後は、義妹編と絆編ぐらいか……って、絆編が長かったっけそういや(汗
修学旅行から帰って来た翌日、
「これ、お土産です」
「あら、ありがとう」
僕と操緒はいつもの様に橘高道場へとやって来ていた。
今日は橘高姉妹に八條兄、それに道場に通っておられる社会人の方々のみ。
鳳島兄妹や美呂ちゃんは来ていないし、塔貴也さんもアニアと共に(珍しく)実験作業の真最中。
八條さんも鍛錬の最中だし、内緒話……というか、相談をするにはもってこいの状況だ。
僕が冬琉さんに渡したのは普通に京都のお土産屋で売っているようなお菓子――八つ橋なので特に珍しくもない。
因みに生地を焼いていない生八つ橋だ。
それと、もう一つ手に持っているのは、
『秋希さんにはこれで~す!!』
『あ、ああ、ありが、とう……?』
秋希さん用のお土産……の守護札。
因みに選んだのは秋希さんと同じ副葬処女(ベリアル・ドール)の操緒である。
選んだのは僕じゃないので僕にそんな戸惑った視線を向けられてもどうもできませんってば、秋希さん。
『とりあえず、冬琉さんが持っといてください』
「……神棚や仏壇があればそこに置いておくように、だそうです」
ただ、これってどちらかと言えばお祓い用のお札だったはずだから冬琉さんみたいな演操者(ハンドラー)が持っているとまずいような気がしないでもないが……
「……ありがとう、と言うべきなのかしら?」
流石の冬琉さんも反応に困っている。
そりゃそうだ、こんな物を貰って喜ぶ演操者(ハンドラー)がいるわけない。
しかも厄介なことに、それを選んだ人間が傍から見れば同じ演操者(ハンドラー)で、実際は、副葬処女(ベリアル・ドール)なのだ。
同類相哀れむではないけれど、喜ぶべきか、僕らの非常識さを嘆くべきか……
『でも、それ以外だと線香とか、お供え物みたいなものになっちゃいますよ……?』
いや、それしか選択肢がない訳でもなかったと思うのだが……僕の覚え違いだろうか?
『……まぁ、ありがたく貰っておくか。
副葬処女(ベリアル・ドール)として言えば、そっちの方が先輩になるわけだしな』
頭を押さえながらも、一先ず納得して見せる秋希さんと、まぁ本人がそう言うのなら、ということでお札を受け取る冬琉さん。
「あ、それと“これ”を……」
忘れないうちに、鞄からもう一つのお土産を渡す。
因みにこれは秋希さんと冬琉さん用にしっかりと二つ。
「嵩月からのお土産です。
一週間ぐらいは来れないそうなので、僕が預かって来ました」
そう言って冬琉さんに差し出したのは京都で有名な神社のお守り。
そして、間違っても八條さんに聞こえないよう、若干声を落として話しかける。
「……縁結びのお守りだそうです。
秋希さんのはこっちの小さめの方で、冬琉さんのは大きめの方です」
「『!?』」
これはこれで予想外だったのかそれなりに驚きの表情を浮かべる橘高姉妹。
それでも、先程のような戸惑った表情になることはなく、すぐに受け取ってくれた。
因みに冬琉さんのは恋人が欲しい人用のお守りで、秋希さんのはカップル用のお守りだったりする。
「財布とか定期入れに入れておくと良いそうです」
どっちにしろ冬琉さんが持つことになるだろうが、この場合どうするのが正解なんだ……?
カップル用と、独り身――訂正、相手が欲しい人用のお守りを一人が両方持つって。
非常にややこしいことになりそうだが……まぁ良いか。
僕が持つわけじゃないんだし。
……ただ、これが原因で何か修羅場が起きたら巻き込まれる可能性が大なのだが……
そんな僕の割とどうでも良い疑問と心配を余所に、橘高姉妹は、それぞれがそれぞれのお守りを見つめ、思うところがあるのか、(多少ではあるものの)意識を飛ばしていた。
こんな二人でも一応女子高生なんだな~……と、二人に知られたら間違いなく張り倒されることを考えながら僕は二人の様子を眺めていた。
『トモは奏ちゃんとカップル用のお守り買ってたもんね~』
そんな僕に二人に聞こえない様、操緒が耳元で話しかけてくる。
その操緒の声は若干嫉妬の様なものが感じられたが、そんなもの以上に多量のからかいの成分が含まれていたような気がする。
「……うるさいな……良いだろ別に」
『べっつに~……私は悪いとは言ってないですよ~』
「…………………」
言ってなくても諸々感じ取れるんだよ!!
