纏めると意外と少なかった。
「僕たちは、未来から来ました」
「………………………」
僕の言葉に同調したように黙ったまま奏が首を縦に振る。
「未来、じゃと……!?」
僕の言葉を聞いた嵩月父は納得していないようで、怒りの表情をしている。契約の話を別の話題で誤魔化そうとしているように思われたのかもしれない。嵩月父の反応も当然だけど、このことを理解してもらわないと僕たちの話は全て嘘になってしまう。
『へ~、そうなんだ~』
こっちはこっちで、簡単に納得している操緒。怒っている嵩月父や明確な反応をしている周囲のお祖母さんたちよりも、僕らの話を理解していないんじゃないかと思える。
『最近トモが前に比べて変だったのはそういうことか……うん、納得』
「いやいや、お前は疑うってことを知らないのか…?」
『じゃあ、嘘なの?』
「そりゃ、こんな場面で嘘は言わないよ。けどなぁ……」
『ならいいでしょ、別に』
あっさりと返事を返してくる操緒を見てると、こちらの毒気が抜かれてしまう。信頼されているのか、はたまた馬鹿にされているのか分からないけれど、今の操緒は前者だと思う。何だかんだ言っても、操緒はこんな場面でふざけるような人間じゃないはずだから。そんな操緒との会話を切り上げ、嵩月組の方々にさっきの言葉の続きを話す。
「はい。正確には、前の世界から飛ばされてこの世界の自分と同化し、この世界が自分たちの世界の過去だった、というのが正しいのですが……」
奏も僕の説明に同意なのか、先程と同じく同調するかのように首を縦に振っている。とはいえ、それで説明が終わるわけではない。
「……仮にそれが本当だとしましょう。ですが、何故その事を私たちに話したのですか…?
本来であればそれは隠すべきことのはずです。 それに、今その事を話す必要はないと思いますが…」
怒っている嵩月父に代わり、まるで調子の変わらない冷静な様子の八伎さんが僕らに問いかけてくる。僕も八伎さんの言っていることはもっともだと思う。
未来のことを知っている。
つまりは、それだけ自分にとって物事を有利な方向に進めることが可能であるということ。しかも、その事を知っている人は少ない方が良い。知っている人が多ければ、その事について対策をたてられたりもするだろうから。
僕自身、今日学校で奏に会わなければ誰にも話すつもりはなかった。たとえ、その相手が操緒であったとしても……それでも、話すつもりになった。
それは、
「確かに、今この場で言う話ではないと思います。奏との馴れ初めは適当にでっちあげて“想い”の話に持っていければ、契約の不自然さも誤魔化せたと思います」
「………………………」
八伎さんたちは黙って僕の言葉に耳を傾け、続きを促してくる。
「だけど、僕は向こうの世界で奏の生涯の
そうじゃなければ、向こうで過ごした奏との日々も、僕自身の奏でに対する想いも、何もかもが嘘になってしまう気がしたので…」
そう、僕にとっては、移動してきたばかりのこの世界は、未だに夢なのではないかと思える。あんな最悪から日常に戻ってきて、しかも、やり直せる機会を得ることが出来た。そう簡単に信じられる訳がない。
そんな疑念だらけの生活の中で確実なのは、自分の言うこと、行うことだ。日常会話で、たわいもない冗談として、嘘を言うのは別にかまわない。だけど、こんな大事な場面で嘘はつけない。ついたら、その事が事実となって、僕たちを苦しめるような気がするから…
「……夏目くん……」
奏が潤んだ目で僕の方を見つめ、ペルセフォネは僕を見つめながらどこか安心したような鳴き声を上げる。その視線や声には――僕の勝手な思い込みかもしれないけど――何物にも代えがたい“想い”があった。
「…分かりました」
八伎さんたちも、一先ず納得したらしく、話の続きを促してきた。
「では、続きを話します」
僕も、話の続きを話し始める。
僕と奏の出会いである、高校の入学式の日の話から始まり、第一生徒会との事件、奏に非在化の兆候が起きるまでに起きた魔力を使う事件の数々、そして、一巡目に飛ばされたこと、その時の契約にまで至った状況や心情、そして、二順目に戻ってくる途中でのこと。
奏の補足説明もありながら、かなり一般に漏らしたら拙いであろう事も含めて話した。それでも、隠すべきことは隠して話した。とくに、僕が一巡目で悪魔化した事を話したら、どうして悪魔が生まれたのかは嵩月家の方々でも知らなかったらしく、かなり驚いていた。
「……これで、僕たちの話は終わりです」
話が全部終わり、一時の沈黙が訪れる。それぞれがそれぞれに思うところがあるのだろう。それなりの時間、僕と奏は待っていた。待っている間、僕はともかく、奏はかなり不安そうな表情をしていた。それも当然だと思う。結果がどうであれ、今迄家族を騙していたのだ。
どんな反応が返ってくるか分からない。
それが、一番不安なのだろう。今の奏の不安そうな表情を見ていると、先程までの僕の言動が間違いだったのじゃないかと罪悪感に苛まれてしまう。そんな、僕と奏が感じる不安の中、最初に口を開いたのは意外な人物だった。
