闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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あー、大学生活最後の夏休みももう終わりか……来年はどうなってんのかな……?


17回 襲撃と再会

 

「――暴れ回れ、尖晶(スピネル)!!」

 

目の前にいる男がそう言い放つと、同時に男の影の色が変わった。

夜の闇の中ではっきりとは分からなかった影が、闇の中でも分かるほどの昏い闇の色、いや、見えているのに何も見えないほどに完全な漆黒の虚無の色へと。

その漆黒の虚無の影を引き裂きながら、一対の腕が現れる。

機械仕掛けの巨大な腕。

現れた腕を使い、自身の体を影の中から浮かび上がらせる。

 

「機巧魔神(アスラ・マキーナ)!?」

 

前触れもなく突然現れた襲撃者に浮き足出つ僕たち。

そんな僕らを見ながら、

 

「ひい、ふう、みい……悪魔が5人に演操者(ハンドラー)?が2人か……はぁ、回ってきた情報よりも面倒そうだな」

 

どこか場違いな溜息を洩らす襲撃者。

そんな男の背後に屹立する機巧魔神(アスラ・マキーナ)はピクリとも動かない。

暗闇の中で圧倒的な威圧感を放つそれは、全体的な色調はくすんだ青で統一され、所々が赤で染め上げられている。

フォルムは黒鐵や鋼とは違い、細身?だ。

今まで見たことのある機巧魔神(アスラ・マキーナ)の中で形状が一番近いのは亜鉛華かもしれない。

だけど、亜鉛華が全体的に角が少なく丸い形状であるのとは違い、この機巧魔神(アスラ・マキーナ)は所々に鋭角が多用されている。

そんな形も影響しているのか、僕が今迄見てきたどんな機巧魔神(アスラ・マキーナ)よりも細長く見える。

まぁ、だからと言って、油断出来る相手ではないのだが。

今迄僕が見たことがないということは、まるで相手の情報が分からないということ。

尖晶(スピネル)なんていう名前も一度だって聞いたことがない。

警戒してしかるべきだ。

 

「……情報?」

 

襲撃者の口から洩れた言葉に反応する八條さん。

既に彼の手には自身の得物である槍が握られており、更に影を槍に纏わせて強化している。

万全な戦闘態勢だ。

隣にいる美呂ちゃんも、自身の周囲にある影を動かしながら様子を伺っている。

 

「ま、いっか」

 

そんな八條さんの反応など聞こえなかったのか、自身で勝手に納得したようだった。

そして、再び僕らに、いや、奏たち雌型悪魔(・・・・・・・)に視線を向け、

 

「さぁて、補充補充!!」

 

そんな意味が良く分からない言葉と共に嗤いながら襲いかかってきた。

身構える僕たち。

八條兄妹は先程の状態を発展させており、鳳島兄妹は氷の薙刀を構えている氷羽子さんと、魔精霊(サノバ・ジン)を呼び出し使役している蹴策と、それぞれ戦闘準備は万端なようだ。

奏は擬態を解き、懐刀を構える。

僕も、春楝と春楝・闇を鞘から抜き、構える。

八條さんがやや疑惑の籠った視線を向けてきたけど、とりあえず今は反応している暇がない。

既に、敵の機械仕掛けの悪魔は僕らに向かってきているのだから。

僕は、僕らと襲撃者がすぐに戦闘に入ることになると当然の様に認識していた。

だが、そんな僕の予想を裏切り、向かってきている機械仕掛けの悪魔と僕たちの間に1人の人物が割って入ることになった。

 

「ふぅ、GDに就任して最初の仕事がこんなことだなんてね」

 

その人物とは、学生連盟所属のGD、演操者(ハンドラー)で、こっちの世界ではつい3時間程前に会ったばかりの人物。

 

雪原瑶

 

「――吹き荒べ、玻璃珠(カルセドニー)!!」

 

彼女がそう叫ぶと彼女の影の色も襲撃者と同じように変化する。

暗い、昏い闇の色、漆黒の完全な虚無の色へと。

そこから現れたのは純白の巨大な腕。

浮かび上がってきた魔神の腕は、相手の機巧魔神(アスラ・マキーナ)の腕を受け止める。

 

「ちっ、GDか!!」

 