そう、操緒の言う通り、僕と奏もカップル用のお守りを買っていたりする。
まぁ、先日の自由行動の時の最終目的地がその神社だったからだけど。
(そこを目的地に選んだ理由は、奏が普段からは考えられないぐらい強い調子で要求してきたからなのだが……
P.S:操緒とアニアにその話をしたら、揃ってバカップル扱いされた)
と、そんなこと、今はいいんだよ。
早いうちに冬琉さんに聞かなきゃいけないことがあるんだから。
そう思い出すのと同時に、すぐさま行動開始。
まずは、目の前にいる意識を飛ばしかけている妹の方に話しかけねば。
「あの~、冬琉さん」
「……何かしら……?」
少しばかり期待が籠った眼差しを向けられる。
ひょっとしたらまだお土産があるのだと思われてるのかもしれないが、残念ながらそうではないんですよ。
期待を裏切るようで悪いのですが、厄介事です。
「GDって、一般人に裏の世界の説明とかしてくれます……?」
「『……は?』」
あまりにも予想外の質問だったのか、秋希さんと冬琉さん、二人揃って呆けた表情になってしまっていた。
そうなる気持ちも分かるけど。
・
・
・
「……なるほどね……このバカップル!!」
『ふむ、見事なまでにバカップルだな』
「姉妹揃ってその反応ですか……」
露崎の問題を相談するために二人に経緯を全て話し終えると、上記の様な反応が返って来た。
もう、否定するのもめんどくさい……いや、なんとなくこの反応は予想出来てたけどね。
因みに、冬琉さんや雪原さんと言った僕らと親しいGDの面々に相談するよう決めたのは、僕、奏、操緒、アニア、四人の総意だ。
その際、僕と奏の関係もばらしてしまうことにした。
いや、僕としては出来ることなら隠していたかった。
だけど、露崎を連れて来て説明したり、事情聴取を行うとなるとどうしても漏れてしまうということがアニアからの言葉でほぼ確定したのだ。
それなら、いっそのこと自分たちの方で言ってしまった方が良い。
露崎の事を学生連盟側に任せず、自分たちで処理してしまえば良いんじゃないかと思われるかもしれないが、僕たちとしてはこれ以上不確定要素を増やしたくない。
ただでさえ冬琉さんたちに干渉してきたことによって、未来がどれだけ変化しているのか分からないのだ。
それなのに、更に露崎が関わって来るとなると、ややこしいなんてものじゃない。
下手すりゃ戦争一直線だ。
勿論、僕たちが説明して黑鐵とかの証拠を見せる方が、学生連盟に僕と奏の情報を洩らすよりもメリットは多いだろう。
露崎の行動が予測できないというリスクは多々あるが、それも可能な限りアニアが傍にいれば減らせるはず。
だが、今後の事を考えると、少しは学生連盟がどれほど動いてくれるのかを測っておきたいという思惑もある。
学生連盟の最大戦力であるGDは特徴から言って、どうしても個人プレー、もしくは独断専行が多い。
しかも、彼らが所持する機巧魔神(アスラ・マキーナ)は総じて強力な機体ばかり。
今後協力してくれる可能性が少しでもあるのであれば、個人が請け負っている役割も見ておきたい。
それに、こちらの洩らすデメリットだが、幸いにもまだ大きな問題にはなっていない。
奏は擬態を解いてもまだ未契約の状態だし、ペルセフォネを見られるような機会がない限り、僕が魔神相剋者(アスラ・クライン)だということはまず分からない。
故に、恋人同士だからといって、即座に法王庁、もしくは神聖防衛隊が出てくるとは考えにくい。
それに、以前の世界を見る限り、雪原さんは神聖防衛隊寄りのGDだが、佐伯兄妹程魔神相剋者(アスラ・クライン)に問題があるとは考えていないようだ。
そのことが法王庁内部も一枚岩でないことを物語っている。
僕らが賭けに出なければいけないのは、そこだけだ。
後は、学生連盟がどれだけ露崎の事を管理してくれるかにかかっているが、それこそ今回の目的の一つであるため何とも言えない。
「……はぁ、まあいいわ。
その事については今更だしね……」
『そうだな。
そもそも、あの空気で付き合っていない方がおかしい』
が、僕と奏が散々悩んだというのに、この姉妹は然して興味がなかったらしい。
この人たちの前ではそんなにそれっぽい会話とか空気はしてなかったと思うんだけどなぁ……
つい口を滑らせてしまい、その事を言ってしまうと、
「いや、あれでそれ程じゃないって……あなた達2人は本来ならどれだけバカップルなのよ……」
『語るに落ちる、とはこの事だな』
逆に呆れられた。
そして、
「『あなた(お前)も大変ね(だな)……』」
操緒に憐みの視線が向けられる始末。
その視線に対して、
『いえ、もう慣れましたから……はぁ……』
諦観の表情で答えを返す操緒。
そんなに酷いかな……?