「……まぁ、うちは逆に納得がいったわ」
「……え?」
その人物とは、この面々の中で最も高齢の人物――嵩月祖母である。
「奏、あんたに最初舞を教えた時の事を覚えとるか…?」
「…い、いえ…」
「……あんたはなぁ、基本の立ち姿をほんの1時間でやってのけたんや」
立ち姿って言うと……ああ、以前僕がとばっちりで受けたあの姿勢か。あの姿勢自体も大変だったけど、姿勢以上に律都さんに竹刀で叩かれまくったことの方がすごく大変だったけど…
「……あの立ち姿は基本中の基本、それ故に最も極めるのが難しく何年もかかるんや。それを極めてはいないとはいえ、一時間やそこらで形に出来るもんやない。そんなもん、天才だったとしても無理や」
「……それは」
「けどなぁ、さっきの話を聞いて納得がいったんよ。元々経験したことがあるんなら、そらできるわ。
体は覚えてなくても、一時間もあれば体がついてくるようになるからなぁ」
成程、そりゃそうだ。あんな大変な姿勢が一時間で出来たら驚愕するだろう。それに、嵩月祖母は嵩月流炎舞の総師範だ。だれよりも、すぐその問題に気づけるはずだ。
「…それに、契約が終わってるんなら、本来私たちが言うことは何もないんよ。やり直しがきくわけやない、一生に一度っきりのもんや。
その事は、奏も分かってるやろ…?」
「はい」
「なら、私からはもう何も言うことはない。ただ、想いの強さは確かめさせてもらうけどな」
「え?あ、あの、お祖母さま…それは、どういう…?」
「まぁ、それは後。今は、二人の話が先や」
戸惑う奏を余所に、話を終わらせる嵩月祖母。嵩月祖母が話を振ったのは嵩月父ともう一人の女性……そういえば、結局あの女性って誰なんだろう…?嵩月家、もしくは組の関係者さんなんだろうけど。
「奏」
そんなことを考えていると、その女性が口を開いた。
「はい、お母様」
お母様!?奏のお母さんって死んだんじゃないの?
あれ、でも、いつ死んだかは聞いてないから、まだ生きてるのが正しいのか…?でも、見せてもらった中学時代の写真には映っていなかったような…?唐突に発生した困惑を必死に顔に出さないようにしながら、二人の話に耳を傾ける。
「それが、あなたの選択なのね…?」
「…はい…」
嵩月母は操緒と僕の方を見ながら言葉を続ける。
「きっと、たくさん辛い思いをすることになるわよ。
それでもいいの…?」
「…はい、だいじょうぶ、です。夏目くんと、一緒なら…」
奏の答えを聞いてから、ジッと奏の目を見つめる嵩月母。奏もそんな彼女の視線に怯むことなく母の目を見つめ返す。しばらく、そんな沈黙が続き、
「…良いわ、認めます。その代わり…夏目くんだったかしら…?」
「は、はい」
いきなり、声を掛けられ、戸惑いながらも返事を返す僕。
「奏を不幸にしたら承知しませんからね」
そんな僕にそう告げてくる嵩月母。
「はい、勿論です」
嵩月母の言葉に即座に答えを返す僕。そんな当たり前の事は今更言われなくても分かっている。僕が、奏に捨てられない限り僕は奏の事を忘れるつもりは更々ないし、その事で不幸にするつもりもない。
……あれ、よく考えてみれば中学1年生で既に人生の伴侶が決まりつつあるというすごい状況に…しかも、僕の方の親族の承諾は一切なし。いいのかなぁ~、と思うけど不満があるわけでもないし僕自身問題はない。それに、あの母親が奏の事を反対するとは到底思えない。寧ろ、大歓迎だろうな……
そんなことを考え、最後に残った嵩月父の方に視線を向ける。自分の両側二人が既に僕たちの関係を認めてしまった。雄型悪魔として、嵩月組組長としては納得しているのだろう。
だが、父親として、個人としては認められない。
そんな感情が明らかに見受けられる。
あれ?でも、嵩月父の奏に対する執着は奥さんを失ったことによるもののはずだから、そこまで酷くないはず。
僕がそう思った瞬間だった。
「認めん」
そう、嵩月父が言葉を発したのは。
「絶対に、認めん」
「あなた……」
「この子は……」
自分の両側で妻と母親に呆れられながらも言葉を続ける嵩月父。
「今までの話が本当だろうと、嘘だろうとそんなことはどうでもいい」
いや、どうでもよくはないのですけど…
「お父様……」
奏にも若干の苛立ちが見受けられる。さっきまでの自分たちの想いを否定されたのだから当然良い気はしないだろう。僕もそうだ。
「儂が知りたいのは、お前に奏を任せても大丈夫かどうかということじゃ。
さっきまでの話の真偽はともかく、お前がこれから奏の相手として生きていくのなら間違いなく戦いに巻き込まれるはずじゃ。そんな中でお前は奏を、わしの娘を護りきれるのか…?」
『意外と考えてたんだこの人』
操緒が若干失礼なことを言っているが、僕もその事については概ね同意である。
「それが確認出来んうちは、お前に奏は預けられん」
「お父様…」
まぁ、父親としては正しいのだろう。だけど、今の僕には何も戦力と呼べるものがない。
橘高道場にでも通ってひたすら強くなればいいのか?
