さて、どうなるんでしょうね?
今期はなんだかんだでアタリが結構あったと思いますが……
「一度、学生連盟の本部に行って来い」
というアニアの発言があってから早5日。
既に春休みも終わりが近づいており、残すところ後2日といったところだ。
まだ多少肌寒いが、桜の花弁が舞い、桜並木の街道にはレジャーシート等を敷いて花見に繰り出している人をよく見かけるようになった。
そんな年度始めに僕とアニア、それに冬琉さんと瑶さんは揃って学生連盟の本部へとやって来ていた。
パッと見はごく普通のどこにでもあるビルだ。
特におかしな所は見当たらない。
それでも、ここが学生連盟の本部らしいのだからやはり緊張してしまう。
特に危害が与えられる訳ではないとはいえ、学生連盟にはあまりいい思い出がないのだから仕方ない。
というか、以前の世界ではっきりと味方になってもらった記憶が少なすぎる。
雪原さんも最初は安定装置(スタビライザ)のことで争ったけど結果的には中立?みたいな立場だったし普通に会話もしていた。
千代原さんは加賀篝のことやピカソ仮面を被った冬琉さんとの交戦の時などで加勢してもらったから特に悪いイメージがある訳ではない。
だけど、里見の奴の所為で思いっきりイメージがダウンした。
こっちの世界ではどうなのか知らないけれど、対して変わらないだろう。
今回、学生連盟の本部にやって来た名目は先日の尖晶(スピネル)の演操者(ハンドラー)襲撃事件の報告。
代表として連れてこられたのが僕だ。
一応瑶さんが報告はしているそうだが、他の人間からも話が必要との事だったので、これ幸いと僕が名乗りを上げた。
奏も付いて来たがっていたけれど、今日は家で留守番。
八條さんや鳳島兄妹も付いて来ていない。
一緒に来ていないのは、嵩月組や鳳島家、それに高位の悪魔の家系である八條家の息子や娘がGDの本部に足を伸ばして、洛高の神聖防衛隊や巡礼商者連合などの他の組織を下手に刺激しないことが主な理由だ。
アニアもフォルチュナ辺境伯の娘だから本来ならやめといた方が良いのだけれど、幸いにも彼女は機巧魔神(アスラ・マキーナ)の専門家。
それも、恐らく世界の中でも指折りの実力を持った。
学生連盟の機巧魔神(アスラ・マキーナ)に興味があると言えば、学生連盟側としてもある程度は融通してくれる。
それも、GDの一員の家に逗留しているとなれば、更に何とかなるものだ。
あとは、冬琉さんと瑶さんだけど2人とも学生連盟に所属している人間だし、瑶さんは先日の襲撃事件の時の当事者だ。
全くもって問題はない。
とはいえ、僕と操緒、それにアニアの本当の目的は事件の報告や、学生連盟の機巧魔神(アスラ・マキーナ)ではない。
欲しいのは、学生連盟に保管されている黑鐵のイクストラクタ。
いや、正確にはそこに保存してあるナノマシンである。
色々不安は捨てきれないが……まぁ、アニアについていけば多分大丈夫なはず。
問題は、こっちの事情聴取の最中にアニアの見学が済んでしまうことだけど、
「では、私は学生連盟の機巧魔神(アスラ・マキーナ)のデータを得られる代わりに私の知る尖晶(スピネル)の情報を渡す、ということで良いのか……?」
「ええ、そうしてもらえると助かるわ」
『学生連盟(われわれ)にも知らない機巧魔神(アスラ・マキーナ)は存在しているからな。
尖晶(スピネル)は、名称を知っていても能力まで知っている訳ではない相手の良い例だ』
知らぬ間にアニアが行っていた学生連盟間との取引もあるため、大丈夫そうだ。
そんな頼もしくも、見た目、自分より遥かに幼い少女――精神年齢だけならアニアの方が上――の姿を見ながら、僕と操緒は学生連盟の本部に足を踏み入れた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そんなこんなで、
「では、襲撃者側から一方的に襲ってきた、ということでいいんやな……?」
「はい」
「ふむ……ほとんど瑶の言っとった内容と同じやな~
他には、何かないん……?」
『他、ですか……?』
今、僕と操緒はGDの人に事情聴取を受けている。
別室では、アニアが冬琉さんと雪原さんに話を聞かれているはずだ。
僕たちの目の前に座っているのは、おっとりとした雰囲気を放つ少女。
嵩月祖母と同じように京都弁で話しているけれど、やはりお祖母さんとは感じるモノが違う。
嵩月祖母の言葉は研ぎ澄まされているけれど、この人のは柔らかい。
以前の世界通りなら、この人も演操者(ハンドラー)であるはずなのだけれど、今迄ほとんど射影体を見たことがないのは何故だろうか?