襲撃者は想定外の相手に驚きながらも、自身の魔神を動かし続ける。

未だ完全には姿を現していない相手を潰してしまおうと考えたのだろう。

尖晶(スピネル)と呼ばれた機巧魔神(アスラ・マキーナ)が自身を受け止めた純白の腕を支えとして両足を振り上げる。

だが、

 

「させるかよ!!」

 

蹴策の放った氷の妖鳥の形をした魔精霊(サノバ・ジン)が尖晶(スピネル)に向かい氷の翼をはためかせて飛んでいく。

 

「ちっ!!」

 

それに気付いたのだろう、今にも腕を蹴り壊そうとしていた機巧魔神(アスラ・マキーナ)の足を下げさせ、機体を後ろに引いて魔精霊(サノバ・ジン)をやり過ごす襲撃者たち。

その隙に、影から完全に姿を現す雪原さんの機巧魔神(アスラ・マキーナ)。

その機体は純白の甲冑に身を包み、顔を仮面で覆っていた。

これで剣でも提げていたら主人に仕える騎士に見えていたことだろう。

 

「……玻璃珠(カルセドニー)……

 そうか、最近GDに新しく就任したっていう≪右手(デストラ)≫はお前だったのか……」

 

「ふうん、知ってたのか」

 

「そりゃあな……」

 

瑶さんと襲撃者が会話をしているけれど、僕の頭の中が混乱しまくっているせいで、彼らの会話があまり頭に入ってこない。

 

白銀じゃなくて玻璃珠(カルセドニー)だって!?

知らない機体だけど、そんなことが問題なんじゃない。

どうして、白銀じゃないんだ!?

しかも、その機体の演操者(ハンドラー)が≪右手(デストラ)≫なんて呼ばれてるし!!

ひょっとして、白銀も黑鐵もこの世界には存在していなかったとか?

いや、でも、それならどうして黑鐵・改が僕の影の中にいる。

 

戦闘中にもかかわらず僕の頭は現実とは違う方向に向いてしまっていた。

それでも、構えを解いていなかったのは、橘高道場に通い続けた成果か、それとも単に体を動かすことを頭が拒否しているのか。

 

「けど、まぁ、有名ってことはそれだけ対処法も知られてるんだよ――尖晶(スピネル)!!」

 

襲撃者の声を合図に青い魔神から濃密な魔力が漏れだす。

何かやらかそうとしているのが嫌でも分かる。

当然、黙って見ているわけにもいかない。

今までは、機巧魔神(アスラ・マキーナ)同士の取っ組み合いであり、襲撃者も割と機巧魔神(アスラ・マキーナ)の近くにいるため誰も巻き込まれないようにしていたが、そういう訳にもいかなくなった。

 

「俺たちは演操者(ハンドラー)を抑える。

 美呂、蹴策、お前たちは玻璃珠(カルセドニー)の支援を頼む」

 

「分かりました」

 

「おう」

 

すぐに八條さんが指示を出し、それに従って動き出す僕たち。

雪原さんにも聞こえていたのか、相手の魔神を出来るだけ襲撃者から引き離そうとしてくれている。

が、相手もそうそうこちらの思惑に乗ってくれるわけではない。

細身の体系には似合わないほどどっしりと構え、一歩も前に進もうとしない。

そんな不動の魔神に向けて、

 

「くらえ!!」

 

蹴策が能力を使って攻撃をかける。

蹴策は氷の牢獄を相手の機巧魔神(アスラ・マキーナ)の頭上に作り出し、相手を牢内に捉えようとする。

当然相手は避けるために玻璃珠(カルセドニー)から離れ、引こうとするが、

 

「逃がしません!!」

 

それを美呂ちゃんが押し留める。

周囲の影を束ね集めた縄を幾重にも魔神の足に絡みつけていく。

予想外の方向からの奇襲によろけ、その場に留められる敵の魔神。

漏れ出していた濃密な魔力を足元に向け、影の拘束から突破しようと試みるが、

 

ガンッ!!

 

それより先に牢獄内へと収監される。

そしてそこに、

 

「はっ!!」

 

玻璃珠(カルセドニー)から放たれたのであろう、風の槍が牢の隙間を縫って襲いかかる。

 

「くそっ!!

