操緒の告白があった日の翌日。
気まずくなるかと不安に思った僕と操緒の関係だけど、幸運にも特別な変化はなかった。
いや、むしろ今まで違う世界から来たということもあり、どうしたって少しはあった遠慮がほとんどなくなったような気がする。
最初は無理してるんじゃないかと思ったけど、そういう訳でもなさそうだから僕も気にしないようにした。
何より、
「操緒、ちゃん……?」
『はい、お久しぶりです。
久沙子さん』
「あらまあ、そんな所に浮いちゃって……」
『……なんか反応違いませんか……?』
「あらまあ、智春なんかに憑いちゃってるの?
こんなバカ息子で大丈夫……?」
「どういう意味さ……」
『あ、あはは……』
僕の母親――夏目久沙子――には、簡単に認めてもらうことができてよかった。
まぁ、元々操緒とこの母親は仲が良かったから当然かもしれない。
それに、母親の幽霊だろうと悪魔だろうと神様だろうと気にしない大雑把な性格なのも理由の一つになるだろう。
「いやー、行方不明で心配だったけど、こうして話せるんなら大丈夫ね。
……で、今の操緒ちゃんの状態って何なの?
死んで、あんたに憑いてる幽霊?
それとも、なんか他の別の原因があるとか……?」
「うーん……良く分からないけど、死んでる訳じゃないみたい。
生き返ることもできるらしいし」
母親の質問に肝心な部分を誤魔化しつつ、ある程度本当のことを混ぜながら返事を返す。
流石に真実を全て話すわけにはいかないし。
「へー、じゃあ頑張って生き返らせてあげなさいよ!!
あんたも男なんだから」
「分かってるよ」
男云々は余計だ。
例え僕が女だろうと操緒は黑鐵から解放するさ。
「さーて、じゃあ操緒ちゃん」
『なんですか……?』
「今後も頑張ってこのバカ息子を弄っていってね!!」
「おい!!
何だよそれ!!」
『了解しました!!』
「お前も了解するな!!」
忘れてた!!
この二人が仲が良い理由の一つに僕に対する扱いが含まれていることを。
……まぁ、
「あ、それでもちゃんとご両親には連絡しなさいよ。
今は向こうも深夜だから、時間をちゃんと見計らってね」
『……はい』
そういえば、結局以前の世界で操緒が両親と再会することはなかった。
あの時は、僕も操緒も洛高で色々巻き込まれていたから仕方なかったのかもしれないけれど、今回はまだ少し時間がある。
僕らがイギリスに向かうのは無理でも、電話ぐらいはいれておいた方が良いだろう。
自身の“一人娘”のことを心配しない親などいないだろうし……
『家政婦のオバちゃんにも挨拶しといたほうが良いかな……?』
両親の話を持ち出された操緒はやはり想うところがあるのか、普段では考えられないほど、どこかしおらしく見えた。
それでも、
『……ふふ……』
両親と話ができることが嬉しいのか、顔を綻ばせていた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
学校も終わって一路嵩月組へ。
学校では姿を消していた操緒も姿を現し、傍から見れば男1人女2人の中学生のグループに見えることだろう。
中学での操緒の扱い?だけど、とりあえず隠す方針で3人とも一致した。
洛高みたく耐性のある人間ばかりじゃないから、というのがとりあえずの理由。
杏や樋口には機会をみて話す方向で考えている。
樋口の場合は何一つ心配していないが、杏の場合は少し不安だったりするのだ。
勿論、彼女のことは信頼しているし、話しても大丈夫だろうという確信はある。
それでも、今の杏はごく普通の女子中学生だ。
タイミングを計って悪いということはないだろう。
「また浮いてる!!」
『おおう!!』
「……やっぱり、まだ慣れません、か?」
『うん。
知識はあっても、中々、ね……』
