和葉はともかく、咲華は原作とは立場が違うので……
ガラララ
と、音をたてながら咲華が『ゆのみ屋』の扉を開き、和葉と二人で店内に入っていく。
「あれ?夏目さんと水無神さんは入らないんですか……?」
途中で僕たちの方に振り返った咲華が不思議そうに聞いてくるけど、残念ながら僕たちは所持金がほぼゼロなのだ。
操緒については言うまでもないが、僕にした所で朝のロードワーク中だったこともあり、小銭は幾らか持っているが、食事を頼めるほどの資金を所持していない。
その旨を伝えると、
「……そうですか……」
残念そうな表情を見せながら、店内に戻っていった。
と、思いきや、
「あの……夏目さんの分ぐらいなら私が出しても……」
再び咲華が店の入り口に顔を見せ、そう言ってきた。
「いや、流石に年下の女の子にそんなことしてもらう訳にはいかないよ」
折角の申し出だが断ることにする。
確かに、ロードワーク中に二人に出会ったため、まだ朝食を摂っていないから空腹ではあるが、年下の女の子――しかも、未来の義妹――に対してそんな情けない真似は出来ない。
「……分かりました」
渋々ではあったが今度こそ店内に戻り、咲華は席に着いたようだった。
『よかったの、トモ?
別に注文しなくても店内にいるぐらいは良いと思うけど……』
どこか不満げな顔で操緒が聞いてくる。
大方、苑宮姉妹の母親が二人に遺したものを知りたかったのだろう。
それは僕も同じだし、知りたくないと言えば嘘になるが、
「いいんだよ。
あの二人のお母さんが二人に遺したものなんだ。
部外者の僕たちは立ち会わない方が良いさ」
後で教えてもらえば良いと思う。
教えてくれるかどうかは分からないが、その時はその時だ。
大体、ついさっき会ったばっかりの人間が家庭の問題に関わり過ぎるのもどうかと思う。
まぁ、今更感が満載だけど。
『別に部外者じゃないと思うけどね……』
実際、操緒は未だにどこか納得していない様子で僕の横に浮いている。
それでも店内に入っていかない所を見ると、僕の意見を尊重してくれたのだろう。
普段から割と傍若無人なところがある操緒だけれど、こういった引くべき場面はちゃんと分かってくれているから助かる。
そんな割かし不機嫌な様子で浮いている隣の操緒に、
「それに……」
『?』
「少し気になることもあったしね」
もう一つ、店内に入らなかった理由を告げる。
『気になること?』
コク
操緒の言葉に黙って首を縦に振る。
僕の言葉と行動に不思議そうな顔をしている操緒を横目に、
「すいません、八伎さんを呼んでもらえますか」
近くに“それとなく”立っていたスーツ姿のビジネスマン風の男性に声を掛ける。
『え?
い、いきなりどうしたの、トモ?』
唐突過ぎる展開に呆気に取られている操緒を余所に、僕が声を掛けた男性は黙って頷くと、
「他に何か御用はありませんか?」
と訊ね返してきた。
『へ、へ、へ!?』
操緒が目をグルグル回しながら僕とその男性を交互に見ている。
戸惑うことは大体予想が付いていたので、説明を後回しにして男性に返事を返す。
「……そちらに預けてある春楝と春楝・闇を念のため持ってきてもらえますか。
それと、最悪、ペルセフォネを呼び出す可能性があることを奏や社長に伝えておいてください」
「了解いたしました」
僕の言葉に返事を返すと、音も立てずに建物脇の路地へと消えていく。
午前中で、様々な会社で始業し始めたばかりの時間で普段よりは人の量が少ないとはいえ、周囲の人に全く気付かれることなく消えるのは流石だなー、と感心していると、
『トモ、さっきの人誰よ!?
ていうか、なんで刀なんか持ち出すの!?
