皆さんも十分お気を付けください。
19回 新年度
奏と再会してから早1年。
先日入学式も終わり、僕たちは2年生になった。
とはいえ、特に大きな変化があった訳でもない。
まぁ、洛高の新入生となった冬琉さんや塔貴也さんたちは大きな変化かもしれないが。
ああ、新入生といえば美呂ちゃんが僕らの通っている中学の新入生となった。
わざわざ佐伯兄妹のいるこっちの中学ではなく、鳳島兄妹の通っている所に行けばいいと思ったのだけれど、家からならばこちらの方が近いらしいのだ。
まぁ、入学式で見た時に知った訳だけれど……
折角普段から会ってるんだから、もっと早く教えてくれてもいいんじゃないかと落ち込んだのは、美呂ちゃんには秘密だ。
中学に上がったこともあり、八條さんとしては少しでも兄離れをして欲しいそうだ。
ただ、あまりに自立されてもそれはそれで寂しいとのこと。
僕にそんなこと言われても知ったことか!!
だけど、
『奏さん……どうやったらそんなスタイルになれるんですか?』
『え……?
きゅ、急にどうしたの?』
『いえ、先日兄様のベッドの下からこんなものが出てきまして』
スッと、数冊の雑誌を徐に取出し、奏に見せる美呂ちゃん。
『こ、こんな……!!』
それを見て赤面する奏。
(赤面しつつも中身はしっかり確認していたりする)
『ちなみにこれが一番お気に入りの様です』
『う、ううう……』
上記のような会話からも分かるように、幸か不幸か八條さんの望みは当分先になりそうだ。
というか、そんな分かりやすい場所に隠すのもどうなんでしょうか……
普段はしっかりしてるのに、そういうところで抜けてるんだよな~、あの人は。
……というか、いらんところで八條さんの好みが判明してしまったのだが……うん、考えないようにしよう。
そんなことがあったせいで、僕にまで被害が及んだ。
具体的には、奏からの妙に大胆なアプローチであったり、操緒の強制的な査察であったりだ。
前者は被害ではないかもしれないが、後者はかなり危なかった。
あれが見つかったら流石にどうなるか分かったもんじゃない。
他にも、八條さんの雑誌を見た冬琉さんや操緒(+美呂ちゃんとアニア)によって(何故か)同盟が組まれていた。
……なんで冬琉さんが?
秋希さんは我関せずだったし、氷羽子さんも特に気にしていない様子だったが。
この辺りは相手がいる余裕なのだろうか?
(実際は、後日、塔貴也さんと蹴策が酷い目に合ったらしいが、僕がそれを知ったのは随分後のこと)
とまぁ、そんな思春期男子にとっての地獄発生のことはともかく、
「……嵩月、大丈夫かな……」
「クラスが変わったぐらいで心配することなんてないだろ。
大原の奴もいるんだし……」
「そりゃあ、そうかも知れないけどさ」
新しく始まった2年生のクラスで、僕と奏は別々のクラスになってしまった。
まぁ、僕は樋口と一緒で、奏は杏と一緒だから大丈夫だとは思う。
だけど、
「はぁ、今年は佐伯とは別のクラスか……というか、何であっちのクラスは美少女率が高いんだ……」
「そんなこと僕が知るわけないだろ。
あれだ、成績の割合とかじゃないのか……?」
「まぁ、相手がいるお前からしてみれば些細な問題かもしれんが……にしても、納得がいかないぜ!!」
「……相手がどうこうって部分はよく分かんないけど……一応、こっちにも露崎とかいるだろ」
「露崎1人で嵩月と佐伯に対抗できると思えん!!」
「いや、対抗って何さ……?」
会話からも分かるように、奏と佐伯が同じクラスになってしまったのだ。
特に問題視することじゃないのかもしれないが、不安はどうしたって拭えない。
去年、やたらと僕と奏のことを敵視していた彼女が何も起こさないとは断言できるはずもない。
なんせ、以前の世界で、洛高に入学したばかりの頃に奏を消そうとした第一生徒会との事件の一翼を彼女は担っていたのだ。
こんな公立の学校で問題を起こす様な生徒ではないと思うが、心配するのは当然だと思う。
ちなみに、何故か露崎が2年連続で同じクラスになり、普通に中学に通っている。
露崎波乃
ひょっとしたら、初めて僕に好意を持っていてくれたかもしれない女の子。
