闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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学園祭に4年間でまだ一度も行っていないという……近々開催されるので一回ぐらい行ってみるか。


21回 誤魔化し

風雨が吹き荒れる中、バスに乗り込んだ僕たちのクラスが向かったのは二条城。

幸いにも屋内であり、風雨の心配はとりあえずバスから降りて、城の中に入るまでだろう。

とまぁ、そんなどうでもいいことを思いつつも、バスの隣の席に座っている樋口と会話しながら、僕は異様な視線を感じ取っていた。

道場に通っていたおかげであるが、こんな時ばかりは反応しなくてもいいのにと思ってしまう。

 

≪な、なんで……!?≫

 

表向きは平静を装いつつも、内心凄いことになっている。

慌てるというのとも違うけれど、非常に居心地が悪い。

そんな視線のもとを辿ると、通路を挟んだ左斜め後ろに座っている僕らの班の班長である露崎に突き当たる。

 

≪昨日までは普通だったのにな……≫

 

「……はぁ~」

 

それなりに大きな溜息を吐きつつも、前日までの彼女を思い出しながら必死に記憶を探る。

昨日まで普通だったというのなら、昨日彼女に最後に会ってから今朝再び顔を合わせるまでの間に何かがあったはずで……その何かが分かればいいのだけれど……

 

≪そんなもの分かるわけないって……≫

 

露崎に盗聴器とか監視カメラが四六時中付き纏っているのなら話は別だろうが、一女子中学生であるところの彼女にそんな物いるわけがない。

(というか、付き纏っているのなら、それはそれで大問題になるだろう)

 

とりあえず推測出来るのは、女子同士の会話で僕が話題に上がり、それによって見る目が変わったのではないかということ。

 

自分のことを持ち上げるようであまり良い気分ではないが、こっちの世界で僕は以前の世界に比べて同学年の女子の話題に上りやすい。

それは、単に僕がどうという話ではなく、奏との関係についての話題が大半だ。

僕の場合はついで。

あくまでメインは奏であり、僕はその相手としか見なされていない。

表向き僕たちは否定しているものの、裏で行われている噂話程度の会話まで介入できる訳もないのだからそれは仕方ない。

……ちなみに、何故僕がその類の話を知っているかだけど、理由は簡単。

樋口から流れてきた噂を聞いたり、(まだ同化していなかった頃の)操緒がどこかで聞いていた話が僕に振られたりしたからだ。

決して、僕自身が直接聞いたというわけではない。

 

≪……けど……それにしたってあそこまでならないよなぁ~≫

 

露崎が僕に向けている視線は、世間一般の女子生徒が男子生徒に向けられている眼力を遥かに上回っている。

こう、普通のレベルが僕や操緒ぐらいだとすると、露崎のは以前の世界の佐伯会長や朱浬さんレベルだ。

冬琉会長や雪原さんレベルじゃないのが救いなのかどうか判断に困る所ではあるが、それだけ異様だということ。

それに、そんな話題になるのであれば他の女子も数人がそんな視線を向けているはず、もしくはそれなりに女子が僕に向ける視線が変化しているはずなので、ガールズトークは一先ず違うと判断する。

 

「……おい智春、聞いてるか!?」

 

自分でも気付かない内に考え込みすぎていたらしく、話を振っても反応しない僕を不審に思った樋口がそれなりに強い調子で話しかけてきた。

 

「ん、なに?」

 

「なんだよ、聞いてなかったのかよ……へこむぜ」

 

そんな言葉を吐きつつも、全くへこんだ様子は見せない樋口。

まぁ、僕も悪いとは思うけれどこんなやり取りは常日頃から行われている。

つまりは、樋口の話しなんて普段から話半分に聞いているということだが……やっぱり酷いかな……?

それぐらいの調子じゃないとこいつの趣味の話はついていけないんだから。

 

「はいはい、へこむなら好きなだけへこんでろよ。

 それで、何の話?」

 

「ああ、今度はしっかりと聞いとけよ!!

 実はな……」

 

樋口の話に適当に相槌をうちながら、僕は再び露崎から視線を向けられる原因について頭を悩ませることにした。

 

≪ガールズトークが原因じゃないとしたら、僕と奏が2人きりの所とか他の問題のある場面を見られていたとか……?≫

 

昨夜の露天風呂然り、今朝のネコ耳騒動然りだ。

とはいえ、昨夜から今朝まで問題のある場面はその二つぐらいしかない。

奏が何をしていたのかまでは分からないけれど、彼女が僕みたいに下手な真似をするとは考えにくい。

かといって、僕も学校で普段過ごしているように過していたから、何か問題のある様な行動はしていない……はず。

なので、問題の場面としてはその二つぐらいしかないのだけど……

 

≪露天風呂は流石にないと思うから……今朝のあれかな?≫

 

昨夜の一件が原因だとは少々考え難い。

奏と露崎が浴場にいたのは同じ時間帯だったのだろうけれど、あの混浴の露天風呂に他の女子がいなかったのはあの時確認済みだし、途中で女風呂の方の扉が開いた音はしなかった。