果ては、ペルペルまで!?』
復活した操緒が勢いよく訊ねてきた。
いや、戸惑ってて、焦るのは分かるが、
「とりあえず落ち着け。
ちゃんと説明するから」
大声で問題のある単語を含んだ質問をするんじゃない。
“刀を持ち出す”とか、一般の人が聞いたら下手すりゃ通報されるかもしれないんだから。
『あんな訳のわからないやり取りをいきなり見せられて、そう簡単に落ち着けられるかー!!』
が、そんな僕の意図など無視して、操緒のテンションはほとんど変わることなく、僕のことを詰問しにかかる。
周囲の目など気にせずに宙に浮いており、興奮しているのが嫌というほど分かる。
「だから、落ち着けって。
いや、落ち着かなくても良いから、せめて声の音量を下げてくれ」
『むぅ……分かったわよ……』
渋々、といった様子で宙に浮かんでいた体を、普段の位置に戻す操緒。
一先ず話は聞いてくれるらしい。
そのことに安堵し、ホッと、溜息を吐きつつ、
「じゃあ、さっきの人のことだけど……」
説明を始めることにした。
「さっきの人は、嵩月組の構成員の人だよ。
普段は近くにはいないけど、何かあった時は僕らの近くに来てくれることになってるらしい」
この辺りの説明はそう言えば操緒にはしたことがなかったなー、と思いながら話を進める。
『“何か”って、何?』
「分かりやすく言えば、以前の世界で加賀篝が起こした悪魔狩りみたいな事件さ。
僕や奏、正確には嵩月組に害が及ぶと判断されるような事件」
または、その事件が起きる前とか。
そう言って、視線を操緒から目の前の車道へと向ける。
道路では朝方と変わらない様子で、たくさんの車が行き来していた。
より正確に言えば、嵩月組やその傘下の悪魔組織所属の車が大半だ。
因みに、嵩月組とその傘下の組織の車や、それらの組織の人間は車体や着ている服のどこかに火蜥蜴(サラマンダー)をあしらったマークが付いている。
一見しただけでは分かりにくいが、見慣れると意外と分かるようになるものだ。
……なんだって僕は分かるようになってしまったのか……
「で、今回もそれが起きた、もしくは起きる前だから僕の所にも構成員の人が来てたんだよ」
はぁ
若干重い溜息を吐きながら操緒に説明を続ける。
因みに何故僕がここまで嵩月組の内情に詳しく、かつそれなりに上の立場にいるかについてだけど、奏の契約者(コントラクタ)と認められたからである。
奏は嵩月組の、つまりは嵩月家本家の一人娘。
そんな大事な存在の相手なのだから、組のやり方もしっかりと学んでおけということらしい。
……多分将来は嵩月組の社長、もしくはそれに準じた立場に僕がなるのが社長たち、嵩月組の組員たちの間ではほぼ確定しているのだろう。
華鳥風月の一角を担う程の名家だ。
家が没するのは恐らく認められない。
分家とかから後継者を選ぶという手段もあるのだろうが、その辺りの内情を僕はあまり詳しくない。
それに、幾ら奏が家業を嫌いで家督を継ぎたくないのだとしても、流石にそこは妥協してくれないのだろう。
例え奏は良くても、誰かが継がないといけないのだろうから仕方ないと言えば仕方ないのだけれど……
そういった背景も含めて操緒に説明していく。
『ふむふむ……つまり、トモは奏ちゃんの彼氏だからそういった扱いをされてて、今回も何かがあるだろうから刀とか、ペルペルを頼んでおいたってわけね』
「まぁ、そういうこと。
大抵僕が何もしなくても、構成員の人たちの間で処理は済むはずだけど、念のため」
実際この1年半ぐらいの間でも何度かあったけど、僕らが巻き込まれるほどの事件は起きていない。
いや、だから大丈夫という訳でもないが……
『でも、和葉ちゃんたちのこともあるのに大丈夫……?』
「それなんだよ」
僕と操緒だけなら、もし何らかの事件に巻き込まれるようなことになったとしても、まだ何とかなる気がする。
黑鐵も一緒にいてくれるのだから。
が、苑宮姉妹も一緒となると流石に難しい。
誰かを護りながら戦うことは、今迄意識してやったことがほとんどないということもあるし、純粋に二人に裏の事を教えたくないという思いもある。