千代原はる奈
学生連盟に所属しているGDで、亜鉛華の演操者(ハンドラー)。
彼女の機巧魔神(アスラ・マキーナ)である亜鉛華の能力はかなりえげつないから、可能ならば以前の世界の様に敵対しないままでいたい。
『そういえば、こっちに襲いかかって来る時に“補充”って言ってましたよ』
「補充、どすか……それだけじゃよう分かりませんなぁ~」
千代原さんに先日の襲撃事件の事を話しながら自分の中でも記憶を整理していた。
とはいえ、それで何か分かった訳じゃない。
むしろ、余計訳が分からなくなって混乱してしまう。
“情報”と“補充”という単語、そして最後に割って入ってきた“翠色のナニか”
それらの断片的な情報から僕でも推測出来るのは、相手が単独犯ではないということ。
加賀篝の様な魔神相剋者(アスラ・クライン)かもしれないし、洛高の生徒会や学生連盟の様な組織の構成員なのかもしれない。
いずれにせよ、犯人があの襲撃者独りということはないだろう。
絶対他にも協力者がいるはずだ。
「まぁ、いずれにせよ犯人は学外で洛高の生徒、もしくは学生連盟の演操者(ハンドラー)に襲いかかはりました。
ほんなら、GD(われわれ)が対処に当たるのが筋というもんやろ……?」
「……まぁ、そうかもしれませんね」
底知れぬ笑みを浮かべながら、僕と操緒に学生連盟としての方針を伝える千代原さん。
背中を冷や汗が伝い落ちていく。
相変らずこの人にしろ、雪原さんにしろ、本心が分かりにくい。
まぁ成人もしていないのに、仮にも学生連盟というかなり大きい組織で人の上に立つ人間なんだ。
そう簡単に本心など悟られる様な真似はしないのだろう。
「今は情報が少なすぎるさかい、今後同じような事があった場合は必ず学生連盟に報告することを忘れんようになぁ。
まぁ、瑶か冬琉に教えてもらえればそれでええから」
「分かりました」
『は~い』
取り合えず、この件に関しては学生連盟、それもGDが動くことが確定した。
今はまだ情報が少なすぎるから、判明している尖晶(スピネル)という機巧魔神(アスラ・マキーナ)関係から調べていくそうだが、捜査方法など特に質問もないので早々に部屋から退出することにした。
自分が犯人ではないとはいえ、事情聴取はあまり気分の良いものではないし。
部屋を出て、操緒と雑談しながら隣の部屋にいるアニアを待つこと10分。
ガチャ
扉が開き、アニアと冬琉さん(+秋希さん)が部屋から出てきた。
「お、智春、それに操緒」
「あら、待たせちゃったみたいね」
2人とも僕らに気付いたのか、そんな声をかけながら近寄って来た。
「いえ、そんなに待ってませんよ」
『そうそう、男が女を待つのは当然なんだから。
それに、トモは奏ちゃんとのデートで待つのには慣れてるしね~』
「……ノーコメントで……」
こんな場所でそんな余計な事は言わないでいい。
冬琉さんとアニアたちだけだからまだ良いけど、法王庁関連の人に聞かれてたらどうするのさ。
「ふん、気に食わないが今更か……行くぞ、智春、操緒!!」
そんな僕たちのセリフにやや不機嫌になるアニア。
大方僕と奏がそういった関係なのが気に食わないのだろうけれど……ナゼニ?
ああ、僕みたいな演操者(ハンドラー)が奏の相手って言うのが気に食わないのか?