自分ではそこまでだと思うんだけども……って、今はそのことじゃなくて、
「あのー、それで露崎のことはどうすれば……」
いや、勿論僕たちのことも本題の一つではあったんだけど、それよりも露崎の問題をどうするのかの方が大事だと思うのですよ。
「………………ああ、そうだったわね」
そんな僕の言葉にやたらと間をとって答える冬琉さん。
おいこら、今の表情見る限り、素で忘れてただろ。
頼むからそこはしっかりしといて欲しい。
なんのためにばらしたのか分からなくなってくるではないか。
『まぁ、個人で勝手に処理せずに、学生連盟(われわれ)を頼ってくれたのは正しいとは思うが……ふむ……そうだな、一度ここに連れて来てくれないか。
話を聞く限り、誤魔化すことは不可能の様だ。
とはいえ、いきなり本部に連れていくほどの事態でもないようだからな』
そんな頼りない妹をスルーして、秋希さんが答えを返してくれる。
……まぁ、妥当なところかな。
確かに、いきなりあの本部で事情聴取、というほど事態が悪化している訳でもない。
「分かりました。
向こうの予定次第ですけど、今週末辺りにでも連れてきたいと思います」
その辺りの連れ出す役割はアニアにやってもらうことになるのだろうから一度アニアに調節してもらわないといけないが、多分大丈夫だろう。
それと、
「あの、僕と奏のことは、口外しないでいただきたいのですが……」
別に八條兄妹とか、鳳島兄妹ぐらいなら構わないし、雪原さんもしょうがないとは思う。
だけど、学生連盟の他の面々や洛高の関係者に話すのは勘弁して欲しい。
その事を伝えると、
「分かってるわよ、それぐらい。
……私たちに話してくれたってことは信頼してくれたって事なんでしょ?
そんな信頼を破るほど私たち姉妹は薄情じゃないわよ」
という、ありがたい言葉が返ってきた。
『ああ、1年掛かってようやく、だがな』
そう言われ、改めて気付く。
ようやく、僕はこの世界に馴染めたのかもしれない。
今まで少なからず残っていた疎外感も気付けば――綺麗さっぱりとはいかないが――消えている。
自分でも全く気付かなかったが、無意識のうちにそう思えるようになっていたのか。
……うん、良かった。
感慨深いものがあるが、そんなことは特に表に出すことなく、
「……そう、ですね」
出来る限り普段通りに返事を返す。
だけど、
「……でも、瑶とかはズルイわね。
私たちよりも短い期間で信頼されてるんだから」
冬琉さんのその予想外の一言で場が凍りついた。
折角良い空気だったのに……なんで壊すようなことするかなぁ。
秋希さんもやや呆れ気味。
だが、冬琉さんは普段と変わらない調子で、不思議そうな顔をしていた。
そんな微妙な空気を、
『……え、と……じゃ、じゃあ、多分?今週末には露崎さんを連れてきますね!!』
操緒が明るい声を出すことで無理矢理修正する。
『あ、ああ、そうしてくれ!!』
秋希さんもそれに乗っかり、やや大きめの声で返事を返す。
いそいそと、僕と操緒は次のお土産を渡す相手――八條さんか塔貴也さん――の許へと向かう。
「?」
そんな僕らを眺めたまま、冬琉さんは不思議そうに首を傾げるのだった。
……何故、この人が一巡目にしろ、二巡目にしろ生徒会長になれたのか疑問に思えてきた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そんなこんなで週末。
当事者である僕と操緒、それ学生連盟のメンバーである橘高姉妹や雪原さんは勿論、何故か塔貴也さんに八條兄妹、更には鳳島兄妹も道場にやって来ていた。
残念ながら奏は今日は来れないので、後日改めて報告することになっている。
で、今はアニアが露崎を連れてくるのを皆で待っている最中だ。
別にこんなに人がいなくても良いような気はするが、冬琉さん曰くそれっぽい空気にするためとのこと。