それに、今朝奏に会った時も昨夜のことについては何も言ってなかったからばれてはいないはず。

そうなると、今朝のあれぐらいしか原因が思い当たらない。

 

≪もしそうなら……ちょっとマズイな≫

 

勿論、推測だから現状では間違っている可能性の方が高い。

だけど、間違いではなかったとしたら非常にマズイ。

あの一件が、どこからどこまで見られていたのかは分からないが、どこを見られていても面倒なことに変わりはないのだ。

 

奏のネコ耳も、操緒のことも、僕と奏の関係も。

 

あの時しっかりと周囲を確認しておくんだった、と若干憂鬱になりながらも今後の展開を思い、更に憂鬱に。

彼女は確か佐伯と仲が良かったから、下手すれば佐伯家に僕と嵩月家の関係が話されるかもしれない。

……流石にこの時点で佐伯のいる側に僕らの関係がばれるのは避けたい。

せめて洛高に入学して、第3生徒会――王立科学狂会(ロイヤル・ダークソサエティ)――の庇護下に入ってからでないとかなり面倒な事になる。

まぁ、つまりは法王庁というある種の厄介事から逃れられたら公表してもいいのだ。

魔神相剋者(アスラ・クライン)を危険視しているのは以前の世界を見る限り今のところあそこだけだし。

むしろ他の二つは、率先して僕を魔神相剋者(アスラ・クライン)にしようとしていた感があるしな。

学生連盟も多分大丈夫。

 

故に、今ばれるのは避けたいのだ。

最終的に佐伯兄妹と敵対する可能性は捨てきれないし、今のところその可能性が大きいのは仕方ないが、せめて中学時代は秋希さんや真日和たちのことに集中したい。

 

≪今日中に奏とアニアに話を聞いてみないとな……≫

 

目的地に到着したという、担任からの声を聞きながらそんなことを思う。

僕だけで対応を考えるのは限界だ。

なんとなくの原因は分かったとしても、流石に一般の女子生徒にどんな対応をすりゃいいのかなんて全く分からない。

というか、何故僕がここまで悩まなければならないのやら……

そんな、どこか理不尽な世界に心中で盛大に文句を垂らしながらも、隣の樋口がバスを降りる準備を始めたように、僕もバスから降りる準備を始める。

外の天気は未だに激しく、ちょっとやそっとでは晴れない様相をみせていた。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「う~ん……これといって特に変わったところは無し、か」

 

今私たちの班の女子は雨の中、京都のとある観光地を歩いている。

歩いている場所の周囲は、江戸時代あたりにでもタイムスリップしたかのようなどこか時代錯誤な街並みだ。

これは映画の撮影用なのだそうで、言われてみればどこかで見たかのような風景がちらほらと。

 

「なに、どうかしたの露崎?

 どこかおかしな所でも探してたの?」

 

「あ、ごめんごめん。

 そう言う意味じゃないから安心して」

 

さっきの私の言葉を聞きつけたのか、同じ班の友達が話しかけてくる。

幸いにもこの場所についての感想だと思ってくれたようで、助かった。

どちらの意味としても友人の質問は意図が違うので否定の返事を返しておく。

さっき私が呟いたのは、今日、今迄夏目くんを観察して判明したことについてだ。

夏目くんは全く普段通りの彼だった。

それこそ、今朝のあの甘ったるい空気など全く感じられないほどサバサバとした対応で樋口くんと話していた。

だけど、まだ……そう、まだ他の子にこの情報を知らせる訳にはいかない。

 

あの2人が隠してたことを私が勝手に話していいわけないしね。

 

そんなことを思いながら、私はとある人物に視線を向けた。

クルクルと自身の使っている傘を回しながら、周囲の景色を写真に収めたり、売られているお土産品に目を輝かせたりと、表情をコロコロと変化させているアニアさん。

 

最初、彼女が私たちのクラスにやって来た時は非常に驚いたものだったけど、今となっては慣れたものだ。

 

最大の問題と思われていた言葉の壁は、彼女が流暢な日本語で自己紹介をした時点で問題ではなくなったし、どの授業でも彼女が間違えを言った所など見たことがない。

むしろ、先生たちの方が間違えを指摘されていたぐらいだ。

そんな、なんでもできる大人びた雰囲気の彼女が、目の前に売られているありふれたお土産品に目を輝かせている光景につい、クスリ、と微笑んでしまう。

 

「む、どうした、波乃?