「……いざとなったら黑鐵を使うよ。
だから、操緒も覚悟はしておいてくれ」
『うん』
幸か不幸か、僕は黑鐵を影の中に封印させたまま攻撃できるようになっている。
これが、以前の世界で経験した大量の事件の所為だと思うと若干泣けてくるが、気にしない。
何にせよ、黑鐵本体を態々呼び出さなくても能力を使えるので、咄嗟の判断でもかなり速く動き出せる……筈。
「そうそうないとは思うけど、こういう時に限って……」
『トモは巻き込まれるからね』
自身の不幸体質の所為で、未来の義妹(いもうと)たちが巻き込まれるなど勘弁して欲しいのだが……
まぁ、一先ず操緒に対しての説明は終わった。
「お待たせしました、夏目さん」
そして、タイミングを見計らったのかの様に登場する八伎さん。
格好は普段通りの黒いスーツ。
他の構成員の皆さんが私服に着替えたりして行動しているのに、この人だけは流石に変わらない。
「態々すみません」
「いえ、お気になさらず」
出会いがしらの軽い挨拶を交わし、すぐさま本題へ。
「それで、早朝から構成員の方々が動いておられるようですが……何があったんですか?」
僕の問いに若干顔を顰めながら返事を返す八伎さん。
「はい、実は機巧魔神(アスラ・マキーナ)のイクストラクタがこの街に運び込まれることになっていまして……」
「イクストラクタが?」
それだけなら特別大きな問題だとは思わないのだが……
問題は問題だが、ここまで下部組織を使って大々的に行動するほどの事とは思えない。
以前の世界で、鳴桜邸に黑鐵のイクストラクタが運び込まれると知った嵩月組の方々は事実襲撃してきた。
それに、この辺りの大半は嵩月組の縄張り(シマ)だから管理のために動くのは分かるのだが、何故これだけの大人数で?
その辺りの事を訊いてみると、
「いえ、問題なのはイクストラクタではなく、イクストラクタの取引相手なのです」
と、返事が返ってきた。
にしても、取引って……いや、僕が黑鐵を得ることになったきっかけもそうなのかもしれないが。
「……誰ですか?」
「華島の本家です」
「それは、また……」
四大名家が一つ華島家。
割と最近まで後継者争いで揉めていた家であり、未だにどこかきな臭い空気の漂っている家だ。
嵩月、鳳島の様に後継者が完全に定まっていたという訳でもなく、未だに家全体が纏っていないのだとか。
「恐らくは、本家お抱えの魔神相剋者(アスラ・クライン)を生み出すことによって当主としての地位の確保、同時に華島家の勢力拡大を狙っているのだと思われます」
「それで、その勢力拡大の範囲に嵩月組が入っている、と」
「はい、その通りです」
なんとまー、はた迷惑な。
しっかり家の中を纏めといてくれよ、と言いたいが、今回の件はその為の一手なのだろう。
自分も魔神相剋者(アスラ・クライン)で嵩月組所属みたいなものだから魔神相剋者(アスラ・クライン)を生み出すことに対して否定の言葉は言いにくいのだけど。
まぁ、嵩月組の勢力圏に手を出すと言うなら容赦する必要がないのは当然か。
これだけの大人数で対応しているというのも納得がいく。
「幸い、封鎖網は完成しているのでまず逃げられることはないと思いますが、万が一の時は……」
「分かってます」
僕も出ないといけない。
まぁ、僕みたいな未熟者が出ないといけない状況なんてそうそうないだろうが。
そこまで話が進んだ所で、
「夏目さん、お持ちしました」
頼んでいた刀が届いた。
「ありがとうございます」
ここまで僅か15分。
かなり速いと思う。
すぐに受け取り、いつでも使えるように刀を入れている袋の紐を緩め、袋を肩にかけておく。
「いえ、では若頭、私も捜索に加わります」
「ああ、逃がすなよ」
「はい」
刀を持ってきてくれた構成員の方は八伎さんに挨拶して、すぐに街の人混みへと消えていった。
その姿を見届けると、
「では、私も戻ります」
「はい、わざわざすみませんでした」
八伎さんも気配を消し、群衆に紛れ、消えていく。
あんな格好だからもっと目立つ物かと思っていたが、気配の消し方が半端じゃなく上手い。
自然と周囲に溶け込むように街の中へと消えていった。