それとも、僕じゃ情けなさ過ぎて駄目なのか……
そんな風に考えながら、歩き出したアニアの後を追って歩き出した。
『なぁ、水無神……』
『何ですか、秋希さん?』
『……お前の相方も大変だな』
『……何を今更……
それに、冬琉さんの狙ってる相手よりはマシじゃないかと思うんですけど……』
『いや、お前の相方の方がどう見てもキツイと思うが』
『………………』
『………………』
『『……はぁ……』』
後ろで繰り広げられていた副葬処女(ベリアル・ドール)同士の会話に気付かないまま。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「じゃあ、最初は保管されているイクストラクタのチェックからで良かったかしら」
「ああ、それで問題ない」
「そう、ならこの部屋よ」
暫くビル内を歩き回り、僕らが辿り着いたのはやたらとセキュリティが厳重な部屋だった。
扉を開けるのも指紋認証や網膜照合などの検査を通り抜けてから、パスワードを打ち込み、電子ロックを開け、冬琉さんが持っていた一般的な鍵で扉の鍵を開くことでようやく部屋に入ることができた。
ちなみに、後から聞いた話では部屋の壁や扉には護法障壁が付与されており、魔術的な要因からも侵入はほぼ不可能とのことだ。
要は、それだけ厳重で重要な部屋だということだ。
本来ならアニアはともかく、僕のような人間は入れないのだろうけれど、幸いにも同行する学生連盟の担当者は冬琉さんだ。
僕も手伝いとして特に問題がないと判断してくれたのか、同行を許可してくれた。
扉を開いた冬琉さんに付いて部屋に入っていく僕たち。
そこに合ったのは、
『うわ!!
なに、このトランクの山……!?』
大量の銀色に輝くトランクの山。
そこに保管されているそれらはすべて同じ色形をしており、同じ方向に向けて積み上げられていた。
鳴桜邸の地下も似たような状態だったけれど、ここのはあそこのものとは違い、神秘さとともに凄然と鎮座している。
だが、アニアはそんな大量に積み上げられているトランクを無視して、中央に置かれている机を避けながらその奥に保管されているものへと歩みを進める。
奥に保管されているのは、周囲に積み上げられているモノたちと同じトランク。
だけど、明らかにこちらの方が厳重に保管されているのが分かる。
何故なら、それらは積み上げられるようなことはなく、棚の中にしっかりと収められ、一目で分かるように整理されていたのだ。
「冬琉」
「ええ」
棚には鍵がかけられ、更には魔術によって厳重に保管されている。
アニアの呼びかけに従い、冬琉さんがそれらの棚に掛けられた封印を解いていく。
封印が解かれ、棚に取り付けられている透明な扉が開いていく。
そこには、凄然と13個の銀色に輝くトランクが置かれていた。
その棚の中でも隅の方に長年誰の手にも触れられていないであろうことが容易に分かるほど埃に塗れた薄汚れた2つのトランクが置かれている。
その2つのトランクが置かれている棚の前に付いているプレートにはこう書いてあった。
【黑鐵】・【白銀】
ああ、思ったよりも早く出会えた。
僕らを護ってくれる機械仕掛けの悪魔を呼び出すための機械に。
思えば、朱浬さんが鳴桜邸にこのトランクを持ってきた時から全てが始まったんだ。
そう考えると、世界は違うけれど再びこのトランクに出会えたのは中々感慨深いものがある。
「よし、じゃあ一先ず中央の机に全て運び出す。
智春、冬琉頼む」
「ええ、分かったわ」
「ああ」
アニアに指示された僕と冬琉さんが棚からトランクを運び出し、中央の机に置いていく。
指示した本人であるアニアは、自分の持ってきた鞄を漁り何らかの器具を取り出していた。
まぁ、イクストラクタは尋常じゃないくらい重いから、8歳児の体系であるアニアに任せるのは得策ではないだろう。
「ふっ!!」
両腕に力を込め、端からトランクを運び出していく。
以前よりも腕力が付いたとはいえ、流石に重い。
一つ一つ、足に落としたり、周囲にぶつけたりしないように気をつけながら運んでいく。
そして、
『……トモ……』
「……ああ……」
最後に棚に残った1つのトランク。
黑鐵のイクストラクタ
幸いにも冬琉さんはアニアの近くで彼女の手伝いをしている。
僕もすぐにこれを運び出さなければいけないが、その前に、
「………………」
ゴクッ
緊張で咽が乾いたのか、意識せず、唾を飲み込む。
片手でトランクの取手を握り、もう片方の手をトランクの留め金にかける。
逸る心を抑えながら、片方の留め金を外し、もう一方の留め金も外す。
その瞬間、トランクの取手が淡く緑色に輝いた。
光は取手を握っていた僕の手を伝い、腕を通り、体の全身へと波紋のように広がっていく。
そして、全身に光が行き渡ると、その光もすぐに消えた。
それを操緒が確認し、頷くと同時に、すぐさまトランクの留め金を付け直す。
「『……よし……!!』」
心中喜びながらも、
「おい、智春何をしている。
速くしろ!!」
「ちょっと待てよ、流石に幾つも運んでたら疲れるって……」
「これくらいで……情けないわね。
今度から休日の休憩時間、半分にしましょうか」
「い!?