人数が少ないよりは、大勢がいた方が真実味が増すのだそうだ。
……そう言われるとそうかもしれないが……
ただの圧迫面接なんじゃないかと思ったり。
当事者の一人がいないのに真実味も何もあったもんじゃないような気はする。
因みに、すでに道場にいる面々には僕と奏の関係は知れ渡っているし、口外しないと約束してくれた。
ただ、それを聞いても誰一人驚くことなく、
【ようやく認めたよ、こいつら……】
みたいな空気になったことに奏と二人、若干気落ちしたものだ。
そんなに分かりやすかったかな……?
と、皆と会話しながら先日の事を思い出していると、
「入るぞ」
道場の外からそんなアニアの声が聞こえてきた。
が、誰もそんなアニアの声に驚いたりしない。
足音が二人分近づいて来ていたのは全員聞き取っていたし、秋希さんや冬琉さん、それに八條さんといったレベルの人たちは、
「緊張してるみたいね」
『仕方ないだろう』
「まぁ、普通の女子中学生が堂々としていても空恐ろしいが……」
露崎の心理状態まである程度把握していた。
いや、ホントに何者ですか貴方達は。
そんな道場内部の声など無視して、アニアが道場の扉を開け、いつもの様に無駄に自信満々な様子で入ってくる。
そのアニアの後ろをビクビクと脅えながら露崎が付いて入って来る。
彼女は道場に入った瞬間、
「……え!?」
驚いて目を丸く見開き、すぐさま回れ右をして道場から出ていこうとしたが、
「これで全員ですわね」
彼女の後から道場に入ってきたダルアさんに阻まれ、逃げられなくなってしまった。
ダルアさんは後ろ手で扉を閉め、露崎に前に進むよう促す。
逃げ場を失った露崎はしばらく呆然としていたが、我に返ると諦めたのか道場の中央へ向かってきた。
そして、彼女に用意された座布団に――というか、空いている座布団がそこしかない――正座をする。
露崎の正面には、冬琉さん。
そして、(露崎から見て)冬琉さんの右隣りに僕、左隣は雪原さんと塔貴也さん。
斜め右前には鳳島兄妹、斜め左前には八條兄妹。
最後に、彼女の右隣りはアニア、左隣りはダルアさんと言った席順。
そんな場に置かれた露崎が一言、
「……ねぇ、ニアちゃん……帰っちゃ駄目?」
……気持ちは分かるが、第一声がそれというのは如何なものだろうか。
アニアの返事は当然、
「駄目だ」
これまた一言。
全く誤解の仕様がないので、非常に分かりやすい。
そんな最後の希望が断たれた露崎はというと、
「う、うううう」
かなりへこんでしまっていた。
若干の罪悪感はあるが、ここで戸惑う訳にもいかない。
なので、始めることにしよう。
どうして、露崎が呼ばれたのか、そして今後の彼女について。
「じゃあ、始めます」
そう言って、冬琉さんは話し始めた。
それぞれの自己紹介から始まり、操緒の正体と、彼女が封印されている機巧魔神(アスラ・マキーナ)という存在について。
更には、どうしてそんな物が存在するのか、その世界的な背景。
そこから派生するのは、悪魔や、世界崩壊。
更には、自分たちの所属についてまで。
所々で、露崎の疑問を聞き、それに的確な答えを返しながら話は続く。
僕を始めとして、話していない他の面々は黙って冬琉さんの話を聞いていた。
途中で補足する必要があれば話しに参加する。
そうして、大凡1時間程が経過し、最後には、
「氷羽子ちゃん、美呂ちゃん、お願い」
「分かりましたわ」
「……はい」
座っていた氷羽子さんと美呂ちゃんに頼んで、悪魔としての能力を見せつける念の入用。
氷羽子さんは何もない空中から氷の薙刀を作り出し、美呂ちゃんは影を操り自身の体を宙に浮かび上がらせる。
それを見た露崎はというと、
「ほえ~~~~」
口を開き、かなり間抜けな顔になって驚きを顕わにしていた。
というか、一気に大量の情報を頭に叩き込まれ、処理能力の限界を超えたようにも見えるが……と思った瞬間、
バタッ!!