男性恐怖症気味だけれど、修学旅行委員として以前の世界では僕と樋口の邪魔にもめげず頑張っていた少女。
以前の世界の僕が知っている彼女と同じように、僕の視線に映る彼女は、特に病気にかかっているようには見えない。
だが、以前の佐伯の言葉が真実なら、今年の春――つまりは今シーズン――に彼女は体調を崩し入院することになる。
それを考えると安心できる訳がないが、ちょっとした事で歴史は変えられるかもしれない。
佐伯とクラスが分かれ、露崎と同じクラスになったのが良い例?だろう。
何にせよ、暫くは様子見だ。
というか、彼女に死んで欲しくないのは勿論だが、僕と樋口の関係を曲解した小説が生まれ出すことは避けたい。
なんだってあれがベストセラーになったのか未だに凄く疑問なのだ。
文才があったとしても、あの題材がベストセラーになって映画化までした日本という国はどこか終わってしまっている気がする。
こっちの世界では普段から奏と一緒にいたからそうそう生まれる余地はないと思うが……彼女の嗜好が変わったわけでもないだろうし、気にしすぎということはないはずだ。
そんな真摯な願いと、真面目な――傍から見れば間抜けな――願いを胸に秘め僕の新しい一年は始まろうとしていた。
取り合えず、一番最近のイベントはあれだ。
よく馴染めていないクラスが初めて一つになれるかもしれない企画。
まぁ、男子は男子で女子は女子で、ということが多いから、クラス全体でというのは難しいかもしれないけれど……
修学旅行
予定では一月後のゴールデンウィーク翌週の月曜日から三泊四日間。
行先は古都、京都
こういったイベントでは何か起きそうな気がしてしょうがないのは僕だけだろうか……?
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
少々不安を抱えながら始まった新学年。
その当日の夕方。
いや、時間的にはもう夜。
空は雲一つない満天の星空。
周囲にビルなどの高層建築物がないため、星がよく見える。
そんな綺麗な空とは打って変って地上では、
「あっ、はははははっ……!!
もっと、もっと!!」
「も、もう、限界……うぉえぇぇーーー」
「汚ぇな……お~い、夏目。
水持ってきてやれ」
「いえ、お兄様のお世話は私が。
夏目さんはもっと料理の方をお願いします」
「りょ、了解です……」
未成年主催の酒盛りがこれでもかってぐらい盛大に開かれていた。
氷羽子さんの指示に従い、一旦台所に引っ込んで、作っておいた料理を持って再びなんかやたらと酒と酸っぱい刺激臭で充満している庭に向かう。
……ああ、出来れば向かいたくない……というか、巻き込まれたくない……
一応名目としては庭に咲いている桜の花に託けた花見なのだが、年に一度の無礼講のただの宴会と化している。
参加人数は凡そ20人ほど。
おかげで調理する側としてはすごく忙しかったりする。
それでも、去年までは料理が酷かったから参加する人も少なかったそうだが、今年は僕と奏(+多少マシになった冬琉さん)がいるため、道場に通っている人のほとんどが参加していた。
因みに、警察関連の方とかがおられるのだけれど、
『この道場に世間一般の常識なんぞ必要ないわ!!』
と言って学生たちの飲酒は黙認していただいている。
まぁ、普段からヤのつく人と同じ場所で練習をしていれば、そんな気持ちになるのも当然かもしれない。
つい先程、蹴策が吐いていたが……流石に、日本酒や焼酎の濃いのを大量に飲めばああなるだろう。
≪酒なんて慣れていないのに勢いで飲むから……≫
と、宴会に巻き込まれていない側の者としては思うわけですよ、はい。
というか、潰れていない八條さんとか氷羽子さんの方がおかしい。
塔貴也さんは既にダウン。
近くに秋希さんがいるから、何かあればすぐに対処できるはずだ。
……冬琉さんの状態が状態だから、いつ秋希さん自身を投影出来なくなるか分かったもんじゃないが……
冬琉さんは酔いが回っているのか、えらい上機嫌で笑っている。
「夏目~、お前と嵩月のお嬢さんは結局どういう関係なんだ……?