 どこかおかしい所でもあったか……?」

 

そんな私の溢した微笑みが視界に入ったのか、私に視線を向け、そんな言葉を投げかけてくるアニアさん。

 

「ううん。

 なんでもない」

 

「そうか……?」

 

それに首を振り、否定の言葉を使うことで答える。

そんな私の様子を不思議に思ったのか、アニアさんは首を傾げている。

雰囲気は大人びているけれど、身長は私と同じぐらいだからそんな仕草をされると凄く可愛く見えてしまう。

うう……相変らず卑怯とも思えるほど整った容姿だことで……

 

そう言えば、夏目くんの周りにいる女の子って皆可愛い――もしくは、綺麗な――女の子ばかりの気がする。

嵩月さんやアニアさんは言うに及ばず、去年彼と同じクラスだった大原さんも健康的で元気溌剌な可愛い女の子だし、先日廊下で彼と話をしていた一つ下の女子生徒はお人形さんかと思えるほど整った容姿だった。

更には、昨日の朝駅のホームで話していた他の学校の女子生徒。

ゾッとする様な美貌。

正直、同い年というのが全くもって信じられない。

夏目くんや嵩月さん、それにアニアさんと仲良さそうに話していたから、知り合いだというのは分かる。

それに、今朝見た宙に浮かんでいた少女。

色素の薄い髪はふんわりと柔らかそうで、容姿も遠目から見ても西洋人形みたいな可愛らしさ。

“ミサオ”さんというらしい少女は、下手なアイドルやモデルなんかよりもよっぽど可愛かった。

更には皆揃いも揃って足が長く、胴体が短い。

スタイルは……勝ってるはずの人も少々。

目の前の金髪美少女とか、宙に浮いていた西洋人形見たいな色素の薄い少女とか……

 

……あれ?

こうして考えてみると、夏目くんって結構な女誑しなのでは……?

全ての少女が彼のことを好きだと思っていることはなかったとしても、誰も否定的な感情は(パッと見)見せていなかった。

 

……ひょっとして彼は女の敵なのではないだろうか?

 

だけど……今朝見た夏目くんと嵩月さんの空気はどう見ても恋人同士だったからそんなことはないと思いたい……

そうだ、今目の前にいる彼女に今朝の2人のことについてちょっと聞いてみよう。

他の同じ班の友達の面々はともかく、彼女は(何故か)夏目くんとも嵩月さんとも仲が良い女子生徒の1人なのだし。

あの2人だって揃って仲の良いアニアさんには、隠してないだろうし、ばれても問題ないだろう。

……ひょっとしたら、アニアさんが夏目くんを狙っているという可能性がない訳でもないが、普段の空気を見ている限りどちらかと言えば悪友的なのりだから大丈夫なはず……

(まぁ、そんな人がその悪友を好きなケースも大量にあるから一概に断言はできないが)

 

「ねぇねぇ、アニアさん」

 

「なんだ、波乃?

 というか、ニアで良いと言っているのに……堅苦しいなお前は」

 

ぼやく彼女の最後の後半部分をスルーし、質問を投げかける。

周囲の他の友達たちの立ち位置や視線を見渡し、私たちに今のところ向けられていないことに安堵しつつ。

気楽に、全く気負うことなく口にした。

そう、

 

「なんで夏目くんと嵩月さんって普段は名前で呼び合ってないの……?」

 

私の今後の世界がガラリと変わってしまうことになる一言を。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「…………………」

 

「ど、どうしたのさ……?」

 

「あ、あの……?」

 

旅館に戻った僕と奏を待っていたのは、以前の世界で雪原さんに会った時の朱浬さん並に憤怒の表情を浮かべたアニアだった。

いや、僕とアニアはクラスが一緒で、バスが一緒だったから“待っていた”という表現は正しくないのかもしれないが……

それにしたって、ここまで怒った表情を浮かべているアニアを僕は見たことがない。

しかも、僕だけではなく奏にまで。

……こりゃあ、彼女がこんなことになってしまうほどの何かがあったとしか思えない。

 

「………が……」

 

「え、な、なに?」

 

二日目の予定が無事終了し、旅館で行われていた班員の点呼が終わってすぐに、僕と奏は揃って首根っこをアニアに掴まれ、問答無用で旅館内にある人気のない部屋まで連行された。

当然のように周囲の面々から奇異の視線で見られたが、そんなものなど全く気にせずアニアは人を掻き分け突き進んだ。

部屋に到着すると扉に鍵をかけ、更には持っていた札を使い、簡易的な人払いの結界で部屋の周囲を覆う手際の良さ。

というか、そんなの持って来てるなら教えといてくれてもよかっただろ。

 

「この、バカップルが!!」

 

「うわ!!」

 

「きゃっ!!」

 

アニアの声を少しでもはっきりと聞き取ろうとしていた僕と奏は、耳を澄ませ彼女の声を聞きもらすまいとそれなりに近づいていた。

結果、

 

「ぬ、あー……!!

 耳が……」

 

「うー!!」

 

耳元でアニアの怒声を聞く羽目となってしまった。

あー、頭が揺れる。

頭の中で鐘が鳴り響いているような感じだ。

知らず、耳と頭を抱えて蹲る羽目になってしまう僕と奏。

鼓膜が破けてはいないと思うが、グワングワンと視界が揺れる。

が、そんな僕らの醜態など気にも留めず、

 

「いちゃつくのはお前たちの勝手だが、ばれてこっちまで面倒事に巻き込むな!!