わ、分かりました。
すぐに持っていきますからそれは勘弁して下さい」
アニアの返事に答えを返し、何事も無かったかのようにイクストラクタを机に運んでいった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「……ん?
どないかしはりました?
……瑶……」
「……ああ、うん……ちょっとね」
智春たちが学生連盟の本部から去った頃、学生連盟本部内の一室で雪原瑶は頭を悩ませていた。
というのも、アニアから提供された尖晶(スピネル)の情報と学生連盟の調査結果が組合わさり、瑶たち学生連盟側の予想以上に厳しい現実を示していたのだ。
「……これが本当だとすれば……
本格的な戦闘になった時に対抗できるやつはGDにはいない……」
学生連盟も世界の中ではトップクラスに戦力が整っている組織だろう。
だが、それでも、
「相性が悪すぎる……」
相手が悪すぎた。
特に、学生連盟のようなGDという個人の意思が強すぎる戦力に頼っている集団では。
これが、本当の意味での一騎当千の集団なら問題ないが、GDとして活動している面子は20にも満たない少年少女ばかり。
本当の意味での、一騎当千には成りえない以上、不安要素が多過ぎる。
「せめてもの救いは、夏目智春――彼が敵対していないということか」
天を仰ぐかのように天井に視線を向け、溜息を洩らす瑶。
そんな彼女の手には尖晶(スピネル)の能力が書かれた用紙と、調査報告書が握られていた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
学生連盟の本部に行った日の夜。
以前もやって来た河川敷に僕と操緒、それに奏とアニアはいた。
改めて、黑鐵を召還するためだ。
夜遅いこともあり、既に周囲には僕ら以外の人間の姿は見受けられない。
できれば人払いの結界を使いたいのだが、生憎と僕らの中では誰も使える人間がいないのだ。
「いくよ、操緒」
『うん』
夜の闇の中で朧気に浮かび上がっている操緒に声をかけ、遠目に僕らを見守ってくれている2人の少女に視線を向ける。
奏は、不安そうに僕らに視線を向けている。
アニアは、眠そうに――まぁ、肉体年齢上しょうがない――しかし期待を込めた視線を向けている。
そんな彼女たちからの視線を受け、僕は声を上げる。
「来い、黑鐵!!」
僕がその言葉を言った瞬間、僕の影の色が変わる。
ただの暗い色から、昏い、玄い、漆黒の虚無の色へと。
その変化により、夜の闇で見えなくなっていた僕の影がはっきりと認識できるようになる。
それと同時に、操緒が虚空に溶けるように姿を消す。
そして、そいつは顕れた。
僕の影を引き裂き、門を通して自身の体躯をこの世界に浮かび上がらせる。
右手には巨大な銀色に輝く剣を持ち、他を圧倒する威圧感を放っている。
つい一月前に見た時には存在した裂傷や陥没部、錆といった負傷は消え去り、全身の装甲には傷一つ存在しない。
かつて僕らと別れた時と同じ完全な姿で機械仕掛けの悪魔は僕の背後に確かに存在していた。
「「「………………」」」
この場にいる僕ら3人は影から浮かび上がってきた黑鐵を見つめたまま、何も言葉を発しない。
いや、発せない。
色々と思うところがあるのも事実だ。
これまでのこと、これからのこと、過去についても未来についても思うところがある
だけど、これで大きな憂いが一つ消えた。
こいつがいれば秋希さんや哀音さん、それに新屋敷さんも機巧魔神(アスラ・マキーナ)から解放できる。
紫浬さんはどうなのか分からないけれど、できれば助けてあげたい。
何にせよ、これでようやくスタートラインに立てた。
これから始まるんだ。
この世界を救うための戦いが。