 尖晶(スピネル)!!」

 

行動を制限された魔神は必死に脱獄しようとしているが、そう簡単には抜け出せなさそうだ。

なんせ、壊れた端から修復されていくんだから。

それでも、修復する速さよりも破壊する速さの方が速い。

急がなければ。

未だに相手が機巧魔神(アスラ・マキーナ)の能力を使ってこないのが疑問だけれど、使われるよりも前に制圧してしまった方がいい。

単純な腕力?だけでも、氷の牢獄は壊されそうだし。

まぁ、魔神が脱出するよりも前に、

 

「チェックメイト、だ」

 

八條さんが襲撃者を制圧する方が早かった。

槍の穂先を相手の首元に突き付ける。

 

「機巧魔神(アスラ・マキーナ)を戻してもらおうか」

 

相手に突き付けた言葉は当然の要求で、断ればどうなるかは相手にも分かっているだろう。

青い魔神も動きを止め、牢獄内で立ち尽くしている。

 

「…………………」

 

槍を突き付けられている男は黙ったまま、自身に突き付けられた。

観念したのか、それとも……

 

「おい、さっさとしろ!!」

 

槍を突き付けた状態なのに、いつまで経っても魔神を影に戻そうとしない襲撃者に八條さんも焦れてきたのだろう、槍の穂先が相手の顎を押し上げ、俯いていた顔を無理矢理押し上げる。

が、

 

「……てめぇ!!」

 

引き上げた相手の顔を見て、八條さんは怒りを顕わにした。

悔しくて俯いているかと思った相手は、そんな予想を裏切り、嗤っていたのだ。

 

「あー、ようやく来た」

 

そんな相手の表情を見て槍を振り上げた八條さんを余所に、その男はそんな言葉を呟いた。

その言葉を疑問に思った瞬間、

 

ゴウッ!!

 

一筋の翠色の何かが八條さんに迫ってきた。

 

「チッ!!」

 

振り上げていた体勢を止め、すぐに後ろにいた僕らの場所まで下がる。

だが、迫っていた翠色の物体はそのまま進み、襲撃者を掻っ攫った。

翠色の物体はそのまま宙に進み、遠ざかって行く。

 

「逃げられたね」

 

気付けば牢獄内にいたはずの青い魔神も消え去り、雪原さんも純白の魔神を影の中に戻していた。

 

「みたいですわね」

 

それに返事を返しながらも、誰も警戒を緩めはしない。

唐突に起きた戦闘がこれで片付いたとは考え難い。

一先ずそれぞれの得物は閉まっているが、いつでも展開できる状態だ。

 

『それにしても、何が目的だったんだろうね……?』

 

「なんか、『補充補充』って言ってたけどな」

 

結局相手が襲ってきた理由が良く分からない。

判断できるだけの手掛かりが少なすぎる。

手掛かりは、相手が洩らしていた『補充』という単語と、その前に向けていた雌型悪魔に向けた視線。

もしくは、『回ってきた』と言っていた情報。

 

「大丈夫でしたか、お兄様……?」

 

「ああ、特に怪我らしい怪我はない。

 お前は大丈夫だったか?」

 

「はい!!」

 

そう言えば、何だかんだで有耶無耶になってたけど……どうして雪原さんの機巧魔神(アスラ・マキーナ)が白銀じゃないんだろうか?

僕たちの世界とは違うから絶対に白銀じゃないといけないというわけではないけれど

この分だと、冬琉さんの機巧魔神(アスラ・マキーナ)も黑鐵じゃないかもしれない。

 

「あの……だいじょうぶ……?」

 

「あ、ああ。

 僕は大丈夫だよ。

 嵩月は?」

 

「私も、平気、です」

 

まぁ、今度アニアに会った時にでも聞いて見よう。

あいつなら何か知ってそうだしな。

自分の中で燻っている疑問に一先ずの区切りをつけ、歩き始めた皆の後を追う。

 

……はぁ、すごく内容の濃い1週間だったな……

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

そして、春休みに入り早いもので1週間。

僕と奏と操緒、それに塔貴也さんは空港にいた。

来日するアニアを迎えに来たのだ。

一応表向きは、塔貴也さんが科学狂会からの指示で彼女の世話をすることになっている。

で、僕らはそんな彼に頼まれた護衛役ということだ。

何故なら、やたらと黒科学の技術をあいつが発展させまくったせいで、アニア自身がかなりの重要人物になってしまったのだ。

だから、護衛なんかが必要になってしまっている。

向こうの家からも1人付いて来るらしいけれど……

 