露崎がいきなり倒れた。
「は、波乃!?」
急いでアニアが駆けより、様子を見ると、
「……気絶している」
との事。
「「「「「「「「「『『………………え?』』」」」」」」」」」
今度はその場に揃った全員が呆気にとられる番だった。
・
・
・
その後、眼を覚ました露崎に、一先ず先程の話をむやみやたらと周囲に話してはいけないと口止めをした後家に帰した。
なにか疑問に思ったことがあればアニアや僕に聞けばいいと言って。
また、こちら関係の問題が起きたのならGDである冬琉さんや雪原さんに知らせればいいとも。
……正直言って非常に不安である。
まぁ次の週末にもう一度道場に来るようにという約束だけはしておいたが。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
露崎に説明会が行われた日から既に数日。
その翌日から今日に至るまでの間、学校での露崎の様子は普段通りに見えた。
中の良い友人通しで取りとめのない会話に興じ、授業を受け、放課後になったら彼女の所属しているテニス部へそそくさと向かって行く。
表面上は普段通りで、周囲との関係も全く変化がないように見える。
だけど、僕らから見れば明らかな変化もあった。
同じクラスで普段から会話を交わしていたアニアや僕をどことなく避けるようになっていたのだ。
はっきりと誰にでも分かる様に避けている訳ではない。
アニアが友人同士の輪に入り、会話に参加していればいつもの様に会話をしていたし、僕たちの方から話しかければ返事を返す。
だけど、露崎の方から僕たちに話しかけてくるようなことはなかった。
仕方がないことだとは思うけれど、どことなく物悲しい。
それと、彼女が一人でいる時はほぼ必ず虚空に視線を漂わせ、何かを考えている様子だった。
以前の彼女には物事を考えている様子が見られなかったという訳ではないが、今迄にはない真剣さが今週の彼女からは感じられた。
直接聞いたわけではないが、多分先週末に話した事について悩んでいるのだとは思う。
話が終わってすぐに気絶していたから少々不安だったけれど、ちゃんと話の内容は覚えていてくれたようだ。
あの時話したのは、裏の世界での一般的な知識だけだ。
世界が一度滅んだこと。
機巧魔神(アスラ・マキーナ)や悪魔の存在。
学生連盟や科学狂会(ダークソサエティ)といったいくつかの代表的な組織。
それよりさらに詳しいことは話していない。
何故世界が滅んだのか、ということや、悪魔とは何なのか、等のことはそうそう話す訳にもいかないのだし……
それはともかく、そういった情報を得た露崎が今何を悩んでいるのかは僕には分からない。
とはいえ、演操者(ハンドラー)でもない一女子中学生が何か出来るわけでもないとは思うから、僕個人としてはあまり深刻に物事を捉えてはいない。
何か問題が起きたとしても、大抵はGDが出てくるのだし……そもそも、洛高の様に学生連盟に所属している学校に進学しなければ早々事件に巻き込まれる訳もない。
……いや、加賀篝が起こした事件みたいなこともあるから、一概に安全だとは言い切れないけれど……
と、ここ数日の彼女の様子はそんな調子で大きな変化はなかったのだが……
『今日の放課後、体育館裏に来てください。
アニアさんや嵩月さんたちと一緒に。
露崎波乃』
今朝登校してきた時に、僕の靴箱の中にはそんな文面の手紙が入っていました。
ご丁寧に、淡い桃色の封筒に入れられたそれは傍から見ればラブレターにしか見えないような代物で、
「……夏目くん……ちょっといいですか?」
僕の後ろにいた僕の恋人が勘違いするには十分な代物だ。
「い、いや、あの……嵩月さん?」
その時は僕もまだ封筒の中身を読んでいなかったから何も言えなかった。
いや、勿論そんなことがあったとしても断るつもりだけど、目の前にいる黒い炎を纏った雌型悪魔の姿は、圧倒的な威圧感を僕に向けて放ってきていたのだ。
こんな状態で何が言えると言うのか。
って、奏さん!?