 波乃の奴からかなりしつこく聞かれたぞ。

 やれ、『夏目くんと嵩月さんって本当に付き合ってないの?』だとか、『ミサオさんって誰?浮いてたけど何で!?』やら、『夏目くんと嵩月さんってもう“ヤッちゃって”るの!?』やら……私が知るかーー!!

 まず、昨日露天風呂に2人でいたというのは本当か!?

 もしそれが本当なら、“ヤッて”しまったんじゃないだろうな!?

 修学旅行の真最中に何をしてるんだお前ら2人は!!」

 

怒鳴り調子でそんな言葉をマシンガンの様に連続して向けてきた。

が、僕も奏も先程のアニアの怒声が耳に直撃した後遺症のため、まともな反応が出来ずにいる。

僕は未だに蹲ったままだし、奏は目をグルグルと回転させている。

というか、僕と奏が“そういうこと”になったのがアニアの中で確定してるのはなんで……?

頭は働いているけれど、体はついてこない。

そんな僕ら2人を見かねたのか、

 

『は~い、ニアちゃん。

 ストップストップ』

 

いつの間にやら、僕たちとアニアの間の空間に操緒が姿を現していた。

 

「そうだ操緒!!

 お前もお前だ!!

 周囲に他の人間がいるというのに姿を現しおって!!

 しかも、宙に浮いていただと!?

 そう言ったことがバレないように、普段から地に足を付けてから現れろといつもいつも言っていただろう!!

 なのに、それを無視して、しかもばれる羽目になるとは……!!」

 

が、アニアはそれでも治まることなく、(むしろ新たな標的を見つけたかのように)操緒にくってかかっていった。

 

『いや、まぁ……そこはごめん。

 まさか、見られてるとは思わなかったし……それに、今からそのことについてちゃんと説明するからニアちゃんも一旦落ち着いて』

 

とはいえ、操緒は特に僕らの様にダメージを負っている訳でもないので、ニアに冷静になる様呼びかけている。

 

「……む……」

 

操緒に言われ、自身が普段では考えられないほど狼狽していたことに気付いたのか、一転して黙り込むアニア。

……落ち着いてくれたようで何より。

そんな彼女の姿を確認した操緒が、

 

『んじゃあ、このバカップル2人がバレた経緯だけど……』

 

とりあえず自身の推測を多分に含んだ経緯の説明を始めた。

その内容は大体僕が考えていたのと同じものではあったけど、やっぱり操緒が考えている分少々異なっている。

……まぁ、だからどうだという話でもないが

というか、操緒……お前もバカップルだというところは否定しないんだな……

僕と奏の関係は、そんな風に見えるものなのだろうか……?

自分たちじゃ全く分からないんだが……

そんな操緒の話に、

 

「……ふむ」

 

頷きながら、考え出すアニア。

当事者であるはずの僕と奏を放って、2人の話は続く。

時折、操緒の話の途中でアニアが疑問に思ったことを操緒――もしくは僕か奏――に問いかけることがあるが、あくまで推測の下なので疑問にまともに答えられる回数も少ない。

それでも、なんとか答えを返すが、あまり状況は好転しなかったりする。

 

そんなこんなで10分ほど経過

 

操緒の話も終わり、アニアも考えを纏めているのか黙り込んでいる。

今は自由時間だからあまり問題はないだろうけれど、あんまり長引くと同じ班の生徒だけではなく、教員側も放置してくれなくなると思うから早めに部屋に戻った方が良いとは思うのだけど……

それこそ、露崎がまた露骨に怪しんでくるんではないだろうか?

 

「……なぁ、ニア……とりあえず修学旅行が終わってからじゃ駄目なのか?」

 

そういったことも気になったので、アニアにそう提案してみたのだけれど、

 

「駄目だ」

 

即座に却下された。

 

「いや、そんなすぐに却下しなくて「駄目と言ったら、駄目だ」……も……」

 

更に否定してくるアニアの顔は全くふざけた様子が見られない。

つまりは、いたって真面目ということで……うう……どうやら僕の意見は一考の余地がない程酷いものらしい。

少しは考えてくれたっていいじゃないか……くそぅ。

そんな風に落ち込んでいる僕を放って、操緒が小声でアニアに話しかけている。

何を話しているのかまでは聞き取れないが。

 

『因みになんでか聞いていい……?』

 

「ふん、簡単な事だ。

 明日の自由行動でどうせ智春と奏は班を抜けて2人で回るつもりなのだろう……?