「はぁ……」

 

空港の到着ロビーにおいてあるベンチに腰を下ろし、溜息をつく。

今、塔貴也さんはトイレに行っている。

アニアに会えるのは全体的に見ればプラスなんだろうけれど、僕個人としてはマイナス面が大きい。

出来るだけ運気を吸われないようにしなければいけない。

運気が少なくなったせいで色々失敗するのは流石に笑えない。

 

『……なんか、かなり憂鬱そうだけど……どうしたの?』

 

「いや、何でもないよ。

 仕方ない。

 うん、仕方ないんだ」

 

自分に必死に言い聞かせる。

 

「『?』」

 

2人とも僕の態度が不思議なのだろう。

首を捻っている。

まぁ分からないなら分からないでいいさ。

とまぁ、そんな風に時間を潰していた僕たちの前に1人の少女――幼女?――が現れた。

相変わらず無駄に豪勢な衣装だ。

クラシカルなドレスを身に纏い、いかにも貴族のご令嬢といった雰囲気だ。

最後に会った時よりもかなり背は低くなっているが、その銀色に近い金髪は相変わらずの長さだ。

思っていたよりも幼い容姿に驚きつつも、ベンチから立ち上がって声をかける。

 

「久しぶり、でいいのかな?ニア」

 

「ああ、8年ぶりか、智春、奏。

 それに……操緒」

 

『うん、久しぶり?ニアちゃん』

 

「ニアちゃんも、元気そうで……」

 

彼女、アニア・フォルチュナ・ソメシェル・ミク・クラウゼンブルヒは僕たちに声をかけてから、僕に向き直り、

 

「ふむ……」

 

ガブリ

 

「って!!会っていきなりそれか!?

 噛むな!!吸うな!!」

 

僕の腕に噛みついてきた。

必死に腕を振って噛みついてきたアニアを振り払う。

……くそぅ、ほんの少しの時間ではあったけど、幾らか運気を吸われたのが分かる。

ああ、つい警戒態勢になってしまうじゃないか。

 

「むぅ……脂肪が減って筋肉がついているな……噛みにくいわ!!」

 

「そんなことでキレるな……!!」

 

怒りたいのはこっちの方だ!!

噛んでくる方の事情なんか噛まれる方が知ってるわけないだろうが!!

ギャーギャー言い合いを始める僕とアニア。

 

「ふふ……」

 

『はぁ、子ども……あれ、ニアちゃんは子どもで良いのかな?』

 

そんな僕らを見ながら、奏は嬉しそうに笑い、操緒は呆れの溜息をついていた。

 

何にせよ、これで揃ったのだ。

神(デウス)に襲われ、過去という名の別世界に逃げ出した未来の知識を持った人物が。

 

これで、ようやく始まるんだ……!!

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

アニアと合流し、塔貴也さんもトイレから戻ってきたので一先ず皆で橘高・炫家へと向かうことになった。

その際に、アニアの護衛の人が加わることになったのだけど……

 

「皆さんはじめまして。

 アニアお嬢様の護衛をしております、ダルア・ミドラマルスィ・クラウゼンブルヒですわ」

 

1巡目の世界で出会ったクラウゼンブルヒ財団の雌型悪魔。

アニアとは違い、ショートヘアの金髪で、ビシッと黒いスーツに身を包んでいる。

年齢は以前出会った彼女よりも幾らか若く20代の前半と言ったところだろうか。

……うん、まだオバさんじゃなくてお姉さんで十分に通じるな。

あまりにも予想外な人物の登場に僕らは呆気にとられてしまった。

いや、この世界にいてもおかしくはないし、クラウゼンブルヒの名前を使っていたことからも何かアニアと関係あるんじゃないかとは思ってたけど……

ふと、アニアの方に目を向けてみると、

 

「ふふん」

 

悪戯が成功した悪ガキのような表情――いや、アニアの年齢を考えれば悪ガキそのものかもしれない――を見せていた。

無駄に得意気なのがどことなく腹が立つ。

 

「わざわざ、遠いところをお越しいただきすみません。

 僕は炫塔貴也。

 こっちの2人は、夏目智春と嵩月奏。

 副葬処女(ベリアル・ドール)の少女は水無神操緒です。」

 

「な、夏目です。

 よろしくお願いします」

 