「って、前!!」
『あー、ごめん……』
そんなこんなで嵩月組に向かっている僕たちだけど、現在は操緒の周囲に対しての練習も兼ねている。
一応、以前の世界で体験してきた知識がある操緒だけど、実際に自分がやってきた訳じゃないからそうそう上手く普通の人の様にはならないようだ。
気を抜けば僕の肩越しに浮いて憑いて来てしまい、電柱等の障害物も周囲の目を気にせずにすり抜ける。
「まぁ、気長にやっていけばいいさ。
時間はあるんだから」
『うん』
個人的には、変な噂が立たないうちにどうにかしてほしいところだけれど、急かしても仕方ない。
操緒の自助努力に任せるさ。
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まぁ、そんなこんなで四苦八苦しつつも嵩月組に到着して、
「と、いうわけで、操緒が一般人にも見えるようになりました」
「「「「…………………」」」」
『改めて、よろしくお願いします』
一先ず社長や八伎さんたち4人に前日の出来事と、それに伴って生じた操緒の事について説明しておくことにした。
今回のことはそれだけ重要なのだ。
予想よりも2年程早く僕たちが
つまりは、
だから、奏の親族及び関係者である嵩月組の皆さんにはしっかり説明をしないといけない。
で、肝心の報告を聞いた皆さんの反応はというと、
「ふむ」
「ははー」
「そうですか……」
「成程」
それぞれ言葉を漏らした後、とりあえず考察。
娘や孫のこととか組のことを考えてるんだろうなー、というのがなんとなくではあるが分かる。
僕と奏、それに操緒を目の前に置いたまま、各々が思案に耽っている中、
「一つ良いかの」
「はい、なんですか?」
社長が口を開いた。
「婿殿は今機巧魔神を使えるんか……?
使える、使えないによってかなり変わってくるんでな」
という質問。
普通は
なので、
「『使えません』」
操緒と2人、揃ってはっきりと答える。
「そうか……因みに理由は分かるんか?」
「多分、ナノマシンが注入されてないからだと思います。
こっちの世界に来てから一度もイクストラクタに触れていないので……」
「ふむ……なら、使えるようになったらまた教えてくれや」
「分かりました」
そんな会話を社長と交えつつ、僕は、前日の事を思い出していた。
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そう、奏と別れた後、操緒と一緒に試したのだ。
今まで通り、
『来い、黑鐵!』
と声を上げて、機巧魔神が呼び出せるかどうか。
なんせ、今までにないイレギュラーが多過ぎる契約方法だったから不安だったのだ。
それで黒鐵が呼び出せていたら、秋希さんの事も特に問題ではなかった。
彼女が機巧魔神に封印されることになったとしても、白銀と合体?した黑鐵であれば解放できるはずなのだから。
だけど、
『……なんにも変化しないね……』
『……ああ』
僕の影に変化がある訳でもないし、操緒が消える訳でもない。
何も変化は起きず、僕の掛け声がだだっ広い河川敷に空しく吸いこまれて消えていくだけだった。
『……黑鐵が壊れてて呼び出せないとか?』
『僕も専門家じゃないから分からないけど、そこまで大破してたわけじゃないように見えたから違うと思う』
以前呼び出せなかったのは、僕が体調不良だった時と、自己修復機能やクロエによる修理ではどうしようもない程破損していた時だ。
今回はどっちも違うと思う。
僕が体調不良という訳ではないし、機巧魔神もあれぐらい――錆とか各部の陥没、裂傷など――の損傷は自己修復で何とかなるだろう。
余程の修理が必要な時だって、大体1千秒前後で何とかなったはずだ。