 そんな絶好の機会を波乃の奴が逃すと思うのか?」

 

『あー……思えないね……トモと奏ちゃんが別行動を取るぐらい有り得ない』

 

「そうだろう。

 この2人が別々に行動するのなら全く問題ないのだが、それは余程のことがない限り起こらないだろうからな……」

 

ジトー、と2人揃って僕らを舐めつけるように見てくる。

 

「う、うー……?」

 

何がなんやら訳が分からない僕と奏にしてみれば堪ったものではない。

せめてこっちにも事情を説明してくれれば楽なのだが……現状、そんなつもりはないのだろう。

 

『ていうか、もう、2人の関係ぐらいはばらしちゃってもいいと思うんだけど……』

 

黑鐵もいるんだし。

そう言う操緒だが、

 

「それは止めた方が良い。

 神(デウス)を消滅させるのにどれだけ魔力が必要になるか分からないし、これから魔力を消費しなければいけない――操緒、お前が削られる――可能性は以前の世界よりも格段に増えているんだからな」

 

そう、アニアに否定される。

今のところ佐伯兄に哀音さんが憑いている姿は見ていないが、それも時間の問題だ。

僕らが出会った時には、哀音さんは既に感情の大半を失っていたのだから、もう間もなく副葬処女(ベリアル・ドール)になってしまうのだろう。

止められるのなら止めたいが、いつ、どういった経緯で行われたのかが全く分からない以上、止めるのはほぼ不可能だ。

四六時中付き纏っていればいいのかもしれないが、そんな危険な賭けには出られない。

……ひょっとしたら、もうとっくに副葬処女(ベリアル・ドール)になっているかもしれないが……

 

「むー……露崎さん、が黙ってて、くれれば……」

 

『そんなに簡単にはいかないって……』

 

女性の好きな噂話、しかも恋愛話とくればいつまでも黙っていてくれるわけがない。

元々親友同士なら別だろうが、僕らと露崎はそこまで仲が良い訳でもない。

かといって仲が悪いわけでもない辺りが困りどころ。

非常に判断が困る関係性だったりするのだ。

唯一アニアが親友と呼べる関係になるかもしれないが、今はまだそこまでいっていない。

それが分かっているから、操緒も奏の案を却下したのだろう。

人は信用するべきなのだろうが、無条件でクラスメートを信頼できる訳もない。

というか、以前の世界で僕と樋口のことをBL小説の題材にしたような人間を無条件で信用できるほど、僕は人間ができていない。

 

「というか、操緒のことはどう説明するんだよ!?」

 

僕と奏の関係にばかり話がいっていたけれど、先程のアニアからの情報に寄れば操緒のこともばれてしまっているのは確実だ。

 

「あー、それは話してしまっても問題ないさ。

 知ったところで波乃に何ができるわけでもないし、誰かに相談できるはずもない。

 “世界は一度滅んだ”なんて、周囲の人間に言っても誰が真面目に取り合ってくれる?」

 

が、僕の焦りなど全く気にも留めず、アニアはその点に関して言えばかなりどうでも良さそうだ。

確かに言われて見ればそうかもしれないが……

 

「それは……佐伯とか?」

 

「確かにそうだが、波乃はあの兄妹がそちらに関係しているとは知らないはずだ。

 知っていたら話せるだろうが、知らないのに相談できる訳もないだろう」

 

それこそ、樋口の様に普段から言っている人間でもない限りキチガイ扱いされて終わるのがオチだ。

そう言ってその話を締めくくるアニア。

ついでに言えば、逆に樋口のような人間が話しても全く信用されないから問題ないらしい。

つまり、機巧魔神(アスラ・マキーナ)や悪魔といった存在を実際に見られなければ問題ないということ。

……いや、その問題である副葬処女(ベリアル・ドール)が見られたから問題なのだと思うのだけど……

 

「そんなことより、明日だ。

 智春、奏。

 お前たち2人とも明日は別々に行動するつもりはないのだろう……?」

 

僕の悩みを余所に、いきなり切り出すアニア。

そんな唐突なアニアからの質問に、

 

「僕はまだ決めてないけど……」

 

そう答える僕と、

 

「当然です!!」

 

やたらと強気に意気込んで答える奏。

いや、こんな状態になったんだから止めといた方が良いと僕は思うんだけどさ。

奏にしてみれば、(ある意味)初めて心から楽しめる修学旅行だからなのかもしれないが。

そういった考えを伝えてみるものの、

 

「夏目くんは、嫌、ですか?」

 

「そ、そんなことは……」

 

捨てられた仔犬の様な表情で飼い主(僕)を見る仔犬(奏)。

そんな表情で見られると僕の色々我慢しているものが溢れだしそうでかなりヤバイんだけど……

それに、勿論僕だって奏と回れるなら回りたいに決まってる。

けどなぁ……

 

そう思っていた時だった、

 

「御心配なさらず」

 

そんな声と共に部屋の扉が開き、

 

「我々が2人の関係をサポートいたしますわ!!」

 

この場にいる訳がない2人の人物が部屋に入って来た。

 

「……なんでここにいるんですか?」

 

入って来たのは、嵩月組若頭の雄型悪魔――八伎さんと、アニアの護衛役としてクラウゼンブルヒからついて来ていた雌型悪魔――ダルア・ミドラマルスィ・クラウゼンブルヒ女史だ。

いや、ホントに何でいるんですか!?