いい加減本当のことを教えろ!!」
「いや、どういう関係って聞かれましても……」
持ってきた料理を置くや否や、酒がまわったせいか、やたらと目が据わった八條さんが絡んできた。
普段の彼からは考えられない程の乱れっぷりだ。
「それは俺も気になってた」
「蹴策!?
お前さっきまで寝てただろ!?」
「おう、復活したぜ!!
吐いたら大分楽になったからな!!」
ビシッと指を立てて回復ぶりをアピールしながら、いつもと同じ調子で八條さんと一緒に詰問してくる蹴策(バカ)。
まだ塔貴也さんはぶっ倒れているというのに。
悪魔というのは誰しもアルコールの処理能力が高いのだろうか……?
一応身体構造は人間と同じはずなんだけどなぁ……
因みに、寝ていた場所は氷羽子さんの膝の上――要するに膝枕――で、蹴策に対する周囲の独身(彼女のいない方)男性の視線が厳しかったこと、厳しかったこと……
「こいつ(バカ)のことなんてどうでも良いんだよ。
今はお前と嵩月の話だ」
「そうだそうだ」
バカにされていることなどどうでもいいのか、慣れきっているのか、2人が追及の手を緩めることはない。
「………………」
一応奏の方に視線を向けると、
「ねぇ、奏ちゃんやっぱり夏目くんをGET出来たのってこの胸なの……?」
「……え……?」
冬琉さんからやたらとドスの効いた視線を自身の胸に向けられていた。
もう、視線に殺気まで乗せて何やってんだろうか、あの人は。
「私だって、私だってそれぐらいあれば……!!」
「あ、あの……?」
『そうですよねー、流石に私と同じ歳であの胸は反則……』
「み、操緒さん、まで……」
因みにそこに操緒と氷羽子さんも加わっている。
いつもだったら更に美呂ちゃんも加わっているけれど今日はいない。
女性陣?では瑶さんも今日はいない。
学生連盟の仕事があるのだそうだ。
……冬琉さんはいいのか、と思ったけど本人が気にしていないし気にしなくてもいいのだろう。
代わりと言ってはあれだが、ダルアさんが何故か増えている。
まぁ、夫持ちの彼女とはいえその手のガールズトークは好きなのだ。
「そうですわね。
私もその胸には興味があります」
「ひ、氷羽子ちゃんまで……」
唯一の味方が裏切ったことが分かったのだろう、それなりに呆然とする奏。
「それだけあればお兄様に色々と……!!
さぁ、教えなさいな、奏」
まぁ、あっちはあっちで大変そうだ。
僕とどっちが大変かと聞かれれば判断に困る所ではあるが……
「おい、なにたそがれてんだ。
サッサと答えろ。
因みに、『ただの友達です』なんて答えは許さねぇからな」
『八條さん、あなたこそ冬琉さんとはどうなんですか?
バレンタインで美呂ちゃんと張り合ってまでチョコを渡してたんですから何か進展あったんですか?』なんて……聞けたらいいなぁ……
「智春、お前は巨乳派なんだろうが、俺はお前との友情は忘れないつもりだ。
だから……正直に微(美)乳派(俺たち)に真実を語ってくれないか……?」
うるさい蹴策(変態)。
勝手に人の好みを決めるな。
ああ、もう、どうせなら喋ってしまおうか?
いや、それは流石に不味いか。
一瞬だが、空気に流されそうになった自分を慌てて引き締める。
こんなところで、宴会のノリで今まで隠していたことをバラすなんて、蹴策でもないのに馬鹿すぎる。
「勝手に俺も含めてんじゃねぇ……」
「グゥッ!!」
蹴策の発言が気に入らなかったのか、蹴策の頭をぶん殴る八條さん。
酒が入っているせいか、いつも以上に手加減がない。
また沈んでくれると思ったけど、残念ながらすぐに蹴策は復活した。
ああもう、酔っ払いが……!!