「嵩月奏、です」

 

僕らが呆気にとられている間に、塔貴也さんが僕らの分も自己紹介を済ませてしまっていた。

慌てて塔貴也さんに続いて自己紹介をする。

 

「演操者(ハンドラー)……」

 

そんな僕らを見たダルアさんは、僕と操緒に視線を向けると嫌悪の表情を顕わにした。

まぁ、気持ちは分からないでもない。

僕だって奏の護衛に佐伯兄が就いていたら似たような表情になっているだろう。

とはいえ、僕にしても、操緒にしても、それらの感情を向けられて嬉しいとは思わない。

かといって、初めて会ったばかりの相手にいくら言った所でも変わらないだろう。

どうしたものか……

 

あの塔貴也さんも珍しく困惑した表情になっている。

その場にいる全員がクラウゼンブルヒの人間以外が思い、悩んでいた時だった。

 

「ああ、こいつらなら問題ないぞ、ダルア」

 

意外?な所から助け船が出された。

言葉を放ってきたのは、彼女にとっての護衛対象でもあるアニア。

 

「何故です、お嬢様……?

 演操者(ハンドラー)とは私たち悪魔の敵であるはず。

 それはいくら科学狂会から派遣されている相手であろうと、変わらないはずです」

 

本来の存在意義は違うけど、世間一般?の認識や扱いとしてはそれで合っているのだろう。

アニアもそれは分かっているだろうに。

 

「お前は、紹介された面々を見ていなかったのか?

 この演操者(ハンドラー)と一緒に紹介されたのは誰だ?」

 

「一緒に……?」

 

アニアの言葉で思い出したのか、僕の隣に立っている奏に視線が向く。

そして、彼女は暫く奏に視線を向けていたのだが、

 

「ああ、そういうことですか……」

 

納得したのか、僕たちに対する嫌悪の視線を一先ず収めてくれた。

 

「そうだ。

 この演操者(ハンドラー)の隣にいるのは、悪魔。

 しかもかなり高位の悪魔だ。

 そんなのが無警戒で隣に立っているんだ。

 一先ず信用してもいいだろう」

 

そうダルアさんに言ってるけど、本当は昔から僕らのことを知っているからアニアは警戒していないのだと思う。

実際、以前初めて会った時は、隣に奏がいても警戒心丸出しだったし。

そんな以前の世界でのアニアのことを思い出しながら、塔貴也さんに先導されて空港の出口まで歩いて向かう。

車などの移動手段がない以上、バスで向かうしかないのだ。

と、僕が集団の最後尾を出口の自動ドアに向かって歩いていくと、

 

ガンッ!!

 

「グッ!!」

 

何故かドアが開かず、思いっきり顔と体をぶつけてしまった。

 

「っー……」

 

ぶつかった部分をさすりながら再びドアに向かうが、全く開く気配がない。

 

「……なんでさ……?」

 

『……何やってるの?

 トモ』

 

ドアをすり抜けて先に進んでいたはずの操緒が戻ってきた。

いつまで経ってもやってこない僕を迎えに来たらしいのだが、

 

「なんか、ドアが開かない……」

 

『……へ?』

 

僕もかなり情けないことを言っているのは分かるけど、そんな風にあからさまに憐みの視線をこちらに向けるのはやめてほしい。

僕だって原因が全く分からないんだから。

 

『お、開いたよ』

 

「…………………」

 

とりあえずドアの横に立っていたのだけど、後ろからやってきた青年がドアに近づくと普通にドアは開きその青年は外に出て行った。

何とも言えない気分になりながらも青年の後に続き、僕も外に出る。

その後は幸い何事もなく皆の所に合流できたのだけど……

 

「ふむ、思ったよりも早かったな……」

 

合流した僕らに最初に言葉をかけてきたのは、奏と談笑していたアニアだった。

因みに、ダルアさんは塔貴也さんと会話中。

 

「思ったよりって……」

 

「もっと吸っておくべきだったか?」

 

『吸う……?』

 

ああ、思い出した。

そういやさっき少しだけど運気を吸われてたっけ。

ということは、さっきの自動ドアの原因はアニア、お前か。

 

「まぁ、安心しろ智春」

 

「……何を……?」

 

再開した直後にこんなことをされて安心できるか!!