『……何だかトモが別世界の住人になっちゃた気がするよ』
八伎さんを見送る僕を横目に操緒が言葉を洩らす。
……気持ちは分からないでもないが……
「出来れば慣れてくれると助かる」
少なくとも、こういった扱いが早々変わるとは思えないし。
『私は別に良いけど……朱浬さんとかにはなんて説明する気?』
「……………今の段階ではノーコメントで」
そう言えば、そろそろ朱浬さんと会うことができるかもしれないのだ。
最近になって、機巧化人間(フェミナ・エクス・マキーナ)の少女としてこっち側で割と有名になってきている。
今のところ嵩月組での対応の仕方は決まってないそうだが、近々接触してみるとの事。
朱浬さん自身は科学狂会(ダークソサエティ)側の人間だから、悪魔の組織である嵩月組には悪い印象をもたれると困るだろうから早々関係が悪化するとは思えないが……
ま、そんな今後のことも大事だけど、とりあえず、
「刀のこと、なんて説明しよう……」
今は店内にいる二人の少女に自分の持っている刀の事をどう説明するべきか、頭を悩ませることにしよう。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そんなこんなで更に待つこと20分。
カラララ
『ゆのみ屋』の扉が開き、苑宮姉妹が姿を見せた。
「ぐすっ」
「…………」
彼女たちの目元は赤く、頬には涙が流れた跡が見て取れる。
それでも、店に入る前の陰鬱さは鳴りを潜め、スッキリとした表情だ。
二人仲良く手を繋いでいる所が微笑ましい。
手を繋いでいない方の咲華の手には何やら分厚いノートが。
店に入る前は持っていなかったから、そのノートが何らかの答えなのだろう。
そんな二人の様子を見ていると、咲華は和葉と仲直りできたのであろうことが良く分かる。
「……どうだった?」
話しかけるべきか一瞬迷ったが、出来るだけ柔らかい声音で、そっと二人に話しかける。
「……お母さんが……っ!!」
喋ろうとした和葉の声が詰まる。
再び涙がこみ上げて来たのか、顔を俯かせる。
『良いよ。
話したくないなら話さなくても』
二人が店に入る前までの不機嫌顔はどこへやら。
歳不相応な慈愛に満ちた表情を浮かべた操緒がそこにはいた。
「……いえ、お話します。
私たち姉妹の背を押してくれたのはお二人なんですから」
操緒の気遣いを断り、顔を俯かせた妹の手を引き歩き出した咲華が、喋ろうとしていた和葉の代わりに語り出す。
僕と操緒も黙って二人の後について歩き出した。
……幸か不幸か、今の二人は僕の持っている袋については何も聞いてこない。
ありがたいことはありがたいのだが、逆に気まずい。
色々考えていた僕らが馬鹿みたいだ。
「あそこのお店、『ゆのみ屋』は私たちのお母さんの親友の方が経営しておられるお店でした。
……それで、その親友の方は、お母さんから『咲華と和葉に料理を教えてほしい』と頼まれてたんです」
そう言って、持っていたノートを僕に渡してくれる。
「……見てください」
咲華に促されるままにノートを開き、ノートの中身に目を通す。
そこにはびっしりと手書きで料理のレシピが書かれていた。
書かれているのは食材の分量や、調理方法だけではない。
咲華と和葉の好き嫌いに合わせた食材の使い方、二人の母親だけの特別な調理方法、そして隠し味やお皿に盛り付ける方法まで。
二人の愛娘に美味しく食べさせるための秘訣がそこには記されていた。
そして、当人たちしか分かりようのない二人がそれらの料理を食べた日の日付や、思い出までも……
会ったことはないが、苑宮姉妹の母親の愛を感じずにはいられないノートだ。
『……良いお母さんだね』
操緒にも感じ入る所があったのか、目を潤ませている。
かくいう僕も若干涙腺が緩みつつある。
涙が出て折角のノートを濡らす訳にもいかないので、丁寧にノートを閉じ、咲華にノートを返す。
僕が差し出したノートを受け取り、大事そうに胸に抱えた咲華は自分の決意を語り始めた。
「……私、今迄自分が何をしたらいいのかよく分かりませんでした。