なんかやたらとランクアップしてませんかねぇ!?
そんなことを考えつつ呑気に目の前の悪魔に引き摺られながら、僕は原因の手紙の主に盛大に呪詛を送るのだった。
・
・
・
そんなこんなで、放課後。
僕と奏、それにアニアは微妙に時間をずらしながらも、別々のルートを使い体育館裏にやって来ていた。
ドス黒い奏の前で(正座して)手紙を読み上げたことにより、手紙の内容はしっかりと奏には伝わっていたし、アニアには直接僕から伝えてあった。
呼出しに使われる場所としては定番の体育館裏ではあるが、幸か不幸か今日は先客は誰もいなかった。
体育館裏の静寂とは違い、校庭や体育館からは部活前の柔軟をやっている生徒たちの明るい声が聞こえる。
僕たち三人が集まってから大体5分程経った頃に、そんな学校の敷地の中でも薄暗く、人の目に付きにくい場所に、露崎はやってきた。
何度も後ろを振り返り、誰も自分に付いて来ていないかを確認する念の入用。
その心遣いはありがたい。
が、バレたくないのなら、早めに終わらせて欲しかったりする。
そんな僕の心情など関係ないとばかりに、露崎は中々話しだそうとはしなかった。
「うー……」やら、「え、っと……」やら、「むぅぅぅぅぅーーーーーーーーーー」などの呻き声を洩らしながら、どう切り出したものか悩んでいるようだ。
果ては、頭に手をやり、ガシガシと整えられた髪を掻き始め、及び腰になる始末。
そんなクラスメイトの様子に我慢できなくなったのか、
「……それで、この間のことで話があるのだろう、波乃?」
そうアニアが切り出した。
「う、うん……」
促され、どもりながらも返事を返す露崎。
そして、口を開けた勢いそのままに話し出す。
「……その……自分の中でもまだよく纏ってないんだけどね。
私はまだ悪魔とか、ア、アスラ、マキーナ……だっけ?とかのことは信じられないんだ。
い、いや、いないって否定する訳じゃないんだよ!
あんな風に証拠も見せられたんだしね……だから、って訳じゃないけど、この前橘高先輩が話した事も全部本当なんだとは思うし、理解も出来てる」
正直言って、世界が一度滅んだって言われても、信じられないけど……
そう言って一呼吸置く露崎。
一度話し出してしまったからか、先程のどもり具合もかなりなりを潜め、徐々にではあるものの普段の彼女の喋り方に戻りつつある。
「それで……その話を教えてもらった自分はどうしようかって考えてみたんだ。
……私なんかが、戦うなんてことは出来るわけないし、頭もあんまりよくないから、きっと何も出来ないと思ったから、これからはいつも通りに過していこうとしたの」
普通の中学生ならそう思い、留まると思うし、それがきっと正解だ。
僕や橘高姉妹の様な例外でもない限り無理にこの世界の真実に関わる必要はない。
アニアもそう思ったのだろう、
「そうだ、波乃。
お前はそれでいい」
露崎の言葉を肯定し、特に反対する様な様子はない。
それは僕たちも同じだ。
僕も奏も、アニアに賛同するかのように首を縦に振る。
だが、アニアや僕たちの意見とは逆に、露崎はそこで首を横に振った。
「ううん、私はこのまま普段通りに過すことはしたくないの。
アニアさ……ニアちゃんたちが私の事を心配してくれて言ってるのは分かるけど……だけどね、私もやっぱりニアちゃんたちのことが心配なんだ」
そんな彼女の言葉に驚いている僕らを余所に露崎は言葉を続ける。
というか、僕も奏もそこまで露崎に思われるほど仲良くしていた記憶はあんまりないのだけれど……ああ、そっか、メインはアニアか。