 

「以前よりも運気は溜まっているから、そんなに吸わなくてもすむ……多分な」

 

「不安になる言葉をありがとう」

 

どっちにしろ吸われるってことだろうに……

まぁ、奏とか冬琉さんが余計不幸になって何が起きるか分からないよりはましだと思って納得しておこう。

そうとでも考えておかないとキツい。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

アニアとダルアさんは、橘高家に暫くの間逗留することが決まった。

炫家でも良かったのだけれど、警備装置とかがより高性能なのは橘高家の方だったのでそうなったらしい。

で、現在、

 

「……ふむ、こっちの事から話しておいた方がよさそうだな」

 

アニアにあてがわれた部屋に僕と奏に操緒、それに現在の部屋の主であるアニアがいた。

荷物の整理がある程度終わったので、全員畳の上に敷かれた座布団に座っている。

ドレス姿のアニアが座布団に座っているのはかなり違和感があるけれど、本人がさして気にしていないので特に問題はないのだろう。

 

「どうも、そちらの方が色々あったようだからな」

 

操緒の方に視線を向けながらアニアがそう言う。

そんな彼女の視線と言葉に苦笑で返事を返す操緒。

 

「まぁ、私から話すことはあまりないが……ああ、そうだ。

 姉様のことはもう心配しなくていいぞ」

 

「「『……え……?』」」

 

最初に彼女の口から飛び出した言葉は、重要な事であるはずなのに凄く軽い調子で放たれた。

 

「奏と操緒、お前たち2人まで何を呆けた顔をしている。

 智春だけならまだしも……」

 

「いえ、その……」

 

『というか、クルスティナさんって、まだ日本にも来てないはずなのになんで大丈夫なの……?』

 

奏は困惑を、操緒は疑問を口にのせ、アニアに返す。

僕はと言えば、未だに唖然としていたりする。

 

「なに、理由は簡単だ。

 姉様には既に契約者(コントラクタ)がいる。

 それだけだ」

 

「「『………………』」」

 

で、更に続けられた理由は、尚のこと僕らを唖然とさせた。

確かに、契約者(コントラクタ)が既にいるのなら大丈夫なのだろうが……それで良いんだろうか?

 

「まぁ、私としても気に入らない相手には違いないが、姉様を大事にしてくれている分加賀篝の奴よりはましだ」

 

そう洩らすアニアから続けられたのは、クルスティナさんをどうやってその方向に持っていったのかということと、自身のこれまでだった。

 

まず、クルスティナさんのことだが、アニア曰く、彼女にしろクルスティナさんにしろ、貴族の令嬢らしく周囲の人間や悪魔からは蝶よ華よと育てられてきたそうだ。

ついでに言えば、屋敷の外に出たこともほとんどなく、出ることがあってもダルアさんのような護衛が何人も付いてきたらしい。

 

まさしく籠の中の鳥だ。

 

前回の世界でもそれは同じだったらしく、以前の世界でクルスティナさんが初めて自由を手にしたのが洛高にやって来た時。

その際に加賀篝と出会ったのであろう。

アニアはその事から考え、屋敷の外に出たがっていたクルスティナさんを手助けして、1度独りで屋敷から外に出してあげたのだそうだ。

その際、アニアはこっぴどく叱られたのだそうだが、本人があまり気にしていないのでそれはどうでも良い事だったのだろう。

それで、アニアの作戦は見事に的中した。

 

クルスティナさんは見事にとある人間の男性に引っ掛ったらしい。

 

引っ掛ったと言うと言葉が悪いかもしれないが、要は一目惚れ。

もしくは、色々あって惹かれたのかもしれない。

何にしろ、とりあえず恋愛対象が出来た。

その後の過程はアニアも特に語らなかったが、結果として、その男性と結ばれ契約に至ったらしい。

 

つまり、クルスティナさんに選ばれる相手は一種のインプリンティングのようなものが原因だったのだ。

 

以前の世界では加賀篝。

彼も世界的に有名なロックギタリストだし、女性のファンもたくさんいた。

クルスティナさんが惚れるのもなんとなく納得がいく。

今回の世界の相手はどんな人物かは知らないけど、アニアの言葉を聞いているとなんとなく想像はつく。

まぁ、どっちにしろ、

 

「そっか……良かった」

 