それこそ、生身で機巧魔神や
「なら、ちょうどいいわ」
僕が困っている最中に突然嵩月祖母が言葉を発した。
「何がですか?」
これ幸いと、そんな彼女の言葉に飛び付く僕。操緒がジト目でこっちを見ているが……自分でも情けないことぐらい分かってるさ。だけど、背に腹は代えられない。頼れるなら頼るさ。
「さっき、想いを確かめるって言うたやろ…?」
「はい」
「せやから、戦ってもらうわ」
「「「「『は?』」」」」
その場にいた八伎さん以外の全員が呆気にとられ、一斉に首を傾げる。いや、戦うって誰と誰が?そもそも、何で?全員の疑問は分かっているのか、したり顔で嵩月祖母は言葉を続ける。
「悪魔と契約者の想いの証である使い魔。
それがどれだけ力を発揮できるのか。
全員の視線が僕にすり寄っているペルセフォネに集まる。
もし、想いが薄いもんなら使い魔は子供のまんまや。
せやけど、その想いが確かなもんなら使い魔はより強い力を発揮できるやろ」
「はい。だけどそれとさっきまでの話が繋がる意味が分からないんですけど…?」
「なに、当面あんた自身に戦力はないやろ。
けどな、使い魔が護り、使い魔を扱うのは誰でもない
「……まぁ、分かりましたけど……戦うって誰と…?」
あらかたの疑問は解消されたんだけど、一番の疑問がそれだ。
「ああ、それなら……八伎」
「はい」
その指示のもと八伎さんが動き出した。そうして、30分後には、僕と奏と操緒それにペルセフォネは嵩月組の庭にいた。嵩月組の方々は攻撃がそうそう届かない所で待機している。因みに、反対していた嵩月父は、嵩月祖母と嵩月母の口撃により沈黙させられていた。
……なんとなく同情を覚えないわけでもないけど…今の僕はそんなことを考えていられるほど暇ではない。
既に、目の前には大量の黒服さん。嵩月組とは主従関係にあり、今回は京都からわざわざ嵩月祖母を護衛してきてくださった悪魔の方々だそうだ。これから、彼らと戦わなければいけないんだけど、正直使い魔を使って戦ったことなんてないので、どうすればいいのか全く分からない。
因みに、今回基本は使い魔が戦い、奏は戦わない予定だ。まぁ、よっぽど危険なら戦っても良いと言われているけど…
「では……」
「ちょ、待っ……」
「…始め!!」
そんな事を考えているうちに、いつの間にか開始の合図が嵩月祖母の口から発せられる。その声が発せられたと同時に、目の前の黒服さんたちは一斉に動き出す。その数、総勢20人ほど。そんな彼らが一斉に僕たちに向かってくる。
しょうがない、ここまで来たらやるしかない!!