流石にその時間は過ぎているから違うはず。
『トモにも、黑鐵にも問題がないんなら、契約過程に問題があるんじゃない……?』
『契約って言われても……』
イクストラクタを開けて、ナノマシンをその時に注入されて……
『ああ、ナノマシンがないんだ!!』
『おお、それだ!!』
原因が分かり、2人して歓喜の声を上げる。
原因が分かれば解決策だって見つけられるはずなのだ。
と、一先ず原因は分かったけど……
『『ナノマシンってどうすりゃいいの……?』』
イクストラクタに触れる機会がほぼないため、僕と操緒は原因が分かった喜びもすぐに消え、茫然としてしまった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
嵩月組を出て、橘高道場へ。
嵩月組の皆さんは一先ず納得してくれたようで助かった。
彼らに信用してもらえないと今後の出来事がかなり不安になってしまうし……
そんなことを考え、操緒の動向を奏と監視しながら橘高同上に向けて街を歩く。
そして、特に問題も起きず橘高道場に到着する。
いや、操緒のことで少なからず街がざわついたけど、予想の範囲内だ。
「こんばんは」
『こんばんは』
「お邪魔します」
いつも通りの挨拶をしながら道場に上がると、
「あら、今日は早いの、ね……」
『ああ、夏目ちょうど良かっ、た……』
「そうそう、聞きたいことが……」
「お、夏目……と、嵩月のお嬢さんに副葬処女のお嬢さんか……なんか、やけにはっきりしてるな」
「……こんばんは、です」
「お、今日は嵩月んとこのも一緒か。
……喧嘩するなよ、氷羽子……?」
「……お兄様が、私と嵩月さんの関係を普段からどんなふうに見てるのか非常に気になるのですが……?」
「…………………」
いつも以上に賑やかな面々が揃っていた。
そんな面々の中に違和感が二つ。
一つは、冬琉さんの後ろで宙に浮いている秋希さんの姿。
操緒がはっきりと誰にでも見えるようになったのと入れ替わってそうなってしまった様なタイミング。
そう、副葬処女化である。
クソッ!!
間に合わなかった!!
秋希さんの姿を見て、操緒と奏が茫然となっているのが分かる。
僕たちが色々悩んでいる間に、秋希さんが副葬処女になってしまった。
まだ、2週間ぐらいは大丈夫だと考えていた昨日の自分をぶん殴ってやりたい。
黑鐵も使えず、分離機(スプリッタ)も製造不可となると……こうなったら、本当にアニアを呼んでこないといけないかもしれない。
そんな事実の中に隠れるように、しかし堂々と存在している二つ目の違和感。
橘高冬琉、橘高秋希、炫塔貴也、八條和斉、八條美呂、鳳島蹴策、鳳島氷羽子
といった面々に紛れ込んでいる1人の人物。
シャープに整った美少年とも見える容姿。
着ている制服は少し遠い場所にある麻波中学の女生徒の物。
そのお陰で彼女が女性だと分かるほどの中性的な顔立ち。
以前の世界とも変わらぬヅカ王子っぷりが逆に安心できる。
そんな彼女の服の袖には、GDの腕章が巻かれている。
改めて見てみれば、それは冬琉さんの腕にも巻かれていた。
雪原瑶
確かに、冬琉さんに剣を習っている割には道場にいないことが不思議だったけど、このタイミングで来るのか。
納得と驚愕、その両方を味わう僕に、
「初めまして。
ボクは雪原瑶。
君が夏目くんだね」
「そうですけど……」
「よろしく」
無駄に演技がかった調子で彼女は挨拶してきた。
僕の後ろに浮かんでいる操緒を興味深そうに見ながら……
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
休憩時間になり、道場の隅の方に浮いている秋希さんの方へと操緒と向かう。