一つ未来が変わった。

加賀篝が薔薇輝(ロードナイト)の演操者(ハンドラー)になることは回避できないかもしれないが、1人の悪魔の命が悲劇から遠ざかった。

 

「……そう……です、ね」

 

『……うん』

 

奏や操緒も僕と同じように、色々と思うところがあったのだろう。

感じ入ったようにアニアの事を見つめていた。

再び独りで頑張ってきた少女のことを。

 

後は、アニアのこれまでだ。

クルスティナさんの事以外は、ひたすらこの世界の歴史や機巧魔神(アスラ・マキーナ)の事について学んでいたらしい。

その過程で、新技術の提案だとか、新プラグインの開発をしていたそうだ。

たまに、息抜きでオンラインゲームをしていたと言っていたが、以前の世界でのことを思い出す限り、絶対息抜きのレベルじゃないと思う。

それでこっちに連絡で来たのだから結果としては良いのかもしれないけど。

 

「まぁ、私の話はこんな所だな。

 次は智春、お前たちの番だ」

 

自分の語るべきことが終わり、卓上に置いてあったお茶を啜るアニア。

 

ドレスに湯呑……

 

まぁ、アニアだしな……

 

「ああ、了解」

 

今度は僕が話し始めた。

所々で奏の補足を加えながら全て。

 

飛行機事故の後に目覚めたことから、入学式で奏と再会したこと、その後嵩月組に連行されたことと認められたこと、橘高道場に通うようになってからのことや、悪魔の家同士の会合、それに合宿のこと、以前の世界の操緒と黒鐵の帰還のこと、秋希さんの副葬処女(ベリアル・ドール)化を止められなかったこと、そして、先日の演操者(ハンドラー)の襲撃事件まで、全て話した。

 

こうして改めて振り返ってみると、それなりに内容の濃い1年だった。

 

「そうか……」

 

僕たちのこれまでを聞いたアニアは手を口に当て、考え込むような体勢になる。

考えている途中で悪いが、

 

「なあ、ニア。

 尖晶(スピネル)の演操者(ハンドラー)が、玻璃珠(カルセドニー)の演操者(ハンドラー)が学生連盟の≪右手(デストラ)≫って言ってたんだがどういうことか分かるか……?

 雪原さんの機巧魔神(アスラ・マキーナ)が白銀じゃないのはこの際措いといて」

 

つい先日感じた疑問を彼女にぶつけてみる。

本来学生連盟に所属し、GDとして活動しているのは金属の名を冠した10機の強力な機巧魔神(アスラ・マキーナ)の演操者(ハンドラー)だけであるはずだ。

それなのに、玻璃珠(カルセドニー)とかいう機体がGDに所属し、あまつさえ≪右手(デストラ)≫という地位に納まっている。

あまりにも以前の世界と違いすぎる。

一体、どうなっているのか。

 

「そのことか……」

 

伏せっていた顔を上げ、僕らの方に視線を向け直すアニア。

特に考え込む様子もない辺り、既に答えは知っているようだった。

 

「まず、前提として知っておいてほしいのが……この世界に黑鐵と白銀は本来であれば存在しない」

 

『どういうこと……?

 白銀はともかく、黒鐵なら呼びだせないけどトモの影の中にいるよ?』

 

操緒の疑問は尤もだ。

確かに存在しているのに、存在しないというのはいくらなんでもおかしいんじゃないだろうか……?

 

「話は最後まで聞け。

 それに、私は“本来”と言ったのだ。

 私自身、先程まで納得がいかなかったが智春の話を聞いて納得がいった」

 

そこでまた、ズッ、とお茶を啜るアニア。

いいからサッサと続きを話せ。

僕の視線に何か感じ取ったのか、単に僕が黑鐵の演操者(ハンドラー)だからか、とにかく僕に視線を向けて続きを話し始めるアニア。

 

「いいか、今お前の影の中にいる黒鐵はこの世界の機巧魔神(アスラ・マキーナ)どもの間では例外中の例外だ。

 黑鐵と白銀、この2機はイクストラクタこそ存在しているものの、こちらの世界では一度も召還されていない」

 

「……契約が出来ないってことか?」

 