「お、おまえは毎度毎度……これ以上馬鹿になったらどうするつもりだ!!」
「安心しろ、お前はこれ以上ないってくらい馬鹿だ」
「ああ、うん。
それは僕も同感」
「そうかそうか、俺はこれ以上ないくらい馬鹿か……って、ふざけんな!!」
どこか気に入らない所があったのか、更に突っ掛かって来る蹴策。
なにもおかしいところなんてないと思うのだが?
「と、言う訳で、どれだけ殴っても問題はない。
だから殴られとけ」
そう言い、再び蹴策の頭に拳を振り下ろす影使いの雄型悪魔。
あ、話が脱線してる。
今のうちに……
「追加の料理作ってきます」
「おう、帰ってきたら話の続きだ……」
「あ、あははは……」
そんな八條さんの言葉に愛想笑いで返し、冬琉さんたちに囲まれている奏を連れ出し、台所に向かう。
その際、冬琉さんからの視線が非情に――非常ではなく非情である――厳しかった。
彼女の視線は、
『明日の練習は覚悟しときなさい』
と語っているようだ。
うう、明日ぐらい休もうかな……
けど、行かなかったら行かなかったで後が怖い。
……はぁ、結局行くしかないんだろう。
明日以降のことに頭を悩ませつつ、台所に戻った僕たちは、取り合えず冷蔵庫の中身を確認する。
「奏、材料とお酒どれぐらい残ってる?」
「あー、材料は半分ぐらいで、お酒は3分の1ぐらい、です」
『まぁ足りるでしょ。
もう潰れてる人も結構いるんだし』
いや、生きてる人はこれからも調子よく呑み続けるだろうし、潰れた人もそろそろ復活してきそうだ。
「……無くなりそうだったら杏のとこに頼むよ」
『……はぁ……そうだね、それが良いかもね。
そんなことより、ほら、トモも作った作った。
氷羽子ちゃんにも頼まれてたでしょ』
「あ、ああ」
操緒に急かされ、再び調理に取り掛かる僕と奏。
ここまでひたすら調理作業に追われ、しっかりと腰を据えて宴会に参加できていない。
台所と宴会場を行ったり来たり、だ。
まぁ、あの酔っ払い連中――特に冬琉さん――に絡まれるよりは全然マシだけど。
「奏もごめんな。
新年度早々に、こんなことさせて」
「いえ、私も料理は好き、ですし……」
若干の後ろめたさを感じながらも、奏と共に料理を仕上げていく。
というか、あの人たち食べるのが異様なほど速いし量も半端じゃない。
作ったそばから消えていく。
それでお酒の消費が少ないかというと、そう言うわけではなく、寧ろ比例して加速している。
「おい、智春。
ちょっと来てくれ」
僕が葱を勢いよく微塵切りにして鍋にぶち込んでいると、突然後ろから声がかけられた。
振り返って僕に声をかけた人物に視線を向けると、
「サッサとしろ」
声をかけた当人は既に身を翻し廊下を歩き出していた。
「ちょ、ちょっと待てよ!!」
急いで調理道具を片し、声をかけてきた人物――アニア――の後を追う。
「ごめん、奏。
あと頼む」
「はい!!」
調理の残りの行程を奏に任せ、廊下をアニアに次いで歩き出す。
向かう先は宴会が繰り広げられている庭とは逆の方向で、屋敷の奥に向かっていた。
どうやらアニアの部屋に向かっているようだ。
それにしたって今更何の用だろうか?
尖晶(スピネル)の演操者(ハンドラー)の問題が残っているとはいえ、黑鐵が復活したから特に大きな問題はなかったと思うのだが。
まぁ、気にしても仕方ない。
ついていけばすぐに分かることか。
そんなことを考えながら歩いていると、
「入れ」
「あ、ああ」
いつの間にやら目的地に到着していた。
予想通り、アニアに割り当てられた部屋だ。
促されるままに部屋に入り、座布団を引っ張り出しその上に座る。
「単刀直入に言おう」
そんな僕の様子を見たアニアは躊躇う様子もなく、かといって慌てている様子もなく、普段の落ち着いた?彼女の雰囲気のまま、
「私を一巡目の世界に送ってくれ」
そう言ってきた。