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「……それで、なんでいるんですか?」

 

目の前には正座をしている八伎さんと、普通に足を崩して座っているダルアさん。

そんな2人に対して、詰問のつもりでやや強めの調子の声をかける。

なんだって中学生の修学旅行にこの2人が付いて来ているのか……

 

奏は折角の修学旅行を邪魔されたとあって、かなり不機嫌な様子だ。

操緒は驚きつつも、そこまで怒っている様子は見受けられない。

むしろ、面白いことが増えたと思っているのか、楽しそう。

アニアは先程までの怒りはどこへやら、頭を抱えて部屋の隅に座り込んでしまっている。

 

……というか、人払いの札の意味が分からなくなったんですけど……

 

「勿論、お嬢様と夏目さんの護衛のためです」

 

「お嬢様の護衛のためですわ」

 

……ああ、そうですか…………どうせそんなことだと思いましたよ。

というか、ダルアさんならまだ(仕事だから)納得できるけど、なんで八伎さんまで……!?

 

「私は社長と大奥様――お嬢様のお婆様――に頼まれましたので。

 部下を10人ほど連れて参りました」

 

「余計止めてください!!」

 

ええい!!

八伎さんとダルアさんだけでも面倒なのに、この上何故人数が増える!?

勘弁してくれ!!

 

「ご安心ください。

 一般人と区別がつかない格好で旅館の周囲や、皆さんの行先を警護しているだけですので、余程のことがない限りばれることはないはずです」

 

「……本当、ですか……?」

 

「ええ、決して皆さんの邪魔になるようなことはしていませんわ」

 

『それなら、まぁ、いいのか……な?』

 

いや、そこで僕に聞かれても困るんだけど。

まぁ、2日間特に騒ぎが起きることもなく、僕たちも全く気付かなかったぐらいなのだからこの旅行の邪魔をしている訳ではないというのは本当なのだろう。

……だからと言って安心できるかというと、そんな訳ないのだが。

 

「とはいえ、問題が一つありまして……」

 

「……なんですか?」

 

八伎さんが神妙な顔で僕らに語りかけてくる。

この話になっている状態で、真剣な顔、しかも問題ときた。

どう考えたって碌なものじゃないと思う。

自然、場の雰囲気が緊張によって固まっていく。

そんな空気の仲、

 

「実は、鳳島のお嬢さんも近くの宿に泊まっているらしく……」

 

「氷羽子ちゃんが、ですか?」

 

「はい。

 部下に命じて遠目に確認させた所、その宿は鳳島の連中が警備しているようです」

 

「ああ、それはまた面倒な……」

 

奏と氷羽子さんの仲は良好だが、家自体がそうなのかというとそう言う訳ではない。

娘たちのおかげである程度以前よりは良好になっているようだが、相変らず嵩月と鳳島の両家の関係は水と油。

実質冷戦状態にあると言っていいだろう。

 

「こちらも向こうも互いに手を出さなければ、何もしません。

 ですが、その分お2人には気をつけていただきたいのです。

 旅行中鳳島のお嬢さんと会うことは早々無いとは思いますが、念のため」

 

「分かりました」

 

コク

 

僕と奏は揃って首を縦に振り、了承の意を示す。

僕としては、こんな些細な事で両家を本格的に戦争状態にする訳にもいかないという思惑があるのも事実だが、折角奏に同い年の悪魔の友達が出来たということの方が大きい。

以前の世界でも、杏みたいな同い年の友達はいたようだけど、悪魔という隠し事をしてしまっていたのも事実。

そんな後ろめたさを感じながら過していかなくても良い相手。

2人の関係がこれからも続いていってくれれば何よりだと思う。

 

「……それで、ダルア、八伎。

 お前たち2人が智春と奏の2人をサポートするとはどういうことだ……?」

 

若干脱線しかけた話をアニアが強引に修正して、元の話題へと戻す。

 

「ふふふ、お嬢様は私の能力をお忘れですか……?」

 

そんなアニアからの詰問に自身満々に答えを返すダルアさん。

それにしても、彼女の能力?

以前の世界と同じなのであれば、可視光線の操作のはずだけど……

 

「お前の能力?

 確か、可視光線の操作だったはずだが……それがどうかしたのか?」

 

ああ、一緒だったんだ。

ということは、使い魔(ドウター)も以前の世界同様巨大なカメレオンの姿なのだろう。

彼女の使い魔(ドウター)は対人戦ではかなり強力だから、味方でいてくれるのなら非常にありがたいけど……見た目はかなり気持ち悪いからなぁ。

 

「ふふ、で、す、か、ら!!

 夏目さんと奏さんの姿を消し、幻影を作りだすことなど容易なのです」

 

ああ、だから自身の能力の話になったのか。

確かにダルアさんに協力してもらえるのは非常に助かるが……良いのだろうか?

悪魔の能力を使うということは、それだけ自身が非在化する可能性が高くなるという事なのに。

 

「良いのか、ダルア……?

 こんな馬鹿な2人を助ける義理などお前にはないのだぞ?