「――ペルセフォネ!!」
そんな僕の言葉に反応して動き出すペルセフォネ。僕と奏を背に乗せた状態で翼を大きく羽搏かせ、一息で空中に飛び上がる。飛び上がった勢いそのままに口から地獄の業火を吐き、地上の黒服さんたちに攻撃する。
だけど、相手だってそんな攻撃に当たりたいわけではない。すぐさま散開し、炎を避ける。そうして、散開すると同時に空中にいる僕たちに向かって攻撃を仕掛けてくる。
嵩月組の配下の悪魔だから、炎を使うものだと思っていたら違っていて、彼らが放ってきたのは土。
「なっ!!」
足元の土を弾丸として放ってきた。その弾丸を避け、時には炎で迎撃し、更に上空から炎の雨を降らせる。だが、相手もさるもの、土を隆起させ壁にして炎を防ぐ。そして、その隆起した土をそのまま土の弾丸へと変化させ、時には土の槍にしてこちらに飛ばしてくる。こちらも、そうそう当たるわけではないが、いかんせん数が多い。土を迎撃し、そのまま炎の壁を地面に奔らせる。
そうして、逃げ場をなくし、その中に雨霰と炎を降らせる。だがそれも、数人がかりの土のドームで防がれる。それでも、数人は倒すことが出来た。
そんな中、
「あっ!」
土の飛礫がこちらに向かって飛んでくる。先程までとは数が違い、けた外れに多い。空にいるペルセフォネとて避けきれず、数発攻撃を受けてしまう。
「キュルーー!!」
「だいじょぶか!?」
僕の問いに頷くようにして答えるペルセフォネ。
「あの、夏目くん…」
「なに?」
「下に降りましょう。
……その、ペルセフォネも、そろそろ…」
「ああ、そうだね」
確かに、ペルセフォネも炎を吐き、飛び回り疲れていないはずがない。そこに、先程の飛礫。確かにそろそろ限界だろう。
「よし、――ペルセフォネ!!」
タイミングを見計らい、地上に炎を降らせると同時に、自分たちも降下して地上に降り立つ。当然、相手も狙ってくるが、そこは着地と同時に作らせた炎の壁で防ぐ。実体はない炎だけども、ペルセフォネが作り出した炎の壁の色は白。かなりの高温だ。
瞬時に土を焼きつくしていく。だが、僕自身も熱いため、そうそう長くは続けられない。壁の炎を相手に向けて解き放つ。そうして、その相手の怯んだ瞬間に、次の手をうとうとした瞬間、
フワリ
と、風が僕の横を通った気がした。
「って、奏!!なんで!?」
僕の横を通ったのは、さっきまで僕の後ろにいたはずの奏だった。僕の叫びを無視して、奏は黒服さんたちに攻撃していく。
炎が舞い、土が飛び交う。
僕たちの目の前では、一方的な攻撃が行われていた。黒服さんたちが放つ攻撃は、奏が纏っている炎に防がれてほとんど通っていない。逆に、奏の攻撃は防がれても実体がないため、何割かは素通りして通っていく。勿論、奏も傷つけないように抑えているのだろうけど…それでも、熱にやられて倒れていく黒服さん達。
僕とペルセフォネは、自分たちに飛んでくる攻撃と奏に当たりそうな攻撃を炎で消し去りながら、ただ見ているだけだった。
結果、
「………………………」
『………………………』
「……………どうして、こんなことに、なったの、でしょうか……………」
周囲に赤い炎が揺らめいている中で、黒服さんは全員が気を失い地面に倒れている。そんな光景の中央に嵩月がいて、僕と操緒は少し離れたところにいるのだけど……
「…嵩月…」
『…嵩月さん…』
「…はい…」
「『…やり過ぎ…』」
「…うー…」
「う!」
そんな上目づかいで睨まれても、流石にこの惨状はどうかと思う訳ですよ…一瞬、ドキッ!!として、周囲のことを忘れかけたのは事実だけど…まぁ、巻き込まれていなかった嵩月組の方々が、既に八伎さんの指揮のもと介抱の作業に当たっているから、死ぬ心配はないだろうけど…
「キュルルーーー」
「ああ、お前はよくやってくれたよ、ありがとう」
嵩月の引き起こした惨状に呆れている僕に対して、彼女を責めないで欲しいと言っているかのように甘えてくる翼の生えた
「だけど、お前もこれはやり過ぎだと思わないか…?」
「キュル?」
周囲を見回して、小首?を傾げるような仕草をするペルセフォネ。特段、疑問にするような結果では無いらしい…
『…ていうか、私は初めて“悪魔の力”って言うのを見たんだけど、凄いもんだねー…』
操緒は何故か感心している。って、お前はやり過ぎだと思ってたんじゃないのかよ!?
『いや、トモに感想合わせてみただけだから』
こんな時に合わせなくていい。
「はぁ、何か前回までと大分違うなぁ~」
少なくとも、こんなことは前の世界で高校に通っていた時もなかったはずだ。結局、僅か2分で戦闘は終了し、嵩月祖母と嵩月父にはなんとか認められた。
ペルセフォネを僕がちゃんと使えており、そのペルセフォネの力も確認出来たからだそうだ。ただ、戦闘を認められたせいで、嵩月家の方々や八伎さんからは
「婿殿」
と呼ばれ、嵩月組の方々には、
「若」
などと呼ばれるようになってしまった。確かに、奏とそういう関係として認められたから分かるんだけど…皆、気が早くないですか…!?
操緒は操緒で、
『まぁ、暫く見てから私は決める』
なんて言って、不機嫌になるし…僕の中学生活…どうなるの…!?