それなら納得がいく。
「それにね、話を聞いてから出来るだけ普段通りに過ごそうと思ってたんだけど、やっぱりどこかで無理してる自分がいたんだよ。
玲子ちゃんとか、皆と会話をしててもどこか不自然なの。
自分の過してる今の世界が張りぼての世界に見えちゃう。
まるで、今にもこの世界が終ってしまいそうな錯覚……」
「だからって、露崎が“こっち側”に関わる必要なんてないよ」
危険が無い世界の方が良い。
仮に巻き込まれるようなことがあっても僕たちがすぐに守れる方が。
「……ふふ、夏目くんは優しいね」
僕のそんな思考が僕の一言から分かったのか分からないが、露崎はそんな言葉を返してきた。
「そんなに仲が良い訳でもない私なんかのことを真剣に考えてくれてる。
……うん、嵩月さんが好きになるのもなんとなくだけど分かる気がするよ」
そう言って、露崎は柔らかく笑った。
話の内容や、場の雰囲気にそぐわない穏やかな微笑み。
「だけどね、夏目くんたちは私のことなんて気にしなくて良いんだよ。
私が関わろうとしてるのは、自分勝手な理由なんだから。
私が勝手に夏目くんたちの様子を盗み見して、勝手に探ろうとして、勝手に心配させちゃって、勝手に真実を知っちゃっただけ。
それで、今いる世界を信じられなくなっちゃったの」
だから、私が関わっていくのは自分のため、あなた達が気に病むことはないんだ。
露崎はそう言ってるが、自身の危うさには気付いていないのだろうか……?
最初に悪魔とかの存在がまだ信じられないと言っているのに、今いる自分の世界も信じられなくなっている。
どちらの世界も信じられない今の露崎は、非常に不安定だ。
彼女の今迄の言葉を信じるのであれば今後も関わって来るつもりなのだろうが、それにしたって不安すぎる。
「……話はそれだけ。
今週末に橘高先輩たちにも同じ話をするつもりだから」
それだけ言って露崎は体育館裏から歩き去っていった。
後に残ったのは、呆然としているアニアと、僕。
それと、どこか納得した表情を浮かべている奏だけだった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そんなこんなで週末。
1週間前と同じ面子(+奏)が道場には揃っていた。
が、先週とは違い場に緊張感が漂っている訳ではない。
今日の主役である露崎が若干緊張してはいるけれど、それも先週ほどではない。
そんな、穏やかな空気の中で語られた露崎の決意。
この1週間で自分が感じ、考えたこと。
その上で決めた覚悟。
先日僕らに語った内容と殆ど変らない内容を冬琉さんたちに話し、最後に一言、
「お願いします。
私を学生連盟に入れてください!!」
と、頭を下げながら冬琉さんや雪原さんに頼んでいた。
冬琉さんや、八條さん、それに鳳島兄妹辺りはその突然の申し出に呆気にとられているが、僕や奏はそれほど驚いてはいなかった。
彼女が今後も関わっていこうとするのなら、僕の様に橘高道場にでも通うか、どこかの組織に所属するぐらいしか選択肢がないからだ。
……まぁ、本当に言うとは思ってなかったけれど。
「……学生連盟に、ね」
呆気にとられている冬琉さんではなく、もう一人のGDである雪原さんがポツリと呟いた。
「はい。
雑用でも、なんでもしますから手伝わせてください!!」
そんな彼女の言葉に喰い付く露崎。
そんな半一般人の様子を値踏みするかのような視線で雪原さんは見つめている。
「君がどうしてそんな思考に至ったのかはさっき聞いたけれど、本当に良いのかい?
