ!!」

 

そんな言葉を口に出し、あはははっ!!と久沙子さんは大笑いしている。

そんな母親の言葉にうんざりしたかのように額に手をやり、首を振る智春くん。

確かに、操緒さんとこんなお母様と一緒に暮らしているのだとすれば賑やかだけど、大変かもしれない。

一方の私はというと、

 

「あ、あの、その……」

 

美人という評価に照れてしまっていた。

顔が熱くなってしまっているのが分かる。

私なんかより、操緒さんとかひかり先輩の方が可愛いですし、朱浬さんや氷羽子ちゃんの方が綺麗ですよ。

なのに、私なんて……

 

そんな私たち当事者2人を余所に、

 

『小母様、トモの評価ですけどいつまでも“童貞”って言う単語は使えないと思いますよ……?』

 

「あら、どうしてかしら、操緒ちゃん?」

 

『だって、奏ちゃんみたいな彼女がいるんですから……』

 

「だいじょぶよ~

 こんなヘタレの息子が早々手を出せる訳がないんだから!!

 というかこの子が手を出さないんだったら私が手を出すわ。

 こんな綺麗で可愛い子、何もしないでいるのは勿体ないじゃない!!」

 

『そ、そうですか……』

 

「そうよ!!」

 

かなり力強く自身の意見を力説している久沙子さんがいた。

操緒さんですら若干押され気味だというのがすごい。

 

「……はぁ……奏、取り合えず移動しよう」

 

母親のそんな様子(醜態?痴態?)を見かねたのか智春くんがそんなことを提案してくれた。

確かに、あまりこの場にはいない方が良いのかもしれない。

特に、

 

「はぁ、はぁはぁ、はぁ…………」

 

なんだか、操緒さんに力説している久沙子さんの息が若干荒くなってきてるし……

少しばかり身の危険を感じ、背筋が寒くなる。

ああ、操緒さんが由璃子さんに似てる、って言っていた理由が少しだけど分かりました。

 

コクコク

 

智春くんの提案に(それなりに激しく)首を縦に振ることで了承の意を示し、彼の後を追う。

後ろの方でまだ久沙子さんと操緒さんが熱弁を互いに振るっていたけれど、幸いにもこちらには振りかかってこなかった。

向かった先は、智春くんの部屋。

こ、ここはここでマズイかもしれない。

ベッドと勉強机、それに本棚とクローゼット式の収納棚。

部屋の真ん中には四角い机が置いてあり、座椅子が二つ。

 

「ああ、どこでも好きなところに座っててくれて良いよ」

 

智春くんは、クローゼット式の収納棚を探りながらそんな言葉を私に放ってきました。

 

す、好きなところ!?

 

その言葉で若干鼓動が速くなる。

や、やっぱり座椅子でしょうか……?

でもでも、それだといくらなんでも寛ぎすぎな気もするし……

じゃあ勉強机の椅子?

いやいや、勉強するつもりじゃないんですからそんなところはないはず。

となると、ベッド?

ろ、露骨すぎるってば、私の馬鹿!!

でもでも、そ、その…………こ、恋人、同士、なんだから…………そ、それぐらい……普通……?

まさか、こんなタイミングで再契約することになるとは思わなかったけど、でも、今なら、いや、このタイミングなら……!!

で、でも、やっぱり、もっと慎重に。

だけど、待ってるだけじゃだめだって、雑誌にも書いてあったし……氷羽子ちゃんや、美呂ちゃんにも色々言われた訳で……

いや、そもそも、そんなことをして欲しくて今日は伺った訳じゃないんだから。

そう、そうよ奏、たとえそんなつもりじゃなかったのだとしても、今なら!!

……ってあれ?

否定したはずなのに、肯定してる!?

 

「あった、あった。

 ……って、どうしたの奏?」

 

「はっ!!

 い、いえ、なんでもないです!!」

 

「そう……?」

 

クローゼットを漁っていた智春くんが目当ての物を見つけたのか、それを手に持ち、振り返って私の方に視線を向けてきました。

その時、私は表情がコロコロ変わっていたらしく、すごく心配そうに智春くんが声をかけてくれました。

それに慌てながらも――頭の中の妄想を頑張って打ち消しながら――ちゃんと返事を返します。

不審そうな顔をしながらも、気にしないことにしてくれたのか、それとも他に何か気にかかることがあるのか分かりませんが、智春くんは一先ずその問題にはこれ以上触れないでいてくれることにしたようです。

そして、納得した様子でそのまま座椅子に腰掛けました。

 

うー、そっちで良かったんですか。

 

若干気落ちしながらも、私も智春くんの様に座椅子に腰掛けます。

ええ、決して残念だとか、不満があるとか言う訳じゃないんです。

ただちょっと、勝手に期待して舞い上がった自分が情けなくて。

あ、また落ち込んできそう。

 

「うー」

 

「?

 よく分からないけど……はい、これ」

 

そんな私の様子に首を捻りながら智春くんが差し出してきたのはビニール製の水色の袋。

袋の表面には赤や緑などの様々な色の星が散りばめられ、鮮やかな模様を創り上げていた。

そんな袋の入り口は群青色のリボンで結ばれ、閉じられている。

 

「……え……?」

 

だけど、私はそれが何なのかよく分からず、首を傾げてしまいました。

それこそ、さっきまでの頭の中の熱など忘れ、ただただ呆けてしまう。

 

「いや、そこで首を捻られても困るんだけど……」

 

そんな私の様子を見た智春くんは苦笑を洩らしながら、この袋がなんなのか説明してくれた。

 

「これは、バレンタインのお返しだよ。

 ほら、明日が14日だから」

 

「ああ」

 

そう言えば、今日は3月13日。

確かに、明日がホワイトデーでした。

智春くんの家にお邪魔して、久沙子さんにお会いするということで頭がいっぱいで、そんなこと――って言ったら失礼か――はすっかり頭から抜けていました。

そっと机の上に置かれた袋を手に取り、胸の前で抱き締めます。

なんだか……暖かい……

ビニールの無機質な冷たさがあるものの、確かに私の手の中にある“それ”には暖かみが在った。

決して私の手の体温や暖房の温度ではなく。

 

「あの……ありがとう」

 

それを感じ取った私は、顔に笑みが広がるのを自覚しながら、智春くんにお礼を言っていました。

こんな暖かい気持ちを、私が忘れていたのに、与えてくれてありがとう。

 

「うん、どういたしまして」

 

そんな私に智春くんも笑いかけてくれました。

それは、普段から樋口くんや蹴策さんとしているふざけた笑い顔じゃなくて、自然とこぼれ出たような優しい笑み。

 

この人を好きになって、この世界でも再び出会うことが出来て良かった。

 

彼の笑みを見て、そう、心から思えました。

そして、そんな穏やかな気持ちのまま、胸には“お返し”を持ったまま、自然と私は智春くんに近寄っていき、

 

「ん」

 

彼の唇に、私の唇を重ね合わせていました。

ふふ、“お返し”のお返し、の、つ・も・り

舌と舌を絡めるようなことなどしない、触れ合うだけの優しい口づけ。

それは、今の私たちの関係そのままを示してくれているようで。

出来ることならもっと感じていたいと思えるほど、私を幸せな気分にしてくれました。

 

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