和葉のお母さん代わりになるって意気込んではいたんですけど、何をしたらいいか全く分からなくて……けど、今日のことで何をしたらいいか分かりました」
「咲華……」
和葉が呆然と、姉の決意を聞いている。
今迄咲華の決意は聞いたことがなかったのだろう。
目を見開き、一言も聞き漏らすまいと、姉の言葉に一心不乱に耳を傾ける。
「……私、ここに書いてある料理を全部作れるようになりたいんです。
幸い、『ゆのみ屋』の奥さんには『いつでも来て良いわよ』って言われてますから、困った時には聞きに行けると思いますし」
そう言う咲華の顔には、店に入るまで終ぞ見ることのなかった前向きな希望に満ちた表情が張り付いていた。
「……私もやる」
「和葉?」
咲華の決意に触発されたのか、黙って俯いているだけだった和葉が口を開いた。
「咲華だけには頼ってられないよ。
私だって、お母さんの娘なんだから」
「……うん、そうだね。
二人で頑張ろう」
改めて決意を口にし、握り合っていた手の指を絡ませ合い、更に強く二人を繋ぎ合う。
「……そっか……うん、二人ならきっと出来るよ」
そんな二人を見ていると、自然と言葉が漏れ、手が二人の頭に伸びる。
「え……?」
「あ、あの?」
なでなで
咲華と、和葉の二人の頭に手を乗せ、撫でる。
一つしか違わない女子にこんなことするのは自分でも若干どうかとは思うが、止められない。
それだけ、この二人の少女のことが可愛くて、彼女たちの成長が嬉しくて仕方なかった。
「「……っ~!!」
思いっきり拒絶されると思っていたのだが、全くそんな様子が見られない。
それどころか、撫でられている二人の顔が段々と赤くなっていっているのは何故だろう?
『トモ……』
暫く撫で続けていると、ジト~と操緒から睨まれる。
『……奏ちゃんに言うよ?』
遂には目を据わらせ、光の消えた視線を向けながらそんな最後通牒を言ってくる始末。
「んな!?
……分かったよ」
別にやましいことなど何もしていないのだが……
それでも、操緒が奏に僕の何かを言う場合決まって誤解される場合が多い。
どこか納得のいかないものを抱えながら、渋々二人の頭から手を離す。
と、
「あ……」
「ふぇ?」
何故か名残惜しそうな顔をする苑宮姉妹。
暫く自身の頭に手をやり、どこか呆っとしている。
「……何か、夏目さんってお兄ちゃんみたいですね」
「……兄さん」
「はい!?」
訳の分からない呟きが二人の口から洩れる。
い、いきなり何を!?
が、そんなトリップ状態から大体1分ぐらい経ってようやく我に返り、二人とも急いで歩き出す。
「?」
今一訳が分からないが、まぁ良いや。
『……はぁ、トモの馬鹿』
操緒がいつものように呆れたように言葉を掛けてくるが、ひとまずスルーし、僕も先行する苑宮姉妹の後を追って急いで歩き出すのだった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「それじゃあ、ありがとうございました」
「わざわざ、すみませんでした」
二人と出会った橋の所まで戻ってくると、突然二人がそう言ってきた。
僕が返事をする間もなく、二人は続ける。
「私たち二人じゃきっと、何も出来ませんでした」
「夏目さんと水無神さんのお陰で、今日のことはあったんだと思います」
「「ありがとうございました」」
揃って頭を下げ、
「失礼します」
「また、いつか」
別れの言葉を述べた二人はサッサと立ち去っていってしまった。
「うん、またいつか」
『料理の練習頑張ってね~』
そんな二人の背中に僕らも声を掛ける。
というか操緒、お前がそれを言うな。
まぁ、ともかく、二人といる時に何も起こらなかったのを良しとしよう。
そう思い、僕と操緒も二人に背中を向け、歩き出す。
いや、歩き出そうとして、
「咲華!?」
和葉の悲鳴が聞こえ、振り向いた。
見れば数人の男が咲華を引っ掴み、無理矢理車に乗せようとしていた。
和葉は押し倒され、地面に押さえつけれている。
「なんだ!?」
急いで刀の袋を開きながら和葉の許へと駆け寄ろうとすると、
「邪魔すんじゃねぇ!!」
和葉を抑えている男が叫び、掌を僕に向け、“雷撃”を放ってきた。
「っ!!