 大体、このバカップルが注意を怠ったせいで今の状況があるのだから」

 

アニアもそれは分かっているのだろう。

その事を聞いている。

だが、主人からのその質問にも、

 

「構いませんわ。

 奏さんの気持ちも私、痛いほど分かりますもの。

 そんな彼女の手助けをして消えることになるのであれば、それもまたヨシですわ」

 

全く怯むことなく、堂々と答えるダルアさん。

その姿は、どことなく“女傑”という言葉を連想させるものだった。

以前の世界の彼女からは考えられない大物ぶりだ。

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう、ござい、ます」

 

奏と2人揃って頭を下げる。

そんな若輩者2人を、

 

「良いんです。

 ただし、成功しないとただではおきませんわよ」

 

ダルアさんは笑って許してくれた。

これが大人の女性というやつだろうか……?

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「露崎様の様子は如何ですか?

 アニア様」

 

というわけで、本日は修学旅行の三日目。

樋口がこの修学旅行において何よりも楽しみにしていた日。

それはこの修学旅行に参加している生徒の大半が同じ様で、昨日まではほとんど感じることの出来なかったある種異様な空気が旅館に漂っていた。

教員側もそれは分かっているだろうが、特に何か言ってくるようなこともない。

 

『今は部屋で準備をしているな……だが、もうそろそろ準備も終わるはずだ』

 

「了解しました。

 ダルアさん、お願いします」

 

『分かりましたわ』

 

天気は曇り。

晴れてはいないものの、昨日程荒れてはいないので奏の頭部にネコ耳が現れていることもない。

……なんとなく勿体ない気がしないでもないが……仕方ない。

それに今後も見れる機会はあるのだろうから、次の低気圧の日を待つとしよう。

今度は隠さなくても良いように、関係者だけの日になってくれるとありがたい。

その方がしっかりと奏のネコ耳姿を目に焼きつけられるだろうし……

 

「では、夏目さん、お嬢様を今日一日お願いします」

 

「はい」

 

『トモ、しっかりね』

 

「分かってるって」

 

八伎さんとは旅館の一室で別れ、僕とアニアは班員たちと一緒に旅館の入り口から外に出ていく。

その中には当然、班長である露崎や樋口たちも一緒にいる。

以前の世界では自由行動の時は、樋口に誘われ京都一体の心霊スポット巡りの旅に誘われていたが、今回は幸か不幸か誘われていない。

逆に、僕ではなく佐伯を猛烈に誘ってはきっぱりと――それこそ樋口の精神が心配になるぐらい――断られていた。

僕自身は代わり?と言っては何だが、やたらと露崎から今日の行動予定を聞かれている。

ただ、それも昨日からで、それ以前はほとんど聞かれなかったことからも、余計に露崎の情報源がいつなのか分かってしまうのだが……

 

「さて、と……」

 

暫く歩き、旅館からある程度離れた所にあるコンビニに到着すると、示し合せたかのように班員が全員立ち止まり、班長である露崎に視線を集める。

それは、僕やアニアも例外ではない。

その様子を見た露崎が、グルリと首を回し、全員がいることを確認し、

 

「16:30にこのコンビニに集合すること。

 途中で教員にばれると厄介な事になるからなるべく見つからないように」

 

そう言った。

全員彼女の言いたいことは分かっているのか、黙って頷く。

ここで余計な事をして騒ぐような馬鹿な真似はしない。

時間が減るという問題もあるし、まだ安心できる程距離が離れていないということもある。

いずれにせよ、まだまだ慎重に行動しなくてはいけないのだ。

 

「忘れ物とかはないよね……?

 取りに戻るなら今しかないよ」

 

露崎からの質問に全員が黙って首を振ることで答える。

それを確認した露崎は、

 

「よし、じゃあ……解散!!」

 

班員にそう指示を出す。

その班長からの指示を聞いた面々は、勢いよくそれぞれの目的に沿った方向へと向かい出す。

樋口は道路で走っていたタクシーをすぐさま呼び止め、乗り込んでどこかへ向かって行く。

以前の世界と同じであるのなら、多分最初は本能寺辺りだと思うのだが……

 

「波乃~結局あんたはどこ行くのよ~」

 

「ふふふ、ひ・み・つ」

 

「え~、なんでよ~

 良いじゃない、教えなさいよ~

 私とあんたの仲でしょ……?」

 

「どんな仲よ……」

 

露崎が班員の女子と会話している隙?を見計らって僕もいそいそと奏との待ち合わせ場所である最初の目的地へと向かって歩き出す。

ここから先は僕ではなく、アニアやダルアさんたちに任せるしかないし……決して僕がヘタレなんじゃない。

単に適材適所というだけの話だ。

そんなことを思い、自分を納得させながら僕が道を歩いていると……

 

「え~、なんで~!?」

 

という叫び声が聞こえてきた。

聞こえてきたのは僕から見ると先程のコンビニの方向。

つまりは、向かっている方向とは真逆。

 

「ダルアさんが上手くやってくれたのか……」

 