さっきまで冬琉さんや八條さんとやり合っていたから体がかなり重いが、気にしている暇はない。
流石に、普段から真剣を使ってやり合っている訳ではないので、切傷などがある訳ではない。
あっても、打ち身だとかその辺だ。
動けないわけじゃない。
これが真剣を使ってやることになるとかなり危なっかしい。
この時ばかりは、相手は冬琉さんや八條さんなどではない。
その時によって変わるが、塔貴也さんの造った人間大の
(“記憶”の問題もあるので、ほとんど塔貴也さんの作品であるが)
これだったら、一先ず人を傷つける心配はない。
閑話休題
「秋希さん……今日だったんですか……」
『ああ。
お前に言えば必ず邪魔してくるだろうと思ったから言わなかった。
済まなかった、とは言わんぞ』
透けている彼女の姿を見ていると以前の世界で感じた絶望にも似た感情に頭が満たされそうになるが、
『……トモ、まだ秋希さんが消えた訳じゃないんだから……諦めちゃだめだよ』
「操緒……」
僕の後ろに浮いている幼馴染が励ましてくれる。
そうだな
限りなく難しいけれど、絶対に出来ない訳じゃないんだ。
それならやれることをやっていこう。
幸いにも、副葬処女になったばかりなのならば今すぐに消えるということはないだろう。
僕たちが関わったせいでどれぐらい未来が変わってしまっているのかは分からないが、僕の高校入学時には黑鐵が手元に届いていたことからも、長くて1年程度が期限だろう。
下手すれば、もっと短いかもしれない。
そうすると、今日にでも行動を始めた方が良い。
期間は短いわけでもないが、長くもない。
焦らずしっかりと適度なスピードで頑張っていけば何とかなるはずだ。
「ありがとな、操緒」
『ううん、私もあんな結末(みらい)はごめんだしね』
僕1人だったら、この事で諦めてしまっていたかもしれない。
改めて、操緒が戻ってきてくれて良かったと思う。
『私が消える……?
おい、夏目どういうことか説明を……』
「ああ、すみません。
ちょっと塔貴也さんに話ができたので……操緒」
『アイアイサ~。
さあ、秋希さん折角副葬処女になったんですから、ちょっと変わったガールズトークでもしましょうか。
先輩の私が色々教えてあげますよ~』
『お、おい……』
危ない危ない。
今の秋希さんにだったら知っていてもらった方が良いのかもしれないけど、これ以上おかしなことになってほしくはない。
それなりに慎重に、尚且つ大胆に今後は進めていかないといけないだろう。
何が原因で秋希さんが消えてしまうか分からないんだから。
秋希さんを操緒に任せ、重い体を引きずって塔貴也さんのもとへ。
「塔貴也さん」
「うん?
ああ、夏目くんか……どうしたんだい……?」
秋希さんを解放するための手段に近づくための一歩を踏み出そう。
これで何かが変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれない。
だけど、
「アニア・フォルチュナに連絡を取ることはできますか?」
彼女がいるだけでもかなり違うだろう。
僕たちと共にこの世界に跳ばされてきたであろう
災厄の王フォルチュナ辺境伯の末姫。
機巧魔神の専門家である天才少女。
アニア・フォルチュナ・ソメシェル・ミク・クラウゼンブルヒ
・
・
・
・
・
「アニア・フォルチュナに……?」
「はい」
僕の言葉を聞いた塔貴也さんはかなり呆気にとられたようだった。
僕がこっちの世界でアニアの事を聞いたのは部長からだから、僕がアニアのことを知っているのは特におかしいわけではないと思うけど……
「なんだって彼女に……ああ、そういうことか」
疑問そうだった塔貴也さんの顔も操緒の姿を視界に捉えたことで得心がいったようで納得した顔になった。