「ああ、そうだ。

 過去にイクストラクタを使い、副葬処女(ベリアル・ドール)を奉げた連中もいたそうだが、一生をただの“幽霊憑き”として過ごしたらしい。

 その事から推測するに、この世界が始まった時点では黑鐵も白銀も“うずしお”に帰還していなかったのだろう。

 ……いや、白銀は初めから使えなかったのかもしれないが……

 まぁ、何にせよ、その状態が世界の始まりから今迄続いてきた。

 だが、以前の世界の操緒がお前を見つけて、こっちの世界の操緒と同化したことで黑鐵は非在化もせず、お前の影を通って“うずしお”に帰還できた。

 つまりは、ようやく黑鐵もこの世界に追いついたということさ」

 

……えっと、アニアの言ったことを時系列で纏めると、

 

1:世界の狭間で黑鐵・改と操緒が取り残される

2:この世界が始まる

3:僕や奏、それにアニアがこの世界に辿り着く

4:以前の世界の操緒と黑鐵・改がこの世界に辿り着く

5:黑鐵・改が“うずしお”に帰還する

 

と言った感じだろうか。

まぁ、矛盾はしていない。

“うずしお”に帰っていないのであれば召還出来る訳もないからだ。

それ故に、この世界では存在しないもの――消滅した機体――として扱われても不思議ではない。

だけど、それが学生連盟の≪右手(デストラ)≫とかの問題にどう関わってくるのかさっぱりだ。

そう思い、納得しながら頭を傾げるというおかしな行動を取っていると、その僕の行動を見て察してくれたのかアニアが続きを話し始めた。

 

「それで、知っているとは思うがこの世界は二巡目の世界の様に進んでいる」

 

「ああ、それはまぁ……」

 

「おかしいとは思わないか?

 二巡目の次の世界、と来れば二巡目で塔貴也が跳ぼうとしていた三巡目であるはずだ。

 だが、この世界は歴史がほぼ間違いなく二巡目として経過している」

 

それは……確かに。

部長が創った三巡目であれば、悪魔や機巧魔神(アスラ・マキーナ)が存在しているわけがないし、それらが存在していたとしても秋希さんが副葬処女(ベリアル・ドール)になる訳もない。

 

では、この世界は一体?

 

気付けば、僕と奏、それに操緒の顔から冷や汗が垂れている。

知らない間に、この世界の真実に気付いてしまったかのような。

 

「私も推測だったが、さっきのお前たちの話を聞いてそれが正しいと確信した。

 この世界は――

 

 リセットされた二巡目、もしくはあの一巡目から分岐した二巡目だ。

 

 そう考えれば、全て説明ができる」

 

アニアから続けて語られるこの世界の歴史観に基づいた、真相。

悪魔などの存在が変わらずにあるものの、黑鐵や白銀などの抜けたパーツも存在すると言う本来の二巡目ではありえない世界。

だが、確かにアニアの理論であれば、学生連盟の問題も瑶さんの問題も納得がいく。

この世界が二巡目としてやり直している以上、歴史も同じように動いていく。

であれば、学生連盟に≪右手(デストラ)≫や≪左手(シニストラ)≫は存在していなければならない。

 

だが、肝心要の黑鐵も白銀も存在しない。

 

それ故の玻璃珠(カルセドニー)、もしくはもう1体の機巧魔神(アスラ・マキーナ)ということか。

 

「世界の修正力というのか、歴史の強制力というべきなのか分からないが、玻璃珠(カルセドニー)の演操者(ハンドラー)が≪右手(デストラ)≫と呼ばれているのはその辺りが理由だろう。

 何故金属の名を冠していないあの機体が選ばれたのかまでは私には分からないがな……」

 

そこまで喋ってまた一啜り。

だけど、おかげでなんとなくの理由は分かった。

後は、冬琉さんの機巧魔神(アスラ・マキーナ)を確認して話を聞けば、とりあえずこの問題は終わりだろう。

奏と操緒も張りつめていた表情から一転して、清々しい表情に変わっている。

流石、天才少女。

頼もしいことこの上ない。

 

「まぁ、残る当面の問題は秋希の解放と尖晶(スピネル)の演操者(ハンドラー)と鳳島兄妹に、風斎の悪魔と真日和、それに智春のナノマシンか……そうだな、智春」

 

「なんだ?」

 

「一度、学生連盟の本部に行って来い」

 

「……は……?」

 

疑問が解け、すごくすっきりとした気分になっていた僕にアニアが次にぶつけてきたのは、かなりの難題だった。

 

 


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