作戦――というほどのものか分からないが――通りに今のところ無事に進んでいることに一安心する。

というのも、聞こえてきた声が僕たちの班の班長である露崎のものだったからだ。

とはいえ、これで上手くいったわけではない。

叫び声とはいえ、誰のものか判別できる程度の距離なのだ。

そんなに離れている訳ではない。

 

『トモ、急いだ方が良いよ』

 

周囲から知り合いがいなくなったため、操緒も姿を現す。

表情を見る限り、作戦が上手くいっていることに操緒は喜んでいるようだが、まだ気を抜いてはいない。

そんな彼女は、今回ちゃんと路地の方から歩いて姿を現してくれたから、特に周囲の人から奇異の視線を向けられることもない。

 

「そうだな、サッサと離れよう」

 

操緒の言葉に返事を返しながら足早にその場から離れるのだった。

そんなこんなで僕と奏は無事合流し、京都の街を歩いている。

一応目的地はあるのだけれど、特に急いでいる訳でもないのでブラブラと歩いている。

いざとなったらタクシーにでも乗って向かえばいいのだし。

 

「……それにしても、ニアとダルアさん様々だね……」

 

「そう、ですね」

 

昨日考えた作戦の概要はこうだ。

 

1:僕が班から離れて歩き出す。

2:恐らく尾行してくるであろう露崎を撒くため、ダルアさんが僕の姿を消し、代わりに幻影を作り出す。

3:ある程度距離が離れたら幻影を消す。

4:驚いているであろう露崎にアニアが近づき、行動を封じる。

5:そのままアニアが僕らの予定と被らないように露崎を誘導する。

6:何かあれば八伎さん経由で僕らに連絡が入るようになる。

※最終手段の退避場所として、京都での嵩月祖母の家が用意されている。

 

といったところだ。

今のところ八伎さんからなにも連絡はないから大丈夫なのだろう。

 

「ニアちゃん、には悪いこと、しちゃいましたね……」

 

やや気を落としながら奏がそう呟く。

 

「大丈夫だと思うよ。

 何だかんだでアニアの奴も楽しんでたし」

 

盛大に文句を垂らしていたものの、アニアの顔は確かに笑みを浮かべていた。

大方、目的が無くなった露崎を引っ張りまわして自分の好きなところを巡るつもりなのだろう。

……ご愁傷さまです、露崎さん。

 

「ほら、2人の分まで楽しまないと損だって。

 折角ダルアさんとアニアが作ってくれた時間なんだから」

 

現金な自分が若干嫌になるが、

 

「そう、ですね」

 

にっこりと満面の笑みを浮かべた奏の表情でそれも消え去る。

代わりに、顔が熱くなっているのが自分でも分かる。

きっと熟れたリンゴの様に真赤になっていることだろう。

それを誤魔化すつもりで、

 

「……じゃあ、行こうか」

 

奏を促し、先を歩きだす。

そんな僕を見た奏は、

 

「……クスッ」

 

微笑んで、

 

「はい!」

 

僕の横に立って一緒に歩き出した。

僕の横に立った彼女は僕の手を自身の手で繋ぐ。

そして、更に自身の指を僕の指と指の間に絡め、ちょっとやそっとのことではほどけないようにしっかりと手を握り締める。

 

俗に言う“恋人繋ぎ”

 

熱くなっていた顔が更に熱を持ったのが分かる。

なんだか、奏がかなり大胆になって来たような気がするが……

手を繋いできた奏の方もかなり恥ずかしいのか、顔をやや伏せ気味にしている。

が、それも嫌な感じではなく、寧ろ心地良い。

そんな状態で僕らは再び歩き出した。

知り合いに見られたらマズイよなー、と思いながらも止めるつもりは更々ない。

こんなことだから、露崎にバレてしまうのかもしれないが止められない。

精々知り合いに会わないよう祈っておこう。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

日は変って翌日、修学旅行最終日。

僕らのクラスは既に全員が新幹線へと乗り込み、それぞれ座席に座っている。

僕の隣では樋口が、

 

「つ、着いたら、教えて、くれ、智春」

 

そう一言呟き、すぐさま眠りについていた。

どうやら昨日の強行軍がたたったらしい。

常時ハイテンションで一日50件のオカルトスポット巡りは流石の樋口でもキツかった様だ。

が、かく言う僕も結構疲れたから寝てしまいそうだ。

昨日は道中、蹴策のために北野天満宮で合格祈願のお守りを買っている氷羽子さんに会ってやたらとからかわれたし――幸い手を繋いでいる時ではなかった――……もう、この際道場の人たちにはばらしてしまっても良いんじゃないかという気もするが、雪原さんには秘密にしておかないといけないので少々面倒だったり。

また、アニアやダルアさんの方も特に問題はなく、露崎のことは帰ってからしっかりと対応していくということになった。

今は露崎も疲れたのか、座席に身を預け、夢の世界へと旅立っている。

 

それにしても、僕も疲れた。

 

目的の駅に着くまで1、2時間はあるはずだし僕も寝てしまおう。

そう思い、座席に身を委ね、僕も眠りについた。

 


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