いや、操緒の隣に浮かんでいる自身の恋人の姿を幻視しているのかもしれない。
塔貴也さんの疑問は、何故技術屋でもない僕がアニアに連絡を取りたがっているのか、ということだったようだ。
「ええ、機巧魔神の専門家である彼女に聞けば何か分かるんじゃないかと……」
今言ったのは本当の事も含まれているし、嘘のことも含まれている。
本当のことは、副葬処女の解放手段について彼女が少なくとも塔貴也さんよりは知っているであろうということ。
嘘は操緒がああなった原因を僕が知りたい風に装っているということ。
実際は
「……うん、ちょうどいいか」
「……どういうことですか?」
どちらの意味でさっきの言葉を取ったのかは知らないが、そんな僕の様子を見た塔貴也さんは決意したような表情でそう言った。
「僕も以前から彼女と連絡は取り合っていたんだ」
「……へぇっ!?」
そんなこと今まで一度も……
「まぁ、特に教える必要もないと思ってたから言わなかったんだけど……大体僕が中学に入学したころに彼女の方から連絡があってね。
それ以来メールやオンラインゲームなんかではよく話してるね」
「そうだったんですか……」
……成程。
驚きはしたけれど、改めて考えてみれば非常に納得はいく。
アニアが僕らと同じように戻ってきたのなら、何らかの手段で未来を変えようとするだろう。
てっきり、彼女は姉のクルスティナさんのことを優先させるだろうと思っていたが……そういうわけではなかったらしい。
僕が橘高道場に通っているように、奏が僕たちの中学に入学してきたように、アニアが塔貴也さんと連絡を取るのは全くおかしくない。
むしろ、当然だと思う。
「それで、秋希のことがあったから一度直接彼女と話し合いたかったんだ。
流石にメールやオンラインゲームで黒科學の話を長々と出来る訳もないし……」
「じゃあ……」
「ああ、この間彼女が『近々来日したい』って話していたと言ったろ。
具体的な日時は決まってないけど、夏までには向こうも来てくれると思うよ。
まぁ、詳しい日程が分かったら教えてくれるらしいから……それでいいかい?」
「はい。
これ以上ないくらい大丈夫です。
ありがとうございました」
それだけ言って、塔貴也さんとの会話を終え再び練習に戻る。
今度は春楝と春楝・闇を手に取り、鳳島蹴策の作り出した氷人形を相手に模擬戦を行う。
(影人形とか氷人形は、2人の魔力操作の鍛錬も兼ねている)
……そうか、アニアが来てくれるのか……
僕たちだけじゃどれだけ考えても堂々巡りだった議論にこれで終止符が打てるかもしれない。
まだ、彼女に直接会って確かめた訳じゃないけど、今のアニアはリアルに『体は子供頭脳は大人』のどっかの名探偵?みたいな状況のはず。
それに、1巡目で機巧魔神を開発した悪魔も彼女だ。
どんな専門家が来るよりも頼りになる。
そう思うと、
ビュ!!
自然、両手に持った黒刀にも勢いがつき、右手に持った春楝が氷人形の持っている薙刀を切り落とす。
「おお!!
危ない危ない、いきなり強くなったな……何かあったのか?」
「……別に、大したことじゃないさ。
それより気を抜くなよ、その瞬間にその首とってやるから」
「は!!
やれるもんならやってみろ!!」
氷人形の後ろで人形を操っている蹴策が僕の剣筋がいきなり強くなったことに驚きながらも、その後の言葉の応酬にのせられたのか熱血バトル漫画のようなセリフを僕に言ってくる。
まぁ、挑発したのは僕だけど……
パキパキと、空気中の水分を凍らせて薙刀を修復していく氷人形。
実戦だったらそんな最中に遠慮なく攻撃を加えるけれどこれは模擬戦だ。
万全な相手の状態でこそ学べることがある。
だから、修復が終わるのを待つ。
そして、
パキッ!!
終わった瞬間に溜めた力を解放する!!