悪魔か!?」
咄嗟に身を捻り、雷撃をかわすも、
「おらぁっ!!」
再び雷撃が飛来する。
急いで春楝と春楝・闇を鞘から抜き放ち、春楝・闇の方で雷撃を受け止める。
普通の刀じゃまず受け止められないが、この刀は製作過程に悪魔が関わった曰くつきの妖刀。
この程度の雷撃なら問題ない。
「はっ!!」
左手に持った春楝・闇で雷撃を消すと同時に、右手に持っている春楝を和葉を抑えつけている男に向けて裂帛の気合と共に突き出す。
それと同時に、春楝の切っ先から雷撃が飛び出て、男へ向かって行く。
やや距離はあるが、和葉を抑えている男は咄嗟の事で、和葉を離して避けるか、このまま防御するのか判断が出来なかったのだろう。
「がああぁっ!?」
春楝から放たれた雷撃をくらい、
ドサッ
地面に倒れ伏す。
因みに説明しておくと、春楝と春楝・闇は二振り一対の黒刀。
悪魔が製作過程に介入したため、特殊能力が付いている。
それは、春楝・闇で受け止めた魔力の籠った攻撃を吸収し、春楝から放つことが出来るということ。
基本、吸収した後に春楝を振るうと吸収した攻撃が放たれる。
吸収できる量は大体ごく一般的?な魔精霊(サノバ・ジン)20体程らしい。
と言われても、一般的の基準が良く分からないが……
「大丈夫か、和葉!?」
「は、はい」
急いで和葉の許へと駆け寄り、男たちと和葉の間に割り込む。
「チッ!!
出せ!!」
僕らの攻防を車中から見ていた男たちは、仲間がやられたと知るや、すぐさま車を発進させようとする。
「そんなことさせるか!!
操緒っ!!」
『OK!!』
こっちの世界でちゃんと実戦で使うのは初めてだが、問題ない。
咲華と和葉のためだ。
何を躊躇う必要がある。
「来い、黑鐵――!!」
僕の掛け声とともに操緒の姿が虚空に溶けるように消え、僕の影の色が昏い虚無の闇の色へと変化する。
そこから出てくるのは機械仕掛けの悪魔、ではなく、一振りの巨剣。
それは虹色の軌跡を描いて空間を薙ぎ払い、
「……はあっ!?」
車の前輪と後輪を全て切り取っていた。
「ちくしょう、何だってんだ!?」
急いで車から降り、それぞれが腕に雷を奔らせたり、刀を構えたり、銃口をこちらに向けていたりする。
車から降りてきた人数は6人。
そんな中、一人、銀色のトランクを持ちながら、咲華を捕まえている男が一人。
そうか、
「……お前ら、華島の奴らか」
先程八伎さんから聞いた内容。
それに、数秒前に僕に向けて放たれた雷撃。
華島家からイクストラクタが運ばれているという情報は、本当だったらしい。
それにしたって、本当に巻き込まれることになるとは思わなかったが。
「…………」
僕の言葉に男たちは答えず、ただ黙って武器や腕を構えている。
が、その沈黙こそ肯定だ。
「夏目さん!!」
僕らが対峙している間に、男たちの後方から嵩月組の人たちが駆け付けてきた。
中には八伎さんもいる。
「大丈夫、すぐ終わりますから」
若干、挑発の意味も込めて八伎さんたちに返した返事は、
「てめぇ、どういうことじゃぁあ!?