恐らく、君が考えている以上に僕らの仕事は大変だし、危険だ。
いつ何時、死んでもおかしくはない」
「分かって、「いいや、分かってないね」……っ!!」
雪原さんが纏う空気が変わる。
今までは清涼感を持った夏の様な空気だったけれど、今は違う。
極寒の、それこそ永久凍土にでも漂っていそうな冷たい空気。
有体に言って殺気
それが、露崎一人に向けられる。
突然鋭角な意思を向けられた露崎は息を呑み、黙り、腕を体に巻き付け、震え出す。
今雪原さんが露崎に向けている殺気は本気の彼女の殺気からしてみれば、3分の1にも満たないものだろう。
だが、それでも一般人の、それも中学2年程度の女子生徒に向けるには酷だ。
この場にいる人間の大半からしてみれば可愛いものだが、露崎にとっては今迄まるで感じたことのないモノであることは疑いようがない。
露崎は体に巻き付けた腕で必死に自身の体を掻き抱く。
「……ぁ……っ!!」
言葉を放とうとしても、声が出ていない。
彼女の口から洩れるのは擦れる様な吐息と、喉の奥から漏れ出たかのような弱々しい悲鳴ともつかぬ声。
そんな状態に露崎が追いやられたのも一瞬。
当人からしてみれば永劫の時間にも感じられたのかもしれないが、実際は10秒と経っていない。
「は、はぁっ!!」
ドサッ!!
雪原さんから向けられていた殺気が消え去ると、露崎はその場に崩れ落ちる。
顔は青白いを通り越して土気色になり、夏手前の温かい季節だというのに体は震え続けていた。
唇も真っ青だ。
そんな彼女に一切躊躇せず、雪原さんは言葉を投げつける。
「分かったかい?
それがこっちの世界では普通なんだよ。
軽い気持ちで『分かっている』なんて口にしないで欲しいね」
雪原さんはこれで露崎が諦めてくれると思ったんだろう。
実際、僕も奏も、アニアや冬琉さんだってそう思っていたと思う。
だけど、
「わ、分かり、ました。
……これが普通なら、尚更、ニアちゃんたちを放っておけません」
露崎は諦めなかった。
むしろ、より決意が固まったようだ。
これには正直言って、道場にいる全員が呆気にとられた。
そこまでして関わろうという彼女の心意気に感銘を受けた訳でもない。
その場にいる全員に共通していたのは、ただの純然たる呆れであった。
「……もし、自分が物語か何かの主人公にでもなったつもりなら考え直した方が良いよ」
雪原さんの再度の警告にも首を横に振って答える露崎。
その後も暫く問答が続く。
露崎には関わりたくなくなるような言葉を投げかけ続けるが、あまり効果がない。
むしろ、言葉を掛ければ掛けるほど決意が固まっていってしまっているかのようだった。
……仕方ないのか
僕がそう、露崎が関わるのを認める言葉を言おうと思った時だった、
「……仕方ない、僕が面倒を見よう」
雪原さんがそう、了承の言葉を口にした。
「ホントですか!?」
そんな彼女の言葉にすぐさま喰い付く露崎。
先程までの暗い雰囲気はどこへやら、だ。
「ああ、ただし、本当に雑用とかその辺のことを手伝ってもらうからね」
「大丈夫です!!
いくらでも言ってください」
雪原さんに認めてもらえて嬉しかったのか、喜色を顔に浮かべ、満面の笑みをみせる露崎。
そんな彼女を横目に、
「良かったんですか……?」
僕は雪原さんに話しかけていた。
露崎には聞こえないよう、声を顰めながら。
「……ああ、人員が足りないのは事実だしね。
尖晶(スピネル)の件やその他の案件で大分人が出払っているから事務処理とか一般業務が滞っていてね……」
そう言った意味では渡りに船だ。
そう言って、雪原さんは溜息を洩らす。
どちらかと言えば、あまり取りたい手段ではなかったようだ。
「……まぁ、瑶の言ってたことは事実ね。
それに、これ以上厄介事に巻き込まれない落とし所で言えば、最善とはいかなくても最良ではあったと思うわ」
「……まぁ、露崎の面倒を見ることになる当人のお二人がそう仰るなら別に構いませんが……」
一先ず、露崎の件は片付いたと考えて良いのだろう。
後は、どれだけ雪原さんたちが世話してくれるかに掛かっている。
露崎が関わってくることは予想外の事態だったけど、一先ず学生連盟が処理してくれるのなら問題ない。
法王庁辺りにいってややこしいことになるよりは100倍マシだ。
そう思い、安堵していた僕には聞こえなかった。
「……これで、夏目くんたちを呼び出しやすくなった……」
雪原さんのそんな呟きが……