実際、実力は氷人形の方が若干上だろう。
今まで秋希さんや冬琉さん、それに八條さんたちのような圧倒的な上位の実力者たちとばかりやり合ってきたから、こうして実力がそれなりに拮抗している相手と闘うのは今までにないぐらい新鮮だ。
氷人形の振り下ろしてくる薙刀を左手に持った黒刀で捌きながら、時々右手で攻撃を加えながら微妙に立ち位置をずらしていく。
上位の人から学ぶことは勿論言うまでもなく多い。
だけど、実力が似通っている相手だからこそ学べることもある。
……純粋に自身の剣技がどこまで役立つか試せるということもあるが……
そうしてずらしていった立ち位置が逆転し、僕が立っていた位置に氷人形が立った。
それが分かった瞬間、
「クッ!!」
今までにない速度と手数で猛攻を仕掛ける。
タイミングを見計らった理由の一つ目は、僕が氷人形と蹴策の間に立つことにより蹴策の操作が不安定になること。
二つ目は、純粋に立ち位置の問題。
僕が最初にいた時は後ろが壁だった。
だけど、今は逆。
氷人形の後ろが壁だ。
僕の攻撃に押され、ジリジリと氷人形が後ろに下がっていく。
そうして、
コツ
氷人形の踵が壁に当たった。
その音が僕の耳に届いた瞬間、
右手に持っている黒刀で氷人形の薙刀を一気に押さえつける。
必死に元の位置に戻そうとしてくるけれど、それをそのまま押し留める。
そして、そのまま、左手に持っている黒刀を、氷人形の胸に刺す。
胸に黒刀を刺された氷人形は、胸に刀が刺さったというそれ自体が合図のように砕けて消え去った。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
その日の帰り道
「はー、今回は俺の負けか……」
「まぁ、夏目も毎日俺や秋希たちに扱かれてたんだ。
あれぐらい勝てるようになってるさ」
「いえ、今回は立ち位置が良かっただけですよ。
広い場所でやったら多分負けてます」
一緒に帰っているのは僕と操緒と奏に加え、八條と鳳島の両兄妹と雪原さん。
「それにしても、ずいぶんと早い成長の様ですわね……僅か一年たらずでお兄様の氷人形に勝てるようになるなんて」
「夏目くんも頑張ってます、から……」
僕らがいる今の光景は、以前の世界では考えられなかった光景だ。
八條兄妹は別としても、
仲の良い鳳島兄妹。
敵対関係にあった奏と氷羽子さんが親しげに会話をしている。
勿論、今でも嵩月家と鳳島家は仲が悪い。
だけど、その跡継ぎである娘2人は非常に――と言って良いのか不明だが――仲が良い。
奏の方は、僕らに敵対している相手じゃない限り基本嫌悪感を示さない。
氷羽子さんの方は、奏が自身の兄に手を出す事がないと分かってからは年の同じ雌型悪魔の友人として付き合っているようだった。
家のしがらみは当然あるけれど、今の2人はそのことをほとんど気にしていないように見える。
因みに、鳳島兄妹のことはややこしいので名前で呼ぶよう2人に言われた。
蹴策に至っては敬語じゃなくていいとも言ってきているから、存分に呼び捨てにしている。
「それにしても、あの道場は全員のレベルがかなりのものだからね。
知らない間に実力が引き伸ばされてたんじゃないかい?」
『トモに限ってそれはないと思うけどなーー』
「……私もそう思います」
割と辛辣な言葉を使ってくる美呂ちゃん。
この子はかなりの毒舌家だったりする。
今はかなり慣れたけど、初めの頃は大量に心に矢が刺さったものだ。
そんな美呂ちゃんも兄の和斉さんと話している時は雰囲気を一転させて、かなり甘えた調子になっている。
やっぱり兄という存在は、そんな頼れる存在なんだろうか?
僕の兄と言える存在はあんな奴だったから何とも言えないけれど……
そんなごく普通な――少し物騒な――どこにでもある光景。
何が切掛けでこの光景が崩れたのかは分からないけれど、こんな何でもない光景を護っていきたいと思う。
それは皆同じだったのだろう。
だから、
「「「「「「「『……誰(だ、ですか)?』」」」」」」
僕たちを待ち伏せしていたかのように立ちはだかった1人の男に全員が揃ってそう声をかけた。
そんな僕らの言葉にその男は、
「ククク」
笑って、
「――暴れ回れ、
そう言い放った。