ああんっ!?」
思った以上に効果抜群。
流石に中学生程度の男子にそんな言葉を言われるのは我慢ならなかったようだ。
腕を奔る雷撃が目に見えて強力になっている。
それでも、こちらの能力が今一良く分かっていないからか、自分たちから動こうとはしない。
好都合だ。
「ごめんね、和葉ちゃん。
少し伏せといて」
「え、あ、はい!!」
とりあえず後ろにいる和葉に防御の姿勢を取らせておき、
「――黑鐵っ!!」
再び巨剣を幾度も振るう。
再度描かれた虹色の軌跡は正確に相手の持っている武器を破壊し、
「ん、な、なんだと!?」
咲華とイクストラクタを僕の許へと転移させた。
ついでに、幾らかの腕や指もだが、それはいらないので元の位置に戻しておく。
イクストラクタを足元に置き、
「大丈夫だった?」
とりあえず転移させた咲華に声を掛け、
「は、はい……」
「良かった……じゃあ、僕の後ろにいて」
和葉と同じ様に僕の後ろに移し、防御の姿勢を取らせておく。
咲華の顔には脅えと戸惑いが混じり、目尻には涙が浮かんでいた。
慰めてあげたいが、今は気が抜けない。
だから、姉を慰める役目は妹にやってもらうこととしよう。
その上で、
「さて、まだやりますか?」
目の前にいる男たちに声を掛ける。
「……当たり前じゃ」
そして帰ってきた返答もある意味予想通り。
彼らがどうして咲華に手を出したのかは知らないが、いずれにせよイクストラクタが僕の手の内にあるまま帰れないだろう。
これが本当に華島本家のものなら、早々簡単に失う訳にはいかないのだろうし……
かといって、このまま逃げ切れるとも思えない。
刀や銃といった武器の大半は僕が破壊したし、何より、嵩月組の大半に囲まれている現状。
ほぼ手詰りだ。
「まぁ、分かってましたけど……じゃあ、後はお願いします、八伎さん」
「……ええ、分かりました。
ここまでしていただいて、取り逃がしたんじゃ我々の面目丸潰れです。
いくぞお前ら!!」
「「「おおぉぉーーーっ!!」」」
「ちっ、やるしかないんか……」
……その3分後、華島家の面々は全て捕縛され、嵩月組の面々に連行されていった。
流石に武器もない状態ではこんなものだろう。
というか、嵩月組の皆さんの働きが凄かったというのもある。
戦闘中、所々で、
『若にみっともない所なんか見せるんじゃねぇぞ、てめぇらーーっ!!』
やら、
『てめぇら、若の手を煩わせやがって!!』
なんて言う発言が聞こえたのは気のせいだと思いたい。
「……では、私たちはこれで」
「ええ、また後で伺います」
イクストラクタを八伎さんに引き渡し、一旦別れる。
咲華と和葉をちゃんと家まで送っていくためだ。
流石にあんなことがあった後だから二人とも黙って受け入れてくれた。
「二人とも、さっきのことは忘れた方が良い」
二人を送っていく道中、そう言っておく。
「早々巻き込まれることはないから気にしちゃ駄目だよ。
今回は、運が悪かっただけなんだから」
僕の言葉が聞こえているのかどうか分からないが、二人は黙って足を動かし続ける。
どうやら、僕が八伎さんと話している間にまた喧嘩をしたらしい。
操緒に聞いたところ、男たちに攫われそうになった“和葉”を“咲華”が庇い、結果として咲華が攫われそうになったからだとか。
咲華がその様な行動を取ろうとした理由は、母親との約束、自分が和葉を護るという約束を実行しようとしたかららしい。
……こればっかりは僕にはどうしようもないので、二人で解決してもらうしかない。
頭を悩ませつつも、苑宮家に到着。
以前の世界で一度だけ見たことのあるマンションとは違い、やや古めのマンションだ。
「……ありがとうございました」
『うん、最後に咲華ちゃん』
「……なんですか?」
『あんまり約束に縛られ過ぎちゃ駄目だよ。
貴女の人生は貴女のものなんだから自由に生きないと。
きっと貴女たちのお母さんもそう望んでるから』
「……はい」
操緒が一言声を掛けるも、意気消沈した二人はあまり反応せずにマンションのエレベーターの中へと消えていった。
「……次に会う時、二人はどうなってるのかな?」
結局一度も刀のことや、機巧魔神(アスラ・マキーナ)のことについて触れてこなかった二人の事を思い出しながら操緒に話しかける。
『さぁねぇ……でも、きっと上手くいってるよ』
「なんで分かるんだよ?」
『ふふ、女の勘、ってやつかな』
そんなどうでも良い会話を交わしながら、僕と操緒は苑宮のマンションに背を向け、歩き出した。
次に会うのがいつになるかは分からないが、せめてそれまで二人が無事に暮らせるよう祈りながら……